政治哲学 / トマス・ホッブズリヴァイアサンLeviathan, or The Matter, Forme, & Power of a Common-wealth Ecclesiasticall and Civill

『リヴァイアサン』1651年刊記本の標題紙

政治哲学 / トマス・ホッブズ

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原著・底本

原題
Leviathan, or The Matter, Forme, & Power of a Common-wealth Ecclesiasticall and Civill
著者
トマス・ホッブズ
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パブリックドメイン(米国)
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英語Wikisource寄稿者 — CC BY-SA 4.0
収録範囲
全四部47章、標題・献辞・序論、総括と結論を収録。

日本語訳

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CC BY-SA 4.0
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表紙

画像
標題紙
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パブリックドメイン(米国)

1651年刊本の標題紙。

追加日: 2026-10-16 / 更新日: 2026-10-16

全四部47章、標題・献辞・序論、総括と結論を収録。

電子底本の意味に影響する語句の欠落・誤植は、1651年版の別翻刻と照合して補った。一部の箇所は刊本画像でも確認した。

標題と刊記

リヴァイアサン

トマス・ホッブズ著

1651年

リヴァイアサン、すなわち教会的・市民的国家の素材・形態・権力

マームズベリーのトマス・ホッブズ著。セント・ポール教会境内の〈緑の竜〉にある、アンドルー・クルックのために印刷。1651年。

献辞

もっとも敬愛する友、ゴドルフィンのフランシス・ゴドルフィン殿に

敬愛する貴殿へ。

ご存じのとおり、あなたの立派なご兄弟、シドニー・ゴドルフィン殿は、生前、私の研究にいくらか価値を認めてくださり、そのほかにも厚意の確かな証しをもって、私をお引き立てくださいました。そのご厚意は、それ自体大きなものでしたが、あの方のお人柄の尊さゆえに、なおさら大きなものでした。神への奉仕、祖国への奉仕、市民社会での交わり、個人同士の友情へと人を向かわせる徳で、あの方の日々の言動にはっきり表れなかったものは一つもありません。それも、必要に迫られて身につけたものでも、その場だけ取り繕ったものでもなく、寛大な天性にそなわり、そこから輝き出ていたのです。そこで、あの方への敬意と感謝、そしてあなたへの献身を込めて、この国家論を謹んであなたに捧げます。世間がこれをどう受け取るか、また、これに好意を示すと見られる人たちにどのような影響が及ぶか、私には分かりません。一方には過度の自由を、他方には過度の権限を求める人々が立ち塞がっている以上、双方の切っ先の間を傷つかずに通り抜けることは難しいからです。それでも、市民的権力を高めようとする試みが、その市民的権力から非難されるはずはないと思いますし、私人も、この試みを責めることによって、自分はその権力が大きすぎると考えているのだと表明すべきではないでしょう。また、私が論じるのは権力を握る個々の人間ではなく、抽象的に捉えた権力の座そのものです。ちょうどローマのカピトリウムにいた、あの無邪気でえこひいきのない生き物が、そこにいる人々を、その人々だからではなく、そこにいたからこそ鳴き声で守ったのと同じです。したがって、この論が不快にさせるのは、外にいる者たちか、あるいは内にいながら彼らに味方する者たちが、もしそのような者がいるなら、その者たちだけだと思います。もっとも反感を招きそうなのは、私が聖書のある箇所を、人々がふつう用いるのとは別の趣旨で引用したことかもしれません。しかし私は、しかるべき恭順の念をもって、また主題のために必要であるがゆえに、そうしました。というのも、それらの箇所は、敵が市民的権力を攻撃する際の前哨堡になっているからです。それでも私の労作が世間一般から非難されるようでしたら、あなたはご自分の弁明として、こうおっしゃってくださって結構です。私は自分の意見を愛し、自分の述べることをすべて真実だと思っている男であり、あなたのご兄弟を敬い、あなたを敬っていることを頼みにして、あなたの知らぬ間に、次のように名乗ることをあえてしたのだ、と。

貴殿へ、

あなたのもっとも謙虚で、もっとも従順な僕、トマス・ホッブズ。

パリにて、1651年4月15日/25日。

序論

自然、すなわち神が世界を造り、治める技術を、人間の技術はさまざまな点で模倣する。人工の動物を造るという点でもそうである。生命が手足の運動にほかならず、その始まりが体内の何か主要な部分にあるのなら、時計のようにばねと歯車で自ら動く機械、つまりあらゆる自動機械にも、人工の生命があると言ってよいではないか。心臓はばね、神経は幾本ものひも、関節は幾つもの車輪ではないのか。それらが、造り手の意図したとおりに、体全体を動かすのである。技術はさらに進んで、自然が生んだ理性的でもっとも優れた作品である、人間を模倣する。というのも、国家、あるいは国、ラテン語でキウィタスと呼ばれる、あの巨大なリヴァイアサンも、技術によって造られるからである。それは人工の人間にほかならない。ただし、それが保護し、防衛するために造られた自然の人間よりも、体が大きく、力も強い。この人工の人間では、主権は体全体に生命と運動を与える人工の魂であり、行政官をはじめ、裁判や執行に携わる役人たちは人工の関節である。報酬と刑罰は、それによって各関節や各部分が主権の座に結びつけられ、おのおのの務めを果たすよう動かされるので、自然の体の中で同じ働きをする神経に当たる。各成員の富と財産はその力、サルース・ポプリ、すなわち人民の安全はその仕事である。国家が知るべきことを何でも知らせる助言者たちは記憶、公平と法律は人工の理性と意志、和合は健康、反乱は病、そして内戦は死である。最後に、この政治体の諸部分を初めて造り、組み立て、一つに結びつけた約定と信約は、神が創造に際して発した〈あれ〉という命令、すなわち〈人を造ろう〉という言葉に似ている。

この人工の人間の性質を説明するため、私は次の事柄を考察する。

第一に、その素材と造り手。どちらも人間である。

第二に、それはどのように、どんな信約によって造られるのか。主権者の権利と正当な権力、あるいは権限は何か。そして何が国家を保ち、何が国家を解体するのか。

第三に、キリスト教国家とは何か。

最後に、闇の王国とは何か。

第一の点について、近ごろよく口にされる言葉に、〈知恵は書物を読むことからではなく、人間を読むことから得られる〉というものがある。その結果、たいていは自分が賢いことをほかに何も証明できない人々が、陰で互いを手厳しく非難し、自分は人間からこんなことを読み取ったのだと示して、大いに得意になっている。だが、近ごろ理解されなくなった別の格言があり、彼らも労を惜しまなければ、それによって互いを正しく読み取ることを学べるだろう。それはノスケ・テ・イプスム、〈汝自身を知れ〉、すなわち〈自分を読め〉である。この格言は、今日の使われ方のように、権力者が目下の人々に向ける野蛮な振る舞いを擁護したり、身分の低い人々に目上の者への無礼を勧めたりするためのものではなかった。そうではなく、ある人の思考や情念が別の人の思考や情念と似ていることから、自分の内を見つめ、考え、意見を抱き、推論し、望み、恐れるとき、自分は何をし、どんな根拠でそうするのかを考察する人は、それによって、同じような状況にあるほかのすべての人々の思考や情念を読み取り、知ることができる、と教えるためのものだった。私が似ていると言うのは、欲望、恐怖、希望など、すべての人に共通する情念のことであって、情念の対象、つまり欲し、恐れ、望むもののことではない。対象のほうは、個人の体質やそれぞれの教育によって大きく異なり、しかも容易に他人の目から隠せる。人の心に記された文字は、偽装、嘘、見せかけ、誤った教えによって汚され、入り乱れているので、心を探り知る者にしか読めないのである。人の行動からその意図が分かることもあるが、その行動を自分の行動と照らし合わせず、また事情を変えうるあらゆる条件を区別せずに読み解こうとすれば、鍵なしで暗号を解くことになる。そして読み手自身が善良か邪悪かによって、信じすぎたり、疑いすぎたりして、たいていは誤ることになる。

しかし、行動を通して他人をどれほど完全に読み取れる人でも、その知識が役立つのは、わずかな知人についてだけである。一つの国全体を治めようとする人は、自分の内に、この人やあの人という個人ではなく、人類を読み取らなければならない。それは難しく、どの言語や学問を学ぶよりも難しい。だが、私自身が読み取ったところを順序立て、明快に示せば、ほかの人に残る労は、自分自身の内にも同じことが見いだされるかどうかを考えることだけになる。この種の学説には、それ以外の証明は成り立たないからである。

第一部 人間について

第一章 感覚について

人間の思考について、まず一つ一つを別々に考え、その後で、連なりとして、すなわち互いに依存するものとして考察する。一つ一つの思考は、われわれの外にある物体の、何らかの性質やその他の偶有性の表象、あるいは現れである。その物体は、ふつう対象と呼ばれる。対象は目や耳をはじめ、人間の体のさまざまな部分に働きかけ、働きかけの違いに応じて、さまざまな現れを生じさせる。

それらすべての起源は、われわれが感覚と呼ぶものである。人間の心にある観念で、初めにその全体または一部分が感覚器官に生じたのでないものは、一つもないからである。そのほかのものは、この起源から導かれる。

感覚の自然的な原因を知ることは、今扱っている問題にとって、さほど必要ではないし、私は別のところでこれを詳しく論じている。それでも、今回の叙述の方法に欠けた部分を残さないため、ここでも簡単に述べておこう。

感覚の原因は、外部の物体、すなわち対象であり、それが各感覚に固有の器官を圧迫する。味覚や触覚では直接に、視覚、聴覚、嗅覚では間接に圧迫する。この圧迫は、神経をはじめ、体のさまざまなひもや膜を通って、内側の脳や心臓へと伝わり、そこで抵抗、すなわち反対向きの圧迫を引き起こす。これは、心臓が圧迫から逃れようとする努力とも言える。この努力は外へ向かうため、何か外部のもののように見える。この現れ、すなわち心像が、人々の言う感覚である。それは、目には形を伴う光や色として、耳には音として、鼻には匂いとして、舌と口蓋には味として、体のほかの部分には熱さ、冷たさ、硬さ、柔らかさなど、触れて分かる性質として現れる。感覚されると呼ばれるこれらの性質は、それを生じさせる対象の側では、物質のさまざまな運動にほかならず、その運動がわれわれの器官をさまざまに圧迫するのである。圧迫されるわれわれの側でも、それらはさまざまな運動以外の何ものでもない。運動が生み出すのは運動だけだからである。しかし、それらがわれわれに現れるあり方は心像であり、目覚めているときも夢の中でも、この点は同じである。目を押し、こすり、打つと光が見えたように感じ、耳を押すと音が響くのと同様に、われわれが見たり聞いたりする物体も、気づかれないながら強い作用によって、同じことを引き起こす。もし色や音が、それを生じさせる物体や対象そのものの中にあるのなら、鏡などや反響での反射によって、われわれが実際に確かめるように、物体から切り離されることはないはずである。そうした場合、われわれは、見ている物がある場所と、その現れがある場所とは別だと知っている。ある距離からは、現実の対象そのものが、われわれの内に生じさせる心像をまとっているように見えるが、それでも対象と、その像や心像とは別のものである。したがって感覚は、どの場合にも、いわば最初に生じる心像にほかならない。それは、すでに述べたように、外の物が、目や耳など、そのために備わった器官に及ぼす圧迫、すなわち運動によって生じる。

ところが、キリスト教世界のあらゆる大学の哲学の教場は、アリストテレスのいくつかの文章を根拠として、別の教説を教えている。視覚が生じるのは、見られる物が、あらゆる方向に〈可視的形象〉を、英語で言えば、目に見える姿、現れ、様相、あるいは〈見られるあり方〉を放ち、それを目に受け入れることが見ることなのだという。また、聴覚が生じるのは、聞かれる物が〈可聴的形象〉、すなわち聞こえる様相、あるいは〈聞こえる、見られるあり方〉を放ち、それが耳に入って聞こえるからだという。そればかりか、理解についても、理解される物が〈可知的形象〉、すなわち〈理解できる、見られるあり方〉を放ち、それが知性に入ってわれわれは理解するのだという。こう言うのは、大学の有用性を否定するためではない。後で国家における大学の役割を論じることになるので、大学の何を改めるべきかを、機会のあるたびに途中でも示しておかなければならないからである。意味のない言葉が頻繁に使われることも、その一つである。

第二章 想像について

ある物が静止しているとき、ほかの何かが動かさないかぎり、その物は永久に静止し続ける。これは誰も疑わない真理である。ところが、ある物が運動しているとき、ほかの何かが止めないかぎり、その物は永久に運動し続けるということには、同じ理由、すなわち何ものも自分で自分の状態を変えられないという理由によるにもかかわらず、それほど容易に同意が得られない。人間は、ほかの人間だけでなく、あらゆる物を自分自身を尺度として測るからである。自分は運動の後で痛みや疲れを感じるので、ほかのすべての物も運動に疲れ、ひとりでに休息を求めるのだと考える。そして、自分の内に感じる休息への欲求そのものが、何か別の運動なのではないかとは、ほとんど考えない。学派の人々が、重い物体は休息を求め、自分にもっともふさわしい場所で自らの本性を保とうとして、下へ落ちるのだと言うのも、そのためである。こうして彼らは、欲求と、自分の存続に何がよいかを知る知識、つまり人間さえ持っていないほどの知識を、生命のない物に帰すという不合理を犯している。

物体はいったん運動し始めると、何かに妨げられないかぎり、永久に運動を続ける。また、何がそれを妨げるにしても、その運動を一瞬で完全になくすことはできず、時間をかけ、徐々に鎮めるしかない。水を見れば分かるように、風がやんでも、波はその後長いあいだ揺れ続ける。人間が物を見たり、夢を見たりするとき、体の内部で起こる運動にも、同じことが生じる。対象が取り除かれたり、目が閉じられたりした後でも、見た物の像は、実際に見ているときより不鮮明ではあるが、なお残っている。これをラテン語では、見ることで生じる像にちなんで〈想像〉と呼び、適切とは言えないものの、ほかのすべての感覚にも同じ言葉を当てている。ギリシャ人はこれを〈心像〔ファンタシア〕〉と呼ぶ。その意味は〈現れ〉であり、どの感覚にも等しく当てはまる。したがって想像とは、衰えてゆく感覚にほかならず、人間にも、そのほか多くの生き物にも、眠っているときにも目覚めているときにも見いだされる。

記憶

目覚めている人間において感覚が衰えるというのは、感覚の際に生じた運動そのものが衰えることではなく、それが見えにくくなることである。それは、太陽の光が星の光をかき消すのと同じである。星は、その姿を見えるようにする力を、夜と同じように昼にも発揮している。しかし、外部の物体から目や耳などの器官へ加わる数多くの刺激のうち、感覚されるのは、もっとも強いものだけである。そこで太陽の光が勝っていると、われわれは星の作用を感じない。ある対象が目の前からなくなっても、それがわれわれの内に残した印象は存続する。だが、もっと間近な別の対象が次々に現れてわれわれに働きかけるため、過去の対象の想像はかすみ、弱くなる。昼間の騒音の中で、人の声がかき消されるようなものである。したがって、ある対象を見たり感じたりしてから時間がたつほど、その想像は弱くなる。人間の体は絶えず変化し、感覚の際に動いた部分も、時間とともに失われるからである。このように、時間の隔たりと場所の隔たりは、われわれに同じ作用を及ぼす。遠い場所にある物はぼんやりと見え、細部を見分けられず、声も弱まり、はっきり聞き取れなくなる。それと同じように、長い時間を隔てると、過去の想像も弱まり、たとえば、かつて見た都市の個々の通りや、出来事の個々の事情の多くを忘れてしまう。この衰えてゆく感覚を、そのもの自体、つまり心像そのものに着目して表すときは、先に述べたように〈想像〉と呼ぶ。一方、その衰えに着目して、その感覚が薄れ、古くなり、過ぎ去ったものであることを示すときは、〈記憶〉と呼ぶ。したがって、想像と記憶は一つの同じものであり、捉え方の違いによって異なる名がついているのである。

多くの記憶、あるいは多くの事柄についての記憶を、〈経験〉と呼ぶ。また、想像の対象はすべて、以前に感覚によって知覚したものであり、その全体を一度に知覚したか、部分ごとに異なる時に知覚したかの、どちらかである。前者、すなわち感覚に現れたままに対象全体を想像する場合は、〈単純な想像〉である。以前に見た人や馬を想像するのが、その例である。後者は〈複合された想像〉である。ある時に見た人と、別の時に見た馬から、心の中にケンタウロスを思い描く場合がそうである。同様に、自分自身の姿の像と、ほかの人の行為の像を組み合わせ、自分をヘラクレスやアレクサンドロスだと思い描く場合も、複合された想像であり、厳密には心の作り事にすぎない。このようなことは、騎士道物語を読むことに夢中になっている人によく起こる。ほかにも、感覚に生じた強い印象から、目覚めていても現れる想像がある。たとえば太陽を見つめると、その印象によって、かなり後まで目の前に太陽の像が残る。また、幾何学の図形を長時間ひたすら考え続けると、暗い中で、目覚めていても、線や角の像が目の前に現れる。この種の心像には、特別な名前はない。人々の話題にふつう上らない事柄だからである。

夢

眠っている人の想像を、われわれは〈夢〉と呼ぶ。これもほかのすべての想像と同じく、以前にその全体か部分が感覚に現れたものである。感覚に必要な器官である脳と神経は、眠っている間には、外部の対象の作用では容易に動かないほど鈍くなっている。したがって、眠っているときに生じる想像、つまり夢は、人間の体の内部の動揺から起こるものにかぎられる。体の内部は脳やほかの器官とつながっているので、その調子が乱れると、それらの器官を動かし続け、そのため、以前そこに生じた想像が、目覚めているかのように現れる。ただし、感覚器官は今は鈍くなっているので、もっと強い印象でその想像を圧倒し、かき消すような新しい対象は現れない。そのため、感覚が静まったこの状態では、夢は、目覚めているときの思考よりも鮮明であるはずだ。ここから、感覚と夢を正確に見分けるのは難しく、多くの人には不可能と思われることになる。私自身について言えば、夢の中では、目覚めているときに考えるのと同じ人物、場所、対象、行為を、それほどたびたび、あるいは一貫して考えることはない。また、夢の中で、ほかの時ほど長くつながった思考の連なりを覚えていることもない。そして、目覚めているときには夢の不合理さにしばしば気づくが、目覚めているときの思考の不合理さを夢に見ることはない。これらを考えれば、目覚めているときの私は、自分が夢を見ていないと知っていることに、十分納得できる。ただ、夢を見ているときには、自分は目覚めていると思っているのである。

夢は体内の何かの部分の調子の乱れによって生じるのだから、乱れ方が違えば、夢も違ってくるはずである。寒い状態で寝ると恐ろしい夢を見るのは、そのためであり、何か恐ろしい対象の思考や像が生じる。脳から体の内部へ向かう運動と、体の内部から脳へ向かう運動とは、互いに逆方向に働くからである。また、目覚めているときには怒りが体のある部分に熱を生じさせるのに対し、眠っているときには、その部分が熱くなりすぎると怒りが生じ、脳に敵の想像が起こる。同じように、目覚めているときには自然な愛情が欲望を生み、欲望が体の別の部分を熱くするのに対し、眠っているときには、その部分の過度の熱が、誰かから愛情を示される想像を脳に起こす。要するに、夢は目覚めているときの想像の逆である。目覚めているときには運動が一方の端から始まり、夢のときには、もう一方の端から始まる。

幻影、あるいは幻視

夢と、目覚めているときの思考をもっとも見分けにくいのは、何らかの事情によって、自分が眠ったことに気づかない場合である。恐ろしい考えで頭がいっぱいで、良心がひどく苦しんでおり、寝床に入るとか服を脱ぐといった準備をせず、椅子でうとうとするように眠ってしまう人には、そうしたことが起こりやすい。わざわざ手間をかけ、意識して寝ようとした人なら、どんなに奇妙で途方もない心像が現れても、それを夢以外のものだとは、なかなか考えないだろう。マルクス・ブルートゥスについて、われわれは次のような話を読む。彼はユリウス・カエサルに命を助けられ、寵愛も受けていたのに、それでもカエサルを殺害した人物である。その彼が、フィリッピで、アウグストゥス・カエサルと戦う前の夜に、恐ろしい幻影を見たという。歴史家はふつう、これを幻視として語る。しかし事情を考えれば、短い夢にすぎなかったと容易に判断できる。彼は天幕の中に座り、思いに沈み、自分の無謀な行為への恐怖に苦しんでいたのだから、寒さの中でまどろみ、もっとも恐れていたものの夢を見るのも無理はない。その恐怖は、徐々に彼の目を覚まさせるとともに、幻影も徐々に消え去らせたに違いない。しかも、自分が眠ったという確信がなかったので、それを夢と思う理由はなく、幻視以外のものとは考えられなかったのである。これは、さほど珍しいことではない。完全に目覚めている人でさえ、臆病で迷信深く、恐ろしい物語に心を奪われ、暗闇に一人でいれば、同じような心像にとらわれ、墓地を歩く霊や死者の幽霊が見えると信じることがある。実際には、それはただの心像であるか、あるいは、そうした迷信的な恐怖を利用して、人に知られたくない場所へ夜に変装して出入りする者たちの、いかさまなのである。

夢や、そのほかの強烈な心像を、実際に見ることや感覚から見分ける方法を知らないことから、昔の異教徒の宗教の大部分が生まれた。彼らはサテュロス、ファウヌス、ニンフなどを崇拝した。同じ無知から、今日でも無学な人々は、妖精、幽霊、悪鬼や、魔女の力を信じている。魔女について言えば、私は、その魔術に何か実際の力があるとは思わない。それでも、彼女たちが正当に処罰されるのは、そのような害を及ぼせるという誤った信念を持ち、できるなら実行しようという意図も持っているからである。彼女たちの営みは、技芸や学問というより、新しい宗教に近い。妖精や歩き回る幽霊がいるという考えも、悪霊祓い、十字架、聖水、そのほか聖職者たちの同種の工夫を信用させ続けるために、意図的に教えられ、あるいは反駁されずにきたのだと、私は思う。もちろん、神が自然の通常のあり方に反する幻影を現せることは、疑いない。しかし、神がそのようなことをたびたび行い、自然の進行が止まったり変わったりすることよりも、人々がそうした幻影を恐れなければならないというのは、キリスト教の信仰に含まれる事柄ではない。神には、自然の進行を止めたり変えたりすることもできるのである。ところが悪人たちは、神には何でもできるという口実のもと、自分に都合がよければ、真実ではないと思っていても、厚かましく何でも言う。賢明な人は、正しい理性によって彼らの言うことが信じるに足ると思える範囲を超えて、信じないものだ。もし霊へのこうした迷信的な恐怖と、それに伴う夢占い、偽の予言、その他多くの事柄、すなわち抜け目のない野心家たちが素朴な人々を欺く手段が取り除かれれば、人々は今よりもはるかに、市民として服従するのに適した者となるだろう。

このような迷信を取り除くことこそ、学派の仕事であるはずだ。ところが、彼らはむしろ、そのような教説を育てている。想像や感覚が何なのかを知らないため、自分たちが受け取ったものを、そのまま教えているのである。ある者は、想像はひとりでに生じ、原因を持たないと言う。別の者は、それはたいてい意志から生じると言い、善い思考は神によって人間に吹き込まれ、悪い思考は悪魔によって吹き込まれると言う。また、善い思考は神によって注ぎ込まれ、悪い思考は悪魔によって注ぎ込まれるとも言う。さらに、感覚が物の形象を受け取り、それを共通感覚へ渡し、共通感覚が心像へ、心像が記憶へ、記憶が判断へと渡すのだと言う者もいる。まるで物を次々に手渡しするように語り、大量の言葉を費やして、何一つ理解させないのである。

理解

言葉や、そのほか意図的に使われるしるしによって、人間、あるいは想像する能力を持つほかの生き物に生じる想像を、われわれはふつう〈理解〉と呼ぶ。これは、人間と獣に共通している。たとえば犬は、習慣によって、主人の呼び声や叱り声を理解するし、ほかの多くの獣も同じである。人間だけにそなわる理解とは、相手の意志だけでなく、相手の観念や思考をも理解することである。それは、物の名を順序立てて結び、肯定、否定、そのほかの言葉の形にすることによって可能となる。この種の理解については、後で述べる。

第三章 想像の連続、すなわち連なりについて

思考の連続、すなわち連なりとは、ある思考の後に別の思考が続くことである。これを、言葉による論述と区別して、〈心の中の思考の展開〉と呼ぶ。

人が何かを考えるとき、その次に起こる思考は、見かけほどまったく偶然ではない。どんな思考でも、ほかのどんな思考の後にでも、無差別に続くわけではない。以前にその全体か部分を感覚したことのないものを想像できないのと同様、ある想像から別の想像への移り変わりにも、以前の感覚の中で同じような移り変わりを経験したことのないものはない。その理由は次のとおりである。あらゆる心像は、われわれの内部の運動であり、感覚の際に生じた運動の名残である。感覚の中で直ちに続けて生じた運動は、感覚の後にもつながったまま存続する。そのため、前の運動が再び起こって優勢になると、動かされた物質の連続性によって、後の運動もそれに続く。平らな机の上の水の一部分を指で導くと、水全体がその方向へ引かれるのと同じである。ただ、感覚の中では、同じ一つの知覚の後にも、ある時は一つのものが、別の時は別のものが続く。そのため、何かを想像したとき、次に何を想像するかは、確定できなくなる。ただ一つ確かなのは、それも以前のいつか、その同じものの後に続いた何かだということである。

導きのない思考の連なり

この思考の連なり、すなわち心の中の思考の展開には、二種類ある。第一は、導きも意図もなく、定まらないものである。そこには、何らかの欲望やほかの情念の目的として、自分へ向けて後続の思考を支配し、導くような、情念を伴った思考がない。この場合、思考はさまよい、夢のように、互いに無関係に見える。ひとりでいて、何も気にかけていない人の思考は、ふつうこのようなものである。その時も思考はほかの時と同じく活発に働いているが、調和がない。調子の狂ったリュートなら誰が弾いても、また調律してあっても弾けない人が弾けば、そうなるのと同じである。それでも、このように心が自由に駆け巡るときにも、その道筋と、思考同士のつながりを見て取れることは多い。たとえば、現在の内戦について話している最中に、ある人が実際にしたように、ローマの一ペニーはいくらだったのかと尋ねたとすれば、それ以上に無関係に見えることがあるだろうか。しかし私には、そのつながりが十分明らかだった。戦争を思うことが、王を敵に引き渡したことを思わせ、それがキリストを引き渡したことを思わせ、さらに、その裏切りの代価だった三十ペンスを思わせた。そこから、あの意地の悪い問いが容易に出てきたのである。これらすべてが、ほんの一瞬のうちに起こった。思考は速いからである。

秩序づけられた思考の連なり

第二は、何らかの欲望や意図によって秩序づけられているので、より一貫したものである。われわれが欲し、あるいは恐れる物の印象は、強く、長く残り、一時消えてもすぐに戻ってくる。それが強すぎて、眠りを妨げ、目を覚まさせることさえある。欲望からは、自分の目指すものに似た結果を、以前に生み出すのを見た、ある手段についての思考が起こる。その手段を考えると、さらに、その手段をもたらす手段が思い浮かぶ。こうして、自分の力で着手できる出発点にたどり着くまで続く。また、目的は印象が強いため何度も心に浮かぶので、思考がさまよいかけても、すぐに本道へ引き戻される。七賢人の一人は、このことに気づいて、人々に、今日では使い古された〈レスピケ・フィネム〉という教えを与えた。つまり、どんな行為においても、自分の欲するものをたびたび見返し、それを、獲得へ向かう道の上で、すべての思考を導くものにせよ、ということである。

思い出すこと

秩序づけられた思考の連なりにも、二種類ある。一つは、ある結果を思い浮かべて、それを生み出す原因や手段を探るものであり、人間と獣に共通している。もう一つは、何かを思い浮かべ、それによって生み出しうる、あらゆる結果を探るものである。つまり、それを手に入れたら何ができるかを想像するのである。この後者のしるしを、私は人間以外に見たことがない。空腹、喉の渇き、性欲、怒りといった感覚的な情念しか持たない生き物には、このような好奇心は、ほとんど生じようがないからである。要するに、心の働きが意図によって導かれるとき、それは〈探索〉、すなわち発見の能力にほかならない。ラテン語ではサガキタス、あるいはソレルティアと呼ばれる。それは、現在または過去の結果の原因を、あるいは、現在または過去の原因の結果を追い求めることである。人は時に、なくした物を探す。その物がないと気づいた場所と時から、心を場所から場所へ、時から時へと遡らせ、どこで、いつ、それを持っていたかを探る。つまり、探索の手順を始めるための、一定の限られた時と場所を見つけようとする。次にそこから、同じ場所と時を思い返し、どんな行動や出来事が、物をなくすきっかけになったかを探す。これを〈思い出すこと〉、あるいは〈心に呼び戻すこと〉と呼ぶ。ラテン語ではレミニスケンティアといい、いわば過去の自分の行動をもう一度たどることである。

探すべき場所の範囲が分かっている場合には、そのすべての部分に思考を巡らせる。宝石を見つけるために部屋を隅々まで掃くように、スパニエル犬が匂いを見つけるまで野原を駆け回るように、あるいは、韻を踏む語を見つけるためにアルファベットを順にたどるように、そうするのである。

思慮

ある行為がどんな結果に終わるかを知りたいとき、人は、過去の似た行為と、その後に次々と起きた事柄を思い返す。そして、似た行為には似た結果が続くだろうと考える。たとえば犯罪者がどうなるかを予想する人は、以前に同様の犯罪の後で起こるのを見たことを思い返し、犯罪、役人、牢獄、裁判官、絞首台という順序で考える。この種の思考は、〈先見〉、〈思慮〉、あるいは〈見通し〔プロヴィデンス〕〉と呼ばれ、ときには〈知恵〉とも呼ばれる。ただし、あらゆる事情を観察するのは難しいため、このような推測は非常に誤りやすい。それでも、一人が別の人より過去の事柄について多くの経験を持つほど、その人は思慮に富み、予想を裏切られることが少ないのは確かである。自然の中に実在するのは現在だけであり、過去の事柄は記憶の中にしか存在しない。未来の事柄は、まったく存在しない。未来とは、過去の行為の後に続いたことを、現在の行為に当てはめる、心の作り事にすぎないからである。これは、経験がもっとも豊かな人がもっとも確かに行えるが、それでも十分な確実さはない。結果が予想に合ったときには思慮と呼ばれるものも、本性においては推測にすぎない。未来の事柄をあらかじめ見通すこと、すなわち摂理〔プロヴィデンス〕は、その意志によって未来を生じさせる者だけに属する。その者からのみ、超自然的な仕方で預言がもたらされる。自然な力によるもっとも優れた予言者は、もっとも推測のうまい人であり、もっとも推測のうまい人は、推測する事柄にもっとも通じ、もっとも研究している人である。推測の根拠にできるしるしを、もっとも多く持っているからである。

しるし

同じような前後関係が以前に観察されているとき、先に起こる出来事は、後に起こる出来事の〈しるし〉となり、逆に、後の出来事も先の出来事のしるしとなる。そして、その関係がたびたび観察されているほど、しるしの不確かさは小さくなる。したがって、ある種類の仕事についてもっとも経験の多い人は、未来を推測するためのしるしをもっとも多く持ち、その結果、もっとも思慮に富んでいる。その人の思慮は、その仕事の初心者が、生まれつきの才知や、とっさの機転でどれほど優れていても、追いつけないほど勝っている。若者の多くは、反対に思っているかもしれないが。

それでも、人間を獣から区別するのは思慮ではない。一歳で、十歳の子どもよりよく観察し、自分にとってよいものを、より思慮深く追い求める獣もいる。

過去についての推測

思慮が過去の経験から得られる未来についての推測であるのと同じように、過去の事柄についても、未来の事柄からではなく、やはり別の過去の事柄から導く推測がある。栄えていた国家が、どんな道筋と段階を経て、まず内戦に陥り、次に滅びたかを見た人なら、別の国家の廃墟を見て、そこでも同じような戦争があり、同じような経過をたどったのだろうと推測するだろう。しかし、その推測は、未来についての推測とほとんど同じほど不確かである。どちらも経験だけに基づいているからである。

人間として生まれ、五感を使って生きさえすれば、それ以外は何も必要とせずに働くほど、生まれつき人間の心にそなわっている作用を、私はほかに思い当たらない。これから述べる、人間だけに属するように見える別の能力は、学習と努力によって獲得され、増してゆくものであり、たいていの人は教えと訓練によって学ぶ。そして、それらはすべて、言葉と発話の発明から生じる。人間の心には、感覚、思考、そして思考の連なり以外の運動はないのである。ただし、言葉と方法の助けによって、これらの同じ能力を、人間をほかのすべての生き物から区別するほど高く伸ばすことができる。

われわれが想像するものは、すべて有限である。したがって、〈無限〉と呼ぶものの観念や概念は、存在しない。誰も、無限の大きさの像を心に持つことはできず、無限の速さ、無限の時間、無限の力、無限の権能を思い描くこともできない。あるものを無限と言うとき、われわれが意味しているのは、そう名づけたものの端や境界を思い描くことができないということだけである。われわれが捉えているのは、そのものではなく、それを捉えられない自分自身の無能力だけである。だから〈神〉という名を用いるのは、神を思い描くためではなく、神を敬うためである。神は理解を超え、その偉大さと力は思い描けないからである。また、すでに述べたように、われわれの捉えるものは、どれも初めに、その全体または部分が感覚によって知覚されたものである。したがって、人間は、感覚の対象にならない何かを表す思考を持つことができない。何かを思い描くには、それをある場所にあり、一定の大きさを持ち、部分に分けられるものとして思い描かなければならない。また、あるものの全体が同時にこの場所にも別の場所にもあることや、二つ以上のものが同時にまったく同じ場所にあることも、思い描くことはできない。そうしたものは、感覚に現れたことがなく、現れることもできないからである。それらは、誤りに陥った哲学者や、自らも欺かれ、あるいは人を欺く学派の学者から、何の意味も持たないまま受け売りされた、不合理な言葉なのである。

第四章 言葉について

言葉の起源

印刷術の発明は巧みではあるが、文字の発明に比べれば、それほど大きなものではない。しかし、文字の使い方を最初に発見したのが誰かは分かっていない。文字を初めてギリシャに持ち込んだのは、フェニキア王アゲノルの子、カドモスだったと言われる。これは、過去の記憶を保ち、地上の遠く隔たった多くの土地に散らばる人類を結びつける、有益な発明だった。同時に、難しい発明でもあった。舌、口蓋、唇、そのほか発話の器官のさまざまな動きを注意深く観察し、その違いと同じだけの文字の違いを設けて、覚えられるようにする必要があったからである。しかし、すべての発明の中でもっとも優れ、もっとも有益だったのは、名前、すなわち呼び名と、その結びつきからなる〈言葉〉の発明である。人間はそれによって自分の思考を書きとめ、過ぎ去った思考を呼び戻し、また互いの利益や交わりのために、思考を相手へ伝える。言葉がなければ、人間の間にも、ライオン、熊、狼の間と同じように、国家も社会も契約も平和もなかっただろう。言葉を最初に造ったのは神ご自身であり、神は、アダムの目の前に置いた生き物に名をつける仕方を、彼に教えた。この件について、聖書はそれ以上述べていない。しかし、それだけで、アダムは、生き物を経験し、役立てるにつれて機会に応じてさらに名を加え、徐々にそれらを結び合わせて、自分の思いを理解させる方向へ導かれたのである。こうして時がたつにつれ、雄弁家や哲学者が必要とするほど豊かではなかったにせよ、自分が使う必要を見いだしただけの言語を得ることができた。聖書には、アダムがあらゆる形、数、尺度、色、音、心像、関係の名前を教えられたと、直接にも間接にも読み取れる箇所は、私には見つからない。まして、一般、特殊、肯定、否定、疑問、願望、不定といった、いずれも役立つ、語や発話の種類を表す名についてはなおさらである。ましてや、存在性、志向性、何性、そのほか学派の意味のない語など、なおのこと教えられたとは思えない。

しかし、アダムとその子孫が獲得し、増やしたこの言語は、バベルの塔で再び失われた。その時、神の手によって、反逆の罰として、人々はそれぞれ、それまでの言語を忘れさせられたのである。そして世界の各地へ散らばることを余儀なくされたのだから、現在の言語の多様さは、彼らから徐々に生まれたに違いない。あらゆる発明の母である必要が、彼らにその仕方を教え、時がたつにつれ、どの土地でも言語がいっそう豊かになったのである。

言葉の用途

言葉の一般的な用途は、心の中の思考の展開を言語によるものへ、すなわち思考の連なりを語の連なりへ移すことである。これには二つの利点がある。一つは、思考のつながりを書きとめることである。思考は記憶から抜け落ちやすく、そうなると、もう一度考え直す労が必要になる。しかし、その思考を示す目印として用いた語があれば、再び呼び戻せる。したがって、名前の第一の用途は、記憶を助ける目印、あるいは覚え書きとなることである。もう一つは、多くの人が同じ語を使い、その結びつきと順序によって、各事柄について自分がどう捉え、考えているか、また何を欲し、恐れ、そのほかの情念を抱いているかを、互いに示すことである。この用途において、語は〈しるし〉と呼ばれる。言葉の個別の用途は、次のとおりである。第一に、思考によって、現在または過去のある事柄の原因だと分かったことや、現在または過去の事柄が何を生み、何をもたらしうるかについて分かったことを書きとめる。これは要するに、技術の獲得である。第二に、自分の得た知識をほかの人に示す。これは、互いに助言し、教えることである。第三に、自分の意志や目的をほかの人に知らせ、互いに助け合えるようにする。第四に、楽しみや飾りのために、害のない言葉遊びをして、自分やほかの人を喜ばせ、楽しませる。

言葉の濫用

これらの用途に対応して、四つの濫用もある。第一は、語の意味を一定させないために、思考を誤って書きとめることである。すると、自分が一度も考えたことのないものを、自分の観念として記録し、自分自身を欺くことになる。第二は、語を比喩的に、つまり定められたのとは違う意味で使い、それによって他人を欺くことである。第三は、自分の意志ではないことを、自分の意志だと言葉で表明することである。第四は、言葉で互いを傷つけることである。自然は、敵を傷つけるために、生き物によって、歯や角や手を武器として与えているのだから、舌で敵を傷つけるのは言葉の濫用にほかならない。ただし、自分が指導する義務を負う相手に対しては別である。その場合は、傷つけるためではなく、正し、改めさせるためなのである。

原因と結果のつながりを記憶するために言葉が役立つ仕組みは、名前をつけ、それらを結びつけることにある。

固有名と普通名〔普遍名〕

名前には、〈ペテロ〉〈ヨハネ〉〈この人〉〈この木〉のように、ただ一つのものだけに属する固有のものと、〈人間〉〈馬〉〈木〉のように、多くのものに共通するものがある。後者は、一つの名前でありながら、多くの個別の物の名前である。それらすべてとの関係で、この名前は〈普遍〉と呼ばれる。世界の中で普遍的なのは、名前だけである。名づけられる物は、どれも個別的で、一つ一つ別のものだからである。

一つの普遍名が多くのものにつけられるのは、それらが何らかの性質やほかの偶有性において似ているからである。固有名が一つのものだけを心に呼び起こすのに対し、普遍名は、その多くのもののうち、どれか一つを呼び起こす。

普遍名の中にも、範囲の広いものと狭いものがあり、広いものは狭いものを含む。また、範囲が等しく、互いを含み合うものもある。たとえば、〈物体〉という名の意味は〈人間〉という語より広く、それを含む。〈人間〉と〈理性的なもの〉という名は、範囲が等しく、互いを含んでいる。ただし、ここで注意すべきなのは、〈名前〉が、文法で言うように、つねに一つの語だけを指すのではなく、時には多くの語を組み合わせた回りくどい表現も指すことである。〈自分の行為において、自国の法律を守る者〉という一連の語は、全体で一つの名前をなし、〈正しい者〉という一つの語に相当する。

このように、意味の広い名と狭い名をつけることで、われわれは、心に思い浮かべた事物のつながりを計算することを、呼び名のつながりを計算することへと変える。たとえば、生まれつきまったく耳が聞こえず、話すこともできないままでいる人のように、言葉をまったく使わない人でも、目の前に三角形と二つの直角、すなわち正方形の角のような角を置けば、考えて比較することによって、その三角形の三つの角の和が、そばに置いた二つの直角に等しいと分かるかもしれない。しかし、最初とは形の違う三角形を見せられた場合、その三つの角も同じものに等しいかどうかは、改めて考える労なしには分からない。これに対し、言葉を使う人なら、この等しさが、辺の長さやその三角形のほかの特別な事情によるのではなく、辺がまっすぐで、角が三つあることだけによると分かれば、そして、それだけを理由に〈三角形〉と名づけているのだと分かれば、どんな三角形にも、この角の等しさが成り立つと、普遍的に結論づけることができる。そして、〈あらゆる三角形の三つの角の和は、二つの直角に等しい〉という一般的な言葉で、その発見を記録する。このように、一つの個別の例で見つけたつながりが、普遍的な規則として記録され、記憶される。それによって、心の計算は時と場所の制約を離れ、最初の労だけを除いて、それ以後の思考の労からわれわれを解放する。〈ここで、今〉真実と分かったことが、〈あらゆる時、あらゆる場所で〉真実となるのである。

思考を記録するために語が役立つことは、数を数える場合に、何より明らかである。生来、知的な能力が乏しく、〈一、二、三〉という数の語の順序をどうしても覚えられない人は、時計が打つ音の一つ一つに気づき、そのたびにうなずいたり、〈一、一、一〉と言ったりはできるかもしれない。しかし、時計が何時を告げているかは、決して分からない。また、数の名前がまだ使われていない時代があり、人々は、数えておきたい物に片手か両手の指を対応させるしかなかったように思われる。そこから、今日、どの国でも数の基本の語は十まで、ある国では五までしかなく、その後は再び繰り返すようになったのであろう。十まで数えられる人でも、順序を乱して数えれば、自分がどこにいるのか分からなくなり、いつ数え終わったかも分からなくなる。まして足し算、引き算、そのほかの算術の操作など、できるはずもない。したがって、語がなければ、数の計算は不可能である。ましてや、大きさ、速さ、力、そのほか、人類の存続や幸福に必要な計算の対象については、なおさら不可能である。

二つの名前を結びつけ、〈人間は生き物である〉、あるいは〈もし人間なら、生き物である〉という推論や肯定を作るとき、後の名である〈生き物〉が、前の名である〈人間〉の意味するものをすべて意味するなら、その肯定や推論は真であり、そうでなければ偽である。真と偽は、物の属性ではなく、言葉の属性だからである。言葉のないところには、真も偽もない。起こらないことを期待したり、実際には起こらなかったことが起きたと疑ったりするような誤りはありうるが、どちらの場合も、その人が虚偽を述べたと責めることはできない。

このように、真であることは、肯定の中で名前を正しく並べることにある。したがって、厳密な真理を求める人は、自分の使う各々の名前が何を指すかを覚えておき、それに従って配置しなければならない。そうしなければ、鳥が鳥もちを塗った小枝に捕まるように、言葉に絡め取られ、もがくほどに、いっそう離れられなくなる。それゆえ幾何学では、神がこれまで人類に授けることをよしとした唯一の学問であるが、まず語の意味を定めることから始める。この意味を定めることを〈定義〉と呼び、計算の初めに置くのである。

ここから、真の知識を目指す人にとって、先人の定義を吟味し、いい加減な定義なら直し、あるいは自ら定義することが、どれほど必要かが分かる。定義の誤りは計算が進むにつれて増え、不合理へと人を導く。やがて本人もそれに気づくが、誤りの根がある出発点から計算し直さなければ、逃れることはできない。そのため、書物を頼りにする人は、個々の小計が正しく計算されているかを確かめず、数多くの小計を大きな合計へと足し上げる人と同じことをする。ついに誤りが明らかになっても、最初の土台を疑わないので、どうすれば抜け出せるか分からず、書物のあちこちを飛び回って時間を費やす。煙突から入った鳥が部屋に閉じ込められ、自分の入ってきた道を考える知恵もなく、窓ガラスの向こうの見せかけの光に向かって羽ばたくようなものである。したがって、名前の正しい定義には、言葉の第一の用途、すなわち学問の獲得がある。反対に、誤った定義や定義の欠如には、第一の濫用があり、そこから、あらゆる偽りで無意味な説が生まれる。自分自身の思索ではなく、書物の権威から教えを得る人々は、そのために、無知な人々よりも劣る状態に陥る。その隔たりは、真の学問を持つ人が無知な人に優る隔たりと同じほどである。真の学問と誤った教説の中間に、無知があるからである。生まれつきの感覚や想像は、不合理には陥らない。自然そのものが誤ることはない。言語が豊かになるほど、人は普通以上に賢くなるか、普通以上に狂うのである。文字なしに、きわめて賢くなることも、病気や器官の不調で記憶が損なわれた場合を除けば、きわめて愚かになることも、できない。言葉は、賢者にとっては計算札であり、それを使って計算するだけである。だが愚者にとっては貨幣であり、アリストテレス、キケロ、トマス、あるいは誰であれ、人間であるかぎり、ほかの学者の権威によって、その価値を決めるのである。

名前を与えられるもの

名前を与えられるのは、計算に入れたり、計算の中で考察したりできる、あらゆるものである。つまり、互いに加えて合計を作ったり、一方を他方から引いて残りを得たりできるものすべてである。ラテン語では、金銭の勘定をラティオネス、計算することをラティオキナティオと呼んだ。また、われわれが請求書や帳簿で〈項目〉と呼ぶものを、ノミナ、すなわち〈名前〉と呼んだ。そこから、ラティオという語を、ほかのあらゆる事柄について計算する能力にまで広げたように思われる。ギリシャ語では、言葉にも理性にも、ロゴスという一つの語を使う。それは、理性なしには言葉がないと考えたからではなく、言葉なしには推論がないと考えたからである。推論の行為はシュロギスモスと呼び、一つの言明と別の言明とのつながりを足し上げることを意味する。また、同じ物でも、さまざまな偶有性に着目して計算に入れられるので、その違いを示すため、名前にもさまざまな変形や区別が生じる。この名前の違いは、大きく四種類にまとめられる。

第一に、あるものを、物質または物体として計算に入れる場合である。〈生きているもの〉〈感じるもの〉〈理性的なもの〉〈熱いもの〉〈冷たいもの〉〈動くもの〉〈静止しているもの〉などがそれに当たる。これらの名前にはどれも、物質または物体という語が含意されており、すべて物質の名前である。

第二に、そのものの中にあるとわれわれが捉える偶有性や性質について、計算に入れ、考察する場合である。〈動いていること〉〈これだけ長いこと〉〈熱いこと〉などがそうである。その場合、物自体の名前を少し変えたり、形を変えたりして、考察する偶有性の名を作る。〈生きている〉に代えて〈生命〉を、〈動く〉に代えて〈運動〉を、〈熱い〉に代えて〈熱〉を、〈長い〉に代えて〈長さ〉を計算に入れる、といった具合である。これらの名はすべて、一つの物質や物体を別のものから区別する、偶有性や性質の名である。これらは〈抽象名〉と呼ばれる。物質そのものからではなく、物質についての計算から切り離されているからである。

第三に、われわれ自身の体にある、そうした区別を可能にする性質を、計算に入れる場合である。たとえば、あるものを見るとき、計算に入れるのは、その物自体ではなく、見え、色、心像の中にあるその物の観念である。また、あるものを聞くとき、計算に入れるのは、その物ではなく、聞こえ、すなわち音だけであり、それは耳を通して生じる、その物についての心像や観念である。このようなものは、心像の名である。

第四に、名前そのものや発話を、計算に入れ、考察し、名づける場合である。〈一般的〉〈普遍的〉〈特殊〉〈多義的〉は、名前の名である。また、〈肯定〉〈質問〉〈命令〉〈叙述〉〈三段論法〉〈説教〉〈演説〉など、多くの語は、発話の名である。

肯定名の用途

肯定名の種類は、これですべてである。肯定名は、自然の中にあるもの、あるいは人間の心が思い描けるものを示す目印としてつけられる。たとえば、存在する、または存在すると考えられる物体、物体にある、またはあると想像される性質、あるいは語や発話である。

否定名とその用途

ほかに〈否定名〉と呼ばれる名前もある。これは、ある語が、今問題にしているものの名前ではないことを示す目印である。〈何もない〉〈誰もいない〉〈無限〉〈教えられない〉〈三は四に足りない〉などがそうである。これらも、何かの名前ではないにもかかわらず、計算や計算の訂正に役立ち、過去の思考を呼び戻す。正しく用いられていない名を受け入れないようにするからである。

意味のない語

そのほかの名前は、すべて意味のない音にすぎず、それには二種類ある。一つは、新しく作られ、まだ定義によって意味を説明されていない名前である。学派の学者や、混乱した哲学者は、このような名前を大量に作り出してきた。

もう一つは、意味が互いに矛盾し、両立しない二つの名前から、一つの名前を作る場合である。〈非物体的な物体〉、あるいは同じことであるが、〈非物体的な実体〉という名や、そのほか非常に多くの例がある。ある肯定が偽であるとき、それを構成する二つの名を組み合わせて一つにしても、何も意味しないからである。たとえば、〈四角形は丸い〉という肯定が偽なら、〈丸い四角形〉という語は何も意味せず、ただの音にすぎない。同じように、徳を注いだり吹き込んだりできるというのが偽なら、〈注ぎ込まれた徳〉〈吹き込まれた徳〉という語も、丸い四角形と同じく、不合理で無意味である。そのため、意味も内容もない語で、ラテン語やギリシャ語の名前を組み合わせていないものには、めったに出会わない。フランス人が、救い主をパロールという名で呼ぶのを聞くことは少ないが、ヴェルブという名で呼ぶのは、よく聞く。しかし、ヴェルブとパロールの違いは、一方がラテン語由来で、他方がフランス語だということだけなのである。

理解

ある発話を聞いた人に、その発話の語と結びつきが示すものとして定められた思考が起こるとき、その人はそれを〈理解する〉と言われる。理解とは、言葉によって生じる観念にほかならない。したがって、言葉が人間だけにそなわるものなら、私の知るかぎりそうなのだが、理解もまた人間だけにそなわることになる。ゆえに、不合理で偽の肯定が、普遍的な肯定である場合、それを理解することはできない。多くの人は、その語を小声で繰り返したり、心の中で暗唱したりしているだけなのに、理解していると思っているが。

どのような言葉が人の心の欲求、嫌悪、情念を表すか、また、それらの言葉の用途と濫用については、情念を論じた後で述べる。

意味の定まらない名前

われわれに働きかけるもの、つまり喜びや不快を与えるものの名前は、人々の日常の会話では、意味が一定しない。同じものによってすべての人が同じ影響を受けるわけではなく、同じ人でも、いつも同じように感じるわけではないからである。すべての名前は、われわれの観念を表すためにつけられ、感情もすべて観念にほかならない。だから、同じものを違って捉えるとき、それに違う名をつけるのを避けることは難しい。捉えられるものの本性が同じでも、体のつくりや、前もって抱いている意見の違いによって、受け取り方は異なり、あらゆるものが、それぞれの情念によって色づけられる。したがって推論に際しては、物の本性についてわれわれが思い描くものを示すだけでなく、話し手の本性、性向、利害をも表す語に、気をつけなければならない。徳や悪徳の名前がそうである。ある人が〈知恵〉と呼ぶものを、別の人は〈恐れ〉と呼ぶ。ある人が〈残酷〉と呼ぶものを、別の人は〈正義〉と呼ぶ。〈浪費〉と〈度量の大きさ〉、〈重厚〉と〈愚鈍〉なども同様である。それゆえ、このような名前は、どんな推論にとっても、確かな根拠には決してなれない。比喩や転義も同様である。ただし、後者は、意味を変えていると自ら示しているのに対し、前者はそうではないので、後者のほうが危険は少ない。

第五章 理性と学問について

理性とは何か

人が推論するとき、行っているのは、部分を足して総計を捉えるか、ある合計から別の合計を引いて残りを捉えることだけである。これを語によって行う場合は、すべての部分の名前から全体の名前へのつながりを、あるいは、全体と一部分の名前から、残りの部分の名前へのつながりを捉えることである。数などについては、足し算と引き算のほかに、掛け算や割り算といった操作もあると言うが、それらも同じことである。掛け算は等しいもの同士を足すことにすぎず、割り算は、あるものを引けるだけ繰り返し引くことにすぎないからである。こうした操作は、数だけでなく、足し合わせたり、一方から他方を差し引いたりできる、あらゆる種類のものに当てはまる。算術家が数の加減を教えるのと同じように、幾何学者は、線、平面や立体の図形、角、比例、時間、速さの程度、力、能力などについて、加減を教える。論理学者は、語のつながりについて同じことを教える。二つの名前を足して一つの肯定を、二つの肯定を足して三段論法を、多くの三段論法を足して証明を作る。また、三段論法の総計、すなわち結論から一つの命題を引き、もう一つの命題を見つける。政治論の著者は約定を足し合わせて人々の義務を見いだし、法律家は法律と事実を足し合わせて、私人の行為の何が正しく、何が不正かを見いだす。要するに、どんな事柄であれ、加減の余地があるところには理性の働く余地もあり、加減の余地がないところでは、理性には何一つすることがない。

理性の定義

以上から、理性を心の能力の一つに数えるとき、この語で何を意味するかを、定義し、すなわち確定することができる。この意味での理性とは、われわれの思考を記し、示すために合意された一般的な名前のつながりを、計算すること、つまり足し引きすることにほかならない。自分一人で計算するときには〈記す〉と言い、ほかの人に計算を論証したり、その正しさを証明したりするときには〈示す〉と言うのである。

正しい理性はどこにあるか

算術において、慣れない人が誤るのは避けがたく、専門家自身も、しばしば計算を間違える。それと同じように、ほかのどんな推論の対象でも、もっとも有能で、注意深く、経験豊かな人が、自分を欺き、偽の結論を導くことがある。これは、算術が確実で誤りのない技術であるのと同様に、理性そのものがつねに正しい理性だということを否定するものではない。しかし、一人の人間の理性も、何人かの人々の理性も、それだけで確実さを生み出すわけではない。大勢の人が全員で正しいと認めたからといって、勘定が正しく計算されていることにはならないのと同じである。勘定に争いがあるとき、当事者は合意によって、仲裁人か裁判官の理性を正しい理性として立て、その判決に双方が従わなければならない。そうしなければ、自然が定めた正しい理性は存在しないので、争いは暴力に至るか、未解決のままになる。これは、あらゆる種類の論争にも当てはまる。ところが、自分は誰より賢いと思う人々が、大声で正しい理性を裁判官にせよと要求しながら、実際には、他人ではなく自分の理性だけで事を決めようとすることがある。これは人間社会において、札遊びで切り札が決まった後、自分の手札でいちばん多い種類を、そのつど切り札として使おうとするのと同じく、我慢ならないことである。自分の情念がそのつど優勢になるたびに、しかも自分が当事者である争いの中で、それを正しい理性と認めさせようとする人々は、まさにそうしている。自分に正しい理性があると主張することによって、その欠如をさらしているのである。

理性の用途

理性の用途と目的は、最初の定義や、名前の確定された意味から遠く離れた、一つか少数の推論の総計や真偽を見つけることではない。その定義や意味から出発し、一つのつながりから次のつながりへと進むことである。最終の結論が確実であるためには、その根拠となり、そこから導かれた、すべての肯定と否定が確実でなければならない。たとえば家長が会計を調べるとき、各支出の請求書の合計を足して総額を出すだけで、提出した者が個々の請求書をどう足し上げたかも、何に対して金を払うのかも気にしないのなら、会計担当者それぞれの腕と正直さを信じ、勘定を一括で認める以上の利益は得られない。同じように、ほかのすべての事柄についても、著者を信頼して結論を受け入れ、各計算の最初の項目、つまり定義によって確定された名前の意味から結論を導かない人は、労を無駄にしている。その人は何かを知っているのではなく、ただ信じているだけなのである。

誤りと不合理について

言葉を使わずに計算することも、個別の物についてはできる。たとえば、あるものを見て、その前に何が起きたらしいか、その後に何が起きそうかを推測する場合である。予想したことが後に起こらなかったり、以前に起きたと思ったことが実際には起きていなかったりするとき、これを〈誤り〉と呼ぶ。もっとも思慮深い人も、これを免れない。しかし、一般的な意味を持つ語で推論し、偽の一般的な結論に至る場合、それはふつう誤りと呼ばれるものの、実際には〈不合理〉、すなわち意味のない発話である。誤りとは、あることが過去に起きた、または未来に起きると推測して欺かれることにすぎない。実際には起きていなくても、あるいは今後起きなくても、そのことが不可能だとは見て取れなかったのである。これに対して、一般的な主張が真でなければ、その主張の可能性そのものを思い描くことはできない。音以外に何も捉えられない語を、われわれは不合理、無意味、無内容と呼ぶ。それゆえ、誰かが私に、丸い四角形、チーズの中にあるパンの偶有性、非物質的な実体、自由な臣民、自由意志、あるいは、抵抗によって妨げられないという意味以外で何かが自由だということを語るなら、私は、その人は誤っているとは言わない。その人の言葉には意味がない、つまり不合理だと言うだろう。

私はすでに第二章で、人間は、何かを思い浮かべると、その先のつながりや、それを用いてどんな結果を生み出せるかを探ろうとする能力において、ほかのすべての動物より優れていると述べた。ここで、同じ優越の、もう一段高い点を加えておこう。人間は、自分が見つけたつながりを、言葉によって、定理や格言と呼ばれる一般的な規則にまとめることができる。つまり、数だけでなく、一方を他方に加えたり、一方から他方を差し引いたりできる、あらゆるものについて、推論し、計算できるのである。

だが、この特権は、もう一つの特権によって損なわれる。それは、人間以外のどの生き物も陥らない、不合理という特権である。そして人間の中でも、もっとも不合理に陥りやすいのは、哲学を専門とする人々である。キケロがどこかで彼らについて述べた、〈どれほど不合理なことでも、哲学者の書物の中に見つからないものはない〉という言葉は、まことにそのとおりである。理由は明らかだ。彼らのうち、使おうとする名前の定義や説明から推論を始める者は、一人もいないからである。この方法を用いてきたのは幾何学だけであり、それによって、幾何学の結論には論争の余地がなくなっている。

不合理の原因

不合理な結論の第一の原因を、私は方法の欠如に求める。人々が、定義、すなわち語の確定した意味から、推論を始めないことである。それは、〈一、二、三〉という数の語の値を知らずに、勘定ができると思うのと同じである。

また、前章で述べたように、どの物体もさまざまな観点から計算に入れられ、その観点にはそれぞれ違う名がついている。したがって、それらの名を混同したり、主張の中で不適切に結びつけたりすることで、さまざまな不合理が生じる。それゆえ、次のようになる。

不合理な主張の第二の原因を、私は、物体の名を偶有性に与えたり、偶有性の名を物体に与えたりすることに求める。たとえば、〈信仰が注ぎ込まれる、あるいは吹き込まれる〉と言う場合がそうである。何かの中に注いだり吹き入れたりできるのは、物体だけだからである。また、〈延長が物体である〉〈心像は霊である〉などと言う場合もそうである。

第三の原因は、われわれの外にある物体の偶有性の名を、われわれ自身の体の偶有性に与えることである。〈色は物体の中にある〉〈音は空気の中にある〉などと言う場合が、それに当たる。

第四は、物体の名を、名前や発話に与えることである。〈普遍的な物がある〉〈生き物は類、すなわち一般的な物である〉などと言う場合がそうである。

第五は、偶有性の名を、名前や発話に与えることである。〈ある物の本性は、その定義の中にある〉〈人の命令は、その人の意志である〉などと言う場合がそうである。

第六は、本来の意味を持つ語の代わりに、比喩、転義、そのほかの修辞表現を使うことである。たとえば日常の会話で、〈道がこちらへ、あるいはあちらへ行く、導く〉〈ことわざはこう言う〉と言ってもかまわない。実際には道は歩かず、ことわざはしゃべらないが、そう言うことは許される。しかし、計算し、真理を求めるときには、このような言い方を認めてはならない。

第七は、何も意味しないのに、学派から取り入れ、丸暗記した名前である。〈位格的〉〈全実体変化する〉〈実体を共にする〉〈永遠の今〉など、学派の学者の同種の決まり文句が、それに当たる。

これらを避けられる人は、計算が長くなり、前のことを忘れてしまう場合を別とすれば、不合理に陥ることはなかなかない。すべての人間は、生まれつき同じように推論し、よい原理を持っていれば、正しく推論するからである。幾何学で間違ったうえに、他人から誤りを指摘されても、なおそれに固執するほど愚かな者がいるだろうか。

学問

ここから分かるように、理性は、感覚や記憶のように生まれつきそなわるものでも、思慮のように経験だけで得られるものでもなく、努力によって達成されるものである。まず適切に名前をつけ、次に、名前という要素から、それらを互いに結びつけた主張へ、さらに、主張同士を結びつけた三段論法へと進む、よく秩序だった方法を身につける。そして、扱っている主題に属する名前のあらゆるつながりを知るに至る。これが、人々の言う〈学問〉である。感覚と記憶は、過ぎ去って取り戻せない事実についての知識にすぎない。それに対し、学問は、帰結と、一つの事実が別の事実に依存するあり方についての知識である。それによって、今できることを出発点として、望むときに別のことを行う方法、あるいは別の時に同じようなことを行う方法が分かる。あることが、どんな原因に基づき、どのように生じるかを見て取れば、同じような原因を自分の力で扱えるとき、同じような結果を生じさせる方法も分かるからである。

したがって、子どもは、言葉を使えるようになるまでは、理性をまったくそなえていない。それでも理性的な生き物と呼ばれるのは、将来、理性を使うようになる可能性が、明らかだからである。また、人々の大半は、ある程度まで数えるなど、少しは推論できても、日常生活では、それがほとんど役に立っていない。日々の行動は、経験の違い、記憶の速さ、さまざまな目的への傾きによって、ある者はうまく、ある者は下手に導かれる。だが、とりわけ左右するのは、幸運と不運、そして互いの誤りである。学問、すなわち行動の確かな規則からは、あまりに遠く、それが何であるかさえ知らない。彼らは、幾何学を魔術だと思ってきた。そのほかの学問についても、基礎と、それに続くいくらかの進歩を教わり、どう獲得され、組み立てられるかを見ていない人は、この点で子どもと同じである。子どもは、人が生まれる仕組みを知らず、弟や妹は生まれたのではなく、庭で見つけたのだと、女たちに言われて信じるのである。

それでも、学問を持たない人が、自然な思慮だけで身を処している状態のほうが、推論を誤ったり、推論を誤る人を信じたりして、偽で不合理な一般的規則に行き着く人よりも、よく、立派である。原因や規則を知らないことは、偽の規則を頼りにし、自分の目指すものの原因ではなく、むしろ逆の結果の原因であるものを、その原因だと思い込むことほど、人を道から遠ざけはしないからである。

結論を述べれば、人間の心を照らす光は、明快な語である。ただし、正確な定義によって、あらかじめ芯を整え、曖昧さを取り去っておかなければならない。理性は歩み、学問の増大は道、人類の利益は目的地である。反対に、比喩や、意味のない曖昧な語は、鬼火のようなものである。それらに基づいて推論するのは、無数の不合理の間をさまようことであり、その行き着く先は、争い、反乱、あるいは軽蔑である。

思慮と叡智、その違い

豊かな経験が思慮であるのと同じように、豊かな学問は叡智である。われわれは、どちらにもふつう〈知恵〉という一つの名を使うが、ラテン人はつねにプルデンティアとサピエンティアを区別し、前者を経験に、後者を学問に帰していた。この違いをもっと明らかにするため、自然に身についた、武器を扱うすぐれた習熟と器用さを持つ人と、その器用さに加えて、ありうるどんな姿勢や構えにおいても、自分が相手をどこで攻撃でき、どこで攻撃されうるかについて、学問を身につけた人を考えてみよう。前者の能力と後者の能力の関係は、思慮と叡智の関係に等しい。どちらも有用だが、後者には誤りがない。これに対し、書物の権威だけを信じ、盲目のまま盲人に従う人々は、剣術教師の偽の規則を信じて、思い上がって敵に挑み、殺されるか、恥をかかされる人に似ている。

学問を持つことのしるし

学問を持つことのしるしには、確実で誤りのないものと、不確かなものがある。ある事柄について学問を持つと称する人が、それを教えられる、つまり、その真実をほかの人に明快に証明できるなら、そのしるしは確実である。単にいくつかの個別の出来事が主張に合い、多くの場合に、その人が必ずそうなると言ったとおりになるだけなら、しるしは不確かである。思慮のしるしは、すべて不確かである。結果を変えうるあらゆる事情を、経験によって観察し、覚えておくことは、不可能だからである。だが、ある仕事を進めるに当たって、誤りのない学問を持たないのに、自分の自然な判断を捨て、著者の中に読んだ、数多くの例外がある一般的な格言に従うのは、愚かさのしるしであり、ふつう〈衒学〉という名で軽蔑される。国家の会議で、政治や歴史の書物を読んだことをひけらかしたがる当人たちでさえ、自分個人の利害がかかる家の内の問題で、そうする者はほとんどいない。自分の私事については、それなりに思慮があるのである。しかし、公の場では、他人の仕事の成否よりも、自分の才知の評判を気にかけるのである。

第六章 一般に情念と呼ばれる、随意運動の内的な始まりと、それを表す言葉について

生命運動と動物運動

動物には、それに固有の二種類の運動がある。一つは〈生命運動〉と呼ばれ、発生の際に始まり、生涯にわたって途切れずに続く。血液の流れ、脈拍、呼吸、消化、栄養摂取、排泄などがこれに当たり、こうした運動には想像の助けは要らない。もう一つは〈動物運動〉であり、〈随意運動〉とも呼ばれる。歩く、話す、手足を動かすなど、あらかじめ心に思い描いた仕方で行う運動である。感覚が、われわれの見聞きする物の作用によって、感覚器官や体の内部に生じる運動であり、心像が、感覚の後にも残る、その運動の名残にすぎないことは、すでに第一章と第二章で述べた。また、歩く、話すといった随意運動は、いつも、それに先立つ、どこへ、どの道を、何を、という思考に依存する。したがって、想像が、あらゆる随意運動の、最初の内的な始まりであることは明らかだ。学問のない人は、動く物が見えなかったり、動く距離が短すぎて感じ取れなかったりすると、そこに運動がまったくないと考える。しかし、それは、そのような運動の存在を妨げるものではない。距離がどんなに短くても、その距離を一部として含む、もっと長い距離を移動するものは、先にその短い距離を移動しなければならないからである。人間の体の内部にある、こうした微小な運動の始まりを、それが歩行、発話、打撃、そのほか目に見える行為となって現れる前の段階で、ふつう〈努力〉と呼ぶ。

努力、欲求、欲望、空腹、渇き、嫌悪

この努力が、それを引き起こすものへと向かう場合、〈欲求〉または〈欲望〉と呼ばれる。後者は一般的な名称であり、前者は、しばしば食物への欲望、すなわち空腹や渇きを意味するものに限られる。反対に、努力が何かから遠ざかる場合は、一般に〈嫌悪〉と呼ぶ。欲求と嫌悪を表すこれらの語は、ラテン語から来ており、それぞれ、近づく運動と退く運動を意味する。対応するギリシャ語のホルメーとアフォルメーも同じである。自然そのものが、しばしば人々にこれらの真理を強く示しているのに、人々は後になって自然を超えた何かを探そうとすると、その真理につまずくのである。たとえば学派の人々は、単に歩いたり動いたりしたいという欲求の中に、現実の運動をまったく認めない。それでも何かの運動を認めなければならないので、それを〈比喩的な運動〉と呼ぶ。しかし、これは不合理な言い方にすぎない。語を比喩的とは呼べても、物体や運動を比喩的とは呼べないからである。

人が欲するものについては、それを〈愛する〉とも言い、嫌悪を抱くものについては、〈憎む〉と言う。したがって、欲望と愛は同じものである。ただし、欲望という語では、つねに対象の不在を示し、愛という語では、たいてい対象の存在を示す。同じように、嫌悪では対象の不在を、憎しみではその存在を示す。

欲求や嫌悪のうちには、人間に生まれつきそなわるものがある。食物を求める欲求、排泄して体内のものを出す欲求などがそうであり、後者は、体内に感じる何かへの嫌悪と呼ぶほうが、むしろ適切かもしれない。ほかにも、生まれつきの欲求はいくらかあるが、多くはない。そのほかの、個々の物への欲求は、その物が自分やほかの人にもたらす作用を、経験し、試すことから生じる。まったく知らないものや、存在を信じていないものに対しては、味わい、試してみたいという以上の欲望を抱くことはできない。しかし、嫌悪については、自分を傷つけたと知っているものに対してだけでなく、害があるかどうか分からないものに対しても抱く。

無関心

われわれが欲しも憎みもしないものについては、それを〈意に介さない〉と言う。この〈無関心〉は、ある物の作用に対して心臓が動かされず、動くことを拒むことにほかならない。それは、心臓がすでに、もっと強いほかの対象によって別の方向に動かされているか、あるいは、その物についての経験がないことから生じる。

人間の体の状態は絶えず変化しているので、以前と同じものすべてが、いつも同じ欲求や嫌悪を引き起こすことは不可能である。まして、すべての人が、同じ一つの対象を欲する点で一致することは、ほとんどありえない。

善と悪

人は、自分の欲求や欲望の対象であるものを、自分にとって〈善い〉と呼ぶ。また、憎しみや嫌悪の対象を〈悪い〉と呼び、無関心の対象を〈つまらない、取るに足りない〉と呼ぶ。善い、悪い、意に介するに値しないという語は、いつも、それを使う人との関係において用いられる。何かが、ただそれ自体で、絶対的にそうであることはない。また、善悪の共通の規則を、対象そのものの本性から取り出すこともできない。国家のないところでは個々の人間の人格から、国家のあるところでは、それを代表する人格から、あるいは、意見を異にする人々が合意によって立て、その裁定を規則とする仲裁人や裁判官から、規則を得るのである。

美しいものと醜いもの、快いものと有益なもの、不快なものと無益なもの

ラテン語には、善と悪に意味が近いが、まったく同じではない二つの語がある。プルクルムとトゥルペである。前者は、目に見える何らかのしるしによって善を予告するもの、後者は、悪を予告するものを意味する。しかし、われわれの言語には、それほど一般的に表せる名前はない。プルクルムに当たるものを、対象に応じて、きれい、美しい、端正、立派、名誉ある、見目よい、愛らしいなどと言い、トゥルペに当たるものを、汚い、形の崩れた、醜い、卑しい、吐き気を催すなどと言う。どの語も、適切な場所で使われれば、善や悪を予告する様子や顔つき以上のものは意味しない。したがって、善には三種類ある。予告の中にある善、すなわちプルクルム。望まれた目的として、結果の中にある善、すなわちユクンドゥム、快いもの。そして手段としての善、すなわちウティレ、有益なものである。悪にも同じだけの種類がある。予告の中にある悪はトゥルペ、結果や目的の中にある悪はモレストゥム、不快で、煩わしいもの、手段としての悪はイヌティレ、無益で、有害なものである。

快と不快

感覚において、われわれの内部に実際にあるのは、前に述べたように、外部の対象の作用が生じさせる運動だけである。それでも、現れとしては、目には光や色、耳には音、鼻には匂いなどとなる。同じように、その対象の作用が、目や耳などの器官から心臓まで伝わると、そこでの実際の効果は、運動あるいは努力にほかならず、動かす対象へ向かう欲求か、それから離れる嫌悪となる。しかし、その運動の現れ、すなわち感じられるものを、われわれは〈快〉、あるいは〈心の苦しみ〉と呼ぶ。

快楽と苦痛

欲求と呼ばれ、その現れとして快や快楽と呼ばれるこの運動は、生命運動を強め、それを助けるもののように思われる。それゆえ、快を生じさせるものが、助ける、あるいは強めるという意味のユウァンドに由来して、ユクンダと呼ばれたのも、適切である。反対のものが、生命運動を妨げ、乱すことから、モレスタ、不快なものと呼ばれるのも同様である。

したがって、快楽、すなわち快は、善の現れ、あるいは善を感じることであり、苦痛や不快は、悪の現れ、あるいは悪を感じることである。その結果、あらゆる欲求、欲望、愛には、多かれ少なかれ快が伴い、あらゆる憎しみや嫌悪には、多かれ少なかれ不快や苦痛が伴う。

感覚の快楽、心の快楽、喜び、痛み、悲しみ

快楽や快のうちには、目の前にある対象の感覚から生じるものがあり、これは〈感覚の快楽〉と呼んでよい。これを非難する人だけが使う〈好色な、肉欲的な〉という語は、法律のないところでは、まだ意味を持たない。この種類には、体内にものを取り入れたり、体外へ出したりすることすべてと、見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れるという感覚で快いものすべてが含まれる。別の快楽は、物事の結末や帰結を見通すことから生じる期待に由来する。その物事自体が、感覚に快を与えるか、不快を与えるかは問わない。これは、その帰結を導き出す人の〈心の快楽〉であり、一般に〈喜び〉と呼ばれる。同様に、不快にも、感覚の中にあって〈痛み〉と呼ばれるものと、帰結を予期することにあって〈悲しみ〉と呼ばれるものとがある。

欲求、欲望、愛、嫌悪、憎しみ、喜び、悲しみと呼ばれるこれらの単純な情念は、さまざまな観点に応じて、名前を変える。第一に、それらが互いに続いて起こるとき、欲するものを得られる見込みについて、人々がどう考えるかによって、違う名で呼ばれる。第二に、愛したり憎んだりする対象によって、第三に、それらの多くを一緒に考えることによって、第四に、その変化や移り変わり自体によって、名前が変わる。

希望――得られると思うことを伴う欲求は、〈希望〉と呼ばれる。

絶望――同じ欲求に、その見込みがない場合は、〈絶望〉である。

恐怖――対象から害を受けると思うことを伴う嫌悪は、〈恐怖〉である。

勇気――同じ嫌悪に、抵抗によってその害を避けられるという希望が伴う場合は、〈勇気〉である。

怒り――突然起こる勇気は、〈怒り〉である。

自信――持続する希望は、自分自身への〈自信〉である。

自己不信――持続する絶望は、自分自身への〈不信〉である。

憤り――他人が大きな害を受け、それが不正によってなされたと思うときの怒りは、〈憤り〉である。

好意――他人の善を願う欲望は、〈好意〉〈善意〉〈慈愛〉である。人間一般に向けられる場合は、〈善良さ〉である。

貪欲――富を求める欲望は、〈貪欲〉である。この名は、つねに非難の意味で使われる。人々は富をめぐって争い、他人が富を得ると不満を抱くからである。ただし、その欲望そのものが非難されるべきか、認められるべきかは、富を求める手段によって決まる。

野心――役職や人より上の地位を求める欲望は、〈野心〉である。この名も、今述べた理由から、悪い意味に使われる。

小心――自分の目的にわずかしか役立たないものを欲し、わずかな妨げにしかならないものを恐れることは、〈小心〉である。

度量の大きさ――わずかな助けや妨げを意に介さないことは、〈度量の大きさ〉である。

勇敢――死や負傷の危険の中での度量の大きさは、〈勇敢〉〈剛毅〉である。

気前のよさ――富を使う際の度量の大きさは、〈気前のよさ〉である。

吝嗇――富を使う際の小心は、嫌うか好むかによって、〈けち〉〈吝嗇〉、あるいは〈倹約〉と呼ばれる。

親愛――交わりを求めて人を愛することは、〈親愛〉である。

自然な性欲――感覚を喜ばせることだけを求めて人を愛することは、〈自然な性欲〉である。

淫欲――同じ愛が、過去の快楽を思い返し、想像することから身についた場合は、〈淫欲〉である。

恋情と嫉妬――一人の人を特別に愛し、自分も特別に愛されたいと望むことは、〈恋情〉である。それに、愛が相互のものではないのではないかという恐れが伴うと、〈嫉妬〉になる。

復讐心――他人に害を与えて、その人に自分自身のある行為を非と認めさせたいという欲望は、〈復讐心〉である。

好奇心――なぜ、どのように、ということを知りたい欲望は、〈好奇心〉である。これは、人間以外のどの生き物にもない。したがって、人間をほかの動物から区別するのは、理性だけでなく、この特有の情念でもある。ほかの動物では、食物への欲求や、そのほか感覚の快楽への欲求が優勢なので、原因を知ろうとする関心がなくなる。この原因を知りたい欲望は、心の欲情であり、知識を絶えず、疲れることなく生み出す喜びが長く続くことによって、どんな肉体的快楽の短い激しさをも上回る。

宗教、迷信、真の宗教――心が作り出したり、公に認められた物語から想像したりする、目に見えない力への恐れは、〈宗教〉である。その物語が公に認められていなければ、〈迷信〉である。そして、想像された力が、本当に想像したとおりのものである場合は、〈真の宗教〉である。

恐慌――何を、なぜ恐れるのか分からない恐れは、〈恐慌〉である。この名は、パン神がそれを引き起こすという物語に由来する。しかし実際には、こうして恐れる人のうち、最初の一人には、つねに原因について何らかの認識がある。ほかの人々は、その例を見て、仲間は理由を知っているのだろうと、それぞれ思い込んで逃げるのである。したがって、この情念は、人が群れ、あるいは多数集まっているところでしか起こらない。

驚き――新しいものを認めることから生じる喜びは、〈驚き〉である。それは、原因を知りたいという欲求をかき立てるので、人間に固有である。

誇りと虚栄――自分自身の力や能力を想像することから生じる喜びは、〈誇り〉と呼ばれる心の高揚である。それが過去の自分の行動の経験に基づくなら、自信と同じものである。しかし、他人のお世辞に基づいたり、その先に生じることを楽しむため、自分一人で力があると思い込んだりする場合は、〈虚栄〉と呼ばれる。この名は適切である。十分な根拠のある自信は挑戦を生むが、力があると思い込むだけでは挑戦を生まないので、まさしく空しいものと呼ばれるのである。

落胆――自分には力が足りないと思うことから生じる悲しみは、心の〈落胆〉と呼ばれる。

自分にはないと分かっている能力を、あると装ったり思い込んだりする虚栄は、とりわけ若者に多い。勇ましい人物の歴史や物語によって育てられ、年齢を重ね、実務に携わることで、しばしば正される。

突然の誇りと笑い――突然生じる誇りは、〈笑い〉と呼ばれる顔のゆがみを起こす情念である。自分が突然行って満足した何かの行為によって、あるいは、他人の中に何か見苦しいものを認め、それとの比較で急に自分をほめたたえることによって生じる。この情念がとくに起こりやすいのは、自分の能力が乏しいと自覚している人々である。彼らは、他人の欠点を見つけて、自分への好感を保たざるをえない。したがって、他人の欠点をたびたび笑うことは、小心のしるしである。度量の大きな人にふさわしい働きの一つは、他人を助け、軽蔑から救い出し、自分を比較するなら、もっとも有能な人とだけ比較することだからである。

突然の落胆と泣くこと――反対に、突然の落胆は、〈泣く〉という行為を生む情念である。それは、強く抱いていた希望や、自分の力の支えが、突然奪われる出来事から生じる。この情念にとくに陥りやすいのは、女性や子どものように、主に外からの助けに頼っている人々である。友人を失って泣く人もいれば、その冷淡さに泣く人もおり、和解によって復讐の思いを急に断たれて泣く人もいる。しかし、どんな場合も、笑うことと泣くことは、ともに突然の動きであり、慣れによって消える。古い冗談に笑ったり、昔の災難に泣いたりする人はいないからである。

恥と赤面――能力の欠けたところを知られたために起こる悲しみは、〈恥〉、すなわち赤面によって現れる情念である。それは、何か不名誉なことを認めることにある。若者においては、よい評判を愛するしるしであり、ほめるに値する。老人においても同じしるしではあるが、遅すぎるので、ほめるに値しない。

厚顔無恥――よい評判を意に介さないことは、〈厚顔無恥〉と呼ばれる。

憐れみ――他人の災難に対する悲しみは、〈憐れみ〉である。それは、自分にも同じ災難が降りかかるかもしれないという想像から生じる。そのため〈同情〉とも、今の言い方では〈ともに感じること〉とも呼ばれる。したがって、ひどい悪事から生じる災難については、もっとも善良な人々が、もっとも憐れみを抱かない。また、同じ災難についても、自分はそれに遭うおそれがもっとも少ないと思う人ほど、憐れみを抱かない。

残酷――他人の災難を意に介さず、あるいはほとんど感じないことを、人々は〈残酷〉と呼ぶ。それは、自分の身の上は安全だという思いから生じる。自分のほかの目的もないのに、他人が受けた重大な害そのものを楽しむことが、人にできるとは、私には思えない。

競争心と妬み――富、名誉、そのほかよいものをめぐる競争相手の成功に対する悲しみが、自分の能力を高めて相手に並び、あるいは追い越そうとする努力を伴うときは、〈競争心〉と呼ばれる。しかし、相手の地位を奪ったり、妨げたりする努力を伴うときは、〈妬み〉である。

熟慮――同じ一つの事柄について、人の心に欲求と嫌悪、希望と恐怖が交互に起こり、提案されたことを行ったり、行わなかったりする場合の、さまざまな善い結果と悪い結果が、次々に思い浮かぶことがある。そのため、ある時はそれを求め、ある時はそれを嫌い、ある時は実行できると望み、ある時は絶望したり、試みることを恐れたりする。このような欲望、嫌悪、希望、恐怖が、そのことが実行されるか、不可能だと思われるまで続く、その全体を、われわれは〈熟慮〉と呼ぶ。

したがって、過去の事柄について熟慮することはない。変えることが明らかに不可能だからである。不可能だと分かっていること、またはそう思っていることについても、熟慮しない。そのような熟慮は無駄だと知り、あるいは思うからである。しかし、実際には不可能でも、可能だと思っていることなら、無駄だと知らないので、熟慮することがある。また、これをデリベレーションと呼ぶのは、自分の欲求や嫌悪に従って、行うか行わないかを選べた、それまでの自由に終わりを与えるからである。

欲求、嫌悪、希望、恐怖がこうして交互に続くことは、人間だけでなく、ほかの生き物にも同じようにある。したがって、獣も熟慮する。

どんな熟慮も、熟慮していたことが実行されるか、不可能だと思われたときに、終わると言われる。それまでは、欲求や嫌悪に応じて、行うか行わないかの自由が残っているからである。

意志

熟慮において、行為そのもの、あるいは行わないことに直結する、最後の欲求または嫌悪が、われわれの言う〈意志〉である。これは意志する能力ではなく、意志する作用である。熟慮する獣には、当然、意志もあるはずだ。学派がふつう与える、〈意志は理性的な欲求である〉という定義は、よくない。もしそうなら、理性に反する随意行為はありえなくなるからである。随意行為とは、意志から生じる行為のことであり、それ以外ではない。しかし、〈理性的な欲求〉の代わりに、〈先行する熟慮から生じる欲求〉と言うなら、その定義は、私がここで与えたものと同じになる。したがって、意志とは、熟慮における最後の欲求である。日常の言い方では、ある人には、実際にはやめたものの、いったんは何かをする意志があった、と言う。しかし、それは厳密には傾向にすぎず、それによって何らかの行為が随意のものとなるわけではない。行為が依存するのは、それではなく、最後の傾向、すなわち欲求だからである。もし途中の欲求が行為を随意のものにするなら、同じ理由で、途中のすべての嫌悪も、その同じ行為を不随意のものにするはずである。すると、一つの同じ行為が、随意であると同時に不随意であることになってしまう。

ここから明らかなように、貪欲、野心、性欲、そのほか、目の前に示されたものへの欲求から始まる行為だけでなく、それを行わないことから生じる結果への嫌悪や恐怖から始まる行為も、随意行為なのである。

情念を表す言葉の形

情念を表す言葉の形は、思考を表す形と、一部は同じであり、一部は異なる。まず一般に、どの情念も、〈私は愛する〉〈私は恐れる〉〈私は喜ぶ〉〈私は熟慮する〉〈私は意志する〉〈私は命じる〉のように、直説法で表せる。しかし、その情念に固有の表現を持つものもある。それらの表現は、それを生じさせた情念があるということ以上の推論に用いられる場合を除けば、肯定の言明ではない。熟慮は接続法で表される。これは、仮定とその帰結を示すのに適した言い方であり、〈もしこれを行えば、その後にこれが起こる〉などがそうである。推論が一般的な語を用いるのに対し、熟慮はたいてい個別の事柄についてなされるという点以外は、推論の言葉と違わない。欲望や嫌悪の言葉は、〈これをせよ〉〈あれをするな〉という命令法である。相手にそれを行う、あるいは行わない義務があれば命令となり、そうでなければ願い、あるいは助言となる。虚栄、憤り、憐れみ、復讐心の言葉は、願望法である。知りたいという欲望には、疑問法という固有の表現があり、〈それは何か〉〈いつ起きるのか〉〈どう行われるのか〉〈なぜそうなのか〉といったものがそうである。私は、これ以外に情念の言葉を見いださない。呪い、罵り、悪口などは、言葉として意味を表すのではなく、習慣となった舌の動きとして意味を示すからである。

これらの言葉の形は、われわれの情念の表現、すなわち情念を意図的に示すものである。しかし、情念の確かなしるしではない。その情念を持っていてもいなくても、自由に使えるからである。現にある情念のもっともよいしるしは、顔つき、体の動き、行為、あるいは、ほかの手段でその人が持つと分かっている目的や狙いにある。

見かけの善と悪

熟慮の中で欲求や嫌悪を生じさせるのは、熟慮している行為の、善い帰結や悪い帰結を見通すことである。それゆえ、その行為の善い効果、悪い効果の判断は、長い帰結の連鎖を見通すことにかかっているが、最後まで見通せる人は、めったにいない。それでも、その人の見通せる範囲で、それらの帰結の中の善が悪を上回っていれば、その連鎖全体を、著者たちは〈現れる善〉〈見かけの善〉と呼ぶ。反対に、悪が善を上回るときは、全体が〈現れる悪〉〈見かけの悪〉である。したがって、経験や理性によって、帰結をもっとも広く、もっとも確かに見通す人が、自分自身でもっともよく熟慮し、望むなら、ほかの人にももっともよい助言を与えられる。

幸福

人がそのつど欲するものを、続けてうまく手に入れること、つまり、たえず順調に進むことを、人々は〈幸福〉と呼ぶ。ここで私が言うのは、この世での幸福である。われわれがここで生きている間、永久に心が静まっているということはない。生命そのものが運動にほかならず、感覚なしにありえないのと同様に、欲望なしにも、恐れなしにもありえないからである。神を敬虔に崇める人々に、神がどのような幸福を定めたかは、人は、それを味わう時になって初めて知る。その喜びは、現在のわれわれの理解を超えており、学派の〈至福直観〉という語が理解しがたいのと同じほど、捉えられない。

称賛と賛美

あるものの善さについて、自分の考えを表す言葉の形は、〈称賛〉である。あるものの力や偉大さを示す形は、〈賛美〉である。また、ある人の幸福についての自分の考えを示す形を、ギリシャ人はマカリスモスと呼ぶが、われわれの言語には、それに当たる名前がない。今回の目的には、情念について、これだけ述べれば十分である。

第七章 思考の展開の終わり、すなわち決着について

知識を得たいという欲望に導かれる思考の展開は、すべて最後には、知識を得るか、断念するかによって終わる。また、思考の連鎖は、どこで中断されるにしても、ひとまずそこで終わりとなる。

判断、すなわち最終の断定と、疑い

思考が心の中だけで進む場合、あることが起こる、起こらない、あるいは起きた、起きなかった、という考えが交互に続く。したがって、どこでその連鎖を断っても、その人は、〈起こるだろう〉〈起こらないだろう〉、あるいは〈起きただろう〉〈起きなかっただろう〉という推測の状態に置かれる。これらはすべて意見である。善悪をめぐる熟慮の中で欲求が交替するのに対応して、過去と未来の真実を探るときには、意見が交替する。また、熟慮の中の最後の欲求を意志と呼ぶのと同じように、過去と未来の真実を探る中での最後の意見は、〈判断〉、すなわち考える人の、決着をつける最終の断定と呼ばれる。そして、善いか悪いかという問題において、交替する欲求の連鎖全体を熟慮と呼ぶのと同じように、真か偽かという問題において、交替する意見の連鎖全体を〈疑い〉と呼ぶ。

どんな思考の展開も、過去または未来の事実についての、無条件の知識に終わることはない。事実の知識は、もともとは感覚であり、その後はつねに記憶だからである。また、先に学問と呼んだ、帰結についての知識は、無条件ではなく、条件つきのものである。思考の展開によって、これこれのことがある、あった、あるだろうと知ること、つまり無条件に知ることは、誰にもできない。知ることができるのは、〈もしこれがあるなら、あれもある〉〈もしこれがあったなら、あれもあった〉〈もしこれがあるだろうなら、あれもあるだろう〉ということだけである。これは条件つきで知ることであり、しかも、ある物から別の物への帰結ではなく、ある物の一つの名から、同じ物の別の名への帰結なのである。

学問、意見、良心

したがって、思考の展開が言葉に表され、語の定義から始まって、それらを結んだ一般的な肯定へ、さらに、それらを結んだ三段論法へと進む場合、その終わり、すなわち最終の総計は〈結論〉と呼ばれる。そして、その結論が表す心の思考が、条件つきの知識、すなわち語の帰結についての知識であり、ふつう〈学問〉と呼ばれるものである。しかし、その思考の展開の最初の根拠が定義でなかったり、定義が正しく結ばれて三段論法を作っていなかったりすれば、終わり、すなわち結論は、やはり〈意見〉である。つまり、何か述べられたことが真であるという意見であり、時には、それが不合理で無意味な、理解しようのない語で述べられていることもある。二人以上の人が同じ一つの事実を知っている場合、彼らは互いに、その事実を〈ともに知っている〉と言われる。コンシャスという語は、まさに一緒に知ることを意味する。そのような人々は、互いの行為や第三者の行為について、もっとも適した証人なので、自分のコンシエンス、すなわちともに知っていることに反して話したり、他人を買収し、強制してそうさせたりするのは、昔から、そして今後も、非常に悪い行為と見なされる。そのため、コンシエンスを根拠とする申し立ては、いつの時代にも、きわめて注意深く聞かれてきた。その後、人々は同じ語を比喩的に、自分だけの秘密の行為や思考を知ることにも使うようになった。そこで、〈良心は千人の証人である〉と、修辞的に言われる。ついには、自分の新しい意見を、どれほど不合理でも熱烈に愛し、頑なに守ろうとする人々が、その意見にも〈良心〉という尊敬される名を与えた。まるで、それを変えたり、それに反して話したりすることが、不法であるかのように見せるためである。こうして、せいぜい、自分はそう思っていると知るだけなのに、自分はそれが真実だと知っているかのように装うのである。

信じることと信頼

人の思考の展開が定義から始まらない場合は、自分自身の何か別の考察から始まるか、他人の何らかの言葉から始まるかの、どちらかである。前者なら、依然として意見と呼ばれる。後者では、その話し手が真実を知る能力を持ち、欺かない正直さも持っていると、本人は疑っていない。この場合、思考の展開は、事柄そのものよりも、その人物に関わり、その決着は〈信じること〉や〈信頼〉と呼ばれる。信頼は人に向けられ、信じることは、その人と、その発言の真実との双方に関わる。したがって、信じることには、二つの意見がある。一つはその人の発言について、もう一つはその人の徳についてである。〈ある人を信頼する〉〈ある人に頼る〉〈ある人を信じる〉は、同じこと、すなわち、その人の誠実さについての意見を意味する。しかし、〈言われたことを信じる〉は、その発言の真実についての意見だけを意味する。ただし、英語の〈アイ・ビリーヴ・イン〉という句、同じくラテン語の〈クレドー・イン〉、ギリシャ語の〈Pisteno Eis〉は、神学者の文章以外では使われないことに、注意しなければならない。ほかの文章では、その代わりに、〈私はその人を信じる〉〈その人を信用する〉〈その人を信頼する〉〈その人に頼る〉という表現を使う。ラテン語ならクレドー・イッリ、フィードー・イッリ、ギリシャ語ならPisteno Antoである。そして、この語の教会的な使い方が特別であることから、キリスト教信仰の正しい対象について、多くの論争が生まれたのである。

しかし、信条にある〈信ずる〉とは、その人物への信頼ではなく、教義を告白し、承認することを意味する。キリスト教徒だけでなく、どんな人々も、神が語るのを聞けば、理解できるかどうかにかかわらず、そのすべてを真実だと受け入れるという意味で、神を信じる。これは、どんな人物に対してであれ、持ちうる信仰と信頼のすべてである。しかし、すべての人が、信条の教義を信じているわけではない。

ここから、どんな発言であれ、事柄そのものや自然な理性の原理からではなく、発言した人の権威や、その人についてのよい評価を根拠に真実だと信じるとき、われわれの信頼の対象は、その話し手、つまり、われわれが信じ、頼り、その言葉を受け入れる人物であると分かる。信じることによって示される敬意も、その人だけに向けられる。したがって、神ご自身から直接の啓示を受けたことがないのに、聖書は神の言葉だと信じるとき、われわれの信念、信仰、信頼は、教会に向けられている。その言葉を受け入れ、そこで納得しているからである。また、預言者が神の名によって語ることを信じる人々は、その預言者が真の預言者か偽の預言者かを問わず、預言者の言葉を受け入れ、その人に敬意を払い、その語ることの真実について、その人を信頼し、信じている。ほかのあらゆる歴史についても同じである。私が、アレクサンドロスやカエサルの輝かしい事績について、歴史家の書いたことをすべて信じなかったとしても、アレクサンドロスやカエサルの幽霊が、正当に怒る理由を持つとは思わない。怒るとすれば歴史家だけであり、ほかの誰でもない。リウィウスが、神々がかつて牛にものを言わせたと述べ、われわれがそれを信じなくても、そこで信頼しないのは神ではなく、リウィウスである。したがって、人間とその文章の権威だけを根拠として信じるものは、それが神から送られた者の言葉かどうかにかかわらず、ただ人間に対する信頼であることが明らかである。

第八章 一般に知的と呼ばれる長所と、それに反する欠点について

知的な長所の定義

一般に、どんな事柄においても、徳、すなわち長所とは、卓越しているために評価される何かであり、比較において成り立つ。すべての人にあらゆるものが等しくそなわっていれば、何も高く評価されないからである。〈知的な長所〉とは、つねに、人々がほめ、重んじ、自分にもそなわってほしいと望む、心の能力を指す。それらはふつう、〈才知のよさ〉という名で呼ばれる。ただし、才知という同じ語を、特定の一つの能力を、ほかの能力から区別するために使うこともある。

自然な才知と、習得した才知

これらの長所には、自然なものと、習得したものとの二種類がある。自然なものと言っても、生まれた時から持っているものを意味するのではない。生まれつきあるのは感覚だけであり、その点では人々の間の違いも、人間と獣の違いも、長所の一つに数えられないほど小さいからである。私が意味するのは、方法、修養、教育によらず、実際に使い、経験することだけから得られる才知である。この〈自然な才知〉は、主に二つの点からなる。想像の速さ、つまり一つの思考から次の思考への素早い移行と、よしと認めたある目的へ、揺るがずに向かうことである。反対に、想像が遅いことは、ふつう〈鈍さ〉〈愚鈍〉と呼ばれ、あるいは運動の遅さや動きにくさを意味する別の名で呼ばれる、心の欠点をなす。

よい才知、すなわち想像力、よい判断力、分別

この速さの違いは、情念の違いから生じる。人によって好むものや嫌うものが違うので、思考の進む方向も異なり、想像を通り過ぎる事柄への引きつけられ方や、気づき方も違うからである。思考が次々に続く中で、その対象について注目できるのは、互いにどこが似ているか、どこが異なるか、何に役立つか、ある目的にどう役立つか、ということだけである。他人がめったに気づかない類似を見つける人は、よい才知を持つと言われる。この場合、意味しているのは、よい想像力である。これに対し、違いや不一致に気づくことは、物と物を区別し、識別し、判断することと呼ばれ、その識別が容易でない場合、それをする人には、よい判断力があると言われる。とくに交際や実務において、時、場所、人を見分ける必要がある場合、この長所を〈分別〉と呼ぶ。前者、すなわち想像力は、判断力の助けがなければ、長所としてほめられない。しかし後者、すなわち判断力と分別は、想像力の助けなしでも、それ自体でほめられる。よい想像力には、時、場所、人をわきまえる分別に加えて、自分の思考を、その目的、つまり何らかの用途へと、たびたび向け直すことも必要である。これができれば、この長所を持つ人は、喜ばれる類似を容易に見つけられる。それは、話を分かりやすくし、新しく適切な比喩で飾るからだけでなく、その着想の珍しさによっても、喜ばれるのである。しかし、一貫性と、何かの目的へ向かう方向がなければ、豊かな想像力は一種の狂気である。ある話を始めても、思い浮かぶものすべてに引きずられ、本来の目的を離れ、あまりにも数多く、長い脱線や挿話に入り込み、ついには完全に自分を見失う人が、それに当たる。この種の愚かさに、私は特別な名を知らない。その原因は、ある時は経験不足であり、それゆえ、他人にはそうでないものが、その人には新しく珍しく見える。また、ある時は小心であり、他人には些細なものが、その人には大きく見える。新しかったり大きかったりして、話すに値すると思われるものは何でも、その人を徐々に、意図した話の筋から引き離すのである。

よい詩には、叙事詩であれ劇詩であれ、またソネット、警句詩、そのほかの作品であれ、判断力と想像力の両方が必要である。ただし、より際立つべきなのは想像力である。詩は、常を超えたところで人を喜ばせるが、無分別によって不快にしてはならないからである。

よい歴史では、判断力が際立たなければならない。そのよさは、方法、真実、そして知るともっとも役立つ行為を選ぶことにあるからである。想像力の出番は、文体を飾ることだけに限られる。

称賛の演説や非難の言葉では、想像力が優勢である。目的が真理ではなく、名誉を与えるか、傷つけるかにあり、それが高貴なものや卑しいものとの比較によってなされるからである。判断力は、どんな事情が行為を称賛や非難に値するものにするかを、示すだけである。

勧告や弁論では、当面の目的に、真実と偽装のどちらがより役立つかによって、判断力と想像力のどちらがより必要かが決まる。

証明、助言、そして真理を厳密に探るあらゆる営みでは、判断力がすべてを行う。ただし、ときには適切な類似によって理解を開く必要があり、その限りで想像力にも用途がある。しかし、この場合、比喩は完全に排除される。比喩は、欺くことを公然と認めているのだから、それを助言や推論に持ち込むのは、明らかな愚かさだからである。

どんな話でも、分別の欠如が明らかなら、想像力がどれほど奔放でも、話全体が才知の欠如を示すものと受け取られる。反対に、分別が明らかであれば、想像力がどれほど平凡でも、決してそのようには受け取られない。

人の内密の思考は、聖なるもの、俗なるもの、清らかなもの、猥雑なもの、重々しいもの、軽いものと、あらゆるものを、恥も非難もなく巡る。しかし、言葉による話では、時、場所、人について判断力が認める範囲を超えて、そうすることはできない。解剖学者や医師は、不潔な事柄について、自分の判断を話したり書いたりしてよい。それは、楽しませるためではなく、役立てるためだからである。しかし、別の人が同じ事柄について、自分の奔放で愉快な想像を書けば、それは、泥の中で転がされた人が、そのまま立派な人々の前に姿を現すようなものである。違いを生むのは、分別の欠如である。また、くつろいでよいと互いに認めている、親しい仲間の中なら、語の音や多義的な意味を使って遊んでもよい。ときには、並外れた想像力が、気の利いた応酬を生むこともある。しかし説教、公の場、見知らぬ人や敬うべき人の前では、言葉の語呂合わせは、どれも愚かだと見なされる。この違いも、分別の欠如だけにある。したがって、才知が足りないと言われるところでは、欠けているのは想像力ではなく、分別である。ゆえに、想像力なしの判断力は才知だが、判断力なしの想像力は才知ではない。

思慮

ある企てを抱く人が、数多くの事柄へ思考を巡らせ、それらがその企てにどう役立つか、あるいは、どのような企てに役立ちうるかを見て取るとき、その観察が容易でも普通でもないものなら、その才知は〈思慮〉と呼ばれる。それは、同じような事柄と、その後に続いたことについての、豊かな経験と記憶に依存する。この点での人々の違いは、想像力や判断力の違いほど大きくない。同年齢の人々の経験は、量においてはそれほど違わず、違うのは、それぞれ私的な企てを持つことによる、経験の機会だからである。家をうまく治めることと、王国をうまく治めることは、思慮の程度が違うのではなく、仕事の種類が違うのである。小さな肖像を描くことと、等身大か、それ以上の大きさで描くことが、技術の程度の違いではないのと同じである。素朴な農夫でも、自分の家の事柄については、国王の枢密顧問官が他人の事柄について考えるより、思慮に富んでいる。

狡猾さ

思慮に、恐れや欠乏によって人々がふつう使うよう促される、不正あるいは不誠実な手段の使用を加えると、〈狡猾さ〉と呼ばれる曲がった知恵が生じる。これは、小心のしるしである。度量の大きさとは、不正、不誠実な助けを顧みないことだからである。また、ラテン語のウェルスティア、英語で〈その場しのぎ〉と呼ばれるものは、もっと大きな危険や不都合へ入り込むことで、当面のものを先送りすることである。ある人への支払いのために、別の人から奪う場合などがそうで、これは、さらに近視眼的な狡猾さにすぎない。ウェルスティアの名は、当面の利息を払うために、利子つきで金を借りることを意味する、ウェルスラに由来する。

習得した才知

習得した才知、つまり方法と教育によって身につける才知は、理性以外にない。それは、言葉の正しい使い方を土台とし、諸学問を生み出す。しかし、理性と学問については、すでに第五章と第六章で述べた。

こうした才知の違いの原因は、情念にある。情念の違いは、一部は体のつくりの違いから、一部は教育の違いから生じる。もし才知の違いが、脳や、外部・内部の感覚器官の状態から生じるなら、視覚、聴覚、そのほかの感覚にも、想像力や分別と同じくらい、人による違いがあるはずである。したがって、その原因は情念にある。情念が異なるのは、体質の違いだけでなく、習慣や教育の違いにもよるのである。

才知の違いをもっとも強く生じさせる情念は、主に、力、富、知識、名誉への欲望の強弱である。これらはすべて、最初のもの、すなわち力への欲望にまとめられる。富、知識、名誉は、力のそれぞれ異なる種類にすぎないからである。

移り気と狂気

したがって、これらのいずれにも強い情念を持たず、人々の言う無関心な人は、害を与えないという範囲では善良でありえても、すぐれた想像力や豊かな判断力を持つことは、ありえない。思考は欲望に対して、偵察兵や間諜のように働き、あちこちを巡って、欲するものへの道を見つける。心の動きの一貫性も速さも、すべてそこから生じるのである。欲望をまったく持たないことが死であるのと同じように、情念が弱いことは鈍さであり、あらゆるものに等しく情念を抱くことは、〈移り気〉や〈散漫〉である。そして、あるものに対する情念が、ふつう他人に見られるより強く、激しいことを、人々は〈狂気〉と呼ぶ。

狂気の種類は、情念そのものの種類と、ほとんど同じほど多い。異常で度を越した情念が、体の器官の不調や損傷から生じることもあれば、反対に、器官の損傷や不調が、情念の激しさや長い持続によって生じることもある。しかし、どちらの場合も、狂気は一つの同じ性質のものである。

その激しさや持続によって狂気を生む情念は、ふつう高慢や自惚れと呼ばれる、強い虚栄か、あるいは、ひどい心の落胆である。

激怒

高慢は人を怒りやすくし、その行きすぎは、〈激怒〉〈狂暴〉と呼ばれる狂気となる。こうして、過度の復讐欲は、習慣になると器官を損ない、激怒になる。嫉妬を伴う過度の愛も、激怒になる。自分は神の霊感を受けている、賢い、学識がある、美しいなどと、過度に思い込むことは、散漫や移り気になる。それに妬みが加われば激怒となる。他人に否定される何かを真実だと激しく思い込むことも、激怒になる。

憂鬱

落胆は、人を根拠のない恐怖に陥らせる。これは、ふつう〈憂鬱〉と呼ばれる狂気であり、さまざまな形で現れる。人里離れた場所や墓地に出入りすること、迷信的に振る舞うこと、人によってそれぞれ何か特定のものを恐れることなどである。要するに、奇妙で普通ではない振る舞いを生む情念は、すべて〈狂気〉という一般的な名で呼ばれる。狂気の種類を挙げるなら、手間さえ惜しまなければ、大軍ほどにも列挙できるだろう。そして、その行きすぎが狂気であるなら、悪へ向かう情念そのものも、同じ狂気の段階であることは疑いない。

たとえば、自分は霊感を受けているという思いにとらわれた人において、その情念から生じる途方もない行為を通じて、愚かさの効果が、一人ではいつも目に見えるとは限らない。しかし、大勢が結託すれば、群衆全体の激怒は、十分はっきりと見える。いちばん親しい友人に、わめき、殴り、石を投げつけること以上に、狂気の大きなしるしがあるだろうか。しかし、それさえ、そのような群衆がすることより、まだ少し軽い。彼らは、それまで一生を通じて自分たちを守り、害から安全にしてくれた人々に対して、わめき、戦い、滅ぼすからである。これが群衆において狂気なら、個々人においても同じである。大海原で、自分のすぐそばの水の部分からは音が聞こえなくても、その部分が、同量のほかの部分と同じだけ海鳴りに寄与していると、われわれは確信している。それと同じように、一人二人の人に大きな動揺が見えなくても、その一人一人の情念が、乱れた国の反乱の咆哮の一部をなすことは、確かである。また、狂気を示すものがほかに何もなくても、自分は霊感を受けていると称するだけで、十分な証拠になる。もしベドラムの収容者が、あなたを落ち着いた話でもてなし、あなたが帰り際に、今度その礼を返すため、どなたかと尋ねたところ、その人が〈父なる神だ〉と答えたとしたら、その狂気の証拠として、さらに途方もない行動を待つ必要はないだろう。

一般に〈私的な霊〉と呼ばれる、この霊感への思い込みは、他人が広く信じている誤りを、幸運にも見つけたことから始まる場合が、非常に多い。本人は、それほど独自な真理に、実際にはしばしば、見つけたのが偽りであっても真理だと思っているのだが、どのような推論の道をたどって至ったかを知らず、あるいは覚えていない。すると直ちに、自分は全能の神の特別な恩寵を受け、その霊によって、超自然的にその真理を啓示されたのだとして、自分自身に感嘆するのである。

また、狂気が、情念があまりに強く表れることにほかならないのは、酒の作用からも分かる。それは、器官の不調の作用と同じだからである。飲みすぎた人の振る舞いの違いは、狂気に陥った人の違いと同じである。激怒する者、愛情を示す者、笑う者と、どれも度を越しているが、それぞれの支配的な情念に従っている。酒の作用は、偽装を取り去り、自分の情念の見苦しさを見えなくするだけなのである。私は、もっとも冷静な人でも、何も気にかけず、心を働かせる仕事もなく、一人で歩いているとき、その時の思考の空しさや奔放さを、公に見られるのは望まないと思う。これは、導かれない情念が、大半はまさしく狂気であると認めることなのである。

古代から近代まで、狂気の原因について、世間には二つの考えがあった。ある人々は情念に求め、別の人々は、善いものであれ悪いものであれ、デーモン、すなわち霊に求めた。彼らは、霊が人間に入り込み、その人に憑き、器官を動かして、狂人に見られるような奇妙で異常な動きをさせると考えた。そのため、前者は、そのような人を狂人と呼んだが、後者は、ある時はデーモン憑き、つまり霊に憑かれた者、ある時はエネルグメノイ、つまり霊によって動かされ、揺さぶられる者と呼んだ。今日のイタリアでも、単にパッツィ、狂人と呼ぶだけでなく、スピリターティ、霊に憑かれた者とも呼ぶ。

かつてギリシャの都市アブデラで、非常に暑い日に悲劇『アンドロメダ』が上演され、大勢の人々が集まった。その際、観客の多くが熱病にかかり、暑さと悲劇が重なって、ペルセウスとアンドロメダの名を交え、短長格の詩句ばかり口にするということが起きた。これは、冬になると、熱とともに治った。この狂気は、悲劇によって刻み込まれた情念から生じたと考えられた。また、別のギリシャの都市では、若い娘だけを襲い、多くの娘に首を吊らせる狂気が流行した。当時、多くの人は、これを悪魔の仕業と考えた。しかし、ある人は、彼女たちが命を軽んじるのは、心の何らかの情念によるのではないかと疑い、名誉まで軽んじているわけではないだろうと考えて、そのように命を絶った娘の衣服を脱がせ、裸のまま吊るしておくよう、行政官に助言した。物語によれば、これでその狂気は治まったという。だが他方で、同じギリシャ人は、狂気をしばしばエウメニデス、すなわち復讐の女神の働きに帰し、ときにはケレス、ポイボス、そのほかの神々に帰した。このように、人々は心像に大きな力を与え、それを空気からなる生きた物体だと考え、一般に霊と呼んだ。ローマ人も同じ考えを持ち、ユダヤ人もそうだった。ユダヤ人は、狂人を預言者と呼び、あるいは、その霊を善いと考えるか悪いと考えるかに応じて、悪霊憑きと呼んだ。また、預言者も悪霊憑きも狂人と呼ぶ人々もいれば、同じ人を、悪霊憑きとも狂人とも呼ぶ人々もいた。しかし、異教徒については、不思議ではない。彼らは、病気と健康、悪徳と徳、多くの自然の出来事を、デーモンと名づけ、崇拝していたからである。したがって、デーモンと言えば、悪魔だけでなく、時には熱病も意味した。しかし、ユダヤ人がそのような考えを持つのは、いくらか不思議である。モーセもアブラハムも、霊に憑かれて預言するとは主張せず、神の声、幻、夢によって預言するとしたからである。また、道徳上であれ儀礼上であれ、その律法のどこにも、そのような憑依による霊感や、何かに憑かれることがあると教えるものはない。神がモーセの内にある霊を取り、七十人の長老に与えたと記される場合も、『民数記』11章25節にあるが、神の霊を神の実体と解するなら、その実体が分割されるわけではない。聖書が人間の内にある神の霊と言う場合、敬虔な方向へ向かう、その人自身の精神を意味するのである。また、『出エジプト記』28章3節の〈アロンの衣服を作るため、私が知恵の霊で満たした者たち〉とは、衣服を作れる霊が彼らの中に入れられたという意味ではなく、その仕事について、彼ら自身の精神にそなわる知恵を意味する。同じ意味で、人の精神が不浄な行為を生むときは、ふつう不浄な霊と呼ばれ、ほかの霊についても、いつもではないにせよ、その名で呼ばれる徳や悪徳が、並外れて際立っている場合に、そう呼ばれる。旧約聖書のほかの預言者たちも、憑依による霊感や、神が自分の内で語ることを主張したのではなく、神が声、幻、夢によって、自分に語ったと主張した。また、〈主からの重い託宣〉は、憑依ではなく命令であった。それなら、ユダヤ人は、どうして憑依という考えに陥ったのだろうか。私には、すべての人に共通する理由以外、考えられない。それは、自然の原因を探る好奇心の不足と、感覚の粗野な快楽や、それにもっとも直接役立つものを得ることに、幸福を置いたことである。人の心に、何か奇妙で普通ではない能力や欠陥を見た人々は、その原因としてありそうなものも同時に見えなければ、それを自然なものとは考えにくい。自然でなければ、超自然と考えざるをえず、そうなれば、神か悪魔がその人の中にいるということ以外に、何があるだろうか。そこから、『マルコによる福音書』3章21節では、救い主が群衆に取り囲まれていると、身内の者は彼が正気を失ったのではないかと疑い、取り押さえようと出かけた。一方、律法学者たちは、彼にはベルゼブルが取り憑き、その力で悪魔を追い出しているのだと言った。まるで、いっそう狂った者が、狂い方の軽い者を威圧するかのように。また、『ヨハネによる福音書』10章20節では、ある人々が〈彼は悪霊に憑かれて、気が狂っている〉と言い、彼を預言者と考える人々は、〈これは悪霊に憑かれた者の言葉ではない〉と言った。旧約聖書でも、『列王記下』9章11節で、イエフに油を注ぎに来た人は預言者だったが、その場の人々の中には、イエフに〈あの狂人は何のために来たのか〉と尋ねた者がいた。要するに、普通でない振る舞いをする者を、ユダヤ人は、善い霊か悪い霊に憑かれた者と考えたことは明らかである。ただし、サドカイ派は例外であり、反対方向に行きすぎて、霊がまったく存在しないと考えた。これは、露骨な無神論にきわめて近い。そのため、ほかの人々は、いっそう反発して、そのような人を狂人ではなく、悪霊憑きと呼んだのかもしれない。

それなら、なぜ救い主は、彼らを狂人としてではなく、何かに憑かれた人として、治したのだろうか。これには、地球が動くという考えに対して、同じように聖書を持ち出す人々への答えと、同じ種類の答えしかできない。聖書は、人々に神の王国を示し、神に従順な臣民となるよう、その心を備えさせるために書かれた。世界と、それについての哲学は、人々が自然な理性を働かせるための論争に任せている。昼と夜を生じさせるのが地球の運動か太陽の運動か、また、人の度を越した行動が情念から生じるか悪魔から生じるかは、悪魔を崇拝しないかぎり、全能の神への服従という点では、違いがない。聖書が書かれた目的は、その服従だからである。救い主が病気に対して、人に話すように語りかける点については、それは、キリストのように、言葉だけで治す者が、みな使う言い方である。呪術師も、悪魔に話しかけるかどうかにかかわらず、そのように治すと称する。実際、『マタイによる福音書』8章26節には、キリストが風を叱ったと書かれていないだろうか。『ルカによる福音書』4章39節にも、熱を叱ったと書かれている。しかし、それは熱が悪魔だという証拠にはならない。また、こうした悪魔の多くがキリストを認めたとされる箇所も、その狂人たちがキリストを認めたという以外に、解する必要はない。救い主が『マタイによる福音書』12章43節で語る、人から出て、休むところを求めて乾いた場所をさまよい、見つけられず、自分より悪い七つの霊を連れて、元の人に戻る不浄な霊の話は、明らかにたとえ話である。欲情を捨てようと少し努力した後で、その力に負け、以前の七倍悪くなる人を、それとなく指している。したがって、悪霊憑きが狂人以外のものだと信じるよう求める記述を、私は聖書のどこにも、まったく見いださない。

意味のない言葉

ある人々の話には、狂気の種類に数えてよい、もう一つの欠点がある。すでに第五章で〈不合理〉という名で述べた、言葉の濫用である。これは、組み合わせても、何の意味も持たない語を口にすることである。ある人は、受け取って丸暗記した語を誤解して、そのような言い方に至り、別の人は、曖昧さによって欺こうという意図から、そうする。この欠点は、学派の学者のように、理解を超える事柄の問題を扱う人や、難解な哲学の問題を扱う人以外には、生じない。普通の人々は、めったに意味のない話をしない。それゆえ、この卓越した人々から、無学者と見なされるのである。しかし、彼らの言葉に、心の中で対応するものが何もないと確かめるには、例が要るだろう。例を求める人は、学派の学者の書物を手に取り、三位一体、神性、キリストの本性、全実体変化、自由意志など、何か難しい論点についての一章を、現代のどれかの言語へ、理解できるように訳せるか、試してみるとよい。あるいは、ラテン語が日常語だった時代の人々にも分かる、まともなラテン語へと訳せるか、試してみるとよい。〈第一原因は、第二原因の本質的従属の力によって、それが働くのを助けるような何かを、必然的に第二原因へ流入させるわけではない〉という語は、何を意味するのか。これは、スアレスの『神の協働・運動・援助について』第一巻第六章の標題を訳したものである。このようなものを何巻も書く人々は、狂っているか、他人を狂わせようとしているのではないか。とくに全実体変化の問題で、ある言葉が唱えられると、白さ、丸さ、大きさ、性質、腐敗しうることなど、すべて非物体的なものが、聖餅から救い主の体へ移ると言う人々は、こうした〈さ〉〈性〉〈こと〉を、一つ一つ、その体に憑く霊にしているのではないか。彼らが霊と言うとき、いつも意味するのは、非物体的でありながら、ある場所から別の場所へ移動できるものだからである。したがって、この種の不合理を、数多い狂気の種類に、正しく数えてよい。そして、世俗的な欲望についてはっきり考えることに導かれ、このような論争や執筆をしていない時間は、正気に戻っている時間にすぎない。知的な長所と欠点については、以上である。

第九章 知識のさまざまな対象について

知識には二種類ある。一つは〈事実の知識〉、もう一つは〈ある肯定から別の肯定への帰結の知識〉である。前者は、感覚と記憶にほかならず、無条件の知識である。ある行為がなされるのを見たり、なされたことを思い出したりする場合がそうであり、証人に求められる知識は、これである。後者は〈学問〉と呼ばれ、条件つきである。たとえば、〈もし示された図形が円なら、中心を通るどの直線も、それを等しい二つの部分に分ける〉と知る場合がそうである。哲学者、つまり推論を行うと称する人に求められる知識は、こちらである。

事実の知識の記録は、〈歴史〉と呼ばれる。これにも二種類ある。一つは〈自然史〉であり、人間の意志に依存しない、自然の事実や効果の歴史である。金属、植物、動物、土地などの歴史がそれに当たる。もう一つは〈市民史〉であり、国家の中の人々の随意行為の歴史である。

学問の記録は、ある肯定から別の肯定への帰結の証明を含む書物であり、ふつう〈哲学書〉と呼ばれる。その種類は、対象の多様さに応じて数多く、次の表で私が示したように、分類することができる。

I. 学問、すなわち帰結の知識。哲学とも呼ばれる。

A. 自然物体の偶有性からの帰結。自然哲学と呼ばれる。

1. すべての自然物体に共通する偶有性、すなわち量と運動からの帰結。

a. 限定されない量と運動からの帰結。哲学の原理、すなわち第一の基礎なので、第一哲学と呼ばれる。
第一哲学

b. 限定された運動と量からの帰結。

1) 限定された量と運動からの帰結。
a) 形によるもの、数によるもの。
1] 数学
幾何学
算術

2) 個別の物体の運動と量からの帰結。
a) 地球や星など、世界の大きな部分の運動と量からの帰結。
1] 宇宙誌
天文学
地理学

b) 特定の種類の物体の運動と形からの帰結。
1] 力学、重さの学説
技師の学
建築学
航海術

2. 自然学、すなわち性質からの帰結。

a. ある時には現れ、ある時には消えるような、一時的な物体の性質からの帰結。
気象学

b. 恒常的な物体の性質からの帰結。

1) 星の性質からの帰結。
a) 星の光からの帰結。これと太陽の運動から、次の学が生じる。
日時計の学
b) 星の影響からの帰結。
占星術

2) 空気やエーテル的な実体のように、星の間の空間を満たす流動的な物体の性質からの帰結。

3) 地上の物体の性質からの帰結。
a) 感覚のない、地上の部分からの帰結。
1] 石、金属など、鉱物の性質からの帰結。
2] 植物の性質からの帰結。

b) 動物の性質からの帰結。
1] 動物一般の性質からの帰結。
a] 視覚からの帰結。
光学
b] 音からの帰結。
音楽
c] その他の感覚からの帰結。

2] とくに人間の性質からの帰結。
a] 人間の情念からの帰結。
倫理学
b] 言葉からの帰結。
i) 賛美や非難などにおいて。
詩学
ii) 説得において。
修辞学
iii) 推論において。
論理学
iv) 契約において。
正と不正の学

B. 政治体の偶有性からの帰結。政治学、すなわち市民哲学と呼ばれる。

1. 国家の設立から、政治体、すなわち主権者の権利と義務へ至る帰結。

2. 同じ設立から、臣民の義務と権利へ至る帰結。

第十章 力、価値、位階、名誉、ふさわしさについて

力

人間の〈力〉とは、もっとも広く捉えれば、未来の何らかの見かけの善を得るために、現在持っている手段である。それには、もとからの力と、手段となる力とがある。

自然な力とは、体や心の能力の卓越である。並外れた強さ、美貌、思慮、技術、雄弁、気前のよさ、高貴な生まれなどがそうである。手段となる力とは、それらによって、または運によって得られ、さらに多くを得るための手段や道具になる力である。富、評判、友人、そして人々が幸運と呼ぶ神の隠れた働きが、それに当たる。力の性質は、この点では、広がるほど増してゆく名声に似ている。あるいは、進めば進むほど、ますます速くなる重い物体の運動に似ている。

人間の力のうち、もっとも大きいものは、多くの人々の力を合わせたものである。それらは、合意によって、自然的人格か市民的な人格という、一つの人格の中に統一され、そのすべての力の使用が、その人格の意志に依存する。国家の力は、そのようなものである。あるいは、それぞれの個人の意志に依存する場合もある。党派や、幾つかの党派の同盟の力がそうである。したがって、使用人を持つことは力であり、友人を持つことも力である。それらは、結びつけられた強さだからである。

また、気前のよさを伴う富は、力である。友人や使用人を得られるからである。気前のよさがなければ、そうではない。その場合、富は人を守らず、むしろ妬みの獲物として、さらすからである。

力があるという評判は、力である。保護を必要とする人々の支持を引き寄せるからである。

祖国を愛するという評判、すなわち人望も、同じ理由によって、力である。

また、多くの人に愛され、あるいは恐れられるようにする性質は、何であれ、力である。その性質があるという評判も同様である。多くの人の助けや奉仕を得る手段となるからである。

成功は力である。知恵や幸運の評判を生み、それによって人々が、その人を恐れたり、頼ったりするからである。

すでに力のある人が親しみやすく振る舞うことは、力の増大となる。愛情を得られるからである。

平和時や戦争時の運営で思慮があるという評判は、力である。われわれは、ほかの人よりも、思慮ある人に、進んで自分たちの統治を委ねるからである。

高貴な生まれが力であるのは、どこでもそうなのではなく、それに特権がある国家だけである。その力は、そうした特権の中にあるからである。

雄弁は力である。思慮があるように見えるからである。

美貌は力である。よいものを予告し、女性や見知らぬ人々の好意を得やすくするからである。

諸学問の力は、小さい。人目に明らかなものではなく、したがって、その力があると誰についても認められにくいうえ、実際にそれを持つ人も少なく、その人々も、わずかな事柄についてしか持たないからである。学問は、その性質上、自分でもかなりの程度に身につけた人でなければ、そこにあると分からないのである。

築城、機械や、そのほか戦争の器具の製作など、公の役に立つ技術は、防衛と勝利に寄与するので、力である。それらの本当の母は学問、すなわち数学なのだが、職人の手で世に現れるため、職人の産物だと考えられている。世間は、産婆を母親と取り違えるのである。

価値

人間の値打ち、すなわち〈価値〉は、ほかのすべての物と同じく、その価格である。つまり、その力を使うために、どれだけのものが与えられるかということである。したがって、それは絶対的なものではなく、他人の必要と判断に依存する。兵を率いる有能な指揮官は、戦争中や、戦争が迫っているときには、非常に高価であるが、平和時にはそうではない。学識があり、廉直な裁判官は、平和時には大きな価値を持つが、戦争中にはそれほどではない。ほかの物と同じように、人間についても、価格を決めるのは売り手ではなく、買い手である。多くの人がそうするように、自分をできるだけ高く値づけても、本当の価値は、他人に評価される以上のものではないからである。

われわれが互いにつける価値を表すことを、ふつう、敬意を払うこと、あるいは侮ることと呼ぶ。人を高く評価することが敬意を払うことであり、低く評価することが侮ることである。ただし、ここでの高低は、その人が自分自身につける評価との比較で理解しなければならない。

位階

人間の公的な価値、すなわち国家がその人につける価値を、人々はふつう〈位階〉と呼ぶ。国家によるこの評価は、指揮、裁判、公務の役職や、その価値を区別するために設けられた呼称や称号によって、分かる。

敬意を払うことと、侮ること

他人に、どんな種類であれ助けを願うことは、敬意を払うことである。その人には助ける力があると考えているしるしだからである。助けることが難しいほど、敬意は大きい。

服従することは、敬意を払うことである。自分を助ける力も傷つける力もないと思う人に、誰も従わないからである。したがって、服従しないことは、侮ることである。

大きな贈り物をすることは、その人に敬意を払うことである。保護を買い、力を認めることだからである。小さな贈り物をすることは、侮ることである。それは施しにすぎず、わずかな助けを必要としているという評価を示すからである。他人の利益を熱心に図ることも、へつらうことも、その人に敬意を払うことである。その人の保護や助けを求めるしるしだからである。顧みないことは、侮ることである。

何らかの便益を得る際に、他人を優先したり、席を譲ったりすることは、敬意を払うことである。その人の、より大きな力を認めるからである。自分のものだと言い張ることは、侮ることである。

他人への愛や恐れを、何らかのしるしで示すことは、敬意を払うことである。愛することも、恐れることも、価値を認めることだからである。意に介さず、あるいは相手の期待ほどには愛したり恐れたりしないことは、侮ることである。低く評価することだからである。

ほめ、賛美し、幸福だと言うことは、敬意を払うことである。評価されるのは、善さ、力、幸福だけだからである。罵り、嘲り、憐れむことは、侮ることである。

思慮深く話しかけ、礼儀正しく、謙虚に相手の前へ出ることは、敬意を払うことである。相手の気分を害するのを恐れるしるしだからである。軽率に話しかけ、相手の前で、猥雑に、だらしなく、厚かましく振る舞うことは、侮ることである。

他人を信じ、信頼し、頼ることは、敬意を払うことである。その人の徳と力を認めるしるしだからである。信頼せず、信じないことは、侮ることである。

どんな種類であれ、その人の助言や話に耳を傾けることは、敬意を払うことである。その人を賢い、雄弁だ、才知があると考えるしるしだからである。その間に眠り、立ち去り、ほかの話をすることは、侮ることである。

相手が敬意のしるしと受け取ることや、法律や慣習がそう定めることを、その人に対して行うのは、敬意を払うことである。他人が示す敬意を認めることによって、自らも、他人が認めている力を認めるからである。それをするのを拒むことは、侮ることである。

意見に同意することは、敬意を払うことである。その人の判断力や知恵を認めるしるしだからである。反対することは、侮ることであり、誤りを指摘することである。多くの事柄で反対するなら、愚かさを指摘することである。

真似ることは、敬意を払うことである。強く認めることだからである。その人の敵を真似ることは、その人を侮ることである。

その人が敬う人を敬うことは、その人に敬意を払うことである。その人の判断を認めるしるしだからである。その人の敵を敬うことは、その人を侮ることである。

助言や難しい仕事に人を用いることは、敬意を払うことである。その人の知恵や、そのほかの力を認めるしるしだからである。同じ場合に、用いてほしいと求める人を用いないのは、侮ることである。

これらの敬意の示し方は、すべて自然なものであり、国家の内でも外でも同じである。しかし国家では、最高の権限を持つ一人または複数の者が、自分たちの望むものを、何でも名誉のしるしにできるので、ほかの名誉もある。

主権者は、ある臣民を敬う意志のしるしとして受け取らせたいと望む、どんな称号、役職、任務、行為によっても、その臣民に名誉を与える。

ペルシア王は、モルデカイに王の衣を着せ、王の馬の一頭に乗せ、頭に冠を載せて、街路を行かせ、その前で高官に〈王が名誉を与えようとする者には、このようになされる〉と宣言させたとき、彼に名誉を与えた。しかし、別のペルシア王、あるいは同じ王が別の時に、功績への報酬として王の衣の一つを着たいと求めた人に、それを許しながら、王の道化として着るよう付け加えたとき、それは侮辱となった。したがって、市民的な名誉の源泉は国家の人格にあり、主権者の意志に依存する。それゆえ一時的なものであり、市民的な名誉と呼ばれる。それには、行政官の地位、役職、称号、土地によっては上衣や、描かれた紋章盾などがある。人々がそれらを持つ人を敬うのは、国家からの好意を示すしるしを、それだけ多く持っているからであり、その好意は力である。

所有物、行為、性質で、力の証拠、しるしになるものは、何でも名誉あるものである。

したがって、多くの人から敬われ、愛され、恐れられることは、力の証拠として、名誉あることである。ほとんど誰からも、あるいは誰からも敬われないことは、不名誉である。支配と勝利は、力によって獲得されるので、名誉あることである。欠乏や恐れによる隷属は、不名誉である。

幸運は、長続きするなら、神の好意のしるしとして、名誉あるものである。不運や損失は、不名誉である。富は、力なので、名誉あるものであり、貧困は、不名誉である。度量の大きさ、気前のよさ、希望、勇気、自信は、自分の力の自覚から生じるので、名誉あるものである。小心、倹約、恐れ、自己不信は、不名誉である。

時を逃さず、何をすべきかを決断することは、小さな困難や危険を顧みないことなので、名誉あることである。優柔不断は、小さな妨げや、わずかな利点を重く見すぎるしるしなので、不名誉である。許される時間いっぱいまで物事を比較しても決められないなら、重みの違いはわずかだということである。それでも決めないなら、些細なことを過大に評価しているのであり、それは小心である。

豊かな経験、学問、分別、才知から生じる、あるいは生じるように見える行為や言葉は、すべて名誉あるものである。それらはすべて力だからである。誤り、無知、愚かさから生じる行為や言葉は、不名誉である。

重厚さは、心が何か別のことに取り組んでいるためだと見える限り、名誉あるものである。仕事に携わることが、力のしるしだからである。しかし、重厚に見せようという目的から生じているようなら、不名誉である。前者の重厚さは、商品を積んだ船の安定に似ているが、後者は、砂やそのほかのがらくたを重しにした船の安定に似ている。

目立つこと、つまり富、役職、偉大な行為、何らかの際立った善いものによって知られることは、その名を知らしめる力のしるしなので、名誉あることである。反対に、無名であることは、不名誉である。

名の知られた親の子孫であることは、先祖の助力や友人を、より容易に得られるので、名誉あることである。反対に、無名の家柄の出であることは、不名誉である。

損失を伴いながらも、公平さから行われる行為は、度量の大きさのしるしとして、名誉あるものである。度量の大きさは、力のしるしだからである。反対に、狡猾さ、その場しのぎ、公平の軽視は、不名誉である。巨富への貪欲と、高い名誉への野心は、それを得る力のしるしとして、名誉あるものである。わずかな利得や昇進への貪欲と野心は、不名誉である。

また、行為が正しいか不正かは、それが大きく困難で、したがって大きな力のしるしであるかぎり、名誉についての事情を変えない。名誉は、ただ力があるという評価にあるからである。そのため古代の異教徒は、詩の中で神々に、強姦、窃盗、そのほか大がかりだが不正、不浄な行為をさせても、神々を侮辱するとは思わず、大いに名誉を与えると考えた。ユピテルでは姦通が、メルクリウスでは詐欺と窃盗が、何よりもたたえられたほどである。ホメロスの讃歌でメルクリウスをほめる最大の点は、朝生まれ、正午に音楽を発明し、夜になる前に、アポロンの牧人から牛を盗み出した、ということである。

人間の間でも、大きな国家が成立するまでは、海賊や追い剝ぎであることは、不名誉とは考えられず、むしろ正当な生業と思われていた。それは、ギリシャ人だけでなく、ほかのすべての民族でも同じであり、古代の歴史から明らかである。今日でも、世界のこの地域では、私的な決闘は、違法でありながら名誉あるものとされている。決闘を断る者には名誉を、挑む者には恥辱を与えるよう定められるまでは、今後もそうだろう。決闘もまた、しばしば勇気から生じ、その根拠は、つねに強さや技量であり、それらは力だからである。ただし、たいていは、一方か双方の軽率な発言と、不名誉への恐れから生じる。軽率さによって後戻りできなくなり、恥を避けるため、闘技場へ追い込まれるのである。

世襲の紋章盾や紋章服は、それに際立った特権が伴う場所では、名誉あるものであり、そうでなければ、そうではない。その力は、その特権か、富か、ほかの人でも等しく敬われる何かにあるからである。ふつうジェントリの身分と呼ばれる、この種の名誉は、古代ゲルマン人に由来する。ゲルマンの慣習が知られていなかったところでは、そのようなものは知られておらず、現在でも、ゲルマン人の住まなかったところでは、どこにも使われていない。古代ギリシャの将軍たちは、戦争へ行くとき、自分の好きな図柄を盾に描いた。そのため、何も描かれていない盾は、貧しさと、一兵卒であることのしるしだった。しかし、それを子孫に世襲させはしなかった。ローマ人は家のしるしを子孫へ伝えたが、それは先祖の肖像であり、紋章ではなかった。アジア、アフリカ、アメリカの諸民族には、そのようなものはなく、かつてもなかった。その慣習を持ったのはゲルマン人だけであり、彼らが多数でローマ人を助け、あるいは世界の西方で自ら征服を進めたとき、イングランド、フランス、スペイン、イタリアへ伝わったのである。

古代ゲルマニアは、どの国の初期もそうであるように、無数の小領主や家長に分かれ、互いに絶えず戦っていた。それらの家長や領主は、主に、武具で身を覆っていても、従者が自分を見分けられるようにするため、また一部は飾りのために、鎧、盾、上衣へ、獣やほかのものの絵を描き、兜の頂にも、よく目立つしるしをつけた。この武具と兜の飾りは、子どもたちへ相続された。長男にはそのまま、それ以外には、年長の主人、ドイツ語〔原文ではDutch〕でヘル・アルトという者が適切と考える、何らかの区別のしるしを加えた。しかし、多くの家が結びついて、より大きな君主国を作ると、紋章を区別するヘラルドの務めは、独立した専門の役職となった。これらの領主の子孫が、由緒ある上流のジェントリである。その紋章の大半は、勇気と略奪で知られる生き物や、城、胸壁、帯、武器、横木、柵など、戦争のしるしを描いている。当時は、武勇以外に名誉あるものがなかったからである。その後、国王だけでなく、民衆の国家も、戦争へ出る者や帰還する者に、その奉仕を励まし、または報いるため、さまざまな紋章を与えた。注意深い読者なら、これらすべてを、当時のゲルマン民族と風俗に触れた、ギリシャ語やラテン語の古い歴史の中に見いだせるだろう。

名誉の称号

公爵、伯爵、侯爵、男爵などの称号は、国家の主権がその人々につける価値を示すので、名誉あるものである。これらは、昔は役職や指揮の称号であり、ローマ人に由来するものも、ゲルマン人やフランス人に由来するものもある。公爵、ラテン語のドゥケスは、戦争の将軍だった。伯爵、コミテスは、友情から将軍に同行し、征服され、平定された土地を治め、守るために残された人々だった。侯爵、マルキオネスは、帝国の辺境、すなわち境界を治めた伯爵だった。公爵、伯爵、侯爵の称号は、コンスタンティヌス大帝の時代ごろ、ゲルマンの軍隊の慣習から、帝国へ入った。しかし男爵は、ガリア人の称号だったように見え、王や君主が戦争で自分の身近に用いる人々のような、有力者を意味する。その語は、ウィルからベル、バルへと移ったものらしい。ベルやバルは、ガリア語で、ラテン語のウィルと同じ意味を持ち、そこからベロ、バロとなった。そこで、そのような人々はベロネス、後にはバロネス、スペイン語ではバロネスと呼ばれたのである。名誉の称号の起源を、もっと詳しく知りたい人は、私も参照した、セルデン氏の、この主題についてのすばらしい論考を読めばよい。時がたつにつれ、こうした名誉ある役職は、争乱を契機として、また、よく平和に統治するための理由から、単なる称号へと変わった。その主な役割は、国家の中での臣民の席次、地位、序列を区別することになった。人々は、所有も指揮権も持たない土地の公爵、伯爵、侯爵、男爵とされ、同じ目的で、ほかの称号も考え出された。

