文学 / アルチュール・ランボーイリュミナシオンIlluminations
文学 / アルチュール・ランボー
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原著・底本
- 原題
- Illuminations
- 著者
- アルチュール・ランボー
- 編者
- ポール・アルトマン
- 原典の利用条件
- パブリックドメイン
フランス語Wikisource寄稿者 — CC BY-SA 4.0 - 収録範囲
- 1958年版『Œuvres』所収の全42篇と標題・副題。フランス語原文からの日本語新訳。解釈上の留保3件を訳注に記載。
日本語訳
- 翻訳者
- 日本人文
- 利用条件
- CC BY-SA 4.0
- 翻訳原稿
- 原稿を見る
表紙
- 装画
- 日本人文
- 利用条件
- CC0 1.0
本書のために制作した独自装画。原刊の装丁とは異なります。
追加日: 2026-10-20 / 更新日: 2026-10-20
全42篇を収録。「海景」と「運動」は詩の改行を保った。
「見世物」「青春」II「祈り」の難解な表現について、採用した読みと留保を訳注に記した。
イリュミナシオン
彩色版画
大洪水のあと
大洪水という思いがようやく鎮まると、
一匹の野ウサギが、イガマメと揺れる釣鐘草のあいだに立ち止まり、クモの巣越しに虹へ祈りを捧げた。
ああ、身を隠していた宝石たち――もうこちらを見ていた花たち。
汚れた大通りに露店が立ち、人々は小舟を引いていった。版画のように、はるか高みに段をなす海へ。
血が流れた、青ひげの館で――屠殺場で――神の印が窓を青ざめさせる円形劇場で。血と乳が流れた。
ビーバーたちは家を建てた。居酒屋では「マザグラン」のコーヒーが湯気を立てた。
まだガラスに水の滴る大きな家で、喪服の子どもたちが不思議な絵を見つめた。
扉がばたんと閉まった――村の広場では、まぶしいにわか雨の下、子どもが両腕をぐるぐる回した。その身ぶりは、あちこちの風見や鐘楼の雄鶏には通じていた。
某夫人がアルプスにピアノを据えた。大聖堂の十万の祭壇で、ミサと初聖体拝領が執り行われた。
隊商が出発した。そして極地の氷と夜の混沌のなかに、スプランディッド・ホテルが建った。
それ以来、月は聞いた。タイムの生える砂漠のあちこちでジャッカルが甲高く鳴くのを――果樹園で、木靴を履いた牧歌がうなるのを。やがて、芽吹く紫の高木林で、エウカリスがぼくに言った、春なのだと。
――湧き上がれ、池よ――泡よ、橋の上を転がれ、森を越えよ――黒い布とオルガンよ――稲妻と雷鳴よ――立ち上がれ、とどろき渡れ――水と悲しみよ、立ち上がり、大洪水を呼び戻せ。
だって、それらが消え去ってからというもの――ああ、土に潜る宝石たち、開いた花たち!――なんという退屈だろう。そして女王は、土の鉢で炭火をおこす魔女は、自分が知っていてぼくらの知らないことを、決して話してくれようとはしないのだ。
幼年時代
I
黒い目、黄色い獣毛の髪の、この偶像。親も宮廷もなく、神話よりも気高い、メキシコの、フランドルの偶像。その領土は、傲慢な青空と緑。岸辺を伝って広がってゆく。船一隻浮かばない波がその岸辺につけたのは、激しくギリシア風の、スラヴ風の、ケルト風の名。
森のへりに――夢の花々が鳴り、はじけ、光を放つ――オレンジ色の唇をした少女がいる。草原から湧き出す明るい洪水のなかで膝を交差させている。その裸身を虹が、草花が、海が、陰にし、横切り、着飾らせる。
海に近いテラスをめぐる貴婦人たち。少女たちと女巨人たち、緑青色の苔のなかの見事な黒い女たち。雪の解けた木立や小庭の肥えた土に、すっくと立つ宝石たち――巡礼の旅に満ちた目の若い母親たちと年上の姉たち、女のスルタンたち、歩き方も衣装も専制君主めいた王女たち、小さな異国の娘たちと、もの静かに不幸な人々。
「いとしいからだ」「いとしいこころ」の時間の、なんという退屈。
II
あの子だ、死んだ小さな女の子が、バラの茂みの向こうにいる。――亡くなった若い母さんが玄関の階段を降りてくる。――いとこの幌馬車が砂の上できしむ。――弟は(インドにいるはずなのに!)あそこ、夕日を前に、ナデシコの草原にいる。――アラセイトウの咲く城壁に、立ったまま埋められた老人たち。
金色の葉の群れが将軍の家を取り巻く。あの人たちは南にいる。――赤い道をたどってゆくと、空っぽの宿に着く。城は売りに出ている。よろい戸は外されている。――教区司祭が教会の鍵を持っていったのだろう。――庭園のまわりの番人小屋には誰もいない。板塀があまりに高く、ざわめく梢しか見えない。それに、中には見るほどのものもない。
牧草地は、雄鶏も金床もない集落までのぼってゆく。水門は上がっている。ああ、人のいない土地の十字架と水車小屋、島々と干し草の山!
魔法の花々が羽音を立てていた。土手が彼を揺りかごのように揺すっていた。信じがたいほど優美な獣たちが歩きまわっていた。永遠に流れる温かな涙でできた沖の海に、雲が集まっていた。
III
森には一羽の鳥がいる。その歌はきみを立ち止まらせ、赤くさせる。
時を打たない時計がある。
白い獣たちの巣のある泥の穴がある。
降りてゆく大聖堂と、のぼってゆく湖がある。
茂みに置き去りにされた小さな車がある。それとも、リボンに飾られて、小道を駆け下りてゆく車が。
衣装を着た小さな役者たちの一団がいる。森のへり越しに、道を行く姿が見える。
そして最後に、お腹がすいて喉が渇くと、きみを追い払う誰かがいる。
IV
ぼくは、テラスで祈っている聖人だ――おとなしい獣たちが、パレスチナの海に至るまで草を食んでいる、そのさなかに。
ぼくは暗い肘掛け椅子の学者だ。木の枝と雨が、書斎の窓に打ちつける。
ぼくは、背の低い森を抜けて街道を歩く旅人だ。水門のとどろきが足音をかき消す。夕暮れの、もの悲しい金色の洗濯物を、いつまでも見ている。
沖へ伸びてゆく防波堤に捨てられた子どもでもいい。先端が空に触れる並木道をたどる、小さな下僕でもいい。
小道は険しい。丘はエニシダに覆われる。空気は動かない。鳥も泉も、なんと遠いことだろう! 進んでゆけば、世界の終わりしかありえない。
V
もうそろそろ、この墓をぼくに貸してくれ。石灰で白く塗られ、セメントの目地が浮き出た墓を――地の底の、ずっと深くにある墓を。
テーブルに肘をつく。ランプがひどく明るく照らしている。読み返すぼくが馬鹿なのだ、こんな新聞を、こんなつまらない本を。――
ぼくの地下の居間から、途方もなく遠い頭上に、家々が根を張り、霧が集まる。泥は赤い、あるいは黒い。怪物のような街、終わりのない夜!
