錬金術 / Elias Ashmole(編)英国錬金術劇場
錬金術 / Elias Ashmole(編)
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1652年初版の詩篇・序文・注解・目次・語彙表・正誤表・図中文字。1387対訳単位。主底本の欠図と損傷箇所は同年版の別個体で補完。
扉と序文

英国錬金術劇場
著名な英国の哲学者たちが、自国の古い言葉でヘルメス学の秘義を書き記した、さまざまな詩篇を収める。
エライアス・アシュモール、エスクワイアにより、忠実に一巻に集成され、注解を付された。
すなわち、英国のメルクリウスを愛する者。
第一部
地を這う蛇と蟇、飛翔する鷲、これがわれらの大いなる業である。
注 扉の錬金術寓意図は原図のまま収録した。帯の略記 sup[er]、terrā、nostru[m]、Magisteriu[m] を展開した。数および文法上の一致は原文のまま保持した。
ロンドン。
コーンヒルの〈天使〉亭のナサニエル・ブルックのために、J・グリズモンドが印刷。1652年。
ヘルメス学の至高の秘義を
才知と精励をもって学ぶ
すべての研究者へ
以下に続く本書の主題は、自然の懐深く蓄えられた、あの卓越した秘密を哲学的に説くことである。それは多くの人が探し求めながら、見出した者はわずかである。ただし、経験豊かな古代は、頻繁ではないにせよ、確かな開示をもたらしてきた。過ぎ去った時代は川のように、学問のうち軽薄で詭弁的なものを水面に浮かべてわれわれに運んできた。しかし深遠で神秘的なものは、その重みと堅固さのために底へ沈み、潜ろうと試みる者も、誰もが容易に引き上げられるわけではない。したがって、われらの救い主が弟子たちに語られた言葉を、失礼には当たらないと願いつつ、この術の選ばれた子らにも語ることができよう。「あなたがたには神の国の奥義を知ることが許されているが、他の者には譬えで語られる。それは、彼らが見ても見ず、聞いても悟らないためである。」
われら英国の哲学者たちは一般に、預言者たちと同じく、自国では、私的に払われたものを除けば、ほとんど敬意を受けてこなかった。またわれわれの間で大いなる業を行ったこともなく、少数の病人にひそかに薬を与えて治しただけであった。というのも、医療においてその薬が成し遂げる以上の実験を、彼らは公には決して示さなかったからである。薔薇十字兄弟団の最初の四人の同胞の一人であるI・Oが、若いノーフォーク伯の癩病を治したのも、B博士が二度にわたりエリザベス女王から天然痘の毒性を取り除き、発疹を一つも現れさせなかったのも、そのようなことであった。しかし海外では、彼らはもっと高貴な歓待を受け、世間はその著作を手に入れようと熱望した。いや、その姿を見られないよりはと、
注 段落はPDF10頁へ続く。歴史的な疾病用語は、著者が用いた意味に沿って訳した。
どれほど不完全な翻訳を通じてであっても、それを読むことに満足した。マイエトゥス、ヘルマンヌス、コンバキウス、ファベル、その他多くの人が行ったことが、その証拠である。その最初の者は、ノートンの『錬金術式次第』をラテン語の韻文に訳せるほど英語を理解することをわざわざ目的として、ドイツから英国へ移り住んだ。そして実に的確かつ博識に翻訳を成し遂げた。それなのに、われわれの恥として言わねばならないが、これほど功績ある学者に対する待遇は、あまりにも粗末であった。
注 前頁の段落の続き。印刷された「Maietus」を保持した。ミヒャエル・マイエルを指す。
そうであるなら、かくも著名な著者たちを母国語で読むことを拒むわれわれの汚点は、どれほど大きいだろう。異邦人は、自分の言語で理解するために、われわれの言語で読まねばならないのに、それでも、この主題の尊さには、その労苦をはるかに上回る価値があると考えているのである。
このことを率直に考えるなら、自国に生まれたこのような学問の成果は、顧みずに放置するより、振り返って調べる方が道理に適うと判断するだろう。そして調べてみれば、どの国も、われわれ以上に多く、あるいは優れたものを書いてはいないことが分かる。もっとも今は、われわれ自身の怠惰と運命の定めとによって、その著作はほとんど見つからない。ジョン・リーランドは、わが英国の学問がまさに息を引き取ろうとするとき、その最後の、ほとんど尽きかけているため最も弱い息を保とうと、実に多大な苦労を重ねた。そして彼をもとに、ジョン・ベイルとジョン・ピッツ、後者は実のところベイルの剽窃者にすぎないが、彼らがこの国の著述家の目録を残してくれた。それがほとんどすべてである。それでも後世は、このことに深い恩義を負っている。では、われわれから彼らの全著作を奪った者どもの忌まわしい悪意には、どのような罰がふさわしかったであろうか。
ある思慮深い著者は、われわれの修道院の解散について、こう述べている。「巻頭に赤文字があるという以外に、何ら迷信の罪もない多くの写本が、火刑を宣告された。そしてここで古代への主要な鍵の一つが失われ、後世に大きな損害を与えた。」実際、英国の図書館があの大規模な破壊を受けたとき、学問の不運はそれほどのものであり、赤い文字か数学の図が一つ現れれば、それだけで、その本を教皇派のもの、あるいは悪魔的なものとするのに十分だった。
わが英国は、常に学問と学者に恵まれてきた。そのことを明らかにするため、次の話をしても不快には思われまいと願う。
まず最初はドゥルイダエ、あの著名で神秘的なドルイドたちである。彼らは祭司、占い師、賢者であり、ケルト人の第四代王ドゥリュス・サロニュスにその起源と名を負う。彼は「賢者と占兆師たちの師」と称され、世界創造紀元2069年に没した。
注 挿入されたラテン語「Sapientum & Augurum Doctor」も日本語本文中で訳した。古代史の年代記述は著者の主張である。
次はバルディ、すなわち吟遊詩人たちである。彼らは名高い人々の輝かしい業績を称え、それを巧みに英雄詩へと整え、竪琴の甘美な調べに合わせて歌った。このことを証す数ある記述のうち、チョーサーのものを挙げよう。
昔の高雅なブルトン人は、その時代に、
さまざまな冒険について歌を作った。
まず母なる言葉で韻を踏み、
その歌を、楽器に合わせて歌った。
注 チョーサーからの四行の引用は刊本画像により復元した。OCRは最後の二行を欠いていた。ここで her は their の意味。
これらの哲学者は、ケルト人の第五代王バルドゥス・ドゥリュドゥスから名を得た。ベロススが伝えるところでは、彼は詩の最初の発明者であり、世界創造紀元2138年に没した。これら二つの哲学者の流派は、いずれも筆記を用いなかった。実際、筆記は許されていなかった。というのは、いにしえの時代の配慮と慎重さはこのようなもので、自分たちの学問と秘義を無知な解釈の害から守るため、もっぱら口伝によって後世に伝えたからである。
カエサルは、実に重みのある証言として、ドルイドの学問はまずブリテンで考案され、そこからフランスへ伝わったこと、また彼の時代を通じてフランスの人々は教えを受けるためにこちらへ渡ってきたことを証している。タキトゥスの記すアグリコラは、フランスの学生たちも教えやすい才知をもち、学習に適していたにもかかわらず、ブリトン人の方を上に置いている。それは、彼らがラテン語の雄弁を身につけることに熱心だったためである。
魔術については、プリニウスが、それはブリテンで栄え、そこの民は、あらゆる儀礼を完全に守るほどにそれに専心していたので、ペルシア人さえもそこから魔術を学んだのではないかと思われるほどだった、と述べている。
あるドイツの詩人は、世界がパンノニア人の侵入に苦しめられたときも、英国ではあらゆる優れた技芸の知識が栄え、学問を広めるために自国の学者たちを他国へ送り出すことができた、と述べている。そしてドイツへ派遣された、デヴォンシャーの人ウィニフリド、別名ボニファキウスと、北方の人ウィレブロードを例として挙げている。
それどころか、ピエール・ラミュスの言うところでは、英国は二度もフランスの女教師となった。すなわち最初は、自らの学説を教えたドルイドたちによって、次にはシャルル大帝の時代のアルクニウスによってである。皇帝がパリ大学を創設したのは、彼の勧めによるものだった。
注 印刷された「Alcunius」を保持した。アルクィンを指す。創設に関する歴史的主張は著者の記述として訳した。
サクソン人について言えば、その多くが、
注 文はPDF12頁へ続く。
キリスト教に改宗した後、非常に博識であったことは否定できない。それ以前には、予言、占兆、馬の嘶きによる占いなどに大いに傾倒していた。そして、彼らが一般にヘルトゥス、すなわち〈大地の女神〉を女神として崇拝し、ゲルマン人のあらゆる神々の中でもメルクリウスをとりわけ尊び、これをウーデンと呼んだのはなぜか、調べる価値がある。ここには普通われわれが理解するより多くの意味があるからである。なお、その名からウドネスデー、現在のウェンズデー、水曜日が生じた。彼らはこのヘルトゥス女神が人間の事柄を取り持ち、貧者を救うと信じていた。その像は武装して花々の間に立ち、右手には杖を持ち、そこに薔薇の描かれた旗がついていた。他方の手には天秤があり、その頂には雄鶏がいた。胸には熊の彫像があり、胴の前には紋章の盾が据えられ、その上部にも天秤、中央には獅子、下端には薔薇があった。またウーデン神を彼らは戦闘の神とみなし、武装した男で表した。そのため今日に至るまで、われわれの間には「ウッド」という語が、獰猛、激烈、怒り狂う、の意味で残っている。人が激怒していると、普通「あの人はウッドだ」と言うように。これと同じく、哲学者たちのメルクリウスも、獅子、竜、毒などの獰猛で恐ろしい名のもとに隠されている。しかしこれには幾分の意味はあっても、すべてではない。
注 PDF11頁の続き。Herthus/Wooden/Wodnesday/Wood はブラックレター体の印刷どおり転写した。メルクリウスとウォーデンの同一視は著者の主張。「in Face」も印刷どおり保持した。
さて、さらにわれわれに近い時代へ話を進めよう。後代、すなわち征服以後、わが国は、他国の最大の学者たちを凌いだとまでは言わずとも、それに比肩するほど著名で抜きん出て博識な人々を生んできた、と言わねばならない。彼らが残しながら、嫉妬と無知がわれわれから奪ってしまった遺産を、今われわれが分け受けることさえできたなら、どれほど幸いであろう。それでも、残されたわずかなものを重んずべき十分な理由はある。
人々の言うとおり、古い畑からこそ、
年ごとに、この新しい穀物がすべて生まれる。
そして誠に、古い書物からこそ、
人々の学ぶこの知識がすべて生まれる。
注 引用詩は、直前の括弧内の文章を結ぶ。
英国が相次いでこのような人物に恵まれてきたことは、同胞ジョン・リーランドが十分に証言している。彼が偏っていると聞いたことは、私にはない。彼はこう断言する。「総じてわれわれには、時代の許すかぎり最も博識な者に劣らぬ、数多くの優れた才人と著述家がいた。彼らは四つの言語の知識をもち、その
注 引用はPDF13頁へ続く。複数形 Country-men は原文のまま保持した。
うちの何人かはそれに卓越していたが、それに加えて、どの自由学芸、どの学問上の技においても、並外れた天分と才知の確かな証拠を示さないものはなかった。」学問全般については、ここまでとする。
注 PDF12頁から続くリーランドの引用。
さて、ヘルメス学について個別に述べるに当たり、才知ある読者よ、どうか以下の集成を受け取っていただきたい。ただし、これに英国のヘルメス派哲学者たちの全著作が収められていると思わないでほしい。というのも、さらに多くの作品を、これに続く第二部に収め、全体を完全な〈劇場〉に仕上げる計画だからである。神が、本書と同じように最後まで仕上げるためのさらなる時間と平穏をお許しになるなら、近いうちに印刷に回せるよう準備したい。そのことによって、わが国には、他のあらゆる称賛すべき技芸や学問におけると同じく、この種の哲学においても著名な、どのような人物たちがいたか、いっそう明らかにしたいのである。
これをさらに褒めたところで、太陽の前に蝋燭を掲げるようなものにすぎない。また、その驚くべき作用と効果をここで詳しく説明しようものなら、世間一般の信じるところから遠く隔たるのと同じほど、序文の範囲をはみ出してしまうだろう。私は、読者の誰もが、私のここに書くことを信じる、あるいは、われわれが〈賢者の石〉と呼ぶものが自然界にかつて存在したと信じる約束をして読むことを、期待してはいない。そう信じるよう説得しようとも思わない。ただ、この神聖で厳粛な秘義と奥義を、物語小説として世に出すような虚栄心は私にない、と言っておかねばならない。不信は罰として世に与えられたものだと、私が知っていれば十分なのである。それでも、古いわが国の詩人哲学者の一人が言うことをお伝えしよう。
注 Embedded Latin “in rerum natura” rendered 自然界に.
もしもわが歌に耳を傾けるなら、
そこに何かを見つけられるかもしれない、
あなたの心を満足させるものを。
あなたを信じさせるために、私は誓いはしない。
哲学者なら、ここに真理の証しを
見出すだろうから。学なき人々については、
何を言おうと、私はさほど気にかけない。
私は、口を閉じているには十分なことを知っているが、語るには十分には知らない、と告白せねばならない。これらの奥義を熱心に探究するうちに見出した、奇跡的であると同時に確かな成果は、私をきわめて深い驚嘆へと導き、沈黙を命じ、
注 文はPDF14頁へ続く。
私から言葉を奪ってしまう。それでも、祖国を深く愛し、才知あるすべての術者を満足させたいと願う者として、私はその人々のために、以下の収集した古い著作を刊行した。そしてここでは、それらが語る以上のことを、いくらか述べたいと思う。
注 PDF13頁の続き。
幸いにも聖ダンスタンの著作『隠秘哲学について』に出会えた人は、哲学者たちのメルクリウスの力で、どれほど驚異的で広大なことが成し遂げられるかを考えて驚愕するような話を、そこに読むことができる。この本はE・G・A・Iが大いに利用したものであり、これから私が述べることの主要な裏づけとなる。その力について、ここではほんの味見だけにとどめよう。
注 ラテン語の書名 De Occulta Philosophia は文脈中で訳した。頭文字は展開せず保持した。
まず鉱物の石についてである。それは、どのような不完全な土性の物質をも、その完全性の最高段階まで変成する力をもつ段階にまでだけ仕上げられたものである。つまり、最も卑しい金属を完全な金銀へ変え、火打石をルビー、サファイア、エメラルド、ダイヤモンドなどあらゆる宝石へ変え、さらに同種の多くの実験を行うことである。しかしこれは一部分にすぎず、哲学者たちの質料の力が余すところなく知られたなら得られる恩恵のうち、最も小さな分け前である。たしかに金は悦ばしい対象、美しい光であり、われわれは「子供たちがユノの鳥を眺めるように」感嘆して見つめる。しかし、比類なき一著者が言うには、金を作ることは錬金術師たちの第一の目的である一方、古代の哲学者たちにとってはほとんど目的ですらなく、達人たちがこの質料を用いた用途のうち、最も低いものだったのである。
注 挿入されたラテン語 ut Pueri in Junonis avem も訳した。ユノの鳥は孔雀を指す。Materia は物質・材料を意味し、特定の物質名ではない。
彼らは世の富よりも知恵を愛する者であったから、より高く、より卓越した業を目指したのである。そして、自然の全過程が眼前に開かれている人が喜ぶのは、金銀を作れることや悪魔たちを従わせられることよりも、天が開き、神の天使たちが昇り降りし、自分の名が生命の書にはっきり記されているのを見ることであるにちがいない。
次に、植物の石、魔術の石、天使の石へ進もう。これらは、金属性・土性の本性によって発酵させられた石というかぎりでの鉱物の石を、その内にまったく含んでいない。これらは驚くほど微妙であり、それぞれ別の効果と目的に適するよう整えられ、発酵させられているため、作用も本性も互いに異なる。疑いなくアダムは、大洪水以前の父祖たちとともに、
注 Paragraph continues on scan15. Latin “Quatenus” translated as というかぎりで. “Vegitable” rendered 植物の, preserving the author’s distinct class of stone.
またそれ以後の父祖たち、アブラハム、モーセ、ソロモンは、これらによって多くの驚異を行った。しかし彼らも、その力の極限までは決して完全に理解していなかった。実際、天と地の万物を造られた神、永遠に讃えられる御方以外には、誰も理解していないのである。
注 PDF14頁の続き。
というのも、植物の石によって、人、獣、鳥、魚の本性と、あらゆる種類の樹木、草木、花などの本性を完全に知ることができ、またそれらを生み出し、育て、繁茂させ、実らせる方法、その色と香りを強める方法も知ることができるからである。しかも望む時、望む場所でそれができ、このすべてを単なる実験のために一時だけ行うのではなく、日々、月々、年々、いつでも、どの季節でも、まさに真冬にも行える。したがって、昔グラストンベリーの教会墓地に育ち、聖バルナバの日までは決して葉を出さないのに、その日には一面に葉をつけたクルミの木、またクリスマスに葉と花を出すことでたいへん名高い、そこのサンザシ、さらに同じ季節に青葉をつけたハンプシャーのニューフォレストの樫などは、植物の石を用いた実験の例だったというのも、ありそうなことである。
注 Embedded Latin “Experimenti gratia” translated as 実験のために.
さらに、その男性的な部分は太陽的な性質にまで仕上げられ、その過度の熱によって、どのような生き物や植物なども焼き尽くし、滅ぼす。月的で女性的な部分をただちに適用すれば、その極度の冷たさによって、これを和らげる。同じように月的な性質は、太陽の性質によって即座に救われ、融解させられなければ、どのような動物などもしびれさせ、凍りつかせる。両者は一つの自然的実体から作られるが、作用においては反対の性質をもつからである。それでも両者の間には自然な助け合いがあり、一方にできないことを、他方は行うことができ、現に成し遂げるのである。
内なる力に劣らず、外見の美しさもすばらしい。太陽の部分は、あまりに輝かしく透き通った光沢をもち、人の目ではほとんど耐えられないほどである。また月の部分を暗い夜の戸外に出すと、蝋燭の周りの蠅のように、鳥たちがそこに集まって周囲を飛び回り、人の手に捕らえられるままになる。このことから私は、1602年、当時140歳だった老隠者が庵室の壁から取り出し、コルネリウス・ガルルスに見せた石は、この植物の石の性質をもっていたと考えたくなる。というのも、それを収めていた金の箱を開くと、その光線は
注 段落はPDF16頁へ続く。刊本画像は明瞭に「140 Years」と読めるため、OCRの100/iqoを訂正した。
部屋じゅうに広がり、その輝きは部屋にともされた灯火を圧するほどだったからである。そのうえ隠者は、金属にはその価値がないとして、石を金属に投射することを拒み、ヴェロニカとヘンルーダを使って実験をした。
注 PDF15頁の続き。Veronica と Rue は植物名。
魔術の石、あるいは遠見の石によれば、世界のどの場所にいる人でも見つけることができる。たとえ部屋や小室や地底の洞窟に、どれほどひそかに身を隠していても同じである。石はそこを厳密に探索するからだ。一言で言えば、全世界そのものを目の前にはっきり示し、その中で望むものを眺め、聞き、見ることができるのである。そればかりか、鳥のさえずり、獣の鳴き声など、生き物の言葉を人に理解させる。また霊を像の中へ移し入れ、天体の感応を観察することによって、その像を真の神託とすることもできる。それでもE・Aが保証するとおり、これはいささかも死霊術的でも悪魔的でもなく、容易で、驚くほど容易であり、自然にかなった、正しいことなのである。
最後に天使の石について言えば、先に述べた著者によると、これはあまりに微妙であるため、見ることも、触れることも、量ることもできず、ただ味わうことだけができる。こうした微妙な性質とある程度似通った人の声も、比べれば及ばない。いや、空気そのものさえ、これほど浸透しやすくはない。それなのに、ああ何と神秘的な驚異であろう、火の中に永遠に留まっても損なわれない石なのである。それは他の石にまさる、神的、天上的、不可視の力をもち、所有者に神的な賜物を授ける。天使の出現をもたらし、夢と啓示を通じて天使と語り合う力を与える。また、どのような悪霊も、石の宿る場所に敢えて近寄ろうとはしない。これは可腐敗的なものを一切含まない第五精髄であり、元素が腐敗していないところには、どんな悪魔も留まったり住んだりできないからである。
聖ダンスタンはこれを〈天使の食物〉と呼び、他の人々は〈天の旅の糧〉、〈生命の樹〉と呼ぶ。これは間違いなく、神に次ぐ真のアルココドン、すなわち寿命を与える者である。これによって人の体は腐敗を免れ、食物なしで長い間生きることができるようになる。それどころか、これを用いる者は死ぬことがあるのかとさえ問われる。しかし私には、そのこと以上に、これを所有し、肉眼の前に栄光と永遠の顕現を示された人々が、なぜなお生きたいと望むのかが不思議である。ただ眺めるだけで満足せねばならぬところで生きるより、むしろ解き放たれ、その完全な享受にあずかりたいと望むはずではないだろうか。
注 Alchochodon は占星術の専門語で、著者は「年数を与える者」と説明する。実際の医療効果を示す記述ではない。
ヘルメスは、ひとたびこの石の知識を得ると、他のあらゆる石を使うことをやめ、これだけを喜びとした。モーセとソロモンも、その知識に秀で、それによって驚異を行った。ヘルメスと合わせて、この三人だけがそうであった。
赤い石には予言の賜物が隠されている、とラキスは述べている。彼によれば、哲学者たちはこれによって未来の出来事を予告したのである。またペトルス・ボヌスは、彼らが一般的なことだけでなく個別のことまでも予言したと断言する。すなわち復活、キリストの受肉、審判の日、そして世界が火で焼き尽くされることを、あらかじめ知っていた。それも、自らの作業への洞察から得た以外のものではなかった。
要するに、哲学者たちの第一質料を正しく多様に用いることで、自由学芸の完成が知られ、自然の知恵の全体をつかむことができる。賜物には違いがあっても、霊は同じなのである。そして、これまで述べたことにもかかわらず、さらに付け加えなければならない。これらより大きな事柄がなお隠されている。われわれは神の業のごくわずかしか見ていないからである。
注 Latin “Prima materia” translated 第一質料.
とはいえ、この学問の接ぎ穂を接ぐのに適した台木は、ごくわずかしかない。その秘義は、達人たちと、揺り籠の時からこの祭壇に仕え、付き従うよう捧げられてきた者以外には、伝えられない。このような人がいかに稀にしか知られないかは、ノートンの言葉に明らかである。
十五の王国のうち、われらの赤い石を得たのは、
わずかな者、いや、ようやく一人ほどだ、と彼は言う。
そしておそらく彼らは、聖パウロとともに楽園へ引き上げられ、彼が語ることのできない言葉を聞いたように、行い得ない業を行ったのであろう。それは、口にすることを許されないような業である。
それゆえ私は、このような人々について誇ろう。だが自分自身については、自らの弱さのほかには誇るまい。また真に、このような人々が体の内にあったのか、体の外にあったのか、私には分からない。神が御存じである。疑いなく、彼らは神の国から遠くなかったのである。
しかし、私はあまりに深く踏み込んだように思う。そこで今は、本書の刊行、その配列、またこれが書かれている古語の性質について、少し具体的に説明しよう。まず読者にお知らせしたいのは、以前いくつかの錬金術著作を集めて刊行した私の労作が、率直な術者たちから温かく迎えられたため、第二の著作を見つけるよう、強く促されたということである。
注 文はPDF18頁へ続く。
その感謝を示してくださる人々へ贈るために、である。そこで私は、この学問についての自分自身の考えをいくつか集め、これもまた検証に付そうと考えた。しかしそのために哲学者たちを読み直すと、その名を称する多くの人が、手によって成し遂げたことではなく、空想の作り出したことを書き、思いの内でしか投射を見ていないと分かった。われらのリプリーも、後に挙げる彼の率直な撤回文に明らかなとおり、かつてはその一人だった。そして、このような著作が若い学徒たちに与えた大きな害を、私は身にしみて感じた。彼らは最初のうち、誰が欺きのない経験に基づいて書き、誰がそうでないかを見分けられず、したがって誰に従い、誰を避ければよいかも分からないのである。それで私は自分の考えを引っ込めた。まだ実際に手を動かす実践に本格的に取りかかったことがなかったので、実践による確かな証言を欠いた、あやふやな理解の単なる寄せ集めを世に出し、世間がすでに受けた数々の害をさらに増やしてしまうのを恐れたからである。また、リプリーの言う次のようなことを喋り立てる者たちと同じく無分別だと、正当にみなされるのを恐れたのでもある。
注 PDF17頁の続き。
ロビン・フッドと彼の弓について語るが、
その弓を射たことはないのだろう。
それでもなお、何を選ぶべきか思案し続け、ついに公共の利益のために熱心に働く何人かの励ましによって、考えを一つに絞った。それは、自国の英国のヘルメス派哲学者たちの著作をすべて、あるいは見つけられるかぎり多く集めて、世に出すという計画であった。
この事業を妨げようと待ち構える困難が見えていても、私は着替えるように決意を変えはしなかった。必要な労苦と配慮に加え、この種の原写本や真正な写しに出会えず、手に入れられないのではないかという恐れが、ひどく私を悩ませた。いくつかは人々の手元にあると知っていたものの、自分にはなかったからである。とはいえ、それで意気をくじかれることはなかった。そして、幾人かの立派で親しい友人が、惜しみなく豊富にそれらを提供してくれた。喜んでここに名を挙げたいのだが、印刷物に自分の名を見ることを好まないと、よく知っているので控える。それらを手にしてから、次に心を砕いたのは、各著者が活躍したそれぞれの時代に対応し、同時に勤勉な学徒にとって最も有益となる順序に配列することであった。私はこれを、願わくは、一方の著者が受けるべき名誉を損なわず、他方の学徒の真っ直ぐな道を妨げたり暗くしたりしないよう、公平に釣り合わせて行ったつもりである。
しかしこの作業をしている間に、ある哲学者は韻文で、他の者は散文で書いているため、どちらを先に置くべきかという疑問が生じた。少し考えてから、詩の部分を先にすべきだと判断した。それは、詩の起源がオルフェウスの時代にも先立つと思われるからだけではない。オルフェウスはマイエルスによって「全ギリシア民族の最初の高僧、祭司、神学者、詩人にして預言者、そして教師」とされているが、リノスはあらゆる抒情詩人の中で最も熟達した者と言われ、あまりに古いため、彼をオルフェウスの師と考える人々もいる。オルフェウスは、金羊毛のあの見事な寓話を書き、全ギリシア人のうち最初に、他の学問とともに錬金術の学問をエジプトからもたらした者であり、他方のリノスはフェニキア人の学問をギリシア人にもたらした最初の者だった。繰り返すが、詩が最古で、他の諸国では散文が後になって使われたからというだけではない。詩はわれわれの間でも最も古くから用いられ、あたかも自然から授けられた権利であるかのように、疑いの余地のないものと認められてきたからである。
注 オルフェウスを称える挿入ラテン語も全文を訳した。VATES は詩人と預言者の両方の意味を持つ。古代に関する記述は著者の主張として保持した。
また、その優れた旋律はあまりにも自然で普遍的であり、全人類に固有の、生まれながらに受け継ぐ雄弁として、世界のすべての民族とともに生まれたかのように見える。それだけではない。詩は、すべての国、すべての時代に共通して継承され、受け入れられてきたことも考慮した。どの国にも、ホメロス、ウェルギリウス、オウィディウスに当たる者が絶えたことはない。世界のこの小さな一角である英国でさえ、ラシス・ケストレンシスとホルトゥラヌスがいた。前者について言えば、その『光の書』と『諸光より出る光』は、ラテン語韻文で今も残る最古のものである。後者の作品の中では、「ラシス・ケストレンシスからその子マーリンへの返答」という表題を見逃すわけにはいかない。これによって彼は、この深遠な秘義においてマーリンの師でなかったとしても、少なくとも同時代人だったと分かる。この二作はどちらもヘルマンヌスによって刊行されているが、甚だ不完全である。ジョン王の時代にまで遡る写本と比較して、私はそれを知った。また二人目のホルトゥラヌスは、モリエヌス以後最初のキリスト教徒の哲学者であり、海外を遍歴し、征服王ウィリアムの治世にこの国へ戻った。そして遠い土地から自国へ錬金術のムーサたちを移植した最初の者であったため、「ヘルメス学と詩の冠に由来して」ガーランドと呼ばれている。さて、本題へ戻ろう。
注 書名とラテン語句もすべて訳した。Lumen de Luminum および文法的に不規則な ab Coronam は原刊の印刷どおり保持した。
その古さ、自然による承認、普遍的な継承と受容のいずれも、詩に同輩の間で上席を与えるのに足りないとしても、私は、その効果が十分な理由になると考える。詩は耳を強く打ち、楽しませ、心を喜ばせ、判断力を
注 文はPDF20頁へ続く。ハイフンは頁境界で分断された語を示す箇所に限って保持した。
満足させ、聴き手を心地よくするからである。詩には生命と脈動があり、秘めた力がある。そのため、遅く不規則な散文の韻律を流れるものより、はるかに深い印象を心に残す。これによって詩は世を大きく魅了したので、未開の時代や野蛮な民族の間でも、他の種類の学問が締め出されているときに、これ以上に高く評価されたものはなかった。また、われわれが押韻と呼ぶものについては、サクソンとノルマンのさまざまな詩人の慣行が、それへの見方を示している。ラテン語はその卓越性にもかかわらず、その言語による詩句が調和した抑揚を備え、韻を踏んでいなければ、彼らの耳を十分には楽しませられなかった。また古人が自らの最も重要な秘義を包み隠したのは、詩の譬喩と暗示の部分以外のどこでもなかった。それこそが、彼らにとって最も神聖で崇敬すべきものであり、不敬で俗な知性から最も安全なものだったからである。われわれの父祖たちはそれほど善良であり、自分の子供たちのパンを犬の間にさらして危険に置くことさえ、まして投げ与えることなど、進んでしようとはしなかった。ゆえに彼らの知恵と配慮は、まず教える方法を見出し、その後、隠す術、つまりこの詩の術を見出すことにあった。一言でいえば、散文を詩より先に置くのは、粗野な田舎者に、華麗な衣をまとった高貴な婦人を差し置いて壁際の上席を取らせること、あるいは謁見室をタペストリーの代わりに防水布で飾ることにほかならず、それ以上のことではない。
注 PDF19頁の続き。take the Wall は、街路でより高い身分にふさわしい、保護された壁側の位置を占めることを指す。
これらの理由と配慮から、私は詩の作品に先行する資格があると考えたのである。
もっとも、今こうして世の光に出された作品のいくつかは、私の熱心で骨の折れる探索が破滅の顎から救い出さなければ、おそらくひっそりとした崩壊のうちに消え去り、破壊が完全な勝利を収めていたことだろう。それらはほとんどすっかり古代の塵に覆われ、忘れられた事物の暗がりに包まれ、紙葉の半分を虫に食われていたからである。そして、修道院の解散時にわれわれの最も大きな図書館を呑み込んだ、あの大洪水を免れ、ノアの箱舟の生き物たちのように、今日までこれほど無事に守られてきたことは、まさに驚くべきことである。
そして、このような仕事を成し遂げたことで、自分自身の著作に次ぐ仕事をしたとの評価を求めても、傲慢ではないと思う。いや、ある意味ではそれ以上である。なぜなら、私はまるで霊薬そのものを持つかのように、老いたものを若々しく生き生きとさせたからだ。古い著者たち一人ひとりを、その個々の美しさの春へ戻しただけでなく、力と完成の夏へと蘇らせたのである。
本書全体について言えば、それは英国の畑の一部で落ち穂を少し拾い、それを束ねたものである。私は、道々見つけられるものをあちこちで拾おうと、力を尽くしたが、個人の手元には、この種の作品がほかにも多数あると信じている。私がこれらを刊行したのと同じ篤志から、どなたかがそれを快く提供してくださるなら、その厚意にふさわしい価値を認め、さらに世間にも、その方々への恩義を知らせよう。
その文体と言葉遣いは、一部の人には厄介で奇異に思われるかもしれないし、慣れていない人には実際そうであると、私も認める。しかし同時に、それはきわめて意味豊かである。古い言葉には強い力がある。他の人々はそれをがらくたや些事とみなすかもしれないが、それは大きな間違いである。軽薄な頭の持ち主が愚かな玩具とみなすものも、深い判断力の持ち主なら、確かで真剣な事柄として評価でき、現にそうするだろう。
われわれ英国人は、しばしば流行を変えてきた。それほど気まぐれなのである。だから、今使われているものと違う綴りや、大垂れ袖、頭巾、コッドピース、膨らんだ短袴のように奇妙で滑稽に見える、慣れぬ言葉に出会ったなら、こう理解してほしい。それらがかつて流行の衣服だったように、これらもその時代の普通の言葉遣いだったのである。もしわれわれが祖先の振る舞いや服装を嘲笑するなら、後世は同じ硬貨でわれわれに払い返すだろう。日々の会話に使われる言語は、同じく絶えず変化し続けるものだと考えねばならないからだ。慣習が定着させたものが、その時点では最も好まれる。失われたものを復活させるにせよ、新しいものを導入するにせよ、前代から残った切れ端を現在のものに継ぎ足すにせよ、同じである。しかし書物の中に収められた学識の言語は、より不変の運命を享受する。時代の日々の潮や流れに洗い去られないからだ。それは大理石の彫像に刻まれた衣服の形やひだのようなもので、変えられることなく、常に保たれねばならない。
注 歴史的な服装の名称は説明的に訳した。Maunch は垂れ下がる袖、Cod-piece は突き出た股当て、Trunke-hose は膨らんだ短いズボンを指す。
それゆえ、私の転写によって彼らの著作の真実と価値が少しも損なわれないよう、原本で見つけた古い言葉とその綴り方を、意図してそのまま残した。ただし、以前の筆写者の明らかな誤りや瑕疵だけは、文字上の不完全さ以上のものではないとみなし、自ら訂正して取り除いた。それでも読者を不満足のままにしておかぬよう、古い語、珍しい語、廃れた語を解釈するための簡略な一覧表を加えた。これまでこうした古い、粗削りな表現に馴染みのなかった人々にとって、これで道は平らになったと考える。
それゆえ、死者と語らい、その遺したものに教えを求めることを愛する人々よ、近くへ来てほしい。生者よりも、そこに多くの益を見つけるかもしれない。そこでは、わがヘルメス派哲学者たちの霊に出会い、彼らが自然の女神に言い寄り、求愛した言葉を学び、疑問を満たすために、彼らが肉体をもっていたときよりも自由に、より自在に、その交わりを楽しむことができる。彼らは口で語ろうとした以上のことを書き残した。そしてその文章を、あたかもインクに金を溶かし込み、言葉を至高の湿潤で包んだかのように、豊かなものとして遺したのである。
私の注解は、歴史に関する事柄、あるいは時に他の技芸の境域へ踏み込まざるを得ない事柄の範囲に限られており、哲学の業そのものに関する説明はすべて意図して省いた。それは、自分の子供よりも他人の子供を世へ送り出すことを選んだのと同じ理由による。率直な読者が出会うかもしれない、思い上がりからの間違いや誤りについては、友人や好意を寄せる者と認める人の過ちを判断するときに示すのに劣らぬ寛大さと慈愛をもって、評していただければと願う。
さて結びにあたり、自然の神が、その善の無限の宝庫から、慈悲深く次のことをお許しくださるよう願う。善き天使に導かれてこの神秘的な知識へ向かう人々、あるいはすでに敬虔にそれに携わっているすべての人々に、真実で敬虔な哲学者の完全で十全な資質、すなわち学識、謙遜、判断力、勇気、希望、忍耐、慎慮、慈愛、そして秘密を守る心を授けてくださるように。そうして彼らが労苦の実りを享受できるように。それがなければ、その労苦はただ虚しく、喜びのないものとなり、神聖な学問と秘密そのものを、いわれなく軽蔑されるものにしてしまうだろう。
勤勉な学徒たちよ、さらば。皆さんの善意が、私の掲げた目的を果たすよう、これからも私を励ましてほしい。それを果たしたなら、いつの日か、皆さんの庇護にいっそう値する者と認めていただけるだろうと思う。少なくとも、慈愛ある批評には値する者と。それだけが、期待し、また受けるに値する報酬なのである。皆さんに心から身を捧げる者より。
真心をもって皆さんに捧げる
1651/2年1月26日
E・アシュモール
注 画像では165の後に年の末尾1と2が上下に組まれている。新旧の年の数え方を表す1651/2とし、OCRの単純な1652とはしなかった。
ノートン 錬金術の作業順序書
錬金術の作業順序書
ブリストルのトマス・ノートン著
注 Ordinall は作業を正しい順序に配列した書の意。刊本の本文第1頁に相当するが、この扉には頁数字がない。
この書は学識ある者たちに知識を示すが、
学問なき者たちには、かえって無知を深めさせる。
豊かさによって栄誉を助ける書、
貧しい者たちの窮乏を追い払う書である。
これは信頼と真実の書、
王たちへの助言、高位聖職者たちへの教えであり、
罪を犯さずに生きようと願う
幸いな人々に役立つ書である。
秘密の書、神の賜物の書、
選ばれた者たちの道、よき希望の力であり、
堅固な信仰を守り通す者たちには効力を発揮する。