ふさわしさと適性

〈ふさわしさ〉は、人間の値打ち、すなわち価値とは別であり、功績や、報いを受ける資格とも別である。それは、あることにふさわしいと言われる、その事柄についての、特定の力や能力にある。この特定の能力は、ふつう〈適性〉、あるいは〈適合〉と呼ばれる。

指揮官、裁判官、そのほかの任務に、もっともふさわしいのは、その任務をよく果たすために必要な資質を、もっともよくそなえる人である。また、富を持つのにもっともふさわしいのは、それをよく使うために、もっとも必要な資質を持つ人である。そうした資質のどれかが欠けていても、別のことでは、ふさわしく、価値ある人でありうる。また、富や役職や任務にふさわしい人でも、他人に先んじてそれを得る権利を主張できるとは限らない。したがって、それに値する功績がある、当然の報いとして受けるべきだ、とは言えない。功績による資格は、権利と、その報いが約束によって支払われるべきであることを、前提とするからである。これについては、後で契約を論じるときに、さらに述べる。

第十一章 人々の性向の違いについて

ここで性向とは何を意味するか

ここで〈性向〉と言うのは、振る舞いの礼儀正しさのことではない。たとえば、他人にどう挨拶するか、人前でどう口をすすぎ、歯を掃除するかといった、細かな作法ではない。人々が平和に、まとまって暮らすことに関わる、人類の性質のことである。そのために考えるべきなのは、この世の幸福は、満ち足りた心が安らいでいることにはない、ということである。古い道徳哲学者の書物にあるような、フィニス・ウルティムス、すなわち究極の目的や、スンムム・ボヌム、すなわち最高善は、存在しない。欲望が尽きた人は、感覚も想像も止まった人と同じく、もう生きてはいられない。幸福とは、一つの対象から別の対象へと、欲望が絶えず進むことである。先のものの獲得は、つねに、次のものへの道にすぎない。その原因は、人間の欲望の対象が、一度だけ、一瞬だけ楽しむことではなく、将来の欲望を満たす道を、いつまでも確保することだからである。したがって、すべての人の随意行為や傾向は、満足できる生活を得るだけでなく、それを確保することへ向かう。違うのは、その道だけである。この違いは、一部は人による情念の違いから、一部は、望む結果を生む原因について、各人が持つ知識や意見の違いから生じる。

すべての人にある、やむことのない力への欲望

そこで私は第一に、全人類に共通する傾向として、力を得ても、さらに力を求め続け、死によってしか終わらない、永久に休みのない欲望を挙げる。この原因は、つねに、すでに得たものより強い快を望むことや、適度な力では満足できないことにあるわけではない。現在持っている、よく生きるための力と手段を、さらに多くを得なければ、確保できないからである。そこで、最大の力を持つ国王たちも、国内では法律によって、国外では戦争によって、その力を確保しようと努める。そして、それができると、新しい欲望が続く。ある王は、新たな征服による名声を、別の王は、安楽や感覚の快楽を、さらに別の王は、何らかの技芸や心の能力の卓越によって感嘆されたり、ほめそやされたりすることを求める。

競争から生じる、争いを好む傾向

富、名誉、指揮権、そのほかの力をめぐる競争は、人を争い、敵意、戦争へと向かわせる。一方の競争者が欲望を達成する道は、他方を殺し、従え、押しのけ、あるいは退けることだからである。とくに、称賛をめぐる競争は、古代を尊敬する傾向を生む。人が競うのは生者とであって、死者とではないので、死者に過分な評価を与え、生者の栄光を曇らせようとするのである。

安楽を好むことから生じる、市民としての服従

安楽や感覚の快楽への欲望は、人々を共通の権力へ従わせる。そのような欲望によって、自分自身の努力や労働から期待できた保護を、手放すからである。

死や負傷への恐れからも生じる

死や負傷への恐れも、同じ理由で、同じ傾向を生む。反対に、貧しく、大胆で、現在の境遇に満足していない人々や、軍の指揮権を望むすべての人々は、戦争の原因を長引かせ、騒乱や反乱を起こす傾向がある。戦争なしに軍人の名誉はなく、また、不利な札の勝負をよくするには、札を切り直させるほど、有望な方法はないからである。

技芸を好むことからも生じる

知識や平和の技芸への欲望は、人を共通の権力へ従わせる。その欲望には、余暇への欲望が含まれ、したがって、自分以外の何らかの権力による保護への欲望が含まれるからである。

称賛を好むことから生じる、徳を好む傾向

称賛への欲望は、人を、自分がその判断を重んじる人々を喜ばせるような、称賛に値する行為へと向かわせる。自分が軽んじる人からの称賛は、やはり軽んじるからである。死後の名声への欲望も、同じ働きをする。死後には、地上で与えられる称賛を感じることはない。その喜びは、天国の言い表せない喜びの中に呑み込まれるか、地獄の激しい責め苦の中で消えるからである。それでも、その名声は空しいものではない。人は、それを予期し、それによって子孫に返ってくる利益を思うことで、現在、喜びを感じるからである。今それを見てはいなくても、想像している。そして感覚で快いものは、想像でも同じく快いのである。

大きな恩恵を返しにくいことから生じる憎しみ

自分と対等だと思う人から、返せる見込みを超える恩恵を受けると、人は愛情を装いながら、内心では憎む傾向を持つ。返済に絶望した債務者のように、債権者に会うのを避け、もう二度と会わずに済むところへ行ってほしいと、ひそかに願うのである。恩恵は義務を負わせ、義務は隷属であり、報いられない義務は永久の隷属だからである。対等な者への隷属は、憎らしい。しかし、自分より上と認める人から恩恵を受けると、愛する傾向が生じる。その義務は、新たに身分を低くするものではなく、喜んで受け入れること、すなわち人々の言う感謝が、恩を与えた人への敬意となり、一般にお返しと受け取られるからである。また、対等または目下の人からでも、返せる見込みのあるかぎり、恩恵を受けることは愛を生む。受け手の意図では、その義務は、互いに助け、奉仕する義務だからである。そこから、どちらがより多く恩恵を与えられるかという競争が生まれる。これは、ありうる争いの中でもっとも高貴で有益なものであり、勝者は勝利を喜び、他方は、その勝利を認めることで、仕返しをする。

憎まれて当然だという自覚からも生じる

自分が償える、あるいは償おうとする以上の害を他人に与えると、加害者は被害者を憎む傾向を持つ。復讐か赦しを待つしかなく、そのどちらも憎らしいからである。

恐れから生じる、先に害を与えようとする傾向

圧迫される恐れは、人を先制へと、あるいは他人と結んで助けを求めることへと向かわせる。自分の生命と自由を確保する、ほかの道はないからである。

自分の才知への不信からも生じる

自分の機転に自信のない人は、騒乱や反乱の中では、自分を賢い、抜け目がないと思う人より、勝利しやすい。後者が相談を好むのに対し、前者は、出し抜かれるのを恐れて、先に打って出るからである。反乱の中では、人々はつねに戦闘を目前にしているので、団結し、力の利点をすべて使うことが、才知の機敏さから生じるどんな計略よりも、よい戦略なのである。

虚栄から生じる、空しい企て

虚栄の強い人のうち、自分に大きな能力があると自覚していないのに、自分は立派な人間だと思い描いて楽しむ人は、見せびらかすことだけに向かい、実行しようとはしない。危険や困難が見えれば、自分の無能力が明らかになること以外、何も期待しないからである。

虚栄の強い人のうち、真に自分を知ることから、期待の確かな根拠を得るのではなく、他人のお世辞や、以前の行為の幸運から、自分の能力を評価する人は、軽率に物事に手を出し、危険や困難が近づくと、できるなら退く傾向がある。安全な道が見えなければ、どんな埋め合わせも利かない命よりも、言い訳で取り繕える名誉のほうを、危険にさらそうとするからである。

自分には能力があるという思いから生じる野心

統治の事柄について、自分の知恵を強く信じる人は、野心を抱きやすい。助言や行政の公職に就かなければ、自分の知恵の名誉が失われるからである。雄弁な話し手が野心を抱きやすいのも、そのためである。雄弁は、本人にも他人にも、知恵のように見えるからである。

小さな事柄を重く見すぎることから生じる優柔不断

小心は人を優柔不断にし、その結果、行動の機会や、もっとも適した好機を逃させる。実行の時が近づくまで熟慮しても、何をするのが最善か、なお明らかでないなら、どちらへ向かう動機にも、大きな違いがないしるしである。したがって、その時に決めないのは、些細なことを比較して機会を失うことであり、それは小心である。

倹約は、貧しい人では徳であるものの、大勢の力を一度に必要とする行為を成し遂げるには、人を不向きにする。報酬で養い、その勢いを保たなければならない人々の努力を、弱めるからである。

知恵と親愛のしるしを知らないことから生じる、他人への信頼。

お世辞を伴う雄弁は、人々を、それを使う者への信頼へ向かわせる。雄弁は知恵に、お世辞は親愛に見えるからである。そこに軍人としての名声が加わると、人々は、それを持つ者を支持し、従属しようとする。初めの二つは、その人自身から危害を受けないという安心を与え、後のものは、ほかの人々から危害を受けないという安心を与えるのである。

自然の原因を知らないことからも生じる

学問の欠如、すなわち原因についての無知は、人を他人の助言や権威に頼るよう促す。むしろ、そうせざるをえなくする。真実が自分に関わる人は、誰でも、自分自身の意見に頼らないなら、自分より賢いと思い、しかも自分を欺く理由が見当たらない、ほかの誰かの意見に頼らなければならないからである。

理解の欠如からも生じる

語の意味を知らないこと、すなわち理解の欠如は、自分が知らない真実だけでなく、信頼する相手の誤り、さらには意味のない言葉までも、信用して受け入れさせる。語を十分に理解しなければ、誤りも、無意味さも、見抜けないからである。

人々が、自分の情念の違いによって、同じ一つのものに違う名を与えることも、同じ原因から生じる。たとえば、個人的な意見を認める人は、それを〈意見〉と呼ぶが、嫌う人は〈異端〉と呼ぶ。しかし異端は、個人的な意見以上の意味を持たず、ただ、いっそう怒りの色がついているだけなのである。

また、大勢の人の一つの行為と、一群の人々の数多くの行為を、学習と深い理解なしには区別できないことも、同じ原因から生じる。たとえば、ローマの元老院議員全員がカティリナを殺した一つの行為と、何人かの元老院議員がカエサルを殺した、多くの行為との違いである。そのため人々は、もしかすると一人の説得に導かれて、大勢の人が行った多くの行為にすぎないものを、人民の行為として受け取りやすい。

正と不正の本性を知らないことから生じる、慣習への固執。

権利、公平、法律、正義の原因や、その最初の成り立ちを知らないと、人は、慣習と実例を、自分の行動の規則にしやすい。その結果、従来罰せられてきたものを不正と考え、罰を受けず、認められた実例を示せるものを正しいと考えるようになる。この実例を、正義の誤った尺度しか使わない法律家は、野蛮な呼び方で〈先例〉と呼ぶ。これは、親や教師から受ける叱責以外に、振る舞いの善悪の規則を持たない幼児と同じである。ただし、子どもは規則に一貫して従うのに、大人はそうではない。成長して強くなり、頑固になると、都合に応じて、慣習から理性へ、理性から慣習へと訴える先を変える。自分の利益が求めれば慣習から退き、理性が自分に不利なら、そのつど理性に逆らうのである。これが、正と不正についての教説が、筆と剣の双方によって、絶えず争われる原因である。線や図形についての教説では、そうはならない。その分野の真実がどうであれ、誰の野心、利益、欲情も妨げないので、人々は気にかけないからである。もし〈三角形の三つの角の和は、正方形の二つの角の和に等しい〉ということが、誰かの支配の権利や、支配する人々の利益に反していたら、その教説は、論争されるかどうかはともかく、関係する当人の力が及ぶかぎり、あらゆる幾何学書を焼き払うことで、抑え込まれたに違いないと、私は思う。

平和の原因を知らないことから生じる、私人への追随。

遠い原因を知らないと、人は、あらゆる出来事を、直接の原因や、手段となる原因に帰しやすい。目に見える原因は、それだけだからである。そのため、どの土地でも、公への支払いに苦しむ人々は、徴税人、すなわち徴税請負人、取立人、そのほか公の歳入を扱う役人に怒りをぶつけ、政府を非難する人々に追随する。そして、もはや自分の行いを正当化できる見込みがなくなるほど深入りすると、処罰への恐れや、赦される恥から、最高権力そのものにも襲いかかるのである。

自然についての無知から生じる軽信

自然の原因を知らないと、人は信じやすくなり、不可能なことを、しばしば信じる。不可能さを見抜けず、それが真実かもしれないということに反する何の知識も持たないからである。また、人は仲間の中で話を聞いてもらいたがるので、軽信は嘘へも向かわせる。こうして、悪意がなくても、無知だけで、人は嘘を信じ、語り、ときには作り出すことさえある。

未来を気にかけることから生じる、知りたいという好奇心

未来への不安は、人に物事の原因を探らせる。原因を知れば、現在を自分にもっとも有利になるよう整えることが、いっそうできるからである。

同じことから生じる自然的な宗教

好奇心、すなわち原因を知ることへの愛は、人を、結果の考察から原因の探求へ、さらに、その原因の原因の探求へと導く。そしてついには、先立つ原因を持たず、永遠である何らかの原因がある、という考えに、必ず至らせる。これが、人々の呼ぶ神である。したがって、自然の原因を深く探りながら、それによって、永遠の唯一の神があると信じる方向へ向かわないことは、不可能である。ただし、人は、その本性に対応する神の観念を、心に持つことはできない。生まれつき目の見えない人でも、人々が火で暖まる話を聞き、自分も火で暖めてもらえば、そこに、人々が火と呼び、自分の感じる熱の原因となる何かがあることは、容易に捉え、確信できる。しかし、それがどんな姿かを想像したり、見える人と同じ観念を心に持ったりすることは、できない。それと同じように、この世界の目に見えるものや、その驚くべき秩序から、人は、それらに、人々が神と呼ぶ原因があると考えられる。それでも、その観念や像を心に持つわけではない。

また、物事の自然の原因をほとんど、あるいはまったく探らない人々も、自分たちに大きな善や害を与える力が何なのかを知らず、その無知そのものから生じる恐れによって、さまざまな目に見えない力を仮定し、思い描く。そして自分自身の想像を畏れ、苦境にあるときはそれに祈り、成功が期待されるときは感謝を捧げ、自分の心像が作ったものを神々とする。こうして、想像の無数の多様さから、人々は世界に無数の種類の神々を生み出した。この見えないものへの恐れこそ、各人が自分においては宗教と呼び、その力を自分とは別の仕方で崇め、恐れる人々においては迷信と呼ぶものの、自然の種なのである。

多くの人々は、この宗教の種に気づいてきた。その中には、それを育て、手入れし、法律へと形づくろうとした者もいた。そして、将来の出来事の原因について、自分の考案した意見のうち、それによってもっともうまく他人を支配し、その力を自分のためにもっとも大きく役立てられると思ったものを、何でも付け加えたのである。

第十二章 宗教について

宗教は人間だけにある

宗教のしるしも、その実りも、人間以外には見られない。したがって、宗教の種も人間だけにあり、ほかの生き物には見いだせない、何らかの固有の性質、あるいは少なくとも、その性質の際立った程度にあることを、疑う理由はない。

第一に、原因を知りたいという欲望から生じる

まず、目にする出来事の原因を探ろうとするのは、人間の本性に固有である。その程度には強弱があるが、誰でも、自分の幸運や不運の原因については、知りたがり、探ろうとする。

物事の始まりを考えることから生じる

第二に、始まりを持つものを見ると、それがもっと早くでも遅くでもなく、その時に始まるよう決めた原因もあった、と考えることである。

物事の後に続くことを観察することから生じる

第三に、獣の幸福は、その日の食物、安楽、欲情を満たすことにしかない。自分の見る物事の順序、帰結、依存関係について、観察や記憶が足りず、未来をほとんど、あるいはまったく見通せないからである。これに対して人間は、一つの出来事が別の出来事からどう生じたかを観察し、それらの前後関係を覚えている。そして、物事の真の原因を確かめられないとき、幸運や不運の原因は、たいてい目に見えないのだが、自分の想像が示すような原因を仮定したり、自分の友人で、自分より賢いと思う他人の権威を信じたりする。

宗教の自然の原因は、未来への不安である。

初めの二つは、不安を生む。これまで起きたことにも、これから起きることにも、すべて原因があると確信している以上、恐れる悪から身を守り、欲する善を得ようと絶えず努める人は、未来を気にかけ続けずにはいられない。そこで、どの人も、とくに先を気にしすぎる人は、プロメテウスに似た境遇にある。プロメテウス、その名を訳せば〈思慮ある人〉であるが、彼は、遠くまで見渡せるカウカソスの山に縛られ、肝臓を食らう鷲によって、夜の間に回復するだけの部分を、昼の間に食い尽くされた。それと同じように、未来を心配して先を見すぎる人は、一日中、死、貧困、そのほかの災難への恐れに心をかじられ、眠る時以外には、不安の休息も中断もない。

そのため、見えないものの力を恐れる

原因を知らず、いわば暗闇の中にいる人間に、つねにつきまとう、この絶え間のない恐れには、何か対象がなければならない。したがって、何も目に見えなければ、幸運であれ不運であれ、その原因とするものは、何らかの見えない力や作用者しかない。古い詩人の何人かが、〈初めに神々を造ったのは、人間の恐れである〉と言ったのは、もしかすると、この意味だったのだろう。神々、つまり異教徒の多くの神々について言えば、それはまことに正しい。しかし、永遠で、無限で、全能の唯一の神を認めることは、将来自分に何が起こるかという恐れよりも、自然物体と、そのさまざまな力や働きの原因を知りたいという欲望から、より容易に導かれる。目にしたある結果から、その直接の原因へと推論し、さらに、その原因の原因へと進んで、原因の追求へ深く入り込む人は、ついには、異教の哲学者さえ認めたように、一つの第一動者、すなわち、すべてのものの最初の、永遠の原因が、必ずあるというところへ至る。これが、人々が神という名で意味するものである。しかも、自分の運命を考えることなしに、そこへ至る。運命への心配は、人を恐れへ向かわせると同時に、ほかの事柄の原因を探るのを妨げ、その結果、神々を考え出す人の数だけ神々を作る機会となるのである。

そして、それを非物体的だと思う

こうして想像された、見えない作用者の物質や実体について、人々が自然な思考だけで思いつけるのは、それが人間の魂と同じものであり、人間の魂は、眠っている人に夢の中で、あるいは目覚めている人に鏡の中で現れるものと、同じ実体だということだけだった。そのような現れが、想像の産物にすぎないことを知らないので、人々はそれを、現実に外部に存在する実体だと考え、幽霊と呼ぶ。ラテン人がイマーギネス、すなわち像、あるいはウンブラエ、すなわち影と呼んだものである。そして、それらを霊、つまり薄い空気のような物体だと考え、自分の恐れる見えない作用者も、好きな時に現れて消えるという点を除けば、それに似たものと考えた。しかし、そうした霊が非物体的、あるいは非物質的だという意見は、自然に誰かの心へ入ることはありえない。人は、霊と非物体的のような、意味の矛盾する語を組み合わせることはできても、それに対応する何かを、想像することは決してできないからである。したがって、自分自身の思索によって、無限、全能、永遠の唯一の神を認めるに至る人々は、その本性を〈非物体的な霊〉と定義してから、その定義が理解不能だと認めるよりも、神は理解を超え、自分たちの知性を上回ると、告白するほうを選ぶ。あるいは、そのような呼称を与えるにしても、神の本性を理解させる意図で、教義としてそうするのではない。目に見える物体の粗さから、できるだけ遠い意味を持つ属性によって、敬虔に神を崇めるためなのである。

だが、どのように作用するのかは知らない

次に、見えない作用者がどのように結果を生じさせると考えられるか、つまり、物事を起こすために、どんな直接の原因を用いるか、という点がある。われわれの言う〈原因となること〉が何かを知らない人々、つまり、ほとんどすべての人には、推測の規則が一つしかない。以前のある時、あるいは幾度か、同じような結果に先立って何が起きたのを見たかを、観察し、覚えておくことである。その先行する出来事と後続する出来事の間に、何の依存関係も結びつきも見えていなくても、そうする。したがって、過去の似たことから、未来にも似たことを期待し、幸運や不運の原因に、まったく関わりのないものから、迷信的に、幸運や不運を予想する。アテナイ人がレパントでの戦争に、もう一人のフォルミオンを求め、ポンペイウス派がアフリカでの戦争に、もう一人のスキピオを求めたのが、その例である。その後も、さまざまな機会に、同様のことが行われた。同じように、人々は、自分の運命を、たまたま居合わせた人、縁起のよい場所や悪い場所、口にされた語、とくに神の名を含む語に帰する。呪文や呼び出し、いわば魔女の典礼がそうである。そして、石をパンに、パンを人に、あるいは何かを別の何かに変える力が、それらにあるとさえ信じるのである。

しかし、人間を敬うのと同じように敬う

第三に、人間が自然に、見えない力に対して行う礼拝は、人間に対して示すのと同じ種類の敬意の表現にしかなりえない。贈り物、願い、感謝、体を低くすること、慎重な呼びかけ、落ち着いた振る舞い、考え抜いた言葉、そして、それらの力に呼びかけて誓うこと、すなわち互いの約束を保証することなどである。理性が示すのは、それまでである。その先は、そこでとどまるか、さらに儀式を求めて、自分より賢いと信じる人々に頼るかに、任せられる。

そして、普通でない出来事をすべて、その力に帰する

最後に、これらの見えない力が、未来の出来事、とくに一般的な幸運や不運、あるいは個々の企ての成否を、どう人に知らせるかについては、人は自然には途方に暮れる。ただし、過去から未来を推測する習慣があるので、偶然のことでも、一度か二度同じ結果に出会うと、その後も同じ結果を予告するものと受け取りやすい。そればかりか、いったん好感を抱いた他人が語る、同様の予告も、信じやすい。

宗教の自然の種である、四つのこと

この四つ、すなわち、幽霊があるという考え、第二原因についての無知、恐れるものへの崇敬、偶然のものを予告として受け取ることの中に、宗教の自然の種がある。これが、人それぞれの想像、判断、情念の違いによって、非常に異なる儀式へ育ったため、ある人が行う儀式の多くは、別の人には滑稽なのである。

育てられ方によって異なるものになる

この種は、二種類の人々によって育てられてきた。一方は、自分自身の工夫に従って、それを養い、整えた人々である。もう一方は、神の命令と導きによって、そうした人々である。しかし双方とも、自分たちを頼る人々を、服従、法律、平和、慈愛、市民社会に、いっそう適した者にするという目的を持っていた。したがって、前者の宗教は人間の政治の一部であり、地上の王が臣民に求める義務の一部を教える。後者の宗教は神の政治であり、神の王国の臣民として身を委ねた人々への掟を含む。前者には、異教徒の国家の建設者や立法者が、すべて含まれる。後者は、アブラハム、モーセ、そして祝福された救い主であり、その人々を通して、神の王国の法律が、われわれへ伝えられたのである。

異教の不合理な考え

見えない力の本性についての考えからなる、宗教の部分について言えば、名前を持つもので、異教徒のどこかの土地において、神や悪魔とされず、あるいは詩人によって、何らかの霊に生命を与えられ、住みつかれ、憑かれるものと想像されなかったものは、ほとんどない。

世界の、まだ形のない質料は、カオスという名の神だった。

天空、大洋、惑星、火、大地、風は、それぞれ神だった。

男、女、鳥、鰐、子牛、犬、蛇、玉ねぎ、ねぎまで、神とされた。さらに彼らは、ほとんどあらゆる場所を、デーモンと呼ぶ霊で満たした。平原にはパン神や、パニス、すなわちサテュロスを、森にはファウヌスやニンフを、海にはトリトンや別のニンフを、川や泉にはそれぞれ、その名を持つ幽霊とニンフを、各家庭にはラレス、すなわち家の守り神を、各人には守護霊を、冥界には幽霊や、カロン、ケルベロス、復讐の女神といった霊の役人を置いた。夜には、あらゆる場所を、ラルウァエ、レムレス、死者の幽霊、妖精や恐ろしい怪物の王国で満たした。彼らはまた、時間、夜、昼、平和、和合、愛、争い、徳、名誉、健康、さび、熱病など、単なる偶有性や性質にも神性を認め、神殿を建てた。それらを求め、あるいは避けようと祈るとき、まるで、その名を持つ幽霊が頭上にいて、求める善や避けたい悪を降らせたり、差し控えたりするかのように、それらへ祈ったのである。自分の才知にはムーサの名で、自分の無知には運命の名で、自分の欲情にはクピドの名で、自分の激怒には復讐の女神の名で、自分の陰部にはプリアポスの名で呼びかけ、性的な汚れを、インクブスやスクブスに帰した。ついには、詩人が詩の中に人物として登場させられるもので、彼らが神か悪魔にしないものは、何もなかった。

異教の宗教を作った同じ人々は、宗教の第二の土台、すなわち原因についての無知に気づき、そのため人々が、明らかな依存関係などない原因に、自分の運命を帰しやすいことを利用した。そして、その無知につけ込み、第二原因の代わりに、一種の第二の、従属的な神々を押しつけた。豊穣の原因をウェヌスに、技芸の原因をアポロンに、機知や策略の原因をメルクリウスに、嵐や暴風の原因をアイオロスに、そのほかの結果を、そのほかの神々に帰した。そのため異教徒の間には、仕事の種類とほとんど同じ数の神々がいたのである。

また、人々が自然に、神々へ捧げるのにふさわしいと考えた、供物、祈り、感謝、そのほか、すでに挙げた礼拝に、同じ異教の立法者たちは、絵画や彫刻による神像を加えた。もっと無知な人々、つまり人民の大半、あるいは一般の人々が、それらの表す神々は、本当にその像の中に入り、いわば住みついていると考え、いっそう恐れるようにするためである。また、土地、建物、役人、歳入を、それらに与え、ほかの人間の用途から切り離した。つまり、自分たちの偶像へ奉献し、聖なるものとしたのである。洞窟、林、森、山、島全体などが、その例である。さらに彼らは、神々に、人間、獣、怪物などの姿だけでなく、人間や獣の能力や情念も与えた。感覚、発話、性別、欲情、生殖などである。しかも、神同士が交わって神の種を増やすだけでなく、男や女と交わって、バッコスやヘラクレスのような、混血の神、天国に居候するだけの神も生むとした。そのほか、怒り、復讐、そのほか生き物の情念や、そこから生じる行為、たとえば詐欺、窃盗、姦通、男色、そのほか、力の効果や快楽の原因と見なせるあらゆる悪徳を与えた。人間の間で、名誉に反するというより、法律に反すると考えられる悪徳すべてを、与えたのである。

最後に、未来の予告について言えば、自然なものは過去の経験からの推測にすぎず、超自然的なものは神の啓示である。ところが、異教の宗教を作った同じ人々は、一部は経験を装い、一部は啓示を装って、無数の迷信的な占い方を付け加えた。そして、人々に、さまざまなものの中に自分の運命が見つかると信じさせた。ある時は、デルフォイ、デロス、アモン、そのほか有名な神託所の祭司の、曖昧で無意味な答えである。そうした答えは、結果がどちらに転んでも当たったと言えるよう意図的に曖昧にされたり、硫黄の洞窟に多い、人を酔わせる蒸気のために不合理になったりした。またある時は、シビュラの葉である。その予言の書の幾つかは、ローマ共和政の時代に名声を得ていた。それは、もしかするとノストラダムスの予言に似ていたのかもしれない。今残るシビュラの予言の断片は、後世の創作のように見えるからである。またある時は、神の霊に憑かれたと思われる狂人の、意味のない言葉である。この憑依を、彼らはエントゥシアスモスと呼んだ。こうした出来事の予告は、神意による占い、あるいは預言とされた。またある時は、生まれた時の星の配置であり、これは星占いと呼ばれ、判断占星術の一部とされた。また、自分自身の希望や恐れによるものは、テューモマンテイア、あるいは予感と呼ばれた。死者と語ると称する魔女の予告による場合もあり、これは降霊術、霊の呼び出し、魔術と呼ばれるが、手品と、共謀したいかさまにすぎない。また、鳥がたまたま飛び、餌を食べる様子による鳥占い、犠牲にした獣の内臓による臓卜、夢による占い、烏の鳴き声や鳥のさえずりによる占いもあった。顔つきによるものは観相術、手の線によるものは手相術、偶然耳にする言葉によるものはオーメンと呼ばれた。また、怪物や異常な出来事、たとえば日食や月食、彗星、珍しい気象現象、地震、洪水、異様な出生などによる場合もあり、彼らはそれらをポルテンタ、オステンタ、すなわち前兆と呼んだ。将来の大きな災難を予告し、示すと考えたからである。また、単なるくじ、たとえば硬貨の表裏、ふるいの穴を数えること、ホメロスやウェルギリウスの詩句を無作為に引くことなど、無数の空しい思いつきもあった。このように人は、自分の信用を得ており、穏やかに、巧みに、その恐れと無知をつかめる相手には、何でも信じるよう、容易に導かれるのである。

異教の宗教を作った人々の目的。

したがって、人民を服従と平和の中に保つことだけを目的とした、異教徒の国家の最初の建設者や立法者たちは、どこでも、次のことに気を配った。第一に、宗教について自分の与える教えが、自分の工夫ではなく、何らかの神や霊の命令から来たと思わせるか、あるいは、自分たちは単なる人間より高い本性を持つと思わせることである。法律を、より容易に受け入れさせるためである。そこでヌマ・ポンピリウスは、ローマ人の間に定めた儀式を、ニンフのエゲリアから受け取ったと称し、ペルー王国の最初の王で建国者は、自分と妻を太陽の子と称した。また、マホメットは、新しい宗教を立てるため、鳩の姿をした聖霊と語り合ったと称した。第二に、法律で禁じられることが、神々にも不快であると信じさせることである。第三に、儀式、嘆願、犠牲、祝祭を定め、それによって神々の怒りをなだめられると信じさせることである。そして、戦争の不首尾、大規模な疫病、地震、個人の不幸は神々の怒りから生じ、その怒りは、礼拝を怠ったり、必要な儀式のある部分を忘れたり、間違えたりしたことから生じると信じさせた。古代ローマでは、詩人が書く死後の苦しみや楽しみを否定することは禁じられておらず、国家の中で大きな権威と重みを持つ人々が、演説で公然とそれを嘲ることもあった。それでも、その信仰は、反対の考えよりも、つねに大切にされた。

これらや、同じような制度によって、彼らは、国家の平和という目的に役立つ結果を得た。一般の人々は、不運に際して、その原因を、儀式の怠慢や間違い、あるいは法律への自分自身の不服従に求めたので、統治者に反乱しにくくなった。また、神々をたたえる祝祭や公の競技の華やかさと娯楽を与えられると、国家への不満、愚痴、騒乱を防ぐには、ほかにはパンさえあれば足りた。それゆえ、当時知られた世界の大部分を征服したローマ人は、ローマ市そのものの中でも、市民の統治と両立しないものを含まないかぎり、どんな宗教でも認めることをためらわなかった。そこで禁じられた宗教として、われわれが読むのは、ユダヤ人の宗教だけである。ユダヤ人は、神の特別な王国であるため、死すべきどんな王や国家への服従も認めるのは不法だと考えた。こうして、異教徒の宗教が政治の一部だったことが分かる。

真の宗教と、神の王国の法律は同じものである。

しかし、神ご自身が超自然的な啓示によって宗教を植えつけたところでは、神は同時に、自分の特別な王国を作り、ご自身に対する振る舞いだけでなく、人々相互の振る舞いについても、法律を与えた。それゆえ、神の王国では、政治と市民法は宗教の一部であり、世俗の支配と霊的な支配の区別は、そこにはない。神が全地の王であることは、確かである。それでも、ある特別な、選ばれた民族の王であることもできる。全軍の総指揮権を持つ者が、同時に、自分直属の特別な連隊や中隊を持っていても、矛盾しないのと同じである。神は、その力によって全地の王であり、信約によって、選ばれた民の王である。しかし、自然による神の王国と、信約による神の王国について、もっと詳しく述べるためには、後の議論に、別の場所を設けてある。

宗教が変化する原因

宗教が広まる仕方から、それが最初の種、すなわち原理へと解け戻る原因も、理解するのは難しくない。その原理とは、神性と、見えない超自然の力があるという考えだけである。それを人間の本性から完全に取り除くことはできず、その目的にふさわしいと評判のある人々が育てれば、そこから再び、新しい宗教が芽生える。

形を与えられた宗教は、どれも初めは、多数の人々が、ある一人に置く信頼を土台とする。その人は賢く、自分たちの幸福のために努めるだけでなく、神ご自身が超自然的に意志を示してくださる、聖なる人だと信じられている。したがって、宗教を治める人々の知恵、誠実さ、愛情のいずれかが疑われたり、神の啓示について、もっともらしいしるしを示せなくなったりすれば、彼らが維持しようとする宗教も、当然疑われることになる。そして、国家の剣への恐れがなければ、反駁され、拒まれるのである。

不可能なことを信じよと命じること

宗教を形づくる人や、すでに形づくられた宗教に付け加える人の、知恵の評判を失わせるのは、矛盾することを信じよと命じることである。矛盾する二つが、ともに真であることは不可能だからである。それらを信じるよう命じるのは、無知の証拠となり、その点で説く人の無知を暴き、その人が超自然的な啓示に基づくとして示す、ほかのすべてについても、信用を失わせる。人が啓示を受ける内容には、自然な理性を超えるものは多くありえても、自然な理性に反するものは、一つもありえないのである。

自分の立てる宗教に反する行いをすること

誠実さの評判を失わせるのは、他人には信じよと求めることを、自分では信じていないしるしと見える、行為や発言をすることである。そうした行為や発言は、人を宗教の道でつまずかせ、倒れさせる石なので、すべて〈つまずきを与えるもの〉と呼ばれる。不正、残酷、不敬、強欲、淫欲などがそうである。こうした根から生じる行為を日常的にする人が、もっと軽い過ちについて他人を脅す際に持ち出すような、恐れるべき見えない力を、自分でも信じていると、誰が考えられるだろうか。

愛情の評判を失わせるのは、私的な目的を見抜かれることである。他人に求める信仰が、自分たちだけ、あるいはとくに自分たちの、支配権、富、位階、安全な快楽の獲得に役立ち、または役立つように見える場合がそうである。自分自身に利益をもたらすことをすれば、他人への愛ではなく、自分のためにしていると考えられるからである。

奇跡による証拠の欠如

最後に、神から召された証拠として人が示せるのは、奇跡を行うこと、真実の預言、これも奇跡であるが、あるいは並外れた幸福以外にはない。したがって、そのような奇跡を行った人々から受け入れた宗教の教えに、何の奇跡によっても自分の召命を証明しない人々が加えた教えは、人が育った土地の慣習や法律によって身につけさせられた以上には、信じられない。判断力のある人々は、自然の事柄について自然のしるしや根拠を求めるのと同じように、超自然の事柄については、心の内から本当に同意する前に、超自然のしるし、すなわち奇跡を求めるからである。

信仰を弱めるこれらの原因は、どれも、次の例にはっきり現れる。まずイスラエルの民の例がある。モーセは、奇跡と、エジプトから彼らを無事に導き出したことによって、自分の召命を証明していた。それでも、わずか四十日間不在になっただけで、彼らは、彼が勧めた真の神への礼拝から離れ、『出エジプト記』32章1、2節にあるように、金の子牛を神として立て、つい最近救い出されたばかりの、エジプト人の偶像崇拝へ戻った。また、モーセ、アロン、ヨシュアと、イスラエルにおける神の偉大な働きを見た世代が死ぬと、次の世代が起こり、バアルに仕えた。『士師記』2章11節である。こうして、奇跡がなくなると、信仰もなくなった。

また、サムエルの息子たちは、父によってベエル・シェバの裁判官に任じられたが、『サムエル記上』8章3節によれば、賄賂を受け取り、不正な裁判を行った。するとイスラエルの民は、神がほかの民の王であるのとは別の仕方で、自分たちの王であることを、もはや認めようとせず、諸国民のように、自分たちの王を選ぶよう、サムエルに求めた。このように、正義がなくなると、信仰もなくなり、ついには、自分たちを治める神を、王位から退けたのである。

また、キリスト教が植えつけられたとき、ローマ帝国のあらゆる場所で神託がやみ、使徒や福音伝道者の説教によって、日ごと、至るところで、キリスト教徒の数が驚くほど増えた。その成功の大部分は、当時の異教の祭司たちが、不潔さ、強欲、君主たちの間での策動によって、自分自身を軽蔑させていたことに帰せられると、考えてよい。また、ローマ教会の宗教が、イングランドや、キリスト教世界のほかの多くの地方で廃されたのも、一部は同じ原因による。牧者の徳が衰えると、人民の信仰も衰えるのである。もう一つの原因は、学派の学者が、アリストテレスの哲学や学説を宗教へ持ち込んだことである。そこから、あまりに多くの矛盾や不合理が生まれたため、聖職者は無知で、欺く意図を持つという評判を受け、人々は彼らに反抗するようになった。フランスやオランダでは、自国の君主の意志に反して、イングランドでは、その意志に従って、そうしたのである。

最後に、ローマ教会が救済に必要と宣言する教えには、教皇と、ほかのキリスト教君主の領地に住む、その霊的な臣下に、明らかに有利なものが非常に多い。それゆえ、君主たちが互いに競い合ってさえいなければ、イングランドで排除されたのと同じくらい容易に、戦争や騒乱なしに、外国の権力をすべて排除できるだろう。司教が戴冠させなければ、王はキリストから権限を得ていない。聖職者である王は結婚できない。君主が嫡出かどうかは、ローマから与えられた権限によって判断しなければならない。王がローマの法廷で異端と判定されれば、臣民は忠誠の義務から解放されうる。フランスのキルペリクスのような王は、ザカリアスのような教皇によって、理由もなく廃され、その王国を臣下の一人へ与えられうる。聖職者や修道会の者は、どの国でも、刑事事件で自国の王の裁判権から免除される。こう信じさせることが、誰の利益になるか、見えない人がいるだろうか。また、私的なミサの料金や、煉獄から解放するための謝礼が、誰の利益に帰するか、見えない人がいるだろうか。これらや、そのほかの私的な利益のしるしは、もっとも生き生きした信仰さえ弱らせるに十分である。先に述べたように、教師たちの聖性、知恵、正直さへの評価よりも、国家の行政官と慣習が、それを強く支えていなければ、そうなるだろう。したがって、世界の宗教の変化を、すべて一つの同じ原因、すなわち、人々を不快にさせる聖職者に帰せられる。しかもそれは、カトリックだけでなく、改革をもっとも誇ってきた教会にも、当てはまるのである。

第十三章 幸福と悲惨に関する、人類の自然の状態について

自然は、人間を、体と心の能力において、きわめて平等に造った。時には、他人より明らかに体が強く、あるいは頭の回転が速い人がいても、すべてを合わせて考えれば、人と人の違いは、それを根拠に、ほかの人が同じように求められない利益を、自分だけのものとして要求できるほど、大きくはない。体の強さについて言えば、もっとも弱い者でも、ひそかな策略や、自分と同じ危険にある者たちとの結束によって、もっとも強い者を殺すだけの強さを持つからである。

心の能力については、言葉を土台とする技術、とくに学問と呼ばれる、一般的で誤りのない規則に従って進む技能を除けば、体の強さよりも、さらに大きな平等が、人々の間にあると、私は思う。学問を持つ人はごく少なく、それもわずかな事柄についてだけである。学問は、生まれつきそなわる能力でも、思慮のように、ほかの何かを求めるうちに得られるものでもないからである。思慮は経験にすぎず、同じ時間は、人々が同じように取り組む事柄について、等しく経験を与える。この平等を信じがたくするものがあるとすれば、それは、自分の知恵についての空しい自惚れだけである。ほとんど誰もが、自分は世間一般の人々より賢いと思っている。つまり、自分自身と、名声によって、あるいは自分と意見が一致するので評価する少数の人々を除いた、ほかのすべての人々より、賢いと思っているのである。人間の本性とはそのようなもので、多くの他人が、自分より才知があり、雄弁で、学識があることは認めても、自分ほど賢い人が大勢いるとは、なかなか信じない。自分の才知は間近で見え、他人の才知は遠くからしか見えないからである。しかし、これは、むしろ、この点で人々が不平等ではなく、平等であることを証明する。あるものが平等に分配されたしるしとして、各人が自分の取り分に満足していること以上に、大きなしるしは、ふつうないからである。

平等から不信が生じる

この能力の平等から、目的を達成する希望の平等が生じる。したがって、二人が同じものを欲しながら、両方では享受できない場合、その二人は敵となる。そして、主に自己保存、ときにはただの楽しみである目的に向かう途中で、互いを滅ぼし、あるいは従えようとする。そこから、侵入する者が他人一人の力以外に何も恐れる必要のないところでは、ある人が植え、種をまき、建て、都合のよい土地を占有すれば、ほかの人々が力を合わせ、準備してやって来て、その人を追い出し、労働の実りだけでなく、生命や自由まで奪うことが、十分に予想される。そして侵入した者自身もまた、ほかの者から同じ危険にさらされるのである。

不信から戦争が生じる

こうした互いへの不信から、自分の安全を確保する方法として、先制ほど理にかなったものは、誰にとってもない。つまり、自分を危険にさらすほど大きな力が、ほかにはないと分かるまで、できるかぎり多くの人を、武力や策略で支配することである。これは、自分の保存に必要なことを超えず、一般に認められる。また、征服の行為に、自分の力を眺める楽しみを感じ、安全に必要な範囲を超えて征服を進める者もいる。そのため、そうでなければ適度な範囲にとどまり、平穏に暮らすことを喜ぶ人々も、侵略によって力を増さなければ、防御だけで長く存続することはできない。したがって、このように他人への支配を広げることは、自己保存に必要なので、認められなければならない。

また、すべての人を威圧できる力のないところで、人々は、共にいることに喜びを持たず、反対に、多くの苦しみを感じる。誰もが、自分のつけるのと同じ価値を、仲間も自分に認めることを期待するからである。そして、軽蔑や過小評価のしるしに出会うたび、あえてできるかぎり、自然に、いっそう高い評価を強制しようとする。自分を軽んじる者には害によって、ほかの者には、その見せしめによって、そうするのである。共通の権力によって平穏に保たれていない人々の間では、あえてできる範囲は、互いを滅ぼし合うまでにも及ぶ。

このように、人間の本性の中には、争いの主な原因が三つある。第一に競争、第二に不信、第三に誇りである。

第一は利益のために、第二は安全のために、第三は評判のために、人を侵略へ向かわせる。第一の場合、人は、他人や、その妻、子、家畜を支配する主人となるために暴力を使う。第二の場合は、それらを守るために使う。第三の場合は、一言、微笑み、意見の違い、そのほかの過小評価のしるしといった、些細なことのために使う。そのしるしは、本人へ直接向けられることもあれば、親族、友人、国民、職業、名前を通して、間接に及ぶこともある。

市民的な国家の外には、つねに、すべての人の、すべての人に対する戦争がある

これによって明らかなように、人々が、全員を畏れさせる共通の権力なしに暮らす間、その状態は戦争と呼ばれるものであり、しかも、すべての人の、すべての人に対する戦争である。〈戦争〉は、戦闘や、実際に戦う行為だけにあるのではない。戦って争う意志が、十分に知られている、一定の期間にあるからである。したがって、戦争の本性を考えるには、天候の本性と同じように、時間という観念を考慮しなければならない。悪天候の本性が、一度や二度の雨ではなく、何日も続く、雨になりやすい傾向にあるのと同じように、戦争の本性は、現実の戦闘ではなく、戦う傾向が知られており、そうでないという保証のない期間全体にある。そのほかのすべての時が、〈平和〉なのである。

そのような戦争の不都合

したがって、誰もが誰もの敵である戦争の時に生じることは、自分自身の強さや工夫が与える以上の安全なしに、人々が暮らす時にも、同じように生じる。その状態では、勤労の余地がない。成果が不確かだからである。その結果、土地の耕作も、航海も、海から輸入できる品物の利用も、便利な建物も、大きな力を必要とする物を動かし、運ぶ器具もない。地表についての知識も、時の計算も、技芸も、文字も、社会もない。そして、何より悪いのは、絶え間ない恐怖と、暴力による死の危険である。人間の生活は、孤独で、貧しく、汚らしく、獣のようで、短い。

これらを十分に考えていない人には、自然が、人間をこのように離れ離れにし、互いに侵略し、滅ぼし合いやすくすることが、不思議に見えるかもしれない。そして、情念から導いたこの推論を信用せず、経験による確認を求めるかもしれない。その人は、自分が旅行するとき、武装し、十分な道連れを求めること、寝るときに戸締まりをすること、家の中でも箱に鍵をかけることを、考えてみるとよい。しかも、自分に加えられたどんな不正にも報復するため、法律があり、武装した公の役人がいると知っていても、そうするのである。武装して馬に乗るとき、同じ国の臣民について、どんな意見を持っているのか。戸締まりをするとき、同じ市の人々について、どんな意見を持っているのか。箱に鍵をかけるとき、子どもや使用人について、どんな意見を持っているのか。その人は、私が言葉でそうするのと同じほど、自分の行動によって、人類を責めているのではないか。しかし、そこでは、われわれのどちらも、人間の本性を責めてはいない。欲望や、そのほかの人間の情念は、それ自体では罪ではない。それらの情念から生じる行為も、禁じる法律を知るまでは、罪ではない。法律が作られるまでは、人はそれを知れず、それを作る人格について合意するまでは、どんな法律も作られないのである。

このような時代、このような戦争状態は、一度もなかったと思う人もいるかもしれない。私も、全世界で一般にそうだったことは、なかったと思う。しかし、今そうして暮らす場所は多い。アメリカの多くの地域の未開の人々には、そのまとまりが自然な性欲に依存する、小さな家族の統治を除けば、統治がまったくなく、今日も、前に述べたような、獣のような仕方で暮らしている。いずれにせよ、恐れるべき共通の権力のないところで、生活がどうなるかは、かつて平和な統治のもとで暮らしていた人々が、内戦の中で転落してゆく暮らし方を見れば、分かる。

しかし、個々人が互いに戦争状態にあった時が、一度もなかったとしても、国王や、主権を持つ人々は、どの時代にも、その独立性のために、絶えず互いを警戒し、剣闘士の状態と構えにある。武器を向け、互いを見据えている。つまり、王国の国境に要塞、守備隊、大砲を置き、隣国へ絶えず間諜を送っている。これは、戦争の構えである。しかし、それによって臣民の勤労を支えるので、個々人の自由に伴う、あの悲惨は、そこからは生じない。

このような戦争では、何も不正ではない

すべての人の、すべての人に対する戦争からは、さらに、何も不正ではありえないということが生じる。正と不正、正義と不正義の観念は、そこにはない。共通の権力のないところに法律はなく、法律のないところに不正はない。戦争では、力と欺きが、二つの主要な徳である。正義も不正義も、体や心の能力ではない。もしそうなら、感覚や情念と同じように、世界に一人だけの人にも、そなわりうるはずである。それらは、孤立した人ではなく、社会の中の人々に関わる性質なのである。同じ状態から、所有も支配権も、私のものとあなたのものの区別もない、ということも生じる。ただ、その人が手に入れられるものが、その人のものであり、それを保持できる間だけ、そうなのである。人間が、ただ自然によって、実際に置かれている悪い状態については、これだけで十分である。ただし、そこから抜け出す可能性もあり、その一部は情念に、一部は理性にある。

人々を平和へ向かわせる情念

人々を平和へ向かわせる情念は、死への恐れ、快適に生きるために必要なものへの欲望、そして勤労によってそれを得られるという希望である。また、理性は、人々が合意へ導かれるための、適切な平和の条項を示す。これらの条項が、別の名で〈自然法〉と呼ばれるものである。次の二章で、それらを、さらに詳しく述べる。

第十四章 第一・第二の自然法と、契約について

自然権とは何か

著者たちがふつうユス・ナトゥラーレと呼ぶ〈自然権〉とは、各人が、自分自身の本性、すなわち自分の生命を保つために、自分の望むままに、自分の力を使う自由である。したがって、自分の判断と理性によって、そのためにもっとも適切な手段だと考える、どんなことでも行う自由である。

自由とは何か

〈自由〉とは、その語の本来の意味に従えば、外部からの妨げがないことである。そのような妨げは、人がしたいことをする力の一部を、しばしば奪いうる。しかし、残された力を、自分の判断と理性の命じるとおりに使うことまでは、妨げられない。

自然法とは何か

〈自然法〉、レクス・ナトゥラーリスとは、理性によって見いだされる教え、あるいは一般的規則である。それによって、人は、自分の生命を破壊し、または生命を保つ手段を奪うことをするのを禁じられ、生命をもっともよく保てると思うことを、怠るのも禁じられる。この主題を論じる人々は、ユスとレクス、権利と法を混同しがちだが、区別すべきである。権利は、行うか、行わないかの自由にある。これに対し、法は、その一方を定め、拘束する。したがって、法と権利は、義務と自由ほど異なる。そして義務と自由は、同じ一つの事柄については、両立しないのである。

自然において、誰もがあらゆるものへの権利を持つ

前章で示したように、人間の状態は、すべての人の、すべての人に対する戦争状態である。そこでは、各人が自分自身の理性に導かれ、敵に対して生命を守るために、使えるものなら、何でも助けになりうる。そのため、この状態では、誰もが、他人の身体にさえ及ぶ、あらゆるものへの権利を持つ。したがって、各人の、あらゆるものへのこの自然権が続くかぎり、誰にも、どんなに強く、賢くても、自然がふつう人間に許す期間を、生き通せる保証はない。

根本の自然法

したがって、理性の教え、すなわち一般的規則は、こうなる。〈誰もが、平和を得られる希望のあるかぎり、平和に努めるべきである。そして平和を得られないときは、戦争のあらゆる助けと利点を求め、用いてよい。〉この規則の前半には、第一の、根本の自然法が含まれる。〈平和を求め、それを追求せよ〉というものである。後半には、自然権の要点が含まれる。〈できるあらゆる手段によって、自分を守れ〉というものである。

第二の自然法

人々に平和へ努めるよう命じる、この根本の自然法から、第二の法が導かれる。〈他人も同様にするなら、自分の平和と防衛に必要と思う範囲で、あらゆるものへのこの権利を、進んで手放し、他人が自分に対して持つことを認めるのと同じだけの自由で、他人に対しても満足せよ。〉誰もが、したいことを何でもするこの権利を持ち続けるかぎり、すべての人は戦争状態にあるからである。しかし、他人が自分と同じように権利を手放さないなら、誰にも、自分の権利だけを捨てる理由はない。それは、平和に備えるというより、自分を獲物としてさらすことであり、誰も、そうする義務を負わないからである。これが、福音の〈他人にしてもらいたいことは、何でも、あなたがたも他人にしなさい〉という法である。また、すべての人の〈クオド・ティビ・フィエリ・ノン・ウィス、アルテリ・ネー・フェーケリス〉、すなわち〈自分にしてほしくないことを、他人にするな〉という法でもある。

権利を手放すとは、どういうことか

あるものへの権利を手放すとは、同じものについて、他人が自分の権利から利益を得るのを妨げる自由を、自分から取り去ることである。権利を放棄したり譲り渡したりする人は、他人に、その人が以前持たなかった権利を与えるのではない。自然において、誰にも権利のなかったものは、一つもないからである。ただ、自分が道をあけ、その人が、自分からは妨げられずに、もとの権利を享受できるようにするだけである。ほかの者からも妨げられなくなる、というわけではない。したがって、他人の権利の欠如から、ある人が得る効果は、自分のもとの権利を使う際の妨げが、その分だけ減ることにすぎない。

権利の放棄と移転、拘束、義務、不正とは何か

権利を手放す仕方は、単に放棄するか、他人へ移すかである。その利益が誰に及ぶかを気にしない場合は、単なる〈放棄〉である。その利益を、特定の一人または複数の人に与えようとする場合は、〈移転〉である。どちらの方法であれ、権利を捨て、あるいは譲り渡した人は、その権利を譲られ、あるいは放棄によって利益を受ける人が、その利益を得るのを妨げないよう、〈義務を負う〉〈拘束される〉と言われる。自分の意志で行ったその行為を、無効にしないことが、なすべきことであり、その人の〈義務〉なのである。そうした妨害は、すでに権利を放棄し、あるいは移しているので、シネ・ユレ、すなわち権利なしになされ、〈不正〉〈侵害〉と呼ばれる。このように、世間の争いにおける侵害や不正は、学者の論争で不合理と呼ばれるものに、いくらか似ている。学問では、初めに主張したことと矛盾することを不合理と呼ぶ。それと同じように、世間では、初めに自分の意志で行ったことを、意図的に取り消すのを、不正、侵害と呼ぶのである。人が権利を単に放棄し、あるいは移す方法は、意図的で十分な何らかのしるしによって、自分はそう放棄し、移す、またはすでに放棄し、移したと、それを受け取る人に表明し、示すことである。このしるしは、言葉だけ、行動だけ、あるいは、もっとも多い場合として、その両方からなる。これが、人々を結び、義務を負わせる〈絆〉である。その強さは、絆そのものの本性からではなく、破った場合の何らかの悪い結果への恐れから来る。人の言葉ほど容易に破られるものはないからである。

すべての権利が譲り渡せるわけではない

権利を移したり放棄したりする人は、いつも、代わりに自分へ移される何らかの権利を考慮するか、それによって何か別の善を得ることを望んでいる。それは随意の行為であり、誰の随意行為も、自分自身にとっての何らかの善を対象とするからである。したがって、どんな言葉やしるしによっても、誰も放棄し、移したとは理解できない権利が、いくつかある。第一に、生命を奪おうと武力で襲う者に抵抗する権利は、手放せない。それによって自分の何らかの善を目指すとは、理解できないからである。負傷、拘束、投獄についても、同じことが言える。他人が傷つけられ、投獄されるのを許す場合と違い、自分がそれを耐え忍んでも、何の利益も生じないからであり、また、暴力を向けられたとき、相手が自分を殺そうとしているかどうかは、分からないからである。最後に、権利の放棄や移転が導入される動機と目的は、自分自身の安全、すなわち生命と、生きることに嫌気がささないような仕方で生命を保つ手段の安全以外にはない。したがって、ある人が言葉やしるしによって、そのしるしの目指す目的そのものを、自分から奪うように見える場合、そういう意味で述べ、そう意志したと解してはならない。自分の言葉や行動が、どう解されるかを、知らなかったと解すべきである。

契約とは何か

権利を互いに移すことを、人々は〈契約〉と呼ぶ。

あるものへの権利を移すことと、そのもの自体を移し、譲り渡し、すなわち引き渡すことは、違う。現金による売買、物品や土地の交換のように、権利を移すのと同時に、物を引き渡す場合もあれば、後になって引き渡す場合もあるからである。

信約とは何か

また、契約する一方が、自分の側の契約された物を引き渡し、相手の履行は、後の定められた時まで待ち、その間は相手を信頼する場合がある。このとき、その人の側の契約は、〈約定〉、あるいは〈信約〉と呼ばれる。双方が、将来履行することを、今契約する場合もある。こうした場合、将来履行すべき者は信用を与えられているので、その履行は、〈約束を守ること〉〈信義〉と呼ばれ、履行しないことが意図的なら、〈信義違反〉と呼ばれる。

無償の贈与

権利の移転が相互的ではなく、一方が、それによって相手や、その友人から、友情や奉仕を得ようと望む場合、慈愛や度量の大きさの評判を得ようとする場合、憐れみの苦しみから心を解放しようとする場合、あるいは天国での報いを望む場合は、契約ではなく、〈贈り物〉〈無償の贈与〉〈恩恵〉である。これらの語は、一つの同じものを意味する。

契約の明示的なしるし

契約のしるしには、明示的なものと、推認によるものがある。明示的なものは、その意味を理解して語られる言葉である。その言葉は、〈私は与える〉〈私は譲る〉〈私は与えた〉〈私は譲った〉〈私は、これがあなたのものであることを意志する〉のように、現在か過去の時を示すか、あるいは、〈私は与えよう〉〈私は譲ろう〉のように、未来を示す。この未来の言葉は、〈約束〉と呼ばれる。

推認による契約のしるし

推認によるしるしは、言葉から導かれることも、沈黙から、行動から、行動を控えることから導かれることもある。一般に、どんな契約でも、その契約者の意志を十分に示すものが、推認によるしるしである。

無償の贈与は、現在または過去の言葉によって移る

言葉だけがあり、それが未来を示し、単なる約束を含む場合、それは、無償の贈与のしるしとして不十分であり、したがって拘束力を持たない。〈明日、私は与えよう〉のように未来を示すなら、それは、まだ与えていないしるしであり、したがって権利は移らず、別の行為によって移すまでは、私に残るからである。しかし、〈明日引き渡すものとして、私はすでに与えた、あるいは今与える〉というように、現在か過去を示す言葉なら、明日の私の権利は、今日譲り渡される。私の意志を示すほかの根拠がなくても、言葉の力によってそうなる。〈ウォロ・ホク・トゥウム・エッセ・クラース〉と〈クラース・ダボー〉、つまり、〈私は、明日これがあなたのものであることを、今意志する〉と、〈私は、明日これをあなたに与えよう〉の意味には、大きな違いがある。前者の〈私は意志する〉は、現在の意志の作用を示すが、後者は、未来の意志の作用の約束を示すからである。したがって、現在を示す前者の言葉は、将来の権利を移すが、未来を示す後者は、何も移さない。しかし、言葉以外にも、権利を移す意志のしるしがあれば、贈与が無償であっても、未来の言葉によって権利が移ると理解できる。たとえば、競走で最初に決勝点に着いた者へ賞を与えると提示する場合、その贈与は無償であり、言葉も未来を示すが、権利は移る。自分の言葉をそう理解してほしくないなら、そもそも走らせるべきではなかったからである。

契約のしるしには、過去、現在、未来の言葉が、いずれもなる。

契約では、現在や過去の言葉だけでなく、未来の言葉でも権利が移る。すべての契約は、権利の相互的な移転、すなわち交換だからである。したがって、すでにその約束の対価となる利益を受け取っているために、約束だけをする人は、権利を移すつもりだと理解される。自分の言葉をそう理解されることに同意していなければ、相手は先に履行しなかったはずだからである。それゆえ、売買や、そのほかの契約行為では、約束は信約に等しく、拘束力を持つ。

報いに値するとは何か

契約において先に履行する者は、相手の履行によって受け取るものを、〈報いとして得るに値する〉と言われ、それを、当然受け取るべきものとして持つ。また、多くの人に賞が提示され、勝者だけに与えられる場合や、大勢の中へ金が投げられ、それをつかんだ人のものとなる場合も、それは無償の贈与だが、勝ち、あるいはつかむことによって、〈報いに値し〉、当然のものとして持つ。賞を提示し、金を投げた時点で、権利は移っており、誰に移るかだけが、争いの結果まで決まらないからである。しかし、この二種類の資格には、違いがある。契約では、私は自分の力と契約相手の必要によって、報いに値する。無償の贈与では、与え手の好意だけによって、報いに値することが可能となる。契約では、相手に権利を手放してもらうことを、報いとして求められる。贈与では、与え手に権利を手放してもらうことを求めるのではなく、その人が手放した以上、それが他人ではなく、自分のものになることを求められるのである。これが、学派の言う、メリトゥム・コングルイとメリトゥム・コンディグニの区別の意味だと、私は思う。全能の神は、肉体の欲望で目隠しされた人間のうち、神の定めた教えと範囲に従って、この世を歩み通せる者に、楽園を約束した。そのため彼らは、そう歩む者は、エクス・コングルオ、すなわち適合によって、楽園に値すると言う。しかし、誰も自分の正しさや、その他、自分自身の力によって、それへの権利を要求できず、ただ神の無償の恩寵によるほかないので、誰も、エクス・コンディグノ、すなわち厳密な功績によって、楽園に値することはできないと言う。これがその区別の意味だと、私は考える。しかし、論争者たちは、都合のよい間しか、自分たちの専門語の意味について一致しないので、彼らの意味することは、何も断言しない。ただ、私が述べるのは、争うべき賞のように、受取人を限定せず贈与がなされるとき、勝者は、その賞を受けるに値し、当然のものとして要求できるということだけである。

相互の信用による信約は、いつ無効か

双方とも今すぐには履行せず、互いに信用する信約が結ばれた場合、ただ自然の状態、すなわち、すべての人の、すべての人に対する戦争状態では、何か合理的な疑いがあれば、それは無効である。しかし、両者の上に共通の権力が置かれ、履行を強いる十分な権利と力を持つなら、無効ではない。先に履行する者には、相手が後で履行する保証がない。言葉の絆は、強制する何らかの権力への恐れがなければ、人間の野心、強欲、怒り、そのほかの情念を抑えるには、あまりに弱いからである。すべての人が平等で、自分の恐れの正当さを自分で判断する、ただ自然の状態では、そのような強制力は、想定しようがない。したがって、先に履行する者は、敵へ自分を売り渡すだけとなり、決して放棄できない、自分の生命と生活手段を守る権利に反するのである。

しかし、国家のもとでは、そうでなければ信義を破る者を強制する権力が立てられているので、その恐れは、もはや合理的ではない。そのため、信約によって先に履行する者は、そうする義務を負う。

このような信約を無効にする恐れの原因は、つねに、信約が結ばれた後に生じた何かでなければならない。新しい行為や、履行しない意志を示す別のしるしなどである。そうでなければ、信約を無効にはできない。約束するのを妨げられなかったものを、履行の妨げとして認めるべきではないからである。

目的への権利は、手段への権利を含む

権利を移す者は、その権利を享受する手段も、自分の力の及ぶかぎり移す。土地を売る者は、草や、その上に生えるすべてのものも移すと解され、水車小屋を売る者は、それを動かす流れを、ほかへそらしてはならない。また、ある人に主権による統治の権利を与える人々は、その人に、兵を維持するため金を徴収し、司法を行う行政官を任命する権利も与えると解される。

獣との信約はない

獣と信約を結ぶことは、不可能である。獣はわれわれの言葉を理解しないので、権利の移転を理解も受諾もせず、他人へ権利を移すこともできない。そして、相互の受諾なしには、信約はないからである。

特別な啓示なしに、神と結ぶこともできない

神と信約を結ぶには、神が語りかける相手の仲介がなければならない。その語りかけは、超自然的な啓示によるか、神のもとで、その名によって統治する代理者を通すかの、どちらかである。そうでなければ、自分たちの信約が受け入れられたかどうか、分からない。したがって、自然法のどれかに反する誓願を立てる者は、無駄に誓っている。それを果たすことが、不正だからである。反対に、自然法が命じる事柄なら、拘束するのは、誓願ではなく、法である。

信約は、可能な未来のことについてのみ成り立つ

信約の内容、すなわち対象は、つねに熟慮の範囲にある何かである。信約を結ぶことは意志の作用、つまり熟慮の一つの作用、それも最後の作用だからである。したがって、それはつねに、将来のことで、信約する人が履行可能だと判断する何かだと理解される。

それゆえ、不可能だと分かっていることを約束するのは、信約ではない。しかし、以前は可能と思われたことが、後で不可能と分かった場合、信約は有効である。そのもの自体についてではなくても、相当する価値について拘束し、それも不可能なら、できるだけ履行しようとする、偽りのない努力を義務づける。それ以上の義務は、誰にも負わせられないからである。

信約の拘束は、どう解かれるか

人は、二つの仕方で信約から解放される。履行するか、免除されるかである。履行は義務の自然な終わりであり、免除は、義務の内容だった権利を再び移し返すことによる、自由の回復だからである。

恐れによって取りつけられた信約も、有効である

ただ自然の状態において、恐れから結んだ信約は、拘束力を持つ。たとえば、命と引き換えに、敵へ身代金や奉仕を支払うと信約すれば、私はそれに拘束される。それは、一方が生命という利益を受け、他方が、その対価として金や奉仕を受ける契約だからである。したがって、ただ自然の状態のように、履行を禁じる別の法がなければ、信約は有効である。それゆえ、捕虜が、後で身代金を払うと信用を与えられたなら、支払う義務を負う。また、弱い君主が、恐れから、強い君主と不利な和平を結んだ場合、前に述べたように、戦争を再開するだけの、新しく正当な恐れの原因が生じないかぎり、それを守る義務を負う。国家の中でも、盗賊から自分を救うため、やむなく金を約束したなら、市民法が免除するまでは、支払う義務がある。義務なしに合法的にできることは、恐れから、それを行うと合法的に信約することもでき、合法的に結んだ信約を、合法的に破ることはできないからである。

ある人との先の信約は、別の人との後の信約を無効にする

先の信約は、後の信約を無効にする。今日、ある人へ自分の権利を譲り渡した者には、明日、別の人へ移すためのその権利が、もうないからである。したがって、後の約束は、どんな権利も移さず、無効である。

自分を守らないという信約は、無効である

暴力に対して暴力で自分を守らないという信約は、つねに無効である。すでに示したように、誰も、死、負傷、投獄から自分を救う権利を移したり、手放したりできない。それらを避けることこそ、どんな権利を手放す場合も、その唯一の目的だからである。したがって、暴力に抵抗しないという約束は、どんな信約においても、何の権利も移さず、義務も負わせない。〈私がこれこれをしなければ、殺してよい〉とは信約できても、〈私がこれこれをしなければ、あなたが殺しに来ても抵抗しない〉とは、信約できない。人間は自然に、抵抗しない場合の、今ここで確実に死ぬという大きな悪より、抵抗した場合の、死ぬ危険という小さな悪を選ぶからである。犯罪者が、自分を有罪とする法律に同意していたにもかかわらず、人々が、武装した者をつけて、刑場や牢獄へ連れてゆくことによって、すべての人は、このことを真実と認めているのである。

誰も、自分を告発する義務を負わない

赦免の保証なしに、自分自身を告発するという信約も、同じく無効である。自然の状態では、誰もが裁判官なので、告発の余地はない。国家のもとでは、告発の後に刑罰が続くが、それは暴力なので、人は抵抗しない義務を負わない。同じことは、父、妻、恩人のように、有罪となれば自分が不幸になる人々を、告発する場合にも当てはまる。そのような告発者の証言は、本人の意志によらないなら、自然によって歪められていると推定され、受け入れるべきではない。そして、証言を信用すべきでないところでは、その証言をする義務もない。また、拷問による告発は、証言と見なすべきではない。拷問は、さらに調べ、真実を探るための、推測や手がかりの手段としてのみ用いられるべきだからである。その場合の自白は、拷問する側に情報を与えるためではなく、拷問される側が苦しみを逃れるためになされる。したがって、十分な証言として信用すべきではない。真実の告発であれ、偽の告発であれ、それによって自分を解放する人は、自分の生命を保つ権利によって、そうするからである。

誓いの目的と、その形式

言葉の力は、先に述べたように、人々に信約を履行させるには、あまりに弱い。それを強めるため、人間の本性の中に考えられる助けは、二つしかない。一つは、言葉を破った場合の結果への恐れ、もう一つは、破る必要のない者と見られることへの誇り、あるいは自負である。後者は、期待の根拠にするには、あまりにまれな高潔さであり、とくに、人類の大部分を占める、富、指揮権、感覚の快楽を追う人々には、そうである。頼りにできる情念は、恐れである。それには、非常に広く見られる二つの対象がある。一つは見えない霊の力、もう一つは、約束を破ることで害を与える人々の力である。この二つでは、前者の力のほうが大きいが、ふつう、後者への恐れのほうが大きい。前者への恐れは、各人自身の宗教であり、市民社会より前から、人間の本性の中にある。後者には、そうした位置がない。少なくとも、約束を守らせるほど十分な位置はない。ただ自然の状態では、力の不平等は、戦いの結果によってしか、見分けられないからである。したがって、市民社会以前、あるいは戦争によってそれが途切れた時、合意された平和の信約を、強欲、野心、性欲、そのほかの強い欲望の誘惑に対して支えられるのは、各人が神として崇め、不実への報復者として恐れる、その見えない力への恐れだけである。そこで、市民的権力に従っていない二人の間で、できることは、相手が恐れる神にかけて、互いに誓わせることだけである。この誓うこと、すなわち〈誓い〉とは、約束に付け加えられる言葉の形式であり、約束する者が、履行しなければ、自分の神の慈悲を捨て、あるいは自分への報復を神に求めると、示すことである。異教徒の〈そうしなければ、私がこの獣を殺すように、ユピテルが私を殺しますように〉という形式が、その例である。われわれの〈私はこれこれを行う。神よ、助けたまえ〉という形式も、そうである。そして、信義を破る恐れを、いっそう大きくするため、各人が自分の宗教で使う儀礼や儀式を、これに添えるのである。

神以外にかけた誓いはない

ここから分かるように、誓う本人のものではない形式や儀礼に従った誓いは、無駄であり、誓いではない。また、誓う人が神と思わないものにかけて、誓うこともない。人々は、ときに恐れやへつらいから、国王にかけて誓ったが、それによって、国王に神的な名誉を与えると、理解させようとしたのである。また、不必要に神にかけて誓うのは、神の名を汚すだけである。日常の会話で人々がするように、ほかのものにかけて誓うのは、誓いではなく、あまりに激しく話すことから身についた、不敬な習慣にすぎない。

誓いは義務に何も加えない

誓いは義務に何も加えないことも、分かる。信約が正当なら、誓いがなくても、ある場合と同じだけ、神の前で拘束する。不当なら、誓いで確かめられていても、まったく拘束しないからである。

第十五章 その他の自然法について

第三の自然法、正義

保持したままでは人類の平和を妨げるような権利を、他人へ移す義務を定める自然法から、第三の法が導かれる。それは、〈結んだ信約を履行せよ〉というものである。これがなければ、信約は無駄であり、空しい言葉にすぎない。すべての人の、あらゆるものへの権利が残り、われわれは、なお戦争状態にある。

正義と不正義とは何か

この自然法の中に、〈正義〉の源泉と起源がある。先立つ信約がなければ、権利は移されず、誰もがあらゆるものへの権利を持つので、どんな行為も不正ではありえない。しかし、信約が結ばれれば、それを破ることが不正となる。〈不正義〉の定義は、〈信約を履行しないこと〉以外にない。そして、不正でないものは、すべて正しい。

正義と所有は、国家の成立とともに始まる。

しかし、前章で述べたように、どちらかが履行しない恐れのある、相互の信用による信約は無効である。したがって、正義の起源が信約を結ぶことにあっても、その恐れの原因が取り除かれるまでは、実際の不正義は存在しえない。そして、人々が自然の戦争状態にある間、その原因は取り除けない。それゆえ、正しい、不正だという名が成り立つには、何らかの強制する権力が必要である。それは、信約を破ることで期待される利益より大きな刑罰への恐怖によって、誰にも等しく履行を強い、人々が、あらゆるものへの権利を放棄した代わりに、相互の契約によって得る所有を、確保する力である。そのような力は、国家の設立以前にはない。これは、学派の正義の普通の定義からも分かる。彼らは、〈正義とは、各人にその人のものを与える、変わらぬ意志である〉と言う。したがって、その人のもの、つまり所有がなければ、不正義はない。強制する権力が立てられていないところ、すなわち国家のないところには、所有がない。誰もがあらゆるものへの権利を持つからである。ゆえに、国家のないところでは、何も不正ではない。このように、正義の本性は、有効な信約を守ることにある。しかし、信約の有効性は、それを守らせるのに十分な市民的権力の成立とともにしか始まらず、その時、所有もまた始まるのである。

正義は理性に反しない

愚か者は、心の中で、そして時には口に出しても、正義などというものはないと言った。その理屈は真剣なものである。各人の保存と満足が、自分自身の配慮に委ねられているなら、それに役立つと思うことを、誰もが行ってよいのは当然であり、したがって、信約を結ぶことも結ばないことも、守ることも守らないことも、自分の利益に役立つなら、理性に反しない、と言うのである。その人は、信約があり、それがある時は破られ、ある時は守られ、破ることを不正義、守ることを正義と呼びうるのを、否定してはいない。しかし、同じ愚か者が、心の中で神はいないと言ったのだから、神への恐れを取り去ったうえで、不正義は、ときには、各人に自分の善を命じる理性と両立するのではないか、と問う。とくに、他人の非難や悪口だけでなく、その力まで無視できる境遇に、自分を置くほどの利益に役立つ場合は、そうではないかというのである。神の王国は力ずくで得られるというが、不正な暴力で得られるとしたら、どうなのか。それによって害を受けることが不可能なら、そうして得るのは理性に反するのか。理性に反しないなら、正義にも反しない。そうでなければ、正義を善として認めるべきではない。このような推論から、成功した悪事は、徳という名を得てきた。ほかのすべての場合には信義違反を認めなかった人でも、王国を得るためなら認めた者がいる。また、サトゥルヌスが息子のユピテルに王位を奪われたと信じる異教徒も、そのユピテルが不正義に報復すると信じた。これは、コークの『リトルトン注解』にある法の一節に、いくらか似ている。王冠の正当な相続人が反逆罪で私権を剝奪されても、王冠はその者へ継承され、その瞬間、私権剝奪は無効になる、というものである。こうした例から人は、王位継承者が、現に王位にある者を、たとえ父親でも殺した場合、それを不正義と呼ぼうと、何と呼ぼうと、決して理性には反しえない、と推論しがちである。人間の随意行為はすべて自分の利益へ向かい、その目的にもっとも役立つ行為が、もっとも理にかなっているからだ、というのである。しかし、このもっともらしい推論は、偽である。

問題なのは、約束する双方の上に市民的権力が立てられていない場合のように、どちらにも履行の保証がない、相互の約束ではない。そのような約束は、信約ではないからである。問題となるのは、すでに一方が履行した場合か、履行させる権力がある場合に、他方が履行することは理性、すなわち自分の利益に反するかどうかである。私は、反しないと言う。これを明らかにするには、次のことを考えなければならない。第一に、人が、予見し、計算できるどんな事情を考えても、自己破滅へ向かうことを行った場合、予期できなかった偶然が起こり、結果が利益に変わっても、それで、その行為が理にかなった、賢い行為になるわけではない。第二に、全員を畏れさせる共通の権力がないため、誰もが誰もの敵である戦争状態では、同盟者の助けなしに、自分の強さや才知だけで破滅を防ごうと望める人は、いない。同盟では、誰もが、ほかの者と同じ保護を期待する。したがって、自分を助ける者を欺くのが理にかなうと公言する人は、自分一人の力で得られる以外の、安全の手段を、合理的には何も期待できない。信約を破り、したがって、それを破っても理にかなうと思うことを示す人は、平和と防衛のために結束するどんな社会にも、受け入れる側の誤りによってしか、迎えられない。受け入れられても、彼らが自分たちの誤りの危険に気づけば、とどめてもらえない。このような他人の誤りを、自分の安全の手段として、合理的に当てにすることはできない。社会から取り残され、または追放されれば、その人は滅びる。社会の中で生きられるとしても、予見も計算もできなかった他人の誤りによるのであり、したがって、自分の保存を図る理性に反するのである。その人を滅ぼすのに加わらないすべての人々も、自分自身にとって何がよいかを知らないためにだけ、その人を見逃しているのである。

どんな手段によってでも、天国の安全で永久の幸福を得られるという例は、取るに足りない。考えられる道は一つしかなく、それは信約を破ることではなく、守ることだからである。

もう一つの、反乱によって主権を得るという例についても、結果としてそうなったとしても、それを合理的には期待できず、むしろ反対を期待すべきこと、また、そうして主権を得れば、他人にも同じ仕方で得ることを教えることから、それを試みるのは理性に反すると、明らかに分かる。したがって、正義、すなわち信約を守ることは、生命を破壊することを禁じる理性の規則であり、ゆえに自然法である。

さらに進んで、自然法は、この世で人間の生命を保存するための規則ではなく、死後の永遠の幸福を得るための規則だと主張する人々もいる。彼らは、信約を破ることが、その幸福に役立ち、したがって正しく、理にかなう場合があると考える。自分たち自身の同意によって、自分たちの上に立てられた主権者を、殺し、廃し、あるいはそれに反乱することを、功徳と思う人々がそうである。しかし、死後の人間の状態についての自然な知識はなく、まして、その時に信義違反へ与えられる報酬についての知識など、ない。あるのは、それを超自然的に知ると言う人々や、超自然的に知った者を知る者を、さらに知っていると言う人々の言葉に基づく、信仰だけである。したがって、信義違反を、理性や自然の教えと呼ぶことはできない。

相手に悪徳があっても、その人と結んだ信約の義務はなくならない

信義を守ることを自然法と認めながら、異端者や、ふだん他人との信約を守らない人など、特定の人々を例外とする者もいる。これも理性に反する。相手の何らかの欠点が、結んだ信約を解くのに十分なら、その同じ欠点は、初めに信約を結ぶことを妨げるにも、合理的に十分だったはずだからである。

人の正義と、行為の正義とは何か

正しい、不正だという名は、人に当てる場合と、行為に当てる場合で、意味が違う。人に当てるときは、性向が理性に合うか、合わないかを示す。行為に当てるときは、性向や生き方ではなく、個別の行為が理性に合うか、合わないかを示す。したがって、正しい人とは、自分の行為がすべて正しいように、できるかぎり気を配る人であり、不正な人とは、それを怠る人である。われわれの言語では、このような人々には、ジャスト、アンジャストよりも、ライチャス、アンライチャス、すなわち正義を守る人と、守らない人という語を、よりよく使うが、意味は同じである。したがって、正義を守る人は、突然の情念や、事柄や人物の取り違えから、一つか少数の不正な行為をしたからといって、その呼び名を失わない。また、正義を守らない人は、恐れから何かを行い、あるいは行わなかったからといって、その性質を失わない。その人の意志を形づくるのは正義ではなく、行為の見かけの利益だからである。人の行為に正義の味わいを与えるのは、めったに見られない、ある高貴で立派な気概であり、それによって人は、自分の生活の満足を、欺きや約束破りに頼ることを恥とする。正義が徳と、不正義が悪徳と呼ばれるとき、意味されるのは、この性向の正義である。

しかし、行為が正しいことは、その人を正義の人とするのではなく、ただ、罪のない人とする。行為の不正、すなわち侵害も、その人に、有罪という名を与えるだけである。

性向の正義と、行為の正義

また、性向の不正義は、侵害を行おうとする傾き、あるいはその用意であり、行為になる前から、また、侵害された特定の誰かを想定しなくても、不正義である。しかし、行為の不正、すなわち侵害は、侵害された特定の人、つまり信約の相手を前提とする。したがって、しばしば、一人が侵害を受けながら、損害は別の人へ及ぶことがある。たとえば、主人が使用人に、よその人へ金を渡すよう命じ、それが行われなかった場合、侵害されるのは、使用人があらかじめ服従を信約していた主人である。しかし、損害は、そのよその人に及ぶ。使用人は、その人に義務を負っていなかったので、その人を侵害することはできなかった。同じように、国家の中で、私人は互いの債務を免除できるが、自分に損害を与えた強盗や、そのほかの暴力については、赦免できない。債務の不払いは本人への侵害だが、強盗や暴力は、国家という人格への侵害だからである。

本人の同意に従ってなされたことは、その人への侵害にはならない

行為者へ示された本人の意志に従って、その人になされることは、何であれ、その人への侵害ではない。行為者が、先の信約によって、自分の望むことをするもとの権利を譲り渡していなければ、信約違反はなく、したがって侵害もない。もし譲り渡していても、そうしてほしいという意志を本人が示すことは、その信約の免除になるので、やはり侵害はない。

交換的正義と配分的正義

著者たちは、行為の正義を、交換的なものと、配分的なものに分け、前者は算術的比例に、後者は幾何学的比例にあると言う。そこで、交換的正義を、契約される物の価値の等しさに置き、配分的正義を、功績の等しい人々への、等しい利益の配分に置く。まるで、買った値段より高く売ったり、功績以上のものを人に与えたりするのが、不正であるかのようである。契約されるすべての物の価値は、契約者の欲求によって測られる。したがって、正しい価値は、当人たちが、それだけ与えてよいと納得するものである。また、功績は、契約による場合を除けば、正義によって当然支払われるものではなく、恩恵だけによって報われる。契約の場合、一方の履行が、他方の履行を受ける資格を生むが、それは配分的正義ではなく、交換的正義に属する。したがって、ふつう説明される意味での、この区別は正しくない。厳密に言えば、交換的正義は、契約者の正義である。つまり、売買、賃借と賃貸、貸借、交換、物々交換、そのほかの契約行為における、信約の履行である。

配分的正義は、仲裁者の正義、すなわち、何が正しいかを定める行為である。その際、仲裁者は、自分を選んだ人々の信頼を受けており、その信託を果たせば、各人に、その人のものを配分すると言われる。これは、実際に正しい配分であり、厳密ではないにせよ、配分的正義と呼べる。しかし、より正確には、公平である。それも自然法であることは、適切な箇所で示す。

第四の自然法、感謝

正義が先立つ信約に依存するのと同じように、感謝は、先立つ恩恵、すなわち無償の贈与に依存する。これが第四の自然法であり、次の形で表せる。〈まったくの好意から他人の恩恵を受けた者は、与え手に、その善意を後悔する合理的な理由が生じないよう、努めよ。〉贈与は随意であり、すべての随意行為の対象は、各人自身の善なので、誰も、自分に何らかの善を得る意図なしには、与えない。それが裏切られると分かれば、好意や信頼は始まらず、したがって相互の助けも、人と人との和解も始まらない。人々は、なお戦争状態にとどまることになり、それは、平和を求めよと命じる、第一の根本の自然法に反する。この法を破ることは、〈恩知らず〉と呼ばれる。その恩恵に対する関係は、不正義の、信約による義務に対する関係と同じである。

第五、互いに折り合うこと、すなわち協調

第五の自然法は、〈協調〉、すなわち、〈各人は、ほかの人々と折り合うよう努めよ〉というものである。これを理解するため、人々の、社会に適応する能力には、感情の違いから生じる本性の違いがあることを、考えてみよう。それは、建物を造るために集められた石の違いに似ている。表面が粗く、形が不規則で、自分の占める以上の空間を、ほかの石から奪い、しかも硬くて、容易に平らにできず、そのため建築を妨げる石は、役に立たず、厄介なものとして、建てる人々に捨てられる。同じように、粗暴な本性によって、自分には余分でも、他人には必要なものを、どうしても手元に置こうとし、情念が頑固で改められない人は、社会の厄介者として、取り残し、あるいは追放すべきである。誰もが、権利だけでなく、自然の必要によっても、自分の保存に必要なものを得るため、できるかぎり努めると想定される。したがって、余分なもののために、それに逆らう者は、そこから続く戦争に責任があり、平和を求めよという根本の自然法に反する。この法を守る人は〈社交的〉、ラテン語ではコムモディと呼べる。反対の人は、頑固、非社交的、意固地、扱いにくいと呼べる。

第六、進んで赦すこと

第六の自然法は、〈悔い改め、赦しを求める者には、将来の保証を得たうえで、過去の過ちを赦すべきである〉というものである。赦しは、平和を認めることにほかならない。敵意を保つ者に与えるなら、平和ではなく恐れだが、将来の保証を与える者に与えないなら、平和への嫌悪のしるしであり、したがって自然法に反する。

第七、報復では、将来の善だけを考えること

第七は、〈報復、すなわち悪に悪を返すことにおいて、過去の悪の大きさではなく、将来の善の大きさを見よ〉である。これによって、過ちを犯した人を改めることや、ほかの人を導くこと以外の目的で、刑罰を加えることは禁じられる。この法は、将来の安全があれば赦せという、一つ前の法から導かれる。また、見せしめや将来の利益を考慮しない報復は、目的なしに、他人に与えた害を勝ち誇ることである。目的は、つねに将来の何かだからである。目的なく誇ることは虚栄であり、理性に反する。理由なく害を与えることは、戦争を招くので、自然法に反し、ふつう残酷と呼ばれる。

第八、侮辱を禁じること

憎しみや軽蔑のしるしは、どれも戦いを誘う。多くの人は、復讐しないくらいなら、生命を危険にさらすほうを選ぶほどである。したがって、第八の自然法として、〈行動、言葉、顔つき、身振りによって、他人への憎しみや軽蔑を示すな〉という教えを、定められる。この法を破ることは、ふつう〈侮辱〉と呼ばれる。

第九、高慢を禁じること

誰が優れた人間かという問題は、ただ自然の状態にはない。すでに示したように、そこでは、すべての人が平等だからである。現在ある不平等は、市民法によって導入された。アリストテレスが『政治学』第一巻で、その学説の土台として、人は自然に、ある者は命令するのに、ある者は仕えるのに、よりふさわしいとしていることを、私は知っている。命令すべき者とは、哲学によって自分自身もそうだと思っていた、より賢い人々のことであり、仕えるべき者とは、体は強いが、自分のような哲学者ではない人々のことである。それでは、主人としもべが、人々の同意によってではなく、才知の違いによって導入されたかのようであり、理性だけでなく、経験にも反する。他人に治められるより、自分で自分を治めたいと思わないほど愚かな人は、ほとんどいない。また、自分は賢いと思う人が、自分の知恵に自信のない人と武力で争う場合、つねに勝つわけでも、しばしば勝つわけでもなく、ほとんど勝ちはしない。したがって、自然が人間を平等に造ったなら、その平等を認めなければならない。たとえ不平等に造ったとしても、自分は平等だと思う人々は、平等な条件でなければ和平に加わらないので、その平等を認めなければならない。それゆえ、第九の自然法として、私は、〈各人は、他人を、自然において自分と平等だと認めよ〉と定める。この教えを破ることが、高慢である。

第十、尊大さを禁じること

この法から、別の法が導かれる。〈和平の条件に入るとき、ほかのすべての人にも同様に残すことを認めない権利を、自分にだけ残すよう求めるな。〉平和を求めるすべての人に、ある自然権を手放し、つまり、したいことを何でもする自由を持たないことが必要であるのと同じように、生命のためには、いくつかの権利を保持することが必要である。自分の体を治める権利、空気、水、運動、場所から場所へ行く道を使う権利、そのほか、それなしには生きられない、あるいはよく生きられないようになるものすべてについての権利が、そうである。和平に際して、他人には認めたくないものを自分に求めるなら、自然の平等を認めよと命じる前の法に、したがって自然法に反する。この法を守る人は、控えめな人、破る人は、尊大な人と呼ばれる。ギリシャ人は、この違反をプレオネクシア、つまり、自分の取り分を超えて欲しがることと呼ぶ。

第十一、公平

また、〈人と人の間を裁くため、信頼を受けたなら、両者を等しく扱え〉というのも、自然法の教えである。それがなければ、人々の争いは、戦争によるほか解決できない。したがって、判断に偏りのある者は、自分の及ぶかぎり、人々を裁判官や仲裁者の利用から遠ざけ、ゆえに、根本の自然法に反して、戦争の原因となる。

各人に、理性によってその人に属するものを等しく配ることから、この法を守ることは〈公平〉、また、先に述べたように配分的正義と呼ばれる。違反は、人物によるえこひいき、プロソポレプシアと呼ばれる。

第十二、共通のものを等しく使うこと

ここから、別の法が導かれる。〈分けられないものは、可能なら共同で享受せよ。その量が許すなら制限なく、そうでなければ、権利を持つ者の人数に比例して享受せよ。〉そうでなければ、配分が不平等となり、公平に反するからである。

第十三、くじについて

しかし、分けることも、共同で享受することもできないものが、いくつかある。その場合、公平を命じる自然法は、〈権利全体を、あるいは交替で使うなら、最初の占有を、くじで決めよ〉と求める。等しい配分が自然法に属し、ほかに平等な配分の方法を、考えられないからである。

第十四、長子であることと、先に占有することについて

くじには、人為的なものと自然なものの二種類がある。人為的なものは、競う人々の合意による。自然なものは、長子であることか、先に占有することである。ギリシャ語で、長子による相続はクレーロノミアと呼ばれ、くじで与えられることを意味する。

したがって、共同で享受することも、分けることもできないものは、最初の占有者に、場合によっては長子に、くじで得たものとして認めるべきである。

第十五、仲介者について

〈平和を仲介するすべての人に、安全な通行を認めよ〉というのも、自然法である。目的として平和を命じる法は、手段として仲介を命じ、仲介の手段は、安全な通行だからである。

第十六、仲裁に従うことについて

人々がどれほど進んでこれらの法を守ろうとしても、ある人の行為について、問題が生じることはある。第一に、なされたか、なされなかったか。第二に、なされたなら、法に反したか、反しなかったかである。前者は〈事実〉の問題、後者は〈法〉の問題と呼ばれる。そこで、争う当事者が、別の人の裁定に従うと互いに信約しなければ、平和からは、以前と同じく遠いままである。その裁定に従うことを認められた別の人を、〈仲裁者〉と呼ぶ。したがって、〈争う者は、自分の権利を、仲裁者の判断に委ねよ〉というのが、自然法である。

第十七、誰も自分の裁判官にはなれない

誰もが、自分の利益のためにすべてを行うと推定されるので、自分自身の事件の仲裁者に、適した人はいない。たとえ、どれほど適していても、公平は、両者に等しい利益を認めるので、一方を裁判官と認めるなら、他方も認めなければならない。すると争い、すなわち戦争の原因が残り、自然法に反する。

第十八、偏る原因のある者を、裁判官としてはならない

同じ理由から、一方の勝利から、他方の勝利より大きな利益、名誉、快楽が、明らかに生じる人を、その事件の仲裁者として受け入れるべきではない。その人は、避けられない賄賂ではあっても、賄賂を受けており、誰にも、その人を信頼する義務はないからである。この場合も、争いと戦争状態が残り、自然法に反する。

第十九、証人について

事実をめぐる争いでは、裁判官は、一方を他方より信用してはならないので、ほかの根拠がなければ、第三者、あるいは第三、第四、さらに多くの者を信用しなければならない。そうでなければ、問題は未解決となり、力に委ねられて、自然法に反する。

以上が、多数の人々を保存する手段として平和を命じる自然法のうち、市民社会の学説に関わるものである。個々人の破滅へ向かうものは、ほかにもある。泥酔や、その他あらゆる不節制がそうであり、それらも、自然法が禁じるものに数えてよい。しかし、ここで述べる必要はなく、この箇所に十分関係するわけでもない。

自然法を容易に確かめるための規則

この自然法の導き方は、あまりに細かく、すべての人に理解されるのは難しく見えるかもしれない。人々の大半は、食べ物を得ることに忙しく、残りは、理解しようとするには怠慢すぎる。しかし、誰にも言い逃れができないよう、それらは、もっとも乏しい能力でも分かる、一つの簡単な要点にまとめられている。〈自分にしてほしくないことを、他人にするな〉である。これによって分かるのは、自然法を学ぶには、他人の行為を自分の行為と量り比べ、他人のほうが重すぎると思ったら、他人の行為を自分の皿へ、自分の行為を相手の皿へと入れ替えるだけでよい、ということである。自分の情念や自己愛が、重さに何も加えないようにするのである。そうすれば、どの自然法も、非常に理にかなって見えるだろう。

自然法は、良心においては、つねに拘束するが、実行においては、安全があるときだけ拘束する。

自然法は、イン・フォロ・インテルノ、すなわち内面の法廷において義務を課す。つまり、それが行われることを望むよう、拘束する。しかし、イン・フォロ・エクステルノ、すなわち外面の法廷において、実行する義務を、いつも課すわけではない。他の誰もそうしない時と場所で、自分だけが控えめで、協調的で、すべての約束を履行すれば、他人の獲物となり、自分の確かな破滅を招くだけである。それは、自然の保存へ向かう、すべての自然法の土台に反する。反対に、他人が自分に同じ法を守る十分な保証があるのに、自分では守らない者は、平和ではなく戦争を求め、したがって、暴力による自分の生命の破壊を求めているのである。

内面の法廷で拘束する法は、どれも、法に反する行為だけでなく、行為者が反すると思っているなら、法に従う行為によっても破られうる。その場合、行為は法に従っていても、目的は法に反していたからである。義務が内面の法廷にあるところでは、それが違反となる。

自然法は永遠である

自然法は、不変で永遠である。不正義、恩知らず、尊大、高慢、不公平、えこひいき、そのほかのものが、合法になることは、決してない。戦争が生命を保ち、平和が生命を滅ぼすことは、決してありえないからである。

しかも、容易である

同じ法は、望みと努力、つまり、偽りのない、絶え間ない努力だけを義務づけるので、守るのは容易である。努力以外を何も求めないのだから、履行しようと努める者は、その法を果たしている。そして、法を果たす者は、正しいのである。

これらの法についての学問が、真の道徳哲学である

これらの法についての学問が、真の、唯一の道徳哲学である。道徳哲学は、人類の交わりや社会において、何が善く、何が悪いかについての学問にほかならないからである。善と悪は、われわれの欲求と嫌悪を示す名前であり、それらは、人々の気質、慣習、教えによって異なる。人々は、味覚、嗅覚、聴覚、触覚、視覚について、何が快く、何が不快かという判断だけでなく、日常生活の行為について、何が理性に合い、何が合わないかという判断でも異なる。それどころか、同じ人も、時が違えば自分自身と食い違い、ある時ほめ、つまり善と呼ぶものを、別の時にはけなし、悪と呼ぶ。そこから、口論、紛争、ついには戦争が生じる。したがって、人が、ただ自然の状態、すなわち戦争状態にあるかぎり、私的な欲求が善悪の尺度となる。その結果、すべての人は、平和が善であることでは一致する。ゆえに、平和の道、手段も善である。それらは、すでに示した、正義、感謝、謙虚、公平、慈悲、その他の自然法であり、道徳上の徳である。反対の悪徳は、悪である。徳と悪徳についての学問が道徳哲学なのだから、自然法についての真の学説が、真の道徳哲学である。しかし、道徳哲学の著者たちは、同じ徳と悪徳を認めながら、それらの善さがどこにあるかを見ず、平和で、社交的で、快適な生活の手段だから、ほめられることも見ず、それらを情念の中間に置く。まるで、剛毅をなすのが、大胆さの原因ではなく、その程度であり、気前のよさをなすのが、贈与の原因ではなく、その量であるかのようなのである。

これらの理性の命令を、人々はふつう〈法〉と呼ぶが、厳密には適切でない。それらは、自分の保存と防衛に何が役立つかについての、結論や定理にすぎないからである。法は、本来、他人に命令する権利を持つ者の言葉である。しかし、同じ定理を、すべてのものに正当に命じる神の言葉として伝えられたものと考えるなら、適切に、法と呼ばれる。

第十六章 人格、授権者、代表されるものについて

人格とは何か

〈人格〉とは、〈その言葉や行為が、その人自身のものと考えられるか、あるいは、別の人や、その他のものの言葉や行為を、代表すると考えられる者である。その言葉や行為が、代表されるものへ帰されるのは、実際であれ、擬制であれよい。〉

自然的人格と人工的人格

言葉や行為が、その人自身のものと考えられるとき、その人は自然的人格と呼ばれる。ほかの者の言葉や行為を代表すると考えられるときは、擬制された、あるいは人工的人格である。

人格という語の由来

ペルソナ、すなわち人格という語は、ラテン語である。ギリシャ人は、その代わりに、顔を意味するプロソーポンを使う。ラテン語のペルソナは、舞台で演じられる人の変装、あるいは外見を意味し、ときには、顔を覆う仮面や覆面を、とくに指す。そして舞台から転じて、劇場だけでなく法廷でも、言葉と行為を代表する者に使われるようになった。したがって人格とは、舞台でも日常の交わりでも、役を演じる者、すなわち行為者と同じである。人格を担うことは、自分や他人の役を演じ、代表することである。他人の役を演じる者は、その人の人格を担い、その人の名によって行うと言われる。キケロが〈ウヌス・ススティネオー・トレース・ペルソーナース、メイー、アドウェルサーリー、エト・ユーディキス〉、つまり〈私は一人で三つの人格、自分、相手、裁判官の人格を担う〉と言うのも、この意味である。そうする者は、場合によって、代表する者、代表者、代官、代行者、代理人、代理官、管理人、行為者など、さまざまに呼ばれる。

行為者、授権者、権限

人工的人格の中には、その言葉や行為を、代表される人々が、自分のものとして引き受けるものがある。この場合、人格を担う者は〈行為者〉であり、その言葉や行為を自分のものとする者は、〈授権者〉である。そして行為者は、権限に基づいて行う。財産や所有物について、所有者、ラテン語でドミヌス、ギリシャ語でキュリオスと呼ぶものを、行為については、〈授権者〔Author〕〉と呼ぶのである。所有の権利を支配権と呼ぶのと同じように、ある行為を行う権利を、〈権限〉と呼ぶ。したがって権限とは、つねに、行為を行う権利を意味し、権限に基づいてなされたとは、その権利を持つ者の委任や許可によってなされた、という意味である。

権限に基づく信約は、授権者を拘束する

ここから、行為者が権限に基づいて信約を結ぶとき、その信約は、授権者自身が結んだ場合と同じく、授権者を拘束し、そのすべての帰結にも、同じく従わせると分かる。したがって、以前、第十四章で、自然的人格としての人と人との信約の本性について述べたことは、当人から権限を与えられた行為者、代表者、代理人が信約を結ぶ場合にも、委任の範囲内で、その範囲を超えないかぎり、すべて当てはまる。

それゆえ、行為者や代表者の持つ権限を知らずに、その人と信約を結ぶ者は、自ら危険を負って行う。自分が授権者でない信約によって、誰も拘束されない。したがって、自分の与えた権限に反し、あるいはその外で結ばれた信約によっても、拘束されないからである。

しかし、行為者は拘束しない

行為者が授権者の命令によって、自然法に反することを行う場合、先の信約によって従う義務を負っているなら、自然法を破るのは、行為者ではなく授権者である。その行為は自然法に反していても、行為者自身の行為ではないからである。反対に、それを拒めば、信約違反を禁じる自然法に反する。

権限は示されなければならない

行為者を仲介として授権者と信約を結ぶ者が、その権限を知らず、ただ行為者の言葉を信じた場合、求めても権限が明らかに示されなければ、もはや拘束されない。授権者と結ぶ信約は、その授権者側からの保証がなければ、有効でないからである。しかし、行為者の言葉以外には、何の保証も期待できないと、あらかじめ知って信約したなら、その信約は有効である。この場合、行為者が自ら授権者となるからである。したがって、権限が明らかなとき、信約が拘束するのは、行為者ではなく授権者であるのと同じように、権限が偽りのとき、拘束するのは行為者だけである。その人自身のほかに、授権者はいないからである。

代表されるもの――生命のないもの

擬制によって代表できないものは、ほとんどない。教会、施療院、橋など、生命のないものも、教区牧師、院長、監督者によって、人格を与えられ、代表されうる。しかし、生命のないものは授権者になれず、したがって、その行為者へ権限を与えられない。それでも、その所有者や統治者が、行為者に、それらの維持を図る権限を与えることはできる。したがって、このようなものは、何らかの国家の統治が成立する前には、代表されえない。

理性を使えないもの

同じように、理性を使えない子ども、知的能力のない者、狂人も、後見人や保佐人によって代表されうる。しかし、その間、彼らは、代理人のした行為について、理性の使用を回復した時に、その行為を合理的と認める範囲を超えて、授権者にはなれない。ただし、理性を使えない間は、彼らを治める権利を持つ者が、後見人へ権限を与えられる。しかし、これも、国家のもとでしか成り立たない。その状態より前には、人についての支配権がないからである。

偽の神々

偶像、すなわち頭の中だけの作り事も、代表されうる。異教の神々がそうだった。国家が任命した役人が、それらを代表し、人々が折々に捧げ、奉献した所有物、そのほかの財産や権利を、持たせたのである。しかし、偶像は授権者にはなれない。偶像は、何ものでもないからである。権限は国家から来た。したがって、国家の統治が導入される前には、異教の神々は代表されえなかった。

真の神

真の神も代表されうる。実際、第一にモーセによって、そうされた。彼は、自分の民ではなく神の民だったイスラエル人を、〈モーセはこう言う〉と、自分の名で治めたのではなく、〈主はこう言う〉と、神の名で治めた。第二に、人の子、すなわち神ご自身の子、祝福された救い主イエス・キリストによって、そうされた。キリストは、自分自身の意志としてではなく、父から遣わされた者として、ユダヤ人を父の王国へ連れ戻し、あらゆる国民をそこへ導くために来た。第三に、使徒たちの中で語り、働いた聖霊、すなわち慰め主によって、そうされた。この聖霊は、自ら来たのではなく、父と子の双方から遣わされ、双方から出た慰め主だった。

多数の人々は、どう一つの人格となるか

多数の人々は、その一人一人の同意によって、一人の人、あるいは一つの人格に代表されるとき、〈一つの人格〉となる。人格を一つにするのは、代表される者の統一ではなく、代表者の統一だからである。人格を担うのは代表者であり、それも一つの人格だけである。多数の者の統一は、ほかの仕方では理解できない。

各人が授権者である

多数の者は、自然には一つではなく多くなので、代表者が彼らの名で言い、行うすべてのことについて、一人の授権者ではなく、多くの授権者と理解される。それぞれが、共通の代表者へ、自分個人の権限を与えるからである。権限を無制限に与えれば、代表者の行うすべての行為を、自分のものとして引き受ける。反対に、何について、どこまで代表するかを限るなら、誰も、行うよう委任した以上のものを、自分のものとして引き受けない。

行為者は、多数決で一つとなる、多くの人であってもよい

代表者が多くの人からなるなら、多数の声を、全体の声と考えなければならない。たとえば、少数が賛成し、多数が反対すれば、反対票は賛成票を打ち消してなお余る。そのため、余った反対票だけが、打ち消されずに残り、代表者の唯一の声となるからである。

人数が偶数の代表者は、役に立たない

人数が偶数の代表者は、とくに人数が少なく、反対の声がしばしば同数になる場合、そのために、しばしば声を失い、行為できなくなる。ただし、反対の声が同数でも、問題を決められる場合がある。たとえば有罪か無罪かでは、同数の票は、有罪としないこと自体によって、無罪とする。しかし逆に、無罪としないから、有罪とするわけではない。事件を審理したとき、有罪にしないのは無罪にすることだが、反対に、無罪にしないのは有罪にすることだと言うのは、真ではない。同じことは、今すぐ実行するか、後へ延ばすかの熟慮にも当てはまる。票が同数なら、実行を決めないことが、延期の決定となる。

拒否権

人であれ会議体であれ、その数が三以上の奇数でも、それぞれが一票の反対によって、残りのすべての賛成票の効果をなくす権限を持つなら、その集まりは、代表者ではない。人間の意見や利害は多様なので、しばしば、とくに重要な事柄について、声を失った人格となり、ほかの多くのことにも、とりわけ戦争中の、多数の人々の統治にも、不向きとなるからである。

授権者には、二種類ある。第一は、単にそう呼ばれる者であり、先に、他人の行為を無条件に、自分のものとして引き受ける者と定義した。第二は、他人の行為や信約を、条件つきで自分のものとする者である。すなわち、相手がある定めた時までに履行しない場合、自分が履行すると引き受ける者である。これらの条件つきの授権者は、一般に〈保証人〉、ラテン語ではフィデユッソーレス、スポンソーレスと呼ばれる。とくに債務についてはプラエデス、裁判官や行政官への出頭についてはウァデスと呼ばれる。

第二部 国家について

第十七章 国家の原因、生成、定義について

国家の目的は、各人の安全である

人間は自然に、自由と他人への支配を愛する。それでも、国家の中で暮らすときに見られるような、自分を縛る制限を導入する。その目的因、目的、あるいは意図は、自分の保存と、それによる、いっそう満ち足りた生活を見通すことにある。つまり、あの悲惨な戦争状態から抜け出すことである。すでに示したように、人々を畏れさせ、刑罰への恐怖によって、信約の履行と、第十四章、第十五章に述べた自然法の遵守へ結びつける、目に見える権力がなければ、人間の自然な情念から、その戦争状態が必ず生じるのである。

その安全は、自然法だけからは得られない

正義、公平、謙虚、慈悲、要するに、自分がしてもらいたいように他人へすることなどの自然法は、守らせる何らかの権力への恐怖がなければ、それだけでは、えこひいき、高慢、復讐などへわれわれを運ぶ、自然の情念に逆らう。そして、剣のない信約は、ただの言葉であり、人を少しも安全にする力を持たない。したがって、自然法があっても、人を守るに足る権力が立てられていなければ、各人は、ほかのすべての人に備え、自分の強さと技量に頼ろうとし、また正当にそうしてよい。自然法は、安全に守れるときには守る意志を持てば、その人によって守られているのである。人々が小さな家族に分かれて暮らしてきたところでは、どこでも、互いから奪い、略奪することが一つの生業だった。それは自然法に反するとは考えられず、むしろ大きな獲物を得るほど、名誉も大きかった。その際に守るのは、名誉の法だけだった。すなわち、残酷を避け、人々の命と農具は残したのである。かつて小さな家族がそうしたように、今では都市や王国も、より大きな家族にすぎないので、自分の安全のために領土を広げる。危険、侵略への恐れ、侵略者に与えられうる援助など、あらゆる口実のもとに、公然の武力や秘密の策略によって、できるかぎり隣国を従え、弱めようとする。ほかに安全を得る手段がないため、それは正当に行われ、後世には、そのために名誉をもって記憶される。

少数の人や家族が結びつくだけでも、得られない

少数の人が集まるだけで、この安全が得られるわけでもない。人数が少ないと、一方か他方に、わずかな人数が加わるだけで、勝利を決めるほど大きな力の差が生じ、したがって侵略を促すからである。安全を託すに十分な人数は、ある一定の数で決まるのではなく、恐れる敵との比較で決まる。敵の優勢が、戦争の結果を決めるほど明白で、試みようという気を起こさせるほどでなくなったとき、人数は十分なのである。

大勢でも、一つの判断に導かれなければ、得られない

どれほど大勢でも、その行為が各人の個別の判断や欲求に従って導かれるなら、共通の敵に対しても、互いからの侵害に対しても、そこから防衛や保護を期待することはできない。自分たちの力をどう使い、どう配するのが最善かについて、意見が分かれるため、互いを助けず、妨げ合い、反対し合って力を無にしてしまうからである。その結果、まとまったごく少数の者にも、容易に征服される。それだけでなく、共通の敵がいないと、私的な利害のため、互いに戦争を起こす。全員を畏れさせる共通の権力なしに、大勢の人が、正義やその他の自然法を守る点で一致すると仮定できるなら、同じように、全人類もそうすると仮定できる。その場合、服従なしに平和があるので、市民的な統治や国家は、まったく存在せず、必要でもないはずである。

しかも、絶えず導かれなければならない

人々は、生涯を通じて続く安全を望む。したがって、一度の戦闘や一つの戦争のような限られた期間だけ、一つの判断によって治められ、導かれるのでは、十分でない。外国の敵に一致して立ち向かい、勝利したとしても、その後、共通の敵がなくなるか、一部が敵と見る者を、ほかの者が友と見るようになれば、利害の違いによって、結合は必ず解け、再び互いの戦争へ陥るからである。

理性も言葉も持たない、ある種の生き物が、それでも、強制する権力なしに、社会をなして暮らすのは、なぜか

確かに、蜂や蟻など、ある種の生き物は、互いに社会をなして暮らしている。そのため、アリストテレスは、それらを政治的な生き物に数えている。それでも、自分たちの個別の判断や欲求以外に導くものはなく、共通の利益に何が役立つと考えるかを、互いに伝える言葉も持たない。そこで、人間には、なぜ同じことができないのかと、知りたくなる人もいるだろう。私は、こう答える。

第一に、人間は、名誉や位階をめぐって絶えず競うが、これらの生き物は、そうしない。そのため、人間の間には、それをもとに妬みと憎しみが、ついには戦争が生じるが、それらの生き物の間には、生じない。

第二に、これらの生き物では、共通の善が、私的な善と異ならない。自然に自分の利益へ向かうことで、それによって共通の利益も生む。しかし、人間の喜びは、他人と自分を比べることにあるので、他より優れたものでなければ、何も楽しめない。

第三に、これらの生き物は、人間のように理性を使わないので、共通の仕事の運営に、欠点を見つけることも、見つけたと思うこともない。ところが、人間の中には、自分のほうが、ほかの者より賢く、公の事柄をうまく治められると思う者が、非常に多い。彼らは、ある者はこちらへ、別の者はあちらへと、改革し、変えようと争い、そのため、混乱と内戦を招くのである。

第四に、これらの生き物は、自分の欲求や、ほかの感情を、互いに知らせるため、いくらか声を使うが、言葉の技術を持たない。その技術によって、ある人々は、善を悪の姿で、悪を善の姿で他人に示し、善悪の見かけの大きさを増減して、思うままに人々を不満にし、平和を乱すことができる。

第五に、理性のない生き物は、侵害と損害を区別できない。それゆえ、快適に暮らしているかぎり、仲間に腹を立てない。それに対し、人間がもっとも厄介になるのは、もっとも安楽なときである。そのときこそ、自分の知恵を見せ、国家を治める者の行動を、批判したくなるからである。

最後に、これらの生き物の一致は自然なものだが、人間の一致は信約だけによるものであり、人工的である。したがって、その一致を確かで長続きするものにするには、信約のほかに何かが必要でも、不思議ではない。それは、人々を畏れさせ、その行為を共通の利益へ導く、共通の権力なのである。

国家の生成

外国人の侵略と、互いからの侵害を防ぎ、自分の勤労と土地の実りによって、自らを養い、満ち足りて暮らせるような安全を与える、共通の権力を立てるには、ただ一つの道しかない。各人のすべての力と強さを、一人の人、あるいは一つの会議へ集め、すべての人の意志を、多数決によって、一つの意志へまとめることである。これは、言い換えれば、一人の人か一つの会議を、自分たちの人格を担う者に任命し、共通の平和と安全に関わる事柄について、その人格を担う者が行い、あるいは行わせるすべてを、各人が自分のものとし、自分がその授権者であると認めることである。そして、その点について、各人の意志を、その者の意志へ、各人の判断を、その者の判断へ従わせるのである。これは、単なる同意や和合を超える。それは、一人一人が互いに結ぶ信約によって、全員が、一つの同じ人格において、実際に統一されることである。いわば、誰もが、ほかの誰にも、こう言うのである。〈あなたも、この人、あるいはこの会議へ、自分を治める権利を譲り、同じように、そのすべての行為に権限を与えるという条件で、私も、この人、あるいはこの会議へ、自分を治める権利を譲り、権限を与える。〉これがなされると、一つの人格に統一された多数の人々は、〈国家〉、ラテン語でキウィタスと呼ばれる。これが、あの巨大な〈リヴァイアサン〉、あるいは、より敬虔に言えば、〈死すべき神〉の生成である。われわれが、不死なる神のもとで平和と防衛を得ているのは、この死すべき神による。国家の一人一人から与えられたこの権限によって、その者は、自分に集めて与えられた非常に大きな力と強さを使い、その恐怖によって、すべての人の意志を、国内の平和と、国外の敵に対する相互の援助へ向けられるからである。

国家の定義

この人格の中に、国家の本質がある。それを定義すれば、〈多くの人々が、互いの信約によって、その行為について、それぞれ自分を授権者とした、一つの人格である。その目的は、その人格が、全員の力と手段を、彼らの平和と共通の防衛のために役立つと考えるとおりに、使えるようにすることである。〉

主権者と臣民とは何か

この人格を担う者は、〈主権者〉と呼ばれ、主権を持つと言われる。それ以外の一人一人は、その者の〈臣民〉である。

この主権を得る道は、二つある。一つは、自然的な力による。たとえば、人が、自分の子どもたちに、従わなければ滅ぼせる力をもって、彼らと、その子孫を、自分の統治に従わせる場合や、戦争によって敵を従え、その意志に従うことを条件として、生命を与える場合である。もう一つは、人々が互いに合意し、ほかのすべての者から守ってもらえるという信頼に基づいて、自ら進んで、ある人や会議に従う場合である。後者は、政治的な国家、あるいは〈設立による国家〉と呼べる。前者は、〈獲得による国家〉である。まず、設立による国家について述べよう。

第十八章 設立による主権者の権利について

国家を設立する行為とは何か

大勢の人が、一人一人、ほかの一人一人と合意し、信約する。その内容は、多数決によって、自分たち全体の人格を担う権利、つまり代表者となる権利を、どの人、どの会議に与えるにせよ、賛成した者も反対した者も、すべて、その人や会議のすべての行為と判断に、自分自身のものと同じように権限を与える、というものである。その目的は、互いに平和に暮らし、ほかの人々から保護されることである。このとき、国家が〈設立された〉と言われる。

この設立から、次のことが導かれる

この国家の設立から、集まった人民の同意によって、主権を与えられた一人または複数の者の、すべての権利と権能が導かれる。

一、臣民は統治の形を変えられない

第一に、人々が信約する以上、それ以前の信約によって、それに反する何かへ拘束されてはいないと理解される。したがって、すでに国家を設立し、その信約によって、一つの代表者の行為と判断を、自分のものとして引き受ける義務を負う者は、その許可なしに、どんな事柄でも、別の者に従うという新しい信約を、互いの間で正当に結べない。それゆえ、君主の臣民は、その許しなしに君主制を捨て、結びつきのない群衆の混乱へ戻れず、自分たちの人格を、現在それを担う者から、別の人や会議へ移すこともできない。各人は、ほかの各人に対して、すでに自分たちの主権者である者が行い、行うべきだと判断するすべてを、自分のものとし、その授権者と見なされる義務を負うからである。したがって、一人でも反対すれば、ほかのすべての者は、その人と結んだ信約を破ることになり、それは不正である。また、各人は、自分たちの人格を担う者へ主権を与えているので、その者を退ければ、その者自身のものを奪うことになり、これも不正である。さらに、主権者を廃そうとした者が、その試みのために主権者に殺され、あるいは罰せられた場合、その人は、自分自身の刑罰の授権者である。国家の設立によって、主権者のするすべての授権者だからである。自分自身の権限によって罰せられうることを行うのは不正なので、その点からも、その人は不正である。また、ある人々は、主権者に背く理由として、人間とではなく、神と結んだ新しい信約を持ち出してきた。しかし、これも不正である。神の人格を代表する者の仲介なしに、神との信約はなく、神を代表するのは、神のもとに主権を持つ、神の代理者だけだからである。しかも、神との信約というこの口実は、口実を述べる本人の良心にも、明白な嘘なので、不正な性向だけでなく、卑しく、気概を欠く性向の現れでもある。

二、主権は失権しない

第二に、全員の人格を担う権利は、人々が互いに結ぶ信約だけによって、主権者とする者へ与えられるのであり、主権者が誰かと結ぶ信約によってではない。したがって、主権者の側に信約違反は起こりえず、どの臣民も、失権を口実に、その服従から解放されることはない。主権者となる者が、あらかじめ臣民と信約を結ぶわけではないことは、明らかである。結ぶとすれば、群衆全体を信約の一方の当事者とするか、一人一人と別々に結ぶかの、どちらかだからである。全体を一方の当事者とすることは、不可能である。彼らは、まだ一つの人格ではないからである。一人一人と別々に結ぶとしても、主権を持った後には、それらの信約は無効になる。誰かが違反だと主張するどんな行為も、各人の人格と権利によってなされたので、その人自身と、ほかのすべての者の行為でもあるからである。また、一人以上の臣民が、設立の際に主権者の結んだ信約の違反を主張し、ほかの者や、ただ一人の臣民や、主権者自身が、それを否定するなら、争いを裁く裁判官はいない。したがって、再び剣に戻り、各人が、自分の強さで自分を守る権利を取り戻すことになる。それは、国家を設立した意図に反する。ゆえに、あらかじめ結ぶ信約によって主権を与えることは、無駄である。君主が信約によって、つまり条件つきで権力を受けるという考えは、次の簡単な真理を理解しないことから生じる。信約は、言葉と息にすぎず、人を義務づけ、抑え、強制し、守る力は、公の剣から得る以外には、持たない。その剣とは、主権を持つ人または会議の、縛られていない手である。その行為は、全員によって引き受けられ、その者に統一された全員の力によって、なされる。しかし、会議が主権者とされるとき、設立に際して、そのような信約が結ばれたと思う人はいない。たとえば、ローマ人民がローマ人と、しかじかの条件で主権を持つという信約を結び、その条件が果たされなければ、ローマ人はローマ人民を正当に廃せる、などと言うほど鈍い人はいない。君主制でも民衆の統治でも、同じ理由が成り立つと分からないのは、ある人々の野心による。その人々は、自分も参加できそうな会議の統治を、自分が手にする見込みのない君主制より、好むのである。

三、多数が宣言した主権者の設立へ抗議するのは、不正である

第三に、多数の者が賛成票によって主権者を宣言した以上、反対した者も、今や残りの人々に同意しなければならない。つまり、主権者がするすべての行為を、自分のものとして認めることに満足するか、さもなければ、残りの者に正当に滅ぼされるほかない。自ら進んで、その集会へ加わったなら、それだけで、多数の定めることに従う意志を十分に示し、したがって暗黙に信約したからである。それゆえ、従うのを拒み、その決定のどれかに抗議すれば、自分の信約に反し、したがって不正である。そして、集会に加わっていたかどうか、同意を求められたかどうかにかかわらず、その決定に服するか、それまでの戦争状態に置かれたままでいるかの、どちらかである。その戦争状態では、どんな人に滅ぼされても、不正にはならない。

四、臣民が主権者の行為を正当に告発することはできない

第四に、この設立によって、各臣民は、設立された主権者のすべての行為と判断の授権者である。したがって、主権者のすることは、何であれ、どの臣民に対する侵害にもなりえず、誰も主権者を不正義で告発すべきではない。他人からの権限によって何かをする者は、その権限を与えた人を、それによって侵害しないからである。国家のこの設立によって、各人は、主権者のするすべての授権者である。したがって、主権者から侵害されたと訴える者は、自分自身が授権者であることに、苦情を述べている。責めるなら、自分自身以外を責めるべきではない。ただし、自分自身への侵害で、自分を責めることさえ、できない。自分を侵害するのは、不可能だからである。主権を持つ者が、不公平を行いうることは確かだが、厳密な意味の不正義や侵害を行うことは、できない。

五、主権者のどの行為も、臣民によって罰せられない

第五に、直前に述べたことから、主権を持つ者を、臣民が正当に死刑にし、あるいはほかのどんな仕方であれ、罰することはできない。各臣民が主権者の行為の授権者である以上、そうすれば、自分自身が行った行為のために、他人を罰することになるからである。

六、臣民の平和と防衛に必要なものを判断するのは、主権者である

国家を設立する目的は、すべての者の平和と防衛であり、目的への権利を持つ者は、手段への権利も持つ。したがって、主権を持つ人または会議には、平和と防衛の手段と、その妨げや混乱の原因の両方を判断する権利がある。そして、国内の不和と国外からの敵対を未然に防いで、平和と安全を保つためにも、それらが失われたときに回復するためにも、必要と考える、あらゆることをする権利がある。したがって、次のようになる。

どの教えを臣民に教えるのが適切かも、判断する

第六に、どの意見や教説が平和に反し、どれが平和に役立つかを判断することは、主権に伴う。したがって、どの機会に、どこまで、何を、大勢の人民に語ることを許すか、また、すべての書物が刊行される前に、その教説を誰が調べるかを決めることも、主権に属する。人の行為は意見から生じるので、平和と和合のため、意見をよく治めることが、行為をよく治めることだからである。教説については真実だけを考慮すべきだとしても、平和を基準にそれを規制することと、矛盾しない。平和に反する教説が真でありえないことは、平和と和合が自然法に反しえないのと同じである。統治者や教師の怠慢、不手際によって、偽の教説が長く広く受け入れられた国家では、それに反する真理が、一般の人々の反感を招くことは、確かにある。しかし、新しい真理を、どれほど突然、乱暴に持ち込んでも、それが平和を破ることはなく、ときに、眠っていた戦争を起こすだけである。ある意見を守り、持ち込むために武器を取るのを、あえてするほど、緩くしか治められていない人々は、もともと戦争の中にいる。その状態は平和ではなく、互いへの恐れによる武力の一時停止にすぎず、いわば、絶えず戦闘を目前にして暮らしているのである。したがって、不和と内戦を防ぐため、平和に必要な事柄として、意見や教説の裁判官となり、あるいは、そのすべての裁判官を任命することは、主権者に属する。

七、各臣民が、自分のものであり、他の臣民が不正なしには奪えないものを知るための、規則を作る権利

第七に、各人が、ほかの臣民から妨げられずに、どの財産を享受し、どの行為を行えるかを知るための規則を定める、すべての権力が、主権に伴う。これが、人々の言う〈所有〉である。すでに示したように、主権が成立する前は、誰もがあらゆるものへの権利を持ち、それが必ず戦争を生む。したがって、平和に必要で、主権に依存するこの所有は、公の平和のための、主権の行為である。所有、すなわち私のものとあなたのものについての、これらの規則と、臣民の行為の善悪、合法と不法についての規則が、〈市民法〉、つまり各国家固有の法である。ただし、今では市民法という名は、ローマ市の古い市民法に限って使われる。ローマは世界の大部分の首位にあったので、当時、その法律が、この地域の市民法だったのである。

八、すべての裁判と紛争の決着の権利も、主権者に属する

第八に、裁判の権利、つまり、市民法、自然法、あるいは事実について生じる、あらゆる紛争を聞き、決定する権利が、主権に伴う。紛争の決着なしには、一人の臣民を、別の臣民の侵害から守ることができず、私のものとあなたのものについての法律も、無駄になる。そして各人には、自己保存への自然で避けがたい欲求から、自分の力で自分を守る権利が残る。それは戦争状態であり、国家が設立される目的に反するのである。

九、最善と思うとおりに、戦争と平和を行う権利

第九に、ほかの民族や国家と戦争し、和平を結ぶ権利が、主権に伴う。すなわち、いつそれが公の善に役立つか、そのために、どれほどの兵力を集め、武装させ、給金を払うかを判断し、その費用を賄うため、臣民から金を徴収する権利である。人民を守る力は軍隊にあり、軍隊の強さは、一つの指揮のもとに、力を結び合わせることにあるからである。設立された主権者が、その指揮権を持つのは、軍隊の指揮権だけでも、ほかの設立の手続きなしに、その保有者を主権者とするからである。したがって、誰が軍の将軍となっても、主権を持つ者は、つねに最高司令官なのである。

十、平和と戦争の、すべての助言者と職務担当者を選ぶ権利

第十に、平和時にも戦争時にも、すべての助言者、公的な職務担当者、行政官、役人を選ぶことが、主権に伴う。主権者は、共通の平和と防衛という目的を託されているので、その責務を果たすため、もっとも適すると考える手段を使う力も持つと、理解されるからである。

十一、報酬と刑罰を与え、先の法が程度を定めていない場合には、裁量で決める権利

第十一に、富や名誉で報い、身体刑、財産刑、恥辱で罰する力が、主権者に託される。各臣民について、先に作った法に従い、法がなければ、国家への奉仕を励まし、国家を害することを思いとどまらせるために、もっとも役立つと判断するとおりに、行うのである。

十二、名誉と序列の権利

最後に、人間が自然に、自分にどれほど高い価値をつけ、他人からどれほどの敬意を期待し、他人をどれほど低く評価するかを、考えてみよう。そこから、競争、争い、党派、ついには戦争が絶えず生じ、互いを滅ぼし、共通の敵に対する力を弱める。したがって、名誉の法と、国家に貢献した、あるいは貢献できる人の、公的な価値の尺度が必要であり、その法を実行する力が、誰かの手になければならない。しかし、国家の軍隊、すなわちすべての兵力だけでなく、すべての紛争を裁く権利も主権に属することは、すでに示した。したがって、名誉の称号を与え、各人の席次や位階を定め、公私の集まりで、互いにどんなしるしによって敬意を示すかを定めることも、主権者に属する。

これらの権利は、分けられない

これらが主権の本質をなす権利であり、主権が、どの人、どの会議に置かれ、存するかを見分けるしるしである。これらは、分かち与えることも、切り離すこともできない。貨幣を鋳造する力、幼い相続人の財産と身柄を管理する力、市場で先買いする権利、その他、制定法による特権は、主権者が移しても、臣民を守る力を保てる。しかし、軍の指揮権を移せば、法を執行できないので、裁判権を残しても無駄である。徴税権を譲れば、軍隊も無駄になる。教説を統制する権利を手放せば、人々は霊への恐れによって脅され、反乱へ導かれる。このように、先に述べた権利のどれか一つを譲る場合を考えれば、ほかの権利をすべて保持しても、国家設立の目的である平和と正義の維持に、何の効果もないと、すぐに分かる。〈内部分裂した王国は立ちゆかない〉と言われる分裂は、このことである。この分裂が先になければ、敵対する軍隊への分裂は、決して起こらない。イングランドの大半の人々の間で、これらの権力が国王、貴族院、庶民院に分けられているという意見が、まず受け入れられていなければ、人民が分裂し、この内戦に陥ることはなかった。初めは政治で意見を異にする人々、後には宗教の自由をめぐって争う人々の戦争となった。この戦争は、主権者の権利について、人々に多くを教えたので、今のイングランドでは、これらの権利が切り離せないことを知らない者は、少ない。次に平和が戻るときには、広く認められ、その悲惨が忘れられるまで続くだろう。それより長く続くには、一般の人々が、これまでより、よく教えられなければならない。

主権そのものを明示的に放棄しなければ、譲渡によっても移らない

これらは、本質的で、切り離せない権利である。したがって、どんな言葉で、その一つを譲るように見えても、主権そのものを明示的な語で放棄し、譲受人が、譲渡人を、もはや主権者と呼ばないのでなければ、その譲渡は無効である。主権者が、与えられるものをすべて与えていても、われわれが主権を返し与えれば、それらは主権に切り離せず伴うので、すべて戻るからである。

臣民の力と名誉は、主権者の力の前では消える

この大きな権限は分割できず、主権に切り離せず伴う。したがって、主権を持つ国王は、臣民の一人一人より大きな力を持つ、シングリス・マヨーレスではあっても、全員を合わせたものより小さい、ウニウェルシス・ミノーレスであると言う意見には、ほとんど根拠がない。〈全員を合わせたもの〉で、一つの人格としての集合体を意味しないなら、それは〈一人一人〉と同じことを意味し、その言い方は不合理だからである。一つの人格として考えるなら、その人格を担うのは主権者なので、全員を合わせた力は、主権者の力と同じであり、やはり不合理である。主権が人民の会議にある場合には、その不合理を、人々は十分に理解するのに、君主の場合には理解しない。しかし主権の力は、誰に置かれても、同じなのである。

主権者の名誉も、その力と同じように、どの臣民の名誉よりも、全臣民の名誉よりも、大きくなければならない。名誉の源泉は、主権の中にあるからである。領主、伯爵、公爵、君侯の位階は、主権者が作るものである。主人の前では、使用人は平等で、何の名誉も持たないのと同じように、臣民も、主権者の前ではそうである。その目の届かないところでは、ある者は強く、別の者は弱く輝いていても、その前では、太陽の前の星々と同じく、輝かない。

主権の害は、その欠如ほど大きくなく、害の大半は、より軽い負担を進んで受け入れないことから生じる

しかし、ここで、臣民の境遇は非常に悲惨ではないか、と異議を唱える人もいるだろう。これほど無制限な権力を握る一人、あるいは複数の者の、欲情や、その他の無秩序な情念に、さらされるからである。君主のもとに住む人は、それを君主制の欠点と考え、民主制や、ほかの主権的な会議の統治のもとに住む人は、あらゆる不都合を、その国家の形に帰しがちである。しかし、守るのに十分に完成したものなら、権力は、どの形でも同じである。人々は、人間の状態には、何らかの不都合が、必ずあることを考えない。また、どんな統治の形で人民全体に起こりうる、最大の不都合も、内戦に伴う悲惨や恐ろしい災難に比べれば、ほとんど感じられないことも考えない。主人なく、法律に服せず、略奪や復讐の手を縛る強制力もない、人々の解き放たれた状態に比べても、同じである。さらに、主権を持つ統治者の最大の圧迫が、臣民を害し、弱めることで得る喜びや利益から生じるのではないことも、考えない。統治者自身の強さや栄光は、臣民の活力にこそある。その圧迫は、むしろ臣民自身の反抗的な態度から生じる。自分たちの防衛への拠出を渋るため、統治者は、緊急の出来事や突然の必要に際して、敵に抵抗し、あるいは敵に対して優位を得る手段を持てるよう、平和な時に、取れるだけ取る必要に迫られるのである。誰もが自然に、すばらしい拡大鏡、すなわち情念と自己愛を備えていて、それを通すと、どんな少額の支払いも、大きな苦痛に見える。しかし、自分たちに迫り、その支払いなしには避けられない悲惨を、遠くから見るための望遠鏡、すなわち道徳と政治の学問は、備えていないのである。

第十九章 設立による国家のさまざまな種類と、主権の継承について

国家の形は、三つしかない

国家の違いは、主権者、すなわち、多数の人々の全体と一人一人を代表する人格の違いにある。主権は、一人の人か、複数の人の会議かの、どちらかにある。そして、その会議に加わる権利を、誰もが持つか、すべての人ではなく、ほかの人々から区別された特定の人だけが持つかの、どちらかである。したがって、国家の種類は三つしかないと、明らかに分かる。代表者は、一人か複数でなければならず、複数なら、全員の会議か、一部の会議だからである。代表者が一人なら、国家は〈君主制〉であり、集まろうとするすべての人の会議なら、〈民主制〉、すなわち民衆の国家であり、一部だけの会議なら、〈貴族制〉と呼ばれる。これ以外の種類の国家は、ありえない。分割できないと、すでに示した主権の全体を、一人か、一部の人々か、全員が持たなければならないからである。

僭主制と寡頭制は、君主制と貴族制の別名にすぎない

歴史や政治の書物には、僭主制、寡頭制など、統治のほかの名前もある。しかし、それらは、別の統治の形の名ではなく、同じ形が嫌われるときの名である。君主制に不満な者は、それを僭主制と呼び、貴族制に不満な者は、寡頭制と呼ぶ。同じように、民主制に苦しむ者は、それを無政府状態と呼ぶ。それは、統治の欠如を意味する。しかし、統治がないことを、新しい種類の統治だと信じる人は、いないと思う。同じ理由で、気に入るときには一つの種類の統治で、嫌ったり、統治者に圧迫されたりすると、別の種類になると、信じるべきでもない。

従属する代表者は、危険である

完全な自由の状態にある人々は、望むなら、どんな会議にも与えられるのと同じように、一人の人へ、自分たち一人一人を代表する権限を与えられる。したがって、よいと思うなら、ほかのどんな代表者に対するのと同じほど絶対的に、君主へ服することができる。ゆえに、すでに主権が立てられているところでは、同じ人民の、別の代表者は、主権者が限った、特定の目的についてしか存在しえない。そうでなければ、主権者を二つ立て、各人の人格を、二人の行為者に代表させることになる。その二人が対立すれば、人々が平和に暮らすためには分割できないはずの権力を、必ず分ける。そして、あらゆる主権が設立される目的に反し、多数の人々を戦争状態へ戻すのである。主権を持つ会議が、領地の人民に、自分たちの助言や要望を知らせる権限を持った代議員を送るよう求めたからといって、自分たち自身ではなく、その代議員を、人民の絶対的な代表者と見なす、と思うのは不合理である。同じように、君主制について、そう思うのも不合理である。このように明白な真理が、近ごろ、なぜこれほど見落とされてきたのか、私には分からない。一つの君主国で、六百年の継承によって主権を持ち、ただ一人、主権者と呼ばれ、すべての臣民から陛下の称号で呼ばれ、疑いなく国王と受け取られていた者が、それでも、人々の代表者と考えられていなかった。その名は、異論なく、王の命令で人民が送り出し、請願を運び、王が許せば助言を伝える人々の称号として、通っていたのである。これは、人民の真の、絶対的な代表者である者への、警告となるだろう。託された信頼に応えようとするなら、その役目の本性を人々に教え、どんな機会でも、別の全面的な代表を認めることに、注意しなければならない。

君主制と、主権を持つ会議との比較

これら三種類の国家の違いは、権力の違いではなく、設立の目的である人民の平和と安全を生み出す、便宜や適性の違いにある。君主制をほかの二つと比べるには、まず、人民の人格を担う者も、それを担う会議の一員も、自分自身の自然的人格を、同時に担っていることに、注目できる。政治的な人格として、共通の利益に気を配っていても、自分、家族、親族、友人の私的な善には、それ以上に、少なくとも同じだけ、気を配る。そして、公的な利益が私的な利益と衝突すれば、たいてい私的な利益を優先する。人間の情念は、ふつう理性より強いからである。したがって、公私の利益がもっとも緊密に結びつくところで、公の利益も、もっとも促進される。君主制では、君主の私的な利益と公的な利益は同じである。君主の富、力、名誉は、臣民の富、強さ、評判だけから生まれるからである。臣民が貧しく、軽蔑され、あるいは欠乏や内紛で弱くなり、敵との戦争を支えられないなら、どんな王も、富み、栄え、安全であることはできない。それに対し、民主制や貴族制では、公の繁栄は、しばしば、不誠実な助言、裏切り、内戦ほどには、腐敗した者や野心家一人の財産に、役立たないのである。

第二に、君主は、誰からでも、いつでも、どこでも、望むとおりに助言を受けられる。したがって、熟慮する事柄に通じた人の意見を、その地位や身分にかかわらず、行動の時より、好きなだけ早く、好きなだけ秘密に聞ける。しかし、主権を持つ会議が助言を必要とするとき、初めからその権利を持つ人以外は、認められない。その人々の多くは、知識よりも富の獲得に通じており、長い演説で助言する。そのような演説は、人々を行動へ駆り立てることはでき、実際しばしばそうするが、行動の中で導くことはできない。知性は、情念の炎によって照らされず、目をくらまされるだけだからである。また、会議は人数が多いため、秘密に助言を受けられる場所も時もない。

第三に、君主の決定が受ける不安定さは、人間の本性によるものだけである。しかし会議には、それに加えて、人数から生じる不安定さがある。いったん下した決定を変えたくない少数の者が、安心、怠慢、私的な事情などから欠席したり、反対意見の少数の者が熱心に出席したりするだけで、昨日の決定が、今日すべて覆されるからである。

第四に、君主は、妬みや利害から自分自身と争うことはないが、会議は、内戦を生むほどまで、内部で争いうる。

第五に、君主制には、寵臣やへつらう者を富ませるため、一人の権力によって、どの臣民も、持つものすべてを奪われうるという不都合がある。私は、これが大きく、避けがたい不都合だと認める。しかし、主権が会議にあるところでも、同じことは起こりうる。権力は同じであり、君主がお世辞に惑わされるのと同じように、会議も悪い助言を受け、雄弁家に惑わされやすいからである。しかも、互いのへつらう者となって、代わる代わる、相手の貪欲や野心に奉仕する。君主の寵臣は少なく、引き立てる相手も自分の親族だけなのに、会議の寵臣は多く、その親族は、どんな君主の親族よりも、はるかに多い。さらに、君主の寵臣は、敵を害せるのと同じように、友人を助けることもできる。しかし、主権を持つ会議の寵臣である雄弁家は、害する力は大きくても、救う力は小さい。人間の本性とはそのようなもので、弁護するより告発するほうが、少ない雄弁で足り、有罪にすることは、無罪にすることより、正義らしく見えるからである。

