文学 / ジョナサン・スウィフト都会のにわか雨A Description of a City Shower
文学 / ジョナサン・スウィフト
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原著・底本
- 原題
- A Description of a City Shower
- 著者
- ジョナサン・スウィフト
- 編者
- ウィリアム・アーンスト・ブラウニング
- 編者
- ウォルター・スコット
- 原典の利用条件
- パブリックドメイン(米国)
Project Gutenberg 利用条件 - 収録範囲
- 1910年Browning編版の題と1710年10月記、詩全63行と底本注七件。
日本語訳
表紙
- 装画
- 日本人文
- 利用条件
- CC0 1.0
本書のために制作した独自装画。原刊の装丁とは異なります。
追加日: 2026-10-21 / 更新日: 2026-10-21
1910年Browning編版の題と1710年10月記、詩全63行と底本注七件。
都会のにわか雨[1]
一七一〇年十月に書かれ、『タトラー』第二三八号に初めて掲載。
注意深く観察する者なら、時刻を予告できる、
確かな前兆によって、にわか雨を恐れるべき時を。
雨が迫ると、猫は物思わしげに、
ふざけるのをやめ、自分の尾も追わなくなる。
夜、家へ帰れば、汚水だめが、
うんざりした鼻を、倍の悪臭で襲うだろう。
賢いなら、遠くまで食事に行くな、
葡萄酒代を浮かせるより、馬車代のほうが高くつく。
疼く魚の目は、にわか雨の前触れ、
古い痛みも[2]ずきずきし、虫歯は激しく疼く。
コーヒーハウスには、ダルマンが、ぶらぶらしている。
気候に悪態をつき、憂鬱を訴える。
その間に南風が、濡れた翼をもたげ、
真っ黒な雲を、大空へ投げ放つ。
雲は、入り切らぬほど、たっぷり酒をあおり、
酔っ払いのように、また吐き出す。
てきぱきしたスーザンは、綱から洗濯物をさらい取る、
最初の細かな雨が、斜めに吹きつけるなか。
がさつな女が、モップを振って、
こちらへ散らす水も、こんなもの、ただし、もっと汚い。
お前は逃げ、神々に祈り、やがて振り向いて、立ち止まり、
悪態をつく。女は歌いながら、なおモップを回す。
埃は、まだ、不利な戦いから退かず、
風に助けられ、生き残ろうと、なお戦った。
突風に、敵ともども巻き上げられ、
どちらが雨で、どちらが埃か、見分けがつかなかった。[3]
ああ、貧しい詩人は、どこへ助けを求めればよい、
埃と雨が、同時に上着へ攻め込むときには?
たった一枚の上着よ![4] そこでは、雨で固まった埃が、
毛羽を逆立て、曇った染みを残す!
いまや、しずくは途切れず、洪水となって降り注ぎ、
滅びを定められた町を、大水で脅かしている。
泥はねだらけの女たちは、群れをなして店へ逃げ、
品物の値をまけさせるふりをして、何も買わぬ。
テンプル法学院の洒落者は、どの雨樋からも、水が流れ出すなか、
晴れるまで待ちながら、辻馬車を呼ぶふりをする。
裾をたくし上げた針子は、足早に歩き、
油を引いた傘の周りには、水が流れ落ちる。
ここでは、さまざまな運命に導かれた、さまざまな者が、
雨よけの下で、知り合いになる。
勝ち誇るトーリーも、落胆するホイッグも、[5]
反目を忘れ、かつらを守るために手を結ぶ。
箱のような輿に収まった伊達男は、いらいら座り、
ときおり、雨樋の水が、屋根を、がたがた打つ。
折々、恐ろしい音を立てて、
革張りが鳴り、中の男は震える。
トロイの担ぎ手たちが、木馬を運んだときも、そうだった、
早く外へ出たくてたまらぬギリシア人を、腹にはらんで、
あの、ごろつきのギリシア人どもは、今の連中と同じく、
担ぎ手に金を払わず、その体を突き通したのだったが、
ラオコーンが[6]、外から槍で打つと、
閉じ込められた英雄は、皆、恐れに震えた。いま、あちこちから、増水した側溝が流れ出し、
戦利品を携えて、進んでゆく。
あらゆる色と臭いの汚物が、見た目と臭いで、
どの通りから流れてきたか、告げるようだ。
それぞれの激流に、勢いよく押し流され、
スミスフィールドから、セント・パルカーズへ向かい、
スノーヒルの高まりで、巨大な流れに合わさり、
導水路から、ホルボーン橋へ、まっ逆さまに落ちる。[7]
屠畜屋の店からさらわれた、糞、腸、血、
溺れた子犬、臭う小鰊、どれも泥まみれ、
死んだ猫に、蕪の葉が、洪水を転げ落ちる。
底本注
[1] スウィフトは、この『にわか雨』を、たいそう誇りにしており、『ステラへの日記』でも、そう述べている。『散文作品集』第二巻三三頁を参照。「皆、私が書いたうちで一番よいと言います。私もそう思います。クロガーの主教が、見せてくださるでしょう。どう思うか、ぜひ教えてください。」また、四一頁には、「ダナエのとき以来、こんなにわか雨は一度もなかった」云々とある。――W・E・B。
[2] 「aches」は二音節だが、正しい発音を忘れた近代の印刷業者は、一音節の「aches」として扱い、韻律を整えるため、「aches will throb」という語句を勝手に差し込んだ。こうして、詩人と言語学者が残そうと望むものが、変えられ、ついには失われる。ディズレーリ『文学の珍聞』第一巻「誤植」の項、一八五八年版八一頁を参照。よい例が、『ヒューディブラス』第三部第二歌第四〇七行にある。そこでは、こういう人々が述べられている。
「苦痛や痛みによって、
風のあらゆる向きや変化を、知ることができる。」――W・E・B。
[3] 「どちらが海で、どちらが空か、見分けがつかなかった。」ガース『薬局』。
[4] もとは次のようだったが、ポープが『雑集』を刊行した際、改められた。
「彼の、ただ一枚の上着、そこでは、雨と混じった埃が、
毛羽を荒らし、入り混じった染みを残す。」――スコット。
[5] 当時の内閣交代を指す。
[6] ウェルギリウス『アエネーイス』第二巻。――W・E・B。
[7] フリート溝渠。ポープは、『ダンシアド』の有名な潜水場面を、ここに置いた。ゲイも『トリヴィア』で取り上げている。ウォーバートン編、ポープ作品集、八つ折判、一七五一年版には、『ダンシアド』の挿図として、フリート溝渠の景観図がある。――W・E・B。