それほど高くない所には下水道がある。両側は、ただ分厚い地球ばかり。もしかしたら、紺碧の深淵や、火の井戸もある。月と彗星、海と神話が出会うのは、そんな面の上なのかもしれない。
苦い時間には、サファイアや金属の球を思い浮かべる。ぼくは沈黙の主だ。丸天井の隅に、なぜ換気窓らしきものが青白く浮かぶ必要がある?
物語
ある王子は、ありきたりの気前よさを極めることにしか自分を使ってこなかったのが不満だった。愛の驚くべき革命を予感し、女たちには、空と贅沢で飾られたこんな従順さより、もっとよいものがあるはずだと疑っていた。彼は真実を見たかった。欲望も充足も、その本質に達する時を。信心の迷走だったにせよ、そうでなかったにせよ、彼はそれを望んだ。少なくとも、人間としてかなり大きな権力は持っていた。
彼を知った女はみな殺された。美の庭は、なんという荒らされようだろう! 剣の下で女たちは彼を祝福した。彼は新しい女を取り寄せなかった。――女たちはまた現れた。
狩りや酒宴のあと、彼は従う者をみな殺した。――みな、彼に従っていた。
彼は道楽に飼う獣の喉をかき切って楽しんだ。宮殿を燃え上がらせた。人々に襲いかかり、ばらばらに斬った。――群衆も、金の屋根も、美しい獣たちも、まだ存在していた。
破壊のなかで恍惚となり、残酷さによって若返ることなどできるのか! 民は不平を言わなかった。誰一人、自分の考えを差し出して力を貸そうとはしなかった。
ある夕べ、彼は誇らしげに馬を駆っていた。精霊が現れた。言葉にできない、口にすることさえはばかられる美しさだった。その顔と身のこなしは、多様で複雑な愛を約束していた! 語りえない、耐えることさえできない幸福を! 王子と精霊はおそらく、根源の健やかさのなかに消滅した。どうして、それで死なずにいられただろう? だから二人は、ともに死んだのだ。
だがこの王子は、自分の宮殿で、ごく普通の年齢に達して世を去った。王子は精霊だった。精霊は王子だった。
ぼくらの欲望には、精妙な音楽が欠けている。
見世物
たいそうしたたかな連中だ。何人もが、きみたちの世界を食い物にしてきた。何一つ欲しがらず、自分たちの輝かしい能力も、きみたちの意識を扱う経験も、使おうと急ぎはしない。なんと老練な男たち! 夏の夜のように茫然とした目、赤や黒、三色の目、金の星をちりばめた鋼の目。歪み、鉛色になり、青ざめ、燃え上がる顔。ふざけたしわがれ声! ぼろ飾りの残酷な足取り!――若いのもいくらかいる――あいつらならケルビーノをどんな目で見るだろう?――恐ろしい声と、いくつかの危険な手管を備えた若者たちだ。胸の悪くなる贅沢を着せられ、街でひとまわり大きくなれと送り出される。
ああ、狂いきったしかめ面の、最も激烈な楽園! きみたちの行者や、そのほかの舞台の道化芝居とは比べようもない。悪夢の趣味でこしらえた間に合わせの衣装を着て、連中は哀歌を演じ、ならず者や半神たちの悲劇を演じる。その機知には、歴史も宗教も一度として及んだことがない。中国人、ホッテントット、ボヘミアン、間抜け、ハイエナ、モロク、年経た狂気、不吉な悪魔となり、庶民の、母親めいた芸に、獣の姿態や愛撫を混ぜ合わせる。新しい芝居も、気のいい女たちの歌も、演じてみせるだろう。手練れの曲芸師である連中は、場所と人を変貌させ、催眠の芝居を使う。目は燃え、血は歌い、骨は広がり、涙と細い赤い流れがほとばしる。その嘲りや恐怖は、一分間続くことも、何か月も続くこともある。
この野蛮な見世物の鍵は、ぼくだけが持っている。
古代
優美なパンの息子よ! 小花と木の実を戴く額のまわりで、宝玉のようなきみの目が動いている。褐色の酒の澱に染まった頬がくぼむ。きみの牙が光る。胸は竪琴に似て、金色の腕には鈴の音がめぐる。二つの性が眠るその腹のなかで、心臓が打つ。夜を歩きまわれ。この腿を、もう一方の腿を、そして左の脚を、ゆっくり動かして。
美しい存在
雪を前にして、背の高い、美の存在がいる。死の口笛と、くぐもった音楽の輪が、愛されるそのからだを幽霊のように立ちのぼらせ、広げ、震わせる。見事な肉に、緋色と黒の傷がはじける。命そのものの色が濃くなり、踊り、この出現を取り巻いて、作業場に解き放たれる。そして戦慄は高まり、とどろく。その効果の荒々しい味わいには、ぼくらのはるか背後から世界がぼくらの美の母へ投げつける、死の口笛としわがれた音楽が積み重なってゆく――彼女は退き、すっくと立つ。ああ! ぼくらの骨は、新しい、愛に満ちたからだで覆われる、
* * *
ああ、灰色の顔、獣毛の盾形の飾り、水晶の腕! 木々と軽い空気の入り乱れるなかを、ぼくが身を投げ出さねばならない、あの大砲!
いくつもの生
I
ああ、聖なる国の途方もない並木道、寺院のテラス! ぼくに『箴言』を説いてくれたバラモンは、どうなったのか? あの時、あの場所から、老婆たちの姿までも、まだ見える! 川へ向かう銀と陽光の時間を、肩に置かれた田園の手を、香辛料の匂う平原で立ったまま交わしたぼくらの愛撫を、思い出す。――緋色の鳩たちが飛び立ち、ぼくの思考のまわりで雷鳴を立てる。――ここに流されて、ぼくには、あらゆる文学の傑作劇を演じる舞台があった。とても信じられない富を、きみに教えてもいい。きみたちが見つけた宝の歴史を、ぼくは見守っている。その先が見える! ぼくの知恵は混沌と同じくらい軽んじられている。きみたちを待つ驚愕に比べたら、ぼくの虚無がなんだろう?