第六に、君主制には、主権が未成年者や善悪を見分けられない者へ継承されうるという不都合がある。その不都合は、権力の使用を、別の人か会議の手に委ね、その者たちが、本人とその権限の保佐人、保護者として、その権利と名によって統治しなければならないことにある。しかし、一人の人や会議へ主権の使用を委ねることが不都合だと言うなら、あらゆる統治は、混乱や内戦より不都合だと言うことになる。したがって、考えられる危険は、大きな名誉と利益のある役職をめぐり、競争者となる人々の争いからしか、生じない。この不都合が、君主制という統治の形から来るのではないと示すには、先代の君主が、未成年の後継者の後見を誰へ委ねたかを考える必要がある。遺言で明示するか、その場合に認められた慣習を妨げないことで、暗黙に指定しているなら、不都合が起きても、それは君主制ではなく、臣民の野心や不正に帰すべきである。人民が自分の義務と主権の権利を十分に教えられていなければ、どの統治の形でも、それは同じである。あるいは、先代が後見について何も定めていない場合もある。そのときは、自然法が、十分な規則を与えている。未成年者の権限を守ることに、自然にもっとも大きな利害を持ち、その死や権限の縮小から、もっとも少ない利益しか得ない者が、後見を担うべきである。誰もが自然に、自分の利益と地位の向上を求めるのだから、未成年者を滅ぼし、害することで、自分を引き上げられる者の手に置くのは、後見ではなく裏切りである。このように、子どものもとでの統治をめぐる正当な争いには、十分な備えがあるのだから、公の平和を乱す争いが起きても、原因は君主制の形ではなく、臣民の野心と義務の無知に求めるべきである。他方、大人数の会議に主権がある大国は、どれも、戦争と平和の協議や立法について、子どもが統治するのと同じ状態にある。子どもは、与えられる助言に反対する判断力を欠くため、委ねられた相手の助言を受けざるをえない。同じように会議も、多数の助言が善くても悪くても、それに反対する自由を持たない。また、子どもが、自分と権限を保つ後見人や保護者を必要とするように、大国の主権的な会議も、大きな危険や騒乱のときには、自由の守護者、つまり独裁官や、その権限の保護者を必要とする。それは、一時的な君主のようなもので、会議は一定の期間、権力の使用全体を委ねることがある。そして、その期間の終わりに、幼い王が保護者、摂政、後見人に奪われるよりも頻繁に、その権力を奪われてきた。

今示したように、主権の種類は三つしかない。一人が持つ君主制、臣民全体の会議が持つ民主制、選ばれたり、ほかの人々から区別されたりした特定の人々の会議が持つ貴族制である。しかし、世界に存在してきた個々の国家を考える人には、容易に三つへ分けられないかもしれない。そのため、それらを混ぜた、別の形もあると思うかもしれない。たとえば、一定の期間、王に主権を委ねる選挙王国や、王の権力が制限された王国がある。多くの著者は、それらも君主制と呼ぶ。また、民衆の国家や貴族制の国家が、敵国を征服し、総督、代官、行政官によって治めると、一見、民主的あるいは貴族的な統治に見えるかもしれない。しかし、そうではない。選挙された王は、主権者ではなく主権者の役人であり、制限された王も、主権者ではなく主権を持つ者たちの役人である。また、他国の民主制や貴族制に従属する地方は、民主的、貴族的にではなく、君主的に治められている。

まず、今日のキリスト教世界の多くの場所のように、権力が生涯に限られ、あるいは、ローマの独裁官の権力のように、何年、何か月と限られる、選挙された王について考えよう。その王が後継者を任命する権利を持つなら、もはや選挙制ではなく、世襲制である。しかし後継者を選ぶ力がなければ、死後に新たな王を選べる、別の人や会議が知られているか、さもなければ、国家は王とともに死に、解体し、戦争状態へ戻る。死後に主権を与える力が誰にあるか分かっているなら、主権が以前から、その者たちにあったことも分かる。自分で所有し、よいと思えば保持する権利を持たないものを、与える権利は、誰にもないからである。しかし、初めに選ばれた王の死後、主権を与えられる者が誰もいないなら、その王には、後継者を定め、自分に統治を託した人々が、悲惨な内戦状態へ戻らないよう備える権力がある。それどころか、自然法によって、その義務を負う。したがって、選ばれたとき、その王は絶対的な主権者だったのである。

第二に、権力を制限された王は、それを制限する力を持つ一人または複数の者より、上にはない。上にない者は、最高ではなく、つまり主権者ではない。したがって、主権は、つねに、その王を制限する権利を持つ会議にあった。ゆえに、その統治は君主制ではなく、民主制か貴族制である。古代スパルタがそうであり、王たちは軍を率いる特権を持ったが、主権は監督官たちにあった。

第三に、たとえば、かつてローマ人民は、総督を通してユダヤの地を治めたが、それによってユダヤが民主制だったわけではない。ユダヤ人の誰も、参加する権利を持つ会議によって治められていなかったからである。貴族制でもなかった。自分たちの選挙によって誰かを加えられる会議に、治められていたわけではないからである。彼らは、一つの人格に治められていた。その人格は、ローマ人民にとっては人民の会議、すなわち民主制だったが、統治に参加する権利をまったく持たないユダヤの人民にとっては、君主だった。人民が、自分たちの中から選ぶ会議に治められるなら、民主制や貴族制と呼ばれる。しかし、自分たちの選ばない会議に治められるなら、それは君主制である。一人の人が他人を治めるのではなく、一つの人民が、別の人民を治める君主制なのである。

継承の権利について

これらすべての統治の形では、その素材が死すべきものであり、君主だけでなく、会議全体も死ぬ。したがって、人々の平和を保つには、人工の人間を用意したのと同じように、人工の永遠の生命も用意しなければならない。それがなければ、会議に治められる人々は、世代ごとに、一人に治められる人々は、統治者が死ぬとただちに、戦争状態へ戻るだろう。この人工の永遠性が、人々の言う〈継承の権利〉である。

継承を定める権利が、現在の主権者にないところに、完全な統治の形はない。それが、ほかの私人や私的な会議にあれば、臣民の立場の人格にあるので、主権者は望むとき、自分へ取り戻せる。したがって、その権利は、主権者自身にある。また、特定の誰にもなく、新たな選挙に任されるなら、国家は解体しており、権利は、それを得られる者にある。これは、一時的ではなく永久の安全のため、国家を設立した人々の意図に反する。

民主制では、治められる大勢の人々がいなくならないかぎり、会議全体がなくなることはない。したがって、この統治の形には、継承の権利の問題は、まったく生じない。

貴族制では、会議の一員が死んだとき、その代わりを選ぶことは、主権者である会議に属する。主権者には、すべての助言者や役人を選ぶ権利があるからである。代表者が行為者として行うことは、各臣民が授権者として行うことだからである。主権を持つ会議が、構成員を補うため、新しい人を選ぶ力をほかの者へ与えることはできる。しかし、その選出は、なお会議の権限によって行われ、同じ権限で、公の必要があれば、取り消せる。

現在の君主は、継承を定める権利を持つ。

継承の権利について、もっとも大きな難しさがあるのは、君主制である。その難しさは、一見して、誰が後継者を任命すべきか明らかでなく、また、任命されたのが誰かも、しばしば明らかでないことから生じる。どちらにも、誰もが使い慣れている以上の、厳密な推論が必要だからである。主権を持つ君主の後継者を誰が任命するか、つまり、相続の権利を誰が定めるかという問題については、次のことを考えなければならない。選挙された王や君主は、主権を所有せず、使うだけなので、ここでは別である。現に主権を持つ者に継承を定める権利があるか、さもなければ、その権利は、再び、解体した群衆にある。主権を所有する者の死は、人々を、主権者がまったくいない状態に置く。つまり、人々を統一し、何か一つの行為をできるようにする、代表者がいないのである。したがって、人々には、新しい君主を選ぶ能力もない。各人は、自分をもっともよく守れると思う者へ従い、できるなら、自分の剣で自分を守る、等しい権利を持つ。これは、君主制が初めに設立された目的に反して、混乱と、すべての人の、すべての人に対する戦争へ戻ることである。したがって、君主制の設立によって、後継者を定めることは、つねに現在の保有者の判断と意志に委ねられるのが、明らかである。

現に王位にある君主が、その権力の継承と相続を、誰へ定めたかという、ときに生じる問題については、明示された言葉、遺言、あるいは、ほかの十分な暗黙のしるしによって決まる。

継承は、明示の言葉によって定まる

明示の言葉や遺言によるのは、ローマの初期の皇帝たちが相続人を宣言したように、君主が生前、口頭や書面で宣言する場合である。〈相続人〉という語は、それ自体では、子どもや近親者を意味しない。自分の地位や財産を継がせたいと、何らかの仕方で本人が宣言した者を、意味するからである。したがって、君主が、ある者を自分の相続人と、口頭や書面で明示すれば、その者は、先代の死の直後に、君主となる権利を与えられる。

あるいは、慣習を妨げないことによって定まる

遺言や明示の言葉がなければ、意志の、ほかの自然なしるしに従うべきである。その一つが慣習である。したがって、もっとも近い親族が、男女にかかわらず継ぐ慣習なら、その近親者に継承の権利がある。現在の保有者の意志が、ほかにあったなら、生前に容易に示せたからである。同じように、もっとも近い男性の親族が継ぐ慣習なら、同じ理由で、その男性に継承の権利がある。女性を優先する慣習でも、同じである。一言で妨げられる慣習を、妨げないことは、その慣習を続けたいという、自然なしるしだからである。

あるいは、自然な愛情の推定によって定まる

慣習も遺言もない場合には、まず、君主の意志は、統治が君主制のまま続くことにあると、理解すべきである。自分自身において、その統治を認めていたからである。第二に、自分の子どもは、男でも女でも、ほかの誰より優先される。人は自然に、他人の子より自分の子を引き立て、自分の子の中でも、女より男を引き立てる傾向があると推定される。男は自然に、労苦や危険を伴う行為に、女より向いているからである。第三に、自分の子孫がいなければ、他人より兄弟を、そして、遠い血縁より近い血縁を優先する。近親ほど愛情も近いと、つねに推定され、近親者の偉大さから、その反映として、もっとも大きな名誉を受けることも、明らかだからである。

他国の王を後継者に定めても、不法ではない

しかし、君主が契約や遺言の言葉によって継承を定めるのが合法なら、大きな不都合があると、人々は反対するかもしれない。統治する権利を、外国人へ売り、あるいは与えられるからである。外国人、つまり同じ統治のもとで暮らす習慣がなく、同じ言語も話さない者は、ふつう互いを低く評価するので、それが臣民の圧迫につながりうる。確かに、それは大きな不都合である。しかし、それは必ずしも、外国人の統治に従うことから生じず、政治の真の規則を知らない統治者の、未熟さから生じる。それゆえ、多くの民族を征服したローマ人は、統治を受け入れやすくするため、必要と考えるだけ、その不満を取り除いた。時には民族全体へ、時には征服した各民族の有力者へ、ローマ人の特権だけでなく、その名も与え、多くを元老院や、ローマ市そのものの重要な役職へも迎えたのである。イングランドとスコットランドという二つの王国の合同に努めた、もっとも賢明なわれわれの王、ジェームズ王が目指したのも、これだった。それが実現していれば、今、両国を悲惨にしている内戦も、おそらく防げただろう。したがって、君主が遺言で継承を定めることは、多くの君主の過失によって、ときに不都合だったとしても、人民への侵害ではない。その合法性については、次のことも根拠となる。王国を外国人へ与えることで生じうる不都合は、継承権が外国人へ及ぶような結婚によっても生じうるが、その結婚は、誰もが合法と認めるのである。

第二十章 父権的支配と主人による支配について

〈獲得による国家〉とは、力によって主権を得る国家である。人々が、一人ずつ、あるいは大勢で多数決によって、死や拘束への恐れから、自分たちの生命と自由を握る人や会議の、すべての行為に権限を与えるとき、主権は、力によって獲得される。

設立による国家との違い

この支配、すなわち主権が、設立による主権と違うのは、ただ一点である。自ら主権者を選ぶ人々は、設立する相手ではなく、互いを恐れてそうする。これに対し、こちらの場合は、自分の恐れる者に服する。どちらも恐れから行う。この点は、死や暴力への恐れから生じる信約は、すべて無効だとする人々が、注意すべきである。それが真実なら、どんな国家でも、誰も服従の義務を負えないからである。確かに、国家が設立され、または獲得された後では、死や暴力への恐れから生じる約束は、約束されたことが法律に反するなら、信約ではなく、拘束もしない。しかし、その理由は、恐れからなされたことではなく、約束した者が、約束の対象について権利を持たないことにある。また、正当に履行できるのに、履行しないことを免除される場合、それを認めるのは、信約の無効性ではなく、主権者の判決である。それ以外の場合、いつであれ、正当に結んだ約束を破るのは、不当である。しかし、行為者である主権者が免除するときは、その免除の授権者でもある、約束を強いた当人によって、免除されるのである。

主権の権利は、どちらでも同じである

主権の権利と、それに伴うことは、どちらでも同じである。その同意なしに、権力をほかへ移せない。主権者は失権しない。どの臣民も、主権者を侵害のかどで告発できない。臣民が主権者を罰することもできない。主権者は、平和に必要なことと教説を判断する。唯一の立法者であり、紛争と、戦争・平和の時期や機会についての、最高の裁判官である。行政官、助言者、指揮官、その他すべての役人や公的な職務担当者を選び、報酬、刑罰、名誉、序列を定めることは、主権者に属する。その理由は、設立による主権の同じ権利と帰結について、先の章で述べたのと同じである。

父権的支配は、どう得られるか――生殖によらず、契約による

支配は、二つの仕方で得られる。生殖と征服である。生殖による支配の権利は、親が子に対して持つもので、〈父権的〉と呼ばれる。ただし、親が子をもうけたから、その子を支配するという意味で、生殖から生じるのではない。子の同意から生じる。その同意は、明示されるか、ほかの十分な根拠で示される。生殖については、神は男に助け手を定めたので、親であることにおいて平等な二人が、つねにいる。すると、子への支配は、両者に等しく属し、子も両者へ等しく従うべきことになるが、それは不可能である。二人の主人には、誰も従えないからである。より優れた性だからという理由で、支配を男だけに帰す人々もいるが、それは計算違いである。男と女の強さや思慮に、戦争なしに権利を決められるほどの違いが、つねにあるわけではない。国家では、この争いは市民法で決まり、多くの場合、ただしいつもではないが、父親に有利となる。国家の大半は、母親ではなく、家の父親たちによって設立されたからである。しかし、今の問題は、ただ自然の状態にある。そこには、婚姻の法も、子育ての法もなく、自然法と、男女の互いへの、また、子どもへの自然な傾きだけがあるとする。この状態では、両親が契約によって、子への支配を定めるか、まったく定めないかの、どちらかである。定めれば、その契約に従って、権利が移る。歴史によれば、アマゾン族は、子をもうけるため近隣国の男たちのもとへ行き、男児は父のもとへ送り返し、女児は自分たちのもとに残すと契約した。そのため、女児への支配は、母にあった。

あるいは、養育による

契約がなければ、支配は母にある。婚姻法のない、ただ自然の状態では、母が明かさなければ、誰が父か分からないからである。したがって、子への支配権は母の意志に依存し、それゆえ母のものである。また、幼児は初め、母の力のもとにあるので、母は養うことも、捨てることもできる。母が養えば、子は母に生かされているので、誰より母に従う義務を負う。その結果、子への支配は母にある。しかし、母が捨て、別の者が見つけて養えば、支配は養う者にある。子は、自分を保存する者に従うべきだからである。生命の保存が、人が他人の臣下となる目的である以上、誰も、自分を救い、または滅ぼす力を持つ者へ、服従を約束すると想定されるのである。

あるいは、両親の一方が、すでに他方に従属することによる

母が父の臣下なら、子は父の支配下にある。主権を持つ女王が自分の臣下と結婚する場合のように、父が母の臣下なら、子は母の臣下である。父も、その母の臣下だからである。

別々の王国の君主である男女に子が生まれ、誰がその子を支配するかを契約すれば、支配の権利は、その契約によって決まる。契約しなければ、子の住む場所への支配に従う。各国の主権者は、その国に住むすべての者への支配を持つからである。

子への支配を持つ者は、その子の子どもたち、さらにその子々孫々への支配も持つ。人の身柄を支配する者は、その人に属するすべてのものも支配するからである。そうでなければ、支配は、効果のない称号にすぎないだろう。

継承の権利は、保有の権利の規則に従う

父権的支配を継ぐ権利は、君主制を継ぐ権利と、同じ仕方で決まる。それについては、前章で十分に述べた。

主人による支配は、どう得られるか

征服や戦争の勝利によって得られる支配を、ある著者たちは、デスポテース、すなわち領主、主人という語から、〈主人による支配〉と呼ぶ。それは、しもべに対する主人の支配である。敗者が、差し迫った死を避けるため、生命と身体の自由を認められるかぎり、勝者はそれを望むとおりに使ってよいと、明示の言葉や、意志を十分に示すほかのしるしで信約したとき、勝者はこの支配を得る。この信約を結んだ後で初めて、敗者は〈しもべ〉となる。しもべという語が、仕えることを意味するセルウィーレから来るか、救うことを意味するセルウァーレから来るかは、文法家の論争に任せる。しかし、それは、捕えた者や、その者から買った者が、どう処するかを考えるまで、牢や鎖につながれる捕虜を意味しない。そのような人々は、ふつう奴隷と呼ばれるが、何の義務も負わず、拘束や牢を破り、主人を殺したり、捕虜として連れ去ったりしても、正当だからである。ここで言うしもべは、捕えられた後、身体の自由を許され、逃げず、主人に暴力をふるわないという約束のもとに、信用される者を意味する。

勝利ではなく、敗者の同意によって得られる

したがって、敗者への支配権を与えるのは、勝利ではなく、敗者自身の信約である。敗者は、征服された、つまり打ち負かされ、捕えられ、敗走させられたから、義務を負うのではない。勝者のもとへ来て、服するから、負うのである。また、敵が、生命の約束なしに、勝者の裁量へ身を委ねて降伏しても、勝者は、その降伏のために、命を助ける義務を負わない。その降伏が勝者を拘束するのは、自分の裁量で適切と思う間だけである。

人々が、今日言う〈助命〉、ギリシャ人が、生け捕りを意味するゾーグリアと呼んだものを求めるとき、行うのは、服従によって勝者の当面の激怒を避け、身代金や奉仕と引き換えに、生命について取り決めることである。したがって、助命された者は、生命を与えられたのではなく、さらに熟慮されるまで、処刑を延期されただけである。生命を条件に降伏したのではなく、裁量に委ねたからである。勝者が身体の自由を信用して与えたときに初めて、生命が安全となり、奉仕が義務となる。牢や鎖の中で働く奴隷は、義務からではなく、監督者の残酷を避けるために、働くのである。

しもべの主人は、しもべの持つすべてのものの主人でもあり、適切と思うたび、その使用を求められる。財産、労働、しもべ自身に仕える者、子どもについて、そうできるのである。しもべは、主人のするすべてを自分のものとし、権限を与える、服従の信約によって、主人から生命を保たれるからである。拒めば、主人が不服従のために、しもべを殺し、拘束し、あるいはほかの仕方で罰しても、しもべ自身がその授権者であり、侵害として主人を告発できない。

要するに、父権的支配と主人による支配の権利と帰結は、設立による主権者のものと、まったく同じであり、理由も同じである。その理由は、先の章で示した。したがって、幾つかの民族の君主である人が、ある民族には、集まった人民による設立で、別の民族には、征服、すなわち死や拘束を避けるための個々人の服従で、主権を持つとしよう。その人が、征服された民族だからという、征服の資格によって、一方へ、他方より多くを要求するなら、それは、主権の権利を知らない行為である。主権者は、両方へ等しく絶対的な権力を持つ。そうでなければ、そもそも主権はない。その場合、各人は、できるなら自分の剣で自分を守ってよく、それは戦争状態なのである。

家族と王国の違い

ここから、大きな家族が、どこかの国家の一部でなければ、主権の権利に関するかぎり、それ自体で小さな君主国だと分かる。人と子どもたち、人としもべたち、あるいは、人と子どもたちとしもべたちの両方からなるにせよ、その父親または主人が、主権者なのである。ただし、人数や、ほかの条件によって、征服する側にも戦争の危険なしには従えられないほどの力がなければ、家族は、厳密には国家ではない。結束しても自分たちを守れないほど明らかに弱い集団では、危険の時、各人が自分の理性を使い、最善と思うとおりに、逃げるか敵に服するかして、自分の生命を救ってよいからである。非常に小さな兵の一団が、軍隊に不意を襲われたとき、剣で殺されるよりも、武器を捨てて助命を求めたり、逃げたりしてよいのと、同じである。国家を設立し、自分たちを守るのに十分な権力を託した君主や会議に服するときの、人間の本性、必要、意図から、考察し、導き出せる主権者の権利については、これで十分としよう。

聖書から見る、君主の権利

今度は、同じ点について、聖書が何を教えるかを考えよう。イスラエルの民は、モーセへこう言う。『出エジプト記』20章19節、〈あなたがわれわれに語ってください。われわれは聞きます。しかし、死なないよう、神がわれわれに語られませんように。〉これは、モーセへの絶対的な服従である。王の権利については、神ご自身が、サムエルを通して、こう言う。『サムエル記上』8章11、12節以下、〈あなたがたを治める王の権利は、このようになる。息子たちを取って、自分の戦車を駆らせ、騎兵とし、戦車の前を走らせ、収穫を集めさせ、戦いの機械や戦車の道具を作らせる。娘たちを取って、香料を作らせ、料理やパンを作らせる。畑、ぶどう畑、オリーブ畑を取って、しもべたちへ与える。穀物とぶどう酒の十分の一を取って、侍従や、ほかのしもべたちへ与える。男女のしもべたちと、選り抜きの若者を取って、自分の仕事に使う。羊の群れの十分の一を取る。そして、あなたがたは、そのしもべとなる。〉これは絶対的な権力であり、最後の〈あなたがたは、そのしもべとなる〉にまとめられる。また、人民は、王がどんな権力を持つかを聞いても、同意し、同章19節以下で、こう言う。〈われわれは、ほかのすべての国のようになりたい。われわれの王は、われわれの争いを裁き、先に立って、戦争を導くのだ。〉ここでは、軍隊とすべての裁判に対する主権者の権利が確かめられる。そこには、人が他人へ移せるかぎりの、絶対的な権力が含まれる。また、ソロモン王の祈りは、こうだった。『列王記上』3章9節、〈あなたのしもべに、人民を裁き、善悪を見分ける知恵を与えてください。〉したがって、判断し、善悪を見分ける規則を定めることは、主権者に属する。その規則が法律なので、立法権も主権者にある。サウルはダビデの生命を狙った。しかし、ダビデがサウルを殺せる立場となり、しもべたちがそうしようとしたとき、ダビデは、『サムエル記上』24章9節、〈主が油を注がれた、私の主君に、そのようなことをするなど、神が許されない〉と言って禁じた。しもべたちの服従について、聖パウロは、『コロサイの信徒への手紙』3章20節に〈しもべたちよ、すべてのことにおいて、主人に従いなさい〉、22節に〈子どもたちよ、すべてのことにおいて、親に従いなさい〉と言う。ここには、父権的支配や主人の支配に服する者の、無条件の服従がある。また、『マタイによる福音書』23章2、3節、〈律法学者とファリサイ派は、モーセの座に着いている。したがって、あなたがたに守れと言うすべてを、守り、行いなさい。〉ここにも、無条件の服従がある。さらに、聖パウロは、『テトスへの手紙』3章2節で、〈君主や、権限を持つ者に服し、従うよう、人々に教えなさい〉と言う。この服従も、無条件である。最後に、救い主ご自身も、〈カエサルのものはカエサルに返せ〉と言い、王が課す税を払うべきだと認め、自分でも払った。また、必要があるとき、臣民のものを取るには、王の言葉で十分であり、その必要を判断するのも王だと認める。救い主は、ユダヤ人の王として、エルサレムへ乗って行くため、ろばと、その子を連れてくるよう、弟子たちに命じた。『マタイによる福音書』21章2、3節、〈向こうの村へ行きなさい。つながれた雌ろばと、そのそばの子ろばが見つかる。ほどいて、私のもとへ連れてきなさい。何をするのかと聞かれたら、主がお入り用なのですと言いなさい。そうすれば、行かせてくれる。〉その必要が十分な権原か、王がその必要の判断者かは問わず、主の意志に従うのである。

これらには、『創世記』3章5節、〈あなたがたは、神々のように、善悪を知るようになる〉と、11節の〈裸だと誰が教えたのか。食べるなと命じた木から、食べたのか〉も加えられる。善悪について認定すること、すなわち裁くことは、アダムの服従を試すため、知識の木の実という名で禁じられていた。悪魔は、その実をすでに美しいと思っていた女の野心をあおり、味わえば、神々のように善悪を知ると告げた。そこで二人は食べ、確かに、善悪を裁くという神の役目を、自ら引き受けた。しかし、正しく区別する新たな能力は、得なかった。また、食べて初めて、自分たちが裸だと見えたと言われる箇所を、以前は目が見えず、自分の皮膚も見えなかったと、解した者はいない。意味は明らかである。そのとき初めて、神がそのように造ろうとした自分たちの裸を、見苦しいと判断し、恥じることで、神ご自身を暗黙に批判したのである。そこで神は、〈食べたのか〉と問う。まるで、〈私に従う義務があるのに、私の命令を裁こうとするのか〉と言うかのように。ここには、寓意によってではあるが、明確に、命令する権利を持つ者の命令を、臣民が批判し、争うべきではないことが示されている。

すべての国家で、主権は絶対的であるべきだ

こうして、私の理解するところでは、理性と聖書の両方から、明らかになる。主権は、君主制のように一人に置かれても、民衆や貴族の国家のように会議に置かれても、人間が与えうると考えられる最大限の大きさを持つのである。このような無制限な権力から、人々は多くの悪い結果を想像するかもしれない。しかし、それがないことの結果、すなわち各人と隣人との絶え間ない戦争は、はるかに悪い。この世の人間の境遇から、不都合がなくなることはない。だが、どんな国家にも、臣民の不服従と、国家を生んだ信約の違反から生じるもの以外に、大きな不都合はない。主権が大きすぎると思い、小さくしようとする者は、それを制限できる権力、つまり、さらに大きな権力へ、自分を従わせなければならない。

最大の反論は、実例についてである。いつ、どこで、臣民がそのような権力を認めたのかと、人々は問う。しかし、逆に、いつ、どこに、反乱や内戦から長く免れた王国があったのかと、問える。国家が長続きし、外国との戦争以外では滅びなかった民族では、臣民は主権を争わなかった。いずれにせよ、国家の原因や本性を徹底して調べ、正確な理性で量り考えず、その無知から生じる悲惨を日々受けている人々の実践を、根拠とする議論は無効である。世界のどこでも、人々が砂の上に家の土台を置いていたとしても、それから、そうすべきだとは、推論できない。国家を造り、保つ技能は、算術や幾何学のように、確かな規則にあり、テニスのように、実践だけにあるのではない。その規則を見つける余暇が、貧しい人にはなく、余暇のある人々も、これまでは、好奇心や方法を持たなかったのである。

第二十一章 臣民の自由について

自由とは何か

自由とは、本来、妨げがないことを意味する。妨げとは、運動に対する外部からの障害をいう。この語は、理性をもつものだけでなく、理性のないものや生命のないものにも等しく用いることができる。何であれ、縛られ、あるいは囲まれて、外部の物体による妨げによって定まる一定の空間の内でしか動けないものについて、われわれは、それより先へ行く自由がないという。そこで、壁や鎖によって閉じ込められ、あるいは拘束されているあらゆる生き物や、そうでなければもっと広い空間に広がるはずなのに、堤や容器によってせき止められている水について、こうした外部の障害がなければ動くはずの仕方で動く自由がない、と普通にいう。しかし、運動の障害がそのもの自体の構成にあるときには、動く自由がないとはいわず、動く力がないという。石がじっと横たわっているときや、人が病気で床についているときがそうである。

自由であるとはどういうことか

この語の本来の、一般に認められている意味に従えば、自由な人とは、「自分の力と才知によってなしうることについて、自分がしようと意志することをするのを妨げられない人」である。しかし、自由な、自由という語を物体以外の何かに用いるのは、誤用である。運動しえないものは、運動を妨げられることもないからである。したがって、たとえば道が自由に通れるといっても、それが意味するのは道の自由ではなく、妨げられずにそこを歩く人々の自由である。また、贈り物が自由になされたというとき、意味するのは贈り物の自由ではなく、法律や信約によってそれを贈る義務を負っていなかった贈り主の自由である。同じく、われわれが自由に話すという場合、それは声や発音の自由ではなく、自分が話したのとは違うように話せと法律によって義務づけられていない、その人の自由である。最後に、自由意志という語の使用から推し量れるのは、意志、欲望、傾向の自由ではなく、人間の自由だけである。それは、人が意志し、欲し、傾くところをなすにあたって、妨げに出会わないことに存する。

恐怖と自由は両立する

恐怖と自由は両立する。たとえば、船が沈むのを恐れて自分の荷を海へ投げ込む人も、それをまったく自分の意志で行っており、その気になれば拒むこともできる。したがって、それは自由であった人の行為である。同じく、人がただ投獄を恐れるために借金を返すことがあるが、支払いを差し控えるのを誰も妨げなかったのだから、これも自由な人の行為である。一般に、国家の内で人々が法律を恐れて行う行為は、すべて、行為者がしないでおく自由をもっていた行為なのである。

自由と必然性は両立する

自由と必然性は両立する。水には、水路を下る自由だけでなく、そうする必然性もある。同じように、人々が随意に行う行為は、意志から生じるので自由から生じるが、それと同時に、人の意志のあらゆる働き、あらゆる欲望と傾向は、何らかの原因から生じ、その原因はまた別の原因から生じて、途切れない鎖をなすので、必然性からも生じる。その鎖の最初の環は、すべての原因の第一である神の手にある。したがって、これらの原因のつながりを見ることのできる者には、人々のあらゆる随意行為の必然性が明白になるだろう。それゆえ、万物を見、配置する神は、人が自分の意志することを行う自由に、神が意志することを、それより多くも少なくもなく行う必然性が伴っていることをも見ている。人々は、神が命じたのではなく、それゆえ神がその行為の授権者でもない多くのことをなしうるが、何事かへの情念や欲求をもつとき、その欲求の原因が神の意志でないことはありえない。もし神の意志が、人の意志の必然性、したがって人の意志に依存するすべてのものの必然性を確実にするのでなければ、人間の自由は神の全能と自由に矛盾し、それを妨げるものとなるだろう。本来の意味で自由と呼ばれるのは、この自然的自由だけである。当面の問題については、これだけで十分であろう。

人工の絆、すなわち信約

しかし、人々が平和を得、それによって自分を保存するために、国家と呼ばれる人工的人間をつくったのと同じように、彼らは市民法と呼ばれる人工の鎖をもつくった。人々自身が相互の信約によって、その鎖の一端を、主権を与えた一人の人または合議体の唇に結びつけ、他端を自分たちの耳に結びつけたのである。この絆は、それ自体の性質からすれば弱いが、破ることの難しさによってではなく、破ることの危険によって、人々をつなぎとめるものとなりうる。

臣民の自由は、信約からの自由に存する

ここで私が臣民の自由について語るのは、もっぱらこの絆との関係においてである。世界のどの国家にも、人々のあらゆる行為と言葉を規律するのに十分な規則が定められているわけではない。それは不可能なことだからである。したがって、法律が規定せずにおいたあらゆる種類の行為について、人々は、自分に最も有利だと自分自身の理性が示すことをなす自由をもつことが、必然的に帰結する。というのも、自由を本来の意味で、身体の自由、すなわち鎖や牢獄からの自由ととるなら、人々が現にしているように、これほど明らかに享受している自由を求めて騒ぎ立てるのは、ひどく不合理だろう。また、自由を法律から免れることととるなら、それによって他のすべての人が自分たちの生死を支配できるようになる自由を、現にしているように要求するのも、同じく不合理である。それでも、これほど不合理でありながら、彼らが要求するのはそれなのである。彼らは、法律を執行させる剣が一人または複数の人の手になければ、法律には彼らを守る力がないことを知らない。それゆえ臣民の自由は、主権者が人々の行為を規律する際に規定せずにおいた事柄にのみ存する。互いに売買し、その他の契約を結ぶ自由、自分の住まい、食物、生業を選び、自分が適切と考えるように子供を教育する自由などがそれである。

臣民の自由は、主権者の無制限の権力と両立する

しかし、このような自由によって、生殺に関する主権が廃止されたり制限されたりすると理解してはならない。すでに示したように、主権をもつ代表者がどのような口実で臣民に何をしても、本来の意味で不正義または侵害と呼ぶことはできない。すべての臣民は、主権者のあらゆる行為の授権者だからである。それゆえ主権者が何事かをなす権利を欠くのは、彼自身が神の臣民であり、それによって自然法を守る義務を負っているという点においてだけである。したがって国家では、主権の命によって臣民が死刑に処せられながら、どちらも相手に不正をなしていない、ということが起こりうるし、現にしばしば起こる。エフタが娘を犠牲として捧げさせた場合がそうである。これに類する場合、そのように死ぬ者には、処刑の理由となった行為をなす自由があったが、それでも侵害を受けることなく死に処せられる。同じことは、無実の臣民を死に処する主権的君主にもあてはまる。その行為は、公平に反するため自然法に反するにしても――ダビデによるウリヤ殺害がそうであった――、ウリヤに対する侵害ではなく、神に対する侵害であった。ウリヤに対する侵害でなかったのは、ダビデが欲することをなす権利を、ウリヤ自身が彼に与えていたからである。しかし神に対する侵害であったのは、ダビデが神の臣民であり、自然法によってあらゆる不公平を禁じられていたからである。ダビデ自身、その行為を悔いて「あなたに対してだけ、私は罪を犯しました」といったとき、この区別を明らかに認めた。同様に、アテナイの人民は、国家で最も有力な者を十年間追放するとき、不正義を犯しているとは考えなかった。しかし彼らが問題にしたのは、その者がどんな罪を犯したかではなく、どんな害をなすだろうかであった。実際、誰なのかもまだわからない者の追放を命じ、市民一人一人が、実際に告発することなしに、追放したい人物の名を書いた牡蠣の殻を広場へ持ち寄った。そして、あるときには正義の評判が高いからとアリステイデスを追放し、あるときには冗談にするため、ヒュペルボロスのような下品な道化者を追放した。それでも、主権者であるアテナイの人民に彼らを追放する権利がなかったとも、アテナイ人に冗談をいう自由や正しい人である自由がなかったとも、いうことはできない。

著述家たちが称賛する自由は、私人の自由ではなく、主権者の自由である

古代ギリシャ人とローマ人の歴史や哲学、また政治に関する知識のすべてを彼らから得た人々の著述や論議で、これほど頻繁に、かつ敬意をこめて語られる自由は、個々人の自由ではなく、国家の自由である。それは、市民法も国家もまったく存在しない場合に各人がもつであろう自由と同じであり、その結果もまた同じである。主人をもたない人々の間では、各人が隣人に対して絶えず戦争を行い、息子に伝えたり父から受け継いだりする遺産もなく、財産や土地の所有権もなく、安全もなく、ただ各人に完全で絶対的な自由だけがある。同じく、互いに従属しない諸国の間では、各国家が――各人がではない――自分にとって最も有益だと判断すること、すなわちそれを代表する一人の人または合議体がそう判断することをなす、絶対的な自由をもつ。しかし同時に、諸国は永続する戦争状態と戦いの瀬戸際にあり、国境を武装し、周囲の隣国に向けて大砲を据えている。アテナイ人とローマ人は自由であった。つまり、自由な国家であったということである。個々人が自分たちの代表者に抵抗する自由をもっていたのではなく、代表者が他の人民に抵抗し、または侵攻する自由をもっていたのである。ルッカ市の塔には、今日でも大文字で「LIBERTAS〔自由〕」と記されている。しかし、そこから、そこの個人がコンスタンティノープルの個人より多くの自由や国家への奉仕からの免除をもつと推論することはできない。国家が君主制であれ民衆政であれ、その自由は同じである。

しかし人々は、自由というもっともらしい名にたやすく欺かれ、区別する判断力を欠くため、公的な主体だけの権利を、自分個人の相続財産や生得の権利だと誤認する。そして同じ誤りが、この問題に関する著作で名声を得ている人々の権威によって確証されるなら、そこから反乱や政体の変更が生じても不思議ではない。世界のこの西方の地域では、国家の設立と権利についての見解を、アリストテレス、キケロ、その他のギリシャ人やローマ人から受け取るよう、われわれは教えられている。彼らは民衆国家のもとで暮らしていたので、その権利を自然の原理から導いたのではなく、自分たちの民衆国家の実際のあり方から書物へと写し取った。文法家がその時代の実践から言語の規則を書き記し、あるいはホメロスやウェルギリウスの詩から作詩の規則を書き記すのと同じである。また、アテナイ人は政体を変更したいと思わぬように、自分たちは自由人であり、君主制のもとで生きる者はすべて奴隷である、と教えられていた。それゆえアリストテレスは『政治学』第六巻第二章で、「民主制には自由があるとされるべきである。他のどの政体のもとでも人は自由ではない、と一般に考えられているからである」と記している。アリストテレスと同じく、キケロその他の著述家も、自分たちの政治学説をローマ人の意見に基礎づけた。ローマ人に君主制を憎むよう教えたのは、初めには自らの主権者を追放してローマの主権を分け合った人々であり、その後には彼らの後継者たちであった。そして人々は、これらギリシャ語やラテン語の著者を幼少時から読むことによって、自由という偽りの外観のもとに、騒乱に好意を寄せ、主権者の行為を放縦に抑えつけ、さらにその抑えつける者たちを抑えつける習慣を身につけた。それによって流された血はあまりに多く、私は、西方のこれらの地域がギリシャ語とラテン語の学問を買い求めたほど高価に買われたものはかつてなかった、といってよいと思う。

臣民の自由はいかに測られるべきか

さて、臣民の真の自由の細目、つまり主権者に命じられてもなお不正義を犯すことなく拒みうるのはどんな事柄か、という問題へ移ろう。そのためには、国家をつくるとき、われわれがどの権利を譲り渡すかを考えなければならない。いいかえれば、われわれが主権者とする一人の人または合議体のあらゆる行為を例外なく自分の行為として認めることによって、自分自身にどんな自由を認めないことにするのか、ということである。われわれの服従の行為に、われわれの義務と自由の両方が存する。したがって、その両方はそこから取られる論拠によって推論されなければならない。すべての人は本来自由であって、自分自身の何らかの行為から生じない義務を負う者はいないからである。そして、そうした論拠は、「私は彼のすべての行為を授権する」という明示の言葉からか、その人の権力に服する者の意図から引き出されなければならない。その意図は、その人が服従する目的によって理解される。それゆえ臣民の義務と自由は、これらの言葉または同じ意味の言葉から、あるいは主権の設立の目的、すなわち臣民相互の平和と共通の敵に対する防衛から導かれるのである。

臣民には、合法的に自分を襲う者に対してさえ、自分の身体を守る自由がある

それゆえ第一に、設立による主権は各人と各人との信約によって成立し、獲得による主権は、敗者と勝者、または子と親との信約によって成立するのだから、信約によって移転できない権利に属するすべての事柄について、各臣民が自由をもつことは明白である。自分自身の身体を守らないという信約は無効であることを、私はすでに第十四章で示した。したがって、

臣民は、自分自身を傷つける義務を負わない

主権者がある人に、自分自身を殺し、傷つけ、手足を損なうこと、自分を襲う者に抵抗しないこと、あるいは食物、空気、薬、その他それがなければ生きられない何かを使用しないことを命じたとしても、その人は――正当に有罪とされた場合でさえ――従わない自由をもつ。

自分の犯した罪について、主権者またはその権限を受けた者から取り調べられる人は、赦免の保証がなければ、それを告白する義務を負わない。同じ章で示したように、誰も信約によって自分自身を告発する義務を負うことはできないからである。

また、主権に対する臣民の同意は、「私は彼のすべての行為を授権し、あるいは自分の行為として引き受ける」という言葉に含まれている。この言葉のうちには、自分がそれまでにもっていた自然的自由への制限は何もない。彼が私を殺すことを認めたからといって、彼が命じたときに自分自身を殺す義務を負うわけではない。「お望みなら私または私の仲間を殺してください」ということと、「私は自分自身または自分の仲間を殺します」ということは別なのである。したがって、次のことが帰結する。

この言葉それ自体によって、自分自身や他の誰かを殺す義務を負う者はいない。したがって、主権者の命によって危険または不名誉な任務を果たす義務を人が負う場合にも、その義務は服従の言葉によるのではなく、その意図によるのであり、その意図は服従の目的によって理解されなければならない。それゆえ、われわれが服従を拒むことによって、主権が設けられた目的が妨げられる場合には、拒む自由はない。そうでなければ、その自由はある。

また、自ら引き受けないかぎり、戦争に赴く義務も負わない

この理由から、兵士として敵と戦えと命じられた人は、主権者にはその拒否を死刑で罰する十分な権利があるとしても、多くの場合、不正義を犯すことなく拒むことができる。たとえば、十分な能力のある兵士を自分の代わりに立てる場合である。この場合、その人は国家への奉仕を放棄してはいない。また、生来の臆病さについても配慮しなければならない。そうした危険な義務を期待されない女性だけでなく、女性のような気弱さをもつ男性についてもそうである。軍隊が戦うときには、一方または双方で逃走が起こる。しかし裏切りからではなく恐怖から逃げる場合、不正なことをしたとは考えられず、不名誉なことをしたと考えられる。同じ理由から、戦闘を避けるのは不正義ではなく、臆病である。しかし、自ら兵士として登録したり、入隊の前渡し金を受け取ったりした人は、生来の臆病さという弁明を自ら取り除いている。その人は、戦場に赴くだけでなく、隊長の許可なしに戦場から逃げない義務をも負う。また、国家の防衛のため、武器をとれるすべての者の助けが一度に必要になるときには、各人が義務を負う。そうでなければ、守ろうという意志や勇気をもたない国家を設立したこと自体が、無駄だったことになるからである。

他の人を守るために国家の剣に抵抗する自由は、その人が有罪であれ無罪であれ、誰にもない。そのような自由は、われわれを保護する手段を主権者から奪い、それゆえ統治の本質そのものを破壊するからである。しかし、大勢の人々がすでに共に主権へ不正に抵抗したり、死刑にあたる罪を犯したりして、その全員が死を予期している場合、彼らには結束し、互いに助け、守り合う自由があるのではないか。確かにある。彼らは自分たちの生命を守っているだけであり、それは有罪の者も無実の者と同じくできるからである。最初の義務違反には、確かに不正義があった。しかし、その後に武器をとることは、すでになしたことを維持するためであっても、新たな不正の行為ではない。また、それがただ自分たちの身を守るためであるなら、そもそも不正ではない。しかし赦免が申し出られると、その申し出を受けた者は自己防衛という弁明を失い、残る者を助け、守り続けることは違法になる。

臣民の最も大きな自由は、法律の沈黙に依存する

その他の自由については、それらは法律の沈黙に依存する。主権者が規則を定めていない場合、臣民は、自分の判断に従って行うことも行わないことも自由である。したがって、この自由は、主権をもつ者が最も適切と考えるところに応じて、場所によって多くも少なくもなり、時によっても多くも少なくもなる。たとえば、イングランドではかつて、人は自分の土地へ実力で立ち入り、不法に占有する者を追い出すことができた。しかし後には、議会で王によって制定された法によって、この実力で立ち入る自由は取り除かれた。また、世界のある地域では複数の妻をもつ自由があるが、他の地域では、その自由は認められない。

臣民と主権者との間に、債務、土地や物品の所有権、要求された何らかの奉仕、あるいは以前からの法律に基づく身体刑や財産刑についての争いがある場合、臣民は、相手が他の臣民である場合と同じように、主権者が任命した裁判官の前で、自分の権利を訴える自由をもつ。主権者が自分の権力によってではなく、以前からの法律の効力によって要求する以上、その法律によって当然と認められる以上のものを要求しない、とそれによって表明しているからである。したがって、その訴えは主権者の意志に反せず、それゆえ臣民は、自分の事件の審理と、その法律に従った判決を要求する自由をもつ。しかし、主権者が自分の権力を根拠として何かを要求し、あるいは取り上げるなら、その場合には法的な訴えは成り立たない。彼が権力によってすることはすべて、各臣民の授権によってなされるのであり、したがって主権者を訴える者は、自分自身を訴えることになるからである。

君主または主権をもつ合議体が、すべての臣民または一部の臣民に自由を与え、その授与が存続するかぎり彼らの安全を確保できなくなる場合、その授与は無効である。ただし、主権を明示的に放棄し、あるいは他の者へ移した場合は別である。というのも、それが自分の意志であったなら、公然と明白な言葉で放棄または移転できたのに、そうしなかったのだから、それは自分の意志ではなく、そのような自由と主権との両立しがたさを知らなかったために授与した、と理解されるからである。したがって主権はなお保持され、それとともに、その行使に必要なすべての権力も保持される。戦争と平和の権力、裁判の権力、役人や顧問を任命する権力、金銭を徴収する権力、その他第十八章に挙げた権力がそれである。

どの場合に臣民は主権者への服従を免れるか

臣民が主権者に負う義務は、主権者が彼らを保護する力をもつあいだだけ続き、それより長くは続かない、と理解される。誰も他に守ってくれる者がいないとき自分を守るという、人が自然にもっている権利は、どのような信約によっても放棄できないからである。主権は国家の魂であり、それがひとたび身体を離れれば、各肢体はもはやそこから運動を受け取らない。服従の目的は保護である。人は、自分の剣であれ他人の剣であれ、そこに保護を認めるとき、自然によってそれに服従し、それを維持するよう努める。そして主権は、それをつくる人々の意図では不死であるにしても、その本性においては、外からの戦争による非業の死を免れないばかりでなく、人々の無知と情念のために、内輪の不和による自然死の種を、設立の時から多数含んでいる。

捕虜になった場合

臣民が戦争で捕虜となり、またはその身体や生活の手段が敵の監視下に入り、勝者の臣民となることを条件に生命と身体の自由を与えられたなら、その条件を受け入れる自由がある。そして受け入れたなら、捕らえた者の臣民となる。他に自分を保存する道がなかったからである。外国で同じ条件によって拘束される場合も同じである。しかし、牢獄や鎖につながれ、あるいは身体の自由を任されていない人は、信約によって服従する義務を負うとは理解できない。それゆえ、できるならどんな手段によってでも逃れてよい。

主権者が自分と相続人の統治権を放棄した場合

君主が自分自身と相続人の双方について主権を放棄するなら、臣民は自然の絶対的自由へ戻る。自然によって、誰が息子で誰が最も近い血縁者かは示されうるが、誰を相続人とするかは、前章で述べたように、その人自身の意志に依存するからである。したがって、相続人を置かないと意志するなら、主権も服従も存在しない。血縁者が知られておらず、相続人も宣言しないまま死亡する場合も同じである。そのときは相続人を知ることができず、したがって誰も服従を要求されないからである。

追放の場合

主権者が臣民を追放するなら、追放されているあいだ、その人は臣民ではない。しかし、使節として派遣された人や旅行を許された人は、なお臣民である。ただし、それは服従の信約の効力によるのではなく、主権者相互の契約による。というのも、他人の領域へ入る者は、主権者同士の友好や特別の許可による特権をもたないかぎり、その領域のすべての法律に従う者となるからである。

主権者が他の者の臣民となった場合

君主が戦争で征服され、自ら勝者の臣民となるなら、その臣民は以前の義務から解放され、勝者への義務を負う。しかし、君主が捕虜となっていたり、自分の身体の自由をもたなかったりする場合には、主権の権利を譲り渡したとは理解されない。それゆえ臣民は、以前に置かれた行政官に、その者自身の名によるのではなく、君主の名によって統治する者として、服従する義務を負う。君主の権利が残っている以上、問題は行政だけ、すなわち行政官や役人だけだからである。君主に彼らを指名する手段がないなら、以前に自分自身が任命した者を承認していると推定される。

第二十二章 従属的な団体、公的団体および私的団体について

人々の団体のさまざまな種類

国家の生成、形態、権力について述べたので、次は順序として、その諸部分について述べなければならない。まず、自然の身体の同質的な部分や筋肉に似ている団体について述べる。団体とは、ある一つの利害または事業のために結びついた、何人かの人々の集まりを意味する。団体には、正規のものと非正規のものがある。正規の団体とは、一人の人または人々の合議体が、その全員の代表者として設けられているものである。それ以外は、すべて非正規の団体である。

正規の団体のうち、あるものは絶対的かつ独立的であり、自分たち自身の代表者以外の何者にも従属しない。そうしたものは国家だけであり、これについては直前の五章ですでに述べた。他のものは依存的である。すなわち、ある主権に従属しており、各構成員も代表者も、その主権の臣民である。

従属的な団体には、公的なものと私的なものがある。公的団体――政治体または法律上の人格とも呼ばれる――とは、国家の主権からの権限によってつくられるものである。私的団体とは、臣民が相互に設けるもの、または外国人からの権限によって設けられるものである。他者の領域内では、外国の権力から出た権限は公的なものではなく、私的なものだからである。

私的団体には、合法的なものと違法なものがある。合法的なのは国家が認めているものであり、それ以外はすべて違法である。非正規の団体とは、代表者をもたず、ただ人々の集合だけからなるものである。市場や見世物、その他の害のない目的のために人が集まる場合のように、国家に禁じられておらず、悪い企てのためにつくられたのでもなければ、合法である。しかし、意図が悪い場合、または人数が相当多いのに意図が不明な場合には、違法である。

すべての公的団体において、代表者の権力は制限されている

公的団体では、代表者の権力はつねに制限されている。その限界を定めるのは主権である。無制限の権力は絶対的な主権だからである。また、どの国家でも、主権者はすべての臣民の絶対的な代表者である。それゆえ他の誰も、主権者が許す範囲を超えて、臣民の一部を代表することはできない。そして、臣民からなる公的団体に、あらゆる点で絶対的な代表者をもつことを許すのは、国家のその部分の統治を放棄し、支配権を分割することであって、彼らの平和と防衛に反する。主権者がそれを行ったと理解できるのは、彼らを臣民たる地位から明白かつ直接に解放する授与がある場合だけである。言葉からある帰結が出ても、それと反対の帰結を示すものがあるなら、前者は主権者の意志のしるしではない。むしろ、人類があまりにも陥りやすい誤りや計算違いのしるしである。

公的団体の代表者に与えられる権力の限界は、二つのものによって知られなければならない。一つは主権者の令状または文書、もう一つは国家の法律である。

開封勅許状によって

独立した国家を設立し、あるいは獲得する場合には、文書は必要ない。そこで代表者の権力を限るものは、不文の自然法が定める限界だけだからである。しかし従属的な団体では、その事業、時、場所について、きわめて多様な制限が必要になる。それらは文書なしには記憶できず、また文書が公開されて読み聞かせられ、主権の印章その他の永続的なしるしによって押印され、あるいは証明されていなければ、知ることもできない。

また、法律によって

また、こうした制限を文書に記すことは、つねに容易とは限らず、不可能な場合さえある。それゆえ、文書自体が沈黙しているすべての場合には、すべての臣民に共通する通常の法律が、代表者が合法的になしうることを定めなければならない。したがって、

代表者が一人である場合、授権されていない行為は、その人だけの行為である

公的団体の代表者が一人の人である場合、その人が団体の人格を担ってすることでも、文書にも法律にも授権されていないことは、その人自身の行為であって、団体の行為でも、その人自身を除く他の構成員の行為でもない。文書や法律が定める範囲を超えれば、自分自身以外の誰の人格も代表していないからである。しかし、文書や法律に従ってすることは、全員の行為である。主権者は人々の無制限の代表者なので、各人は主権者の行為の授権者である。また、主権者の文書から逸脱しない者の行為は主権者の行為であり、それゆえ団体の各構成員はその授権者だからである。

代表者が合議体である場合、同意した者だけの行為である

しかし代表者が合議体である場合、その合議体が、文書や法律によって授権されていないことを決議したなら、それは合議体すなわち公的団体の行為であり、その決議を成立させた投票者各人の行為である。しかし、出席して反対票を投じた者の行為ではなく、欠席者の行為でもない。ただし、代理人を通じて賛成票を投じた者は別である。それが合議体の行為なのは、過半数によって可決されたからである。それが犯罪であれば、合議体は罰を受けうる範囲で罰せられる。たとえば、解散や勅許状の剥奪によって――それはこのような人工的で擬制的な団体にとっては死刑である――、あるいは、無実の構成員の誰も所有権をもたない共有財産がある場合には、罰金によってである。自然は、すべての公的団体を身体刑から免れさせている。しかし、賛成票を投じなかった者は無実である。合議体は、文書によって授権されていない事柄については誰をも代表できず、したがってその者は投票の結果に巻き込まれないからである。

代表者が一人である場合、その人が金銭を借り、または契約によって債務を負うなら、責任を負うのはその人だけで、構成員ではない。

公的団体の人格を一人で担う者が、外部の者、すなわち同じ団体に属さない者から金銭を借りた場合、その債務は代表者のものである。貸付けを制限するのは人々自身の意向に任されているので、借入れを制限する文書は必要ない。もし代表者に、借りたものを構成員に支払わせる権限が文書によって与えられるなら、その結果、構成員に対する主権をもつことになる。それゆえ、その授与は、人間の本性にありがちな誤りから生じ、授与者の意志を示す十分なしるしではないものとして無効となるか、さもなければ、授与者がそれを確認するなら、代表者は主権者となって、もっぱら従属的な団体を扱う当面の問題の外に出る。したがって、こうして借りられた債務を払う義務を負う構成員は、代表者自身以外にはいない。貸し手は文書や団体の資格に通じていない外部の者なので、債務を引き受けた者だけを自分の債務者と理解する。そして代表者は自分自身しか拘束できないので、貸し手に対する債務者は代表者だけである。したがって代表者は、共有財産があればそこから、なければ自分の財産から支払わなければならない。

契約または罰金によって債務を負った場合も、同じである。

代表者が合議体である場合、同意した者だけが責任を負う

しかし、代表者が合議体であり、債務が外部の者に対するものである場合には、借入れ、債務を生じさせた契約、または罰金の原因となった行為に賛成票を投じた者の全員が、そしてその者だけが、その債務に責任を負う。各人は投票によって、支払いを自分で引き受けたからである。借入れの授権者は、債務の全額さえ支払う義務を負う。ただし、そのうち誰か一人が支払えば、その義務を免れる。

債務が合議体の構成員に対するものである場合、団体だけが義務を負う

しかし、その債務が合議体の一構成員に対するものであるなら、合議体だけが、共有財産があればそこから支払う義務を負う。その者には投票の自由があり、金銭を借りるべきだと投票すれば、支払うべきだとも投票したことになる。借りるべきでないと投票したり欠席したりしても、貸すこと自体が借入れへの投票となるので、先の投票に矛盾することをし、後の投票によって義務を負う。そして貸し手であると同時に借り手となるため、個々人の誰かからではなく、共有財産からしか支払いを要求できない。その共有財産で支払えなければ、救済の手段も、自分以外に不平をいう相手もない。合議体の行為と支払い能力を知り、強制されたわけでもないのに、自分の愚かさから金銭を貸したからである。

公的団体の決議に対する異議申立ては、時には合法だが、主権に対するものは決して合法ではない。

以上から、主権に従属する公的団体では、個人が代表合議体の決議に公然と異議を申し立て、自分の不同意を記録させ、あるいは証人を立てることが、合法であるだけでなく、有益でもある場合があることは明らかである。そうしなければ、他人が契約した債務を支払う義務や、他人が犯した犯罪の責任を負うことになりかねないからである。しかし主権をもつ合議体では、その自由は取り除かれる。そこで異議を申し立てる者は、その合議体の主権を否定するからであり、また、主権の命じることは何であれ、神の目にはつねにそうであるとは限らないにしても、臣民との関係ではその命令によって正当化されるからである。そうした命令は、すべての臣民が授権しているのである。

属州、植民地、または都市を統治するための公的団体

公的団体の種類は、ほとんど無限である。それらは、設けられる目的である諸事業の、言い表せないほどの多様さによって区別されるだけでなく、多くの制限を受ける時、場所、人数によっても区別される。その事業についていえば、あるものは統治のために設けられる。まず、属州の統治は、一つの合議体に委ねられ、すべての決定が過半数の投票に従うことがある。このとき、その合議体は公的団体であり、その権力は委任状によって制限される。属州〔province〕という語は、本来、ある仕事の担当者が、自分のために、自分のもとで処理させるよう、他の人に委ねる職務や事務の管理を意味する。それゆえ、一つの国家に、法律を異にし、あるいは場所が遠く隔たるいくつかの地域があり、統治の執行がそれぞれ別の者に委ねられるとき、主権者が居住せず、委任によって統治する地域は、属州と呼ばれる。しかし、属州内に居住する合議体によって属州を統治する例は少ない。多数の属州に主権をもっていたローマ人も、属州はつねに総督や法務官によって統治し、ローマ市やその周辺領域を統治したように、合議体によって統治することはなかった。同じく、イングランドからヴァージニアやサマーズ諸島へ開拓のための植民者が送られたとき、本国での統治はロンドンの合議体に委ねられていたが、その合議体は、現地の統治をさらに現地の合議体に委ねることはなく、各植民地へ一人の総督を派遣した。人は、自分の身体でその場にいられるところでは統治に参加したがるが、その場にいられないところでは、共通の利害の管理を、民衆的な形態よりも君主的な統治形態に委ねようとする傾向も、同じく自然にもつからである。このことは、大きな私有財産をもつ人々にも明らかに見られる。彼らは、自分に属する事業を管理する労をとりたくないとき、友人や使用人からなる合議体より、一人の使用人を信頼することを選ぶ。しかし、実際はどうであれ、属州または植民地の統治が合議体に委ねられていると仮定することはできる。その場合、ここで述べておくべきなのは次のことである。その合議体が契約した債務も、決議した違法な行為も、先に挙げた理由によって、同意した者だけの行為であり、反対した者や欠席した者の行為ではない。また、自分が統治する植民地の境界外に居住する合議体は、植民地そのものの外のいかなる場所でも、その植民地の人の身体や財産を、債務その他の義務を理由に差し押さえる権力を行使できない。他の場所では裁判権も権限ももたず、その土地の法律が認める救済手段によるほかないからである。また、合議体が、自分たちの定めた法を破る構成員に罰金を科す権利をもつとしても、植民地そのものの外でそれを執行する権利はもたない。属州または植民地の統治を行う合議体の権利についてここで述べたことは、都市、大学、学寮、教会の統治、その他人々に対するいかなる統治のための合議体にもあてはまる。

また一般に、すべての公的団体で、ある構成員が団体自体によって侵害されたと考える場合、その事件の審理は、主権者、および主権者がその種の事件の裁判官に定めた者、またはその特定の事件について定める者に属し、団体自体には属さない。この場合には団体全体も、その人と同じく臣民だからである。主権をもつ合議体では事情が違う。そこでは、主権者が、自分自身の事件であっても裁判官にならなければ、そもそも裁判官が存在しえないからである。

交易を整えるための公的団体

外国貿易をよく整えるための公的団体では、最も便利な代表者は、すべての構成員からなる合議体である。すなわち、金銭を出資する各人が、望めば団体のすべての審議と決定に出席できるような合議体である。これを証明するには、商人として、自分の判断で商品を売買し、輸出入できる人々が、それでも一つの法人に自分たちを結びつける目的を考えなければならない。確かに、国内で買った商品だけで輸出船一隻を満たし、あるいは外国で買った商品だけで帰国船一隻を満たせる商人は少ない。そのため、一つの組合に結びつき、各人が出資の割合に応じて利益を分けるか、または自分の商品を引き取り、輸出入する品を自分が適切と考える価格で売る必要がある。しかし、それは公的団体ではない。他のすべての臣民に共通する法以外の法に従わせる共通の代表者が存在しないからである。法人となる目的は、自分たちの利益を増すことである。それは、国内でも国外でも、独占して買い、独占して売る、という二つの方法によって行われる。したがって商人の会社に、法人または公的団体となることを認めるのは、二重の独占を認めることである。一つは唯一の買い手となること、もう一つは唯一の売り手となることである。ある特定の外国を相手とする会社が法人化されると、その国で売れる商品を輸出するのは、その会社だけになる。それは国内では買付けの独占、国外では販売の独占である。国内には買い手が一つしかなく、国外には売り手が一つしかいないからである。この両方が商人の利益になる。その結果、国内では安く買い、国外では高く売れるからである。また国外でも、外国商品の買い手が一つしかなく、国内でも、その売り手が一つしかいなくなる。この両方が、再び出資者の利益になる。

この二重の独占の一方は国内の人民に、もう一方は外国人に不利益を与える。国内では、輸出の独占によって人民の農産物や手工業品に好きな値をつけ、輸入の独占によって人民が必要とするすべての外国商品に好きな値をつける。そのどちらも人民にとって有害である。これに対し、国外で自国の商品を独占して売り、その場で外国商品を独占して買うことによって、前者の価格を上げ、後者の価格を下げ、外国人に不利益を与える。売り手が一つしかなければ商品は高くなり、買い手が一つしかなければ安くなるからである。したがって、こうした法人は独占にほかならない。ただし、外国の市場では一つの団体として結びつきながら、国内では各人が可能な価格で自由に売買できるのであれば、国家にとって大いに有益であろう。

さて、これら商人団体の目的は、団体全体の共通の利益ではなく、各出資者個人の利益である。この場合、船の建造、購入、食糧や乗組員の確保のために、個々の出資から差し引かれるもの以外には、共有財産は存在しない。それゆえ、各人が自分の財産の運用を知ること、つまりそれを管理する権力をもつ合議体の一員となり、その会計を知ることは、理にかなっている。したがって、そのような団体の代表者は、各構成員が望めば審議に出席できる合議体でなければならない。

商人の公的団体が、その代表合議体の行為によって外部の者への債務を負った場合、各構成員はそれぞれ単独で全額の責任を負う。外部の者は彼らの内部の法を考慮に入れることはできず、彼らを、それぞれが全額の支払いを負う個々人として考えるからである。一人による支払いが、残る全員を免責するまではそうである。しかし、その債務が会社の一員に対するものであるなら、その債権者は、全額について自分自身に対する債務者でもある。それゆえ、共有財産がある場合に、そこからだけ返済を要求できる。

国家が団体に租税を課すなら、それは会社への各人の出資に比例して、各構成員に課されると理解される。この場合、個々の出資からつくられるもの以外に、共有財産はないからである。

何らかの違法行為によって団体に罰金が科される場合、責任を負うのは、投票によってその行為を決議した者、または援助によってそれを実行させた者だけである。他の者には、その団体に属しているということ以外には、何の犯罪もないからである。そして、それが犯罪であるとしても、その団体は国家の権限によって設けられたのだから、その者の犯罪ではない。

構成員の一人が団体に債務を負っているなら、団体はその人を訴えることができる。しかし団体の権限で、その人の財産を取り上げたり、その人を投獄したりすることはできず、ただ国家の権限によってのみ、それをなしうる。自分たちの権限でそれを行えるとすれば、自分たちの権限で、その債務が支払われるべきだと判決できることになり、それは自分自身の事件の裁判官となるに等しいからである。

主権者に助言するための公的団体

人々の統治や交易のためにつくられるこれらの団体は、永久に存続するか、または文書によって定められた期間だけ存続する。しかし、期間が事業そのものの性質だけによって制限される団体もある。たとえば、主権をもつ君主や合議体が、臣民の状態と必要を知らせるため、良い法律をつくる相談をするため、あるいはその他の理由で、領域内の都市その他の各地域に対し、全国を代表する一つの人格として自分と協議する代議員を送るよう命じるのが適当だと考える場合である。その代議員たちは、集会の場所と時を指定されると、その場所、その時には、領域の各臣民を代表する公的団体となる。しかし、それは、主権の権限で彼らを招集した一人の人または合議体が提出する事柄についてだけである。これ以上彼らに提出し、審議させることはないと宣言されれば、その団体は解散する。もし彼らが人民の絶対的な代表者であるなら、それが主権をもつ合議体であることになり、同じ人民の上に、二つの主権的合議体または二人の主権者が存在することになる。それは人民の平和と両立しえない。したがって、ひとたび主権が存在するところでは、それによるほかには、人民の絶対的な代表は存在しえない。また、そのような団体が人民全体をどこまで代表するかという限界は、招集の文書に示される。人民は、主権者から自分たちへ宛てられた文書に表された意図以外の意図で、代議員を選ぶことはできないからである。

家族のような、正規で合法的な私的団体

正規で合法的な私的団体とは、他のすべての臣民に共通する法律以外には、勅許状その他の書面による授権なしに設けられるものである。それらは、一人の代表人格に統一されるので、正規とみなされる。父または主人が家全体を取り仕切る、すべての家族がその例である。父や主人は、法律の許す範囲では子供や使用人に義務を負わせるが、その範囲を超えることはない。法律が禁じる行為については、誰も服従する義務を負わないからである。他のあらゆる行為では、家内の統治のもとにあるあいだ、子供や使用人は、父や主人を直接の主権者として服従する。父と主人は、国家の設立以前には、それぞれの家族の絶対的な主権者であったので、その後も、国家の法律によって奪われる以上の権限を失うことはないからである。

正規だが違法な私的団体

正規だが違法な私的団体とは、公的な権限をまったくもたずに、一つの代表人格へと自らを統一するものである。物乞いや窃盗の稼業をいっそうよく整えるための、乞食、盗賊、ジプシーの団体や、外国の何者かからの権限によって、他者の領域内で結合し、教説をいっそう容易に広め、国家の権力に対抗する党派をつくる人々の団体がそうである。

私的同盟のような非正規の団体

非正規の団体は、その性質上、単なる同盟であり、時には、特定の企てのための結合でも相互の義務によるものでもなく、ただ意志や傾向が似ているために生じる、人々の集まりにすぎない。それらが合法か違法かは、その中の各人の企てが合法か違法かによる。そして各人の企ては、集まる機会や理由によって理解される。

臣民の同盟は、同盟が通常は相互の防衛のために結ばれるものであるため、国家においては、多くの場合、不必要であり、違法な企ての疑いを帯びる。国家そのものが、全臣民が共に結ぶ一つの同盟にほかならないからである。それゆえ、そうした同盟は違法であり、普通は党派や陰謀と呼ばれる。同盟は信約によって人々を結びつけるものなので、純粋な自然状態の場合のように、一人の人または合議体に履行を強制する権力が与えられないなら、不信の正当な理由が生じないあいだだけ有効である。それゆえ、すべてを畏怖させる人間の権力が上に設けられていない国家同士の同盟は、合法であるばかりでなく、続くあいだは有益でもある。しかし、同じ一つの国家の臣民同士の同盟は、各人が主権によって自分の権利を得られるので、平和と正義の維持には不必要であり、その企てが悪い場合や国家に知られていない場合には違法である。私人による力の結合はすべて、悪い意図によるなら不正であり、意図が不明なら公に危険であって、不正に隠されているからである。

秘密の徒党

主権が大きな合議体にあり、その一部の人々が、権限なしに別に相談して、残る者を思うように導こうと企てるなら、それは違法な党派または陰謀である。自分たち個人の利益のために、合議体を欺いて誘導することだからである。しかし、合議体で自分の私的利害について審議と裁定を受ける者が、できるだけ多くの味方をつくるのは、不正義ではない。この場合、その人は合議体の一員ではないからである。また、金銭でそのような味方を雇っても、それを禁ずる明示の法律がなければ、不正義ではない。人々の習わしからすれば、金銭なしには正義を得られないこともあり、各人は、審理と裁定を受けるまでは、自分の訴えを正しいと考えてよいからである。

私的な家族同士の争い

どの国家でも、私人が、財産の管理や使用人にさせる合法的な仕事に必要な数より多くの使用人を抱えるなら、それは党派であり、違法である。国家の保護を受けているのだから、私兵による防衛は必要ない。また、十分に文明化していない諸国では、いくつもの大家族が絶えず敵対し、私的な武力で互いに侵攻してきたが、彼らが不正を行っていたか、さもなければ国家をもたなかったか、そのどちらかであることは十分に明らかである。

統治をめぐる党派

そして血縁のための党派と同じく、教皇派、プロテスタントなどの、宗教の統治をめぐる党派や、古代ローマの貴族と平民、古代ギリシャの貴族政派と民主政派のような、国家の統治をめぐる党派も不正である。人民の平和と安全に反し、主権者の手から剣を取り去るものだからである。

人々の集合は非正規の団体であり、その合法性または違法性は、集まる機会や理由と、集まった者の数とによる。理由が合法的で明白であるなら、その集合は合法である。たとえば、通常の人数で、いつものように教会や公の見世物に集まる場合がそうである。人数が異常に多ければ、理由が明らかではなく、それゆえ自分がその中にいることについて個別の十分な説明ができない者は、違法で騒乱を起こす企てを承知していると判断されるべきだからである。千人が裁判官や行政官へ提出する請願に連名することは、合法でありうる。しかし、千人がそれを提出しに来るなら、騒乱的な集会である。その目的には一人か二人しか必要ないからである。ただし、こうした場合に集会を違法にするのは、ある一定の人数ではなく、その場の役人が抑え、裁きに付すことのできないほどの人数である。

ある人を告発する者たちが、通常でない人数でその人に対して集まるとき、その集会は違法な騒乱である。少数の者、または一人によって、告発を行政官へ届けられるからである。エフェソスでの聖パウロの場合がそうであった。デメトリオとその他大勢の者が、パウロの仲間二人を行政官の前へ連れて来て、声をそろえて「エフェソス人のディアナは偉大だ」といった。それが、自分たちの宗教と生業に反する教説を人民に教えた者に対し、裁きを要求する彼らのやり方であった。この集まりの理由は、その人民の法律に照らせば正当であったが、集会そのものは違法と判断され、行政官は次の言葉で彼らをとがめた。『使徒言行録』第十九章第四十節、「デメトリオと他の職人たちに、誰かを何事かで訴えることがあるなら、法廷も代官もいる。互いに訴え合えばよい。また、ほかに要求したいことがあるなら、合法的に招集された集会で裁くことができる。われわれは、今日の騒ぎについて反乱の罪に問われる危険がある。この人々の集合について、誰も説明できる理由がないからである」。ここで彼は、正当な説明のできない集会を反乱と呼び、彼らが責任を弁明できないものとしている。人々の団体と集会については、これだけ述べておこう。それらは、先にいったように、人体の同質的な部分に比べることができる。合法なものは筋肉に、違法なものは、悪い体液の不自然な集中から生じる瘤、腫れ物、膿瘍に比べられる。

第二十三章 主権の公的な職務担当者について

前章では、国家の同質的な部分について述べた。この章では、その器官をなす部分、すなわち公的な職務担当者について述べる。

公的な職務担当者とは誰か

公的な職務担当者とは、君主であれ合議体であれ、主権者によって何らかの事務に用いられ、その任務において国家の人格を代表する権限をもつ者である。主権をもつ一人の人または合議体は、二つの人格を代表する。あるいは、より普通のいい方をすれば、自然的な資格と政治的な資格という二つの資格をもつ。たとえば君主は、国家の人格だけでなく一人の人の人格をもち、主権をもつ合議体は、国家の人格だけでなく合議体の人格をもつ。それゆえ、彼らの自然的な資格に仕える使用人は、公的な職務担当者ではない。公の事務の執行において仕える者だけがそうである。したがって貴族制や民主制では、集まった人々の便宜を図ることだけを目的に合議体に仕える案内役、守衛、その他の役人は、公的な職務担当者ではない。また君主制では、君主の家政を担う執事、侍従、会計官、その他の役人も、公的な職務担当者ではない。

一般的な行政を担当する者

公的な職務担当者の中には、全領域またはその一部の一般的な行政を委ねられる者がある。全領域の場合には、幼王の先代が、幼王の未成年のあいだ、王国の行政のすべてを護国卿や摂政に委ねるような例がある。この場合、各臣民は、その者が定める条例と発する命令が王の名によるものであり、王の主権と矛盾しないかぎり、服従する義務を負う。一部または属州の場合には、君主または主権をもつ合議体が、総督、代理官、長官、副王などにその一般的な管理を与える例がある。この場合も、その属州の各人は、その者が主権者の名によって行い、主権者の権利と両立しえないものではないすべてのことに、服する義務を負う。こうした護国卿、副王、総督がもつ権利は、主権者の意志に依存するものだけだからである。また、彼らに与えうるいかなる委任状も、主権を移転するという目的を明白で明瞭な言葉で示していないかぎり、その意志の宣言と解釈することはできない。この種の公的な職務担当者は、自然の身体の各肢体を動かす神経や腱に似ている。

財政のような特別の行政を担当する者

他の者は、特別の行政、すなわち国内または国外での何らかの特定の事務を担当する。国内では、第一に国家の財政について、貢納、租税、地代、罰金、その他いかなる公収入であれ、国庫に関して、それらを徴収し、受領し、支出し、または会計を検査する権限をもつ者は、公的な職務担当者である。職務担当者なのは、代表人格に仕え、その命に反しても、その授権なしにも、何もできないからである。公的なのは、その政治的な資格において仕えるからである。

第二に、軍事について権限をもち、武器、要塞、港を管理し、兵士を募集し、給料を払い、指揮し、あるいは陸上や海上で戦争に必要なものを用意する者は、公的な職務担当者である。しかし、指揮権をもたない兵士は、国家のために戦っても、それによって国家の人格を代表するわけではない。その人が国家を代表して向き合う相手はいないからである。指揮権をもつ者は、自分が命令する相手に対してだけ、国家を代表するのである。

人民の教育を担当する者

主権に対する義務を人民に教え、またはそれを教える資格を他の者に与え、何が正しく何が不正かを教える権限をもつ者も、公的な職務担当者である。それによって人民を、いっそう敬虔に、互いに平和に暮らし、公の敵に抵抗するのに適した者にするのである。職務担当者なのは、自分自身の権限ではなく、他者の権限によってそれを行うからである。公的なのは、主権者の権限だけによってそれを行う、あるいは行うべきだからである。人民を教え導く権限を、神から直接にもつのは、君主または主権をもつ合議体だけである。主権者以外の誰も、単に「Dei Gratia〔神の恩恵によって〕」、つまり神以外の誰の恩恵にもよらず、自分の権力を受け取るのではない。他のすべての者は、神と主権者の恩恵と摂理によって受け取る。君主制でいえば、「Dei Gratia & Regis〔神と王の恩恵によって〕」、あるいは「Dei Providentia & Voluntate Regis〔神の摂理と王の意志によって〕」ということである。

裁判を担当する者

裁判権を与えられる者も、公的な職務担当者である。彼らは裁判の席では主権者の人格を代表し、その判決は主権者の判決だからである。すでに述べたように、すべての裁判権は本質上、主権に結びついている。したがって他のすべての裁判官は、主権をもつ一人または複数の者の職務担当者にすぎない。また、争点に事実の争いと法律の争いという二種類があるのと同じく、判断にも、事実についての判断と法律についての判断がある。したがって同じ争いに、事実を判断する者と法律を判断する者という二人の裁判官がいてもよい。

また、このどちらの争いでも、裁かれる当事者と裁判官との間に争いが生じることがある。両者とも主権者の臣民であるので、公平に従えば、双方の同意によって合意された者によって裁かれるべきである。誰も自分自身の事件の裁判官にはなれないからである。しかし、主権者は両者がすでに裁判官として合意した者なので、自ら事件を審理して決定するか、両者が合意する者を裁判官に任命するか、そのどちらかをすべきである。この両者の合意は、いくつかの仕方で成立したと理解される。第一に、被告が、裁判官たちのうち、その利害ゆえに疑わしく思う者を忌避することを許されるなら、忌避しない者は、被告自身が合意した裁判官である。原告のほうは、すでに自分の裁判官を選んでいる。第二に、他の裁判官へ上訴したなら、それ以上は上訴できない。上訴は、自分で選ぶことだからである。第三に、主権者自身へ上訴し、主権者が自ら、または当事者の合意する代理人によって判決を下したなら、その判決は最終的なものである。被告は、自分自身の裁判官によって、つまり自分自身によって裁かれるからである。

正しく理にかなった裁判のこれらの性質を考えると、私は、イングランドで通常訴訟と公的訴訟のために設けられた裁判所の、優れた仕組みに触れずにはいられない。通常訴訟とは、原告も被告も臣民であるものをいい、公的訴訟とは、王権訴訟とも呼ばれる、主権者が原告であるものをいう。人々には貴族と平民という二つの身分があったので、貴族には、すべての死刑に関わる犯罪について、貴族以外の者を裁判官とせず、そのうち出席を望むすべての者に裁かれる特権があった。これはつねに恩典としての特権だと認められていたので、その裁判官は、彼ら自身が望んだ者だけであった。また、すべての争いにおいて、各臣民は――民事上の争いでは貴族も――、争われる事柄の生じた地方の人々を裁判官とした。それらの人々に異議を申し立てることができ、最後に異議のない十二人について合意すると、その十二人によって裁かれた。このように、自分自身の裁判官をもつ以上、当事者には、なぜ判決を最終的なものとすべきでないのかについて、申し立てられることは何もなかった。主権から授けられた権限によって、人民を教え、または裁くこれらの公的な人格は、国家の構成部分であって、自然の身体の発声器官に適切に比べることができる。

執行を担当する者

下された判決の執行を確保し、主権者の命令を公布し、騒乱を抑え、犯罪者を逮捕して投獄するなど、平和の維持に向けた行為を行う権限を主権者からもつすべての者も、公的な職務担当者である。その権限によって行う個々の行為は国家の行為であり、その働きは自然の身体における手の働きに対応する。

国外での公的な職務担当者とは、外国の国家に対して、自国の主権者の人格を代表する者である。公の権限により、公の事務のために派遣される大使、使者、代理人、伝令官がそれである。

しかし、混乱した国家の中の何らかの私的党派の権限だけで派遣される者は、受け入れられたとしても、その国家の公的な職務担当者でも私的な職務担当者でもない。その行為のどれについても、国家は授権者ではないからである。同じく、君主から祝意や弔意を伝えるため、または式典へ参列するために派遣される大使は、権限が公的であっても、用務が私的で、その君主の自然的な資格に属するため、私的な人格である。また、他国の計画と実力を秘密裏に探るために派遣される者は、権限も用務も公的であるにしても、その人のうちに、自分自身以外の人格を認める者がいないため、私的な職務担当者にすぎない。それでも国家の職務担当者ではあり、自然の身体の目に比べることができる。そして、人民の請願やその他の報告を受け取るよう任じられ、いわば公の耳となる者は、公的な職務担当者であり、その職務において主権者を代表する。

助言以外の任務をもたない顧問は、公的な職務担当者ではない

顧問も国務会議も、裁判や命令の権限をもたず、ただ主権者から求められたとき助言し、または求められなくても助言を申し出るものとして考えるなら、公的な人格ではない。助言は主権者だけに向けられるが、主権者自身の面前で、他人が主権者に対してその人格を代表することはできないからである。しかし、顧問たちの団体は、裁判または直接の行政に関する何らかの別の権限をつねにもっている。たとえば君主制では、公的な職務担当者に君主の命令を伝える際に、君主を代表する。民主制では、評議会または元老院は、審議の結果を人民に提案するときには顧問として行動するが、裁判官を任命し、事件を審理し、大使に謁見を許すときには、人民の職務担当者の資格で行動する。また貴族制では、国務会議は主権をもつ合議体そのものであり、自分たち自身以外の誰にも助言しない。

第二十四章 国家の栄養と生殖について

国家の養分は、海と陸の産物に存する

国家の栄養は、生命に役立つ物資が豊富であることと、その分配、それらの消化すなわち調製、そして消化された後に、適切な導管によって公の用途へ運ばれることに存する。

物資の豊富さについていえば、それは自然によって限られている。すなわち、われわれ共通の母の二つの乳房である陸と海から、神が通常、人類に無償で与えるか、または労働と引き換えに売り渡す産物に限られる。

この養分の素材は動物、植物、鉱物からなり、神はそれらを地表またはその近くに、無償でわれわれの前に置いた。したがって、それを手に入れる労働と勤勉以外には、何も必要ない。それゆえ豊富さは、神の恩恵に次いでは、もっぱら人々の労働と勤勉に依存する。

普通、商品と呼ばれるこの物資は、一部は国産で、一部は外国産である。国産とは国家の領域内で得られるもの、外国産とは外から輸入されるものである。一つの国家の支配下にある領域で、全体を維持し活動させるのに必要なものをすべて産出するところは、その領域がきわめて広大でなければ存在しない。また、何らかのものを必要以上に産出しないところも少ない。それゆえ、国内で得られる余分な商品は、交換、正当な戦争、または労働によって国外で得られるものを輸入し、国内の不足を補うので、もはや余分なものではなくなる。人の労働も、他のどんなものとも同じく、利益と交換できる商品だからである。また、住むのに必要なだけの領域しかもたない国家もあったが、それでも、一部には場所から場所への交易の労働によって、一部には他所から材料を輸入した製品を売ることによって、自らの力を維持しただけでなく、増大させもした。

また、それらを分配する権利に存する

この養分となる物資の分配とは、私のもの、あなたのもの、彼のものを定めること、すなわち一語でいえば所有権を設けることであり、あらゆる種類の国家で主権に属する。国家のないところでは、すでに示したように、各人が隣人に対して絶えず戦争を行う。それゆえ、あらゆるものは、それを手に入れ、実力で保持する者のものとなる。それは所有でも共有でもなく、不確定である。このことはあまりに明白なので、自由の熱烈な擁護者であるキケロでさえ、公の弁論で、すべての所有権を市民法に帰している。「市民法がひとたび放棄され、あるいは、踏みにじられるとはいわないまでも、守り方がおろそかにされただけで、人は誰一人、祖先から何かを確実に受け継ぎ、子供たちに何かを確実に残すことができなくなる」と彼はいう。また、「市民法を取り去れば、何が自分のもので、何が他人のものか、誰にもわからなくなる」ともいう。したがって、所有権の導入は国家の作用であり、国家は自らを代表する人格を通じてしか何もなしえないのだから、それは主権者だけの行為であり、主権をもたない者には制定できない法律に存する。われわれが法と呼ぶものを「ノモス」、すなわち分配と呼び、正義を各人にその人のものを分配することと定義した古代の人々も、このことをよく知っていた。

土地のすべての私有財産は、もともと主権者の裁量による分配から生じる

この分配において、第一の法律は土地そのものの分割に関するものである。そこで主権者は、各臣民やその何人かがどう判断するかではなく、自分が公平と共通善にかなうと判断するところに従って、各人に一つの割当てを与える。イスラエルの子らは、荒野にいるときから国家であったが、約束の地の主人となるまでは、大地の産物を欠いていた。その土地は後に、自分たちの判断によってではなく、祭司エルアザルと将軍ヨシュアの判断によって分割された。十二の部族があったところ、彼らはヨセフの部族を分けて十三としたが、土地の区分は十二のままとし、レビの部族には土地を与えず、全収穫の十分の一を割り当てた。それゆえ、この分配は裁量によるものであった。また、戦争によって土地を獲得した人民が、ユダヤ人のようにつねに旧住民を絶滅させるわけではなく、その多く、または大部分、あるいはすべてに財産を残すとしても、彼らがその後それを保持するのは、勝者の分配によるものとしてであることは明白である。イングランドの人民が、そのすべての土地を征服王ウィリアムから保持したのと同じである。

臣民の所有権は、他の臣民の支配を排除するだけで、主権者の支配を排除しない

ここから、臣民がその土地にもつ所有権は、他のすべての臣民をその使用から排除する権利に存し、合議体であれ君主であれ、主権者を排除する権利ではない、と結論できる。主権者、すなわちその人格が代表される国家は、共通の平和と安全のためにしか何もしないと理解されるので、この土地の分配も同じ目的のためになされたと理解されるべきだからである。したがって、その目的を損なういかなる分配も、自分の平和と安全を主権者の判断と良心に委ねた各臣民の意志に反し、それゆえ各人の意志によって無効とみなされるべきである。確かに、主権をもつ君主や主権的合議体の過半数が、情念に駆られて、自分たち自身の良心に反する多くのことを命じる場合がある。それは信頼への違反であり、自然法への違反である。しかし、それだけで、臣民の誰かが主権者に戦争をしかけたり、不正義を告発したり、いかなる形であれ悪くいったりする権限を得ることはない。彼らは主権者のすべての行為を授権し、主権を与える際に、それらを自分たち自身の行為としたからである。しかし、主権者の命令がどの場合に公平と自然法に反するかは、後に別の箇所で考えなければならない。

公の財政を定量に制限すべきではない

土地の分配に際して、国家自体にも一つの割当てを与え、代表者を通じてそれを所有し、改良させること、そしてその割当てを、共通の平和と防衛に必要なすべての費用を賄うのに十分なものにすることが、考えられるかもしれない。人間の情念や弱さを免れた代表者を考えられるなら、それはまったく正しいだろう。しかし人間の本性が現にそうである以上、公有地その他の一定の収入を国家のために取り分けることは無益である。そして主権が、金銭にあまりに無頓着であったり、公の資産を長期の戦争や費用のかさむ戦争につぎ込む危険をあまりに冒したりする君主や合議体の手に落ちるやいなや、それは統治の解体と、純粋な自然状態および戦争状態とに向かう。国家は、食事の定量制限のようなものには耐えられない。その支出は、自分自身の欲求によってではなく、外からの出来事と近隣諸国の欲求によって定められるので、公の富に設けられる限界は、起こってくる事態の必要とする限界以外にはありえないからである。イングランドでは、征服王が、娯楽や森林の保全のための森林や狩猟地とは別に、さまざまな土地を自分の用に留保し、臣民に与えた土地にもさまざまな奉仕義務を留保した。それでも、それらは彼の公的な資格を維持するためではなく、自然的な資格を維持するために留保されたと思われる。彼も後継者たちも、それにもかかわらず、必要と判断すれば、すべての臣民の土地に裁量による租税を課したからである。あるいは、そうした公有地と奉仕義務が、国家を十分に維持するものとして定められたのだとすれば、それは設立の目的に反していた。後に課された租税が示すように不十分であり、近年の少額な王室収入が示すように、譲渡と減少を免れなかったからである。したがって、国家に一つの割当てを与えるのは無益である。国家はそれを売ったり贈ったりできるし、代表者がそうするときには、現に国家が売り、贈っているからである。

交易の場所と品目も、その分配と同じく、主権者に依存する

国内の土地の分配と同じく、臣民が国外で、どの場所でどの商品を交易すべきかを指定することも、主権者に属する。もしそれが私人の裁量に属するなら、ある者は利益に誘われ、敵に国家を害する手段を供給し、また、人々の欲求を喜ばせるが有害で、少なくとも有益ではないものを輸入して、自ら国家を害するだろう。それゆえ、外国貿易の場所と品目の両方を認め、または認めないことは、国家、すなわち主権者だけに属する。

所有権を移転する法律も主権者に属する

さらに、国家の維持のためには、各人が土地の一区画やいくらかの商品に所有権をもち、あるいは何らかの有用な技術を、自然に自分に属するものとしてもつだけでは十分でない。そして世の中のどの技術も、ほとんどすべての個人の生存またはよい生活のために必要である。それゆえ人々は、自分に余分なものを分配し、交換と相互の契約によって、その所有権を互いに移転しなければならない。したがって、売買、交換、貸借、賃貸借など、臣民間のあらゆる種類の契約をどのような仕方で結ぶべきか、どの言葉やしるしによって有効と理解すべきかを定めることは、国家、すなわち主権者に属する。国家の各構成員に与えられる養分の素材と分配については、本書全体の構想からして、これだけで十分である。

貨幣は国家の血液である

消化とは、すぐには消費されず、将来の養分のために蓄えられるすべての商品を、同じ価値をもち、しかも、人が場所から場所へ移動するのを妨げないほど持ち運びやすい何かへと変えることを意味する。その目的は、人がどの場所でも、その土地で得られる養分を得られるようにすることである。そして、その何かとは、金、銀、貨幣にほかならない。金と銀は、実際、世界のほとんどすべての国で高く評価されているので、国々の間で他のあらゆるものの価値を測る便利な尺度である。また、貨幣は、国家の主権者がどの素材で鋳造したものであれ、その国家の臣民間では、他のあらゆるものの価値を測る十分な尺度である。この尺度によって、動産であれ不動産であれ、あらゆる商品が、普段の居住地の内外を問わず、人の赴くあらゆる場所へ伴っていくものとなる。そしてそれは国家の中で人から人へ移り、あまねく巡って、通過するあいだに各部分を養う。それゆえ、この消化は、いわば国家における血液の生成である。自然の血液も同じように、大地の産物からつくられ、循環しながら、人体の各肢体をその途上で養うからである。

また、銀と金は素材そのものから価値を得るので、第一に、一つまたは少数の国家の権力によって価値を変えられないという特性をもつ。あらゆる土地の商品の共通の尺度だからである。しかし、素材の価値が低い貨幣は、容易に価値を上げ下げできる。第二に、金銀には、必要なとき、国家を動かし、その腕を外国へ伸ばせるようにする特性がある。それによって、旅行する私人たる臣民だけでなく、軍隊全体にも物資を供給できる。しかし、その素材によってではなく、その土地の刻印によって価値をもつ貨幣は、空気の変化に耐えられないため、国内でしか効力をもたない。国内でも法律の変更を免れず、それによって価値が減らされ、多くの場合、所持者に損害を与える。

公の用途に貨幣を運ぶ導管と経路

貨幣が公の用途へ運ばれる導管と経路には二種類ある。一つは公の金庫へ運ぶものであり、もう一つは公の支払いのために、そこから再び出すものである。第一の種類には、徴収官、収納官、出納官がある。第二の種類には、再び出納官と、さまざまな公的または私的な職務担当者への支払いを任じられる役人がある。この点でも、人工的人間は自然的人間との類似を保っている。自然の身体では、静脈が身体の各部から血を受け取って心臓へ運び、そこで血が生命を与えるものとなると、心臓は動脈を通して再びそれを送り出し、すべての肢体に活力を与え、動けるようにするのである。

国家の子供は植民地である

国家の生殖によって生まれるもの、すなわちその子供とは、われわれが植民地と呼ぶものである。それは、一人の指導者または総督のもとに国家から送り出され、もともと住民がいなかったか、その時に戦争で無人にされた外国の土地に住む、多数の人々である。植民地が成立すると、それは、古代の多くの国家がそうしたように、自分たちを送った主権者への服従を免れて、それ自体が国家となるか、あるいは母国と結びついたままにとどまる。前の場合には、出てきた国家はメトロポリス、すなわち母国と呼ばれ、父親が子供を解放して家内の統治から自由にするときに求める以上のもの、つまり敬意と友好以上のものを、植民地に求めない。後の場合には、ローマ人民の植民地がそうであったように、植民地はそれ自体で国家ではなく、それを送った国家の属州であり、一部分である。したがって植民地の権利は、母国への敬意と母国との同盟を除けば、主権者が植民を授権した許可または文書に、全面的に依存する。

第二十五章 助言について

助言とは何か

日常の一定しない言葉遣いによって物事の性質を判断することが、いかに誤りやすいかは、助言と命令の混同に最もよく現れている。この混同は、どちらも命令形の話し方を用いることから生じ、そのほかにも多くの場面で生じる。「これをしなさい」という言葉は、命令する者だけでなく、助言する者や勧める者の言葉でもある。それでも、これらが大きく異なることを見抜けない者や、誰が、誰に向かって、どのような機会に話しているかがわかれば、それらを区別できない者は、ほとんどいない。しかし、人々は著作の中でこのような表現に出会うと、事情を考えることができず、あるいは考えようとしないため、自分が導きたい結論や認めたい行為に最もよく合うように、助言者の教えを命令者の命令と取り違え、あるいは逆に取り違える。こうした誤りを避け、命令、助言、勧奨という語に、それぞれ固有で区別された意味を与えるため、私は次のように定義する。

命令と助言の相違

命令とは、「これをせよ」または「これをするな」といい、それをいう者の意志以外には、理由が示されることを期待させない場合である。ここから、命令する者は、それによって自分自身の利益を求めることが明らかに帰結する。その命令の理由は自分自身の意志だけであり、各人の意志に固有の対象は、自分にとっての何らかの善だからである。

助言とは、「これをせよ」または「これをするな」といい、その理由を、それによって話し相手にもたらされる利益から導く場合である。ここから、助言を与える者は、内心で何を意図していようとも、助言を受ける者の善だけを掲げることが明白である。

それゆえ、助言と命令の大きな相違の一つは、命令が自分自身の利益に向けられ、助言が他人の利益に向けられることである。ここから、もう一つの相違が生じる。人は、服従を信約した場合のように、命じられたことをする義務を負いうる。しかし、助言されたとおりにする義務は負いえない。従わないことの害は、その人自身のものだからである。もし従うことを信約するなら、その助言は命令の性質へと変わる。第三の相違は、誰も、他人の助言者になる権利を主張できないことである。助言者は、それによって自分に利益があると主張するべきではない。他人に助言する権利を要求するのは、その人の計画を知りたい、あるいは自分に何か他の善を得たいという意志を示す。先に述べたように、そうした善は、あらゆる人の意志に固有の対象なのである。

助言の性質には、次のことも伴う。どのような助言であっても、それを求めた者は、公平に従うなら、それを告発したり罰したりできない。他人に助言を求めるのは、その人が最善と考える助言を与えることを許すことだからである。したがって、君主であれ合議体であれ、主権者から求められて助言をする者は、その助言が審議中の議題に関するものであるかぎり、多数者の意見に合っていようといまいと、公平に従うなら、それによって罰せられえない。審議が終わる前に合議体の意向がわかるなら、もはや助言を求めたり受けたりすべきではないからである。合議体の意向とは、審議の決定であり、あらゆる熟慮の終わりなのである。一般に、助言を要求する者はその授権者であり、それゆえ罰することができない。そして主権者にもできないことを、他の誰もできない。しかし、ある臣民が別の臣民に、法律に反することをするよう助言する場合、その助言が悪意から出たものであれ、単に無知から出たものであれ、国家によって罰せられうる。各人が自分の従うべき法律を知る義務を負うところでは、法律を知らなかったというのは、有効な弁明にならないからである。

勧奨と制止とは何か

勧奨と制止とは、助言する者の側に、それに従わせたいという激しい欲求のしるしを伴う助言である。より簡潔にいえば、強く押しつけられる助言である。勧奨する者は、自分がするよう勧めることの帰結を導き出して、厳密な正しい推論に自分を縛るのではなく、助言を受ける者を行為へと励ます。制止する者が、その行為から遠ざけるのも同じである。それゆえ彼らは、語る際に理由を導くにあたって、人々に共通する情念や意見に配慮し、直喩、隠喩、実例、その他の弁論術の道具を用いて、その勧めに従うことの有益さ、名誉、正しさを聴衆に信じさせようとする。

ここから、第一に、勧奨と制止は、助言を求める者ではなく、それを与える者の善に向けられる、と推論できる。これは助言者の義務に反する。助言者は、助言の定義により、自分自身の利益ではなく、助言する相手の利益を顧みるべきだからである。助言を自分の利益に向けていることは、長々と激しく迫ることや、技巧を凝らして与えることから、十分に明らかである。それは求められていないので、自分自身の事情から生じ、主として自分の利益に向けられるのであって、助言される者の善に向けられるのは、せいぜい偶然にすぎないか、まったくそうではない。

第二に、勧奨と制止が役立つのは、多数の人に話しかける場合だけである。話が一人に向けられるとき、その人は話を遮り、多数者の中でするよりも厳密に理由を吟味できるからである。多数者は、全員へ一斉に語りかける者と議論や対話をするには、人数が多すぎる。第三に、助言を求められているのに勧奨や制止をする者は、堕落した助言者であり、いわば自分の利害によって買収されている。どれほどよい助言を与えても、その人がよい助言者であるわけではない。報酬と引き換えに正しい判決を下す者が、正しい裁判官ではないのと同じである。しかし、家族の父親や軍隊の指揮官のように、合法的に命令できるところでは、その勧奨や制止は、合法であるだけでなく、必要であり、称賛に値する。ただし、その場合には、もはや助言ではなく命令である。それがつらい労働を行わせるためである場合、時には必要が、そしてつねに人間らしい思いやりが、厳しい命令の言葉よりも、励ましや、助言の調子と言葉遣いによって、伝え方を和らげるよう求める。

命令と助言の相違の例は、聖書の中でそれらを表す言葉遣いから取ることができる。「私のほかに神々をもってはならない。自分のために彫像をつくってはならない。神の名をみだりに唱えてはならない。安息日を聖なるものとせよ。両親を敬え。殺してはならない。盗んではならない」などは、命令である。従うべき理由が、われわれの王であり、われわれが服従する義務を負う神の意志から導かれるからである。しかし、「もっているものをすべて売り、貧しい人々に与え、私に従いなさい」という言葉は助言である。そうすべき理由が、われわれ自身の利益、すなわち「天に宝」をもつようになることから導かれるからである。「向こうの村へ行きなさい。つながれた雌のろばとその子が見つかるだろう。それを解いて、私のところへ連れて来なさい」という言葉は命令である。その行為の理由が、主人の意志から導かれるからである。しかし、「悔い改め、イエスの名によって洗礼を受けなさい」という言葉は助言である。そうすべき理由は、われわれがどのように反逆してもなお王であり続ける全能の神の利益ではなく、われわれ自身の利益に向けられているからである。われわれには、罪のために頭上に迫っている罰を避ける、ほかの手段はない。

適任の助言者と不適任の助言者の相違

いま、助言と命令の相違を、助言の性質から導き出した。助言とは、提案する行為の必然的または蓋然的な帰結から、助言を受ける者に生じうる利益や害を導き出すことであった。同じ性質から、適任と不適任の助言者の相違も導き出せる。経験とは、以前に観察した似た行為の帰結の記憶にすぎず、助言とは、その経験を他人に知らせる言葉にすぎない。それゆえ、助言の長所と欠点は、知的な長所と欠点と同じである。国家の人格にとって、助言者は記憶と思考の展開の役割を果たす。しかし、国家と自然的人間のこの類似には、重大な一つの相違が伴う。自然的人間は、感覚の自然的な対象から経験を得る。それらの対象は、自分自身の情念や利害をもたずに、その人へ作用する。それに対し、国家の代表人格に助言する者は、個人的な目的や情念をもちうるし、しばしば現にもっている。それによって、彼らの助言はつねに疑わしくなり、多くの場合、不誠実となる。それゆえ、よい助言者の第一の条件として、自分の目的と利害が、助言する相手の目的と利害と両立しえないものであってはならない、と定めることができる。

第二に、行為が熟慮の対象になるとき、助言者の仕事は、その帰結を明らかにし、助言を受ける者が真実を明白に知れるようにすることである。それゆえ、真実を最も明白に示す言葉の形で、助言を提出すべきである。すなわち、明白さを損なわないかぎり、できるだけ確かな推論、意味の明瞭で適切な言葉、簡潔な表現を用いるべきである。したがって、性急で明白でない推論、たとえば実例や書物の権威だけに基づくもの――それらは何が善か悪かの論証ではなく、事実や意見の証言にすぎない――、不明瞭で混乱した曖昧な表現、また情念をかき立てるあらゆる比喩的な言い方は、助言者の仕事に反する。そのような推論や表現が役立つのは、助言を受ける者を欺き、その人自身の目的とは別の目的へ導くことだけだからである。

第三に、助言の能力は経験と長い研究から生じる。そして、大国家の行政に必要なすべての事柄について経験をもつと推定される者はいない。それゆえ、ある仕事によく携わってきただけでなく、それについて深く思い巡らし、考察してきたのでなければ、その仕事のよい助言者だと推定されることはない。国家の仕事は、国内で人民を平和に保ち、外国の侵入から守ることなので、それには、人間の性向、統治の権利、公平、法、正義、名誉の性質についての、研究なしには得られない大きな知識が必要である。また、自国と隣国の実力、産物、土地、および、何らかの仕方で害を与えうるすべての国の傾向と計画についての知識も必要である。これは多くの経験なしには得られない。これらの事柄は、全体を合わせてだけでなく、その一つ一つが、年長で、普通以上に研究してきた人の年季と観察を必要とする。先に第八章で述べたように、助言に必要な才知は判断力である。この点での人々の相違は、ある者はある種類の研究や仕事に、他の者は別の種類に向けられるという、教育の相違から生じる。何事かをなすのに確実な規則がある場合、たとえば機械や建築物に幾何学の規則がある場合には、世の中のあらゆる経験を集めても、その規則を学び、または発見した者の助言には及ばない。そうした規則がない場合には、その特定の種類の仕事について最も経験をもつ者が、それについて最良の判断力をもち、最良の助言者である。

第四に、他の国家に関係する事柄について国家に助言できるためには、その国から来る情報や書簡、および両国間の条約その他の国務上の取引のすべての記録を知る必要がある。それができるのは、代表者が適当と考える者だけである。ここから、助言に招かれていない者は、そのような場合に押しつけるべきよい助言をもちえないことがわかる。

第五に、助言者の数が同じであるとすれば、合議体の中で聞くよりも、一人ずつ別々に聞くほうが、よりよい助言を受けられる。その理由は多い。第一に、別々に聞けば各人の助言が得られるが、合議体では、多くの者が賛否の声や手足によって助言を示す際、自分自身の判断ではなく、他人の雄弁に動かされる。あるいは、反対してすでに発言した者や合議体全体の機嫌を損ねることを恐れたり、反対意見に賛同した人々よりも理解が鈍いと思われることを恐れたりする。第二に、多数者の合議体には、公の利害に反する利害をもつ者が必ずいる。その利害が情念を激しくし、情念が雄弁を生み、雄弁が他の者を同じ意見へ引き込む。人々の情念は、離れていれば一本の薪の熱のように穏やかだが、合議体では、多くの薪が互いに燃え上がらせるようになり、とりわけ弁論で互いをあおると、国家に助言するという口実のもとで国家を燃やしてしまうからである。第三に、一人ずつ別々に聞けば、必要なとき、たびたび話を遮り、異議を述べることで、その理由と助言の根拠の真実性や蓋然性を吟味できる。合議体ではそれができない。難しい問題ではいつも、人は自分がとるべき道を教えられるよりも、さまざまな論議に圧倒され、目をくらまされるからである。さらに、助言のために大勢を集めた合議体には、雄弁で政治にも通じていると思われたいという野心をもつ者が必ずいる。彼らは提案された仕事を気にかけてではなく、著者たちのさまざまな色の糸や切れ端を継ぎ合わせた、まだらな弁論への喝采を気にかけて助言する。これは、少なくとも、真剣な協議の時間を奪う場違いなことであり、一人ずつ密かに助言を聞くやり方なら容易に避けられる。第四に、公の事務でしばしば必要となる、秘密にすべき熟慮では、多数者、とりわけ合議体による助言は危険である。それゆえ大きな合議体は、そうした事務を、最も経験に富み、その誠実さを最も信頼する少数の人々に委ねざるをえない。

最後に、助言者の大きな合議体から助言を受けることをそれほど高く評価し、自分の子供の結婚、土地の処分、家の統治、私有財産の管理を問題にするとき、その労を願い、あるいは受け入れる人がいるだろうか。とりわけ、その中に自分の繁栄を望まない者がいる場合にはどうか。多くの思慮ある助言者の助けを借り、各人の専門分野で一人ずつ相談しながら仕事を行う人は、最もうまく行う。テニスで、有能な補助者を適切な位置に置いて使う人と同じである。次によく行うのは、自分自身の判断だけを使う人であり、補助者をまったくもたない人に似ている。しかし、過半数の意見の一致によってしか動けず、その実行も、反対する側によって、普通は嫉妬や利害から遅らされるような、一つに組織された評議会に仕事の行方を任せる人は、最もまずく行う。それは、有能な選手たちによってであっても、それ自体が重い一輪車その他の枠組みに乗せられて球へ運ばれる人のようなものである。それを押す者たちの判断と努力が一致しないため、さらに遅くなり、手をかける人が多ければ多いほど、いっそう遅くなる。そして、その中に一人でも何人かでも、その人が負けることを望む者がいれば、最もひどくなる。多くの目が一つの目より多くを見るのは確かだが、それは、多数の助言者がいるというだけで成り立つのではなく、最終の決定が一人にある場合にだけ理解されるべきである。そうでなければ、多くの目は同じものを違う方向から見、私益へと斜めに向きやすい。それゆえ、的を外したくない者は、二つの目で辺りを見ても、狙いを定めるのは必ず一つの目である。したがって、大きな民衆国家が維持されたのは、彼らを結束させる外国の敵によるか、内部のある卓越した一人の名声によるか、少数者の秘密の助言によるか、同じ強さの党派が互いを恐れることによるか、そのいずれかであって、合議体の公然たる協議によるのではなかった。また、ごく小さい国家については、民衆政であれ君主政であれ、強力な隣国同士の牽制が続くあいだを超えて、それを維持できる人間の知恵はない。

第二十六章 市民法について

市民法とは何か

市民法とは、人々が、あれやこれの特定の国家ではなく、ともかく国家の構成員であるがゆえに守る義務を負う法律を意味する。個々の法律の知識は、それぞれの国の法律の研究を専門とする者に属するが、市民法一般の知識は、どの人にも属するからである。ローマの古い法は、国家を意味するキウィタスという語から、市民法と呼ばれた。また、かつてローマ帝国のもとにあってその法によって統治され、今もそのうち適切と思う部分を保持している国々は、その部分を、自国の他の市民法から区別して市民法と呼ぶ。しかし、ここで私が述べようとするのはそれではない。私の目的は、どこかで何が法であるかを示すことではなく、法とは何かを示すことだからである。プラトン、アリストテレス、キケロ、その他さまざまな人々も、法律研究を専門とすることなく、それを行った。

まず、法一般が助言ではなく命令であることは明白である。また、誰から誰への命令でもよいのではなく、命令する者に従う義務をすでに負う者へ向けられた、その者の命令だけである。市民法というとき、付け加えられるのは、命令する人格の名だけである。それは「ペルソナ・キウィタティス」、すなわち国家の人格である。

これを考慮して、私は市民法を次のように定義する。「市民法とは、各臣民にとって、何が正しく何が不正か、すなわち何が規則に反し、何が反しないかを区別するために用いるよう、国家が言葉、文書、その他その意志を十分に示すしるしによって、その臣民に命じた規則である」。

この定義のうち、一見して明白でないものは何もない。ある法律は全臣民一般に向けられ、ある法律は特定の属州に、ある法律は特定の職業に、ある法律は特定の人に向けられることは、誰にもわかる。したがって、それらは命令が向けられる各人にとって法であり、それ以外の者には法ではない。また、法律は、正しいか不正かを定める規則であり、何らかの法律に反するのでなければ、不正とはみなされない。同じく、われわれが服従するのは国家だけなので、国家以外の誰も法律を制定できない。また、命令は十分なしるしによって表示されなければならない。そうでなければ、人はどう従うべきかわからないからである。したがって、この定義から必然の帰結として導けることは何であれ、真実として認められるべきである。さて、私はそこから次のことを導き出す。

主権者が立法者である

一、すべての国家で、立法者は主権者だけである。それが君主制のように一人の人であれ、民主制や貴族制のように人々の合議体であれ、同じである。立法者とは、法をつくる者だからである。そして、われわれが法と呼ぶ規則を定め、その遵守を命じるのは国家だけである。したがって国家が立法者である。しかし国家は、代表者、すなわち主権者によらなければ、一つの人格でもなく、何事かをなす能力ももたない。それゆえ、主権者が唯一の立法者である。同じ理由で、制定された法律を廃止できるのも主権者だけである。法律は、その執行を禁じる別の法律によってしか廃止されないからである。

また、市民法には服さない

二、国家の主権者は、合議体であれ一人の人であれ、市民法に服さない。法律を制定し、廃止する権力をもつので、自分を煩わせる法律を廃止し、新しい法律をつくることによって、望むときにはいつでも、その服従から自らを解放できるからである。したがって、以前から自由だったのである。望めば自由になれる者は、自由だからである。また、いかなる人格も、自分自身に義務を負うことはできない。義務を課せる者は、それを免じることもできるからである。したがって、自分だけに義務を負う者は、義務を負わない。

慣行が法となるのは、時の力によってではなく、主権者の同意によってである

三、長い慣行が法律としての効力を得るとき、その効力を生むのは時の長さではなく、主権者の沈黙によって示される意志である。沈黙は、時には同意の証拠となるからである。そして、それが法であるのは、主権者がそれについて沈黙しているあいだだけである。したがって、主権者の現在の意志ではなく、以前に制定された法律に基づく権利の争いが主権者に生じても、時の長さによってその権利が損なわれることはなく、その争いは公平によって裁かれるべきである。不正な行為や不正な判決の多くは、誰の記憶にも及ばないほど長いあいだ、抑えられずに続いているからである。また、われわれの法律家は、理にかなう慣習以外を法とはみなさず、悪い慣習は廃止されるべきだとする。しかし、何が理にかない、何が廃止されるべきかの判断は、法をつくる者、すなわち主権をもつ合議体または君主に属する。

自然法と市民法は互いを含む

四、自然法と市民法は互いを含み、その及ぶ範囲は等しい。公平、正義、感謝、およびそれらに依存する他の道徳的徳からなる自然法は、純粋な自然状態では、第十五章の終わりに述べたように、本来の意味での法律ではなく、人々を平和と服従に向かわせる性質だからである。ひとたび国家が成立すると、それらは初めて現実の法律となる。そのとき国家の命令となるのであり、したがって市民法でもある。人々にそれらへの服従を義務づけるのは主権だからである。私人同士の争いでは、何が公平で、何が正義で、何が道徳的な徳かを宣言し、それらに拘束力を与えるために、主権による条例と、それを破る者に定められた罰とが必要である。したがって、その条例は市民法の一部である。それゆえ自然法は、世界のすべての国家で、市民法の一部である。逆に、市民法もまた自然の命ずるところの一部である。正義、すなわち信約を履行し、各人にその人のものを与えることは、自然法の命ずるところだからである。ところで国家の各臣民は、市民法に服従することを信約している。共通の代表者をつくるために集まるときのように、互いにそう信約するか、剣によって征服され、生命を与えられるために服従を約束するときのように、一人ずつ代表者自身とそう信約するか、そのどちらかである。したがって、市民法への服従も自然法の一部である。市民法と自然法は、法の異なる種類ではなく、異なる部分である。一方は書かれているので市民法と呼ばれ、他方は書かれていないので自然法と呼ばれる。しかし自然権、すなわち人間の自然的自由は、市民法によって縮小され、制限されうる。実際、法律をつくる目的は、この制限以外の何ものでもない。それなしには平和はまったくありえないからである。そして法が世にもたらされたのは、個々人の自然的自由を制限して、人々が互いを害するのではなく助け合い、共通の敵に対して結束できるようにするためだけである。

属州の法律は、慣習ではなく主権によってつくられる

五、ある国家の主権者が、他の成文法のもとで暮らしていた人民を征服し、その後も、以前に統治されていたのと同じ法律によって統治するとしても、その法律は、征服された国家の市民法ではなく、勝者の市民法である。立法者とは、最初にその権限によって法律が制定された者ではなく、現在その権限によって法律が法律であり続けている者だからである。それゆえ、一つの国家の支配下に複数の属州があり、それらの属州に、普通は各属州の慣習と呼ばれる異なる法律があっても、その慣習が時の長さだけから効力を得ていると理解してはならない。それらは、古くは主権者の法令や制定法として書かれ、または他の仕方で知らされた法律であった。そして現在は、時効の効力によってではなく、現在の主権者の定めによって法律である。しかし、不文の法が、ある支配領域のすべての属州で一般に守られ、その使用に不公平が認められないなら、それは、全人類を等しく拘束する自然法以外ではありえない。

法の制定についての、法律家の愚かな意見のいくつか

六、このように、成文の法も不文の法も、すべて国家の意志、すなわち代表者の意志から権威と効力を得る。君主制ではその代表者は君主であり、他の国家では主権をもつ合議体である。そうである以上、さまざまな国家の著名な法律家の書物に見られる、直接に、あるいは帰結として、立法権を私人や従属的な裁判官に依存させるような意見は、どこから生じるのかと、不思議に思わずにはいられない。たとえば、「コモン・ローを統制するものは議会以外にない」という意見である。これは、議会が主権をもち、自分自身の判断によるほかには招集も解散もされえない場合にだけ正しい。他の誰かがそれを解散する権利をもつなら、統制する権利ももち、したがって議会による統制を統制する権利ももつからである。そして、もしそのような権利がなければ、法律の統制者は「パルラメントゥム〔議会〕」ではなく、「レクス・イン・パルラメント〔議会における王〕」である。また、議会が主権をもつ場合、どのような理由であれ、その支配下の地方から、どれほど多数の、どれほど賢明な人々を招集しても、その集まりがそれによって立法権を獲得したと信じる者はいないだろう。また、国家の両腕は実力と正義であって、前者は王にあり、後者は議会の手に委ねられている、という意見もある。まるで、正義に命令し統御する権限がないところに実力が置かれていても、国家が成り立ちうるかのようである。

七、法が理性に反することは決してありえない、という点で、われわれの法律家は一致している。また、法なのは文言、すなわち文言のあらゆる解釈ではなく、立法者の意図に従うものだという点でも一致している。それは正しい。しかし問題は、誰の理性が法として受け入れられるべきか、ということである。それは、いかなる個人の理性をも意味しない。そうならば、学派の中にあるのと同じだけの矛盾が、法律の中にもあるだろう。また、エドワード・クック卿が、リトルトン注解第二巻第六章九十七葉裏で述べるような、長い研究、観察、経験によって得られた、人工的に完成された理性――彼自身の理性のようなもの――でもない。長い研究が、誤った判断を増やし、強めることもありうるからである。誤った土台の上に建てるとき、建てれば建てるほど崩壊は大きくなる。また、同じ時間と勤勉さで研究し、観察する者同士でも、その理由と結論は食い違い、食い違ったままでなければならない。したがって法をつくるのは、その「ユリス・プルデンティア」、すなわち従属的な裁判官の知恵ではなく、われわれのこの人工的人間である国家の理性と、その命令である。そして国家は、その代表者においてただ一つの人格なので、法律の中に矛盾は容易には生じえない。生じる場合も、同じ理性が、解釈または変更によってそれを除くことができる。すべての裁判所で裁くのは、国家の人格である主権者である。従属的な裁判官は、主権者にその法律をつくらせた理由を顧み、自分の判決がそれに従うようにすべきである。そのとき判決は主権者の判決となる。そうでなければ、自分自身の判決であり、不正な判決である。

制定されても、知らされなければ法ではない

八、法は命令であり、命令は、声、文書、その他十分な証拠によって、命じる者の意志を宣言し、または明らかにすることに存する。ここから、国家の命令が法となるのは、それを知る手段をもつ者に対してだけである、と理解できる。生まれつき知的な能力を欠く者、子供、精神の錯乱した者には、理性のない獣と同じく、法は及ばない。また、正しい、不正であるという呼び方もあてはまらない。彼らには信約を結んだり、その帰結を理解したりする能力がなく、したがって、自分たちの国家をつくる者がしなければならないように、何らかの主権者の行為を授権することを引き受けたことがないからである。また、自然や偶発的な事情によって、法律一般を知ることを奪われた者と同じく、自分の過失からではない何らかの事情によって、特定の法律を知る手段を奪われた人も、その法を守らなくても免責される。厳密にいえば、その法はその人にとって法ではない。それゆえ、何が法であるか、すなわち君主制でも他の政体でも、主権者の意志が何であるかを知るのに、どのような証拠としるしが十分かを、ここで考える必要がある。

不文の法はすべて自然法である

まず、例外なく全臣民を拘束する法であり、書かれてもおらず、人々が知りうる場所で他の仕方によって公にされてもいないなら、それは自然法である。他人の言葉によらず、各人が自分自身の理性から法として知るべきものは、すべての人の理性にかなうものでなければならず、そのような法は自然法以外にありえないからである。それゆえ自然法は、公表や布告を必要としない。全世界が認める、「他人から自分にされるのが理にかなわないと考えることを、他人にするな」という、この一文に含まれているからである。

第二に、ある立場の人々だけ、またはある特定の人だけを拘束する法であって、書かれてもおらず、口頭で公布されてもいないなら、それも自然法である。そして、その立場にある人々を他の臣民から区別するのと同じ証拠やしるしによって知られる。法とする者によって書かれもせず、何らかの仕方で公表もされていない法は、それに従うべき者の理性によるほかには知られえないからである。したがって、それは市民法であるだけでなく、自然法でもある。たとえば、主権者が、何をすべきかについて書面の訓令を与えずに公的な職務担当者を用いるなら、その者は理性の命ずるところを訓令とする義務を負う。裁判官に任命する場合には、裁判官は、自分の判決が主権者の理性に従うべきことを知らなければならない。その理性はつねに公平であると理解されるので、自然法によってそれに拘束される。大使であるなら、書面の訓令に含まれないすべてのことについて、理性が主権者の利益に最も役立つと命ずることを、訓令としなければならない。他のすべての、公的または私的な、主権に仕える職務担当者も同じである。自然的理性によるこれらの訓令はすべて、誠実という一つの名のもとにまとめられる。それは自然的正義の一つの枝である。

自然法を除き、他のすべての法律の本質には、従う義務を負う各人へ、言葉、文書、または主権の権限から出たと知られる何らかの行為によって、知らされることが属する。他人の意志は、その人自身の言葉や行為によるか、その目標や目的から推測するほかには、理解できないからである。国家の人格の場合、その目標と目的は、つねに公平と理性にかなうと想定されるべきである。古代、文字が普通に使われる以前には、しばしば法律が韻文にされた。素朴な人々が、歌い、朗誦することを楽しみ、いっそう容易に記憶できるようにするためである。同じ理由から、ソロモンは、十戒を十本の指に結びつけるよう勧めている。『箴言』第七章第三節である。また、契約を更新するときモーセがイスラエルの人民に与えた法については、家にいても道を歩いていても、寝るときも起きるときも、それを語って子供たちに教え、家の柱や戸に書き記すよう命じている。『申命記』第十一章第十九節である。また同書第三十一章第十二節では、男、女、子供を集め、それが読まれるのを聞かせるよう命じている。

立法者が知られえないところでは、何も法ではない

法律が書かれ、公表されているだけでは足りない。それが主権者の意志から出たことを示す、明白なしるしもなければならない。私人は、自分の不正な企てを確保し、野心の目標へ安全に運ぶだけの実力がある、あるいはあると思うとき、立法権によらず、あるいはそれに反して、好きなものを法として公布しうるからである。したがって必要なのは、法の宣言だけでなく、その制定者と権限についての十分なしるしでもある。制定者すなわち立法者は、どの国家でも明白であると想定される。その者は主権者であり、各人の同意によって設けられたため、各人によく知られていると想定されるからである。人々の無知と油断は、たいてい、自分の国家の最初の設立についての記憶が薄れると、誰の権力によって敵から守られ、仕事を保護され、侵害を受けたときには正当な救済を受けているのかを考えないほどのものではある。しかし、考える者には誰もそのことを疑えないのだから、主権の所在を知らないことから弁明を引き出すことはできない。また、自分自身がその保護を求め、あるいは他者に対して、承知の上でその保護を受けた権力を弱めるべきではないというのは、自然的理性の命ずるところであり、したがって明白な自然法である。それゆえ、悪人たちが何を吹き込もうと、誰が主権者であるかを、自分の過失なしに疑う者はいない。難しいのは、主権者から派生した権限の明白さである。その困難を取り除くには、公の登録簿、公の会議、公的な職務担当者、公の印章を知る必要があり、それらによってすべての法律は十分に真正であると確認される。

真正の確認と効力の付与の相違

私は、真正であると確認される、といったのであって、効力を与えられる、といったのではない。確認は証言と記録にすぎず、法に効力を与えるものではない。法の効力は、主権者の命令だけに存する。

従属的な裁判官による法の確認

したがって、自然法、すなわち共通の公平に依存する侵害の問題がある場合、そのような事件を審理する権限を委任によってもつ裁判官の判決は、その個別の場合について、自然法の十分な確認である。法律研究を専門とする者の助言は、争いを避けるのに有益ではあるが、助言にすぎないからである。争いを審理した上で、何が法であるかを人々に告げるべきなのは、裁判官なのである。

公の登録簿による確認

しかし、成文法に関する侵害や犯罪が問題であるときには、各人は、望めば、自分で、あるいは他人を通じて登録簿を調べ、その侵害を行い、あるいは犯罪を犯す前に、それが侵害かどうかを十分に知ることができる。実際、そうすべきである。しようとする行為が正しいか不正かを疑い、その気になれば知ることができるのに、その行為をするのは違法だからである。同じく、自分で、または他人を通じて見て考察できる成文法によって定められた事件で、自分が侵害されたと思う者は、法を調べる前に訴えるなら、不正を行っている。そして自分の権利を要求するより、他人を困らせたがっている性向を示す。

開封勅許状と公の印章による確認

公の役人への服従が問題であるなら、公の印章を付したその委任状を見て、読み上げられるのを聞いたこと、またはその気になれば知る手段があったことは、その権限の十分な確認である。各人は、自分の将来の行為に関わりうるすべての成文法を知るため、最善を尽くす義務を負っているからである。

法の解釈は主権に依存する

立法者が知られ、法律が文書または自然の光によって十分に公表されても、それらが義務を課すには、なおきわめて重要な条件が一つ欠けている。法の本質が存するのは、文言ではなく、意図または意味、すなわち法の権威ある解釈、つまり立法者の意味するところだからである。したがって、すべての法の解釈は主権の権限に依存し、解釈者となれるのは、臣民がただその者だけに服従を負う主権者によって任命される者だけである。そうでなければ、解釈者の策略によって、法に主権者の意味するところと反対の意味をもたせることができ、その結果、解釈者が立法者となる。

すべての法は解釈を必要とする

成文の法も不文の法も、すべて解釈を必要とする。不文の自然法は、偏りや情念なしに自然的理性を用いる者には容易であり、したがって違反者に弁明の余地を残さない。しかし、ある場合に自己愛やその他の情念に目をくらまされない者は、ごく少数で、ひょっとすると一人もいないことを考えると、自然法はいまや、すべての法の中で最も不明瞭なものとなっており、それゆえ有能な解釈者を最も必要とする。成文法は、短ければ、一つか二つの語の意味の多様さから、容易に誤解釈される。長ければ、多くの語の意味の多様さによって、さらに不明瞭になる。それゆえ、短い言葉であれ長い言葉であれ、成文法は、それがつくられた目的因を完全に理解しなければ、よく理解することができない。その目的因を知るのは立法者である。したがって立法者にとっては、法のうちに解けない結び目はありえない。結び目をほどく端を見いだすか、あるいはアレクサンドロスがゴルディオスの結び目を剣で断ったように、立法権によって望むところに端をつくればよいからである。他のいかなる解釈者にも、それはできない。

法の権威ある解釈は、著述家によるものではない

国家における自然法の解釈は、道徳哲学の書物に依存しない。著述家の権威だけでは、国家の権限なしに、その意見がどれほど真実であっても、法にはならない。私が本論で、道徳的な徳と、それが平和の獲得と維持に必要であることについて書いたものも、明白な真実であるとしても、それだけですぐに法となるのではない。法であるのは、世界のすべての国家で、それが市民法の一部だからである。自然に理にかなっていても、それが法なのは主権によるからである。そうでなければ、自然法を不文の法と呼ぶのは大きな誤りとなるだろう。われわれはそれについて、これほど多くの巻が出版され、その中に互いへの矛盾や自己矛盾がこれほど多くあるのを見ているからである。

法の解釈者は、個々の事件で口頭によって判決を下す裁判官である

自然法の解釈とは、それに依存する争いを審理し、決定するため、主権の権限によって設けられた裁判官の判決であり、当面の事件に法を適用することに存する。裁判の行為において、裁判官は、当事者の要求が自然的理性と公平にかなうかどうかを考えるだけだからである。したがって、裁判官が下す判決が自然法の解釈である。この解釈に権威があるのは、それが裁判官個人の判断だからではなく、主権者の権限によって下されるからである。それによって主権者の判決となり、その時、その訴訟当事者たちにとって法となる。

裁判官の判決は、その後ずっと類似の事件で同じ判決を下すよう、その裁判官や他の裁判官を拘束しない

しかし、公平についての判断を誤りえない裁判官は、従属的な者であれ主権者であれ、存在しない。それゆえ、後に別の類似した事件で、反対の判決を下すほうが公平にかなうとわかったなら、そうする義務を負う。誰の誤りも、自分自身の法にはならず、それに固執する義務を課さない。また、同じ理由から、他の裁判官にとっても、それに従うと宣誓したとしてさえ、法にはならない。主権者の権限によって下された誤った判決は、主権者が知って認めるなら、変更しうる法に関しては、細かな事情まですべて同一の事件について、新しい法を定めることになる。しかし自然法のような不変の法に関しては、その裁判官にも他の裁判官にも、その後ずっと、類似の事件で法となるものではない。君主は相次いで交代し、一人の裁判官が去り、別の裁判官が来る。いや、天と地さえ過ぎ去るだろう。しかし自然法の一点一画も過ぎ去らない。それは神の永遠の法だからである。したがって、かつて存在したすべての裁判官の判決を集めても、自然の公平に反する法をつくることはできない。以前の裁判官のどのような実例も、理にかなわない判決を正当化できず、現在の裁判官を、自分の自然的理性の原理から、その裁くべき事件で何が公平かを研究する労から免れさせることもできない。例を挙げよう。無実の者を罰するのは自然法に反する。そして無実の者とは、裁判上、罪を晴らし、裁判官によって無罪と認められる者である。ある人が死刑に値する罪で告発され、敵の力と悪意や、裁判官にしばしばある腐敗と偏りを見て、成り行きを恐れて逃げたとしよう。その後、捕らえられて合法的な裁判にかけられ、その犯罪について無実であることを十分に明らかにし、無罪とされたにもかかわらず、財産没収を宣告されたとする。これは、明らかに無実の者への有罪判決である。したがって私は、世界のどこであっても、これが自然法の解釈となったり、同じことをした以前の裁判官の判決によって法とされたりすることはない、と主張する。最初にそう裁いた者は、不正に裁いたのであり、いかなる不正義も、後の裁判官の判断の範型とはなりえないからである。成文法は、無実の人が逃げることを禁じることができ、その人は逃走について罰せられうる。しかし、侵害を恐れて逃げたことを、すでに裁判上その罪を免れた後で、有罪の推定とみなすのは、判決後には余地のない推定の性質に反する。それでも、ある大法律家は、これをイングランドのコモン・ローとして記している。「無実の人が重罪で告発され、それを恐れて逃げたなら、裁判でその重罪について罪を晴らしても、重罪を理由に逃げたと認められる場合には、無実であるにもかかわらず、すべての財産、動産、債権、および受け取るべきものを没収される。それらの没収について、法は、逃走に基づく法的推定に対する反証を認めないからである」と彼はいう。ここに見られるのは、裁判で無罪とされた無実の人が、逃走を禁じる成文法もないのに、無罪であるにもかかわらず、無罪判決の後に、法的推定によって全財産の没収を宣告されるということである。逃走に基づいて、死刑に値する犯行そのものを法が推定するなら、判決は死刑であるべきだった。犯行の推定でないなら、何を理由に財産を失わなければならないのか。したがって、これはイングランドの法ではなく、その有罪判決も、法の推定ではなく裁判官の思い込みに基づいている。また、法的推定に反する証拠を認めないというのも、法に反する。主権者であれ従属的な者であれ、すべての裁判官は、証拠を聞くのを拒むなら、正義を行うのを拒んでいるからである。判決自体が正しくても、提出された証拠を聞かずに有罪を宣告する裁判官は、不正な裁判官である。そして、その推定は偏見にすぎない。いかなる先例の判決や実例に従うと主張するにしても、誰も裁判の席へ偏見を持ち込むべきではない。先例を信頼することによって人々の判断がゆがめられた、これに類する事柄はほかにもある。しかし、裁判官の判決が訴訟当事者には法であっても、その職を継ぐどの裁判官にも法ではないことを示すには、これで十分である。

同じく、成文法の意味が問題であるとき、その注釈を書く者が、法の解釈者なのではない。注釈は普通、本文以上に難癖をつけられやすく、それゆえ別の注釈を必要とし、そうなると、この種の解釈には終わりがなくなるからである。したがって、従属的な裁判官がその解釈から離れることのできない、主権者に授権された解釈者が存在するのでなければ、解釈者は、不文法の場合と同じく、通常の裁判官以外ではありえない。その判決は、訴訟当事者によって、その特定の事件についての法として受け取られるべきだが、他の裁判官に、類似の事件で同じ判決を下す義務を課すべきではない。裁判官は、成文法の解釈でも誤りうるからである。しかし、従属的な裁判官の誤りによって、主権者の一般的な判決である法を変えることはできない。

法の文言と趣旨の相違

成文法について、人々は普通、法の文言と趣旨を区別する。文言が、ただ言葉そのものから引き出せるすべてのことを意味するなら、それはよい区別である。ほとんどすべての語の意味は、それ自体においても、比喩的な用法においても曖昧であり、論じ方によって多くの意味へ引き延ばせる。しかし法の意味は一つだけだからである。だが、文言によって文字どおりの意味をいうなら、文言と法の趣旨または意図とは同じである。文字どおりの意味とは、立法者が法の文言によって表示しようと意図した意味だからである。さて、立法者の意図は、つねに公平であると想定される。裁判官が主権者をそうでないと考えるのは、大きな侮辱だからである。それゆえ、法の言葉が、理にかなう判決を下す権限を十分に与えていないなら、裁判官は自然法によってそれを補うべきであり、事件が難しいなら、さらに広い権限を受け取るまで判決を延期すべきである。たとえば、成文法が、実力で自分の家から追い出された者を、実力で元に戻すよう定めているとしよう。ある人が不注意で家を空け、戻ると実力で締め出されたが、この場合について特別の法は定められていない。この場合も同じ法に含まれることは明白である。そうでなければ、その人にはまったく救済がないことになり、それは立法者の意図に反すると想定すべきだからである。また、法の文言が、証拠に従って裁くよう命じているとしよう。ある人が、裁判官自身が他の者によるものと目撃しており、被告がしたのでないことを知っている犯行で、誤って告発される。この場合、法の文言に従って無実の者を有罪とすべきでもないし、法の文言が反するので、証人の証言に反する判決を裁判官が下すべきでもない。主権者に求めて別の者を裁判官にし、自分自身は証人になるべきである。このように、成文法の言葉だけから生じる不都合は、裁判官を法の意図へ導き、法をよりよく解釈させることがある。しかし、いかなる不都合も、法に反する判決を認める根拠にはならない。正不正を裁くすべての裁判官が、国家にとって何が都合よく、何が都合悪いかを裁く者であるわけではないからである。

裁判官に必要な能力

法のよい解釈者、すなわちよい裁判官に必要な能力は、弁護人の能力、すなわち法律の研究と同じではない。裁判官は、事実を証人からだけ知るべきであるのと同じく、法についても、訴訟で引用された主権者の制定法や法令、または主権からそれを宣言する権限をもつ者が告げたものからだけ知るべきだからである。また、何を裁くかを、あらかじめ気にかける必要はない。事実について何をいうべきかは証人から与えられ、法について何をいうべきかは、訴訟でそれを示し、その場で権限に基づいて解釈する者から与えられるからである。イングランドの議会の貴族たちは裁判官であり、最も難しい事件も彼らによって審理され、決定されてきた。しかし、そのうち法律の研究によく通じていた者は少なく、それを専門とした者はさらに少なかった。そして、その目的で出席を命じられた法律家に相談はしたが、判決を下す権限をもっていたのは、貴族たちだけであった。同じく、権利についての通常の裁判では、一般の人民から選ばれた十二人が裁判官であり、事実だけでなく権利についても判決を下し、原告側か被告側かを端的に宣言する。つまり、事実だけでなく法上の正しさについても裁判官なのである。犯罪の問題では、行われたか否かだけでなく、それが謀殺、殺人、重罪、暴行、その他何にあたるかも決定するが、これらは法についての決定である。ただし、彼ら自身が法律を知っているとは想定されないので、裁くべき特定の事件について、法を知らせる権限をもつ者が一人いる。それでも、その者が告げるとおりに裁かなかったからといって、彼らが罰を受けるわけではない。自分の良心に反してそうしたか、報酬によって買収されたと明らかになる場合は別である。よい裁判官、あるいは法のよい解釈者をつくるものは、第一に、公平と呼ばれる、自然法の主要な法の正しい理解である。それは他人の著作を読むことではなく、自分自身の自然的理性のよさと熟考とに依存するので、最も余暇があり、それを深く考える傾向の最も強かった者に、最もよく備わると推定される。第二に、不必要な富や昇進を軽んじること。第三に、裁く際に、あらゆる恐怖、怒り、憎しみ、愛、憐れみを脱ぎ捨てられること。第四に、最後に、聞く忍耐、聞く際の入念な注意、聞いたことを保持し、整理し、適用する記憶力である。

法の分類

法律の区別と分類は、それについて書いた人々の方法の相違に応じて、さまざまな仕方で行われてきた。それは自然ではなく、著者の目的に依存し、各人に固有の方法に役立つものだからである。ユスティニアヌスの『法学提要』には、七種類の市民法が見いだされる。

一、元首、すなわち皇帝の告示、勅法、書簡。人民の全権力が皇帝にあったからである。これに似ているのは、イングランド国王の布告である。

二、元老院を含むローマ全人民が、元老院から議案を提出されたときに行う決議。これらは初め、人民に存する主権によって法律であり、皇帝によって廃止されなかったものは、皇帝の権威によって法律であり続けた。拘束力をもつすべての法律は、それを廃止する権力をもつ者の権威によって法律であると理解されるからである。これらにいくらか似ているのは、イングランドの議会制定法である。

三、元老院を除く平民が、護民官から議案を提出されたときに行う決議。皇帝によって廃止されなかったものは、皇帝の権威によって法律であり続けたからである。これに似ていたのは、イングランドの庶民院の命令である。

四、「セナトゥス・コンスルタ」、すなわち元老院の決議。ローマの人民があまりに多数となり、招集するのが不便になったので、皇帝は、人民の代わりに元老院へ諮るのがよいと考えたからである。これらは、枢密院の決議にいくらか似ている。

五、法務官、および、ある場合には按察官の告示。彼らはイングランドの裁判所の首席裁判官のようなものである。

六、「レスポンサ・プルデントゥム」。法を解釈し、法の問題について助言を求める者に回答する権限を、皇帝から与えられた法律家の判断や意見である。裁判官は、判決を下す際、皇帝の法令によってその回答に従う義務を負っていた。他の裁判官が、イングランドの法律によって、裁判された事件の報告に従う義務を負うのであれば、これらはその報告に似たものとなるだろう。イングランドのコモン・ローの裁判官は、厳密には裁判官ではなく、「ユリス・コンスルティ〔法律顧問〕」である。貴族またはその地方の十二人からなる裁判官は、法律の問題について、彼らに助言を求めるべきなのである。

七、不文の慣習もまた、それ自体の性質からすれば法を模倣するものだが、自然法に反しない場合には、皇帝の黙示の同意によって、真の法律となる。

法のもう一つの分類は、自然法と実定法とへの分類である。自然法とは、永遠の昔から法であったものであり、自然法と呼ばれるだけでなく、道徳法とも呼ばれる。正義、公平、その他、平和と慈愛に役立つあらゆる心の習慣という、道徳的な徳からなる。これについては、すでに第十四章と第十五章で述べた。

実定法とは、永遠の昔から存在したのではなく、他人に対する主権をもっていた者の意志によって法とされたものである。それは書かれているか、または立法者の意志を示す何らかの別の証拠によって、人々に知らされる。