わが口の言葉を信じぬ者たちには、災いあれ。
偽りの者も正しい者も錬金術を求める。
偽りの者は数知れぬが、彼らは退けられる。
ああ、これほど多くが貪欲に毒されているので、
百万人のうち、選ばれた者は三人いるかいないかだ。
この学知へは多くの者が招かれる。
貴人、貧者、無知な者、学識ある者たちである。
だが彼らは、労苦にも時の経過にも耐えようとしない。
それゆえ進歩しない。感謝を知らぬからである。
この書は、神がこれらを理解することを
無償で授けた術の子らに、十分に教える。
この予言の四行を信じよ。
神の慈愛の泉は、すべてを無償で与える。
この高貴な学知が与えられるのは、ただ、
幸いな心をもって正義を愛する者たちだけである。
欺く者、略奪する者には拒まれる。
罪ゆえに、喜ばしい賜物は遅らされる。
注 absq; は absque の省略。印字 noelunt は原刊正誤表で第2頁第19行 nolunt と訂正される。原文欄はこの頁の印字を保持した。
この書は、最も偉大な学者たちにも教えを与えるが、
俗人の理解の及ぶ範囲を狭める。
富によって名声を得させ、
擦り切れた長衣にはたじろぐ書である。
真実の事柄を記した、信頼できる書であり、
司祭たちを教え、王たちに助言する。
これは、罪なく生きる人間の
理解にふさわしい書である。
神によって与えられた秘密の書、
選ばれた人々には踏み固められた道であり、
信仰と希望を堅く守り、
私を信頼する者たちを助ける。
善人も悪人も、数限りなく、
悪人は成功しないけれども、
この術を望んでいる。だが、ああ、なおも、
彼らはこれほど貪欲に身を委ねているので、
百万人のうち、錬金術に定められた者は
三人いるかいないかであった。
それでも、学者も無学な者も、富者も貧者も、
時ごとに多く招かれる。
彼らは心を配らず、労苦も引き受けようとしない。
それゆえ利益を得ずに、とぼとぼと歩み続ける。
神がどのような者にこの術を授けるか、
術の子らは、この書によって十分に知ることができる。
次の四行によって、こう信じるがよい。
天はあらゆるものを無償で与える。
この術が見いだされるのは、ただ、
汚れのない心で正義を愛する者たちのうちである。
欺瞞に満ちた人々には拒まれる。
罪が、天の賜物を遅らせるからである。
注 前頁のラテン語韻文に対応する原刊英訳。英訳固有の表現も省かず訳した。Boggles at a thred-bare-Gowne は字義どおり訳したが、前頁ラテン語の「貧者の窮乏を追い払う」とは異なる言い回しである。
*この予言的な四行は、ブリドリントン修道院長サー・ジョンの『予言』から採った。「雄牛について」の箇所などにある。
注 頁右下の傍注。
イングランドの王たちの希望が主のうちに堅くあったなら、
この事業は幾度も彼らを飾ったであろう。
だが、この事業によって栄誉を得る者は、
古い風習を、よりよい風習に変えるであろう。
その者が来るとき、徳と品行によって
王国を改め、王たちに永遠の模範を示す。
そのとき民は歓喜し、
互いに愛し合って、神に賛美を捧げるであろう。
おお、これらを成し遂げるべき王よ、王なる神に祈れ。
この事業のため、その助けを願い求めよ。
そうすれば、美しい心で輝く正しい王に、
予期しない時、喜ばしいことが訪れるであろう。
彼らがただ神だけを信頼していたなら、
これらはイングランドの王座を飾っていたであろう。
これによって栄誉を得る者は、
古いものを、よりよいものへと変えるからである。
そしてその者がこの国を治めるようになったとき、
徳ある手によって国を改め、
後を継ぐすべての王に、
善行の模範を残すであろう。
そのとき民は、互いの愛のうちに歓喜し、
神への賛美を捧げるであろう。
おお、この御業を成し遂げる王よ、
万物の神に、この善き事業のため、
折よい助けを願い求めよ。
そうすれば、正しく栄光ある王のもとへ、
最も美しい恩寵が降り、
思いも寄らぬ時、その企ての結末に冠を授けるであろう。
序言
三つの位格において一なる神の栄誉のため、
この書は作られる。私の死後、在俗の人々が、
そして学識ある人々も、これを読むためである。
錬金術によって大きな富を得ようと、
その営みに競って加わる在俗の人々が皆、
そのような仕事を始める前に、よき助言を得られるように。
これによって大きな欺瞞を避け、
この教えによって偽りの者と真実の者とを見分けられるように。
もっとも、学識ある者たちは、ここで大きな秘密を学びうるが、
在俗の人々は皆、ここに恐れるべき理由を見いだすだろう。
すなわち、増金術師たちが自らの実験によって仕掛ける
偽りの幻惑に用心すべき理由を。
私は世の名声を望まず、
ただあなたがたの善き祈りを願うので、名を伏せておこう。
誰もその名を探し求めたりせず、
賢明にも、この書の精華を考察してもらうためである。
人間のうちにあるあらゆる身分について、
調べてみれば、多くの人々が見つかるだろう。
ただ利益と財宝への欲望によって、
錬金術へと心を向けている人々が。
たとえば教皇と位の高い枢機卿、
大司教と高位の司教、
修道院長と小修道院長、
修道士、隠修士、大勢の司祭、
また王、王侯、高貴な血筋の諸侯もそうである。
というのも、どの身分の者も財を求めるからだ。
注 Clerks はここでは学識ある者、Lay-men は学問を身につけていない在俗の読者。聖職者と俗人という含意もある。Multiplyers は卑金属から貴金属を殖やすと称する者。
燃えさかる貪欲の火の中に暮らす商人たちも、
また、この術を望んでいる。
普通の職人たちも後れを取ろうとはしない。
彼らも諸侯に劣らず、この高貴な技芸を愛するからだ。
金細工師たちは、そのうちでも最も責めるべきでない。
自分の仕事で目にするものが、彼らを信じる気にさせるからである。
だが驚いたことに、織工までがこの種の仕事に手を出し、
石工や革なめし工、貧しい教区書記までがそうする。
仕立屋やガラス職人も、やめようとはしない。
さらに、哀れな鋳掛屋までが、ひどく思い上がって
競って加わる。もっとも、ガラスに着色を施す
人々すべてには、幾分かもっともらしい理由がある。
だが多くの職人たちは、あまりにも性急に信じ込み、
自分の蓄えを煙にして消してしまった。
損失のために苦しみを味わっても、
その心はいつまでも希望を抱き続け、
いつかは首尾よく成功すると信じていた。
そのような人々について、私は実際、多くを語ることができる。
彼らは一生、その希望を抱き続け、
そのために貧しくなり、身上を潰したのである。
間に合ううちにやめていれば、よかったものを。
彼らが手にしたのは、結局、嘲笑だけだった。
まことに、優れた学識を持たぬ者が
この仕事に手を出すのは、愚かで無知なことである。
私の言葉を信じてほしい。鉱物に関わるあらゆる秘密を
知るには、並々ならぬ知恵がいる。
それは最も深遠な哲学、
聖なる錬金術の精妙な学知だからである。
その学知について、私はここで書こうと思う。
ただし、凝った文体では書けない。
一般の人々すべてを教えようとする者は、
彼らのため、平明で日常の言葉を使わねばならないからだ。
私が平明で素朴な形で書くとしても、
善き人は誰も、そのためにこの著述を軽んじてはならない。
注 Free Masons は職人としての石工。後世のフリーメーソン組織の意味ではない。nice と lewde はそれぞれ愚か、無学の古義。
この厳かな作業について書く師たちは皆、
多くの人にとってまったく暗い書物を作った。
詩句、寓話、比喩を用いたので、
学ぶ者たちに苦痛と悲嘆をもたらした。
実際に仕事をして試そうとすると、
彼らは費用を失ってしまう。日々、目にすることだ。
ヘルメス、ラーゼス、ゲベル、アヴィセンナ、
マーリン、ホルトラヌス、デモクリトス、モリエヌス、
ベーコン、ライムンドゥス、ほかにも数多くの者が、
隠された形で書いた。アリストテレスもそうである。
このことについて彼らが筆を執ったものは、
その曇った言葉によって、多くの人を困惑させた。
在俗の者からも、学識ある者からも、つまり誰からも、
この術を隠し、誰にも見つけられぬようにした。
彼らの書物には、見事な論拠が示されているが、
それによって多くの人が絶望へと追いやられる。
しかしアナクサゴラスは、彼らのうちで最も明瞭に、
自らの『自然の変換について』に書いた。
私が見いだした古い師父たちのうち、
この学知の基礎を最もよく明かしたのは彼だった。
そのためアリストテレスは激しく嫉妬し、
私がよく述べうるとおり、
多くの箇所で彼を不当に非難した。
人々が彼のもとへ集まらないようにするつもりだったのだ。
彼は自分の知識と愛を惜しみなく与えた。
神よ、その魂を天上で御身とともに至福に置きたまえ。
そして嫉妬の種を播いた者たちには、
神がその悪行を赦したまわんことを。
たとえば、悪意を抱き、嫌がらせのために、
千の処方を集めた書物を書いた修道士のような者たちである。
その書物は多くの場所で写され、
そのために、多くの顔が青ざめた。
多くの長衣が色を失うほど擦り切れ、
以前は誠実であった人々が、不正な者になった。
注 著者は古代・中世の権威に錬金術著作を帰している。本訳はその帰属を史実として追認せず、原文の叙述として訳す。Conversions naturall は本文で挙げられた書名で、作品同定は未確定。
それゆえ憐れみの心に促されて、私は、
わずかな平明な言葉で真実を示そうとする。
あなたがたがこの書と私を信じるなら、
偽りの教えから逃れられるように。
処方を記した書物を捨て去れ。
そのような処方はみな、欺きに満ちている。
それらを信じず、この命題をよく学べ。
どんなものも、それ固有の原因によらなければ作られない。
それゆえ原因についての知識が心になければ、
その実践ははるかに後れを取る。
だから、つねに賢く心に留めよ。
どう行うか、なぜ行うかを知らずには、何も行わぬことを。
また、この術において進もうとする者には、
偽りを避けることが大いに必要である。
この術を導くべきものは、善なる真実だからだ。
それゆえ決して、偽りへと滑り落ちてはならない。
偽りの色を施した金属を贋造しないように、
揺るがぬ決意を固めねばならない。
あらゆる検査には耐えない白化剤や黄化法を求め、
それを用いて、できるだけ本物らしい偽の銀器や
貨幣を作り、善良で誠実な人を
欺こうとする者たちのようであってはならない。
神は、この祝福された術において、
偽りの者たちが誰ひとり分け前を得ぬよう定めた。
この術を求める者には恩寵がなくてはならない。
だから当然、その者は真実である必要がある。
また、この術を見いだそうとする者は、
外の出費や負担によって心を乱されてはならない。
望みを遂げようとする者には、
十分な財力も必要である。
幾つもの道に目を向けてはならず、
ただ、この書の順序を追わねばならない。
その名は『錬金術の作業順序書』、
『われを信ぜよ』、永遠に変わらぬ規範である。
注 Blanchers と Citrinacions は、それぞれ金属を白くするものと黄色にする処理。ここでは贋物を作る表面的着色として非難される。Crede mihi はラテン語で「私を信じよ」。
典礼の順序書が司祭たちに、
巡り来る日々の礼拝を定めて示すのと同じように、
順序だっていない錬金術の書物すべての要旨を、
ここでは整然と並べてある。
それゆえ、賢い錬金術師にとって、
これは比べるもののない価値を持つ書である。
その真実は決して損なわれない。
素朴な形で編まれたように見えても。
そして私は天の恩寵によってこの術を得たので、
ここに七つの章をもって、同じ術をあなたがたに授ける。
最後の審判における畏るべき裁き手の許しにより、
私の誓った忠義が許す限り、できるだけ広く授けよう。
第一章は、どのような人々がこの学知に達しうるかを、
すべての人に教える。
また、真の錬金術の学知が、古い師父たちによって、
なぜ祝福され聖なるものと呼ばれるのかを教える。
第二章では、その愚かな喜びと、
それに伴う大きな苦痛とが見られる。
第三章は、ある一人への愛のために、
われわれの石の材料を、真実に明かす。
アラビアの人々がエリクシルと呼ぶものが、
何から成るかを、そこで理解するだろう。
第四章は粗大な作業を教える。
それは学識ある者にはなじまぬ、汚れる労働である。
そこには甚だ大きな骨折りと、
多くの危険、多くの失敗とが見いだされる。
第五章は精妙な作業についてである。
神はそれを、学識ある者のためだけに定めた。
それを理解できる学者は、きわめて少ない。
それゆえこの学知は、少数の人々にしか授けられない。
第六章は、下なる諸性質と、
上なる天の諸天球の間の調和と愛についてである。
その真実の知識は、学者を大いに向上させ、
われわれの驚くべき作業を前進させる。
注 Ordinall は同時代の典礼順序書にも用いる語で、この類比が本書の題名を説明している。for the love of One の One は原文で特定されていない。
第七章は、あなたがたのあらゆる火について、
判断の難しいその調節を、正しく教えるであろう。
いま、至高の主なる神よ、私を導き、助けたまえ。
これから本題へと進むのである。
この書を見いだすすべての人に願う。
敬虔な祈りの中で、私の魂を思い起こしてほしい。
また、神の呪いを恐れて、誰も、よくするためであれ
悪くするためであれ、私の書いたものを変えないでほしい。
生きた意味がないように見える所にも、
賢い人は、珍しい秘密を見いだしうるからである。
たった一つの音節を変えただけでも、
この書を役に立たないものにしてしまうかもしれない。
だから一度や二度の読書で満足せず、
二十回も、通して読んでもらいたい。
雄弁の形式には欠けるとしても、
この書には、きわめて重みのある意味が含まれているからだ。
だが、あなたがたが行うべき最善のことは、
多くの書を読み、そのうえで本書も併せて読むことである。
注 Regiments は火の強弱や段階の管理・調節を指す。

あなたは正義を愛し、不正を憎んだ。それゆえ主、あなたの神は、あなたの仲間たちにまさって、喜びの油をあなたに注がれた。
主を待ち望め。雄々しく行動せよ。主があなたの心を強めてくださるように。
私は錬金術の秘密を、秘密のまま守ります。
神の賜物を、神聖な封印のもとに受け取れ。
ロバート・ヴォーン彫版。
注 上段の天使二体と下段の師弟のリボン銘、彫版者署名。Dñs は Dominus の省略。上段左の巻いた銘を連続順に読み、長い s のみ通常の s に置いた。上段左は詩篇45:7(ウルガタ44:8)、上段右は詩篇27:14(ウルガタ26:14)に対応するが、後者の末尾を聖書本文から追加していない。
ノートンの『作業順序書』 第一章
聖なる錬金術のティンクトゥラは、
驚くべき秘術であり、秘術の頂点である。
それは驚嘆すべき学知、秘密の哲学、
全能者の比類ない恩寵と賜物である。
人間の労働だけで見いだされたことは一度もなく、
教え、あるいは啓示によって始まった。
それを求めたどんな者によっても、
金銭で売買されたことはない。
ただ、ふさわしい人に恩寵によって授けられ、
大きな費用と長いゆとりと歳月をかけて成就される。
それは必要なとき、人を助け、
むなしい栄光、期待、そして恐れも取り除く。
野心、強奪、過度を取り除き、
逆境がその者を圧し潰さぬよう防ぐ。
これによって自分の望みを十分に遂げた者は、
極端を捨て、節度に満足する。
これを聖なるものと呼ぶのを嫌う人々もあり、
次のように反論する。
この術は異教徒も持ちうる、と彼らは言う。
わが主なる神が決して救わないような者たちも。
故意の偽りの不信仰ゆえに、
その所有者たちは善の原因たりえない、と。
またこの術は、貨幣、杯、指輪に使う
金か銀しか作らない。
賢い人々によって、よく調べられ、
地上で最も徳の少ないものと認められる金銀しか。
それゆえ、この立場に属する人々は皆、結論として、
この学知は実際には聖なるものではないと言う。
これに対してわれわれは、できる限り証言して答える。
この学知は、次の条件なしには誰にも教えられなかった、と。
注 tincture は金属を変成させる力を持つと想定された「染めるもの」。現代の薬剤のチンキとは区別してティンクトゥラとした。冒頭は Maistryefull、merveylous、Archimastrye を重ねた表現。
まず、時をかけて十分に試され、
その恩寵を受けるにふさわしいか確かめられること。
誠実さ、徳、揺るがぬ分別について試され、
それらに欠けるなら、決して授けられない。
また、神が師を遣わして教えさせないかぎり、
誰もこの学知に達することはできなかった。
それはあまりに驚くべき、稀有なものなので、
口から口へと直接教えねばならないからである。
さらに、その者は、どんなに気が進まなくとも、
最も神聖で畏るべき誓いを立てて、これを受けねばならない。
われわれが大きな位階と名声を拒むように、
その者も必ず、それらを拒まねばならないとの誓いを。
また、無分別にも、わが子だからという理由で
この秘密を教えてはならないとの誓いも。
血縁の近さや親族関係だけでは、
この栄誉に迎え入れる根拠とはならない。
血はただ血であるというだけでは、その分け前を得られず、
ただ徳だけが、この聖なる術を勝ち取る。
だから、この学知を学ぶ者の能力、
品行と徳のすべてを、厳しく調べ、見極めよ。
そして同じく、その者にも、
厳格な誓いを立てさせねばならない。
ふさわしく、確かに試された人を見いださぬかぎり、
誰もこの術を後世に残してはならない。
老齢のため騎乗や歩行が苦しくなったとき、
一人に教えてよいが、それ以上は決してならない。
この学知は、つねに秘密でなければならないからだ。
その理由は、次のとおり、あなたがたにもわかるだろう。
もし一人の悪人がこれを思うままに使えたなら、
キリスト教世界の平和を、たちまち破壊できるだろう。
その高慢によって、正統の王や
名高い王侯たちを引き倒すことさえできるだろう。
それゆえ、この危険と災厄についての裁きは、
恐るべき重さで、教えた者にかかっている。
したがって、そのような高慢と破滅を恐れ、
この学知を教えようとする者は、用心せねばならない。
それゆえ卓越した徳を持つ者でなければ、
誰もこの大きな贈り物に達することはできない。
前に述べたように、人々が、その所有者たちは
この学知を聖なるものとする助けにならず、
実際に祝福された者とも見えないと思うにせよ、
なお、この学知は、その秩序において聖なるものである。
また、ただ恩寵によらなければ誰も見いだせないのだから、
それ自身の本性において、聖なるものである。
さらに、不純な銅を純良な金や銀に変えるのは、
神的な御業であり、治療なのである。
神の手が造った種々の種類のものを、このように変える術を、
人は自分の考えだけで見いだせない。
神の恩寵が十分に同意しないかぎり、
人は神の結合を解くことができないからだ。
天上の主が、その愛する人々に授けた
この学知の助けによってのみ、それは行われる。
それゆえ古い師父たちは、ふさわしくも、
この学知を聖なる錬金術と呼んだのである。
だから、主の祝福された賜物を、
あまり性急に投げ捨ててはならない。
全能の神が、偉大な博士たちには
この学知を禁じながら、
慈悲によって、信仰厚く、誠実で謙虚な、
少数の人々には授けたことを考えよ。
天の無数の星々の中で、
惑星はただ七つしかないように、
幾百万の幾百万という人間の中で、
この学知を見いだす者は七人いるかいないかである。
それゆえ在俗の人々よ、学んで見て取るがよい。
大きな権威を持つ博士たちが、どれほど多く、
大勢の探究者たちとともに、この学知を求めたかを。
それでも彼らの労苦はすべて、無に帰したのである。
注 七惑星は歴史的な地球中心の七曜を指し、現代天文学の惑星数ではない。
費用をかけても、何の益も見いださなかった。
その企ては、いつも失敗したからである。
彼らは絶望のうちに議論して立ち去り、
そのような術は存在しないと言った。
そして行く先々で、作り話にすぎないと呼び、
偽りの愚かな事柄だとも言う。
そのような人々は、自分の心を過信している。
自分の知恵だけで、この術を見いだせると思っているのだ。
だが、その中傷や乱暴な言葉を、
われわれは実際、ほとんど気にかけない。
自分を賢いと思いながら、できることが最も少ない、
そんな者たちは、われわれの宴に招かれていないからだ。
彼らがもう探究を続ける気をなくしても、
この錬金術の学知は、依然としてまったく真実である。
高慢な学者たちが否定したとしても、
賢い学者なら誰でも、よく考えられるだろう。
それについて真実を何も見なかった者は、
正当な証人にはなれない、ということを。
一度も視力を持たなかった者が絵を描くとしたら、
それは驚くべき、奇妙なことであろう。
生まれながら目の見えぬ者が、どうして確かに、
よい絵姿を描き出したり、作ったりできるだろうか。
そのような高慢な学者たちが、セント・ポールの尖塔を
建て遂げられるかどうかも、大いに疑わしい。
うまく取り壊すことを覚えるより先に、
自分の頭を割ってしまうかもしれない。
それゆえ、自然の最も深い秘密を取り出すには、
彼らは皆、まだはるかに後れている。
だから皆、自分の運命と機会を受け入れ、
そのような学者たちは、その無知に任せておけ。
さて、この学知を探究しようとするあなたがたよ、
偽りの人間と真実の人間とを見分けることを学べ。
この錬金術の学知を真に求める者は、皆、
まずその哲学の基礎を、十分に学んでいなければならない。
注 視覚障害と知識を結びつける比喩は原文の歴史的表現である。Poules steeple はセント・ポールの尖塔。first Philosophie は文脈上、基礎となる哲学を指す。
そうでなければ、彼らの労苦はすべて、妨げと苦しみになる。
篩で水を汲みに行く人のように。
真実の人々は、われわれの喜ばしい石を
見いだす望みを抱き、ひとりで探し求める。
誰にも損をさせたくないので、
試みも探究も、すべて自分の費用で行う。
そのため自分の財布を惜しまず、
自分の金庫を、すっかり空にしてしまう。
大いなる忍耐をもって進み、
ただ神だけを、成功への助けとして信じる。
偽りの人間は、たいてい擦り切れた長衣をまとい、
町から町へと歩き回る。
つねに油断なく機会をうかがい、
誓言や嘘を用いた何らかの欺きで、
獲物を得ようとする。そのような者は、
銀器を殖やせるという話をやめようとしない。
絶えず偽誓を交えてまくし立て、
金や銀を増殖できると語る。
そのように約束をして、貪欲な者を喜ばせ、
相手の心を自分へと向けさせる。
そこで虚偽と貪欲とは、
いかにも似合いの出会いを果たす。
だが、しばらくすると、増金術師は、
甘い約束と偽りの誓いによって相手を騙す。
貪欲な者は、ついには擦り切れた衣服を
着る身へと追い込まれる。
その増金術師と彼の商売に、
すぐさま十分な用心をしないかぎり。
彼らの欺きについては、多くを語れるが、
私はあえてそうしない。裏切りを企む者たちに
助けを与えてしまうのを恐れるからだ。
それによって、たいへんな害が生じうるからである。
だから、そのような奉仕を申し出る者たちについて、
よく考え、賢くあれ。
彼らが本当に知識を持つなら、疑うまでもなく、
それを外に示すのを嫌がるはずである。
そんな人々が増殖させると約束するとき、
何か悪事を企んでいるのだ。
誠実な人の財産を持ち去ろうとしているのである。
そのような輩について、私は何と言えばよいか。
そのような偽りの者は皆、どこへ行こうと、
罰せられるべきだが、そうされてはいない。
彼らは自然について偽りを語っている。
金属は増殖しないからである。
すべての人は、この命題を確かなものとせよ。
技術は、つねに自然に従わねばならない。
著者たちが言うとおり、物が増殖するのは、
次の二つの道のどちらかによる。
一つは腐ること、すなわち腐敗と呼ばれるもの、
もう一つは獣のように、生殖によるものである。
金属に生殖はありえない。
しかし、われわれの石には、それによく似たことが見られる。
腐敗は、それにふさわしい場所で行われなければ、
必ず破壊し、形を損なう。
金属は、本性として地中深くで成長する。
地上では、金属に錆が生じるからである。
こうして地上では金属に腐食が現れ、
長い時のうちには崩壊する。
この場合、その原因はただ一つ、
地上では金属が自分の場所にいないことである。
本性に反する場所は、争いを生む。
魚が水の外では命を失うように。
人間も獣も鳥も空気の中で生きるが、
石と鉱物は、地の下に住まう。
医師や薬種商には、乾いた丘で
水辺の花を探そうという気も意志もない。
神は、その知恵と恩寵によって、あらゆるものが
それぞれ自然の場所で育つように定めたからである。
注 増殖や腐敗についての説明は、原著者の歴史的自然哲学である。現代の金属科学の説明としては扱わない。
この教えに反論し、
金属は増殖する、と言う人々もある。
銀、鉛、錫、そして銅にも、
大きな鉱脈と小さな鉱脈とがあるではないか。
もし金属が増殖して増えないのなら、
自然は、そのような違いを生み出さなくなるはずだ、と。
それゆえ彼らは、理性が今や示していると言う。
金属は地の下で増殖し、成長しているのだと。
ではなぜ、火、水、空気から守るような、
整った密閉容器の中で、地上でもそうならないのか、と。
これには、その議論は粗雑にすぎる、とわれわれは答える。
これは十分な類比ではないからだ。
金属を作り出す作用因は、ただ鉱物的な力だけだと、
あなたがたは知ることになるであろう。
その力は、どの土地にもあるのではなく、
選ばれた適切な土地の、ある場所にだけある。
そこに天球が、毎年、
その光線をまっすぐに注ぐのである。
そして、その場所の材料の状態に応じた、
それぞれの金属が形成されるのを見るであろう。
そのような生成に適した土地は少ない。
ではどうして、地上で増殖が起ころうか。
また、賢い人なら誰もが理解する。
水が寒さによって凝固したものが氷だということを。
固まる前の水は、
広い所にも狭い所にもあった。
たとえば荷車の車輪の轍にある水は、
冷え始めると細い筋となった。
だが溝にある水は、より大きな筋を作った。
その中で凍った水が豊富だったからである。
このことから、氷がさらに多くの氷を増殖させると
言うのは、よい判断ではないだろう。
したがって、金属の鉱脈に大小があっても、
それは、元より多く増えたことの証拠にはならない。
注 Brasse は早期英語では銅または銅合金を指しうる。ここでは金属列挙と次頁以下の対応により銅と訳した。原文第5行は Or which と読め、文法の不整合を訳で補った。
さらに、疑いなく信じてよい。
増殖が実現されるのであれば、
すべての構成材料は単純な状態へと向かい、
その組成が解かれねばならない。毎年、目にするように。
植物の増殖のために、自然は、
種の中で結び合っていたものが分かれるように定めた。
そうでなければ、その中に潜在している茎や葉が、
目に見える現実のものとして現れることはできない。
だが金属は、腐食性の水によって溶かされても、
その組成の全体を保持している。
したがって、氷は金属よりも単純なものに近く、
しかも増やすことができないのであるから、
前に言ったとおり、確かに信じてよい。
一オンスの銀から、より多くの銀は得られない。
また、増殖するものとして見いだされるのは、
植物的、または感覚を持つ種類のものだけである。
ところが金属は、ただ元素的なものであり、
種もなく、生命の感覚もない。
それゆえ結論として、すべての増金術師はやめねばならない。
金属は、いったん金属になれば、それ以上増えないからだ。
それでも、ある金属が、別の種類の
金属へと変成されることは見いだされる。
それらのうちにある質料が近縁だからである。
鉄と銅の間で知られているように。
だが、真の銀や金を作る手段は、
哲学者たちの薬以外にない。
それゆえ、増金術師たちが使うような嘘を、
学識ある者たちは非難し、完全に退ける。
そのような増殖の技は、非難されねばならない。
だが聖なる錬金術は、当然、愛されるべきである。
それは、本当に純良な金銀を作る、
貴重な薬を扱うからだ。
その証拠となる実例が、
カタルーニャのある町にある。
注 vertually と actually は潜在的な力と現実化を対置する。腐食性の水は当時の酸性溶液等を指すが、組成を現代の化学物質に断定しない。
人々の考えでは、それは騎士ライムンドゥス・ルルスが、
真実を明かすため、七つの像として作ったものである。
三つは良質の銀で、麗しい貴婦人の形をしており、
残る四つはそれぞれ金で、騎士を表していた。
その衣服の縁には文字が現れ、
ここに示すような意味を表している。
一、「私は古い蹄鉄の鉄だった」と一つの像は言った。
「いま私は、あなたの望むとおりの良質な銀である。」
二、別の像は言った。「私は鉱山から取り出した鉄だった。
だがいま私は、純粋で完全、上質な金である。」
三、「かつて私は、古い赤い鍋の銅だった。
いまは良質な銀である」と、三人目の女性が言った。
四、第四の像は言った。「私は汚れた場所で育った銅だった。
いまは神の恩寵によって作られた、完全な金である。」
五、第五の像は言った。「私はすみずみまで純良な、完全な銀だった。
いま私は、元より優れた、卓越した完全な金である。」
六、「私は二百年近く、鉛の管であった。
いまは、誰の目にも良質な銀として映る。」
七、第七の像は言った。「鉛である私は、秘術によって金にされた。
だが本当は、仲間たちのほうが、私より金に近いのである。」
この学知は、偽りなく、アルキムスと呼ばれた
一人の王から、その名を受けている。
最も高貴な心を持った、栄光ある君主であり、
その高貴な徳が、彼がこの術を見いだす助けとなった。
彼は自然を探究した。高貴な学者であった。
強奪を捨て、その後、この作業を求めて見いだした。
ヘルメス王もまた、同じことをした。
卓越した名声を持つ学者であった。
彼の『四部書』は、占星術、
医学、この錬金術、
そして自然魔術を扱った。
自然において他のすべてにまさる、四つの学知として。
そしてその中で、事物をありのままに
真に知る者は幸いである、と述べた。
注 ルルスの像、アルキムス王の語源説、ヘルメスの著作帰属は、原文が語る伝承であり、史実や現代の語源説として確認したものではない。像の性別と番号の記述は原文のまま保持した。原刊正誤表は第21頁第4行を like a、第5行を did、第25行を was a と訂正する。原文欄は本文印字を保持し、日本語訳は文意に従った。
また、適切に確かめる者は幸いである。
それが知識の根でもあり、屋根でもあるからだ。
このことをほとんど知らない多くの人が、
単なる思い込みによって欺かれる。
古い諺にいう。
一ブッシェルの思い込みにも、一握りの知識は見いだされない。
適切な検証と、分別ある試みによって、
賢い人々は毎日、新しいことを学べる。
知識によって、人は自分自身とあらゆるものを知る。
知識がなければ、人は獣にすぎず、それより悪い。
だが人は誰でも、自分がほとんど知らない
学知には、ほとんど好意を抱かない。
わずかな知識は、人を高慢で粗暴にするが、
十分な知識は、人をきわめて温和にする。
今日の貴人たちは、概して、
知識を欲する者たちを蔑んでいる。
だが古い著者たちが言うとおり、
古代の高貴な王たちは、次のように定めた。
七つの学知を学んで修めるのは、
高貴な人だけであるべきだと。
そして少なくとも、その者は、
自由に勉学できるほど、自由な身であるべきだと。
それゆえ古代の賢者たちは、それらを、
七つの自由な学知と呼んだのである。
それらを完全によく学ぼうとする者は、
まったき自由のうちに暮らさねばならないからだ。
人間の法律だけを学ぼうとする者でさえ、
世俗の仕事から身を引かねばならない。
いくつもの学知を修めようとする者なら、
なおさら世を捨てねばならない。
そのため、知識ある人々がなぜ軽蔑されるのかを、
人はよく見て取ることができる。
それでも、知識を増し広める者の
高貴な記憶は、決して消えないであろう。
注 seven Sciences liberall は自由七科。本文では個々の科目名を列挙しないため、訳文に補わない。Cunninge は熟練した知識・学識の古義で、現代英語の狡猾さの意味ではない。原刊正誤表は第22頁第19行の can を scan と訂正する。
学知と正義と恩寵を愛する者は、
多くの場所で脇へ押しやられる。
だが、欺きによって宮廷に
利益や贈り物を持ち込む者こそ、その時の寵児となる。
それゆえ、この学とほかの多くの恵みは
失われ、汝らすべてから去ってしまう。
さらに、私の言うことを覚えておけ。
罪は、自らの終わりの日をしきりに呼び求めている。
貪欲と学知とは、本性からして相容れない。
利得を欲する者は、この学を見いだせない。
だが、学そのものの本性のために学を愛する者は、
その祝福された心によって、両方を得ることができる。
この章について、これ以上教える必要はない。
いかなる者がこれに到達できるかは、ここに明らかだからだ。
すなわち、心に留めるべきは、ただ誠実な者、
志を変えずに追究しつづける者、
野心に駆られず、借財の必要もなく、
忍耐でき、成就を急がぬ者である。
そして、神に全幅の信頼を置き、
その願いのすべてを学知に定め、
これらとともに正しい生活を送り、
偽りを抑え、罪深い争いに手を貸さぬ者である。
そのような人々こそ、この学を得るにふさわしい。
次の章は、喜びと苦しみについてである。
第二章
注 章見出しは原刊本の表記をそのまま採用。
近ごろ、ノルマンディーで育ったある修道士が、
あらゆる身分の人々を欺いた。
だが、そうする以前、彼は空想のうちに、
この術をすっかり習得したと思い込んでいた。
そのことをあまりに喜んだため、
愚かになり、気がふれはじめたのである。
その喜びについては、たとえささやかなものであったにせよ、
一つの教訓として、私はこの物語を書く。
この修道士はフランスを歩き回り、
修道の誓いを捨てた者として、気ままに放浪していた。
やがてこの国へ来ると、
人々にこう思わせようとした。
自分は発見した処方集によって、
錬金術の根本を会得したのだ、と。
その確信から、心のすべてを傾けて、
何か高貴な事業を後世に残そうとした。
それによって自分の名を不滅のものとし、
その大きな名声を永遠に称賛させようというのである。
そして、これから得る富を費やすには
どこから始めるべきかと、しばしば思いめぐらした。
いつも彼は考えた。「そうだ、こうすることはできる。
今の私の意志に賛同して、
この計画の実現を助けてくれる
信頼できる人を、どこで見つけられるだろう。
そうすればソールズベリーの平原に、
目にも輝かしい修道院を、
わずかな間に十五も建てよう。
一マイル進むごとに、一つの修道院を建てるのだ。」
そこでこの修道士は私を訪ねてきた。
人々が私を信頼できると評しているからだ、と彼は言い、
先に述べた考えを私に打ち明け、
その大きな秘密を守るよう頼んだ。
私は聖ヤコブの像の前で、
彼の名を決して明かさないと言った。
それでも、何の罪もなく、
あれほど愚かだった彼の願望について書くことはできる。
自分の大いなる学知を明かしたのち、
彼は、自分に欠けているものは何もないと言った。
ただ、心の安らぎのために、
王の御厚意を得るべく働きかける、よい仲立ちだけが必要だった。
注 Apostata はここでは修道の誓願・所属を捨てた者。faughted は「欠いていた」の意として訳した。
王の御位からの許可と、
中間に立つ領主たちの許可を得て、
前述の修道院のために土地を買いたいというのだった。
そのための費用は、すべてきちんと支払うつもりだった。
それでも彼は、どう買うか、誰から、どこで買うかについて、
大きな疑いと恐れを抱いていた。
この大事業の話を聞くと、
私は調べた。つまり、彼がどのような学識の持ち主で、
学校で学ぶことをどれほど知っているかを探ったのである。
その点では、彼はまったくの愚か者だった。
それでも私は我慢して黙っていた。
彼の無学な考えを、もっと知ろうとしたからである。
そこで私は言った。「こんなことを
王に申し上げるのは、愚かなことです。
証拠にもっともな根拠がなければ、
王は愚かな作り話だとお思いになるでしょう。」
修道士は、自分の望みをかなえる物を
火にかけているところだと言った。
その真実は四十日のうちに、
確かな試験によって私にも十分分かるという。
そこで私は、その場ではこれ以上何も言わず、
四十日待とうと言った。
四十日が過ぎ去ったとき、
修道士の術は完全に破綻した。
すると、すべての修道院も、彼のすべての構想も、
まったくの無に帰してしまった。
そして、来たとき同様、彼はひどく無知なまま去り、
心には悪意を満たして立ち去った。
というのも、その後まもなく、
多くの誠実な人々を欺き、
やがてフランスへ行ったからである。
見よ、何という痛ましい成り行きだろう。
十五もの信仰の修道院が、
このようにして崩れ去ってしまうとは。
彼が何を考えていたのかは、まことに不可解だった。
なぜ一心に修道院を
建てようとしたのか。それなら、なぜ自らは
従順に修道の規律の下で暮らそうとせず、
離脱者となって放浪し、
この祝福された学を見いだそうとしたのか。
だが、この書の前のほうで書いたとおり、
欺く者は誰も、この学を求めてはならない。
もう一つ、語るに値する例がある。
レイモンド・ルリーや修道士ベーコンと
同じほどのことができると信じていた男のことである。
そのため彼は、自分を「比類なき者」と名乗った。
彼はロンドンの町から遠くない
小さな町の教区司祭だった。
半ば医者のように見られていたが、
説教をする学識はほとんどなかった。
彼は、この術を必ず見いだせると思い込み、
橋を建てることによって、
自分の名を永く記憶させようとした。その橋は愚かな空想から、
テムズ川を楽に渡れるように架けるはずのものだった。
そこから人々全体の便宜が生まれ、
周辺の地方すべてを喜ばせるという。
しかし、たとえその工事を成し遂げても、
彼の望みは決して満たされないのだった。
そこで、その橋を壮観な眺めとするため、