II
ぼくは、これまでの誰よりもはるかに功績のある発明家だ。それどころか音楽家で、愛の鍵のようなものさえ見つけた。今は、地味な空の下、やせた田舎の紳士として、思い出に胸を動かそうとしている。物乞いをしていた幼年時代、見習い暮らし、木靴を履いてやってきた日のこと、論争、五、六度の死別、何度かの結婚式。そこでは、この頑固な頭のせいで仲間たちと調子を合わせられなかった。かつて与えられていた神々しい陽気さを、惜しいとは思わない。このやせた田舎の地味な空気は、ぼくの凄まじい懐疑心をせっせと養う。しかし、今ではその懐疑心も働かせようがなく、そのうえ、ぼくは新しい動揺に身を捧げている――だから、ひどくたちの悪い狂人になるのを待っている。
III
十二歳で閉じ込められた屋根裏で、ぼくは世界を知り、人間喜劇を描き出した。地下の貯蔵室では歴史を学んだ。北の街のある夜祭で、昔の画家たちが描いた女に残らず出会った。パリの古い抜け道では、古典的な学問を教わった。東洋のすべてに取り囲まれた壮麗な屋敷で、ぼくは巨大な仕事を成し遂げ、輝かしい隠退生活を送った。自分の血をかき混ぜた。務めは免除された。もうそのことを考えることさえいらない。本当にぼくは、墓の向こう側にいるのだ。使い走りはお断り。
出発
もう十分見た。どんな空気のなかでも、幻は姿を見せた。
もう十分手に入れた。街々のざわめき、夕暮れも、日の下も、いつも。
もう十分知った。生の足止め。――ああ、ざわめきと幻!
新しい愛情と物音のなかへ、出発!
王位
ある晴れた朝、とても穏やかな民の国で、見事な男と女が広場で叫んでいた。「友よ、この人を女王にしたい!」「わたしは女王になりたい!」女は笑い、震えていた。男は友人たちに、啓示について、試練が終わったことについて話していた。二人はもたれ合って、うっとりしていた。
実際、二人は午前じゅう王と女王だった。家々には深紅の垂れ幕が巻き上げられた。そして午後じゅうも。二人は棕櫚の庭園の方へ進んでいった。
ある理性に
きみの指が太鼓をひとつ叩くと、あらゆる音が解き放たれ、新しい調和が始まる。
きみの一歩は、新しい人間たちの蜂起であり、その行進だ。
きみが顔をそむける――新しい愛! きみが振り向く――新しい愛!
「ぼくらの運命を変えて、災厄をふるい落として、まず時間から」と、この子どもたちはきみに歌う。「どこにでも、ぼくらの幸運と願いの実体を高く掲げて」と、人はきみに願う。
いつの時からも来ていて、どこへでも去ってゆくきみ。
陶酔の朝
ああ、ぼくの善よ! ぼくの美よ! 凄まじいファンファーレ、そのなかでぼくはつまずかない! 妖精の拷問台! かつてない作品に万歳、驚異のからだに万歳、初めての万歳! それは子どもたちの笑いのなかで始まった。その笑いで終わるだろう。この毒は、ぼくらの静脈の隅々に残るだろう。ファンファーレが向きを変え、ぼくらが昔の不調和に戻されてしまっても。ああ、今のぼくらは、なんとこの拷問にふさわしいことか! 創られたぼくらのからだと魂に与えられた、この人間を超える約束を、熱烈にかき集めよう。この約束、この狂気を! 優美、知、暴力を! 善悪の木を闇に埋め、圧政を敷く道徳を追放してやると、ぼくらは約束された。ぼくらのこのうえなく純粋な愛を、連れてこられるようにと。それはいくつかの嫌悪から始まり、そして終わる――この永遠をその場でつかめないまま――香りが四散して終わるのだ。
子どもたちの笑い、奴隷たちの慎み、処女たちの厳しさ、この地の顔や物の醜悪さよ、この眠らぬ夜の記憶によって聖なるものとなれ。それはあらゆる粗野から始まった。今や、炎と氷の天使で終わろうとしている。
酔いのなかで目覚めている短い夜よ、聖なる夜よ! ぼくらに授けてくれた仮面だけを取ってみても。方法よ、ぼくらはきみを肯定する! 昨日きみが、ぼくらの生きたどの時期をも栄光に包んでくれたことを忘れない。ぼくらは毒を信じる。毎日、自分の命をまるごと捧げるすべを知っている。
今こそ、暗殺者たちの時代だ。
断章
世界が、驚くぼくらの四つの目のための、ただ一つの黒い森に――忠実な二人の子どものための、一つの浜辺に――ぼくらの澄んだ共感のための、音楽に満ちた一軒の家に、縮まる時――ぼくはあなたを見つけるだろう。
この世にただ一人、穏やかで美しく、「信じられない贅沢」に囲まれた老人しかいなくなるなら――ぼくはあなたの膝もとにいる。
あなたの思い出をすべて実現できたなら――あなたを縛るすべを知っている女がわたしなら――わたしはあなたの息を止める。
* * *
ぼくらがとても強い時――退くのは誰だ? とても陽気な時――笑いものになって倒れるのは誰だ? ぼくらがとても悪い時――人はぼくらをどうしようというのだ?
着飾って、踊って、笑ってくれ。――ぼくは愛を窓から投げ捨てるなんて、決してできない。
* * *
――ぼくの女友だち、物乞い、怪物の子ども! きみにはどうでもいいんだね、あの不幸な女たちも、あのたくらみも、ぼくの困りごとも。そのありえない声でぼくらに結びついてくれ、きみの声で! この卑しい絶望を慰めてくれるのは、それだけなのだ。
七月の曇った朝。灰の味が空気を飛ぶ――炉で汗をかく木の匂い――水に漬けて腐らせた花々――荒らされた遊歩道――野を渡る運河の霧雨――もう玩具と香があってもいいのでは?
* * *
鐘楼から鐘楼へ綱を張った。窓から窓へ花綱を、星から星へ金の鎖を張った。そしてぼくは踊る。
* * *
高みにある池は、絶えず湯気を立てている。白い夕暮れを背に、どんな魔女が立ち上がるのか? どんな紫の葉群れが降りてくるのか?
* * *
国の金が友愛の祭典へ流れてゆくあいだ、雲のなかで、ばら色の火の鐘が鳴っている。
* * *
墨の心地よい味わいを鮮やかにしながら、黒い粉が、ぼくの眠らぬ夜にそっと降る。――シャンデリアの灯を落とし、寝床に身を投げ、闇へ顔を向けると、あなたたちが見える。ぼくの娘たち! ぼくの女王たち!