法の別の分類

また、実定法には、人間によるものと神によるものがある。人間による実定法には、分配に関するものと刑罰に関するものがある。分配法とは、臣民の権利を定め、土地や物品の所有権、また行為の権利や自由を、何によって取得し保持するのかを各人に告げるものであり、すべての臣民に向けられる。刑罰法とは、法に違反する者にどのような罰を科すかを告げるものであり、執行のために任じられた職務担当者や役人に向けられる。各人は、違反についてあらかじめ定められた罰を知るべきだが、命令が向けられるのは違反者ではなく――その者が忠実に自分を罰するとは想定できない――、刑罰の執行を確保するよう任じられた公的な職務担当者だからである。そして、これらの刑罰法は、たいてい分配法とともに書かれ、時には裁きと呼ばれる。すべての法律は、立法者の一般的な判断または判決だからである。同じく、個々の判決も、その事件を裁かれる者にとっては法である。

神的な実定法が法であることは、どのように知らされるか

神的な実定法とは、神の命令でありながら、永遠の昔からのものでも、すべての人に普遍的に向けられるものでもなく、ある特定の人民や特定の人々だけに向けられ、神がそれを宣言するよう授権した者によって、そうした命令であると宣言されるものである。自然法は、永遠で普遍的であるため、すべて神的なものだからである。しかし、これらの神の実定法が何であるかを宣言する、人間のこの権限は、どうすれば知られるのか。神は超自然的な仕方で、ある人に、他の人々へ法律を伝えるよう命じることがある。しかし、義務を負うべき者が、宣言する者の権限について確信することは、法の本質に属する。そして、その権限が神からのものであることを、自然の仕方では知りえない。超自然的啓示なしに、宣言者が受けた啓示を、人はどうして確信できるのか。また、それに従う義務をどうして負いうるのか。第一の問い、すなわち自分自身に特別の啓示を受けずに、他人の啓示を確信できるかについては、それは明らかに不可能である。その人が行う奇跡、その生涯の並外れた聖性、その行為の並外れた知恵や成功を見ることから、人はその啓示を信じるようになるかもしれない。それらはみな、神の特別の恩恵のしるしではあるが、特別な啓示の確実な証拠ではない。奇跡とは驚くべき業であるが、ある人にとって驚くべきことが、他の人にとってもそうだとは限らない。聖性は装うことができる。また、この世に見られる成功は、たいてい、自然の通常の原因を通じた神の業である。それゆえ、他人が神の意志について超自然的な啓示を受けたことを、自然的理性によって誤りなく知ることは誰にもできず、ただ信じることができるだけである。各人は、そのしるしが大きく見えるか小さく見えるかに応じて、より強く、またはより弱く信じるのである。

しかし第二の問い、すなわち、それらに従う義務をどうして負いうるかについては、それほど難しくない。宣言された法が、疑いなく神の法である自然法に反せず、人がそれに従うことを引き受けるなら、自分自身の行為によって義務を負うからである。義務を負うとは、従う義務をいうのであって、信じる義務をいうのではない。人々の信念や内心の思考は、命令には服さず、神の通常または特別の働きだけに服するからである。超自然的な法への信仰は、その法を履行することではなく、ただ同意することであり、われわれが神に果たす義務ではなく、神が望む者に無償で与える贈り物である。同じく、不信仰は、神の何らかの法律への違反ではなく、自然法を除くすべての法の拒絶である。しかし、私のいうことは、この点に関する聖書の実例と証言によって、さらに明らかになるだろう。神がアブラハムと超自然的な仕方で結んだ契約は、次のとおりであった。『創世記』第十七章第十節、「これが、私とあなた、およびあなたの後の子孫との間で、あなたが守るべき契約である」。アブラハムの子孫はこの啓示を受けず、まだ存在もしていなかった。それでも契約の当事者であり、アブラハムが神の法として告げることに従う義務を負った。それが可能なのは、親に負う服従によるほかにはない。親は、ここでのアブラハムの場合のように、他の地上の権力に服さないなら、子供としもべに対して主権をもつからである。また、神がアブラハムに、「あなたにおいて、地のすべての国民は祝福される。あなたが自分の子供たちと、その後の家の者たちに、主の道を守り、正義と裁きを行うよう命じることを、私は知っているからである」という箇所では、啓示を受けなかった家の者たちの服従が、すでに負っていた主権者への服従義務に依存したことは明白である。シナイ山では、モーセだけが神のもとへ上り、人民は死の罰をもって近づくことを禁じられた。それでも、モーセが神の法として告げたすべてのことに従う義務を負った。それは、彼ら自身の次の服従以外の、何に基づくのか。「あなたが私たちに話してください。私たちは聞きます。神が私たちに話すことはないようにしてください。私たちが死なないためです」。この二つの箇所によって、国家において、神の意志について自分自身への特別な、確実で確かな啓示をもたない臣民は、国家の命令を神の意志として受け入れ、従うべきことが十分に明らかである。自分自身の夢や心像、あるいは私人の夢や心像を、神の命令とみなす自由が人々にあるなら、神の命令が何であるかについて一致する者は、二人とほとんどいないだろう。それでも各人は、それらを理由として国家の命令を軽んじるだろう。したがって、私は次のように結論する。道徳法、すなわち自然法に反しないすべての事柄において、全臣民は、国家の法律によって神的な法であると宣言されるものに、神的な法として従う義務を負う。このことは、誰の理性にも明白である。自然法に反しないものはすべて、主権をもつ者の名において法とされうるのであり、それが神の名において提出されるときに、人々の義務が軽くなる理由はないからである。そのうえ、国家が神の命令と宣言するもの以外を、神の命令だと主張することが許される場所は、世界のどこにもない。キリスト教国家はキリスト教から離反する者を罰し、その他のすべての国家は、その国が禁じた宗教を立てる者を罰する。国家が規制していないすべてのことについては、各人が等しくその自由を享受することが公平だからである。公平は自然法であり、したがって神の永遠の法である。

法のさらに別の分類

法には、基本法と基本法でないもの、という別の区別もある。しかし、基本法が何を意味するかは、どの著者の中にも見いだしたことがない。それでも、そのように法律を区別することは、きわめて理にかなっている。

基本法とは何か

どの国家でも、基本法とは、それが取り去られると国家が崩れ、基礎を壊された建物のように、完全に解体してしまう法である。それゆえ基本法とは、君主であれ主権をもつ合議体であれ、主権者に与えられた権力のうち、それなしには国家が存立しえないものを、臣民が維持する義務を負う、その根拠となる法である。戦争と平和、裁判、役人の選任、および公の善のために必要と主権者が考えるすべてのことを行う権力が、それである。基本法でないのは、その廃止が国家の解体を伴わない法である。臣民同士の争いに関する法律などがそうである。法の分類については、以上である。

法と権利の相違

私は、最も学識のある著者の中にさえ、「レクス・キウィリス」と「ユス・キウィレ」、すなわち市民法と市民的権利という語が、同じものとして無差別に使われているのを見る。しかし、そうすべきではない。権利とは自由、すなわち市民法がわれわれに残す自由であるのに対し、市民法は義務であり、自然法がわれわれに与えた自由を取り去るからである。自然は各人に、自分の力で自分を守り、疑わしい隣人に予防のため侵攻する権利を与えた。しかし市民法は、法による保護を安全に待てるすべての場合に、その自由を取り去る。それゆえ「レクス〔法〕」と「ユス〔権利〕」は、義務と自由ほどにも異なる。

また、法と特許状の相違

同じく、法律と特許状も同じものとして無差別に扱われる。しかし、特許状は主権者からの贈与であり、法律ではなく、法からの免除である。法の言い方は、「ユベオ、インユンゴ」、すなわち「私は命じる、私は課す」である。特許状の言い方は、「デディ、コンケッシ」、すなわち「私は与えた、私は認めた」である。しかし、人に与えられ、または認められるものは、法によって強制されるものではない。法律は、国家の全臣民を拘束するようにつくられうる。自由または特許状は、一人の人、または人民のある一部分だけに向けられる。国家の全人民が、ある何らかの場合に自由をもつというのは、その場合について、法律が制定されていないか、あるいは制定されたが現在は廃止されている、といっていることだからである。

第二十七章 犯罪、免責および情状酌量について

罪とは何か

罪とは、法への違反だけでなく、立法者に対するあらゆる軽蔑でもある。そのような軽蔑は、その者のすべての法律を一度に破ることだからである。したがって罪は、法律の禁じる行為を行い、言葉を発し、あるいは法の命じることを怠るだけでなく、違反しようとする意図や目的にも存しうる。法を破ろうとする目的は、その執行を確保する任にある者への、ある程度の軽蔑だからである。他人の財産、使用人、妻を、実力や欺きによって奪おうという意図なしに、それらを所有しているとただ想像して喜ぶことは、「むさぼってはならない」という法への違反ではない。また、その人が生きていることから害や不快以外に何も期待しない相手の死を、想像したり夢に見たりして喜ぶことも、罪ではない。罪なのは、その死に向けた何らかの行為を実行しようと決意することである。実際にあれば喜ばしいものを、空想の中で喜ぶのは、人間にも他のすべての生き物にも、その本性にあまりにも密接に伴う情念である。それを罪とするのは、人間であることを罪とすることになってしまう。このことを考えて私は、心の最初の動きが、神への恐れによって抑えられてもなお罪であると主張する者は、自分にも他人にも厳しすぎる、と思うようになった。しかし、反対の側で誤るより、その側で誤るほうが安全であることは認める。

犯罪とは何か

犯罪とは、法の禁じることを行為や言葉によって行い、あるいは法の命じたことを行わないことに存する罪である。それゆえ、すべての犯罪は罪だが、すべての罪が犯罪であるわけではない。盗みや殺人を意図することは、それが言葉や行為に決して現れなくても罪である。人の思いを見る神は、それをその人の罪に数えることができるからである。しかし、人間の裁判官がその意図を推認できる何らかの行為や言葉として現れるまでは、犯罪という名をもたない。この区別を、ギリシャ人は「ハマルテーマ」と、「エンクレーマ」または「アイティア」という語で認めていた。前者は罪と訳され、法からのあらゆる逸脱を意味するが、犯罪と訳される後の二つは、ある人が別の人を告発できる罪だけを意味する。いかなる外面的行為にも現れない意図については、人間による告発の余地はない。同じくラテン語でも、罪を意味する「ペッカトゥム」によって、法からのあらゆる逸脱をいい、「クリメン」によって、裁判官の前で明らかにできる罪だけをいう。彼らはこの語を、知覚するという意味の「ケルノー」から導いている。したがって犯罪は、単なる意図ではない。

市民法のないところに、犯罪はない

罪と法、犯罪と市民法とのこの関係から、次のことを推論できる。第一に、法がなくなるところでは罪もなくなる。しかし自然法は永遠なので、信約違反、忘恩、傲慢、その他いかなる道徳的な徳に反する行為も、罪でなくなることは決してない。第二に、市民法がなくなると、犯罪もなくなる。自然法以外の法が残らないため、告発の余地がなく、各人が自分自身の裁判官となり、自分の良心によってだけ告発され、自分の意図の正しさによって無罪となるからである。それゆえ、意図が正しいなら、その行為は罪ではない。そうでなければ、その行為は罪だが、犯罪ではない。第三に、主権がなくなると、犯罪もなくなる。そのような権力のないところでは法による保護が得られず、したがって各人が自分の力で身を守ってよいからである。主権を設立する際、自分自身の身体を保存する権利を譲り渡したと想定される者はいない。すべての主権は、その身体の安全のために設けられたからである。ただし、これは、自分を保護していた権力を取り去ることに、自ら加担しなかった者についてだけ理解されるべきである。それに加担することは、初めから犯罪だったからである。

自然法を知らないことは、誰の免責にもならない

すべての犯罪の源は、理解の何らかの欠陥、推論の何らかの誤り、あるいは情念の突然の力である。理解の欠陥は無知であり、推論の欠陥は誤った意見である。また、無知には、法について、主権者について、刑罰について、という三種類がある。自然法を知らないことは、誰の免責にもならない。理性を用いるに至った者は誰でも、自分にしてほしくないことを他人にするべきではないと知っているはずだからである。したがって、人がどの場所へ来ようとも、その法に反することをすれば犯罪である。ある人がインド地方からここへ来て、こちらの人々に新しい宗教を受け入れるよう説得し、あるいはこの国の法律への不服従に向かわせる何かを教えるなら、自分の教えることの真実をどれほど強く確信していても、犯罪を犯しており、正当に罰せられうる。その教説が偽りだからだけでなく、自分なら他人に認めないこと、すなわちこちらから来た者があちらの宗教を変えようと努めることに相当する行いをするからでもある。しかし、市民法を知らないことは、外国では、その法が告げられるまで免責となる。それまでは、いかなる市民法も拘束力をもたないからである。

市民法を知らないことは、時には免責となる

同じく、自国の市民法でも、望めば知ることができるほど十分に告げられておらず、またその行為が自然法に反しないなら、無知は有効な免責理由となる。その他の場合、市民法を知らないことは免責にならない。

主権者を知らないことは、免責にならない

通常居住する場所の主権を知らないことは、その人の免責にはならない。そこで自分を保護してきた権力を、知っているべきだからである。

刑罰を知らないことは、免責にならない

法が告げられているところでは、刑罰を知らないことは、誰の免責にもならない。法を破るとき、人は刑罰が何であるかを知らなくても、それを引き受けるからである。後に罰があるという恐れがなければ、法は法ではなく、空しい言葉である。自発的に行為をする者は、その知られた帰結をすべて受け入れる。そして、どの国家でも、刑罰は法の違反に伴う知られた帰結だからである。その刑罰が法によってすでに定められているなら、その罰に服し、定められていなければ、裁量による刑罰に服する。自分の意志以外に制限を設けず侵害する者が、それによって法を破られた者の意志以外に制限のない刑罰を受けるのは、理にかなっているからである。

行為の前に告げられた刑罰は、行為の後のより重い刑罰から免れさせる

しかし、刑罰が法そのものの中で犯罪に付され、または類似の事件で通常科されてきた場合、違反者はそれより重い罰を免れる。あらかじめ知られた罰が、その行為を思いとどまらせるほど大きくなければ、その行為への誘いになるからである。人は、不正による利益と罰による害を比べると、自然の必然性によって、自分に最もよく見えるものを選ぶ。それゆえ、以前に法が定めた以上に、あるいは同じ犯罪で他の者が受けた以上に罰せられるときには、その人を誘惑し、欺くのは法なのである。

行為の後につくられた法によって、何かを犯罪にすることはできない

ある行為の後に制定された法は、その行為を犯罪にすることができない。その行為が自然法に反するなら、その法は行為の前に存在していたからである。また、実定法は制定される前には知られえず、したがって義務を課しえない。しかし、ある行為を禁じる法が、その行為の前に制定されている場合、先に述べた理由によって、その行為をする者は、後に定められた刑罰に服する。ただし、それより軽い刑罰が、文書によっても先例によっても、あらかじめ知らされていなかった場合に限る。

正不正についての誤った原理が、犯罪の原因となる

推論の欠陥、すなわち誤りによって、人々は三つの仕方で法律を破りやすくなる。第一に、誤った原理を前提とすることによってである。たとえば、あらゆる場所、あらゆる時代に、不正な行為が、それを行った者の実力と勝利によって正当化されてきたこと、また有力者が自国の蜘蛛の巣のような法律を突き破る一方で、弱者や企てに失敗した者だけが犯罪者とみなされてきたことを、人々が観察したとする。そこで、正義とは空しい言葉にすぎない、人が自分の勤勉と危険を冒すことによって得るものは何であれ自分のものだ、あらゆる国の実践が不正であるはずはない、過去の実例は同じことを再び行うよい根拠になる、といったことや、これに類する多くのことを、推論の原理や根拠とするのである。これを認めれば、いかなる行為もそれ自体では犯罪となりえず、法によってではなく、行為者の成功によって犯罪とされなければならなくなる。そして同じ行為が、運命の気ままによって有徳とも悪徳ともなり、マリウスが犯罪とするものをスッラが功績とし、カエサルが、同じ法律が存続しているのに、再び犯罪へと変え、国家の平和を絶えず乱すことになる。

自然法を誤って解釈する偽りの教師によって

第二に、偽りの教師によってである。彼らは、自然法を誤って解釈して市民法に反するものにするか、あるいは、臣民の義務と両立しない、自分自身の教説や過去からの伝承を、法律として教える。

また、教師による、真の原理からの誤った推論によって

第三に、真の原理から誤った推論をすることによってである。これは、結論を出し、何をすべきかを決めるのに性急で軽率な人々に、普通に起こる。彼らは、自分の理解力を高く評価するとともに、この種の事柄に必要なのは時間や研究ではなく、普通の経験と、すぐれた自然的な才知だけだと信じる。そして、それを自分が欠いていると思う者はいない。これに対し、同じく難しい正不正の知識を、長く十分に研究せずに身につけたと主張する者はいない。また、これら推論の欠陥のどれも、自分の私事を管理できると称する者の犯罪を免責することはできない。あるものは情状酌量となりうるにしても、そうである。公の職務を引き受ける者なら、なおさらである。彼らは、その欠如を弁明の根拠にしようとする理性を、自分はもつと称しているからである。

情念によって

最もしばしば犯罪の原因となる情念の一つは、虚栄、すなわち自分の価値を愚かにも過大に評価することである。まるで、価値の相違が、主権をもつ者の意志に依存するのではなく、自分の才知、富、血統、その他の自然的な性質の結果であるかのように考えるのである。そこから、法律によって定められ、一般にすべての臣民に及ぶ刑罰も、俗衆という名でまとめられる、貧しく、無名で、単純な人々に科されるのと同じ厳しさで、自分たちに科すべきではないという思い上がりが生じる。

富への過信

それゆえ、財産の大きさによって自分を高く評価する者は、公の裁きを腐敗させたり、金銭その他の報酬によって赦免を得たりして、罰を免れる希望を抱き、犯罪をあえて行うのが普通である。

また、友人への過信

また、多数の有力な親族をもつ者や、多数者の間で名声を得た人気者は、法を執行する任にある権力を圧倒できるという希望から、法律を破る勇気を得る。

知恵への過信

また、自分自身の知恵について、高いが誤った評価をもつ者は、統治する者の行為を非難し、その権限を問いただすことを引き受ける。そして公の言論によって法律を揺るがし、自分の企てのために犯罪である必要があるもの以外には、何も犯罪でなくなるようにする。また、同じ人々は、策略や隣人を欺くことからなるあらゆる犯罪に傾きやすい。自分の企ては巧妙すぎて見抜かれないと考えるからである。これらは、自分の知恵に対する誤った過信の結果だと私はいう。国家の混乱を最初に動かす者たち――その混乱は内戦なしには起こりえない――のうち、自分たちの新しい企てが実現するまで生き残る者は、ごく少数だからである。それゆえ、その犯罪の利益は後世の者や、そのようなことを最も望まなかったような人々に帰する。これは、彼らが自分で思ったほど賢明でなかったことを示す。また、見つからないという希望で欺く者は、普通、自分自身を欺く。隠れていると思う暗闇は、自分自身の盲目にすぎないからである。自分の目を覆えば何もかも隠れたと思う子供よりも、賢いわけではない。

また一般に、虚栄心の強い者は、同時に臆病でもあるのでなければ、みな怒りに駆られやすい。会話で普通に認められる自由を、他の人々よりも、自分への軽蔑と解釈しやすいからである。そして、怒りから生じえない犯罪は、ほとんどない。

憎しみ、情欲、野心、貪欲が、犯罪の原因となる

憎しみ、情欲、野心、貪欲という情念がどのような犯罪を生みやすいかは、誰の経験と理解にも明白なので、述べる必要はない。ただし、これらは、人間にも他のすべての生き物にも、その本性にきわめて密接に伴う弱さであって、理性を格別に働かせるか、絶えず厳しく罰するか、そのどちらかによるほかには、結果を防げないことだけは述べておこう。人は憎むものの中に、絶え間ない避けられない苦しみを見いだす。それゆえ、忍耐が永遠に続くか、それとも自分を苦しめるものの力を取り除いて楽になるか、そのどちらかでなければならない。前者は難しく、後者は多くの場合、何らかの法律違反なしには不可能である。野心と貪欲もまた、絶えずのしかかり、迫る情念であるが、それに抵抗する理性は絶えず働いているわけではない。それゆえ、罰を免れる希望が現れるたびに、その結果が生じる。情欲については、持続で欠ける分を激しさで補い、その激しさは、軽い刑罰や不確実な刑罰についてのあらゆる予想を押しのけるのに十分である。

恐怖が犯罪の原因となることもある。危険が目前のものでも身体に関するものでもない場合がそうである

あらゆる情念のうち、法律を破る傾向を最も起こさせないのは、恐怖である。いや、ある種の高潔な性質の者を除けば、法を破ることによる利益や快楽が見込まれるとき、人々に法を守らせる唯一のものは恐怖である。それでも、多くの場合、恐怖によって犯罪が犯されうる。

あらゆる恐怖が、そこから生じる行為を正当化するわけではない。正当化するのは、身体的恐怖と呼ばれる、身体の害への恐怖であり、その行為によるほかには逃れる道が見えない場合だけである。人が襲われ、目前の死を恐れ、襲う者を傷つけるほかには逃れる道が見えないとする。その者に致命傷を与えても、犯罪ではない。国家をつくる際、法の助けが間に合わないときに、自分の生命や手足を守ることを放棄したと想定される者はいないからである。しかし、ある人の行為や脅迫から、機会があればその人に殺されると推測できるからといって、その人を殺すのは犯罪である。主権に保護を求める時間も手段もあるからである。また、人が侮辱の言葉や小さな侵害を受けたとしよう。立法者は、それらに罰を定めず、理性を用いる人間が気にかけるに値するとも考えなかった。しかしその人は、復讐しなければ軽蔑され、ひいては他の者からも同じ侵害を受けやすくなると恐れ、それを避けるために法を破り、私的な復讐の恐怖によって、将来の自分を守ろうとする。これは犯罪である。その害は身体的ではなく、心像上のものだからである。世界のこの片隅では、そう遠くない昔に若く虚栄心の強い人々の間で始まった習慣によって、実感されるものになっているとしても、その害はあまりに軽く、勇敢で自分の勇気を確信する人なら気にかけえない。また、自分の迷信のため、あるいは不思議な夢や幻を語る他人を信じすぎるために、霊を恐れることもある。その結果、いくつかのことを行い、または行わなければ、霊に害されると信じ込まされるが、実はそれを行うこと、または行わないことが法に反する場合がある。そのように行ったことや怠ったことは、この恐怖によって免責されず、犯罪である。すでに第二章で示したように、夢は自然には、目覚めているとき感覚が受けた印象の後に、睡眠中に残る心像にすぎないからである。そして人が何らかの事情によって自分が眠ったと確信できないとき、夢は現実の幻のように見える。それゆえ、自分や他人の夢、幻だと称するもの、あるいは国家が認めるもの以外の、目に見えない霊の力についての心像に基づいて、あえて法を破る者は、自然法を捨てるのであり、それは確実な違反である。そして、自分や他の私人の頭の中の映像に従う。その映像が何かを意味するのか何も意味しないのか、また夢を語る者が真実をいうのか嘘をいうのかを、その人は決して知りえない。これをすべての私人が行うことを許されるなら、一人でも許される以上、自然法によってそうならなければならないのだが、いかなる法も有効に保てず、こうしてすべての国家が解体してしまうだろう。

犯罪は等しくない

これらの異なる犯罪の源から、すべての犯罪が、古代のストア派が主張したように、同じ質のものではないことは、すでに明らかである。犯罪に見えたものが実はまったく犯罪ではないと証明される免責の余地だけでなく、重く見えた犯罪が軽くされる情状酌量の余地もある。直線からのあらゆる逸脱が等しく曲がりであるのと同じく、すべての犯罪が等しく不正義という名に値することは、ストア派が正しく指摘したとおりである。しかし、そこから、すべての犯罪が同じ程度に不正であるとは帰結しない。すべての曲線が同じ程度に曲がっているとは限らないのと同じである。ストア派はこのことを見落としたため、法に反して雌鶏を殺すことを、自分の父親を殺すのと同じ重さの犯罪だと考えた。

完全な免責

ある行為を完全に免責し、犯罪という性質を取り去るものは、同時に法の義務を取り去るもの以外にはありえない。ひとたび法に反して行われた行為は、行為者がその法に拘束されているなら、犯罪以外ではありえないからである。

法を知る手段の欠如は、完全な免責となる。知る手段のない法は、義務を課さないからである。しかし、調べる勤勉さを欠くことを、手段の欠如とみなしてはならない。また、自分の事柄を管理するのに十分な理性があると称する者が、自然法を知る手段を欠くとは想定されない。それは、その人がもつと称する理性によって知られるからである。自然法への違反について免責されるのは、子供と精神の錯乱した者だけである。

人が捕虜となり、または敵の力のもとにある場合――自分の身体または生活の手段が敵の力のもとにあれば、その人もそうである――、それが自分の過失によらないなら、法の義務はなくなる。敵に従うか死ぬか、そのどちらかでなければならないからである。したがって、その服従は犯罪ではない。法の保護がなくなるとき、自分にできる最良の手段で自分を守らない義務を負う者はいないからである。

目前の死の恐怖によって、法に反する行為を強いられる人は、完全に免責される。いかなる法も、自分自身の保存を放棄する義務を人に課すことはできないからである。そうした法が義務を課すと仮定しても、人はこう推論するだろう。「しなければ、いま死ぬ。すれば、後で死ぬ。したがって、することによって、生きる時間が得られる」。それゆえ自然が、その人にその行為を強いるのである。

人が食物その他の生きるのに必要なものを欠き、法に反する何らかの行為によるほかには、自分を保存できない場合、その人は、直前に挙げた理由によって完全に免責される。たとえば、大飢饉の際、金銭でも施しでも得られない食物を、実力や盗みによって取ったり、生命を守るために他人の剣を奪い取ったりする場合である。

授権者に対する免責

また、他人の授権によって法に反してなされた行為は、その授権によって、授権者に対して免責される。誰も、自分の道具でしかない他人に行わせた、自分自身の行為を告発すべきではないからである。しかし、それによって侵害された第三者に対しては免責されない。法の違反において、授権者も行為者も犯罪者だからである。ここから、主権をもつ一人の人または合議体が、以前の法に反することをある人に命じるとき、それを行うことは完全に免責される、と帰結する。主権者自身は、その授権者なので、それを有罪とすべきではなく、主権者によって正当に有罪とされえないものは、他の誰によっても正当に罰せられないからである。さらに、主権者が以前の自分の法に反することを命じるとき、その命令は、その特定の行為については法の廃止である。

主権をもつ一人の人または合議体が、主権に本質的な何らかの権利を放棄し、その結果、主権、すなわち国家の存在そのものと両立しない自由が臣民に生じたとする。その臣民が、与えられた自由に反する事柄について、命令に従うことを拒むなら、それでも罪であり、臣民の義務に反する。主権は、自分自身の同意によって、自分自身の防衛のために設けられたのだから、それと両立しないものが何であるかを知るべきだからである。また、主権と両立しない自由は、その悪い帰結を知らないために与えられたことも、知るべきである。しかし、単に従わないだけでなく、執行にあたる公的な職務担当者に抵抗するなら、それは犯罪である。平和を破ることなく、訴えによって救済されえたからである。

犯罪の程度は、さまざまな尺度で測られる。第一に、その源または原因の悪さ、第二に、実例の伝染性、第三に、その結果の害、第四に、時、場所、人の事情の重なりによってである。

力への過信は、罪を重くする

法に反する同じ行為でも、法を執行すべき者に抵抗するだけの力、富、友人があるという過信から生じるなら、発覚しないという希望や、逃走によって逃れられるという希望から生じる場合より、重い犯罪である。実力によって罰を免れるという過信は、あらゆる時、あらゆる誘惑に際して、すべての法律への軽蔑を生む根だからである。これに対し、後の場合には、人を逃げさせる危険の予想が、将来その人をいっそう従順にする。犯罪と知って行う犯罪は、合法だという誤った確信から生じる同じ犯罪よりも重い。自分自身の良心に反して犯す者は、自分の実力その他の力を頼みにしており、それが再び同じ犯罪を犯す勇気を与えるからである。しかし、誤りからそうする者は、誤りを示されれば、法に従うようになる。

悪い教師は、情状酌量の理由となる

公に授権された教師や法の解釈者の権威から誤る者は、自分自身の原理や推論を頑固に押し通すことから誤る者ほど、責められるべきではない。公の権限によって教える者の教えは、国家が教えるものであり、同じ権限によって退けられるまで、法に似た性質をもつからである。そして、主権の否定を含まず、明白な法律に反しないすべての犯罪について、完全な免責となる。これに対し、私的な判断に自分の行為を基礎づける者は、その判断の正しさや誤りに応じた結果を、引き受けなければならない。

免罰の先例は、情状酌量の理由となる

同じ行為でも、他の人々が絶えずそれについて罰されてきた場合は、罰を免れた先例が多数あった場合より、重い犯罪である。その先例の一つ一つは、主権者自身が与えた免罰の希望だからである。そして、違反へ勇気づけるほどの希望や慈悲への期待を人に与える者は、その違反の一端を担うので、その全体を違反者の責任とするのは理にかなわない。

予謀は、罪を重くする

突然の情念から生じる犯罪は、長く思い巡らした末に生じる同じ犯罪ほど重くない。前の場合には、人間の本性に共通する弱さに、情状酌量の余地があるからである。しかし予謀して行う者は、注意深く見渡し、法、刑罰、人間社会への帰結に目を向けた。それなのに、犯罪を犯す際には、そのすべてを軽蔑し、自分の欲求より後回しにしたのである。しかし、どれほど情念が突然に起こっても、完全に免責するには十分でない。初めて法を知ってから行為を実行するまでの全期間が、熟慮の時間とみなされるからである。法について思い巡らすことで、情念の不規則さを正すべきなのである。

法が公に、絶えず、全人民の前で読まれ、解釈されるところでは、それに反する行為は、そのような教えもなく、人々が困難と不確実さの中で、生業を中断して自ら調べ、私人から教えられるほかないところよりも、重い犯罪である。後の場合、責任の一部は、共通の弱さに帰せられるからである。しかし前の場合には、主権へのある程度の軽蔑を伴う、明らかな怠慢がある。

主権者の黙認は、情状酌量の理由となる

法が明示的に非難していても、立法者が、その意志を示す他の明白なしるしによって黙認する行為は、法と立法者の双方に非難される同じ行為より、軽い犯罪である。立法者の意志は法であるので、この場合には、二つの矛盾する法律があるように見えるからである。もし人々が、主権者の命令に表されるもの以外の証拠から、その承認を知る義務を負うなら、それは完全な免責となるだろう。しかし、法への違反だけでなく、法の遵守にも罰が伴うため、主権者は違反の原因の一部であり、それゆえ犯罪全体を違反者の責任にするのは理にかなわない。たとえば法が決闘を非難し、その罰を死刑に定めているとする。他方で、決闘を拒む者は、救済のないまま軽蔑と嘲笑を受け、時には主権者自身から、戦争で職務や昇進を得るに値しないと思われる。そのために決闘を受けるなら、すべての人が主権をもつ者からよい評価を得ようと努めるのは合法であることを考えれば、その人を厳しく罰するのは理にかなわない。責任の一部を罰する者に帰せるからである。私がこういうのは、私的な復讐やその他の不服従の自由を望むためではなく、統治者に、直接禁じるものを、間接に後押ししないよう注意を求めるためである。君主の実例は、それを見る者の行動を導くのに、法律そのものよりも強い力をもち、昔からそうであった。そして、君主がすることではなく、いうことをするのがわれわれの義務であるとはいえ、神がその戒めに従うための特別な超自然的恩恵を人々に与えようとしないかぎり、その義務は決して果たされないだろう。

結果による犯罪の比較

また、結果の害によって犯罪を比べるなら、第一に、同じ行為でも、少数の者への害にとどまる場合より、多数の者への損害となる場合のほうが重い。したがって、ある行為が現在だけでなく、実例となることによって将来にも害を及ぼすなら、現在だけに害を及ぼす場合より、重い犯罪である。前者は実を結び、多くの人への害を増やす犯罪であるのに対し、後者は不毛だからである。国家に定められた宗教に反する教説を主張することは、私人の場合よりも、公認の説教師の場合のほうが大きな過ちである。不敬に、放縦に暮らし、または何らかの非宗教的行為をすることも同じである。同じく、法律を専門とする者が、主権を弱めることに向かう何らかの説を主張し、行為をすることは、他の者の場合より重い犯罪である。また、多くの人がその助言に従い、または行動をまねるほど、知恵の評判をもつ人の場合にも、その法に反する行為は、他の者の同じ行為より重い犯罪である。そのような人々は、犯罪を犯すだけでなく、他のすべての人にそれを法として教えるからである。一般に、すべての犯罪は、人をつまずかせる害が大きいほど、重くなる。つまり、自分の歩む道よりも、前を行く他人の掲げる光に目を向ける弱い者にとって、つまずきの石となるほど、重いのである。

大逆罪

また、国家の現在の体制に対する敵対行為は、私人に対する同じ行為よりも重い犯罪である。損害が全員に及ぶからである。国家の要塞を敵に引き渡し、秘密を明かすこと、君主であれ合議体であれ、国家の代表者に対するあらゆる企て、また現在においても継承においても、その権限を減らそうとする言葉や行為によるあらゆる努力がそうである。ラテン人が「クリミナ・ラエサエ・マイエスタティス」と呼ぶ犯罪は、これらを意味し、基本法に反する企てまたは行為に存する。

収賄と偽証

同じく、判決を無効にする犯罪は、一人または少数の人への侵害よりも重い犯罪である。たとえば、誤った判決や証言をするために金銭を受け取ることは、別の仕方で同額、あるいはもっと多額の金銭を人からだまし取るよりも重い犯罪である。そうした判決によって敗れる者が不正を受けるだけでなく、すべての判決が役に立たなくなり、実力や私的な復讐の機会が与えられるからである。

公金の横領

また、公の財宝や収入を盗み、横領することは、私人から盗んだりだまし取ったりするよりも重い犯罪である。公のものを盗むことは、多数の人から一度に盗むことだからである。

権限の偽造

また、公的な職務を詐称して奪うことや、公の印章や貨幣を偽造することは、私人になりすましたり、その印章を偽造したりするよりも重い。その欺きが、多数の人への損害に及ぶからである。

私人に対する犯罪の比較

私人に対して行われる、法に反する行為のうち、より重い犯罪は、人々の共通の意見において、その損害がより痛切に感じられるものである。したがって、

法に反して人を殺すのは、生命が保たれる他のいかなる侵害よりも重い犯罪である。

また、苦痛を加えて殺すのは、単に殺すよりも重い。

また、手足を切断するのは、財産を奪うよりも重い。

また、死や傷害の恐怖によって財産を奪うのは、秘密の窃取によるよりも重い。

また、秘密の窃取によるのは、欺いて同意を得ることによるよりも重い。

また、実力で貞操を侵すのは、甘言によるよりも重い。

また、既婚の女性の貞操を侵すのは、未婚の女性の場合よりも重い。

これらのことはすべて、普通、そのように評価されるからである。同じ侵害について、より敏感な者も、そうでない者もいる。しかし法が顧みるのは、人類の個別の傾向ではなく、一般的な傾向である。

それゆえ、言葉や身振りによる侮辱から受ける害が、侮辱された者のその場の苦しみ以外に何も生じさせない場合には、ギリシャ人、ローマ人、その他、古代や近代の諸国家の法律は、それを取り上げなかった。その苦しみの真の原因は、侮辱にあるのではなく――自分の徳を自覚する者には、侮辱は効き目をもたない――、それに傷つく者の気の弱さにある、と想定したのである。

また、私人に対する犯罪は、人、時、場所によって、大きく重くなる。自分の親を殺すのは、他人を殺すより重い犯罪である。親は、その権力を市民法に譲っていたとしても、もともと自然によってそれをもっていたので、主権者に対するのと同じ敬意を受けるべきだからである。また、貧しい人から盗むのは、富める人から盗むより重い犯罪である。貧しい者には、損害がいっそう痛切だからである。

また、礼拝のために定められた時や場所で犯す犯罪は、他の時や場所で犯す場合より重い。法へのいっそう大きな軽蔑から生じるからである。

罪を重くし、軽くするほかの多くの場合を付け加えることもできる。しかし、ここに挙げたことによって、誰でも、提示される他のどの犯罪についても、その重さを測ることができる。

公的な犯罪とは何か

最後に、ほとんどすべての犯罪では、私人だけでなく国家にも侵害がなされるので、同じ犯罪が、国家の名において告発されるときには公的犯罪、私人の名において告発されるときには私的犯罪と呼ばれる。それに応じて訴訟も、公的訴訟、すなわち「ユディキア・プブリカ」、王権訴訟、あるいは私的訴訟と呼ばれる。たとえば殺人の告発では、告発者が私人なら、その訴訟は私的訴訟であり、告発者が主権者なら、公的訴訟である。

第二十八章 刑罰と報酬について

刑罰の定義

「刑罰とは、公の権限によって、その同じ権限が法への違反と判断することを行い、または怠った者に加えられる害であり、その目的は、人々の意志を、それによっていっそう服従へ向かわせることである」。

罰する権利はどこから生じるか

この定義から何かを導き出す前に、きわめて重要な一つの問いに答えなければならない。どのような場合にも、罰する権利または権限は、どの入口から入ってきたのか、という問いである。すでに述べたことによれば、暴力に抵抗しない義務を信約によって負うと想定される者はいない。したがって、自分の身体に暴力を加える権利を、他人に与えたとは考えられない。国家をつくる際、各人は他人を守る権利を譲り渡すが、自分を守る権利は譲り渡さない。また、他人を罰する際には主権者を助ける義務を負うが、自分を罰する際には負わない。しかし、他人に害を加えるのに主権者を助けると信約しても、信約する者が自らその害を加える権利をもたなければ、主権者に罰する権利を与えることにはならない。それゆえ、国家、すなわちそれを代表する一人または複数の者が罰する権利は、臣民の何らかの譲渡や贈与に基づくのではないことが明白である。しかし私はすでに、国家の設立以前には、各人があらゆるものへの権利をもち、自分の保存に必要と思うことは何でもし、そのために誰を征服し、傷つけ、殺してもよかったことを示した。そして、これこそが、どの国家でも行使される処罰権の基礎である。臣民は、その権利を主権者に与えたのではない。自分たちの権利を放棄することによって、全員の保存のために、主権者が適切と思うように自分自身の権利を用いる力を強めただけである。それゆえ、その権利は主権者に与えられたのではなく、主権者に、そして主権者だけに残されたのである。そして、自然法が定める限界を除けば、その権利は、純粋な自然状態、各人が隣人と戦う状態におけるのと同じく、完全なままである。

私的な侵害と復讐は刑罰ではない

刑罰の定義から、私は次のことを導く。第一に、私的な復讐も、私人による侵害も、厳密には刑罰と呼べない。公の権限から出るものではないからである。

昇進を与えないことも刑罰ではない

第二に、公の恩恵によって顧みられず、昇進させられないことは、刑罰ではない。それによって誰にも新しい害が加えられず、ただ以前の状態に残されるだけだからである。

公の審理なしに加えられる苦痛も刑罰ではない

第三に、あらかじめ公の有罪判決なしに、公の権限によって加えられる害は、刑罰ではなく敵対行為と呼ばれるべきである。罰を受ける理由となる行為は、まず公の権限によって法への違反であると判断されるべきだからである。

簒奪された権力によって加えられる苦痛も刑罰ではない

第四に、簒奪された権力や、主権者からの権限をもたない裁判官によって加えられる害は、刑罰ではなく敵対行為である。簒奪された権力の行為は、有罪とされた本人を授権者にもたず、したがって公の権限による行為ではないからである。

将来の善を顧みずに加えられる苦痛も刑罰ではない

第五に、違反者自身を、またはその実例によって他の人々を、法に従うよう向かわせる意図も可能性もなく加えられる害は、すべて刑罰ではなく敵対行為である。その目的なしに加えられる害は、刑罰という名に含まれないからである。

自然に生じる有害な帰結は、刑罰ではない

第六に、ある種の行為には、自然によってさまざまな有害な帰結が伴う。たとえば、他人を襲う際に自分が殺されたり傷つけられたり、何らかの違法行為をして病気になったりする場合である。そうした害は、自然の作者である神との関係では、加えられたもの、それゆえ神の刑罰といえても、人間との関係では、刑罰という名に含まれない。人間の権限によって加えられたものではないからである。

加えられる害が違反の利益より小さければ、刑罰ではない

第七に、加えられる害が、犯した犯罪から自然に生じる利益や満足より小さいなら、その害は定義に含まれず、犯罪の刑罰というより、代価または買い戻し金である。刑罰の本性は、人々を法に従うよう向かわせることを目的とするが、害が違反の利益より小さければ、その目的を達せず、反対の結果を生むからである。

法に刑罰が付されている場合、それより大きい害は刑罰ではなく、敵対行為である

第八に、刑罰が法そのものに定められ、規定されていて、犯罪の後に、それより重い罰が科されるなら、その超過分は刑罰ではなく敵対行為である。刑罰の狙いは復讐ではなく恐怖であり、未知の重い刑罰への恐怖は、軽い刑罰を宣言することで取り除かれるので、予期しない付加分は刑罰の一部ではないからである。しかし、法律に刑罰がまったく定められていないところでは、加えられるものは何であれ、刑罰の性質をもつ。罰則を定めていない法を破ろうとする者は、不定の刑罰、すなわち裁量による刑罰を予期するからである。

法の制定前の行為に対して加えられる害は、刑罰ではない

第九に、それを禁じる法が存在する前になされた行為について加えられる害は、刑罰ではなく敵対行為である。法がある前には、法への違反はないからである。しかし刑罰は、法に違反したと判断される行為を前提とする。したがって、法が制定される前に加えられる害は、刑罰ではなく敵対行為である。

国家の代表者は罰せられない

第十に、国家の代表者に加えられる害は、刑罰ではなく敵対行為である。刑罰の性質は、公の権限によって加えられることにあり、その権限は代表者自身だけの権限だからである。

反逆した臣民への害は、刑罰としてではなく、戦争の権利によって加えられる

最後に、公然たる敵に加えられる害は、刑罰という名のもとには入らない。その者は、法に一度も服したことがないため違反できないか、あるいは、かつて服していても、もはや服さないと公言することによって、結果として、自分がその法に違反しうることを否定するか、そのどちらかだからである。それゆえ、その者に加えられうるすべての害は、敵対行為とみなされなければならない。しかし、公然たる敵対関係では、あらゆる害を加えることが合法である。ここから、臣民が、行為または言葉によって、承知の上で意図的に国家の代表者の権限を否定するなら、以前に反逆罪についてどのような刑罰が定められていたとしても、代表者の望むどのような苦しみをも、合法的に受けさせられうる、と帰結する。服従を否定することによって、法に定められた刑罰を否定するため、国家の敵として、すなわち代表者の意志に従って苦しむからである。法律に記された刑罰は、臣民のためのものであって、敵のためのものではない。自分自身の行為によって臣民となっていながら、意図的に反逆し、主権を否定する者は、敵なのである。

刑罰の第一の、最も一般的な分類は、神の刑罰と人間の刑罰とへの分類である。前者については、後にもっと適切な場所で、述べる機会がある。

人間の刑罰とは、人の命令によって科されるものであり、身体刑、財産刑、名誉刑、拘禁、追放、またはこれらを組み合わせたものである。

身体刑

身体刑とは、罰する者の意図に従って、直接身体に加えられるものである。鞭打ち、傷害、または以前は合法的に享受していた身体の快楽の剥奪などがそうである。

死刑

これらには、死刑と、それより軽い刑罰とがある。死刑とは、死を与えることであり、単に殺す場合も、苦痛を加える場合もある。死刑より軽いものは、鞭打ち、傷害、鎖につなぐこと、その他それ自体の性質では死に至らない身体の苦痛である。刑罰の結果、罰する者の意図なしに死が生じるなら、予見できない偶然によって害が致命的となっても、その刑罰を死刑とみなすべきではない。その場合、死は与えられたのではなく、早められたのである。

財産刑とは、金銭の剥奪だけでなく、土地その他、通常は金銭で売買される財産の剥奪に存する刑罰である。そうした罰を定める法が、違反者から金銭を集める意図でつくられた場合、それは厳密には刑罰ではなく、特権と法の免除の代価である。その法は、行為を絶対に禁じるのではなく、金を払えない者にだけ禁じるからである。ただし、自然法または宗教の一部である法の場合は別である。その場合には、法の免除ではなく、法への違反だからである。たとえば、神の名をみだりに唱える者から罰金を取る法では、その支払いは、みだりに誓う許可の代価ではなく、免除できない法への違反に対する刑罰である。同じく、法が、侵害された者に一定の金銭を払うよう課すなら、それは、その人に与えた害の賠償にすぎず、被害者の告発は消滅させても、違反者の犯罪は消滅させない。

名誉刑

名誉刑とは、国家によって不名誉とされる害を加え、または名誉とされる善を奪うことである。自然によって名誉あるものもあれば、国家によって名誉あるものとされるものもあるからである。前者には、勇気、度量の大きさ、力、知恵、その他の心身の能力が生み出すものがあり、後者には、徽章、称号、官職、その他、主権者の恩顧を示す特別なしるしがある。前者は、自然や偶然によって失われることはあっても、法律によって奪うことはできず、したがってその喪失は刑罰ではない。しかし後者は、それを名誉あるものとした公の権限によって奪うことができ、その剥奪は本来の意味で刑罰である。有罪とされた者から徽章、称号、官職を取り上げて位を落とすことや、将来それらを得る資格がないと宣言することがそうである。

拘禁

拘禁とは、公の権限によって人から自由を奪うことであり、異なる二つの目的から生じうる。一つは告発された者を確実に確保すること、もう一つは有罪とされた者に苦痛を加えることである。前者は刑罰ではない。裁判上の審理を受け、有罪と宣言される前に罰せられるとは、誰についても想定されないからである。それゆえ、審理の前に、鎖や拘束によって、その人の確保に必要な程度を超える害を受けさせることは、何であれ自然法に反する。しかし後者は、害であり、公の権限によって、同じ権限が法への違反と判断した何かを理由に加えられるので、刑罰である。拘禁という語のもとに、私は、外部の障害によって引き起こされるあらゆる運動の制限を含める。その障害が、一般に牢獄と呼ばれる家屋であれ、人がそこに幽閉されるという場合の島であれ、古代には採石場、今日ではガレー船で働く刑に処せられるような労働場所であれ、鎖その他の妨げであれ、同じである。

追放

追放とは、ある犯罪について、国家の支配領域またはその一部から去り、定められた期間、または永久に戻らないよう宣告されることである。他の事情がなければ、それ自体の性質としては、刑罰というより、むしろ逃走、あるいは逃走によって刑罰を避けよという公の命令に見える。キケロは、ローマ市では、そのような刑罰が定められたことは一度もないといい、それを危険にある人々の避難所と呼んでいる。追放されても、財産や土地の収入を享受することが許されるなら、単に暮らす土地の空気を変えるだけでは刑罰にならないからである。また、それは、すべての刑罰が設けられる目的である国家の利益、すなわち人々の意志を法の遵守へ向けることに役立たず、多くの場合、国家の損害となる。追放された人は、もはや国家の構成員でないため、自分を追放した国家の合法的な敵となるからである。しかし、土地や財産も奪われるなら、刑罰は追放にあるのではなく、財産刑に数えられるべきである。

無実の臣民を罰することは、自然法に反する

無実の臣民への刑罰は、大きくても小さくても、すべて自然法に反する。刑罰は法への違反についてだけのものなので、無実の者への刑罰はありえないからである。したがって、それは第一に、復讐において将来の何らかの善以外を顧みることを、すべての人に禁じる自然法に反する。無実の者を罰しても、国家に何の善も生じえないからである。第二に、忘恩を禁じる自然法に反する。すべての主権は、もともと各臣民の同意によって、彼らが服従するかぎり保護されることを目的に与えられたのだから、無実の者を罰するのは、善に悪で報いることだからである。そして第三に、公平、すなわち正義の平等な分配を命じる法に反する。無実の者を罰するとき、それは守られないからである。

しかし、戦争で無実の者に加える害は、そうではない

しかし、臣民ではない無実の者に、国家の利益のために、以前のどの信約も破らずに加えられる害は、どのようなものであっても、自然法への違反ではない。臣民でないすべての人は敵であるか、あるいは以前の何らかの信約によって敵でなくなったか、そのどちらかだからである。しかし、国家が自分たちに害を加えうると判断する敵に対しては、本来の自然権によって戦争をすることが合法である。そこでは剣は裁かず、勝者は過去について、罪ある者と無実の者を区別せず、慈悲についても、自分の人民の善に役立つかどうか以外を顧みない。また、この根拠によって、設立された国家の権限を意図的に否定する臣民に対しては、復讐は合法的に、父親だけでなく、まだ生まれておらず、したがって苦しめられる原因となる行為について無実である第三代、第四代にまで及ぶ。この違反の性質は、服従を放棄することに存し、それは、普通は反乱と呼ばれる戦争状態への逆戻りだからである。そのように違反する者は、臣民としてではなく敵として苦しむ。反乱とは、再開された戦争にすぎないからである。

報酬は、給与または恩恵である

報酬は、贈与によるか、契約によるか、そのどちらかである。契約による場合には、給与や賃金と呼ばれ、実行された、または約束された奉仕に対して当然支払われる利益である。贈与による場合には、与える者の恩恵から生じる利益であり、自分に奉仕するよう、人々を励まし、またはその能力を与えるためのものである。それゆえ、国家の主権者が公の官職に給与を定めるとき、それを受け取る者は、正義に基づいて職務を果たす義務を負う。そうでなければ、恩を認め、報いようと努める、名誉上の義務だけを負う。人々は、報酬や給与なしに、私事を放棄して公に奉仕するよう命じられた場合、合法的な救済の手段はもたない。しかし、その奉仕が他の仕方ではなしえないのでなければ、自然法によっても国家の設立によっても、それをする義務を負わない。主権者は彼らのあらゆる資力を用いうると想定されるからであり、最も普通の兵士でさえ、自分の軍務の賃金を、支払い義務のあるものとして要求できるのである。

恐怖から与えられる利益は、報酬ではない

臣民が国家に害を加える何らかの力や能力をもつのを恐れて、主権者がその臣民に与える利益は、厳密には報酬ではない。給与ではないからである。この場合、契約は想定されず、誰もがすでに国家に害をなさない義務を負っている。また、恩恵でもない。主権にはあるべきでない恐怖によって、強要されるからである。それはむしろ、国家の人格としてではなく、自然的人格として考えられた主権者が、自分より強いと思う者の不満をなだめるために捧げる犠牲である。そして服従を励ますのではなく、反対に、さらなる強要を続け、増すことを励ます。

定額の給与と、偶発的な給与

給与には、公の国庫から支払われる定額のものと、その給与が定められた職務の執行から生じる、不定で偶発的なものがある。後者は、裁判の場合のように、国家に有害となることがある。裁判官や裁判所の職務担当者の利益が、その審理に持ち込まれる事件の多さから生じるところでは、必ず二つの不都合が生じるからである。一つは、訴訟を増やすことである。訴訟が増えるほど利益も増える。もう一つは、それに伴う裁判権の争いであり、各裁判所が、できるだけ多くの事件を自分へ引き寄せる。しかし、執行の職務には、このような不都合はない。自分の努力によって、その仕事を増やすことができないからである。刑罰と報酬の性質については、これだけで十分であろう。これらは、いわば国家の手足と関節を動かす、神経と腱である。

ここまで私は、人間の本性――その誇りやその他の情念が、人間に統治への服従を強いた――と、その統治者の大きな力を示してきた。その統治者を、私はリヴァイアサンに比べた。この比較は、『ヨブ記』第四十一章の最後の二節から取った。そこで神は、リヴァイアサンの大きな力を述べた後、それを高ぶる者たちの王と呼んでいる。「地上には、これと比べられるものが何もない。これは恐れを知らぬようにつくられた。あらゆる高いものを下に見て、誇りの子らすべての王である」と神はいう。しかし、リヴァイアサンも死すべきものであり、他のすべての地上の生き物と同じく、衰えを免れない。また、地上にはなくとも、天には、それが恐れるべきもの、従うべき法をもつものがある。それゆえ、以下の章では、その病と死の原因、および守る義務を負う自然法について述べよう。

第二十九章 国家を弱め、またはその解体に向かわせる事柄について

国家の解体は、不完全な設立から生じる

死すべき者がつくるもので、不死でありうるものは何もない。それでも、人々が自分で称するほど理性を用いるなら、少なくとも内なる病による滅亡からは、国家を守ることができるだろう。国家は、その設立の性質からして、人類や自然法、あるいは国家に生命を与える正義そのものと同じだけ長く生きるよう、つくられているからである。したがって、外部の暴力ではなく、内なる混乱によって解体する場合、欠陥は、素材としての人間にあるのではなく、国家をつくり、整える者としての人間にある。人々は、ついには、無秩序に押し合い、切りつけ合うことに疲れ、一つの堅固で永続する建物を形づくろうと心から望む。しかし、自分たちの行為を整える適切な法律をつくる技術を欠き、また、現在の自分の大きさにある粗く邪魔な突起を削り取られるのを受け入れる、謙虚さと忍耐も欠く。それゆえ、きわめて有能な建築家の助けなしには、ぐらついた建物にしか組み上げられない。それは自分たちの時代さえどうにか持ちこたえる程度で、必ず子孫の頭上に崩れ落ちるのである。

それゆえ、国家の弱さのうち、私は第一に、不完全な設立から生じ、自然の身体の不完全な生殖から生じる病に似たものを数えよう。

絶対的な権力の欠如

その一つは、「王国を得るために、国家の平和と防衛に必ず必要となるよりも小さい権力で、人が満足することがある」というものである。そこから、差し控えた権力の行使を、公の安全のために取り戻さなければならなくなると、それが不正な行為のように見え、大勢の人々を、機会さえあれば反乱する気にさせることになる。これは、病気の親から生まれた子供の身体が、早死にしやすいか、あるいは不健全な受胎から受け継いだ悪い性質を、腫れ物やかさぶたを噴き出すことによって排除しなければならないのと同じである。また王たちが、このような必要な権力の一部を自らに認めないとき、それは、引き受ける職務に何が必要かを知らないためだけではない。そういう場合もあるが、多くの場合、望めば再び取り戻せるという希望からである。この推論はよくない。約束を守らせようとする者たちは、外国の国家によって、王に対抗するよう支えられるからである。外国の国家は、自国の臣民の善のために、隣国を弱める機会をほとんど逃さない。カンタベリー大司教トマス・ベケットが、ヘンリー二世に対して教皇から支持されたのもそうである。征服王ウィリアムが即位にあたり、教会の自由を侵さないと宣誓したとき、聖職者は国家への服従を免除されていたのである。また、ウィリアム・ルーファスが、兄から自分へ王位継承を移す助けを得るため、主権と両立しないほどまで権力を増した諸侯も、ジョン王への反乱でフランス人に支持された。これは君主制だけに起こるのではない。古代ローマ国家の名称は「ローマの元老院と人民」であったが、元老院も人民も全権力を主張しなかった。それが初めに、ティベリウス・グラックス、ガイウス・グラックス、ルキウス・サトゥルニヌス、その他の者の反乱を引き起こし、後には、マリウスとスッラのもと、さらにポンペイウスとカエサルのもとで、元老院と人民との戦争を引き起こした。その結果、民主制は消え、君主制が設けられた。

アテナイの人民は、ただ一つの行為だけを、自らに禁じた。それは、サラミス島をめぐる戦争の再開を提案する者を、死刑にするというものであった。しかし、それによって、もしソロンが自分は気が狂ったという噂を流させ、その後、狂人の身振りと装いで、周りに集まった人民に韻文で再開を提案しなかったなら、彼らは、市門のすぐ前に、絶えず戦う用意をした敵を置くことになっていただろう。権力をほんのわずかでも制限される国家はすべて、このような損害か、こうした窮余の策を強いられるのである。

善悪についての私的な判断

第二に、反乱を招く教説の毒から生じる国家の病を挙げる。その一つは、「各私人が、行為の善悪を裁く者である」という教説である。これは、市民法のない純粋な自然状態では真実であり、市民的統治のもとでも、法によって定められていない場合には真実である。しかし、それ以外の場合、行為の善悪の尺度が市民法であり、裁判者が立法者、すなわちつねに国家の代表者であることは明白である。この偽りの教説によって、人々は国家の命令を自分の中で論じ、争い、その後、自分の私的判断で適切と考えるとおりに従ったり従わなかったりするようになる。それによって国家は乱され、弱められる。

誤った良心

市民社会に反する別の教説は、「自分の良心に反して人がすることは、すべて罪である」というものである。これは、自分自身を善悪の裁判官とする思い上がりに依存する。人の良心と判断は同じものであり、判断が誤りうるように、良心も誤りうるからである。それゆえ、いかなる市民法にも服さない者は、自分自身の理性以外に従う規則がないため、良心に反するすべてのことにおいて罪を犯すが、国家の中で暮らす者は、そうではない。法は公の良心であり、その人は、すでにそれに導かれることを引き受けているからである。そうでなければ、私的な意見にすぎない個々の良心が、これほど多様である以上、国家は必ず混乱し、誰も、自分自身の目によいと見える範囲を超えて、あえて主権に従おうとはしなくなる。

霊感の主張

また、「信仰と聖性は、研究と理性によってではなく、超自然的な霊感や注入によって得られる」とも、普通に教えられてきた。これを認めるなら、なぜ人が自分の信仰の理由を説明しなければならないのか、なぜキリスト教徒の一人一人が預言者でもあってはならないのか、なぜ自分の霊感より自国の法を行為の規則とすべきなのか、私にはわからない。こうして、われわれは再び、自分で善悪を裁こうとし、または超自然的な霊感を受けたと称する私人をその裁判官にして、あらゆる市民的統治を解体するという過ちに陥る。信仰は聞くことから生じ、聞くことは、語りかける者の前へわれわれを導く、さまざまな出来事から生じる。それらの出来事はすべて全能の神によって仕組まれている。しかし、超自然的なのではなく、それぞれの結果に重なる出来事の数があまりに多いため、観察できないだけである。信仰と聖性は、確かにそう頻繁には見られない。しかし奇跡ではなく、教育、訓練、矯正、その他の自然的な仕方によって生じる。神は、適当と考えるとき、そのようにして選ばれた者のうちにそれらを働かせるのである。そして、平和と統治に有害なこの三つの意見は、世界のこの地域では、主として無学な神学者の舌と筆から出た。彼らは聖書の言葉を理性にかなわない仕方で結び合わせ、聖性と自然的理性は両立できないと人々に思わせようと、力を尽くす。

主権を市民法に服させること

国家の本性に反する第四の意見は、「主権をもつ者は市民法に服する」というものである。すべての主権者が自然法に服するのは、確かに真実である。それらは神の法であって、いかなる人や国家によっても廃止されえないからである。しかし主権者自身、すなわち国家が制定する法律には、服さない。法に服することは国家に、すなわち主権をもつ代表者に、つまり自分自身に服することだからであり、それは服従ではなく、法からの自由である。この誤りは、法を主権者の上に置くので、その上に裁判官と罰する権力をも置く。それは新しい主権者をつくることである。そして同じ理由で、第二の主権者を罰する第三の主権者をつくり、こうして果てしなく続き、国家の混乱と解体に至る。

臣民に絶対的な所有権を帰すること

国家の解体に向かう第五の教説は、「各私人は、自分の財産に、主権者の権利を排除するほど絶対的な所有権をもつ」というものである。確かに各人は、他のすべての臣民の権利を排除する所有権をもつ。そして、それをもつのは主権からだけである。その保護がなければ、他のすべての者が同じものに等しい権利をもつはずだからである。しかし主権者の権利も排除されるなら、主権者は、人々が自分に与えた職務を果たせない。それは、外国の敵からも、互いの侵害からも、彼らを守ることである。したがって、もはや国家は存在しなくなる。

そして、臣民の所有権が、その財産に対する主権をもつ代表者の権利を排除しないなら、臣民が主権者自身を代表して行う裁判や執行の職務に対する、その代表者の権利を排除しないのは、なおさらである。

主権を分割すること

国家の本質に明白かつ直接に反する、第六の教説がある。それは、「主権は分割できる」というものである。国家の権力を分割するとは、解体すること以外の何であろうか。分けられた権力は、互いを破壊するからである。そして人々がこれらの教説を教わったのは、主として、法律を専門としながら、それを立法権ではなく、自分たちの学識に依存させようとする者の一部からである。

近隣諸国の模倣

また、偽りの教説だけでなく、近隣の国の異なる統治の実例も、しばしば人々を、すでに定まった形態の変更へと向かわせる。ユダヤの人民は、そのようにして神を退け、諸国の習わしに従って王を立てるよう、預言者サムエルに求める気にさせられた。同じく、ギリシャの小さな都市も、貴族政派と民主政派の反乱によって絶えず乱された。ほとんどどの国家でも、一方がスパルタ人を、他方がアテナイ人をまねようと望んだからである。また私は、近ごろのイングランドの混乱を、多くの人が低地諸国の模倣から喜んで見ていたことを疑わない。豊かになるには、低地諸国がしたように政体を変えさえすればよい、と考えたのである。人間の本性の仕組みは、それ自体、新奇なものを欲しやすい。それゆえ、近くに、変革によって豊かになった者がいて、同じことへ駆り立てられると、変革へ誘う者を喜ばずにいるのは、ほとんど不可能である。そして、混乱が続けば苦しむとしても、その最初の始まりを愛する。それは、疥癬にかかった血気盛んな者が、自分の爪で掻きむしり、ついには痛みに耐えられなくなるのと同じである。

ギリシャ人とローマ人の模倣

とりわけ君主制への反乱については、最も頻繁な原因の一つは、古代ギリシャ人やローマ人の政治書や歴史書を読むことである。若者や、堅固な理性という解毒剤を備えていないすべての者は、軍隊の指揮者が戦争で成し遂げた偉業から、強く心地よい印象を受けると同時に、その者たちが行った他のすべてのことについても、好ましい観念を受け取る。そして、その大きな繁栄は、個々人の競争心からではなく、民衆的な政体の優秀さから生じたと想像する。その政治の不完全さが生んだ、頻繁な反乱や内戦を考えないのである。私はいうが、そのような本を読むことから、人々は自分たちの王を殺そうとした。ギリシャ語やラテン語の著者たちは、政治に関する書物や論議の中で、実行の前に王を僭主と呼びさえすれば、誰がそうしても合法で称賛に値するとするからである。彼らは、王殺し、すなわち国王を殺すことが合法だとはいわず、僭主殺し、すなわち僭主を殺すことが合法だという。同じ書物から、君主のもとで暮らす者は、民衆国家の臣民は自由を享受するが、君主制の臣民はみな奴隷であるという意見をもつ。私は、君主制のもとで暮らす者がその意見をもつ、というのであって、民衆政のもとで暮らす者がもつとはいわない。彼らは、そんなことがないとわかっているからである。要するに、こうした書物を公に読ませながら、その毒を取り除くのに適した、分別ある教師による矯正をその場で加えないこと以上に、君主制を害するものがありうるとは、私には想像できない。その毒を、私はためらわず狂犬の咬傷に比べよう。医師が恐水病、すなわち水への恐怖と呼ぶ病である。そうして咬まれた者は、絶えず渇きに苦しみながら水を嫌い、毒がその人を犬に変えようとしているかのような状態になる。同じく君主制も、その体制へ絶えずうなる民主政の著述家たちに深く咬まれると、強い君主を何より必要とする。それでも、ある種の僭主恐怖、すなわち強く統治されることへの恐れから、その君主を得ると嫌悪するのである。

人間に三つの魂があると説いた学者がいたように、国家にも一つを超える魂、すなわち複数の主権者がありうると考える者がいる。彼らは、主権に対して教会の最高権を、法律に対して教会法を、市民的権限に対して霊的権限を立てる。そして、それ自体では何も意味しない言葉や区別によって、人々の心に働きかける。それらの不明瞭さが示すのは、別の王国が、いわば妖精の王国のように、闇の中を、一部の者のいうように目に見えず歩き回っている、ということだけである。さて、市民的権力と国家の権力が同じものであり、また、教会の最高権、教会法を制定する権力、特別の許可を与える権力が、国家を含意することは明白である。したがって、一方が主権者で他方が最高権者であり、一方が法律をつくり他方が教会法をつくれるところでは、同じ臣民からなる二つの国家が必ず存在する。それは内部で分かれた王国であり、存続できない。世俗的と霊的という無意味な区別をしても、やはり二つの王国であり、各臣民が二人の主人に服するからである。霊的権力は、何が罪かを宣言する権利を主張するので、その結果、何が法かを宣言する権利も主張する。罪は法への違反にほかならないからである。一方、市民的権力も何が法かを宣言する権利を主張するので、各臣民は、自分の命令を法として守らせようとする二人の主人に従わなければならず、それは不可能である。あるいは、王国が一つだけなら、国家の権力である市民的権力が霊的権力に従属し、その場合、霊的な主権しかないか、または霊的権力が世俗的権力に従属し、その場合、世俗的な最高権しかないか、そのどちらかでなければならない。それゆえ、この二つの権力が対立すると、国家は内戦と解体の大きな危険に陥らざるをえない。市民的権限は、より目に見え、自然的理性のいっそう明るい光の中にあるので、いつの時にも人民のかなり大きな部分を必ず引きつける。一方、霊的権力は、スコラ学の区別や難解な言葉の闇にあっても、闇や幽霊への恐怖が他の恐怖より大きいため、国家を乱し、時には破壊するのに十分な党派を欠くことがない。これは、自然の身体の癲癇、すなわち倒れる病に比べても、不適切ではない。ユダヤ人はこれを、霊に憑かれることの一種と考えた。この病では、頭の中の不自然な精気、すなわち風が神経の根を塞ぎ、激しく動かして、脳内の魂の力から自然に受けるはずの運動を奪う。そのため各部に、痙攣と呼ばれる、激しく不規則な運動を生じさせ、病に襲われた者は、感覚を失った者のように、時には水に、時には火に倒れ込む。同じく政治体でも、霊的権力が、国家の神経である刑罰の恐怖と報酬の希望によって、国家の魂である市民的権力に動かされるべき仕方とは違う仕方で、国家の各部分を動かし、奇妙で難しい言葉で理解を窒息させると、必ず人民を混乱させ、国家を圧迫によって押し潰すか、内戦の火へ投げ込むか、そのどちらかにするのである。

混合政体

また、純粋に市民的な統治でも、魂が一つより多いことがある。たとえば、栄養能力にあたる徴税の権力が全体の議会に、運動能力にあたる指揮と命令の権力が一人に、理性能力にあたる立法の権力が、その両者だけでなく第三の者との偶然の同意に依存している場合である。これは時には、よい法律への同意の欠如によって、しかし最も多くは、生命と運動に必要な養分の欠如によって、国家を危険にさらす。このような統治が、統治ではなく、国家を三つの党派へ分割するものであると気づく者は少なく、人々はそれを混合君主制と呼ぶ。しかし実際には、一つの独立した国家ではなく、三つの独立した党派であり、一つの代表人格ではなく、三つなのである。神の王国では、支配する神の一性を損なわずに、独立した三つの位格がありうる。しかし、意見の相違を免れない人間が支配するところでは、そうではありえない。したがって、王が人民の人格を担い、全体の議会も人民の人格を担い、別の合議体が人民の一部の人格を担うなら、それらは一つの人格でも一つの主権者でもなく、三つの人格、三つの主権者である。

国家のこの不規則さを、自然の人体のどの病に正確に比べられるか、私にはわからない。しかし私は、脇腹から別の人間が生え、その別の人間が自分自身の頭、腕、胸、腹をもっている人を見たことがある。もし反対側の脇腹からも別の人間が生えていたなら、その比較は正確だっただろう。

金銭の不足

ここまで、最も大きく、最も差し迫った危険をもつ国家の病を挙げた。それほど大きくはなくても、なお観察するに値する病もある。第一に、国家の必要な用途のため、とりわけ戦争が近づくときに、金銭を集めることの困難である。この困難は、各臣民が、自分の土地や財産に、それを使用する主権者の権利を排除する所有権をもつ、という意見から生じる。そのため、国家の必要と危険を予見する主権は、人民の固執によって、公の国庫への金銭の通り道が塞がれているのを見る。本来なら、危険の始まりに立ち向かって防ぐため、自らを広げるべきところを、できるかぎり縮める。そして、もはや縮められなくなると、わずかな金額を得るために、法の策略を用いて人民と争う。しかしそれでは足りず、ついには、目前の供給の道を実力で開くか、滅びるか、そのどちらかを強いられる。こうした窮地へたびたび追い込まれ、最後には人民を適切な状態へ戻すか、さもなければ国家が滅びなければならない。それゆえ、この病は熱病にきわめてよく比べられる。そこでは、肉の部分が凝固し、または有毒な物質で塞がるため、自然の経路によって心臓へ血を注ぐ静脈が、本来そうであるべきように動脈から補給されなくなる。その結果、初めに冷たい収縮と手足の震えが起こり、後には、血の通り道を押し開くため、心臓の熱く強い努力が起こる。それができるまでは、一時的に冷やすものによるわずかな休息で満足する。やがて、自然の力が十分に強ければ、塞がった部分の抵抗を打ち破り、毒を汗として散らすが、弱すぎれば患者は死ぬ。

独占と徴税請負人の濫用

また、国家には時として、胸膜炎に似た病がある。独占や公収入の徴収請負によって、国家の財宝が正しい流れを外れ、一人または少数の私人のもとに過剰に集まる場合である。胸膜炎で、血が胸の膜に入り込み、そこで炎症を生じ、熱と刺すような痛みを伴うのと同じである。

人気のある人々

また、有力な臣民の人気は、国家がその忠誠についてきわめて十分な保証をもたないかぎり、危険な病である。主権者の権限から動きを受け取るべき人民が、野心ある人の甘言や名声によって、法への服従から引き離され、その徳や企てを何も知らない人に従うようになるからである。これは普通、君主制よりも民衆政で、いっそう危険である。軍隊は、その力と人数がきわめて大きいため、自分たちこそ人民であると容易に思い込ませられるからである。この手段によって、元老院に対抗するため人民に立てられたユリウス・カエサルは、自分の軍隊の愛着を勝ち取り、元老院と人民の両方の主人となった。そして、人気と野心をもつ者のこの振舞いは、明らかな反乱であり、魔術の効果に比べることができる。

都市の過大な規模、多数の法人

国家の別の弱さは、一つの都市が、自分の境域から大軍の人数と費用を供給できるほど、過大になることである。また、法人の数が多いこともそうである。それらは、大きな国家の腹の中にある多くの小国家のようなもので、自然的人間の腸の中の虫に似ている。

主権に反して論議する自由

これに、政治的な思慮があると称する者が、絶対的権力に反して論議する自由を加えられる。彼らは多くの場合、人民の澱の中で育ちながら、偽りの教説に勇気づけられ、絶えず基本法に干渉して国家を悩ませる。医師がアスカリデスと呼ぶ、小さな腸虫のようなものである。

さらに、支配領域を拡大したいという飽くなき欲求、すなわち過食症と、それによってしばしば敵から受ける治らない傷を加えてよい。また、統合されない征服地という瘤もある。それらはしばしば重荷となり、保つより失うほうが危険は少ない。さらに、安逸による昏睡、放蕩と無駄遣いによる衰弱もある。

国家の解体

最後に、対外戦争であれ内戦であれ、敵が最終的な勝利を得て、国家の軍勢がもはや戦場にとどまらず、忠誠を守る臣民にそれ以上の保護がなくなるとき、国家は解体され、各人は、自分の判断が示す手段によって自分を守る自由をもつ。主権者は、国家に生命と運動を与える公の魂であり、それが息絶えれば、各構成員がそれによって統治されることは、死体が、去った魂によって統治されることと同じく、なくなる。その魂が不死であっても、そうである。主権をもつ君主の権利は、他人の行為によって消滅しえないが、構成員の義務は消滅しうる。保護を欠く者は、どこにでもそれを求めてよく、得たなら、恐れから服従したという欺瞞的な口実を設けず、自分にできるかぎり、その保護を守る義務を負うからである。しかし、合議体の権力がひとたび抑え込まれると、その権利は完全に滅びる。合議体そのものが消滅しているので、主権が戻る可能性も、したがって存在しないからである。

第三十章 主権をもつ代表者の職務について

人民の善を確保すること

主権者の職務は、君主であれ合議体であれ、主権を委ねられた目的、すなわち人民の安全を確保することに存する。それを果たし、そのことについて、その法の作者である神に、そして神だけに説明する義務を、自然法によって負う。しかし、ここで安全とは、単に生存を保つことだけでなく、国家に危険や害を与えず、各人が合法的な勤勉によって自分のために得る、生活上の他のあらゆる満足をも意味する。

教育と法律によって

これは、個人が訴えたとき侵害から保護することを超えて、個々人に配慮することによって果たされるのではなく、一般的な配慮によって果たされるべきものである。その配慮は、教説と実例の両方による公の教育、および、各個人が自分の事件に適用できるよい法律を制定し、執行することに含まれる。

主権の本質的権利を放棄したり、その根拠が人民に教えられるよう図らなかったりすることは、主権者の義務に反する

また、第十八章に示した主権の本質的権利が取り去られるなら、それによって国家は解体し、各人は他のすべての者との戦争状態とその災厄へ戻る。それはこの世で生じうる最大の害である。それゆえ、その権利を完全なまま維持することが、主権者の職務である。したがって第一に、そのどれかを他人に移し、または自分から手放すことは、義務に反する。手段を捨てる者は、目的を捨てるからである。そして主権者でありながら、市民法に服すると認め、最高裁判権、自らの権限で戦争と平和を決める権力、国家の必要を判断する権力、自分の良心に従って必要と判断する時に必要なだけ金銭や兵士を集める権力、戦時と平時の役人や職務担当者を任命する権力、教師を任命し、どの教説が人民の防衛、平和、善にかなうか、または反するかを審査する権力を放棄する者は、手段を捨てている。第二に、これらの本質的権利の根拠と理由について、人民が無知であったり、誤って教えられたりするままにするのは、主権者の義務に反する。国家がその権利の使用と行使を必要とするとき、人々はそれによって容易に誘惑され、主権者への抵抗へ引き込まれるからである。

これらの権利の根拠は、いっそう入念かつ正確に教えられる必要がある。いかなる市民法や法的刑罰への恐怖によっても、それらを維持できないからである。反乱を禁じる市民法は、そして主権の本質的権利へのあらゆる抵抗は反乱なのだが、市民法としてそれ自体で義務を課すのではなく、信義への違反を禁じる自然法の効力によってだけ、義務を課す。この自然的義務を知らなければ、主権者がつくるどの法の正当な権限も、人々にはわからない。また、刑罰については、ただ敵対行為と受け取り、自分たちに十分な力があると思うと、敵対行為によってそれを避けようと努めるのである。

絶対的主権には理性の原理がないという者の反論

正義は実体のない言葉にすぎず、人が実力や技術によって自分のために得られるものは、戦争状態だけでなく国家の中でも、自分のものだ、という人々を私は聞いたことがある。それが誤りであることは、すでに示した。同じように、主権を絶対的なものにする本質的権利を支える、根拠や理性の原理は存在しない、と主張する者もいる。もしあるなら、どこかで発見されていたはずだが、これまで、その権利が認められ、または主張された国家を、われわれは一つも見ていない、というのである。その推論は、アメリカの未開の人々が、材料と同じだけ長持ちするように家を建てる根拠や理性の原理はないと、これまでそのようによく建てられた家を見たことがないという理由で否定するのと、同じほど悪い。時と勤勉は、日々、新しい知識を生む。よい建築の技術が、人類が拙いながらも建築を始めてから長い後に、材料の性質や形と比率のさまざまな効果を長く研究した勤勉な人々の観察した、理性の原理から導かれたのと同じように、人々が不完全で混乱へ戻りやすい国家を構成し始めてから長い後に、勤勉な熟考によって、外部の暴力を除けば、その構成を永続させる理性の原理が発見されることもありうる。そして、私がこの論説で示してきたのは、そのような原理である。それらを用いる力をもつ者の目に触れるかどうか、また彼らに顧みられるかどうかは、今日の私個人の利害には、ほとんど関わらない。しかし、私のこれらの原理が、そのような理性の原理ではないと仮定しても、聖書の権威に基づく原理であることを、私は確信している。それは、神が契約によって特別な人民としたユダヤ人を、モーセを通じて統治した神の王国について語るとき、明らかにするつもりである。

庶民の理解力の不足からの反論

しかし彼らはさらに、原理が正しくても、普通の人民にはそれを理解させるだけの能力がないという。王国の富める有力な臣民や、最も学識があるとされる者が、庶民に劣らず理解力に乏しいのであれば、私は喜ばしく思うだろう。しかし誰もが、この種の教説への障害は、問題の難しさより、学ぶべき者の利害から生じることを知っている。有力者は、自分の情念にくつわをはめる権力を立てることを、なかなか受け入れない。学識ある者は、自分の誤りを明かし、それによって権威を減らすことを、なかなか受け入れない。それに対し、普通の人民の心は、有力者への依存で汚され、あるいは学者の意見で書き散らされていなければ、白紙のようであり、公の権限によって何が刷り込まれようとも、それを受け取るのに適している。国民全体が、理性を超えるキリスト教の大きな奥義に従うよう導かれ、何百万人もの人々が、同じ身体が同時に無数の場所にありうるという、理性に反することを信じるようにされるのに、法に守られた教育と説教によって、これほど理性にかなうものを受け入れさせることができないというのか。偏見のない者なら誰でも、ただ聞くだけで学べるほどのものなのである。したがって私は、主権が完全に保たれているあいだ、自然の基本法でもある主権の本質的権利を人民に教えることには、主権者自身か、国家の行政を委ねる者の過失によるもの以外の困難はない、と結論する。それゆえ、そうした教育を受けさせることは、主権者の義務である。そして義務であるだけでなく、反乱によって自分の自然的人格に生じうる危険に対する、自分の利益と安全でもある。

臣民は政体の変更を好まないよう教えられるべきである

細目に移るなら、人民は第一に、隣国で見るどの政体をも、自分たちの政体より愛してはならず、また、自分たちと違う仕方で統治される諸国に、現在どのような繁栄を見ようとも、変更を望むべきでないと教えられなければならない。貴族的または民主的な合議体によって治められる人民の繁栄は、貴族制や民主制からではなく、臣民の服従と一致から生じるからである。また、君主制の人民が栄えるのも、一人の人が統治する権利をもつからではなく、その人に従うからである。どの種類の国家でも、服従、したがって人民の一致を取り去れば、栄えないだけでなく、短いあいだに解体するだろう。そして、不服従によって、ただ国家を改革するだけのつもりの者は、それによって国家を破壊するとわかるだろう。物語の中のペレウスの愚かな娘たちのようなものである。彼女たちは、衰えた父を若返らせようと望み、メデイアの助言によって父を切り刻み、珍しい薬草とともに煮たが、新しい人間にすることはできなかった。この変更への欲求は、神の第一の戒めへの違反に似ている。そこで神は、「ノン・ハベビス・デオス・アリエノス」、すなわち「他国の神々をもってはならない」といい、別の箇所では、王たちについて、彼らは神々であるというからである。

また、主権者に対抗して人気者に従わないように

第二に、同じ臣民の誰かが、どれほど高い地位にあり、国家の中でどれほど目立って輝いていても、また主権的合議体以外のどんな合議体についても、その徳への称賛に引かれ、主権者だけに固有の服従や敬意を、それらへ向けてはならないと、教えられるべきである。彼らは、それぞれの地位で主権者を代表するのであり、主権の権限から彼らを通して伝えられるもの以外の影響を、彼らから受けてはならない。人民に対して嫉妬せず、人気者の甘言によって忠誠からそらされるに任せる主権者は、人民を愛すべきように愛しているとは想像できないからである。実際、人民はしばしば、ひそかにだけでなく、公然と誘われ、説教師によって「イン・ファキエ・エクレシアエ〔教会の面前で〕」その者との結婚を宣言し、往来の通りでも公表するほどになった。これは、十戒の第二の戒めへの違反に、適切に比べられる。

また、主権を論争の対象にしないように

第三に、これに続いて、一人であれ合議体であれ、主権をもつ代表者を悪くいったり、その権力について論じ争ったり、何らかの仕方でその名を不敬に用いたりすることが、いかに大きな過ちかを、人民は教えられるべきである。それによって主権者が人民から軽蔑され、国家の安全が存するところの人民の服従が、緩められるからである。第三の戒めは、類似によって、この教説を指し示している。

また、自分たちの義務を学ぶ日を設けるように

第四に、人民が日々の労働から離れ、自分たちを教えるよう任じられた者に耳を傾ける一定の時間を設けなければ、これを教えることも、教えた後に覚えていさせることも、まして一世代が過ぎた後に、誰に主権があるかを知っていさせることもできない。それゆえ、そのような時間を定め、人々が集まり、主権者たちの主権者である神に祈りと賛美を捧げた後、自分たちの義務を聞き、全員に一般に関わる実定法が読まれ、説明されるのを聞き、それらを法とする権限を思い起こさせられるようにする必要がある。この目的で、ユダヤ人には七日ごとの安息日があり、法が読まれ、解説された。その厳粛な行事によって、人々は、自分たちの王が神であり、神が六日で世界をつくり、七日目に休んだことを思い起こさせられた。また、その日に労働を休むことによって、自分たちの王である神が、エジプトでの奴隷の苦しい労働から自分たちを救い、神を喜んだ後、合法的な娯楽によって自分たち自身をも楽しむ時間を与えたことを、思い起こした。したがって、戒めの第一の石板は、すべて神の絶対的権力の要旨を定めることに費やされている。それは神としてだけでなく、契約によって特別にユダヤ人の王である者としての権力である。それゆえ、人々の同意によって主権を与えられた者にも、臣民に何を教えるべきかを知るための光を与えうる。

また、両親を敬うように

また、子供への最初の教育は親の配慮に依存するので、子供は、その養育のもとにいるあいだ、親に従う必要がある。それだけでなく、後にも、感謝が求めるように、敬意の外面的なしるしによって、教育の恩を認める必要がある。そのため、人々は、本来、各人の父親は、生殺の権力をもつ主権的な主人でもあったこと、そして家族の父親たちは、国家を設立してその絶対的権力を譲り渡したときにも、教育のために当然受けるべき敬意まで失おうと意図したことは決してなかった、と教えられるべきである。その権利を手放すことは、主権の設立に必要でなかったからである。また、後に子供から得られる利益が、他人から得られるものと何も変わらないなら、誰かが子供をもちたがり、養い教える配慮を引き受ける理由もないだろう。そして、これは第五の戒めに一致する。

また、侵害を加えることを避けるように

また、すべての主権者は、正義を教えさせるべきである。正義は、誰からもその人のものを取り上げないことに存するので、これは、主権の権限によって隣人のものとなっているものを、暴力や欺きによって奪わないよう教えさせるのと同じである。所有されるもののうち、人にとって最も大切なのは、自分の生命と手足であり、次には、多くの者にとって、夫婦の愛情に関するもの、その後に富や生活の手段がある。それゆえ人民は、私的な復讐によって互いの身体に暴力を加えること、夫婦の名誉を侵すこと、互いの財産を実力で略奪し、欺いて盗むことを、差し控えるよう教えられるべきである。同じ目的のために、裁判官や証人の腐敗による誤った判決の悪い帰結も示す必要がある。それによって所有権の区別が取り去られ、正義が無効になるからである。これらすべては、第六、第七、第八、第九の戒めに示されている。

また、これらをすべて心から誠実に行うように

最後に、不正な行為だけでなく、それを行う企てや意図も、偶然に妨げられたとしても、不正義であると教えられるべきである。不正義は、行為の規則違反だけでなく、意志の邪悪さにも存するからである。これが第十の戒めの意図であり、第二の石板の要旨である。そのすべては、「隣人を自分自身のように愛しなさい」という、相互の慈愛の一つの戒めにまとめられる。第一の石板の要旨が、人々がそのとき新たに自分たちの王として受け入れた「神を愛すること」にまとめられるのと同じである。

大学の役割

人民がこの教育を受け取る手段と導管については、弱く誤った原理に基づく、人類の平和に反するこれほど多くの意見が、それでもなぜ人民の中に深く根を下ろしたかを調べなければならない。私がいうのは、前章で挙げた意見である。たとえば、人々は何が合法で違法かを、法そのものではなく、自分自身の良心、すなわち私的判断によって裁くべきだということ、自分であらかじめ合法と判断しないかぎり、国家の命令に従う臣民は罪を犯すということ、富についての所有権は、それに対する国家の支配権を排除するということ、僭主と呼ぶ者を臣民が殺すのは合法だということ、主権は分割できるということなどである。これらは、次の手段によって人民に注ぎ込まれる。必要や貪欲のために商売や労働に専念する者も、逆に、豊かさや怠惰のために感覚の快楽を追う者も、自然的正義だけでなく、他のあらゆる学問の真理を学ぶのに不可欠な、深い熟考から遠ざけられている。この二種類の人々が、人類の大部分を占める。それゆえ、義務についての観念を、主として説教壇の神学者から、一部は、すらすらともっともらしく語る能力をもち、法や良心の問題で自分より賢く学識があるように見える隣人や知人から受け取る。そして神学者や、学識を誇る他の者は、大学や法学院、あるいはそれらで著名な人々の出版した書物から知識を得る。したがって、人民への教育が、大学で若者を正しく教えることに全面的に依存することは明白である。しかし、イングランドの大学は、それを行うのに十分な学識を、すでにもっているのではないか、あるいは、お前が大学を教えようというのか、とある人はいうかもしれない。難しい問いである。それでも第一の問いには、ためらわず答える。ヘンリー八世の治世末期近くまで、国家の権力に対抗して教皇の権力を支え続けたのは、主として大学であった。また、王の主権に反して、多くの説教師や、そこで教育を受けた法律家その他の者が主張した教説は、大学がその偽りの教説の作者ではなかったとしても、真の教説を植えつける方法を知らなかったことの、十分な証拠である。意見がこれほど矛盾している以上、彼らが十分に教えられてこなかったのは、きわめて確かだからである。また、市民的権限に反して、最初に染み込ませられたあの、内に浸透する酒の味を、なお残していても不思議ではない。しかし後の問いについては、私が然りとも否ともいうのは適切でなく、必要もない。私のしていることを見る者は誰でも、私の考えを容易に察することができるからである。

人民の安全は、さらに、主権をもつ一人または複数の者に、あらゆる階層の人民へ等しく正義を行うことを求める。すなわち、富める有力者も、貧しく無名な者も、受けた侵害について正当な救済を得られ、有力者が下位の者に暴力、侮辱、その他の侵害を加えたとき、下位の者が有力者に同じことをしたとき以上に、罰を免れる希望をもたないようにすることである。公平はこの点に存する。そして、それは自然法の戒めなので、主権者も、人民の最も低い者と同じく服する。法への違反はすべて、国家に対する侵害である。しかし、私人に対する侵害でもあるものがある。国家だけに関わるものは、公平を破らずに赦免できる。各人は、自分に対してなされたことを、自分の判断で赦せるからである。しかし、私人に対する侵害は、公平に従うなら、被害者の同意か、相当の賠償なしには赦免できない。

臣民間の不平等は、主権の行為から生じる。したがって主権者の面前、すなわち裁判所では、王たちの王の面前で、王とその臣民との不平等に余地がないのと同じく、余地をもたない。有力者の名誉が評価されるべきなのは、その慈善と、下位の人々へ与える助けのためである。そうでなければ、まったく評価されるべきでない。そして、彼らの行う暴力、圧迫、侵害は、その人物の大きさによって軽くなるのではなく、重くなる。それを行う必要が最も少ないからである。有力者へのこの偏りは、次のような帰結を生む。免罰が傲慢を生み、傲慢が憎しみを生み、憎しみが、国家を滅ぼしてでも、人を圧迫し侮辱する、あらゆる権勢を引き倒そうとする努力を生むのである。

平等な課税

平等な正義には、租税の平等な賦課も属する。その平等は、富の平等ではなく、各人が自分の防衛について国家に負う債務の平等に依存する。人は、生命を維持するために労働するだけでなく、必要なら、その労働の安全を確保するために戦わなければならないからである。捕囚から帰還して神殿を再建したユダヤ人のように、片手で建て、もう一方の手に剣をもつか、あるいは、自分のために戦う者を雇うか、そのどちらかをしなければならない。主権によって人民に課される税は、さまざまな商売や職業に従事する私人を守るため、公の剣をもつ者へ支払われるべき賃金にほかならないからである。各人がそれによって受ける利益は生命の享受であり、生命は貧者にも富者にも等しく大切なので、貧者が自分の生命を守る者に負う債務は、富者が自分の生命の防衛について負う債務と同じである。ただし、貧者の奉仕を受ける富者は、自分だけでなく、さらに多くの人のために債務を負うことがある。これを考えると、課税の平等は、消費する者の富の平等よりも、消費されるものの平等に存する。多く働き、労働の実りを蓄えて少なく消費する者が、怠惰に暮らし、少なく稼ぎ、稼いだすべてを使う者より、多く課税されるべき理由は何か。国家から受ける保護は、一方が他方より多いわけではないのである。しかし、人が消費するものに課税されるなら、各人は、自分の使うものについて等しく支払い、私人の贅沢な浪費によって国家が欺かれることもない。

公の扶助

また、多くの人々は、避けられない事情によって、自分の労働で自活できなくなる。そのような人々は、私人の慈善に任されるべきではなく、自然の必要が求める範囲で、国家の法律によって扶養されるべきである。力のない者を顧みないのが、誰にとっても慈愛に反するのと同じく、国家の主権者が、そのような不確かな慈善の危険に彼らをさらすことも、慈愛に反するからである。

怠惰の防止

しかし、身体の丈夫な者については事情が違う。その者たちには労働を強制すべきである。そして、仕事が見つからないという弁明を避けるため、航海、農業、漁業、その他労働を必要とするあらゆる製造業のように、各種の技術を奨励する法律があるべきである。貧しいが丈夫な人々がなお増え続けるなら、十分に人が住んでいない土地へ移住させるべきである。しかし、そこにいる住民を絶滅させるのではなく、もっと近くに集まって住み、広い土地を歩き回って見つけたものを取るのではなく、小さな土地の一つ一つに技術と労働を尽くして、適切な季節に糧を与えさせるよう、強制すべきである。そして全世界が住民で満ちすぎるなら、最後の救済は戦争であり、それは勝利か死によって、各人の始末をつける。

よい法律とは何か

よい法律をつくることは、主権者の配慮に属する。しかし、よい法律とは何か。私がよい法律というとき、正しい法律を意味しているのではない。いかなる法律も、不正ではありえないからである。法律は主権によってつくられ、その権力によってなされるすべてのことは、人民の各人によって授権され、自分のものと認められている。そして各人がそうあってほしいと望むものを、誰も不正とはいえない。国家の法律も、遊戯の規則と同じである。遊ぶ者全員が合意するものは、誰に対しても不正義ではない。よい法律とは、人民の善のために必要であり、しかも明瞭なものである。

必要なもの

効力を与えられた規則にほかならない法律の用途は、人民をあらゆる自発的行為から縛りとめることではない。自分の激しい欲望、性急さ、無分別によって自分を害さないような動きへ、人々を導き、その中に保つことである。生垣が、旅人を止めるためではなく、道から外れないように置かれるのと同じである。それゆえ、必要でない法律は、法の真の目的をもたず、よい法律ではない。人民に必要でなくても、主権者に有益なら、よい法律と思われるかもしれない。しかし、そうではない。主権者と人民の善は、切り離せないからである。臣民が弱ければ主権者も弱く、主権者が自分の意志どおりに治める権力を欠けば、人民も弱い。不必要な法律は、よい法律ではなく、金銭を得る罠である。主権の権利が認められるところでは余分なものであり、認められないところでは、人民を守るのに不十分である。

明瞭なもの

明瞭さは、法そのものの言葉よりも、それがつくられた原因と動機を宣言することに存する。それが立法者の意味するところを示すからである。そして、立法者の意味するところがわかれば、法律は多くの言葉より、少ない言葉のほうが容易に理解される。すべての言葉は曖昧さを免れないので、法律の本文で言葉を増やすことは、曖昧さを増やすことだからである。そのうえ、あまりに細かく書くと、言葉をすり抜けられる者は誰でも、法の範囲外にいるかのように思わせる。これが、多くの不必要な訴訟の原因となる。古代の法律がどれほど短かったか、それが次第にどれほど長くなったかを考えると、私には、法の起草者と弁論者の争いが見えるように思われる。前者は後者を囲い込もうとし、後者はその囲いをすり抜けようとし、弁論者が勝ったのである。それゆえ、一人であれ合議体であれ、すべての国家で最高の代表者である立法者の職務には、なぜ法律がつくられたかの理由を明瞭にし、本文そのものを、できるだけ適切で意味の明らかな語によって、できるだけ短くすることが属する。

刑罰

刑罰と報酬を正しく適用することも、主権者の職務に属する。罰する目的は、復讐や怒りの発散ではなく、違反者、またはその実例による他の人々の矯正なので、最も厳しい刑罰は、公に最も危険な犯罪に科すべきである。設立された統治への悪意から出るもの、正義への軽蔑から生じるもの、多数者の憤りを招くもの、また権力者の息子、使用人、寵臣が犯す場合のように、罰しなければ授権されたように見えるものがそうである。憤りは、不正義の行為者や授権者だけでなく、彼らを保護しそうなすべての権力にも、人々を向かわせるからである。タルクィニウスの場合がそうで、息子の一人の傲慢な行為のために、彼はローマから追放され、君主制そのものが解体した。しかし、大きな挑発、強い恐怖、極度の必要、その行為が重罪かどうかについての無知から生じるような、弱さによる犯罪には、多くの場合、国家を害さずに寛大である余地がある。そしてその余地があるとき、自然法は寛大さを求める。騒乱では、首謀者と教唆者への刑罰こそ、その実例によって国家の利益となりうるのであって、惑わされた哀れな人民への刑罰ではない。人民に厳しくするのは、その大部分を主権者の責任に帰しうる無知を罰することである。人々がもっとよく教えられていなかったのは、主権者の過失だからである。

報酬

同じく、主権者の職務と義務には、つねに国家の利益が生じるように報酬を与えることが属する。そこに報酬の用途と目的が存する。それが果たされるのは、国家によく奉仕した者を、公の財宝をできるだけ少なく費やして、十分によく報いることによって、他の者が、できるだけ忠実に国家へ仕えるとともに、いっそうよく仕える能力を得る技術を学ぶよう励まされるときである。人気と野心をもつ臣民を、静かにし、人民の心に悪い印象を与えるのをやめさせるため、金銭や昇進で買い取ることには、報酬の性質は何もない。報酬は、国家への害ではなく、過去の奉仕のために設けられるものだからである。それは感謝のしるしでもなく、恐怖のしるしであり、公の利益ではなく損害に向かう。これは、ヘラクレスと怪物ヒュドラの戦いに似た、野心との争いである。その怪物には多くの頭があり、一つを倒すたびに三つが生えた。同じく、一人の人気者の頑固さを報酬で克服すると、その実例によって、同じ利益を望んで同じ害をなす者が、さらに多く生じるからである。あらゆる製造物と同じく、悪意も売り物となることで増える。このような方法で内戦を延期できることはあっても、危険はますます大きくなり、公の破滅はいっそう確実になる。それゆえ、国の平和を乱して大きくなろうとする者に報酬を与え、時間がたって大きな危険で対抗するより、初めのうちに小さな危険で対抗しようとしないことは、公の安全を委ねられた主権者の義務に反する。

助言者

主権者の別の仕事は、よい助言者を選ぶことである。私がいうのは、国家の統治で、その助言を受けるべき者である。会議または助言を意味する「コンシリウム」という語は、「コンシディウム」から変化したもので、広い意味をもち、将来何をすべきかを熟慮するだけでなく、過去の事実や現在の法を裁くため、共に座る人々のあらゆる集まりを含むからである。ここでは、それを最初の意味だけで用いる。この意味では、民主制にも貴族制にも、助言者の選択はない。助言する人格が、助言される人格の構成員だからである。したがって、助言者の選択は君主制に固有である。君主制で、あらゆる分野について最も有能な者を選ぼうと努めない主権者は、職務を果たすべきように果たしていない。最も有能な助言者とは、悪い助言をすることで利益を得る希望が最も少なく、国家の平和と防衛に役立つ事柄について、最も知識のある者である。公の混乱から誰が利益を期待するかを知るのは難しい。しかし、正当な疑いへ導くしるしは、従来どおりの支出を賄うに足りる財産をもたない者が、人民の理不尽な、あるいは救いようのない不満をなだめすかすことである。それは、知る必要のある者なら誰でも、容易に観察できる。しかし、公の事務について誰が最もよく知っているかを知るのは、さらに難しい。そして、それを知る者は、助言者を必要とする度合いがずっと小さい。ほとんどどの技術でも、誰がその規則を知っているかを知ることは、その技術について相当の知識があることだからである。まず規則を理解するよう教えられた者でなければ、他人の規則の真実を確信することはできない。しかし、技術の知識の最良のしるしは、それに多く携わってきたことと、一貫してよい結果を出してきたことである。よい助言は、くじや相続によって得られない。それゆえ国務について、富める者や高貴な者からよい助言を期待する理由は、要塞の寸法を描く場合以上にはない。ただし、政治の研究には幾何学の研究のような方法は必要なく、傍観するだけでよい、と考えるなら別である。しかし、そうではない。政治学のほうが、二つのうちで難しい研究だからである。ヨーロッパのこれらの地域で、最高国務会議に相続によって席をもつのが、ある人々の権利とされてきたのは、古代ゲルマン人の征服に由来する。そこでは、多くの絶対的な領主が他の国々を征服するために結びついたが、自分たちの子孫と臣民の子孫を後の時代にも区別するしるしとなる特権なしには、同盟に入ろうとしなかった。その特権は主権と両立しないので、主権者の恩顧によって保持しているように見えることはある。しかし、それを自分の権利として争うなら、必ず少しずつ手放すことになり、最後には、自分の能力に自然に伴う以上の名誉をもたなくなる。

また、どの事柄でも、助言者がどれほど有能であっても、合議体で弁論の形で助言するより、各人が別々に、自分の助言とその理由を述べるほうが、その助言の利益は大きい。また、即座に語るより、あらかじめ考えたほうが大きい。行為の帰結を見渡す時間がより多くあり、また意見の相違から生じる嫉妬、競争心、その他の情念によって、反対のための反対へ流されにくいからである。

他国には関係せず、内向きの法律によって臣民が享受しうる安楽と利益だけに関わる事柄では、最良の助言は、各地方の人民の一般的な報告と苦情から得るべきである。人民は自分たちの必要を最もよく知っており、それゆえ、主権の本質的権利を損なうことを何も要求しない場合には、入念に耳を傾けられるべきである。その本質的権利なしには、前にたびたび述べたように、国家はまったく存立しえないからである。

指揮官

軍の最高指揮官は、人気がなければ、軍隊から受けるべき愛と恐れを受けず、したがって、その職務をうまく果たせない。それゆえ、勤勉、勇敢、親しみやすく、気前がよく、幸運でなければならない。それによって、能力があり、兵士を愛しているという評判を得るのである。これが人気であり、兵士のうちに、指揮官の好意を得るよう自分を示したいという欲求と勇気を生む。そして、必要なときに、反抗的または怠慢な兵士を罰する将軍の厳格さを、支える。しかし、この兵士の愛は、指揮官の忠誠が保証されていなければ、主権にとって危険である。とりわけ、その主権が人気のない合議体の手にある場合にはそうである。それゆえ、主権者が軍を委ねる者が、よい指揮者であるとともに忠実な臣民であることは、人民の安全に関わる。

しかし、主権者自身に人気があり、すなわち人民から敬われ愛されているなら、臣民の人気による危険は、まったくない。兵士は、主権者の人格だけでなく、その大義をも愛するとき、指揮官を愛しているからといって、主権者に反して指揮官に味方するほど、一般に不正ではないからである。それゆえ、かつて実力で合法の主権者の権力を抑え込んだ者は、自分がその地位に落ち着く前に、人民が自分を受け入れる恥を免れるよう、自分の権原を工夫する苦労を、つねに強いられた。主権への公知の権利をもつことは、きわめて人気を得る性質なので、それをもつ者が臣民の心を自分へ向けるには、自分の側では、自分の家を絶対的に治める能力があると示すだけで足り、敵の側では、その軍隊が解散されるだけで足りる。人類の最も大きく、最も活動的な部分は、これまで、現状に十分満足したことがないからである。

ある主権者が他の主権者に対して負う職務は、普通、万民法と呼ばれる法に含まれる。それについては、ここで何もいう必要はない。万民法と自然法は同じものだからである。各主権者は、人民の安全を確保するために、各個人が自分の身体の安全を確保するためにもつのと同じ権利をもつ。そして、市民的統治をもたない人々に、互いに関して何をすべきか、何を避けるべきかを命ずるのと同じ法が、国家、すなわち主権をもつ君主や合議体の良心にも、同じことを命ずる。自然的正義の法廷は、良心の中以外には存在せず、そこでは人間ではなく神が支配するからである。その法のうち全人類を拘束するものは、神が自然の作者であるという点では自然的であり、同じ神が王たちの王であるという点では法である。しかし、王たちの王として、また特定の人民の王としての神の王国については、本論の残りで語ることにしよう。

第三十一章 自然による神の王国について

以下の章の目的

純粋な自然状態、すなわち主権者でも臣民でもない者たちの絶対的自由が、無政府と戦争の状態であること、その状態を避けるよう人々を導く戒めが自然法であること、主権のない国家は実体のない言葉にすぎず、存続しえないこと、臣民は、服従が神の法に反しないすべての事柄で、主権者に無条件の服従を負うこと。これらは、すでに書いたことの中で十分に証明した。市民としての義務を完全に知るために残るのは、その神の法が何であるかを知ることだけである。それなしには、人は市民的権力によって何かを命じられたとき、それが神の法に反するかどうかを知らない。それゆえ、市民として従いすぎて神の尊厳を侵すか、あるいは神を侵すことを恐れて国家の命令を破るか、そのどちらかになる。この両方の暗礁を避けるためには、神の法が何であるかを知らなければならない。そして、あらゆる法の知識は主権の知識に依存するので、以下では、神の王国についていくらか述べよう。

神の王国の臣民は誰か

「神は王である。地は喜べ」と、詩篇の作者はいう。『詩篇』第九十六篇第一節である。また、「諸国民が怒っても、神は王である。地が揺れ動いても、神はケルビムの上に座す」ともいう。第九十八篇第一節である。人々は、望むと望まないとにかかわらず、つねに神の力に服さなければならない。神の存在や摂理を否定して、自分の安らぎを振り落とすことはできても、くびきを振り落とすことはできない。しかし、人間だけでなく、獣、植物、生命のない物体にも及ぶ、この神の力を王国と呼ぶのは、比喩的な言葉の用法にすぎない。厳密に支配するというのは、言葉によって、また、その言葉に従う者への報酬の約束と、従わない者への刑罰の威嚇によって、臣民を治める者だけだからである。したがって、神の王国の臣民は、生命のない物体でも、理性のない生き物でもない。それらは戒めを神の戒めとして理解しないからである。無神論者でもなく、神が人間の行為を顧みると信じない者でもない。彼らは、いかなる言葉をも神の言葉と認めず、神の報酬に希望をもたず、神の威嚇を恐れないからである。それゆえ、世界を治め、人類に戒めを与え、報酬と刑罰を示した神が存在すると信じる者が、神の臣民である。残るすべての者は、敵と理解されるべきである。

神の三様の言葉――理性、啓示、預言

言葉によって統治するには、その言葉が明白に知らされなければならない。そうでなければ、法ではないからである。法律の本性には、無知という弁明を取り除けるほど、十分かつ明瞭に公布されることが属する。人間の法律では、その公布はただ一種類、人の声による布告または公布である。しかし神は、三つの仕方で法を宣言する。自然的理性の命ずるところによって、啓示によって、そして、奇跡の働きによって他の人々から信じられるようにした、ある人の声によってである。ここから、理性的、感覚的、預言的という、三様の神の言葉が生じる。それに対応するのは、正しい理性、超自然的感覚、信仰という、三様の聞き方である。啓示や霊感に存する超自然的感覚については、その仕方で普遍的な法律が与えられたことはない。神はそのようには、特定の人々にしか語らず、異なる人に異なることを語るからである。

神の二つの王国――自然的なものと預言的なもの。

残る二種類の神の言葉、すなわち理性的なものと預言的なものとの相違から、神には自然的な王国と預言的な王国という、二つの王国を帰することができる。自然的な王国では、神は自らの摂理を認めるすべての人々を、正しい理性の自然的な命令によって治める。預言的な王国では、ユダヤ人という特定の国民を自らの臣民に選び、その者たちだけを、自然的理性だけでなく、聖なる預言者の口を通して与えた実定法によって治めた。この章で私が語ろうとするのは、神の自然的な王国である。

神の主権の権利は、その全能から導かれる。

神が人々を治め、法を破る者を罰する自然権は、人々を創造したことから導かれるのではない。まるで、恩恵への感謝として服従を求めるかのように、そう考えるべきではなく、神の抵抗しえない力から導かれるのである。主権の権利が約定からどのように生じるかは、すでに示した。同じ権利が自然からどのように生じうるかを示すには、それが決して取り去られないのはどのような場合かを示すだけでよい。すべての人は自然によってあらゆるものへの権利をもっていたので、各人は他のすべての者を治める権利をもっていた。しかし、この権利を実力によって獲得することはできなかったため、各人の安全にとって必要だったのは、その権利を差し控え、共通の同意によって、主権的権限をもつ者を立て、自分たちを治め、守らせることであった。これに対し、もし抵抗しえない力をもつ人がいたなら、その力によって、自分の判断に従って、自分自身と他の人々の双方を治め、守るべきでない理由はなかった。したがって、抵抗しえない力をもつ者には、力の卓越ゆえに、すべての人への支配権が自然に伴う。その結果、人々への王権と、自分の望むとおりに人々を苦しめる権利が、全能の神に自然に属するのは、その力によるのである。創造者であり恩恵深い者としてではなく、全能の者としてなのである。また、刑罰とは罪に対する苦痛と理解されるので、罪に対してだけ当然のものとなるが、苦痛を加える権利は、人の罪からつねに生じるのではなく、神の力から生じる。

罪が、すべての苦難の原因ではない

「なぜ悪人がしばしば栄え、善人が逆境に苦しむのか」という問いは、古代の人々によって盛んに論じられた。これは、われわれの「神はいかなる権利によって、この世の繁栄と逆境を配るのか」という問いと同じである。そして、あまりに難しいため、神の摂理についての信仰を、俗衆だけでなく、哲学者、さらに聖人の間でさえ揺るがした。「イスラエルの神は、心のまっすぐな者たちに、なんと善良であることか」とダビデはいう。「それでも、私の足はほとんど外れ、歩みはすんでのところで滑った。悪しき者を見て憤ったからである。不敬な者がこれほど栄えるのを見たからである」。またヨブは、正しい者であるにもかかわらず、多くの苦難を受けたことについて、神にどれほど激しく問いただしたことか。ヨブの場合、この問いを決したのは神自身であり、ヨブの罪からの論拠によってではなく、自分自身の力からの論拠によってであった。ヨブの友人たちは、苦難から罪を推論し、ヨブは無実という自覚によって弁護した。そこで神自身が問題を取り上げ、「私が大地の基を据えたとき、あなたはどこにいたのか」など、自分の力から取った論拠によって苦難を正当化した後、ヨブの無実を認め、友人たちの誤った教説を退けたのである。この教説にかなうのが、生まれつき盲目の人について、救い主が語った次の言葉である。「この人が罪を犯したのでも、その父祖たちが犯したのでもない。神の業がこの人のうちに現れるためである」。また、「死は罪によって世に入った」といわれるとしても――それは、アダムが罪を犯さなければ死なず、すなわち魂と身体の分離を経験しなかった、という意味である――、そこから、罪を犯していないアダムを、神が正当に苦しめられなかったとは帰結しない。神は、罪を犯せない他の生き物にも、同じように苦しみを与えるのである。

神の法

自然だけに基づく神の主権の権利を述べたので、次には、神の法、すなわち自然的理性の命ずるところが何であるかを考えなければならない。その法は、人同士の自然的な義務か、われわれの神的主権者に自然に当然払われる敬意か、そのどちらかに関わる。前者は、本論の第十四章と第十五章ですでに述べた自然法と同じである。すなわち、公平、正義、慈悲、謙虚さ、その他の道徳的な徳である。それゆえ残るのは、神の尊厳への敬意と礼拝について、他の神の言葉なしに、自然的理性だけによって人々に命じられる戒めが何かを考えることである。

敬意と礼拝とは何か

敬意は、他人の力と善良さについての、内なる考えと評価に存する。したがって神を敬うとは、その力と善良さを、できるだけ高く評価することである。そして、その評価が人々の言葉や行動に現れる外面的なしるしを、礼拝という。それは、ラテン人が「クルトゥス」という語で理解するものの一部である。この語は、本来つねに、人が何かから利益を得ようという目的で、そのものに注ぐ労力を意味するからである。さて、われわれが利益を得るものは、自分に従属し、注ぐ労力の自然の結果として利益をもたらすか、あるいは、自分には従属せず、そのもの自身の意志に従って、われわれの労力に応じるか、そのどちらかである。最初の意味では、土地に費やされる労力は耕作と呼ばれ、子供の教育は心の耕作と呼ばれる。第二の意味では、実力ではなく、相手を喜ばせることによって、人の意志を自分の目的に向けなければならない。この場合、その語は、機嫌を取ること、つまりよい働きによって好意を勝ち取ることと同じ意味になる。たとえば、称賛し、力を認め、利益を期待する相手の喜ぶことをするのである。これが本来の礼拝である。この意味で、「プブリコラ」は人民を崇敬する者、「クルトゥス・デイ」は神への礼拝と理解される。

敬意のさまざまなしるし

力と善良さについての評価に存する内なる敬意から、三つの情念が生じる。善良さに関わる愛と、力に関わる希望および恐怖である。また、外面的な礼拝の三つの部分、称賛、崇めること、祝福することが生じる。称賛の対象は善良さであり、崇めることの対象は力であり、祝福することの対象は、その結果である幸福である。称賛と崇めることは、言葉でも行動でも表される。言葉では、人が善良だ、偉大だというときであり、行動では、その恵みに感謝し、その力に従うときである。他人の幸福についての評価は、言葉でしか表せない。

自然的な礼拝と、任意に定められる礼拝

敬意のしるしには、属性にも行為にも、自然にそうであるものがある。属性では、善良、正しい、気前がよい、といったもの、行為では、祈り、感謝、服従である。他のものは、人々の制定や慣習によってそうなる。そして、ある時や場所では名誉あるもの、別の時や場所では不名誉なもの、さらに他ではどちらでもないものとなる。挨拶、祈り、感謝の身振りが、時や場所によって違って用いられる場合などがそうである。前者は自然的な礼拝、後者は任意に定められる礼拝である。

命じられた礼拝と、自由な礼拝

任意に定められる礼拝には、二つの違いがある。命じられる場合と、自発的な場合である。命じられた礼拝とは、礼拝される者が要求する礼拝であり、自由な礼拝とは、礼拝する者が適切と考える礼拝である。命じられる場合、礼拝であるのは、言葉や身振りではなく、服従である。しかし自由な場合、礼拝は、見る者の評価に存する。われわれが敬意を表そうとする言葉や行為が、見る者に滑稽で、侮辱に向かうものと見えるなら、それは礼拝ではない。敬意のしるしではないからである。そして敬意のしるしではないのは、しるしとは、それを出す者にとってのしるしではなく、それが示される相手、すなわち見る者にとってのしるしだからである。

公的な礼拝と、私的な礼拝

また、公的な礼拝と私的な礼拝がある。公的とは、国家が一つの人格として行う礼拝である。私的とは、私人が行うものである。公的な礼拝は、国家全体との関係では自由だが、個人との関係ではそうではない。私的な礼拝は、秘密なら自由だが、多数者の目の前では、法律か人々の意見か、そのどちらかからの制約を免れることがなく、それは自由の性質に反する。

礼拝の目的

人間同士の礼拝の目的は、力である。ある人が他人に崇敬されるのを見ると、人はその者を強力だと考え、いっそう進んで従うので、その力を大きくするからである。しかし神は目的をもたない。われわれが神にする礼拝は、われわれの義務から生じ、われわれの能力に応じて、理性の命ずる敬意の規則によって導かれる。それは、利益への希望、害への恐怖、あるいはすでに受けた善への感謝から、弱い者が強い人々に対して行うべきものとして、理性が命ずる規則である。

神への敬意を表す属性

自然の光が、どのような神への礼拝を教えるかを知るため、私は神の属性から始めよう。第一に、神に存在を帰すべきことは明白である。存在しないと思うものを敬おうと意志することは、誰にもできないからである。

第二に、世界や世界の魂が神であるといった哲学者たちは、神にふさわしくない言い方をし、その存在を否定した。神とは世界の原因と理解されるからである。世界が神であるというのは、世界に原因はない、すなわち神は存在しないということになる。

第三に、世界は創造されず、永遠であるというのは、永遠なものには原因がないので、神の存在を否定することである。

第四に、自分では神に安楽を帰すつもりで、人類への配慮を神から取り去る者は、神への敬意を取り去る。敬意の根である、人々の神への愛と恐れを取り去るからである。

第五に、大きさと力を意味する事柄で、神が有限だというのは、神を敬うことではない。帰せるものより少ないものを神に帰すのは、敬おうとする意志のしるしではないからである。そして、有限とは、われわれが帰せるものより少ない。有限のものには、さらに何かを容易に付け加えられるからである。

したがって、神に形を帰すのは敬意ではない。すべての形は有限だからである。

また、心の中で神を思い描き、想像し、その観念をもつというのも、敬意ではない。われわれが思い描くものは、すべて有限だからである。

また、神に部分や全体性を帰すことも、敬意ではない。それらは有限なものだけの属性だからである。

また、神がこの場所やあの場所にあるというのも、敬意ではない。場所にあるものは、何であれ境界づけられ、有限だからである。

また、動いている、あるいは静止しているというのも、敬意ではない。そのどちらの属性も、神に場所を帰すからである。

また、神が一つより多いというのも、敬意ではない。それは、すべてを有限とすることになるからである。無限なものは、一つを超えて存在しえない。また、悔い、怒り、憐れみのような苦しみを含む情念、欲求、希望、欲望のような欠乏を含む情念、あるいは何らかの受動的な能力を、神に帰すべきでもない。ただし比喩として、情念ではなくその結果を意味する場合は別である。情念は、他の何かによって制限された力だからである。

したがって、神に意志を帰すとき、それを人間の場合のように理性的な欲求と理解してはならず、あらゆるものを実現する力と理解しなければならない。

同じことは、視覚その他の感覚の働き、また知識や理解を神に帰す場合にもいえる。われわれにおいて、それらは、人体の器官に圧力を加える外部のものによって起こされる、心の動揺にほかならない。しかし神のうちには、そのようなものはない。それらは自然の原因に依存するものなので、神に帰すことはできない。

自然的理性によって認められるものだけを神に帰そうとする者は、無限、永遠、理解しえない、といった否定的な属性か、いと高い、いと大いなる、といった最上級か、善良、正しい、聖なる、創造者、といった限定のない語を用いなければならない。そして、神が何であるかを宣言するのではなく、われわれがどれほど神を仰ぎ、どれほど進んで従おうとするかを示す、という意味で用いるべきである。神が何であるかを宣言するのは、神をわれわれの心像の限界内に囲い込むことになるからである。それは謙虚さと、できるだけ神を敬おうとする意志のしるしである。神の本性についてのわれわれの概念を意味する名は、ただ一つ、「私はある」であり、われわれとの関係を意味する名も、ただ一つ、「神」だからである。その名には、父、王、主が含まれている。

神への敬意のしるしとなる行為

神への礼拝の行為については、それらが神を敬おうとする意図のしるしであるべきことが、理性の最も一般的な戒めである。第一に、祈りがそうである。像をつくったとき、それを神にすると考えられたのは、彫刻家ではなく、像に祈った人民だからである。

第二に、感謝である。神への礼拝で、感謝と祈りが異なるのは、祈りは恩恵に先立ち、感謝はその後に続くという点だけである。両者の目的は、過去のものも将来のものも、すべての恩恵の与え主として神を認めることにある。

第三に、贈り物、すなわち犠牲と供物は、それぞれ最良のものであるなら、敬意のしるしである。それらは感謝だからである。

第四に、神以外の何ものによっても誓わないことは、自然に敬意のしるしである。神だけが心を知り、偽りの誓いを立てる者への神の復讐からは、いかなる人の才知や力も人を守れない、と認めることだからである。

第五に、神について慎重に語ることは、理性的な礼拝の一部である。それは神への恐れを示し、恐れはその力を認めることだからである。ここから、神の名を軽々しく、目的もなく用いてはならないと帰結する。それは、みだりに用いるのと同じだからである。そして、国家の命令によって裁判を確実にするため、あるいは国家間で戦争を避けるために、誓いとして用いるのでなければ、目的はない。また、神の本性について論争することは、神への敬意に反する。この神の自然的な王国では、何かを知る道は、自然的理性、すなわち自然学の原理によるほかにない、と想定されるからである。その原理は、神の本性について何かを教えるどころか、自分たち自身の本性も、最も小さな生き物の本性も、われわれに教えられない。それゆえ、自然的理性の原理から神の属性について論争するとき、人々は神を辱めるだけである。神に与える属性では、哲学的真理の意味ではなく、できるだけ大きな敬意を神に払おうとする敬虔な意図の意味を、考えるべきだからである。この考慮を欠くことから、神の本性についての何巻もの論争が生じた。それらは神への敬意ではなく、自分たちの才知や学識の名誉に向かうものであり、神の聖なる名を、軽率に、むなしく誤用することにほかならない。

第六に、祈り、感謝、供物、犠牲では、それぞれがその種類で最良のものであり、最もよく敬意を示すものであるべきことが、自然的理性の命ずるところである。たとえば、祈りや感謝は、即興の、軽薄な、卑俗な言葉や言い回しではなく、美しく、よく整えられたものでなされるべきである。そうでなければ、できるだけの敬意を神に払っていないからである。したがって異教徒は、像を神として礼拝した点では不合理であった。しかし、韻文と、声や楽器の音楽によってそれをしたのは、理にかなっていた。また、犠牲にする獣や捧げる贈り物、礼拝の行為が、服従に満ち、受けた恩恵を記念するものであったことも、神を敬おうとする意図から生じたので、理にかなっていた。

第七に、理性は、秘密に神を礼拝するだけでなく、公に、人々の目の前で、とりわけそうするよう導く。そうでなければ、敬意のうちで最も喜ばれること、すなわち他の人々にも神を敬わせることが、失われるからである。

最後に、神の法、この場合には自然法への服従は、あらゆる礼拝のうちで最大のものである。服従が犠牲より神に喜ばれるように、その命令を軽んじることは、あらゆる侮辱のうちで最大だからである。これらが、自然的理性が私人に命ずる、神への礼拝の法である。

公の礼拝は、一様であることに存する

しかし、国家はただ一つの人格なので、神に示す礼拝も一つだけであるべきである。それは、私人に公に礼拝を行うよう命じるときに果たされる。これが公の礼拝であり、その特性は一様であることにある。人によって違った仕方でなされる行為は、公の礼拝とはいえないからである。したがって、私人の異なる宗教から生じる多様な礼拝が認められるところでは、公の礼拝があるとも、国家が何らかの宗教に属するとも、いうことはできない。

すべての属性は、市民法に依存する

言葉、したがって神の属性は、人々の合意と制定によって意味をもつ。それゆえ、人々が敬意を意味させようと意図する属性は、敬意を意味するとみなされるべきである。そして、理性以外に法がないところで、個々人の意志によってなしうることは、国家の意志によって、市民法を通じてなしうる。また国家には、主権をもつ一人または複数の者の意志によるもの以外に、意志もなく、制定する法律もない。それゆえ、主権者が神への礼拝で敬意のしるしとして定める属性は、私人も、公の礼拝の際に、そのようなものとして受け取り、用いるべきである。

ただし、すべての行為ではない

しかし、すべての行為が制定によってしるしとなるのではない。あるものは自然に敬意のしるしであり、他のものは侮辱のしるしである。この後者、すなわち、敬う者の目の前では行うのを恥じるような行為は、人間の権力によって神への礼拝の一部にすることはできない。また、礼儀正しく、慎み深く、謙虚な振舞いのような前者を、礼拝から切り離すこともできない。しかし、性質としてはどちらでもない行為や身振りは無数にある。そのうち、国家が敬意のしるし、神への礼拝の一部として、公に普遍的に用いるよう定めるものは、臣民も、そのようなものとして受け取り、用いるべきである。また、聖書の「人に従うより、神に従うほうがよい」という言葉があてはまるのは、約定による神の王国であって、自然による王国ではない。

自然的な刑罰

以上、神の自然的な王国と自然法について簡単に述べたので、この章には、自然的な刑罰についての短い説明だけを付け加えよう。この世での人のいかなる行為も、きわめて長い帰結の鎖の始まりとならないものはなく、人間のどのような先見も、その終わりまで見通せるほど高くはない。そして、その鎖には、快い出来事と不快な出来事が結びついている。そのため、自分の楽しみのために何かをしようとする者は、それに伴うすべての苦しみを受けることをも引き受けなければならない。そして、その苦しみは、善より多くの害の始まりとなる行為に対する、自然的な刑罰である。こうして、不節制は病気によって、軽率さは災難によって、不正義は敵の暴力によって、傲慢は破滅によって、臆病は圧迫によって、君主の怠慢な統治は反乱によって、反乱は殺戮によって、自然に罰せられる。刑罰は法律の違反に伴うものなので、自然的な刑罰は、自然法の違反に自然に伴うはずであり、したがって、それらの自然な、任意ではない結果として生じるからである。

第二部の結び

ここまで、主権者の構成、本性、権利、および自然的理性の原理から導かれる臣民の義務について述べた。さて、この教説が、世界の大部分、とりわけローマとアテナイから道徳に関する学問を受け取った西方のこれらの地域の実践と、どれほど異なるか、また主権の運用を担う者に、どれほど深い道徳哲学が必要かを考えると、私は、自分のこの労作は、プラトンの国家と同じくらい役に立たないと思いかける。彼も、主権者が哲学者となるまでは、国家の混乱と、内戦による政体の変更を取り除くことは、不可能だと考えているからである。しかし、改めて考えると、主権者と主要な職務担当者に必要な唯一の学問は、自然的正義の学問である。プラトンが課したような数学の諸学を、彼ら自身に課す必要はなく、よい法律によって人々にその研究を奨励する以上のことは必要ない。また、プラトンも、これまでの他のどの哲学者も、人々が統治の仕方と服従の仕方の両方を学べるように、道徳学説のすべての定理を順序づけ、十分に、あるいは蓋然的に証明したことがない。そう考えると、私はいくらか希望を取り戻す。いつか、この著作がある主権者の手に入り、その人が、利害や嫉妬をもつ解釈者の助けなしに、自分でそれを考察し――短く、私は明瞭だと思っている――、完全な主権の行使によって、その公の教授を保護し、この思索上の真理を、実践の有用性へと変えるかもしれないのである。

第三部 キリスト教国家について

第三十二章 キリスト教の政治学の原理について

預言者によって伝えられる神の言葉は、キリスト教の政治学の主要な原理である

ここまで私は、主権の権利と臣民の義務を、自然の原理だけから導いてきた。それは、経験によって真と知られたもの、または言葉の用法についての合意によって真とされたもの、すなわち、経験によって知られる人間の本性と、政治に関するあらゆる推論に本質的な語について、普遍的に合意された定義からである。しかし、次に扱うのは、キリスト教国家の本性と権利であり、その多くは神の意志の超自然的啓示に依存する。したがって、私の論述の土台は、神の自然的な言葉だけでなく、預言的な言葉でもなければならない。

それでも、われわれは感覚と経験を捨ててはならず、神の言葉であることに疑いのない自然的理性も、捨ててはならない。それらは、祝福された救い主の再来まで商いをするよう、神がわれわれの手に預けたタラントだからである。したがって、それを盲目的な信仰という布に包んでしまうのではなく、正義、平和、真の宗教を得るために用いなければならない。神の言葉には、理性を超えるもの、すなわち自然的理性によって証明も反証もできないものが、多くある。しかし、理性に反するものは何もない。そう見えるとき、過失は、われわれの拙い解釈か、誤った推論にある。

したがって、そこに書かれたことが、われわれの吟味には難しすぎるとき、われわれは理解力をその言葉に服従させるよう命じられる。そして、理解しえず、自然学のいかなる規則にも入らない奥義から、論理によって哲学的真理をふるい出そうと努めてはならない。われわれの宗教の奥義は、病人のためのよい丸薬のようなものだからである。丸ごと飲めば治す力があるが、噛めば、たいてい効き目なしに吐き出されてしまう。

理解力を服従させるとはどういうことか

しかし、理解力を服従させるとは、知的能力を他人の意見に屈服させることではなく、服従を負うところで、意志を服従へ向けることを意味する。感覚、記憶、理解、理性、意見は、われわれの力で変えられるものではないからである。それらはつねに必然的に、われわれが見、聞き、考えるものによって示されるとおりのものであり、それゆえ意志の結果ではなく、むしろ意志がそれらの結果である。反対を差し控え、合法的な権限によって命じられるとおりに語り、そのとおりに生きるとき、われわれは理解力と理性を服従させる。それは要するに、話された言葉から心が何の観念をも得られないとしても、話す者に寄せる信頼と信仰である。

神はいかに人々に語るか

神が人に語るとき、それは直接であるか、以前に神自身が直接語った他の人を介してであるか、そのどちらかでなければならない。神がどのように直接人に語るかは、そのように語りかけられた者には、よく理解されるかもしれない。しかし、同じことを他人がどのように理解するかを知るのは、不可能でないとしても難しい。ある人が、神から超自然的かつ直接に語りかけられたと私に主張し、私が疑うとすれば、それを信じる義務を私に課すため、どのような論拠を示せるのか、私には容易にわからないからである。確かに、その人が私の主権者なら、その人を信じないことを言動で表さない、という服従を義務づけることはできる。しかし、私の理性が納得するのと違うように考えることは、義務づけられない。そのような権限を私に対してもたない者が、同じことを主張するなら、信じることも従うことも、何も要求しえない。

神が聖書の中で自分に語ったというのは、神が直接に語ったということではない。預言者、使徒、または教会を通じて、他のすべてのキリスト教徒にも語るのと同じ仕方で語った、ということである。夢の中で語ったというのは、神に語られる夢を見たという以上のことではない。夢がたいてい自然のもので、以前の考えから生じうることを知る人には、それを信じさせる力はない。そのような夢は、自惚れ、愚かな傲慢、自分の敬虔さやその他の徳についての誤った意見から生じうる。それによって、自分は特別な啓示の恩恵に値したと考えるのである。幻を見、声を聞いたというのは、眠りと目覚めの間に夢を見たということである。人は、自分がうとうとしたことをよく観察していないため、そのようにして、自然に夢を幻と取り違えることがたびたびあるからである。超自然的な霊感によって語るというのは、語りたいという熱烈な欲求や、自分自身についての強い思いを感じるが、その自然な十分な理由を挙げられない、ということである。したがって、全能の神は、夢、幻、声、霊感によって人に語ることができるが、そう主張する者に現に語ったと信じる義務を、他の人に課すのではない。主張する者は人間なので、誤りうるし、さらに、嘘もつきうるからである。

預言者はいかなるしるしによって知られるか

では、神が自然的理性による以外に、その意志を直接には一度も明かしていない人は、自分が預言者だという者の伝える神の言葉に、いつ従い、いつ従わないべきかを、どうして知れるのか。『列王記上』第二十二章では、イスラエルの王がラモト・ギレアドへの戦争について助言を求めた四百人の預言者のうち、真の預言者はミカヤだけであった。同書第十三章では、ヤロブアムが立てた祭壇に反して預言するために派遣された預言者は、真の預言者であり、目の前で行われた二つの奇跡によって、神から派遣された預言者と示されたのに、別の年老いた預言者に欺かれた。その者は、神の口からの言葉であるとして、自分と共に食べ、飲むよう説得したのである。一人の預言者が他の預言者を欺くなら、理性以外の道によって神の意志を知ることに、どんな確実さがあるのか。これに私は聖書から答える。真の預言者を知るしるしは二つあり、別々にではなく、共にある場合に知られる。一つは奇跡を行うこと、もう一つは、すでに定められた宗教以外のものを教えないことである。別々なら、そのどちらも十分ではない。『申命記』第十三章第一〜五節、「あなたがたの間に預言者や夢見る者が現れ、奇跡を行うといい、その奇跡が起こっても、あなたの知らない他の神々に従おうというなら、その者に聞き従ってはならない。だが、その預言者や夢見る者は、死に処せられなければならない。あなたがたの神、主に背くよう語ったからである」。この言葉では、二つのことに注意すべきである。第一に、神は、奇跡だけを預言者の召命を認める論拠とさせようとせず、第三節にあるように、われわれが神に付き従う堅固さの試みとする。エジプトの魔術師の業も、モーセのものほど大きくはなくとも、大きな奇跡であったからである。第二に、どれほど大きな奇跡でも、王や、王の権限によって統治する者に反逆するよう駆り立てるなら、その奇跡を行う者は、忠誠を試すために派遣された者としかみなすべきではない。この箇所の「あなたがたの神、主に背く」という言葉は、「あなたがたの王に背く」と同じだからである。彼らは、シナイ山の麓での約定によって神を自分たちの王とし、神はモーセだけを通じて彼らを治めた。モーセだけが神と語り、そのつど神の命令を人民に告げたからである。同じく、救い主キリストも、弟子たちに自分をメシアと認めさせた後、奇跡の危険を警告するのを怠らなかった。メシアとは、ユダヤの国民が日々自分たちの王として待ち望みながら、来ると拒んだ、神に油注がれた者を意味する。キリストはいう。「偽キリストや偽預言者が現れ、大きな不思議と奇跡を行い、できるなら、選ばれた者たちまで惑わそうとするだろう」。『マタイによる福音書』第二十四章第二十四節である。ここから、偽預言者にも奇跡の力がありうるが、それでも、その教説を神の言葉として受け取るべきでないことがわかる。聖パウロは、さらにガラテヤの人々に、自分自身であれ天からの天使であれ、自分が告げたのとは別の福音を告げるなら、「呪われよ」という。『ガラテヤの信徒への手紙』第一章第八節である。その福音とは、キリストが王であるということであった。したがって、この言葉の帰結として、受け入れられた王の権力に反するあらゆる説教は、聖パウロによって呪われている。彼の言葉は、その説教によって、すでにイエスをキリスト、すなわちユダヤ人の王として受け入れた者たちに向けられているからである。

旧い法のもとでの預言者のしるしは、奇跡と、法にかなう教説である

神の定めた教説を説かない奇跡がそうであるように、奇跡を行わずに真の教説を説くことも、直接の啓示を示す論拠として不十分である。偽りの教説を教えない人が、奇跡を何も示さずに預言者だと主張しても、その主張だけを理由に重んじるべきではない。『申命記』第十八章第二十一、二十二節から明白である。「あなたが心の中で、預言者の言葉が主の語られた言葉でないことを、どう知ればよいのかというなら、預言者が主の名によって語っても、起こらないことがあるとき、それは主の語られなかった言葉であり、預言者が自分の心の高ぶりから語ったのだ。恐れてはならない」。しかし、ここでまた、預言者があることを予告したとき、それが起こるかどうかを、どう知るのか、と問われるかもしれない。その人は、人の一生より長い一定の期間の後に起こることとして、あるいは、いつか起こると不定に予告することができるからである。その場合、この預言者のしるしは役立たない。それゆえ、預言者を信じる義務を課す奇跡は、即座の、あるいは長く遅れない出来事によって確認されるべきである。したがって、神の定めた宗教を教えることと、目の前で奇跡を示すこととが結びつくのが、聖書が真の預言者、すなわち直接の啓示を認めさせようとする唯一のしるしであったことは明白である。そのどちらも、単独では、他人にその者の言葉を重んじる義務を課すには十分でない。

奇跡がやめば預言者もやみ、聖書がその代わりを務める

したがって、いまは奇跡がやんでいるので、私人の称する啓示や霊感を認めるためのしるしは、何も残っていない。また、いかなる教説にも、聖書にかなう範囲を超えて耳を傾ける義務はない。聖書は、救い主の時以来、他のすべての預言に代わり、その欠如を十分に補うからである。そして、神と人とに対する義務を知るのに必要なすべての規則と戒めは、熱狂的な神がかりや超自然的な霊感なしに、賢明で学識ある解釈と慎重な推論によって、聖書から容易に導き出せる。それゆえ、キリスト教国家の地上の最高統治者たちの権利と、キリスト教徒たる臣民の主権者への義務について、私の論述の原理を取るべきなのは、この聖書からである。そのために次章では、聖書の諸書、著者、目的、権威について述べよう。

第三十三章 聖書の諸書の数、古さ、目的、権威および解釈者について

聖書の諸書について

聖書の諸書とは、正典、すなわちキリスト教徒の生活の規則となるべき書物をいう。そして、人々が良心において守る義務を負う、生活のあらゆる規則は法なので、聖書の問題は、自然的なものでも市民的なものでも、キリスト教世界全体で何が法であるかという問題である。聖書は、各キリスト教徒の王が自国の領域にどの法律を制定すべきかは定めていないが、どの法律を制定してはならないかは定めているからである。私はすでに、主権者は自らの領域における唯一の立法者であることを証明した。したがって、各国で正典、すなわち法である書物は、主権の権限によってそのように定められたものだけである。確かに、神はすべての主権者の主権者であり、それゆえ、ある臣民に語るときには、地上のいかなる権力者が反対を命じても、神に従うべきである。しかし問題は、神への服従ではなく、神がいつ何を語ったかである。超自然的啓示をもたない臣民には、平和と正義を得るために、自国の国家、すなわち合法的な主権者の権限に従うよう導いた自然的理性によるほかに、それを知る道はない。この義務に従えば、私は旧約の書物のうち、イングランド教会の権限によって聖書と認めるよう命じられたもの以外を、聖書とは認められない。それらがどの書物かは、ここに一覧を挙げなくても、十分に知られている。それらは聖ヒエロニムスが認めたものと同じであり、彼は他の書物、すなわち『ソロモンの知恵』、『集会の書』、『ユディト記』、『トビト記』、『マカバイ記』第一・第二、および『エズラ記』第三・第四を外典とした。『マカバイ記』第一については、ヘブライ語のものを見ていたにもかかわらず、そうしたのである。皇帝ドミティアヌスの時代に書いた、学識あるユダヤ人ヨセフスは、正典の数を二十二とし、ヘブライ文字の数に合わせている。聖ヒエロニムスも、数え方は異なるが、同じ数にしている。ヨセフスは、モーセの五書、自分たちの時代の歴史を書いた預言者の十三書、賛歌と道徳の戒めの四書を数える。預言者の十三書という数え方が、聖書に含まれる預言書とどう一致するかは、後に見る。これに対し聖ヒエロニムスは、モーセの五書、預言者の八書、および「ハギオグラファ〔聖なる諸書〕」と呼ぶ、その他の聖書九書を数える。セプトゥアギンタ、すなわち、ユダヤの法をヘブライ語からギリシャ語に訳すため、エジプト王プトレマイオスに招かれた七十人の学識あるユダヤ人が、ギリシャ語の聖書として残したものも、イングランド教会が受け入れるものと同じものだけである。

新約の諸書については、すべてのキリスト教会と、何らかの書物を正典として認めるすべてのキリスト教の宗派とが、等しく正典として認めている。

その古さ

聖書の各書を最初に書いたのが誰かは、他の歴史の十分な証言によって明らかにされていない。事実についての証明は、そのような証言だけである。また、自然的理性の論拠によって明らかにすることもできない。理性が役立つのは、事実ではなく、帰結の真実を納得させることだけだからである。したがって、この問題で導きとなる光は、それらの書物自体から示される光でなければならない。その光は、各書の著者を示さなくても、書かれた時代を知るのに役立たないわけではない。