高くそびえ立たせ、
金のように輝く、鍍金した小尖塔を付け、
人々が仰ぎ見る、目もあやなものにしようとした。
すると彼は、新たに思いついた。
もっと大きな名声が自分を追いかけるだろう、
もしその橋を、夜にも光るほど
明るくできるならば、と。
そして、その状態が途切れることなく続けば、
国じゅうが彼のことを語るだろう、と。
注 saunce peere はフランス語由来の「比類ない」。Leach は医者。
しかし、どうやってその事業を実現するか、
彼の心にはさまざまな疑いがよぎった。
火の明かりをともす灯火なら、
その愚かな願望をよくかなえるだろうと考えた。
そこで、そのために十分な数の
灯火を用意しようとした。
だが、それからひどく恐れはじめた。
自分が死んでしまったあと、
人々はその明かりの費用を賄うのを拒み、
地代収入を別の用途へ回すのではないか、と。
そこで彼は、全幅の信頼を置ける相手を
知っている者は幸いだと思った。
ついに、橋が夜に輝くよう、
紅玉の光で明かりを作り、
上にも下にも二重に照り映えさせて、
人々を驚かせようと考えた。
するとまた新たな考えが、彼の心を悩ませた。
どうすれば紅玉を見つけられるのか。
また、彼の計画のために励み、
世界じゅうを探し回って、
大量の紅玉を見つけ出してくれる、
賢く誠実な人々を、どこで見つけるのか。
このことであまりに思い悩んだため、
肥えた体は、ほとんど何も残らぬほど痩せ細った。
そして、この学を受け継ぐ者になると、
絶望せずに信じていたのに、
一年がすっかり過ぎ去ったときには、
術も財産も、ともに失われていた。
ガラス器を取り上げてみると、
金にも黄銅にもなる物はなかったからだ。
そこで彼は腹を立て、ほとんど狂乱した。
財産を使い果たしてしまったからである。
このように彼の楽しみはすべて終わった。
彼について、これ以上何を述べる必要があろう。
注 Carbuncle Stones は暗所で自ら光ると考えられた紅い宝石。wood は「狂った」。

ただ、俗人も学び舎の学識ある者も、
この二人の愚者の迷妄を知ることができるよう、
どこへ行こうとも、この例を覚えておけ。
まことに、同じような心の持ち主は、なお多いのだから。
彼らは、どんな結論でも愚かに信じる。
それがどれほど偽りのまやかしであっても。
本に書かれているのを見つけさえすれば、
真実だと思う。それほど心が無知なのである。
このような無知でせっかちな確信は、
貧困と無分別な浪費を生む。
この術を当てにすることから、愚かな喜びが生じる。
根拠のない希望は、愚者の楽園だからである。
正しく教えられた子らは、こう告白した。
「主よ、あなたなしには、すべては道を逸れることです。
あなたが私たちの学の始まりであるように、
あなたなしには、よい終わりもありえません。」
いと高き方よ、私は告白します。誰もこれらを理解できず、以前に学んでいても、あなたなしには何も知りません。
かくも大きな恩寵は、神であるあなたのもとに常にあるのですから。始められたとおりに完成させてください。あなたは終わりであり、始まりなのです。
注 祈る人物の巻物。原図は source_scan 50。OCR にない刻文を拡大画像から転記。Confiteor の冒頭 Con は巻物の折り返しで不鮮明なため角括弧で示した。
注 Perficere は刻文のまま。文脈上は完成を願う祈りとして訳した。
この術の喜びについて見てきたように、
今度は苦しみについても、幾分か聞くことになる。
この学を楽しみとする人々の
望みに反することであっても。
最初の苦しみは、心に思い返すことである。
探し求める者がいかに多く、見いだす者がいかに少ないかを。
しかも、この学を得られる者は誰もいない。
始める前に、それを教わっていなければ。
教えによって確実にこれを学べる者は、
十分な学識があり、きわめて明晰な知性を備えている。
自然の働きの秘密を知ろうとする者は、
多くの相違について確かに知らねばならない。
それでも、教えが必ず役立つとは限らず、
ときには失敗することもある。
すでに死んで去った者たちも、みな
われらの石を見いだす前に失敗したように。
ある時か別の時、最初か最後か、
正しい実践をやり通すまでは、誰もが失敗した。
熱と冷気の扱いで、性急で大胆な師匠ほど
早々と失敗する者はいない。
自分の目的を成し遂げると過信する者ほど、
われらの作業をすぐに台無しにする者はいないからだ。
だが、真にその仕事を成し遂げる者は、
先を見通し、つねに慎み恐れつつ作業しなければならない。
あらゆる苦しみのうち、最もつらい苦しみは、
たった一度の失敗のために、すべてを初めからやり直すことだからだ。
誰もが大きな苦しみを受ける。
この術を初めて望み、求めるときには。
新たに聞く知らせによって、
しばしばその望みを変えるだろう。
相談相手には何度も欺かれるだろう。
その頃には、巧妙なたくらみを恐れていないからである。
そして、新しい意見に出会うたびに、
苦しみながら心をあちらこちらへ変えるだろう。
そのように長いあいだ空想にとどまり、
そこから抜け出すのも大きな危険を伴う。
それゆえ、この術をいかに喜び求めようとも、
多くの苦い痛みを味わわねばならないのである。
苦しみについて、なおいっそう示さねばならない。
汝らの望みに反し、ひどくつらいことであっても。
賢い者がみな認めるように、まことの師が
どこにいるかを知ることは、大きな苦しみである。
そして、見つけたとしても、その師の
真実の愛情を確信することは苦しい。
というのも、われらのすばらしい石の作り方を、
誰も一人にしか教えてはならないからである。
たとえ教えてくれる者を見つけても、
なお多くの困難と苦しみに遭うことがある。
汝の心が徳の道に定まっていれば、
悪魔は汝を妨げようと努めるからだ。
悪魔は三つの方法で妨げる機会をうかがう。
性急さと、絶望と、欺きによって。
汝がこの恩寵を得たならば
行うことのできる善を、恐れているからである。
前述の第一の危険は、性急さであり、
それが最も大きな破壊と浪費を生む。
この術について書く著者はみな、
性急さは悪魔の側に属すると言う。
哲学者たちの宴について書かれた小さな書は、
「あらゆる性急さは悪魔の側から来る」と述べる。
それゆえ、最も早く成功するのは、
大いに余裕をもって賢く進む人である。
試してみれば、まことに分かるだろう。
最も急ぐ者こそ、実際には遅くなることが。
その性急さによって、作業を遅らせてしまうからだ。
ときには一か月、ときには丸一年も。
そして、この術においては、つねにそうである。
せっかちな者が災難を免れることは決してない。
性急さについては、これも確かに言える。
何一つ清らかで純粋なままにはしておかない。
悪魔にも、性急さによって汝を欺く以上に
巧妙なたくらみはないのである。
注 原刊本の正誤表は印刷頁30・22行の parts を parte に訂正。本文欄には印刷の読みを残し、訳は訂正に従う。
それゆえ悪魔は、たびたび汝の心を襲い、
性急さによって過ちを犯させようとする。
つねに性急さに抗することのできる者は、
町でも国でも恵みを見いだすだろう。
「つねに」と言うのは、ほんの一瞬で、
性急さが汝の工夫のすべてを壊しかねないからだ。
それゆえ、あらゆる性急さを避けて恐れよ。
あたかもそれが悪魔であるかのように。
まことに、私の知恵だけでは、
性急さを十分に非難し尽くすことはできない。
多くの人が大きな苦悩に投げ込まれた。
性急さに用心しようとせず、
ただひたすら結果を見ることを求めたためである。
それは悪魔の誘惑なのである。
今は性急さについて、これ以上述べない。
ただ、忍耐強い者に、つねに祝福があるように。
性急さで悪魔が成果を得られないとき、
今度は絶望によって汝の心を襲う。
そして、しばしばこの言葉を心に突きつける。
「汝よりはるかに賢い者たちのうち、
いかに多くが探し求め、いかに少なくしか見いだせないことか。
それなら汝に、何の確かな見込みがあるのか。」
さらに汝に疑わせようとする。
師はそれを本当に持っていたのか、と。
また、師が一部分だけを教え、
すべては教えなかったのではないか、と。
そんな不確かさを投げかけ、
汝の心を痛ましい疑いで満たそうとする。
こうして、色あせた希望と多くの絶望によって、
汝の苦しみを新たにするのである。
この攻撃に対する防御は、
ただ信頼という徳だけである。
理性は汝をそこへ導くはずだ。
恐れる理由などないのだと。
師であり教え手である人に見いだされる、
徳にかなった振る舞いを、
賢明にも心に呼び戻すならば、
汝には恐れる必要がなくなるだろう。
あらゆる事情を考えてみよ。
師は愛から教えたのか、それとも恐れからか。
あるいは、最初の申し出が師のほうからだったのか。
そのような人を信頼するのは難しい。
というのも、自ら申し出る者は、
汝が成功のためにその人を必要とする以上に、汝を必要としているからだ。
このようにして、作業を始める前に、
汝は十分に確信を得られる。
そのような確信を真に持てば、
絶望から安全に守られるだろう。
だが、私の師のような師を
見つけることのできた者には、疑う必要はない。
師はまことに高潔で、十分に称賛に値する人だった。
正義を愛し、不正を憎んだ。
ほかの者が大声で語るときも、師は深く沈黙を守り、
これについて何かを知っていると知られるのを嫌った。
人々が薔薇の色について論じているときも、
口を開かず、堅く秘していた。
私は長いあいだ、幾日も師に働きかけた。
だが師は容易には応じず、厳しい試験によって、
私の気質を探り、知ろうとし、
さまざまな試みで私の人となりを確かめた。
そして、まだ何も目にしていない私の大きな希望のうちに、
偽りのない誠実さを見いだしたとき、
ついに、神の恩寵によって、私は
師の愛を勝ち得た。その愛は私に向けられた。
それゆえ、まもなくあるとき、師は、
これ以上私を待たせるべきではないと思った。
私の数々の手紙、重い心と沈んだ表情が、
師の憐れみを動かし、その心を深く貫いたのである。
注 solleyn はここでは容易に応じない、慎重な態度を表す。
注 原刊本の正誤表は印刷頁32・7行の Motion を the Motion に訂正。原文欄は本文印刷の読みを保持。
そこで師は、もはや筆をとどめず、
次のように返事を書いた。
「深く信頼する、親愛なるわが兄弟よ、
私はあなたに答えねばならない。ほかにはありえない。
あなたがこの恩寵を受ける時が来た。
それはあなたの大きな慰めとなり、安らぎとなるだろう。
あなたの誠実な願いと大きな信頼、
知恵によって証明された徳、
愛と真実と長い忍耐、
揺るぎない心が、あなたの望みを実現に近づける。
だから、近いうちに
互いに語り合い、顔と顔を合わせる必要がある。
私が書いてしまえば、誓った忠義を破ることになる。
したがって、必ず口から口へ伝えねばならない。
あなたが来たら、この術について
私の継承者とし、私はこの国を去るつもりだ。
学識ある者たちさえ望みを捨てる、この大きな秘密について、
あなたは私の兄弟となり、同時に継承者となる。
ゆえに、この栄誉を与える神に感謝しなさい。
これは冠を戴くよりもすばらしいことなのだから。
われらの主は、御自分をたたえるためにこの術を持つ者を、
聖人たちに次ぐ者としてお召しになる。
今はこれ以上、あなたに書くことはない。
急いで私に会いに来るよう、馬で旅する支度をしなさい。」
この手紙を受け取ると、私はひどく急いで、
百マイル以上も馬を走らせ、師のもとへ向かった。
そしてそこで、四十日間、休まずに、
錬金術の秘密をすべて学んだ。
もっとも私はすでに哲学を、
この国のほかの多くの者と同じほどには理解していた。
それでも、自分たちの学を求める愚者たちは、
四十日でそれが作り上げられると思う。
四十日間の作業と、四十日間の学習のあいだには、
今や分かるとおり、大きな相違があるのである。
すると暗い疑問も、私には明らかになり、
そこで私は、自然の結びつきが明かされるのを見いだした。
驚異の原因が、私にはあまりにも美しく、
理にかなって見えたので、絶望などできなかった。
汝の師と汝とが、あらゆる点で
私のよき師と私に似ているならば、疑うことはない。
第三の障害を、われらは欺きと呼ぶ。
私にとっては、ほかのどれよりも悪いものだ。
それは、汝の作業に付き添うはずの
使用人から来る。一部の者は、大いに欺く術を知っている。
ある者は怠慢で、ある者は火のそばで眠り、
ある者は悪意を持って、汝の望みを妨げる。
ある者は愚かで、ある者は大胆すぎ、
ある者は教えられた教義の秘密を守らない。
ある者は手や袖が汚れており、
ある者は異物を混ぜ込み、大きな害を生む。
ある者は酔っぱらい、ある者はしきりにふざける。
害を免れたいなら、こうした者たちに用心せよ。
忠実な者は愚かで、賢い者は不実である。
一方は私をひどく傷つけ、他方もまた同じだ。
私が作業を首尾よく成し遂げたとき、
そうした者がそれを盗み去り、何も残さなかったからである。
そこで私は、また初めからやり直すのに
必要となる費用と時間と苦しみを思い、
重い心で、「さらば、さようなら」と言った。
「もう錬金術には手を出すまい」と。
だが、その時どのように事が起きたかは、
道理に照らして、信じる者はほとんどいないだろう。
それでも十人が、みな真実の証人である。
いかにしてその不幸が私に降りかかったかを。
彼らが語れるように、それは人間だけでは起こせず、
悪魔の助けなしにはありえないことだった。
私はまた、生命のエリクシルも作ったが、
ある商人の妻が、それを私から奪ってしまった。
私はまた、第五精髄も、
ほかの多くの秘薬とともに作った。
それらを罪深い人々が私から奪い、
私は大きな苦しみと、さらに大きな悲しみを味わった。
ゆえに、この作業については、ただこう言うほかない。
あらゆる喜びには、それぞれの苦しみが混じっている、と。
苦しみについては、なお少し述べることが残っている。
それは心に留めておくにふさわしい。
ある祝福された人に降りかかったことであり、
その真相を私は語ることができる。
この善良な人は、トマス・ドールトンといった。
昼も夜も神に仕えていた。
赤い薬を豊富に持っており、
彼以上に持っていたイングランド人は、かつてなかったと思う。
エドワード王にじかに仕える侍従で、
トマス・ハーバートという者が、
ドールトンの意に反して、
グロスターシャーのある修道院から彼を連れ出し、
王の御前へ連れてきた。
そのことには、デルイスがいくらか通じていた。
ドールトンは以前、デルイスの書記だったからである。
デルイスは、ドールトンの仕事を明かした。
デルイスは王の信任を受ける侍従で、
たびたびエドワード王の御前に出ていた。
デルイスは、ほんの短い間に、
ドールトンが自分のために千ポンド分の金を作ったと報告した。
ロイヤル金貨と同じほど良質な金を、
半日足らずで作ったのだ、と。
このことについて、デルイスは聖書にかけて誓った。
すると、ドールトンはデルイスに目を向け、
こう言った。「あなたは誓いを破りました。
それゆえ、心を痛めるべき理由がおありです。」
相手は言った。「今私が述べたことについては、何一つ誓いを破ってはいない。
ユダが売った、われらの主を証人に立てよう。」
注 王名は当頁の最初の出現では Ehward と印刷される。後出の Edward に照らしてエドワードと訳す。
注 Deluis は原綴りを保持し、訳文では暫定的にデルイスと音写。
「だが、かつてお前に誓ったことはある」とデルイスは言った。
「私がお前のことを明かさない、と。
その誓いなら、破ってもよいと十分に理解している。
王と、その全領土の利益のためなのだから。」
するとドールトンは、まことに静かに言った。
「その答えでは、偽誓は取り消せません。
御前で自らの不実を認めたあなたを、
王はどうして信頼なさるでしょうか。」
そしてドールトンは、王陛下に申し上げた。
「陛下、私はこの薬のために、
多くの場所で、たびたびひどく苦しめられてまいりました。
今度こそ、もう害を受けまいと思いました。
そのため、私が連れ出されたあの修道院で、
この薬を、汚れた共同の排水路に投げ捨てたのです。
潮が満ち引きする川へ流れ込む排水路です。
今や、それほどの財宝が失われました。
二万人の一隊を、聖地まで
送り出す費用を賄えたほどの財宝が。
私は、われらの祝福された主のために、長くそれを保ってきました。
その旅を行う王を、お助けするためでした。」
そこで王は言った。「ああ、ドールトンよ、
そのような物を失わせたとは、ひどいことをしたものだ。」
王はドールトンに、もう一度作らせようとしたが、
ドールトンは、確実にできるわけではないと言った。
「では、どうやって手に入れたのだ」と王は尋ねた。
彼は、本当のところ、リッチフィールドのある律修司祭からだと答えた。
ドールトンは、その司祭の仕事を忠実に見守り、
司祭が死ぬまで、長年それを続けたのである。
そして、そのあいだの奉仕への報いとして、
司祭は、それに関するものをすべて彼に与えたという。
王はドールトンに四マルクを与え、
その場で、望むところへ行く自由を認めた。
そのとき王は、それまでドールトンを知らなかったことを、
心から残念に思った。
注 lake はここでは排水の流路の意。Channon/Cannon は canon(教会の参事会員・律修司祭)で、兵器の大砲ではない。
そして、偽りなく、いつも起こることだが、
暴虐な者たちは、王のすぐ近くにいる。
ハーバートはドールトンを待ち伏せし、
欺いてステップニーへ連れていった。
ハーバートの使用人たちは、
その日王がドールトンに与えた金を奪った。
それからハーバートは、ドールトンを遠くへ、
そこからグロスター城へ連れ去った。
ドールトンはそこで長いあいだ囚人となり、
ハーバートは彼に甚だしい不正を働いた。
さらにそこから連れ去って厳重に投獄し、
試すために、ほぼ四年が過ぎるまで留め置いた。
そののち、処刑するために彼を引き出した。
ドールトンは、へりくだって死を受け入れ、
こう言った。「主イエスよ、あなたに祝福がありますように。
私は、あまりに長くあなたから離れていたと思います。
あなたは重い責任とともに、一つの学を私に与えてくださいました。
私はそれを、乱用することなく守ってきました。
私が去ったあと継承者となるにふさわしい者は、
まだ一人も見つけられませんでした。
ゆえに、愛しい主よ、今は喜んで、
この賜物を、再びあなたへお返しします。」
それからドールトンは敬虔に祈り、なおも
微笑みを浮かべて、「さあ、望むとおりになさい」と言った。
彼がこれほど喜んで死のうとするのを見て、
ハーバートの目から涙が流れた。
牢獄も死も、この術を手に入れるためには
何の役にも立たず、その策略が失敗したからである。
そこでハーバートは、「もう放してやれ」と言った。
「こいつは誰の害にも、誰の益にもなるまい。」
しかし、ドールトンが処刑台から立ち上がるとき、
彼はひどく悲しげに前を見つめた。
そして、重く沈んだ顔で立ち去った。
彼は、もう一年生きようとは望んでいなかった。
注 原刊本の正誤表は印刷頁37・12行の Troy を trie(試す)に訂正。原文欄は本文印刷の Troy を保持し、訳文は正誤表に従った。
これが、私の語る彼の苦しみだった。
地獄を恐れぬ人々によってもたらされた苦しみである。
ハーバートは、その後まもなく自分の床で死に、
デルイスはテュークスベリーで首を失った。
このように、分かるとおり、大きな苦しみが
あらゆる段階で、この術につきまとっている。
ここで王の意図は、すべて挫かれた。
ハーバートが傲慢で暴虐であり、
あれほど高貴な人を、高ぶって抑圧し、
重罪人のように引き回したからである。
善意と忍耐と恩寵によっていれば、
そこから実に大きな慰めが生まれたかもしれない。
汝らにも分かるとおり、王にとっても、
この国の民衆の暮らしを楽にするうえでも。
だが、恩寵が降りないことを不思議に思うな。
この国じゅうを、罪が支配しているからである。
見よ、ここには、すぐ手の届く恩寵があった。
この国の税と賦課をなくすことのできる恩寵が。
それによって、騎士階級、聖職者階級、民衆のあいだに、
大きな愛と恵みが生まれただろう。
ここに見てとれるとおり、邪悪な暴力によって
英知の徳を手に入れることはできない。
悪徳と徳とは、相反するものだからである。
それゆえ、悪徳に染まる者は、それに達することができない。
もし邪悪な人々がこの学を習得できたなら、
それによって恐るべき暴力を振るうだろう。
そして野心のために、ますます
以前よりも性質の悪い者となるだろう。
喜びと苦しみについてのこの章は、これで終わる。
次の章は、われらの石の材料を示す。
第三章
トンシルは、その望みをかなえようと、
六十年余りも火の作業に励んだ者だった。
ブライアンもそうで、西部のホルトンも同様だった。
彼らはいつも忙しく、最上の者たちに劣らず実験できた。
それでも、この学はついに見いだせなかった。
材料も根本も知らなかったからである。
ただ闇雲に進み、いつまでも探しつづけ、
人生と財産を、むなしく費やした。
実行した処方の数々のあいだで、
大きな損失と費用と苦悩を買い込んだのである。
そこでトンシルは、私に深く嘆いた。
涙を流して、自分の心は衰え果てたと言った。
元気だった日々のすべてを、
偽りの処方と、愚かな試みに費やしてしまったからだ。
薬草、樹脂、根、草のうちから、
多くの種類を彼は試していた。
たとえばキンポウゲ、クサノオウ、メゼレオン、
クマツヅラ、ルナリア、マルタゴン。
アンチモン、砒素、蜂蜜、蝋、葡萄酒で、
毛髪、卵、糞便、尿で、
生石灰、サンディヴァー、礬類で、
マーカサイト、ツチア、あらゆる鉱物で、
アマルガム、白色化剤、黄変処理で試みたが、
彼の操作はすべて無に帰した。
神の定めた比率に余計な量を上乗せするとき、
自分がいかに狂奔しているか、考えなかったからである。
これらすべてのあと、彼は、人間の血以上に
作業に適したものはないと思った。
私が、血は強い火の中では損なわれて煙となり、
完全に焼失すると説明するまでは。
注 植物名は原文の歴史的名称で、現代種への断定的同定を避けたものがある。Sandifer はガラス製造時に生じる塩性の浮滓、Tutits は歴史的な亜鉛系物質名。
すると彼は言った。「キリストの愛にかけて教えてください。
われらの石の実体は、何からできるのですか。」
私は言った。「トンシルよ、それを知って
あなたに何の役に立つのですか。老いそのもののために、
手足も衰えているのですから、その企てをやめて、
数珠を大切にしなさい。もう祈るべき時です。
たとえわれらの石の材料を知ったとしても、
作り終える前に、あなたの日々は尽きてしまうでしょう。」
彼は言った。「そのことは構いません、よき師よ。
これほど長く求めてきた石の
まことの材料を、誤りなく知ることができれば、
今の私には、それで十分な慰めになります。」
私は言った。「トンシルよ、あなたが正しい知らせを
得たいと望んでいるのは、些細なことではありません。
多くの著者がこの難問について書いていますが、
誰一人として明白に示してはいません。
というのも、この術を書く著者たちは、
デモクリトスが証言するように、神に願ったからです。
この術の書物を書くように教えられた者たちの魂を、
苦痛なく、この世からお迎えくださるように、と。
そのような者たちは、みな常に強く恐れていました。
この学について、あまりに多くを書いてしまうことを。
一人一人が、一点か二点だけを教えました。
それによって仲間たちには、
自分たちの兄弟であることが確かに分かりました。
彼らは互いを理解していたからです。
また、万人に教えるために書いたのではなく、
秘密の言葉によって、自らを示すために書きました。
それゆえ、一冊の書を読むだけで頼りにせず、
多くの著者の著作を調べなさい。
大いなる学者アルノルドは、『一冊の書が、別の書を開く』と言います。
アナクサゴラスも、自分の著作について同じことを言いました。
多くの書を調べるのを怠る者は、
実践に熟達することが決してありません。
注 Liber librum apperit の apperit は原綴りのまま。意味は「書が書を明らかにする」。Beades は祈りに用いる数珠。
ですが、トンシルよ、慈悲のために、私は惜しみません。
これまでなされたことのない、明白な開示を。
あなたを慰める答えという形でならば。
あなたが賢く問いを立てられるならばです。」
彼は言った。「よき師よ、それでは正しく教えてください。
材料は、太陽の金なのですか、水銀なのですか。
それとも太陽の金か月の銀なのですか。
あるいは三つすべてを取るべきですか。
金だけか、水銀だけか、
またはそれらに硫黄を加えて、われらの石の材料とすべきですか。
それとも、塩化アンモニウムを取るべきですか。
あるいは鉱物性の中間物から、われらの石を作るのですか。」
私は言った。「トンシルよ、ずいぶん多くの問いですね。
賢く、たいへん巧みに思い起こされたものです。
しかし、まだ一般的なことしか名指していません。
というのも、これらすべての物から、幾らかずつ取らねばならないからです。
この術を営むには、ある時にはこれらから、別の時にはほかの物から、
一部分を取らねばなりません。
われらの石を調えるのに、多くの物が助けとなります。
しかし材料は二つであり、それでもわれらの石は一つです。
その二つのあいだには、
母と子のあいだにあるような違いがあります。
また、そのあいだには別の違いも見つかるでしょう。
男性と女性のあいだに見られるような違いです。
賢く理解できるなら、この二種類で、
白の作業に必要な働きはすべて果たせます。
その一方の種類は、石であることが分かるでしょう。
石が本性によってそうするように、火に耐えるからです。
しかし、触れても、見ても、石ではありません。
微細な土であり、褐色で、赤みがかり、輝きはありません。
それを分離し、本来の姿にまで至らせるとき、
われらはそれを、われらの根本たるリサージと呼びます。
初めは褐色で赤みがあり、のちには幾分白くなり、
そのとき、それはわれらの選ばれたマーカサイトと呼ばれます。
注 Sol と Lune はそれぞれ太陽/金、月/銀の錬金術的名称。Litharge(リサージ)と Markasite は本書独自の秘称としても用いられるため、現代化合物へ一義的に同定しない。
その一オンスは、五十ポンドにもまさります。
キリスト教世界じゅう、どこにも売ってはいません。
持ちたい者は、やむをえず
誰かに作らせるか、自分で苦労することになります。
けれども、その仕事には一つ、大きな恵みがあります。
一度うまく作れば、二度と作る必要がないのです。
古の父たちは、それを値打ちのない物と呼びました。
商品としては、何の値打ちもないからです。
それを見つけても、誰も持ち去りはしません。
一オンスの粘土を持ち去らないのと、同じことです。
人々は、それに高い値打ちがあると信じようとしません。
それゆえ、賢い者でなければ、それを知りません。
ここに私は、大きな秘密の驚異を明かしました。
地中に眠る者たちが、かつて書いたことのない驚異です。
トンシルよ、これとともに、もう一つの石を持たねばなりません。
さもなくば、最も重要な材料が欠けます。
それは輝かしく、美しく、明るい石であり、
手で触れても石、目で見ても石です。
澄み切った輝きを放つ石で、
驚くべき透明さを備えています。
一オンスの適当な値段は、
二十シリング、あるいはその近くです。
名はマグネティアといい、知る人はわずかです。
高い場所にも、低い場所にも見つかります。
プラトンはその性質を知り、その名で呼びました。
そしてチョーサーは、『律修司祭の従者の話』で、
ティタノスも同じものだと語り、こう述べます。
それは『未知のものを、さらに未知のものによって』ということにほかならない、と。
つまり、これは何であろう、
未知のものを、もっと未知の名で呼んだにすぎないではないか、というのです。
それでもトンシルよ、今や私は正しく教えましょう。
マグネティアが、われらの言葉で何を意味するかを。
マゴスはギリシア語で、ラテン語ならミラビレ、すなわち驚異です。
アエスは貨幣、グノスは学知、そしてアーは確かに神です。
注 末行のギリシア文字は拡大画像では γνος と読めるが、字形の確実性には留保がある。Magnetia の語を分解する著者の説明であり、現代語源学上の説明ではない。
つまり、それはこのような物です。
そのうちに、貨幣に関する驚くべき神的な学知があるのです。
ここで今、マグネティアとは何か、知ることができます。
『貨幣に属する物。そのうちに学知と、神的で驚異的な事柄とが隠れている。』
トンシルよ、エリクシルを作るならば、
この二つの石を材料として取らねばなりません。
初めの段階の材料はそれ以上なくても、
前に言ったとおり、多くの物が助けとなります。
この秘密は今日まで、
これほど正しく明かされたことはありません。獲物として受け取りなさい。
これが私の罪責とならないよう、神に祈ります。
私の筆が、あまりに多くを語っているのではないかと、ひどく恐れるからです。
多くの人がこの言葉の意味を理解しなくとも、
鋭敏な学者たちには、手がかりが多すぎるのです。
多くの学者は知性があまりに明晰なので、
この根本を得れば、確実にそれをつかむでしょう。
しかし、われらの主は、徳ある心の持ち主だけが
それを見いだすように定めておられます。
だから、古の父たちが大きな理由をもって隠した、
われらの石の材料を、今ここで明かしたのです。
われらの白い石を作るためには、
ほかの材料は取らず、この二つだけを取りなさい。
ただし、塩化アンモニウムと本性的な硫黄は別であり、
それらは金属から見いだせます。
この二つは、望みをかなえるために残りますが、
残りは、火に来れば消え去ります。
硫黄は燃え、速やかに色を変えますが、
われらのリサージは、初めから終わりまで残ります。
成功を望んでエリクシルを作るならば、
金属や水銀から始めることはできません。
けれども、その組成全体を解体するなら、
それらの構成物の一部は、結末に役立ちます。
そして、その一方にも他方にも、役立つものはほかにありません。
ただマグネティアと、その兄弟リサージだけです。
注 ラテン語一句も訳に含めた。原文の代名詞が指す材料を現代化学的物質へ断定して置換していない。

ゲベル
すり潰せ、すり潰せ、すり潰せ。さらにすり潰せ。倦んではならない。
注 全頁図版の左端の人物名と巻物。原図は source_scan 66。
アルノルド
飲めるだけ飲ませよ。十二回に至るまで。
注 左から二人目の人物名と巻物。末語は拡大図では duodecies と読んだが、duodenies との字形上の区別には留保がある。いずれも十二回の意。
ラーシス
物体に液を含ませるたびに、そのつど乾燥させよ。
ヘルメス
この白い銅を焼き、煮よ。自ら芽を出すようになるまで。
注 右端の人物名と巻物。巻物の折り返しを追って転記。coquite は図版の表記を保持。
ロバート・ヴォーン彫版
第四章
さて、粗なる作業については、秘密ではあるが、
詳しく語ることを惜しまない。
汝に真実を教えることが、私の意図である。
神の掟を守りつつ、あえて語れる範囲において。
私は知らせを与え、道を導こう。
汝が獲物を見つけられるように。
古の学者たちが、作業の各部分を
順序を外して配置したことに、汝が注意するならば。
前に言ったように、この術の師たちは、
それぞれ一部分しか明かさなかった。
ゆえに、汝が望むようにそれぞれを理解したとしても、
正しく順序立て、結び合わせることはできない。
アルノルドは、その著作の中で示している。
われらの究極の秘密は、何を根本として
作業を行うべきかを知ること、
また、純粋で単一な諸本性をどう見いだすかを知ることだ、と。
「ムルティファリエ」で始まる彼の書の中で、
われらの基礎となる物質には二種類あると言う。
しかし、それをどう見いだすかは、秘しておいた。
その名は、直前の章に記したとおりである。
修道士ベーコンは、この点をもう少し明かした。
「すべての結合部を、近接する元素へと
分離せよ」と言ったときである。これをよく心に留めよ。
だが、賢くない博士たちは決してそうせず、
ほとんど気がふれた者のように、向こう見ずに進み、
分離すべき物質へ、さらに別の物質を加える。
こうして、一輪の花を生み出すつもりでいても、
ただ誤りを増やしているだけなのである。
そこでベーコンは筆を止め、同類の者たちもそうする。
あまりに多くを明かすことを、本当に恐れるためである。
注 原刊本の正誤表は印刷頁45・17行の this(In this Boke)を his に訂正。本文欄は this を保持し、訳文は「彼の書」とした。
注 multipharie は書の冒頭語を用いた指示として扱った。
覚えているならば、アヴィセンナは『門』に書いた。
完全を生み出すため、いかに進むべきかを。
純粋な真実どおり、正しく教えている。
「飲むために食べ、食べるために飲め」と。
それが飲むように食べさせ、食べるように飲ませ、
その合間には、十分に汗をかかせよ。
ラーシスは食養の規則を定め、いくらか先まで語った。
「ただし、物が急いで食べることのないように」と。
汝の材料に、あまり性急に食べさせず、
賢く、ゆっくり食物を消費させよ。
このことについて預言者は、驚くべき言及をした。
その言葉をこの意図に当てはめるならば。
「あなたは地を顧み、それを潤された。
それを豊かにすることを、幾重にも増し加えられた。
実り豊かな地を塩の地へ、
水なき地を水の湧き出る所へ。」
それが十分な食物と飲み物を得るためには、
人は目を閉じたいときにも、起きていなければならない。
これは眠らず見張る仕事であり、大きな苦労だからだ。
しかも、その食物は、たいへん高価な糧である。
それゆえ、貧しい人々はみな用心せよ、とアルノルドは言った。
この術は、世の有力者たちに属するのだから。
貧しい人々よ、みな彼の言葉を信じよ。
私も証人として、汝らはそのとおりだと悟ると言える。
彼は「忍耐強く、穏やかであれ」と言った。
性急な者は、決して終わりを見ないからだ。
汚染された材料を清めるのにかかる長い時間が、
多くの人の当てを外す。予想していないからである。
それゆえ、貧しい人々よ、このような驚異を求めて
無理に身を投じず、しかるべき時にやめよ。
わずか八分の一時間の過剰でも、
すべてを壊しかねない。それゆえ、第一の助けは、
「最初にそうなる時」と「最後にまだそうでない時」、
すなわち、われらの石の静かな煮えについて知ることである。
注 原刊本の正誤表は印刷頁46・17行の余分な I を削除し、33行 vultimum を ultimum に訂正。原文欄には印刷の読みを保持、訳文には訂正を反映。
注 ラテン語の引用もすべて訳した。末尾のラテン語は状態変化の境界を述べる学術的表現として訳し、現代的な温度値などは補っていない。
それ以上静かに煮えなくなるまでは、やめてはならない。
それでも、長く続けるからといって増大するとは限らない。
水は泡立って沸騰するが、
バターは、油も同じく、静かに煮えるべきだと覚えておけ。
こうして、長くゆっくりと消費されるのであり、
急いで泡立たせるのではない。
一つならぬ多くの危険と、
われらの石の限度を超えることを恐れるためである。
粗なる作業のうち、最も汚れる仕事は、
われらの鉱物性の中間物を清澄にすることである。
多くの中間物を賢く求めることなしには、
両端のものをうまく扱うことはできない。
この作業を確実に行うなら、
中間物は一つ一つ、純粋にしなければならない。
自然の法則によって、汚れたものと清いものは
大きく反目し、熟したものと生のものもそうするからである。
固定したものは固定したものと結びつき、
揮発するものは揮発するものへ、本性によって引かれる。
そして、より強い一致があるところへは、いつでも、
それまで別の場所にあった諸本性が引き寄せられる。
この粗なる作業は、本来汚れるものであり、
やってみれば分かるように、危険に満ちている。
どれほど知恵が役立とうとも、
人はときに失敗することを免れない。
俗人も学者も同じく、
粗なる作業に従事する者はみなそうである。
これについてアナクサゴラスは、正しくこう言った。
「最初から分別を備えた者は、誰も見いだされない。」
私はかつて、ある賢者が言うのを聞いた。
今日のカタルーニャでは、
マグネティアとすべての鉱物性中間物が、
求めさえすれば、販売用に製造されているという。
それによって、清潔な学者の手は、
このように汚れる作業で汚されずに済むのである。
注 Nemo primo fronte は原刊本の文法・綴りを保持。fleeting はここでは揮発して逃げ去る性質、stedfast は火に対して固定された性質を指す。
そして私の考えでは、汝の作業はずっと早く、
前もって大いに進められるはずである。
もし私ができるように、すべての物を自分で作るならば、
作業を始める前に、疲れてしまうかもしれないからだ。
すべてが外も内も純粋になるまでは、
哲学者の作業は始まらない。
最も美しいティンクトゥラを求めねばならないわれらは、
卑しく欠陥あるものを、すべて除かねばならない。
多種多様な中間物は、それぞれ固有の性質を持ち、
その段階に応じて、自分の役目を果たす。
それらによって、隠れたものが外へ取り出される。
助けとなるものもあれば、妨げとなるものもある。
われらの薬剤師たちは、それらを調える術を知らず、
われらにも、彼らに教えるつもりはまったくない。
その本当の理由は、ただ一つである。
彼らは、必要な苦労を引き受けて
習得するよりも、
偽物を作って仲間を欺こうとするからだ。
それが彼らの習わしであり、私の心は痛む。
大きく望みながら、そのためには少ししか働かないのだ。
真実の仕事を得たい者は、どんな労力も惜しめず、
財布も惜しめない。たとえ空にすることになろうとも。
そして粗なる作業で最も遅れるのは、
毎日その終わりを見たいと願う者である。
粗なる作業が、その付随するすべてを含めて