* * *
労働者たち
ああ、この二月の暖かな朝。場違いな南風がやってきて、馬鹿げた貧乏人だったぼくらの記憶を、ぼくらの若い貧しさを、掘り起こした。
ヘンリカは、白と茶の格子柄の木綿のスカートを穿いていた。前の世紀から着ていたような代物だ。リボンつきの帽子に、絹のスカーフ。それは喪服より、ずっと悲しかった。ぼくらは郊外を散歩していた。空は曇り、この南風が、荒れた庭や干からびた草原の嫌な匂いを残らず呼び起こしていた。
それでも妻は、ぼくほどには参っていないようだった。かなり高い所を通る小道に、先月の洪水が残した水たまりがあり、妻は、ごく小さな魚がいると教えてくれた。
街は、その煙と機織りの音とともに、道のずっと遠くまでぼくらを追ってきた。ああ、もう一つの世界、天と木陰に祝福された住まいよ! 南風は思い出させた。子どものころのみじめな出来事を、夏の絶望を、運命がいつもぼくから遠ざけてきた、恐ろしいほどの力と知を。いや! こんなけちな国で夏を過ごしはしない。ここではぼくらはいつまでたっても、婚約した孤児でしかない。この硬くなった腕で、もう、いとしい面影を引きずりたくはない。
橋
水晶の灰色の空。奇妙な橋の線描。まっすぐな橋、ふくらんだ橋、最初の橋へ向かって下ったり、角をなして斜めにかかったりする橋。その形が、明るい運河のほかの曲がりにも繰り返される。だがどの橋もあまりに長く軽やかで、ドームを載せた両岸は、低く、小さくなってしまう。いくつかの橋には、まだあばら家が載っている。ほかの橋は、マスト、信号、華奢な欄干を支える。短調の和音が交わり、流れ去り、岸から弦の音がのぼる。赤い上着が見分けられる。ほかの衣装や楽器もあるのかもしれない。あれは民謡なのか、貴族の演奏会の断片なのか、公の賛歌の名残なのか? 水は灰色と青で、入江ほどの広さがある。――空の高みから落ちる白い光が、ひと筋、この喜劇を消し去る。
街
ぼくは、はかない命の、さほど不満もない市民だ。この大都市が近代的とされるのは、調度も家の外観も都市計画も、知られている趣味という趣味をすべて避けているからだ。ここでは、迷信を記念する建物の痕跡など見つけられまい。道徳と言語は、ついに、これ以上ないほど単純な形に切り詰められた! 互いに知り合う必要のない、この何百万もの人間は、教育、職業、老年を、まるで同じように運んでゆく。その人生の道のりは、馬鹿げた統計が大陸の国々について算出するものの、何分の一かの長さしかないにちがいない。それに、窓からなんとよく見えることか。濃く、いつ果てるともない石炭の煙――ぼくらの森の陰、ぼくらの夏の夜!――を転がってゆく、新しい亡霊たちが。新しい復讐の女神たちが、ぼくの小さな家の前を行く。ここでは何もかもこんなふうだから、この家こそぼくの祖国であり、こころのすべてなのだ。その前を、涙のない死、ぼくらの働き者の娘で下女である死が、絶望した愛が、そして道の泥のなかで甲高く鳴く、かわいい犯罪が行く。
轍
右では、夏の夜明けが、公園のこの一隅の葉と靄と物音を目覚めさせる。左の土手は、その紫の陰に、湿った道の千もの素早い轍を抱いている。幻の行列。そう、金箔を貼った木の動物、マスト、色とりどりの布を満載した山車を、まだらのサーカス馬二十頭が全速力で引いてゆく。子どもも男も、とびきり不思議な獣に乗っている。――二十台の車。昔の、あるいはおとぎ話の馬車のように、ふくらんだ飾りがあり、旗と花に彩られ、郊外の牧歌劇のために着飾った子どもたちでいっぱいだ。――棺まである。夜の天蓋の下に黒檀の羽飾りを立て、大きな青い牝馬と黒い牝馬の速歩に乗って、走り去ってゆく。
都市
都市なのだ! この夢のアレゲーニー山脈、このレバノン山脈がそびえ立ったのは、ある民のためなのだ! 水晶と木の山荘が、見えないレールと滑車に乗って動く。巨像と銅の棕櫚に囲まれた古い噴火口は、炎のなかで調べ高く吠える。山荘の背後に吊られた運河で、愛の祭りが鳴り響く。組み鐘の狩りが峡谷に叫ぶ。山頂の光のように輝く衣装と旗をまとい、巨人の歌い手の組合が駆けつける。深淵のただなかの台地では、幾人ものローランが勇気を角笛に吹き鳴らす。奈落の歩道橋や宿の屋根では、空の情熱がマストを旗で飾る。神格化の光景が崩れ落ちて高地の野に届き、そこでは熾天使のような女ケンタウロスたちが雪崩のあいだを動きまわる。最も高い稜線よりさらに上、ヴィーナスの永遠の誕生にかき乱された海がある。合唱団の船隊と、真珠や貴い貝のざわめきを載せたその海は、時に死をもたらす閃光を放って暗くなる。斜面では、ぼくらの武器や杯ほどもある花の実りが、うなりを上げる。赤茶色や乳白色の衣のマブの女王たちが、列をなして谷底からのぼってくる。あの高みでは、滝とイバラに脚を浸して、鹿たちがディアナの乳を吸う。郊外のバッカスの巫女たちがすすり泣き、月は燃えて吠える。ヴィーナスは鍛冶屋と隠者の洞窟に入る。鐘楼の群れが、諸民族の思想を歌う。骨でできた城から、未知の音楽が流れ出す。あらゆる伝説が動きまわり、ヘラジカたちが町へなだれ込む。嵐の楽園が崩れる。野生の人々は、夜の祭りを絶え間なく踊る。そしてある時、ぼくはバグダッドの大通りの流れに降りていった。そこで集団が、新しい労働の喜びを歌っていた。濃い風のなかを歩きながら、きっと互いに出会ったはずの山々の、あの途方もない幻から逃れることもできずに。
どんな頼もしい腕が、どんな美しい時が、ぼくをあの国へ連れ戻してくれるのだろう。ぼくの眠りも、ごく小さな動きも、そこからやってくるあの国へ?