五書はモーセによって書かれたのではない

まず五書については、モーセの五書と呼ばれることは、モーセが書いたという十分な論拠にはならない。『ヨシュア記』『士師記』『ルツ記』『列王記』という題が、それぞれヨシュア、士師たち、ルツ、王たちによって書かれたことの十分な論拠ではないのと同じである。書物の題は、著者を示すのと同じほど、主題を示すからである。「リウィウスの歴史」は著者を示すが、「スカンデルベグの歴史」は主題によって名づけられる。『申命記』の最終章第六節には、モーセの墓について、「今日に至るまで、誰もその墓を知らない」とある。すなわち、その言葉が書かれた日まで、という意味である。したがって、その言葉が埋葬の後に書かれたことは明白である。モーセが、自分自身の墓について、たとえ預言によるとしても、自分がまだ生きているその日まで見つからなかった、と語ったとするのは、奇妙な解釈だからである。しかし、五書全体ではなく最終章だけが、別の人によって書かれ、残りはそうではない、と主張されるかもしれない。それゆえ、『創世記』第十二章第六節を考えよう。「アブラハムはその地を通り、シケムの場所、モレの平地に至った。そのとき、カナン人がその地にいた」。これは、カナン人がもはやその地にいないときに書く者の言葉でなければならない。したがって、その地に入る前に死んだモーセの言葉ではない。同じく、『民数記』第二十一章第十四節では、著者は、さらに古い『主の戦いの書』という書物を引用している。そこには、紅海とアルノンの流れでの、モーセの行いが記録されていた。それゆえ、モーセの五書が、その時代の後に書かれたことは十分に明白である。ただし、どれほど後かは、それほど明らかでない。

しかし、モーセがこれらの書物を全体として、また現在の形で編んだのでなくても、そこで書いたといわれているものは、すべてモーセが書いた。たとえば、『申命記』第十一章から第二十七章までに含まれていると思われる法の巻物がそうである。それは、カナンの地へ入るとき、石にも書くよう命じられた。『申命記』第三十一章第九節によれば、モーセ自身がそれを書き、祭司とイスラエルの長老たちに渡して、七年ごとに、仮庵祭で集まった全イスラエルへ読み聞かせるようにした。これこそ、神が、彼らの王たちに、その政体を設けることになったときには、祭司とレビ人から写しを取るよう命じた法であり、またモーセが祭司とレビ人に、契約の箱の傍らへ置くよう命じた法である。同書第三十一章第二十六節である。そして同じ法が、失われた後、長い時を経てヒルキヤによって再発見され、ヨシヤ王へ送られた。王はそれを人民に読ませ、神と人民の契約を更新した。『列王記下』第二十二章第八節、第二十三章第一〜三節である。

ヨシュア記は、その時代の後に書かれた

『ヨシュア記』もヨシュアの時代よりずっと後に書かれたことは、書物自体の多くの箇所から推し量れる。ヨシュアは、渡河の記念として、ヨルダン川の中に十二の石を立てた。第四章第九節である。それについて著者は、「今日に至るまで、そこにある」という。「今日に至るまで」とは、人の記憶を超える過去の時を意味する表現だからである。同じく、主が人民からエジプトの辱めを取り除いたといったことについて、著者は「その場所は今日に至るまでギルガルと呼ばれる」という。第五章第九節である。これをヨシュアの時代にいうのは、不適切であっただろう。また、アカンが陣営にもたらした災いに由来するアコルの谷の名についても、著者は「今日に至るまで残る」という。第七章第二十六節である。したがって、それは必ずヨシュアの時代からずっと後である。この種の論拠は、ほかにも多い。第八章第二十九節、第十三章第十三節、第十四章第十四節、第十五章第六十三節などである。

士師記とルツ記は、捕囚からずっと後に書かれた

同じことは、『士師記』第一章第二十一、二十六節、第六章第二十四節、第十章第四節、第十五章第十九節、第十七章第六節、および『ルツ記』第一章第一節の、同様の論拠から明白である。とりわけ『士師記』第十八章第三十節には、ヨナタン「とその子らは、その地の捕囚の日まで、ダン族の祭司であった」とある。

サムエル記も同じである

『サムエル記』も、サムエル自身の時代の後に書かれたことについて、同じような論拠がある。『サムエル記上』第五章第五節、第七章第十三、十五節、第二十七章第六節、第三十章第二十五節である。最後の箇所では、ダビデが、軍需品を守った者にも、戦った者と等しい戦利品の分け前を与えると定めた後、著者は、「彼はこれをイスラエルの掟と定めとし、今日に至っている」という。また『サムエル記下』第六章第四節では、ダビデが、契約の箱を支えようと手を伸ばしたウザを主が殺したことに不満を抱き、その場所をペレツ・ウザと呼んだとき、著者は「今日に至るまで」そう呼ばれるという。したがって、その書が書かれた時は、出来事の時からずっと後、すなわちダビデの時代からずっと後でなければならない。

列王記と歴代誌

二巻の『列王記』と二巻の『歴代誌』については、著者のいうところでは、その日まで残っているという記念物に言及する箇所がある。『列王記上』第九章第十三、二十一節、第十章第十二節、第十二章第十九節、『列王記下』第二章第二十二節、第八章第二十二節、第十章第二十七節、第十四章第七節、第十六章第六節、第十七章第二十三、三十四、四十一節、『歴代誌上』第四章第四十一節、第五章第二十六節などである。それらに加えて、その歴史がバビロン捕囚の時代まで続いていることだけで、その後に書かれたという十分な論拠になる。記録された事実は、つねにその記録より古く、その記録に言及し引用する書物よりは、さらにずっと古いからである。これらの書物は、さまざまな箇所でそうしており、読者に、ユダの王たちの年代記、イスラエルの王たちの年代記、預言者サムエル、ナタン、アヒヤの書、イエドの幻、預言者セルウェヤと預言者アドの書を参照させている。

エズラ記とネヘミヤ記

『エズラ記』と『ネヘミヤ記』は、確かに捕囚からの帰還後に書かれた。帰還、エルサレムの城壁と家々の再建、契約の更新、統治制度の整備が、その中に含まれるからである。

エステル記

王妃エステルの歴史は、捕囚の時代のものである。したがって著者は、同時代か、それより後の者でなければならない。

ヨブ記

『ヨブ記』には、書かれた時代のしるしがない。『エゼキエル書』第十四章第十四節と『ヤコブの手紙』第五章第十一節から、ヨブが架空の人物でないことは十分に明らかである。しかし書物自体は、歴史ではなく、古代に盛んに論じられた、「なぜ悪人がこの世でしばしば栄え、善人が苦しめられるのか」という問いについての論考に見える。これは、いっそうもっともらしい。ヨブの嘆きが始まる第三章第三節までは、聖ヒエロニムスの証言によれば、ヘブライ語が散文であり、そこから最終章第六節までは六脚韻の詩で、残りは再び散文だからである。したがって、論争はすべて韻文であり、散文は初めに序、終わりに結びとして付け加えられているだけである。しかし、韻文は、ヨブのように大きな苦しみの中にある者や、友人たちのように慰めに来る者の、通常の文体ではない。古代の哲学、とりわけ道徳哲学では、よく用いられたものである。

詩篇

詩篇の大部分は、聖歌隊のためにダビデが書いた。これに、モーセや他の聖なる人々の歌が加えられ、あるものは捕囚からの帰還後に加えられた。第百三十七篇や第百二十六篇がそうである。ここから、『詩篇』が編まれ、現在の形にされたのは、ユダヤ人のバビロンからの帰還後であることが明白である。

箴言

『箴言』は、賢明で敬虔な言葉の集成であり、一部はソロモン、一部はヤケの子アグル、一部はレムエル王の母のものである。それゆえ、アグルやレムエルの母よりも、ソロモンが集めたと考えるのは、もっともらしくない。そして、言葉そのものは彼らのものでも、それを集め、この一冊に編んだのは、彼ら全員より後に生きた、別の敬虔な者の仕事であった。

コヘレトの言葉と雅歌

『コヘレトの言葉』と『雅歌』には、題や表題を除けば、ソロモンのものでないものはない。「エルサレムの王、ダビデの子、説教者の言葉」や、「ソロモンの、歌の中の歌」という表題は、聖書の諸書が一つの法の集成にまとめられたとき、教説だけでなく著者も残るように、区別のためにつけられたように見えるからである。

預言書

預言者のうち最も古いのは、ゼファニヤ、ヨナ、アモス、ホセア、イザヤ、ミカである。彼らは、ユダの王アマツヤと、ウジヤともいうアザルヤの時代に生きた。しかし『ヨナ書』は、厳密にはその預言の記録ではない。その預言は、「四十日たつと、ニネベは滅ぼされる」という、わずかな言葉に含まれるからである。むしろ、それはヨナの頑なさと、神の命令への異議の歴史または物語である。それゆえ、彼はその主題なのだから、著者である可能性は小さい。しかし『アモス書』は、彼自身の預言である。

エレミヤ、オバドヤ、ナホム、ハバククは、ヨシヤの時代に預言した。

エゼキエル、ダニエル、ハガイ、ゼカリヤは、捕囚の時代に預言した。

ヨエルとマラキがいつ預言したかは、その著作からは明らかでない。しかし、それぞれの書物の表題や題を考えれば、旧約聖書全体が現在の形で出されたのは、ユダヤ人のバビロン捕囚からの帰還後であり、その目的でユダヤから送られた七十人にギリシャ語へ訳させた、プトレマイオス・フィラデルフォスの時代より前であることは、十分に明白である。また、教会が、正典としてではなくとも、われわれの教育に有益な書物として勧める外典を、この点で信頼してよいなら、聖書を現在の形で出したのはエズラである。それは、エズラ自身が第二書第十四章第二十一、二十二節以下でいうことからわかる。そこで神に語っていう。「あなたの法は焼かれてしまい、それゆえ、あなたのなさったことも、始まろうとする業も、誰も知りません。しかし、私があなたの前に恵みを得たなら、聖霊を私のうちに送ってください。私は、初めからこの世でなされ、あなたの法に書かれていたすべてを記します。人々があなたの道を見いだし、後の時代に生きようとする者が、生きられるためです」。また第四十五節、「四十日が満ちたとき、いと高き方が語った。『初めに書いたものは公に出し、ふさわしい者も、ふさわしくない者も読めるようにせよ。しかし、後の七十書は保ち、人民のうち賢い者だけに渡せるようにせよ』」。旧約の諸書が書かれた時については、以上である。

新約聖書

新約の著者たちは、みな、キリストの昇天から人の一生にも満たない期間のうちに生き、聖パウロと聖ルカを除けば、全員が救い主を見たか、その弟子であった。したがって、彼らが書いたものは、何であれ使徒の時代と同じだけ古い。しかし、新約の諸書を、彼らの著作として教会が受け入れ、認めた時は、まったく同じほど古いわけではない。旧約の諸書は、失われたものを神の霊の導きによって回復したエズラの時代より前に遡って、われわれに伝えられてはいない。同じく、新約の諸書も、写しが多くなく、すべてが一人の私人の手に集まるのは容易でなかったので、教会の統治者たちがそれを集め、認め、その名を冠する使徒や弟子の著作として、われわれに勧めた時代より前には遡れない。旧約と新約の全書の最初の列挙は、聖ペトロの後の最初のローマ司教クレメンスが集めたとされる『使徒教令』にある。しかし、それは推定にすぎず、多くの者に疑われているので、われわれの知る限り、当時のキリスト教会に、預言者と使徒の著作として聖書を勧めた最初のものは、ラオディキア公会議である。この会議は、キリストの後三百六十四年に開かれた。そのときには、教会の大博士たちの間に野心が広まり、皇帝がキリスト教徒であっても、もはや人民の羊飼いとはみなさず、羊とみなし、キリスト教徒でない皇帝は狼とみなすまでになっていた。また、自分たちの教説を、説教師としての助言や教えではなく、絶対的な統治者としての法律として通そうとし、人民をキリスト教の教説にいっそう従わせる欺きを、敬虔なものと考えていた。それでも、新約の写しが聖職者だけの手にあったとしても、そのために彼らが聖書を偽造したとは、私は思わない。そうする意図があったなら、キリスト教徒の君主や市民的主権の上に立つ自分たちの権力に、実際よりもっと有利なものにしたはずだからである。それゆえ、現在ある旧約と新約が、預言者や使徒のなしたこと、語ったことの、真の記録であることを疑う理由は、私には見えない。また、外典と呼ばれ、他の書物と教説が合わないためではなく、ただヘブライ語に見いだされないために正典から除かれた書物の一部も、おそらくそうである。アレクサンドロス大王のアジア征服後には、学識あるユダヤ人で、ギリシャ語に熟達していない者は少なかったからである。聖書をギリシャ語に訳した七十人の翻訳者は、みなヘブライ人であった。また、二人ともユダヤ人であるフィロンとヨセフスが、巧みなギリシャ語で書いた著作も、現存している。しかし、ある書物を正典とするのは、著者ではなく、教会の権限である。

その目的

これらの書物は、さまざまな人々によって書かれたが、著者たち全員に、同じ一つの霊が与えられていたことは明白である。同じ一つの目的、すなわち父、子、聖霊なる神の王国の権利を示すことに向かって、一致しているからである。『創世記』は、世界の創造からエジプトへ入るまで、神の人民の系譜をたどる。モーセの他の四書は、神を自分たちの王に選ぶことと、神が統治のために定めた法律を含む。『ヨシュア記』『士師記』『ルツ記』、そしてサウルの時までの『サムエル記』は、人民が神のくびきを捨て、隣国の習わしに従って王を求める時まで、神の人民の行為を描く。旧約の残る歴史は、ダビデの家系の継承を捕囚までたどる。この家系から、神の王国を回復する者、すなわち祝福された救い主、子なる神が生まれるはずであり、その来臨は預言書に予告されていた。その後、福音書記者たちは、地上で生きたキリストの生涯、行為、王国への権利の主張を書いた。最後に、『使徒言行録』と使徒たちの書簡は、神なる聖霊の到来と、ユダヤ人を導き、異邦人を招くため、使徒とその後継者に残された権限を告げる。要するに、旧約の歴史と預言、新約の福音書と書簡は、一つの同じ目的をもっていた。人々を神への服従へと転じさせることである。第一にモーセと祭司において、第二に人なるキリストにおいて、第三に使徒と使徒的権力の後継者においてである。この三者が、それぞれの時に神の人格を代表したからである。旧約ではモーセと、その後継者である大祭司やユダの王たちが、キリストが地上で生きた時にはキリスト自身が、そして聖霊が降った五旬祭の日から今日までは、使徒とその後継者が、代表したのである。

聖書の権威の問題を明確にする

聖書はどこから権威を得るのかという問いは、キリスト教のさまざまな宗派の間で、盛んに論じられている。この問いは、われわれはそれを神の言葉とどうして知るのか、なぜそう信じるのか、という別の言葉で提出されることもある。解決の難しさは、主として、問い自体を包む言葉の不適切さから生じる。聖書の最初の根源的な作者が神であることは、どの側も信じている。したがって、それが論争される問題ではない。また、真のキリスト教徒はみなそう信じるとしても、神の言葉であることを知れるのは、神自身がそれを超自然的に明かした者だけであることは明白である。それゆえ、その知識について問うのも、適切ではない。最後に、信じることについて問う場合には、信じるよう動かす理由は人によって異なるので、全員について一つの一般的な答えを与えることはできない。正しく述べられた問いは、いかなる権限によって聖書が法とされるのか、である。

その権威と解釈

聖書が自然法と異ならない範囲では、それが神の法であり、自然的理性を用いるすべての者に読み取れる権威を、自ら帯びていることに疑いはない。しかし、それは、理性にかなう他のあらゆる道徳的教説の権威と違うものではない。その命ずるところは、つくられた法ではなく、永遠の法である。

神自身によって法とされるなら、聖書は成文法の性質をもつ。その場合、聖書が法となるのは、それが神の法とは知らなかった、と弁明できないほど、神によって十分に公表された人々に対してだけである。

したがって、聖書が神のものであり、それを公表した者が神から派遣されたと、超自然的に明かされていない者は、すでにその命令が法の効力をもつ者の権限以外によって、聖書に従う義務を負わない。すなわち、ただ一人立法権をもつ主権者に存する、国家の権限以外によっては、義務を負わない。また、聖書に法の効力を与えるのが国家の立法権でなければ、私的または公的な、神から派生した何らかの別の権限でなければならない。私的なら、それが義務を課すのは、神が特別に明かそうとしたその人だけである。もし、私人が個人的な霊感や啓示を口実に押しつけるものを、誰もが神の法として受け取る義務を負うなら、いかなる神の法も認められなくなるだろう。誇りと無知から、自分の夢、途方もない心像、狂気を神の霊の証言とみなす者や、野心から、自分の良心に反して偽って神の証言を称する者が、これほど多いからである。公的なら、それは国家か教会の権限である。しかし教会は、一つの人格であるなら、キリスト教徒の国家と同じものである。人々が一つの人格、すなわち主権者に統一されるため国家と呼ばれ、キリスト教徒が一人のキリスト教徒の主権者に統一されるため教会と呼ばれるのである。しかし教会が一つの人格でないなら、権限はまったくない。命令も、いかなる行為もできず、何かに対する力や権利をもつこともできず、意志も理性も声ももたない。それらの性質は、すべて人格に属するからである。さて、キリスト教徒の全体が一つの国家に含まれないなら、一つの人格ではなく、その上に権限をもつ普遍的教会も存在しない。したがって、聖書は普遍的教会によって法とされるのではない。あるいは、一つの国家であるなら、キリスト教のすべての君主と国家は私人であり、キリスト教世界全体の普遍的主権者によって、裁かれ、廃位され、罰せられうることになる。それゆえ、聖書の権威の問題は、次の問いに帰着する。「キリスト教徒の王と、キリスト教国家の主権的合議体は、自らの領域で、神の直属のもとに絶対的であるのか。それとも、普遍的教会の上に置かれた一人のキリストの代理人に従属し、その者が共通善のため適切または必要と考えるとおりに、裁かれ、有罪とされ、廃位され、死に処せられるのか」。

この問いは、神の王国をさらに詳しく考察しなければ、解決できない。聖書を解釈する権限についても、そこから判断しなければならない。どの書物についても、それを法とする合法的な権力をもつ者は、その解釈を認め、または認めない権力をもつからである。

第三十四章 聖書の諸書における霊、天使、霊感の意味について

聖書では、物体と霊はどういう意味で用いられるか

あらゆる真の推論の基礎は、言葉の意味が一定していることである。そして以下の教説では、その意味は、自然学のように著者の意志に依存するのでも、日常の会話のように普通の用法に依存するのでもなく、聖書の中でその語が担う意味に依存する。それゆえ、さらに先へ進む前に、その曖昧さのために、これからそこから導き出すことを不明瞭または論争的にしうる語の意味を、聖書から定めなければならない。私は、スコラ学の用語で物体的実体と非物体的実体と呼ばれる、物体と霊という語から始めよう。

物体という語は、最も一般的な意味では、一定の空間または想像された場所を満たし、占めるものであって、想像に依存せず、われわれが宇宙と呼ぶものの現実の一部分であるものを意味する。宇宙はすべての物体の集まりなので、物体でもない現実の部分はそこになく、また、すべての物体の集まりである宇宙の部分でもないものは、厳密には物体ではないからである。同じものは、物体が変化、すなわち生き物の感覚への現れ方の変化を受けるため、実体とも呼ばれる。つまり、時には動き、時には静止し、われわれの感覚に、時には熱く、時には冷たく、ある色、匂い、味、音、または別のものとして現れる、といったさまざまな偶有性を受ける基体ということである。そして、この現れ方の違いは、物体が感覚器官に働く仕方の違いによって生じるが、われわれはそれを、働きかける物体の変化に帰し、その物体の偶有性と呼ぶ。この語義によれば、実体と物体は同じものを意味する。したがって、非物体的実体という語は、結び合わせると互いを打ち消す。非物体的な物体というのと同じである。

しかし、普通の人々の用法では、宇宙のすべてが物体と呼ばれるわけではなく、触覚によって自分の力に抵抗するものと識別できる部分や、視覚によって、その先を見るのを妨げるものと識別できる部分だけが、そう呼ばれる。それゆえ、普通の言葉では、空気や空気状の実体は、通常、物体とみなされない。その作用が感じられるときには、風、息、あるいは、それらがラテン語で「スピリトゥス」と呼ばれるので、霊と呼ばれる。あらゆる生き物の身体で生命と運動を与える空気状の実体を、生命精気や動物精気と呼ぶ場合がそうである。しかし、鏡の中、夢の中、あるいは目覚めていても錯乱した頭の中で、実際にはそこにない物体を示す、頭の中の像については、使徒があらゆる偶像について一般にいうように、それらは無である。私がいうのは、現れる場所には何もない、ということである。そして頭の中でも、対象の作用、または感覚器官の乱れた動揺から生じる騒ぎ以外の何ものでもない。その原因を探る以外の仕事に携わる人々は、それを何と呼ぶべきか、自分では知らない。それゆえ、知識を深く尊敬する者に、容易に説得される。ある者は、視覚がそれを物体的と判断するため、物体と呼び、超自然的な力で空気が凝縮されてできたものと思うようになる。他の者は、それが現れる場所で触覚が指に抵抗するものを何も識別しないため、霊と呼ぶようになる。それゆえ、普通の言葉での霊の本来の意味は、微細で流動的で目に見えない物体か、幽霊、または想像の像や幻か、そのどちらかである。しかし、比喩的な意味は多い。時には、心の性向や傾向を意味する。他人の言葉に逆らう性向を反抗の霊、不潔への性向を汚れた霊、ひねくれを頑なな霊、陰気さを口の利けない霊、敬虔さや神への奉仕への傾きを神の霊と呼ぶ場合などである。時には、卓越した能力、並外れた情念や心の病を意味する。大きな知恵が知恵の霊と呼ばれ、狂人が霊に憑かれたといわれる場合などである。

霊のほかの意味は、どこにも見いだせない。これらのどれによっても、聖書におけるその語の意味が満たされないなら、その箇所は人間の理解の範囲外にある。そこでの信仰は、意見ではなく服従に存する。神が霊といわれるすべての箇所や、神の霊によって神自身が意味される箇所がそうである。神の本性は理解しえないからである。すなわち、神が何であるかについて、われわれは何も理解せず、ただ神が存在することだけを知る。それゆえ神に与える属性は、神が何であるかを互いに告げ、その本性についての意見を表すためではない。自分たちの間で最も名誉あると考える名によって、神を敬いたいという欲求を表すためである。

聖書で神の霊が、風または息を意味する場合

『創世記』第一章第二節、「神の霊が水の面を動いていた」。ここで神の霊が神自身を意味するなら、神に運動、したがって場所を帰すことになる。それらは、物体についてだけ理解でき、非物体的実体については理解できない。それゆえ、その箇所はわれわれの理解を超える。われわれは、場所を変えず、広がりをもたないものが動くことを、思い描けないからである。そして、広がりをもつものは、何であれ物体である。しかし、この言葉の意味は、『創世記』第八章第一節の似た箇所によって、最もよく理解される。そこでは、初めのときと同じく地が水に覆われていたとき、神は水を減らし、再び乾いた土地を現そうとし、「私は地に私の霊をもたらす。すると水は減るだろう」という、似た言葉を用いる。その箇所で霊が意味するのは風、すなわち動かされた空気または精気であり、神の業なので、前の箇所と同じく神の霊と呼ばれうる。

第二に、理解力の並外れた賜物を意味する場合

『創世記』第四十一章第三十八節で、ファラオはヨセフの知恵を神の霊と呼ぶ。ヨセフが、賢明で分別ある人を探し、その人にエジプトの地を治めさせるよう助言すると、ファラオは「この人のように、神の霊の宿る者が見いだせるだろうか」というからである。また『出エジプト記』第二十八章第三節、「私が知恵の霊で満たした、心に知恵のある者たちすべてに語り、アロンを聖別するため、その衣服をつくらせよ」と神はいう。ここでは、衣服をつくることだけであっても、並外れた理解力が、神の賜物なので、神の霊と呼ばれる。同じことは、『出エジプト記』第三十一章第三〜六節、第三十五章第三十一節にもある。また『イザヤ書』第十一章第二、三節では、預言者はメシアについていう。「主の霊がその上にとどまる。知恵と理解の霊、助言と勇気の霊、主を恐れる霊が」。ここで意味されるのは、明らかに、それだけ多くの幽霊ではなく、神が与えるであろう、それだけ多くの卓越した恩恵である。

第三に、並外れた情念を意味する場合

『士師記』では、神の人民を守る並外れた熱意と勇気が、神の霊と呼ばれる。それがオトニエル、ギデオン、エフタ、サムソンを奮い立たせ、人民を隷属から救い出した場合がそうである。第三章第十節、第六章第三十四節、第十一章第二十九節、第十三章第二十五節、第十四章第六、十九節である。また、アンモン人がヤベシュ・ギレアドの人々に対して傲慢に振る舞った知らせを受けたサウルについて、『サムエル記上』第十一章第六節は、「神の霊がサウルに臨み、その怒り」、ラテン語でいえば激怒が、「大いに燃え上がった」という。ここで幽霊が意味されたとは考えにくく、アンモン人の残酷さを罰しようとする並外れた熱意が意味されたのであろう。同じく、歌と音楽で神を賛美する預言者たちの中にサウルがいたとき、その上に臨んだ神の霊も、幽霊ではなく、共に礼拝しようとする、思いがけない突然の熱意と理解すべきである。『サムエル記上』第十九章第二十節である。

第四に、夢と幻による予告の賜物を意味する場合

偽預言者ゼデキヤは、ミカヤにいう。『列王記上』第二十二章第二十四節、「主の霊は、どちらの道で私を出て、あなたに語ったのか」。これは、幽霊について理解することはできない。ミカヤは、イスラエルとユダの王の前で、戦いの結果を、自分の内で語る霊からではなく、幻から得たこととして告げたからである。

同じく、預言書を見ると、預言者たちは、神の霊、すなわち予告の特別な恩恵によって語ったが、将来の知識は、内なる幽霊によるのではなく、何らかの超自然的な夢や幻によったことがわかる。

第五に、生命を意味する場合

『創世記』第二章第七節には、「神は大地の塵から人をつくり、その鼻に『スピラクルム・ウィタエ〔生命の息〕』を吹き込み、人は生きた魂となった」とある。そこで、神が吹き込んだ生命の息は、神が人に生命を与えたという以上のことを意味しない。また『ヨブ記』第二十七章第三節の、「神の霊が私の鼻にあるかぎり」は、「私が生きているかぎり」という以上の意味はない。同じく『エゼキエル書』第一章第二十節の、「生命の霊が車輪の中にあった」は、「車輪は生きていた」と同じである。また同書第二章第三十節の、「霊が私の中に入り、私を自分の足で立たせた」は、「私は生命の力を回復した」ということであり、何らかの幽霊や非物体的実体が身体に入り、取り憑いたということではない。

第六に、権限への従属を意味する場合

『民数記』第十一章第十七節で、神はいう。「あなたの上にある霊の一部を取り、彼らの上に置こう。彼らはあなたと共に人民の重荷を負うだろう」。七十人の長老の上に、ということである。その結果、七十人のうち二人が陣営で預言したといわれる。それについて不平をいう者があり、ヨシュアはモーセに禁じるよう求めたが、モーセはそうしなかった。ここから、彼らがそうする権限を受け、モーセの心に従って、すなわちモーセ自身の霊または権限に従属する霊または権限によって預言していることを、ヨシュアは知らなかった、とわかる。

同じ意味で、『申命記』第三十四章第九節には、「ヨシュアは知恵の霊に満ちていた」とある。モーセが彼に手を置いたからである。つまり、モーセ自身が始めながら、死に妨げられて終えられなかった仕事、すなわち神の人民を約束の地へ導き入れる仕事を続けるよう、モーセによって任じられたからである。

同じ意味で、『ローマの信徒への手紙』第八章第九節は、「キリストの霊をもたない者は、キリストのものではない」という。それは、キリストの幽霊ではなく、その教説への服従を意味する。また、『ヨハネの手紙一』第四章第二節も、「これによって、神の霊を知るだろう。イエス・キリストが肉において来たと告白する霊は、すべて神からのものである」という。そこで意味されるのは、偽りのないキリスト教の精神、すなわちイエスがキリストであるという、キリスト教信仰の主要な条項への服従である。これを幽霊と解釈することはできない。

同じく、『ルカによる福音書』第四章第一節の、「イエスは聖霊〔Holy Ghost〕に満ちていた」という言葉も、『マタイによる福音書』第四章第一節と『マルコによる福音書』第一章第十二節では「聖なる霊〔Holy Spirit〕」と表されているが、父なる神から遣わされた仕事を果たそうとする熱意、と理解できる。しかし、これを幽霊と解釈するのは、神自身が――救い主はそうであった――神で満たされた、ということであり、きわめて不適切で、意味をなさない。人の頭の中の想像上の住民以外には、天でも地でも何も意味しない「ゴースト〔幽霊〕」という語によって、なぜわれわれが霊を訳すようになったかは、問わない。しかし、これだけはいおう。原文の霊という語は、そのようなものを意味せず、本来の意味では現実の実体を、比喩では心や身体の何らかの並外れた能力や情念を意味するのである。

第七に、空気状の物体を意味する場合

キリストの弟子たちは、海の上を歩く姿を見て、『マタイによる福音書』第十四章第二十六節と『マルコによる福音書』第六章第四十九節にあるように、霊だと思った。それは空気状の物体を意味し、幻像ではない。全員が見たといわれているからである。それは頭の幻覚については理解できず、物体についてしか理解できない。幻覚は、目に見える物体のように多数者に同時に共通するものではなく、心像の違いのため、各人に固有だからである。同じ使徒たちが再び霊だと思った『ルカによる福音書』第二十四章第三、七節でも、同じである。また『使徒言行録』第十二章第十五節では、聖ペトロが牢獄から救い出されたことが信じられず、女中が戸口にいると告げると、人々は彼の天使だといった。これによって意味されるのは、物体的実体でなければならない。そうでなければ、弟子たち自身が、ユダヤ人にも異邦人にも共通する、こうした現れの中には想像上のものではなく現実のもので、存在するのに人間の心像を必要としないものがある、という意見に従っていた、といわなければならない。これらをユダヤ人は、善悪の霊や天使と呼び、ギリシャ人は同じものをデーモンという名で呼んだ。そして、そのような現れの中には、現実の実体であるもの、すなわち微細な物体がありうる。神は、万物をつくったのと同じ力でそれを形づくり、望むとき、特別な超自然的な仕方で自らの意志を告げ、実行するため、職務担当者や使者、すなわち天使として用いうる。しかし、そうして形づくられたなら、それらは広がりをもち、空間を占め、場所から場所へ動ける実体であり、それは物体に固有である。したがって、非物体的な幽霊ではない。非物体的な幽霊とは、どの場所にもなく、すなわち、どこにもなく、すなわち、何かに見えながら無である幽霊、ということだからである。しかし、物体的という語を、われわれの外的感覚で知覚できる実体という、最も普通の意味で用いるなら、非物体的実体は、想像上ではなく現実のもの、つまり、より粗大な物体と同じ広がりをもつ、目に見えない薄い実体となる。

天使とは何か

天使という名は、一般に使者を、そして最も多くは神の使者を意味する。神の使者とは、神の特別な現存、すなわち、特に夢や幻による神の力の特別な現れを知らせる、あらゆるものを意味する。

天使の創造について、聖書には何も伝えられていない。天使が霊であることは、しばしば繰り返される。しかし、霊という名は、聖書でも普通の言葉でも、ユダヤ人の間でも異邦人の間でも、時には、空気、風、生き物の生命精気や動物精気のような薄い物体を意味し、時には、夢や幻の中で心像に生じる像を意味する。後者は、現実の実体ではなく、それが現れる夢や幻より長くは続かない。そのような現れは、現実の実体ではなく、頭の偶有性にすぎない。それでも神が、自らの意志を示すために、それを超自然的に生じさせるなら、神の使者、すなわち天使と呼んでも、不適切ではない。

異邦人は普通、頭の中の映像を、自分たちの外で現実に存在し、心像に依存しないものと考え、そこから善悪のデーモンについての意見を形づくった。現実に存在するように見えるので実体と呼び、手で触れられないので非物体的と呼んだ。同じくユダヤ人も、旧約にはそう考えるよう強いるものが何もないのに、同じ根拠から、サドカイ派を除いて、一般に次の意見をもっていた。神が自らの用のため、時には人々の心像の中につくろうとし、それゆえ自分の天使と呼んだ現れを、心像に依存しない実体、神の持続する被造物と考えたのである。そのうち、自分たちによいものと思うものは神の天使とみなし、害を与えると思うものは、悪い天使または悪霊と呼んだ。ピュトンの霊、狂人、月の影響で乱れる者、癲癇を患う者の霊などがそうである。彼らは、そうした病に苦しむ者を、悪霊に憑かれた者とみなしたからである。

しかし、旧約で天使に言及する箇所を考えると、その大部分では、天使という語によって、何らかの超自然的な業を行う神の現存を示すために、心像の中に超自然的に生じる何らかの像以外を理解することはできないとわかる。したがって、その本性が明示されない残りの箇所でも、同じ仕方で理解してよい。

『創世記』第十六章には、同じ現れが、天使だけでなく神とも呼ばれる。第七節で主の天使と呼ばれるものが、第十節ではハガルに、「私はあなたの子孫をきわめて多く増やそう」といい、すなわち神の人格を担って語るからである。また、この現れは、形をもつ心像ではなく、声であった。ここから、この箇所の天使は、ハガルに天からの声を超自然的に知覚させた神自身、あるいは、より正確には、そこに神が特別に現存することを証言する超自然的な声以外の何ものをも意味しないことが明らかになる。それゆえ、ロトに現れ、『創世記』第十九章第十三節で人間と呼ばれる天使たちも、超自然的に心像の中に形づくられた人の像と理解してはならない理由があるだろうか。先ほど天使が心像上の声と理解されたのと、同じである。ロトは、その天使が二人だったにもかかわらず、第十八節では一人に、しかも神に語るように話している。実際、その言葉は、「ロトは彼らにいった。ああ、主よ、そうなさらないでください」である。天使が天からアブラハムに呼びかけ、イサクを殺そうとする手を止めたとき、『創世記』第二十二章第十一節には、姿の現れはなく、ただ声があった。それでも、神の使者または天使と呼ぶのは、十分に適切であった。神の意志を超自然的に告げたからであり、持続する幽霊を仮定する手間も省ける。ヤコブが天の梯子で見た天使たちは、『創世記』第二十八章第十二節によれば、眠りの中の幻であった。したがって、心像と夢だけである。それでも超自然的で、神の特別な現存のしるしだったので、その現れを天使と呼ぶのは不適切でない。同書第三十一章第十一節で、ヤコブが「主の天使が眠りの中で私に現れた」というのも、同じく理解すべきである。眠っている者に現れるものは、自然的であれ超自然的であれ、誰もが夢と呼ぶものだからである。そして、そこでヤコブが天使と呼ぶのは神自身であった。同じ天使が第十三節で、「私はベテルの神である」というからである。

また、『出エジプト記』第十四章第九節で、イスラエルの軍勢の前を進んで紅海へ導き、その後、後方へ移った天使は、第十九節では主自身である。その姿は、美しい人ではなく、昼には雲の柱、夜には火の柱として現れた。それでも、この柱こそ、軍勢の案内役としてモーセに約束された現れ、すなわち天使のすべてであった。『出エジプト記』第十四章第九節である。この雲の柱は、降りて幕屋の入口に立ち、モーセと語ったといわれるからである。

ここには、普通は天使に帰せられる運動と言葉が、雲に帰せられるのが見られる。それは、雲が神の現存のしるしとなったからである。どれほど美しい人や子供の形をしていたり、普通の人民を誤って教えるために、いつも描かれるような翼をもっていたりする場合と、少しも違わず天使であった。天使とするのは、形ではなく用途だからである。その用途は、超自然的な働きの中で神の現存を示すことである。たとえばモーセが、『出エジプト記』第三十三章第十四節で、金の子牛をつくる以前にはつねにそうであったように、陣営と共に行くよう神に求めたとき、神は、「私は行こう」とも、「代わりに天使を送ろう」とも答えず、「私の臨在が、あなたと共に行くだろう」と答えた。

旧約で天使という名が見いだされる箇所をすべて挙げるのは、長すぎる。それゆえ、すべてを一度にまとめて、こういおう。イングランド教会が正典とする旧約の部分には、霊や天使という名で理解される何らかの持続するものが、量をもたず、理解の上で部分に分けることもできないものであり、それが存在する、または創造された、と結論できる本文はない。ここで分けるとは、一つの部分がある場所に、その隣の部分が隣の場所にあるというように、部分ごとに考察することである。要するに、物体を、何かであり、またはどこかにあるものとするなら、物体的でないものがある、と結論できる箇所はない。むしろ、どの箇所でも、天使を使者と解釈する意味を受け入れられる。洗礼者ヨハネが天使、キリストが契約の天使と呼ばれるようにである。同じ類推によって、鳩や火の舌も、神の特別な現存のしるしだったので、天使と呼べる。『ダニエル書』にはガブリエルとミカエルという二つの天使の名が見いだされるが、本文自体、第十二章第一節から、ミカエルが意味するのはキリストであり、天使としてではなく君主としてであることが明らかである。またガブリエルは、他の聖なる人々の眠りに生じた同様の現れと同じく、超自然的な幻像にすぎなかった。それによって、ダニエルには夢の中で、二人の聖者が話し、一方が他方に、「ガブリエルよ、この人に幻を理解させよう」といったように見えたのである。神には、天のしもべたちを、死すべき者の短い記憶にしか役立たない名前によって、区別する必要はないからである。また新約にも、天使が、持続するものであると同時に非物体的であると証明できる箇所はない。ただし、神が言葉や業の使者、職務担当者とした人々を天使という場合は別である。天使が持続することは、救い主自身の言葉から推し量れる。『マタイによる福音書』第二十五章第四十一節で、最後の日に悪人へ、「呪われた者たちよ、悪魔とその天使たちのために備えられた永遠の火へ去れ」といわれる、と語る箇所である。悪魔とその天使という名を、教会の敵とその職務担当者と理解できると考えるのでなければ、この箇所は、悪い天使が持続することを明らかにする。しかしその場合、それは非物質性とは両立しない。永遠の火は、すべての非物体的なもののような、苦痛を受けえない実体には、罰にならないからである。したがって、そこから天使が非物体的であるとは証明されない。同じく聖パウロが、『コリントの信徒への手紙一』第六章第三節で、「われわれが天使を裁くことを、知らないのか」といい、『ペトロの手紙二』第二章第四節が、「神は罪を犯した天使たちを容赦せず、地獄へ投げ落とした」といい、『ユダの手紙』第一章第六節が、「初めの地位を守らず、自分の住まいを去った天使たちを、神は闇の下、永遠の鎖につなぎ、最後の日の裁きのために保っている」というのも、天使の本性が持続することを証明するとしても、その物質性をも確証する。また、『マタイによる福音書』第二十二章第三十節は、「復活のとき、人々はめとることも嫁ぐこともなく、天にいる神の天使のようである」という。しかし復活のとき、人々は持続するが、非物体的ではない。したがって天使も、そうなのである。

同じ結論を導ける箇所は、ほかにもさまざまある。実体と非物体的という語の意味を理解する者にとって、非物体的が微細な物体ではなく、物体でないものを意味するなら、それらの語は矛盾を含む。それゆえ、天使や霊を、その意味で非物体的実体というのは、事実上、天使も霊もまったく存在しないということである。したがって私は、旧約における天使という語の意味と、自然の通常の道筋で人々に生じる夢や幻の性質を考えて、次の意見に傾いていた。天使とは、神が自分の現存と命令を人類、とりわけ自分自身の人民に知らせるため、その特別で並外れた働きによって生じさせる、超自然的な心像上の現れにすぎない、と。しかし、新約の多くの箇所と救い主自身の言葉、それも、聖書の改変の疑いのない本文が、私の弱い理性から、実体をもち持続する天使も存在するという承認と信仰を、引き出した。しかし、天使がどの場所にもなく、すなわちどこにもなく、すなわち無であると、非物体的であるとする人々が間接にいっているようなことを信じるのは、聖書からは論証できない。

霊感とは何か

霊感という語の意味は、霊という語の意味に依存する。霊感〔inspiration〕を本来の意味に取るなら、人が息で袋を満たすように、薄く微細な空気や風を人の中へ吹き込むことにすぎない。あるいは、霊が物体的ではなく、心像の中にだけ存在するなら、幻像を吹き込むことにすぎなくなる。しかし、それは不適切ないい方であり、不可能である。幻像は、何かであるのではなく、ただそう見えるだけだからである。それゆえ、聖書では、この語は比喩的にしか用いられない。たとえば『創世記』第二章第七節で、神が人に生命の息を吹き込んだというのは、神が生命の運動を与えたという以上のことを意味しない。神がまず生きた息をつくり、その後、つくられたアダムへ吹き込んだと考えてはならない。その息が現実のものであれ、そう見えるだけのものであれ、同じである。ただ、『使徒言行録』第十七章第二十五節にあるように、「生命と息を与えた」、すなわち生きた被造物とした、ということである。また『テモテへの手紙二』第三章第十六節で、「すべての聖書は神の霊感によって与えられた」というとき、そこで語られるのは旧約聖書である。それは、正しく生きる道について人々を教え、とがめ、正し、訓練するのに役立つことを書くよう、神が著者たちの霊または心を向けたことを意味する、わかりやすい比喩である。しかし聖ペトロが、『ペトロの手紙二』第一章第二十一節で、「昔、預言は人の意志から来たのではなく、神の聖なる人々が、聖霊に動かされて語った」というとき、聖霊が意味するのは、超自然的な夢や幻の中での神の声であって、吹き込みとしての霊感ではない。また、救い主が弟子たちに息を吹きかけ、「聖霊を受けよ」といったときも、その息が霊だったのではなく、与えた霊的恩恵のしるしであった。多くの人々や、救い主自身について、聖霊に満ちていたといわれるが、その充満も、神の実体の注入と理解すべきではない。聖なる生活、異言などの賜物が、超自然的に得られたにせよ、研究と勤勉によって得られたにせよ、積み重ねられたことと理解すべきである。どの場合にも、それらは神の賜物だからである。同じく、神が『ヨエル書』第二章第二十八節で、「私はすべての肉なる者に霊を注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、老人は夢を見、若者は幻を見るだろう」というときにも、それを本来の意味に取って、神の霊が水のように流し出され、注ぎ込まれるものだと理解してはならない。神が、預言的な夢と幻を与えると約束した、と理解すべきである。神の恩恵について、注入されたという語を本来の意味で用いるのは、誤用だからである。それらの恩恵は徳であって、あちらこちらへ運び、人の中に樽へ注ぐように注ぎ込める物体ではない。

同じく、霊感を本来の意味に取ったり、善い霊が人の中に入って預言させ、悪い霊が、狂乱、月による錯乱、癲癇を起こす者の中に入ったといったりするのは、その語を聖書の意味で用いることではない。そこでの霊は、われわれの知らない原因を通じて働く神の力と理解されるからである。また、『使徒言行録』第二章第二節で、五旬祭の日に使徒たちの集まる家を満たしたといわれる風も、神性そのものである聖霊と理解すべきではない。それは、使徒職を果たすために必要と神が考えた、内なる恩恵と聖なる徳を彼らの中に生じさせるため、その心へ特別に働きかけたことの、外面的なしるしと理解すべきである。

第三十五章 聖書における神の王国、聖なるもの、聖別されたもの、聖礼典の意味について

神学者は神の王国を比喩的に用いるが、聖書では本来の意味で用いられる

神の王国は、神学者の著作、とりわけ説教や信仰に関する論考では、最も多く、この世の後に最高の天で得られる永遠の幸福を意味し、それは栄光の王国とも呼ばれる。また時には、その幸福の手付けである聖化を意味し、それは恩恵の王国と呼ばれる。しかし、王国の本来の意味である君主制、すなわち臣民自身の同意によって得られた、ある臣民たちに対する神の主権を意味することは、決してない。

それに対し、聖書の大部分の箇所で、神の王国は、本来そう呼ばれる王国を意味すると、私は見いだす。それは、イスラエルの人民の特別な仕方での選択によって構成された王国である。神がカナンの地の所有を約束したのに応じ、人民は神と結ぶ信約によって、自分たちの王に神を選んだのである。比喩として用いられるのは、まれである。その場合、しかも新約だけで、罪への支配を意味する。神の王国では、各臣民が、主権者を損なうことなく、そのような支配をもつからである。

創造の初めから、神は、力によって自然にすべての人を治めただけでなく、人が人に話すように、声によって命令する特別な臣民をももっていた。その仕方でアダムを治め、善悪を知る木から取って食べないよう命じた。アダムは従わず、食べることによって、創造者の命令ではなく、自分自身の感覚によって善悪を裁き、神のようになろうとした。その罰は、神が初めに創造したとき置いた、永遠の生命の状態を奪われることであった。その後、神はアダムの子孫の悪徳に対し、八人を除く全員を大洪水で罰した。そして、その八人が、当時の神の王国をなしていた。

神の王国の起源

その後、神はアブラハムに語り、次の言葉で信約を結ぶことをよしとした。『創世記』第十七章第七、八節、「私は、私とあなた、およびあなたの後の子孫との間に、代々にわたる永遠の契約を立て、あなたとあなたの後の子孫の神となる。私は、あなたが寄留する地、カナンの全土を、あなたとあなたの後の子孫に、永遠の所有として与える」。この信約で、アブラハムは、自分と子孫が、自分に語りかけた主に神として従うことを約束し、神は、カナンの地をアブラハムに永遠の所有として与えることを約束する。そして、この信約の記念としるしとして、第十一節で割礼の聖礼典を定める。これが、旧い契約、または旧約と呼ばれるものであり、神とアブラハムとの契約を含む。それによってアブラハムは、忠誠の誓いを立てるのと同じように、自分と子孫に、特別な仕方で神の実定法に服する義務を負わせる。道徳法に従う義務は、それ以前から負っていたのである。神にはまだ王の名が与えられず、アブラハムとその子孫には王国の名が与えられていなくても、事柄は同じである。すなわち、アブラハムの子孫に対する神の特別な主権を、約定によって設けたのである。その主権は、シナイ山でモーセが同じ信約を更新するとき、ユダヤ人に対する神の特別な王国と明示的に呼ばれる。そして聖パウロが『ローマの信徒への手紙』第四章第十一節で、「信じる者の父」というのは、モーセではなくアブラハムである。信じる者とは、忠実で、当時は割礼によって、後には新しい契約において洗礼によって、神に誓った忠誠を破らない者をいう。

神の王国とは、本来、約定による、特別な人民への神の市民的主権である

この信約は、シナイ山の麓で、モーセによって更新された。『出エジプト記』第十九章第五節で、主はモーセに、次のように人民へ語るよう命じる。「あなたがたが、まことに私の声に従い、私の契約を守るなら、私の特別な人民となるだろう。全地は私のものだからである。そして、あなたがたは私にとって、祭司的な王国、聖なる国民となるだろう」。「特別な人民」について、ラテン語のウルガタ訳は、「ペクリウム・デ・クンクティス・ポプリス〔すべての人民の中からの特有の所有〕」とする。ジェイムズ王の治世の初めに行われた英訳は、「すべての国民にまさって私の特別な宝」とし、ジュネーヴのフランス語訳は、「すべての国民のうちで最も貴重な宝石」とする。しかし、最も正しい訳は最初のものである。聖パウロ自身が『テトスへの手紙』第二章第十四節で、その箇所に触れ、祝福された救い主は、「われわれを自分のために清め、特別な、すなわち並外れた人民とするために、自らをわれわれのために与えた」ということで、確かめられるからである。ギリシャ語は「ペリウーシオス」であり、普通、「エピウーシオス」という語と対置される。後者が普通の、日々の、または主の祈りでいう日用のものを意味するように、前者は、余分にあり、蓄えられ、特別な仕方で所有されるものを意味する。ラテン人が「ペクリウム」と呼ぶものである。この箇所の意味は、すぐ後に神が付け加える、「全地は私のものだからである」という理由によっても確かめられる。いわば神は、世界のすべての国民は私のものだが、あなたがたが私のものであるのは、そのようにではなく、特別な仕方である、といっている。すべての国民は、力のために私のものであるが、あなたがたは、自分自身の同意と信約によって私のものとなる、というのである。それは、すべての国民に対する通常の権原への付加なのである。

同じことは、同じ本文の、「あなたがたは私にとって、祭司的な王国、聖なる国民となるだろう」という明示の言葉で、さらに確かめられる。ウルガタ訳は「レグヌム・サケルドターレ」とし、これは『ペトロの手紙一』第二章第九節の「サケルドティウム・レガーレ」、すなわち王的な祭司職という訳と一致する。また、サンクトゥム・サンクトルム、すなわち至聖所には、大祭司以外の誰も入れず、神自身に直接その意志を問えないという制度自体も、これに一致する。先に挙げた英訳は、ジュネーヴ訳に従って、「祭司たちの王国」とする。これは、大祭司が次々と継承することを意味するか、そうでなければ、聖ペトロにも、大祭司職の実践にも合わない。神の意志を人民に知らせるべき者は、大祭司以外には一人もいなかったし、祭司たちの集会が、至聖所に入ることを認められたこともなかったからである。

また、聖なる国民という名も、同じことを確かめる。聖なるとは、一般的な権利によってではなく、特別な権利によって神のものであることを意味するからである。本文にいうように、全地は神のものである。しかし、全地が聖なるものと呼ばれるのではなく、ユダヤの国民のように、神への特別な奉仕のため取り分けられたものだけが、そう呼ばれる。したがって、この一箇所だけで、神の王国が本来意味するのは、市民的統治と、人々の行動を規律することのために、その臣民となる者の同意によって設立された国家であることは、十分に明白である。その行動とは、王である神に対するものだけでなく、正義における相互の行動、および平和と戦争における他国への行動でもある。それは本来の王国であり、神が王で、大祭司がモーセの死後、唯一の副王または代理者となるべきものであった。

しかし、同じことを明らかに証明する箇所は、ほかにも多い。第一に、『サムエル記上』第八章第七節で、イスラエルの長老たちが、サムエルの息子たちの腐敗を悲しみ、王を要求したとき、サムエルは不満を抱いて主に祈った。主は答えて、「人民の声を聞け。彼らはあなたを退けたのではない。私を退け、私が彼らを治めないようにしたのである」といった。ここから、当時の王は神自身であり、サムエルは人民に自分で命令したのではなく、神がそのつど命じることを伝えただけであることが明白である。

また、『サムエル記上』第十二章第十二節で、サムエルは人民にいう。「アンモンの子らの王ナハシュが攻めて来るのを見ると、あなたがたは、あなたがたの神、主が王であったのに、いや、王がわれわれを治めるべきだと、私にいった」。ここから、神が彼らの王であり、その国家の市民的な体制を統治していたことは明白である。

また、イスラエル人が神を退けた後、預言者たちはその復位を予告した。『イザヤ書』第二十四章第二十三節、「万軍の主がシオンの山とエルサレムで治めるとき、月はうろたえ、太陽は恥じるだろう」。ここでは、シオンとエルサレム、すなわち地上での支配を明示している。また『ミカ書』第四章第七節、「主はシオンの山で彼らを治めるだろう」。このシオンの山は、地上のエルサレムにある。また『エゼキエル書』第二十章第三十三節、「主なる神はいう。私は生きている。必ずや、強い手と伸ばした腕、注ぎ出す怒りによって、あなたがたを治めよう」。そして第三十七節、「あなたがたを杖の下に通らせ、契約の絆に入れよう」。すなわち、私はあなたがたを治め、モーセを通じて私と結びながら、サムエルの時代に反逆して他の王を選ぶことで破った、あの契約を守らせよう、ということである。

また新約では、天使ガブリエルが救い主についていう。『ルカによる福音書』第一章第三十二、三十三節、「この方は大いなる者となり、いと高き方の子と呼ばれる。主は父ダビデの王座を与え、この方はヤコブの家を永遠に治め、その王国に終わりはないだろう」。これも地上の王国であり、そこへの権利を主張したため、カエサルの敵として死に処せられた。十字架の表札には、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」とあり、嘲りとして茨の冠をかぶせられた。また、その者を宣べ伝えたため、弟子たちについて、『使徒言行録』第十七章第七節では、「彼らはみな、カエサルの勅令に反し、イエスという別の王がいるといっている」といわれる。したがって、神の王国は、比喩ではなく現実の王国であり、旧約だけでなく新約でも、そう理解される。「国と力と栄光はあなたのもの」とわれわれがいうとき、それは、神の力の権利による王国ではなく、われわれの信約の効力による神の王国と理解されるべきである。力による王国は、神がつねにもつからである。したがって、祈りの中で「御国が来ますように」というのは、イスラエル人が反逆してサウルを選ぶことで中断した神の王国を、キリストが回復するという意味でなければ、余分なものになる。また、王国がずっと続いていたなら、「天の王国は近づいた」ということも、「御国が来ますように」と祈ることも、適切ではなかっただろう。

この解釈を確かめる箇所は、ほかにも非常に多い。それがキリスト教徒の王に、教会統治への自分たちの権利を見るための光を与えすぎるのでなければ、なぜもっと注意されないのか、不思議であろう。祭司的な王国の代わりに、祭司たちの王国と訳す者たちは、このことに気づいている。その仕方なら、聖ペトロにある王的な祭司職も、王たちの祭司職と訳してよいからである。また、特別な人民の代わりに、貴重な宝石や宝とするなら、将軍直属の連隊や中隊も、その将軍の貴重な宝石、または宝と呼んでよいことになる。

要するに、神の王国は市民的な王国である。それは初め、モーセがシナイ山からもたらし、後にはその時々の大祭司が至聖所のケルビムの前から伝える法律に、イスラエルの人民が服する義務に存した。その王国は、サウルを選ぶことで退けられたが、キリストによって回復されると預言者たちが予告した。われわれは主の祈りで「御国が来ますように」というとき、その回復を日々祈り、「国と力と栄光は、とこしえにあなたのものです。アーメン」と加えるとき、その権利を認める。それを宣言することが使徒たちの説教であり、福音の教師たちは、人々がそこへ入るよう備えさせる。その福音を受け入れること、すなわち神の統治への服従を約束することが、恩恵の王国にあることである。神が、その者たちに無償で、将来神の臣民、すなわち子供となる力を与えたからである。それは、キリストが威光をもって来て、世界を裁き、自分の人民を現実に治めるときであり、栄光の王国と呼ばれる。神の王国は、その王座の栄光と驚くべき高さから、天の王国とも呼ばれる。しかし、神が人民へ命令を伝える代理者を通じ、地上で行使した王国でなかったなら、神が誰を通じてわれわれに語るかについて、これほどの争いと戦争はなかっただろう。また、多くの祭司が霊的裁判権を求めて苦労することも、王がそれを拒むこともなかっただろう。

神の王国のこの文字どおりの解釈から、「聖なる」という語の真の解釈も生じる。それは、神の王国では、人間の王国で普通、公のもの、または王のものと呼ばれることに対応する語だからである。

どの国の王も、公的人格、すなわち自分の全臣民の代表者である。そして、イスラエルの王である神は、イスラエルの聖なる者であった。地上の一人の主権者に従属する国民は、その主権者、すなわち公的人格の国民である。同じく、神の国民であったユダヤ人は、『出エジプト記』第十九章第六節で、聖なる国民と呼ばれた。聖なるとは、つねに神自身か、所有として神に属するものを意味するからである。公のものとは、つねに国家の人格自体か、どの私人も所有権を主張できないほど国家のものである何かを意味するのと同じである。

それゆえ、神の日である安息日は聖なる日であり、神の家である神殿は聖なる家であり、神への貢納である犠牲、十分の一税、供物は聖なる務めである。神の職務担当者である、キリストのもとの祭司、預言者、油注がれた王たちは聖なる人々であり、神の使者である天の奉仕する霊たちは聖なる天使である。ほかも同じである。そして、聖なるという語が本来の意味で用いられるところでは、つねに、同意によって得られた所有に関する何かが意味される。「御名が聖とされますように」というとき、われわれは、「神以外に他の神々をもたない」という第一の戒めを守る恩恵を、神に祈っているだけである。人類は、神の所有としての国民である。しかしユダヤ人だけが、聖なる国民であった。なぜか。それは、信約によって神の所有となったからである。

聖別されたものとは何か

また、「俗なる〔profane〕」という語は、聖書では普通、「共通の〔common〕」と同じ意味に取られる。それゆえ、その反対である「聖なる〔holy〕」と「専有の〔proper〕」も、神の王国では同じでなければならない。しかし比喩としては、世俗のあらゆる企てを捨て、完全に神へ身を捧げたかのように、敬虔に生きた人々も、聖なる者と呼ばれる。本来の意味では、神が自分の用途に専有し、取り分けることによって聖なるものとしたものは、神によって聖化されたといわれる。第四の戒めにおける七日目や、新約で、敬虔の霊を与えられたときに聖化されたといわれる選ばれた者たちが、その例である。また、人々が奉献して神に与え、神への公の奉仕だけに用いられるよう聖なるものとしたものは、「聖別された〔sacred〕」ものとも呼ばれ、奉献されたといわれる。神殿、その他の公の祈りの家とその道具、祭司、職務担当者、犠牲の獣、供物、聖礼典の外的な素材がそうである。

聖性の程度

聖なることには程度がある。神への奉仕のため取り分けられたものの中から、さらにいっそう近く、特別な奉仕のため、再び取り分けられるものがありうるからである。イスラエルの国民全体は、神にとって聖なる人民であったが、その中でレビの部族は聖なる部族であった。またレビ人の中でも、祭司はさらに聖なる者であり、祭司の中でも、大祭司は最も聖なる者であった。同じくユダヤの地は聖地であったが、その中で神を礼拝すべき聖なる都は、いっそう聖なるものであった。さらに神殿は都より聖なるものであり、至聖所は神殿の他の部分より聖なるものであった。

聖礼典

聖礼典とは、目に見える何かを普通の用法から取り分け、神への奉仕のために聖別することである。それは、神の王国へ入れられ、特別な人民の数に加えられたことのしるしか、あるいはその記念のためである。旧約で、加入のしるしは割礼であり、新約では洗礼であった。その記念は、旧約では、毎年一定の時に過越の小羊を食べることであり、それによって、エジプトの隷属から救われた夜を思い起こした。新約では主の晩餐を祝うことであり、それによって、祝福された救い主の十字架上の死により、罪の隷属から救われたことを思い起こす。加入の聖礼典は一度だけ行われるべきである。加入は一度で足りるからである。しかし、救われたことと忠誠とを、たびたび思い起こす必要があるので、記念の聖礼典は繰り返す必要がある。これらが主要な聖礼典であり、いわば、われわれが忠誠について立てる厳粛な誓いである。その語が、ただ神への奉仕のための聖別を意味するだけなら、聖礼典と呼べる他の聖別もある。しかし、神への忠誠の誓いや約束を含意するものとしては、旧約には割礼と過越以外になく、新約には洗礼と主の晩餐以外にない。

第三十六章 神の言葉と預言者について

言葉とは何か

神または人の言葉というとき、それは、文法家のいう名詞や動詞のような発話の一部分や、他の語と結びついて意味をなすことのない、単なる音声を意味しない。話す者が肯定し、否定し、命じ、約束し、脅し、願い、または問う、完全な発話や論述を意味する。この意味で言葉を表すのは、「ウォカブルム」ではなく、「セルモー」、ギリシア語では「ロゴス」である。すなわち、何らかの発話、論述、言明である。

神によって語られた言葉も、神について語られた言葉も、聖書では神の言葉と呼ばれる

また、神または人の言葉というとき、話す者について理解されることもある。神が語った言葉、人が語った言葉、という意味である。この意味で、聖マタイの福音書というとき、われわれは、聖マタイがその著者であると理解する。また、主題について理解されることもある。聖書で「イスラエルまたはユダの王たちの日々の言葉」と読むときは、その日々になされた行為が、それらの言葉の主題だったことを意味する。そして、聖書では多くのヘブライ語的表現を残すギリシャ語でも、神の言葉はしばしば、神が語ったものではなく、神とその統治について語られたもの、すなわち宗教の教説を意味する。それゆえ、「ロゴス・テウー」と「テオロギア」、すなわち普通われわれが神学と呼ぶ教説をいうのは、同じである。これは、以下の箇所から明白である。『使徒言行録』第十三章第四十六節、「そのときパウロとバルナバは大胆に語った。神の言葉は、まずあなたがたに語られる必要があった。しかし、あなたがたはそれを退け、自分を永遠の生命に値しないとするので、見よ、われわれは異邦人に向かう」。ここで神の言葉と呼ばれるものは、前の箇所から明白なように、キリスト教の教説であった。また、同書第五章第二十節で、天使が使徒に、「行って神殿に立ち、この生命の言葉をすべて語れ」という箇所では、この生命の言葉とは、福音の教説を意味する。それは彼らが神殿でしたことから明白であり、同じ章の最終節には、「彼らは日々、神殿でも家々でも、イエス・キリストを教え、宣べ伝えるのをやめなかった」と表される。この箇所では、イエス・キリストが、この生命の言葉、いいかえれば救い主が与えようとした永遠の生命の言葉の主題であることは明白である。同じく、同書第十五章第七節では、神の言葉は、キリストの王国の教説を含むので、福音の言葉と呼ばれる。同じ言葉は、『ローマの信徒への手紙』第十章第八、九節では、信仰の言葉と呼ばれる。すなわち、そこに表されるように、キリストが来て、死者の中から起こされたという教説である。また、『マタイによる福音書』第十三章第十九節の、「誰かが王国の言葉を聞くとき」とは、キリストが教えた王国の教説をいう。同じ言葉について、『使徒言行録』第十二章第二十四節では、「成長し、増え広がった」ともいわれる。これを福音の教説について理解するのは容易だが、神の声や発話について理解するのは、難しく奇妙である。同じ意味で、悪霊の教説とは、何らかの悪魔の言葉ではなく、異教徒が神々として拝んだデーモンや幻像についての教説を意味する。『テモテへの手紙一』第四章第一節である。

聖書における神の言葉の、この二つの意味を考えると、後の、キリスト教の教説という意味では、聖書全体が神の言葉であることは明白だが、最初の意味ではそうでない。たとえば、「私はあなたの神、主である」から十戒の終わりまでの言葉は、神がモーセに語った。しかし、「神はこれらの言葉を語って、いった」という前置きは、聖なる歴史を書いた者の言葉と理解されるべきである。神が語ったものとしての神の言葉は、時には本来の意味、時には比喩で理解される。本来の意味では、預言者に語った言葉であり、比喩では、世界をつくる際の神の知恵、力、永遠の定めである。この意味で、『創世記』第一章の、「光あれ」「大空あれ」「人を造ろう」などの、あれという命令は、神の言葉である。同じ意味で、『ヨハネによる福音書』第一章第三節には、「すべてはそれによってつくられ、つくられたもので、それなしにつくられたものは何もない」とある。また『ヘブライ人への手紙』第一章第三節には、「神は、その力の言葉によってすべてを支える」とある。すなわち、言葉の力、つまり自らの力によって、ということである。同書第十一章第三節にも、「世界は神の言葉によって形づくられた」とあり、同じ意味の箇所は多い。またラテン人の間で、本来、語られた言葉を意味する運命という名が、同じ意味に用いられるのも、同様である。

第二に、神の言葉の結果を意味する場合

第二に、神の言葉は、その結果、すなわち、その言葉によって肯定され、命じられ、脅され、約束される事柄そのものを意味する。たとえば『詩篇』第百五篇第十九節では、ヨセフは「その言葉が来るまで」牢獄に置かれたといわれる。それは、『創世記』第四十章第十三節で、ファラオの給仕役に復職を予告したことが、実現するまで、という意味である。そこで、言葉が来たとは、事柄自体が起こったことを意味する。同じく『列王記上』第十八章第三十六節で、エリヤが神に、「私はこれらあなたの言葉をすべて行った」というのは、「これらのことを、あなたの言葉、すなわち命令によってすべて行った」の代わりである。また『エレミヤ書』第十七章第十五節の、「主の言葉はどこにあるか」は、「脅された害はどこにあるか」の代わりである。『エゼキエル書』第十二章第二十八節の、「私の言葉は、もはや一つも延期されない」では、言葉は、神が人民に約束した事柄と理解される。新約でも、『マタイによる福音書』第二十四章第三十五節の、「天と地は過ぎ去るだろう。しかし私の言葉は過ぎ去らない」とは、私が約束し、予告したことで、実現しないものは何もない、ということである。そして、この意味で、福音書記者聖ヨハネは、おそらく聖ヨハネだけが、肉における救い主自身を神の言葉と呼ぶ。『ヨハネによる福音書』第一章第十四節、「言葉は肉となった」がそうである。すなわち、キリストが世に来るという言葉または約束、「初めに神と共にあった」ものが、肉となったのである。つまり、父なる神は、永遠の生命の道について人々を照らすため、子なる神を世に送ることを意図していたが、それまでは実行されず、現実に受肉していなかった、ということである。それゆえ、そこで救い主が言葉と呼ばれるのは、約束そのものだったからではなく、約束されたものだったからである。この箇所から、普通、救い主を〈神の動詞〔Verbe〕〉と呼ぶ者たちは、本文をいっそう不明瞭にするだけである。同じ理屈なら、神の名詞と呼んでもよい。名詞でも動詞でも、人々が理解するのは、肯定も否定も、命令も約束もせず、物体的実体でも霊的実体でもない、発話の一部分、音声、音にすぎないからである。したがって、それを神とも人ともいえないのに対し、救い主はその両方である。そして、ヨハネが福音書で神と共にあったというこの言葉は、その第一の手紙の第一節では「生命の言葉」、第二節では「父と共にあった永遠の生命」と呼ばれる。それゆえ、キリストは、永遠の生命と呼ばれるのと同じ意味以外では、言葉と呼ばれえない。すなわち、肉において来ることによって、われわれに永遠の生命を得させた者、という意味である。また『ヨハネの黙示録』第十九章第十三節で、使徒は、血に浸した衣をまとったキリストについて、その名は「神の言葉」であるという。それは、初めからの神の意図と、預言者を通じて伝えられた神の言葉と約束に従って来た者、という名であったかのように理解すべきである。したがって、ここにあるのは、言葉そのものの受肉ではなく、子なる神の受肉である。受肉が約束の成就だったため、言葉と呼ばれるのである。聖霊が約束と呼ばれるのも、同じである。『使徒言行録』第一章第四節、『ルカによる福音書』第二十四章第四十九節である。

第三に、理性と公平の言葉を意味する場合

聖書には、神の言葉によって、時には預言者でも聖なる者でもない者が語った、理性と公平にかなう言葉を意味する箇所もある。ファラオ・ネコは偶像崇拝者であったが、カルケミシュへ進軍する自分に逆らわないよう、使者を通じて善王ヨシヤに勧めた言葉は、神の口から出たといわれる。そしてヨシヤは、それに聞き従わず、戦いで殺された。『歴代誌下』第三十五章第二十一〜二十三節に読まれるとおりである。確かに、『エズラ記』第一書に語られる同じ歴史では、主の口からのこの言葉をヨシヤに語ったのは、ファラオではなくエレミヤである。しかし、外典に何が書かれていようとも、われわれは正典の聖書を信頼すべきである。

神の言葉はまた、聖書で人の心に書かれているといわれるときにも、理性と公平の命ずるところと理解すべきである。『詩篇』第三十六篇第三十一節、『エレミヤ書』第三十一章第三十三節、『申命記』第三十章第十一、十四節、その他多くの同様の箇所がそうである。

預言者という語のさまざまな意味

預言者という名は、聖書では時に代弁者、すなわち神から人へ、または人から神へ語る者を意味する。また時には、予告者、すなわち将来の事柄を前もって語る者を、時には、錯乱した者のように、筋道なく語る者を意味する。最も頻繁に用いられるのは、神から人民へ語るという意味である。モーセ、サムエル、エリヤ、イザヤ、エレミヤ、その他の者は、そのような預言者であった。この意味で、大祭司も預言者であった。大祭司だけが、神に問うために至聖所へ入り、その答えを人民に告げるべきだったからである。それゆえ、カイアファが、人民のために一人が死ぬほうがよいといったとき、聖ヨハネは第十一章第五十一節で、「彼は自分からそういったのではなく、その年の大祭司として、一人が国民のために死ぬことを預言した」という。また、キリスト教の集会で人民を教えた者も、『コリントの信徒への手紙一』第十四章第三節で、預言するといわれる。同じ意味で、神はモーセに、アロンについていう。『出エジプト記』第四章第十六節、「彼は人民に対するあなたの代弁者となり、あなたの口となる。あなたは彼にとって神の代わりとなるだろう」。ここで代弁者であるものは、第七章第一節で預言者と言い換えられる。「見よ、私はあなたをファラオに対する神とした。兄弟アロンは、あなたの預言者となるだろう」と神はいう。人から神へ語るという意味では、『創世記』第二十章第七節で、アブラハムが預言者と呼ばれる。神が夢の中でアビメレクに、「いま、その人に妻を返せ。その人は預言者であり、あなたのために祈るだろう」と語る箇所である。ここから、キリスト教会で会衆のために公の祈りを述べる召命をもつ者にも、預言者という名を与えて不適切でないことが推し量れる。同じ意味で、『サムエル記上』第十章第五、六節では、琴、鼓、笛、竪琴を伴って、高き所、すなわち神の丘から下りて来る預言者たちが、また第十節では、その中にいるサウルが、預言するといわれる。そのように、公に神を賛美したからである。同じ意味で、『出エジプト記』第十五章第二十節のミリアムも、女預言者と呼ばれる。『コリントの信徒への手紙一』第十一章第四、五節で、聖パウロが、「頭を覆って祈り、または預言するすべての男は」などといい、また「頭を覆わずに祈り、または預言するすべての女は」というのも、同じく理解されるべきである。その箇所の預言は、詩篇や聖歌で神を賛美する以上のことを意味しない。女は、会衆に語りかけることを許されなくても、それは教会で行えたからである。また、神々を敬うために賛歌その他の詩をつくった異教徒の詩人たちが、ワーテース、すなわち預言者と呼ばれたのも、この意味である。これは異邦人の書物に通じる者にはよく知られ、『テトスへの手紙』第一章第十二節でも明白である。聖パウロは、クレタ人について、彼ら自身の預言者が、彼らは嘘つきだといった、と語る。聖パウロが彼らの詩人を預言者とみなしたのではなく、神の名誉を韻文でたたえる者を意味するのに、預言者という語が普通に用いられたことを認めたのである。

将来の偶然的な出来事の予告は、つねに預言であるわけではない

預言が、将来の偶然的な出来事を予告する意味であるとき、預言者とされたのは、神の代弁者で、神が予告したことを他人に伝えた者だけではない。使い魔の助けや、過去の出来事を誤った原因から占う迷信的な方法によって、将来の類似の出来事を予告できると称する、あらゆる詐欺師もそうであった。その種類は、本論の第十二章ですでに述べたように多い。彼らは、一つの偶然の出来事が、ただこじつけて自分の目的に合わされただけであっても、一般の人々の評価の中で、それによって得る預言の名声のほうが、どれほど多く失敗しても再び失う名声より大きい。預言は技術ではなく、予告の意味では、恒常的な職業でもない。神による特別な一時的な任務であり、多くは善人に、時には悪人にも与えられる。使い魔をもち、それによってサムエルの幻像を呼び出し、サウルの死を予告したといわれるエン・ドルの女は、そのために女預言者だったのではない。そのような幻像を呼び出す学問をもっていたわけでもなく、神がその呼び出しを命じたとも見えないからである。神はただ、その欺きを、サウルの恐怖と落胆の手段、それゆえ彼が倒れる敗北の手段となるよう導いたのである。また、筋道のない言葉は、異邦人の間で、預言の一種とされた。神託の預言者たちは、デルフォイのピュティアの神託の洞窟から出る精気や蒸気に酔い、そのあいだ本当に狂い、狂人のように語ったからである。そのばらばらの言葉からは、どの出来事にも合う意味をつくることができた。あらゆる物体が第一質料からできるといわれるのと、同じである。聖書にも、その意味に取られる箇所を見いだす。『サムエル記上』第十八章第十節の、「悪霊がサウルに臨み、家の中で預言した」という言葉である。

神が預言者に語った仕方

聖書には、預言者という語の意味がこれほど多くある。しかし、最も頻繁なのは、神から他の人や人民へ伝えるべきことを、神が直接に語りかける者、という意味である。ここから、神はそのような預言者に、どのような仕方で語るのか、という問いが生じる。ある人はいうかもしれない。神には人のような舌やその他の器官があると、厳密にはいえないのに、声や言語があると厳密にいえるのか、と。預言者ダビデは、こう論じる。「目をつくった者が、見ないだろうか。耳をつくった者が、聞かないだろうか」。しかし、これは、普通のように神の本性を意味するためではなく、神を敬おうとするわれわれの意図を示すために語られた、と考えられる。見ることと聞くことは、名誉ある属性なので、われわれの能力で思い描けるかぎり、神の全能を表すために、神に与えうるからである。しかし、厳密で本来の意味に取るなら、人の身体の他のあらゆる部分をつくったことから、神もそれらをわれわれと同じように使う、と論じられてしまう。その多くは、神に帰すことがこの上ない侮辱となるほど、不適切だろう。したがって、神が直接人に語るとは、それがどのようなものであれ、神が自らの意志を人に理解させる仕方、と解釈すべきである。その仕方は多く、聖書の中だけに求められるべきである。聖書では、どのような仕方かを述べずに、神が誰かに語ったといわれることが多い。しかしまた、神の現存と命令を認めるべきしるしをも伝える箇所が多くあり、そこから、残る多くの者へどう語ったかも理解される。

旧約の特別な預言者には、夢または幻によって語った

神がアダム、エバ、カイン、ノアに、どのように語ったかは表されていない。またアブラハムにどう語ったかも、自分の国からカナンの地のシケムへ出て来るまでは、表されていない。そのとき、『創世記』第十二章第七節で、神は彼に現れたといわれる。したがって、神が現存を明らかにする一つの仕方、すなわち現れまたは幻がある。また同書第十五章第一節では、主の言葉が幻の中でアブラハムに来たという。すなわち、神の現存のしるしとして、何かが神の使者として現れ、語りかけたのである。また主は、同書第十八章第一節では、三人の天使の現れによってアブラハムに、第二十章第三節では、夢の中でアビメレクに、十九章第一節では、二人の天使の現れによってロトに、第二十一章第十七節では、一人の天使の現れによってハガルに、第二十二章第十一節では、天からの声の現れによって、再びアブラハムに現れた。第二十六章第二十四節では、夜、すなわち眠りの中、または夢によってイサクに、十八章第十二節では、夢によってヤコブに現れた。すなわち、本文の言葉どおりにいえば、「ヤコブは梯子を見る夢を見た」のである。また第三十二章第一節では、天使の幻によってヤコブに、『出エジプト記』第三章第二節では、柴の中から出る炎の現れによってモーセに現れた。そしてモーセ以後、旧約で神が人へ直接語る仕方が述べられる場合、ギデオン、サムエル、エリヤ、エリシャ、イザヤ、エゼキエル、その他の預言者には、つねに幻か夢によって語った。新約でも、ヨセフ、聖ペトロ、聖パウロ、黙示録の福音書記者聖ヨハネなどに、しばしばそうして語った。

ただし、シナイ山と幕屋ではモーセだけに、また幕屋と神殿の至聖所では大祭司に、いっそう特別な仕方で語った。モーセと、その後の大祭司たちは、神の恩顧において、より高い地位と位階の預言者だったからである。神自身が、明白な言葉で、他の預言者には夢や幻で語ったが、しもべモーセには、人が友と話すように語る、と宣言している。その言葉は次のとおりである。『民数記』第十二章第六〜八節、「あなたがたの間に預言者がいれば、私、主は、幻の中で自分を知らせ、夢の中で語る。私のしもべモーセはそうではない。彼は私の家全体で忠実である。私は彼とは口と口で、明らかに語り、謎の言葉では語らない。彼は主の姿を見るだろう」。また『出エジプト記』第三十三章第十一節、「主は、人が友と語るように、モーセと顔と顔を合わせて語った」。しかし、それでも、神のこのモーセへの語りは、天使を介してであった。『使徒言行録』第七章第三十五、五十三節と、『ガラテヤの信徒への手紙』第三章第十九節に明示されるとおりである。したがって、他の預言者に与えられたものより明瞭であっても、幻だったのである。これに一致して、神が『申命記』第十三章第一節で、「あなたがたの間に預言者、または夢見る者が現れたなら」というとき、後の語は前の語の説明にすぎない。また『ヨエル書』第二章第二十八節、「あなたがたの息子と娘は預言し、老人は夢を見、若者は幻を見るだろう」でも、預言という語が、夢と幻によって説明される。同じ仕方で、神はソロモンに語り、知恵、富、名誉を約束した。『列王記上』第三章第十五節の本文は、「ソロモンは目覚めた。見よ、それは夢であった」というからである。したがって一般に、旧約の特別な預言者たちは、夢や幻、すなわち眠りや恍惚のうちにもつ想像以外の仕方では、神の言葉を知らなかった。その想像は、真の預言者では超自然的であり、偽預言者では自然的か、または偽られたものであった。

それでも、同じ預言者たちは、霊によって語るといわれた。たとえば、『ゼカリヤ書』第七章第十二節で、預言者はユダヤ人について、「彼らは心を金剛石のように固くして、万軍の主が霊によって以前の預言者たちを通じて送った、法と言葉を聞くまいとした」という。ここから、霊または霊感によって語ることは、幻とは異なる、神の特別な語り方ではなかったことが明白である。霊によって語るといわれた者が、特別な預言者、すなわち、新しい知らせのたびに個別の委任、いいかえれば新しい夢や幻を必要とする者だった場合には、そうなのである。

恒常的な召命をもち、最高の地位にある預言者には、旧約では、聖書に述べられない仕方で、贖いの座から神が語った。

旧約で恒常的な召命によって預言者であった者には、最高の者と、従属する者とがあった。最高の者は、初めはモーセであり、その後、祭司職が王権的であったあいだは、その時々の大祭司であった。そして、ユダヤの人民が神を退け、もはや治めさせないことにした後には、神の統治に服する王たちも、主要な預言者となり、大祭司の職務は、その下で奉仕するものとなった。神に問うべきときには、祭司は聖なる衣を着て、王が命じるとおり主に問い、王が適当と考えると職を奪われた。サウル王は、『サムエル記上』第十三章第九節で、焼き尽くす献げ物を持って来るよう命じ、第十四章第十八節では、祭司に契約の箱を近くへ持って来るよう命じ、十九節では再び、敵に対する好機を見て、それをやめさせる。また同じ章で、サウルは神に助言を求める。同じくダビデ王は、油を注がれた後、まだ王国を所有する前であっても、『サムエル記上』第二十三章第二節で、ケイラのフィリシテ人と戦うべきか「主に問う」といわれる。また第十節では、ケイラにとどまるべきかどうかを問うため、祭司にエフォドを持って来るよう命じる。ソロモン王も、『列王記上』第二章第二十七節で、祭司職をアビアタルから取り上げ、第三十五節でツァドクに与えた。したがって、あらゆる特別な機会に、どう振る舞うべきか、どんな結果になるかを神に問うた、モーセ、大祭司、敬虔な王たちは、すべて主権をもつ預言者であった。しかし、どのような仕方で神が語ったかは、明らかでない。モーセがシナイ山で神のもとへ上ったとき、それが他の預言者と同じ夢や幻だったというのは、『民数記』第十二章第六〜八節で、神がモーセと他の預言者を区別したことに反する。神が自らの本性どおりに語り、現れたというのは、神の無限性、不可視性、理解不可能性を否定することである。聖霊が神性を意味する場合に、その霊感や注入によって語ったというのは、モーセをキリストと等しくすることである。聖パウロが『コロサイの信徒への手紙』第二章第九節でいうように、神性が身体をもって宿るのは、キリストだけだからである。最後に、聖霊がその恩恵や賜物を意味する場合に、聖霊によって語ったというのは、モーセに何ら超自然的なものを帰さないことである。神は、教説、実例、さまざまな自然の通常の機会によって、人々を、敬虔、正義、慈悲、真実、信仰、および道徳的にも知的にも、あらゆる種類の徳へ向かわせるからである。

これらの仕方は、神がシナイ山でモーセに語ったことにはあてはめられない。同じく、贖いの座から大祭司に語ったことにも、あてはめられない。したがって、神に問うのを職務とする旧約の主権的預言者たちに、神がどのように語ったかは、理解できない。新約の時代には、救い主以外に主権的預言者はいなかった。救い主は、語る神であると同時に、語りかけられる預言者でもあった。

恒常的な召命をもちながら従属する預言者には、神は霊によって語った。

恒常的な召命をもち、従属する預言者に、神が超自然的に語ったと証明する箇所は、私は見いださない。ただ、他のすべてのキリスト教徒を、自然に敬虔、信仰、正しさ、その他の徳へ向かわせるのと同じ仕方だけである。その仕方は、気質、教え、教育、および人々がキリスト教の徳へ向かう機会や誘いからなる。それでも、神の霊または聖なる霊――われわれの言葉では聖霊〔Holy Ghost〕と呼ぶ――の働きに帰されるのは、真実である。神の働きからでない、よい傾向は一つもないからである。しかし、その働きはつねに超自然的なのではない。したがって、預言者が霊の中で、または神の霊によって語るといわれるとき、最高の預言者が告げた神の意志に従って語る、という以上のことを理解すべきではない。霊という語の最も普通の意味は、人の意図、心、性向だからである。

モーセの時代には、イスラエル人の陣営で、モーセ以外にも七十人が預言した。神がどのように語ったかは、『民数記』第十一章第二十五節に告げられる。「主は雲の中に降り、モーセに語り、その上にある霊の一部を取って、七十人の長老に与えた。そして霊がその上にとどまると、彼らは預言し、やめなかった」。ここから、第一に、彼らの人民への預言は、モーセの預言に仕え、従属するものであったことが明白である。神はモーセの霊を取って彼らに与えたので、彼らはモーセの望むとおりに預言したからである。そうでなければ、預言すること自体を許されなかっただろう。第二十七節では、彼らについてモーセに苦情が届けられ、ヨシュアは禁じるよう求めた。しかしモーセはそうせず、自分のために嫉妬するな、とヨシュアにいった。第二に、その箇所の神の霊は、統治を行う際にモーセに従い、助ける心と性向以外を意味しない。神の実体的な霊、すなわち神の本性を吹き込まれたという意味なら、神の霊が身体をもって宿る唯一の者であるキリスト自身に劣らぬ仕方でもったことになるからである。したがって、彼らの霊の源であるモーセに協力するよう導いた、神の賜物と恩恵を意味する。そして第十六節から、彼らが、モーセ自身によって人民の長老や役人に任じられる者だったことがわかる。その言葉は、「あなたが人民の長老や役人と知っている七十人を、私のもとに集めよ」だからである。ここで、知っているとは、そのように任じる、または任じた、というのと同じである。先に『出エジプト記』第十八章で、モーセは、義父エトロの助言に従い、神を恐れる者を、人民の裁判官や役人に任じたと告げられるからである。この中に、神がモーセの霊を置くことによって、王国の統治でモーセを助けるよう向かわせた七十人がいた。この意味で、『サムエル記上』第十六章第十三、十四節では、神の霊が、ダビデの塗油の直後にダビデに臨み、サウルを去ったといわれる。神が、人民を治めるよう選んだ者に恩恵を与え、退けた者から取り去ったのである。それゆえ、霊とは神への奉仕への傾向を意味し、何らかの超自然的啓示を意味しない。

神は、くじによって語ることもあった

神はまた、人民の上に権限を与えた者が取り仕切る、くじの結果によって、たびたび語った。たとえば『サムエル記上』第十四章第四十三節には、サウルが引かせたくじによって、人民の立てた誓いに反して蜂の巣の蜜を食べたヨナタンの過ちを、神が明らかにしたとある。また『ヨシュア記』第十八章第十節では、「ヨシュアがシロで主の前に投げたくじ」によって、神はカナンの地をイスラエル人に分けた。同じく、同書第七章第十六節以下で、アカンの犯罪を神が明かしたのも、その仕方であったように見える。これらが、旧約において神が自らの意志を告げた仕方である。

神は、新約でもそのすべての仕方を用いた。処女マリアには天使の幻によって、ヨセフには夢によって、パウロにはダマスコへの道で救い主の幻によって、ペトロには、清い獣や汚れた獣など、さまざまな生き物を入れた布が天から下りる幻によって、また牢獄では天使の幻によって語った。そして、すべての使徒と新約の著者には、自らの霊の恩恵によって、また使徒たちには、イスカリオテのユダの代わりにマティアを選ぶ際、くじによって語った。

各人は、預言者を称する者の召命がもっともらしいかを吟味すべきである

このように、すべての預言は、幻、夢、または神の特別な賜物を前提とする。幻と夢は、自然的な場合には同じものであり、特別な賜物は、人類にきわめてまれに観察されるため、見られるところでは驚かれるものである。そして、そのような賜物も、最も並外れた夢や幻も、神の超自然的で直接の働きからだけでなく、自然的な働きや第二の原因の媒介によっても生じうる。それゆえ、自然的な賜物と超自然的な賜物、自然的な幻や夢と超自然的な幻や夢とを見分けるには、理性と判断が必要である。したがって、自分を預言者と称し、神の名によって幸福への道だと語る仕方で、神に従うよう要求する人の声に従う際には、非常に用心深く、慎重でなければならない。それほど大きな幸福への道を教えると称する者は、人々を統治し、すなわち支配し、治めると称するからである。それはすべての人が自然に望むことなので、野心と欺きを疑うに値する。したがって、服従を差し出す前に、各人が吟味し、試すべきである。ただし、預言者が市民的主権者であるか、その主権者に授権されている場合のように、国家の設立においてすでに服従を与えているなら、別である。人民の各人に、預言者や霊を吟味することが認められなかったなら、従うべき者と従うべきでない者を、各人が区別できるしるしを示しても、何の意味もなかっただろう。それゆえ、『申命記』第十三章第一節以下には預言者を知るしるしが、『ヨハネの手紙一』第四章第一節以下には霊を知るしるしが示されている。また旧約には預言者に反する預言が多く、新約には預言者に反する説教が多く、普通、偽預言者は真の預言者よりはるかに多い。したがって、各人は、自らの危険において、彼らの指図に従うことを警戒すべきである。第一に、偽預言者が真の預言者よりずっと多かったことは、アハブが『列王記上』第十二章で四百人の預言者に相談したとき、ミカヤ一人以外、全員が偽りの詐欺師だったことからわかる。また捕囚の少し前には、預言者たちは一般に嘘つきであった。主は『エレミヤ書』第十四章第十四節でいう。「預言者たちは私の名で嘘を預言する。私は彼らを送らず、命じず、語ってもいない。彼らは、偽りの幻、無価値なもの、自分の心の欺きを、あなたがたに預言している」。それゆえ神は、同書第二十三章第十六節で、預言者エレミヤの口によって、彼らに従わないよう人民に命じた。「万軍の主はいう。あなたがたに預言する預言者たちの言葉を、聞いてはならない。彼らはあなたがたを空しいものにする。主の口からではなく、自分の心の幻を語るのである」。

主権をもつ預言者以外のすべての預言は、各臣民が吟味すべきである

このように、旧約の時代には、幻を見る預言者たちの間に、互いに争い、「霊はいつ私から去って、あなたへ行ったのか」と問うような対立があった。ミカヤと、四百人の残る者たちとの間がそうである。また『エレミヤ書』第十四章第十四節のように、互いを嘘つきとすることがあり、今日の新約のもとでも、霊的な預言者たちの間には、同じような争いがある。したがって各人は、そのときも今も、自然的理性を用いて、神が真偽を見分けるために与えた規則を、すべての預言に適用する義務を負う。その規則のうち、旧約での一つは、主権をもつ預言者モーセの教えに教説がかなうことであり、もう一つは、神が起こすことを予告する奇跡の力であった。すでに『申命記』第十三章第一節以下から示したとおりである。新約では、しるしはただ一つであり、イエスがキリスト、すなわち旧約に約束されたユダヤ人の王である、という教説を説くことであった。この条項を否定する者は、どんな奇跡を行うように見えても偽預言者であり、それを教える者は真の預言者であった。聖ヨハネは、その第一の手紙第四章第二節以下で、霊が神からのものかどうかを吟味する手段について明示的に語り、偽預言者が現れると告げた後、次のようにいうからである。「これによって神の霊を知りなさい。イエス・キリストが肉において来たと告白する霊は、すべて神からのものである」。すなわち、神の預言者として承認され、認められるのである。イエスをキリストと告白し、公言し、説くからといって、その人が敬虔な者や選ばれた者だというのではなく、公認の預言者だということである。神は、その人自身を受け入れてはいない預言者を通して、語ることもあるからである。バラムを通してそうしたし、エン・ドルの魔女によってサウルの死を予告したのもそうである。また次の節はいう。「イエス・キリストが肉において来たと告白しない霊は、すべてキリストからのものではない。これが反キリストの霊である」。したがって、規則は両側で完全である。メシアがイエスの人格において、すでに来たと説く者が真の預言者であり、来たことを否定して、将来、偽ってその名誉を引き受ける何らかの詐欺師のうちにメシアを待つ者が、偽預言者である。使徒がそこで、本来の意味で反キリストと呼ぶのは、その詐欺師である。それゆえ各人は、誰が主権をもつ預言者か、すなわち誰が地上で神の代理者であり、神の直属のもとにキリスト教徒を治める権限をもつかを考え、その者が神の名において教えるよう命じた教説を、規則として守るべきである。そして、その規則によって、預言者を称する者が、奇跡を伴って、または伴わずに、いつ提出する教説についても、その真偽を調べ、試すべきである。規則に反するとわかったなら、モーセのもとへ来て、陣営で預言する者がおり、その権限が疑わしいと訴えた人々と同じようにすべきである。そして、彼らがモーセに任せたように、理由に応じて認めるか禁じるかを、主権者に任せるべきである。主権者がその者たちを認めなければ、もはやその声に従わず、認めるなら、主権者の霊の一部を神から与えられた者として従うべきである。キリスト教徒が、自分たちのキリスト教徒の主権者を神の預言者としないなら、自分の夢を、自分を統治させようとする預言とし、自分の心の膨れ上がりを神の霊とするか、あるいは、外国の何らかの君主や、同じ臣民の何者かに導かれることを許すか、そのどちらかでなければならない。その臣民は、統治への中傷によって人々を反乱へと惑わし、その召命を確かめる奇跡は、時折の並外れた成功と免罰以外にない。こうして、神と人間のすべての法を破壊し、あらゆる秩序、統治、社会を、暴力と内戦の最初の混沌へ戻してしまうのである。

第三十七章 奇跡とその用途について

奇跡とは、驚きを生む業である

奇跡とは、神の驚くべき業を意味する。それゆえ、不思議とも呼ばれる。それらは、多くの場合、人々が自分の自然的な推論に従えば、神が何を命じ、何を命じていないのかを疑いやすい場合に、神の命令を示すためになされる。それゆえ聖書では、普通、しるしと呼ばれる。ラテン人が、全能者が起こそうとすることを示し、予告することから、「オステンタ」「ポルテンタ」と呼ぶのと同じ意味である。

したがって、それはまれであり、自然の原因が知られていないものでなければならない

したがって奇跡とは何かを理解するには、人々が何に驚き、何を驚くべき業と呼ぶかを、まず理解しなければならない。人をある出来事に驚かせるものは、二つしかない。一つは、それが珍しいこと、すなわち、同じようなものが一度も、またはごくまれにしか生じたことがないことである。もう一つは、それが起こるとき、自然の手段ではなく、神の直接の手だけによってなされたとしか、想像できないことである。しかし、ありうる自然の原因が見えるなら、似たことがどれほどまれであっても、また、似たことがたびたび起こっているなら、自然の手段を想像することがどれほど不可能でも、われわれはもはや驚かず、奇跡ともみなさない。

したがって、馬や牛が話すなら、奇跡であろう。出来事が珍しく、その自然の原因も想像しがたいからである。生き物が何か新しい形で生まれる、自然の珍しい逸脱を見るのも、同じであろう。しかし、人や他の動物が自分に似たものを生むとき、それがどう行われるかを、前の場合以上に知っていなくても、普通のことなので奇跡ではない。同じく、人が石や柱に変わるなら、珍しいので奇跡である。しかし、木片がそのように変わるなら、たびたび見るので奇跡ではない。それでも、神のどのような働きによって一方が生じるかを、他方以上に知っているわけではない。

世界で最初に見られた虹は、最初だったので、したがって珍しかったので、奇跡であった。そして、もはや水によって世界全体を滅ぼすことはないと人民に保証するため、神が天に置いたしるしとなった。しかし今日では、虹は頻繁なので、その自然の原因を知る者にも知らない者にも、奇跡ではない。また、人間の技術によって生じる珍しい業も多い。しかし、それが技術によって行われると知るとき、そうして行う手段も知るので、それを奇跡とは数えない。神の直接の手ではなく、人間の勤勉を介して行われるからである。

ある人に奇跡と見えるものが、他の人にはそう見えないことがある

さらに、驚嘆や驚きは、人々がそれぞれ多く、または少なく備える知識と経験に伴うので、同じことが、ある人には奇跡で、別の人にはそうでないことが帰結する。そのため、無知で迷信深い人々は、他の者が、神の直接の働きではなく通常の働きである自然から生じると知って、まったく驚かない業を、大きな不思議とする。日食や月食が、普通の人民には超自然的な業とされたのに、他の者には、その自然の原因から、起こる時刻まで予告できた場合などがそうである。また、人が共謀や秘密の情報によって、無知で無用心な者の私的な行動を知り、それによって、その者に以前何をしたかを告げる場合、その者には奇跡のように見える。しかし、賢明で用心深い人々の間では、そのような奇跡を行うのは容易でない。

奇跡の目的

また、奇跡の本性には、神の使者、職務担当者、預言者への信用を得るために行われることが属する。それによって、人々が、その者は神に召され、送られ、用いられると知り、いっそう進んで従うようになるためである。それゆえ、世界の創造や、その後、大洪水ですべての生き物が滅ぼされたことは、驚くべき業であっても、預言者や他の神の職務担当者への信用を得るためになされたのでないため、普通、奇跡とは呼ばれない。どれほど驚くべき業でも、驚きが存するのは、それができたことではない。人々は自然に、全能者は何でもできると信じるからである。驚きが存するのは、それを人の祈りや言葉に応じて行うことなのである。しかし、モーセの手を通じてエジプトでなされた神の業は、本来の奇跡であった。モーセが自分の利害の企てからではなく、神に送られて来たと、イスラエルの人民に信じさせる意図で行われたからである。したがって、神が、イスラエル人をエジプトの隷属から救い出すよう命じた後、モーセが『出エジプト記』第四章第一節以下で、「彼らは私を信じず、主はあなたに現れていないというでしょう」といったとき、神は、手にある杖を蛇に変え、再び杖に戻す力を与えた。また、手を懐に入れて重い皮膚病にし、再び取り出して健全にする力を与えた。それは第五節にあるように、父祖たちの神がモーセに現れたと、イスラエルの子らに信じさせるためであった。それでも足りなければ、水を血に変える力も与えた。そして人民の前でこれらの奇跡を行うと、第四十一節には、「彼らは信じた」とある。それでも、ファラオを恐れて、まだ従う勇気はなかった。それゆえ、その後、ファラオとエジプト人を苦しめるためになされた他の業も、すべてイスラエル人にモーセを信じさせるためであり、本来の奇跡であった。同じく、捕囚までにモーセや他のすべての預言者の手でなされた奇跡、その後の救い主や使徒の奇跡をすべて考えると、その目的はつねに、彼らが自分の発意によって来たのではなく、神に送られたという信仰を生み、または確かめることだったとわかる。さらに聖書では、奇跡の目的は、選ばれた者にも退けられた者にも、すべての人に普遍的に信仰を生むことではなく、選ばれた者だけ、すなわち自分の臣民となるよう神が定めた者に、信仰を生むことだったと観察できる。エジプトの奇跡的な災いは、ファラオの改心を目的としなかった。神はモーセにあらかじめ、ファラオの心を頑なにして、人民を去らせないようにすると告げていたからである。そして最後に去らせたときも、奇跡が説得したのではなく、災いが強制した。同じく救い主についても、『マタイによる福音書』第十三章第五十八節には、人々の不信仰のため、故郷では多くの奇跡を行わなかったとあり、『マルコによる福音書』第六章第五節では、多くは行わなかったの代わりに、何も行えなかったとある。それは力が不足していたからではない。そういうのは神への冒瀆である。また、奇跡の目的が、信じない者をキリストへ改心させることではなかったからでもない。モーセ、預言者、救い主、使徒のすべての奇跡の目的は、人々を教会に加えることだったからである。そうではなく、その奇跡の目的が、すべての人ではなく、救われるべき者、すなわち神が選んだ者を教会に加えることだったからである。したがって、救い主は父から送られたので、父が退けた者を改心させるために、その力を用いることはできなかった。このマルコの箇所を説明して、「できなかった」という言葉は、「しようとしなかった」の代わりだという者は、ギリシャ語の用例なしにそうしている。意志のない無生物について、しようとしないが、できないの代わりに用いられることはあるが、その逆は決してない。それによって、キリストは信じやすい者の間でしか奇跡を行えなかったかのように、弱いキリスト教徒の前につまずきの石を置くのである。

奇跡の定義

ここに述べた奇跡の本性と用途から、次のように定義できる。「奇跡とは、創造のときに定められた自然の道筋による働きとは別に、選ばれた者の救いのために、特別な職務担当者が派遣されたことを、その者たちに明らかにするためになされる、神の業である」。

この定義から、次のことを推論できる。第一に、すべての奇跡で、なされた業は、預言者の何らかの能力の結果ではない。神の直接の手の結果だからである。すなわち、神は、その中で預言者を従属的な原因として用いずに、その業をなしたのである。

第二に、悪魔、天使、その他の被造の霊は、奇跡を行えない。行うとすれば、何らかの自然学の力によるか、呪文、すなわち言葉の力によるか、そのどちらかでなければならないからである。呪術師が自分の独立した力で行うなら、神から出ない力があることになるが、それはすべての人が否定する。また、与えられた力で行うなら、その業は神の直接の手からではなく、自然的なものであり、したがって奇跡ではない。

聖書には、神自身が直接行った奇跡の一部に等しい不思議を行う力を、ある種の魔術や呪文に帰するように見える本文がある。たとえば、モーセの杖が地に投げられて蛇になった後、『出エジプト記』第七章第十一節に、「エジプトの魔術師たちも、その呪術によって同じことをした」とある。また、モーセがエジプトの小川、河川、池、溜め池の水を血に変えた後、同章第二十二節には、「エジプトの魔術師たちも、呪術によって同じことをした」とある。モーセが神の力によって地に蛙を出した後にも、第八章第七節には、「魔術師たちも、呪術によって同じことをし、エジプトの地に蛙を出した」とある。これを読むと、人は奇跡を呪文、すなわち言葉の響きの効力に帰し、これらや類似の箇所から、十分に証明されていると思いやすくならないだろうか。しかし、呪術とは何かを告げる聖書の箇所は、一つもない。それゆえ、呪術が、多くの者の考えるような、呪文や言葉で不思議な効果を起こすことではなく、通常の手段による欺きや幻惑であり、超自然的であるどころか、欺く者には、自然の原因の研究さえそれほど必要でなく、人類の普通の無知、愚かさ、迷信だけで足りるのだとすれば、魔術、妖術、呪術の力を支持するように見える本文も、一見したのとは別の意味を、必ずもっているはずである。

人は偽りの奇跡に欺かれやすい

言葉には、理解する者に対して以外、何の効力もないことは、十分に明白である。理解する場合にも、話す者の意図や情念を表し、それによって、聞く者に希望、恐怖、その他の情念や観念を生じさせる以上の効力はない。したがって、呪術によって杖が蛇に、水が血に見えたり、何らかの他の奇跡が行われたように見えたりするとき、それが神の人民を教え導くためのものでないなら、呪文をかけられたのは杖でも水でも他のものでもなく、見る者なのである。すなわち、言葉によって作用されたのは、その見る者である。それゆえ、奇跡のすべては、呪術師が人を欺いたことに存するが、それは奇跡ではなく、きわめて容易なことである。

一般にすべての人、とりわけ自然の原因や人間の性質と利害をあまり知らない者の無知と誤りやすさは、無数の簡単な手品で欺かれるほどのものだからである。星の運行の学問があると知られる前に、この時刻、この日に太陽が暗くなると人民に告げる者は、どれほどの奇跡の力があるという評判を得ただろうか。手品師が、杯やその他の小道具を扱って見せるものも、いま普通に行われていなければ、少なくとも悪魔の力による不思議と思われるだろう。息を吸い込んで話すことを練習した者――古代にはウェントリロクウィ〔腹話術師〕と呼ばれた――は、声の弱さが、発声器官の弱い押し出しからではなく、場所の遠さから生じるように思わせ、何を語りたくても、大勢の人々に、天からの声だと信じさせることができる。また、ある人が自分の過去の行いや出来事について、普通、他人に打ち明ける秘密や内輪の告白を、狡猾な者が調べ、その人にもう一度語ってみせることは、難しくない。それでも、そのような手段で、魔術師という評判を得る者は多い。しかし、ギリシャ人がタウマトゥルゴイ、すなわち不思議なことを行う者と呼んだ人々の、さまざまな種類を数え上げるのは、長すぎる。しかも、これらの者はみな、一人での巧みさによってすべてを行う。しかし、共謀による欺きを見れば、実行するのがどれほど不可能なことでも、信じさせるのが不可能なことは何もない。二人が共謀し、一人が脚の不自由な者を装い、他方が呪文で治すふりをすれば、多くの人を欺ける。しかし、多数が共謀し、一人が脚の不自由な者を装い、別の者がそのように治し、残るすべてが証人となれば、さらに多くの人を欺ける。

奇跡の欺きに対する用心

人類には、奇跡と称するものを、あまりに性急に信じるこの傾向がある。それに対する用心は、前章ですでに述べたように、神がまずモーセを通じ、『申命記』第十三章の初めと第十八章の終わりで定めたもの以上によいものはなく、おそらく、ほかにはない。神の代理者――そのときはモーセ――が定めた宗教と違う宗教を教える者を、預言者と認めないこと、また、同じ宗教を教えても、予告が実現するのを見ない者を、認めないことである。したがって、奇跡や預言者を称するものを信じる前に、モーセの時にはモーセに、アロンとその後継者の時にはその者たちに、そしていつの時にも、神の直属のもとにある神の人民の主権的統治者、すなわち教会の長に、どの教説が定められているかを問うべきである。それをした後、奇跡と称することについては、実行されるのを見、できるかぎりの手段を用いて、本当に行われたかを考えなければならない。それだけでなく、自然の力では誰も同じことをできず、神の直接の手を必要とするものかも、考えなければならない。この点でも、あらゆる疑わしい場合に、われわれが私的判断を委ねた神の代理者に頼らなければならない。たとえば、人が一片のパンの上で一定の言葉を語ると、神はそれをただちに、パンではなく神、または人、あるいはその両方としたが、それでも、見たところは以前と同じパンのままだ、と主張するとしよう。神の代理人を通じ、実際にそうなったか否かを神に問うまでは、誰にも、それが本当に行われたと考え、したがってその者を恐れる理由はない。代理者が、そうではないというなら、モーセが『申命記』第十八章第二十二節でいうことが帰結する。「彼は思い上がって語った。恐れてはならない」。そうなったというなら、反対すべきではない。同じく、奇跡を見ず、ただ聞くだけなら、語る者をどこまで信じるべきかを、合法の教会、すなわちその合法の長に相談すべきである。これは、とりわけ今日、キリスト教徒の主権者のもとで暮らす者の場合である。今日、人の呪文、言葉、祈りによってなされ、普通程度の理性をもつ者でも超自然的と考えるような不思議な業を見た人を、私は一人も知らないからである。そして問題は、もはや、目の前で行われるものが奇跡かどうかではなく、聞いたり読んだりする奇跡が、舌や筆の行為ではなく、現実の業だったかどうかである。平たくいえば、報告が真実か嘘か、ということである。この問いで裁判官とすべきなのは、各人の私的な理性や良心ではなく、公の理性、すなわち神の最高の代理者の理性である。実際、平和と防衛に必要なすべてを行う主権を与えたなら、すでにその者を裁判官としている。私人は、思考は自由なので、奇跡として公表された行為を、心の中で信じる自由も、信じない自由も、つねにもつ。それを主張し、後押しする者に、人々の信仰からどんな利益が生じうるかを見て、それが奇跡か嘘かを推し量れるからである。しかし、その信仰を公に告白するとなれば、私的な理性は公の理性、すなわち神の代理者に従わなければならない。では、その神の代理者、教会の長が誰であるかは、後に適切な場所で考えよう。

第三十八章 聖書における永遠の生命、地獄、救済、来たるべき世界、贖いの意味について

市民社会の維持は正義に依存し、正義は、国家の主権をもつ者に存する、生殺の権力と、その他の小さい報酬や刑罰に依存する。それゆえ、主権者以外の何者かが、生命より大きい報酬を与え、死より大きい罰を科す力をもつところでは、国家が存続することは不可能である。さて、永遠の生命は現在の生命より大きい報酬であり、永遠の苦痛は自然の死より大きい刑罰である。したがって、権限に従うことによって、混乱と内戦の災厄を避けようとするすべての人にとって、聖書で永遠の生命と永遠の苦痛が何を意味し、誰に対してどんな違反を犯すと永遠に苦しめられ、どんな行為によって永遠の生命を得るのかは、よく考えるに値する問題である。

アダムが罪を犯さなければ、永遠に生きる場所は地上の楽園であった

まず、アダムは、神の命令を破らなければ、エデンの楽園で永遠に享受できるような生命の状態に創造されたことがわかる。そこには生命の木があり、禁じられた善悪を知る木から食べるのを差し控えるかぎり、生命の木から食べることを許されていたからである。それゆえ、禁じられた実を食べるとすぐ、神は、「手を伸ばして生命の木からも取り、永遠に生きることのないように」、楽園から追い出した。『創世記』第三章第二十二節である。ここから私には、アダムは罪を犯さなければ、地上で永遠の生命を得ていたのであり、最初の罪によって、自分と子孫に死すべき性質が入ったように見える。ただし、この問題でも、聖書に決定を依存する他のすべての問題でも、私は、自分が臣民である国家の公認する聖書解釈に従う。実際の死が、そのとき入ったというのではない。そうなら、アダムは子供をもてなかったはずだが、実際には長く生き、死ぬ前に多くの子孫を見たからである。しかし、「それを食べる日に、必ず死ぬ」とあるのは、死すべき性質と、死の確実さを意味すると理解しなければならない。したがって、アダムが罪を犯して権利を失ったため、永遠の生命が失われたのだから、その失権を取り消す者は、それによって、その生命を再び回復するはずである。さて、イエス・キリストは、自分を信じるすべての者の罪を償った。したがって、アダムの罪によって失われた永遠の生命を、すべての信じる者のために回復した。この意味で、聖パウロの比較は成り立つ。『ローマの信徒への手紙』第五章第十八、十九節、「一人の違反によって、すべての人に有罪の裁きが来たように、一人の正しさによって、すべての人に、生命の義認への無償の賜物が来た」。また、『コリントの信徒への手紙一』第十五章第二十一、二十二節では、さらに明瞭にいう。「人によって死が来たのだから、人によって死者の復活も来た。アダムにおいてすべてが死ぬように、キリストにおいてすべてが生かされるだろう」。

信じる者の永遠の生命の場所に関する本文

キリストが人々のために得た永遠の生命を、どこで享受するかについては、直前に挙げた本文は、地上とするように見える。アダムにおいてすべてが死ぬ、すなわち楽園と地上の永遠の生命を失ったのと同じように、キリストにおいてすべてが生かされるなら、すべての人は地上で生きることになるはずだからである。そうでなければ、比較は適切でない。これには、『詩篇』第百三十三篇第三節の、「シオンで神は祝福、すなわちとこしえの生命を命じた」という言葉も、合うように見える。シオンは地上のエルサレムにあるからである。また、聖ヨハネの『黙示録』第二章第七節、「勝利する者には、神の楽園の中にある生命の木から食べさせよう」もそうである。それはアダムの永遠の生命の木だったが、その生命は地上にあるはずであった。同じことは、『黙示録』第二十一章第二節で、聖ヨハネが、「私ヨハネは、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾った花嫁のように備えられ、神のもとから、天を下って来るのを見た」といい、第十節でも同じ意味を語ることから、再び確かめられるように見える。いわば、新しいエルサレム、神の楽園は、キリストの再来に際して、天から神の人民のもとへ下りるのであって、人々が地から昇るのではない、といっている。これは、昇天するキリストを見上げていた使徒たちに、白い服の二人、すなわち二人の天使が、『使徒言行録』第一章第十一節で語ったことと、少しも異ならない。「あなたがたから天へ上げられた、この同じイエスは、天へ上るのを見たとおりに来るだろう」。それは、父のもとで、ここで永遠に人々を治めるために下りるのであって、天で治めるために人々を上げるのではない、といっているように響く。そして、モーセのもとで設立された、地上のユダヤ人の政治的統治である神の王国の回復と、一致する。また、『マタイによる福音書』第二十二章第三十節の、復活では、めとることも嫁ぐこともなく、天にいる神の天使のようになる、という救い主の言葉は、結婚について、アダムにおいて失った生命に似る永遠の生命を描く。アダムとエバは、罪を犯さなければ、それぞれの個人として地上で永遠に生きたのだから、種を絶えず増やし続けなかったことは明白である。不死の者が、今日の人類のように子を生み続けたなら、地上は短いあいだに、立つ場所さえ与えられなくなるからである。多くの兄弟と結婚した女が、復活のとき誰の妻となるかを救い主に問うたユダヤ人たちは、永遠の生命の帰結を知らなかった。それゆえ救い主は、不死のこの帰結を思い起こさせる。天使に結婚や生殖がないのと同じく、生殖がなく、したがって結婚もない、ということである。アダムが失い、救い主が死への勝利によって回復した永遠の生命の比較は、次の点でも成り立つ。アダムは罪によって永遠の生命を失ったが、その後もしばらく生きた。同じく、忠実なキリスト教徒は、自然の死を迎え、復活までしばらく死者のままであっても、キリストの受難によって永遠の生命を回復した。死がアダムへの判決から数えられ、その執行からではないように、生命も、キリストにおいて選ばれた者の赦免から数えられ、復活からではないからである。

天へ昇ること

復活の後、人々が永遠に生きる場所が天である、という主張は、私の見いだすどの本文からも、容易には引き出せない。ここで天とは、星々のある、地から最も遠い世界の部分や、その星々より上の、カエルム・エンピュレウム〔至高天〕と呼ばれる、さらに高い天をいう。そのような天は、聖書に言及もなく、理性にも根拠がない。天の王国とは、天に住む王の王国を意味する。その王国は、神が代理者たる預言者を通じて治めたイスラエルの人民であった。初めはモーセ、その後はエルアザルと主権をもつ祭司たちを通じて治めたが、サムエルの時代に、人民は反逆し、他の国々の習わしに従って、死すべき人を王に求めた。そして救い主キリストが、職務担当者たちの説教によって、ユダヤ人を説得して帰らせ、異邦人を服従へ招いたとき、新しい天の王国があるだろう。そのとき、われわれの王は、天を王座とする神だからである。しかし、人が幸福へ至るために、神の足台である地より高く昇らなければならないという、聖書に明白な必然性はない。むしろ、『ヨハネによる福音書』第三章第十三節には、「天から下った者、すなわち天にいる人の子以外には、誰も天に昇ったことがない」とある。ここで付け加えておくと、この言葉は、すぐ前の言葉のような救い主の言葉ではなく、聖ヨハネ自身の言葉である。キリストはそのとき、天ではなく地上にいたからである。ダビデについても、『使徒言行録』第二章第三十四節で、同じことがいわれる。聖ペトロは、キリストの昇天を証明するため、『詩篇』第十六篇第十節の、「あなたは私の魂を陰府に捨て置かず、聖なる者が朽ちるのを許さない」という言葉を用い、それはダビデではなくキリストについて語られたといい、その証明として、「ダビデは天に昇らなかったからである」という理由を加える。しかし、これには容易に、身体はすべての人の審判の日まで昇らなくても、魂は身体を離れるとすぐ天にあった、と答えられる。それは、『ルカによる福音書』第二十章第三十七、三十八節で、救い主がモーセの言葉から復活を証明する際の言葉によっても、確かめられるように見える。「死者が起こされることは、モーセも柴の箇所で、主をアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神と呼んで示した。神は死者の神ではなく、生者の神だからである。すべての者は神に対して生きている」。しかし、この言葉を魂の不死だけと理解するなら、救い主が証明しようとしたこと、すなわち身体の復活、つまり人間の不死を、少しも証明しない。したがって救い主が意味したのは、これらの族長は不死だったが、それは人類の本質や本性に伴う性質によるのでなく、ただ自らの恩恵によって信じる者に永遠の生命を与えようとした、神の意志による、ということである。そのとき、族長や他の多くの信仰ある者は死んでいた。それでも、本文にあるように、神に対して生きていた。すなわち、罪を赦され、復活の際に永遠の生命を受けるよう定められた者と共に、生命の書に記されていたのである。人の魂が自らの本性において永遠で、身体から独立した生き物であるということ、また単なる人間が、エノシュとエリヤを除き、終わりの日の復活による以外に不死であるということは、聖書に明らかな教説ではない。『ヨブ記』第十四章全体は、友人でなくヨブ自身の言葉であり、この自然の死すべき性質を嘆くが、復活での不死を否定するものではない。第七節でいう。「木には、切り倒されても希望がある。根が古び、切り株が地中で枯れても、水の気配を感じれば芽を出し、苗木のように枝を伸ばす。しかし人は死に、衰える。人は息絶える。どこにいるのか」。また第十二節、「人は横たわり、天がなくなるまで起き上がらない」。では、天がなくなるのはいつか。聖ペトロは、それがすべての人の復活のときだと告げる。その第二の手紙第三章第七節に、「いまの天と地は、不敬な者の審判と滅びの日まで、火のために保たれている」とあり、第十二節には、「神の到来を待ち望み、早める。そのとき天は燃えて解け、元素は激しい熱で溶ける。しかしわれわれは、約束に従って、正義の住む新しい天と新しい地を待ち望む」とあるからである。したがってヨブが、人は天がなくなるまで起き上がらないというのは、次のようにいったのと同じである。不死の生命は、復活と審判の日まで、人のうちに始まらない。聖書では、魂と生命は普通、同じものを意味する。そして、その原因は、人の種としての本性と出生ではなく、約束である。聖ペトロは、自然から新しい天と地を待つ、とはいわず、約束から待つ、というからである。

最後に、本書第三十五章で、聖書のさまざまな明白な箇所から、神の王国が、市民的な国家であり、初めは旧い契約、その後は新しい契約の効力によって、神自身が主権者となり、代理者を通じて治めるものであることを、すでに証明した。それゆえ同じ箇所は、救い主が威光と栄光のうちに再来し、現実に、永遠に支配するようになった後、神の王国が地上にあるべきことも証明する。しかし、この教説は、少なくも不明瞭でもない聖書の箇所から証明されるとしても、大部分の人には新奇に見えるだろう。それゆえ私は、これをただ提出するだけである。これについても、他の宗教上の逆説についても、何も主張し続けるのではなく、あらゆる種類の教説を認め、または退ける権限をめぐる、剣による争いの終わりを待つ。その権限の所在は、わが同国人の間でまだ決着していない。その権限の命令には、話すことでも書くことでも、私人の意見がどうであれ、その法による保護を望むすべての人が従わなければならない。神の王国に関する教説は、人の王国にきわめて大きな影響をもつので、神のもとに主権をもつ者以外が、決めるべきではないからである。

神の王国に一度も入らなかった者、または入った後に追い出された者の、審判後の場所

神の王国と永遠の生命と同じく、神の敵と、審判後のその苦しみも、聖書によれば、地上に場所をもつように見える。埋葬され、または地に呑み込まれたすべての人が、復活までとどまる場所は、聖書では普通、地下を意味する語で呼ばれる。ラテン人は一般に、それをインフェルヌス、インフェルニと読み、ギリシャ人はハデスとする。すなわち、人が見ることのできない場所であり、墓も、それより深い他の場所も含む。しかし、復活後の断罪された者の場所は、旧約でも新約でも、位置の表示によってではなく、共にいる者によってだけ定められる。すなわち、神がかつて、特別で奇跡的な仕方によって地の面から滅ぼした、悪人たちのいるところにある、というのである。たとえば、インフェルノ、タルタロス、底なしの穴にいるとされるのは、コラ、ダタン、アビラムが、生きたまま地に呑まれたからである。聖書の著者が、地球の中に底なしの穴、すなわち無限の深さの穴がありうると、われわれに信じさせようとしたのではない。地球は有限であるだけでなく、星々の高さに比べれば、大した大きさでもないからである。ギリシャ人がそのデーモン論、すなわちデーモンについての教説で、またその後ローマ人が、タルタロスと呼んだのは、そのような穴である。それについてウェルギリウスはいう。

天上のオリュンポスを見上げる高さの二倍に、
急落する深淵が開き、闇の下へと延びる。

そのようなことは、地と天の比率が許さないからである。むしろ、神があの見せしめの刑罰を加えた人々のいるところに、断罪された者もいると、場所を限定せずに信じるよう求めるのである。

巨人たちの集まり

また、洪水前のノアの時代に生きた地上の有力者たち――ギリシャ人が英雄、聖書が巨人と呼び、どちらも、神の子らと人の子らとの交わりから生まれたとする者たち――が、悪い生涯のため大洪水で滅ぼされたので、断罪された者の場所も、その死んだ巨人たちと共にあることによって示される場合がある。『箴言』第二十一章第十六節、「理解の道からさまよう者は、巨人たちの集まりにとどまるだろう」。また『ヨブ記』第二十六章第五節、「見よ、巨人たちと、その同居者たちは、水の下でうめく」。ここでは、断罪された者の場所は水の下である。『イザヤ書』第十四章第九節も、「陰府は、あなた」、すなわちバビロンの王を、「どう迎えるかと動揺し、あなたのために巨人たちを動かすだろう」という。ここでも、文字どおりの意味なら、断罪された者の場所は水の下であるはずである。

火の池

第三に、ソドムとゴモラの町は、その悪のため、神の特別な怒りによって火と硫黄で焼き尽くされ、周辺の土地と共に、悪臭を放つ瀝青の池にされた。それゆえ、断罪された者の場所は、時に火や火の池で表される。『黙示録』第二十一章第八節、「しかし、臆病な者、信じない者、忌まわしい者、人殺し、淫行を行う者、魔術師、偶像崇拝者、すべての嘘つきは、火と硫黄で燃える池に分け前を得る。それが第二の死である」。したがって、ここでソドムの現実の火からの比喩として表される地獄の火は、一定の種類や場所の苦痛を意味しないことが明白である。むしろ、場所を限らず破壊と理解されるべきである。同書第二十章第十四節で、「死と陰府が火の池へ投げ込まれた」とあるのと同じである。それは、廃され、滅ぼされたということである。いわば、審判の日の後には、もはや死ぬことも、地獄へ行くこともなくなる。すなわち、ハデス――おそらく英語のヘルはこの語から来たのだろう――へ行くことがなくなるのであり、それは、もはや死なないことと同じなのである。

外の闇

第四に、エジプト人に加えられた闇の災いから、審判後の悪人の場所は、深い闇、または原語にあるように外の闇と呼ばれる。その災いについて、『出エジプト記』第十章第二十三節には、「彼らは互いを見ず、三日のあいだ、誰も自分の場所から立ち上がらなかった。しかしイスラエルの子らの住まいには、すべて光があった」とある。そして『マタイによる福音書』第二十二章第十三節では、王がしもべたちに、「婚礼の衣を着ていない男の手足を縛り、外へ投げ出せ」と命じるとき、「エイス・ト・スコトス・ト・エクソーテロン」、外側の闇、または外にある闇と表される。深い闇と訳されていても、その闇の大きさではなく、あるべき場所を意味する。すなわち、神の選ばれた者の住まいの外である。

ゲヘナとトフェト

最後に、エルサレムの近くに、ヒンノンの子らの谷と呼ばれる場所があった。その一部、トフェトと呼ばれるところで、ユダヤ人は自分の子供を偶像モロクに犠牲として捧げ、きわめて重大な偶像崇拝を行った。また、神もそこで敵にきわめて重い罰を加え、ヨシヤは、モロクの祭司たちを、その者たち自身の祭壇で焼いた。『列王記下』第二十三章に詳しくあるとおりである。その場所は後に、町から運び出される汚物やごみを受け入れるために使われ、空気を清め、死骸の悪臭を取り去るため、ときどき火が焚かれた。この忌まわしい場所から、ユダヤ人はその後、断罪された者の場所を、ゲヘナ、すなわちヒンノンの谷という名で呼ぶようになった。そして、このゲヘナこそ、今日、普通は地獄と訳される語である。また、そこに時折燃える火から、永遠の、消えない火という観念を、われわれは得た。

地獄についての聖書の本来の意味

さて、審判の日の後、すべての悪人がヒンノンの谷で永遠に罰せられるとか、復活してその後ずっと地下や水中にいるとか、復活後には互いを見ることも、場所から場所へ動くこともなくなるとか、そのように聖書を解釈する者はいない。それゆえ、地獄の火についてこのように語られることは、比喩として語られるのであり、したがって、地獄の場所、地獄の苦痛と苦しめる者の本性について、本来の意味を探らなければならないことが、私には、きわめて必然的に帰結するように思われる。すべての比喩には、本来の言葉で表せる何らかの現実の根拠があるからである。

サタン、悪魔は、固有名ではなく普通名詞である

まず、苦しめる者については、その本性と特性が、敵、すなわちサタン、告発者、すなわちディアボロス、破壊者、すなわちアバドンという名によって、正確に、本来の意味で告げられている。サタン、悪魔、アバドンという、意味をもつ名は、固有名が普通するように、特定の個人を示すのではなく、ただ役目や性質を示す。それゆえ普通名詞であり、ラテン語訳や近代の聖書にあるように、訳さずに残しておくべきではなかった。それによって、それらがデーモンの固有名のように見え、人々がいっそう容易に、悪霊についての教説を信じるよう惑わされるからである。その教説は、当時、異邦人の宗教であり、モーセとキリストの宗教に反するものであった。

そして、敵、告発者、破壊者によって意味されるのは、神の王国に入る者たちの敵である。したがって、復活後の神の王国が地上にあるなら、前章で聖書からそう見えると示したように、敵とその王国も地上になければならない。ユダヤ人が神を退ける以前も、そうだったからである。神の王国はパレスティナにあり、周囲の諸国は敵の王国であった。したがってサタンとは、教会に敵対する地上のいかなる者をも意味する。

地獄の苦痛

地獄の苦痛は、『マタイによる福音書』第八章第十二節のように、時には「泣き、歯ぎしりすること」で表される。また、『イザヤ書』第六十六章第二十四節と『マルコによる福音書』第九章第四十四、四十六、四十八節のように、「良心の虫」で表されることもある。また、いま挙げた箇所の「虫が死なず、火が消えない」や、その他多くの箇所のように、火で表されることもある。時には、『ダニエル書』第十二章第二節の、「地の塵に眠る多くの者が目覚め、ある者は永遠の生命へ、ある者は恥と永遠の軽蔑へ至る」のように、「恥と軽蔑」で表される。これらすべては、自分自身の不信仰と不服従によって失った永遠の幸福を、他人のうちに見ることから生じる、心の悲しみと不満を、比喩的に示す。そして、他人のそのような幸福は、自分の現実の惨めさと比べることによってしか感じられない。それゆえ彼らは、悪く残酷な統治者のもとで暮らすだけでなく、聖徒たちの永遠の王、全能の神を敵にもつ者に起こるような、身体の苦痛と災厄を受けることが帰結する。そして、この身体の苦痛には、悪人の各人にとって、第二の死も数えられるべきである。聖書は普遍的な復活について明白だが、退けられた者の誰かに永遠の生命が約束されているとは、読まないからである。聖パウロは、人々がどんな身体で復活するかという問いに、『コリントの信徒への手紙一』第十五章第四十二、四十三節で、「身体は朽ちるものとして蒔かれ、朽ちないものとして起こされる。辱められて蒔かれ、栄光のうちに起こされる。弱く蒔かれ、力のうちに起こされる」という。しかし、栄光と力は、悪人の身体には適用できない。また、一度しか死にえない者に、第二の死という名も適用できない。比喩として、永遠に災厄のある生命を永遠の死と呼ぶことはできても、第二の死とは、うまく理解できない。悪人のために備えられた火は、永遠の火である。すなわち、復活後、誰も心身の苦痛なしにはいられない状態は、永遠に続くだろう。その意味で、火は消えず、苦痛は永遠である。しかし、そこから、その火に投げ込まれ、苦しめられる者が、永遠に焼かれ、苦しめられながら、滅ぼされず死なないほど、その苦しみに耐え、持ちこたえるとは、推論できない。永遠の火と苦痛を認める箇所は多いが――人々がそこへ、後から後へ永遠に投げ込まれることはありうる――、そこにある個々人の永遠の生命を認める箇所は、私は見いださない。むしろ、第二の死である永遠の死がある。『黙示録』第二十章第十三、十四節、「死と墓がその中の死者を引き渡し、各人がその業に従って裁かれた後、死と墓も火の池へ投げ込まれる。これが第二の死である」。ここから、審判の日に有罪とされる各人には、第二の死があり、その後はもはや死なないことが明らかである。

永遠の生命の喜びと救済は同じものであり、罪からの救いと惨めさからの救いも同じである

永遠の生命の喜びは、聖書ではすべて、救済、または救われることという名のもとに含まれる。救われるとは、相対的には特定の害から、絶対的には、欠乏、病気、死そのものを含むすべての害から、安全にされることである。そして人間は、不死で、朽ちることなく、したがって、その本性の解体へ向かう何ものにも服さない状態に創造され、アダムの罪によってその幸福から落ちた。それゆえ、罪から救われるとは、罪がわれわれにもたらしたすべての害と災厄から救われることだ、と帰結する。したがって聖書では、罪の赦しと、死や惨めさからの救済は、同じものである。これは、救い主の言葉から明らかである。救い主は、麻痺した人に、『マタイによる福音書』第九章第二節で、「子よ、元気を出せ。あなたの罪は赦される」といって治した。そして、人間が罪を赦すと称することを、律法学者たちが冒瀆とみなしたと知り、第五節で、「罪は赦されるというのと、起きて歩けというのと、どちらが容易か」と問うた。それによって、病人を救う点では、罪は赦されるというのも、起きて歩けというのも同じであり、その言い方を用いたのは、罪を赦す力があると示すためだけだ、と表したのである。そのうえ、死と惨めさが罪の刑罰だった以上、罪から免れることは、死と惨めさからも免れること、すなわち絶対的な救済であることは、理性にも明白である。それこそ、信じる者が審判の日の後に、イエス・キリストの力と恩恵によって享受するものであり、そのためキリストはわれわれの救い主と呼ばれる。

個別の救済については、何もいう必要がない。『サムエル記上』第十四章第三十九節の、「イスラエルを救う主は生きている」――一時的な敵から救うという意味である――、『サムエル記下』第二十二章第四節の、「あなたは私の救い主であり、暴力から救う」、『列王記下』第十三章第五節の、「神はイスラエル人に救い手を与え、彼らはアッシリア人の手から救われた」などがそうである。この種の本文の解釈をゆがめるような、難しさも利害もないからである。

永遠の救済の場所

しかし、全般的な救済については、天の王国にあるはずなので、その場所に大きな難しさがある。一方では、王国とは、敵と欠乏に対する永続的な安全のために、人々が設ける体制なので、この救済は地上にあるべきだと見える。救済が示すのは、逃走による安全ではなく、征服によるわれわれの王の栄光ある支配だからである。したがって、救済を期待するところには、凱旋も期待しなければならず、凱旋の前には勝利、勝利の前には戦いを期待しなければならない。それが天で起こるとは、うまく想定できない。しかし、この理由がどれほどよくても、聖書のきわめて明白な箇所なしには、私は頼ろうとしない。救済の状態は、『イザヤ書』第三十三章第二十〜二十四節に、詳しく描かれる。

「われわれの祝祭の都、シオンを見よ。あなたの目は、静かな住まいであるエルサレムを見るだろう。それは取り壊されない幕屋であり、その杭は一つも抜かれず、その綱は一本も切られない。

そこでは、栄光ある主が、われわれのために、幅広い川と流れの場所となる。櫂で進むガレー船はそこへ行かず、堂々たる船も通らない。

主はわれわれの裁判官、主はわれわれの立法者、主はわれわれの王であり、われわれを救うからである。

あなたの綱具は緩み、帆柱を十分に支えられず、帆を広げられなかった。そのとき、多くの戦利品が分けられ、脚の不自由な者も獲物を取る。

住民は、私は病気だとはいわない。そこに住む人民は、その不義を赦されるだろう」。

この言葉には、救済がそこから出る場所、「静かな住まい、エルサレム」がある。その永続性は、「取り壊されない幕屋」などに示される。その救い主は、「主、彼らの裁判官、立法者、王であり、われわれを救う者」である。救済は、「主は、速い水の広い堀のようになる」などに示される。敵の状態は、「綱具は緩み、帆柱は弱く、脚の不自由な者が彼らの戦利品を取る」とある。救われる者の状態は、「住民は、病気だとはいわない」とある。そして最後に、このすべてが、「そこに住む人民は、その不義を赦されるだろう」という、罪の赦しに含まれる。ここから、救済があるのは地上であり、キリストの再来の際に神がエルサレムで治めるときであること、また、神の王国へ受け入れられる異邦人の救済も、エルサレムから出ることが明白である。同じ預言者は、第六十六章第二十、二十一節で、さらに明示的に宣言する。「彼ら」、すなわちユダヤ人を隷属させていた異邦人は、「あなたがたのすべての兄弟を、あらゆる国から、主への供物として、馬、車、輿、らば、足の速い獣に乗せ、私の聖なる山エルサレムへ連れて来るだろう。主はいう。イスラエルの子らが、清い器に入れて主の家へ供物を持って来るようにである。また、彼らの中からも、祭司とレビ人を取る、と主はいう」。ここから、神の王国の主要な座、すなわち、異邦人であったわれわれの救済がそこから出る場所は、エルサレムであることが明白である。同じことは、神を礼拝する場所について、サマリアの女と語った救い主によっても確かめられる。『ヨハネによる福音書』第四章第二十二節で、救い主は、サマリア人は知らないものを拝むが、ユダヤ人は知っているものを拝む、なぜなら「救済はユダヤ人から」、ラテン語の「エクス・ユダエイス」、すなわちユダヤ人から始まる、と語る。いわば、あなたがたは神を拝むが、神が誰を通じて救うかを知らず、われわれは、それがサマリア人ではなく、ユダ族の一人、ユダヤ人によると知っている、といったのである。それゆえ、女が「メシアが来ることは知っています」と答えたのも、場違いではなかった。したがって、「救済はユダヤ人から」という救い主の言葉は、聖パウロの、『ローマの信徒への手紙』第一章第十六、十七節の言葉と同じである。「福音は、信じるすべての者にとって、救済に至る神の力である。初めにユダヤ人、またギリシャ人にも。そこには、信仰から信仰へ、神の正義が明かされるからである」。ユダヤ人の信仰から、異邦人の信仰へ、ということである。同じ意味で、預言者ヨエルも、審判の日を描いて、第二章第三十、三十一節で、神は「天と地に不思議を示し、血と火と煙の柱を現す。主の大いなる恐るべき日が来る前に、太陽は闇に、月は血に変わる」といった後、第三十二節で付け加える。「主の名を呼ぶ者は、誰でも救われるだろう。シオンの山とエルサレムに救済があるからである」。オバドヤ書第十七節も、同じことをいう。「シオンの山に救いがあり、聖なるものがある。そしてヤコブの家は、彼らの所有を所有するだろう」。すなわち、異邦人の所有である。それは続く節で、エサウの山、フィリシテ人の地、エフライムとサマリアの野、ギレアド、南の諸都市として、さらに詳しく述べられ、最後に、「王国は主のものとなる」という言葉で結ばれる。これらの箇所はすべて、審判の日の後の救済と神の王国が、地上にあることを示す。他方、聖徒たちが天へ、すなわち至高天や他の天上の領域へ昇ることを証明するため、もっともらしく引き出せる本文を、私は見いだしていない。ただ、それが天の王国と呼ばれることがあるだけである。その名がつくのは、ユダヤ人の王だった神が、天から天使を通じてモーセに送った命令によって治め、人民の反逆後には、服従へ戻すため、天から御子を送ったからかもしれない。そして審判の日から永遠に、彼らと他のすべての忠実な者を治めるため、再びそこから御子を送るだろう。あるいは、この偉大な王の王座が天にあり、地はその足台にすぎないからかもしれない。しかし、神の臣民が、王座と同じ高さ、または足台より高い場所を得ることは、王の尊厳にふさわしくないように見え、聖書にも、その明白な本文を私は見いだせない。

神の王国と救済について述べたことから、来たるべき世界が何を意味するかを解釈するのは、難しくない。聖書には、古い世界、現在の世界、来たるべき世界という、三つの世界がある。第一について、聖ペトロは、その第二の手紙第二章第五節で、「神は古い世界を容赦せず、不敬な者の世界に洪水をもたらし、正義の説教者ノアを八人目として救った」などと語る。したがって、第一の世界は、アダムから大洪水までであった。現在の世界については、救い主が『ヨハネによる福音書』第十八章第三十六節で、「私の王国は、この世界のものではない」という。人々に救済の道を教え、教説によって父の王国を更新するためだけに、来たからである。来たるべき世界については、聖ペトロが、その第二の手紙第三章第十三節で、「しかしわれわれは、約束に従って、新しい天と新しい地を待ち望む」という。これが、キリストが大きな力と栄光をもって、雲のうちに天から下り、天使を遣わし、四方の風と地の果てから選ばれた者を集め、それ以後、父のもとで永遠に治める、あの世界である。

贖い

罪人の救済は、それに先立つ贖いを前提とする。ひとたび罪を犯した者は、その罰を受ける立場にあり、侵害され、自分を支配する者が要求する身代金を、自分または他人が払わなければならないからである。そして、侵害を受けたのは、万物をその力のもとにもつ全能の神なので、救済を得る前に、神がよしとして求めた身代金を払わなければならない。この身代金によって意味されるのは、違反と等価の罪の償いではない。罪人が自分のためにすることも、正しい者が他人のためにすることも、決してできないからである。人が他人に与えた損害は、返還や賠償によって埋め合わせられる。しかし、罪は賠償によって取り去れない。そうするなら、罪を犯す自由を、売買できるものにすることになるからである。しかし、悔い改める者の罪は、無償で、または神が受け入れようとする罰を条件に、赦されうる。旧約で神が普通受け入れたのは、何らかの犠牲や供物であった。刑罰が予告されていたとしても、罪を赦すことは不正義の行為ではない。人間の間でさえ、善の約束は約束した者を拘束するが、威嚇、すなわち害の約束は拘束しないからである。人間より無限に慈悲深い神を拘束することは、なおさらない。したがって救い主キリストは、われわれを贖うため、その死自体の力によって、神が罪人を永遠の死で罰することを不正にしてしまう、という意味で、人々の罪を償ったのではない。最初の来臨のとき、自分自身を犠牲と供物として捧げたのである。それは、再来までのあいだに悔い改め、自分を信じる者を、その再来の際に救うために、神がよしとして求めたものであった。この贖いの行為は、聖書ではつねに犠牲や供物と呼ばれるのではなく、時には代価と呼ばれる。しかし代価は、その価値によって、侵害された父からわれわれの赦免を請求する権利を得られるようなもの、と理解してはならない。父なる神が、慈悲によってよしとして求めた代価、と理解すべきである。