三年で終わるなら、それは祝福された幸運であろう。
というのも、一度これを確実に終えた者は、
二度と始め直す必要がないからだ。
自らの薬を賢く増殖できるならば。
これこそ、われらの企てすべての奥義だからである。
鉱物性の中間物を、名指す必要はない。
アルベルトが、そのすべてについて公然と書いているからだ。
鉱物の性質について、多くを書くこともできよう。
だが、この粗なる作業では、それらは手段にすぎない。
注 Tincture は金属を変成させる着色・染化原理としての錬金術語。Mynes は鉱物・鉱石を指す語として訳した。
この作業に見いだすのは、
「機械的技芸」と呼ばれる手仕事以外にはないからだ。
その中で作業を進めれば、
百通り以上もの過ちを犯すことがある。
それゆえ、古の著者たちの言うことを信じよ。
経験なしには、うまく行うことはできない。
すべての事情を考え、必要なものすべての
均一性を保つことを、喜びとして努めよ。
材質でも形でも、同じ種類の容器を使い、
混合に用心して、何も取り損なわぬようにせよ。
この一般的な警告のもとでも、
具体的には百もの過ちを犯しかねない。
それでも、この教えは十分である。
実践において賢くありうる者にとっては。
助手たちが利発で誠実なら、
その者たちは、汝の作業をやり直す必要を生まない。
だから、心配をすべて避けたいならば、
粗なる作業では、私の助言に従え。
そのために、家の奉公人を使ってはならない。
彼らはすぐに嫌になる。私はそう言える。
それゆえ、どのようにするにせよ、
賃金を払う者以外は使うな。
できるかぎり月給にはせず、
週給にもせず、日給にせよ。
そして、賃金は彼らが気に入り、
ほかで得られるよりもよいものにせよ。
また、彼らが賃金を請求しなくて済むよう、
支払いを速やかに、確実にせよ。
そうすれば彼らは、恩義と恐れを抱き、
自分たちの仕事に、十分気を配るようになる。
たった一日の怠慢のために、
辞めさせられることを恐れるからである。
家の奉公人は、そのようにはしない。
だから、この作業からは外しておけ。
もし私がこれを知り、そのとおりにしていたなら、
多くの悲しみを避けられただろう。
また、この作業では、あらゆる段階で、
妨げられることのない自由が必要であり、
中断できない連続した労働の苦痛を和らげるために、
さまざまな慰めも必要である。
さもなければ、労働の苦痛と憂鬱が、
汝の仕事を壊す原因となりかねない。
粗なる作業については、もうこれ以上示す必要はない。
残りは、古人たちが先に教えているからである。
そして、彼らが書き残さなかった必要なことは、
この書が疑いなく示している。
それゆえ、この小さな『作業順序書』は、
錬金術において、すべてを補完するものなのである。
次の章は、学識ある者にふさわしく、
精妙なる作業についての助言を示す。

相反するものが争わぬよう、石を合成せよ。
注 上方の天秤を扱う人物の巻物。absque は図版の略記を展開。原図は source_scan 73。
土を火から、精妙なものを粗大なものから分離せよ。
注 下方左側の作業者の巻物。
容器のそばにとどまり、色を観察せよ。
注 下方右側の作業者の巻物。
ロバート・ヴォーン彫版
第五章
貨幣の改鋳が行われたとき、ブライスという姓の者は、
ある人々を悲しませ、ある人々を喜ばせた。
そして多くの人々には、その変更が
新しく、不思議なことと思われたが、
ちょうどその頃、この学に関して、
偽りなく、驚くべきことが起こった。
この学の三人の師が、いずれも
レドンホールの近くで、一つの寝台に横たわったのである。
彼らは、完全な白と赤のエリクシルを持っていた。
そのような三人が一つの寝台で休むとは、驚きである。
しかも、それは十日のうちのことだった。
幾百万の人々の中にも、一人を見つけるのが難しいのに。
一人はロレーヌ公国で生まれたと聞く。
もう一人は、イングランドのほぼ中央で生まれた。
第三の者は、三つの州の境にある
十字架の下で生まれた。三人のうち最も若い者である。
学者たちは、彼の出生の星位から、
イングランド全土に栄誉をもたらすだろうと知った。
世界じゅうを歩き回っても、
このような三人の師を見つけられないかもしれない。
二人は去りゆくが、最も若い者はとどまり、
ある時、この国で多くの善を行うだろう。
しかし君主たちの罪が、彼がいつかもたらすはずの
恩恵を、妨げたり遅らせたりするだろう。
最年長の師は、彼について歌をうたい、
彼に深く恩を受けた者たちから、
多くの不正を受けるだろうと語った。
また、この師はほかにも多くのことを告げた。
その後、本当に起きたこともあれば、
これから起きることもある。
注 Nativity はここでは出生時の天体配置・出生図。冒頭の Brise は原文の姓を音写した。
「そのうちの一つは、確かにこうだ」と師は言った。
「苦難ののちには、この国のあらゆる地方に
大きな喜びが訪れるだろう。
善良な人々はみな、それを知ることになる。」
若い者は、それはいつかと尋ねた。
老いた師は答えた。「人々が、神の国、光の国において、
聖なる十字架が昼も夜も敬われるのを
見るようになるときだ。
それは、まさにふさわしい時になされうるが、
理由もなく長く遅らされている。
それが始まるとき、このことをよく覚えておけ。
この学は王へと近づくだろう。
さらに多くの恩寵も、確信してよい。
今われらが語るよりも、さらに多くの恩寵が。
王が古い振る舞いを改めるとき、
その王の上に、恩寵が降りるだろう。
王は、穏やかで甘い言葉をもって、
この学を、ごくひそかに探し求めるだろう。
そして、独居する者たちのあいだで、
確かな知らせを得るだろう。」
かつてカリド王も、このように多くの人々に求め、
ついにモリエンに出会った。
モリエンは、カリドが困っていたときに助け、
王の徳が、王を成功へ導いた。
さて、そのような話はやめにして、
精妙なる作業について述べよう。
この精妙なる作業を理解したい者には、
学識がどうしても必要である。
錬金術を得ようと望むなら、
第一哲学を知らなければならない。
そして、この作業を手にする者は、
まずよく理解せよ。
汝の材料が、準備操作によって、
注 末行の構文は次頁に続く。第一哲学は物質・本性・形相などの根本原理を扱う哲学を指す。
生成に十分適するように調えられたならば、
成功を望むかぎり、それらは次に分け離して、
四元素に分離しなければならない。
その方法を知らなければ、
ホルトラヌスのもとへ行って学べ。
彼は、葡萄酒の元素をどう分けるべきかという
教えについて、自分の書を書いた。
さらに、汝を助けるためには、
四つの性質の作用を知らねばならない。
熱、冷、湿、乾と呼ばれるものであり、
あらゆる物は、その四つから合成されている。
そして、この術において汝が最も望むのは、
火に耐える色を得ることなのだから、
それを見る前に、知っていなければならない。
一つ一つの色が、どう生じるのかを。
思いつきうるあらゆる色が、
白が作り上げられるまでに、ここに現れるからだ。
さらに汝は、それに加えて、
蝋や樹脂のように速やかに溶けることも望む。
そうでなければ、著者たちが述べるとおり、
金属の中心へ入り、貫くことができない。
こうして、その方法を知れるならば、豊かな色とともに、
固定され、しかも流れるものを望むのである。
このような三つの相反するものを、
一つの調和のうちに合わせるのは、大いなる秘密である。
それでも、心の明晰な者は、
この章で十分それを見いだせる。
まず、前述の根本的な性質について、
汝に短い教えを与えよう。
熱と冷は、能動的な性質であり、
湿と乾は、受動的な性質である。
後者はつねに、能動的なものの作用を受ける。
たとえば石が石灰になり、水が凍るように。
このことから、確信をもって判断してよい。
注 冒頭は前頁の末尾に続く。生成・四元素・能動/受動の説明は当時の自然哲学として訳した。
熱と冷による以外に、何ものも完全には作り上げられない。
それでも、受動的な性質にも幾らかの能動性がある。
職人たちの仕事に、日々見られるように。
パン焼き、醸造、その他すべての技芸において、
湿は働きを持ち、乾もまたそうである。
アリストテレスは『自然学』で、またほかの多くの者も、
「行為から思索が生じる」と言った。
彼らは、実践が思索とあらゆる学知の
根であり、始まりであると言った。
一つ一つの物の性質は、
その働きによって認識されるからである。
たとえば、尿の色によって、
熱と冷について確かに判断できるように。
前述の四つの根本的な性質によって、
われらは長い時間をかけて、色を求める。
白い色については、純粋な実体の中に
求めるのでなければ、確かな見込みは持てない。
汝は今、それについての重要な教えを学べる。
色が絶えずどう生じるかを知るならば。
色とは、透明な物体の最も外にあるものであり、
明確な境界を持つ透明な実体が、その質料である。
乾いた物質の中で熱が支配するなら、
そこからは確かに、つねに白い色が生じる。
焼いた骨の外観に見られるように、
また、石を石灰にするときに見られるように。
湿って透明な物質の中で冷が働くところでも、
その作用から白さが現れる。
氷や白霜に見られるように。
その原因は、すでに哲学の中に示されている。
ここで一般の哲学を書こうとしているのではなく、
例によって錬金術を教えようとしているのである。
一方によって他方が理解できるように。
母によって子が理解されるように。
注 透明体とその境界による色の説明は、著者が用いる歴史的な自然哲学を保持した。
湿って、しかも粗大な物質に熱が
働けば、そこから黒い色が生じる。
その例を私に求めるなら、
生木が火にくべられたときの様子を見よ。
厚く乾いた物質に冷が働くときにも、
黒い色が生じる。その理由はこうである。
すべての生あるものの敵である、収縮させる冷によって、
その物質は圧縮され、厚くされる。
厚みは光を欠くことによって暗さを生み、
こうして色が奪われると、目には黒く見える。
それゆえ、つねに覚えておけ。
透明な物質こそが、白さの質料だということを。
作用する原因は、さまざまでありうる。
あるときは熱、あるときは冷だからである。
しかし、誰もが見てとれるように、白と黒は、
最も両極端に相反する色である。
それゆえ、最後に白さを得て成功するには、
汝の作業は、黒から始めねばならない。
哲学者たちが書くところによれば、中間の色は、
黒と白のあいだの赤である。
それでも、私を確かに信じよ。
錬金術の作業では、赤が最後なのである。
また、彼らはその教えの中で、
ルースとシトリンという二つの色は、
白と赤のあいだの中間色であり、
緑と、鉛のように青白い色は、
赤と黒のあいだの中間色だと言う。
そして、最も鮮やかな色は、最も清浄な物質から生じる。
医師たちは尿について、白と黒のあいだに、
十九の色があると考えている。
その一つは、わずかに白い「スバルビドゥス」であり、
オニキスの石に似た色である。
マグネティアも、このような色で見いだされる。
ただし、マグネティアは透明な輝きを放つ。
注 原刊本の正誤表は印刷頁56・7行の more を made に訂正するものと解する(正誤表は頁・行と made のみを指定)。原文欄は more を保持し、訳は「圧縮され、厚くされる」とした。9行の made は変更しない。
注 Ruse と Citrine は歴史的な色名。前者は赤褐色系、後者は黄・柑橘色系だが、本文では名称を音写。
われらの錬金術の精妙なる作業には、
人の目に見られたすべての色が現れる。
確かに、尿にかつて見られたよりも、
さらに百もの色が現れるのである。
これほど多くの色がその中にありうるのは、
われらの石が、自然の営みに見いだされる
あらゆる組成の、すべての段階を、
また心に思い描けるあらゆる組成の段階を、含むからにほかならない。
その中に見られる色がいくつあろうとも、
汝の知恵は、それと同じだけの段階を理解せねばならない。
そうした段階のすべてを知らなければ、
レイモンドの『普遍術』から学べ。
ギルバート・カイマーは、自らの考案によって、
十七の比率について書いた。しかしそれらでは、
彼がついに見いだせなかった、この学には十分でない。
それでも医学においては、高貴な知性を持っていた。
医学では、人間の本性の優れた力が、
しばしば医者の薬を助ける。
そのため、薬はひょっとすると不要であったとしても、
しばしば医者の技芸に栄誉を与える。
しかし、鉱物の医術ではそうではない。
この術は、ほかのすべての技法を超え、
ただ人間の知恵だけに依存するからである。
経験によって、賢者たちが証言できるように。
かくして錬金術の真の基礎は、
熱と冷、湿と乾を、
賢く段階づけて合成することにあり、
そこから生じるほかの性質も知ることである。
たとえば、硬と軟、重と軽、
粗と滑とを、正しい重量によって、
賢く求めた数と尺度とともに知るのである。
この三つの中に、神が作られたすべては存する。
神はすべての物を作り、確かに定められたからだ。
注 「重量・数・尺度」の文は次頁に続く。物質を治療するという鉱物医術の比喩を保持した。
数と、重量と、尺度の中に。
その数を変え、壊すならば、
汝は必ず、自然を害することになる。
それゆえアナクサゴラスは言った。「十分に注意せよ。
そこで合わさるべき、すべての構成物の
重量を、完全に知るまでは、
結合の操作へ進んではならない。」
ベーコンは、古人たちは何も隠さなかったと言った。
ただ、導きのない比率だけを除いては。
この学について書いた、古の著者、王、君主、領主のうち、
比率についてほかの者と一致した者は、
一人もいなかったからである。それを習得したければ、
レイモンド、ベーコン、アルベルトが教えてくれる。
そして古のアナクサゴラス。この四人から、
完全な知識を得られるが、一人からすべてを得ることはできない。
四つの性質を、意図にかなうよう結びつけたいなら、
一つ一つの元素を結合しなければならない。
たとえば、汝の望みに応じて、水と土を、
空気と火とに、よく配合するのである。
その作用において、最も価値あるものを知り、
第二、第三も、それぞれの段階において知ること。
第四の、最も卑しいものも、退けてはならない。
それは有益であり、用いるのに最もよいからである。
また、それ自身の増殖を、最もよく拡張できる。
その中に、われらの生成の力がある。
そしてそれは、われらの石の、土性のリサージである。
それなしには、生成はなく、
われらのティンクトゥラの固定もない。
土だけが固定され、ほかに固定されたものはないからだ。
ほかの元素はみな、動き去りうる。
日々見るように、火も、空気も、水も。
ただし、火は広がりうる性質の原因であり、
物質を、互いに混ざりうるものにする。
そして、美しい色のうちにある澄んだ輝きは、
注 冒頭は前頁から続き、末行は次頁へ続く。Ponder は重量・衡量。
本性上、つねに空気によって生じる。
また空気は、その共同作用によって、
物を容易に液化するものにする。
蝋やバター、あらゆる樹脂のように。
それらは、わずかな熱で溶けて流れる。
水は、洗うことによって速やかに清め、
死んだものを、生き返らせる。
火が増えることも、下にある土が
増えること以上の驚きではない。
土は日々、数えきれぬほど新しく新しく、
草を生み出すからである。ゆえに、
土は火と同じく、驚異的であるというのは真実だ。
たった一つの火花が、たちまち一州を満たすとしても。
もし一州すべてが亜麻で満たされていたなら、
一つの火花が、驚くほど大きくなるだろう。
火と土だけが、増殖するものであり、
それらが、われらの石を増殖させる原因である。
この土について、われらの偉大な兄弟アルベルトは、
『鉱物論』で、どのリサージがほかより優れるかを示している。
白いエリクシルのためのものを、そこで述べ、
韻文の書も、一つの詩句でそれを示している。
さて、結合の操作へ戻り、
それについての賢い助言を、幾らか述べよう。
汝の元素を、文法にかなうように結びつけよ。
それぞれの一致を、すべて適切に合わせて。
その一致こそが、学識ある者を助ける、
この作業全体の、最も重要な道具である。
今、これ以上相反することはない。
固定されながら、不完全に流れることほどには。
イングランドとフランスの文法家をすべて集めても、
この一致を教えることはできない。
この『作業順序書』は、どこに見いだせるかを告げる。
自然学の、『樹について』という書の中である。
注 Sheere は shire(一州)。de Arbore は書名として直訳した。Grammatically は文法上の一致を物質の調和へなぞらえる比喩。
また、修辞学にかなう仕方でも結びつけよ。
清められ、飾り整えられた諸本性をもって。
われらのティンクトゥラは、最も純粋で美しくなければならないのだから、
純粋な土、水、火、空気を、確かに備えよ。
論理学にかなう仕方で、初めでも後でも、
偽りの混ぜ物ではなく、真の本性を結びつけよ。
これについての無知のために、多くの学者は、
愚かにも、労苦と成果を失ってきた。
また、算術にかなう仕方でも結び合わせよ。
精妙な数によって、比率を整えて。
このことへの、ささやかな言及がある。
ボエティウスが「あなたは数によって元素を結びつける」と言ったときに。
汝の元素を、音楽的にも結びつけよ。
二つの理由があり、一つは旋律のためである。
真の結果を見いだすとき、
その一致は、汝の心に旋律を生むだろう。
もう一つは、たとえばディアパソンが、
ディアペンテやディアテッサロンとともに、
ヒュパテ・ヒュパトン、レカノス・ミューゼや、
音楽にあるほかの協和とともに、
それぞれの比率によって、調和を生むように、
錬金術にも、よく似た比率があるからである。
大きな、現実に働く数について言えば。
しかし、秘密の、知性に属する数については、
前に言ったとおり、
レイモンドとベーコンの教えの中に求めねばならない。
ベーコンは三通の書簡すべての中で、暗示的にそれを示し、
レイモンドは『普遍術』で、いっそうよく示している。
これらを読む多くの人々は、実際には理解していないのに、
理解していると思っている。
また、占星術によっても元素を結びつけ、
進行する作用が幸いに運ぶようにせよ。
このような、まだ形を与えられず、作り上げられていない単純な本性は、
終わりに達するまで、巧みに導かねばならない。
注 音楽語の原綴りを保持。Diapason、Diapente、Diatesseron はそれぞれ八度・五度・四度の協和。ypate ypaton と Lecanos muse は古代音楽の音位名を伝える歴史的表記。
注 tu numeris elementa ligas のラテン語も訳に含めた。
そのあいだ、これらは、すでに形を与えられた諸本性よりも、
星々の影響によく従う。
また、光学の学は、この学に携わる
すべての者に、多くの明証を与える。
ほかにも多くの学がそうし、
とりわけ「充満と真空について」の学がそうする。
しかし、この術を助けるうえで、あらゆる学のうち、
最も上に立つ女師匠は、自然魔術である。
四元素が賢く結合され、
一つ一つがそれぞれの段階に置かれると、
さまざまな段階と、さまざまな熟成から、
完全へ向かって、色が生じる。
そのとき、内なる自然の熱が働くからであり、
われらの実体の中では、それはただ知性によって知られる。
目には見えず、手で感じることもできず、
その働きを知る人も、まれで少ない。
そして、この自然の熱が、
われらの外なる人工の熱によって動かされると、
働くよう励まされた自然は、
多様な段階を増やすことをやめない。
これが、理性によって見てとれる一つの原因である。
われらの作業に、これほど多くの色がある理由の。
それゆえ、この術に大きな迷いを生むのは、
内と外の熱についての無知であり、
この二つの熱がどう調和すべきか、
どちらが作用において主となるべきかを知らぬことである。
この作業における消化・熟成は、
生ある物の消化と、大きな類似を持つ。
そして、ほかの何よりも、私が証言できるとおり、
人間の消化に最もよく似ている。
それゆえモリエンは言った。われらの石の生成は、
人間の創造に、何よりもよく似ている、と。
注 Perspective は当時の光学、de Pleno & Vacuo は充満・真空に関する学。Digestion はここから、生理的「消化」と物質の加熱熟成を重ね合わせる語として訳す。
レイモンドが言うには、人間の中には、四つの体質の
四つの段階がすべて、ともに見いだされる。
しかも現実に。これは、被造物のうち、
ほかのどの種類にも見いだすことのできないことである。
それゆえ、被造物のうち、この二つだけが
小宇宙と呼ばれる。人間と、われらの石である。
さて、消化・熟成の養分と食物を、
完全に知ることは、必要であり、たいへんよいことである。
それは、乾性とともに固まり、安定した湿分であり、
ある段階に従って、強く混和され、
相反する受動的性質の中で、適切に混ぜ合わされ、
内と外の熱によって、真に生み出されたものである。
したがって、われらの消化・熟成とは、
実体的な湿分の完全さを生み出すことにほかならない。
俗人の皆々には、どうか許してほしい。
汝らには、このような用語がなじみなくても、
私は使わねばならない。すべての著者が、
あらゆる学には固有の用語があると断言するからである。
消化は、ときに外の冷気によって
促進されることがある。毎年見られるように、
冬の人々は、熱が拡散する夏よりも、
多くの食べ物を食べる。
冷気が熱を内へ逃がし、
互いに近く集めるので、熱がより強くなるからだ。
その強さのために、以前よりも
消化を行う力が大きくなるのである。
しかし、われらの目的のための主要な消化の働きは、
消化する物質にある、潜在的に働く熱である。
それでも、消化される物の熱も、
消化と、その働きを助ける。
発熱性の熱は、消化を生み出さない。
温浴は助けにもなるが、破壊を引き起こすこともある。
熟成した葡萄酒は、新しい葡萄果汁よりも、
多くの自然の熱を持つ。後者の熱は、偶有的なものだからである。
注 Complexions は四性質に基づく体質・混合態。humor は物質中の湿分、siccitie は乾性。消化と体熱に関する叙述は歴史的な自然哲学の訳であり、現代医学として言い換えていない。
凝固は、実体的形相ではない。
ただ、物質的なものに起こる受動的な変化である。
さらに汝は、色が現れるとき、
その透明な物質の中で、何が主要な作用者なのかを知らねばならない。
ときには熱であり、ときには冷であり、
あるときは湿、あるときは乾だからである。
その時々の主要な作用者を知るには、
精妙な推論による、深い探究を要する。
それを理解する師は、わずかしかいない。
色がどのような順に現れるかを、人々は観察しないからだ。
四つの性質のうち、主要な作用者は、
最も尊い主のように、王たる力を持ち、
残りの性質を、自らの本性へと変える。
この変化について、アナクサゴラスは
『自然の変化について』という書で述べ、
レイモンドは、その個々の原因を示している。
どの時にも主要な作用者を見分けることを学ぶのは、
冗談ごとでも、容易なことでもない。
私はそれを、四つの徴によって知るよう教える。
色、匂い、味、そして液状性によって。
まず、汝の目的に役立つように、色によって
主要な作用者を知る方法を述べよう。
容器の中を見て、どの色が最も現れるかを確かめよ。
その色を生じさせるものが、その時点では
その群れの主要な者である。それが激しすぎるなら、
われらのこの教えによって、その勢いを和らげられる。
そうすることができるのは、汝が手にしている
すべての色の原因を、十分に理解するときである。
今、そのすべてを簡潔に教えよう。
あちらこちら探し回らずに済むように。
白さは、多くの透明な物質が、
別の物の中で境界づけられることから生じる。ここでも同じである。
注 原刊本の正誤表は印刷頁63・19行の knowne を know に訂正。原文欄は knowne を保持し、訳文は訂正に従った。
注 Liquore は液としての性状・流動性の徴と解した。後続頁では各徴の説明が続く。
黒さとは、物体の暗い部分が
その厚さによって作業物の透明さを圧する時に生じる。
あるいは、燃焼した土質から生じる。
ただしそのような燃焼は大きな硬さをもたらす。
暗いものと、透明で清らかなものとの混合から、
中間の色はすべて生まれる。
透明で透き通り、美しいものはみな、
水と空気の質料によって成り立つ。
純粋な土がそれらを捉えており、
その土は透明さを損なわないものである。
こうした明澄さと透明さのうちに
特定の色が何も見えなければ、
大胆にこう判断してよい。
そのようなものの原因は極度の冷たさだった、と。
水晶、ベリル、そのほか多くのものがその例である。
先へ進む前に、それらの違いを学べ。
水晶には空気へ傾く水があり、
それゆえ透明で、透き通り、美しい。
しかし、いっそう水へ傾くところでは、
ベリルや堅く凍った氷のように暗くなる。
一方、質料が乾燥へ向かう時は、
硬さとともに暗さが生じる。
これはアダマントの石にも、
その他多くのものにも見られる。
マグネティアに見られるような瞬きと輝きは、
透明な質料の内部にある光がその原因である。
その光は水性の蒸気の上に重ねられており、
その蒸気はあらかじめ熱で燃え立たせてあると知れ。
さて、透明さと両極端の色の次に、
中間の色について少し示そう。
ルビーの色は、透明な物体の内部で
薄い煙が燃え立つことから生じ、さらに
その物体に光が豊富に満ちる時、よくなる。
光の多少によって、輝きも多くも少なくもなるからである。
注 Magnetia は本文の綴りを保持。具体的な鉱物同定は確定しない。
アメシストはルビーに次ぐ品位をもち、
透明さでは劣り、不透明さでは勝る。
粘液状の質をもつカルセドニーもまた、
性質の差の程度に応じてベリルに続く。
エメラルドのような緑は透明な水から生じ、
そこには燃焼した土質が密に混じっている。
その土の質が透明であるほど、
そこにいっそう明澄な緑を見るだろう。
黄褐色とは、限界を与えられた透明さに、
水と、燃え立つ土とから集まった
濃い煙状のものが染み込んだ色であり、
それによって空気の透明さは妨げられる。
青ざめた色、すなわち鉛色は、
まちがいなく水性と土性の部分から生じる。
そうした部分が冷たく厚いところには、
つねに青ざめた色が付着する。
古く置かれた鉛にも、
死に瀕した人にも、それが見られる。
この青ざめた色はリヴィディティと呼ばれ、
嫉妬深い人によく現れる。
自然の熱と血は
彼らを力づけるために心臓へ集まり、
顔を冷たく乾いたままにする。
熱と血がその場所を離れたからである。
同じく熱病が極度に達する時は、
手の爪もこの色になる。
サファイアの色、すなわち輝かしい青は、
天の色に似ていて、
青ざめた色より、はるかに美しく見える。
そこには空気と水と光が、
青ざめた色より何倍も多く含まれるからである。
それゆえ、この色はより高価に売られる。
その他すべての青も、沈んだ濃い色になるほど、
空気が少なく、土性が多いのである。
銀はすぐに紺碧へ変えられる。
その原因は透明さであり、
銀のなかではそれが空気によって生じる。
それゆえ銀は美しい天の色へ変わる。
また、その内に水銀が豊富にあることが、
銀のこの輝きをすべてもたらす。
より微細な土と、純粋な水と、空気の透明さが、
そのような輝きを水銀にもたらす。
金に見られる黄色、すなわち黄化の色は、
ある人々には見るのが最も喜ばしい色である。
それは強力で激しい熟成によって生じる。
その中の液質が強く煮熟されるためである。
この色は熱によって生じ、
蜂蜜、尿、灰汁、胆汁にもある。
私のいうとおり、金の輝きは、
純粋で微細な水が十分に形を定められ、
透明なまま凝縮されることから生じる。純粋で精妙な水は、
凝縮されればされるほど、よく輝くからである。
鏡の原因も、学識者たちの考えるとおり、
形を定められた湿気のほかにはなく、
ただし、それが磨けるものでなければならない。
空気は像を受け取ることが決してない。
空気はその本性において、形を限ることができないからである。
ゆえに輝きの原因は水に見いだされる。
白と赤とを清らかに精妙によく混ぜれば、
美しい黄色が生じる。
このように、諸元素の異なる混合は、
異なる目的に応じて、異なる色を作る。
異なる熟成と、異なる度合いによって、
目に見えるすべての色が作られる。
諸元素それぞれに固有の色を学ばなければならない。
それによって色をよりよく識別できる。
医師たちは、よく香る有益な草のなかに、
外側は冷たく、根の内側は熱いものがあるという。
注 原刊正誤表に従い第14行 As it in を As is in に訂正。
その例を得たいなら、
優美なスミレの働きを見よ。
通常の哲学はその原因を明らかにし、
なぜ薔薇は内側が冷たく、外側が赤いのかを説明する。
アナクサゴラスは自然の変転について述べた。
あらゆるものにおいて内と外は相反する、と。
これは正しい。ただし、構成がわずかで
単純なものに近いものは除かれる。
スカモニアや、瀉下作用をもつ月桂樹がそうであり、
これらは栄養摂取の働きを養うものではない。
混合物すべての中で、
つねに一つの元素が王になろうとすることを覚えておけ。
元素のこの高慢で悪しき欲求が、
人を野心へと駆り立てる。
それゆえ、最善に物事を配するわれらの主は、
罪深い人間のために定めを設け、
あらゆる高慢な欲求を平等へ引き戻す。
教会が「永遠の安息を」と歌う時、
その時には、すべての野心的な思いが
無であったことが明白になる。
領主も、乞食も、すべての者が、
納骨所で等しくされるのだ。
あなたがたの主要な作用者が均衡を越えて
権を奪う時も、このように抑えよ。
それゆえアリストテレスは言った。われらの石を
均等に配合し、その内に反発を生じさせるな。
作業を進める際、分裂も生じさせるな、と。
このことに注意せよ。それは大いに必要である。
そして、名を挙げられるすべての色を
一度に見ることになったなら、
自然にその働きを任せ、
自らの歩調で生成を行わせよ。
かくも多くの色すべての中から、
自然が一つの主要な色を示せるように。
注 Coversions は刊本の綴り。文脈上は conversions(変転)と解釈した。
それは、あなたがたが望む元素に従って、
目指す目的へ近づける色である。
このように色によって、
作業をどう導くべきかを備えることができる。
色については、さらに多くを書くこともできるが、
私の約束を果たすにはこれで十分である。
色が目的に役立つのは、
それによって主要な作用者を知る範囲においてだからである。
しかし多くの学識者は不思議に思う。
材料がこれほど少ないのに、
完全に白く、透明で、
変わることのない状態が現れる前に、
なぜわれらの石には、あれほど多くの色が見えるのか、と。
彼らの意向に応じて、その問いに答え、
この大きな疑問について真実を教えよう。
それらの色は、マグネシアの本性から現れる。
その性質は、あらゆる比率とあらゆる度合いに
そのように変わり得るのであり、
水晶がその下にあるものに応ずるのと同じである。
地上にあるどのようなものでも、
水晶の下に置けば、
水晶はその色を帯びる。だから驚くのをやめよ。
それゆえヘルメスは、偽りなく、隠し惜しむこともなく、こう述べた。
「一つのものの驚異を成し遂げるために」。
王ヘルメスがいうには、神はこのように定められた。
一つのものの驚異を実現するために、と。
通常の哲学者たちは、その中にある
われらの石の力を見いだせない。それは彼らの知力をはるかに超える。
嗅覚は、支配的な元素を知るという
あなたがたの目的を助けることができる。
そして色とともに証拠となり、
主要な作用者を知る手がかりとなる。
嗅ぐことによって学ぼうとするあなたがたよ、
注 「水晶の下に置く」は set under の目的関係を文脈から解した。刊本の英文は語順が不自然。
主要な作用者を正しく見分けようとするなら、
白と黒が色の両極端であるのと同じく、
香りと悪臭が匂いの両極端であると知れ。
だが魚は、その明るい目に
視覚を閉じる瞼がないために、
中間の色を目で見分けることができない。
同じように、あなたがたも中間の匂いを
嗅いで知ることはできない。その理由は、
鼻孔が魚の目と同じように開いているからである。
したがって中間の匂いは、中間の色が見えるほど
確実に鼻で嗅ぎ分けられるものではない。
重苦しい匂いは、学識者たちの考えるような
中間の匂いではなく、単に弱い悪臭である。
昔の師父たちは、十分に熟した経験から、
その教えとして書き残した。
芳しい甘い香りと悪臭を
等量に混ぜて確かめてみると、
甘い香りは嗅ぎ取られ、悪臭はそうでない、と。
先へ進む前に、今その原因を学べ。
芳しく匂うものはすべて、いっそう純粋で、
悪臭を放つものより精気的である。
それゆえ、空気の中をよりよく浸透し、
より広がりやすく、また生命にとっても、
自然の友として、いっそう好ましい。
だから先に受け取られるのだと、確かに知れ。
匂いとは、目に見えない発汗によって、
物質から熱で分離された煙状の蒸気である。
それは自由に空気の中へ入り、
空気とあなたがたの嗅覚とを変える。
食物の風味が味覚を変え、
音が聴覚を変え、
色が視覚を変えるように、
匂いはその力で嗅覚を変えるのである。
匂いの原因を知ることを望むなら、
それには四つのものが必要である。
第一に、微細な質料が熱の働きに従い、
煙を通じて、
その煙の生まれ出たものの
似姿を示すことである。
また、この純粋で美しい煙を運び出すには、
透明で薄い空気が必要である。
濃い空気はそれを遠くまで運ばず、
かえって強く留めるからである。
同じく、厚い質料は熱の働きに
従わない。石にそれが見られる。
熱は匂いを生じさせ、冷たさはそれを縮める。だからこそ、
糞塚は冬よりも夏のほうが臭う。
心地よい香りは、
清潔で純粋で、薫煙を発する性質の物質から生じる。
アンバー、ナルド、没薬に見られるように、
これらは女性によく、その好みにかなう。
しかし純粋な物質に中程度の熱が加わると、
スミレのように穏やかな香りとなる。
中程度の熱と不純な物質からは、
アロエや硫黄のように不快な匂いが生じる。
だが自然の熱が衰え始める時は、
そこから重苦しい匂いが立ち上る。
長く置きすぎた魚が臭うように、
自然の熱が腐るので、匂いも強くなる。
悪臭とは蒸気であり、悪い性質のものから
分離した煙状のものである。
液質だけが腐敗し、
物質そのものは壊れていない時には、
そこから生じるのは重苦しい匂いだけで、
そのような仕方では真の悪臭は生じない。
あらゆる悪臭が生じる、その原因は、
注 Amber は龍涎香または琥珀を指しうるため「アンバー」とした。
ただ、その物質そのものの腐敗である。
そして悪い物質が腐敗すると、
そこから恐ろしい悪臭が生じる。
長く死んでいる竜や人の場合のように、
その悪臭は大きな死亡をもたらしうる。
ある種の炭の匂いを嗅ぐのは健康によくない。
ある灯芯の燃えさしを消すと、牝馬は仔を流すという。
ものの性質があなたの本性にかなう時には、
必ずよい匂いがする。
しかし、その物質があなたの本性と反する時には、
その匂いは不快に感じられる。
魚は甘い匂いを好む。そして実際、
古い簗を、新しいものほどには好まない。
よい匂いをもつすべてのものは、
自然の熱をその助けとしている。
樟脳や薔薇など、冷たいものにも
甘い香りがあるが、著者たちは述べた。
そこに力として内包された熱と、
物質の純粋さが、そのように香る理由である、と。
この古い見解を、仲間に教えてよい。
よい香りはどれも、他のよい香りと相反しない、と。
しかし悪臭については、そうではない。
ニンニクの臭いは糞塚の臭いを追い払うからである。
錬金術においてあなたがたの目的に役立つには、
匂いについての教えはこれで十分である。
それによって作業を理解し、
ものがいつ腐敗し始めるかを知ることができる。
また匂いから、
質料の微細さと粗さとを見分けられる。
さらに中間的な物質についても知り、
自然の熱の腐敗についても知ることができる。
よく注意を払えば、その違いも知ることができる。
いつ液質が腐敗し、いつ物質自体が腐敗するか、という違いを。
しかし、われらの物質はかくも純粋で清らかに作られ、
注 skell は reason(理由)の意の古語として解釈した。Kydles は魚を捕る簗・仕掛け。原文の自然学・医学上の主張は歴史的記述として訳した。
中庸の力によって保たれるので、
自らの本性から離れて腐敗しても、
そこから悪臭を感じることはない。
主要な作用者を理解するための
第三の徴、第三の証拠は、
サポール、すなわち口で感じる味と呼ばれる。
味わって試す時には、
その同じものの物質が
必ず消耗されることになる。
味覚は、色や匂いよりも
はるかによい判断者であり、頼りとなるはずである。
われらの石が作業中にあるあいだ、
味わうことが危険でさえなければ。
それは健康と生命を損なう。
きわめて強い浸透力をもつからである。
あらゆる微細なものにまさり、
固体を速やかに貫く。
だから、それを多量に、またはたびたび
口にすることは危険であり、よくない。
われらがよく知るように、それは金属を力づける。
しかし、そこから完全な赤が作られ、
火の中でも決して衰えなくなるまでは、
すべての人間にとって危険である。
近ごろ、この術に仕えていた無知な男が、
われらの白い石の一部を味わった。
それによって、あらゆる病と
あらゆる苦しみから救われると信じたのである。
その結果、この哀れな者は突然、
激しい麻痺に襲われた。
私の師は、巧みな技によって、
鉱山のベゾアールで彼を治した。
ゆえに、一般の理屈では味覚が
いつでも最良の判断者であるはずだとしても、
注 Bezoars of the Mine は鉱物性の解毒薬を指す歴史的表現。治効を現代的に肯定するものではない。
この味見は忌むべきものなので、
ここでは味覚は有益ではない。
ただし、分離できるある部分については、
味見が適することもあろう。
結合の前に試して、
よく処理されたか否かを確かめるのである。