放浪者たち
哀れな兄弟! 彼のせいで、どれほどひどい夜を眠らずに過ごしたことか! 「ぼくはこの仕事に熱心に取り組もうとしなかった。彼の弱さをもてあそんだ。ぼくのせいで、二人はまた追放され、奴隷に戻るだろう。」彼はぼくに、ひどく奇妙な不運と無邪気さを想定し、さらに不安になる理由を並べ立てた。
ぼくはこの悪魔の博士に薄笑いで答え、しまいには窓辺へ逃れた。珍しい音楽の帯が横切る田野の彼方に、未来の夜の贅沢の、幻を創っていた。
なんとなく健康によさそうな、この気晴らしのあと、ぼくは藁の寝床に横になった。そしてほとんど毎晩、哀れな兄弟は、眠りに落ちるやいなや起き上がった。口は腐り、目はえぐり取られ――夢のなかで自分に見ていた、そのままの姿で!――馬鹿げた悲しみの夢を叫び、ぼくを広間へ引っ張っていった。
実際ぼくは、こころから誠実に、彼を本来の太陽の子の姿に戻すと約束していた。洞窟の酒と旅の乾パンを糧に、ぼくらはさまよった。ぼくは、場所とその定式を見つけようと急いでいた。
都市
官のアクロポリスは、近代の野蛮が思い描いた、最も巨大な構想さえ上回る。変わることなく灰色の空が生む、艶のない昼の光も、建物の帝国の輝きも、地面の永遠の雪も、言い表すことができない。途方もない大きさを好む独特の趣味で、建築の古典的な驚異がことごとく再現されている。ぼくはハンプトン・コートの二十倍も広い会場で、絵の展覧会を見る。なんという絵だ! ノルウェーのネブカドネザルが、各省庁の階段を造らせたのだ。ぼくが会えた下役たちですら、もう某々よりも尊大で、巨像の番人や建物の管理官の姿には震え上がった。建物を広場、中庭、囲われたテラスにまとめたことで、御者たちは締め出された。公園は、壮麗な技が手を加えた原始の自然を表している。高台の地区には説明できない所がある。船のない入江が、巨大な燭台の並ぶ岸壁のあいだに、青い霰の水面をうねらせる。短い橋が、サント・シャペルのドームの真下の通用門へ通じている。このドームは、直径およそ一万五千フィートの、芸術的な鋼の骨組みだ。
銅の歩道橋や足場、市場の大屋根と柱をめぐる階段の、いくつかの地点から、ぼくは街の深さを測れる気がした! だが、これこそわからなかった不思議だ。ほかの地区は、アクロポリスの上や下のどんな高さにあるのか? ぼくらの時代のよそ者には、見きわめようがない。商業地区は一つの様式で統一された円形広場で、アーケードの回廊がめぐる。店は見えないが、車道の雪は踏み固められている。日曜の朝のロンドンの散歩客ほどにもまばらな大金持ちが数人、ダイヤモンドの駅馬車へ向かう。赤いビロードの長椅子がいくつか。八百から八千ルピーもする極地の飲み物が出る。この円形広場で劇場を探そうかと思ってみるが、店の中に十分暗いドラマがあるはずだと、自分に答える。警察はあると思う。だが法律はよほど奇妙にちがいなく、ここの冒険者たちがどんな連中か、想像するのもやめてしまう。
パリの美しい通りに劣らず優雅な郊外は、光に満ちた空気に恵まれている。庶民層は数百人ほど。そこでも家々は続いていない。郊外は奇妙に田園へ消えてゆく。「州」へ。永遠の西方を満たす、途方もない森と植林地へ。そこでは野蛮な紳士たちが、創られた光の下で、自分たちの年代記を狩っている。
眠らぬ夜
I
それは光に満ちた休息、熱もだるさもない、寝床の上、あるいは草原の上。
それは友、熱すぎもせず、弱くもない。友。
それは愛しい女、悩ませもせず、悩んでもいない。愛しい女。
探し求めもしない空気と世界。生。
――つまり、こういうことだったのか?
――そして夢は涼しさを増す。
II
光は建物の大木に戻る。広間の両端から、どこにでもありそうな舞台装置から、調和する高まりが寄り合う。眠らずにいる者の正面の壁は、帯状装飾の断面、大気の帯、地質の変動が心理のうちに連続してゆくものだ。――ありとあらゆる姿のなか、あらゆる気質の存在と織りなす、感情に結ばれた集団の、激しく素早い夢。
III
眠らぬ夜のランプと絨毯が、夜、船腹に沿い、三等船室を取り巻く波の音を立てる。
眠らぬ夜の海は、アメリーの乳房のよう。
壁掛けは、半ばの高さまで、エメラルド色のレースの茂み。そこへ、眠らぬ夜の山鳩たちが飛び込んでゆく。
……
黒い暖炉の鉄板、浜辺の本物の太陽たち。ああ! 魔法の井戸。今度こそ、夜明けの光景はこれ一つ。
神秘
土手の斜面で、天使たちが羊毛の衣を翻す。鋼とエメラルドの草むらのなかで。
炎の牧草地が丘の頂まで跳ね上がる。左では、尾根の腐葉土が、あらゆる殺人、あらゆる戦いに踏み荒らされ、破滅の物音がことごとく弧を描いて飛び去る。右の尾根の向こうには、いくつもの東方、いくつもの進歩の線。
そして絵の上端の帯は、海の巻貝と人間の夜の、めぐり跳ねるざわめきでできている、そのあいだに、
星と空とそのほかのすべての、花咲く優しさが、籠のように土手の正面を降りてくる――ぼくらの顔に押し当てられ、その下に、青く香る深淵をつくる。
夜明け
ぼくは夏の夜明けを抱いた。
宮殿の正面では、まだ何も動いていなかった。水は死んでいた。影の陣営は森の道を離れなかった。ぼくは歩き、温かく生きた息吹を目覚めさせた。すると宝石がこちらを見て、翼が音もなく上がった。
最初の働きかけは、もうひんやりした青白い輝きでいっぱいの小道で、一輪の花がぼくに自分の名を告げたことだった。
モミのあいだで髪を振り乱す金色の滝に、ぼくは笑いかけた。銀色の頂に、女神を見つけた。
そこでぼくは、一枚ずつヴェールを上げた。並木道で、腕を振りながら。平原を抜け、そこでは雄鶏に彼女の居場所を教えた。大きな街では、彼女は鐘楼やドームのあいだを逃げていた。ぼくは物乞いのように大理石の岸を走り、彼女を追った。
道をのぼりきった所、月桂樹の林のそばで、かき集めたヴェールごと彼女を抱きしめ、その巨大なからだを少しだけ感じた。夜明けと子どもは、林のふもとに倒れた。
目が覚めると、正午だった。
花
金の段から――絹の飾り紐、灰色の薄絹、緑のビロード、日の下で青銅のように黒ずむ水晶の円盤に囲まれて――ぼくは見る。銀の透かし細工と、目と髪の絨毯の上で、ジギタリスが花を開くのを。
瑪瑙の上に撒かれた黄金の貨幣、エメラルドのドームを支えるマホガニーの柱、白い繻子の花束とルビーの細い枝が、水のバラを取り巻く。
大きな青い目と雪の姿をもつ神のように、海と空が、若くたくましいバラの群れを、大理石のテラスへ引き寄せる。
ありふれた夜想曲
ひと吹きの息が、間仕切りにオペラめいた裂け目を開き――蝕まれた屋根の旋回を乱し――住まいの境を散らし――窓を覆い隠す。――
ブドウの蔓を伝い、雨樋の怪物に足をかけて――ぼくはこの馬車に降りた。膨らんだ鏡、丸みを帯びた羽目板、曲がりくねった長椅子が、それのどんな時代かを十分示している。ぼくの眠りの霊柩車、孤立した、ぼくの愚かさの羊飼い小屋。その車は、消えた街道の草地をめぐる。右の鏡の上の傷には、青ざめた月の形、葉、乳房が渦巻く。――ひどく暗い緑と青が像を覆う。砂利のひと斑のあたりで馬具が外される。
――ここで口笛を吹いて呼ぶのだろうか、嵐を、ソドムたちを――ソリムたちを――猛獣と軍隊を、
――(夢の御者たちと獣たちは、もっとも息の詰まる高木林の下をまた走り、絹の泉へ、ぼくを目の高さまで沈めるのだろうか)
――そして、波立つ水やこぼれた飲み物を越えて鞭打たれるぼくらを、猛犬の吠え声の上に、転がし送り出すのか……
――ひと吹きの息が、住まいの境を散らす。
海景
銀と銅の戦車が――
鋼と銀の船首が――
泡を打ち、――
イバラの根株を持ち上げる。
荒野の流れと、
引き潮の巨大な轍は、
輪を描き、東へ走る、
森の柱へ、――
防波堤の柱身へ、
その角には、光の渦がぶつかっている。
冬の祭り
オペラ・コミックの小屋の向こうで滝が鳴る。メアンドロス川のそばの果樹園や並木道へ、仕掛け花火が夕焼けの緑と赤を引き延ばす。第一帝政の髪型をしたホラティウスのニンフたち――シベリアの輪舞、ブーシェの中国娘たち。
不安
ありうるだろうか、絶えず押し潰されてきた野心を、あの女がぼくのために許させてくれるなど――安らかな終わりが、幾時代もの貧苦を償うなど――成功の一日が、宿命的な不器用さへの恥を忘れさせ、ぼくらを眠らせるなど?