第三十九章 聖書における教会という語の意味について

教会は主の家である

教会、すなわちエクレシアという語は、聖書の諸書で、さまざまなものを意味する。多くはないが、時には神の家、すなわち、キリスト教徒が聖なる務めを公に果たすために集まる神殿を意味する。『コリントの信徒への手紙一』第十四章第三十四節の、「あなたがたの女たちは、教会では黙っていなさい」などがそうである。しかし、これはそこに集まった会衆を指す比喩であり、後に、キリスト教徒の神殿と偶像崇拝者の神殿を区別するため、建物自体に用いられるようになった。エルサレムの神殿は、神の家、祈りの家であった。同じく、キリスト教徒がキリストへの礼拝のために捧げた建物は、すべてキリストの家である。それゆえギリシャの教父たちは、「キュリアケー」、すなわち主の家と呼び、そこから、われわれの言葉では、カーク、チャーチと呼ばれるようになった。

エクレシアの本来の意味

教会は、家屋として用いられないとき、ギリシャの諸国家でエクレシアが意味したのと同じことを意味する。すなわち、行政官の話を聞くために呼び出された、市民の集会や会合である。それはローマ国家ではコンキオーと呼ばれ、話す者はエクレシアステース、またはコンキオナートルと呼ばれた。合法の権限によって呼び出されたときには、『使徒言行録』第十九章第三十九節にあるように、エクレシア・レギティマ、合法の教会、エンノモス・エクレシアであった。しかし、騒乱的で反乱を招く叫び声によって集められたときには、混乱した教会、エクレシア・シュンケキュメネーであった。

また時には、現に集まっていなくても、会衆に加わる権利をもつ人々、すなわち、どれほど散らばっていても、キリスト教徒全体を意味する。『使徒言行録』第八章第三節の、「サウルは教会を荒らした」という箇所がそうである。この意味で、キリストは教会の頭といわれる。また時には、キリスト教徒のある一部分を意味する。『コロサイの信徒への手紙』第四章第十五節の、「彼の家にある教会に挨拶せよ」がそうである。また、選ばれた者だけを意味することもある。『エフェソの信徒への手紙』第五章第二十七節の、「しみも、しわもなく、聖く、傷のない、栄光ある教会」がそうであり、これは勝利の教会、または来たるべき教会をいう。また時には、信仰告白が真であれ偽りであれ、キリスト教を公言する者たちの、集まった会衆を意味する。『マタイによる福音書』第十八章第十七節の、「教会に告げなさい。教会にも聞き従わないなら、その者を異邦人や徴税人のように扱いなさい」は、この意味である。

教会が一つの人格とされる意味と、その定義

教会が一つの人格と理解されるのは、この最後の意味においてだけである。すなわち、意志し、宣言し、命じ、服従を受け、法律をつくり、その他いかなる行為をも行う力がある、といいうるのは、この意味でだけである。合法の集会からの授権なしに、人々の集まりの中で何らかの行為がなされても、それは、出席して実行を助けた各人の個別の行為であって、一つの団体としての全体の行為ではないからである。まして、欠席した者や、出席しても実行を望まなかった者の行為ではない。この意味に従って、私は教会を、「キリスト教を公言し、単一の主権者の人格に統一された人々の集団であり、その命令によって集まるべきで、その授権なしには集まるべきでないもの」と定義する。そして、どの国家でも、市民的主権者の許可のない集会は違法なので、集会を禁じた国家の中で集まる教会も、違法な集会である。

キリスト教国家と教会は、同じものである

また、すべてのキリスト教徒が服従する義務を負うような普遍的教会は、地上にはないことも帰結する。地上には、他のすべての国家を従属させる権力がないからである。キリスト教徒は、さまざまな君主や国家の領域にいるが、各人は自分がその構成員である国家に服しており、したがって、他の人格の命令に服することはできない。それゆえ、命じ、裁き、赦免し、有罪とし、その他いかなる行為をもなしうる教会は、キリスト教徒からなる市民的国家と同じものである。その臣民が人間であるために市民的国家と呼ばれ、その臣民がキリスト教徒であるために教会と呼ばれる。世俗的統治と霊的統治は、人々に二重に見せ、合法の主権者を取り違えさせるため、世にもたらされた二つの言葉にすぎない。確かに、信じる者の身体は、復活の後には、霊的であるだけでなく、永遠でもあるだろう。しかし、この世では、粗大で朽ちるものである。したがって、この世には、国家でも宗教でも、世俗的なもの以外の統治はなく、国家と宗教の双方の統治者が教えることを禁じる教説を、臣民が合法的に教えることもできない。そして、その統治者は単一でなければならない。そうでなければ、国家の中で、教会と国家、霊的権力の支持者と世俗的権力の支持者、正義の剣と信仰の盾との間に、党派と内戦が必ず生じる。さらに、各キリスト教徒自身の胸の中でも、キリスト教徒である自分と、人間である自分との間に、それが生じる。教会の教師たちは牧者と呼ばれ、市民的主権者もそう呼ばれる。しかし、唯一の最高牧者がいるように、牧者たちが互いに従属するのでなければ、人々は相反する教説を教えられるだろう。その両方が偽りであることもあり、少なくとも一方は必ず偽りである。自然法によれば、その唯一の最高牧者が誰であるかは、すでに示した。市民的主権者である。そして、聖書が誰にその職務を割り当てたかは、以下の章で見よう。

第四十章 アブラハム、モーセ、大祭司およびユダの王たちにおける、神の王国の権利について

アブラハムの主権的権利

信じる者の父であり、信約による神の王国の最初の者は、アブラハムであった。最初に信約が結ばれたのは、彼との間だったからである。その中で彼は、自分とその後の子孫に、神の命令を認め、従う義務を負わせた。その命令とは、道徳法のように自然の光で知れるものだけでなく、神が特別な仕方で、夢や幻によって伝えるものでもあった。道徳法には、彼らはすでに義務を負い、カナンの地を与えるという約束によって、あらためて彼らと契約を結ぶ必要はなかったからである。また、彼らも他のすべての人も、自然に全能の神へ従う義務を負っていたのであり、それに何かを加え、強められる契約はなかった。それゆえ、アブラハムが神と結んだ信約は、夢や幻で、神の名によって命じられたことを神の命令として受け取り、それを家の者たちに伝え、守らせる、というものであった。

アブラハムは、自分の人民の宗教を定める唯一の権力をもっていた

神とアブラハムのこの契約には、神の人民の統治について重要な帰結をもつ、三つの点が見られる。第一に、信約を結ぶ際、神はアブラハムだけに語った。したがって、その家族や子孫と契約したのは、あらゆる信約の本質をなす彼らの意志が、契約以前にアブラハムの意志に含まれていた、という仕方によるほかではない。それゆえアブラハムは、彼らのために信約したすべてのことを履行させる、合法的な権力をもっていたと想定される。これに従って、神は『創世記』第十八章第十八、十九節でいう。「地のすべての国民は、彼において祝福されるだろう。私は彼を知っている。彼は自分の子供たちと、その後の家の者たちに命じ、彼らは主の道を守るだろう」。ここから、第一の点として、神が直接に語っていない者たちは、神の実定的な命令を、自分の主権者から受け取るべきだと結論できる。アブラハムの家族と子孫が、父、主人、市民的主権者であるアブラハムから受け取ったのと同じである。したがって、どの国家でも、それに反する超自然的啓示をもたない者は、宗教の外面的行為と告白について、自分の主権者の法律に従うべきである。内なる思考や信仰は、神だけが心を知るので、人間の統治者にはわからない。それらは自発的でも、法律の結果でもなく、明かされていない神の意志と力の結果である。したがって、義務のもとには入らない。

私的な霊を口実に、アブラハムの宗教に対抗することはできない

ここから、もう一つの点が生じる。アブラハムの臣民の誰かが、彼の禁じる教説を支えるため、私的な幻、霊、その他の神からの啓示を主張し、または、そのように主張する者に従い、味方するとき、アブラハムがその者を罰するのは違法ではなかった、ということである。したがって今日でも、私的な霊を法律に対抗させる者を、主権者が罰するのは合法である。主権者は国家で、アブラハムが自分の家族でもったのと同じ地位にあるからである。

神の語ったことについて、アブラハムが唯一の裁定者であり解釈者であった

また同じことから、第三の点が生じる。何が神の言葉であり、何がそうでないかを認定できるのは、アブラハムの家族ではアブラハムだけ、キリスト教国家では主権者だけである、ということである。神はアブラハムだけに語り、神が何を語ったかを知り、それを家族に解釈できたのは、彼だけだからである。したがって国家でも、アブラハムの地位にある者だけが、神の語ったことの解釈者である。

モーセの権限は何に基づいていたか

同じ信約は、イサクと、その後ヤコブとの間で更新されたが、その後は、イスラエル人がエジプト人から解放され、シナイ山の麓に至るまで、更新されなかった。そのとき、第三十五章で述べたように、モーセによって更新され、それ以後、彼らは神の特別な王国となった。その代理者は、生存中はモーセであり、その職務の継承は、アロンとその後の相続人に定められ、神のために、永遠に祭司的な王国となることになった。

この制定によって、神に一つの王国が得られた。しかしモーセは、アブラハムの権利の継承者として、イスラエル人を治める権限をもたなかった。相続によってそれを主張できなかったからである。それゆえ、神がモーセに語ると信じているあいだより長く、人民がその者を神の代理者とみなす義務を負ったことは、まだ明らかでない。したがって、その権限は、人民が神と結んだ信約にもかかわらず、なお、モーセの聖性、神との対話の現実性、奇跡の真実について、人民がもつ意見だけに依存していた。その意見が変われば、モーセが神の名で提出するものを、神の法として受け取る義務は、もはやなかった。それゆえ、彼らがモーセに従う義務には、他にどんな根拠があったかを考えなければならない。神の命令が義務を課したのではありえない。神は人民へ直接語らず、モーセ自身を介して語ったからである。救い主でさえ、自分について、『ヨハネによる福音書』第五章第三十一節で、「私が自分について証言するなら、その証言は真実ではない」という。それなら、モーセが自分について証言するとき、とりわけ神の人民への王権を主張するとき、その証言を受け入れるべきであるとは、なおさらいえない。それゆえ、その権限は、他のすべての君主の権限と同じく、人民の同意と、服従の約束に基づかなければならない。実際、そうであった。『出エジプト記』第二十章第十八節、「人民は、雷鳴、稲妻、ラッパの音、煙を上げる山を見ると、身を引き、遠くに立った。そしてモーセに、あなたがわれわれに語ってください。われわれは聞きます。しかし、死なないために、神がわれわれに語ることのないようにしてください、といった」。ここに服従の約束があり、これによって、モーセが神の命令として伝えるものに、何であれ従う義務を負ったのである。

アロンが祭司職をもっていても、モーセは生存中ずっと、神のもとでユダヤ人の主権者であった

信約が、祭司的な王国、すなわちアロンに世襲される王国を設けたとしても、それはモーセの死後の継承について理解されるべきである。君主制、貴族制、民主制のいずれであれ、国家の最初の創設者として政治体制を整え、設ける者は、それを行っているあいだ、人民に対する主権を必ずもたなければならないからである。そして、モーセが生存中ずっとその権力をもっていたことは、聖書に明白に認められている。第一に、直前に引用した本文で、人民が服従を約束した相手は、アロンではなくモーセだからである。第二に、『出エジプト記』第二十四章第一、二節、「神はモーセにいった。あなた、アロン、ナダブ、アビフ、イスラエルの長老七十人は、主のもとへ上れ。そしてモーセだけが主に近づき、他の者は近づかず、人民も共に上ってはならない」。ここから、神のもとへ一人だけ呼ばれたモーセが、アロンでも、他の祭司でも、七十人の長老でも、上ることを禁じられた人民でもなく、ただ一人、イスラエル人に対して神の人格を代表したこと、すなわち神のもとでの唯一の主権者であったことが明白である。後に第九節で、「モーセ、アロン、ナダブ、アビフ、イスラエルの長老七十人が上り、イスラエルの神を見た。その足の下には、サファイアの石を敷き詰めたもののようなものがあった」などといわれるが、それはモーセが先に神のもとへ行き、神の語った言葉を人民にもたらした後であった。人民の用務のために行ったのは、モーセだけである。他の者たちは、その従者の中の高貴な者として、人民には許されなかった特別な恩恵に、名誉のためにあずかった。それは、次の節に見えるように、神を見てなお生きることであった。「神は彼らに手をかけなかった。彼らは神を見て、食べ、飲んだ」、すなわち生きた。しかし神から人民へ、何の命令も運ばなかった。また、統治の他のあらゆる場合と同じく、『出エジプト記』第二十五〜三十一章や、『レビ記』全体に含まれる宗教儀式を整える場合にも、どこでも「主はモーセに語った」といわれ、アロンに語ったとは、まれにしかいわれない。アロンのつくった子牛は、モーセが火に投げ込んだ。最後に、アロンとミリアムがモーセに反抗した際、その権限をめぐる問いは、『民数記』第十二章で、神自身によって、モーセに有利に裁かれた。同じく、モーセと人民の間で、誰が人民を統治する権利をもつかが争われた際に、コラ、ダタン、アビラムと、集会の二百五十人の指導者が、同書第十六章第三節で、「モーセとアロンに対して集まり、あなたがたは分を越えている。全会衆の一人一人が聖なる者であり、主はその中にいるのに、なぜ主の会衆の上に自分たちを高めるのか、といった」とき、神は、コラ、ダタン、アビラムを、その妻子と共に、生きたまま地に呑み込ませ、二百五十人の指導者を火で焼き尽くした。したがって、アロンでも人民でも、人民の主要な指導者たちによる貴族的合議体でもなく、モーセだけが、神の直属のもとに、イスラエル人への主権をもっていた。それは市民的な政治の問題だけでなく、宗教の問題についてもそうであった。モーセだけが神と語り、それゆえ神が人民に何を要求するかを、ただ一人告げられたからである。神がモーセと語る山へ近づくという思い上がりは、誰にも許されず、死刑が科された。『出エジプト記』第十九章第十二節で、主はいう。「周りの人民に境界を設け、山に上らず、その端に触れないよう気をつけよ、といえ。山に触れる者は、必ず死に処せられる」。また第二十一節、「下って人民に警告し、主を見ようと突き破って来ないようにせよ」。ここから、キリスト教国家でモーセの地位にある者は、誰であれ、神の唯一の使者、命令の唯一の解釈者である、と結論できる。これに従えば、聖書の解釈で、各自の主権者が定めた境界を越えるべき者はいない。いま神は聖書の中で語るので、聖書はシナイ山であり、その境界は、地上で神の人格を代表する者たちの法律だからである。それを眺め、その中で神の驚くべき業を見て、神を恐れることを学ぶのは許される。しかし解釈すること、すなわち、神が自分のもとで治めるよう任命した者に何を語るかをのぞき込み、その者が神の命じるとおりに治めているか否かを自分で裁くのは、神の定めた境界を越え、不敬に神を見ようとすることである。

すべての霊は、モーセの霊に従属していた

モーセの時代には、モーセが認め、授権した者以外に、預言者や、神の霊を称する者はいなかった。その時代、神の霊によって預言したといわれるのは七十人だけであり、すべてモーセの選んだ者だったからである。その者たちについて、神はモーセに、『民数記』第十一章第十六節で、「人民の長老とあなたが知っている、イスラエルの長老七十人を、私のもとに集めよ」という。神はその者たちに自らの霊を分け与えたが、それはモーセの霊と違う霊ではなかった。第二十五節には、「神は雲の中に降り、モーセの上にある霊の一部を取って、七十人の長老に与えた」とあるからである。しかし、第三十六章で示したように、霊は心と理解される。それゆえ、その箇所の意味は、神が、モーセの心にかなって従属する心を彼らに与え、預言させた、ということにほかならない。すなわち、神の名によって人民に語り、モーセの職務担当者として、その権限により、モーセの教えに合う教説を進めさせたのである。彼らは、職務担当者にすぎなかった。そして、そのうち二人が陣営で預言すると、新しく違法なことと思われた。同じ章の第二十七、二十八節にあるように、彼らは告発され、ヨシュアは、モーセの霊によって預言していると知らず、禁じるよう勧めた。ここから、神がモーセの地位に置いた者の定めた教説に対抗して、預言や霊を称するべき臣民はいないことが明白である。

モーセの後、主権は大祭司にあった

アロンが死に、その後モーセも死ぬと、王国は祭司的な王国だったので、信約の効力によって、アロンの子、大祭司エルアザルに継承された。そして神は、ヨシュアを軍の将軍に任じたのと同時に、エルアザルを自分の直属の主権者と宣言した。『民数記』第二十七章第二十一節で、神はヨシュアについて、明示的にこういうからである。「彼は祭司エルアザルの前に立つ。エルアザルは、主の前で、彼のために助言を求める。その言葉によって、彼も、共にいるイスラエルの子らすべても、出入りするだろう」。したがって、戦争と平和を決める最高権力は、祭司にあった。最高の裁判権も大祭司に属した。法の書がその管理下にあり、祭司とレビ人だけが、市民的事件での従属的裁判官だったからである。『申命記』第十七章第八〜十節に見られるとおりである。神を礼拝する仕方についても、サウルの時代まで、大祭司が最高権限をもったことは、一度も疑われなかった。したがって、市民的権力と教会的権力は、同一の人格、大祭司に結び合わされていた。神授の権利によって、すなわち神から直接の権限によって統治する者では、誰であれ、そうあるべきなのである。

ヨシュアからサウルまでの時代の主権について

ヨシュアの死後からサウルの時代までの期間について、『士師記』はしばしば、「そのころ、イスラエルには王がいなかった」と記し、時には、「各人が自分の目に正しいことをした」と付け加える。ここで王がいなかったとは、イスラエルに主権がなかったという意味に理解すべきである。その権力の現実の行使を考えるなら、実際そうであった。ヨシュアとエルアザルの死後、『士師記』第二章第十節によれば、「主も、主がイスラエルのためにした業も知らない別の世代が現れ、主の目に悪を行い、バアルたちに仕えた」からである。そしてユダヤ人には、聖パウロが指摘した、しるしを求める性質があった。それはモーセの統治に服する前だけでなく、服従によって義務を負った後もそうであった。しかし、しるしや奇跡の目的は、信仰を得ることであって、ひとたび与えた信義を破らせないことではない。それには、自然法によって義務を負うからである。しかし、統治の行使ではなく権利を考えるなら、主権はなお大祭司にあった。それゆえ、反逆した臣民を敵の手から救うため、神が特別に選んだ士師たちに、どのような服従が与えられても、それを、政治と宗教のすべての事柄で大祭司がもっていた主権の権利に反する論拠にすることはできない。また士師もサムエル自身も、統治への通常の召命ではなく、特別の召命をもっていた。そしてイスラエル人が従ったのは、義務からではなく、その知恵、勇気、幸運に現れる、神の恩顧への敬意からであった。したがってここまでは、政治と宗教の両方を規律する権利は、切り離せないものであった。

イスラエルの王たちの権利について

士師たちの後に、王たちが継いだ。以前、宗教と政治のすべての権限が大祭司にあったように、今度は、すべて王にあった。以前、神の力の効力だけでなく、イスラエル人の特別な約定によって、神に、そしてその直属の地上の代理者たる大祭司に存した人民への主権は、神自身の同意のもとに、人民によって退けられたからである。彼らがサムエルに、『サムエル記上』第八章第五節で、「すべての国々のように、われわれを裁く王を立てよ」といったのは、もはや神の名によって祭司から課される命令ではなく、他のすべての国民と同じ仕方で命令する者に治められたい、と示したのである。したがって、大祭司から王的権限を取り去ることで、神のあの特別な統治を取り去った。それでも神は同意し、サムエルに第七節でいう。「人民があなたにいうことすべてに、聞き従え。彼らはあなたを退けたのではない。私を退け、私が彼らを治めないようにしたからである」。それゆえ、祭司がその権利において治めていた神を退けた以上、祭司には、王が与えようとする以上の権限は残らなかった。それは、王が善良か悪いかに応じて、多くも少なくもなった。そして市民的事務の統治が、すべて王の手にあったことは明白である。同じ章の第二十節で、彼らは、他のすべての国々のようになり、自分たちの王が裁判官となり、先頭に立ち、自分たちの戦いを戦うようにというからである。すなわち、平和でも戦争でも、全権限をもつように、ということである。そこには、宗教を整えることも含まれる。その時代、宗教を規律する神の言葉は、市民法でもあったモーセの法以外になかったからである。そのうえ、『列王記上』第二章第二十七節には、ソロモンが「アビアタルを、主の前の祭司から追放した」とある。したがって、王は他の臣民と同じく大祭司にも権限をもち、それは宗教上の最高権の大きなしるしである。また同書第八章には、王が神殿を奉献し、人民を祝福し、あらゆる教会や祈りの家の奉献で用いられる、あの優れた祈りを、自ら述べたとある。これも、宗教上の最高権の大きなしるしである。また『列王記下』第二十二章には、神殿で見つかった法の書について疑問が生じたとき、大祭司が決定したのでなく、ヨシヤが大祭司と他の者を、女預言者フルダへ、そのことを問うため派遣したとある。これも、宗教上の最高権のしるしである。最後に、『歴代誌上』第二十六章第三十節には、ダビデが、ヘブロン人ハシャブヤとその兄弟たちを、西方のイスラエルで、「主に関わるすべての事務と王への奉仕」の役人にしたとある。同じく第三十二節では、他のヘブロン人を、「神に関わるすべてのことと王の事務」のため、「ルベン人、ガド人、マナセの半部族の統治者」にしたとある。彼らは、ヨルダンの向こうに住む、イスラエルの残る者たちであった。これは、その権力を分けたい者たちの呼ぶところの、世俗的および霊的な、完全な権力ではないのか。結論すると、神の王国の最初の設立から捕囚まで、宗教上の最高権は、市民的主権と同じ手にあった。そしてサウルの選出後、祭司の職務は、支配するものではなく、奉仕するものであった。

王たちの時代、宗教上の最高権の実践は、その権利どおりではなかった

政治と宗教の統治は、権利に関するかぎり、初めは大祭司、その後は王に結び合わされていた。それでも、同じ聖なる歴史から、人民がそのことを理解していなかったとわかる。人民の大部分、おそらく最大の部分は、大きな奇跡や、奇跡と等しい大きな能力、あるいは統治者の企ての大きな成功を見るあいだだけ、モーセの名声や、神と祭司との対話を十分に信じた。それゆえ、統治者が気に入らなくなるたび、時には政治、時には宗教を非難する口実をつかみ、好きなときに政体を変えたり、服従から離反したりした。そこから、国内の騒乱、分裂、災厄が、たびたび生じた。たとえば、エルアザルとヨシュアの死後、次の世代は、神の不思議を見ず、自分の弱い理性に任され、祭司的王国の信約によって義務を負っていることを知らなかった。それゆえ、もはや祭司の命令もモーセの法も顧みず、各人が自分の目に正しいことを行った。そして市民的事務では、圧迫する隣国から救ってくれそうだと、そのつど思う者に従った。また、本来すべきように神へ問うのでなく、将来の予告によって預言者らしいと思う男や女に相談し、礼拝堂に偶像があっても、レビ人を礼拝堂付きの祭司にしていれば、イスラエルの神を拝んでいるつもりであった。

後に、諸国の習わしに従って王を求めたときも、王である神の礼拝を捨てる意図ではなかった。サムエルの息子たちの正義に望みを失い、市民的事件を裁く王を欲したのであって、モーセから伝えられたと思う宗教を、王が変えてよいと認めたかったのではない。それゆえ、勝てる希望さえあれば、いつでも服従を免れるため、正義か宗教か、どちらかの口実を蓄えていた。サムエルは、人民が王を望むのを不満とした。神がすでに王であり、サムエルには、そのもとでの権限しかなかったからである。しかし、そのサムエルも、神の命令どおりにアガグを滅ぼすという助言にサウルが従わないと、別の王、すなわちダビデに油を注ぎ、継承をサウルの相続人から取り上げた。レハブアムは偶像崇拝者ではなかった。しかし人民が圧迫者と思うと、その市民的な口実によって、十部族が彼から離れ、偶像崇拝者ヤロブアムについた。また、ユダとイスラエルの王たちの歴史全体で、一般に、預言者はつねに、宗教の違反について王をとがめ、時には国政の誤りもとがめた。『歴代誌下』第十九章第二節で、ヨシャファトが、アラム人に対してイスラエルの王を助けたことで、預言者イエフにとがめられた場合や、ヒゼキヤがバビロンの使節に財宝を見せたことで、イザヤにとがめられた場合がそうである。これらすべてから、国家と宗教の両方の権力が王たちにあっても、それを行使する際に干渉されずにいたのは、自らの自然な能力や幸運によって好意を得た王だけだった、とわかる。したがって、その時代の実践から、宗教上の最高権の権利が王になかったという論拠は、引き出せない。ただし、それを預言者に置き、次のように結論するなら別である。ヒゼキヤがケルビムの前で主に祈っても、その場でそこから答えられず、後に預言者イザヤから答えられたので、イザヤが教会の最高の長だったという結論、あるいは、ヨシヤが法の書について女預言者フルダに相談したので、王でも大祭司でもなく、フルダが宗教問題の最高権限をもったという結論である。しかし、それがいかなる学者の意見でもあるとは、私は思わない。

捕囚後、ユダヤ人には安定した国家がなかった

捕囚のあいだ、ユダヤ人には国家がまったくなかった。帰還の後も、神との信約は更新したが、エズラにも、他の誰にも、服従の約束はなされなかった。その後まもなく、彼らはギリシャ人の臣民となり、その慣習とデーモン論、およびカバラ学者の教説によって、宗教は大きく腐敗した。それゆえ、国家と宗教の双方の混乱から、そのどちらの最高権についても、何も引き出せない。したがって、旧約に関するかぎり、ユダヤ人の間で国家の主権をもった者は、誰であれ、神の外面的な礼拝についても最高権限をもち、神の人格、すなわち父なる神の人格を代表した、と結論できる。ただし、神が子イエス・キリストを世に送り、人類を罪から贖い、永遠の王国へ導いて、永久に救われるようにするまでは、父という名では呼ばれなかった。そのことについて、次章で述べなければならない。

第四十一章 祝福された救い主の職務について

キリストの職務の三つの部分

聖書には、メシアの職務の三つの部分が見いだされる。第一は贖い主、または救い主としてのもの、第二は牧者、助言者、教師、すなわち神に選ばれて救われる者を改心させるため、神から派遣された預言者としてのもの、第三は王、永遠の王としてのものである。ただし、それぞれの時代のモーセや大祭司と同じく、父のもとでの王である。そして、この三つの部分には、三つの時が対応する。われわれの贖いは、最初の来臨の際、十字架上で罪のために自分を捧げる犠牲によって果たした。われわれの改心は、一部はそのとき自らの人格において果たし、一部は今、職務担当者を通じて行い、再来まで続ける。そして再来の後、選ばれた者への、永遠に続く栄光の支配が始まるのである。

贖い主としての職務

贖い主、すなわち罪の身代金を払う者の職務には、その身代金が死であるので、犠牲に捧げられ、神が要求した仕方で、われわれの不義を自らの頭に負い、われわれから運び去ったことが属する。一人の死は、罪のない者であっても、正義の厳密さに従えば、全人類の違反を償えるのではない。それは神の慈悲においてである。神は、慈悲によって受け入れようとする、罪のための犠牲を定めたからである。旧い法では、『レビ記』第十六章に読まれるように、主は、祭司も他の者も、全イスラエルの罪の贖罪を、毎年一度行うよう求めた。そのため、アロンだけが、自分と祭司たちのため、若い雄牛を犠牲に捧げ、他の人民のためには、二頭の若い山羊を受け取り、その一頭を捧げるべきであった。しかし他の一頭、逃れる山羊については、その頭に手を置き、人民の不義を告白して、すべてをその頭に載せ、ふさわしい人によって荒野へ導かせ、そこで逃がし、人民の不義を共に運び去らせるべきであった。一頭の山羊の犠牲が、受け入れられるものであるため、全イスラエルの贖いに十分な代価だったように、メシアの死も、全人類の罪に十分な代価である。それ以上は求められなかったからである。救い主キリストの苦しみは、ここで、イサクの奉献や、旧約の他のどの予型と比べても、同じほど明瞭に描かれているように見える。キリストは、犠牲にされる山羊であると同時に、逃れる山羊でもあった。『イザヤ書』第五十三章第七節、「彼は圧迫され、苦しめられたが、口を開かなかった。屠り場へ引かれる小羊のように、毛を刈る者の前で黙る羊のように、口を開かなかった」。ここでは犠牲にされる山羊である。第四節、「彼はわれわれの悲しみを負い、苦しみを担った」。また第六節、「主はわれわれ全員の不義を彼の上に載せた」。ここでは逃れる山羊である。第八節、「私の人民の違反のため、生ける者の地から断たれた」。再び犠牲にされる山羊である。また第十一節、「彼は彼らの罪を負うだろう」。逃れる山羊である。こうして、神の小羊は両方の山羊に相当する。死において犠牲となり、復活において逃れる。父によって、ふさわしい時に起こされ、昇天によって人々の住まいから離されたのである。

キリストの王国は、この世界のものではない

贖う者は、贖いが行われ、身代金が払われる前には、贖われるものへの権原をもたず、その身代金は贖い主の死であった。それゆえ、人としての救い主は、死を受ける前、すなわち身体をもって地上で暮らしたあいだには、贖った者たちの王ではなかったことが明白である。私がいうのは、信じる者が洗礼で結ぶ約定の効力によって、そのとき現在の王ではなかった、ということである。それでも、洗礼において神との約定を更新することで、彼が王国を引き受けようとするときには、父のもとでの王として従う義務を、人々は負った。これに従って、救い主自身が『ヨハネによる福音書』第十八章第三十六節で、「私の王国はこの世界のものではない」と明示する。さて、聖書が言及する世界は二つだけである。一つは、いま存在し、したがって最後の日とも呼ばれる審判の日まで続く世界、もう一つは、審判の日の後の、新しい天と新しい地がある世界である。したがって、キリストの王国は、すべての人の復活まで始まらない。それが、『マタイによる福音書』第十六章第二十七節で、救い主がいうことである。「人の子は、父の栄光のうちに、天使たちを伴って来る。そのとき、各人に、その業に従って報いるだろう」。各人に業に従って報いることは、王の職務を行うことであり、それは、父の栄光のうちに天使たちと来るまで、なされない。救い主が、『マタイによる福音書』第二十三章第二節で、「律法学者とファリサイ派の者たちは、モーセの座に着いている。それゆえ、彼らが命じることはすべて、守り、行いなさい」というとき、その時の王権を、自分ではなく彼らに帰していると、明らかに告げている。『ルカによる福音書』第十二章第十四節の、「誰が私を、あなたがたの裁判官や分配者にしたのか」、『ヨハネによる福音書』第十二章第四十七節の、「私は世界を裁くためではなく、救うために来た」でも、同じである。それでも救い主がこの世界に来たのは、来たるべき世界で王となり、裁判官となるためであった。救い主はメシア、すなわちキリスト、すなわち油注がれた祭司、神の主権的預言者だったからである。いいかえれば、預言者モーセ、その後を継いだ大祭司、祭司の後を継いだ王たちにあった、すべての権力をもつべき者であった。聖ヨハネも、第五章第二十二節で、「父は誰も裁かず、すべての裁きを子に委ねた」と明示する。これは、他の箇所の「私は世界を裁くために来たのではない」と矛盾しない。後者は現在の世界について、前者は来たるべき世界について語られるからである。キリストの再来について、『マタイによる福音書』第十九章第二十八節で、「再生のとき、人の子が栄光の座に着くとき、私に従ったあなたがたも、十二の座に着き、イスラエルの十二部族を裁くだろう」といわれるのも、同じである。

キリストの来臨の目的は、神の王国の信約を更新し、選ばれた者に受け入れるよう説得することであり、それが職務の第二の部分であった

では、キリストが地上にいたあいだ、この世界に王国をもたなかったなら、最初の来臨の目的は何だったのか。それは、新しい信約によって、神の王国を回復することであった。その王国は、旧い信約によって神のものだったが、イスラエル人がサウルを選んで反逆したことで断たれていた。それを果たすため、キリストは、自分がメシア、すなわち預言者たちの約束した王であると説き、信仰によって服する者の罪のために、自らを犠牲として捧げなければならなかった。そして、国民全体が拒むなら、異邦人のうち信じる者を、自分への服従へ招かなければならなかった。したがって、救い主が地上にいたあいだの職務には、二つの部分がある。一つは自らをキリストと宣言すること、もう一つは、教えと奇跡の実行によって、人々を説得し、備えさせることである。それは、父の王国を所有するため、威光のうちに来るとき、信じる者が享受する不死にふさわしく生きるためであった。それゆえ、説教の時期を、救い主自身はしばしば再生と呼ぶ。それは、厳密には王国ではなく、それによって当時の行政官への服従を拒む許可が得られるのでもない。当時モーセの座に着く者へ従い、カエサルに税を払うよう命じたからである。それは、神が弟子となり信じる恩恵を与えた者にとって、来たるべき神の王国の手付けにすぎない。このため、敬虔な者は、その天の王国に帰化した者として、すでに恩恵の王国にいる、といわれるのである。

キリストの説教は、当時のユダヤ人の法にも、カエサルの法にも反しなかった

したがって、ここまでには、キリストが行い、教えたことで、ユダヤ人やカエサルの市民的な統治権を減らすことに向かうものは、何もない。当時ユダヤ人の間にあった国家では、治める者も治められる者も、すべてメシアと神の王国を待ち望んでいたからである。法律が、メシアが来たとき、自分を明かし、宣言するのを禁じていたなら、そうはできなかったはずである。それゆえ、キリストは説教と奇跡によって、自分がそのメシアであると証明しようとしただけなので、その点で法に反することは何もしなかった。主張した王国は、別の世界にあるはずのものだった。そのあいだ、人々には、モーセの座に着く者へ従うよう教え、カエサルに税を払うことを認め、自ら裁判官となることを拒んだ。では、どうしてその言葉や行動が反乱を招き、当時の市民的統治を覆すことに向かったのか。しかし神は、選ばれた者を、以前に信約した服従へ戻すため、その犠牲を定め、それを実現する手段として、人々の悪意と忘恩を用いた。また、カエサルの法律にも反しなかった。ピラト自身は、ユダヤ人を満足させるために十字架へ渡したが、その前に、罪を何も見いだせないと公然と宣言したからである。また、処刑の罪状として、ユダヤ人が求めた「王を称した」ではなく、単に「ユダヤ人の王である」と記し、彼らが騒いでも、「私が書いたものは、書いたものだ」といって、変更を拒んだ。

職務の第三の部分は、父のもとで、選ばれた者の王となることであった

王となるという、職務の第三の部分については、その王国は復活まで始まらないと、すでに示した。しかしそのとき、神としてだけでなく、特に、自分の選ばれた者の王となる。神としては、全能の効力によって、すでに全地の王であり、永遠にそうあり続ける。しかし特別な王であるのは、人々が洗礼で結ぶ約定の効力によってである。それゆえ、救い主は『マタイによる福音書』第十九章第二十八節で、「人の子が栄光の座に着くとき」、使徒たちも十二の座に着き、イスラエルの十二部族を裁くという。それによって、そのとき人間の本性において治める、と表した。また同書第十六章第二十七節、「人の子は、父の栄光のうちに、天使たちを伴って来る。そのとき、各人に業に従って報いるだろう」。同じことは、『マルコによる福音書』第十三章第二十六節と第十四章第六十二節にも読まれる。時については、さらに明瞭に、『ルカによる福音書』第二十二章第二十九、三十節にある。「父が私に王国を定めたように、私はあなたがたに王国を定める。私の王国で、私の食卓について食べ、飲み、座に着いてイスラエルの十二部族を裁くためである」。ここから、父によってキリストに定められた王国は、人の子が栄光のうちに来て、使徒たちを十二部族の裁判官とする以前にはないことが明白である。しかし、ここで問う人もあろう。天の王国には結婚がないのに、食べたり飲んだりはするのか、ここでどのような食べ方が意味されるのか、と。これは、救い主が『ヨハネによる福音書』第六章第二十七節で説明する。「朽ちる食物ではなく、永遠の生命まで保つ食物のために働きなさい。それを人の子が与えるだろう」。したがって、キリストの食卓で食べるとは、生命の木から食べること、すなわち人の子の王国で不死を享受することを意味する。これらや他の多くの箇所から、救い主の王国は、人間の本性において、その者によって行使されることが明白である。

神の王国におけるキリストの権限は、父に従属する

また、そのとき王となるのは、荒野のモーセ、サウルの治世以前の大祭司、その後の王たちと同じく、父なる神に従属する者、またはその代理者としてだけである。キリストに関する預言の一つは、職務においてモーセに似る、というものだからである。『申命記』第十八章第十八節で、主はいう。「私は、彼らの兄弟の中から、あなたに似た預言者を立て、私の言葉をその口に置こう」。このモーセとの類似は、地上にいたあいだの救い主自身の行動にも明らかである。モーセが、自分のもとで治める十二部族の指導者を選んだように、救い主も、十二の座に着いてイスラエルの十二部族を裁く十二使徒を選んだ。また、モーセが、神の霊を受け、人民に預言するため、すなわち前にいったように神の名で人民に語るため、七十人の長老を授権したように、救い主も、自分の王国と救済をすべての国民へ説くため、七十人の弟子を任じた。また、イスラエルの陣営で預言する七十人の一部について、モーセに苦情が出たとき、モーセは自分の統治に仕える者として、その預言を認めた。同じく救い主も、自分の名で悪霊を追い出す者について、聖ヨハネが訴えたとき、『ルカによる福音書』第九章第五十節で、「禁じるな。われわれに反対しない者は、われわれの側である」といって、その行為を認めた。

また救い主は、神の王国への加入と、選ばれた者を惨めな状態から救い出したことの記念という、両方の聖礼典の制定でも、モーセに似ていた。イスラエルの子らには、モーセ以前から、神の王国へ受け入れられる聖礼典として割礼があった。その儀式は荒野で怠られたが、約束の地へ入るとすぐ回復された。同じくユダヤ人には、救い主の来臨以前から、異邦人でイスラエルの神を受け入れた者を、すべて水で洗う、洗礼の儀式があった。洗礼者聖ヨハネは、すでに世に来たと説くキリストに名を捧げるすべての者を受け入れるため、その儀式を用いた。救い主も、信じるすべての者が受けるべき聖礼典として、同じものを定めた。洗礼の儀式が最初にどこから生じたかは、聖書に明確には述べられていない。しかし、重い皮膚病についてのモーセの法をまねたものと考えるのは、もっともらしい。その法では、病人は一定の期間、イスラエルの陣営の外に置かれるよう命じられ、その後、祭司によって清いと判断されると、厳粛な洗浄の後に陣営へ受け入れられた。それゆえ、これは、洗礼における洗浄の予型となりうる。信仰によって罪の皮膚病から清められた者が、厳粛な洗礼によって教会へ受け入れられるからである。また、まれに起こるある場合の異邦人の儀式から取られた、別の推測もある。死んだと思われた人が、たまたま回復したとき、他の人々は、幽霊との交わりのように、その人と交わるのをためらった。それには、洗浄によって再び人間の数に受け入れられる必要があった。新生児が出生の汚れから洗われるのと同じであり、一種の新しい誕生であった。ギリシャ人のこの儀式が、ユダヤがアレクサンドロスとその後継のギリシャ人の支配下にあった時、ユダヤ人の宗教へ入り込んだ、と考えることも、十分もっともらしい。しかし、救い主が異教の儀式を支持したとは考えにくいので、皮膚病の後の、律法の洗浄儀式から生じた可能性が最も高い。また、過越の小羊を食べる、他方の聖礼典は、主の晩餐の聖礼典で、明らかに模倣されている。そこでは、パンを裂き、ぶどう酒を注ぐことが、キリストの受難によって罪の惨めさから救われたことを記憶にとどめる。過越の小羊を食べることが、ユダヤ人のエジプトの隷属からの解放を記憶にとどめたのと同じである。したがって、モーセの権限が従属的であり、神の代理者にすぎなかった以上、人としてモーセに似るべきキリストの権限も、父の権限に従属するだけだった、と帰結する。同じことは、救い主が祈るよう教えた、「われらの父よ、御国が来ますように」、「国と力と栄光はあなたのもの」、また「父の栄光のうちに来る」という言葉、および聖パウロが『コリントの信徒への手紙一』第十五章第二十四節でいう、「そのとき終わりが来る。キリストが、神、すなわち父に王国を引き渡すときである」、その他多くの明瞭な箇所によって、いっそう明示される。

モーセとキリストによって代表される人格は、同じ一つの神である

したがって救い主は、教えることでも治めることでも、モーセと同じく、神の人格を代表する。その神は、そのとき以後、初めて父と呼ばれる。そして、つねに同じ一つの実体でありながら、モーセによって代表されるかぎりで一つの人格、子キリストによって代表されるかぎりで別の人格である。人格は、代表者との関係をもつ語なので、代表者が複数あることから、同じ一つの実体についても、人格が複数あることが帰結するからである。

第四十二章 教会権力について

教会権力とは何であり、誰に属するのかを理解するには、救い主の昇天以後の時代を二つに分けなければならない。一つは王や市民的な主権をもつ人々が改宗する以前、もう一つはその改宗以後である。というのも、王や市民的な主権者がキリスト教を受け入れ、その教えを公に認めるようになったのは、昇天からずっと後のことだからである。

使徒たちに降った聖なる霊について

その間の時代については、教会権力が使徒たちに属していたことは明らかである。その後には、福音を宣べ伝え、人々をキリスト教に改宗させ、改宗した人々を救済への道へ導くため、使徒たちが任命した者たちに属した。さらにその後、この者たちが任命した別の者たちへ、権力は再び引き渡された。この任命は、任命される者に手を置くことによって行われた。これによって、神の王国を広めるために神の職務担当者に任命する相手へ、聖なる霊、すなわち神の霊を与えることが示されたのである。したがって、手を置くことは、キリストを宣べ伝え、その教えを教えるという委任を保証する印にほかならなかった。また、この按手の儀式によって聖霊を与えることは、モーセの行為を模したものだった。モーセも、自分の職務を補佐するヨシュアに対して、同じ儀式を用いたからである。『申命記』第三十四章九節には、こうある。「ヌンの子ヨシュアは知恵の霊に満たされていた。モーセが彼の上に手を置いたからである。」それゆえ、救い主は復活と昇天との間に、自分の霊を使徒たちに与えた。初めには「彼らに息を吹きかけ、『聖なる霊を受けよ』と言い」(『ヨハネによる福音書』第二十章二十二節)、昇天の後には「激しい風と、炎のような分かれた舌」を彼らの上に降した(『使徒言行録』第二章二、三節)。按手によって与えたのではない。神もまた、モーセに手を置いたわけではなかった。その後、使徒たちは、モーセがヨシュアにしたように、按手によって同じ霊を伝えた。こうして、キリスト教国家がまだ一つも存在しなかった初期の時代に、教会権力が引き続き誰に属していたかは明らかである。それは、代々の按手を通じて、使徒たちからその権力を受け取った人々だった。

三位一体について

ここに、神の人格が、いま三度目に担われることになる。旧約の時代にはモーセと大祭司たちが神の代表者であり、救い主が地上にいた間には、人間としての救い主自身がそうだった。それと同じく、その後は聖霊、すなわち聖なる霊を受け、宣教と教授の職にある使徒たちとその後継者たちが、神を代表してきた。しかし人格とは、すでに第十六章で示したとおり、代表される者を、代表されるその都度にいう。したがって、神は三度代表された、すなわち三度その人格を担われたので、三つの人格であると言っても、十分に適切である。聖書では、人格という語も三位一体という語も、神には用いられていないのだが。確かに聖ヨハネは、『ヨハネの手紙一』第五章七節で、「天で証しする者は三つ、父と言葉と聖なる霊であり、この三つは一つである」という。しかしこれは、人格という語の本来の意味、すなわち他者によって代表されるものという意味での三つの人格と、食い違うどころか、よく一致する。というのも、父なる神は、モーセによって代表されるかぎりで一つの人格、御子によって代表されるかぎりで別の人格、使徒たちと、使徒から受け継いだ権限によって教えた教師たちとによって代表されるかぎりで、第三の人格だからである。それでも、ここでのどの人格も、同一の一なる神の人格である。だが、この三つは何を証ししたのかと、人はここで尋ねるかもしれない。そこで聖ヨハネは、第十一節で、それらが証しするのは、「神が御子のうちに、われわれに永遠の生命を与えた」ということだという。さらに、この証しはどこに現れるのかと問われても、答えは容易である。神は、初めにはモーセを通じ、第二には御子自身を通じ、最後には聖なる霊を受けた使徒たちを通じて行った奇跡によって、それを証ししたからである。この者たちはみな、それぞれの時代に神の人格を代表し、イエス・キリストを預言し、あるいは宣べ伝えた。使徒たちについて言えば、最初の偉大な十二使徒において、使徒職のしるしは、キリストの復活を証しすることだった。このことは『使徒言行録』第一章二十一、二十二節にはっきりと現れている。イスカリオテのユダに代わる新たな使徒を選ぶにあたり、聖ペトロは次のようにいう。「主イエスがわれわれの間で出入りしていた全期間、すなわちヨハネの洗礼から、主がわれわれのもとから上げられた日まで、われわれと行動を共にした者たちのうちから、一人を任命し、われわれと共に主の復活の証人としなければならない。」この言葉は、聖ヨハネのいう「証しすること」の意味を説明している。同じ箇所では、地上にいる別の三つの証人にも触れている。第八節で、「地上で証しするものは三つ、霊と水と血であり、この三つは一つのことに一致する」というからである。すなわち、神の霊の恵みと、洗礼および主の晩餐という二つの聖礼典は、いずれも一つの証しにおいて一致し、信じる者たちの良心に永遠の生命を保証する。この証しについて、第十節には、「人の子を信じる者は、自分のうちにその証しをもっている」とある。この地上の三位一体では、一致しているのは物そのものではない。霊と水と血は、同じ証しをしていても、同じ実体ではないからである。だが、天の三位一体では、その人格は、三つの異なる時と機会に代表されているとはいえ、同一の一なる神の人格である。結論を言えば、聖書から直接に読み取れるかぎりで、三位一体の教義の実質は次のとおりである。つねに同一で一なる神こそ、モーセによって代表された人格であり、受肉した御子によって代表された人格であり、使徒たちによって代表された人格だった。使徒たちによって代表されるかぎりでは、彼らに語らせた聖なる霊が神である。神であると同時に人間でもあった御子によって代表されるかぎりでは、御子がその神である。モーセと大祭司たちによって代表されるかぎりでは、父、すなわちわれわれの主イエス・キリストの父が、その神である。ここから、父、子、聖なる霊という名が、神性を意味するものとして旧約でまったく用いられない理由を知ることができる。それらは人格だからである。つまり、代表することからその名を得るのであり、神のもとで統治し、あるいは導くにあたり、異なる人々が神の人格を代表するまでは、そのような名はありえなかったのである。

以上のように、教会権力がどのように救い主から使徒たちに委ねられたか、また、その権力をよりよく行使できるよう、彼らにどのように聖なる霊が与えられたかがわかる。このため、聖なる霊は新約で、ときにパラクレートスと呼ばれる。これは普通「慰める者」と訳されるが、意味は助ける者、あるいは助けを求めて呼ばれた者である。では今度は、その権力そのものが何であり、誰に対するものだったのかを考えよう。

教会権力は教える権力にすぎない

ベラルミーノ枢機卿は、『論争』の第三の大項目で、ローマ教皇の教会権力をめぐる多くの問題を論じ、その初めに、それは君主制、貴族制、民主制のいずれであるべきかを問うている。これらの権力の形は、どれも主権をもち、強制するものである。そこで、もし救い主が彼らに強制権力を残さず、キリストの王国を告げ知らせ、人々にそれへの服従を勧め、すでに服従した人々に対しては、神の王国が到来したときそこに迎え入れられるために何をすべきかを、教訓とよい助言によって教える権力だけを残したことが明らかになれば、また、使徒や他の福音の職務担当者が、われわれの教師であって指揮者ではなく、その教訓が法律ではなく有益な助言であることが明らかになれば、あの論争はすべて無駄だったことになる。

その根拠――キリスト自身の権力

私はすでに前章で、キリストの王国はこの世のものではないと示した。したがって、キリストの職務担当者も、王である場合を除けば、キリストの名において服従を要求することはできない。至高の王がこの世に王権をもたないなら、その役人への服従を、どんな権限によって要求できるだろうか。「父が私を遣わしたように、私もあなたがたを遣わす」と救い主はいう。だが救い主が遣わされたのは、ユダヤ人たちに父の王国へ戻るよう勧め、異邦人たちをその国を受け入れるよう招くためであって、最後の審判の日まで、威厳をもって君臨するためではなかった。父の代理として君臨するためでさえなかったのである。

再生という名称からの根拠

昇天と万人の復活との間の時代は、統治ではなく再生と呼ばれる。すなわち、最後の審判の日における、キリストの栄光ある再臨に向けて人々を備えることである。このことは、『マタイによる福音書』第十九章二十八節の救い主の言葉からわかる。「再生において私に従ったあなたがたは、人の子が栄光の座に着くとき、自分たちも十二の座に着くであろう。」また聖パウロも、『エフェソの信徒への手紙』第六章十五節で、「平和の福音への備えを足に履いて」という。

漁、パン種、種との比較からの根拠

救い主はそれを漁にたとえている。すなわち、強制と処罰によってではなく、説得によって、人々を服従へ導くことである。だから使徒たちに、彼らを何人ものニムロド、すなわち人間を狩る者にするといわず、人間を捕る漁師にするといった。またそれは、パン種、種をまくこと、一粒のからし種が増えることにもたとえられる。これらはいずれも強制を排除している。したがって、この期間に現実の統治が存在することはありえない。キリストの職務担当者の仕事は福音を告げること、すなわちキリストを告げ知らせ、その再臨に備えることである。それは、洗礼者ヨハネが福音を告げたことが、キリストの最初の来臨への備えだったのと同じである。

信仰の性質からの根拠

また、この世におけるキリストの職務担当者の務めは、人々を信じさせ、キリストへの信仰をもたせることである。だが信仰は、強制や命令とは何の関係もなく、それらにまったく依存しない。ただ、理性から、あるいは人々がすでに信じている事柄から導かれた論拠の、確実さや蓋然性だけに依存する。それゆえ、この世におけるキリストの職務担当者は、その資格によって、信じない者や、自分たちのいうことに反論する者を罰する権力をもたない。彼らは、キリストの職務担当者であるという資格によっては、そのような者を罰する権力をもたない、と私はいうのである。しかし、政治的な設立によって市民的な主権をもっているなら、確かに、自分たちの法律へのどのような違反をも、適法に罰することができる。そして聖パウロは、自分自身と、その当時の他の福音宣教者について、はっきりとこういう。「われわれは、あなたがたの信仰を支配する者ではなく、あなたがたの喜びを助ける者である」(『コリントの信徒への手紙二』第一章二十四節)。

キリストが世俗の君主たちに残した権限からの根拠

現在の世におけるキリストの職務担当者に命令する権利がないことは、キリストが、キリスト教徒か不信者かを問わず、すべての君主に残した適法な権限からも論証できる。聖パウロは、『コロサイの信徒への手紙』第三章二十節で、「子らよ、何事についても両親に従いなさい。これは主に喜ばれることだからである」という。また第二十二節では、「しもべたちよ、何事についても肉による主人に従いなさい。人の気に入ろうとして、見られているときだけ仕えるのでなく、主を畏れ、ひたむきな心で従いなさい」という。これは、主人が不信者であった者たちに向けた言葉である。それでも、彼らは何事についても主人に従うよう命じられている。また、君主への服従についても、『ローマの信徒への手紙』第十三章の最初の六節で、「上に立つ権力に従う」よう勧め、「すべての権力は神によって定められている」と言い、その「怒り」に触れるのを恐れるためだけでなく、「良心のためにも」従わなければならないという。聖ペトロも、『ペトロの手紙一』第二章十三、十四、十五節で、こういう。「主のために、人間のすべての制度に従いなさい。最高の地位にある王にも、悪を行う者を罰し、善を行う者を褒めるために王から遣わされた総督たちにも従いなさい。それが神の意志だからである。」また聖パウロは、『テトスへの手紙』第三章一節で、「支配者と権力者に服し、行政官に従うよう、人々に思い起こさせなさい」という。ここで聖ペトロと聖パウロが語っている君主や権力者は、すべて不信者だった。それゆえ、神がわれわれの上に主権をもつよう定めたキリスト教徒には、なおさら従わなければならない。そうであれば、キリストの職務担当者が、われわれがその成員であり、その保護を期待している国家の王、あるいは他の主権的代表者の命令に反することを命じたとして、その者に従うことを、どうして義務づけられようか。したがって、キリストはこの世の職務担当者に、市民的な権限も与えられている場合を除き、他の人々に命令する権限を何も残さなかったことが明らかである。

迫害を避けるため、キリスト教徒には何ができるか

しかし、王、元老院、その他の主権をもつ人格が、キリストを信じることをわれわれに禁じたらどうするのか、と反論する者がいるかもしれない。これに対して私は、そのような禁止は何の効力もないと答える。信じることも信じないことも、人間の命令には決して従わないからである。信仰は神の賜物であり、人間には、報酬の約束や拷問の威嚇によって、それを与えることも奪うこともできない。さらに、適法な君主から、信じていないと口でいうよう命じられたらどうするか、その命令に従わなければならないか、と問われるかもしれない。口による表明は外面的なものにすぎず、われわれの服従を示す他の身振りと何も変わらない。この点で、心のうちにキリストへの信仰を固く保つキリスト教徒は、預言者エリシャがシリア人ナアマンに認めたのと同じ自由をもつ。ナアマンは、心のうちではイスラエルの神へ改宗していた。彼は次のようにいっているからである。「あなたのしもべは、今後、主以外の他の神々には、焼き尽くす献げ物もいけにえも献げません。ただ、このことについて、主がしもべをお赦しくださるように。私の主人がリモンの神殿へ礼拝に入り、私の手に寄りかかり、私もリモンの神殿で身をかがめるとき、私がリモンの神殿で身をかがめる、このことについて、主がしもべをお赦しくださるように」(『列王記下』第五章十七節)。預言者はこれを認め、「安らかに行きなさい」といった。ここでナアマンは心では信じていた。しかし、偶像リモンの前で身をかがめることにより、口で否認したのと同じほど、実際には真の神を否認したのである。それなら、「人々の前で私を否認する者は、私も天におられる父の前で否認する」という救い主の言葉には、どう答えればよいだろうか。こう答えることができる。ナアマンがそうだったように、臣民が主権者への服従として何かを強制され、自分の考えに従ってではなく、自国の法律に従ってそれを行う場合、その行為はその者のものではなく、主権者のものである。この場合、人々の前でキリストを否認するのは、その臣民ではなく、その統治者と国の法律なのである。この教説が真実で偽りのないキリスト教に反すると非難する者がいるなら、私はその者に尋ねる。あるキリスト教国家に、心の内ではイスラム教を信じる臣民がいて、主権者が、死刑をもって威嚇し、キリスト教会の礼拝に出席するようその者に命じたとしよう。このイスラム教徒には、適法な君主の命令に従うより、そのために死を受けることが、良心において義務づけられると思うだろうか。死を受けるべきだと答えるなら、すべての私人に、自分の宗教を守るために君主に背く権限を認めることになる。その宗教が真であろうと偽であろうと同じである。従うべきだと答えるなら、自分には認めることを他者には認めないことになる。それは、「人々にしてもらいたいと思うことは、何でもあなたがたも人々にしなさい」という救い主の言葉に反し、また、「自分にしてほしくないことを他者にするな」という自然法、すなわち疑いのない永遠の神の法にも反する。

殉教者について

それならば、教会史に記されているあの多くの殉教者について、何と言えばよいのか。彼らは無用に命を捨てたのだろうか。これに答えるには、その理由で死刑にされた人々を区別しなければならない。彼らのうちには、キリストの王国を宣べ伝え、公に表明する召命を受けた者もあれば、そうした召命はなく、自分自身の信仰以上のものは求められていなかった者もある。前者が、イエス・キリストは死者の中から復活したという点を証ししたために死刑にされたのであれば、真の殉教者だった。というのも、殉教者〔Martyr〕とは、この語を正確に定義すれば、メシアであるイエスの復活の証人だからである。それになれるのは、地上で彼と交わり、復活後の彼を見た者だけである。証人は、証しする事柄を見ていなければならず、そうでなければ、その証言は有効ではない。このような者だけが、本来の意味でキリストの殉教者と呼べることは、『使徒言行録』第一章二十一、二十二節の聖ペトロの言葉から明らかである。「それゆえ、主イエスがわれわれの間で出入りしていた全期間、すなわちヨハネの洗礼から、主がわれわれのもとから上げられた日まで、われわれと行動を共にした者たちのうちから、一人を任命し、われわれと共に主の復活の殉教者、すなわち証人としなければならない。」ここで注意すべきなのは、キリストの復活の真実、すなわち、イエスがキリストであったというキリスト教のこの根本的信条の真実を証しする者は、キリストと交わり、その復活の前後に彼を見た弟子でなければならず、したがって、最初からの弟子の一人でなければならないということである。それに対して、そうでなかった者は、先人たちがそういったということしか証しできない。ゆえに、他人の証言についての証人にすぎず、第二の殉教者、つまりキリストの証人たちについての殉教者にすぎない。

救い主の生涯の記録や、『使徒言行録』や使徒たちの書簡から自分で引き出した個々の教説、あるいは私人の権威に基づいて信じている個々の教説を守るために、市民的な国家の法律と権限に逆らう者は、キリストの殉教者からも、キリストの殉教者たちの殉教者からも、はるかに隔たっている。そのために死ぬことが、このように名誉ある呼び名に値する信条は、ただ一つしかない。それは、「イエスはキリストである」という信条である。すなわち、われわれを贖い、栄光の王国で救済と永遠の生命を与えるために再び来る方だ、ということである。聖職者の野心や利益に役立つ教義の一つ一つのために死ぬことは、求められていない。また、殉教者を殉教者たらしめるのは、証人の死ではなく、証言そのものである。この語は、その証言のために死刑にされるかどうかを問わず、証しする人以外の何ものをも意味しないからである。

また、この根本的信条を宣べ伝えるために遣わされたのではなく、私的な権限でそれを自任する者は、たとえ証人であり、したがって、直接にキリストの殉教者であるか、あるいは間接にその使徒、弟子、後継者の殉教者であるとしても、そのために死を受ける義務はない。そうするよう召されていないのだから、それは彼に求められていないのである。自分を仕事に就けたこともない者たちから期待した報酬を失ったとしても、不平をいうべきではない。それゆえ、肉において来たキリストを宣べ伝える委任を受けていなければ、第一の段階でも第二の段階でも、誰も殉教者にはなれない。つまり、不信者を改宗させるために遣わされた者だけなのである。すでに信じており、したがって証人を必要としない者に対して、証人になる者はいない。証人がいるのは、否認する者、疑う者、あるいはまだ聞いていない者に対してである。キリストは、宣教の権限を与えて使徒たちと七十人の弟子たちを遣わしたのであって、信じる者をすべて遣わしたのではない。また、不信者のもとへ遣わしたのである。「私はあなたがたを、狼の中の羊として遣わす」といっている。他の羊のもとへの羊としてではない。

委任の内容からの論証

最後に、福音書にはっきり記されている彼らの委任の各項目は、いずれも会衆に対する権限を含んでいない。

宣べ伝えること

第一に、『マタイによる福音書』第十章には、十二使徒が「イスラエルの家の失われた羊」のもとへ遣わされ、「神の王国が近づいた」と宣べ伝えるよう命じられたとある。さて、宣べ伝えることとは、原語では、布告人、伝令官、その他の役人が、王を公に告げ知らせるときに行う行為である。しかし布告人には、誰にも命令する権利はない。また『ルカによる福音書』第十章二節で、七十人の弟子たちは、「収穫の主人ではなく、働き手として」遣わされ、第九節では、「神の王国はあなたがたに近づいた」というよう命じられている。ここでいう王国とは、恩恵の王国ではなく、栄光の王国である。彼らを受け入れない町に対しても、それを告げ、その日には、そのような町よりソドムのほうが耐えやすいであろうと、警告するよう命じられているからである(第十一節)。また『マタイによる福音書』第二十章二十八節で、救い主は上位の座を求めた弟子たちに、人の子が仕えられるためでなく仕えるために来たように、彼らの務めも仕えることだと語っている。したがって、宣教者は支配する権力ではなく、仕える権力をもつ。「師と呼ばれてはならない。あなたがたの師は一人、キリストだからである」と救い主はいう(『マタイによる福音書』第二十三章十節)。

そして教えること

彼らの委任のもう一つの項目は、『マタイによる福音書』第二十八章十九節にあるように、「すべての民に教える」ことである。あるいは、『マルコによる福音書』第十六章十五節にあるように、「全世界へ行き、すべての造られたものに福音を宣べ伝える」ことである。したがって、教えることと宣べ伝えることとは同じである。王の到来を告げる者は、人々をその王に服従させようとするなら、王がどのような権利によって来るのかも知らせなければならないからである。聖パウロがテサロニケのユダヤ人たちに対して行ったのも、そうしたことだった。「三度の安息日に、聖書に基づいて彼らと論じ、キリストは苦しみを受け、死者の中から復活しなければならなかったこと、また、このイエスがキリストであることを説明し、論証した」のである。だが、イエスはキリスト、すなわち王であり、死者の中から復活したと旧約から教えることは、それを信じた人々が、自分たちの主権者の法律や命令に反して、それを告げる者たちに従う義務を負うということではない。現在の行政官に従いながら、忍耐と信仰をもって、将来のキリストの到来を待ち望むことが賢明だ、ということなのである。

洗礼を授けること

彼らの委任のもう一つの項目は、「父と子と聖霊の名において」洗礼を授けることである。洗礼とは何か。水に浸すことである。では、何かの名において、人を水に浸すとはどういうことか。洗礼のこの言葉の意味は、次のとおりである。洗礼を受ける者は、新しい人となり、神とイエス・キリストとの忠実な臣民となるしるしとして、水に浸され、あるいは洗われる。この神とは、昔、ユダヤ人を統治したときに、モーセと大祭司たちによってその人格を代表された神である。イエス・キリストとは、その御子であり、神であると同時に人間であり、われわれを贖い、復活の後、その永遠の王国で、人間として父の人格を代表する方である。また、父と子の霊に助けられ、われわれをその王国に導く案内者として残された使徒たちの教えを、その王国に至る唯一の確かな道として認めるしるしでもある。これが洗礼におけるわれわれの約束であり、地上の主権者の権限は最後の審判の日までは廃されないのであるから、洗礼によってわれわれが、この生における外面的な行為を支配する別の権限を、自分たちの上に設けるのではないことは明らかである。われわれは、永遠の生命への道を進む指針として、使徒たちの教えを受け入れることを約束するのである。地上の権限がその日まで廃されないことは、聖パウロが『コリントの信徒への手紙一』第十五章二十二、二十三、二十四節ではっきり述べている。「アダムにおいてすべての者が死ぬように、キリストにおいてすべての者が生かされる。しかし、一人一人に順序がある。初穂であるキリスト、次に、キリストの到来のときにキリストに属する者たちである。その後、終わりが来る。あらゆる支配、あらゆる権限と権力を廃して、神すなわち父に王国を引き渡すときである」といっているからである。

そして罪を赦し、また赦さずにおくこと

罪を赦し、また赦さずにおく権力は、解く権力と縛る権力とも、ときには天の王国の鍵とも呼ばれるが、洗礼を授け、あるいは拒む権限から帰結するものである。洗礼は、神の王国へ、すなわち永遠の生命へ、すなわち罪の赦しへと迎え入れられる者たちの、忠誠の聖礼典だからである。人が罪を犯すことによって永遠の生命が失われたように、罪を赦すことによって、それは取り戻される。洗礼の目的は罪の赦しである。だから聖ペトロは、五旬祭の日の説教で改宗した者たちから、何をすべきかと尋ねられたとき、「悔い改め、罪の赦しを得るために、イエスの名において洗礼を受けなさい」と勧めた。それゆえ、洗礼を授けることが、人々を神の王国へ受け入れるとの宣言であり、洗礼を拒むことが、そこから排除するとの宣言である以上、人々がそこから追放され、あるいはそこに留められると宣言する権力も、同じ使徒たちと、その代理人および後継者たちに与えられたことになる。したがって、救い主は彼らに息を吹きかけ、「聖霊を受けよ」といった後(『ヨハネによる福音書』第二十章二十二節)、次の節でこう付け加える。「あなたがたが誰の罪でも赦せば、その罪は赦される。誰の罪でも赦さずにおけば、その罪は赦されずに残る。」この言葉によって与えられたのは、人間の心と、悔い改めや改宗の真実を知る神が赦し、あるいは赦さないのと同じように、無条件かつ絶対的に罪を赦し、あるいは赦さずにおく権限ではない。悔い改めた者に対して、条件付きでそうする権限である。この赦し、すなわち赦罪は、赦された者の悔い改めが偽りにすぎない場合、それだけで、赦す者が別の行為や宣告をしなくても無効になる。救済への効果はまったくなく、かえってその罪を重くする。それゆえ、使徒とその後継者は、悔い改めの外面的なしるしだけに従わなければならない。そのしるしが現れれば、赦罪を拒む権限はなく、現れなければ、赦罪を与える権限はない。洗礼でも、同じことを守らなければならない。改宗したユダヤ人や異邦人に対して、使徒たちは洗礼を拒む権力をもたず、悔い改めない者に洗礼を授ける権力ももたなかった。しかし、他人の悔い改めの真実を、その言葉や行為から得られる外面的なしるし以上に見抜ける者はいない。しかも、それらのしるしには偽善が入り込む余地がある。そこで、そのしるしの裁判官には誰が定められているのかという、別の問いが生じる。この問いには、救い主自身が答えを与えている。「あなたの兄弟があなたに罪を犯したなら、行って、二人だけのところでその過ちを指摘しなさい。彼が聞き入れれば、あなたは兄弟を得たのである。聞き入れなければ、もう一人か二人を連れて行きなさい。その人々にも聞き従わなければ、教会に告げなさい。教会にも聞き従わなければ、その者を異邦人や徴税人のように扱いなさい」(『マタイによる福音書』第十八章十五、十六、十七節)。ここから、悔い改めが真実かどうかの判断は、一個人ではなく、教会、すなわち信徒の集会、あるいはその代表者となる権限をもつ者たちに属していたことが明らかである。だが、判断のほかに、判決を言い渡すことも必要である。これはつねに、代弁者として、使徒、あるいは教会の牧者に属していた。救い主は第十八節で、このことについて、「あなたがたが地上で縛ることは、何でも天で縛られ、地上で解くことは、何でも天で解かれる」といっている。聖パウロの行為も、これに一致していた。『コリントの信徒への手紙一』第五章三、四、五節で、こういっている。「私は確かに、体では離れていても霊ではそこにいて、この行為を行った者について、あたかもその場にいるように、すでに決定した。われわれの主イエス・キリストの名において、あなたがたと私の霊が、われわれの主イエス・キリストの力と共に集まるとき、そのような者をサタンに引き渡すことである。」つまり、罪の赦されていない者として、その者を教会から追放するということである。ここでパウロは判決を言い渡している。しかし、その前に集会が事件を審理し、したがって有罪と判断していなければならなかった。聖パウロはその場にいなかったからである。だが同じ章の第十一、十二節では、このような場合の判断は、よりはっきりと集会に帰されている。「しかし今、あなたがたに書き送ったのは、兄弟と呼ばれる者でも、淫行する者などであるなら、そのような者とは交わらず、食事さえ共にしてはならない、ということである。外の者たちを裁くことが、私と何の関係があるだろう。あなたがたが裁くのは、内の者たちではないか。」したがって、人を教会から追放する判決を言い渡したのは、使徒または牧者だった。しかし、その事件の当否についての判断は、教会に属していた。すなわち、王や国家において主権をもつ者たちが改宗する以前の当時には、同じ町に住むキリスト教徒の集会に属していたのである。コリントであれば、コリントのキリスト教徒の集会だった。

破門について

鍵の権力のうち、人々を神の王国から追い出すこの部分が、破門と呼ばれるものである。破門するとは、原語ではアポシュナゴーゴン・ポイエイン、すなわち会堂から追放すること、つまり礼拝の場所から追放することである。この語は、行いや教説において害を伝染させると考えた者たちを、会堂から追い出したユダヤ人の慣習から来ている。それは、モーセの法によって、重い皮膚病の者が、祭司に清いと宣言されるまで、イスラエルの会衆から隔離されたのと同様である。

市民的な権力を伴わない破門の用い方

破門がまだ市民的な権力によって強化されていなかった間、その用い方と効果は、破門されていない者たちが、破門された者との交わりを避けるということにすぎなかった。キリスト教徒であったことのない異邦人のように見なすだけでは、足りなかった。そのような異邦人とは飲食を共にできたが、破門された者とは、そうしてはならなかったからである。このことは、『コリントの信徒への手紙一』第五章九、十節以下の聖パウロの言葉から明らかである。彼は、以前に「淫行する者と交わってはならない」と禁じたことに触れつつ、それでは世から出て行かなければならなくなるので、その禁止を、兄弟でありながら淫行し、あるいは他の悪徳を行う者たちに限っている。「そのような者とは」交わらず、「食事さえ共にしてはならない」というのである。これは、救い主が『マタイによる福音書』第十八章十七節で、「その者を異邦人や徴税人のように扱いなさい」というのと同じことである。徴税人、すなわち国家の歳入の徴収を請け負い、受け取る者たちは、税を支払うユダヤ人からひどく憎まれ、忌み嫌われていた。そのため、彼らの間では、徴税人と罪人とは同じものと見なされていた。救い主が徴税人ザアカイの招待を受けたとき、それはザアカイを改宗させるためだったのに、そのことを罪として非難されたほどである。したがって、救い主は異邦人に徴税人を付け加えたとき、破門された者と食事を共にすることを禁じたのである。

会堂や集会所に入らせないことについては、その場所の所有者の権力によるほか、彼らにはそれを行う権力がなかった。所有者がキリスト教徒でも異邦人でも同じである。また、すべての場所は、権利上、国家の支配下にあるので、破門された者も、一度も洗礼を受けていない者と同様、市民的な行政官の委任によって、そこに入ることができた。パウロが改宗前に、大祭司の委任によって、男女のキリスト教徒を捕らえ、縛ってエルサレムへ連れて行くため、ダマスコの会堂に入ったのと同じである(『使徒言行録』第九章二節)。

背教者には効果がない

このことから、市民的な権力が教会を迫害し、あるいは援助しない場所で、キリスト教徒が背教者になった場合、その者に対する破門の効果には、この世での損害も恐怖も、何もなかったとわかる。恐怖がなかったのは、彼らが信じていなかったからである。損害がなかったのは、それによって世間の好意を取り戻し、来世でも、一度も信じたことのない者より悪い境遇には置かれないからである。損害は、むしろ教会に及んだ。追放した者たちを刺激して、その悪意をいっそう自由に実行させることになったからである。

効果があるのは信徒に対してだけである

それゆえ、破門が効果をもったのは、イエス・キリストが栄光のうちに再び来て、生者と死者を支配し、裁き、それゆえ罪を赦されずに残されている者たち、すなわち教会によって破門された者たちには、その王国に入ることを拒むであろうと信じた者たちに対してだけだった。だから聖パウロは、破門を、破門された者をサタンに引き渡すことと呼ぶのである。審判の後には、キリストの王国の外にある他のすべての王国が、サタンの王国に含まれるからである。信徒たちが、破門されている間、すなわち罪が赦されていない状態にある間、恐れていたのは、このことだった。ここから、市民的な権力がキリスト教を公認していなかった時代には、破門は行いを正すためにだけ用いられ、意見の誤りを正すためには用いられなかったと理解できる。これは、救い主が世を裁くために再び来ると信じ、待ち望んでいる者以外には、感じ取ることのできない罰だからである。そして、そのように信じる者たちが救われるには、他の意見は必要なく、ただ正しい生き方だけが必要だった。

どのような過ちが破門に当たるか

不正義に対しては、破門を行うことができる。『マタイによる福音書』第十八章にあるとおり、兄弟があなたに過ちを犯したなら、初めは二人だけで指摘し、次には証人を伴い、最後には教会に告げ、それでも従わなければ、「その者を異邦人や徴税人のように扱いなさい」というのである。また、恥ずべき生活に対しても、破門を行うことができる。『コリントの信徒への手紙一』第五章十一節には、「兄弟と呼ばれる者でも、淫行する者、貪欲な者、偶像を拝む者、酒におぼれる者、奪い取る者であるなら、そのような者とは食事を共にしてはならない」とある。しかし、イエスはキリストであったという土台を保つ者を、その土台を壊すことのない他の点で意見が異なるために破門する権限は、聖書にも見いだせず、使徒たちにもその例はない。確かに聖パウロには、反対のことをいっているように見える一節がある。「異端者は、一度、二度と戒めた後は、退けなさい」(『テトスへの手紙』第三章十節)。異端者とは、教会の成員でありながら、教会が禁じた私的な意見を教える者である。そして、そのような者を、一度、二度と戒めた後は退けるよう、聖パウロはテトスに勧めている。だが、ここで「退ける」とは、その者を破門することではない。戒めるのをやめ、放っておき、自分で自分を納得させるほかない者として、議論するのをやめることである。同じ使徒は、『テモテへの手紙二』第二章二十三節で、「愚かで無知な問いを避けなさい」という。この箇所の「避ける」と、先の箇所の「退ける」は、原語では同じパライトゥーである。しかし、愚かな問いは、破門なしに脇へ置くことができる。また『テトスへの手紙』第三章九節にも、「愚かな問いを避けなさい」とある。ここでの原語ペリイスタソー、すなわち脇へ置くことは、先の「退ける」と同じ意味である。信仰の土台を信じている忠実な人々が、その上に、おそらくは善良で敬虔な良心から、自分なりの独特なものを築いたというだけで教会から追放することを支持するために、もっともらしくでも援用できる箇所は、ほかにない。反対に、そのような論争を避けるよう命じる箇所は、すべて、テモテやテトスのような牧者に対する教訓として書かれている。細かな論争の一つ一つに決着をつけて、新たな信仰箇条を作り、人々の良心に無用な重荷を負わせたり、教会の一致を破るよう駆り立てたりしてはならない、という教訓である。使徒たち自身は、この教訓をよく守った。聖ペトロと聖パウロの論争は、『ガラテヤの信徒への手紙』第二章十一節で読めるとおり、激しいものだったが、互いを教会から追放することはなかった。それでも、使徒の時代から、これを守らない別の牧者たちがいた。たとえばディオトレフェスは、上に立つことを誇り、聖ヨハネ自身が教会に受け入れるべきだと考えた人々を、教会から追放した(『ヨハネの手紙三』九節以下)。これほど早く、虚栄と野心はキリストの教会に入り込んでいたのである。

破門の対象となる者について

人が破門の対象となるには、多くの条件が必要である。第一に、ある共同体の成員でなければならない。すなわち、適法な集会、つまり、その者を破門する理由となる事件を裁く権力をもつ、キリスト教会の成員でなければならない。共同体がなければ破門もありえず、裁く権力がなければ、判決を言い渡す権力もありえないからである。ここから、一つの教会を別の教会が破門することはできないと帰結する。両者が互いを破門する同等の権力をもつなら、その場合の破門は、規律でも権限の行使でもなく、分裂であり、愛の絆を解くことである。あるいは、一方が他方に従属し、両者がただ一つの声しかもたないなら、それらは一つの教会にすぎない。その場合、破門された部分は、もはや教会ではなく、結びつきを失った個々人の集まりにすぎない。

また、破門の宣告は、破門された者と交わらず、食事さえ共にしないようにという助言を含むので、主権をもつ君主や合議体が破門されても、その宣告は効力をもたない。すべての臣民は、自然法により、自分たちの主権者が求めるときには、その者と行動を共にし、面前に出る義務があるからである。また、世俗の場所であれ聖なる場所であれ、主権者自身の領土にあるどの場所からも、その者を適法に追い出すことはできず、その許可なく領土を去ることもできない。まして、食卓に招かれる名誉を与えられたなら、共に食事することを拒むことはできない。他の君主や国家について言えば、彼らは同じ会衆の一部ではないので、破門された国家との交わりを避けるために、別の宣告を必要としない。国家の設立そのものが、多くの人々を一つの共同体に結びつけると同時に、一つの共同体を別の共同体から切り離すからである。したがって、王や国家を互いに離しておくために、破門は必要ない。また、君主たちを互いに戦争するようそそのかすのでなければ、政治そのものの性質に含まれる以上の効果をもたない。

また、自分の主権者がキリスト教徒であれ異邦人であれ、その法律に従っているキリスト教徒の臣民を破門しても、何の効果もない。その者が「イエスはキリストである」と信じるなら、「神の霊をもって」おり(『ヨハネの手紙一』第四章一節)、「神はその者のうちに住み、その者は神のうちに住む」からである(同第四章十五節)。しかし、神の霊をもつ者、神のうちに住む者、神がそのうちに住む者は、人間による破門によって何の害も受けることはない。それゆえ、イエスがキリストであると信じる者は、破門された者に対して告げられるすべての危険を免れている。それを信じない者は、キリスト教徒ではない。したがって、真実で偽りのないキリスト教徒は、破門の対象にならない。キリスト教徒であると公言する者も、その偽善が行いに現れるまでは、同じく対象にならない。すなわち、その振る舞いが、自分の主権者の法律に反するまでは、そうである。この法律は行いの規則であり、キリストと使徒たちは、われわれにそれに従うよう命じている。教会は、外面的な行為によるほか、行いを判断できない。そして、その行為が不法になりうるのは、国家の法律に反するときだけなのである。

父、母、あるいは主人が破門されても、子らがその者たちと交わり、食事を共にすることは禁じられない。そのような禁止は、多くの場合、食物を得る手段がないために、まったく食べないことを子らに義務づけることになり、また、使徒の教えに反して、親や主人に背く権限を与えることになるからである。

要するに、破門の権力は、教会の使徒と牧者が救い主から委任を受けた目的を超えて、拡張されてはならない。その目的は、命令と強制によって支配することではなく、来世における救済の道へと人々を教え導くことである。ある学問の師が、その規則の実践を頑として怠る弟子を見放すことはできても、不正義を行ったと責めることはできないのと同じである。弟子は師に従う義務を負ったことがないからである。同様に、キリスト教の教師は、キリスト教徒にふさわしくない生活を頑として続ける弟子を見放すことはできても、自分に不正を働いたということはできない。弟子たちは、その教師に従う義務を負っていないからである。そのような不平をいう教師には、同じような場合に神がサムエルに与えた答えを当てはめることができる。「彼らが拒んだのは、あなたではなく、私である」(『サムエル記上』第八章)。したがって、外国の権限によってキリスト教の国家や君主が破門される場合のように、市民的な権力の助けを欠くとき、破門には効果がなく、それゆえ恐怖を与えるものでもあるべきではない。フルメン・エクスコムニカティオニス、すなわち「破門の雷霆」という名は、初めてそれを用いたローマ司教の、自分は王の中の王であるという想像から生まれた。異教徒たちがユピテルを神々の王とし、その詩や絵画の中で、あえてその権力を否認する巨人たちを征服して罰するための雷霆を与えたのと同様である。この想像は、二つの誤りに基づいていた。一つは、「私の王国はこの世のものではない」という救い主自身の言葉に反して、キリストの王国はこの世のものだとする誤りである。もう一つは、自分の臣民だけでなく、世界中のすべてのキリスト教徒に対して、ローマ司教がキリストの代理者であるとする誤りである。後者には聖書上の根拠がなく、しかるべき箇所で、その反対を証明することにしよう。

市民的な主権者がキリスト教徒となる以前の、聖書の解釈者について

聖パウロは、ユダヤ人の会堂があるテサロニケへ来ると、「いつものように彼らのところへ入り、三度の安息日に、聖書に基づいて彼らと論じ、キリストは苦しみを受け、死者の中から復活しなければならなかったこと、また、自分が宣べ伝えるこのイエスがキリストであることを説明し、論証した」(『使徒言行録』第十七章二、三節)。ここでいわれている聖書は、ユダヤ人の聖書、すなわち旧約である。イエスはキリストであり、死者の中から復活したとパウロが証明しようとした相手も、ユダヤ人だった。彼らはすでに、これらの聖書が神の言葉であると信じていた。これによって、彼らのうちには、第四節にあるとおり信じた者もあれば、第五節にあるとおり信じなかった者もあった。彼らはみな聖書を信じていたのに、全員が同じようには信じず、聖書を引用した聖パウロの解釈を認める者と認めない者とがあり、各人が自分のために聖書を解釈したのは、なぜだろうか。その理由はこうである。聖パウロは、法的な委任を何も受けず、命令する者ではなく説得する者として、彼らのもとへ来た。そして説得するには、エジプトでモーセがイスラエル人にしたように、奇跡を行って、神の業のうちに自分の権限を見せるか、すでに受け入れられている聖書から論じて、神の言葉のうちに自分の教説の真実を見せるかの、いずれかによらなければならなかった。しかし、書かれた原理から論じて説得する者は、誰であれ、自分が話しかける相手を、その原理の意味についても、そこからの推論の力についても、裁判官とする。もし、テサロニケのこのユダヤ人たちがそうでなかったなら、聖パウロが聖書から引いたことの裁判官は、ほかに誰だったのか。聖パウロ自身であれば、教説を証明するために、なぜ箇所を引用する必要があったのか。私は聖書、すなわちあなたがたの法律の中にそう書かれているのを見いだし、キリストから遣わされた者として、その解釈者である、というだけで十分だったはずである。それゆえ、テサロニケのユダヤ人たちがその解釈に従う義務を負うような、聖書の解釈者は、誰もいなかった。各人は、引用された事柄がその箇所の意味に合っていると思うか、合っていないと思うかに応じて、信じても信じなくてもよかった。一般に、世のあらゆる場合において、何らかの証明を提示する者は、その語りかける相手を、自分の証明の裁判官とするのである。ただし、ユダヤ人に特有の事情についていえば、彼らは明文によって、あらゆる難問の決定を、その時々のイスラエルの祭司と裁判官から受ける義務があった(『申命記』第十七章)。しかし、これは、まだ改宗していなかったユダヤ人について理解すべきことである。

異邦人を改宗させるためには、彼らが信じていない聖書を引用しても、役に立たなかった。したがって、使徒たちは、理性によって彼らの偶像崇拝を論駁しようと努め、それを終えると、キリストの生涯と復活についての証言によって、キリストへの信仰へ説得しようと努めた。このため、聖書を解釈する権限についての論争は、まだ起こりえなかった。不信者である間は、自国の法律についての主権者の解釈を除き、どんな書かれたものについても、誰の解釈に従う義務もなかったからである。

では、改宗そのものを考え、その中に、このような義務の根拠となりうる何があったかを見よう。人々が改宗して受け入れたのは、使徒たちの宣べ伝えたことへの信仰にほかならない。そして使徒たちが宣べ伝えたのは、イエスはキリストであるということだけだった。すなわち、来世で彼らを救い、永遠にその上に君臨する王であり、したがって、死んだままではなく、死者の中から復活して天に上り、いつの日か再び来て、世を裁き、一人一人にその行いに応じて報いるということである。世もまた、裁かれるために復活する。使徒の誰一人、自分自身や他の使徒が、キリスト教徒になったすべての者がその解釈を法律として受け入れなければならないような、聖書の解釈者だとは宣べ伝えなかった。法律を解釈することは、現に存在する王国の統治の一部だからである。使徒たちは、そのような王国をもっていなかった。当時、彼らは「御国が来ますように」と祈り、以後のすべての牧者もそう祈ってきた。また、改宗させた人々には、その当時の異教徒の君主に従うよう勧めた。新約は、まだ一つにまとめて刊行されていなかった。各福音書記者は自分の福音書の解釈者であり、各使徒は自分の手紙の解釈者だった。旧約については、救い主自身がユダヤ人に、「聖書を調べなさい。あなたがたは、その中に永遠の生命があると思っている。そして、それこそ私について証しするものである」といっている(『ヨハネによる福音書』第五章三十九節)。彼らが聖書を解釈するよう意図していなかったなら、自分がキリストである証拠を、そこから取り出すよう命じなかったはずである。自分で解釈するか、祭司の解釈にゆだねたはずなのである。

難問が生じると、使徒たちと教会の長老たちは集まり、何を宣べ伝え、教えるべきか、どのように人々に聖書を解釈して示すべきかを決めた。しかし、人々から、聖書を読み、自分で解釈する自由を奪うことはなかった。使徒たちは、教会を教え導くために、さまざまな手紙や他の文書を送った。もし、それらを解釈すること、すなわちその意味を考えることを認めていなかったなら、それらは無駄だったはずである。そして、誰もがその解釈に従うべき解釈者を権限ある者として立てられるような牧者が現れるまでは、使徒の時代と同じでなければならない。しかし、それは王が牧者となるか、牧者が王となるまでは、ありえなかった。

聖書を法律にする権力について

ある文書が正典であるといえるのには、二つの意味がある。カノンとは規則を意味し、規則とは、人がどのような行為であれ、それを行う際に導かれ、指図される教えだからである。そのような教えは、教師が弟子に、あるいは助言者が友人に与えるもので、それを守るよう強制する権力を伴わなくても、なおカノンである。規則だからである。しかし、受け取る者が従う義務を負う相手から与えられるなら、そのカノンは、規則であるだけでなく法律でもある。それゆえ、ここでの問題は、キリスト教信仰の規則である聖書を、法律にする権力についてである。

十戒について

聖書のうち、最初に法律であった部分は、二枚の石の板に書かれ、神自身からモーセに渡され、モーセによって民に知らされた十戒だった。それ以前には、神の書かれた法律はなかった。神はまだ、どの民も自分に固有の王国として選んでいなかったので、人々に自然法以外の法律を与えていなかった。自然法とは、各人自身の心に書かれた、自然的な理性の教えである。この二枚の板のうち、第一の板には、主権の法が含まれている。第一に、「ノン・ハベビス・デオス・アリエノス・コラム・メ」、すなわち「他の国々が拝む神々をあなたの神としてはならない。ただ私だけを神とせよ」という言葉で、他の国々の神々に服従し、敬意を示すことを禁じている。これにより、そのときはモーセを通じて、後には大祭司を通じて、彼らに語った神以外のどんな神にも、自分たちの王および統治者として服従し、敬意を示すことを禁じた。第二に、「神を表す像を造ってはならない」。すなわち、天にも地にも、自分たちの思いどおりの代表者を選んではならず、神がその職に任命したモーセとアロンに従わなければならない。第三に、「神の名をみだりに用いてはならない」。すなわち、自分たちの王について軽率に語ってはならず、その権利や、その代理者であるモーセとアロンの委任を争ってはならない。第四に、「七日目ごとに日常の労働を休み」、その時間を、神に公の敬意を表すために用いなければならない。第二の板には、人と人との間の義務が含まれている。すなわち、「両親を敬うこと、殺さないこと、姦淫しないこと、盗まないこと、偽証によって裁判をゆがめないこと」、最後に、「互いに何らかの侵害を行おうと、心の中で企てることさえしないこと」である。さて問題は、この書かれた板に、法律としての拘束力を与えたのは誰か、ということである。神自身がそれを法律にしたことに疑いはない。しかし、法律は、それを主権者の行為であると認める者以外には、義務を課すことも、法律であることもない。それなら、神がモーセに語ることを聞くために山へ近づくのを禁じられていたイスラエルの民は、モーセが示したあのすべての法律に従う義務を、どうして負いえただろうか。確かに、第二の板のすべてのように、その一部は自然法だった。したがって、イスラエル人だけでなく、すべての人々が、神の法として認めなければならない。しかし、第一の板の諸法のように、イスラエル人に固有のものについては、問題が残る。ただし、示された直後に、彼ら自身が、次の言葉によってモーセに従う義務を負った、ということを除けばである。「あなたがわれわれに語ってください。われわれは聞き従います。しかし、われわれが死なないよう、神がわれわれに語ることのないようにしてください」(『出エジプト記』第二十章十九節)。それゆえ、十戒というこの短い聖書を、イスラエルの国家で法律にする地上の権力をもっていたのは、当時はモーセだけであり、その後は、この神に固有の王国を統治する者として、神がモーセを通じて宣言した大祭司だけだった。だが、モーセ、アロン、それに続く大祭司たちは、市民的な主権者だった。したがって、ここまで、聖書を正典とすること、すなわち法律にすることは、市民的な主権者に属していた。

裁判の法とレビの法について

裁判の法、すなわち、人と人との訴訟において、イスラエルの行政官たちが正義を執行し、宣告や判決を言い渡すための規則として、神が彼らに定めた法律と、レビの法、すなわち祭司やレビ人の儀礼と儀式について神が定めた規則は、すべてモーセだけを通じて彼らに伝えられた。それゆえ、それらも、モーセに従うという同じ約束の効力によって、法律となった。これらの法律が、そのとき書かれていたのか、それとも書かれず、山で神と四十日間過ごした後、モーセが口頭で民に伝えたのかは、本文には明記されていない。しかし、それらはすべて実定法であり、聖書に相当するものであって、市民的な主権者であるモーセによって正典とされた。

第二の法

イスラエル人が、エリコに向かい合うモアブの平野へ着き、約束の地へ入ろうとしていたとき、モーセは、それまでの法律にさまざまな法律を加えた。それゆえ、これらはデウテロノミー、すなわち第二の法と呼ばれる。そして、『申命記』第二十九章一節にあるとおり、「主がホレブでイスラエルの子らと結んだ契約のほかに、モーセに彼らと結ぶよう命じた契約の言葉」である。『申命記』の初めに、それまでの法律を説明した後、モーセは、第十二章から同書第二十六章の終わりに及ぶ、別の法律を加えているからである。この法は、ヨルダン川を渡るとき、漆喰を塗った大きな石に書くよう命じられた(『申命記』第二十七章一節)。また、この法は、モーセ自身によって一冊の書物に書かれ、「祭司たちとイスラエルの長老たち」の手に渡され(同第三十一章九節)、「箱の脇に置く」よう命じられた(同第二十六節)。箱の中そのものには、十戒以外は何もなかったからである。これが、モーセがイスラエルの王たちに、その写しをもっておくよう命じた法である(同第十七章十八節)。また、これが、長い間失われていた後、ヨシヤの時代に神殿で再発見され、その権限によって神の法として受け入れられた法である。だが、書き記したときのモーセも、再発見したときのヨシヤも、ともに市民的な主権をもっていた。それゆえ、ここまで、聖書を正典にする権力は、市民的な主権者に属していた。

この律法の書のほかには、モーセの時代から捕囚の後に至るまで、ユダヤ人の間で神の法として受け入れられた書はなかった。預言者たちは、少数を除き、捕囚の時代そのものに生き、残りの者もその少し前に生きたにすぎなかった。そして、その預言が広く法律として受け入れられるどころか、本人たちが、一方では偽預言者たちから、他方では偽預言者に惑わされた王たちから、迫害されたのである。また、ヨシヤによって神の法として確認されたこの書そのものも、神の業の歴史全体と共に、捕囚とエルサレムの町の略奪の際に失われた。このことは、『エズラ記二』第十四章二十一節の、「あなたの法は焼かれました。それゆえ、あなたのなされたことも、これから始まる業も、誰も知りません」という言葉から明らかである。また、捕囚以前、法が失われた時と、ヨシヤの時代に再発見された時との間には、彼らは、書かれた神の言葉をもたず、自分たちの裁量に従って、あるいは、それぞれが預言者と見なした者の指図によって統治していた。法が失われた時期は、聖書には記されていないが、おそらく、エジプト王シシャクが神殿の財宝を奪った、レハブアムの時代だったと考えられる(『列王記上』第十四章二十六節)。

旧約が正典とされた時期

ここから、現在われわれがもつ旧約聖書は、捕囚から帰還し、エズラのもとで国家を再建した際に、神との信約を更新するまでは、正典でも、ユダヤ人を拘束する法律でもなかったと推論できる。しかし、その時以後は、ユダヤ人の法律と見なされ、そのようなものとして、ユダヤの七十人の長老によってギリシャ語に訳され、アレクサンドリアのプトレマイオスの図書館に収められ、神の言葉として認められた。さて、エズラは大祭司であり、大祭司は彼らの市民的な主権者だったのだから、聖書は、市民的な主権によるのでなければ、決して法律にされなかったことが明らかである。

新約が正典となり始めたのは、キリスト教の主権者のもとである

皇帝コンスタンティヌスがキリスト教を受け入れて公認する以前の時代に生きた教父たちの著作から、現在われわれがもつ新約の諸書は、当時のキリスト教徒によって、聖霊の口述したもの、したがって、信仰のカノン、すなわち規則と見なされていたとわかる。少数の例外があったが、その数がわずかだったので、それ以外の人々がカトリック教会、例外の人々が異端者と呼ばれた。彼らが教師たちに抱いた尊敬と評価は、それほどのものだった。一般に、弟子たちが、最初の師から受けるあらゆる種類の教説について、その師に抱く尊敬は、小さなものではない。したがって、聖パウロが自分の改宗させた教会に、あるいは他の使徒やキリストの弟子が、そのころキリストを受け入れた人々に書き送ったとき、彼らがその文書を真のキリスト教の教えとして受け入れたことに、疑いはない。しかし、その当時、それを受け入れさせたのは、教師の権力や権限ではなく、聞き手の信仰だった。それゆえ、自分たちの文書を正典としたのは使徒ではなく、改宗者の一人一人が、自分自身にとってそうしたのである。

しかし、ここでの問題は、個々のキリスト教徒が、自分自身にとって何を法律やカノンにしたかではない。それは、受け入れたときと同じ権利によって、再び拒むことができた。問題は、何が、人々にとって、それに反する行為をすれば不正義となるようなカノンとされたかである。この意味で新約が正典、すなわち法律であるということが、国家の法律によってそう定められていない場所でも成り立つとすれば、それは法律の性質に反する。法律とは、すでに示したとおり、われわれが主権的な権限を与えた人、あるいは合議体の命令だからである。その権限とは、われわれの行為を導くために、その者が適切と考える規則を作り、それに反する行為をすれば、われわれを罰する権限である。それゆえ、他の誰かが、主権をもつ統治者の定めていない別の規則を示す場合、それらは忠告と助言にすぎない。よい助言でも悪い助言でも、助言を受ける者は、不正義を犯すことなく、それを守るのを拒むことができる。また、すでに制定された法律に反する場合には、どれほどよいものと考えていても、不正義を犯すことなしには、それを守ることはできない。この場合、その者は、行為においても、他人との会話においても、それを守ることはできない、と私はいうのである。ただし、私的な教師たちを心で信じ、その助言を実行する自由があればよい、また、公に法律として受け入れられればよいと願うことは、非難されずにできる。内面の信仰は、その性質上、目に見えず、したがって、あらゆる人間の裁判権から免れているからである。それに対して、その信仰から生じる言葉や行為が、市民としての服従を破るものとなるなら、それは神の前でも人間の前でも不正義である。さて、救い主は、自分の王国がこの世にあることを否定し、世を裁くためでなく救うために来たといった。それゆえ、われわれを、国家の法律以外の法律に服させたのではない。すなわち、ユダヤ人はモーセの法に、他の国々はそれぞれの主権者の法律に、すべての人間は自然法に服させられたのである。モーセの法については、『マタイによる福音書』第五章で、それを廃するためではなく、完成するために来たといっている。これらの法を守ることを、救い主自身も使徒たちも、その教えの中でわれわれに勧めた。それは、終わりの日に、保護と永遠の生命のある永遠の王国へ、救い主によって迎え入れられるための、必要な条件なのである。それゆえ、救い主と使徒たちが残したのは、この世でわれわれを拘束する新しい法律ではなく、来世に向けて備える新しい教えだった。したがって、その教えを含む新約の諸書は、神から地上で立法者となる権力を与えられた者たちが、それに従うよう命じるまでは、拘束力のあるカノン、すなわち法律ではなかった。ただ、罪人を救済の道へ導くための、よい安全な助言だったのである。誰もが、不正義を犯すことなく、自分の危険において、それを受け入れることも拒むこともできた。

また、救い主キリストが使徒や弟子に与えた委任は、自分の王国を、現在ある王国としてではなく、来るべき王国として告げ知らせること、すべての民に教えること、信じる者たちに洗礼を授けること、迎え入れる者たちの家に入ること、迎え入れられない場所では、その人々に向けて足の塵を払い落とすことだった。しかし、天から火を呼んで彼らを滅ぼすことでも、剣によって服従を強いることでもなかった。これらのどこにも、権力の行使はなく、説得があるだけである。キリストは彼らを、臣民のもとへの王としてではなく、狼のもとへの羊として遣わした。彼らは、法律を作る委任を受けず、作られた法律に従い、従うよう教える委任を受けた。したがって、市民的な主権の助けなしには、自分たちの文書を、拘束力のあるカノンにすることはできなかった。それゆえ、新約聖書が法律であるのは、適法な市民的権力がそう定めた場所においてだけである。また、そこでも、王あるいは主権者は、それを自分自身にとっての法律とする。それによって自分を服させる相手は、自分を改宗させた教師や使徒ではなく、神自身と、その御子イエス・キリストである。その直接性は、使徒たち自身が服した場合と変わらない。

聖書を法律にする公会議の権力について

迫害の時代や場所において、キリスト教の教えを受け入れた者に対し、新約に法律の力を与えるように見えるのは、彼らが教会会議で自分たちの間に定めた決議である。というのも、『使徒言行録』第十五章二十八節には、使徒、長老、教会全体の会議が、「聖霊とわれわれは、次の必要な事柄のほかには、あなたがたに何の重荷も負わせないことをよしとした」などと述べたとあるからである。この言い方は、彼らの教えを受け入れた者に、重荷を負わせる権力を示している。さて、「他人に重荷を負わせる」ことは、「義務を負わせる」ことと同じに見える。したがって、その会議の決議は、当時のキリスト教徒にとって法律だった、というのである。しかし、それらが法律であるのは、「悔い改めよ、洗礼を受けよ、戒めを守れ、福音を信じよ、私のもとへ来い、もっているものをすべて売れ、それを貧しい人々に与えよ、そして私に従え」といった、他の教えが法律であるのと変わらない。これらは命令ではなく、キリスト教へ人々を招き、呼びかける言葉である。それは、『イザヤ書』第五十五章一節の、「さあ、渇いている者はみな、水のもとへ来なさい。来て、金を払わずにぶどう酒と乳を買いなさい」という言葉のようなものである。第一に、使徒たちの権力は、救い主の権力と同じく、人々を神の王国を受け入れるよう招くことにすぎなかったからである。彼ら自身、その王国を、現在ある王国ではなく、来るべき王国だと認めていた。そして、王国をもたない者は、法律を作れない。第二に、会議の決議が法律だったなら、罪を犯さずにそれに背くことはできなかったはずである。しかし、キリストの教えを受け入れなかった者が、そのことで罪を犯したとは、どこにも書かれていない。彼らは、自分の罪のうちに死んだとあるだけである。すなわち、服従の義務を負う法律に反して犯した罪が、赦されなかったのである。その法律とは、自然法と、各キリスト教徒が約定によって従った国家の市民法だった。したがって、使徒たちが、自分たちの改宗させた者に負わせることのできた重荷とは、法律ではなく、救済を求める者に提示された条件と理解すべきである。その者たちは、過去の罪のために断罪され、神の王国から排除される危険こそ免れないが、新たな罪を犯すことなく、自分の危険において、その条件を受け入れることも拒むこともできた。それゆえ聖ヨハネは、不信者について、神の怒りが彼らの上に「来るであろう」とはいわず、「神の怒りが彼らの上に留まっている」と言い、また、断罪されるであろうとはいわず、「すでに断罪されている」というのである(『ヨハネによる福音書』第三章三十六節、十八節)。また、信仰の利益を「罪の赦し」と考えるなら、それと同時に、不信仰の害を「同じ罪が赦されずに残ること」と考えなければならない。

しかし、人は尋ねるかもしれない。誰もその決議を守る義務を負わないなら、使徒たちや、それ以後の教会の牧者たちが集まり、信仰と行いの両方について、どの教説を教えるべきかを協議して決めることに、何の意味があるのか。これには、こう答えられる。その会議の使徒と長老たちは、そこに加わったことそのものによって、自分たちが従う義務を負う既存の法律に反しないかぎり、その場で決定され、教えるべきものと定められた教説を教える義務を負った。しかし、だからといって、他のすべてのキリスト教徒が、彼らの教えることを守る義務を負うわけではない。彼らは、それぞれ何を教えるべきかを審議することはできても、その集会が立法権をもたないかぎり、他の人々が何をすべきかを審議して決めることはできなかった。その権力をもちうるのは、市民的な主権者だけだったのである。神は全世界の主権者であるとはいえ、誰もがその名において持ち出す事柄を、何でも神の法として受け入れる義務は、われわれにはない。また、神がはっきりと服従を命じた市民法に反する事柄も、そう受け入れる義務はない。

それゆえ、使徒たちの会議の決議が、当時、法律ではなく助言だったのであれば、その後の他の教師や公会議の決議は、市民的な主権者の権限によらずに集まった場合、なおさら法律ではない。したがって、新約の諸書は、キリスト教の教えの最も完全な規則ではあっても、王や主権をもつ合議体の権限以外によっては、法律にすることができなかった。

現在われわれがもつ聖書を初めて正典とした公会議の記録は、現存していない。というのも、聖ペトロに次ぐ最初のローマ司教クレメンスの作とされる、あの『使徒教令集』は、疑問の余地があるからである。そこには正典の諸書が列挙されているものの、「シント・ウォビス・オムニブス・クレリキス・エト・ライキス・リブリ・ウェネランディ」、すなわち「これらを、聖職者にも俗人にも、あなたがたすべてにとって尊重すべき書とせよ」などという言葉には、聖ペトロの時代からこれほど近いころには使われていなかった、聖職者と俗人との区別が含まれている。正典の聖書を定めた公会議のうち、現存する最初のものは、ラオディキア公会議である。その第五十九条は、教会でそれら以外の書を朗読することを禁じている。これは、すべてのキリスト教徒に向けられた命令ではなく、教会で公に朗読する権限をもつ者たち、すなわち聖職者だけに向けられた命令である。

使徒の時代に教会の役職者を任命する権利について

使徒の時代の教会の役職には、教導に関わるものと、奉仕に関わるものがあった。教導の役職は、不信者に神の王国の福音を宣べ伝えること、聖礼典と礼拝を執り行うこと、改宗した者たちに信仰と行いの規則を教えることだった。奉仕の役職は、執事、すなわち教会の世俗的な必要を取り扱うために任命された者たちの職だった。当時、彼らは信徒たちの自発的な拠出によって集めた共通の資金で暮らしていたのである。

教導の役職者のうち、最初で、主要なものは使徒だった。初め、その数は十二人だけであり、救い主自身によって選ばれ、任命された。その職務は、宣べ伝え、教え、洗礼を授けるだけでなく、殉教者、すなわち救い主の復活の証人となることでもあった。この証言こそ、使徒職を他の教会の教導職から区別する、種別的かつ本質的なしるしだった。使徒には、復活後の救い主を見たか、あるいは、それ以前に救い主と交わり、その業や、神性の他の証拠を見て、十分な証人と認められることが必要だったからである。それゆえ、イスカリオテのユダに代わる新しい使徒を選ぶにあたり、聖ペトロはこういう。「主イエスがわれわれの間で出入りしていた全期間、すなわちヨハネの洗礼から、主がわれわれのもとから上げられた日まで、われわれと行動を共にした者たちのうちから、一人を任命し、われわれと共に主の復活の証人としなければならない」(『使徒言行録』第一章二十一、二十二節)。ここで「しなければならない」という語は、救い主が肉において自らを現した時代に、最初の主要な使徒たちと行動を共にしたという、使徒に必要な性質を含意している。

マティアは会衆によって使徒とされた

キリストが地上にいた間に、その手で任命されなかった者のうち、最初の使徒はマティアだった。彼は次のように選ばれた。エルサレムに、およそ百二十人のキリスト教徒が集まっていた(『使徒言行録』第一章十五節)。彼らは、正しい人ヨセフとマティアとの二人を立て(第二十三節)、くじを引かせた。「すると、くじはマティアに当たり、彼は使徒たちに加えられた」(第二十六節)。こうして、ここでは、この使徒の任命が、会衆の行為であり、聖ペトロや十一人の行為ではなかったとわかる。彼らは、集会の成員として関わったにすぎないのである。

パウロとバルナバはアンティオキア教会によって使徒とされた

マティアの後、ほかに使徒として任命された者は、パウロとバルナバ以外にはいなかった。その任命は、『使徒言行録』第十三章一、二、三節にあるとおり、次のように行われた。「アンティオキアにある教会には、幾人かの預言者と教師がいた。バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、キレネのルキオ、領主ヘロデと共に育ったマナエン、そしてサウロである。彼らが主に仕え、断食していると、聖霊がいった。『私が召した仕事のために、バルナバとサウロを、私のために選び分けなさい。』そこで、断食し、祈り、彼らに手を置いてから、送り出した。」

ここから、彼らは聖霊によって召されたものの、その召命が彼らに告げられ、その派遣に権限が与えられたのは、個別のアンティオキア教会によってだったことが明らかである。この召命が使徒職へのものだったことは、両人が『使徒言行録』第十四章十四節で使徒と呼ばれていることからわかる。また、彼らが使徒となったのが、アンティオキア教会のこの行為によることを、聖パウロは『ローマの信徒への手紙』第一章一節ではっきりと示している。彼は、自分が召されたとき聖霊の用いた言葉を使っているからである。聖霊の「私のために、バルナバとサウロを選び分けなさい」などという言葉を踏まえて、自分を「神の福音のために選び分けられた使徒」と呼んでいるのである。しかし、使徒の仕事がキリストの復活の証人となることなら、受難以前に救い主と交わらなかった聖パウロが、どうしてその復活を知ることができたのか、と人はここで尋ねるかもしれない。これには容易に答えられる。救い主自身が、昇天の後、ダマスコへの途上で、天からパウロに現れ、「異邦人、王たち、イスラエルの子らの前に、自分の名を運ぶ器として、彼を選んだ」からである。したがって、パウロは受難後の主を見たので、復活について資格ある証人だった。また、バルナバについては、受難以前からの弟子だった。それゆえ、パウロとバルナバが使徒であったことは明白である。それでも、彼らは、最初の使徒たちだけによってではなく、アンティオキア教会によって選ばれ、権限を与えられた。それは、マティアがエルサレム教会によって選ばれ、権限を与えられたのと同じである。

教会のどの役職が教導に関わるか

司教、すなわち英語のビショップは、ギリシャ語のエピスコポスから作られた語であり、何らかの仕事の監督者や管理者、特に牧者、すなわち羊飼いを意味する。そこから比喩によって、元来羊飼いだったユダヤ人の間だけでなく、異教徒の間でも、王の職や、民を治め導く他の者の職を意味するために用いられた。法律で治めるか、教説で治めるかを問わない。この意味で、使徒たちは、キリスト自身によって設けられた、最初のキリスト教の司教だった。『使徒言行録』第一章二十節で、ユダの使徒職が、彼の司教職と呼ばれるのも、この意味である。その後、キリスト教会に、教えと助言によってキリストの群れを導く責任を負う長老が置かれると、この長老たちも司教と呼ばれた。テモテは長老だった。新約で長老という語は、年齢の呼び名であると同時に、役職の名でもある。しかし、彼は司教でもあった。また、当時の司教たちは、長老という称号に満足していた。それどころか、主に愛された使徒、聖ヨハネ自身が、その第二の手紙を、「長老から、選ばれた婦人へ」という言葉で始めている。ここから、使徒の時代には、司教、牧者、長老、博士、すなわち教師は、同じ役職の異なる名にすぎなかったことが明らかである。当時は、強制による統治はなく、教説と説得による統治だけがあったからである。神の王国は、新しい世において、まだ到来すべきものだった。したがって、国家がキリスト教信仰を受け入れるまでは、どの教会にも強制する権限はありえず、それゆえ、仕事に違いはあっても、権限の違いはなかった。

新約には、教会におけるこれらの教導の役職、すなわち使徒、司教、長老、牧者、博士のほかには、何も記されていない。彼らの召命は、ユダヤ人と不信者にキリストを告げ知らせ、信じた者たちを導き、教えることだった。福音書記者や預言者という名は、役職ではなく、それぞれの人が教会に役立つための、さまざまな賜物を意味するからである。福音書記者は、救い主の生涯と行いを書くことで役立った。使徒の聖マタイと聖ヨハネ、弟子の聖マルコと聖ルカ、そして、この主題について書いた他のすべての者がそうである。聖トマスと聖バルナバも、そうしたものを書いたといわれている。ただし、彼らの名で伝わる書を、教会は受け入れていない。預言者は、旧約を解釈する賜物によって、また、ときには自分に特に与えられた啓示を教会に告げることによって、役立った。これらの賜物も、異言の賜物も、悪霊を追い出し、他の病気を治す賜物も、その他の何ものも、人を教会の役職者にするものではなかった。そうするのは、教える職責への、適正な召命と選出だけだったのである。

教師の任命

使徒であるマティア、パウロ、バルナバは、救い主自身によって立てられたのでなく、教会、すなわちキリスト教徒の集会によって選ばれた。具体的には、マティアはエルサレム教会によって、パウロとバルナバはアンティオキア教会によって選ばれた。それと同じく、他の町の長老や牧者も、その町の教会によって選ばれた。その証拠として、まず、聖パウロがバルナバと共に使徒職を受けた直後、自分の改宗させた人々がいる町で、長老をどのように任命したかを考えよう。『使徒言行録』第十四章二十三節には、「彼らは教会ごとに長老を任命した」とある。一見すると、これは、彼ら自身が長老を選び、権限を与えた証拠と受け取れる。しかし原文を考えれば、長老たちは各町のキリスト教徒の集会によって権限を与えられ、選ばれたことが明らかになる。そこの言葉は、「ケイロトネーサンテス・アウトイス・プレスビュテルース・カト・エクレーシアン」、すなわち「各会衆で、挙手によって彼らのために長老を任命した後」というものだからである。さて、これらの町のすべてで、行政官や役人を選ぶ方法が、多数決だったことは、よく知られている。そして、賛成票と反対票を区別する通常の方法は挙手だったので、どの町でも、役人を任命するとは、人々を集め、多数の票によって選ばせることにすぎなかった。挙げた手の多数によるか、声の多数によるか、球、豆、小石の多数によるかは問わない。球などを用いる場合には、賛成または反対と記した容器に、各人が一つずつ投じた。この点では、町ごとに習慣が異なっていたからである。したがって、自分たちの長老を選んだのは集会だった。使徒たちは集会の議長にすぎず、その選挙のために人々を集め、選ばれたと宣言し、祝福を与えたのである。その祝福は、今日では聖別と呼ばれる。このため、使徒の不在時の長老たちのように、集会の議長を務めた者たちは、プロエストーテス、ラテン語ではアンティスティテースと呼ばれた。これらの語は、集会の筆頭に立つ者を意味する。その務めは、票を数え、それによって誰が選ばれたかを宣言し、同数なら自分の票を加えて、審議中の問題を決することだった。これが会議の議長の職務である。また、どの教会でも長老は同じ方法で任命されたのだから、『テトスへの手紙』第一章五節の「ヒナ・カタステーセース・カタ・ポリン・プレスビュテルース」、すなわち「私があなたをクレタに残したのは、町ごとに長老を立てるためである」のように、「立てる」という語が使われる箇所も、同じように理解しなければならない。すなわち、信徒たちを集め、多数決によって長老を任命させるべきだった、ということである。集会による以外の方法で行政官が選ばれるのを、おそらく一度も見たことのない町で、住民がキリスト教徒になったとき、自分たちの教師や指導者、すなわち長老、別名では司教を選ぶ方法として、この多数決以外のことを考えたとすれば、奇妙だったはずである。この方法こそ、聖パウロが『使徒言行録』第十四章二十三節の「ケイロトネーサンテス」という語で示しているものだからである。実際、皇帝たちが、司教たちの間の平和を保つため、その選出を規制する必要があると判断するまでは、司教は、各町それぞれのキリスト教徒の集会による以外に、選ばれたことがなかった。

同じことは、今日まで続くローマ司教の選出の慣行によっても確かめられる。ある場所の司教が、別の場所に同じ牧者職を設けるため、ある町を去る際に、その町でその職を継ぐ別の者を選ぶ権利をもっていたなら、自分が最後に住み、死んだ場所で、自分の後継者を任命する権利は、なおさらもっていたはずだからである。しかし、ローマ司教が自分の後継者を任命したという例は、見当たらない。彼らは長い間、民衆によって選ばれていた。このことは、ダマススとウルシキヌスの選挙をめぐって起こった騒乱からわかる。アンミアヌス・マルケリヌスによれば、その騒乱は激しく、長官ユウェンティウスは両派の間の平和を保てず、市外へ出ざるをえなくなった。また、その際、教会そのものの中で、百人以上の死者が見つかったという。その後、初めはローマの全聖職者によって、後には枢機卿たちによって選ばれるようになったが、それでも、前任者によって後継者に任命された者は、一人もいなかった。したがって、彼らが自分の後継者を任命する権利を主張しなかったなら、新たな権力を何らかの形で受けないかぎり、他の司教の後継者を任命する権利もなかった、と私は合理的に結論できると思う。その権力を教会から取り上げて彼らに与えられるのは、教会に教えるだけでなく、命令する適法な権限ももつ者だけだった。そして、それができたのは、市民的な主権者だけだった。

教会の職務担当者とは何か

職務担当者を意味するミニスターという語は、原語のディアコノスでは、自発的に他人の仕事を行う者を意味する。しもべとの違いは、ただこの点にある。しもべは、その身分によって、命じられることを行う義務を負う。それに対して、職務担当者は、引き受けたことだけによって義務を負い、したがって、引き受けた以上のことには拘束されない。それゆえ、神の言葉を教える者も、教会の世俗的な事務を管理する者も、ともに職務担当者であるが、仕える人格は異なる。『使徒言行録』第六章四節で「言葉の職務担当者」と呼ばれる教会の牧者は、その言葉の主であるキリストの職務担当者だからである。それに対し、同じ章の第二節で「食卓に仕えること」と呼ばれる執事の務めは、教会、すなわち会衆に対する奉仕である。したがって、個人であれ教会全体であれ、自分たちの牧者を、自分たちの職務担当者だということはできなかった。しかし執事については、会衆全体が、その者を自分たちの職務担当者と、適切に呼ぶことができた。引き受けた職責が、食卓に仕えることであれ、初期の時代のように、各町で共通の資金や献金によって暮らしていたキリスト教徒に生活費を配ることであれ、祈りの家や収入、その他教会の世俗的な事務を管理することであれ、同じである。

執事としての仕事は、会衆に仕えることだったからである。ただし、機会があれば、聖ステファノのように、それぞれの賜物に応じて、福音を宣べ伝え、キリストの教えを擁護することも怠らなかった。また、フィリポのように、宣教と洗礼の両方を行うこともあった。『使徒言行録』第八章五節でサマリアに福音を宣べ伝え、第三十八節で宦官に洗礼を授けたフィリポは、使徒のフィリポではなく、執事のフィリポだったからである。第一節によれば、フィリポがサマリアで宣教したとき、使徒たちはエルサレムにいたことが明らかである。また第十四節では、「サマリアが神の言葉を受け入れたと聞くと、ペトロとヨハネを彼らのもとへ遣わした」とある。洗礼を受けた者たちは、この二人の按手によって、以前フィリポの洗礼では受けていなかった聖霊を受けた(第十五節)。聖霊を与えるためには、教会の職務担当者ではなく、言葉の職務担当者が、その洗礼を執り行うか、それを確かなものとする必要があったからである。それゆえ、執事フィリポが洗礼を授けた者たちの洗礼を確かなものとするために、使徒たちは、自分たちの中からペトロとヨハネを、エルサレムからサマリアへ遣わした。この二人は、それまで洗礼だけを受けていた者たちに、当時、真に信じる者のすべてに伴っていた、聖霊のしるしとなる恵みを与えた。それが何だったかは、『マルコによる福音書』第十六章十七節の言葉から理解できる。「私の名を信じる者たちには、次のしるしが伴う。悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。蛇をつかみ、たとえ死に至るものを飲んでも、害を受けない。病人に手を置けば、その病人は癒やされる。」このようなことを行う力を、フィリポは与えられなかった。しかし、使徒たちは与えることができ、この箇所からわかるとおり、真に信じ、キリスト自身の職務担当者から洗礼を受けた一人一人に、実際に与えたのである。となれば、今日のキリストの職務担当者には、この力を与えることができないか、あるいは、真に信じる者がごく少ないか、キリストの職務担当者がごく少ないかの、いずれかである。

また、どのように選ばれたか

最初の執事たちが、使徒によってではなく、弟子たちの会衆、すなわちあらゆる種類のキリスト教徒によって選ばれたことは、『使徒言行録』第六章から明らかである。そこには、弟子の数が増えた後、十二使徒が彼らを呼び集め、使徒が神の言葉を離れて食卓に仕えるのはふさわしくないと告げたうえで、こういったとある。「兄弟たちよ、あなたがたの中から、評判がよく、聖霊と知恵に満ちた七人を選び出しなさい。その者たちに、この仕事を任せよう」(第三節)。ここから、使徒たちが当選を宣言したとしても、選んだのは会衆だったことが明らかである。このことは第五節で、「この言葉は大勢の人々を喜ばせ、彼らは七人を選んだ」などと書かれているところに、さらに明瞭に述べられている。

モーセの法のもとでの教会の収入について

旧約のもとでは、祭司職や教会の他の下位の役職に就く資格をもっていたのは、レビ族だけだった。土地は、レビ族を除く他の部族の間で分割された。ヨセフ族がエフライム族とマナセ族に分かれたので、それでも十二部族あった。レビ族には、住居となる幾つかの町と、家畜のためのその周辺の土地が割り当てられた。しかし、彼らの取り分としては、兄弟たちの土地の産物の十分の一を受けることになっていた。また、祭司たちは、生活のために、その十分の一のさらに十分の一を、供物やいけにえの一部と共に受けた。神がアロンに、「あなたは彼らの土地に相続地をもってはならず、彼らの間に取り分をもってもならない。イスラエルの子らの間で、私があなたの取り分、あなたの相続地である」といったからである(『民数記』第十八章二十節)。当時、神は王であり、レビ族を自分の公的な職務担当者に定めたので、その生活のため、公の収入、すなわち神が自分のために留保した部分である、十分の一税と供物を与えたのである。神が「私があなたの相続地である」というのは、この意味である。したがって、レビ人には、くじ、または相続分を意味するクレーロスから来た、クレルギー、すなわち聖職者という名を与えても、不適切ではない。それは、彼らが他の者より特に神の王国の相続人だったということではなく、神の取り分が、彼らの生活を支えていたということである。さて、この時代には、神自身が彼らの王であり、モーセ、アロン、それに続く大祭司たちが、その代理者だった。したがって、十分の一税と供物に対する権利が、市民的な権力によって定められたことは明らかである。

王を求めて神を退けた後も、彼らは同じ収入を享受した。しかし、その権利は、王たちがそれを彼らから取り上げなかったということから生じた。公の収入を処分する権限は、公の人格である者にあり、捕囚までは、それは王だったからである。また、捕囚から帰った後も、彼らは以前と同様、祭司に十分の一税を納めた。それゆえ、ここまで、教会の生計は、市民的な主権者によって定められていた。

救い主の時代と、その後

救い主と使徒たちの生計については、財布をもっており、それをイスカリオテのユダが持っていたこと、使徒のうち漁師だった者たちは、ときどきその職業に従事したこと、また、救い主が十二使徒を宣教に遣わすとき、「財布に金も銀も銅も入れて持って行くな。働く者は、その報酬を受けるに値するからである」と禁じたことだけが、記されている(『マタイによる福音書』第十章九、十節)。ここから、その通常の生計は、務めにふさわしいものだったと考えられる。その務めは、第八節にあるとおり、「無償で受けたのだから、無償で与える」ことだったからである。そして、その生計を支えたのは、彼らが各地に運ぶ、救い主メシアの到来のよい知らせを信じた人々の、自発的な贈り物だった。これに、救い主によって病を癒やされた者たちの、感謝からの拠出も加えられる。そのような者として、次の人々が記されている。「悪霊や病気を癒やされた幾人かの婦人たち。七つの悪霊を追い出していただいたマグダラのマリア、ヘロデの家令クザの妻ヨハナ、スザンナ、その他多くの婦人たちであり、自分たちの財産をもって救い主に仕えていた」(『ルカによる福音書』第八章二、三節)。

救い主の昇天の後、各町のキリスト教徒は、土地や財産を売って得た金を、義務からではなく、自発的に使徒たちの足元に置き、それによって共同で暮らしていた(『使徒言行録』第四章三十四節)。聖ペトロがアナニアにいうとおり、「土地は、売らずにおけば、あなたのものではなかったか。売った後も、代金はあなたの思いどおりになったではないか」(同第五章四節)。これは、望まなければ何も拠出する義務がなかったので、土地や金を手元に残すために、嘘をつく必要はなかったことを示している。また、使徒の時代と同じく、その後、大コンスタンティヌスの時代を過ぎるまで、キリスト教会の司教や牧者の生計は、その教えを受け入れた人々の自発的な拠出だけによっていたことがわかる。十分の一税については、まだ何もいわれていなかった。しかし、コンスタンティヌスとその息子たちの時代、キリスト教徒の牧者への愛情は強かった。そのため、アンミアヌス・マルケリヌスは、司教職をめぐるダマススとウルシキヌスの騒乱を述べ、その座は争うだけの値打ちがあったといっている。当時の司教たちは、信徒、特に婦人たちの気前のよさのおかげで、華やかに暮らし、馬車に乗り、食事も衣服も豪華だったからである。

福音の職務担当者は、信徒たちの好意で暮らしていた

しかし、ここで、当時の牧者は、施しに頼るように、自発的な拠出に頼って暮らさなければならなかったのか、と尋ねる者がいるかもしれない。聖パウロは、「誰が自費で戦争に赴くだろうか。あるいは、誰が群れを飼い、その乳を飲まずにいるだろうか」といっているからである(『コリントの信徒への手紙一』第九章七節)。また同章第十三節には、「聖なることに携わる者は神殿のものによって暮らし、祭壇に仕える者は祭壇のものにあずかることを、知らないのか」とある。すなわち、生活のために、祭壇に献げられたものの一部を受けるということである。そして、こう結論する。「同じように、主は、福音を宣べ伝える者は福音によって暮らすよう定められた。」この箇所から、教会の牧者は信徒たちによって扶養されるべきだとは、確かに推論できる。しかし、牧者自身が、自分の給付の量や種類を決め、いわば自分の取り分を自分で切り取るべきだった、とは推論できない。したがって、その給付は、信徒の一人一人の感謝と気前のよさによってか、会衆全体によってかの、いずれかで決められなければならない。会衆全体によっては、決められなかった。当時、その決議は法律ではなかったからである。それゆえ、皇帝や市民的な主権者が、それを定める法律を作る以前の牧者の生計は、好意による贈り物だけだった。祭壇に仕える者は、献げられたものによって暮らした。同じように、牧者も信徒たちが差し出すものを受け取ることはできるが、差し出されないものを取り立てることはできない。裁判所をもたなかった者たちが、その給付を求めて、どこの法廷に訴えただろうか。あるいは、仲間の間に仲裁人がいたとしても、その役人に武力を与える権力がないのに、誰がその判断を執行しただろうか。したがって、教会のどの牧者にも、会衆全体によるのでなければ、定まった生活費を割り当てることはできなかった。そして、それができるのも、会衆の決議が、単なるカノンだけでなく、法律の力ももつ場合に限られた。その法律を作ることができたのは、皇帝、王、その他の市民的な主権者だけである。モーセの法における十分の一税の権利を、当時の福音の職務担当者に適用することはできなかった。モーセと大祭司たちは、神のもとで民の市民的な主権者であり、ユダヤ人の間には神の王国が現に存在したからである。それに対して、キリストによる神の王国は、まだ来るべきものなのである。

ここまで、教会の牧者とは何か、その委任の内容は何か、すなわち、宣べ伝え、教え、洗礼を授け、それぞれの会衆の議長を務めることであることを示した。また、教会の譴責、すなわち破門とは何かも示した。これは、市民法がキリスト教を禁じる場所では、破門された者との交わりから自分たちが退くことであり、市民法がキリスト教を命じる場所では、破門された者をキリスト教徒の会衆から追い出すことである。さらに、教会の牧者や職務担当者を選んだのは誰か、それは会衆だったこと、彼らを聖別し祝福したのは誰か、それは牧者だったこと、彼らに当然帰すべき収入は何か、それは自分の財産、自分の労働、敬虔で感謝に満ちたキリスト教徒の自発的な拠出以外にはなかったことも示した。今度は、市民的な主権者であって、キリスト教信仰も受け入れた者たちが、教会の中でどのような職務をもつかを考えなければならない。

市民的な主権者がキリスト教徒なら、牧者を任命する権利をもつ

まず思い出さなければならないのは、平和に適し、臣民に教えるべき教説が何かを判断する権利は、すでに第十八章で証明したとおり、すべての国家において、市民的な主権に不可分に結びついているということである。その主権が一人の人にあろうと、人々の合議体にあろうと、同じである。人々の行為が、その行為から自分に及ぶ善悪についての意見から生じることは、最も理解力の乏しい者にも明らかだからである。したがって、主権に従うほうが、背くよりも自分に有害だという意見を一度抱けば、人々は法律に背き、それによって国家を倒し、混乱と内戦を招く。その混乱と内戦を避けるためにこそ、あらゆる市民的な統治は設けられたのである。このため、異教徒のすべての国家において、主権者は民の牧者という名をもってきた。その許可と権限によらずに、適法に民を教えられる臣民は、一人もいなかったからである。

異教徒の王たちのこの権利が、キリストへの信仰に改宗することで奪われたとは、考えられない。キリストは、王が自分を信じたために廃位されるべきだとは、決して定めなかったからである。廃位されるとは、キリスト自身以外の誰かに服させられること、あるいは、同じことだが、臣民の間の平和を守り、外国の敵から彼らを防衛するのに必要な権力を奪われることである。したがって、キリスト教徒の王は、引き続き、自国民の最高の牧者であり、教会、すなわちその世話を委ねられた民を教えるため、自分の望む牧者を任命する権力をもつ。

また、王たちの改宗以前のように、牧者を選ぶ権利が教会に属するとしよう。すでに本章で示したとおり、使徒自身の時代には、そうだった。それでも、その権利は、やはりキリスト教徒である市民的な主権者に属することになる。彼はキリスト教徒であるかぎりで、その教えを許し、主権者、言い換えれば教会を代表する者であるかぎりで、彼が選ぶ教師は、教会によって選ばれるからである。また、キリスト教国家において、キリスト教徒の集会が牧者を選ぶとき、その者を選ぶのは主権者である。その権限によって行われるからである。それは、ある町が市長を選ぶとき、それが主権をもつ者の行為であるのと同じである。あらゆる行為は、その同意なしには無効となる相手の行為だからである。したがって、民衆や聖職者による牧者の選挙について、歴史からどのような例が挙げられても、それは市民的な主権者の権利に反する論拠にはならない。選んだ者たちは、その主権者の権限によって行ったからである。

それゆえ、すべてのキリスト教国家では、市民的な主権者が最高の牧者であり、臣民という群れ全体の世話を委ねられている。したがって、他のすべての牧者が立てられ、教え、その他あらゆる牧者の務めを果たす権力をもつのも、その主権者の権限による。ここから、他のすべての牧者が、教授、宣教、その他その職に属する働きの権利を、市民的な主権者から得ること、また、その職務担当者にすぎないことも帰結する。それは、町の行政官、法廷の裁判官、軍隊の指揮官が、すべて、国家全体の行政官、あらゆる事件の裁判官、全軍の指揮官である者の職務担当者にすぎないのと同じである。その者は、つねに市民的な主権者である。その理由は、教える者が臣民だからではなく、教わるべき者が臣民だからである。キリスト教徒の王が、自分の領土で牧者を任命する権限を、別の王に委ねたとしよう。多くのキリスト教徒の王が、教皇にその権力を認めているのと同様である。しかし、それによって、自分の上に牧者を置くのでも、国民の上に主権をもつ牧者を置くのでもない。それでは、市民的な権力を自分から奪うことになるからである。その権力は、主権者への義務について人々が抱く意見と、来世の罰に対する恐れとに依存している。したがって、そうすれば、教師たちの力量と忠誠にも依存することになるが、教師たちも、他のどの種類の人々にも劣らず、野心だけでなく無知にも陥りやすいのである。それゆえ、外国人が教師を任命する権限をもつ場合、それを与えたのは、その教師が教える領土の主権者である。キリスト教の教師たちは、われわれにキリスト教を教える教師である。しかし、王は家族の父であり、外国人の推薦によって、臣民のための教師を受け入れることはできても、その命令によって受け入れることはできない。特に、悪く教えることが、その推薦者の大きな明白な利益となる場合は、そうである。また、公共の利益に役立つ期間を超えて、彼らを留める義務もない。主権の他の本質的な権利を何か一つでも保持するかぎり、主権者は、その公共の利益を守る責任を負っているのである。

主権者の牧者としての権限だけが神の法によるものであり、他の牧者の権限は市民法による

したがって、職務を行う牧者に対して、祭司長と民の長老たちが救い主に尋ねたように、「何の権限でこれらのことを行うのか。誰がその権限を与えたのか」と尋ねるなら(『マタイによる福音書』第二十一章二十三節)、牧者には、国家を代表する王または合議体から与えられた国家の権限によって行う、という以外に、正当な答えはできない。最高の牧者を除くすべての牧者は、市民的な主権者の権利、すなわちその権限によって、つまりユーレ・キウィーリー、市民法により、その職責を果たす。しかし、王および他のすべての主権者は、神から直接に受ける権限によって、すなわち神の権利において、つまりユーレ・ディーウィーノー、神の法により、最高の牧者の職務を果たす。それゆえ、王以外の者は、神だけに服従するしるしとして、「デイー・グラーティアー・レークス」、すなわち「神の恩寵による王」などと称号に加えることはできない。司教は、その命令書の冒頭に、「国王陛下の恩恵により、何々の教区の司教」と、あるいは市民的な職務担当者と同じく、「陛下の御名において」と書くべきである。「ディーウィーナー・プローウィデンティアー」、すなわち「神の摂理により」というのは、言い方を変えていても「神の恩寵により」と同じだからである。それによって彼らは、市民的な国家から権限を受けたことを否定し、市民としての服従の首輪をひそかに外すのである。それは、国家の統一と防衛に反する。

キリスト教徒の王は、あらゆる種類の牧者の職務を行う権力をもつ

しかし、すべてのキリスト教徒の主権者が、自分の臣民の最高の牧者であるなら、宣教する権限だけでなく、洗礼を授け、主の晩餐の聖礼典を執り行い、神の奉仕のために聖堂も牧者も聖別する権限をもつように思われる。宣教については、おそらく誰も否定しないだろうが、後者については、大多数が否定する。一つには、王が通常それを行わないからであり、もう一つには、聖礼典を執り行い、人や場所を聖なる用途に聖別するには、使徒の時代から同様の按手を代々受け、同じ職務に任命されてきた人々の手を置く必要があるからである。したがって、キリスト教徒の王に洗礼と聖別を行う権力があることを証明するには、なぜ王が通常それを行わないのか、また、通常の按手の儀式なしに、どうして、望めば行える資格を得るのか、その両方の理由を示さなければならない。

王が諸学問に通じているなら、大学で他の者に講義する権限を与えるのと同じ、その職務の権利によって、自ら講義することもできるのは、疑いない。しかし、国家の仕事の全体に対する配慮が、その時間をすべて占めるので、王自身がその個別の仕事に携わるのは適切ではない。また、王は望めば、自分の名で他の者に裁判する権限を与えるのと同じく、自ら裁判の席に着き、あらゆる種類の事件を審理し、決定することもできる。ただし、命令と統治の責任があるため、つねに舵を取り続け、補助的な職務は、配下の他の者に委ねざるをえない。同様に、救い主も、確かに洗礼を授ける権力をもっていたが、自分では誰にも洗礼を授けず、使徒や弟子を遣わして授けさせた(『ヨハネによる福音書』第四章二節)。聖パウロもまた、さまざまな遠く隔たった場所で宣教する必要があったため、わずかな者にしか洗礼を授けなかった。コリント人全体のうち、彼が洗礼を授けたのは、クリスポ、ガイオ、ステファヌスだけだった(『コリントの信徒への手紙一』第一章十四、十六節)。その理由は、彼の主な職責が宣教だったからである(同第十七節)。ここから、教会の統治のような、より大きな職責は、より小さな職責を免れる理由となることが明らかである。したがって、キリスト教徒の王が通常、洗礼を授けない理由は明らかであり、今日、司教から洗礼を受ける者が少なく、教皇から受ける者はさらに少ないのも、同じ理由である。

また、按手について、それが、王に洗礼や聖別の権限を与えるために必要かどうかは、次のように考えられる。

按手は、ユダヤ人の間で、きわめて古い公の儀式だった。それによって、人の祈り、祝福、いけにえ、聖別、断罪、その他の発言で意図される人物や物が、指し示され、確定された。たとえば、ヤコブはヨセフの子らを祝福するとき、「右手を弟のエフライムの上に、左手を長子マナセの上に置いた」(『創世記』第四十八章十四節)。ヨセフが子らを立たせた位置のため、そうするには腕を交差させなければならなかったが、ヤコブは承知のうえでそうした。どちらに、より大きな祝福を与えるつもりかを示すためである。同様に、焼き尽くす献げ物を献げる際、アロンは、「雄牛の頭に手を置く」よう命じられ(『出エジプト記』第二十九章十節)、また「雄羊の頭に手を置く」よう命じられている(同第十五節)。同じことは、『レビ記』第一章四節と第八章十四節にも、繰り返されている。また、モーセは、ヨシュアをイスラエル人の指揮官に任命したとき、すなわち神の奉仕のために聖別したとき、「彼に手を置き、職責を与えた」(『民数記』第二十七章二十三節)。戦争で誰に従うべきかを、指し示し、確定したのである。また、レビ人の聖別において、神は、「イスラエルの子らが、レビ人の上に手を置く」よう命じた(同第八章十節)。さらに、主を冒瀆した者の断罪において、神は、「それを聞いた者はみな、その頭に手を置き、会衆全体で石を投げつける」よう命じた(『レビ記』第二十四章十四節)。なぜ、祭司、レビ人、その他の司法の職務担当者ではなく、それを聞いた者だけが、手を置くべきだったのか。それは、冒瀆して死ぬべき者が誰かを指し示し、会衆の目に示せるのは、その者たちだけだったからではないか。また、人や他の物を、手によって目に指し示すほうが、名によって耳に知らせるよりも、間違いが少ないのである。

