文学 / ジョナサン・スウィフト人形芝居The Puppet-Show
文学 / ジョナサン・スウィフト
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原著・底本
- 原題
- The Puppet-Show
- 著者
- ジョナサン・スウィフト
- 編者
- ウィリアム・アーンスト・ブラウニング
- 原典の利用条件
- パブリックドメイン(米国)
Project Gutenberg 利用条件 - 収録範囲
- 1910年Browning編版の題・全72行18連と底本注二件。
日本語訳
表紙
- 装画
- 日本人文
- 利用条件
- CC0 1.0
本書のために制作した独自装画。原刊の装丁とは異なります。
追加日: 2026-10-21 / 更新日: 2026-10-21
1910年Browning編版の題・全72行18連と底本注二件。
人形芝居
人の一生を映し出し、
そのすべてを笑いものにしようと、
才知は人形芝居を発明した、
主役を務めるのは愚か者。
昔の神々は木の丸太、
人形に礼拝が捧げられた。
奇妙な衣装で偶像は立ち、
神官も民も頭を垂れた。
だから、細工の技が始めたとしても不思議はない、
あの無邪気な信者を作ることを。
愚かな人間を材木で形作り、
木の塊を名声のために聖別することを。
ここから詩人の空想は学んだ、
人の姿から木々が生え出てもよいのだと。
胴体は幹に変わり、
腕から枝が伸び出すのだと。
かくして、ダイダロスもオウィディウスも、
人間は木偶の坊だと認めた。
パウエルとストレッチ[1]は、その暗示を受け継ぐ。
人生は茶番、この世は冗談なのだ。
同じ偉大な真実を、南海会社も証明した、
かの名高い舞台、あの取引小路で。
取締役に動かされた幾千人もが、
いまでは愚かさの、悲しい記念碑なのだから。
昔、ユピテルに対するモモスだったもの、
いまのアルルカンも同じこと。
前者は天上の道化であり、
後者は地上のパンチである。
この移ろう景色は、ただの舞台、
さまざまな像が姿を見せる。
若い役も、老いた役も、
君主も農夫も、等しく分け持つ。
偉いというだけで、我々の目を引く者もいる、
偽りの威儀が、中のただの木を隠す。
そして、いかめしく居並ぶ立法者も、
しばしば、機械仕掛けの知恵にすぎぬ。
木の塊が、王冠をかぶることもあり、
材木が、貴族として席を占めもする。
彫像がしかめ面を装い、
考えているような顔で、我々を欺きもする。
ほかの者は、わけもわからず引かれるまま、
知りもしない目的のために動かされる。
ただ針金の仕掛けで演じ、
自分のものではない言葉で話す。
ああ、あまりにもよくあるのは、口やかましい妻が、
陽気な男の王座を奪うこと。
多くの者が、ジョーンの混ぜ物で苦くなった、
人生の杯を飲むのである。
要するに、人々が追い求めるものなら何でも、
快楽も、愚行も、戦争も、恋も、
この物真似の種族が、すべて見せてくれる。
同じように着て、話して、動くのだ。
進め、偉大なストレッチよ、巧みな手で、
人間どもを楽しませ、嘲るために。
死がお前の命の絆を断つときには、
人形の晴れ姿をまとうだろう。
お前は、ちっぽけな木の姿で見せられ、
その像が、お前の名声を保つだろう。
来たる世々は、お前の値打ちを認め、
手足を指差し、その名を語るだろう。
トム[2]には言え、茶番を書いても無駄だと、
自然の鏡を覗き込まぬうちは。
駄洒落では、気の利いた場面は作れず、
学者気取りは、ユーモアでは通らない。
人を、感覚のない木のように動かし、
わけのわからぬ調子で、しゃべらせるのは、
生身の人間に対する、ただの無理強いであり、
頭のどこかの間違いを示している。
こうして、お前より上を行こうとして、
お前の舞台を学校に変えたがる者は、
いつまでも、パンチの笑い種になり、
もっとひどい愚か者だと、白日のもとに立つだろう。
底本注
[1] 二人の名高い人形芝居師。
[2] シェリダン。