(ああ、棕櫚の栄冠! ダイヤモンド!――愛、力!――あらゆる喜びと栄光を超えて!――あらゆる形で、どこででも――悪魔、神――この存在、ぼくという存在の青春よ!)
科学の魔法が生む偶然や、社会の友愛の運動を、もとの自由を少しずつ取り戻すものとして、愛せるだろうか?……
だが、ぼくらをおとなしくさせる女吸血鬼は命じる。残してやったもので楽しめ、さもなければ、もっとおかしく振る舞えと。
くたびれさせる空気と海を渡り、傷へ転がってゆくこと。殺しにかかる水と空気の沈黙を渡り、責め苦へ。凄まじく波立つ沈黙のなかで笑う、拷問へ。
大都会
藍色の海峡からオシアンの海まで、葡萄酒色の空に洗われた、ばら色とオレンジ色の砂の上に、水晶の大通りが立ち上がり、交差したばかりだ。そこにはすぐ、果物屋で食べ物を手に入れる、若い貧しい家族が住みつく。豊かなものなど一つもない。――街!
アスファルトの砂漠から、兜も車輪も小舟も尻も、敗走してまっすぐ逃げてゆく。恐ろしい帯となって幾重にも並ぶ霧とともに。その空は反り、退き、降りてくる。喪に服する大洋がつくれるかぎりの、最も不吉な黒煙でできている。――戦い!
顔を上げろ。この弓なりの木の橋、サマリアの最後の菜園、冷たい夜に打たれる提灯の下の彩色の仮面、川の下手の、衣を鳴らす間抜けな水の精、エンドウの畑の光る頭蓋――そのほかの幻灯の数々――田園。
柵や壁に縁取られた道々、その木立や、「心」や「姉妹」とでも呼ぶほかない凄まじい花を、やっと囲っている道々。けだるさで呪うダマスク織――ラインの彼方、日本、グアラニーの、魔法の貴族たちの領地。今なお昔の人の音楽を迎え入れられる場所――そして宿がある、もう永遠に戸を開けない宿が――王女たちがいる、そして、きみがあまりに打ちのめされていなければ、星の研究も――空。
あの女とともに、きみたちがもがいた朝。雪の輝き、あの緑の唇、氷、黒い旗、青い光、極地の太陽の紫の香りに囲まれて――きみの力。
野蛮
日々も季節も、生きものも国々も、はるかに過ぎたあと、
血の滴る肉の旗、海と北極の花の絹の上に。(そんな花はありはしない、)
古い英雄主義のファンファーレから立ち直り――それはいまもぼくらの心と頭を攻める――昔の暗殺者たちから遠く離れて――
ああ! 血の滴る肉の旗、海と北極の花の絹の上に。(そんな花はありはしない。)
甘美さよ!
霜の突風に降り注ぐ烈火――甘美さよ!――ぼくらのために永遠に炭と化した地球の心臓が投げつける、ダイヤモンドの風の雨を浴びる火。――ああ、世界!――
(聞こえてくる、感じられる、古い退却と古い炎から遠く、)
烈火と泡。音楽、深淵の転回、星々に衝突する氷塊。
ああ、甘美さ、ああ、世界、ああ、音楽! そしてそこには、かたち、汗、髪、目が、漂っている。そして白い、煮え立つ涙――ああ、甘美さ!――そして火山と北極の洞窟の奥へ届いた、女の声。
あの旗が……
大売出し
売ります、ユダヤ人たちも売らなかったもの、貴族も犯罪も味わわなかったもの、呪われた愛も民衆の地獄めいた清廉さも知らないもの、時間も科学も認める必要のないものを。
再び組み立てられた声々、合唱と管弦楽のすべての力の、兄弟のような目覚めと、その即座の応用。ぼくらの感覚を解き放つ、ただ一度の機会!
売ります、どんな人種、どんな世界、どんな性、どんな血統の外にもある、値のつけられないからだを! 一歩ごとに噴き出す富! 検査なしのダイヤモンドを大売出し!
売ります、民衆には無政府状態、上等な愛好家には抑えられない満足、信じる者と恋する者には凄まじい死を!
売ります、住まいと移住、スポーツ、魔法の見世物、完璧な快適さ、そしてそれらが生む騒音、運動、未来を!
売ります、計算の応用と、聞いたこともない和声の跳躍を。思いもよらなかった発見と表現を、その場であなたのものに、
目に見えない輝きへ、感じ取れない歓びへ向かう、無分別で果てしない飛躍を――悪徳の一つ一つに取り憑く、その狂おしい秘密を――群衆を怖がらせる、その陽気さを――
売ります、からだを、声を、疑いようのない途方もない富を、決して売れないものを。売り手の在庫はまだ尽きない! 旅の売り子たちも、こんなに早く頼まれ仕事を返すには及ばない!