この儀式は非常によく守られていた。そのため、会衆全体を一度に祝福するときは、按手では行えないにもかかわらず、「アロンは、民を祝福するとき、その方に向かって手を上げた」(『レビ記』第九章二十二節)。また、異教徒の間の聖堂の聖別でも、祭司が、聖別の言葉を述べる間ずっと、聖堂の柱のどれかに手を置くという、同様の儀式があったと記されている。神への公の奉仕において、言葉で耳に知らせるより、手で目に確かめさせて、個々のものを指し示すことは、これほど自然なのである。

それゆえ、この儀式は、救い主の時代に新しいものではなかった。娘が病気だったヤイロは、救い主に、娘を癒やしてほしいとではなく、「娘に手を置き、癒やされるようにしてほしい」と願ったからである(『マルコによる福音書』第五章二十三節)。また、『マタイによる福音書』第十九章十三節には、「人々は、手を置いて祈っていただこうと、小さな子供たちを連れて来た」とある。

この古い儀式に従って、使徒や長老、また長老団そのものも、牧者に任命する者たちに手を置き、同時に、彼らが聖霊を受けるよう祈った。それは一度だけでなく、新しい機会が生じると、ときには繰り返し行われた。しかし、目的はつねに同じだった。すなわち、一般的な牧者の職責に、あるいは特定の派遣に任命される人物を、明確に、宗教的な仕方で指し示すことである。こうして、『使徒言行録』第六章六節では、「使徒たちは祈り」、七人の執事に「手を置いた」。これは、聖霊を与えるためではなかった。直前の第三節からわかるように、彼らは選ばれる前から、聖霊に満ちていたからである。そうではなく、その職に就く者として指し示すためだった。また、執事フィリポがサマリアで何人かを改宗させた後、ペトロとヨハネが下って行き、「彼らに手を置くと、彼らは聖霊を受けた」(同第八章十七節)。この権力は、使徒だけでなく長老にもあった。聖パウロはテモテに、「軽々しく誰にでも手を置いてはならない」、すなわち、軽率に人を牧者の職に指名してはならないと勧めているからである(『テモテへの手紙一』第五章二十二節)。また、同第四章十四節にあるとおり、長老団全体がテモテに手を置いた。しかしこれは、長老団の指名によって、ある者たちがそうしたと理解すべきである。おそらく、そのプロエストース、すなわち代弁者だったと思われ、それは聖パウロ自身だったかもしれない。パウロは『テモテへの手紙二』第六節で、「私の按手によって、あなたのうちにある神の賜物を、再び燃え立たせなさい」といっているからである。ここでついでに注意すべきなのは、聖霊によって意味されるのは、三位一体の第三の人格ではなく、牧者の職に必要な賜物だということである。また、聖パウロが二度按手を受けたことも記されている。一度は、洗礼の際に、ダマスコでアナニアから受け(『使徒言行録』第九章十七、十八節)、もう一度は、初めて宣教に送り出される際、アンティオキアで受けた(同第十三章三節)。したがって、牧者の任命におけるこの儀式の用途を考えれば、それは、そのような権力を与える相手を指し示すことだった。しかし、当時、すでに教える権力をもつキリスト教徒がいたとすれば、その者に洗礼を授けること、すなわちキリスト教徒にすることは、新しい権力を与えるのではなく、ただ真の教説を宣べ伝えさせること、つまり、その権力を正しく使わせることだったはずである。それゆえ、按手は不要であり、洗礼だけで十分だったはずである。さて、すべての主権者は、キリスト教徒となる以前から、教え、教師を任命する権力をもっていた。したがって、キリスト教は彼らに新しい権利を与えず、ただ真理を教える道へ導いただけだった。そのため、洗礼や聖別のような、牧者の職務のどの部分を行う権限を得るにも、洗礼の際に行われるもの以外の按手は必要なかった。また旧約でも、主権が大祭司に属していた間は、祭司だけが聖別する権利をもっていたが、主権が王に属したときは、そうではなかった。『列王記上』第八章には、ソロモンが民を祝福し、神殿を聖別し、今日、すべてのキリスト教会堂や礼拝堂の聖別の模範となっている、あの公の祈りを述べたとあるからである。ここから、彼には、教会を統治する権利だけでなく、教会の職務を行う権利もあったことがわかる。

市民的な主権者がキリスト教徒なら、自分の領土内の教会の首長である

キリスト教徒の主権者に、政治的な権利と教会の権利とがこのように統合されていることから、彼らは、臣民に対し、政治と宗教の両面で、人々の外面的な行為を統治するために人間に与えうる、あらゆる種類の権力をもつことが明らかである。また、臣民が国家であるという点でも、教会であるという点でも、その臣民を統治するために最も適切だと自分が判断する法律を作ることができる。国家も教会も、同じ人々だからである。

したがって、望むなら、現在多くのキリスト教徒の王が行っているように、宗教に関する臣民の統治を教皇に委ねることもできる。しかし、その場合、教皇はその点で王たちに従属し、他人の領土でその職責を果たすのは、ユーレ・キウィーリー、すなわち市民的な主権者の権利によるのであって、ユーレ・ディーウィーノー、すなわち神の権利によるのではない。それゆえ、主権者が、臣民の利益のために必要だと考えるときには、その職を解くこともできる。また、望むなら、宗教の世話を一人の最高の牧者、あるいは牧者たちの合議体に委ね、教会に対する権力や、牧者相互の間の権力を、最も適切だと考えるだけ与えることができる。司教、大司教、祭司、長老といった、望みどおりの名誉ある称号を与え、十分の一税によるにせよ、他の方法によるにせよ、その生計について、望みどおりの法律を作ることもできる。ただし、誠実な良心から行わなければならず、その良心の裁判官は神だけである。正典の聖書の裁判官と解釈者を任命するのは、市民的な主権者である。聖書を法律とするのは、その者だからである。破門に力を与えるのも、その者である。頑迷で放縦な者たちを屈服させ、教会の他の者たちとの一致に戻すような法律と処罰がなければ、破門は軽蔑されるだろう。要するに、主権者は、行為と言葉に関するかぎり、教会的な事件でも市民的な事件でも、あらゆる事件で最高の権力をもつ。知られ、告発されうるのは、それらだけだからである。そして、告発できない事柄には、心を知る神以外に、裁判官はいない。これらの権利は、君主であれ合議体であれ、すべての主権者に伴う。キリスト教の民の代表者は、教会の代表者だからである。教会と、キリスト教の民からなる国家とは、同じものなのである。

ベラルミーノ枢機卿の『最高教皇について』の検討

私がここで述べたことと、本書の他の箇所で述べたことは、キリスト教徒の主権者に最高の教会権力が属することを示すのに、十分明白だと思われる。しかし、ローマ教皇が普遍的にその権力をもつという主張を、主として擁護してきたのは、『最高教皇について』という論争書の中のベラルミーノ枢機卿であり、その擁護は、おそらく可能なかぎり強力なものだったと思う。それゆえ、その議論の根拠と力を、できるだけ簡潔に検討する必要があると考えた。

第一巻

彼がこの主題について書いた五巻のうち、第一巻には、三つの問いが含まれている。一つは、一般に最もよい統治は、君主制、貴族制、民主制のどれかという問いである。彼は、どれでもなく、三つすべての混合による統治が最もよいと結論する。もう一つは、このうちどれが教会にとって最もよい統治かという問いである。彼は混合によるものだが、君主制の要素を最も多く含むべきだと結論する。第三は、この混合された君主制において、聖ペトロが君主の地位を占めたかという問いである。彼の第一の結論については、人々が従う義務を負うすべての統治は、単一かつ絶対的であることを、私はすでに第十八章で十分に証明した。君主制では、最高の地位にあるのは、ただ一人である。国家で何らかの権力をもつ他のすべての者は、その委任によって、その意にかなう間だけ権力をもち、その名において行使する。また、貴族制と民主制では、最高の合議体はただ一つであり、君主制では君主に属するのと同じ権力をもつ。それは混合された主権ではなく、絶対的な主権である。そして、三種類のうちどれが最もよいかは、いずれかがすでに設けられているところでは、論争すべきではない。現在あるものを、つねに優先し、維持し、最もよいものと見なすべきである。それを転覆させる方向の行為をすることは、自然法にも、神の実定法にも反するからである。さらに、どの種類の統治が最もよいかは、市民的な主権をもつ場合を除き、どの牧者の権力とも関係がない。牧者の召命は、命令で人々を治めることではなく、教え、論拠によって説得し、教えられた教説を受け入れるか拒むかは、人々自身の考慮に委ねることだからである。君主制、貴族制、民主制は、三種類の牧者ではなく、三種類の主権者を示す。あるいは、子供たちのための三種類の教師ではなく、三種類の家長を示す、といってもよい。

したがって、教会の最善の統治形態に関する第二の結論は、教皇が自分の領土の外でもつ権力という問題と、何の関係もない。他のすべての国家では、教皇に権力があるとしても、それはただ教師の権力であって、家長の権力ではないからである。

聖ペトロは教会の君主だったという第三の結論について、彼は、主要な論拠として、『マタイによる福音書』第十六章十八、十九節の箇所を挙げる。「あなたはペトロである。この岩の上に、私は私の教会を建てる」云々。「私はあなたに天の鍵を与える。あなたが地上で縛ることは、何でも天で縛られ、あなたが地上で解くことは、何でも天で解かれる。」この箇所をよく考えてみれば、証明されるのは、キリストの教会が、その土台として、ただ一つの信条をもつことだけである。すなわち、ペトロがすべての使徒の名において表明し、それによって、救い主がここに引用した言葉を語るきっかけを与えた、あの信条である。これを明確に理解するには、救い主が、自ら、洗礼者ヨハネを通じて、また使徒たちを通じて宣べ伝えたのは、「自分はキリストである」という信仰箇条だけだったことを、考えなければならない。他のすべての信条は、この信条に基づくものとして以外に、信仰を求めるものではなかった。初めにヨハネは、「神の王国が近づいた」ということだけを宣べ伝え始めた(『マタイによる福音書』第三章二節)。次に、救い主自身が、同じことを宣べ伝えた(同第四章十七節)。そして、十二使徒に委任を与えたときも、これ以外の信条を宣べ伝えることには、何も触れていない(同第十章七節)。これが根本的信条、すなわち教会の信仰の土台だった。その後、使徒たちが帰って来ると、救い主は、ペトロだけでなく全員に、「人々は私を誰だといっているか」と尋ねた(同第十六章十三節)。彼らは、「洗礼者ヨハネという者も、エリヤという者も、エレミヤや預言者の一人という者もいる」と答えた。そこで、またペトロだけでなく全員に、「あなたがたは、私を誰だというか」と尋ねた(第十五節)。それでペトロが、全員を代表して、「あなたはキリスト、生ける神の子です」と答えた。これが、私のいう、教会全体の信仰の土台である。この言葉をきっかけに、救い主は、「この石の上に、私は私の教会を建てる」という。ここから、教会の礎石によって意味されたのは、教会の信仰の根本的信条だったことが明らかである。では、なぜ救い主は、「あなたはペトロである」という言葉を挟むのか、と反論する者がいるだろう。この箇所の原語が厳密に訳されていれば、その理由は容易に明らかになったはずである。したがって、使徒シモンには、「石」という添え名があったことを考えなければならない。シリア語のケファも、ギリシャ語のペトロスも、その意味である。それゆえ、救い主は、その根本的信条の告白の後で、彼の名に掛けて、英語なら次のようにいったのである。「あなたは『石』である。そして、この石の上に、私は私の教会を建てる。」これは、「私はキリストである」という信条こそ、私の教会の成員となる者に私が求める、すべての信仰の土台である、というに等しい。日常の会話で、名前にこのように掛けることは、珍しくもない。しかし、救い主が、聖ペトロという人物の上に教会を建てるつもりで、「あなたは石である。そして、この石の上に、私は私の教会を建てる」といったのであれば、奇妙で曖昧な発言だったはずである。「あなたの上に、私は私の教会を建てる」と、曖昧さなく簡単にいえたからである。そういっても、彼の名への同じ言葉掛けは、なお残ったはずである。

続く「私はあなたに天の鍵を与える」などという言葉も、救い主が、他のすべての弟子にも与えたことを超えるものではない。『マタイによる福音書』第十八章十八節には、「あなたがたが地上で縛ることは、何でも天で縛られ、あなたがたが地上で解くことは、何でも天で解かれる」とある。しかし、どのように解釈するにせよ、ここで与えられた権力が、すべての最高の牧者に属することは疑いない。キリスト教徒であるすべての市民的な主権者は、それぞれの領土で、そのような牧者なのである。したがって、聖ペトロや救い主自身が、そのような主権者の誰かを改宗させ、救い主を信じ、その王国を認めさせたとしても、救い主の王国はこの世のものではないので、その臣民を改宗させる最高の配慮は、その主権者だけに委ねたはずである。そうでなければ、教える権利が不可分に結びついている主権を、その者から奪わなければならなかった。以上が、聖ペトロは教会、すなわち世界中のすべてのキリスト教徒の普遍的な君主だったと証明しようとする、彼の第一巻への反駁である。

第二巻

第二巻には、二つの結論がある。一つは、聖ペトロがローマ司教であり、そこで死んだこと、もう一つは、ローマ教皇はその後継者だということである。どちらも、他の人々によって論争されてきた。しかし、これらを真実だと仮定しても、ローマ司教によって、教会の君主、あるいは最高の牧者を意味するなら、その司教だったのは、シルウェステルではなく、最初のキリスト教徒の皇帝であるコンスタンティヌスだった。そして、コンスタンティヌスと同じく、他のすべてのキリスト教徒の皇帝も、権利上、ローマ帝国の最高の司教だった。ローマ帝国の、と私はいうのであって、全キリスト教世界の、というのではない。他のキリスト教徒の主権者も、それぞれの領土で、主権に本質的に結びつく職務として、同じ権利をもっていたからである。これを、彼の第二巻への答えとしよう。

第三巻

第三巻で、彼は、教皇が反キリストであるかという問題を扱う。私としては、聖書がこの名を用いる意味で、教皇がそうだと証明する論拠は見当たらない。また、教皇が他の君主や国家の領土で行使し、あるいは以前に行使していた権限に反論するために、反キリストの性質から何らかの論拠を引き出そうとも思わない。

旧約の預言者たちが預告し、ユダヤ人たちが待ち望んだのが、彼らの間に神の王国を再建するメシア、すなわちキリストだったことは、明らかである。その王国は、サムエルの時代、彼らが他の国々のように王を求めたときに、自ら退けたものだった。この期待のため、彼らは、王国の獲得を企てる野心と、偽りの奇跡、偽善的な生活、もっともらしい演説や教説によって民を欺く技術とを兼ね備えた、あらゆる者の詐欺に陥りやすくなった。それゆえ、救い主と使徒たちは、偽預言者と偽キリストについて、人々に前もって警告した。偽キリストとは、キリストではないのに、そうであると称する者であり、本来、反キリストと呼ばれる。それは、二人の教皇が選ばれて教会に分裂が生じるとき、一方が他方をアンティパパ、すなわち偽教皇と呼ぶのと同じ意味である。したがって、本来の意味での反キリストには、二つの本質的なしるしがある。一つは、イエスがキリストであることを否認すること、もう一つは、自分がキリストであると公言することである。第一のしるしは、聖ヨハネがその第一の手紙、第四章三節で述べている。「イエス・キリストが肉において来たことを告白しない霊は、すべて神から出たものではない。そして、これが反キリストの霊である。」もう一つのしるしは、救い主の次の言葉に表されている。「多くの者が私の名によって来て、私がキリストだというであろう」(『マタイによる福音書』第二十四章五節)。また、「誰かが、見よ、ここにキリストがいる、あそこにいる、といっても、信じてはならない」ともある。したがって、反キリストは、偽キリスト、すなわち自分がキリストだと称する者の一人でなければならない。そして、「イエスがキリストであることを否認すること」と、「自分がキリストであると主張すること」という二つのしるしから、その者が「真のキリストであるイエスの敵対者」でもあることが帰結する。これも、反キリストという語の、もう一つの通常の意味である。しかし、この多くの反キリストのうち、特に一人、ホ・アンティクリストス、すなわち「あの反キリスト」がいる。これは、ある特定の人物として、限定して反キリストというのであって、不特定に、一人の反キリストというのではない。さて、ローマ教皇は、自分がキリストだと称しもしなければ、イエスがキリストであることを否認しもしない。それゆえ、どのようにして反キリストと呼べるのか、私にはわからない。この語は、偽ってキリストの代理者や総代理者を名乗る者ではなく、キリスト本人だと称する者を意味するからである。この特定の反キリストの時期についても、あるしるしがある。『マタイによる福音書』第二十四章十五節によれば、ダニエルが語った、あの忌まわしい破壊者が聖なる場所に立ち(『ダニエル書』第九章二十七節)、世の初め以来なく、今後も二度とないほどの苦難があるときである。その苦難が長く続くなら、「救われる肉なる者は一人もいない。しかし、選ばれた者たちのために、その日々は短くされる」、すなわち少なくされるという(『マタイによる福音書』第二十四章二十二節)。しかし、その苦難はまだ来ていない。その直後には、太陽と月が暗くなり、星が落ち、天が揺り動かされ、救い主が雲のうちに栄光をもって再び来るはずだからである(第二十九節)。したがって、あの反キリストは、まだ来ていない。それに対して、多くの教皇は、すでに現れ、去っている。確かに教皇は、すべてのキリスト教徒の王や国々に法律を与えることを自任し、キリストが引き受けなかった、この世の王国を簒奪している。しかし、それはキリスト本人として行うのではなく、キリストのために行うのであって、そこには、あの反キリストの性質は何もない。

第四巻

第四巻では、教皇が、信仰と行いに関するすべての問題の最高の裁判官であること、すなわち、世界中のすべてのキリスト教徒の絶対的な君主であることを証明するため、彼は三つの命題を挙げる。第一に、その判断は誤ることがない。第二に、教皇は真の法律を作り、それを守らない者を罰することができる。第三に、救い主は、教会のあらゆる裁判権を、ローマ教皇に与えた、という命題である。

信仰の問題についての教皇の判断が誤らないことを示すとされる聖句

教皇の判断が誤らないことについて、彼は聖書を引用する。第一に、『ルカによる福音書』第二十二章三十一節である。「シモン、シモン、サタンは、あなたがたを麦のようにふるいにかけたいと願った。しかし私は、あなたの信仰が尽きないよう、あなたのために祈った。あなたは立ち帰ったら、兄弟たちを力づけなさい。」ベラルミーノの説明によれば、これは、キリストがここでシモン・ペトロに二つの特権を与えた、ということである。一つは、彼の信仰も、どの後継者の信仰も、尽きないこと。もう一つは、彼自身も、その後継者の誰も、信仰や行いについてのどのような点も、誤って、あるいは以前の教皇の定義に反して、定義することが決してない、ということである。これは奇妙で、ひどく無理な解釈である。しかし、その章を注意して読む者は、聖書全体のどこにも、この箇所以上に教皇の権限に反する箇所はないとわかるだろう。祭司や律法学者が過越祭に救い主を殺そうとし、ユダが裏切りを決意し、過越のいけにえを屠る日が来たとき、救い主は使徒たちと共に祭りを祝い、神の王国が来るまでは、もうこれを行わないといった。同時に、彼らの一人が自分を裏切ると告げた。すると彼らは、誰がそうするのかを互いに問い、また、師が次に過越祭を祝うのは王となるときだと考えて、そのとき誰がより偉くなるかを争い始めた。そこで救い主は、国々の王は臣民を支配し、ヘブライ語で、気前のよい者を意味する名で呼ばれるが、私はあなたがたに対してそうすることはできず、あなたがたは互いに仕えるよう努めなければならない、と告げた。私はあなたがたに王国を授けるが、それは父が私に授けたような王国である。私が今、自分の血によって買い取るべき王国であり、再臨までは所有しない王国である。そのとき、あなたがたは私の食卓で飲食し、王座に着いて、イスラエルの十二部族を裁くだろう、と。そして、聖ペトロに向かってこういった。シモン、シモン、サタンは、現在の支配をほのめかして、将来の支配についてのあなたがたの信仰を弱めようとしている。しかし私は、あなたの信仰が尽きないように祈った。それゆえ、あなたは立ち帰り、私の王国が別の世のものであると理解したら、兄弟たちにも同じ信仰を固く保たせなさい。この点に注意すべきである。これに聖ペトロは、もはやこの世で何の権限も期待しない者として、「主よ、私はあなたと共に、牢獄だけでなく、死に至るまでも行く覚悟です」と答えた。ここから、聖ペトロは、この世での裁判権を何も与えられなかっただけでなく、他のすべての使徒も、それをもつべきでないと教えるよう委ねられたことが、明らかである。また、信仰の問題についての聖ペトロの確定的な判断が誤らないことについても、この聖句から認められるのは、ただ、キリストが再び来て、最後の審判の日にその王国を所有するという点の信仰を、ペトロが保ち続けることだけである。これは、この聖句によって、すべての後継者に与えられたのではない。後継者たちは、現にある世でその王国を要求しているのが、われわれには見えるからである。

第二の箇所は、『マタイによる福音書』第十六章の、「あなたはペトロである。この岩の上に、私は私の教会を建てる。地獄の門も、それに打ち勝つことはない」である。この箇所が証明するのは、すでに本章で示したとおり、その発言のきっかけとなったペトロの告白、すなわち、イエスはキリスト、神の子であるという告白に、地獄の門も打ち勝たない、ということだけである。

第三の聖句は、『ヨハネによる福音書』第二十一章十六、十七節の、「私の羊を養いなさい」である。これには、教える委任以上のものは含まれていない。他の使徒たちも羊という名に含まれると認めるなら、それは教える最高の権力である。しかし、それは、すでにその最高権をもつキリスト教徒の主権者が存在しなかった時代だけのことだった。私はすでに、キリスト教徒の主権者は、自分の領土で最高の牧者であり、洗礼のほかに按手を受けていなくても、洗礼を受けたことの効力によって、その職に就くと証明した。按手は人物を指し示す儀式であり、臣民に対する絶対的な権力に就くことによって、望む教説を教える権力をもつ者として、すでに指し示されている場合には、不要だからである。すでに証明したとおり、主権者は、その職務によって、一般に、最高の教師である。それゆえ、洗礼によって、自ら、キリストの教えを教える義務を負う。そして、他の者に国民を教えることを許すときには、自分自身の魂の危険において、そうするのである。神は、子供やしもべを教え導いたことの責任を、家長に求めるからである。神が、『創世記』第十八章十九節で、「私は彼を知っている。彼は、自分の子らと、その後の家の者たちに命じて、主の道を守らせ、正義と公正を行わせるであろう」というのは、雇われ人についてではなく、アブラハム自身についてなのである。

第四の箇所は、『出エジプト記』第二十八章三十節の、「裁きの胸当てに、ウリムとトンミムを入れなさい」である。彼によれば、これは七十人訳で、デーローシン・カイ・アレーテイアン、すなわち明証と真理と訳されている。ここから、神は大祭司に、ほとんど無謬性に等しい、明証と真理を与えたと結論する。しかし、与えられたのが明証と真理そのものだったにせよ、明確に事情を知り、正しく裁くよう努めよという、祭司への訓戒にすぎなかったにせよ、それが大祭司に与えられた以上、市民的な主権者に与えられたのである。イスラエルの国家では、神のすぐ下で、市民的な主権者だったのは大祭司だったからである。したがって、それは、教皇の称する権力に反して、市民的な主権者が自分の臣民に対してもつ、明証と真理、すなわち教会の最高権を支持する論拠となる。信仰の問題について、教皇の判断が誤らないことを示すために彼が挙げる聖句は、これですべてである。

行いの問題について、同じことを示すとされる聖句

行いについての教皇の判断が誤らないことについて、彼が挙げる聖句は一つであり、『ヨハネによる福音書』第十六章十三節の、「真理の霊が来ると、あなたがたをあらゆる真理へ導く」である。彼によれば、ここで「あらゆる真理」とは、少なくとも「救済に必要なあらゆる真理」を意味する。しかし、この限定を加えるなら、彼は教皇に、キリスト教を公言し、断罪されないすべての人と比べて、それ以上の無謬性を何も認めていない。誤らないことが救済に必要な点で誤る者は、救われることが不可能だからである。救済に必要なのは、それなしには救われることが不可能なものだけである。そのような点が何かは、次章で聖書から示すことにしよう。ここでは、ただ次のことだけをいう。教皇がいかなる誤りも教えることはありえないと認めたとしても、それによって他の君主の領土での裁判権が与えられるわけではない。すでに他の職人に仕事を約束している場合にも、あらゆる機会に最もよい職人を雇うことが、良心において義務づけられる、とまでいうのでなければである。

聖句のほかに、彼は理性から、次のように論じる。もし教皇が必要な事柄で誤りうるなら、キリストは教会の救済に十分な備えをしなかったことになる。キリストは教会に、教皇の指図に従うよう命じたからである、と。しかし、この論拠は、キリストが、いつ、どこでそう命じたのか、あるいは、そもそも教皇に何らかの言及をしたのかを示さないかぎり、無効である。それどころか、聖ペトロに与えられたことが何でも教皇に与えられたと認めても、聖書には、誰に対しても、聖ペトロに従えという命令がない。したがって、その命令が自分の適法な主権者の命令に反するとき、ペトロに従う者は、誰も正義にかなった者ではありえない。

最後に、教皇が世界中のすべてのキリスト教徒の市民的な主権者であるとは、教会も教皇自身も宣言していない。したがって、すべてのキリスト教徒が、行いの問題について、その裁判権を認める義務を負うわけではない。市民的な主権と、行いについての争いにおける最高の裁判権とは、同じものだからである。また、市民法の制定者は、行為の正義と不正義を宣言するだけでなく、それを作り出す者でもある。人々の行いを正しいもの、不正なものにするのは、主権者の法律への適合以外に何もないからである。それゆえ、教皇が行いについての争いに最高権を要求するときには、人々に市民的な主権者への不服従を教えている。それは、聖書で伝えられた、救い主と使徒たちの多くの教えに反する、誤った教説である。

教皇に法律を作る権力があることを証明するため、彼は多くの箇所を引用する。第一は、『申命記』第十七章十二節である。「あなたの神、主の前に立って仕える祭司、あるいは裁判官に、傲慢にも聞き従わない者があれば、その者は死ななければならない。こうして、イスラエルから悪を取り除かなければならない。」これに答えるには、大祭司は、神のすぐ下で直接に、市民的な主権者であり、すべての裁判官は、その者によって任命されることになっていたのを、思い出さなければならない。したがって、引用された言葉は、こういう意味になる。「その時々の市民的な主権者や、その職務を行う役人に、あえて背く者があれば、その者は死ななければならない」云々。これは明らかに、市民的な主権を支持し、教皇の普遍的な権力に反する。

第二に、彼は『マタイによる福音書』第十六章の、「あなたがたが縛ることは、何でも」云々を挙げる。そして、そこでいう「縛る」を、同書第二十三章四節で律法学者とファリサイ派についていわれる、「彼らは、重く、担いがたい荷を縛って、人々の肩に載せる」という意味に解釈する。これが意味するのは法律を作ることだと言い、そこから、教皇は法律を作れると結論する。しかし、これも、市民的な主権者の立法権だけを支持する。律法学者とファリサイ派は、モーセの座に着いていたからである。だがモーセは、神のすぐ下で、イスラエルの民の主権者だった。それゆえ、救い主は、彼らがいうことはすべて行うよう命じたが、彼らの行うことはすべて行うようには命じなかった。つまり、その法律には従うが、その手本には倣うな、ということである。

第三の箇所は、『ヨハネによる福音書』第二十一章十六節の、「私の羊を養いなさい」である。これは、法律を作る権力ではなく、教える命令である。法律を作ることは家長に属し、家長は自分の裁量によって、自分の礼拝を担当する聖職者も、子供たちを教える教師も選ぶのである。

第四の箇所である『ヨハネによる福音書』第二十章二十一節は、彼の主張に反する。その言葉は、「父が私を遣わしたように、私もあなたがたを遣わす」である。しかし、救い主が遣わされたのは、信じる者を自らの死によって贖い、自分と使徒たちの宣教によって、その王国に入る準備をさせるためだった。その王国について、救い主自身、この世のものではないと言い、将来の到来を祈るよう教えた。いつ来るかを使徒たちに告げることは拒んだが(『使徒言行録』第一章六、七節)、その王国が来たときには、十二使徒は十二の王座に着き、イスラエルの十二部族を裁くことになる。その王座は、おそらく、どれも聖ペトロのものと同じ高さだろう。それゆえ、父なる神が、この現在の世で法律を作るために救い主を遣わしたのではない以上、この聖句から、救い主も、この世で法律を作るために聖ペトロを遣わしたのではないと結論できる。そうではなく、人々が堅固な信仰をもって再臨を待ち望むよう説得し、それまでの間、臣民であれば君主に従い、君主であれば、自ら信じるとともに、臣民にも同じように信じさせるよう最善を尽くすようにするためだった。これが司教の務めである。したがって、この箇所は、ベラルミーノ枢機卿が引用によって示そうとすることに反して、教会の最高権を市民的な主権に結びつけることを、最も強く支持するのである。

第五の箇所は、『使徒言行録』第十五章二十八節である。「聖霊とわれわれは、あなたがたに、次の必要な事柄のほかには、何の重荷も負わせないことをよしとした。偶像に供えた肉、血、絞め殺したもの、淫行を避けることである。」ここで彼は、「重荷を負わせる」という語を、立法権を示すものとして指摘する。しかし、この聖句を読む誰が、使徒たちのこの言い方を、法律を作る場合だけでなく、助言を与える場合にも、同じほど適切に使えるとはいえないだろうか。法律の言い方は、「われわれは命じる」である。しかし、「われわれはよしと考える」は、ただ助言する者たちの普通の言い方である。また、助言を与える者も、重荷を負わせる。ただし、それは条件付きであって、助言を受ける者が、自分の目的を達しようとするなら、ということである。絞め殺したものや血を避けるという重荷も、そのようなものだった。絶対的なものではなく、誤りたくなければ、という場合のものである。私はすでに第二十五章で、法律と助言との区別を示した。法律の理由は、それを定める者の意図と利益から取られ、助言の理由は、助言を受ける者の意図と利益から取られる。しかし、ここで使徒たちが目指すのは、改宗した異邦人の利益、すなわち救済だけであって、自分たちの利益ではない。自分たちは、努力を果たせば、従われても従われなくても、報酬を得るからである。したがって、この会議の決議は、法律ではなく、助言だった。

第六の箇所は、『ローマの信徒への手紙』第十三章の、「すべての人は、上に立つ権力に従いなさい。神によらない権力はないからである」である。彼は、これは世俗の君主だけでなく、教会の君主についても意味するという。これに対して、私はまず、市民的な主権者でもある者のほかに、教会の君主はいないと答える。また、その支配権は、市民的な主権の範囲を超えない。その境界の外では、教師として受け入れられることはあっても、君主として認められることはない。もし使徒が、自国の君主にも教皇にも従うべきだと意味したなら、キリスト自身が不可能だと告げた教え、すなわち「二人の主人に仕えること」を教えたことになるからである。また、使徒は別の箇所で、「離れている間にこのことを書くのは、その場に行ったとき、主が私に与えた権力に従って、厳しく振る舞わずにすむためである」という。しかしこれは、誰かを死刑にし、投獄し、追放し、鞭打ち、罰金に処す権力を要求したのではない。これらは刑罰である。要求したのは、ただ破門する権力だけだった。それは、市民的な権力を伴わなければ、彼らとの交わりを離れ、異邦人や徴税人に対して以上には関わらないということにすぎない。それは、多くの場合、破門される者よりも、破門する者のほうに、大きな苦痛を与えたかもしれない。

第七の箇所は、『コリントの信徒への手紙一』第四章二十一節の、「私は、鞭を携えてあなたがたのもとへ行くべきか、それとも愛と柔和な霊をもって行くべきか」である。しかし、ここでも、鞭によって意味されるのは、違反者を罰する行政官の権力ではない。ただ破門の権力である。それは、その性質上、刑罰ではなく、キリストが最後の審判の日に、その王国を所有するときに加える罰を告げることにすぎない。そのときも、厳密には、法律を破った臣民に対する刑罰ではなく、救い主の王国への権利を否認する敵や反逆者への報復である。したがって、これは、市民的な権力ももつ場合を除き、どの司教の立法権をも証明しない。

第八の箇所は、『テモテへの手紙』第三章二節の、「司教は、ただ一人の妻の夫であり、用心深く、節度がある」などという言葉であり、彼はこれを法律だったという。私は、教会の君主である聖ペトロ以外には、教会で法律を作れる者はいないと思っていた。だが、この教えが聖ペトロの権限によって作られたとしよう。それでも、助言ではなく法律と呼ぶべき理由は、私には見当たらない。テモテは、聖パウロの臣民ではなく弟子だったし、テモテの世話する群れも、王国における臣民ではなく、キリストの学校での生徒だったからである。テモテに与えられた教えがすべて法律なら、なぜ、「もう水だけを飲まず、健康のために、少しぶどう酒を用いなさい」という教えも法律ではないのか。また、なぜ、よい医者の教えも、一つ一つ法律ではないのか。ある者の教えを法律とするのは、命令形の言い方ではなく、その人格に絶対的に服従していることだからではないか。

同様に、第九の箇所である『テモテへの手紙一』第五章十九節の、「長老に対する告発は、二人か三人の証人の前でなければ、受け付けてはならない」も、賢明な教えだが、法律ではない。

第十の箇所は、『ルカによる福音書』第十章十六節の、「あなたがたに聞く者は私に聞き、あなたがたを軽んじる者は私を軽んじる」である。キリストによって遣わされた者たちの助言を軽んじる者が、キリスト自身の助言を軽んじることに、疑いはない。しかし、今、キリストに遣わされる者とは、適法な権限によって牧者に任命された者のほかに、誰だろうか。最高の牧者によって任命されずに、適法に任命される者がいるだろうか。また、キリスト教国家で、最高の牧者によって任命されながら、その国家の主権者の権限によらずに任命される者がいるだろうか。それゆえ、この箇所からは、キリスト教徒である自分の主権者に聞く者は、キリストに聞き、キリスト教徒である自分の王が公認する教えを軽んじる者は、キリストの教えを軽んじることが帰結する。これは、ベラルミーノがここで証明しようとすることではなく、その反対である。しかし、これらはすべて、法律とは関係がない。それどころか、キリスト教徒の王が、臣民の牧者であり教師であるからといって、それによって自分の教説を法律にするのではない。人々に信じることを義務づけることはできないのである。ただし、市民的な主権者としては、その教説に沿う法律を作り、人々に一定の行為を義務づけることができる。ときには、命じられなければ人々が行わない行為や、王が命じるべきでない行為を義務づけることもある。それでも、いったん命じられれば、それらは法律である。そして、心で認めることなく、それに従って行われる外面的な行為は、主権者の行為であり、臣民の行為ではない。その場合、臣民は、自分自身の発意で動くことのない道具のようなものにすぎない。神が、主権者に従うよう命じたからである。

第十一は、使徒が、助言を表すために、人々が通常は命令を示すのに用いる語を使い、あるいは、自分の助言に従うことを、服従という名で呼ぶ、すべての箇所である。そのため、『コリントの信徒への手紙一』第十一章二節から、「私が伝えたとおりに、私の教えを守っていることで、あなたがたを褒める」が引用される。ギリシャ語は、「私があなたがたに伝えた事柄を、伝えたとおりに守っていることで、あなたがたを褒める」である。これが、それらは法律だった、あるいは、よい助言以外の何かだったと意味するとは、とてもいえない。また、『テサロニケの信徒への手紙一』第四章二節の、「われわれがどのような命令を与えたか、あなたがたは知っている」も挙げられる。ここでのギリシャ語は、パランゲリアス・エドーカメンであり、直前に引用した箇所と同じく、「われわれが伝えたこと」というパレドーカメンに相当する。これは、使徒たちの伝承が、助言以上のものだったとは証明しない。第八節に、「これらを軽んじる者は、人間ではなく神を軽んじる」とあるとしても、同じである。救い主自身、裁くために、すなわち、この世で王となるために来たのではなく、罪人のために自らをいけにえとし、教会に教師を残して、人々をキリストへ導かせるために来たからである。人々を駆り立てさせるためではない。キリストは、強制された行為を決して受け入れない。それは、法律が生み出すもののすべてである。受け入れるのは、心の内なる回心であり、それは法律の働きではなく、助言と教説の働きなのである。

また、『テサロニケの信徒への手紙二』第三章十四節の、「この手紙によるわれわれの言葉に従わない者がいれば、その者に注意を払い、交わらないようにして、恥じ入らせなさい」もある。彼は、「従う」という語から、この手紙がテサロニケの人々にとって法律だったと推論しようとする。確かに、皇帝の書簡は法律だった。したがって、聖パウロの手紙も法律だったなら、彼らは二人の主人に従わなければならなかった。しかし、「従う」という語、ギリシャ語のヒュパクーエイは、耳を傾けること、または実行することを意味する。それは、罰する権利をもつ者が命じたことだけでなく、われわれの利益のために、助言として伝えられたことにも当てはまる。したがって聖パウロは、従わない者を殺せとも、打てとも、投獄せよとも、罰金に処せよともいわない。それらはすべて、立法者には行える。しかし、彼が命じるのは、その者との交わりを避け、恥じ入らせることだけである。ここから、キリスト教徒たちが畏れていたのは、使徒の支配権ではなく、信徒たちの間での使徒の評判だったことが明らかである。

最後の箇所は、『ヘブライ人への手紙』第十三章十七節の、「指導者に従い、その者たちに服しなさい。彼らは、報告しなければならない者として、あなたがたの魂を見守っているからである」である。ここでも、服従によって意味されるのは、その助言に従うことである。われわれが従う理由は、牧者の意志や命令からではなく、われわれ自身の利益から引き出されているからである。彼らが見守るのは、自分の権力や権限を高めるためではなく、われわれの魂を救うためなのである。ここで、彼らの教えることがすべて法律だと意味されるなら、教皇だけでなく、各教区のすべての牧者が立法権をもつことになる。また、牧者に従う義務を負う者には、その命令を吟味する権力がない。それなら、「すべての霊を信じず、その霊が神から出たものかどうかを試しなさい。多くの偽預言者が世に出て来たからである」と命じる聖ヨハネには、何といえばよいのか(『ヨハネの手紙一』第四章一節)。それゆえ、われわれが牧者の教説を論じることができるのは、明らかである。しかし、法律を論じて争うことは、誰にもできない。市民的な主権者の命令が法律であることは、どの側も認めている。主権者以外の誰かも法律を作れるなら、あらゆる国家、したがって、あらゆる平和と正義は終わらなければならない。それは、神と人間のすべての法に反する。したがって、これらの箇所からも、聖書の他のどの箇所からも、教皇が市民的な主権をもたない場所で、その決議が法律となることを証明するものは、何も引き出せない。

教皇と他の司教との上下関係の問題

彼が最後に証明しようとする点は、「救い主キリストは、教会の裁判権を、教皇以外の誰にも直接に委ねなかった」ということである。ここで彼が扱うのは、教皇とキリスト教徒の王との間の最高権の問題ではなく、教皇と他の司教との間の問題である。まず彼は、司教の裁判権は、少なくとも一般に、デー・ユーレ・ディーウィーノー、すなわち神の権利によるものだという点では、一致があるという。そのために、聖パウロの『エフェソの信徒への手紙』第四章十一節を引用する。そこには、キリストが昇天の後、「人々に賜物を与え、ある者を使徒、ある者を預言者、ある者を福音を告げる者、ある者を牧者、ある者を教師とした」とある。そこから彼は、司教は確かに神の権利において裁判権をもつと推論する。しかし、それを神から直接に得るとは認めず、教皇を通じて受け継ぐものとする。だが、裁判権を、直接ではなくても、デー・ユーレ・ディーウィーノーにもつといえるなら、キリスト教国家で、単に市民的なものであっても、適法な裁判権のうち、同時にデー・ユーレ・ディーウィーノーではないものが、何かあるだろうか。キリスト教徒の王は、その市民的な権力を神から直接に得、配下の行政官は、王の委任の効力によって、それぞれの職責を果たすからである。そこで彼らが行うことは、教皇の任命によって司教が行うことに劣らず、デー・ユーレ・ディーウィーノー・メディアートー、すなわち間接に神の権利による。すべての適法な権力は、神に由来する。最高の統治者においては直接に、そのもとで権限をもつ者たちにおいては間接に、そうなのである。したがって彼は、国家のすべての治安役人も神の権利においてその職をもつと認めるか、あるいは、教皇自身以外のどの司教についても、そのように職をもつと考えるのをやめなければならない。

しかし、キリストは裁判権を教皇だけに残したのか、他の司教たちにも残したのかという、この論争全体は、教皇が市民的な主権をもつ場所以外について考えるなら、デー・ラーナー・カプリーナー、すなわち山羊の毛をめぐる、無益な争いである。彼らの誰も、主権者でないところでは、裁判権をまったくもたないからである。裁判権とは、人と人との間の事件を審理し、決定する権力である。それは、正邪の規則を定める権力、すなわち法律を作る権力をもち、自ら、あるいはそのために任命した裁判官を通じて言い渡す決定に、正義の剣によって人々を従わせる権力をもつ者以外には、属しえない。そして、それを適法に行えるのは、市民的な主権者だけなのである。

したがって、彼が『ルカによる福音書』第六章から、救い主が弟子たちを呼び集め、その中から十二人を選び、使徒と名づけたと引用するとき、証明しているのは、救い主が彼らを選び、宣教する権力と命令を与えたということだけである。選んだのは、マティア、パウロ、バルナバを除く全員である。人と人との間の事件を裁く権力を与えた、ということではない。それは、救い主が自ら引き受けるのを拒んだ権力だからである。「誰が私を、あなたがたの間の裁判官や分配人にしたのか」と言い、また別の箇所では、「私の王国はこの世のものではない」といっている。しかし、人と人との間の事件を審理し、決定する権力をもたない者が、何らかの裁判権をもつとは、まったくいえない。それでも、このことは、救い主が彼らに、世界中で宣教し、洗礼を授ける権力を与えたことを妨げない。ただし、自分たちの適法な主権者から禁じられていないことが前提である。キリスト自身も使徒たちも、多くの箇所で、何事においても自国の主権者に従うよう、はっきりと命じているからである。

司教たちが裁判権を教皇から受けると証明しようとする彼の論拠は、すべて無駄である。教皇自身、他の君主の領土では裁判権をもたないからである。しかし、それらは逆に、すべての司教が裁判権をもつ場合、それを市民的な主権者から受けることを証明するので、その列挙を省くことはしない。

第一の論拠は、『民数記』第十一章から取られる。モーセが、イスラエルの民の事務を処理する重荷を、一人ではすべて担えなかったので、神は七十人の長老を選ぶよう命じ、モーセの霊の一部を取って、その七十人の長老の上に置いた。これが意味するのは、神がモーセの霊を弱めたということではない。それでは、負担は少しも軽くならなかっただろう。そうではなく、長老たち全員が、モーセから権限を得たということである。この点では、彼はその箇所を、正しく率直に解釈している。しかし、モーセはユダヤ人の国家で、主権のすべてをもっていた。したがって、ここで意味されるのは、彼らが市民的な主権者から権限を得たということだと、明らかである。それゆえ、この箇所は、すべてのキリスト教国家の司教が、市民的な主権者から権限を得ることを証明する。教皇から得るのは、教皇自身の領土においてだけであり、他の国家の領土においてではない。

第二の論拠は、君主制の性質から取られる。君主制では、すべての権限が一人の者にあり、他の者は、その者から受け継いでもつ。ところで、教会の統治は君主制だと、彼はいう。これもまた、キリスト教徒の君主を支持する。彼らは、実際に自分の民の君主、すなわち自分の教会の君主だからである。教会は、キリスト教の民と同じものである。それに対して、教皇の権力は、たとえ教皇が聖ペトロであっても、君主制ではなく、支配や統治に関わる性質をまったくもたず、ただ教える性質だけをもつ。神が受け入れるのは、強制された服従ではなく、自発的な服従だからである。

第三は、聖キプリアヌスが、聖ペトロの座を、司教たちの権限がそこから生じる、頭、泉、根、太陽と呼んでいることである。しかし、単なる人間であるどの教師の言葉よりも、正邪についての優れた原理である自然法によれば、各国家の市民的な主権者こそ、すべての裁判権がそこから生じる、頭、泉、根、太陽である。それゆえ、司教の裁判権は、市民的な主権者から生じる。

第四の論拠は、司教たちの裁判権の不平等から取られる。彼によれば、もし神が裁判権を直接与えたなら、叙階上の地位だけでなく、裁判権も平等に与えたはずである。しかし実際には、ある者は一つの町だけの司教、ある者は百の町の司教、ある者は幾つもの州全体の司教である。その違いは、神の命令によって定められたのではない。したがって、その裁判権は、神からではなく、人間から来る。そして、教会の君主の意に応じて、一方はより大きく、他方はより小さくもつのである、と。彼が前もって、教皇がすべてのキリスト教徒に対して普遍的な裁判権をもっていたと証明していれば、この論拠は、その目的にかなっただろう。しかし、それは証明されていない。また、教皇の広大な裁判権が、それをもっていた者、すなわちローマ皇帝たちによって与えられたことは、よく知られている。コンスタンティノープル総大司教も、帝国の首都であり皇帝の居所である町の司教だという同じ資格により、教皇と同等であると主張したのである。ここから、他のすべての司教も、裁判権を行使する場所の主権者から、それを得ることが帰結する。そして、その理由で彼らの権限がデー・ユーレ・ディーウィーノーではないなら、教皇自身も、市民的な主権者でもある場所を除いて、その権限をデー・ユーレ・ディーウィーノーにもつのではない。

第五の論拠は、こうである。「司教たちが裁判権を神から直接に得るなら、教皇はそれを奪えない。神の定めに反することは、何もできないからである。」この帰結は正しく、よく証明されている。「しかし教皇には、それができ、実際に行った」と彼はいう。これも、自分の領土、あるいはその権力を教皇に与えた他の君主の領土で行うなら、認められる。しかし、教皇の地位の権利によって、普遍的に行えるわけではない。その権力は、すべてのキリスト教徒の主権者に、自分の支配の境界内で属し、主権と不可分だからである。イスラエルの民が、サムエルへの神の命令によって、他の国々のように、自分たちの上に王を立てる以前は、市民的な統治は大祭司に属していた。そして、大祭司以外には、下位の祭司を任命することも、退けることもできなかった。しかし、その後、その権力は王に属した。これは、ベラルミーノのこの同じ論拠で証明できる。大祭司であれ、他の祭司であれ、祭司が神から直接に裁判権を得ていたなら、王はそれを奪えなかったはずである。神の定めに反することは、何もできなかったからである。しかし、ソロモン王が、大祭司アビアタルを免職し、その代わりにツァドクを据えたことは、確かである(『列王記上』第二章二十六節、三十五節)。それゆえ、王たちは同じように、臣民をよく治めるために適切だと考えるところに従って、司教を任命し、退けることができる。

第六の論拠は、こうである。司教が裁判権をデー・ユーレ・ディーウィーノー、すなわち神から直接にもつなら、そう主張する者たちは、それを証明する神の言葉を、何か挙げるべきである。しかし、何も挙げられない。この論拠は正しいので、私には反対すべきことは何もない。しかし、これは、教皇自身が他の君主の領土で裁判権をもたないことを証明するにも、同じほどよい論拠である。

最後に、彼は二人の教皇、インノケンティウスとレオの証言を、論拠として挙げる。彼は、聖ペトロ以後のほとんどすべての教皇の証言も、同じほどの理由で引用できただろうと、私は疑わない。人類に生まれつき植えつけられた権力への愛を考えれば、誰が教皇になっても、同じ意見を擁護する誘惑を受けるだろうからである。しかし、それでも彼らは、インノケンティウスとレオがしたのと同じく、自分自身について証言するにすぎない。それゆえ、その証言は有効ではないだろう。

教皇の世俗的な権力について

第五巻で、彼は四つの結論を示している。第一は、「教皇は全世界の主ではない」、第二は、「教皇は全キリスト教世界の主ではない」、第三は、「教皇は、自分の領土の外では、直接には、いかなる世俗的な裁判権ももたない」というものである。この三つの結論は、容易に認められる。第四は、「教皇は、他の君主の領土で、間接には、最高の世俗的な権力をもつ」というものである。これは否定される。ただし、間接に、ということで、不正な手段によってそれを得たという意味なら、それも認められる。しかし、私の理解では、彼が間接にもつというとき、その意味は、そのような世俗的な裁判権が、権利上、教皇に属するものの、その権利は、牧者としての権限からの帰結にすぎないということである。後者の権限は、前者の裁判権を伴わなければ、行使できないというのである。したがって、彼が霊的と呼ぶ牧者の権力には、市民的な最高権力が必然的に結びつき、それによって、魂の救済に役立つと考えるとき、王国を移し、ある者に与え、別の者から取り上げる権利をもつ、というのである。

彼がこの教説を証明しようとする論拠を検討する前に、その帰結を明らかにしておくのは、無駄ではないだろう。それぞれの国家で市民的な主権をもつ君主や国家が、この教説を受け入れるのは自分たちにとって適切か、また臣民の利益にかなうかを考えられるようにするためである。その臣民について、彼らは最後の審判の日に申し開きをしなければならない。

教皇が、他の国家の領土で、直接には最高の市民的な権力をもたないと言われるとき、その意味は、他の市民的な主権者のように、統治される者たちが初めにその権力に服従したことから、それを要求するのではないということだと、理解しなければならない。すべての主権者の権利が、元来、統治される者の一人一人の同意から生じることは、明らかであり、本論ですでに十分に論証したからである。その者を選ぶ人々が、互いに合意して、自分たちを保護する一人の人、あるいは人々の合議体を定めるときのように、敵への共同の防衛のためにそうする場合でも、征服した敵に服して命を救うためにそうする場合でも、同じである。したがって、教皇が他の国家に対する直接の最高の市民的権力を否認するとき、否定しているのは、その権利がこの道筋によって得られることだけである。それによって、別の道筋からその権利を要求するのをやめるわけではない。その別の道筋とは、統治される者の同意なしに、教皇職に就いたとき、神から与えられた権利によるというものであり、これを間接に、と呼ぶのである。しかし、どの道筋を主張するにせよ、権力は同じである。そして、それが教皇の権利だと認められれば、魂の救済のためになるたびに、すなわち、望むたびに、君主や国家を廃することができる。人々の魂の救済のためになるかどうかを判断する唯一の権力も、自分にあると主張しているからである。この教説は、ベラルミーノがここで、また他の多くの教師たちが説教や著書で教えるだけでなく、幾つかの公会議が決議し、機会があれば、教皇たちがそれに従って実行してきたものでもある。教皇インノケンティウス三世のもとで開かれた、第四ラテラノ公会議には、第三章「異端者について」に、次の規定がある。「王が、教皇の勧告を受けても、その王国から異端者を一掃せず、そのために破門されても、一年以内に満足のいく償いをしないなら、その臣民は服従の義務を解かれる。」その実行は、多くの機会に見られた。フランス王キルペリクの廃位、ローマ帝国のカール大帝への移譲、イングランド王ジョンへの圧迫、ナバラ王国の移転、近年のフランス王アンリ三世に対する同盟、その他多くの事件がそうである。これを不正で不都合だと考えない君主は、少ないと思う。しかし私は、すべての君主が、王であるか臣民であるか、どちらかに決めることを願う。人は二人の主人に仕えられない。それゆえ、君主たちは、統治の手綱をすべて自分の手に握るか、すべて教皇の手に渡すかして、人々を楽にすべきである。そうすれば、進んで従おうとする人々は、その服従において保護される。この世俗的権力と霊的権力との区別は、言葉にすぎない。間接の権力を他者と分け合う場合も、直接の権力を分け合う場合と同じほど、実際に権力は分割され、あらゆる点で危険になるのである。では、彼の論拠に移ろう。

第一の論拠は、こうである。「市民的な権力は、霊的な権力に服している。したがって、最高の霊的権力をもつ者は、霊的な目的のために、世俗の君主に命じ、その世俗的な事柄を処分する権利をもつ。」世俗的と霊的との区別については、世俗的な、すなわち市民的な権力が霊的な権力に服していると、理解可能な意味で言えるのは、どういう場合かを考えよう。この言葉が意味をなすのは、二通りだけである。一つの権力が別の権力に服するというとき、その意味は、一方をもつ者が他方をもつ者に服するか、一方の権力が他方の権力に対し、目的に対する手段の関係にあるかの、いずれかである。一つの権力が別の権力に対して権力をもち、一つの権力が別の権力に対して権利や命令権をもつ、ということは理解できない。服従、命令、権利、権力は、権力の偶有性ではなく、人格の偶有性だからである。一つの権力は、鞍を作る技術が騎乗の技術に従属するように、別の権力に従属することはある。そこで、市民的な統治は、われわれを霊的な幸福へ導く手段として定められた、と認めたとしよう。それでも、王が市民的な権力をもち、教皇が霊的な権力をもつからといって、すべての鞍職人がすべての騎手に従う義務があるという以上に、王が教皇に従う義務があることにはならない。したがって、一つの技術の従属から、その技術を行う者の服従を推論できないように、一つの統治の従属から、統治者の服従を推論することはできない。それゆえ、彼が、市民的な権力は霊的な権力に服するというとき、その意味は、市民的な主権者が霊的な主権者に服する、ということである。そして、その論証はこうなる。「市民的な主権者は霊的な主権者に服する。したがって、霊的な君主は世俗の君主に命令できる。」ここでは、結論が、彼の証明すべき前提と同じである。しかし、それを証明するために、彼はまず、次の理由を挙げる。「王と教皇、聖職者と俗人は、ただ一つの国家、すなわち、ただ一つの教会をなす。そして、どの身体でも、各部分は互いに依存している。しかし、霊的な事柄は世俗的な事柄に依存しない。したがって、世俗的な事柄は霊的な事柄に依存し、それゆえ、それに服する。」この論証には、二つの重大な誤りがある。一つは、すべてのキリスト教徒の王、教皇、聖職者、その他のすべてのキリスト教徒が、ただ一つの国家をなす、ということである。フランスが一つの国家、スペインが別の国家、ヴェネツィアが第三の国家、等々であることは、明らかだからである。そして、それらはキリスト教徒からなり、したがって、それぞれ別個のキリスト教徒の団体、すなわち別個の教会でもある。それぞれの主権者がそれらを代表し、それによって、自然人のように、命令し、服従し、行為し、作用を受けることができる。総体としての、あるいは普遍的な教会は、代表者をもつまでは、そうではない。そして、地上には、その代表者はいない。もし、いるなら、全キリスト教世界が一つの国家であり、その代表者が、霊的な事柄でも世俗的な事柄でも、その主権者であることは、疑いないからである。そして、教皇には、自分をこの代表者にするための三つのものが欠けている。救い主が与えなかった、命令し、裁き、罰することがそれである。教皇にできるのは、破門によって、自分から学ぼうとしない者たちから離れることだけである。たとえ教皇がキリストの唯一の代理者だったとしても、救い主の再臨までは、その統治を行うことはできない。また、そのときも、世を裁く者となるのは、教皇ではなく、他の使徒たちと共にいる聖ペトロ自身なのである。

この第一の論拠におけるもう一つの誤りは、あらゆる国家の各部分が、自然的な身体の各部分のように、互いに依存するということである。確かに、それらは互いに結びついている。しかし、依存するのは、国家の魂である主権者だけに対してである。その魂が失われれば、国家は内戦へと解体する。明確に定まった主権者への共通の依存が失われるため、誰も他の誰とも結びつくことがなくなる。それは、自然的な身体の各部分が、結びつけておく魂を失って、土へと解体するのと同じである。したがって、この比喩には、俗人が聖職者に依存することや、世俗の役人が霊的な役人に依存することを推論できるものは、何もない。推論できるのは、両方とも市民的な主権者に依存するということだけである。主権者は、確かに、国家の統治に関する命令を、魂の救済に向けるべきである。しかし、それによって、神自身以外の誰かに服するわけではない。こうして、第一の論拠が、手の込んだ誤謬推理であることがわかる。それは、目的への道筋で行為が従属することと、手段を用いる際に人格が互いに服従することとを、区別しない人々を欺くためのものである。どの目的についても、その手段は自然によって、あるいは神自身によって超自然的に、定められている。しかし、人々にその手段を用いさせる権力は、どの国でも、人々が与えた信義を破ることを禁じる自然法によって、市民的な主権者に譲り渡されているのである。

第二の論拠は、こうである。「どの国家も、完全で自足していると想定されるので、その支配下にない他の国家に命令し、統治の運営を変えるよう強制することができる。いや、その君主が加えようとする侵害から、ほかに自国を守る方法がなければ、その君主を廃し、代わりの者を立てることもできる。それなら、霊的な国家は、ほかに霊的な善を守る方法がない場合、なおさら世俗的な国家に統治の運営を変えるよう命令し、君主を廃して、別の者を立てることができる。」

国家が侵害から自らを守るために、彼がここで述べたことをすべて適法に行えるのは、まったく正しい。このことは、これまでの論述で、すでに十分に論証した。また、今、この世に、市民的な国家と区別される霊的な国家があるということも真実なら、その君主は、侵害を受けた場合、あるいは将来侵害を受けないという保証がない場合、戦争によって、自らの損害を償わせ、安全を確保することができるだろう。要するに、廃位し、殺し、征服し、その他どのような敵対行為も行うことである。しかし、同じ理由により、市民的な主権者が、同じような侵害を受け、あるいは恐れる場合、霊的な主権者に戦争を仕掛けることも、同じほど適法になるはずである。これは、ベラルミーノ枢機卿が、自分の命題から推論してほしかった以上のことだろうと、私は思う。

しかし、この世に霊的な国家はない。それは、キリストの王国と同じものだからである。キリスト自身、それはこの世のものではないという。それは、復活の際、来世に存在する。そのとき、正しく生き、救い主がキリストであると信じた者たちは、自然的な身体として死んだとしても、霊的な身体として復活する。そして、そのときこそ、救い主は世を裁き、敵対者を征服し、霊的な国家を作るのである。それまでは、地上に霊的な身体をもつ者がいない以上、まだ肉のうちにある人々の間に、霊的な国家はありえない。ただし、復活の際、キリストの王国に受け入れられるよう、人々を教え、備える委任を受けた宣教者たちを、国家と呼ぶのであれば別である。しかし、彼らが国家でないことは、すでに証明した。

第三の論拠は、こうである。「不信者や異端者の王が、キリスト教徒を自分の異端や不信仰へ引き込もうとする場合、キリスト教徒がその王を容認することは、適法ではない。しかし、王が臣民を異端へ引き込むかどうかを判断することは、教皇に属する。それゆえ、教皇は、君主を廃位すべきかどうかを決める権利をもつ。」

これには、この二つの主張は、どちらも偽りだと答える。キリスト教徒、あるいはどんな宗教の者であれ、王が作る法律がどのようなものであっても、たとえ宗教に関するものであっても、その王を容認しないなら、信義を破り、自然法と実定法の両方の神の法に反するからである。また、臣民の間で異端を裁く者は、自分たちの市民的な主権者以外にはいない。「異端とは、公の人格、すなわち国家の代表者が教えるよう命じた意見に反して、頑固に保持される私的な意見にほかならない」からである。ここから、公に教えるよう定められた意見は、異端ではありえず、それを公認する主権をもつ君主も、異端者ではありえないことが明らかである。異端者とは、自分たちの適法な主権者が禁じた教説を、頑なに擁護する私人だけだからである。

しかし、キリスト教徒は不信者や異端者の王を容認すべきでないことを証明するため、彼は『申命記』第十七章の一節を引用する。そこでは、神はユダヤ人に、自分たちの上に王を立てるとき、外国人を選ぶことを禁じている。ここから彼は、キリスト教徒が、キリスト教徒でない王を選ぶことは、不法だと推論する。確かに、キリスト教徒、すなわち、救い主が来るとき、自分の王として受け入れる義務をすでに負った者が、恐怖と説得との両方によって、自分の信仰に背かせようと努めると分かっている者を、この世の王に選ぶのは、神をあまりにも試すことになる。しかし彼は、キリスト教徒でない者を王に選ぶことと、選ばれた後に廃位しないこととは、同じ危険だという。これに私は、問題は、廃位しないことの危険ではなく、廃位することの正義だと答える。その者を選ぶことは、ある場合には不正かもしれない。しかし、選ばれた後に廃位することは、どの場合にも正義にかなわない。それはつねに信義を破ることであり、したがって、神の永遠の法である自然法に反するからである。また、このような教説が、使徒の時代や、教皇がローマの市民的な主権を得る以前のローマ皇帝の時代に、キリスト教の教説と見なされたとは、記されていない。だが彼は、昔のキリスト教徒が、ネロ、ディオクレティアヌス、ユリアヌス、アリウス派のウァレンスを廃位しなかったのは、ただ世俗の武力がなかったためだと答えている。そうかもしれない。しかし、救い主は、求めさえすれば、不死で傷つけられない天使の十二軍団の助けを得られたのに、カエサルや、少なくとも、自分に罪を見いだせないまま、不正にもユダヤ人に引き渡して十字架につけさせたピラトを、廃位する武力がなかったのか。あるいは、使徒たちにネロを廃位する世俗の武力がなかったからといって、新たにキリスト教徒となった者への手紙で、自分たちの上に設けられた権力に従い、その怒りを恐れるためではなく、良心のために従うべきだと、実際に行ったように教える必要があったのか。当時、ネロはその権力の一つだった。彼らは、力がなかったために、従っただけでなく、考えてもいないことを教えた、というべきなのか。したがって、キリスト教徒が異教徒の君主や、誤りを教えることを公認する君主を容認しなければならないのは、力がないためではなく、良心のためである。自分の教説が公の教説である者を、私は異端者とは呼べない。また、教皇の世俗的な権力について、彼はさらに、聖パウロが『コリントの信徒への手紙一』第六章で、当時の異教徒の君主のもとに、その君主から任命されていない裁判官を置いたと引用するが、これは正しくない。聖パウロはただ、異教徒の裁判官の前で互いを訴えるより、兄弟のうちの何人かを仲裁人として、自分たちの争いを調停させるよう勧めているだけだからである。これは有益で、愛に満ちた教えであり、最も優れたキリスト教国家でも実践するのにふさわしい。また、臣民が異教徒の君主や、誤っている君主を容認することによって、宗教に生じうる危険については、臣民は、その点を裁く資格ある裁判官ではない。もし、そうであるなら、教皇の世俗の臣民も、教皇の教説を裁けることになる。すでに証明したとおり、すべてのキリスト教徒の君主は、教皇が自分の臣民に対してそうであるのに劣らず、自分の臣民の最高の牧者だからである。

第四の論拠は、王たちの洗礼から取られる。そこで、王たちはキリスト教徒となるため、その王笏をキリストに服させ、キリスト教信仰を保ち、守ることを約束する。これは正しい。キリスト教徒の王も、キリストの臣民にすぎないからである。しかし、それでも教皇とは同輩でありうる。彼らは自分の臣民の最高の牧者であり、教皇も、ローマそのものにおいてさえ、王であり牧者であることを超えないからである。

第五の論拠は、救い主の「私の羊を養いなさい」という言葉から引き出される。これによって、牧者に必要なすべての権力が与えられたというのである。たとえば、異端者のような狼を追い払う権力、キリスト教徒ではあっても悪い王のように、狂い、あるいは角で他の羊を突く雄羊を閉じ込める権力、群れに適切な食物を与える権力である。ここから彼は、聖ペトロが、キリストからこの三つの権力を与えられたと推論する。これに私は、その最後の権力は、教える権力、いや、むしろ教える命令にすぎないと答える。第一の、狼、すなわち異端者を追い払う権力について、彼が引用するのは、『マタイによる福音書』第七章十五節の、「羊の衣を着て来るが、内には貪り食う狼である偽預言者に、注意しなさい」という箇所である。しかし、異端者は偽預言者ではなく、そもそも預言者ではない。また、そこで意味される狼を異端者と認めても、使徒たちは、その者たちを殺すことも、王であれば廃位することも命じられず、ただ、注意し、逃れ、避けることを命じられたのである。さらに、偽預言者に注意せよというこの助言を与えた相手は、聖ペトロでも、他の使徒でもなく、山へついて来た大勢のユダヤ人であり、その大半は、まだ改宗していない人々だった。したがって、これが王を追い払う権力を与えるなら、それは、私人だけでなく、まったくキリスト教徒でない人々にも与えられたことになる。荒れ狂う雄羊を引き離し、閉じ込める権力については、彼が意味するのは、ローマの牧者に服することを拒むキリスト教徒の王たちである。しかし救い主は、そのような権力を、この世で自ら引き受けるのを拒み、麦と毒麦を、最後の審判の日まで、一緒に育つままにしておくよう勧めた。それを聖ペトロに与えたはずは、なおさらなく、聖ペトロが教皇たちに与えることもできない。聖ペトロや他のすべての牧者は、教会に従わない、すなわちキリスト教徒の主権者に従わないキリスト教徒を、異邦人や徴税人のように見なすよう命じられている。それゆえ、人々が教皇に、異教徒の君主に対する権限を何も要求しないのであれば、異教徒と見なされるべき者に対しても、何も要求すべきではない。

しかし彼は、ただ教える権力から、王たちに対する教皇の強制権力も推論する。牧者は、その群れに適切な食物を与えなければならない、それゆえ、教皇は、王たちにその義務を行うよう強制することができ、そうすべきである、というのである。ここから、キリスト教徒の牧者としての教皇は、王の中の王であることが帰結する。すべてのキリスト教徒の王は、実際、これを認めるか、さもなければ、それぞれ自分の領土で、最高の牧者としての責任を引き受けるかの、どちらかを行うべきである。

第六で最後の論拠は、事例から取られる。これには、第一に、事例は何も証明しないと答える。第二に、彼の挙げる事例は、権利の蓋然性さえ示さない。ヨヤダがアタルヤを殺した行為は(『列王記下』第十一章)、ヨアシュ王の権限によるか、そうでなければ、大祭司の恐るべき犯罪だった。サウル王が選ばれて以来、大祭司は単なる臣民だったからである。聖アンブロシウスが皇帝テオドシウスを破門した行為は、本当にそうしたのであれば、死刑に当たる犯罪だった。また、教皇グレゴリウス一世、グレゴリウス二世、ザカリアス、レオ三世については、その判断は、自分自身の事件について下されたものなので、無効である。そして、この教説に従って彼らが行った行為、特にザカリアスの行為は、人間の本性に起こりうる、最大の犯罪である。教会権力については、以上である。ベラルミーノのこれらの論拠が、私人としての彼のものにすぎず、他のすべてのキリスト教徒の君主や国家に対抗する、教皇権の擁護者としての彼のものでなかったなら、私はそれらの検討を控えて、もっと簡潔に済ませただろう。

第四十三章 人が天の王国に受け入れられるために必要なことについて

神と人間の両方に同時に従うことの難しさ

キリスト教国家において、長い間、反乱と内戦の最も頻繁な口実となってきたのは、神と人間との命令が互いに反するとき、その両方に同時に従うという、まだ十分に解決されていない難問だった。人が二つの相反する命令を受け、その一方が神の命令だと知っているなら、他方が自分の適法な主権者、すなわち君主や主権をもつ合議体の命令であれ、父の命令であれ、それではなく、神の命令に従うべきことは、十分に明らかである。したがって、難しさは、神の名によって命じられるとき、多くの場合、それが神からの命令なのか、それとも命じる者が、自分の私的な目的のために神の名を濫用しているだけなのかを、人々が知らないという点にある。ユダヤ人の教会には、偽りの夢や幻によって民の間で評判を得ようとする偽預言者が多くいた。それと同じく、キリストの教会にも、どの時代にも、空想的で偽りの教説によって民の間で評判を得、野心の性質のとおり、その評判によって、自分の私的な利益のために民を支配しようとする偽教師がいたのである。

救済に必要なことと不要なことを区別する者には、その難しさはない

しかし、神の王国に受け入れられるために必要なことと、必要でないこととを区別できる者にとって、神と地上の市民的な主権者との両方に従うという、この難問は重要ではない。市民的な主権者の命令が、永遠の生命を失うことなく従えるものであれば、従わないことは不正義だからである。その場合には、「しもべたちよ、何事についても主人に従いなさい」、「子らよ、何事についても両親に従いなさい」という使徒の教えが当てはまり、また、「律法学者とファリサイ派は、モーセの座に着いている。したがって、彼らがいうことはすべて守り、行いなさい」という救い主の教えも当てはまる。しかし、その命令が、永遠の死に断罪されずには従えないものであるなら、それに従うのは狂気である。そのときには、「体を殺しても、魂を殺せない者たちを恐れてはならない」という救い主の助言が当てはまる(『マタイによる福音書』第十章二十八節)。したがって、地上の主権者への不服従によってこの世で加えられる罰と、神への不服従によって来世で加えられる罰との両方を避けたいすべての人には、永遠の救済に必要なことと、必要でないこととを、よく区別するよう教える必要がある。

救済に必要なすべては、信仰と服従に含まれる

救済に必要なことはすべて、二つの徳、すなわちキリストへの信仰と、法律への服従に含まれる。後者が完全であれば、それだけでわれわれには十分だろう。しかし、われわれはみな、アダムにおける原初の罪だけでなく、自分自身の違反によって現実にも、神の法への不服従の罪を負っている。そのため、今われわれに求められるのは、残りの時を従順に過ごすことだけでなく、過去の時に対する罪の赦しもである。この赦しは、キリストへの信仰の報酬である。救済のために、それ以外のことが必要として求められないのは、次のことから明らかである。天の王国が閉ざされるのは、罪人、すなわち従わない者、あるいは法律を犯す者だけに対してである。そして、その者たちにも、悔い改め、救済に必要なキリスト教信仰のすべての箇条を信じるなら、閉ざされないのである。

どのような服従が必要か

われわれのすべての行為について、意志を行為に代えて受け入れる神が、われわれに求める服従は、神に従おうとする真剣な努力である。それはまた、その努力を意味するあらゆる名でも呼ばれる。それゆえ、服従はときに、慈愛や愛という名で呼ばれる。それらが、従おうとする意志を含むからである。救い主自身、神と互いとへのわれわれの愛を、法全体の成就としている。また、ときには正義という名で呼ばれる。正義は、各人にその人自身のものを与えようとする意志、すなわち法律に従おうとする意志にすぎないからである。また、ときには悔い改めという名で呼ばれる。悔い改めるとは、罪から離れることを含み、それは、意志が服従へ立ち帰ることと同じだからである。したがって、神の戒めを果たすことを偽りなく望む者、自分の違反を真に悔い改める者、心を尽くして神を愛し、隣人を自分自身のように愛する者は、誰でも、神の王国に受け入れられるために必要な服従を、すべてもっている。神が完全な無罪を求めるなら、肉なる者は誰も救われないからである。

また、どの法律に対する服従か

しかし、神がわれわれに与えた戒めとは、どれなのか。モーセの手を通じてユダヤ人に与えられた法律は、すべて神の戒めなのか。そうなら、なぜキリスト教徒は、それに従うよう教えられないのか。そうでないなら、自然法のほかに、何が神の戒めなのか。救い主キリストは、新しい法律を与えず、われわれが従属する法、すなわち自然法と、それぞれの主権者の法律を守るよう助言したからである。また、山上の説教でも、ユダヤ人のために新しい法律を作ったのではなく、彼らが以前から服していたモーセの法を説明しただけだった。それゆえ、神の法は、自然法にほかならない。その主要なものは、信義を破ってはならないという法である。すなわち、互いの約定によって、自分たちの上に設けた市民的な主権者に従えという戒めである。そして、市民法への服従を命じるこの神の法は、結果として、聖書のすべての教えへの服従を命じる。ただし、前章で証明したとおり、聖書が法律であるのは、市民的な主権者がそう定めたところだけである。他の場所では、助言にすぎず、人は自分の危険において、不正義を犯すことなく、それに従うのを拒むことができる。

キリスト教徒の信仰で、信じる相手は誰か

救済に必要な服従が何であり、誰に対して負うものかを知ったので、次に、信仰について、われわれは誰を、なぜ信じるのか、また、救われる者が必ず信じなければならない箇条、あるいは点は何かを、考えなければならない。まず、われわれが信じる相手については、その者が何をいうのかを知る前に、その者を信じることは不可能なので、その者が語るのを、われわれが聞いたことがなければならない。したがって、アブラハム、イサク、ヤコブ、モーセ、預言者たちが信じた相手は、超自然的に彼らに語りかけた神自身だった。また、キリストと交わった使徒や弟子たちが信じた相手は、救い主自身だった。しかし、父なる神も救い主も、一度も話しかけたことのない人々については、彼らの信じた相手は神だった、ということはできない。彼らが信じたのは使徒であり、その後は、旧約と新約の歴史を、信じるべきものとして勧めた教会の牧者や教師だった。したがって、救い主の時代以後のキリスト教徒の信仰が土台としたのは、初めには牧者たちの評判であり、後には、旧約と新約を信仰の規則として受け入れさせた者たちの権限だった。それができたのは、キリスト教徒の主権者だけである。それゆえ、その者たちが最高の牧者であり、今日、キリスト教徒が、神からの言葉を語るのを聞く、唯一の相手なのである。ただし、今日も神から超自然的に語りかけられる者は、別である。しかし、多くの偽預言者が「世に出て来た」ので、他の人々は、そのような霊が「神から出たものかどうか」を調べなければならない。これは聖ヨハネが、『ヨハネの手紙一』第四章一節で、われわれに勧めたとおりである。それゆえ、教説の吟味が最高の牧者に属する以上、特別の啓示を受けていないすべての者が信じるべき相手は、各国家において、最高の牧者、すなわち市民的な主権者である。

キリスト教信仰の原因

人々がキリスト教の教説を信じる原因は、さまざまである。信仰は神の賜物であり、神は、自らよしとする方法によって、一人一人のうちにそれを生じさせるからである。キリスト教信仰の何らかの点について、われわれが信じる最も普通の直接の原因は、聖書を神の言葉と信じていることである。しかし、なぜわれわれが聖書を神の言葉と信じるかは、大いに論争されている。問いが適切に立てられないとき、どの問題も、必ずそうなる。人々は、「なぜそれを信じるのか」ではなく、「どうしてそれを知るのか」を問いにするからである。まるで、信じることと知ることが、同じであるかのように。そのため、一方が、その知識を教会の無謬性に基づけ、他方が、私的な霊の証言に基づける間、どちらも、証明しようとする結論を得られない。聖書の無謬性を先に知らずに、どうして教会の無謬性を知れるだろうか。あるいは、自分の私的な霊が、教師たちの権威と論拠、あるいは自分の賜物への思い上がりに基づく信念とは別のものだと、どうして知ることができるだろうか。さらに、聖書には、教会の無謬性を推論できるものは何もない。特定の教会の無謬性は、なおさらであり、特定の個人の無謬性は、最もそうである。

信仰は聞くことから生じる

したがって、キリスト教徒は、聖書が神の言葉であると知っているのではなく、ただ信じているだけであること、また、神が通常、人々に与えることをよしとする、信じさせる手段は、自然の道筋に従うもの、すなわち教師たちを通じたものであることは、明らかである。聖パウロの、キリスト教信仰一般についての教えは、「信仰は聞くことから生じる」というものである(『ローマの信徒への手紙』第十章十七節)。すなわち、われわれの適法な牧者の話を聞くことからである。彼はまた、同章十四、十五節で、「聞いたことのない者を、どうして信じられようか。宣べ伝える者なしに、どうして聞けようか。遣わされなければ、どうして宣べ伝えられようか」といっている。ここから、聖書を神の言葉と信じる通常の原因は、信仰の他のすべての箇条を信じる原因と同じ、すなわち、法律によって、われわれを教えることを許され、任命された者の話を聞くことだと、明らかである。家では両親、教会では牧者が、そのような者である。このことは、経験からも、さらに明らかになる。キリスト教国家では、すべての人が聖書を神の言葉と信じるか、少なくとも、そう公言するのに、他の国家では、ほとんど誰もそうしないのは、なぜか。その理由として、キリスト教国家では幼いころからそう教えられ、他の場所では別のことを教えられるからだという以外に、何が挙げられるだろうか。

しかし、教えることが信仰の原因なら、なぜ、すべての者が信じるわけではないのか。それゆえ、信仰が神の賜物であり、神が望む者に与えることは、確かである。それでも、神が信仰を与える者には、教師を手段として与えるので、信仰の直接の原因は、聞くことである。多くの者が教わり、ある者は進歩し、他の者は進歩しない学校では、進歩する者たちにおける学びの原因は、教師である。しかし、そこから、学びは神の賜物ではないとは、推論できない。すべてのよいものは、神から生じる。しかし、それをもつ者がみな、霊感を受けているといえるわけではない。霊感ということは、超自然的な賜物と、神の直接の手とを含意するからである。それを称する者は、自ら預言者を称しており、教会の吟味を受けることになる。

しかし、人々が、聖書を神の言葉だと知るにせよ、信じるにせよ、認めるにせよ、その曖昧でない箇所から、どの信仰箇条が救済に必要であり、また、ただそれだけが必要なのかを私が示せば、その人々は、同じことを知り、信じ、あるいは認めなければならない。

キリスト教信仰の唯一の必要な箇条

聖書が、救済に絶対に必要とする唯一の信仰箇条、すなわちウヌム・ネケッサリウム、唯一の必要なものは、「イエスはキリストである」ということである。キリストという名で理解されるのは、神が以前、旧約の預言者たちを通じて、世に遣わすと約束した王である。その王は、神のもとで、ユダヤ人と、他の国々のうちその王を信じる者とを永遠に治め、アダムの罪によって失われた永遠の生命を与える。このことを聖書から証明した後、私はさらに、他の幾つかの箇条も、いつ、どのような意味で必要と呼ばれうるかを示すことにしよう。

福音書記者たちの目的からの証明

「イエスはキリストである」というこの信条を信じることが、救済のために求められる信仰のすべてであることを証明する、私の第一の論拠は、福音書記者たちの目的から取られる。その目的は、救い主の生涯を記すことによって、「イエスはキリストである」という一つの信条を確立することだった。聖マタイの福音書の要旨は、次のとおりである。イエスは、真のキリストのしるしであるとおり、ダビデの血筋に属し、処女から生まれた。占星術の学者たちは、ユダヤ人の王としてイエスを拝みに来た。ヘロデは、同じ理由でイエスを殺そうとした。洗礼者ヨハネは、イエスを告げ知らせた。イエスは、自ら、また使徒たちを通じて、自分がその王であると宣べ伝えた。律法学者としてではなく、権限ある者として法を教えた。言葉だけで病を癒やし、キリストが行うと預言されていた、他の多くの奇跡を行った。エルサレムに入るときには、王として迎えられた。キリストを称する他のすべての者に注意するよう、前もって警告した。自分が王であるといったために捕らえられ、告発され、死刑にされた。十字架に記された処刑の理由は、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」だった。これらのすべてが目指すのは、人々が「イエスはキリストである」と信じること以外の、何ものでもない。したがって、聖マタイの福音書の目的は、これだった。しかし、すべての福音書記者の目的も、読めばわかるとおり、同じだった。したがって、福音書全体の目的は、この唯一の信条を確立することだった。そして、聖ヨハネは、はっきりと、これを自分の結論としている。「これらが書かれたのは、イエスがキリスト、生ける神の子であると、あなたがたが知るためである」(『ヨハネによる福音書』第二十章三十一節)。

使徒たちの説教からの証明

第二の論拠は、救い主が地上にいた間と、昇天の後との両方における、使徒たちの説教の主題から取られる。救い主の時代、使徒たちは、『ルカによる福音書』第九章二節にあるとおり、神の王国を宣べ伝えるために遣わされた。その箇所でも、『マタイによる福音書』第十章七節でも、「行って、天の王国が近づいた、と宣べ伝えなさい」という以外の委任は、何も与えられていない。それは、イエスがメシア、キリスト、来るべき王であるということである。昇天後の宣教も同じだったことは、『使徒言行録』第十七章六節から明らかである。聖ルカはいう。「彼らは、ヤソンと幾人かの兄弟を町の役人たちのところへ引き立てて行き、叫んだ。世界をひっくり返してきた者たちが、ここにも来ており、ヤソンが迎え入れている。この者たちはみな、イエスという別の王がいるといって、カエサルの勅令に逆らっている。」また、同じ章の第二、三節にも、聖パウロは、「いつものように彼らのところへ入り、三度の安息日に、聖書に基づいて彼らと論じ、キリストは苦しみを受け、死者の中から復活しなければならなかったこと、また、自分が宣べ伝えるこのイエスがキリストであることを説明し、論証した」とある。

教えの容易さからの証明

第三の論拠は、救済に求められるすべての信仰が容易だと述べる、聖書の諸箇所から取られる。現在教えられている、キリスト教信仰についてのすべての教説に、心の内で同意することが救済に必要なら、キリスト教徒になることほど難しいことは、世にないだろう。その教説の大部分は、論争されているのである。十字架上の盗人は、悔い改めていたとしても、「主よ、あなたの王国に来られるとき、私を思い出してください」といっただけでは、救われなかったはずである。その言葉が示したのは、イエスは王であるという信条以外の、どんな信条への信仰でもなかったからである。また、『マタイによる福音書』第十一章三十節のように、「キリストの軛は負いやすく、その荷は軽い」ともいえず、同書第十八章六節のように、「小さな子供たちが彼を信じる」ともいえなかったはずである。聖パウロも、「神は、宣教の愚かさによって、信じる者を救うことをよしとされた」といえなかっただろう(『コリントの信徒への手紙一』第一章二十一節)。聖パウロ自身も、救われることはできず、まして、あれほど急に、教会の偉大な教師になることはできなかったはずである。彼は、全実体変化や煉獄、その他、今では押しつけられている多くの箇条について、おそらく考えたこともなかったからである。

明示的で明白な聖句からの証明

第四の論拠は、明示的で、解釈の争いの余地がない箇所から取られる。第一に、『ヨハネによる福音書』第五章三十九節である。「聖書を調べなさい。あなたがたは、その中に永遠の生命があると思っている。そして、それこそ私について証しするものである。」ここで救い主が語るのは、旧約聖書だけについてである。当時のユダヤ人には、まだ書かれていない新約聖書を調べることはできなかったからである。しかし、旧約にキリストについてあるのは、来たときにそれと知るためのしるしだけである。すなわち、ダビデの子孫であり、ベツレヘムで処女から生まれ、大きな奇跡を行うことなどである。したがって、このイエスが、その方だったと信じることは、永遠の生命のために十分だった。しかし、十分であることを超えるものは、必要ではない。したがって、他の信条は求められない。また、『ヨハネによる福音書』第十一章二十六節には、「生きて私を信じる者は、誰も永遠に死ぬことがない」とある。したがって、キリストを信じることは、永遠の生命に十分な信仰であり、それ以上の信仰は必要ない。しかし、イエスを信じることと、イエスがキリストであると信じることは、同じである。このことは、すぐ後の節からわかる。救い主が、第二十六節でマルタに、「このことを信じるか」というと、彼女は第二十七節で、「はい、主よ。あなたが、世に来るべきキリスト、神の子であると信じます」と答えるからである。したがって、この信条だけが、永遠の生命に十分な信仰であり、十分であることを超えるものは、必要ではない。第三に、『ヨハネによる福音書』第二十章三十一節には、「これらが書かれたのは、あなたがたが、イエスはキリスト、神の子であると信じ、また信じることによって、その名において生命を得るためである」とある。ここでは、「イエスはキリストである」と信じることが、生命を得るために十分な信仰であり、したがって、他の信条は必要ない。第四に、『ヨハネの手紙一』第四章二節には、「イエス・キリストが肉において来たことを告白する霊は、すべて神から出たものである」とある。また同第五章一節には、「イエスがキリストであると信じる者は、誰でも神から生まれた者である」とあり、第五節には、「イエスが神の子であると信じる者でなければ、誰が世に打ち勝つのか」とある。第五に、『使徒言行録』第八章三十六、三十七節で、宦官は、「見よ、ここに水がある。私が洗礼を受けるのを、何が妨げるのか」という。フィリポは、「心を尽くして信じるなら、受けられます」と言い、彼は、「イエス・キリストが神の子であると信じます」と答える。したがって、「イエスはキリストである」という信条を信じることは、洗礼、すなわち神の王国に受け入れられるために十分であり、それゆえ、唯一必要なものである。そして一般に、救い主が誰かに、「あなたの信仰があなたを救った」というすべての箇所で、その理由は、「イエスはキリストである」という信仰を、直接に、あるいは帰結として含む、何らかの告白である。

他のすべての信条の土台であることからの証明

最後の論拠は、この信条を信仰の土台とする箇所から取られる。土台を保つ者は救われるからである。その箇所は、第一に、『マタイによる福音書』第二十四章二十三節である。「誰かが、見よ、ここにキリストがいる、あるいは、あそこにいる、といっても、信じてはならない。偽キリストや偽預言者が現れ、大きなしるしや不思議を示すであろうから」云々。ここから、この「イエスはキリストである」という信条は、反対を教える者が大きな奇跡を行うとしても、保持しなければならないとわかる。第二の箇所は、『ガラテヤの信徒への手紙』第一章八節の、「われわれであれ、天からの天使であれ、われわれがあなたがたに宣べ伝えたものと異なる福音を宣べ伝えるなら、その者は呪われよ」である。しかし、パウロと他の使徒たちの宣べ伝えた福音は、「イエスはキリストである」という信条だけだった。したがって、この信条を信じるためには、反対を教えるなら、天からの天使の権威も拒まなければならない。死すべき人間の権威なら、なおさらである。それゆえ、これがキリスト教信仰の根本的信条である。第三の箇所は、『ヨハネの手紙一』第四章一節の、「愛する者たちよ、すべての霊を信じてはならない。これによって、神の霊がわかる。イエス・キリストが肉において来たことを告白する霊は、すべて神から出たものである」である。ここから、この信条こそ、他のすべての信条を評価し、吟味する尺度と規則であり、したがって、これだけが根本的であることは、明らかである。第四は、『マタイによる福音書』第十六章十八節である。聖ペトロが、救い主に、「あなたはキリスト、生ける神の子です」といって、この信条を公言すると、救い主は、「あなたはペトロである。この岩の上に、私は私の教会を建てる」と答えた。ここから私は、教会の他のすべての教説は、この信条の上に、その土台として建てられると推論する。第五は、『コリントの信徒への手紙一』第三章十一、十二節以下である。「すでに据えられた土台、すなわち、イエスはキリストである、ということのほかには、誰も別の土台を据えることはできない。この土台の上に、金、銀、宝石、木、草、藁で建てるなら、各人の仕事は明らかになる。あの日が、それを明らかにするからである。それは火によって現され、火が各人の仕事を試し、それがどのようなものかを示す。その上に建てた仕事が残るなら、その者は報酬を受ける。仕事が焼かれるなら、その者は損失を受ける。しかし、その者自身は救われる。ただし、火によるかのようにである。」この言葉には、平明で理解しやすい部分と、寓意的で難しい部分がある。その平明な部わからは、「イエスはキリストである」という土台を教える牧者は、そこから誤った帰結を引き出しても、なお救われうると推論できる。誤った帰結を引き出すことは、誰にもときとして起こる。まして、牧者ではなく聞き手であり、自分の適法な牧者に教えられたことを信じる者は、救われうる。したがって、この信条への信仰は十分であり、それゆえ、救済のために必要として求められる、他の信仰箇条はない。

さて、「火が各人の仕事を試す」とか、「彼らは救われるが、火によるかのように」、あるいは「火を通って」という寓意的な部分は、私が他の平明な言葉から引き出した結論に、何も反しない。原語は、ディア・ピュロスである。しかし、この箇所から、煉獄の火を証明する論拠が取られてきたので、このように教説を試すことと、火によるかのように人々を救うことの意味について、私の推測も、ここで示しておこう。使徒は、預言者ゼカリヤの言葉を踏まえているように思われる。ゼカリヤは、神の王国の回復について、次のように語る。「その中の三分の二は断たれて死に、三分の一はそこに残される。私は、その三分の一を火の中へ通し、銀を精錬するように精錬し、金を試すように試す。彼らは主の名を呼び、私は彼らに答える」(『ゼカリヤ書』第十三章八、九節)。最後の審判の日は、神の王国の回復の日である。その日に、聖ペトロが告げるとおり、世界の大火が起こり、悪しき者たちは滅びる(『ペトロの手紙二』第三章七、十、十二節)。しかし、神が救う残りの者たちは、その火を傷つくことなく通り抜け、その中で、銀や金が火によってかすを取り去られるように、試され、偶像崇拝から清められ、真の神の名を呼ぶようにされる。このことを踏まえて、聖パウロはここで、あの日が各人の教説を試すと述べている。あの日とは、最後の審判の日、救い主がイスラエルに神の王国を回復するために来る大いなる日である。教説を試すとは、それが金、銀、宝石、木、草、藁のどれであるかを判断することである。そのとき、真の土台の上に誤った帰結を建てた者たちは、自分の教説が断罪されるのを見る。それでも、その者たち自身は救われ、この普遍的な火を傷つくことなく通り抜け、永遠に生きて、真の唯一の神の名を呼ぶ。この意味には、聖書の他の部分と合わないものは何もなく、煉獄の火のかすかな影もない。

他の信条は、どのような意味で必要と呼ばれうるか

しかし、人はここで、神が全能であり、世界の創造者であること、イエス・キリストが復活したこと、他のすべての人も終わりの日に死者の中から復活することを信じるのも、「イエスはキリストである」と信じるのと同じく、救済に必要ではないか、と尋ねるかもしれない。私は、必要であり、さらに多くの信条もそうだと答える。しかし、それらは、この一つの信条に含まれ、難易の差こそあれ、そこから導き出せるものである。イエスがイスラエルの神の子であり、イスラエル人の神が、万物の全能の創造者だったと信じる者は、そのことのうちに、神が万物の全能の創造者であるとも信じている。このことがわからない者が、誰かいるだろうか。あるいは、イエスが永遠に君臨する王だと、死者の中から復活したとも信じずに、どうして信じられるだろうか。死者は、王の職務を行えないからである。要するに、「イエスはキリストである」という土台を保つ者は、そこから正しく導かれると自分が見て取ることのすべてを、明示的に保ち、帰結を見分ける力量が足りなくても、そこから帰結することのすべてを、暗黙に保っている。したがって、この一つの信条への信仰が、悔い改めた者に罪の赦しを得させ、したがって、天の王国へ導くのに十分な信仰であるということは、なお成り立つ。

信仰と服従は、どちらも救済に必要である

救済に求められる服従のすべては、神の法に従おうとする意志、すなわち悔い改めにあること、また、救済に求められる信仰のすべては、「イエスはキリストである」という信条への信仰に含まれることを、以上で示した。そこで、救済に必要なすべてが、この二つを合わせたものに含まれることを証明する新約の箇所を、さらに挙げよう。救い主の昇天直後の五旬祭の日、聖ペトロの説教を聞いた人々は、彼と他の使徒たちに、「皆さん、兄弟たち、われわれは何をすべきですか」と尋ねた(『使徒言行録』第二章三十七節)。聖ペトロは、次の節で、「悔い改め、一人一人、罪の赦しのために洗礼を受けなさい。そうすれば、聖霊の賜物を受けるでしょう」と答えた。したがって、悔い改めと、洗礼、すなわち「イエスはキリストである」と信じることが、救済に必要なすべてである。また、ある指導者が救い主に、「永遠の生命を受け継ぐには、何をすべきですか」と尋ねると(『ルカによる福音書』第十八章十八節)、救い主は、「戒めを知っているであろう。姦淫するな、殺すな、盗むな、偽証するな、父と母を敬え」と答えた(第二十節)。その者が、それらは守ってきたというと、救い主は、「もっているものをすべて売り、貧しい人々に与え、来て、私に従いなさい」と付け加えた。これは、王である私に頼りなさい、というに等しかった。したがって、法を果たすことと、イエスは王であると信じることが、人を永遠の生命へ導くために求められるすべてである。第三に、聖パウロは、『ローマの信徒への手紙』第一章十七節で、「正しい者は、信仰によって生きる」という。誰でもではなく、正しい者である。それゆえ、信仰と正義、すなわち正しくあろうとする意志、あるいは悔い改めが、永遠の生命に必要なすべてである。また、『マルコによる福音書』第一章十五節で、救い主は、「時は満ち、神の王国は近づいた。悔い改め、福音を信じなさい」と宣べ伝えた。福音とは、キリストが来たというよい知らせである。したがって、悔い改めることと、イエスはキリストであると信じることが、救済のために求められるすべてである。

それぞれが、救済にどのように寄与するか

それゆえ、救済には、信仰と、悔い改めという語に含まれる服従との両方が、共に働く必要がある以上、どちらによって義とされるかという問いを論争するのは、的外れである。しかし、それぞれがどのように寄与するのか、また、一方によっても他方によっても義とされるといわれるのは、どの意味かを明らかにすることは、的外れではない。まず、正義によって、行いそのものの正しさを理解するなら、救われうる人は誰もいない。神の法に違反したことのない者は、一人もいないからである。それゆえ、行いによって義とされるといわれるとき、それは意志について理解すべきである。神は、善人についても悪人についても、つねに意志を行いそのものに代えて受け入れる。この意味においてだけ、人は正しい者、あるいは不正な者と呼ばれ、その人の正義が、その人を義とする。すなわち、神が受け入れるところにおいて、正しい者という資格を与え、それまではできなかった、自らの信仰によって生きることを可能にする。それゆえ、正義が義とするのは、義とすることが、人を正しいと呼ぶことと同じ意味においてである。法律の要求を果たして、その罪への処罰を不正にする、という意味においてではない。

しかし、人は、その弁明が、それ自体では不十分でも受け入れられるときにも、義とされるといわれる。たとえば、法を果たそうとする意志と努力を申し立て、その不十分さを悔い改め、神がそれを、実際に果たしたことに代えて受け入れる場合である。そして神は、信じる者についてだけ、意志を行為に代えて受け入れるので、われわれの弁明を有効にするのは、信仰である。この意味で、信仰だけが義とするのである。したがって、信仰と服従は、どちらも救済に必要だが、それぞれ異なる意味で、義とするといわれる。

神への服従と、市民的な主権者への服従とは、両立する

主権者がキリスト教徒である場合

救済に必要なことをこのように示したので、神への服従と、市民的な主権者への服従とを両立させるのは、難しくない。主権者は、キリスト教徒か、不信者かの、いずれかである。キリスト教徒なら、「イエスはキリストである」という信条と、そこに含まれ、あるいは、そこから明白な帰結として導かれる、すべての信条への信仰を認める。これが、救済に必要な信仰のすべてである。また、主権者であるので、自分自身のすべての法律、すなわち、すべての市民法への服従を求める。そこにはまた、すべての自然法、すなわち、すべての神の法も含まれている。自然法と、市民法の一部である教会の法律のほかには、神の法はないからである。法律を作れる教会とは、国家である。それゆえ、キリスト教徒である自分の主権者に従う者は、それによって、信じることも、神に従うことも、妨げられない。しかし、キリスト教徒の王が、「イエスはキリストである」という土台から、誤った帰結を導いたとしよう。すなわち、その上に草や藁で建て、そのことを教えるよう命じたとしよう。それでも、聖パウロが、その王は救われるというのであれば、王の命令でそれを教える者は、なおさら救われる。また、教えずに、ただ自分の適法な教師を信じる者は、さらに救われるはずである。そして、臣民が、市民的な主権者から、そのような自分の意見の一部を公言することを禁じられた場合、どのような正当な根拠によって背けるだろうか。キリスト教徒の王も、帰結を導く際に誤ることはある。しかし、誰が裁くのか。自分自身の服従が問題なのに、私人が裁くのか。それとも、教会、すなわち教会を代表する市民的な主権者によって、そのために任命された者以外の誰かが、裁くのか。あるいは、教皇や使徒が裁くとしても、帰結を導く際に誤ることはないのか。聖パウロが聖ペトロに面と向かって反対したとき、二人の一方、聖ペトロか聖パウロのどちらかは、土台の上に建てたものにおいて、誤らなかったのか。それゆえ、神の法と、キリスト教国家の法律との間には、矛盾はありえない。

あるいは、不信者である場合

また、市民的な主権者が不信者である場合、その自国の臣民で、彼に抵抗する者は誰でも、神の法に対して罪を犯す。自然法は神の法だからである。また、すべてのキリスト教徒には自分の君主に、すべての子供としもべには親や主人に、何事においても従うよう勧める、使徒たちの助言を退けることにもなる。信仰については、内面的で、目に見えない。彼らには、ナアマンに認められた自由があり、そのために危険に身をさらす必要はない。しかし、そうするなら、天での報酬を待ち望むべきであり、自分の適法な主権者を非難すべきではない。まして、その者に戦争を仕掛けるべきではない。殉教の正当な機会を喜ばない者は、自分が公言する信仰をもっておらず、ただ自分の頑なな不服従にもっともらしい外見を与えるために、それを装っているだけだからである。しかし、ある臣民が、現在の世界が焼かれた後のキリストの再臨を待ち、そのときキリストに従うつもりだと、不信者の王も知っているとしよう。キリストに従うというこの意図こそ、「イエスはキリストである」と信じることの意図である。また、その臣民は、それまでの間、不信者である自分の王の法律に従う義務があると考えている。すべてのキリスト教徒は、良心においてそうする義務を負っている。そのことを知りながら、その臣民を殺し、迫害するほど不合理な不信者の王が、誰かいるだろうか。

神の王国と教会の政治については、以上で十分としよう。私はここで、自分独自の主張を打ち出そうとしているのではなく、キリスト教政治の原理、すなわち聖書から、市民的な主権者の権力と、その臣民の義務を確かめるために、私には導き出せると思われる帰結を、ただ示そうとしているのである。そして、聖書を引用する際には、解釈が曖昧であったり、争われていたりする聖句を避け、最も平明で、聖書全体の調和と目的にかなう意味においてだけ、引用するよう努めた。聖書は、キリストにおいて神の王国を再建するために書かれたものだからである。どの文書も、その解釈のための真の光を与えるのは、裸の言葉ではなく、書き手の目的である。全体の意図を考えず、個々の聖句に固執する者は、そこから何も明確に引き出すことができない。むしろ、聖書の断片を塵のように人々の目の前に投げ、すべてを、実際よりも曖昧にするのである。これは、真理ではなく、自分の利益を求める者たちの、よくある手口である。

第四部 闇の王国について

第四十四章 聖書の誤った解釈から生じる霊的な闇について

闇の王国とは何か

ここまで論じてきた、神と人間の主権的な権力のほかに、聖書には別の権力も述べられている。すなわち、「この世の闇の支配者たち」の権力(『エフェソの信徒への手紙』第六章十二節)、「サタンの王国」(『マタイによる福音書』第十二章二十六節)、「デーモンに対するベルゼブブの支配権」(同第九章三十四節)である。デーモンとは、空中に現れる幻影のことである。このため、サタンは「空中の権力の君主」とも呼ばれ(『エフェソの信徒への手紙』第二章二節)、この世の闇の中で支配しているので、「この世の君主」とも呼ばれる(『ヨハネによる福音書』第十六章十一節)。これに従って、その支配下にある者たちは、光の子らである信徒たちに対して、闇の子らと呼ばれる。ベルゼブブは、空中と闇からなる自分の領土の住民である幻影たちの君主なのだから、闇の子らと、これらのデーモン、幻影、あるいは幻惑の霊とは、寓意的には同じことを意味する。このことを考えれば、聖書のこれらの箇所や、他の箇所で述べられる闇の王国とは、次のものにほかならない。「現在のこの世で人々への支配権を得るため、暗く誤った教説によって、人々のうちの自然の光と福音の光との両方を消し、そうして、来るべき神の王国への備えを失わせようと努める、欺く者たちの連合」である。

教会は、まだ闇から完全に解放されていない

生まれたときから肉体の目の光を完全に欠いている人々には、そのような光の観念はまったくない。また、自分が外的な感覚によって、いつか知覚した光よりも大きな光を、想像のうちに思い描ける者はいない。それと同じく、福音の光や理解の光についても、自分がすでに達した程度より大きなものがあるとは、誰も思い描けない。ここから、人々が自分自身の闇を認める手段は、自分たちの道に起こる、予期しなかった災難から推論する以外にない、ということになる。サタンの王国の最も暗い部分は、神の教会の外、すなわちイエス・キリストを信じない者たちの間にある。しかし、それゆえ教会が、ゴシェンの地のように、神から命じられた仕事を行うのに必要な、すべての光を享受しているとはいえない。キリスト教世界では、ほとんど使徒の時代から、外国との戦争と内戦との両方で、互いをその地位から押しのけ合い、自分の運命のわずかな険しさや、他人の運命のわずかな高みに、いちいちつまずき、同じ目標である幸福に向かって、これほど異なる道を走ってきた。もし、われわれの間が夜でなく、少なくとも霧の中でもないとすれば、これは、どこから来るのか。それゆえ、われわれは、まだ闇の中にいるのである。

霊的な闇の四つの原因

敵は、われわれの生来の無知という夜の間に、ここへ来て、霊的な誤りの毒麦をまいた。第一には、聖書の光を濫用し、消すことによってである。われわれは聖書を知らずに誤るからである。第二には、異教の詩人たちのデーモン論を持ち込むことによってである。それは、死者の幽霊や妖精、その他、老婆の物語の題材のような、デーモンについての、彼らの作り話の教説である。そうしたものは、偶像、あるいは脳の幻影にすぎず、人間の心像と区別される、それ自体の実在的な本性を、まったくもたない。第三には、ギリシャ人の宗教のさまざまな残滓と、彼らの空虚で誤った哲学、特にアリストテレスの哲学の多くを、聖書に混ぜることによってである。第四には、この両者に、偽りや不確かな伝承、作り話や不確かな歴史を混ぜることによってである。こうして、われわれは、「良心に焼き印を押され」、すなわち、自分自身の知識に反して、「偽善によって嘘を語る者たち」の「惑わす霊」とデーモン論に「心を向ける」ことによって、誤りに陥る。『テモテへの手紙一』第四章一、二節の原語では、「嘘つきの役を演じる者たち」とある。このうち第一の、聖書を濫用して人々を惑わすことについて、本章で簡潔に論じようと思う。

神の王国についての、聖書の誤った解釈から生じる誤り

聖書の最大かつ主要な濫用であり、他のほとんどすべての濫用が、そこからの帰結となるか、それに仕えることになるのは、聖書にたびたび述べられる神の王国が、現在の教会、すなわち、今生きているキリスト教徒や、死んでいて終わりの日に復活するキリスト教徒の群れであることを証明するために、聖書を曲げることである。実際には、神の王国は、初めにモーセの働きを通じて、ユダヤ人の上にだけ設けられた。そのため、彼らは神に固有の民と呼ばれた。そして後に、サウルが選ばれたとき、彼らが、もはや神によって治められることを拒み、諸国民のような王を求め、神自身がそれに同意したので、終わった。このことは、すでに第三十五章で、より詳しく証明した。その後、神が以前から、今も、これからも、無限の力によって、自分の意志どおりに統治する、すべての人間とすべての被造物の王であるという以外には、約定によっても、他の仕方によっても、この世に神の王国は存在しなかった。それでも神は、ひそかな計画のうちに定めた時が満ち、彼らが悔い改め、生活を改めて立ち帰るとき、この神による統治を、再び彼らに回復すると、預言者たちを通じて約束した。それだけでなく、異邦人にも、改宗と悔い改めという同じ条件のもとで、入って来て、神の統治の幸福を享受するよう招いた。また、御子を世に遣わし、その死によって彼らすべての罪を償い、その教えによって、再臨のときに御子を迎える備えをさせることも約束した。この再臨は、まだ起こっていないので、神の王国もまだ来ていない。そして、今われわれが約定によって服する王は、市民的な主権者以外にはいない。ただし、キリスト教徒は、再臨のときに受け入れられる約束を、すでに得ているかぎりで、すでに恩恵の王国にいる、ということだけは別である。

現在の教会が神の王国である、という誤り

現在の教会がキリストの王国であるという、この誤りからは、ある一人の人、あるいは一つの合議体が存在すべきだということが帰結する。今は天にいる救い主が、その者の口を通じて語り、法を与え、その者がすべてのキリスト教徒に対して救い主の人格を代表する、というのである。あるいは、キリスト教世界のさまざまな部分に対して同じことを行う、複数の人や合議体が存在すべきだということになる。このキリストのもとでの王権を、教皇は普遍的に要求し、個々の国家では、その場所の牧者たちの合議体が要求する。しかし、聖書は、それを市民的な主権者以外の誰にも与えていない。こうして、その権力は、自然の光を消すほど激しく争われ、人々の理解に大きな闇を生じさせる。そのため、自分たちが誰に服従を約束したのかを、見分けられなくなるのである。

教皇がキリストの総代理者である、という誤り

教皇が、現在の教会、すなわち、福音によってわれわれが向かうよう導かれるキリストの王国だと想定されたものにおいて、キリストの総代理者であると要求することから、次の教説が帰結する。キリスト教徒の王は、司教を通じて王冠を受けなければならない、という教説である。まるで、その称号の「デイー・グラーティアー」、すなわち「神の恩寵により」という句は、その儀式から得られるかのように、また、地上における神の普遍的な代理者の権限によって戴冠されるときにだけ、神の恩恵によって王となるかのように、そういうのである。また、どの司教も、誰を主権者とするかにかかわらず、聖別の際、教皇に絶対的に従う誓いを立てることも、そこから帰結する。同じことから、教皇インノケンティウス三世のもとで開かれた、第四ラテラノ公会議の第三章「異端者について」の教説も帰結する。「王が、教皇の勧告を受けても、その王国から異端を一掃せず、そのために破門されても、一年以内に満足のいく償いをしないなら、その臣民は服従の絆を解かれる。」ここで異端とは、ローマ教会が支持することを禁じた、すべての意見を意味する。こうして、教皇の政治的な計画と、他のキリスト教徒の君主の計画とが対立するたびに、それは非常によく起こることだが、その臣民たちの間に、深い霧が生じる。彼らは、自分たちの適法な君主の王座に割り込む外国人と、自分たち自身がそこに据えた者とを、見分けられなくなる。そして、この心の闇の中で、敵と友とを区別しないまま、他人の野心に導かれて、互いに戦わされるのである。

牧者たちがクレルギーである、という誤り

現在の教会が神の王国だという同じ意見から、牧者、執事、その他教会のすべての職務担当者が、自分たちをクレルギー、すなわち聖職者と呼び、他のキリスト教徒には、レイティー、すなわち単なる民衆という、俗人の名を与えることが生じる。クレルギーとは、神がイスラエル人を統治していた間、自分のために留保し、レビ族に相続分として与えた収入によって、生計を立てる者たちを意味するからである。レビ族は、神の公的な職務担当者となるべき者たちであり、その兄弟たちのように、生活のための土地を分け与えられてはいなかった。それゆえ、教皇が、現在の教会はイスラエルの国のように神の王国だと称し、自分と配下の職務担当者のために、同じような収入を、神の相続分として要求するとき、クレルギーという名は、その要求にかなっていた。ここから、イスラエル人の間で、神の権利としてレビ人に納められた十分の一税や他の貢納が、長い間、教会の者たちによって、ユーレ・ディーウィーノー、すなわち神の権利により、キリスト教徒に要求され、取り立てられてきたのである。このため、至るところで民は、一方を国家に、他方を聖職者に納める、二重の貢納を義務づけられた。そのうち、収入の十分の一である聖職者への分は、僭主と見なされたアテナイのある王が、公の費用をすべて賄うために臣民から取り立てた額の、二倍に当たる。その王が要求したのは、二十分の一だけであり、それでも十分に国家を維持したからである。また、ユダヤ人の王国で、神が祭司を通じて統治した間は、十分の一税と供物とが、公の収入のすべてだった。

現在の教会を神の王国と取り違える、同じ誤りから、市民法と教会法との区別も生まれた。市民法は、各領土の主権者の行為であり、教会法は、その同じ領土における教皇の行為とされた。これらの教会規則は、カール大帝へ帝権が移されるまでは、単なるカノン、すなわち提示された規則であり、キリスト教徒の君主たちが自発的に受け入れたものにすぎなかった。しかし、その後、教皇の権力が増すにつれ、命じられる規則となった。そして、皇帝たち自身も、目をくらまされた民が導かれかねない、さらに大きな害を避けるために、それらが法律として通用することを、許さざるをえなくなった。

ここから、教皇の教会権力が全面的に受け入れられているすべての領土では、ユダヤ人、トルコ人、異教徒は、その宗教の実践や公言において、市民的な権力に背かないかぎり、ローマ教会のもとで、自分の宗教を容認されることになる。それに対して、キリスト教徒が、たとえ外国人であっても、ローマの宗教に属さないのは、死刑に当たる。教皇は、すべてのキリスト教徒を自分の臣民と称するからである。そうでなければ、自国の宗教を公言する外国のキリスト教徒を迫害することは、不信者を迫害するのと同じほど、いや、むしろそれ以上に、諸国民の法に反するはずである。キリストに反対しない者は、キリストと共にいるからである。

同じことから、どのキリスト教国家にも、教会の自由によって、市民的な国家への貢納と、その裁判所から免除される、ある人々がいることになる。修道士や托鉢修道士に加えて、在俗聖職者がそうである。多くの場所では、彼らの一般民衆に対する割合は非常に大きい。必要があれば、彼らだけからでも、地上で戦う教会が、自国の君主に対してでも、他の君主に対してでも、どのような戦争に用いるにも十分な軍隊を、集められるほどである。

聖別を呪術と取り違えることから生じる誤り

第二の一般的な聖書の濫用は、聖別を呪術や魔法に変えてしまうことである。聖別するとは、聖書では、人やその他の物を、普通の用途から分け、敬虔でふさわしい言葉と身振りによって、神に献げ、与え、ささげることである。すなわち、すでに第三十五章で詳しく証明したとおり、それを聖なるもの、神のものとし、神が自分の公的な職務担当者に定めた者たちだけに用いさせることである。それによって変わるのは、聖別される物ではなく、ただその用途である。世俗的で普通のものだったのが、聖なるもの、神への奉仕に固有のものになるのである。しかし、そのような言葉によって、物そのものの本性や性質が変わると称するなら、それは聖別ではなく、神の特別な業か、空虚で不敬虔な呪術かの、いずれかである。ところが、聖別において本性が変わるという主張は、あまりにも頻繁になされるので、特別な業とは見なせない。それゆえ、呪術や呪文にほかならず、それによって、視覚や他のすべての感覚の証言に反し、存在しない本性の変化を、人々に信じさせようとするのである。たとえば、祭司が、主の晩餐の聖礼典において、パンとぶどう酒を神に固有の奉仕のために聖別する代わりに、救い主の「これは私の体である」、「これは私の血である」という言葉を唱えることで、そこにはもはやパンの本性はなく、キリストの体そのものがあると称する場合がそうである。聖別とは、われわれの違反のために、十字架上で体を裂かれ、血を流したキリストの受難による贖いを示すため、すなわち人々に思い起こさせるために、パンとぶどう酒を普通の用途から分けることにすぎない。しかも、受ける者の視覚や他の感覚には、聖別以前には現れなかったものが、何も現れない。杖を蛇に、水を血に変えたといわれるエジプトの呪術師たちは、物の偽りの見せかけによって、見る者の感覚を欺いただけと考えられる。それでも、魔術師と見なされている。しかし、杖には蛇らしいものが何も現れず、呪文をかけた水にも血らしいものが何もなく、水以外の何ものにも見えないのに、彼らが、それは杖に見える蛇であり、水に見える血だと、王に向かって言い張ったとすれば、われわれは、彼らをどう考えただろうか。それは魔術であると同時に、嘘でもあったはずである。それなのに、祭司のこの日々の行為では、まったく同じことを行っている。聖なる言葉を呪文の形に変え、感覚には何の新しいものも生じさせないまま、パンを人間に、いや、それ以上に神に変えたと、われわれに言い張るのである。そして、神であり人である救い主自身がそこにいるかのように、それを拝み、きわめて重大な偶像崇拝を犯すことを、人々に求める。もし、もはやパンではなく神だというだけで、偶像崇拝を免れるのに十分なら、エジプト人たちも、自分たちが拝むねぎや玉ねぎは、本当のねぎや玉ねぎではなく、その形や外見のもとにある神性なのだと、厚かましくいった場合、同じ弁明で済まないのは、なぜなのか。「これは私の体である」という言葉は、「これは私の体を意味する、あるいは表す」と同じであり、普通の比喩的な言い方である。しかし、それを文字どおりに受け取るのは、濫用である。また、そのように受け取っても、キリスト自身が、その手で聖別したパンを超えて、当てはめることはできない。キリストは、どんな祭司であれ、どんなパンについてであれ、「これは私の体である」、あるいは「これはキリストの体である」と言えば、そのパンがただちに全実体変化するとは、決していわなかったからである。また、ローマ教会も、インノケンティウス三世の時代までは、この全実体変化を定めなかった。それは、五百年も前のことではない。当時は、教皇の権力が最盛で、時代の闇は非常に深くなり、人々は食べるために与えられたパンを、見分けられなくなっていた。特に、そのパンに、十字架上のキリストの姿が刻まれているときには、そうだった。まるで、キリストの体だけでなく、その十字架の木にまで全実体変化し、聖礼典で両方を一緒に食べるのだと、人々に信じさせたいかのようだった。

洗礼の儀式における呪文

洗礼の聖礼典でも、聖別の代わりに、同じような呪文が使われる。そこでは、神の各人格の名と、三位一体全体の名との濫用に、それぞれの名に合わせた十字のしるしが加わって、呪文となる。まず、聖水を作るとき、祭司はこういう。「被造物である水よ、全能の父なる神の名において、その独り子、われわれの主イエス・キリストの名において、また聖霊の力によって、私は呪文をもって、お前に命じる。呪文をかけられた水となり、敵のすべての力を追い払い、敵を根絶し、打ち倒せ」云々。それに混ぜる塩の祝福でも、同じである。「呪文をかけられた塩となり、お前がまかれる場所から、すべての幻影と、悪魔の欺きの悪だくみとが逃れ去り、すべての汚れた霊が、生者と死者を裁くために来る方によって、追い払われるように。」油の祝福でも同じである。「敵のすべての力、悪魔の全軍、サタンのすべての攻撃と幻影が、この被造物である油によって、追い払われるように。」洗礼を受ける幼児にも、多くの呪文がかけられる。第一に、教会の戸口で、祭司は子供の顔に三度息を吹きかけ、こういう。「汚れた霊よ、この子から出て行き、慰め主である聖霊に場所を譲れ。」まるで、すべての子供が、祭司に息を吹きかけられるまでは、デーモンに取りつかれているかのようである。また、教会に入る前にも、同じように、「私は呪文をもって、お前に命じる」云々、「この神のしもべから出て行き、立ち去れ」という。そして、洗礼を受ける前に、同じ悪霊祓いが、もう一度繰り返される。これらや他の幾つかの呪文が、洗礼と主の晩餐の聖礼典を執り行う際、祝福と聖別の代わりに使われるのである。そこでは、聖別されていない祭司の唾を除き、その聖なる用途に使われるものは、すべて、何らかの決まった形の悪霊祓いを受ける。

結婚、病者の訪問、場所の聖別においても同様である

結婚、終油、病者の訪問、教会堂や教会墓地の聖別など、他の儀礼も、呪文から免れていない。そこでも、呪文をかけた油や水が使われ、十字架や、ダビデの聖なる言葉「アスペルゲス・メー・ドミネー・ヒュッソーポー」、すなわち「主よ、ヒソプで私を清めてください」が、幻影や想像上の霊を追い払う効力をもつものとして、濫用されるからである。

永遠の生命と永遠の死を取り違えることから生じる誤り

もう一つの一般的な誤りは、永遠の生命、永遠の死、第二の死という言葉の、誤った解釈から生じる。聖書には、神がアダムを、永遠に生きる状態に造ったと、はっきり記されている。ただし、それには、神の戒めに背かないという条件があり、人間の本性に本質的なものではなかった。罪を犯さないかぎり食べることを許された、生命の木の効力から来るものだったのである。また、罪を犯した後、その木から食べて永遠に生きないよう、楽園から追い出されたこと、キリストの受難が、キリストを信じるすべての者に罪の赦しをもたらし、したがって、すべての信徒だけに永遠の生命を回復することも、記されている。それなのに、今日の教説は、そして長い間そうであったが、まったく異なる。すなわち、魂が不死なので、すべての人は、生まれつき永遠の生命をもつというのである。そうなると、楽園の入口の炎の剣は、人が生命の木に近づくのを妨げても、その罪のために神が取り上げた不死を妨げず、それを取り戻すために、キリストの犠牲を必要とすることもなくなる。したがって、信仰をもち正しく生きる者だけでなく、悪しき者も異教徒も、何の死も、まして第二の永遠の死もなく、永遠の生命を享受することになる。これを取り繕うために、第二の永遠の死とは、苦痛のうちでの、第二の永遠の生を意味する、といわれる。これは、まさにこの場合以外には使われない比喩である。

この教説全体は、新約の、比較的曖昧な幾つかの箇所だけに基づいている。しかし、それらも、聖書全体の目的を考えれば、別の意味で十分に明白であり、その内容はキリスト教信仰に不可欠なものではない。人が死ぬと、その死体以外には何も残らないと仮定しよう。それでも、生命のない塵や粘土を、言葉によって生き物にした神には、別の言葉によって、同じほど容易に、死体を再び生かし、永遠に生き続けさせ、あるいは再び死なせることが、できないだろうか。聖書で魂は、つねに生命、あるいは生き物を意味し、体と魂とを合わせれば、生きた体を意味する。創造の第五日、神は、水に「レプティーレ・アニマエ・ウィーウェンティス」、すなわち生きた魂をもつ這うものを生み出せ、といった。英訳は、これを「生命をもつ」としている。また、神は鯨と、「エト・オムネム・アニマム・ウィーウェンテム」を造った。英訳では、「あらゆる生き物」である。同じく、人間についても、神は大地の塵から人間を造り、その顔に生命の息を吹き込み、「エト・ファクトゥス・エスト・ホモー・イン・アニマム・ウィーウェンテム」、すなわち「人間は生き物となった」とある。また、ノアが箱舟から出た後、神は、もう「オムネム・アニマム・ウィーウェンテム」、すなわち「あらゆる生き物」を打つことはしないという。さらに、『申命記』第十二章二十三節には、「血を食べてはならない。血は魂」、すなわち「生命」だからである、とある。これらの箇所で、魂が、体から分離して存在する非物体的な実体を意味するなら、人間と同じように、他のどんな生き物についても、そう推論できるだろう。しかし、信徒の魂が、復活から永遠に、その体の中に留まるのは、それ自体の本性によってではなく、神の特別な恩寵によってである。このことは、すでに第三十八章で、聖書から十分に証明したと思う。また、新約で、人が体と魂と共に地獄の火に投げ込まれるという箇所も、体と生命という以上の意味はない。すなわち、生きたまま、ゲヘナの永続する火へ投げ込まれる、ということである。

煉獄、悪霊祓い、聖人への祈願の教説など

この窓から入り込むのが、まず永遠の苦痛についての、次に煉獄についての、暗い教説である。さらに、死者の幽霊が、特に聖別された場所、寂しい場所、暗い場所を歩き回るという教説が入り込み、それによって、幻影を祓い、呪文をかけるという主張、また死者への祈願、贖宥の教説も入り込む。贖宥とは、これらの非物体的な実体が、焼かれることで清められ、天にふさわしくなるとされる、煉獄の火から、一時的に、あるいは永遠に免除されることである。救い主の時代以前から、人々は一般に、ギリシャ人のデーモン論の伝染によって、人間の魂は体とは異なる実体だという意見に取りつかれていた。そのため、体が死んでも、敬虔な者でも悪しき者でも、すべての人の魂は、それ自体の本性の力によって、どこかに存続しなければならないと考えた。そこに、神の超自然的な賜物を何も認めなかったのである。そのため、教会の教師たちは、復活で体に再び結びつけられるまで、魂がどこに留まるべきかを、長い間決めかねていた。しばらくは、祭壇の下に横たわると考えたが、後にローマ教会は、魂のために、この煉獄という場所を建てるほうが利益になると分かった。近年、他の幾つかの教会が、それを取り壊したのである。

前述の教説のために引かれる聖句には、すでに答えた

では、ここで触れた三つの一般的な誤りを、最も強く確かめるように見える聖書の箇所を、考えよう。教皇によって治められる現在の神の王国について、ベラルミーノ枢機卿が引用した箇所には、すでに答えた。それ以上に、証拠らしい見かけをもつ箇所はない。そして、モーセが設けた神の王国は、サウルが選ばれたときに終わったことを明らかにした。その後、祭司は、自分自身の権限によって、王を廃位したことは一度もなかった。大祭司がアタルヤに対して行ったことは、自分自身の権利によってではなく、彼女の子である若いヨアシュ王の権利によって行ったものである。それに対して、ソロモンは、自分自身の権利によって、大祭司アビアタルを退け、別の者をその地位に立てた。キリストによる神の王国が、すでにこの世にあることを証明するために挙げられる、あらゆる箇所のうち、最も答えにくいものを引くのは、ベラルミーノでも、ローマ教会の他の者でもなく、ベザである。彼は、それがキリストの復活から始まるとする。しかし、それによって、ジュネーヴの国家で長老会に最高の教会権力を、したがって、他のすべての国家でも、それぞれの長老会に同じ権力を認めようとするのか、それとも、君主や他の市民的な主権者に認めようとするのか、私にはわからない。長老会は、その形態の教会統治がある場所で、自国の王を破門し、宗教の最高の統率者となる権力を、教皇が普遍的に要求するのに劣らず、要求してきたからである。

ベザが次のように推論する聖句への答え――キリストの王国は復活から始まった

その言葉は、『マルコによる福音書』第九章一節の、「よくいっておく。ここに立っている者の中には、神の王国が力をもって来るのを見るまでは、死を味わわない者がいる」である。この言葉を文法どおりに受け取るなら、当時、キリストのそばに立っていた人々のうちの何人かは、まだ生きているか、そうでなければ、神の王国は、今この現在の世にあるに違いないかの、いずれかとなる。すると、さらに難しい別の箇所がある。救い主の復活後、昇天の直前に、使徒たちは、「今こそ、イスラエルに王国を回復なさるのですか」と尋ねた(『使徒言行録』第一章六節)。救い主は、こう答えた。「父が自分の権限のうちに置いた時や時期を知ることは、あなたがたの務めではない。しかし、聖霊があなたがたの上に来ることによって、力を受け、エルサレム、ユダヤ全土、サマリア、地の果てまで、私の殉教者〔Martyrs〕、すなわち証人となるであろう。」これは、次のようにいうのと同じである。私の王国は、まだ来ていない。また、いつ来るかを、あなたがたが前もって知ることもない。夜の盗人のように来るからである。しかし、私はあなたがたに聖霊を送り、それによって、私の復活、私の行った業、教えた教説を、宣教を通じて全世界に証しする力を得させよう。人々が私を信じ、私の再臨において、永遠の生命を待ち望むようにするためである、と。これは、キリストの王国が復活時に来たということと、どう一致するのか。また、聖パウロは、『テサロニケの信徒への手紙一』第一章九、十節で、「彼らは、偶像から、生ける真の神に仕えるために立ち帰り、天からの御子を待ち望むようになった」という。天からの御子を待ち望むとは、御子が力をもって王となるために来るのを待つことである。その王国が、すでにそのとき存在したなら、そうする必要はなかったはずである。さらに、ベザが『マルコによる福音書』第九章一節について考えるように、神の王国が復活時に始まったのであれば、復活以来、キリスト教徒が、「御国が来ますように」と祈り続けるのには、何の理由があるのか。したがって、聖マルコの言葉を、そのように解釈すべきでないことは、明らかである。救い主は、ここに立っている者の中には、神の王国が力をもって来るのを見るまで、死を味わわない者がいる、という。それなら、その王国がキリストの復活時に来るべきだったなら、なぜ、全員ではなく、「何人か」といわれるのか。全員、キリストが復活した後まで、生きていたからである。

『マルコによる福音書』第九章一節の説明

しかし、この聖句の厳密な解釈を求める者には、まず、聖ヨハネについて、救い主が聖ペトロに述べた、同じような言葉を解釈してもらいたい。「私が来るまで、その者が留まるよう望んだとしても、あなたに何の関係があるか」(『ヨハネによる福音書』第二十一章二十二節)。この言葉から、ヨハネは死なないという噂が生じた。しかし、この噂が、その言葉に十分な根拠をもつ真実だと確認されたわけでも、根拠がないと反駁されたわけでもない。理解されていない言葉として、残されたのである。聖マルコの箇所にも、同じ難しさがある。そして、この箇所と、同じ言葉が繰り返される聖ルカの箇所の、どちらでも、すぐ後に続くことから意味を推測してよいなら、その言葉が、直後の節に記される変容に関わると考えることも、十分にありうる。そこには、こうある。「六日の後、イエスは、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを連れて」、すなわち弟子の全員ではなく何人かを連れて、「自分たちだけで、高い山へ上り、彼らの前で姿が変わった。その衣服は輝き、雪のように真っ白になり、地上のどんな布さらしにも、これほど白くはできないほどだった。そして、エリヤがモーセと共に現れ、イエスと語り合っていた」云々。こうして彼らは、来るべきキリストの、栄光と威厳に満ちた姿を見た。そのため、「ひどく恐れた」。このように、救い主の約束は、幻によって果たされたのである。それが幻だったことは、同じ出来事を語る聖ルカが、ペトロと同行の者たちは、眠気に襲われていたということからも、おそらく推論できる(『ルカによる福音書』第九章二十八節)。しかし、同じことを再び述べる『マタイによる福音書』第十七章九節からは、確実にわかる。救い主が、「人の子が死者の中から復活するまでは、この幻を誰にも話してはならない」と命じたからである。いずれにせよ、この箇所から、神の王国が最後の審判の日より前に始まることを証明する論拠は、何も取れない。

教皇の権力を擁護するための、他の聖句の濫用

ベラルミーノの挙げたもの以外に、市民的な主権者に対する教皇の権力を証明するための、他の聖句もある。たとえば、キリストと使徒たちがもっていた二本の剣は、霊的な剣と世俗的な剣であり、それを聖ペトロはキリストから与えられた、といわれる。また、二つの光るもののうち、大きいほうが教皇を、小さいほうが王を意味する、ともいわれる。それなら、聖書の最初の一節から、天は教皇を、大地は王を意味すると推論しても、同じことである。これは、聖書から論じることではなく、君主に対する、みだりな侮辱である。それが流行したのは、教皇たちが、自分の偉大さを確かなものと思い、すべてのキリスト教徒の王を軽蔑するようになってからだった。彼らは、皇帝の首を踏み、『詩編』第九十一編の、「あなたは獅子と毒蛇を踏み、若獅子と竜を、足の下に踏みにじる」という言葉で、皇帝と聖書との両方を、あざけったのである。

聖書における聖別の方法には、悪霊祓いはなかった

聖別の儀礼については、その大半は聖書ではなく、教会を統治する者の裁量と判断に依存する。しかし、その統治者たちも、行為自体の性質が求める指針に従う義務がある。儀式、言葉、身振りが、ふさわしく、意味をもち、あるいは、少なくともその行為に合っている、といったことである。モーセが、幕屋、祭壇、それらに属する器具を聖別したとき、その目的のために神が作るよう命じた油を塗り、それらは聖なるものとなった(『出エジプト記』第四十章)。幻影を追い払うために、何かに悪霊祓いをすることはなかった。同じモーセ、すなわちイスラエルの市民的な主権者が、大祭司アロンとその息子たちを聖別したときも、水で洗い、衣服を着せ、油を塗った。悪霊祓いをした水ではない。こうして、彼らは主に祭司の職で仕えるために、聖なる者とされた。これは、神のしもべとして献げる前に、単純でふさわしい仕方で、彼らを清め、装うことだった。イスラエルの市民的な主権者であるソロモン王が、自分の建てた神殿を聖別したときは、イスラエルの全会衆の前に立ち、彼らを祝福し、父の心に神殿を建てる思いを与え、自分には、それを完成する恵みを与えたことを、神に感謝した(『列王記下』第八章)。次に、まず、この家が神の無限の偉大さにふさわしくないとしても、それを受け入れ、その中で、あるいは不在のときはその方へ向かって祈るしもべたちの祈りを、聞き入れるよう願った。そして最後に、和解の献げ物のいけにえを献げ、その家はささげられた。ここには、行列はなかった。王は、初めの場所に立ったままだった。悪霊祓いをした水も、「アスペルゲス・メー」も、別の機会に語られた言葉の、他の的外れな転用もなかった。ただ、ふさわしく、理にかなった言葉、新しく建てた家を神に献げる際、その機会に最も合った言葉があったのである。聖ヨハネがヨルダン川の水を、フィリポが宦官に洗礼を授けた川の水を、悪霊祓いしたとは、記されていない。また、使徒の時代のどの牧者についても、自分の唾を取り、洗礼を受ける者の鼻につけ、「イン・オドーレム・スアーウィターティス」、すなわち「主への甘美な香りのために」といったとは、記されていない。唾の儀式は、その不潔さのため、その聖句の転用は、その軽薄さのため、どんな人間の権限によっても正当化できないのである。

人間の魂の不死は、自然によるのでなく、恩寵によるものとして聖書から証明される

体から分離した魂が永遠に生きることを、証明するために挙げられる箇所は、さまざまにある。すなわち、アダムが罪によって失い、救い主が自らの犠牲によって信徒に回復した永遠の生命を、特別な恩寵によって取り戻す、選ばれた者たちの魂だけでなく、見捨てられた者たちの魂も、人類の本質に自然に伴う性質として、全人類に普遍的に与えられる以外の、別の神の恩寵なしに、永遠に生きる、ということである。一見すると、これらの箇所は、その目的に十分役立つように見える。しかし、私が第三十八章で、すでに『ヨブ記』第十四章から挙げたことと比べると、ヨブの言葉よりも、はるかに別の解釈の余地があると思われる。

第一に、ソロモンの言葉がある。「そのとき、塵は元のとおり塵に帰り、霊は、それを与えた神に帰る」(『コヘレトの言葉』第十二章七節)。これには、直接に反する他の聖句がなければ、人が息を引き取るとき、その霊がどうなるかを知るのは、神だけであって、人間ではない、という解釈を、十分に与えられる。同じソロモンは、同じ書の第三章二十、二十一節で、私が与えた意味と同じ判断を述べている。その言葉はこうである。「人も獣も、すべて同じ場所へ行く。すべては塵から生じ、すべては再び塵に帰る。人の霊が上へ行き、獣の霊が下へ、大地へ行くと、誰が知るのか。」すなわち、神以外には誰も知らないのである。われわれの理解しないものについて、「神は、それが何かを知る」、「神は、それがどこかを知る」というのは、珍しい言い方ではない。また、『創世記』第五章二十四節の、「エノクは神と共に歩んだ。そして、いなくなった。神が彼を取ったからである」は、『ヘブライ人への手紙』第十三章五節で、こう説明される。「彼は、死を見ないように移され、見いだされなくなった。神が彼を移したからである。移される前に、神を喜ばせたと証しされていた。」これは、魂の不死と同じほど、体の不死を支持し、この移されることが、神を喜ばせる者たちに固有で、悪しき者たちと共通ではなく、自然でなく恩寵に依存することを、証明する。しかし反対に、次のソロモンの言葉には、文字どおりの意味以外に、どんな解釈を与えられるだろうか。「人の子らに起こることは、獣にも起こる。同じ一つのことが起こる。一方が死ぬように、他方も死ぬ。どれも同じ息、同じ霊をもつ。したがって、人は獣にまさるところがない。すべては空しいからである」(『コヘレトの言葉』第三章十九節)。文字どおりの意味によれば、ここには、魂の自然の不死はない。しかし、選ばれた者が恩寵によって享受する永遠の生命との矛盾もない。また同第四章三節には、「まだ存在したことのない者のほうが、その両者よりもよい」、すなわち、生きている者や、生きたことのある者よりもよい、とある。生きたことのある者の魂がすべて不死なら、これは理解しがたい言葉になる。そうなら、不死の魂をもつことは、魂をまったくもたないことよりも悪い、ということになるからである。また同第九章五節には、「生きている者は、自分が死ぬことを知る。しかし、死者は何も知らない」とある。すなわち、自然の状態で、体の復活以前には、ということである。

魂の自然の不死を支持するように見える、もう一つの箇所は、救い主が、アブラハム、イサク、ヤコブは生きている、というところである。しかし、これは、神の約束と、彼らが確実に復活することについて語られたのであって、そのとき現実に生きていたことについてではない。その意味は、神がアダムに、禁じられた実を食べる日に、必ず死ぬといったのと同じである。その時以後、アダムは、宣告によって死者だった。しかし、執行によって死者となるのは、ほぼ千年後だった。同じく、アブラハム、イサク、ヤコブも、キリストが語ったとき、約束によって生きていた。しかし、復活までは、現実には生きていない。また、富者とラザロの物語も、それを実際そうであるように、たとえ話として受け取れば、このことに何も反しない。

しかし、新約には、悪しき者に直接、不死を認めるように見える、他の箇所がある。彼らがみな、審判のために復活することは、明らかだからである。さらに、多くの箇所で、「永遠の火、永遠の苦痛、永遠の罰」へ行くこと、また、「良心の虫は決して死なない」ことも述べられる。これらすべては、永遠の死という言葉に含まれ、普通は、苦痛のうちにある永遠の生命と解釈される。それでも、人が永遠に苦痛のうちに生きるとは、どこにも見いだせない。また、神が、いつまでも、人間に想像できる、いや、それ以上の極限の苦痛すべてによって、人々の違反を罰する、というのも、理解しがたい。神は、憐れみの父であり、天と地で望むことをすべて行い、すべての人の心を意のままにでき、人々のうちに意志することも行うことも生じさせる。その無償の賜物なしには、人は善へ傾くことも、悪を悔い改めることもないのである。したがって、永遠の火や、聖書の他の同様の言い方が、何を意味するかを考えなければならない。

私はすでに、キリストによる神の王国は、最後の審判の日に始まることを示した。その日、信徒は、栄光ある霊的な体で復活し、永遠に続くその王国で、キリストの臣民となる。彼らは、自然的な体で行っていたようには、めとることも、嫁ぐことも、飲食することもなく、生殖によって種として永続するのではなく、一人一人が永遠に生きる。また、見捨てられた者たちも、その罪への罰を受けるために復活する。さらに、選ばれた者のうち、その日に地上の体で生きている者たちの体は、突然変えられ、霊的で不死のものとなる。しかし、サタンの王国をなす、見捨てられた者たちの体も、栄光ある霊的な体となるとか、飲食も生殖もせず、神の天使のようになるとか、一人一人の生命が、すべての信徒の生命のように、あるいは、罪を犯さなかった場合のアダムの生命のように、永遠であるとかいうことを証明する箇所は、聖書にはない。別の解釈ができる、永遠の苦痛についての、これらの箇所だけがあるにすぎない。

ここから、選ばれた者たちが、復活の後、アダムが罪を犯す以前の状態に回復されるように、見捨てられた者たちは、アダムとその子孫が、罪を犯した後にあった状態になる、と推論できる。ただし、神は、アダムと、その子孫で神を信頼し、悔い改める者には、贖い主を約束したが、見捨てられた者たちのように、罪のうちに死ぬ者には、そうしなかったという違いがある。