とはいえ、賢い人なら色と匂いによって、
目的を達するに十分な助けを得られる。
多くの人は、澄んだ葡萄酒なら、
色と匂いからよいものを選べる。
しかし概して、まだ澄んでいない新しい葡萄酒には、
実際に味わうことが何より確かである。
嗅覚の器官は一つだけで、
煙状のもの以外は何も識別しない。
一方、味覚には確かに六つの器官があり、
ものの内と外の性質を感じ取る。
自然は危険や害に対して、これを定めた。
生命あるものを、より確実に守るためである。
猿は匂いによって食べ物を選ぶが、
人とオウムは味覚を頼りにする。
匂いはよいのに、
味わうと非常に悪いものが多いからである。
ひどく酸っぱかったり、
鋭すぎたり、苦すぎたり、恐ろしく不快だったり、
毒があったり、臭かったり、強すぎたりする。
味覚はその判断者となり、このような害を避ける。
古人は古い時代に、
味はちょうど九つあると書いた。
それらは半時間で学ぶことができる。
鋭い味、脂っぽい味、酸味があり、
この三つは微細な質料を示す。
別の三つは中間的な質料を証しする。
すなわち、刺す味、塩味、そして水っぽい味である。
残る三つは濃厚な物質から生じる。
それは、苦味、弱い酸味、甘味である。
この九つは多くの貴人の家に見られる。
九つのうち五つは熱によって生じる。
脂っぽい味、鋭い味、塩味、苦味、甘味である。
しかし、九つの残りの四つはすべて
冷たさによって作られる。酸味がそうであり、
ポンティックの味と呼ばれる、やや酸っぱい味もそうである。
スティプティックの味とも呼ばれる、さらに弱い酸味もそうであり、
無味と呼ばれる水っぽい味もまた、
冷たさによって実際に生じる。
味は二つのものから発する。
異なる物質と、異なる性質の組合せからである。
第二度の熱と湿が、
濃厚な物質と結びつけば、甘味となる。
同じ性質の同じ度合いが、
中間的な物質と結び合わされれば、
つねに脂っぽい味を生じる。
しかし、熱く、しかも乾いていて、
第二度で中間的な物質をもつ場合には、
その味は必ず塩味になる。
第三度の熱と乾をもち、
物質が濃厚なものには、苦味がある。
一方、第四度の熱と乾をもつ質料が、
微細な物質をもつなら、鋭い味が生じる。
こうして先に述べたように、五つの味が
熱で生じ、それ以上は一つもない。
本性において第二度の冷と乾をもち、
微細な物質をもつものは、非常に酸っぱいとわかる。
まだ青い野生リンゴを味わう人々の
顔からも、それは判断できる。
同じ度合いの同じ性質が、
中間的な物質をもつものの中にあれば、
そこから生じるのは、想像のとおり、
注 原刊正誤表に従い第4行 Unctuons を Unctuous に訂正。Pontick・Stiptick は当時の味の分類名で、双方とも収斂性・渋味に関係するが、本文の酸味との区別を保持した。
薔薇にあるような、刺す味である。
しかし、酸味、やや酸っぱい味、最も弱い酸味の三つは、
高低さまざまな度合いの冷と乾から生じる。
そして第一度の冷と湿は、
つねに水っぽい味を生じる。
それは卵の白身にも、
あまりに白く色の薄い女性にも現れる。
そのような人々は冷たく、湿気が
まことに大いに過剰だからである。
それゆえ男性への喜びが少ない。
冷たさは好色な欲求を抑えるのだ。
イサクは、味は七つしかないと述べた。
酸味と弱い酸味は、度合いこそ異なれ一つであり、
性質において同じ基礎をもつからである。
また無味は、味の欠如にすぎなかったからである。
混合された味もある。
甘酸っぱい味や、そのほか多くの味である。
こうして人は味覚によって巧みに、
さまざまな性質と、その高低の度合いを知ることができる。
そして味による判断に疑いがある時には、
他の証拠に立ち戻れ。
医学でも、尿だけを
信じるな。脈からも証しと教えを得よ。
そして身体に関わる
六つの非自然的なものを賢明に考察し、
それとともに、
七つの自然的なものにも配慮せよ。
さらに、確実でありたいなら、
自然に反する三つのものにも注意せよ。
この十六を賢くそろえて基礎とし、
無知な医者と見なされないようにせよ。
そうすれば「知ってさえいれば」という後悔を避け、
病人をその苦しみから救うことができる。
同じように、この学において作業を進めたいなら、
注 女性の身体・性欲についての記述は著者の歴史的体液論をそのまま訳した。六つの「非自然的なもの」等は当時の医学分類。
あらゆる事情に注意を払い、
四つの証拠を賢明に考察せよ。
三つはすでに述べた。第四は液である。
液はこの作業を力づける。
液は学識者に証拠を与え、
それによって元素を固定させ、
また目的に応じて解き放たせる。
液は男性を女性の妻と結び、
死んだものを生命へ戻す。
液は洗浄によって清め、
われらの石の主要な養分となる。
液なしには、どんな食物もよくない。
液はあらゆる栄養と食物を、
人間の身体のすべての部分へ運ぶ。
われらの錬金術においても、同じことをする。
あなたがたは、すべての液の
純粋さと量を考察しなければならない。
また、どれほど濃いか、薄いかも。
そうしなければ得るものはわずかである。
しかし医師たちのいう仕方ではない。
エリクサーは第二の意図に属するものだからである。
それゆえ、その働きには、
他のどんな種類のものよりも不思議な性質が見られる。
医師たちは、尿が濃いほど
湿気が多いことを示すという。
だが、われらのところでは濃い液は乾燥をもち、
微細な液が湿気を示す。
われらの石が欲するものを満たすには、
多くの液が必要である。
『トゥルバ』の書でアリスタイオスは述べた。
空気は水の中にひそかに封じられ、
その空気的な力で土を支えていた、と。
注 a second intention はスコラ哲学的な「第二の意図・概念」の用語を保った。ここでの技術的含意は確定しない。
ピタゴラスは、それは正しく語られたと言った。
アリストテレスは巧みに言葉を配して、
「空気から水を得たなら」と述べた。
プラトンはきわめて賢明に書き、
それを「湿った露の一滴」と名づけた。
これは錬金術の本性にかなった言い方である。
しかし第一哲学の通常の学徒は、
空気が凝縮すると雨に変わり、
水が希薄になると再び空気になるという。
ある人々は、五月こそ最初の好適な季節であり、
空気から作られるこの水を採るのによいと述べた。
また、このような水は天から来て、
太陽が蠍座に入る時まで降る、と述べた人もいる。
すべての液のうち、霜に損なわれたものは
退け、用いるべきでない、と述べた人もいる。
古い著者たちがいうその理由は、
冷たさによって鋭さが鈍るからである。
ある哲学者たちは、エリクサーを作る液として
乳を採るべきだと述べた。
別の人々は、自らの考えに従って、
作業を完成するのに、リサージの水ほど
よい液はないと述べた。それは必ず、
アゾートの水とともに「処女の乳」を作るという。
しかしデモクリトスは、エリクサーに供する
最良の液は「永久水」であると述べた。
その自然の力と特性は、
火に耐え、決して逃げ去らないことであった。
ルピスキッサは、エリクサーを助ける
主要な液は「生命の水」だと述べた。
それは精気的であり、死んだものを
死から生命へ蘇らせるという。
それは第五精髄、第五のものであり、
それについてアリストテレスは、
『秘密の書』にこう書いている。
注 原刊正誤表に従い第13行 When を Till に訂正。Rupiscissa は Johannes de Rupescissa を指す綴り。
あらゆる完全性は「五という数のうちに」ある、と。
ルピスキッサは、それをすべての中で最良の液と呼んだ。
粗大な質料を精気的にするからである。
しかしピタゴラスには、
われらの「生命の水」の別の種類を見いだすことができる。
彼はそれを「生命を与えるもの」と述べ、こう語った。
「逃げ去るものを固定し、固定したものを逃げ去るものとせよ」。
このように強い強制力によって、
固定された質料が容易に液化するものにされたからである。
別の人々は、アナゴが最も望み愛する
液にまさる液はないと述べた。
それゆえ、この種の液は島々の近くや、
大洋によって周りを囲まれた
陸地の近くで最もよく見いだされる。
そこでは、このような液が最も容易に取り出されるからである。
賢者たちは別の液についても語る。
それは井戸水よりも清新で、
味わいの清新さでは、それにまさる液はない。
しかも、決して消耗することも減ることもなく、
いつまでも用い続けても、
蓄えが少なくなることは決してない。
デモクリトスは自らの意図に従って、それを
「影を欠く光」、最も輝かしい水と名づけた。
ヘルメスは、粗製の水銀の水ほど
必要な液はないと述べた。
この高貴な学識者の言うところでは、
それがわれらの作業における水を務めるのである。
この学を求めてきたあなたがたよ、今学べ。
われらの石は、これらすべての液によって作られねばならない。
液は動くものであり、
流れる不安定な物質である。
こうしたものはみな、固定した種類のもの以上に、
月に従うのである。
注 Congers は conger eels(アナゴ類)。錬金術上の暗喩の可能性はあるが、字義を訳した。
これは白の作業を行う時、
学識者には明らかになる。
液は両極端のものも、中間のものも、
洗って清める。
神は人間が使うために液を作られた。
あらゆる家で、汚れたものを清めるために。
液は、疑いなく、
物体の内部に隠れたものを外へ取り出す。
洗濯人たちが灰から灰汁を作る時、
そのことをはっきり証ししている。
液は草の根と、
乾いていた木の根を力づける。
自然の液は、以前に失われた
液質を回復するからである。
液は性質を互いに引き離し、
驚くべきことに、物質を微粒子へ溶き分ける。
また液は多くのものを一つに集め、
一個の石とする。
液は多くのものが融けて流れるのを
助ける。そして今、次のことを学べる。
地上のものから液が、
さまざまな方法で得られることを。
あるものは切って、テレビンのように。
あるものは搾って、シードルや葡萄酒のように。
あるものは挽いて、油が得られるように。
あるものは蒸留して、蒸留水が作られるように。
あるものは焼いて、コロフォニーのように。
あるものは水を使って、女たちが灰汁を作るように。
別の仕方でもたらされ、
自然の働きによって出てくるものもある。
尿、汗、乳、そして血、
またチーズを作るのによいレンネットのように。
これと同じほど多くの方法、さらにもう一つ多い方法で、
われらは石のための液を求めるのである。
前に挙げたものはどれも、触れたものに
付着し、自分の一部を残す。
しかし水銀は流れるものではあっても、
どんなものにも付着するわけではなく、
何らかの種類の金属にだけ付着する。
そこに姉妹か兄弟を見いだすからである。
微細な土と混ぜることは、水銀が
出会うものに付着するのを妨げる。
述べてきたこれらすべての液は、
水銀と同じく四元素を含んでいる。
乳が乳清、バター、チーズを含むように、
これらの一つ一つも、まことに同じなのである。
この四つは別々に分けることができ、
その後に結合して、あなたがたに利を得させる。
しかし、ここではそれらは、チーズやバターや
乳清を作る時よりも、はるかに巧みに求められ、
チーズやバターや乳清では及ばないほど、
単純なものへ近づく。
われらの石にあるすべての液のうち、
水だけが単純なものと呼ばれる。
われらの石へ入れる一つ一つの液について、
その性質と度合いをも知らねばならない。
そうすれば、液を使って、
主要な作用者をその状態から和らげられる。
もしそれが、何らかの過剰の状態に
定着してとどまっているならば。
たとえば支配的な性質が乾燥なら、
湿りの液質をもって正すことができる。
必要に応じて、多くしたり、少なくしたりし、
あらゆる性質について、このように進めよ。
こうして主要な作用者を意のままに整え、
自分の目的を果たせ。
相違、相反、調和を知ることによって、
どの性質を主とするか、選ぶことができる。
注 doth him let は let(妨げる)の古義で訳した。単に「~させる」と解する余地もあるが、語義を優先した。
あなたがたの液は、加えたり減じたりし、
試験の知恵によって均衡を作るために定められている。
しかし、どんなものでも、熱と湿の両方が
同じ一つの度合いにあると信じてはならない。
二つの性質がそのようにあると信じる者はみな、
どこへ行っても欺かれるだろう。
そう教える普通の学派は正しくない。
その意見を捨て、改めてこれを学べ。
古人たちは、二つの性質を
同じ一つの度合いに置いた点で、みな見誤っていた。
あるいは、学徒が元素の本性の
秘密の混合を見いだせないように、そう言ったのだ。
それゆえ、度合いの付け方を知らない者は、
われらの操作において完全にはなれない。
神は正しい数によって、すべてを作られた。
正しい拍子なしに、誰も正しく歌うことはできない。
拍子を誤る者は歌を誤り、
われらの術で誤る者は、必ず自然を損なう。
また、第三度まで清められた時の、
中間物の本性を考察せよ。
あなたがたの中間物が純粋であるほど、
そこにはいっそう多くの完全性が見られる。
中間物は、この術の力の
大きな部分を保っている。
始原は、前述の両極端を含む
中間物の助力と援助なしには、
最終目的へ影響を与えられず、
また、その主たるものへの還流も起こらない。
人間の魂が三重の精気を媒介として
その身体に結ばれているのと同じである。
その三つの精気の一つは生命精気と呼ばれ、
第二は自然精気と呼ばれる。
第三の精気は動物精気である。
注 Principle・Principall・refluence を含む構文には曖昧さがあり、始原と終点の相互作用を媒介が可能にするという文脈で訳した。Number は歌についての行では拍子・韻律の含意を訳出。
それらがどこに宿るのか、今学べ。
生命精気は心臓に宿る。
古い著者たちのいうとおり、自然精気は
肝臓に宿ることを喜ぶ。
しかし動物精気は脳に宿る。
そして、これら三つの精気が人間の内に
健やかな状態でとどまるかぎり、
魂は何の争いもなく、
健やかな生命のうちに身体とともに住む。
しかし、これらの精気が人間にとどまれなくなれば、
魂はまさにその時、ただちに去る。
この媒介する精気の微細さがなければ、
純粋で不死なる微細な魂は、
粗大な身体とともに住むことができない。
身体はあまりに重く、魂はあまりに軽く清らかだからである。
それゆえ、著者たちが教えるとおり、われらの作業には、
「身体、魂、精気」がなければならない。
また、われらの作業では、次のこともわかる。
賢明に求められた両極端の、あらゆる性質と、
われらの中間物は調和しなければならない。
そうでなければ、われらの作業はまったく無に帰する。
賢明な自然は、その働きによって
ものの欲求を満たし、
両極端のあいだを移り行くことができない。
まず、すべての中間物の
あらゆる度合いを通過するのでなければ。これは偽りない真実である。
それゆえ、自然は多くの中間物を定めた。
さて、以上の後、成就のために学ぶべきなのは、
七つの惑星の数に応じた、
諸元素の七つの循環である。
天からの恩寵をもたない者は、誰もこれを知らない。
大きな才をもつ古い哲学者たちは、
循環は九つであるべきだと述べた。
彼らの助言に従って行うほうが、いっそう確かである。
それでも、作業は七つで足りることがある。
仕事の真実な後代の哲学者たちが、
近ごろ新たに見いだした工夫によるのである。
しかし、諸元素の循環について、
ある学識者たちは目的を達したと思い込む。
火から空気へ下降するよう定め、
そこに誤りはないと思って、
次に水へ進み、
必要と見れば、そこから土へ進む。
こうして順序どおりに、
最も高いものから最も低いものへ下るのである。
彼らが基礎としたのは、
「空気は火の食物である」という言葉であった。
しかし信じてほしい。このような循環は、
単なる精留にすぎず、
変成のためよりも、分離や
修正のためによく役立つのである。
真実は、火の欲求が最も望むのは、
その主要な物質的食物として、
土に働きかけることである。
火は何よりも土とよく調和するからだ。
乾燥は熱をつなぎ留める膠であり、
空気はその本性において最も湿っている。
それでも、火は空気なしには働かない。
元素の諸面は、神の手の結び目で
結び合わされており、人間の技の
どんな工夫や巧みさによっても引き離せないからである。
ポンプに、そのよい例がある。
そこでは重い水が空気に続いて上昇する。
その合理的な原因として見いだせるのは、
元素的な本性の諸面が結びついていることだけである。
しかし、われらの循環は高みにある火から始まり、
その最も対立する水で終わる。
注 Faces / faces は原文のまま保持し「諸面」とした。元素相互の接触・結合面を示す語と解釈。
別の循環は空気から始まり、
その反対の、清らかで美しい土で終わる。
火から土へ、そこから清らかな水へ、
そこから空気へ、さらにそこから媒介を経て
土へ進み、そして再び火へ。
赤の作業は、このような循環を欲する。
白の作業には、別の循環のほうがよく、
その欲求に応じたものが述べられる。
それぞれの循環には固有の時期があり、
その軽快さに応じて、理にかなって定まる。
ある惑星が別の惑星よりも重く、
その運行が遅いように、
学識者の求める循環の中には、
その期間として満三十週を要するものがある。
他の循環には、しばしばもっと短い時がかかる。
ある惑星が他より軽いのと同じである。
しかし、一つと他をならした期間は、
計算で確かめると二十六週になる。
これは、あらかじめ粗大な作業をすべて済ませ、
あらゆる条件を整えた後のことと、私は理解する。
これを知らないため、多くの人が欺かれ、
賢者が始めたところで、やめてしまう。
この学を求めてきた普通の人々は、
四十日で成し遂げられると思っている。
自然と術のものには、それぞれ
割り当てられた固有の時間があることを知らない。
それは次のたとえから明らかである。
象は大きく粗大であるため、
満二年、仔を胎内に宿し、
その仔が再び繁殖するまで五十年かかる。
アナクサゴラスは考察の中で、
金属が生成するには千年かかると述べ、
それゆえ、こう言うのを好んだ。
それに比べれば、われらの作業はただの一日である、と。
注 三十週・二十六週・象の繁殖年齢は原文どおり。現代の事実への訂正は加えない。「one with another」は平均・概算として訳した。
また、土が水の上へ昇るのを見た時は、
よい助言に従って作業せよ。
水がわれらの歩く土を支えているように、
われらの石の作業でも、同じことをするからである。
それゆえ、しばしば時を選び、
柔らかな打撃で穏やかに泉を作らなければならない。
それによって、水は穏やかに流れる。
この段階では、激しい流出は危険だからである。
さらに、七つの水を実際によく知ることは、
錬金術の助けとなる。
それらは多くの人によって書き写されている。
広く知られているのだから、できるかぎり探せ。
この書に、すべてを示すことを求めるな。
この書は、ただの作業順序書だからである。
人々はこれらの水によって、金属性のものの
あらゆる欠陥を正せると心に思っている。
また、その助けによって、
四元素の働きを見分けられるとも思っている。
必要な力はすべてその中に含まれていると、
偽りのない確信をもって考えるからである。
あるものは硬く作られた金属を柔らかくし、
あるものは柔らかい金属を硬くし、
あるものは精製し、あるものは展延できるようにする。
それぞれが、その能力に応じて働く。
このような液を知ることは有益で、よいことである。
しかし、それらはわれらの石の食物とはなれない。
輝かしい名声をもつ高貴な著者たちは、
われらの石を「ミクロコスムス」、小宇宙と呼んだ。
その構成は、疑いなく、
われらが歩き回るこの世界に似ているからである。
熱と冷、湿と乾、
硬と軟、軽と重、
粗と滑、そして不動のものから成り、
注 The effects to weene は刊本どおり。weene を「見分ける/理解すると考える」の文脈で訳した。
流れるもの、動くものと混じり合う。
あらゆる種類の対立するものが、一つの調和へ導かれ、
われらの祝福された主なる神の教えによって結ばれる。
それによって金属の変成が行われる。
色だけの変化ではなく、実体そのものの変化である。
これについては、次のことを知る必要がある。
変成させる元素のあらゆる力が、
変成されるものを完全に支配しなければならない。
物質が変成の過程に入る前に、そうでなければならない。
そして変成されるすべての部分は形づくられ、
変成させる元素の中に、段階に応じて刻み込まれなければならない。
こうして、それらすべてを元素として成る第三のものは、
つねにこのような性質をもつだろう。
すなわち、必ずそうなるほかはなく、
一方から物質を、他方から力を得るのである。
子は生まれた時に食べ物をとり、泣くことができる。
われらの石も、その誕生の時から広く着色する。
三年後には、子は話し、歩くことができる。
その時、われらの石もまた、いっそう強く着色する。
その染成力は、確かに千に対して一である。
よく洗った金属について、私は真の証人である。
堅く信じ、心に十分留めよ。
それは鉱山から取り出されたものと同じ、よい銀を作る。
また、われらの石は、
量と質において増大し増加し、それを決してやめない。
それゆえ、その成長と増大は、
人間の成長と生成にたとえられる。
それでも一つの真実を述べよう。
ある人には失望となるかもしれない。
われらの石を最初に作った時には、
まだ何の利益も期待するな。
その時にやめるなら、私の理解では、
損をしたまま去ることになる。
それまでにかかる費用が、あまりに大きいからである。
注 第10–11行は変成される部分と作用元素の関係が構文上曖昧。語順に近く訳した。transubstantiation は神学上の「実体変化」と同語だが、ここでは金属の実体的変成をいう。
費やされ、帳簿につけられた費用が、である。
しかし最初の増殖の時、
あなたがたは石を分けなければならない。
目分量でなく、精密な天秤で、
まったく等しい二つの部分に。
一方は赤のため、他方は白のためにし、
喜びのために両方を保つのである。
その時、初めて利益が生じ始める。
だがその後、賢明であるならば、
増殖するたびに、絶えず、
利益は都合よく増してゆく。
この白の作業だけでも、
ルビーの石と同じようにそうなる。
そのことについて、アロンの姉妹マリアは言った。
人生は短く、学は実に長い、と。
それでも、強い勇気で完成されるなら、
それは老いを大いに遅らせる。
しかし正しく教わった人々の中にも、
大きな労苦を終えたところで、
愚かにも作業を捨てた者がいる。
最後になって利益と利得が
育つことを知らず、
それを最初から得たがったからである。
それゆえ私は、いつ成功すべきか、
真実を告げる必要があると考える。
私が去り、忘れられた後にも、
この証言が残るためである。
そのため私は、この術の真実を
明らかにすることを惜しまない。
神の戒めを破って罰せられぬよう、
あえて語れるかぎりを語る。
このように、白の作業すべては終わる。
力量ある学識者には、十分に示された。
これらすべての後、ある日、
私は高貴な師がこう語るのを聞いた。
忍耐強く賢明な多くの人々が、
実践によって、われらの白い石を見いだした。
正しく教わった後、
大きな労苦をもって、その石を得た、と。
しかし師は言った。十五の王国を通じても、
われらの赤い石をもつ者はわずかで、一人いるかどうかだ、と。
そう言って師は目を向け、
私をじっと見つめた。
その言葉で私が悲しむのを見て、
私は言った。ああ、どうすればよいのですか。
私は地上の何よりも、
知識を最も望み、愛しています。
赤い石は生命を保ち、
私の寿命を延ばす最も貴いものです。
私にとって赤い石は、
望むものがすべて金になることより大切です、と。
師は、私はあまりに若く、
身体が壮健で、節度を越えかねないと言った。
まだ二十八歳になるかならぬ年齢で、
哲学者たちはそのような仲間をもたない、と。
それから師は、悲しい返答をした。
もっと年をとるまでは、それはできない、と。
ああ、よき師よ、考えてください、と私は言った。
私の身体が軽やかで壮健であっても、
試して、確かめていただければ、
心の内には十分な成熟が見いだされるでしょう。
師はその時、言葉をまったく発せず、
長いあいだ、そのまま待った。
その後、突然、不思議な仕方で、
哲学者たちのやり方に従って私を試した。
それを語るには長すぎ、
また、その方法を示すことは私の過ちとなるだろう。
これは、この学に出会う人々のために、
秘密に保たれねばならないからである。
それでも最後には、時間をかけ、ゆとりをもって、
神の恩寵に助けられ、私は師の愛を得た。
こうして恩寵とともに、赤い薬を調製する
真の教えを授かった。
白い薬が完全に作られるまでは、
赤い薬を求めてもまったく役に立たない。
また、二つの薬はその初めには、
同じ種類の器と作業を用いる。
白についても赤についても同じであり、
生きているものがすべて死んだものになるまで続く。
その後、器と操作の形式は、
材料、形、度合いにおいて変わる。
しかし、このきわめて珍しい事柄を書く時、
私の心は震え、手はおののく。
ヘルメスは真実で率直な言葉を述べた。
「火とアゾートが、あなたには十分である」と言った時に。
ヘルメスとアリストテレスを併せて解説した者は、
その共同の著作で、驚くべきことを示した。
彼によれば、黒衣の修道士アルベルトゥス・マグヌスも、
その同輩である修道士ベーコンも、
われらの赤い石を増殖によって
増やすことを理解してはいなかった。
その解説者は十分にこれを知っており、
私の師は私に正しく教えた。
とはいえ私は、この日まで、
赤の作業を試したことがない。
その理由は、この書の前の部分に明らかである。
盗まれた時、私はもう続けようと思わなかった。
それでも、私はここまで深く踏み込んでしまい、
この秘密の真実を示すことをやめられない。
あまりにも大胆だった者たちを引き合いに出し、
彼らが語ったほど大きな秘密を示すのである。
注 原ページの第9–11行付近には手書きの下線・囲みがある。本文とは区別して未翻訳。判読できる追加の語句はない。
彼らは言った。不完全な白の中心には、
このうえなく喜ばしい、われらの赤い石が隠れている、と。
それは火の強さと性質によって、
まさにわれらの望むとおりに現れさせられる。
パンドルフスは『トゥルバ』で、「確かな心で」述べた。
「そして、その影は真の染成液の中にある」と。
マリアは「目で見た証しに基づいて」確かめた。
「その白さそのものの中に、赤さが隠されている」と。
ヘルメスの作った『称賛すべき聖なるもの』の書は、
赤の作業について、次のように語る。
「その時、白い妻は赤い夫に嫁して横たわる」。
すなわち、よく注意すればわかるように、
その時、美しい白い女は
赤みを帯びた男と結婚するのである。
その意味を理解したいなら、
われらの白い石が熱に耐え、
血のように赤く、火の中にとどまる時、
その時こそ婚姻は完全で、よいものとなると知れ。
そして、その時には確かにわかる。
男性の生殖の種子が働き、
月経性のものに対して、
見事に勝利を収めたことを。
それらを十分に自分の本性へ変えたことを。
経験によって、あなたがたも確かめるだろう。
胚の物質の段階を越えて、
その時、われらの石は完成する。
賢者たちは、必要な時には、
その石に自身の毒を食物として与えよ、と言った。
そうしたら、望むところへ馬で行くなり、歩いて行くなりせよ。
それは、かかった費用のすべてを償ってくれる。
こうして、微細な作業は、そのすべてを伴って終わる。
これ以上示す必要はなく、示すことはできず、示すつもりもない。
注 Et ejus umbra in vera tinctura は文として省略があり、「その影は真の染成液の中にある」と補って訳した。menstrualls は月経に結びつけられた錬金術的溶媒・質料を指す。

〔左上の図の黄道十二宮表示〕
天秤宮 二十四
獅子宮 十五
処女宮 二十八
巨蟹宮 八
双児宮 二
金牛宮 十二
白羊宮 二十四
双魚宮 二十八
宝瓶宮 十五
磨羯宮 八
人馬宮 二
天蝎宮 十二
注 左上の十二宮の略記を採録。綴り・句読点には四図間の小差がある。蟹宮と磨羯宮の数字は印刷が潰れており8と読んだ。数字は原図に度記号がないため付加しない。
〔右上の図の黄道十二宮表示〕
天秤宮 二十四
獅子宮 十五
処女宮 二十八
巨蟹宮 八
双児宮 二
金牛宮 十二
白羊宮 二十四
双魚宮 二十八
宝瓶宮 十五
磨羯宮 八
人馬宮 二
天蝎宮 十二
注 右上の十二宮の略記を採録。綴り・句読点には四図間の小差がある。蟹宮と磨羯宮の数字は印刷が潰れており8と読んだ。数字は原図に度記号がないため付加しない。
〔左下の図の黄道十二宮表示〕
天秤宮 二十四
獅子宮 十五
処女宮 二十八
巨蟹宮 八
双児宮 二
金牛宮 十二
白羊宮 二十四
双魚宮 二十八
宝瓶宮 十五
磨羯宮 八
人馬宮 二
天蝎宮 十二
注 左下の十二宮の略記を採録。綴り・句読点には四図間の小差がある。蟹宮と磨羯宮の数字は印刷が潰れており8と読んだ。数字は原図に度記号がないため付加しない。
〔右下の図の黄道十二宮表示〕
天秤宮 二十四
獅子宮 十五
処女宮 二十八
巨蟹宮 八
双児宮 二
金牛宮 十二
白羊宮 二十四
双魚宮 二十八
宝瓶宮 十五
磨羯宮 八
人馬宮 二
天蝎宮 十二
注 右下の十二宮の略記を採録。綴り・句読点には四図間の小差がある。蟹宮と磨羯宮の数字は印刷が潰れており8と読んだ。数字は原図に度記号がないため付加しない。
上の図は分割し、分離し、修正する。
この図は自然の秘密の操作を強める。
注 左下図の中央。operationē と Secretā の上線を末尾 m の省略記号と読み、operationem、Secretam と展開した。
上の図は、諸元素と、それらから成るものとの結合を示す。
この下の図は、すべてを完成させ、終結させる。
注 右下図の中央。原図で conjunctionis は conjun / ctionis、Elementatorum は Ele / mentatorum と改行。
〔左上図の図像に添えられた数字〕
長い器具状の図像:四。円形の図像:七。太陽:十八。
炎形の図像:十四。人の頭部:十二。月:十四。
〔右上図の図像に添えられた数字〕
矢形の図像:四。月:一。四の字形の印〔数字か記号か不明〕。太陽:十。
長い器具状の図像:四。人の頭部:六。
〔左下図の図像に添えられた数字〕
太陽:九。月:十二。円形の図像:十三。人の頭部:十。
〔右下図の図像に添えられた数字〕
長い器具状の図像:四。左の月:十九。右の月:十九。太陽:二十。人の頭部:二十七。
注 角括弧は位置と図像を同定するための編集上の補記で、原図の語句ではない。太陽・月以外の図像の意味は確定しない。文字に置換できない図像そのものは原図の複製で保持する。右上図の4の字形は数字か記号か不確実。左下図の人頭に続く数字は10と読むが右端が枠に近い。
ヴォーン彫版
注 図版下部の彫版師署名。
第六章
調和に関わる事柄については、
一致すべきもののあいだに
食い違いがないように配慮せよ。
食い違いから不和が生じ、
そのために、すべての労苦と費用とともに、
作業も失われかねないからである。
われらの作業に手を着けようとする者は、
五つの調和を理解しなければならない。
第一の調和では、すべてを支払う
主となる者の心が、
作業と一致しているかを見極める必要がある。
そうでなければ、すべての労苦を台なしにする。
第二の調和として、この技と
それに携わる作業者との一致を知る必要がある。
第三は、作業が道具と一致する時、
あなたがたの目的によく役立つ。
第四の調和として、作業を行う場所との
一致を十分に求めなければならない。
実際、完全な作業場所を見つけるのは、
小さくない恩恵である。
第五は、作業と上方の天球とのあいだの
調和と愛である。
これら五つの調和について、
まず第一から述べよう。
第一について、次のことがよくわかるだろう。
心の安定した主は、まことに少ない。
彼らは性急で、作業は長い。
彼らはあなたがたに、自然を損なわせようとする。
今は火のように性急に進もうとする者でも、
半年後には、もう望みを失っている。
疑いなく、一週間で気を変える者もいれば、
一日で変える者もいる。
ある月には完全に信じ、
次の月には、この術を非難する。
そうした者は、この術に身を押し込めるより、
やめたほうが、はるかによい。
そのような者は蝶のように飛び回らせ、通り過ぎさせよ。
そして、大きな者も小さな者も、この教えを学べ。
この聖なる書の言葉に従え。
「端から端まで力強く及び、
すべてを穏やかに整える」。
すなわち、悪魔にもかかわらず、
初めから終わりまで力強く進み、
そのあいだ、恩寵から来る大きな穏やかさをもって、
すべてを整える、ということである。
浅知恵で移り気な人々はみな、
必然的に変わりやすい。
また、誰の言うことでも信じる人もいる。
そのような信じやすさは、金庫を傷める。
新しい話を聞くたびに、
それを信じ、古い話を捨ててしまう。
しかし知恵の揺るがない主もおり、
そのような者には、これを完成する適性がある。
この作業の、そのような主または師は誰であれ、
俗人でも聖職者でも、
富者でも、騎士でも、修道院長でも、領主でも、
この術と大いに調和している。
この術との第二の調和は、
適した助手を見つけられる時に成り立つ。
この目的に適する助手は、
節度があり、賢明で、勤勉でなければならない。
誠実で、注意深く、また慎重に恐れる者で、
注 聖句のラテン語は『知恵の書』8:1に対応するが、原文の形のまま訳した。usq; は usque の省略。
口が堅く、身体の行いに悪徳なく、
手が清潔で、扱いが細心であり、
不服従でも僭越でもない者である。
そのような奉仕者なら、あなたがたの重要な作業を
世話し、あらゆる過失から守ることができる。
しかし、そのような奉仕者が二人か三人いれば
作業に十分だとは考えるな。
質料が相当の量なら、
そのような奉仕者八人が適している。
しかし少量であれば、
四人ですべてを行えるとわかるだろう。
その半数が働き、
他の半数は眠るか、教会へ行く。
この術から望む成果を得るには、
昼と同じく夜も、
絶えず世話をしなければならない。ただし聖なる日曜だけは除き、
晩課の始まりから、次の晩課が終わるまで休む。
そして働くあいだは、
あらゆる猥雑な行いを避けなければならない。さもなければ、
次のことが真実だと知るだろう。
災いに遭い、作業の一部かすべてを台なしにする、と。
それゆえ助手はすべて男性とし、
あるいはすべて女性としなければならない。
一緒に働かせてはならない。
あなたの姉妹や兄弟である者がいても同じである。
それでも、大きな労苦を慰めるために、
何かよい娯楽を与えなければならない。
そうすれば、この調和ほど作業を
よく前進させるものはないだろう。
第三の調和は、多くの人にとって、まことにわかりにくい。
作業に応じて道具を整えることである。
それぞれの章が異なる目的をもつように、
それぞれ異なる道具をもつのである。
注 From Evensong… は前行の安息日の例外の期間を示すと解釈した。原文に「次の」はなく、文意を明らかにする補足。
材料においても、形においても、
不都合が起こらぬよう調和させる。
たとえば分割と分離の作業には、
操作のために小さい器を用いる。
しかし湿潤には幅広い器を、
循環には幾分広い器を用いる。
沈殿には長い器を用い、
昇華には短いものも長いものも役立つ。
幅が狭く、高さ四インチの器は、
修正に最も適している。
器には鉛でできたものもあり、
生きた粘土と死んだ粘土でできたものもある。
死んだ粘土と呼ばれるのは、
強く焼かれたものである。
それを粉にして、よい生の粘土と混ぜれば、
火に耐え、崩れ去らない。
しかし、多くの粘土は火の中で跳ね割れる。
そのようなものを器に望むな。
石で作られた器もあるが、
火に十分耐えるものは少ないか、まったくない。
水をまったく吸わず、
しかも乾いた火にも耐えるものは、
イングランドのどの地方でも、
職人たちのあいだで、まだほとんど見つかっていない。
われらの目的に十分な大きさの、そのような石は、
貴重な道具となるだろう。
ほかの器はすべてガラスで作られる。
精気的な質料が外へ逃げないためである。
この国では、どれもシダの灰から作られるが、
他の土地では石から作られる。
われらのガラスの、よりよい種類は、
朝にできた品に見いだされる。
前の晩には灰であり、
一晩中、さらにそれ以上、熱の中に置かれたものだ。
注 この頁の柱は Chap.9. と誤植されているが、本文は第六章の継続であるため柱を省いた。
より硬い材料はフリトンと呼ばれ、
他のガラスの切れ端から作られる。
ガラス職人たちの話では、
焼き付けによる色はそれを貫通しない。
この教えによって、選ぶなり退けるなりし、
用いたいものを取れ。
しかし器の種類と形については、
誰もが自分の考えに従っている。
最良の形とは、確かに、
自然の器に最もよく合致するものである。
そして量に最もよく合い、
あらゆる条件にも合う形が、その質料には最良である。
アルベルトゥス・マグヌスは、
『鉱物について』の書で、これをよく示している。
これについて、一つの秘密が、
私のよき師によって、大小の人々に明かされた。
師は言った。「神がわれらに器を与えなかったなら、
何も与えなかったことになる」と。その器とはガラスである。
必要な道具は、さらにある。
そのために設けられた炉などである。
古人たちは、この術のそれぞれの部分のために、
特別な炉を考え出し、
一人一人が自分の思いに従って工夫した。
しかし、その炉の多くは役に立たない。
広すぎるものも、長すぎるものもあり、
多くは自然を損なった。
それゆえ、よく使える炉もあるが、
退けなければならない炉は多い。
それらは、賢そうには見えても賢くない人々の
助言だけによって作られたからである。
そのすべての中で、最も推奨できる形を、
この書に描かれたものとして見いだせるだろう。