妖精
エレーヌのために、手つかずの影のなかで飾りの樹液が結託し、星の沈黙のなかで無感動な光が結託した。夏の熱は口をきかない鳥たちに託され、求められたけだるさは、計り知れない喪の小舟に託された。死んだ愛と衰えた香りの入江を通って。
――女きこりたちの歌が、崩れた森の下の急流のとどろきに響いた時、家畜の鈴が谷々のこだまに響いた時、そして草原の叫びが響いた時の、あとで。――
エレーヌの幼年時代のために、毛皮と影が震えた――貧しい人々の胸も、空の伝説も。
そして彼女の目と踊りは、なおもまさる。貴石の輝きにも、冷たい感応にも、ただ一つの景色と時が与える歓びにも。
戦争
子どものころ、ある空々がぼくの目を研ぎ澄ました。あらゆる気質がぼくの顔に色合いを与えた。現象たちが心を動かした。――今では、瞬間の永遠の屈折と、数学の無限が、この世界でぼくを追い立てる。ここでぼくは、市民社会のあらゆる成功を受け入れさせられ、不思議な幼年時代と途方もない愛情から敬意を寄せられている。――ぼくはある戦争を思う。正義によるにせよ、力によるにせよ、まったく思いがけない論理の戦争を。
それは音楽のひと節と同じくらい単純だ。
青春
I 日曜日
計算はわきへ。避けようもない空の下降、思い出の訪れ、リズムの集いが、住まいと頭と精神の世界を占めている。
――炭酸の疫病に貫かれた馬が、郊外の競馬場を、耕地や植林地に沿って、駆け去る。世界のどこかで、芝居のなかのみじめな女が、ありそうもない献身をため息まじりに待ち望む。命知らずの連中は、嵐と陶酔と傷を待ちわびる。小さな子どもたちは川沿いで、呪いを押し殺す。――
研究を再開しよう。民衆のなかに集まり、再びのぼってくる、あらゆるものを食い尽くす仕事の響きを聞きながら。
II ソネット
ごく普通の体つきの人間よ、肉は果樹園に垂れた果実ではなかったか。ああ、幼い日々! からだは惜しみなく使うべき宝ではなかったか。ああ、愛すること、それはプシュケの危うさだったか、それとも力だったか? 地上には王侯や芸術家を豊かに生む斜面があり、子孫と血筋がきみたちを犯罪と喪へ駆り立てた。世界はきみたちの幸運であり、危険だった。だが今、この労苦も満たされて、きみも、その計算も、きみも、その焦りも、もはやきみたちの踊りと声でしかない。定まらず、強いられもしない踊りと声。創案と成功という二つの出来事から生まれた一つの理性ではあっても、像のない宇宙を渡る、兄弟のように結ばれた慎ましい人類のなかで。――力と権利は、今ようやく認められた踊りと声を映している。
III 二十歳
教え諭す声は追放された……肉体の無邪気さは、苦々しくも鎮まった……ゆるやかに。ああ、思春期の果てしない利己心、勉強熱心な楽観。あの夏、世界はなんと花でいっぱいだったことか! 消えてゆく調べと形……無力と不在を鎮める合唱を! グラスの、夜の旋律の合唱を……実際、神経はすぐに狩りに出るだろう。
IV
きみはまだアントニウスの誘惑の段階にいる。長続きしない熱意のはしゃぎ、子どもじみた自尊心の癖、気落ちと恐れ。だがきみは、この仕事に取りかかるだろう。和声と建築のあらゆる可能性が、きみの席のまわりで動き出す。思いがけない完璧な存在が、きみの実験に身を差し出す。昔の群衆と、暇をもてあます贅沢への好奇心が、夢見るようにきみのまわりへ押し寄せる。記憶も感覚も、ただ創造の衝動の糧となる。さて、きみが外へ出た時、世界はどうなっているだろう? いずれにせよ、今の姿は何一つ残っていない。
岬
黄金の夜明けも、身震いする夕べも、ぼくらの二本マストの船が沖にいるのを見つける。この別荘と付属の建物を前にして。それらはエペイロスとペロポネソスほども、日本の大きな島ほども、アラビアほども広い岬をなしている! 祭礼の行列の帰還に照らされる神殿、近代の海岸防衛の巨大な眺め、熱い花と酒神祭に彩られた砂丘、カルタゴの大運河と怪しげなヴェネツィアの堤、いくつものエトナの柔らかな噴火と、氷河に裂けた花と水の割れ目、ドイツのポプラに囲まれた洗い場、日本の木の頭を傾ける奇妙な公園の土手。そしてスカーバラやブルックリンの「ロイヤル」や「グランド」の、円くめぐる正面と鉄道。それらがこのホテルの構えの脇を固め、掘り下げ、上に張り出す。この構えは、イタリア、アメリカ、アジアの、最も優雅で巨大な建築の歴史から選び取られたものだ。その窓とテラスは今、灯と飲み物と豊かなそよ風で満ち、旅人と貴人の精神に開かれている――旅人や貴人たちは、昼の時間には、あらゆる海岸のタランテラを、さらには芸術で名高い谷々の繰り返しの旋律さえも、この岬の宮殿の正面を見事に飾るに任せるのだ。
舞台
古い喜劇が和音を追い、その牧歌を割り振ってゆく。
仮設舞台の大通り、
石だらけの野の端から端へ続く長い木の桟橋。葉を落とした木々の下で、野蛮な群衆が動きまわる。
黒い薄絹の廊下で、提灯と木の葉を手にした散歩客の足取りを追って。
聖史劇の鳥たちが、石造りの浮き橋へ舞い降りる。それを動かすのは、観客の舟に覆われた群島だ。
笛と太鼓を伴う叙情の場面が、現代のクラブの広間や古代東洋の大広間を取り巻く、天井の下につくられた小さな空間へ傾いてゆく。
木立を冠した円形劇場の頂で、妖精劇が展開する――人々が騒ぎ、抑揚をつけて歌う、鈍感な観客のために。耕地の縁、揺れ動く高木林の陰のなかで。
ぼくらの舞台では、オペラ・コミックが枝分かれする。桟敷から脚光まで立てられた十枚の仕切り、その交わる稜線で。
歴史の夕べ
たとえば、無邪気な観光客が、ぼくらの経済の恐ろしさから身を引いて迎える、とある夕べ。名人の手が牧草地のチェンバロを生かす。王妃や愛妾の姿を呼び起こす鏡である、池の底では、人々がトランプをする。夕映えを背に、聖女たち、ヴェール、調和の糸、伝説の半音階がある。
彼は、狩りの一団や群れの通過に震える。喜劇が芝の仮設舞台に滴る。そしてこんな馬鹿げた画面の上では、貧しい者、弱い者たちは、なんと居場所に困ることだろう!
彼の隷属した眼前で――ドイツは月々に向かって積み上がり、タタールの砂漠は明るくなる――天朝の帝国の中心では、王の階段や肘掛け椅子を伝って、昔の反乱がうごめく――青白く平らな小世界、アフリカといくつもの西洋が、築かれようとしている。続いて、見知った海と夜のバレエ、値打ちのない化学、ありえない旋律。
郵便馬車がぼくらを降ろす所なら、どこでも同じブルジョワの魔法! 初歩だけを知る物理学者にさえわかる。こういう個人的な空気に身を委ねることは、もうできない。この肉体の悔恨の霧には。それを確かめるだけでも、もう苦痛なのだ。
いや!――蒸し風呂の時、持ち上げられた海、地底の火災、吹き飛ばされる惑星、そしてそれに続く絶滅の時が来る。聖書にもノルンたちにも、さほど謎めかすことなく示されている確実な出来事であり、真剣に生きる者には、それを見守る機会が与えられるだろう。――だが、それは伝説の仕掛けなどではない!