永遠の苦痛とは何か

これらのことを考えれば、永遠の火、永遠の苦痛、決して死なない虫に言及する聖句は、死という語の本来の自然な意味での、第二の永遠の死という教説に、矛盾しない。悪しき者のために、ゲヘナ、トフェト、その他どんな場所であれ、用意された火や苦痛は、永遠に続くかもしれない。また、その中で苦しめられる悪しき者は、決して尽きないかもしれない。それでも、すべての者が永遠に苦しむわけではなく、誰か一人が永遠に苦しむということさえない。悪しき者は、アダムの罪の後にあった状態に残されるので、復活の際にも、以前と同じように生き、めとり、嫁ぎ、今の全人類のように、粗大で朽ちる体をもちうる。したがって、復活後も、それ以前と同じように、絶えず生殖しうる。これに反する聖書の箇所は、ないからである。聖パウロが『コリントの信徒への手紙一』第十五章で復活を語るとき、意味するのは、永遠の生命への復活だけであり、罰への復活ではない。そして前者について、体は、「朽ちるものとしてまかれ、朽ちないものとして起こされ、卑しいものとしてまかれ、栄光あるものとして起こされ、弱いものとしてまかれ、力あるものとして起こされ、自然的な体としてまかれ、霊的な体として起こされる」という。罰のために復活する者たちの体について、そのようなことは何もいえない。同じく救い主も、復活後の人間の本性を語るときには、永遠の生命への復活を意味し、罰への復活を意味しない。その聖句は、『ルカによる福音書』第二十章三十四、三十五、三十六節であり、豊かな意味をもつ箇所である。「この世の子らは、めとり、嫁ぐ。しかし、あの世と、死者の中からの復活とを受けるにふさわしいとされる者たちは、めとることも嫁ぐこともない。もはや死ぬこともできない。天使に等しく、復活の子であるので、神の子だからである。」アダムが残した状態にある、この世の子らは、めとり、嫁ぐ。すなわち、代々、朽ち、生まれるのである。これは、種の不死であって、個々の人間の不死ではない。彼らは、来世と、死者からの完全な復活とを得る者たちの中に数えられるに値しない。ただ、しばらくの間、その世の仮の住人となり、不服従への相応の罰を受けるためだけに、そこにいる。復活の子であるのは、選ばれた者たちだけである。すなわち、永遠の生命の唯一の相続人である。その者たちだけが、もはや死ぬことができない。天使に等しく、神の子であるのは、その者たちであって、見捨てられた者たちではない。見捨てられた者たちには、復活後、第二の永遠の死が残される。その復活と、第二の永遠の死との間にあるのは、ただ処罰と苦痛の期間である。そして処罰と苦痛は、罪人たちが次々にそれを受けることによって、人類という種が生殖により存続するかぎり、すなわち永遠に続くのである。

煉獄のために引用される聖句への答え

すでに述べたとおり、煉獄の教説は、分離した魂が本性上永遠であるという、この教説に基づいている。永遠の生命は恩寵によるものだけだとすれば、体の生命のほかには生命はなく、復活までは不死もないからである。ベラルミーノが煉獄のために旧約の正典から引用する箇所は、第一に、ダビデがサウルとヨナタンのために断食したという、『列王記下』第一章十二節の箇所であり、また、アブネルの死についての、『サムエル記下』第三章三十五節である。彼によれば、このダビデの断食は、その者たちの死後、神から何かを得るためだった。自分の子の回復を求めて断食した後には、子が死んだと知るや、食物を求めたからである。そこで、魂には体から分離した存在があり、人々の断食によって、すでに天か地獄にいる魂のためには何も得られない以上、天にも地獄にもいない死者の魂があることになり、したがって、その魂は第三の場所、すなわち煉獄にいなければならない、というのである。こうして、彼は、ひどく無理を重ね、これらの箇所を曲げて、煉獄の証明にしている。しかし、人の死に際しての喪や断食の儀式が、その生前、悼む者に利益を与えなかった人のために行われる場合には、その人物に敬意を示すためであることは、明らかである。また、生前、悼む者に利益を与えた人の死のために行われるなら、自分の個人的な損失から生じるのである。こうしてダビデは、断食によってサウルとアブネルに敬意を示し、自分の子の死に際しては、普段の食物を取ることで、自らを慰めたのである。

彼が旧約から引用する他の箇所には、証拠の見かけや、もっともらしささえない。怒り、火、燃焼、精錬、清めという語がある聖句なら、教父の誰かが、説教の中で修辞的に、すでに信じられていた煉獄の教説へ当てはめさえすれば、すべて持ち出すのである。『詩編』第三十七編の第一節、「主よ、怒りのうちに私を責めず、激しい憤りのうちに私を懲らしめないでください」は、アウグスティヌスが、怒りを地獄の火に、憤りを煉獄の火に当てはめなかったとすれば、煉獄と何の関係があるのか。また、同第六十六編十二節の、「われわれは、火と水を通り、あなたはわれわれを潤いのある場所へ導き出された」や、その他の同様の聖句は、煉獄と何の関係があるのか。それらは、当時の教師たちが、説教や注解を飾り、膨らませるために用いたものであり、知恵を絞って、自分たちの目的へ無理に引きずり込まれたのである。

煉獄を支持するとされる新約の箇所への答え

しかし彼は、新約から、そう容易には答えられない他の箇所も挙げる。第一は、『マタイによる福音書』第十二章三十二節である。「人の子に反する言葉を語る者は、赦される。しかし、聖霊に反して語る者は、この世でも来るべき世でも、赦されることがない。」ここで彼は、この世では赦されなかった罪の一部が、来るべき世では赦されるので、その来るべき世を煉獄としようとする。しかし、世が三つしかないことは、明らかである。一つは、創造から洪水までで、水によって滅ぼされ、聖書では古い世と呼ばれる。もう一つは、洪水から最後の審判の日までの、現在の世であり、火によって滅ぼされる。第三は、最後の審判の日から後、永遠に続く、来るべき世と呼ばれるものである。その世には煉獄はないという点で、すべての者が一致している。したがって、来るべき世と煉獄とは、両立しない。それなら、この救い主の言葉は、何を意味するのか。現在、一致して受け入れられているすべての教説と、それを折り合わせるのは、非常に難しいと認める。また、聖書の奥深さが、人間の限られた理解力では測りきれないほどであると認めることは、何の恥でもない。それでも、その本文自体から示唆されることを、より学識ある神学者たちの考察に向けて、提示することはできる。まず、三位一体の第三の人格である聖霊に反して語ることは、聖霊の宿る教会に反して語ることである。それゆえ、ここで比べられているのは、救い主自身が世を教えていた間、すなわち地上にいたときに、自分に対する侵害を寛大に忍んだことと、その後の牧者たちが、聖霊から得た自分たちの権限を否認する者に対して示す、厳しさとであるように思われる。まるで、次のようにいうかのようである。私の権力を否認するあなたがた、いや、私を十字架につけるあなたがたも、悔い改めて私に立ち帰るたびに、私から赦されるだろう。しかし、今後、聖霊の力によってあなたがたを教える者たちの権力を否認すれば、彼らは容赦せず、赦さず、この世で迫害し、あなたがたを、赦罪を与えないまま、できるかぎり、来るべき世の罰へ残すだろう。私に立ち帰っても、彼らにも立ち帰らなければ、そうなるのである、と。このように、この言葉は、キリスト教会に長く続いてきた時代についての、預言や予告として受け取れる。あるいは、この意味ではないなら、私はこのように難しい箇所では断定しないのだが、おそらく復活の後にも、ある罪人たちの悔い改める余地が残されているのかもしれない。これに合うように見える、別の箇所もある。聖パウロの、「死者がまったく復活しないなら、死者のために洗礼を受ける者たちは、何をするのか。なぜ死者のために洗礼を受けるのか」という言葉を考えれば(『コリントの信徒への手紙一』第十五章二十九節)、ある人々が推論したように、聖パウロの時代には、死者のために洗礼を受け、亡くなった友人たちが、救い主の再臨の際には、進んで従い、王として受け入れることを、本人たちに代わって請け合う慣習があった、と推論することもできる。今日、信じる者たちが、まだ信じる能力のない幼児の信仰を保証し、引き受けるのと同じである。その場合、来るべき世における罪の赦しには、煉獄は必要ない。しかし、この二つの解釈には、どちらも逆説的なところが多いので、私は頼りにしない。ただ、聖書に十分通じた者たちに提示し、それらに反する、もっと明白な箇所がないか、調べてもらうのである。ただ、次のことについては、私を納得させる明白な聖書の根拠がある。この箇所にも、他のどの箇所にも、煉獄という語も、それに当たるものもなく、体のない魂のための場所の必要性を証明するものもない、ということである。死んでいた四日間のラザロの魂のためにも、ローマ教会が今、煉獄で苦しめられていると称する者たちの魂のためにも、そうした場所を必要とするものはない。粘土の塊に生命を与えることのできた神は、同じ力で、死者に再び生命を与え、生命を失って腐った死体を、栄光ある霊的で不死の体へ、新たにできるからである。

もう一つの箇所は、『コリントの信徒への手紙一』第三章である。そこには、真の土台の上に藁や草などで建てた者は、その仕事は失われるが、「その者たち自身は救われる。ただし、火を通るかのようにである」とある。彼は、この火を煉獄の火としようとする。この言葉は、すでに述べたとおり、『ゼカリヤ書』第十三章九節の、「私は、その三分の一を火の中へ通し、銀を精錬するように精錬し、金を試すように試す」という言葉を踏まえたものである。それは、メシアが力と栄光をもって来ること、すなわち、最後の審判の日と、現在の世界の大火について語られている。そこで、選ばれた者たちは、焼き尽くされるのではなく、精錬される。すなわち、誤った教説や伝承を捨て、いわば、それらを焼き落とし、その後、真の神の名を呼ぶのである。同様に使徒は、「イエスはキリストである」という土台を保ちながら、その上に他の誤った教説を建てる者たちは、世界を新たにする火で焼き尽くされず、それを通って救済へ至るという。ただし、それまでの誤りを見て、捨てるような仕方である。建てる者は牧者、土台は「イエスはキリストである」ということ、藁と草は、無知や弱さによってそこから引き出された誤った帰結、金、銀、宝石は、その真の教説である。そして、その精錬や清めは、誤りを捨てることである。これらのどこにも、非物体的な、すなわち作用を受けることのできない魂が、焼かれるということの、もっともらしい根拠は、まったくない。

死者のための洗礼を、どう理解するか

第三の箇所は、前に述べた『コリントの信徒への手紙一』第十五章の、死者のための洗礼に関する箇所である。彼はそこから、まず、死者のための祈りは無益ではないと結論し、さらにそこから、煉獄の火があると結論する。しかし、どちらも正しくない。洗礼という語の多くの解釈のうち、彼が第一に認めるのは、洗礼とは、比喩的に、悔悛の洗礼を意味し、人々は、断食し、祈り、施しをするとき、この意味で洗礼を受ける、というものである。そうなると、死者のための洗礼と、死者のための祈りとは、同じになる。しかし、これは、聖書にも、言葉の他のどんな用法にも例のない比喩であり、聖書の調和と目的にも合わない。洗礼という語は、『マルコによる福音書』第十章三十八節と、『ルカによる福音書』第十二章五十節では、自分自身の血に浸されることに使われる。十字架上のキリストや、キリストを証しした大部分の使徒たちが、そうだった。しかし、祈り、断食、施しが、浸すことと何らかの類似をもつとは、いいがたい。同じ語は、『マタイによる福音書』第三章十一節で、火による清めにも使われる。これは、煉獄をいくらか支持するように見える。しかし、ここで述べられる火と清めが、預言者ゼカリヤの語るものと同じなのは、明らかである。「私は、その三分の一を火の中へ通し、精錬する」云々(『ゼカリヤ書』第十三章九節)。聖ペトロも、その後、「あなたがたの信仰の試練が、火で試されても朽ちる金より、はるかに貴いものとして、イエス・キリストの現れるとき、賛美、名誉、栄光となるように」という(『ペトロの手紙一』第一章七節)。聖パウロも、「火が、各人の仕事を試し、それがどのようなものかを示す」という(『コリントの信徒への手紙一』第三章十三節)。しかし、聖ペトロと聖パウロが語るのは、キリストの再臨にある火であり、預言者ゼカリヤが語るのは、最後の審判の日である。したがって、この聖マタイの箇所も、同じこととして解釈できる。その場合、煉獄の火を必要とすることはない。

死者のための洗礼のもう一つの解釈は、私が先に述べたものであり、彼は、蓋然性の第二位に置いている。ここからも、死者のための祈りの有益さを推論する。復活の後、キリストについて聞いたことのない者や、信じなかった者が、キリストの王国に受け入れられるなら、その死後、復活するまでの間、友人たちがその者のために祈るのは、無駄ではないからである。しかし、神が、信徒の祈りに応じて、キリストの宣教を聞いたことがなく、したがってキリストを拒絶しえなかった者の一部を、自分のもとへ立ち帰らせるかもしれないこと、また、その点での人々の愛を非難できないことを認めても、それは、煉獄について何も結論しない。死から生命へ復活することと、煉獄から生命へ上がることとは、別だからである。後者は、生から生へ、苦痛の生から喜びの生へと上がることなのである。

第四の箇所は、『マタイによる福音書』第五章二十五節である。「訴える相手と道を共にしている間に、早く和解しなさい。相手があなたを裁判官に、裁判官があなたを役人に引き渡し、牢獄に入れられることのないように。よくいっておく。最後の一ファージングまで払い終えるまでは、そこから決して出られない。」この寓意では、過ちを犯した者は罪人、訴える相手も裁判官も神、道はこの生、牢獄は墓、役人は死である。罪人は、最後の一ファージングまで払い終えるか、キリストがその受難によって代わりに支払うまでは、そこから永遠の生命へではなく、第二の死へと復活する。キリストの受難は、小さな罪にも大きな犯罪にも、あらゆる種類の罪に対する、完全な身代金である。その両方が、キリストの受難によって、等しく赦されうるものとされたのである。

第五の箇所は、『マタイによる福音書』第五章二十二節である。「理由なく兄弟に怒る者は、裁判で罪に問われる。兄弟にラカという者は、評議会で罪に問われる。しかし、愚か者という者は、地獄の火の罪に問われる。」この言葉から、彼は、三種類の罪と、三種類の罰を推論する。そして、最後の罪以外は、地獄の火によって罰されないので、したがって、この生の後、小さな罪への処罰が煉獄にある、とする。しかし、この推論には、これまで与えられたどの解釈によっても、もっともらしい根拠がない。この生の後にも、救い主の時代のユダヤ人の間にあったように、異なる種類の犯罪を審理し、決定するための、裁判官と評議会といった、法廷の区別があるのか。すべての裁判権が、キリストと使徒たちに属するのではないのか。したがって、この聖句を理解するには、それだけを切り離さず、前後の言葉と共に考えなければならない。救い主は、この章でモーセの法を解釈している。ユダヤ人たちは、立法者の意図や意味に、どれほど背いていても、文法上の意味を破らなければ、その法は果たされたと考えていた。そこで、彼らが、第六戒は人を殺したときにだけ、第七戒は妻でない女性と寝たときにだけ、破られると考えていたのに対し、救い主は、正当な理由のない兄弟への内心の怒りも、殺人であると告げる。「あなたがたは、『殺すな』というモーセの法と、『殺す者は、裁判官の前で』、あるいは七十人の会議の前で、『罪とされる』と聞いている。しかし私はいう。理由なく兄弟に怒ること、あるいはラカや愚か者と呼ぶことは、殺人であり、最後の審判の日、キリストと使徒たちの会議で、地獄の火によって罰される」というのである。したがって、これらの言葉は、異なる犯罪、異なる法廷、異なる罰を区別するために使われたのではない。ユダヤ人が、神に従う意志の違いからではなく、世俗の法廷の違いから引き出した、罪と罪との区別を非難するためだった。そして、兄弟を害する意志をもつ者は、その結果が、ののしることだけに現れる場合でも、まったく現れない場合でも、裁判官と会議によって、地獄の火に投げ込まれると示すためだった。最後の審判の日には、それらは異なる法廷ではなく、同じものとなる。このことを考えれば、この聖句から、煉獄を支持する何を引き出せるのか、私には想像できない。

第六の箇所は、『ルカによる福音書』第十六章九節の、「不正なマモンによって友を作りなさい。そうすれば、あなたがたが行き詰まったとき、彼らは永遠の住まいに迎え入れてくれるであろう」である。彼は、亡くなった聖人への祈願を証明するために、この箇所を引用する。しかし、その意味は明白である。富によって、貧しい人々を友とし、それによって、彼らが生きている間に、その祈りを得るべきだということである。「貧しい者に与える者は、主に貸す。」第七は、『ルカによる福音書』第二十三章四十二節の、「主よ、あなたの王国に来られるとき、私を思い出してください」である。したがって、この生の後にも罪の赦しがあると、彼はいう。しかし、この帰結は正しくない。救い主は、そのとき彼を赦したのであり、栄光のうちに再び来るとき、彼を永遠の生命へ復活させることを、忘れずにいるのである。

第八は、『使徒言行録』第二章二十四節である。聖ペトロは、キリストについて、「神は、死の苦痛を解いて、彼を復活させた。死に捕らえられたままでいることは、不可能だったからである」という。彼は、これを、キリストが煉獄に下り、そこにいる幾つかの魂を、苦痛から解放したことと解釈する。しかし、解かれたのはキリストであり、死、あるいは墓に捕らえられたままでいられなかったのも、煉獄の魂ではなく、キリストだったことは、明らかである。また、ベザがこの箇所の注で述べることをよく見れば、「苦痛〔Paynes〕」の代わりに「束縛〔Bands〕」とすべきことは、誰にもわかるだろう。そうすれば、この聖句に煉獄を探す理由は、それ以上なくなるのである。

第四十五章 デーモン論と、異邦人の宗教のその他の残滓について

デーモン論の起源

光る物体が、一本の直線を通じて、あるいは不透明な物体から反射されたり、透明な物体を通る際に屈折したりする多くの線を通じて、視覚器官に与える印象は、神がそのような器官を置いた生き物のうちに、その印象のもととなる対象の想像を生じさせる。この想像が視覚と呼ばれ、単なる想像ではなく、われわれの外にある物体そのもののように見える。それは、人が自分の目を強く押すと、外の前方に光が現れるのと同じである。その光は、本人以外には誰にも知覚されない。実際には、そのようなものは外にはなく、内側の器官の運動が、抵抗によって外へ押し返し、そう思わせるだけだからである。そして、この圧力によって生じた運動が、その原因となる対象が取り除かれた後も続くことが、想像や記憶と呼ばれるものである。また、眠っているときや、ときには病気や外力によって器官が大きく乱れたときには、夢と呼ばれる。これらのことについては、すでに第二章と第三章で、簡潔に述べた。

視覚のこの性質は、古代に自然の知識を称した者たちにも、発見されていなかった。まして、その知識のように、当面の用途から遠く離れたことを考えない者たちには、そうだった。そのため、人々には、想像力や感覚のうちにある像を、実際に外に存在するものと考える以外に、理解するのが難しかった。その像が、どこへ、どのように消えるかわからないので、ある者たちは、それを完全に非物体的、すなわち非物質的なもの、質料のない形相、色や形のある物体のない色や形だとする。そして、望むときに肉体の目に見えるよう、空気の体を衣服のようにまとうことができるとする。他の者たちは、それは物体であり、生き物だが、空気、あるいは、さらに微細で天上的な物質からできており、姿を見せようとするときには、その物質が凝縮するという。しかし、両者とも、それらの総称をデーモンとする点では一致している。まるで、自分たちが夢に見た死者は、自分の脳の住民ではなく、空中や天や地獄の住民であり、幻影ではなく幽霊であるかのように、そうするのである。それは、鏡に自分の幽霊を見たと言い、川に星の幽霊を見たというのと、まったく同じ程度の理由しかない。あるいは、普通は一フィートほどの大きさに見える太陽の姿を、目に見える世界全体を照らす、あの巨大な太陽のデーモン、あるいは幽霊と呼ぶのと、同じである。こうして、人々はそれらを、自分たちに善や害を与える、未知の、すなわち限りのない力をもつものとして恐れた。その結果、異教の国家の統治者は、この人々の恐れを調整する機会を得た。デーモン論を定め、公の平和と、そのために必要な臣民の服従とに役立てたのである。異教の宗教の主要な祭司として、詩人たちは、このことに特に用いられ、あるいは尊敬された。また、あるものを善いデーモン、他のものを悪いデーモンとし、一方を法律の遵守へ駆り立てる拍車、他方を違反から引き止める手綱としたのである。

古代のデーモンは、どのようなものだったか

デーモンという名を与えられたものが、どのような種類だったかは、一部は、ギリシャ最古の詩人の一人、ヘシオドスの書いた神々の系譜に、一部は、他の歴史に現れている。そのうち幾つかは、すでに本論の第十二章で指摘した。

その教説が、どのように広まったか

ギリシャ人は、植民と征服によって、その言語と文書を、アジア、エジプト、イタリアへ伝えた。それによって、必然的な帰結として、そのデーモン論、すなわち聖パウロのいう「悪魔の教説」も伝えた。こうして、その伝染は、ユダヤ、アレクサンドリア、その他、ユダヤ人が離散していた場所のユダヤ人にも及んだ。しかし、ユダヤ人は、ギリシャ人のように善悪両方の霊へデーモンという名を与えず、悪いものだけに与えた。そして、善いデーモンには、神の霊という名を与え、それが体に入った者を、預言者と見なした。要するに、あらゆる特異なものを、善いものであれば神の霊に、悪いものであれば、何らかのデーモン、ただしカコダイモーン〔kakodaimen〕、すなわち悪いデーモン、つまり悪魔に帰した。それゆえ、われわれが狂人や錯乱者と呼ぶ者、てんかんのある者、あるいは、人々が理解できないために不合理だと思うことを語った者を、デーモンに取りつかれた者、すなわち悪魔に取りつかれた者と呼んだ。また、著しく汚れた者には、汚れた霊がいると、口のきけない者には、口のきけない悪魔がいると、いうのが常だった。洗礼者ヨハネについては、その断食が特異だったので、悪魔がいるといった(『マタイによる福音書』第十一章十八節)。救い主についても、その言葉を守る者は「イン・アエテルヌム」、すなわち永遠に死を見ないといったため、「今こそ、お前に悪魔がいるとわかった。アブラハムは死に、預言者たちも死んだ」といった(『ヨハネによる福音書』第八章五十二節)。また、救い主が、「人々は自分を殺そうとしている」といったため、民は、「お前には悪魔がいる。誰がお前を殺そうとしているのか」と答えた(同第七章二十節)。ここから、ユダヤ人たちも、幻影について同じ意見をもっていたことが明らかである。すなわち、それらは、幻影、つまり脳の像ではなく、実在し、想像力から独立したものだと考えていたのである。

救い主が、それを訂正しなかった理由

この教説が真実でないなら、なぜ救い主は反論し、反対を教えなかったのか、いや、なぜ、さまざまな機会に、それを確かめるように見える言い方を用いるのか、という者がいるかもしれない。これに私は、まず、キリストが「霊には肉も骨もない」というとき、霊があることは示しても、それが物体であることは否定していないと答える。また、聖パウロが「われわれは、霊的な体として復活する」というとき、霊の本性を認めるが、それは物体的な霊である。これは、理解するのが難しくない。空気や他の多くのものは、肉や骨や、目で見分けられる他の粗大な物体ではなくても、物体だからである。しかし、救い主が悪魔に語りかけ、人から出て行くよう命じるとき、悪魔が、狂乱や錯乱のような病気、あるいは物体的な霊を意味するなら、その言い方は不適切ではないのか。病気は聞けるのか。あるいは、すでに生命精気と動物精気とで満ちた、肉と骨の体の中に、物体的な霊がありうるのか。したがって、体をもたず、単なる想像でもない霊が、あるのではないか。第一の点には、救い主が、自分の治す狂気や錯乱に向けて命令することは、熱病や風や海を叱ること以上に、不適切ではないと答える。これらも聞かないからである。また、神が、光、大空、太陽、星に、存在するよう命じたこと以上に、不適切ではない。それらは、存在する前には聞けなかったからである。しかし、その言い方は、神の言葉の力を意味するので、不適切ではない。したがって、当時、それらを普通そう理解した、悪魔という名のもとで、狂気や錯乱に、人の体から出て行くよう命じることも、不適切ではない。第二の、それらが非物体的であることについては、人が、自分の体を自然に動かす自分自身の霊以外の、他の何らかの物体的な霊に取りつかれたことを推論できる聖書の箇所は、私はまだ見いだしていない。

聖書は、霊が非物体的であるとは教えない

聖霊が鳩の姿で救い主の上に降った直後、救い主は、「霊によって荒れ野へ導かれた」と聖マタイは述べる(『マタイによる福音書』第四章一節)。同じことは、『ルカによる福音書』第四章一節で、「イエスは、聖霊に満たされ、霊のうちに荒れ野へ導かれた」と述べられる。ここから、そこで霊によって意味されるのが、聖霊であることは、明らかである。これは、取りつかれたこととは解釈できない。キリストと聖霊は、ただ一つの同じ実体だからである。これは、一つの実体、あるいは物体が、別の実体や物体に取りつかれることではない。また、続く節で、「悪魔によって聖なる都に連れて行かれ、神殿の頂に立たされた」といわれるからといって、そこから、悪魔に取りつかれたとか、力ずくで運ばれたとか、結論すべきなのか。さらに、「悪魔によって、そこから非常に高い山へ連れて行かれ、そこから、この世のすべての王国を見せられた」ともある。ここでも、悪魔に取りつかれ、強いられたと信じるべきではない。また、文字どおりの意味で、地球の半球全体を見せられるほど高い山がある、と信じるべきでもない。それなら、この箇所が意味するのは、自分で荒れ野へ行き、荒れ野から都へ、都から山へと、あちこち連れて行かれることは、幻だった、ということ以外に、何があるだろうか。聖ルカのいい方も、これに合っている。霊「によって」ではなく、霊「のうちに」、荒れ野へ導かれたというからである。ただし、山や神殿の頂へ連れて行かれたことについては、聖マタイと同じように語っている。これは、幻の性質にかなう。

また、聖ルカが、イスカリオテのユダについて、「サタンが彼の中に入り、それで彼は、祭司長や指揮官たちと、どうすればキリストを引き渡せるかを話し合いに行った」という箇所も、次のように答えられる。サタン、すなわち敵が入るとは、自分の主であり師である方を売ろうとする、敵対的で裏切りの意図を意味するのである。聖書で聖霊は、しばしば、聖霊から与えられる恵みや善い傾きを意味する。それと同じく、サタンが入ることも、キリストと弟子たちの敵対者の、悪しき思案や計画と理解できる。そのような敵対的な計画をもつ以前に、悪魔がユダに入ったというのは、難しい。しかし、まず心の中でキリストの敵となり、その後で悪魔が入ったというのも、的外れだからである。したがって、サタンが入ることと、ユダの悪しき企てとは、一つの同じことだった。

しかし、非物質的な霊も、何らかの物体的な霊が人の体に取りつくことも、ないのであれば、なぜ救い主と使徒たちは、それを民に教えず、もはや疑いようがないほど明白な言葉で語らなかったのか、と、また尋ねられるかもしれない。しかし、このような問いは、キリスト教徒の救済に必要なものというより、好奇心からのものである。それなら、すべての人に、信仰、敬虔、あらゆる道徳的な徳を与えられたキリストが、なぜ、ある者だけに与え、すべての者に与えなかったのか、また、なぜ、自然の原因や諸学問の探究を、人間の自然の理性と勤勉さに委ね、すべての人にも、誰か一人にも、超自然的に啓示しなかったのかなど、他の多くの同様の問いを立ててもよいだろう。それでも、これらには、もっともらしく敬虔な理由を挙げることはできる。神がイスラエル人を約束の地へ導いたとき、周囲のすべての民を征服して、その地の安全を保証したのではなく、多くの民を、彼らの脇腹の棘として残し、ときおり、その敬虔と勤勉さを目覚めさせたのと同じである。救い主も、天の王国へわれわれを導くにあたり、自然についての問いの難しさをすべて取り除かず、われわれの勤勉さと理性を働かせるために残した。その宣教の目的は、ただ、次の平明でまっすぐな救済への道を示すことだった。すなわち、「救い主はキリスト、生ける神の子であり、われわれの罪のために自らをいけにえとするために世に遣わされ、再臨の際には、栄光のうちに選ばれた者たちを治め、敵から永遠に救う」という信条への信仰である。この道では、霊や幻影に取りつかれるという意見は、妨げにならない。ただし、ある人々には、道を外れ、自分の考え出したものに従う機会になる。神の命令を果たす際に、われわれを悩ませるために生じうる、あらゆる問いへの説明を聖書に求めるなら、モーセに対しても、大地、海、人間、獣の創造の時だけでなく、そのような霊が創造された時も記しておかなかったと、不平をいってよいことになる。結論として、聖書には、天使や、善悪の霊があることは見いだせるが、それらが、人々が暗闇、夢、幻の中で見る姿のように非物体的であることは、見いだせない。ラテン人は、そうした姿をスペクトラと呼び、デーモンと見なした。また、微細で目に見えないとしても、物体的な霊があることは見いだせるが、それらが人の体に取りつき、住みついたことは、見いだせない。そして、聖徒たちの体は、そのようなもの、すなわち聖パウロが呼ぶ、霊的な体になるのである。

悪魔を追い出す権力は、初代教会にあったものと同じではない

それでも、反対の教説、すなわち非物体的な霊があるという教説は、これまで教会で強い勢力をもってきた。そのため、悪霊祓い、すなわち呪文によって悪魔を追い出す慣行が、それに基づいて設けられた。そして、まれに、弱々しく行われるとしても、まだ完全には放棄されていない。初代教会には、デーモンに取りつかれた者が多く、狂人や他の特異な病気が少なかったのに、今日では、狂人は多く見聞きするが、デーモンに取りつかれた者は少ないのは、自然が変わったためではなく、名称が変わったためである。しかし、以前には使徒たちが、その後しばらくは教会の牧者たちが、そうした特異な病気を治したのに、今では、そうするのが見られないのは、なぜか。また、今日、真の信徒のすべてに、当時の信徒が行ったことをすべて行う力がないのは、なぜか。すなわち、『マルコによる福音書』第十六章十七節にあるように、「キリストの名によって悪魔を追い出し、新しい言葉を語り、蛇をつかみ、致死の毒を飲んでも害を受けず、手を置くことで病人を治す」こと、しかも、これらすべてを、「イエスの名において」以外の言葉なしに行うことである。これは、別の問題である。おそらく、これらの特別な賜物が教会に与えられたのは、人々が全面的にキリストを信頼し、来るべきその王国だけに幸福を求めていた間に限られたのだろう。したがって、権限と富を求め、この世の王国を得るために、自分たちの策略を頼るようになったとき、これらの神の超自然的な賜物は、再び取り上げられたのだろう。

異教のもう一つの残滓――像の礼拝は、教会に持ち込まれたのでなく、残されたものである

異教のもう一つの残滓は、像の礼拝である。それは、旧約でモーセが設けたのでも、新約でキリストが設けたのでもなく、異教徒から持ち込まれたのでもない。彼らがキリストの信徒として名を連ねた後も、彼らの間に残されたのである。救い主が宣教する以前、異教徒の一般的な宗教は、外的な物体が感覚器官に与える印象によって、脳のうちに残る現れを、神々として拝むことだった。それらは普通、観念、偶像、幻影、思念と呼ばれる。それを生じさせる外的な物体を表すものであり、その中には、夢の中で目の前に立っているように見えるもの以上の、何の実在性もない。このため、聖パウロは、「われわれは、偶像が無であると知っている」という。金属、石、木でできた像が、何もないものだと考えたのではない。その像の中で、人々が敬い、恐れ、神だとしたものは、脳の運動のほかには、場所も、住まいも、運動も、存在もない、単なる作り物だった、ということである。そして、これらに神への敬意をもって礼拝することが、聖書で偶像崇拝、神への反逆と呼ばれるものである。神はユダヤ人の王であり、その代理者は、初めはモーセ、後には大祭司だった。それゆえ、もし民が、自分たち自身の心像を表す像を拝み、それに祈ることを許されていたなら、いかなる似姿も作りえない真の神にも、その主要な職務担当者であるモーセと大祭司たちにも、もはや依存しなくなったはずである。各人が自分の欲求に従って自らを治め、一致を失って、国家を完全に覆し、自分たち自身も破滅しただろう。したがって、神の第一の法は、「アリエーノース・デオース、すなわち他の国々の神々を、自分たちの神としてはならず、モーセと語り合い、その者を通じて、平和と、敵からの救済とのために、法律と指図を与えることをよしとした、あの唯一の真の神だけを神とせよ」というものだった。第二は、「自分自身の考案によって、拝むための像を、自分たちのために造ってはならない」というものだった。他の王に服することは、それが隣国の立てた王であれ、自分たちで立てた王であれ、同じく、元の王を廃することだからである。

像を支持するように見える、ある聖句への答え

像を立てて拝むこと、あるいは、そもそも神を礼拝する場所に像を立てることを、支持するとされる聖書の箇所は、第一に、二つの事例である。一つは、神の箱の上のケルビム、もう一つは、青銅の蛇である。第二に、神との関係のために、ある被造物を拝むよう命じる聖句がある。たとえば、神の足台を拝むというものである。最後に、聖なるものへ宗教的な敬意を示すことを認める、他の幾つかの聖句がある。しかし、これらの箇所に、主張されることを証明する力があるかを検討する前に、礼拝すること、像、偶像によって、何を理解すべきかを、まず説明しなければならない。

礼拝とは何か

敬うとは、ある者の力を高く評価することであり、その評価は、他の者との比較によって測られることを、私はすでに本論の第二十章で示した。しかし、力において神と比較できるものは、何もない。それゆえ、無限より小さな評価によっては、神に敬意を抱くのでなく、神を軽んじることになる。このように、敬意は、本来、その性質上、ひそかに心の内にある。しかし、人間の内なる思いが、言葉や行為のうちに外へ現れるとき、それは、われわれが敬意を抱いているしるしとなる。そして、そのしるしが、礼拝〔Worship〕、ラテン語ではクルトゥスという名で呼ばれる。それゆえ、祈願すること、その名にかけて誓うこと、従うこと、勤勉に、進んで仕えること、要するに、怒らせることへの恐れや、喜ばせたい望みを示すすべての言葉と行為は、真実でも偽りでも、礼拝である。また、それらは敬意のしるしとして現れるので、普通、敬意とも呼ばれる。

神への礼拝と、市民的な礼拝との区別

王や権限をもつ者のように、ただ人間であると考える相手に示す礼拝は、市民的な礼拝である。しかし、神であると考える相手に示す礼拝は、どのような言葉、儀式、身振り、その他の行為であれ、神への礼拝である。王をただ人間だと考える者が、その前にひれ伏すことは、市民的な礼拝にすぎない。また、教会を神の家だと考えるために、その中で帽子を取るだけの者も、神への礼拝を行っている。この区別を、礼拝する者の意図ではなく、ドゥーレイアとラトレイアという言葉に求める者は、自らを欺いている。しもべには、二種類ある。主人の権力に絶対的に服する者、たとえば、戦争で捕らえられた奴隷とその子孫のように、自分の体を自分の自由にできず、家畜のように売買される者は、ドゥーロイ、すなわち本来の意味で奴隷と呼ばれ、その奉仕はドゥーレイアと呼ばれた。その生命は、わずかな不服従でも失われるような仕方で、主人の意志に依存する。他方、賃金のために、あるいは主人からの利益を期待して、自発的に仕える者は、テーテス、すなわち家内の使用人と呼ばれる。その奉仕について、主人がもつ権利は、両者間の信約に含まれる以上には及ばない。この二種類のしもべには、奴隷としてであれ、自発的な使用人としてであれ、その労働が他人から定められる、という共通点がある。そして、ラトリスという語は、両方の総称であり、奴隷としてであれ、自発的な使用人としてであれ、他人のために働く者を意味する。したがって、ラトレイアは、一般にすべての奉仕を意味するが、ドゥーレイアは、隷属する者の奉仕と、奴隷の状態だけを意味する。聖書では、神へのわれわれの奉仕を意味するために、両方が区別なく使われる。ドゥーレイアは、われわれが神の奴隷だからであり、ラトレイアは、われわれが神に仕えるからである。そして、あらゆる種類の奉仕には、服従だけでなく、礼拝、すなわち敬意を示す行為、身振り、言葉も含まれる。

像とは何か――幻影

像〔Image〕とは、この語の最も厳密な意味では、目に見える何かの似姿である。この意味では、目に見える物体が視覚に示す、心像としての形、現れ、見かけだけが、像である。たとえば、反射や屈折によって水に映る、人や他のものの姿、あるいは、空中で直接に見る太陽や星の姿が、そうである。それらは、見られる物の中にも、あるように見える場所にも、何ら実在するものではない。また、その大きさや形は、対象そのものと同じではなく、視覚器官やレンズの違いによって変わる。さらに、ただ想像力に依存するものとして、対象がないときにも、想像や夢の中にしばしば現れ、あるいは、別の色や形へ変わる。そして、もともと、最も適切に、観念〔Ideas〕や偶像〔Idols〕と呼ばれるのは、このような像である。これらの語は、ギリシャ語から来ており、そこではエイドー〔Eido〕という語が、見ることを意味する。また、幻影〔Phantasmes〕とも呼ばれ、同じ言語で、現れを意味する。人間の本性の能力の一つが、イマジネーション、すなわち想像と呼ばれるのも、これらのイメージ、すなわち像からである。ここから、目に見えないものの像は、存在せず、また作ることもできないと明らかになる。

また、無限のものの像も、ありえないことは明らかである。目に見えるものの印象によって生じる像や幻影は、すべて形をもつ。しかし、形とは、あらゆる方向で限りを定められた量だからである。したがって、神の像も、人間の魂の像も、霊の像もありえず、目に見える物体の像だけがありうる。すなわち、自ら光をもつか、そのような物体によって照らされる物体である。

作り物と、物質的な像

人は、さまざまな生き物の部分を組み合わせて一つの姿を作り、一度も見たことのない形を、思い描くことができる。詩人がケンタウロス、キマイラ、その他、見たことのない怪物を作るようにである。それと同じく、その形に質料を与え、木、粘土、金属で作ることもできる。これらも像と呼ばれるが、それは、何らかの物体的なものに似ているからではなく、作った者の脳の中の、空想上の住民に似ているからである。しかし、これらの偶像には、元来、脳の中にあるものと、質料に描かれ、彫られ、型を取られ、鋳られたものとの間に、互いの類似がある。そのため、技術によって作られた物質的な物体を、自然によって作られた、心像上の偶像の像ということができる。

しかし、像という語のより広い用法には、一つのものが、他のものによって表されることも含まれる。こうして、地上の主権者を神の像と呼び、下位の行政官を地上の主権者の像と呼ぶことができる。また、異教徒の偶像崇拝では、その物質的な偶像が、彼らの想像の中の偶像と似ているかどうかに、ほとんど注意が払われないことも多かった。それでも、その像と呼ばれたのである。ネプトゥヌスのために、削られていない石が立てられ、彼らが自分たちの神々について思い描く形とは、かけ離れた、さまざまな形も立てられたからである。今日でも、聖母マリアや他の聖人の多くの像は、互いに似ておらず、誰か一人の心像にも対応していない。それでも、立てられた目的には、十分に役立っている。その目的は、ただ名によって、歴史に述べられる人物を表すことだけだった。各人は、それに、自分で作った心の像を当てはめ、あるいは、何も当てはめない。こうして、最も広い意味での像は、目に見える何かの似姿か、その表象か、あるいは、多くの場合そうであるように、その両方である。

しかし、偶像という名は、聖書では、さらに広げられる。太陽、星、その他、目に見えるものでも見えないものでも、神々として拝まれるときには、それらの被造物をも意味するのである。

偶像崇拝とは何か

礼拝とは何か、像とは何かを示したので、今度は両者を合わせ、第二戒と、聖書の他の箇所で禁じられる偶像崇拝とは、何かを検討しよう。

像を礼拝するとは、敬っているしるしとなる外面的な行為を、自発的に行うことである。その敬意の対象は、像の質料である木、石、金属、その他の目に見える被造物か、あるいは、その似姿や表象を作るために、その質料が形を与えられた、脳の中の幻影か、あるいは、体と魂とからなるように、質料と幻影とからなる、一つの生きた体としての、その両方である。

力と権限をもつ者の前、君主の王座の前、あるいは、不在時にその目的のために定めた他の場所で、帽子を取ることは、その人や君主を、市民的な礼拝によって拝むことである。それは、椅子や場所ではなく、その人格に敬意を示すしるしなので、偶像崇拝ではない。しかし、そうする者が、君主の魂は椅子の中にあると考えたり、椅子に請願したりするなら、それは、神への礼拝であり、偶像崇拝である。

王がわれわれのためにできることを王に願うのは、たとえ、その前にひれ伏すとしても、市民的な礼拝にすぎない。王に、人間の力以外のものを認めないからである。しかし、自発的に、好天や、神だけがわれわれのためにできることを王に祈願するのは、神への礼拝であり、偶像崇拝である。他方、王が、死や他の大きな身体的処罰の恐怖によって、それを強制するなら、偶像崇拝ではない。主権者が法律の恐怖によって自分への礼拝を命じる場合、それに従う者が、心の内で王を神として敬っているしるしにはならず、死や惨めな生活から自分を救いたいと望むしるしになるからである。そして、内なる敬意のしるしでないものは、礼拝ではなく、したがって、偶像崇拝でもない。また、そうする者が、兄弟をつまずかせ、その前につまずきの石を置くともいえない。そのように拝む者が、どれほど賢く、学識があっても、他の者は、そこから、その者がそれを是認しているとは推論できず、恐れのために行っていること、また、それはその者の行為ではなく、主権者の行為であることだけを、推論できるからである。

ある特定の場所で、あるいは、像や定められた場所に顔を向けて、神を礼拝することは、その場所や像を礼拝し、敬うことではない。それが聖なるものだと、すなわち、像や場所が、普通の用途から分けられていると認めることである。聖なるという語は、その意味であり、場所や像の新しい性質を含意せず、神に専有させることによる、新しい関係だけを含意する。それゆえ、偶像崇拝ではない。それは、青銅の蛇の前で神を拝むこと、ユダヤ人が国外にいるとき、祈る際にエルサレムの神殿へ顔を向けること、モーセが燃える柴の前で履物を脱ぐことが、偶像崇拝ではなかったのと同じである。その地はシナイ山に属し、神が現れ、イスラエルの民に法を与える場所として選んだので、聖なる地だった。内在する聖性によってではなく、神の用途に分けられたことによってである。また、王や、教会の他の真の代表者の権限によって、その目的のために、かつて厳粛に神へささげられた教会堂で、キリスト教徒が礼拝することも、同じである。しかし、神がその像に生命を与え、あるいは、その像や場所に宿るものとして、すなわち、有限の場所にある無限の実体として、神を礼拝することは、偶像崇拝である。そのような有限の神々は、脳の偶像にすぎず、実在するものではないからである。聖書では普通、虚栄、偽り、無という名で呼ばれる。また、神がその場所や像に生命を与え、そこにいるものとしてではなく、神やその業を思い起こすために礼拝する場合でも、その場所や像が、われわれの主権的な牧者の権限によらず、私的な権限によってささげられ、立てられたなら、偶像崇拝である。戒めは、「自分のために、いかなる彫像も造ってはならない」だからである。神は、モーセに青銅の蛇を立てるよう命じた。モーセが自分のために造ったのではない。したがって、戒めに反しなかった。しかし、アロンと民が金の子牛を造ったことは、神からの権限なしに行われたので、偶像崇拝だった。それを神と考えたからだけでなく、主権者である神からも、その代理者であるモーセからも、委任を受けずに、宗教の用途のために造ったからである。

異教徒は、ユピテルや他の者たちを神々として礼拝した。それらは、生前には、おそらく偉大で栄光ある行いをした人間だった。また、不死の神性と死すべき人間との間に生まれたと考えて、さまざまな男女を、神の子らとして礼拝した。これは、神の理性の永遠の法からも、その実定的で啓示された意志からも、何の権限もなく、自分たちのために、そのようなものとしたので、偶像崇拝だった。しかし、救い主は人間だったが、われわれが、不死の神、神の子でもあると信じることは、偶像崇拝ではない。その信仰を、自分の心像や判断にではなく、聖書に啓示された神の言葉に基づけるからである。また、聖体への礼拝については、キリストの「これは私の体である」という言葉が、キリスト自身と、手の中でパンに見えるものだけでなく、その後これまでに、また今後いつか、祭司によって聖別される、パンに見えるすべての小片が、それぞれキリストの体であり、しかも、それらすべてが、ただ一つの体であることを意味するなら、それは、救い主に認められているので、偶像崇拝ではない。しかし、その聖句が、それを意味しないなら、ほかに引用できる箇所はないので、それは、人間の設けた礼拝であり、偶像崇拝である。神はパンをキリストの体へ全実体変化させることができる、というだけでは十分でない。異教徒も、神は全能だと考えていたからである。そして、その根拠に立てば、他の人々と同様に、木や石が全能の神へ全実体変化すると称して、自分たちの偶像崇拝を弁明することが、同じようにできたはずである。

神の霊感を、教えや学習によって神の恵みを得ることではなく、聖霊が人の中へ超自然的に入ることだとする者がいる。しかし、私には、彼らは非常に危険な板挟みに陥っていると思われる。そのような霊感を受けたと信じる人々を礼拝しなければ、神の超自然的な臨在を拝まないので、不敬虔に陥る。他方、その人々を礼拝すれば、偶像崇拝を犯す。使徒たちは、自分たちがそのように礼拝されることを、決して許さなかったからである。それゆえ、最も安全なのは、使徒たちの上に鳩が降ること、キリストが聖霊を与えるとき彼らに息を吹きかけること、按手によって聖霊を与えることを、神が使うことをよしとし、あるいは使うよう定めたしるしと理解することである。それは、神の王国を宣べ伝えるための努力と日々の生活において、その人々を助けるという、神の約束のしるしなのである。その生活が、人をつまずかせず、他の人々を教え育てるものとなるためである。

人をつまずかせる像の礼拝

偶像崇拝に当たる像の礼拝のほかに、人をつまずかせる像の礼拝もある。これも罪だが、偶像崇拝ではない。偶像崇拝は、内なる真実の敬意のしるしによって礼拝することだからである。それに対して、人をつまずかせる礼拝は、見せかけの礼拝にすぎない。ときには、その像と、像がささげられている心像上のデーモンや偶像との両方を、心の底から憎むことと両立し、死や他の重い罰への恐れだけから生じることもある。それでも、そう礼拝する者の行為が、他の人々から、自分たちを導く光として見られるような者である場合には、その者にとって罪である。その道に従えば、他の人々は、宗教の道でつまずき、倒れずにはいられないからである。それに対して、われわれが注意を払わない人々の手本は、われわれに何の働きもせず、自分自身の勤勉さと用心とに委ねたままにする。したがって、われわれが倒れる原因にはならない。

それゆえ、他人を教え導くために適法に召された牧者や、その知識が高く評価される他の者が、恐れのために偶像へ外面的な敬意を示すなら、その恐れと、そうすることへの不本意さも、礼拝と同じほど明白にしないかぎり、偶像崇拝を是認しているように見せて、兄弟をつまずかせる。その兄弟は、自分の教師や、知識を高く評価する者の行為から、それ自体、適法であると結論するからである。このつまずきは、罪であり、他人に与えたつまずきである。しかし、牧者でも、キリスト教の教説に詳しいという高い評判もない者が、同じことをし、他の者がそれに従っても、それは、つまずきを与えたことにはならない。そのような手本に従う理由はなかったからである。むしろ、その者が、人前での弁明のために、自ら持ち出す、つまずきという口実である。偶像崇拝をする王や国家の権力下にある、学識のない者が、死刑をもって威嚇され、偶像の前で拝むよう命じられた場合、心の中で偶像を憎んでいるなら、正しく行っているからである。ただし、拝むより死を受ける勇気があれば、いっそうよく行うことになる。しかし、キリストの使者として、その教えをすべての民に教えることを引き受けた牧者が、同じことをするなら、他のキリスト教徒の良心に対して、罪あるつまずきを与えるだけでなく、自分の職責を背信的に見捨てることになる。

像の礼拝について、ここまで述べたことの要旨は、こうである。像や他の被造物の中で、その質料か、そこに宿ると考える自分自身の心像か、その両方かを礼拝し、あるいは、それらが耳や目なしに、自分の祈りを聞き、信心を見ていると信じる者は、偶像崇拝を犯す。また、処罰への恐れから、そのような礼拝を装う者も、その手本が兄弟たちに影響力をもつ者であれば、罪を犯す。しかし、自分で造り、選んだのでなく、神の言葉の命令から受けた像の前や、そのような場所で、世界の創造者を礼拝する者は、偶像崇拝を犯さない。ユダヤ人が、ケルビムの前で、また、しばらくの間、青銅の蛇の前で、神を礼拝し、また、これも一時のことだったが、エルサレムの神殿で、あるいは、その方へ向かって礼拝したような場合である。

さて、今日ローマ教会で行われている、聖人、像、聖遺物、その他のものの礼拝については、神の言葉に認められておらず、そこで教えられる教説から、ローマ教会に持ち込まれたのでもない、と私はいう。それは、一部は異邦人の最初の改宗の際に残され、その後、ローマ司教たちによって、支持され、確立され、増やされたのである。

ケルビムと青銅の蛇からの論拠への答え

聖書から挙げられる証拠、すなわち、神が立てるよう定めた像の事例については、それらは、民や誰かが礼拝するために立てられたのではない。その前で、神自身を礼拝するためだった。箱の上のケルビムや、青銅の蛇の前で、そうしたようにである。祭司や他の者が、ケルビムを礼拝したとは、記されていない。反対に、『列王記下』第十八章四節には、民がそれに香をたいたため、ヒゼキヤが、モーセの立てた青銅の蛇を打ち砕いたと記されている。また、これらの事例は、われわれも、その前で神を礼拝するという口実で像を立てるようにと、模倣のために示されているのではない。「自分のために、いかなる彫像も造ってはならない」などという第二戒の言葉は、神が立てるよう命じた像と、われわれが自分のために立てる像とを、区別しているからである。したがって、ケルビムや青銅の蛇から、人間の考案した像へ、神が命じた礼拝から、人間の勝手な礼拝へと進む論証は、正しくない。さらに、考慮すべきことがある。ヒゼキヤが、ユダヤ人の礼拝した青銅の蛇を、これ以上そうさせないために打ち砕いたように、キリスト教徒の主権者も、臣民が拝む習慣をもつ像を壊し、そのような偶像崇拝の機会が、それ以上ないようにすべきである。今日、像が拝まれる場所では、無知な民衆は、像の中に神的な力があると、実際に信じているからである。そして牧者から、ある像は話し、血を流し、奇跡を行ったと教えられ、それを聖人のしたことと理解する。その聖人を、像そのものか、その中にいるものと考えるのである。イスラエル人は、子牛を拝んだとき、自分たちをエジプトから導き出した神を拝んでいると思っていた。それでも、偶像崇拝だった。子牛がその神であるか、腹の中にその神をもつと考えたからである。像を神や聖人だと考え、そのように拝むほど、人々が愚かであるはずはない、と思う者もいるかもしれない。しかし、聖書には、反対のことが明白にある。金の子牛が造られたとき、民は、「イスラエルよ、これがあなたの神々である」といっている(『出エジプト記』第三十二章二節)。また、ラバンの像も、その神々と呼ばれている(『創世記』第三十一章三十節)。さらに、われわれは日々、あらゆる種類の人々について、食べることと安楽以外に何も考えない者は、苦労して吟味するより、どんな不合理なことでも信じるのをよしとする、ということを経験する。いわば、明示的な新しい法律による以外は譲り渡せない、限定相続の財産のように、信仰を保持しているのである。

心像を絵に描くことは偶像崇拝ではないが、それを宗教的な礼拝へ濫用することは、そうである

しかし彼らは、他の幾つかの箇所から、天使や、神自身を描くことも適法だと推論する。たとえば、神が園を歩いたこと、ヤコブが梯子の上に神を見たこと、その他の幻や夢からである。しかし、幻や夢は、自然のものでも、超自然のものでも、幻影にすぎない。そのいずれかの像を描く者は、神の像ではなく、自分自身の幻影の像を作るのであり、それは、偶像を作ることである。心像に従って絵を描くのが、罪だとはいわない。しかし、描いた後、それを神を表すものと見なすことは、第二戒に反し、礼拝する以外の用途をもちえない。天使や死者の像についても、友人や、記憶するに値する人々の記念とする場合を除き、同じことがいえる。そのような像の使い方は、像の礼拝ではなく、今いるのでなく、かつていた人物へ、市民的な敬意を示すことだからである。しかし、自分たちが作る聖人の像に対して、その聖人が、死んで感覚がなくても、自分たちの祈りを聞き、示す敬意を喜ぶと考えるという理由だけで、そうするなら、その者に人間以上の力を認める。それゆえ、偶像崇拝なのである。

したがって、人間が自分のために立てる像や、神を表す他のものを、宗教的に礼拝すること、あるいは、天、地、地の下にある、どの被造物の像を礼拝することについても、それを認める根拠は、モーセの法にも福音にもない。また、神の生きた代表者であるキリスト教徒の王さえ、死すべき人間の本性がもちうる以上の力を王に認めるような行為によって、臣民から礼拝されるべきではない。それゆえ、現在行われている宗教的な礼拝が、聖書の誤解によって教会へ持ち込まれたとは、考えられない。したがって、残るのは、それを拝んでいた異邦人の改宗の際、像そのものを壊さなかったため、教会に残されたということである。

偶像崇拝が、どのように教会に残されたか

その原因は、像の細工に対する、過度の評価と値段だった。それによって、所有者は、以前のようにデーモンとして宗教的に拝むことからは改宗しても、キリスト、聖母マリア、使徒、その他初代教会の牧者たちに敬意を示すためだという口実で、なお自分の家に像を置き続けた。新しい名を与えれば、以前にはおそらくウェヌスとクピドの像と呼ばれたものを、聖母マリアと、その子である救い主の像とするのは、容易だったからである。同様に、ユピテルをバルナバに、メルクリウスをパウロにすることなども、できた。そして、世俗の野心が、しだいに牧者たちの中へ忍び込み、新たにキリスト教徒となった者たちを喜ばせようとさせ、また、すでにその敬意を得た者たちと同じく、自分たちも死後に望みうる、この種の敬意を好ませるにつれ、キリストと使徒たちの像の礼拝は、ますます偶像崇拝的になった。ただし、コンスタンティヌスの時代から少し後に、さまざまな皇帝、司教、公会議が、その不法さを認め、反対した。しかし、遅すぎるか、弱すぎたのである。

聖人の列聖

聖人の列聖も、異教のもう一つの残滓である。聖書の誤解でも、ローマ教会の新しい考案でもなく、ローマ国家そのものと同じほど古い慣習である。ローマで最初に列聖されたのは、ロムルスだった。それは、ユリウス・プロクルスが、元老院の前で誓って述べた話による。彼は、ロムルスの死後、その者と語り、天に住み、そこでクィリヌスと呼ばれ、新たな都市国家に好意を示す、と確言されたという。これに基づいて、元老院は、その聖性を公に証言した。ユリウス・カエサルと、その後の皇帝たちも、同じような証言を受けた。すなわち、聖人として列聖されたのである。今日の列聖は、そのような証言によって定義され、異教徒のアポテオーシス、すなわち神格化と同じものだからである。

ポンティフェクスという名

教皇たちが、ポンティフェクス・マクシムスという名と権力を受け継いだのも、ローマの異教徒からである。これは、古代ローマ国家において、元老院と民のもとで、その宗教に関するすべての儀式と教説を規制する、最高の権限をもつ者の名だった。そして、アウグストゥス・カエサルが国家を君主制へ変えたとき、自ら引き受けたのは、この職と、護民官の職だけだった。すなわち、国家と宗教の両方での最高の権力である。その後の皇帝たちも、同じものを享受した。しかし、最初にキリスト教を公言し、公認した皇帝コンスタンティヌスの時代には、自分の権限のもとで、ローマ司教に宗教を規制させることは、その信仰の公言にかなっていた。ただし、そのように早い時期に、ポンティフェクスという名をもっていたとは、明らかでない。むしろ、後の司教たちが、ローマの諸属州の司教に対して行使した権力を支持するため、自ら名乗ったのである。他の司教に対する、そのような権限を与えたのは、聖ペトロの特権ではなく、皇帝たちがつねに守ろうとした、ローマ市の特権だったからである。皇帝がコンスタンティノープルを帝国の都としたとき、その司教が、ローマ司教と同等であると主張したことからも、この点は明らかにわかる。最後には、争いを経て教皇が勝ち、ポンティフェクス・マクシムスとなったが、それは、皇帝の権利によるだけだった。また、帝国の境界外には及ばず、皇帝がローマで権力を失った後には、どこにも及ばなかった。その権力を皇帝から奪ったのが、教皇自身であったとしても、同じである。ここから、ついでに、他の司教に対する教皇の優越が成り立つのは、教皇自身が市民的な主権者である領土と、市民的な主権をもつ皇帝が、自分のキリスト教徒の臣民について、自分のもとでの首席の牧者として、教皇を明示的に選んだ領土に限られる、とわかる。

像を運ぶ行列

行列で像を運び回ることも、ギリシャ人とローマ人の宗教の、もう一つの残滓である。彼らも、その用途に特にささげられた一種の車に載せて、偶像を各地へ運んだからである。ラテン人は、その車をテンサ、またウェヒクルム・デオールム、すなわち神々の乗り物と呼んだ。像は、フェルクルムと呼ばれる枠や祠に置かれた。そして、彼らがポンパと呼んだものは、今、行列と呼ばれるものと同じである。これに従って、元老院がユリウス・カエサルに与えた、神への敬意の一つに、競馬場の競技祭のポンパ、すなわち行列で、テンサム・エト・フェルクルム、すなわち聖なる車と祠をもつことがあった。それは、神として運び回られることに等しかった。今日、教皇が天蓋の下で、スイス人たちに担がれるのと、まったく同じである。

火をともした蝋燭と松明

ギリシャ人とローマ人の両方で、神々の像の前に、燃える松明や蝋燭を掲げることも、この行列に属していた。その後、ローマ皇帝たちも、同じ敬意を受けたからである。カリグラについては、帝位に迎えられるとき、大勢の民衆の中で、ミセヌムからローマへ運ばれ、その道には、祭壇、いけにえの獣、燃える松明が並んでいた、と記されている。また、カラカラは、アレクサンドリアで、香と、まかれる花と、ダドゥーキアイス、すなわち松明とによって迎えられた。ギリシャ人の間で、神々の行列の中、火をともした松明を運ぶ者が、ダドゥーコイだったからである。そして、時がたつにつれ、敬虔だが無知な民衆は、しばしば同じような蝋燭の華やかさで、司教たちに敬意を示し、救い主や聖人の像には、教会そのものの中で、いつもそうするようになった。こうして、蝋燭を用いる慣行が入り込み、古代の幾つかの公会議でも定められた。

異教徒にも、アクア・ルーストラーリス、すなわち聖水があった。ローマ教会は、祝祭日でも異教徒を模している。彼らにはバッカナリアがあり、われわれには、それに当たるウェイクの祭がある。彼らにはサトゥルナリアがあり、われわれには謝肉祭と、懺悔の火曜日における使用人の自由がある。彼らにはプリアポスの行列があり、われわれには五月柱を運び入れ、立て、その周りで踊ることがある。踊りは、礼拝の一種である。彼らにはアンバルウァリアと呼ばれる行列があり、われわれには、祈願週間に畑の周りを巡る行列がある。また、異邦人の最初の改宗以来、教会に残された儀式が、これですべてだとは思わない。ただ、今思い出せるのは、これだけである。ギリシャ人とローマ人の宗教儀礼について、歴史に伝えられることを、よく調べる者があれば、異教の、こうした古い空の革袋を、さらに多く見いだせるに違いない。ローマ教会の教師たちは、不注意か野心かによって、それらを、キリスト教という新しいぶどう酒で再び満たした。その酒は、やがて必ず、その袋を破るのである。

第四十六章 空虚な哲学と、作り話の伝承から生じる闇について

哲学とは何か

哲学によって理解されるのは、「何かが生じる仕方から、その性質へ、あるいは、その性質から、それが生じうる何らかの仕方へと、推論することによって得られる知識である。その目的は、物質と人間の力が許すかぎり、人間の生活が必要とする結果を、生み出せるようになることである」。こうして、幾何学者は、土地や水を測り、その他無数の用途に役立てられるよう、図形の構成から、その多くの性質を見いだし、その性質から、新しい構成法を、推論によって見いだす。また、天文学者は、天のさまざまな部分での、太陽や星の出没と運動から、昼と夜、年の異なる季節の原因を見いだし、それによって時を計る。他の学問についても、同様である。

思慮は哲学の一部ではない

この定義から、経験と呼ばれ、思慮がそのうちに存する、根源的な知識は、哲学の一部に数えるべきでないことが明らかである。それは推論によって得られるものではなく、人間にも、理性をもたない獣にも見られ、過去における出来事の継起の記憶にすぎないからである。そこでは、小さな事情が一つ欠けるだけでも結果が変わり、最も思慮深い者の予想も裏切られる。それに対して、正しい推論から生じるのは、一般的で、永遠で、不変の真理だけである。

偽りの教説は、哲学の一部ではない

したがって、どのような誤った結論にも、その名を与えるべきではない。理解している言葉によって正しく推論する者は、誤りを結論することが決してないからである。

超自然的な啓示も、哲学の一部ではない

また、超自然的な啓示によって人が知ることにも、そう呼ぶべきではない。推論によって得られるのではないからである。

著者を信用して得る学びも、哲学の一部ではない

書物の権威から推論して得られることも、同じである。それは、原因から結果へ、あるいは結果から原因へ推論するのではなく、知識ではなく信頼だからである。

哲学の始まりと進歩について

推論の能力は、言語の使用から生じるので、言語そのものとほぼ同じほど古くから、何らかの一般的真理が、推論によって見いだされていなかったはずはない。アメリカの未開の人々にも、よい道徳的な格言がないわけではない。また、あまり大きくない数を足したり、分けたりする、多少の算術もある。しかし、それで哲学者というわけではない。人々が、穀物やぶどうの効用を知り、食料として用い、あるいは畑やぶどう園で別々に栽培する前から、わずかな量の穀物やぶどうの株は、野や森に散在していた。そのころ、人々はどんぐりを食べ、水を飲んでいた。それと同じく、初めから、人間の理性の自然の植物として、真実で、一般的で、有益な、さまざまな思索があった。しかし、初めは数が少なく、人々は粗い経験に頼って生きていた。方法はなかった。すなわち、誤りや推測という雑草や、ありふれた植物から分けて、知識を、それだけで、まき、植えることはなかった。その原因は、生活に必要なものを得、隣人から身を守ることに追われ、余暇がなかったことだった。それゆえ、大きな国家が設けられるまでは、別のあり方は不可能だった。余暇は哲学の母であり、国家は平和と余暇の母である。最初に大きく栄えた都市があったところに、最初に哲学の研究があった。インドの裸の賢者たち、ペルシアのマギ、カルデアとエジプトの祭司たちは、最古の哲学者と数えられ、これらの国々は、最古の王国だった。ギリシャ人や、他の西方の民の間では、哲学はまだ起こっていなかった。その国家は、おそらくルッカやジュネーヴほどの大きさしかなく、互いの恐れが等しいとき以外には平和がなく、互い以外の何かを観察する余暇もなかった。やがて、戦争が、ギリシャのこれら多くの小都市を、数の少ない大都市へ統合すると、ギリシャ各地の七人の者たちが、賢いという評判を得始めた。ある者は道徳や政治の格言によって、他の者は、天文学と幾何学からなるカルデア人やエジプト人の学問によって、そうなった。しかし、哲学の学校については、まだ何も聞かれない。

アテナイ人の間の哲学の学校について

アテナイ人は、ペルシア軍を破って、海の支配権を得、それによって、アジアとヨーロッパの両方にわたる、多島海のすべての島と沿岸都市を支配し、豊かになった。その後、国内でも国外でも仕事のない者たちは、聖ルカが『使徒言行録』第十七章二十一節でいうように、「新しい話を語り、聞く」か、都市の若者に公の場で哲学を語るかのほかに、することが、ほとんどなかった。各教師は、そのための場所を選んだ。プラトンは、アカデモスという人の名からアカデメイアと呼ばれる、公の散歩道で、アリストテレスは、リュケイオンと呼ばれる、パーンの神殿の散歩道で、他の者は、商人の荷が陸揚げされる、ストア、すなわち屋根付きの歩廊で、また他の者は別の場所で、余暇を過ごし、自分の意見を教えたり、論じ合ったりした。ある者は、都市の若者を集め、話を聞かせられるところなら、どこでもそうした。カルネアデスが使節としてローマにいたときにしたのも、これだった。そのためカトーは、若者の行いが腐敗するのを恐れ、彼を早く帰すよう、元老院に勧めた。若者たちは、彼が、すばらしいと自分たちが思うことを語るのを、喜んで聞いたからである。

このことから、彼らの誰かが教え、論じ合う場所は、その言葉で余暇を意味するスコラ〔Schola〕と呼ばれ、その討論は、時を過ごすことを意味するディアトリバイと呼ばれた。また、哲学者たち自身も、一部の者は、自分たちの学校から、学派の名を得た。プラトンの教説に従う者はアカデメイア派、アリストテレスに従う者は、その教えた散歩道からペリパトス派、ゼノンの教えた者は、ストアからストア派と呼ばれた。それは、しばしばそこに集まって、しゃべり、ぶらつくからというので、ムーアフィールズ、セント・ポール教会、取引所にちなんで、人々に名をつけるようなものである。

それでも、人々は、この慣習に非常に引きつけられた。そのため、やがてヨーロッパ全土と、アフリカの大部分に広がり、ほとんどすべての国家で、講義や討論のための学校が、公に設けられ、維持されるようになった。

ユダヤ人の学校について

ユダヤ人の間にも、古くから、救い主の時代の前にも後にも、学校があった。しかし、それは彼らの法の学校だった。シナゴーグ、すなわち民の集会と呼ばれてはいたが、安息日ごとに法が読まれ、説明され、論じられたかぎりで、公の学校と、性質では異ならず、名が違うだけだった。そして、エルサレムだけでなく、ユダヤ人が住む、異邦人のどの町にもあった。パウロが迫害のために入ったダマスコにも、そのような学校があった。アンティオキア、イコニオン、テサロニケには、彼が議論のために入った、別の学校があった。また、解放奴隷、キレネ人、アレクサンドリア人、キリキア人、アジア出身者の会堂も、そうだった。すなわち、解放奴隷や、エルサレムでよそ者だったユダヤ人の学校である。聖ステファノと論争したのは、この学校の人々だった。

ギリシャ人の学校は、役に立たなかった

しかし、これらの学校の有益さは、何だったのか。その講義や討論によって、今日、どのような学問が得られたのか。すべての自然科学の母である幾何学について、われわれのもつものは、学校のおかげではない。ギリシャ人の最良の哲学者だったプラトンは、すでにある程度、幾何学者である者以外、自分の学校に入ることを禁じた。この学問を研究し、人類に大きな利益を与えた者は多かった。しかし、その学校についての記録はなく、幾何学者の学派もなく、当時、哲学者という名で呼ばれてもいなかった。あれらの学校の自然哲学は、学問というより夢であり、意味も内容もない言葉で述べられていた。まず幾何学の豊かな知識を得ずに、哲学を教えようとする者には、これは避けられない。自然は、運動によって働くからである。その道筋や度合いは、線や図形の比と性質の知識なしには、知りえない。彼らの道徳哲学は、自分自身の情念の描写にすぎない。行いの規則は、市民的な統治のないところでは自然法であり、そのもとでは、何が名誉あることで卑しいことか、何が正義で不正義か、一般に何が善で悪かを定める、市民法だからである。それに対して、彼らは、自分たちの好き嫌いによって、善悪の規則を作る。そのため、好みがこれほど違う以上、一般に一致することは何もなく、各人が、あえてできるかぎり、自分の目によいと見えることを何でも行い、国家を転覆させる。推論の方法であるべき彼らの論理学も、言葉の揚げ足取りや、自分たちを困らせようとする者を混乱させる工夫にすぎない。結論として、古代の哲学者の誰かが擁護しなかったほど、不合理なことは何もない。彼らの一人だったキケロも、そういう。そして、自然哲学では、今アリストテレスの『形而上学』と呼ばれるものほど、不合理に述べられたことは、ほとんどないと私は思う。また、その『政治学』で述べる多くのことほど、統治に反することも、その『倫理学』の大部分ほど、無知に述べられたことも、ほとんどないと思う。

ユダヤ人の学校も、役に立たなかった

ユダヤ人の学校は、元来、モーセの法の学校だった。モーセは、七年目ごとの終わりに、仮庵祭で、民が聞いて学べるよう、すべての民に法を読み聞かせることを命じた(『申命記』第三十一章十節)。したがって、捕囚の後に行われた、安息日ごとの法の朗読は、民が従うべき戒めを知らせ、預言者の書を説明すること以外の、目的をもつべきではなかった。しかし、救い主が何度も非難したことから明らかなように、彼らは、偽りの注解と空虚な伝承によって、法の本文を損なった。また、預言者たちを、ほとんど理解しなかったので、キリストも、その行った業も、認めなかった。それらについて、預言者たちは預言していたのである。こうして、会堂の講義や討論によって、法の教えを、神と霊との理解しえない本性に関する、空想的な一種の哲学へ変えてしまった。それは、ギリシャ人の空虚な哲学と神学とを、聖書の比較的曖昧で、自分たちの目的に最も曲げやすい箇所から引き出した、自分たちの心像や、先祖の作り話の伝承と混ぜ合わせたものだった。

大学とは何か

今日、大学と呼ばれるものは、同じ町や都市にある、多くの公の学校を結び、一つの統治のもとに、一つの団体としてまとめたものである。その中で、主要な学校は、三つの専門職、すなわち、ローマの宗教、ローマ法、医術のために設けられた。哲学の研究がそこに場所をもつのは、ローマの宗教の侍女としてでしかない。そして、そこで通用する権威はアリストテレスだけなので、その研究は、本来、哲学ではなく、アリストテレス学〔Aristotelity〕である。哲学の本性は、著者に依存しないからである。幾何学については、厳密な真理以外の何ものにも仕えないので、ごく最近まで、まったく場所がなかった。そして、生来の才知によって、その学問で何らかの完成の程度に達した者がいれば、普通、魔術師と考えられ、その技術は悪魔のものと考えられた。

アリストテレスの『形而上学』から宗教に持ち込まれた誤り

では、アリストテレスから、また一部は理解の盲目から、大学へ、そしてそこから教会へ伝えられた、空虚な哲学の個々の教説へ下り、その原理をまず考えよう。他のすべての哲学が依存すべき、ある第一哲学、フィロソフィア・プリマがある。それは主として、他のすべての呼び名や名称のうち、最も普遍的なものの意味を、正しく限定することにある。この限定は、推論での曖昧さと、同じ語を別の意味に使うことを避けるのに役立ち、普通、定義と呼ばれる。物体、時間、場所、質料、形相、本質、基体、実体、偶有性、可能態、現実態、有限、無限、量、性質、運動、作用、受動など、物体の本性と生成についての人の考えを説明するのに必要な、さまざまなものの定義が、そうである。これらや同様の語の説明、すなわち意味を確定することは、スコラ学では普通、形而上学と呼ばれる。その題をもつ、アリストテレスの哲学の一部とされるからである。しかし、そこでは別の意味である。そこでは、「自然哲学の後に書かれ、あるいは置かれた書」と同じ意味だが、スコラ学では、超自然的な哲学の書と受け取っている。メタフィジックスという語は、この両方の意味を取りうるからである。そして実際、そこに書かれていることの大部分は、理解の可能性からあまりにも遠く、自然の理性にあまりにも反している。そのため、そこに理解すべき何かがあると考える者は、それを超自然的だと考えざるをえない。

抽象的な本質についての誤り

聖書と混ぜ合わされてスコラ神学を作る、この形而上学から、われわれは、この世には、物体から分離した、ある本質があり、抽象的本質や実体的形相と呼ばれる、と教えられる。このわけのわからない専門語を解釈するには、ここでは普通以上の注意が必要である。また、この種の議論に慣れた人々に向けて語ることについて、慣れていない人々のお許しを願う。世界は、物体的であり、すなわち物体であって、長さ、幅、奥行きという、大きさの次元をもつ。私がいう世界とは、それを愛する者に世俗的な人という名を与える、地上の世界だけではなく、宇宙、すなわち存在するすべてのものの全体である。また、物体のどの部分も、同じく物体であり、同じ次元をもつ。したがって、宇宙のどの部分も物体であり、物体でないものは、宇宙の一部ではない。そして、宇宙がすべてである以上、その一部でないものは無であり、したがって、どこにもない。しかし、ここから、霊は無であるとは帰結しない。霊にも次元があり、それゆえ、実際に物体だからである。ただし、普通の言葉では、その名は、目に見えるか、触れられる物体だけに、すなわち、ある程度の不透明さをもつものだけに与えられる。霊については、人々は、それを非物体的と呼ぶ。こちらは、より敬意のある名なので、神自身にも、より敬虔に与えうる。神の本性は理解しえないので、われわれが考えるのは、どの属性が、その本性を最もよく表すかではなく、どれが、神を敬いたいというわれわれの望みを、最もよく表すかだからである。

では、抽象的本質や実体的形相があるという根拠を知るには、その言葉が本来何を意味するかを、考えなければならない。言葉の用途は、心の思いや考えを、自分のために記録し、他者に明らかにすることである。その言葉の一部は、考えられる物の名である。たとえば、感覚に働きかけ、想像に印象を残す、あらゆる種類の物体の名がそうである。他の言葉は、想像そのものの名である。すなわち、われわれが見たり、記憶したりする、あらゆるものについてもつ、観念や心の像の名である。さらに別の言葉は、名の名、あるいは、さまざまな種類の発言の名である。たとえば、普遍、複数、単数は、名の名であり、定義、肯定、否定、真、偽、三段論法、疑問、約束、信約は、ある発言の形式の名である。他の言葉は、一つの名から別の名への帰結や、名と名との矛盾を示すために役立つ。たとえば、「人間は物体である」というとき、その意図は、物体という名が、人間という名から必然的に帰結するということである。それらは、人間という同じものの、異なる名にすぎないからである。この帰結が、両者を「である」という語で結びつけることによって示される。そして、われわれが動詞イズ〔Is〕を使うように、ラテン人はエスト〔Est〕、ギリシャ人はエスティ〔Esti〕を、そのすべての変化形を通じて使う。世界の他のすべての民が、それぞれの言語に、それに当たる語をもつかどうかは、わからない。しかし、それが必要ないことは確かである。そのような習慣であれば、二つの名を順に置くだけでも、イズ、ビー、アーなどの語と同じく、その帰結を示すのに役立つからである。言葉に力を与えるのは、習慣なのである。

そして、エスト〔Est〕、イズ〔Is〕、ビー〔Bee〕に当たる動詞がまったくない言語があったとしても、それを使う人々は、推論し、結論し、あらゆる種類の論理を進める能力において、ギリシャ人やラテン人に少しも劣らないだろう。しかし、その場合、そこから派生した、存在者〔Entity〕、本質〔Essence〕、本質的〔Essentiall〕、本質性〔Essentiality〕という語や、それらに依存し、一般に用いられている他の多くの語は、どうなるのか。それゆえ、それらは、物の名ではない。一つの名や属性から、別の名や属性への帰結を、われわれが考えていることを知らせるしるしである。たとえば、「人間は、生きた物体で、ある」というとき、人間が一つの物、生きた物体が別の物、「であること」や「存在」が第三の物だ、という意味ではない。人間と生きた物体は、同じものだという意味である。「人間ならば、生きた物体である」という帰結は真であり、その帰結を、「である」という語が示すからである。したがって、物体であること、歩くこと、話すこと、生きること、見ることなどの不定詞も、また、物体性、歩行、発話、生命、視覚など、それらとまったく同じことを意味する語も、何ものの名でもない。このことは、別の箇所で、より詳しく述べた。

しかし、統治と服従の教説に必要なこと以外は目指さない、この種の著作で、そのような細かな議論に何の目的があるのか、と尋ねる者がいるかもしれない。その目的は、人々が、もはや欺かれないようにすることである。アリストテレスの空虚な哲学に基づく、分離した本質という教説によって、ある者たちは、中身のない名を使い、人々を恐れさせて、自国の法律に従わせないようにする。それは、空の上着と帽子、曲がった棒で、穀物畑から鳥を追い払うようなものである。この根拠に立って、人が死んで埋められても、その魂、すなわち生命は、体から離れて歩き回り、夜、墓の間で見られるという。同じ根拠に立って、パンがないと彼らのいう場所に、そのパンの形、色、味が存在するという。また同じ根拠に立って、信仰、知恵、その他の徳が、人の中に、ときには注ぎ込まれ、ときには天から吹き込まれるという。まるで、徳ある者と、その徳とが、別々にありうるかのようである。ほかにも、自国の主権への臣民の依存を弱めるのに役立つ、多くのことをいう。服従が自分の中へ注ぎ込まれ、吹き込まれると期待するなら、誰が法律に従おうと努めるだろうか。あるいは、神を作れる祭司に、自分の主権者よりも、いや、神自身よりも、従わない者がいるだろうか。また、幽霊を恐れる者のうち、それを追い払う聖水を作れる者に、大きな敬意を示さない者がいるだろうか。アリストテレスの存在者や本質から、教会に持ち込まれる誤りの例は、これで十分だろう。彼自身、それを偽りの哲学だと知っていたかもしれない。しかし、ソクラテスの運命を恐れ、その宗教にかなうもの、それを補強するものとして、書いたのかもしれない。

分離した本質というこの誤りに一度陥ると、そこから生じる他の多くの不合理にも、必然的に巻き込まれる。これらの形相を実在的なものとする以上、それらに何らかの場所を割り当てなければならないからである。しかし、それらを、量の次元をまったくもたない非物体的なものと考える一方、場所は次元であり、物体的なものによってしか満たされないことは、誰もが知っている。そのため、彼らは信用を保つために、それらは確かに、キルクムスクリプティウェ〔Circumscriptive〕、すなわち範囲を占める仕方ではどこにもないが、デフィニティウェ〔Definitive〕、すなわち場所を定められる仕方ではある、という区別に頼らざるをえない。これらは、ただの言葉であり、この場合には意味がないが、その空虚さを隠すため、ラテン語だけで通用する。ある物の範囲を定めることは、その場所を限定し、定義することにほかならず、したがって、その区別の両方の語は、同じことだからである。特に、人間の本質、彼らによれば魂については、その全体が小指の中にあり、その全体が、どれほど小さくても、体の他のどの部分にもあり、しかも、体全体にも、これらのどの一部分より多くの魂があるわけではない、と主張する。このような不合理によって神に仕えていると、誰が考えられるだろうか。それでも、体から分離した非物体的な魂の存在を信じる者は、これらすべてを信じなければならないのである。

また、非物体的な実体が、どのように苦痛を受け、地獄や煉獄の火で苦しめられうるかを説明する段になると、魂がどのように火で焼かれるかは知りえない、という以外には、何の答えもない。

さらに、運動は場所の変化であり、非物体的な実体は場所を占められないので、魂が、どのように体なしに、ここから天、地獄、煉獄へ行けるのか、また、人間の幽霊が、夜、教会堂、教会墓地、その他の埋葬地を、どのように歩けるのかを、可能に見せることに苦労する。その幽霊が着て現れる衣服の幽霊についても、付け加えてよいだろう。これに、彼らが何と答えられるか、私にはわからない。ただ、範囲を占める仕方でなく、場所を定められる仕方で歩く、あるいは、世俗的でなく霊的に歩く、というのでなければである。このような途方もない区別は、どんな難問にも同じように当てはめられるからである。

ヌンク・スタンス――静止する今

永遠の意味について、彼らは、時間の終わりのない継起とは考えようとしない。そうすると、未来の事柄についての神の意志と予定が、作用因が結果に、行為者が行為に先立つように、なぜ、その同じ事柄の予知に先立たないのかを、説明できなくなるからである。また、神の理解しえない本性についての、他の多くの大胆な意見も、説明できなくなる。しかし、彼らは、永遠とは、現在の時が静止すること、スコラ学のいうヌンク・スタンスであると教える。これは、彼らにも、他の誰にも、無限に大きい場所を、ヒク・スタンス、静止するここ、と呼ぶのと同じほど、理解できないことである。

一つの物体が同時に多くの場所にあり、多くの物体が同時に一つの場所にあること

人々が、思考の中で、その部分を数えることによって物体を分けるとき、その部分を数える際に、物体が満たしていた場所の部分も数える。それゆえ、多くの部分を作るとき、その部分の多くの場所も作らずにはいられない。したがって、どんな人の心の中でも、場所より多い数や、少ない数の部分は、考えられない。それでも彼らは、神の全能の力によって、一つの物体が同じ時に多くの場所にあり、多くの物体が同じ時に一つの場所にありうると、われわれに信じさせようとする。まるで、あるものは、ない、あるいは、あったものは、なかったということが、神の力を認めることになるかのようである。そして、これらは、神の理解しえない本性を、驚き、拝む代わりに、哲学的に論じることから、彼らが追い込まれる不整合の、ごく一部にすぎない。神の属性は、神が何であるかを意味することはできず、われわれが思いつく最もよい呼び名によって、神に敬意を示したいという望みを、意味すべきである。しかし、敬意を表すこれらの属性から、神の本性をあえて論じる者は、最初の試みで理解を失い、一つの難点から別の難点へ、終わりも数の限りもなく陥っていく。それは、宮廷の儀礼を知らない人が、話し慣れているより高い身分の者の前に出て、入口でつまずき、倒れまいとして外套を落とし、それを拾おうとして帽子を落とし、次々と取り乱して、自分のうろたえと田舎者ぶりを、さらすようなものである。

自然哲学の不合理――重さの原因を重性とすることなど

次に、自然学、すなわち自然の出来事の、従属的な二次原因についての知識においても、彼らは、中身のない言葉以外には、まったく何も示さない。ある種類の物体が、なぜ自然に大地へ向かって沈み、他の物体は、自然に大地から離れて行くのかを知りたいと思えば、スコラ学は、アリストテレスに基づき、下へ沈む物体は重く、この重さが下降の原因だと答える。しかし、重さとは何を意味するのかと尋ねれば、地球の中心へ向かおうとする努力だと定義する。それゆえ、物が下へ沈む原因は、下にあろうとする努力となる。これは、物体が下降し、上昇するのは、そうするからだというのと、同じである。あるいは、地球の中心は、重いものにとっての休止と保存の場所なので、そこにあろうと努める、というだろう。まるで、石や金属が、人間のように欲求をもち、行きたい場所を見分け、人間とは違って休止を愛するかのようである。あるいは、ガラスの一片が、街路へ落ちるよりも、窓の中にあるほうが、安全でないかのようである。

すでにできた物体に、量を加えること

同じ物体が、何も加えられずに、あるときは別のときより大きく見えるのはなぜかと尋ねれば、小さく見えるときは凝縮し、大きく見えるときは希薄になっている、と彼らはいう。凝縮し、希薄になるとは、何か。凝縮とは、まったく同じ質料に、以前より少ない量があることであり、希薄になるとは、より多い量があることである。まるで、定まった量をもたない質料がありうるかのようである。量とは、ある物体が、別の物体より、これだけ大きい、小さいというための、質料、すなわち物体の限定にほかならないのに、である。あるいは、量をまったくもたずに物体が作られ、後になって、その物体を、より密に、あるいは、より疎にしようとするところに従い、多い、少ない量が入れられるかのようである。

魂を注ぎ込むこと

人間の魂の原因について、彼らは、「クレアートゥル・インフンデンドー」、そして「クレアンドー・インフンディトゥル」、すなわち「注ぎ込むことによって創造される」、そして「創造によって注ぎ込まれる」という。

現れの遍在

感覚の原因については、スペキエス、すなわち、対象の姿や現れの遍在を挙げる。それが目に現れるときは視覚、耳には聴覚、口蓋には味覚、鼻には嗅覚、体の他の部分には触覚となる、というのである。

意志することの原因を、意志とすること

ウォリティオーと呼ばれる、特定の行為を行おうとする意志の原因として、彼らは、ウォルンタースと呼ばれる能力、すなわち、人が、ときにはあることを、ときには別のことを意志する、一般的な力を挙げる。能力を、行為の原因とするのである。それは、人間の善い行為や悪い行為の原因として、それらを行う能力を挙げるようなものである。

無知を、隠れた原因とすること

また、多くの場合、彼らは、別の言葉で装った自分自身の無知を、自然の出来事の原因とする。たとえば、偶然のこと、すなわち、自分たちが原因を知らないことの原因は、運であるという場合が、そうである。また、多くの結果を、隠れた性質、すなわち、自分たちには知られておらず、それゆえ、彼らの考えでは、他の誰にも知られていない性質に帰す場合も、そうである。感応、反発、アンティペリスタシス、種固有の性質、その他の同様の語に帰す場合も、同じである。それらの語は、その結果を生み出す作用者も、生み出される際の働きも、意味しない。

このような形而上学や自然学が、空虚な哲学でないなら、空虚な哲学など、一度もなかったことになり、聖パウロが、それを避けるよう警告する必要もなかっただろう。

一方の者が互いに一致しない物を作り、別の者が、その不一致を作るということ

彼らの道徳哲学と市民哲学にも、同じ、あるいは、それ以上の不合理がある。人が不正義の行為、すなわち、法律に反する行為をすると、彼らは、神は法の第一原因であり、その行為と、他のすべての行為の第一原因でもあるが、行為の法への不適合である、不正義の原因では、まったくないという。これは空虚な哲学である。それなら、一人の者が直線と曲線の両方を作り、別の者が両者の不一致を作る、といっても同じである。前提を知る前に結論を決め、理解しえないものを理解しようと称し、敬意を表す属性から、本性の属性を作ろうとする、すべての者の哲学は、このようなものである。この区別も、自由意志、すなわち神の意志に服さない、人間の意志の教説を守るために、作られたのである。

私的な欲求を、公共の善の規則とすること

アリストテレスや、他の異教の哲学者は、人間の欲求によって善悪を定義する。各人が、自分自身の法によって治められると考えるかぎり、それは十分に正しい。自分自身の欲求以外に法をもたない人間の状態には、善い行為と悪い行為の、一般的な規則はありえないからである。しかし、国家において、この尺度は誤っている。尺度となるのは、私人の欲求ではなく、国家の意志と欲求である法律である。それでも、この教説は、今なお実践されている。人々は、自分や他人の行為、国家そのものの行為の善悪を、自分の情念によって判断する。そして、公の法律にまったく注意を払わず、自分の目にそう見えるもの以外を、善や悪とは呼ばない。ただ、修道士や托鉢修道士だけは、例外である。彼らは、上長への無条件の服従を、誓願によって義務づけられている。その同じ服従を、すべての臣民は、自然法によって、市民的な主権者に負うと考えるべきなのである。そして、この私的な善の尺度は、空虚なだけでなく、国家に有害な教説でもある。

適法な婚姻を、貞潔に反するとすること

婚姻の営みは貞潔や節制に反すると言い、したがって、道徳的な悪徳とすることも、空虚で偽りの哲学である。聖職者の結婚を拒む根拠に、貞潔や節制を挙げる者たちが、そうしている。彼ら自身、祭壇と聖体の執行に絶えず仕える聖職者に、恒常的な貞潔、節制、清浄の名のもとに、女性との交わりを一貫して断つことを求めるのは、教会の定めにすぎないと認めている。したがって、妻との適法な交わりを、貞潔と節制の欠如と呼び、婚姻を罪、あるいは、少なくとも、人を祭壇にふさわしくなくするほど、不純で汚れたものにしているのである。妻との交わりが不節制で、貞潔に反するから、その法が作られたのであれば、すべての婚姻が悪徳となる。神に聖別された者には、不純で汚れすぎているから、というのであれば、すべての人が毎日行う、他の自然で必要な営みは、さらに汚れているので、なおさら人を祭司にふさわしくなくするはずである。

しかし、祭司の結婚を禁じる、この隠れた土台が、道徳哲学のこのような誤りに基づくほど、浅く据えられたとは考えにくい。また、独身を婚姻の状態より優れたものとすることに基づくのでもない。後者は、聖パウロの知恵から生じた。迫害の時代に福音を宣べ伝え、ある国から別の国へ逃れなければならない者が、妻子への配慮に縛られるのは、非常に不都合だと見抜いたのである。そうではなく、後の教皇や祭司たちが、自分たちをクレルギー、すなわち、この世における神の王国の、唯一の相続人にしようとする計画に基づいている。そのためには、彼らから婚姻を取り去る必要があった。救い主は、その王国が来るとき、神の子らは、「めとることも嫁ぐこともなく、天の天使のようになる」、すなわち霊的になるというからである。それゆえ、霊的な者という名を引き受けた以上、必要もないのに、自分たちが妻をもつことを許すのは、不整合だったのである。

民衆による以外のすべての統治を、僭主制とすること

アリストテレスの市民哲学から、人々は、当時のアテナイの国家のような、民衆によるもの以外の、あらゆる国家を、僭主制と呼ぶことを学んだ。すべての王を僭主と呼び、アテナイを征服したラケダイモン人が、そこに立てた三十人の統治者の貴族制を、三十人僭主と呼んだ。また、民主制のもとでの民の状態を、自由と呼ぶことも学んだ。僭主とは、元来、単に君主以上のことを意味しなかった。しかし、その後、ギリシャの大部分で、その統治形態が廃止されると、その名は、以前意味していたものだけでなく、それに対する民衆国家の憎しみも、共に意味し始めた。ローマで王が廃された後、王という名も憎まれたのと同じである。侮蔑をもって、大きな敵に与えられる呼び名には、何か重大な欠点が意味されると考えるのは、すべての人に自然なことだからである。そして、同じ人々が、民主制や貴族制の運営者に不満を抱けば、怒りを表す不名誉な名を探すのに、困りはしない。すぐに、一方を無政府状態、他方を寡頭制、あるいは少数者の僭主制と呼ぶ。そして、民を怒らせるのは、各人が自分で望むとおりではなく、一人であれ合議体であれ、公の代表者が適切と考えるとおりに、すなわち、裁量に基づく統治によって、治められることにほかならない。そのため、上に立つ者に悪い名を与える。しかし、そのような裁量による統治なしには、内戦は永続するほかなく、法律の強さと力を作るのは、言葉や約束ではなく、人間と武器であることを、彼らは、おそらく内戦の少し後になるまで、知らずにいるのである。

人間ではなく、法が統治するということ

したがって、よく秩序づけられた国家では、人間ではなく法律が統治すべきだということも、アリストテレスの『政治学』の、もう一つの誤りである。自然の感覚をもつ者であれば、読み書きができなくても、自分が恐れ、従わなければ殺したり傷つけたりできると信じる者によって、自分が治められていると、気づかない人がいるだろうか。あるいは、法律、すなわち、人間の手や剣のない、言葉と紙が、自分を傷つけられると信じる者がいるだろうか。そして、これは、有害な誤りの一つである。人々は、それによって、統治者が気に入らないたびに、その者を僭主と呼ぶ者たちに加わり、その者に戦争を起こすことが適法だと考えるようになるからである。それなのに、聖職者たちによって、しばしば説教壇から、この誤りが育てられているのである。

良心を支配する法律

彼らの市民哲学には、もう一つの誤りがある。それは、アリストテレス、キケロ、その他の異教徒の誰からも、学んだものではない。行為だけの規則である法律の力を、人間の思いや良心そのものにまで広げることである。言葉や行為が適法であっても、何を信じるかを調べ、尋問するのである。それによって、人は、自分の思いを真実のまま答えたために罰されるか、罰への恐れから、偽りを答えるよう強いられる。確かに、市民的な行政官が、教える職責に職務担当者を用いようとするときには、これこれの教説を進んで宣べ伝えるかを尋ね、拒めば、その仕事を与えないことはできる。しかし、その行為が法律によって禁じられていないのに、意見について自分自身を告発するよう強いることは、自然法に反する。特に、キリスト教信仰のある箇条について誤った意見のまま死ねば、永遠の極限の苦痛に断罪されると教える者たちにとっては、そうである。誤りにこれほど大きな危険があると知る者のうち、自分自身を守ろうとする自然な配慮から、自分の魂を、他人の判断よりも自分の判断に賭けずにいられる者がいるだろうか。その他人には、その人が断罪されるかどうかは関わりがないのである。

法律の私的な解釈

私人が、国家の権限なしに、すなわち、その代表者の許可なしに、自分の霊によって法律を解釈することも、政治についての、もう一つの誤りである。しかし、アリストテレスや、他の異教の哲学者から取られたものではない。彼らの誰も、法律を作る権力には、必要なときに、それを説明する権力も含まれることを、否定していないからである。そして、聖書は、それが法律であるどの場所でも、国家の権限によって法律にされたのであり、したがって、市民法の一部ではないのか。

主権者以外の者が、国家の制限していない力を、人に対して制限することも、同じ種類の誤りである。法律が自由としているのに、福音を宣べ伝えることを、ある特定の一群の人々の専有にする者たちが、そうする。国家が、私に宣べ伝えたり、教えたりすることを許すなら、すなわち禁じないなら、誰も私を禁じることはできない。アメリカの偶像崇拝者の間にいるとして、キリスト教徒である私は、聖職に就いていなくても、ローマから叙階を受けるまでは、イエス・キリストを宣べ伝えることを罪と考えるべきなのか。あるいは、宣教した後、その疑問に答え、聖書を説明してはならないのか。すなわち、教えてはならないのか。しかし、このことにも、聖礼典を執り行うことにも、必要性が、十分な宣教の委任と見なされる、という者がいるかもしれない。それは正しい。しかし、必要性のために免除を受けるべきどの事柄も、それを禁じる法律がなければ、免除は必要ないということも、正しい。それゆえ、市民的な主権者が禁じていない者に、これらの働きを禁じることは、適法な自由を奪うことであり、市民的な統治の教説に反する。

スコラ神学者の言葉

スコラ神学の教師たちによって、宗教に持ち込まれた空虚な哲学の例は、さらに挙げられる。しかし、他の人々も、望めば自分で見いだせるだろう。私は、ただ次のことだけを付け加える。スコラ神学者の著作の大部分は、奇妙で粗野な語、あるいは、ラテン語の通常の用法とは異なる意味で使われる語の、意味のない連なりにすぎない。それらは、キケロも、ウァロも、古代ローマのすべての文法学者も、困らせるだろう。これが証明されるのを見たい者は、すでに一度述べたとおり、スコラ神学者の文章を、誰のものであれ、フランス語、英語、その他、語彙の豊かな現代語へ訳せるかを、試してもらいたい。それらの言語の大部分で理解可能にできないものは、ラテン語でも理解可能ではないからである。この言葉の無意味さは、偽りの哲学とは指摘できないが、真理を隠すだけでなく、人々に、すでに真理をもつと思わせ、さらに探すのをやめさせる性質をもっている。

伝承から生じる誤り

最後に、偽りや不確かな歴史から持ち込まれる誤りについては、聖人の生涯にある、架空の奇跡の伝説全体や、ローマ教会の教師たちが、地獄と煉獄、悪霊祓いの力、その他、理性にも聖書にも何の根拠もない教説を裏づけるために挙げる、あらゆる幽霊や出現の物語、また、書かれない神の言葉と呼ぶ、すべての伝承とは、老婆の作り話以外の何なのか。彼らは、古代の教父たちの著作に、散在する何かを見いだすとはいえ、その教父たちも、偽りの話を、あまりにも容易に信じかねない人間だった。そして、その信じたことの真実の証言として、教父たちの意見を持ち出しても、『ヨハネの手紙一』第四章一節の助言に従って霊を吟味する者にとっては、ローマ教会の権力に関するすべての事柄について、伝聞を性急に信じすぎた者として、教父たちの証言の信用を落とす以上の効力はない。教父たちは、その権力の濫用を疑わなかったか、それによって利益を得たかの、いずれかだった。自然の原因について豊かな知識をもたない、教父たちのような、最も誠実な人々こそ、一般に、伝聞を軽信することに最も陥りやすい。生来、最も善良な人々は、欺く意図を、最も疑わないからである。教皇グレゴリウスや聖ベルナルドは、自分は煉獄にいるといった幽霊の出現について、幾つか述べている。われわれのベーダも、そうである。しかし、どれも、他人からの伝聞によるものだけだと、私は思う。だが、もし彼らや、他の誰かが、そのような物語を、自分で知ったこととして語るなら、それによって、このような空虚な話を、さらに確かめることにはならず、自分自身の弱さか欺瞞かを、さらけ出すことになる。

理性の抑圧

偽りの哲学の導入には、真の哲学の抑圧も加えてよい。それを行うのは、適法な権限によっても、十分な研究によっても、真理を裁く資格のない者たちである。われわれ自身の航海によって、対蹠地に人々がいることは明らかになり、今では、人間の諸学問に通じたすべての者が認めている。また、年と日が、地球の運動によって定まることも、日ごとに、ますます明らかになっている。それでも、そのような教説を、賛否の理由を明らかにする機会として、著作の中で仮定しただけの人々が、教会の権限によって罰されてきた。しかし、それには何の理由があるのか。そのような意見が、真の宗教に反するからか。それらが真実であれば、そんなことはありえない。それゆえ、まず、適格な判断者が真偽を調べるか、反対を知っていると称する者たちが反駁するべきである。国の定めた宗教に反するからか。それなら、その教えを説く者が服する相手の法律、すなわち市民法によって、沈黙させよ。法律に反して、たとえ真の哲学を教える者でも、不服従は適法に罰せられるからである。反乱や騒乱を支持し、統治を乱す方向に働くからか。それなら、公の平穏の配慮を委ねられた者の権力によって、沈黙させ、教師たちを罰せよ。それは、市民的な権限である。聖職者が国家に服するどの場所でも、たとえ神の権利と呼んでも、自分自身の権利によって引き受ける権力は、すべて簒奪にすぎないからである。

第四十七章 このような闇から生じる利益と、それが誰に帰するかについて

ある行為から利益を得た者は、その行為を引き起こした者と推定される

キケロは、ローマ人の間の厳しい裁判官だった、カッシウス一族のある人物を、敬意をもって述べている。それは、刑事事件で、証人の証言が十分でないとき、告発者に、クイー・ボノー、すなわち、被告人が、その行為によって、どのような利益、名誉、その他の満足を得たか、あるいは期待したかを尋ねる習慣があったためである。さまざまな推定のうち、行為の利益ほど、その行為を引き起こした者を明白に示すものはないからである。同じ規則によって、私はここで、人類の平和な社会に反するこれらの教説を、このキリスト教世界の一部で、長い間、人々の心に植えつけてきた者たちは、誰なのかを、調べようと思う。

地上で戦う教会が神の王国であるとは、最初にローマ教会が教えた

まず、「今、地上で戦っている現在の教会が、神の王国である」という誤りには、次の世俗的な利益が結びついている。ここでいう神の王国は、栄光の王国、すなわち約束の地であって、土地を約束するだけの、恩恵の王国ではない。第一に、この誤りによって、教会の牧者と教師たちは、神の公的な職務担当者として、教会を統治する権利を与えられる。したがって、教会と国家は同じ人々なので、国家の長、統治者となる。この資格によって、教皇は、すべてのキリスト教徒の君主の臣民に、教皇に背くことはキリスト自身に背くことだと信じさせ、教皇と他の君主とのあらゆる争いで、「霊的権力」という言葉に惑わされて、適法な主権者を見捨てるようにした。これは、実際には、全キリスト教世界に対する普遍的な君主制である。彼ら自身が認めるように、初めに、キリスト教の教説の最高の教師となる権利を授けられたのは、キリスト教徒の皇帝によって、そのもとで、ローマ帝国の範囲内において、ポンティフェクス・マクシムスという資格により、ということだった。その職にある者は、市民的な国家に従属する役人だった。しかし、帝国が分割され、解体した後、すでに自分たちに服する民に、別の資格、すなわち聖ペトロの権利を押しつけるのは、難しくなかった。それによって、自分たちが称する権力を、そのまま保つだけでなく、もはやローマ帝国に統合されていない、同じキリスト教の諸属州の上にも、それを広げたのである。人々の支配欲を考えれば、この普遍的な君主制という利益は、それを称し、長い間享受した教皇たちこそ、それを得る手段となった教説を作った者だという、十分な推定となる。その教説とは、今、地上にある教会がキリストの王国だ、というものである。それを認めれば、キリストには、われわれの間に、その命令が何かを告げるべき、何らかの代理者がいると、理解しなければならないからである。

幾つかの教会が、この教皇の普遍的な権力を放棄した後には、理屈からすれば、それらすべての教会の市民的な主権者が、以前、軽率に手放す前には、自分の権利であり、自分の手にあった分を、取り戻すことが期待される。イングランドでは、実際そうなった。ただし、王が宗教の統治を行わせた者たちは、自分の職務は神の権利によると主張することで、最高権とまではいかなくても、市民的な権力からの独立を簒奪するように見えた。それでも、簒奪しているように見えただけだった。王が、その意に従って、彼らから職務の行使を奪う権利をもつと認めていたからである。

長老会も、それを維持した

しかし、長老会がその職務を引き受けた場所では、ローマ教会の他の多くの教説を教えることが禁じられても、キリストの王国はすでに来ており、救い主の復活時に始まったという教説は、なお保たれた。しかし、クイー・ボノー。彼らは、何の利益を期待したのか。教皇たちが期待したのと同じもの、民に対する主権をもつことである。適法な王を破門することは、自分の王国で、神への公の礼拝の、あらゆる場所から王を締め出すこと、そして、王が力によって彼らを正そうとするとき、力で抵抗すること以外の、何なのか。あるいは、市民的な主権者からの権限なしに、誰かを破門することは、その者の適法な自由を奪い、すなわち、兄弟たちに対する不法な権力を簒奪すること以外の、何なのか。したがって、宗教におけるこの闇を作り出した者は、ローマ派と長老派の聖職者たちである。

無謬性

この項目には、いったん得た霊的な主権の占有を保つために役立つ、すべての教説も含める。第一は、「教皇は、公的な資格においては、誤りえない」というものである。これを真実と信じて、教皇が何を命じても、進んで従わない者が、誰かいるだろうか。

司教たちの従属

第二に、他のすべての司教は、どの国家にあっても、神から直接にも、市民的な主権者から間接にも、その権利を得ず、教皇から得る、という教説がある。これによって、すべてのキリスト教国家に、教皇に依存し、教皇が外国の君主であるにもかかわらず、その教皇に服従の義務を負う、多くの有力者が存在することになる。司教は、そうした有力者なのである。このため、教皇は、自分の意志と利益に従って治められることを認めない国家に対し、しばしば行ってきたように、内戦を起こすことができる。

聖職者の免除

第三に、これらの司教と、他のすべての祭司、修道士、托鉢修道士を、市民法の権力から免除することである。これによって、各国家の大きな部分が、法律の利益を享受し、市民的な国家の権力で保護されるのに、公の費用を何も負担せず、他の臣民のように、その犯罪に相応する刑罰を受けることもなくなる。したがって、教皇以外の誰も恐れず、その普遍的な君主制を維持するため、教皇だけに結びつくのである。

サケルドーテースと、いけにえという名

第四に、彼らの祭司に、サケルドーテース〔Sacerdotes〕、すなわち、いけにえを献げる者という名を与えることである。新約でいう祭司は、長老〔Presbyters〕にほかならない。この名は、神がユダヤ人の王だった間、その市民的な主権者と、公的な職務担当者の称号だった。また、主の晩餐をいけにえとすることも、モーセとアロンがユダヤ人に対してもっていたのと同じ権力を、教皇がすべてのキリスト教徒に対してもつと、民に信じさせるために役立つ。すなわち、当時の大祭司がもっていたように、市民的なものと教会的なものとの、すべての権力である。

婚姻を聖礼典とすること

第五に、婚姻が聖礼典であると教えることは、婚姻の適法性を裁く権限を、聖職者に与える。それによって、どの子が嫡出か、したがって、世襲の王国を継承する権利が誰にあるかも、裁くことになる。

祭司の独身生活

第六に、祭司の結婚を拒むことは、王たちに対する、この教皇の権力を固めるために役立つ。王が祭司なら、結婚できず、王国を子孫に伝えることもできない。祭司でなければ、教皇は、王と国民に対し、この教会の権限を要求するからである。

個別の告解

第七に、個別の告解によって、彼らは、その権力を固めるため、市民的な国家の君主や有力者の計画について、より優れた情報を得る。その者たちが、教会という国家の計画について得られる情報よりも、優れた情報である。

聖人の列聖と、殉教者の認定

第八に、聖人を列聖し、誰が殉教者かを宣言することで、その権力を固める。それによって、教皇の破門で、市民的な主権者が異端者や教会の敵、彼らの解釈では教皇の敵と宣言されるなら、素朴な人々を、その主権者の法律と命令に対し、死に至るまでも、頑として抵抗するよう仕向けるからである。

全実体変化、悔悛、赦罪

第九に、すべての祭司に認める、キリストを作る権力、また、償いを命じる権力、罪を赦し、あるいは赦さずにおく権力によっても、同じ権力を固める。

煉獄、贖宥、外面的な行い

第十に、煉獄、外面的な行いによる義認、贖宥の教説によって、聖職者は富を得る。

デーモン論と悪霊祓い

第十一に、デーモン論と、悪霊祓いの慣行、その他、それに属する事柄によって、民に自分たちの権力を、さらに畏れさせている。あるいは、畏れさせていると思っている。

スコラ神学

最後に、大学で教えられる、アリストテレスの形而上学、倫理学、政治学、スコラ学者のつまらない区別、粗野な用語、曖昧な言葉は、これらの誤りが見破られるのを防ぎ、空虚な哲学の鬼火を、福音の光と取り違えさせるために役立つ。その大学は、すべて教皇の権限によって設けられ、規制されてきたのである。

霊的な闇を作り出した者は、誰か

これらで十分でないなら、さらに、他の暗い教説を加えることもできる。その利益は、明らかに、キリスト教の民の適法な主権者の上に、不法な権力を設けること、それが設けられた後に維持すること、あるいは、それを支える者たちの世俗の富、名誉、権限へと帰する。したがって、先に述べた、クイー・ボノーという規則によって、われわれは、この霊的な闇全体を作り出した者として、教皇、ローマの聖職者、さらに、今地上にある教会が、旧約と新約で述べられる神の王国であるという、誤った教説を、人々の心に定着させようとする、他のすべての者を、正当に名指すことができる。

しかし、その統治のもとで、これらの誤りや、同様の聖職者による職権への侵入が、初めに忍び込み、自分たちの権利の占有と臣民の平穏を乱した、皇帝や他のキリスト教徒の主権者も、自分と公共の損害の共犯者と見なすことができる。その帰結への見通しと、教師たちの計画への洞察がなかったために、許したのだとしても、である。その権限なしには、初めに、反乱を招く教説が公に宣べ伝えられることは、なかったはずだからである。初めには、それを妨げられた、と私はいう。しかし、いったん民が、その霊的な人々に取りつかれると、適用できる人間的な救済策は、誰にも考え出せなかった。そして、神が用意する救済策については、そのよしとする時を待たなければならない。神は、適切な時に、真理に反する人間のあらゆる企てを、必ず壊す方である。しばしば、敵の繁栄を、その野心と共に、非常な高みにまで育つに任せ、その激しさによって、前任者たちの用心深さが、以前閉ざしていた目を開かせ、あまりにも多くつかもうとするため、すべてを手放すようにする。あまりに多くの魚がもがいて、ペトロの網が破れたようにである。それに対して、臣民の目が開く前に、このような侵入に抵抗しようとする者の性急さは、抵抗する相手の権力を、増すだけだった。それゆえ、皇帝フリードリヒが、われわれの同国人である教皇アドリアヌスの鐙を支えたことを、私は責めない。当時の臣民の気持ちは、それをしなければ、帝国で事を成し遂げられそうにないほどだったからである。しかし、初めに、自分たちの権力が完全だったとき、その領土の大学で、このような教説が作られるのを許した者たちは、責める。それによって、その後のすべての教皇が、すべてのキリスト教徒の主権者の王座に乗り込み、主権者と民との両方を、思いどおりに乗り回し、疲れ果てさせる間、鐙を支えたからである。

しかし、人間の考案が織り上げられるように、それは解かれもする。道筋は同じだが、順序が逆になる。その織物は、権力の最初の要素、すなわち、使徒たちの知恵、謙遜、誠実、その他の徳から始まる。改宗した民は、使徒たちに、義務によってではなく、尊敬から従った。その良心は自由であり、言葉と行為は、市民的な権力以外の何ものにも服していなかった。その後、キリストの群れが増えるにつれ、長老たちは、何を教えるべきかを考えるために集まり、それによって、自分たちの集会の決議に反することを何も教えない義務を、自らに課した。しかし、それによって、民も、その教えに従う義務を負うと思わせ、拒む者とは、不信者だからではなく、不服従だからという理由で、交わることを拒んだ。当時、それは破門と呼ばれた。これが、民の自由に加えられた、最初の結び目だった。そして、長老の数が増えると、主要な都市や州の長老は、教区の長老に対する権限を得、司教という名を、自分たちの専有にした。これが、キリスト教徒の自由に加えられた、第二の結び目だった。最後に、ローマ司教が、帝都にあることから、一部は皇帝たち自身の意志により、また、ポンティフェクス・マクシムスの資格により、そして最後に、皇帝たちが弱まると、聖ペトロの特権により、帝国の他のすべての司教に対する権限を引き受けた。これが、第三で最後の結び目であり、教皇権力の総合と構築の全体だった。

したがって、その分析、すなわち分解も、同じ道筋による。ただし、最後に結ばれた結び目から始める。イングランドで、政治的な統治を越えて置かれた教会統治が解体した過程に、それを見ることができる。

第一に、教皇の権力は、エリザベス女王によって、完全に解体された。それ以前、教皇の権利によって職務を行っていた司教たちは、その後、女王と後継者たちの権利によって、同じ職務を行った。ただし、ユーレ・ディーウィーノーという言い方を残したので、神からの直接の権利として要求していると、考えられた。こうして、最初の結び目が解かれた。その後、近ごろイングランドで、長老派が司教制の廃止を得た。こうして、第二の結び目が解かれた。そして、ほとんど同じころ、長老派からも権力が取り上げられた。こうして、われわれは、初期のキリスト教徒の独立した状態へと戻り、各人が、最もよいと思うとおりに、パウロ、ケファ、アポロに従うことになった。これが、争いなしに、また、キリストの職務担当者その人への好みによって、キリストの教えを測ることなしに行われるなら、おそらく最もよい状態だろう。後者は、使徒がコリント人のうちに非難した過ちである。第一に、人間の良心の上には、言葉そのもの以外の権力は、あるべきではないからである。その言葉は、植え、水を注ぐ者たちの意図に、つねに従うのでなく、成長させる神自身の意図に従って、一人一人のうちに信仰を働かせる。第二に、わずかな誤りの一つ一つに、それほどの危険があると教える者たちが、自分自身の理性をもつ人に、他の誰かの理性や、多くの他人の多数の声に従うよう求めるのは、不合理だからである。それは、救済を、硬貨の表裏に賭けるのと、大差がない。また、その教師たちは、昔の権限を失ったことを、不満に思うべきではない。権力は、それを得たのと同じ徳、すなわち、知恵、謙遜、教えの明晰さ、生活の誠実さによって保たれることを、彼ら以上によく知るべき者はいないからである。自然科学や、自然の理性による道徳を抑圧すること、曖昧な言葉、自分が示す以上の知識を称すること、敬虔を装った欺き、その他、そのような過ちによって保たれるのではない。神の教会の牧者にとって、これらは単なる過ちだけでなく、人をつまずかせるものでもあり、いつか人々が、つまずいたはずみに、その権限を廃止するに至りかねないのである。

教皇権と妖精の王国との比較

しかし、「今、地上で戦う教会が、旧約と新約で語られる神の王国である」という教説が、世に受け入れられた後、その王国に属する役職、特に、キリストの代理者となる、あの大きな役職をめぐる野心と運動、そして、そこで主要な公の職責を得た者たちの華美は、しだいに明らかになった。そのため、牧者の職務に向けられるべき、心からの尊敬を失った。市民的な国家で何らかの力をもつ者のうち、最も賢い人々は、もはや従わないためには、自分の君主の権限さえあればよい、というほどになった。ローマ司教が、聖ペトロの後継者だという主張によって、普遍的な司教として認められるようになって以来、その聖職位階制全体、あるいは闇の王国は、妖精の王国にたとえても、不適切ではない。すなわち、幽霊や霊、それらが夜に演じるわざについての、イングランドの老婆の物語である。そして、この大きな教会支配の起源を考えれば、教皇権とは、滅びたローマ帝国の幽霊が、その墓の上で王冠をかぶって座っているものにほかならないと、容易にわかるだろう。教皇権は、そのように、あの異教の権力の廃墟から、突然現れたのである。

教会でも、公的な文書でも、彼らが使う言語はラテン語であり、今の世界では、どの国も普通には使わない。それも、古いローマの言語の幽霊以外の、何だろうか。

妖精は、どの国で暮らすとしても、一人の普遍的な王だけをもつ。われわれの詩人の一部は、それをオベロン王と呼ぶが、聖書は、デーモンの君主ベルゼブブと呼ぶ。同じく聖職者も、どの領土にいようと、普遍的な王は、ただ一人、教皇だけだと認める。

聖職者は、霊的な人々〔Spirituall men〕であり、霊的な父たち〔Ghostly Fathers〕である。妖精は、霊〔Spirits〕や幽霊〔Ghosts〕である。妖精や幽霊は、闇、寂しい場所、墓に住む。聖職者は、教説の暗がり、修道院、教会堂、教会墓地を歩く。

聖職者は、司教座聖堂をもつ。それは、どの町に建てられても、聖水と、悪霊祓いと呼ばれる、ある呪文の効力によって、その町を、都市、すなわち統治の中心地にする力をもつ。妖精にも、魔法をかけられた城と、周りの地域を支配する、巨大な幽霊たちがいる。

妖精は、捕らえられ、与えた害について、弁明を求められることがない。同じく聖職者も、市民的な司法の法廷から姿を消す。

聖職者は、形而上学、奇跡、伝承、濫用された聖書からなる、ある呪文によって、若者から理性の使用を奪う。そのため、若者は、命じられることを実行する以外、何の役にも立たなくなる。同じく妖精は、幼児を揺り籠から奪い、生まれつきの愚か者に変えてしまうと言われる。そのため、一般の人々は、その者たちをエルフと呼ぶ。彼らは、いたずらをしがちなのである。

妖精がどの仕事場や工房で魔法を作るかは、老婆たちも定めていない。しかし、聖職者の工房が、教皇の権威によって教育の体系を授けられた大学であることは、十分によく知られている。

妖精は、誰かに不満があると、エルフを送り、その者をつねらせると言われる。聖職者も、ある市民的な国家に不満があると、反乱を説いて、自分たちのエルフ、すなわち、迷信的で魔法をかけられた臣民に、その君主をつねらせる。あるいは、約束によって魔法をかけられた一人の君主に、別の君主をつねらせる。

妖精は結婚しない。しかし、その中には、血肉をもつ人間と交わる、インクブスがいる。祭司もまた、結婚しない。

聖職者は、彼らを畏れる無知な人々の寄進と、十分の一税とによって、その土地の最良の取り分を得る。同じく、妖精の物語にも、乳製品の作業場に入り、乳からすくい取ったクリームで、宴を開くとある。

妖精の王国で、どの種類の貨幣が通用するかは、物語には記されていない。しかし聖職者は、受け取るときには、われわれと同じ貨幣を受け入れるのに、支払うとなると、列聖、贖宥、ミサによって行う。

教皇権と妖精の王国との、これらや同様の類似には、次のことも加えてよい。妖精は、老婆や古い詩人の伝承から生じる、無知な人々の心像の中にしか存在しない。同じく、教皇の、自分自身の市民的な支配の境界外にある霊的権力も、惑わされた人々が、偽りの奇跡、偽りの伝承、聖書の偽りの解釈を聞いて、その破門に抱く恐れの中にだけ、存在するのである。

したがって、ヘンリ八世が自分の悪霊祓いによって、エリザベス女王が自分の悪霊祓いによって、彼らを追い出すのは、さほど難しいことではなかった。しかし、今、外へ出て、ほとんど実りを与えない、中国、日本、インドの乾いた場所を、布教活動で歩き回る、このローマの霊が、戻って来ないと、誰が知るだろうか。あるいは、むしろ、それより悪い霊たちの集まりが、この掃き清められた家へ入り、住みついて、終わりを初めより悪くしないと、誰が知るだろうか。神の王国を、この世のものと称し、それによって、市民的な国家の権力とは異なる権力を、この世にもつとするのは、ローマの聖職者だけではないからである。そして、政治の教説について、私が述べようとしたことは、これですべてである。これを見直した後、私は、喜んで、祖国の批評にさらそうと思う。

総括と結論

心の自然の能力の一部が互いに反すること、また、情念が互いに反することと、それらが人との交わりに関わることから、一人の人が、あらゆる種類の市民的な義務に、十分に適した性向を備えるのは不可能だとする論拠が、引き出されてきた。人々は言う。厳格な判断力は、人を他人の欠点をとがめがちにし、他人の誤りや弱さを赦すのに不向きにする。他方、想像力の素早い働きは、正邪を厳密に見分けるために必要なほど、思考を落ち着かせない。また、あらゆる審議と弁論では、堅実に推論する能力が必要である。それなしには、人々の決定は軽率になり、判決は不正になるからである。それでも、注意と同意を得る力強い雄弁がなければ、理性の効果は小さい。しかし、この二つは反対の能力である。前者は、真理の原理に基づき、後者は、真偽を問わず、すでに受け入れられている意見と、多様で移りやすい人間の情念や利害に基づくからである、と。

また、情念のうち、勇気、すなわち、私の言うところでは、傷や暴力的な死を軽く見ることは、人々を私的な復讐へ傾け、ときには公の平和を乱そうとさせる。他方、臆病さは、しばしば、公の防衛を見捨てる方向へ傾ける。人々は、この両者は、同じ人物の中には、両立しえないと言う。

さらに、人間の意見や行いの対立を全般的に考えれば、世の仕事のために、交わらざるをえないすべての人々と、変わらない市民的な友好を保つのは不可能だ、と言う。その仕事は、ほとんど、名誉、富、権限をめぐる、絶え間ない争いにほかならないからである。

これに私は、これらは確かに大きな難しさだが、不可能ではないと答える。教育と訓練によって、調和させることができ、ときには実際にそうなるからである。判断力と想像力は、目指す目的に応じて、交互にではあるが、同じ人に備わりうる。エジプトのイスラエル人が、ときには煉瓦作りの労働に縛られ、ときには藁を集めるために、あちこちへ出て行ったのと同じである。判断力も、ときには、ある一定の考察に固定され、別のときには、想像力が世界をさまようことができる。同じく、理性と雄弁も、おそらく自然科学ではそうでなくても、道徳の学では、十分によく両立しうる。誤りを飾り、広める余地のあるところには、飾るべき真理をもっているなら、真理を飾り、広める余地は、なおさらあるからである。また、法律を恐れることと、公の敵を恐れないこととの間にも、侵害を慎むことと、他人の侵害を赦すこととの間にも、矛盾はない。したがって、ある人々が考えるような、人間の本性と市民的な義務との不整合はない。私は、判断の明晰さと想像力の豊かさ、理性の強さと優雅な表現、戦争における勇気と法律への恐れとが、一人の人に、しかも、どれも卓越して備わっているのを知っていた。それは、私の最も高貴で、敬愛する友人、シドニー・ゴドルフィン氏だった。彼は、誰も憎まず、誰にも憎まれなかったが、先の内戦の初めに、公の争いの中で、誰とも知れず、相手を見分けることもない手によって、不幸にも殺された。

第十五章で述べた自然法に、私は、次のことを加えたい。「すべての人は、平時に自分を保護している権力を、戦時には、自分にできるかぎり保護する、自然の義務を負う。」自分の体を守る自然の権利を称する者は、その力によって自分が守られている相手を滅ぼす、自然の権利を称することはできないからである。それは、明白な自己矛盾である。この法は、そこですでに述べた法の幾つかから、帰結として導くことができるが、今の時代は、それを繰り返し教え、思い出させることを必要としている。

近ごろ印刷された、さまざまな英語の書物から、内戦が、臣民はいつ征服者への義務を負うのか、征服とは何か、また、どうして、その法律に従う義務を生むのかを、人々にまだ十分教えていないことが分かる。それゆえ、この点を、さらに納得してもらうために言う。人が征服者の臣民となる時点は、その者に服従する自由をもち、明示的な言葉か、他の十分なしるしによって、その臣民となることに同意した時点である。人に服従する自由があるのは、いつかは、すでに第二十一章の終わりで示した。すなわち、以前の主権者に、普通の臣民としての義務しか負わない者については、生活の手段が、敵の警備隊や守備隊の支配下に入ったときである。そのとき、その者は、以前の主権者から、もはや保護されず、負担金と引き換えに、敵側から保護されるからである。したがって、そのような負担金の支払いは、敵への援助であるにもかかわらず、避けられないこととして、どこでも適法と見なされる。それなら、同じく敵への援助にすぎない、全面的な服従も、不法とは見なせない。また、服従する者は財産の一部だけで敵を助けるのに、拒む者は全体で助けることを考えれば、その服従や和解を、援助と呼ぶ理由はなく、むしろ敵への損失と呼ぶべきである。しかし、臣民としての義務のほかに、兵士としての新たな義務を引き受けた者は、以前の権力が野戦で持ちこたえ、軍隊や守備隊で生活の手段を与えているかぎり、新しい権力に服従する自由はない。この場合、その者は、保護や、兵士として生きる手段がないと、不平を言うことはできないからである。しかし、それも失われたときには、兵士も、保護を最も期待できる場所に求め、新しい主人に適法に服従できる。望むなら、いつ適法にそうできるかについては、以上である。したがって、そうしたなら、忠実な臣民となる義務を負うのは、疑いない。適法に結ばれた契約は、適法には破れないからである。

これによっても、人々が征服されたと言えるのはいつか、征服の本性と征服者の権利は何に存するかを、理解できる。この服従こそ、それらすべてを含むからである。征服は、勝利そのものではなく、勝利によって、人々に対する権利を獲得することである。したがって、殺された者は、打ち負かされてはいるが、征服されてはいない。捕らえられ、牢獄や鎖につながれた者も、打ち負かされてはいても、征服されてはいない。その者は、なお敵であり、できるなら自分を救ってよいからである。しかし、服従の約束によって、生命と自由を認められた者は、そのとき征服され、臣民となる。それ以前ではない。ローマ人は、将軍がある属州を平定した、すなわち、英語で言う征服をした、と言うのが常だった。また、住民が、インペラータ・ファケレ、すなわち、ローマの民が命じることを行うと約束したとき、その国は勝利によって平定された、と言った。これが征服されることだった。しかし、この約束は、明示的でも黙示的でもありうる。明示的には約束によって、黙示的には、他のしるしによって行われる。たとえば、おそらく力が取るに足らないため、そのような明示的な約束を求められていない者でも、公然と、その保護のもとで暮らすなら、その統治に服すると理解される。しかし、ひそかに暮らすなら、間諜や国家の敵に対して行いうる、あらゆることを受ける。その者が、不正義を行うとは言わない。公然たる敵対行為は、その名で呼ばれないからである。ただし、その者を、正当に死刑にできると言うのである。同様に、自国が征服されたとき、国外にいる者は、征服されず、臣民でもない。しかし、帰国時にその統治に服すれば、従う義務を負う。したがって、征服を定義すれば、勝利によって主権の権利を獲得することである。この権利は、民の服従において得られる。その服従によって、民は勝者と契約し、生命と自由のために、服従を約束するのである。

第二十九章で、国家が解体する原因の一つとして、不完全な生成を挙げた。それは、絶対的で、裁量に基づく立法権がないことにあり、そのため、市民的な主権者は、正義の剣を、一貫しない仕方で、まるで持つには熱すぎるかのように、扱わざるをえない。そこで述べなかった、その理由の一つは、次のことである。彼らはみな、初めに権力を得た戦争を正当化しようとする。その権利は、占有にではなく、その戦争に依存すると考えるのである。たとえば、イングランドの王たちの権利が、征服王ウィリアムの大義の正しさと、その者からの直系の、最も直接の血統とに、依存するかのように、そうする。そうすれば、おそらく、今日、全世界のどこにも、臣民を主権者への服従につなぐ絆はなくなるだろう。ここで彼らは、無用に自分たちを正当化しようとする間に、野心が、いつか自分たちや後継者たちに対して起こす、あらゆる成功した反乱を、正当化するのである。それゆえ、私は、征服者が、人々の将来の行為の服従だけでなく、自分たちの過去のすべての行為の是認も求めることを、どの国家にとっても、死をもたらす最も有力な種の一つとする。良心において、その始まりを正当化できる国家は、世界にほとんどないのである。

また、僭主制という名は、一人に属するにせよ、多くの人々に属するにせよ、主権という名以上も以下も意味しない。ただ、前者を使う者は、僭主と呼ぶ相手に怒っていると理解される、という違いがある。それゆえ、僭主制への公然たる憎しみを容認することは、国家一般への憎しみを容認することであり、先のものと大きく違わない、もう一つの悪い種だと思う。征服者の大義を正当化するには、多くの場合、征服された者の大義を非難することが必要だからである。しかし、征服された者の義務には、どちらも必要ない。本論の第一部と第二部を見直すにあたり、以上を述べておくのが適切だと考えた。

第三十五章では、ユダヤ人の国家において、神自身が、民との約定によって主権者とされたことを、聖書から十分に示した。そのため、彼らは、神が同意によってでなく、自分の力によって統治する、世界の他の人々と区別され、神に固有の民と呼ばれた。また、この国では、モーセは地上における神の代理者であり、神が、どの法律によって治められるよう定めたかを、彼らに告げたのは、モーセだった。しかし、執行を行うために、特に死刑で、誰が役人として定められたかを、述べるのを省いた。当時は、その後分かったほど、考慮の必要な問題だとは思わなかったのである。一般に、すべての国家で、身体的な刑罰の執行は、主権者の警備兵や他の兵士に任されるか、生活手段の欠如、名誉の軽視、心の冷酷さが重なって、そのような職を求める者たちに与えられたことを、われわれは知っている。しかし、イスラエル人の間では、死刑に当たる犯罪で有罪とされた者は、民によって石で打ち殺されること、証人が最初の石を投げ、その後、残りの民が続くことが、主権者である神の実定法だった。これは、誰が執行者となるべきかを定める法律であって、会衆が裁判官であるとき、有罪の認定と宣告の前に、誰かが石を投げてよい、というものではない。それでも、執行に進む前には、証人の話を聞かなければならなかった。ただし、会衆自身の面前や、適法な裁判官の目の前で、その行為が行われた場合は、別である。そのときは、裁判官自身以外の証人を、必要としなかったからである。しかし、この手続の方法が十分に理解されなかったため、ある場合には、誰でも、熱心の権利によって他人を殺せるという、危険な意見を生むきっかけとなった。まるで、昔、神の王国で違反者に加えられた処刑が、主権者の命令からではなく、私的な熱心の権限から生じたかのように、そう考えるのである。しかし、それを支持するように見える聖句を考えれば、まったく反対である。

第一に、レビ人たちが、金の子牛を造って礼拝した民を襲い、三千人を殺したのは、神の口から受けたモーセの命令によることだった。これは、『出エジプト記』第三十二章二十七節から、明らかである。また、イスラエルのある女の息子が神を冒瀆したとき、それを聞いた者たちは、その者を殺さず、モーセの前に連れて行った。そして、神が判決を与えるまで、モーセは、その者を拘束した。これは、『レビ記』第二十五章十一、十二節に現れている。また、ピネハスがジムリとコズビを殺したときも、私的な熱心の権利によるのではなかった(『民数記』第二十五章六、七節)。その犯罪は、集会の目の前で行われたので、証人は不要であり、法は知られていて、彼は主権の予定された継承者だった。そして、最も主要な点は、その行為の適法性が、後のモーセによる追認に、全面的に依存しており、その追認を疑う理由がなかったということである。また、この将来の追認の推定は、ときには国家の安全に必要である。たとえば、突然の反乱では、それが起こった地方で、自分の力によって鎮圧できる者は、誰でも、明示的な法律や委任がなくても、適法にそうし、実行中か実行後に、追認や赦免を得る手はずを整えてよい。また、『民数記』第三十五章三十節には、はっきりと、「殺人者を殺す者は、証人たちの言葉によって殺さなければならない」とある。しかし、証人は、正式な裁判を前提とする。したがって、ユース・ゼーロータールム、すなわち熱心の権利という、その口実を否定する。偶像崇拝へ誘う者についてのモーセの法は、すなわち、神の王国で忠誠を捨てるよう誘う者についての法は、その者を隠すことを禁じ、告発者に、その者を死刑にさせ、最初の石を投げるよう命じる(『申命記』第十三章八節)。しかし、断罪される前に殺すようには命じない。また、同第十七章四、五、六節には、偶像崇拝に対する手続が、正確に定められている。神は、そこで、裁判官としての民に語り、偶像崇拝で告発された者があれば、事実を念入りに調べ、真実と分かれば、石で打つよう命じている。ただし、つねに、証人の手が最初の石を投げる。これは、私的な熱心ではなく、公の断罪である。同様に、父に反抗する息子がいるとき、法は、その息子を町の裁判官の前へ連れて行き、町のすべての民が石で打つよう定めている(同第二十一章十八節)。最後に、聖ステファノが石で打たれたのも、これらの法を根拠としてであり、私的な熱心を根拠としてではなかった。執行のために連れて行かれる前に、大祭司の前で、自分の事件について弁明していたからである。これらのどこにも、聖書の他のどの部分にも、私的な熱心による処刑を支持するものはない。それは、しばしば、無知と情念の結合にすぎず、国家の正義と平和の両方に反するのである。

第三十六章で、神がどのような仕方で、超自然的にモーセに語ったかは、明らかにされていないと述べた。それは、他の預言者に対するように、ときには夢や幻や、超自然的な声によって語ったことがない、という意味ではない。贖いの座から語った仕方は、『民数記』第七章八十九節に、次の言葉ではっきり記されているからである。「そのときから後、モーセが、神と語るために会見の幕屋に入ると、証しの箱の上にある贖いの座の上から、自分に語る声を聞いた。ケルビムの間から、神はモーセに語った。」しかし、神がモーセに語る仕方が、サムエルやアブラハムなど、他の預言者に語る仕方より、どの点で優れていたかは、明らかにされていない。その者たちにも、声によって、すなわち幻によって語ったからである。ただ、違いが、幻の明晰さにあるのでなければである。神の本性は無限で、理解しえないのだから、「顔と顔を合わせて」、「口と口を合わせて」を、文字どおりに受け取ることはできない。

教説全体については、その原理が真実で適切であり、推論が堅実であることを、私は今のところ疑っていない。主権者の市民的な権利と、臣民の義務と自由との両方を、人類の知られた自然の傾向と、自然法の諸箇条とに基づけるからである。自分の家族を治めるだけの理性があると称する者なら、誰も、これらを知らずにいるべきではない。また、同じ主権者たちの教会権力は、それ自体明白で、聖書全体の目的にかなう聖句に基づけている。したがって、ただ知るために読む者は、これによって知ることができると、確信している。しかし、著作、公の議論、著名な行為によって、反対の意見を守ることに、すでに自分を結びつけている者たちは、そう容易には納得しないだろう。そのような場合、人々は、読み進めるのと同時に、すでに読んだことへの反論を探して、注意を失うのが、自然だからである。人々の利害が変わる時代には、そのような反論は、必ず非常に多くなる。新しい統治を確立するのに役立つ教説の多くは、古い統治の解体に役立った教説に、必然的に反するからである。

キリスト教国家を扱う部分には、幾つか新しい教説がある。反対のことが、すでに十分に決定されている国家では、臣民が無許可でそれを広めるのは、教師の地位の簒奪として、過ちになるかもしれない。しかし、人々が平和だけでなく、真理も求める今、私が真実と思い、明らかに平和と忠誠へ向かう教説を、なお審議している者たちの考察に差し出すのは、新しいぶどう酒を、新しい樽に入れ、両方を共に保つために、差し出すことにすぎない。そして、新しさが国家に困難や混乱を生みえないときには、人々は一般に、新しく、十分に証明された真理より、古い誤りを選ぶほど、古さを敬う傾向はない、と私は思う。

私が最も自信をもてないのは、自分の表現である。それでも、印刷上の不手際を除けば、曖昧ではないと確信している。近ごろの習慣に反して、古代の詩人、弁論家、哲学者の引用による飾りを怠ったのは、それがよかったか悪かったかはともかく、多くの理由に基づく、自分の判断による。第一に、教説の真理はすべて、理性か聖書に依存する。その両方は、多くの著者に信用を与えるが、どの著者からも信用を受け取らない。第二に、問題となる事柄は、事実ではなく権利であり、そこには証人の場所はない。古い著者のうち、ときに自分自身にも、他の著者にも矛盾しない者は、ほとんどいない。そのため、その証言は不十分になる。第四に、古さの信用だけで受け入れられる意見は、それ自体、引用する者の判断ではなく、あくびのように、口から口へ伝わる言葉である。第五に、人々が、腐った自分の教説に、他人の才知という丁子を刺すのは、しばしば欺く計画による。第六に、彼らの引用する古人が、自分より前に書いた者に対し、同じことをするのを飾りとした、という例を、私は見いださない。第七に、ギリシャ語やラテン語の文句が、彼らがよくするように、かみ砕かれず、そのまま再び出て来るのは、消化不良のしるしである。最後に、真理を明晰に書いたか、われわれが自分で真理を見いだす、よりよい道を示した古人たちは敬うが、古さそのものには、何も負うと思わない。時代の年齢を敬うのであれば、現在こそ最も古いからである。著者の年齢についてなら、そのような敬意を与えられる者たちが、書いていたとき、今書いている私より、一般に年長だったかどうか、確かではない。しかし、よく考えれば、古い著者への賛美は、死者への尊敬からではなく、生者の競争と、互いの妬みから生じるのである。

結論として、本論全体にも、以前、同じ主題についてラテン語で書いたものにも、私が見分けるかぎり、神の言葉や善い行いに反すること、公の平穏を乱すことは、何もない。したがって、その判断にあたる者たちも、同じく考えるのであれば、これを印刷することは有益であり、大学で教えることは、さらに有益だと思う。大学は、市民と道徳についての教説の泉だからである。そこから、説教者や地主紳士層は、見いだした水をくみ、説教壇からも、日常の交わりでも、民に注ぐのが常である。それゆえ、その水を、異教の政治論者の毒と、欺く霊の呪文との両方から清く保つため、十分な注意が払われるべきことは、確かである。そうすることで、大多数の人々は自分の義務を知り、少数の不満分子が国家に反する計画で抱く野心に、仕えることが少なくなるだろう。また、自分たちの平和と防衛に必要な負担を、不満に思うことも少なくなるだろう。そして統治者自身も、外国の敵の侵入や侵害に対して、公の自由を守るために必要な以上の、大きな軍隊を、公費で維持する理由が、少なくなるだろう。

こうして、現在の時代の混乱をきっかけとした、市民的な統治と教会的な統治についての論述を、終えた。偏りも、特定の人物や事例に当てはめることもなく、人々の目の前に、保護と服従との相互関係を示すこと以外に、意図はない。その関係を侵すことなく守るよう、人間の本性の状態と、自然法および実定法の両方の神の法が求める。そして、国家の変動の際には、この種の真理が生まれるのに、よい星の配置は、ほとんどありえない。古い統治を解体する者からは、怒った星の相を受け、新しい統治を立てる者からは、背中しか見えないからである。それでも、今、それが、教説の公の裁判官や、公の平和の持続を望む者から、非難されるとは思えない。この望みをもって、中断していた自然的な物体の考察に戻る。神が、完成するための健康を与えてくださるなら、その新しさは、この人工的な物体の教説では、いつも人を怒らせるのと同じほど、人を喜ばせると期待している。誰の利益や喜びにも反しない真理は、すべての人に歓迎されるからである。

完