一つの炉は、私が新たに見いだしたものであり、
注 Freton は再利用ガラス片を原料とするガラスの呼称として、そのまま音写した。Tincture と anealing はガラスへの着色・焼付けを述べる文脈。
古人がまったく知らなかった種類のものである。
その秘密の力は研究によって求められ、
大きな費用をかけて、高い代価で得られた。
その中では、一度に六十の作業を行える。
しかも、一つか二つの作業を行う場合より、
余分な費用はまったくかからない。
それゆえ有益であることは確かである。
その炉の内部では、望みに応じて、
六十の作業に六十の異なる度合いを得られ、
それぞれに違う熱を与えられる。
それらすべてが、一つの小さな火でまかなわれる。
その火はわずか一フィート四方なのに、
六十の各作業が、その火と同じ広さの場所をもつ。
これによって、多くの目的を果たせる。
ここでは望みどおりの熱が得られるからである。
この道具を、すべての人が確実に扱えるわけではない。
それゆえ、図には描いていない。
別の炉は、確かに六十のガラス器を、
いや、さらにずっと多くをまかなう。
その一つ一つが同じ熱の中に置かれる。
図から、その教えを得ることができるだろう。
この操作のための別の炉も、
私が構想によって見いだした。
それは、分離できるものの分離と、
上昇操作とに、とりわけよく役立つ。
また分割と呼ばれる分離、
洗浄と呼ばれる修正にも役立つ。
あるものの乾燥にも用いられ、
準備にも非常によく役立つ。
こうして六つの事柄によく役立ち、
しかも私がいうとおり、すべてを一度に行える。
これは新しいものであり、
すべての人に見せるために図示することはない。
もう一つの炉は図に描かれるだろう。
注 Altification は高める操作として「上昇操作」と訳し、通常の sublimation(昇華)と同一と断定しなかった。
それは、ほかのどの炉よりも危険が多く、
マグネティアのために作られた炉である。
勇敢な人でさえ、その中央で燃えずにあった
一枚の粗末な亜麻布に、手で触れるのをためらった。
激しく猛り燃える炎を恐れたからである。
この巧妙な炉も、私が考案した。
そこには、この時点で語るのが適切な範囲を越えるほど、
多くの不思議を見いだした。
その熱の度合いの調整は、不確実で、偶然に左右される。
その中では、大きな費用のかかる質料マグネティアを、
素早く世話しなければ、たちまち失うことになる。
その度合いの調整を誤りたくなければ、
栓に注意し、次のことをよく学べ。
栓が大きいほど、熱は小さくなる。
さまざまな栓によって、異なる度合いを得られる。
それぞれの炉の力、働き、本性を知る者は、
十分に真実を見いだせる。
それを知らないままでいる者は、
その作業のすべてが運任せとなる。
術と道具の完全な調和なしには、
誰も確実に目的を達することはできない。
この章で述べたものよりも、
さらに多くの道具が使われるのを見るだろう。
それらは、よい、または慎重な助言によって整え、
賢い者なら、あらかじめ何度も試せ。
第四の調和は、まことに注目すべきものであり、
この術と、それに適した場所とのあいだに成り立つ。
ある場所は、いつも乾いていなければならず、
外気から閉ざされ、風があってはならない。
ある場所は暗く、薄明かりでなければならず、
日の光が一本も射してはならない。
しかし別の場所については、実際のところ、
いくら明るくても明るすぎることはない。
注 Magnetia は刊本の綴りを保持し、p64と同じく物質を確定しない。Stoples は炉の通気・熱調整に関わる栓として訳した。
著者たちの述べたように、ある作業のためには、
湿って冷たい場所が必要である。
しかし、われらの作業では、どこであっても、
風はどの場合にも害となる。
それゆえ、作業ごとに適時、
理にかなうよう場所を整えなければならない。
哲学者たちは、その知恵によって、
九つの錠の内側で作業すべきだと述べた。
占星術師たちは、選び抜かれた作業場所を
見つけるのは恩恵であると述べた。
多くのものは、ある場所では不思議な働きをし、
別の場所ではそうしない。
まことに、同じものが反対の国々で、
反対の不思議を成し遂げるのである。
その原因として現れるものは、
天球の相反する位置のほかにはない。
地上の相反する場所は、
それらに調和し、従順であるとわかる。
このことの大きな証拠、きわめて明らかな証しは、
磁石にあからさまに現れる。
その北の端は、自分の国のほうへ引きつけ、
南の星の下では針を遠ざける。
それゆえ、この術を求めた賢者たちは、
ある場所は適合し、ある場所は役に立たないと見いだした。
実際、淫行が行われるような場所は、
この術のためには、まったく退けねばならない。
第五の調和は、学識者によく知られており、
天の球と、われらの微細な作業とのあいだにある。
地上の何ものも、
われらの石の元素ほど単純ではない。
それゆえ、それらが生成の作業にある時には、
星々の配置に最もよく従う。
それに最も自然に適合する調和とは、
注 磁石の記述は当時の説明を字義に近く訳した。locks Nyne は九重に施錠された秘密の作業場所をいう表現。
直行し、火性であるアセンダントであり、
この操作には柔軟宮を用いる。
その反復の数が多いためである。
アセンダントと、その支配星をともに吉にし、
凶星のアスペクトをそれらから遠ざけよ。
もし凶星が妨げたり、どうしても害したりするなら、
三分のアスペクトで向き合うようにせよ。
白の作業には月を吉にし、
第四ハウスの支配星にも同じことをせよ。
そこは古い学識者たちのいう「隠された宝」であるから。
作業の奉仕者のためには、第六ハウスにも同じことをせよ。
これらすべてを、大きな障害から十分に守れ。
図にあるとおり、あるいは同じ意図に沿って。
その時、この時刻選定に反して、
あなたの出生図が害を予示するのでないかぎり、
天球を動かす者の力は、形相的なものである。
第八天球の力は、ここでは道具的なものであり、
その宮、図形、アスペクトに関わる部分を伴う。
惑星の力は、固有で特殊なものであり、
元素の力は、ここでは質料的なものである。
注ぎ込まれる力は、それらすべてから生じる。
第一のものは、職人の心に似ており、
第二のものは、その手に似ているとわかるだろう。
第三のものは、よい道具に似ており、
残りは、あなたがたの意図どおりに作られた物に似ている。
以上のすべてを互いによく調和させよ。
その時、あなたがたの功が、大いなる主にしてくれるだろう。
このように、言及しているエリクサー、
第二の意図に属するものが生成する。
迷信的な術である土占いを信じるな。
神が作られた理性を、そこでは脇に置くからである。
すべての占星術師を信じるな。その理由を言おう。
その術は、錬金術と同じほど秘密だからである。
他方の術は否定され、明らかに禁じられている、
注 signe common は占星術の共通宮/柔軟宮。Ascendent は東の地平の上昇点。direct and firie の direct は直行としたが、上昇点に直接適用される用語としての意味には不確実性がある。Shrewes は凶星と解した。
神の教会の聖なる聖人たちによって。
降霊術を信じるな、愛するな。
嘘をつくことは、悪魔の本性だからである。
この教えを信じ、ここに望みを置け。
そして今、火の統御を学べ。

第七章
熱の高低を知る者を、
まことに完全な師と見なしてよい。
火の熱についての無知ほど、
あなたがたの望みを妨げるものはない。
多くの著者がこう書いているのを見るだろう。
「すべては火の統御にかかっている」。
それゆえ、すべての段階において、
熱が必要より多くも少なくも働かぬよう進めよ。
この点で、ゲベルの料理人の多くは、
書物には通じていても、欺かれた。
子豚やガチョウを湯がく時のような熱を、
この術では煎煮と呼ぶ。
そのような熱は鉱物の中間物に役立ち、
また、われらのリサージに汗をかかせる。
美しい薄地のハンカチを乾かすような熱は、
三十の操作において、われらの空気に役立つ。
しかし分割には、料理人が大きな肉を
焼く時のような熱を用いなければならない。
分離可能なものの分離には、
同じ熱を、取り囲む火とともに用いることを望む。
しかし元素の循環には、
「白熱する火」が、われらの意図にかなう。
その火は、毎瞬つねに等しく、
しかも絶え間なくなければならない。
弱まることも強まることも決して許されず、
また、その火は決して絶えてはならない。
賢く研究し、見回して、
そのような火を確かに見いだせ。
そして、その火の中には、
手に感じられ、目に見える湿気があってはならない。
注 原刊正誤表103頁1行の指示に従い call を削除した。
注 下から4行目の wisely の末尾、および次行の Fier の冒頭が染みで損なわれる。読める字形と構文に基づいて [y] と [Fi] を補った。Gebars は Geber(ゲベル)の属格。
「湿った火」も、もう一つの火である。
ただしそれは「形容語における矛盾」に見える。
このような熱は、ある時には、
器の側面に付着した質料を引き離す。
この熱には、さらに多くのことができる。
しばしば濃い質料を薄くする。
ある哲学者は、この熱について謎めかして語り、
その最も高い度合いに達すると、
乾いた熱の第一度にあるのと同じほどの
乾燥を引き起こし、生じさせる、と言った。
別の火は乾燥の火であり、
湿潤によって液を含んだ質料のためにある。
別の火は保存の火であり、
その操作に属するすべての乾いたもののためにある。
マグネティアのためには流出の火があり、
危険と惑わしに満ちている。
作業に降りかかる危険だけでなく、
師本人を傷つける危険もある。
ひとたび受ければ、それに対する治療はない。
それゆえ、足もとから息を取るように備えよ。
口、目、耳、鼻のために用心せよ。
鼻風邪の十倍よりも悪いからである。
人々はこれによって激しい苦痛を味わった。
あらかじめ、この警告を受けていなかったためである。
「腐食する火」は、この術において、
「近接する元素」を賢く分けるのに役立つ。
一点でも過剰なら、作業はすべて損なわれ、
一点でも少なすぎれば、不十分である。
その真の度合いを確実に見いだせる者は、
「火における大いなる師」となるだろう。
その力を正しく知るのは、いっそう難しい。
試す手段は、われらの視覚しかないからである。
それゆえ、その前ではすべての人が失敗する。
そこでは、経験という代価を払って熱を学ぶのである。
注 fetch breath from your foote は字義どおり「足もとから息を取る」と訳した。歴史的な危険回避法の記述であり、現代の安全手順として有効性を示すものではない。Pose は鼻風邪・鼻カタルの古語。
とりわけ、この熱について、アナクサゴラスはこう述べた。
「初めから思慮ある者と認められる者はいない」。
別の熱は、強い強制の熱であり、
液化しにくい鉱物のためにある。
この熱は、いくら強くても強すぎることはなく、
どれほど長く続けても同じである。
別の熱は、不純な金属を準備するための
仮焼の熱である。
これは金属を燃やしても、融かしてもならない。
そうすれば、すぐにすべてが損なわれるからである。
第十二は、鉱山のすべての精気を
昇華させるための熱である。
これらの最後の熱は、すべてに関わる。
われらの石が投射の段階に至る時のものである。
実践が熟達を生む。ほかに言うことはない。
ただし失敗する者は、再び始めねばならない。
今、私はすべてを名指して教えた。
人が他の人にウォルシンガムへの道を教えるように、
村、水辺、橋、丘を一つ一つ示し、
賢い人が旅を遂げられるようにした。
同じように、学識者も心が明澄なら、
この教えによって、この学をよく見いだせる。
それ以外の者で、学問をほとんど知らない者は、
これに携われば、自分が愚かだと思い知るだろう。
これは、地上のすべての知識の到達点だからである。
教皇であれ王であれ、その栄誉や
偉大な助言者たちによって、そこへ達することはできない。
著者たちのいうとおり、ただ徳と恩寵によってのみ達する。
この貴い石は、まことに敬虔に求めなければ、
見いだされず、作られもしない。
前述の著者たちと、この私の書は、
錬金術の教えをすべて示している。
もし、あなたがたがその言葉をすべて完成させるなら。
思い込みによってでなく、この作業順序書に従って。
注 Nemo primo fronte は原刊の文法的に不規則な形を保持し、primo を prima に無断訂正しない。
この作業順序書では、あらゆる疑いからあなたがたを解き放つ。
誤って記されたものはなく、一点の省略もない。
かつては、この教えと基礎があれば、
千ポンドよりも私を喜ばせたであろう時があった。
三百ポンドも、この火の章ほどには、
私の望みを満たさなかっただろう。
領主たちよ、そしてすべての友よ、不思議に思うな。
誰もがこの術を呼ぶとおりの、かくも高貴な学が、
なぜ、ここでは無骨で粗い英語で述べられるのか、と。
これは、この作業に携わる
多数の無学な人々を教えるために、このように作られた。
力量ある学識者十人に対して、俗人は一万人いる。
そのために、この国では毎年、大きな富が
愚かにも失われると、賢者たちは知っている。
そして、あらゆる身分の多くの人が、
毎年、深い貧困へ追いやられる。
俗人たちよ、やめよ、やめよ。いつまでも愚行を続けるな。
無知を捨てるのは、遅くとも、しないよりよい。
この書を読むことに喜びをもつすべての人よ、
私の魂のために、また生者と死者すべてのために祈れ。
キリストの年、千四百七十七年に、
この作業は始められた。天なる神に誉れあれ。
注 末尾の年は1477年。seaventy and seaven は長行の折返しを結合した。
リプリー 錬金術の組成
錬金術の合成
ヨークシャーのブリドリントンの聖堂参事会員、サー・ジョージ・リプリーの著になる、きわめて優れ、学識豊かで価値ある著作。十二の門を収める。
著作の表題
ここに『錬金術の合成』が始まる。
ブリドリントンの聖堂参事会員が、
イタリアで学んだのち、
しばらく住んだイクスニングで著したもの。
この書には、太陽と月の双方の秘密が
あらわに説き明かされる。
それらが自らの種を増殖するには、
一つの身体に共に住まねばならぬことが。
この参事会員はサー・ジョージ・リプリーといい、
修道院での規律遵守を免除されていた。
昼も夜も彼のために祈られよ。
あなたがたの向上のために労したのだから。
彼は闇を光に変えた。
あなたがたを幸運へ導こうとし、
正しく生き、
神を不快にさせることをしないように勧めた。
ジョージ・リプリーより国王エドワード四世へ
おお、誉れ高き君主、勝利あふれる騎士よ。
恩寵と幸運を豊かに授けられ、
イングランドを守り、正義を支える御方よ。
神があなたを愛されることは、まことに明らかに示された。
それゆえこの国が新たになると私は信じる。
喜びと富、慈愛と平和によって。
古い怨恨が地に伏し、
嵐のような騒乱と不幸がやむように。
今や、まことに明らかなしるしによって私は見る。
神があなたを導かれ、あなたが徳高く、
罪と傲慢な者を憎み、
人殺しをも忌み嫌われることを。
また貧しい者に憐れみ深くあられることを。
あなたが長く生きられぬなら、それは大いなる悲しみとなろう。
あなたは大いなる幸運におごることもなく、
あらゆる不正に復讐しようと恨みを抱くこともない。
あなたの最も高貴な御身における、これらと他の事柄を思えば、
神が御存じであり、民も証しするとおり、
私は心の底から動かされ、どうしても
このことを記さねばならぬ。それはへつらいではない。
そればかりでなく、ここに書き記し、
陛下に慎んで献上したい。
遠い国々で私が学び、
まったく値しない私に恩寵によって貸し与えられた大いなる秘密を。
かつて私は閣下に、こうした事柄をお約束した。
あなたが私に使いを送るよう命じられた時のことである。
そののち、私は厳密に秘密を守って
陛下に書き送った。ルーヴァンの
大学から、神が恩寵によって私に幸いにも見させてくださった時に。
さらに大きな秘密と、はるかに大きな利益を。
それを私はあなたお一人にだけ明かしたい。
すなわち、赤と白の大いなるエリクシルの双方を。
どうか信じていただきたい、私が真実見いだしたことを。
最も秘められた錬金術の完全な道を。
私はマルクのためにもポンドのためにも決して
あなた以外の誰にも公にはしない。ただし条件がある。
あなた自身のうちに厳重に秘密を保ち、
神の御心にかなうことだけに用いられること。
そうでなければ、いつか私は神に罰を受けねばならぬ。
その秘められた宝を暴いたために。
それゆえ十分によく考えて御判断いただきたい。
この秘密を知る者は、ほかのいかなる者でもなく、
ただあなた一人であると、私は誠実に断言する。
この世に私の命が続くかぎり。
そのことを、閣下から私に保証していただきたい。
この私の願いを誓いによって受け入れていただきたい。
神の大いなる賜物と秘密を明かして、
私が自ら神の怒りを招くことのないように。
さらにもう一つ、陛下のお許しを願いたい。
私はそれを筆であからさまに書くことは決してしない。
しかしお望みの時には実践によって御覧になれる。
また口伝によっても、この最も喜ばしく貴重な秘密、
すなわち赤と白のエリクシルをいかに作るかは、
陛下に明瞭にお伝えしよう。
もしわずかな費用と時間の猶予をもって
助けてくださるなら、三位一体の助けによってそれらを作ろう。
とはいえ、起こりうる危険を思えば、
ここで結び目をあからさまに解く勇気はない。
それでも私の文章を、それほど謎めいたものにはしない。
学究によってその知識を見いだせるように。
あらゆるものが自らの種において増殖しうること、
金属の身体の種形が変成しうることを、
私は説明しよう。心で私の言うことを理解されるなら、
私の文章が真実であり、作り話ではないと確かめられよう。
神が私を通じてこの宝を得ることを許されたなら、
いっそうの賛美と感謝をもって、敬虔に神に仕えられよ。
その神性に祈り、生あるかぎりそのようにとどまり、
恩寵と幸運の賜物を、神に喜ばれるように用いられよ。
何よりも特に心を向けるべきことは、
力と知恵の及ぶかぎり神の十の戒めを
守り、自らを危険に陥れないことである。
そして後の世に栄光のうちに神を見られるように。アーメン。
かの哲学者は『気象論』の書に記している。
金属の身体の種形は変成しえないと。
だがそのあと、さらに喜ばしいこの言葉を加えた。
それらが物質的な始原へ還元されないかぎり、と。
それゆえ、本性上融けうる身体、
鉱物と金属は、水銀にされうるのである。
この学問は単なる臆説ではなく、
レイモンドその他が定めた真実であるとお分かりいただけよう。
同じ書で哲学者は、また語っている。
陛下がお読みくださるならお分かりになるが、
さまざまな硫黄、とりわけ二種類について。
また実際にそれらと結びついた二種類の水銀について。
それによって、真に理解する者を導く。
真なる原理の知識へと。
私が首尾よく得た、最も純粋な赤と白の双方へ。
とはいえ、それを見いだした者はごくわずかしかいない。
そしてこの二つこそ最良だと、彼はすぐに付け加える。
錬金術に携わる者が取り上げるべきものとして、
それのみでわれらの金と銀を作るために。
それゆえ私は言う、われらの真珠とルビーを作ろうとする者は、
述べた原理を捨てないよう心せよ。
始めにおいてその原理が真実で、
技芸によってそれらをしかるべく焼成できるなら、
まことに最後にその仕事を悔やむことはないからだ。
しかしぜひ知るべき大いなる秘密が一つある。
哲学者たちが複数形で語っても、
すべてはただ一つのものなのだ、私を信じられよ。
その種において一つであり、主としてわれらの基体となるもの。
そこから白も赤も自然に生じる。
しかも白が赤より先に来なければならない。
それは手仕事で作られるのではなく、
技芸の助けを得て、われらの鉛から自然に生じる。
われらの最も貴重な石のすべての部分は、
私が証明できるとおり、同じ本質をもち、一体に凝結している。
さらに、真なる原理は一つしかない。
それに出会うまで、私はずいぶん長くかかった。
それを還元でき、その熱を知り、
ただ同種のものをもって同種のものを整え、
元来の汚れがその座から清められるまでにできる者なら、
われらの大きな秘密も小さな秘密も見いだせる見込みがある。
ゆえに、同種のものをその同種のものとのみ働かせ、
あなたの元素をすべて結び、争わないようにせよ。
とりわけ、次の点も心に留めよ。
受動的な本性を能動的なものに変えること。
水から火を、土から風を速やかに作れ。
四角形から円い形を作れ。
そうすれば、われらの蜂の巣の蜜を得る。
一オンスでも千ポンドの値打ちが十分にある蜜を。
注 「the Whyte must come fyrst of the Red」の of は here before の意に取った。原文の語を保持した。
注 「Of Water, Fire, and Winde, of Erthe make blive」は水→火、土→風という語順の交錯を訳出した。
あらゆる秘密のうち最も肝要な秘密は、
真の比率であり、これを後回しにはできない。
その点については上辺だけにとどまらぬように勧める。
いつか真の完成に至りたいと思うなら。
土を水に、水を風に変え、
そこから火を作れ。そしてノアの洪水に
気をつけよ。この点に盲目な者が多く、
この学問からほとんど益を得られないのだ。
食べ飲むには節度を守るよう勧める。
イポサルカが入り込まぬよう十分に用心せよ。
過度に飲んで腹をふやかすな。
短い間に自然の熱を消してしまわぬように。
顔に現れる色がそれを教えてくれる。
ゆえに、食べられる分量より多くは飲むな。
ゆったりとした歩調で行き来せよ。
ひどく汗をかくほど身体を熱するな。
動いて汗をかいたのちには穏やかな火で
身体を温め、ふたたび乾かせ。
食後には川や泉のほとりを歩け。
朝早く高い山を訪ねよ。
医学がそう命じると私は確かに読んだ。
それでも、山に登る時はそれほど高く登るな。
下り道を平易にたどれるようにし、
外套で寒さから身を守れ。
こうした運動は健康によい、汗を
布で拭き、そのあと冷えないようにするなら。
粗大な体液は汗によって自然に除かれるからだ。
ディアカメロンを用い、次いで純金と調製せよ。
水性の体液にはヘルモダクティルスがよいと私は考える。
有孔のヒペリコンをティティマルスの乳液と共に用いよ。
年老いたら、鯨蝋も同量、赤葡萄酒と共に用いよ。
金と煮た山羊の乳は、根源的な湿りを養う。
注 Iposarcha は水腫の一種を指す古い医語。薬名は当時の名称を保持した。ana は等量の意。これは歴史的な錬金術・医学の記述であり、現代の服薬・実験指示ではない。
しかし、よい医師になろうとする者は誰でも、
われらの下界の天文学をよく知る必要がある。
そののち、硝子の中の尿をよく観察することを学び、
温める必要があれば火を吹き起こし、
次いで巧みに、さまざまな方法でそれを扱い、
原因に応じて速やかに薬を作り、
病を一つ残らず正しく述べられるようにせよ。
このようにできる者は、その医術によって栄えるだろう。
われらには、第五精髄からなる朽ちぬ天がある。
元素、十二宮、惑星、明るい星々で飾られている。
それは精妙な感応によってわれらの土を潤し、
そこから、目には見えぬ秘密の硫黄を
引き寄せる力によって取り出す。
蜂が花から蜜を取るように。
ほかのいかなる地上の生き物にもこれはできない。
ゆえに神のみに栄光と誉れあれ。
また、激しい寒さによって水から凝固した
氷が水に融けるように、
フォイボスがその熱の力でそれを打つ時には、
まさに同じように、われらの金は鉱物の水へと還元される。
アルベルト、レイモンド、アルノルドが明瞭に書くとおり、
技芸によって生じさせた熱と湿りにより、
霊の凝固を伴って。見よ、私は今述べたのだ。
われらの材料をどのように互いに釣り合わせるべきかを。
染物師の技からも、この学問を学べる。
彼らが水でどのように煎液を作るかを見るがよい。
ホソバタイセイとアカネから、穏やかに忍耐強く、
布が受け取る染めの成分が現れるまで。
それらは布の中に堅く固定され、いったん結びつけば、
洗っても決して布を離れない。
まさしく同じように、われらの湖の水を用い、
ヘルメスの樹の灰と共に煮ることで、われらのティンクトゥラを引き出す。
このティンクトゥラは技芸によって完全になると、
金属を永続する色で染める。
赤または白の薬の性質に従って。
その色は、どんな火によっても決して焼き失われない。
この例によく注意を払うなら、
それだけ早く目的に達するだろう。
また火を穏やかに保ち、激しくしないようにせよ。
始める時は、自然が仕事を止めたところから始めよ。
まず仮焼し、そののち腐敗させ、
溶解し、蒸留し、昇華し、下降させ、固定せよ。
生命の水で繰り返し洗い、乾かし、
身体と霊のあいだに婚姻を結ばせよ。
こうして両者を自然に混ぜ合わせられるなら、
身体を溶かすうちに水が凝固する。
すると身体は下痢によって完全に死に、
あなたが見るとおり、血を流し色を変える。
三日目にそれは再び命へと立ち上がり、
鳥や荒野の獣を食い尽くす。
烏、鸚鵡、鵲、孔雀、鶫を。
不死鳥、白い鷲、恐ろしいグリフォンを。
緑の獅子と赤い竜を打ち負かし、
白い竜も、羚羊、一角獣、豹も、
その他の大きな鳥や獣も小さなものも、
ほとんど誰もが恐れるバジリスクをも食い尽くす。
ブスとヌビのうちに、それは起き上がり昇ってゆく。
月へ、そしてそこから太陽へと。
果てなく円く巡る大洋を通って。
ただ小さな硝子の樽に乗り込んで。
そこに達すれば、奥義は獲得されたのである。
この旅に多額の財を費やしてはならない。
それでも、これを始めたことを喜ぶだろう。
忍耐強く自分の仕事に付き添う気があるなら。
注 Bus and Nubi は原文どおり保持し、音写した。Unicorne Panther は並列する動物名として訳した。
その時それは身体と霊、また油と水の双方を、
魂とティンクトゥラを、白と赤を共に一つのものとして含む。
さまざまな色を経たのち、人々が何と騒ごうとも。
いったん死に、
蘇ったものはまた、われらの白鉄鉱、われらの磁石、われらの鉛、
われらの硫黄、われらの砒素、われらの真の生石灰、
われらの太陽、われらの月、われらのパンの発酵種、
われらの蟇、われらのバジリスク、われらの未知の身体、われらの男、われらの妻とも呼ばれる。
われらの身体がこうして技芸により自然に再生すると、
われらの哲学では第一位の薬と呼ばれる。
それをしばしば再び霊化しなければならない。
前述したわれらの天文学の円い車輪を回転させて。
そうして霊のエリクシルに至らねばならない。なぜなら、
固定したもののそれが、飛翔するもののそれによって凌駕されるまでは、
ただ身体のエリクシルとだけ呼ばれるからだ。
この秘密の要点によって、本当に多くの者が惑わされる。
この自然の過程を技芸の助けによりこのように完了させると、
霊的エリクシルはわれらの油性の湿りの中に溶解する。
次いでマリアの浴の中で共に循環させよ。
新しい蜜や油のように完全に濃くなるまで。
するとその薬はあらゆる病を癒やし、
あらゆる金属を太陽と月に完全に変えるだろう。
かくして大いなるエリクシルと飲用金の双方を得る。
神の恩寵と御意志によって。神に永遠の賛美あれ。
注 Balneo of Mary は湯浴による間接加熱、Aurum Potabile は「飲用金」。原著の効能の主張を訳出したものであり、現代医学上の有効性を保証しない。

ここに続く図は、この論考の大きな秘密も小さな秘密も、すべてを含む。
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
太陽は火を司る
土星は土を司る
水星は水を司る
木星は気を司る
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
注 外周の四つの銘。天体名は同時に錬金術的金属名としても読まれる。
牡羊宮・獅子宮・人馬宮
熱
乾
夏
引き寄せる力
南
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
金牛宮・処女宮・磨羯宮
冷
乾
秋
保持する力
西
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
巨蟹宮・天蠍宮・双魚宮
冷
湿
冬
排出する力
北
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
双児宮・天秤宮・宝瓶宮
熱
湿
春
消化する力
東
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
聖書が語るとおり、
汚れなき処女の胎へと、
キリストはわれらを贖うために降り、
高き御座を離れて肉を取られた。
同じく太陽もここでその位から降り、
南を出て西へと進み、
大洋を通り、休みなく働く。
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
注 上右の外周詩。
キリストがわれらの性を身に取られた時、
その神性をわれらの目から隠されたように、
まさに同じく、太陽の光線も
ここでしばらく太陽を離れる。
伴侶である月の翼の下に、
太陽は自らの栄光を隠し、
増殖するため、その本性において死ぬのである。
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
注 下右の外周詩。make は「伴侶」の意。
キリストが受難と木の上の死ののち、
墓へと埋葬され、
そののち、栄光を受けた身体で、
輝きをまとって蘇られたように、
まさに同じく、身体の苦しみによって、
さまざまな色の食に覆われた太陽は、
比類ない白さをもって東に昇る。
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
注 下左の外周詩。
キリストが地から天へ昇り、
栄光の雲の中を高き御座へ向かわれ、
そこで治め、終わりなく輝かれるように、
その澄んだ光には何ものも比べられないように、
まさに同じく、今やわれらの石となった太陽は、
若さによって最初の栄光を取り戻し、
南で即位するために昇る。
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
注 上左の外周詩。
石の第一の側面、すなわち西の幅。そして実践への入口。性質は土性、人為的に生じたもの、西方のもの。
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
注 右の小円内。
北における石の深さ、そして煉獄の天球。性質は水性、色は変化し、暗く不完全である。太陽の食。北。
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
注 下の小円内。the は彫版の略記を展開。
石の第二の側面、すなわち東の幅。そして思弁的なものへの入口。性質は気性、楽園の明るい天球、満月。東方のもの。
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
注 左の小円内。
南における石の高さ。性質は火性、完全を超える第五精髄として輝く。実践の終わり、均衡したもの、南。
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
注 上の小円内。
ここで赤い男は白い妻と、
生命の霊によって婚姻する。
ここで彼らは煉獄へ行かねばならない。
そこで苦痛と悲しみによって清められるために。
ここで彼らは、すべての苦しみを通り過ぎ、
水晶のように輝くものとなった。
ここで彼らは、住まうために楽園へ向かい、
太陽よりも明るいものとされる。
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
注 最外側の文字入り環状帯。右の句を起点に時計回りで読んだ。
太陽の天球、一。あらゆる石のうち最良なのは、太陽によって最もよく煮熟され、火に最も近く、ほかのものより火によく耐え、それによって壊れるのが最も遅く、最も重みのある石である。それゆえ金属のうちでは金がより優れている。火によっても水によっても損なわれないからである。
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
月の天球、三。それは白さのティンクトゥラ、輝く光沢をもつもの、腹の中に石を宿す母である。太陽によって凝固を助けるように、これによって溶解を助けよ。それは自らの内に、延び広がりうるすべてのものの力を含み、あらゆる金属を染める。
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
注 原彫版の lapides partans を保持した。文意上は lapidis portans(石の母、これを運ぶ)に相当すると解して訳した。
愛の女神ウェヌスの天球、八。これは太陽と月のあいだでティンクトゥラを結合する仲立ちであり、どちらへも容易に変わりうる身体である。それゆえ大いなる作業においては不完全な身体として置かれ、「緑の獅子」と呼ばれる。
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
注 coniūgendi の鼻音省略符を coniungendi と展開した。convertibili は語尾の i が明瞭な原彫版の形を保ち、文法的な正規化はしていない。
水星の天球、十二。それはこの上なく金的な霊であり、金と異なるのは、金が固定されているのに対してそれは固定されていないという点だけである。その顕わなものは冷たく湿り、隠れたものは火性であり、それが染める。金は自ら染められるまでは染めないからである。
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
注 tingitur は環状行の末尾 donec の上に添えられた文字。省略せず文末に接続した。
主要な色の天球
淡色、黒、白、赤
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
第一の性質の天球
第二の性質の天球
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
土は気になる。
水は火になる。
気は土になる。
火は水になる。
気は土になる。
火は水になる。
それらから第五精髄が生じる。
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
注 内側の二つの環を横断して配置された変換語句。下方を起点に時計回りで読んだ。quinta / essentia の間に ex quibus oritur が挟まる配置を、統語順に展開した。
四角を円くした時、すべての秘密は見いだされる。
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
火
気
水
土
中心/石/[力か。不確実]
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
注 中心の四弁には Ignis, Aer, Aqua, Terra。内寄りには cen と trum(合わせて centrum=中心)、Lapis(石)、Vis のように見える短語がある。最後の短語の第一字は装飾的で、IA・SHI両画像を拡大しても Dis との区別が確定できないため、[Vis?] と明示して訳語を暫定表示した。中心語の連なりを根拠なく文章へ補わない。
この図は、われらの天と呼ばれ、
また、下界の天文学のわれらの表とも呼ばれる。
これを理解すれば、失敗することなく、
われらの薬を完全に作ることができる。
それゆえ、この図をよく学べ。
そして昼も夜も神に、
恩寵のため、また著者のために祈れ。
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
注 下欄七行詩。the Author の the は彫版の略記を展開した。
哲学者たちの天
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
ジョン・ゴダード刻
117頁
注 折込図の図中文字。Internet Archive の scan139(500 dpi)に加え、Science History Institute 所蔵1652年本の鮮明な同版図で照合した。補助資料:https://digital.sciencehistory.org/works/0c483k14n (Public Domain Mark 1.0)。
注 彫師の署名と挿入先表示。図版自体は無頁付であり、source_printed_page は null を保つ。
序詞、ここに始まる
この学の子よ、私に耳を傾け、
あらんかぎりの熱心さで私の教えを聞け。
これらの知恵の言葉を心に留めよ。
古き父祖たちから伝わり、その意味は真実である。
魂を清くして生き、神に背いてはならない。
自らを高めず、むしろ低く保て。
さもなければ、神はあなたの中に知恵を蒔かれない。
偽りの教えと邪悪な思いからは、
聖なる霊は身を引かれる。
罪の行われる所に住むことを望まれぬからだ。
ゆえに神を畏れ、その法に従え。
義人が見捨てられるのを私は見たことがない。
その子孫が窮乏してパンを乞うのも見たことがない。
聖書にはそう書かれていると私は読む。
それゆえ知恵をあなたの姉妹とし、
思慮に呼びかけて友とせよ。
それらは真理の道を通ってあなたを導き、
どこへ行こうと、愛と誠実さをもって、
徳高く、礼儀正しく、親切にあらせる。
ゆえに神に祈れ、あなたが
知恵と思慮を見いだせるよう、口と心をもって。
あらゆる善がそれらと共に来て、
その手から数えきれぬ誉れが来る。