ボトム
現実は、ぼくの偉大な性格には棘が多すぎた――それでもぼくは、奥方のもとにいた。大きな灰青色の鳥になり、天井の繰形へ舞い上がり、夕べの影のなかで翼を引きずって。
彼女の愛する宝石と、肉体の傑作を支える天蓋の寝床の足もとで、ぼくは大きな熊になった。歯茎は紫、毛は悲しみで白くなり、目は飾り台の水晶と銀器に注がれていた。
すべてが影と、燃える水槽になった。朝に――六月の戦う夜明けに――ぼくはロバとなって野へ駆け出し、不満を吹き鳴らし、振りかざした。郊外のサビニの女たちが、ぼくの胸に身を投げてくるまで。
H
あらゆる怪異が、オルタンスの凄まじい身ぶりを犯す。彼女の孤独は性の機械仕掛け、その疲労は愛の力学。ある幼年時代の監視の下で、彼女は何度もの時代にわたり、諸民族の熱烈な衛生だった。彼女の扉は貧窮に開かれている。そこで、今を生きる者たちの道徳は、彼女の情熱、あるいはその行為のなかで、からだを失う――ああ、血の流れる地面の上、明るく輝く水素を通って走る、初めての愛の恐るべき震え! オルタンスを見つけよ。
運動
大河の滝の岸辺を縫う動き、
船尾の深淵、
斜面の速さ、
流れの巨大なうねりが、
聞いたこともない光と
化学の新しさを通って、
旅人たちを導いてゆく。谷の竜巻と
大渦に取り巻かれた旅人たちを。彼らは世界の征服者、
自分だけの化学の富を求める者。
スポーツと快適さが、ともに旅する。
彼らは、この船に積んでゆく、
人種、階級、獣たちの教育を。
休息とめまい、
洪水の光のなか、
恐るべき研究の夕べに。
なぜなら装置のあいだの会話から――血、花、火、宝石――
この逃げゆく船上で取り交わされる計算から、
――堤防のように転がり、動力となる水の道の向こうに、見えるのだ、
怪物じみて、果てしなく明るくなる――彼らの研究の蓄積が。
彼ら自身は追い立てられる、和声の恍惚と
発見の英雄的な熱情のなかへ。最も驚くべき大気の異変に面して、
若い二人連れが船上で離れて身を寄せる、
――許されるのは、昔の野蛮さなのか?――
そして歌い、持ち場につく。
祈り
わが姉妹、ルイーズ・ヴァナン・ド・ヴォランゲムに。――その青い修道帽は北海に向けられている。――難船した人々のために。
わが姉妹、レオニー・オーボワ・ダシュビーに。バウ――羽音を立て、悪臭を放つ夏草。――母たちと子どもたちの熱病のために。
リュリュに――悪魔――「女友だち」の時代と、終わらなかった教育のころから、祈りの小堂への好みを持ち続けた者に。男たちのために!――某夫人に。
かつてぼくだった少年に。あの聖なる老人に、隠者の庵でも、伝道の地でも。
貧しい人々の精神に。そして、いとも高位の聖職者たちに。
また、いかなる礼拝にも。その時々の願い、あるいはぼくら自身の真剣な悪徳に従い、由緒ある、どのような聖所へ、いかなる出来事のさなかへ、出向かなければならないとしても。
今夜は、高い氷の国のチルチェートに。魚のように脂が乗り、赤い夜の十か月のように彩られた彼女に――(その心は琥珀と火口)――あの夜の領域のように無言の、ぼくのただ一つの祈りのために。そしてこの極地の混沌よりも激しい勇気に、先立つ祈りのために。
何を払ってでも、どんな身ぶりでも、形而上の旅のなかでさえ。――だがその時には、もうしない。
民主主義
「旗は汚らしい風景へ進み、われわれの訛りは太鼓をかき消す。
「中心地では、われわれは最も厚かましい売春を養うだろう。筋の通った反乱は皆殺しにする。
「香辛料の匂う、ずぶ濡れの国々へ!――最も怪物じみた、産業や軍事の搾取に仕えるために。
「ここでお別れ、どこででも。自ら志願した新兵であるわれわれは、獰猛な哲学を身につけるだろう。学問には無知、快適さには抜け目なく。進みゆく世界など、くたばってしまえ。これこそ本当の行進だ。前へ、進め!」
精霊
彼は愛情であり現在だ。泡立つ冬と、夏のざわめきに、家を開け放ったのだから。飲み物と食べ物を清めた彼。逃げ去る場所の魅惑であり、立ち止まる場所の、人間を超える歓びである彼。彼は愛情であり未来、力であり愛だ。怒りと退屈のただなかに立つぼくらが、嵐の空と恍惚の旗のなかを通り過ぎてゆくのを見る、あの力と愛。
彼は愛、完璧で新たに創り直された尺度、驚くべき、思いがけない理性、そして永遠。宿命を帯びた資質が愛する機械だ。彼が譲り渡すものと、ぼくらが譲り渡すものに、ぼくらはみな怯えたことがある。ああ、ぼくらの健やかさの歓び、能力の躍動、彼への利己的な愛情と情熱。彼は、自分の無限の生のためにぼくらを愛している……
そしてぼくらは彼を思い出し、彼は旅をする……そして崇拝が去ってゆくなら、鳴り響け。その約束が鳴り響く。「退け、この迷信も、古いからだも、所帯も時代も。沈んだのは、この時代の方なのだ!」
彼は去らない。どこかの天から降り直してもこない。女たちの怒り、男たちの陽気さ、このすべての罪の贖いを成し遂げることもない。それはもう済んでいる。彼が存在し、愛されていることによって。
ああ、彼の息吹、彼の頭、彼の駆ける姿。形と行為が完成する、その恐るべき速さ。
ああ、精神の豊饒と、宇宙の広大さ!
彼のからだ! 夢に見た解放、新しい暴力と交わった優美さが砕け散ること!
彼の姿、彼の姿! 古くからのあらゆる跪きと苦しみが、そのあとに立ち上がる。
彼の昼! より激しい音楽のなかで、響き、動く、あらゆる苦しみが消え去ること。
彼の歩み! 昔の侵入よりも、さらに途方もない移動。
ああ、彼とぼくら! 失われた慈善よりも、もっと心優しい誇り。
ああ、世界! そして新しい不幸の、澄み渡る歌!
彼はぼくらすべてを知り、ぼくらすべてを愛してくれた。この冬の夜、岬から岬へ、騒がしい極地から城へ、群衆から浜辺へ、まなざしからまなざしへ、力も感情も疲れ果てながらも、彼に呼びかけ、彼を見、彼を送り返すすべを知ろう。そして満ち引きする潮の下、雪の砂漠の高みで、彼のまなざし、彼の息吹、彼のからだ、彼の昼を、追ってゆこう。
「ひとまわり大きくなれ」の原文はprendre du dos。直訳では「背をつける」となる、意味の定まらない表現である。本訳では成長を促すような言い方を採ったが、身体や振る舞いの何を指すかは断定しない。
この小節の後半は、原文にも省略を伴う破格な構文がある。「きみ」と「きみたち」を往還し、計算と焦りが踊りと声へ移る流れを保って訳したが、創案・成功・理性・人類を結ぶ細部の構文は確定しない。
「火口」は、火を移すための燃えやすい材料を指す「ほくち」。原文は英語のspunkで、本訳ではこの語義を採った。活力を表す語義もあり、この箇所の比喩の指示対象は確定しない。