そうすれば、あなたは苦難に陥らない。
それらの豊かさは比類ないのだから。
それらはあなたを、誉れと利益、
知識とあらゆる恩恵にふさわしくする。
この世でも、あなたの生涯が過ぎたあとでも。
それらがもたらすこれらの恩恵は、
知恵の書にも一部が数え上げられているが、
それに比べられるものを私は知らない。
富も、芳しい香料も及ばない。
あらゆる宝にまさるその卓越さはかくも大きく、
地上のどんな貴重なものも、
比べれば、まことにただの粘土のようなものだ。
それらは人にとって尽きぬ宝である。
それらを用いる者は親しく交わるだろう、
天の神と。そしてそこで神を見るだろう。
それゆえ、それらを熱烈に求めよ。
身体と魂の双方を救い、
この世では財を増し、
君主たちの前で人を尊いものとするからだ。
考えよ、いかにアダムが知恵を失い、
サムソンがあの強大な力を失ったかを。
サウル王もその王国を失い、
ダビデは自らの悪のために厳しく罰せられた。
美しいアブサロムは髪によって樫の木に吊られ、
ヒゼキヤ王は病による罰を受けた。
ほかにも多くの者が罪によって破滅した。
しかし見るがよい、善く生き、
自らの神に背かなかったほかの人々は、
そのような懲らしめを受けることがなく、
神はいつも彼らに慈しみを示された。
エノクとエリヤはこの世から運び去られ、
楽園に入った。ほかの善く生きた者たちも、
さまざまな仕方で神から報われた。
ある者は大いなる幸運を、ある者は大いなる知識を、
ある者は深い平和を、ある者は多くの富を得た。
ある者は住むための土地を征服し、
ある者は深い謙遜のゆえに高められた。
またある者は暴君、獅子、灼熱の炉の
残酷さから救われた。
ダニエルや、さまざまな所のほかの人々のように。
こうして神は善く生きる者には大いなる恩寵を送り、
罪人には厳しい罰を送られる。
ある者はこの世で改める時間を与えられ、
ある者は突然、天からの火で焼かれた。
罪深いソドムの人々は永遠に滅ぼされた。
ダタン、アビラム、ほかの多くの者たちと共に。
彼らは罪によって、終わりなき苦しみへ沈んだ。
このように、世界が作られて以来つねに、
神は悪にも善にも報いを与えられた。
このことがあなたの思いにとどまるなら、
罪深い生き方から心を改めさせるだろう。
罪深い人々がこれを理解したなら、
神に背くことを恐れ、
速やかに罪深い生を改めるべきである。
それゆえ、神と共に始めるよう心せよ。
神が恩寵によってあなたと共に住まれるように。
そうすれば最もよく知恵と、
われらの大いなる秘密の知識を得られよう。
徳を養い、悪徳から逃れよ。
あなたが自らを正しく整えることを信じ、
私はわれらの秘密をあなたに明かそう。
それを秘密に保ち、私のために祈れ。
神の御心にかなうように用いよ。
それによって、できるかぎりの善を行え。
この生涯が続くあいだは。
そうすれば、最期ののちに確実に
天で報われることができる。
神があなたにも私にも、それをお許しくださいますように。
序文
おお、高く、理解を超え、栄光に満ちた威厳よ。
その輝く光線は、われらの観想を圧倒する。
実体において一にして、神性において三なる御方よ。
天の位階に属する歓喜者たちの、祝福に満ちた讃栄よ。
おお、魂の慈悲深き浄化者、純粋な永続よ。
おお、危険から逸らし、最も恵み深く引き寄せる御方よ。
この憎しみに満ちた虚栄の谷から、われらを高める御方よ。
おお、力よ、知恵よ、言い尽くせぬ善よ。
私を支え、教え、私を治める者となってください。
私の生き方が決してあなたの御心に背かず、
真に信仰を告白する者として、あなたへの務めを果たせるように。
この始まりにあたり、善き主よ、私の祈りを聞いてください。
恩寵をもって近くにあり、私の意志を強めてください。
私の志を成し遂げられるよう、恵みをお与えください。
あらゆる宝を収める、最も精妙で豊かな櫃、
あなたこそそれです。あなたからあらゆる善が降り来ます、
人へ、また一つ一つの被造物すべてへと。
それゆえ、御手の業をお守りください。
われらがこの世に生きる時間を無駄にせず、
誠実に糧を得ることをお許しください。
罪深さの危険へ走り込むことのないように。
われらはあなたのために、
世と、自らの意志と、肉の欲を捨てました。
ゆえに、自ら進んであなたを告白する者としてお受け入れください。
われらの信頼はただあなたのみに懸かっています。
これより先へは自ら進めず、あなたに身を傾けねばなりません。
どうか、われらをあなたの秘密の宝庫を守る者としてください。
あなたの秘密を示し、豊かな恵みをお与えください。
あなたに誓願を立てたほかの者たちの中に、
私も一人として、謙虚に服して身を差し出します。
あなたの僕となれますようにと願い、
自らの誓願に従い真実に生きようとします。
私はブリドリントンの律修聖堂参事会員です。
主よ、どうか私を生かしておいてください。
あなたの真の僕たちに、その秘密を明かせるように。
始めに、あなたが無からすべてを作られた時、
球形で暗く混沌とした質料が、
始原者であるあなたによって驚くべく作られ、
自然にすべてのものを未分化のまま含んでいました。
そこから六日のうちに、あなたは明瞭な区別を作られました。
『創世記』が明らかに記すとおり、
その時、天と地はあなたの御言葉によって完成しました。
こうして、あなたの意志と力によって、一つの
混沌とした塊から、存在するすべてのものが作られました。
しかし、創造者であるあなたは、それに先立って栄光のうちにあり、
今もあり、終わりなくあり続けます、まことに。
そして浄められた魂は、あなたの至福へと
至るでしょう。これは一つの原理となりえます。
われらの石を説明するための。
一つの塊から万物が作られたように、
われらの実践でも、まさにそうでなければならない。
われらの秘密はすべて、一つの姿から生じねばならぬ。
それゆえ哲学者たちの書を見たい者は見るがよい。
われらの石は、一にして三なる小世界と呼ばれ、
また硫黄と水銀からなるマグネシアとも呼ばれる。
自然によって最も完全な比率に整えられたものである。
しかし多くの者は驚く。それももっともであり、
この驚くべき事柄を思いめぐらす。
われらの石とは何なのか。哲学者たちは、
いつもそれを求める者たちにこう言うのだから。
鳥や魚もそれをわれらにもたらし、
誰もがそれをもち、それはあらゆる所にある。
あなたの中にも私の中にも、あらゆる時と所にある、と。
これに私は答える。それはまことに水銀である。
だが普通にクイックシルバーと名づけられるものではない。
それなくしては何ものも存在しない水銀である。
真の哲学者は皆、同じことを記し、語る。
しかし無知な探求者は彼らを非難し、
彼らがそれを隠すと言う。だが責められるべきは、
学識もないのに哲学に手を出す者たちである。
それが水銀であるとはいえ、なお賢明に理解せよ。
それが何の中にあり、どこに求めるべきかを。
さもなければ、この仕事に着手しないように勧める。
哲学者は美しい言葉で愚者を持ち上げるからだ。
しかし私の言うことを聞け。私は真実を教えよう。
どの水銀があなたに最も役立つかを。
あなたを少しも欺くことなく。
それはあるものの中には、ほかのものより豊富にある。
それゆえ、私があなたに書くことに注意せよ。
たとえその知識に達しなかったとしても、
そのことで私を責めてはならない。
私は今、真実をもってあなたを促そう。
三つの水銀をよく理解するように。
それらこそわれらの学問の鍵である。
レイモンドはそれらを自らの溶媒と呼ぶ。
それらなしには、本当に正しいことは何も成し遂げられない。
ただし、そのうち二つは表面的であり、
第三のものは太陽と月の本質に属する。
その性質をまもなく説明しよう。
また、ほかの金属の本質的な水銀が、
われらの石の主要な質料である。
太陽と月の中に、われらの溶媒は見えない。
それは作用を通じてのみ目に現れる。
それこそ、われらが言う石である。
われらの文章を正しく理解する者に言うならば、
それは魂であり、輝く実体、
太陽と月からの精妙な感応であり、
それによって土は輝きを受け取る。
アヴィセンナは言う、金と銀とは何か、
純粋に白く、また赤い土にほかならないではないか、と。
そこからその明るさを取り去れば、
その土はほとんど役に立たなくなる。
この複合体全体はわれらの鉛と呼ばれる。
明るさという性質は太陽と月から来る。
これが、われらの溶媒のすべてである。
第一のものを用いて、われらは完全な身体を
自然に仮焼する。だが不純なものは仮焼しない。
ただ一つだけ例外があり、それは通常、
哲学者たちに緑の獅子と名づけられるもの。
それは太陽と月のあいだの仲立ちであり、
ティンクトゥラを完全に結合させる。
ゲベルもそれを証言している。
第二のものは、かつて死んでいたものを蘇らせる
植物的な湿りであり、それを用いて、
質料的な原理も形相的な原理も
ともに解き放たねばならない。さもなければほとんど役に立たない。
それゆえ溶媒を知るよう、私は勧める。
それらなくしては、真の仮焼も、
自然な溶解も行うことができない。
第三の湿りは最も永続的で、
本性上不燃性かつ油性であり、それをもって
ヘルメスの樹を灰になるまで焼かねばならない。
それはまさに、われらの自然の火、
われらの水銀、または硫黄、または純粋なティンクトゥラ、
われらの魂、われらの石、風に運ばれ、
土の中で生まれたものである。このことを心に留めよ。
この石について、さらにあえて言おう。
それは可能態にある金属の蒸気である。
それをどう得るかに注意しなければならない。
この溶媒は、まことに目に見えないからだ。
とはいえ、第二の哲学的な水をもって、
元素を分離することにより、
澄んだ水の姿で目に現れることがある。
作業によって豊かに増進させたわれらの溶媒から、
またそれをもって、自然の硫黄を作ることができる。
それを十分に、かつ自然に鋭くし、
循環させて純粋な霊とするなら。
そののち、それをもってあなたの基体を
さまざまな仕方で確実に溶解しなければならない。
実践によって知ることになるとおりに。
それゆえこの要点は、ふさわしい箇所で、
ほかの多くのことと共に説明しよう。
神が時間と恩寵を与え、
私を生かし、災いから守ってくださるなら。
教えるとおりに行うようにせよ。
そして最初の主要な基礎として、
あなたの溶媒の水を理解せよ。
真の仮焼を行い、
根源的な湿りを浪費せず増大させ、
繰り返し精妙化することによって、基体が
金属の上の蝋のように容易に流れるに至ったなら、
それを植物的溶媒で溶かせ。
明るい色の油がそこから得られるまで。
その時あなたの溶媒は、目に見えるものとなる。
そして、われらの精良な赤い鉛から、
金色の、またはそれに似た色の油が引き出される。
レイモンドは老いた時、それが
金よりはるかに役に立つだろうと言った。
年老いて死に近づいた時、
彼はそれから飲用金を作り、
人々が見ることのできたとおり、それが彼を蘇らせたからである。
それらはそのように共に循環させられる。
すなわち、油と植物的溶媒である。
双方を作業によってそのように増進させ、
技芸によって天上の石とする。
その本性はかくも火性に富むため、われらはそれを
われらのバジリスク、またはコカトリス、
われらの最も貴重な大いなるエリクシルと呼ぶ。
バジリスクの眼差しが見据えたものを
殺すように、それは粗製の水銀を殺す。
その上へ投射されると、
瞬きする間に、突如として。
その水銀は永続的に染め上げる、
あらゆる身体を、完全な太陽と月へと。
赤と白のいずれにも、あなたの基体をこう導け。
飲用金はこのように作られる。
普通に仮焼した金からではなく、
消え去ることのないわれらのティンクトゥラから。
循環する溶媒によって、われらの基体から引き出されるものだ。
しかし、あなたの金が溶解する前に、
まず必ず自然の仮焼を
行わねばならない。その第一原理を、まず語ろう。
さて私は、この論考を章に分けよう。
その数は十二とし、適切な総括を添える。
余計な繰り返しは脇に置き、
ただ真の教示を与えることを目指す。
理論と実践的な操作の双方について。
私の書いたものに導かれようとする者が誰でも、
その意図を完全に達成できるように。
第一章は自然の仮焼について、
第二章は秘められた哲学的溶解について、
第三章はわれらの元素の分離について、
第四章は婚姻としての結合についてとなる。
次いで第五章、腐敗についてが続き、
第六章は白化をもたらす凝固について、
その次に第七章、給養についてが続く。
第八章はわれらの昇華の秘密を示し、
第九章は発酵について、
第十章はわれらの高揚についてとするつもりである。
第十一章はわれらの驚くべき増殖について、
第十二章は投射について。そののち総括を置く。
こうして、この論考は終わりに至る。
私が意図するとおり、神の助けによって。
仮焼について
第一の門
1. 仮焼とは、われらの石の浄化であり、
同時に、その自然の熱を回復することである。
根源的な湿りを少しも失わせず、
われらの石に最も適切な溶解をもたらす。
哲学に従って、私はあなたがたに言う。
普通のやり方をしてはならない。
さまざまに調製した硫黄や塩を使うやり方を。
2. 腐食剤によっても、火だけによっても、
酢によっても、燃える水によっても、
鉛の蒸気によっても、われらの石は
われらの意図するとおりに仮焼されはしない。
そのように仮焼しようとする者は皆、
この難しい学問から手を引け。
われらの仮焼をもっとよく理解するまでは。
3. そのような仮焼では身体が損なわれる。
われらの石の湿りを減らすからである。
したがって身体が粉になるまで焼かれ、
木や骨の灰のように乾いたなら、
われらはそのような石灰状のものを望まない。
われらは仮焼の際に、根源的な湿りを
増殖させ、少しも減らさないからである。
4. われらの真の仮焼の確かな基礎として、
賢く、同種のものを同種のものとのみ働かせよ。
同種のもの同士には、互いを欲する傾きがあるからだ。
これを知らぬ者は、知識において盲目にすぎない。
風に運ばれる霧のように、さまよい続けるだろう。
どこに降りればよいか、確かなことは何も分からず。
われらの言葉を正しく理解できないからである。
5. ゆえに、道理に従って、同種のものを同種のものに結べ。
あらゆる芽は、その種子に対応するからだ。
人は人を生み、獣も同じく獣を生む。
このことをさらに論じる必要はない。
だが成功したければ、この点を理解せよ。
あらゆるものは、まず自らの種の中で仮焼される。
これをよく理解すれば、その中に実りを見いだすだろう。
6. われらは白と赤の油性の仮焼物を作る。
基体が完全になるまでに三つの段階を経て。
蝋のように流動しなければ、ほとんど役に立たない。
哲学者たちが書くとおり、まことに長い過程を通る。
一年か、それ以上の時間をわれらは取る。
それより短い期間では、われらの仮焼物は
消えぬ色で染められるものにはならないからだ。
7. 比率については用心しなければならない。
多くの者がそこで欺かれるからだ。
それゆえ、自分の仕事を損なわぬよう、
身体を細かく鑢で削り、
同じ量の、このように精妙化した水銀と合わせよ。
太陽を一、月を二、
すべてが粥のようになるまで。
8. 次いで水銀を太陽に対して四、
月に対して二とせよ、それがあるべきように。
こうして仕事を始めなければならない。
三位一体の姿において。
身体を三、霊を三、
そして霊的実体の一性のために、
身体的実体より一つ多くする。
9. レイモンドの『レポルトリウム』によれば、これは正しい。
そこにある比率を見たい者は見るがよい。
私の師も同じことを私に示した。
しかしベーコンは霊を三、
身体を一とした。このことで私は夜を明かした、
理解するまで幾晩も。
どちらも正しい。好きな方を取るがよい。
10. 水が土と釣り合う比率にあるなら、
それを適切な度合いに熱せよ。
そこから新しい芽が生じるだろう。
白と赤の双方の、純粋なティンクトゥラのうちに。
それは火の中でも永遠に耐える。
それから生けるものを殺し、死せるものを蘇らせ、
争うことなく三性を一性にせよ。
11. これが最良で最も確かな比率である。
ここでは霊的な部分が最も少ないからだ。
それゆえ溶解はいっそうよくなる。
少量の水で行う場合よりも。
土を飲ませ過ぎれば、すべてを失う。
それゆえ陶工の粘土に注意せよ。
腹を決して柔らかくふやかし過ぎるな。
注 第11連は「lest of the part spyrytuall」と「Water small」の対照が原文自体で不明瞭。文言を改作せず訳した。
12. その粘土がどのように調整されるかを見よ。
それを仮焼する方法にも目を向けよ。
そして常にこのことを心に留めよ。
土を決して水で窒息させてはならない。
最も節度ある熱で湿りを乾かせ。
月の湿りで溶解を助け、
太陽で凝固を助けよ。そうすれば成し終える。
13. こうして四つの本性は第五のものへ変わる。
それは最も完全で均衡した本性である。
だが裸足で蹴るのはつらいことだ、
新たに鋭くした鉄や鋼の刺し棒に向かって。
愚かになった多くの者は、まさにそうしている。
自分にはまったく理解できない、
これほど高い事柄に手を出す時に。
14. 卵、礬、あるいは血の中に、
どのような富を見いだそうと思うのか。
哲学を理解していれば、
作業においてそれほど盲目にはならず、
異なる種から金や銀を探しはしないだろう。
燃焼の原理が火であるのと同じく、
金化の原理は、まことに金なのだから。
15. それゆえ、われらの哲学の技によって
金や銀を作ろうとするなら、
そのために卵も血も取るな。
金と銀を取れ。それらは自然に、
賢明に、手仕事によらず仮焼されると、
新たな生成を生み出し、
あらゆるものと同様、自らの種を増やすだろう。
16. たとえ、金属でないものの中に、
完全なものがありうるということが真実だとしても、
目に美しい色をもつもの、
血、卵、毛髪、尿、葡萄酒などの中や、
鉱山から掘り出した卑金属の中にあったとしても、
それでも、その元素は腐敗させ、分離し、
完全な身体の元素と婚姻させなければならない。
17. しかし、まずこれらの元素を回転させよ。
何より先に、土を水に変えよ。
次いで微細化によって水から気を作り、
気を火にせよ。そうすればあなたを師匠と呼ぼう。
われらの大小すべての秘密の師匠と。
あなたは元素の車輪を回すことができ、
われらの文章を疑いなく真に理解しているのだから。
18. これが済んだら後へ戻り、車輪を再び回し、
火をただちにあなたの水に変えよ。
気を土に変えよ。さもなければ働きは徒労である。
こうしてわれらの石は均衡へ導かれ、
相反する四つの本性が一つとなる。
それらが三度循環させられたのちに。
また、あなたの基体も完全に成就する。
19. このように月の湿りのもと、
太陽の穏やかな熱のもとで、
あなたの元素はまもなく灰化される。
そしてあなたは奥義を獲得する。
その時仕事を始められたことを神に感謝せよ。
そこで、あなたは一つの真のしるしを得るからだ。
それはまず黒さのうちにあなたに現れる。
20. このしるしを、われらは烏の頭と呼ぶ。
ある人々は烏の嘴と呼ぶ。
ある者はヘルメスの樹の灰と呼び、
このように、思い思いの名をつける。
腹いっぱい食べる、われらの大地の蟇と。
ある者は、それによって死滅させられたものの名で呼ぶ。
毒によって中毒した大地の霊と。
21. だが言っておこう、その名は無限にある。
目に黒く見えるあらゆるものにちなみ、
白くなる時まで名づけられるのだから。
黒さのあとで明るくなると、
もっと喜ばしい名をもつようになる。
白いものにちなむ名を。赤いものも同じ
規則に従い、赤いものからその名を取る。
22. 今あなたは第一の門の内にいる。
哲学者たちが住む城の中に。
賢明に進み、さらにその城の
多くの門を通り抜けられるようにせよ。
その城は鐘のように円い。
そして、なお十一の門をもつ。
一つを征服した。今こそ第二の門へ進め。
第一の門、終わり
溶解について
第二の門
1. ここで溶解について一言二言述べよう。
それは先に目から隠されていたものを現し、
厚かったものを希薄にもする。
澄んで明るい、われらの第一の溶媒の力によって。
その中で、われらの身体は食に覆われたように見え、
堅く乾いた緊密さから精妙化され、
自らの第一の本性へと自然にさかのぼる。
2. それらは類において一つであり、数においてはそうではない。
その父は太陽、母はまことに月であり、
仲立ちは水銀である。この二つだけが
われらのマグネシア、われらのアドロプであり、ほかの何ものでもない。
そこにあるのは、ただ姉妹と兄弟だけだ。
すなわち能動者と受動者、
われらの意図において同じ本質をもつ硫黄と水銀である。
3. 性質の相反するこの二つのあいだに、
驚くべき仕方で仲立ちが生まれる。
それはわれらの水銀、油性の溶媒、
目に見えず働くわれらの秘密の硫黄であり、
火よりも激しく身体を焼き、
鉱物の身体を水に溶解する。
その暗さゆえ、われらはこれを北方の夜と呼ぶ。
4. だが、哲学者たちの溶解の真の秘密を、
あなたはまだすっかり理解していないと思う。
ゆえに賢明に私の言うことを理解するよう勧める。
私は欺かず、真実を告げるからだ。
われらの溶解は、われらの凝固の原因である。
一方における身体的な溶解が、
他方における霊的な凝固を生じさせるからだ。
5. われらは、手を濡らさない水へと溶解する。
土が完全に灰化された時には、
水が凝固するのだ、このことを理解せよ。
元素はこのように連鎖しており、
身体が最初の形相から変えられると、
新しい形相がただちにもたらされる。
いかなる形相もまったくもたずに存在するものはないからだ。
6. ここで、ある秘密をあなたに明かそう。
それはわれらのすべての秘密の基礎である。
それを知らなければ、あなたは失うばかりだ。
大小あらゆる労力と費用を。
それゆえ誤りに陥らないよう気をつけよ。
土が多く、水が少なければ少ないほど、
それだけ早く、よりよい溶解を見るだろう。
7. 氷がどのように水へ融けるかを見よ。
そうならねばならぬ、もとは水だったのだから。
まさに同じく、われらの土も再び水へ向かい、
それによって水は永遠に凝固する。
これまで生まれたすべての哲学者によれば、
あらゆる金属は、かつて鉱物の水だった。
ゆえにそれらは水によって、すべて水へ変わるのである。
8. この自然に生じた水の中には、
性質の対立と差異がある。
それゆえ、ものをものへと回転させねばならない。
差異が完全な一性へ導かれるまで。
聖書は記している、地が
揺り動かされ、深い海へ山々が
投げ込まれる時を。われらの身体もついには同じくなる。
9. われらの身体は、適切にも山々に
たとえられ、高い惑星にちなんで名づけられる。
それゆえそれらを水銀の深みへ
向けよ。そして過ちから自らを守れ。
すると、すばらしい光景を見るだろう。
すべてが絹のように柔らかい粉になる様を。
われらの凝乳酵素は、このように自然にわれらの乳を固める。
10. その時、われらの身体は最初の形相を失い、
ほかの形相がただちにもたらされる。
その時あなたの費用は有効に使われたことになる。
一方、技を知らぬ者は立ち去らねばならない。
われらの哲学の秘密を知らないからだ。
なお、もう一点あなたに告げねばならない。
あらゆる身体が三つの次元をもつことを。
11. 高さ、幅、深さである。
それらを通って、必ずわれらの車輪を回さねばならない。
入口は西にあると知れ。
うまく行えば、その先の道は北へ向かう。
そこであなたの光明は、ことごとくその光を失う。
そこで九十夜とどまらねばならぬからだ。
光なき煉獄の闇の中に。
12. それから、ただちに東へ進路を取り、
さまざまに変化する多様な色を通過せよ。
その時、冬と春はほぼ過ぎ去っている。
ゆえに東への上昇を図れ。
そこでは夏に、太陽が日の光と共に
昇る。そこで喜びのうちに楽しめ。
そこであなたの仕事は完全に白くなるからだ。
13. 東からさらに南へ上昇し、
そこに火の座を据えよ。
そこには収穫がある。すなわち、あなたの望むとおり、
この仕事全体の終わりがある。
そこでは太陽が自らの天球で輝き、
食ののち、赤さのうちに栄光を帯び、
王として、すべての金属と水銀を治める。
14. これらすべてを一つの硝子器で行わねばならない。
卵のような形をし、よく閉じられたものの中で。
そして加熱の度合いを知らねばならない。
それを知らなければ、仕事はすべて失われる。
硝子器を、触れて感じ、
素手で持ち続けられる以上の熱さにはするな。
哲学者たちが告げたとおり、失敗を避けるために。
15. さらに私の教えに注意せよ。
硝子器を決して開けず、動かさないよう気をつけよ。
始めから、終わりに達するまでは。
それに反すれば、仕事は決して成就しない。
こうして、この短い章のうちに、
真の溶解をあなたに教えた。
今や第三の門へ進め。この門は勝ち取られたのだから。
分離について
第三の門
1. 分離は、それぞれの部分をほかの部分から分ける。
精妙なものを粗大なものから、薄いものを厚いものから。
だが手仕事による分離は退けるようにせよ。
それはほとんど益を得ない愚者に属するからだ。
われらの分離においては、自然は休まない。
元素的な性質を分け続ける。
それらすべてが第五の位階へ変わるまで。
2. 土は黒く青黒い水へと変わり、
そののち水は真っ白な状態のもとで気へ変わる。
気は火に変わる。元素はこれで尽きる。
ここから技芸によって、われらの大いに喜ばしい石が作られる。
しかし、この分離についてはさらに多くを書かねばならない。
哲学者たちの定義によれば、分離とは、
述べた元素の四重の分散と呼ばれる。
3. この分離と似た表象を、私は見いだす。
預言者が詩篇でこう語ったものに。
神は石から清い水の流れを出し、
最も堅い石から油を豊かに出された、と。
まさに同じく、賢いなら、われらの貴重な石から、
不燃性の油と水を取り出すだろう。
そのために炭を吹く必要はない。
4. 穏やかで加減された熱によって、これを行え。
まず湿った火、次いで乾いた火を用い、
忍耐強く水様分を引き出せ。
そののち、ほかの本性のものも賢く引き出し、
土が渇くまで乾かせ。
仮焼によって。さもなければ、労苦はすべて無駄になる。
それから、その湿りを再び飲み込ませよ。
5. このように何度も分離を行わねばならない。
質料を二つの部分に分け、
単純なものを粗大なものから取り出す。
青黒い色の土が底に残るまで。
その土は固定され、あらゆる苦しみに耐える。
もう一方は霊的で、飛び去るものである。
だがそれらをすべて一つのものに変えねばならない。
6. それから、油と水は水と共に蒸留し、
その助けによって運動を受ける。
この二つをよく保て。適切に閉じていないために、
仕事を台無しにしてはならない。
硝子で栓を作り、
器の頂をそれと一緒に融かせ。
そうすれば、哲学者にふさわしい用い方となる。
7. 石を新たにするための水は、
作業に用いる前に、
それだけで幾度も蒸留するようにせよ。
汚れた澱から清められた時を、
自分の目でよく見分けられるだろう。
ある者たちは土星や、われらの退ける
ほかの物質を用いて、それを増やすことがあるからだ。
注 巻末正誤表(scan520) は p.140 l.16 の menyng を moving に訂正するよう指示する。source_text は印字 menyng を保持し、訳は訂正に従って「運動」とした。
8. それゆえ、清らかになるまでそれを蒸留せよ。
あるべきとおり、水のようにさらさらになり、
天のように明るく輝く色になるまで。
形と重みの双方は保ったままで。
ヘルメスはそれで自らの樹を潤した。
硝子器の中でまっすぐ育てたのである。
目に美しい、さまざまな色の花をつけて。
9. この水は、毒をもつ蛇に似ている。
強力なテリアカが作られる、その蛇に。
それは怒りのきわめて強い毒であり、
これ以上強い毒は考えられない。
それゆえ薬種商の店でしばしば買われる。
しかし、薬へと高められた
のちは、それによって毒される者はない。
10. その時それは、真のテリアカと同じく、
毒を最もよく排出するものとなり、
その働きにおいて驚異を示し、
多くの者を死から守り、生へ戻すからだ。
腐食剤を混ぜないようにせよ。
純粋で素早く流れるものを選べ。
それによって利益を得たいなら。
11. それは本性において驚くべきものであり、
それなくしては何事もなしえない。
それゆえヘルメスはそれを自らの風と呼ぶ。
太陽と月から上方へ飛び、
われらの石もまもなくそれと共に飛ばせるからだ。
死せるものを蘇らせ、命を与える。
太陽と月、夫と妻に。
注 Tyre はテリアカの材料となる毒蛇を指す語。原著の毒性・薬効の言説を歴史資料として訳出しており、現代の安全性を保証するものではない。
12. それらを技芸によって生かし、
その脂を水で引き出し、
こうして薄いものを厚いものから分けなければ、
この仕事を成し遂げることは決してできない。
それゆえ確実に成功したければ、
鳥たちを巣から飛び立たせ、
そののち再び降ろして休ませよ。
13. 水は水と調和して従い、
霊は霊とそうする。それらは同種だからだ。
それらを高めたのちには、下降させよ。
そうして、自然が以前に結んだものを分ける。
本質的な水銀を風に変えることによって。
この自然で精妙な分離なしには、
有益な生成を完成することは決してできない。
14. 今あなたがこの門に入るのを助けるため、
最後の秘密を告げよう。
あなたの水は七度昇華されねばならない。
そうしなければ自然な溶解はなく、
液状の瀝青のような腐敗も、
現れてくる色々の色も見ることはない。
硝子器の中で働く火が欠けているからである。
15. 理解しなければならない火は四つある。
自然の火、非自然の火、反自然の火、そして
薪を燃やす元素の火である。
われらが使うのはこの四つで、それ以上はない。
反自然の火は、あなたの身体を苦しめねばならない。
それが、あなたに言うところのわれらの竜、
地獄の火のように激しく燃えるものである。
16. 自然の火は第三の溶媒であり、
この火はあらゆるものの中に自然にある。
だが人為的に生じさせた火を、われらは非自然の火と呼ぶ。
腐敗のための灰や浴の熱もそうである。
これらの火なしには、釣り合う比率に合わせた
あなたの材料を腐敗へ導き、
分離することはできない。
17. それゆえ、硝子器の中に火を作れ。
元素の火よりも身体を強く燃やす火を。
あなたの望みのとおりに、
われらの秘密を得たいなら。
するとあなたの種は根を張り、芽を伸ばす。
人為的に生じさせた火の助けによって。
そののち自然に分離されるように。
18. 分離の門は、このようにして勝ち取られねばならない。
そうすればさらに進める。
秘密の結合の門に向かい、
城のさらに内へと導かれる。
それゆえ、成功したければ私の助言に従え。
この門は二つの強い錠で閉ざされている。
続いて今から知ることになるとおりに。
第三の門、終わり
結合について
第四の門
1. われらの石の元素を分ける、
自然の分離の章のあとに、
ここでは秘密の結合の章が続く。
それは相反する本性を完全な一性へ結び、
一方が他方から逃れられぬほどに結び固める。
火によって試される時にも。
それほど確実に、それらは共に結ばれるのである。
2. それゆえ、哲学者たちはこの定義を与える。
結合とはほかでもない、
分かれた性質の接合であると。
あるいは、ほかの者が言うように、原理を等しく調整することである。
しかしある者は、薬種商が売る水銀に
身体を混ぜる。自らの質料を分けられず、
それゆえ道を踏み外すのである。
3. 魂が分離され、
水によってその原罪から清められ、
純粋に霊化されるまでは、
真の結合を始めることは決してできない。
それゆえ、まず魂を身体から分けよ。
すると魂が、身体的な部分と霊的な部分との
永続する結合を生じさせるだろう。
4. 哲学者たちは二つの結合に言及する。
身体が水銀と共に再び熱せられる時の、粗大な結合。
だがそれは通り過ぎ、第二のものに注意せよ。
前に述べたとおり、分離のあとに行われる結合である。
そこで、こうして最もわずかに結ばれた部分が残り、
最も完全な均衡へと高められる。
するとそののち、それらのあいだに反発は決して生じない。
5. こうして分離は、水、気、土、火の
真の結合を生じさせる。
だが、あらゆる元素がほかの元素へ導かれ、
あなたの望みどおり永遠にそのまま保たれるためには、
職人が粘土や泥にするようにせよ。
濃く調整し、薄くし過ぎるな。
そうすれば、それだけ早く乾燥に達するだろう。
6. この結合には三つの様式がある。
第一のものを哲学者たちは二重の結合と呼ぶ。
能動者と受動者のあいだに成立すべきもので、
雄と雌、水銀と生きた硫黄、
質料と形相、薄いものと厚いものが生成するための結合である。
この教えは疑いなくあなたを助ける。
われらの結合を真に成し遂げるために。
7. 第二の様式は三重の結合と呼ばれる。
三つのものから成る結合、
身体、魂、霊が争わなくなるまでの結合である。
この三性を、完全な一性へ導かねばならない。
魂が霊との結び目でなければならぬように、
魂は身体もそれに結びつけねばならない。
この教えを心から逃がしてはならない。
注 第4連の「the partys be left whych lest so collygate」は印字を保持。left / lest の構文は不明瞭であり、確定的な補筆をせず訳した。
8. 第三の、そして最後の様式は、
四元素を結び、共にとどまらせるもので、
哲学者たちは確かに四重の結合と呼ぶ。
特に、名高いグイド・デ・モンタイノがそう呼ぶ。
それゆえ、今この最も称賛すべき様式において、
われらの結合では四元素を合わせねばならない。
最初に別々に分離されたものを、適切な比率で。
9. それゆえ、女には十五の管があり、
男には彼女を受胎させる働きのために五つしかないように、
われらの結合にもそれが必要である。まず言いたいのは、
男たるわれらの太陽は、その水を三つもつべきであり、
妻は九つをもち、彼の三倍でなければならないことだ。
そうすれば、同種のものが同種のものと住む喜びを得る。
結合について、これ以上語る必要はない。
10. それゆえ、この章をすぐに終えよう。
粗大な結合は一度だけ行うよう、あなたに命じる。
娼婦たちに子が生まれることはまれだからだ。
そして、あなたもわれらの石を得ることは決してない。
女を独りで横たわらせておかなければ。
男によって受胎したあとは、
彼女の子宮を、ほかのすべてのものに対して閉ざしておくために。
11. 常に粗製のものへ粗製のものを加え、
器を開け、質料を冷ましてしまう者は、
受け入れられた種を養わず、ただ自らを
欺き、その仕事をことごとく損なうからである。
それゆえ、うまく行いたいと思うなら、
子宮を閉じ、種を養え。
成功したいなら、持続する穏やかな熱をもって。
注 巻末正誤表(scan520):p.146 l.3 の contently を certainely に、l.13 の whych を with に訂正。source_text は印字を保持し、訳はそれぞれ「確かに」「と」によって訂正を反映した。
注 生殖に関する記述は錬金術上の男女の寓意と当時の生理学的言説を訳出したもの。
12. 器を五か月置き、
雲も食も一つ残らず過ぎ去り、
光が現れたなら、すぐに熱を増せ。
石が白さのうちに明るく輝くまで。
その時には、ただちに硝子器を開けてよい。
その時生まれた子に食べ物を与えよ。
乳と食物を、ますます多く。
13. 今や湿と乾の双方はこれほどよく釣り合い、
土は水から刻印を受け、
それ以後、両者は決して分離されないからだ。
また同じく、水は土に浸透する力を与え、
共に住むことを互いに誓い合った。
水は土から保持する力を得た。
四つは一つとなり、二度と争うことはない。
14. われらの意図のすべては二つのものに懸かる。
相反する二つ、乾と湿に。
乾は湿を固定へ導き、
湿は土に液化を与える。
こうして釣り合わされた両者から、
身体ほど濃くはなく、
水ほど薄くもない混和物が、確かに生じるために。
15. それゆえ、解くことと結ぶことは、
この難しい学問の二原理、最も主要な二つの極である。
もっとも、ほかの原理もさらに多くある。
これから示す、輝く灯火のようなものが。
それゆえ、われらの知恵のこの堅固な城の、
別の城壁へと進め。
第五の門から、さらに内側へ入れるように。
腐敗について
第五の門
1. 今、腐敗の章が始まる。
この極なくしては、どんな種も増殖できない。
それはただ、湿った身体の中の熱が
持続して作用することによって行わねばならず、手仕事によってはならない。
ほかのやり方では、身体は自然に変質できないからだ。
キリストも証しされるとおり、一粒の麦が
地中で死ななければ、増加を得ることはできない。
2. 同じように、あなたの質料が腐敗しなければ、
それは決して真に変質できず、
元素も自然に分けられず、
それらの結合も完全には行われない。
それゆえ、労苦が空しくならぬように、
腐敗の秘密をよく理解せよ。
この仕事に取りかかる前に。
3. 腐敗は次のように定義できる。
哲学者たちによれば、それは身体を殺すことであり、
われらの複合体においては、三つのものを分けることである。
身体を殺し、腐朽へと導き、
そののち、再生できるものにすることである。
まことに地上のものは、
天の周回運動によって生み出されるからだ。
4. それゆえ、前に述べたとおり、
元素を混ぜ、賢明に等しく調整したなら、
穏やかな熱の中に保ち、常に避けよ、
激しい熱によってそれらが焼かれ、
役に立たぬ赤い乾燥粉末になることを。
むしろ烏の嘴のように黒い粉末とせよ。
浴の熱、あるいはわれらの糞塚の熱によって。
5. 九十夜が過ぎるまで、
湿った熱の中に保ち、何ものにも触れさせるな。
まもなく黒さによって見て取れるだろう。
それらが急速に腐敗へ近づくことを。
そののち、さまざまな色を経させ、
忍耐をもって穏やかに、完全な白さへ導け。
そうすれば、あなたの種はその本性において増殖する。
6. 互いに抱き合い、口づけさせ、
子供のように、あちらこちらで遊ばせよ。
そしてシャツが尿で汚れたなら、
女に洗うことを課せ。
彼女はしばしば衰弱して失神し、
ついには子供たち皆と共に死に、
元来の汚れを清めるため煉獄へ赴くだろう。
7. そこに入ったら、少しずつ
熱によって彼らの苦しみをますます増せ。
彼らから火を絶やすことは決してするな。
そのために炉が適していることを確かめよ。
賢者たちがアタノールと呼ぶ炉、
必要な熱を最も穏やかに保つ炉を。
その熱によって、水は自然に腐敗する。
注 intemperat は印字上続いているが、文意・韻文の指示に従い in temperat(穏やかな熱の中に)と解して訳した。
8. 賢明なグイドはこの原理について語り、
腐ることによって身体的複合体は死ぬと言う。
そしてモリエンその他によれば、そののち、
再生し、単純で霊的なものとなって再び立ち上がる。
熱と湿りが持続しなければ、
種は胎内にとどまることができず、
したがって、そこから実りも生じないだろう。
9. それゆえ最初に、われらの石を取り、
一方を他方と共に、それらの墓の中へ埋めよ。
次いで対等な婚姻を両者のあいだに結び、
六週間、共に横たわらせよ。それから、
受胎した種を自然に養い、守らせよ。
そのあいだ、墓の底から上がらせてはならない。
この秘密の要点が、多くの者を惑わせる。
10. この受胎の時期を、穏やかな熱で待て。
現れる黒さが、いつそれらが死ぬかを教えるだろう。
その時、それらは共に液状の瀝青のようになり、
膨れ、泡立ち、沈み、腐敗する。
その中に輝く色を見るだろう。
虹のように、目に驚くべき色を。
その時、水は本格的に乾き始める。
11. 湿った身体の中で養う穏やかな熱は、
何より先に黒さを生じさせる。
それは自然な混合のしるしとして、あなたに定められたものであり、
真の腐敗のしるしでもある。このことを覚えておけ。
その時には完全な変質を成し遂げ損なうことはない。
こうして、黒さの門から入らねばならない。
白さのうちにある楽園の光に達したいなら。
注 巻末正誤表(scan520):p.150 l.1 Pryncypull を principle、l.6 now を noe に訂正。source_text は印字を保持し、訳は「原理」「とどまることができず」として訂正を反映。
12 まず、昇りゆく太陽は暗くなり、
ノアの洪水の水が地上から去ったように、水は去る。
あの水は百日に
五十日を加えたあいだ留まり、そののちすべて退いた。
まさしくそのように、賢者たちの理解したとおり、われらの水も
退き、あなたはダビデとともに言えるであろう、
「川々は乾いた地へと去った」と。これを心に留めよ。
13 その後まもなくノアは葡萄園を植え、
それは豊かに栄え、ほどなく葡萄を実らせた。
それだけの期間が過ぎれば、もはや恐れるな。
同じように、われらの石にも繁栄が続くからだ。
そしてそののち三十日が過ぎるや、
ルビーそのもののように赤い葡萄が得られよう。
これこそ、われらのアドロプ、われらのウリフェル、われらの赤い鉛である。
14 一時の苦しみを終えた魂が、
永遠に喜ばしい生命のある楽園に迎えられるように、
われらの石も、煉獄の闇を経たのち、
浄められ、元素のうちに争いなく結び合わされ、
その妻の白さと美しさを享受する。
そして煉獄の闇から楽園の光へ移り、
白さのうちに大いなる力を持つエリクシルとなる。
15 あなたがより容易に腐敗に達するため、
次の例を確かな結論として受け取れ。
腐敗の秘密はすべて、その中にある。
絶えず水に浸されている樫の芯材は、
容易には腐らない。これは偽りなく告げることである。
たとえ百年、いやそれ以上水中にあっても、
以前と変わらず健全なままだと分かるだろう。
注 151頁14行について原刊正誤表は「and our red」と読むよう指示する。印刷本文「our Ulyfer red and our Lede」を転写に残し、訳文は訂正による語順「our Ulyfer and our red Lede」(われらのウリフェル、われらの赤い鉛)を反映した。
注 ラテン語 Abierunt in sicco flumina は本文中の引用として訳した。
16 しかし、ある時は濡らし、ある時は乾かしておけば、
材木について日々の経験から見られるとおり、
時がたつにつれて、その樫もすっかり腐る。
同様に、われらの目的に従い、
われらの樹も、ある時は太陽で焼かなければならず、
次には、すぐに水で冷やさなければならない。
こうすれば、うまく腐らせることができる。
17 ある時は湿り、またある時は乾き、
ある時は大いに熱く、またある時は冷たく
なることが、すぐに腐敗させる原因となる。
そのようにして、あなたの金を腐敗に導くのだ。
だから物体を、私の教えたように扱え。
腐敗させる際、加熱をあまり急ぐな。
さもなくば、灰の中で利益を探す羽目になろう。
18 それゆえ、水を土から引き出し、
それとともに魂を上昇させよ。
次いで、再び土の中へと降ろせ。
両者が何度もそのように昇り降りするようにするのだ。
激しい熱と急な冷えから
ガラス器を守り、火を適温に保て。
器の側面で水が決してガラス化しないようにせよ。
19 水を選ぶ際には賢明であれ。
塩、硫黄、あるいは中間の鉱物に手を出すな。
どのような水について人があなたにしゃべり立てようとも、
われらの硫黄と水銀は、金属のうちにのみある。
それを油や水と呼ぶ人々もおり、
家禽や鳥など、他にもさまざまな名で呼ぶ。
愚者がわれらの石を決して知ることのないようにするためだ。
注 第16節の「As thow many se」は刊本のまま。文意は「見ることができる」であり、many は may の誤植と考えられる。
注 第19節の「any Water」は刊本のまま。文脈上は「水をめぐって誰が何と言おうと」の意に解して訳した。
20 われらの石は、この世界の種子と呼ばれる。
自然の求めるとおり、技によって動かされれば、
その成長はきわめて豊かとなり、
あなたの望むままに、同種のものを増やす。
それゆえ、神があなたに霊感を授け、
真理を知り、空想を避けるようにしてくだされば、
富においてあなたに並ぶ者は少なかろう。
21 ところが多くの者は、自分の思いつくままに作業したがり、
華やかなティンクトゥラを含む種々の材料に取り組む。
白いものも赤いものも、手作業で分離されて
目には見えるが、火の中では飛び去ってしまう。
そうした者は、毎日壺やガラス器を割り、
臭気と煙と夜更かしによって、
自分を毒し、視力を失っていく。
22 衣服は汚れ、着古して擦り切れ、
どこへ行っても、臭いから金属増殖家と知れる。
腐食剤で指を汚すのもいとわず、
目はただれ、頬は痩せて青ざめる。
こうして「あらかじめ知っていれば」と、損失と悲しみに苦しむ。
財布にあったものを失い尽くすと、
喚き立て、哲学者たちをひどく呪うのだ。
23 自分たちが哲学者だったという長いあいだにも、
われらの石を知ることは、ついぞできなかった。
ある者は煤、糞、尿に探し、ある者は葡萄酒に探し、
ある者は星の粘液に探した。石とはただ一つのものなのだが。
血や卵に探す者もおり、財産を失い尽くすまで続けた。
元素を分離し、数多くの壺を割り、
破片ばかり増やして、目当てには当たらなかった。
注 Starr/Sterr slyme(星の粘液)は当時の物質名として「星の粘液」と訳した。
注 第22節「an d」は刊本の空きを保持した。
24 彼らの家を見るのは、まことに面白い見世物だ。
何と多くの炉、何とさまざまな形のガラス器があることか。
何と多くの塩、粉、油、強い水があることか。
「第一質料について」、何と雄弁にしゃべることか。
それでも真理を見つける幸運には恵まれない。
われらの水銀や生きた硫黄を扱いながら、
そこで惑い、ますます暮らし向きが悪くなる。
25 彼らは赤い男とその白い妻を取り上げ、
それこそ特別なものだと言い、二つのエリクシル、
第五精髄、生命のエリクシル、
蜂蜜、クサノオウ、さらには後産をも取り上げる。
これらや、さらに他のものを元素へと分離する。
増殖家ではなく哲学者と呼ばれたがるが、
自然哲学の書を読んだことも、見たこともない者たちなのだ。
26 この一団は、われらの石を実によく知っているという。
自分たちは国王よりも豊かだと思い、
王を援助すれば、王は間違いなく
フランスを征服できるという。何とも驚いた話だ。
聖十字架を国へ持ち帰るともいう。
そして仮に王が捕虜になったなら、
たちまち身代金をこしらえるのだという。
27 まことに不思議なのは、ウェストミンスターの教会のことだ。
そこにはこの哲学者たちが出入りし、
自ら誇り、吹聴するほど
大きな富を作り出せるというのに、
毎日、たっぷりと葡萄酒を飲みながら、
どうして一度にすっかり教会を完成させてしまわないのか。
実際、まだ多くの石が足りないというのに。
注 第24節 de materia prima は「第一質料について」。waters fort は強水(酸性の腐食液)を指す。
注 第25節の印字は「They take」。列挙される物質を取り上げる意として訳した。第26節冒頭「felyshyp」は fellowship(一団)の古綴り。
注 a due taunte は語形が不確実な当時の表現であり、文脈により「たっぷりと」と訳した。
28 愚者たちは彼らの後ろについて行き、
富む身分へ引き上げてもらえると思い込む。
だが、あの高貴な都ロンドンで
彼らがどんな栄誉と利益を得るか、聞いてみるがよい。
ご覧のとおり、銀の職杖を携えた
役人たちが、いつでも彼らに付き添っている。
それほど名誉ある人々なのだ。
29 役人は通りから通りへ彼らを捜し、
商人や金細工師も、見張りを置いて彼らを待ち受ける。
彼らに行き会えた者は幸いである、
大きな利益をつかめるのだから、というわけだ。
猟犬のように、あちこち追い回し、
大きな財宝を得て、
いつまでも豊かなままでいられると思っている。
30 ある者は自分の財産を取り戻したがり、
ある者は、さらに財産を賭けようとする。
ある者は、請け合うが、貸した十ポンドのうち
一ポンドでも戻れば、大いに喜ぶ。
限りなく自分の財を貸し与えて、
貧困に陥った者などは、
一ノーブルを取り戻せれば、大喜びするだろう。
31 しかし役人が彼らを捕えると、
金入れに詰まっているのはパリの球、
せいぜいセント・マーティンズの印章指輪であり、
金銭のほうは、壁に小便と流してしまっている。
そこで彼らは、身のためにもふさわしく、
ニューゲートかラドゲートへ連れて行かれる。
安全に守られて暮らすことができるように。
注 この頁の実際の印刷頁数字は「551」。本来の頁順および manifest は155頁に相当する。source_printed_page は印刷数字を保持した。
注 Parrys balls と Seynt Martynes の Sygnctts は、価値の乏しい小物を挙げる風刺表現。具体的な品種の同定には不確実性があるため原語の意味を保って訳した。
注 ニューゲート、ラドゲートは牢獄。「安全に守られる」は投獄を皮肉った表現。
32 「私の金はどこへ行った」と一人が言い、
「私の金はどうなった」と、こちらもあちらも言う。
だが、自分の言い逃れをしようとして、
彼らがどれほど巧みに答えるか、聞くがよい。
「われらのエリクシルが盗まれたのです。
さもなければ、お預かりした金はすべてお返しできたのです、
その十倍の額であったとしても」と。
33 それから彼らは債権者をおだて始め、
またあなた方のために作業し、
短期間のうちに二つのエリクシルを作ろう、と約束する。
商人たちを惑わせて、その気にさせ、
釈放してもらうが、いつも徒労に終わる。
彼らは長いこと作業を続け、ついには
また牢へ投げ込まれるのだ。
34 錫から純金を作るというのに、なぜ裕福ではないのか、
と誰かが尋ねると、
「顎を支えてもらえる者なら、
溝の中でも確かに泳げる」と彼らは言う。
「われらには元手がないので、何も儲けられない。
それさえあれば、いくらか作ってみせます、
ウェストミンスター教会を仕上げるに十分なほどに」と。
35 彼らの中には、それほど「信心深く」、
あの場所の外には住もうとしない者もいる。
そこにいれば確かに、
好きなことをして楽しめるからだ。
大助祭は慈悲に満ちていて、
十字架で機嫌を取ってさえおけば、
他人の損失など、ほとんど気にしないのだから。
注 第35節の Crosse(十字架)は十字紋のある貨幣を掛けた表現として読める。
36 そこで葡萄酒の席に着くと、彼らは言う、
「あの修道士たちは、たんまり金を持っている」
「少しでも私のものになれば」と一人が言う。
「そら、そら、憂いを忘れ、杯を回せ」
「飲み続けろ、手は見つかった」と別の一人が言う。
「私はあの術の大家だ。
きっとわれらにも分け前がある、請け合うぞ」
37 こうした者たちは修道士に悪事をさせ、
愚かな思い込みによって手当を浪費させる。
ある者は木製の杯を持参し、ある者は匙を持参する。
彼らの哲学者たちが、それほどの気を起こさせ、
損害なしに儲けられると約束するのだ。
一ペニーにつき、少なくとも一ポンドは返るという。
こうして美しい約束が愚者を喜ばせる。
38 一に対して十二の効力を持つ、王侯にふさわしい霊薬を
手に入れさせようと、彼らは約束する。
ところが自分自身のためには、一度たりとも
それを成し遂げたことがない。神に誓って言う。
こんな哲学者たちには用心せよ、誰をも悪く言うわけではないが。
修道士たちをたいそう豊かにしてやるので、
彼らは擦り切れた僧衣を着て歩くことになるのだから。
39 修道院長こそ、この一団を大いに厚遇すべきだ。
彼らは院長の修道士たちに、貧しく暮らし、
着るものも所持金も、信仰にかなったあり方にするよう教えられる。
聖ベネディクトがしたように、余分なものを避けさせ、
さらに彼らを重苦しさからも解放する。
ポンド貨で重くなりすぎた財布は、
今や哲学によって、軽くしてもらえるのだから。
40 見よ、この裕福な一団に関わる者なら誰でも、
儲けを大いに自慢できるであろう。
彼らの哲学から得られるものは、
猿の尻尾から取り出せるものと、同じだけなのだから。
それゆえ、イエスのために気をつけよ。
大きな費用のかかることには手を出すな。
そうすれば、それは失うばかりだからだ。
41 先に述べたこの哲学者たちは、
あれこれ多くのものをいじり回し、混乱させ、
ますます誤りに踏み込んでいく。
真の理解が欠けているからだ。
同じものは、つねに同じものを生まなければならない。
神はあらゆる種について、そのように定められた。
イエスよ、彼らがこのことを心に留めますように。
42 彼らはイラクサから薔薇を、
あるいはニワトコから甘い林檎を得られると思うのか。
ああ、賢い人々までが財産を失うとは。
出会ったこのようなろくでなしを信用してしまい、
「われらの石は足下に踏みつけられている」と言われる。
それゆえ卑しいものを蒸留させられ、
ついには家中が悪臭でいっぱいになるのだ。
43 その中には、学校で一言も学んだことのない者もいる。
そういう者が、理屈だけで哲学を理解しようと思っている。
彼らは哲学者か。いや、愚者である。
それゆえ、その仕事も無知を証明する。
幸福でいたいなら、彼らと関わるな。
さもなくば、お世辞で巧みに引き寄せられ、
ついには相手の望みに従わされるだろう。
注 第41節第3行冒頭は Renyng と判読したが、摩耗のため綴りに不確実性がある。文意は誤りへさらに進むこと。
44 金を無駄に使い果たすな。
どんな言葉もすぐに信用するな。
まず調べ、手で確かめ、味わってみよ。
自ら確かめた分だけ信用し、
つねに大きな出費には気をつけよ。
ただし、その哲学者が徳高く暮らしているなら、
その哲学を、より信頼してもよい。
54〔45〕 まず彼を試し、問いただせ、
われらの石のあらゆる秘密について。
知らないのであれば、あなたまで損をする必要はない。
それ以上関わらず、立ち去らせよ。
どれほど哀れっぽく嘆いたとしても。
狐が媚び、偽りを見せるのは、
獲物をいちばん手に入れたいときなのだから。
46 まだ実際に試してはいないにせよ、
学者らしく答えられるのであって、
その作業を助けたいとあなたが思うなら、
彼が有徳であれば、それは功徳だと私は思う。
成功すれば、必ずあなたに報いてくれるからだ。
そして少しだけ試せば、まもなく分かるだろう、
われらの石について知識を持っているかどうかが。
47 一つのもの、一つのガラス器、一つの炉、それ以上は不要。
この原則を彼が採用しているか見よ。
そうしていなければ、立ち去らせよ。
あなたを富者にしてくれることは、決してないからだ。
実際、その者と縁を切るほうがよい、
後になって損失や争い、
その他さまざまな不快な目に遭うよりも。
注 第2節の番号は刊本では「54」。連続する節番号から45の誤植であるため、和訳には〔45〕を付記した。
48 だが、私の述べた教えによって、
この学知を得る幸運を神が授けてくださったなら、
誰に求められようとも、それを明かすな。
好意のためにも、恐れのためにも、銀や金のためにも。
圧制者にも、淫蕩者にも、大胆な法螺吹きにもなるな。
神に仕え、折々に貧しい人を助けよ。
この生を長く保ちたいのなら。
49 あなたの秘密は自分のうちに守り、
神を畏れぬ罪人たちから遠ざけよ。
彼らはあなたを深い牢に投げ込み、
実際のやり方を教えるまで閉じ込めるだろう。
その後には、あなたへの中傷が生まれ、広がり、
貨幣を偽造したのだと彼らは言い立て、
こうしてあなたを永久に破滅させるだろう。
50 そして、その罪深い暮らしを支えるために
この技を彼らに教えれば、
そのために、あなたの住みかは地獄となるかもしれない。
神はそのときあなたを厭われ、
自分を弁護する言葉は何もないだろう。
肉体と魂との双方を救い、
この世で平穏に暮らせるようにするがよい。
51 さて、この章で私は教えた、
物体をどのように腐敗させなければならないか、
また捕えられず、拘禁、損失、恥辱に
陥らぬよう、いかに身を処すべきかを。
それゆえ私の教えを、賢く記憶せよ。
そして第六の門へと進め。
この第五の門は、勝ち越えられたのだから。
凝固について
第六の門
1 凝結について、多くを書く必要はない。
だが、それが何であるかを、まず今、明らかにしよう。
それは、柔らかなものを白い色のまま硬くし、
飛び去る霊を固定することである。
どう凝固させるか、あまり思い煩う必要はない。
腐敗が自然にかなって行われていれば、
元素はほどなく互いに結びつくからだ。
2 しかし凝固は、さまざまな仕方でなされる。
霊や物体を澄んだ水へと溶解し、
塩も一度や二度溶かし、
それから流動し得る物質に固める。
愚者は、そのような凝固について騒ぎ立てる。
また、溶解して元素を手作業で分け、
そののち、それらを乾いた粉に凝固させる者もいる。
3 だが、そのような凝固はわれらの望むものではない。
われらのものとは正反対だからだ。
われらの凝固物は火を恐れず、
火の中でも絶えず油性を保ち、
そのティンクトゥラも大いに豊かでなければならない。
凝固したものが、空気中で緩んで
水に戻るようであってはならない。そうなれば作業は損なわれる。
注 Congelacyon(凝固)は見出し Congelation の古綴り。
4 さらに、ガラスや水晶のように、融解によってようやく溶ける、
それほど硬い石に凝固させてはならない。
送風しなくても、蝋のようにすぐ溶けるものにせよ。
そして思い違いに気をつけよ。
流れず、再び水のように走らぬ凝固物、
凝固した塩のようなものは、われらの成果には属さない。
そうなれば、労苦はむなしいのである。
5 そのような凝固は、われらに少しも役立たず、
ありきたりの凝固をする増殖家たちのものだ。
それゆえ、うまく行いたいのなら、
まず腐敗させなくては、あなたの霊薬は決して
自然にかなって流れも、凝固もしないのだから、
まずわれらの石の元素を浄め、固定せよ。
互いに凝固し、また直ちに流れるようになるまで。
6 質料が完全な白となれば、
あなたの霊は、物体とともに凝固するだろう。
ただし、その時までは、長く待たねばならない。
真珠のように凝固して見えるようになるまで。
そのような凝固を見たら喜べ。
そしてその後には、血のように赤い粒となる。
この世のどんな財よりも貴いものだ。
7 それゆえ、まず土的な粗雑さを湿りの中で死なせると、
黒さが生じる。
この原則は否定できない。
自然の哲学者たちが、確かにそう述べるからだ。
これを得れば、白さを取り逃がすことはない。
そしてひとたび白い状態へ凝固させれば、
あらゆる石のうちで、最も貴い石を持つことになる。
注 第4節末は「流れず再び水状にならぬもの」を退けると読めるが、塩への比較と直前頁の空気中での再液化禁止との関係には解釈上の不確実性がある。構文を保持して訳した。
8 湿ったものが乾いたものによって腐敗し、
そのため色のうちに黒さが現れたのと同じように、
湿ったものが乾いたものによって凝固すると、
きわめて明るく力強く輝く白さが生じる。
質料が白くなるにつれて乾燥が進む。
黒くなる過程で湿りが姿を見せ、
色が絶えず次々に変わるのと同じように。
9 このすべての原因は、最も穏やかな熱であり、
絶えず質料に作用し、それを動かしている。
それによって質料はまた、
内も外も、実質的に変化する。
愚者がするように、見かけばかりを偽り変えるのではない。
あらゆる部分が、どのような火にも耐え、
流動しながら固定され、ティンクトゥラにおいて安定するのだ。
10 医学はそれぞれの消化について、こう判定する。
まず胃で行われる消化には乾燥があり、
疑いなく白さを生じさせる。
第二の消化が赤さを生じさせるのと同じで、
それは肝臓において、熱と適度な状態により完成される。
こうしてわれらの石も、乾燥と熱とによって
消化され、白と赤において完成される。
11 だがここで、もう一つの秘密を知らねばならない。
哲学者たちの子は、どのように空気の中で生まれるのか。
石炭に風を送ることを、あまり急いでしてはならない。
これを冗談や嘲りと思ってはならない。
私を真実に信じよ。さもなくば、仕事はすべて失われる。
あなたの土が水によって生き返らないかぎり、
われらの真の凝固を見ることは決してない。
注 第9節「And not to as」は刊本のまま。外見だけの偽りの変化との対比として訳した。
12 天と地のあいだにある魂は、
清らかな水を伴う空気として、土から昇り、
生あるすべてのものに生命を与え、
先に述べたわれらの自然の上を、絶えず巡り、
心を尽くして、それらをよりよくしようと努める。
この空気こそ、われらの哲学の火である。
秘義的に、ある時は油、ある時は水と呼ばれる。
13 こうして、油あるいは水とわれらが呼ぶ、この中間の空気は、
われらの火、軟膏、霊、石であり、
われらはこの一つのものに、すべての知恵の基礎を置く。
それは単独で出ることも入ることもない。
火でもなく、ただ水だけが、
まずそれを外に導き出し、のちに内へ導き入れる。
水と水のように、容易には分かれないのである。
14 それゆえ、われらの水を動かせるものも、ただ水だけであり、
その動きが死と生の両方をもたらす。
水は自然に従い、水へと結びつき、
反発も、争いもない。
この水は、愚者にとって馴染みのものではない。
疑いなく、霊と同じ種類に属するのであり、
水、また外へ導き出すものと呼ばれる。
15 水は、この世に見いだされる、実体を持つ
すべてのものの秘密であり、生命である。
あらゆるものは、水から始まる。
それは、女性が出産によって解かれようとするときにも見られる。
すべてが順調なら、先に流れ出る水があり、
アルビエンと呼ばれ、まず彼女たちから流れ出る。
子を産む前の、激しい陣痛とともに。
注 第12節第6行は画像で「the Fyre of our Phylosophy」を確認した。
注 Albyen は原文の歴史的術語を音写し、分娩前の水を指す文脈を保持した。
16 そして、まことにそれこそが主な理由である。
哲学者たちがわれらに辛抱を命じたのは、
水がすべて乾いて粉になるまで、
絶え間なく、しかし激しくない、養う熱を保つためだ。
それぞれの元素の性質は、互いに相反するからである。
黒の後、白の中で一つに結ばれ、
そののち永久に、分かれることなく凝固するまでは。
17 さらに、このものからあのものへ、
一つの状態から別の状態へという変化の準備は、
自然にかなった、節度ある自然の働きによってのみ
行われる。母の内にある種精の場合と同じである。
種精と熱は、姉妹と兄弟のようなものであり、
自然の力に従い、作用と受容によって自らの内で変わり、
ついには完全な人間となる。
18 自然によって人間に完成される肉体の部分は、
その始まりのものと同種であり、
このように、あるものから別のものへと変わっても、
自らの種を外れ、他の種と混じり合うことはなかった。
同じように、われらの種子的質料も、一つのガラス器の内で、
自らの内において、あるものから別のものへと変わらねばならない。
ただ、最も穏やかな熱でそれを養うことによって。
19 もう一つ、自然の例をあなたに語ろう。
卵の実質が、殻の外へ出ることなく、
自然によって雛に作り上げられるありさまである。
これ以上明白な例は、思いつけなかった。
その中では次々に変化が行われ、ついには生み出される、
同じ種が、同じ種によって、状態から状態へ進んで。
養う熱によってである。ただこのことを心に留めよ。
20 ここでもう一つの例を読むがよい。
植物について考えてみると、
どの草木も自らの種子から育つ。
熱と湿りを通じ、自然の作用によってである。
それゆえ鉱物も、その始まりであった
根源的湿気を与えられることによって養われ、
一つのガラス器の内で、自らの種を外れることがない。
21 それらが母なる水へと帰っていくとき、
われらはそこで、再びあるものから別のものへと変える。
この原則を知らなければ、あなたの労苦はむなしい。
そのときすべては種精であり、他のものはない。
ただ同じ種が同じ種とともに、数としては二つある。
男と女、作用するものと受けるものが、
最も輝く土の子宮の内にある。
22 これらは、一つのガラス器の内で、
熱によって物から物へ、状態から状態へと変わる。
自然がそれらを導き、
水から再生した、一つの実体にする時まで。
こうして種精は、自らの種の内で変化し、
自らと同じ姿の種を増やすことができるようになる。
他のすべてのものも、本性に従って自然に行うように。
23 このように述べた自然の過程のあいだ、
宿った種精が成長しているとき、
その実体は、自らの経液によって養われる。
それを土の中から引き出したのは、水だけである。
その色は、初めて現れるときには緑であり、
その間、太陽は光を隠し、
夜、北方を通ってその道を巡る。
注 Menstruall は経液・養育液を重ねた錬金術的表現として「経液」と訳した。
24 この経液とは、内密に言うが、
われらの緑の獅子の血であり、ヴィトリオルの血ではない。
貴婦人ウェヌスは、この真実をあなたに語れる。
始めるとき、彼女を助言に招きさえすれば。
この秘密は、大小の哲学者たちによって隠されている。
かの獅子から引き出された血は、
熱が足りないため、十分に消化されていなかった。
25 だが、この血こそ、われらの秘密の経液であり、
それによって種精は、適度に養われる。
それが物体としての滓へと変わり、
完全に白く、きわめて乾いたものとなり、
自らの物体へと凝固・固定されるとき、
目には、凝り固まった血のようにも見えよう。
この作業においては、乳白色の王冠と呼ばれるものである。
26 さて、このように鋭くされた、われらの火性の水は、
われらの経液たる水と呼ばれることを理解せよ。
その中でわれらの土は解かれ、自然に煆焼される。
凝固によって、両者が決して離れなくなるのだ。
さらに水を凝固させることを、やめてはならない。
先に述べた鋭い水を三部とし、
凝固した土を第四の一部として、それ以上は加えるな。
27 それゆえ、こうして凝固した実体に、
水晶のような水を四分の一部加えよ。
次いで、凝固によって両者を結婚させ、
金属の鉱物へとせよ。
すると、磨きたての剣のように輝くだろう。
初めに現れる黒さが過ぎたのち、
新しい水を四分の一部、さらに与えよ。
注 Menstrue/Menstruall を「経液」とした。nurrysshed の養育比喩と、溶媒としての働きの両方を保つ。
注 第26節の比率は、水三部・凝固した土一部という原文の比率を訳した。
28 なお多くの浸潤をしなければならない。
第二回を与え、その後、第三回も与えよ。
先に述べた比率を、よく心に留めよ。
次いでさらに進み、第四回を行うがよい。
第五回、第六回も、それから離れてはならない。
ただし、その三回には、それぞれ二部ずつ加え、
第七回には五部とせよ。
29 こうして七回の浸潤を行ったなら、
今度は、再びあなたの車輪を回さねばならない。
何も加えずに、その質料全体を腐敗させよ。
うまく行いたいなら、まず黒さを待ち、
そののち、あらゆる部分を白さへと凝固させよ。
そして赤さによって、南へと昇れ。
そうすれば、あなたの土台は完成に達する。
30 このように、あなたの水は二つに分けられる。
第一の部分によって、物体は腐敗させられ、
第二の部分は、浸潤のために用いなければならない。
それによって質料は、のちに黒くされ、
ほどなく、穏やかな煮熟によって白くされる。
そのとき哲学者たちは、われらの星の石と呼ぶ。
それを赤さへ導け。そうすれば第六の門は勝ち取られる。
注 原刊正誤表は168頁1・8・17行の語を「Imbibitions」と訂正する。本文の Inbybycyons / Inbybycion / Inbybycions を転写し、訳ではいずれも「浸潤」とした。
注 第28節の水の添加量は原文通り。第四〜第六回を「その三回」として訳した。
養餌について
第七の門
1 さて筆を転じ、養餌について書こう。
ここで第七の位置を占めなければならないからだ。
ただし、短い言葉で手際よく述べよう。
よく注意し、私の言うことを賢く理解せよ。
養餌とは、われらの乾いた質料を
乳と食物によって、適度に養うことであり、
第三の位階へと導かれるまで続けるものである。
2 だが、与えすぎて飽かせてはならない。
水腫にも、ノアの洪水にも気をつけよ。
それゆえ、それに益すると思えるだけの
食物と飲物を、少しずつ加えよ。
水っぽい体液が、血を圧倒しないように。
だから飲物の量は、ほどよく加減し、
自然な食欲を、決して失わせないようにせよ。
3 飲みすぎれば、吐かせなければならない。
さもなくば、長く病むことになる。
それゆえ、あなたの腹を水腫から守り、
下痢からも守れ。そうでなければ悪くなる。
むしろ時には、飲物を求めて渇くままにしておけ。
一度に与えすぎるよりは、そのほうがよい。
幼いうちは、ことさら食餌を加減しなければならないのだから。
4 そして、自然の求めるとおり、
育って一人前になるまで、食餌を適度に加減し、
冷えから守り、湿った火で養えば、
それは育ち、活力に満ち、
あなたに喜びと利益を与えるだろう。
その力によって、暗い物体を健全で輝くものとし、
それらの癩病を浄めるからだ。
5 このように、先に述べた養餌の規則を守り、
車輪を三度、巡らせなければならない。
そうすれば、火を感じるやいなや、
蝋のように、すぐ液化できるものとなる。
この章は、これ以上長くする必要がない。
あなたの元素が等しい力にされた後に、
最も適した食餌の仕方を、私は教えたからだ。
6 また、あなたの金を白さへと導く仕方も教えた。
その姿は、サンザシの葉にきわめてよく似ており、
先に述べたとおり、マグネシアと呼ばれる。
それはまた、われらの燃えることのない白い硫黄であり、
火から飛び去ることは決してない。
こうしてあなたが望んだとおり、第七の門は、
太陽の昇るうちに征服された。
注 170頁16行の印刷本文は「lenys」。原刊正誤表は「leaves」(葉)と訂正する。source_text は印刷本文を保持し、和訳は明示された訂正に従った。
昇華について
第八の門
1 ここで、第八の門である、われらの昇華について、
一言二言、述べなければならない。
愚者も昇華をするが、あなたはそのようにしてはならない。
確かに、われらは彼らのようには昇華しない。
それゆえ、真に昇華することを取り逃がさないためには、
まず物体を霊的にし、
次いで教えたとおり、霊を物体的にすればよい。
2 ある者は、ヴィトリオルと塩から水銀を昇華させ、
別の霊を、鉄や鋼の鱗屑から、
煆焼した卵殻や生石灰から昇華させる。
彼らのやり方としては、実にうまく昇華する。
だが、そのような昇華は、われらの目的には
少しも合わない。われらはそのようにはしないからだ。
それゆえ今は、真の昇華へと進もう。
3 昇華においては、まず一つのことに気をつけよ。
容器の頂上まで昇華させてはならない。
強引な力を用いなければ、それを再び下へ
降ろせなくなり、そのまま留まってしまうからだ。
それほど冷却を喜ぶのだと、私は告げる。
それゆえ適度な熱を用い、下に保っておけ、
まる四十日間、上のほうが黒くなるまで。
4 そのとき魂は、自らの脈管から
出てきはじめる。精妙なものはすべて、
疑いなく、霊とともに上昇するからだ。
それゆえ、このことを心に留め、考えよ。
ここで、あなたの物体がどのように蝕を受けるかを。
腐敗するにつれ、ますます昇華していき、
すべてが水の中へ持ち上げられるまで続く。
5 こうして、物体がその毒を水の中へ
吐き出すと、水は黒く見える。
疑いなく、すべての部分が霊的となり、
われらのやり方で穏やかに昇華して、
それを運ぶ水の中へと入る。
なぜなら、前に述べたように、こうして空気の中で一人の子が、
水から再び生まれなければならないからだ。
6 しかし、湿りを持つ適度な熱によって、
絶え間なく昇華するよう働きかけられ、
すべてが白く、純粋に霊的となったなら、
次には天を、土の上へと繰り返し戻さねばならない。
魂が物体と再び一つの体になるまで。
以前は天であったものが、すべて土となるように。
これは七回の昇華で行われる。
7 われらが昇華をするのは、三つの理由による。
第一の理由は、物体を霊的にするため。
第二は、霊が物体的となり、
それとともに固定され、実体あるものとなるため。
第三の理由は、初めからある汚れを
浄め、霊の内にある、不潔をもたらす
硫黄性の脂を減らすためである。
8 そうして、両者がともに浄められたなら、
雪よりも白く、昇華して上るだろう。
その光景は、あなたを大いに慰める。
まもなく、はっきりと分かるからである、
あなたの霊は、そのように下へ戻されるのだと。
この門は、あなたに向かって開かれよう。
この門から締め出され、嘲られる者は多い。
注 第8節第5行の末尾「I throw」は刊本のまま。構文に不確実性があるが、霊を下へ戻す文意として訳した。
発酵について
第九の門
1 真の発酵を理解する作業者は、わずかしかいない。
それゆえ、その秘密をあなたに説き明かそう。
それを教えてくれる者を見つけるまでに、
私は実に、多くの国々を旅した。
しかし神の御心によって、永遠に祝福されますように、
ついに私は、それを完全に知るに至った。
それゆえ、そのことについて私が書くものに注意せよ。
2 発酵はさまざまな方法で行われ、
それによって、われらの霊薬は永続させられなければならない。
ある者は、太陽と月を澄んだ水へと溶かし、
自らの霊薬とともに凝固させる。
しかしそれらは、火の中で試験されると、
耐えることも、完全に変化させることもできない。
そのような発酵物は、われらの目指すものではないのだ。
3 だが、もう少し自然にかなった方法で行う者もいる。
次のように、自らの霊薬を発酵させるのだ。
水銀の中で太陽と月を溶かし、
時が来て霊とともに昇るまで、
二度あるいは三度、両者をともに昇華させる。
それから、それを発酵させる。
一つの方法ではあるが、それでもわれらは採らない。
4 さらに別の者たちは、もう少し幸運に恵まれ、
発酵について、真実の一端に触れている。
彼らは物体を水銀とアマルガムにして、粥のようにし、
その上に、霊薬を溶かし加える。
こうした者には、われらの秘密の手がかりが幾分かある。
だが、完全に成就された真理はない。
発酵種を腐敗させもせず、変化させもしないからだ。
5 それゆえ、その点をあなたに明かそう。
不完全な物体に対して、どのようにしたかを見よ。
そして完全な物体にも、すべての段階で同じことをせよ。
すなわち、まずそれらを腐敗させ、
初めの性質を、すっかり破壊するのである。
まさしくこれが、われらの意図のすべてである。
発酵させる前に、まず変化させよ。
6 合成物に対し、発酵種を四分の一とせよ。
発酵種となるのは、太陽と月だけである。
それゆえ、この術の達人であるなら、
あなたの発酵を、このように行え。
水と土を、ただちにともに固定せよ。
そして霊薬が蝋のように流れるとき、
それをアマルガムの上に投じるがよい。
7 すべてがともに混ぜ合わされたなら、
しっかり閉じたガラス器の上で、火を設けよ。
すべてが固定され、
望むほど十分に発酵するまで、そのまま続けよ。
それから、好みのままに投射を行え。
そのとき霊薬は、あらゆる部分で完全だからである。
赤いものも白いものも、このように発酵させなければならない。
8 小麦粉を生地にしたとき、
パン本来の味わいを持たせ、
男にも女にも大いに活力を与える食物にするためには、
われらがパン種と呼ぶ発酵種が必要なのと同じように、
まさしく、あなたの霊薬も発酵させねばならない。
純粋な発酵種の味わいを持ち、
あらゆる試験に、いつまでも耐えられるように。
9 そして、発酵種が三つあることを理解せよ。
二つは、本性において清らかな物体からなるが、
私が告げたように、変化させなければならない。
私の言う第三の、最も秘密のものは、
初めの土が、それ自身の緑の水に対してなるものである。
それゆえ、獅子が渇いたなら、
腹が裂けるまで飲ませよ。
10 このことについて私が問いを立て、
作業者たちに、これは何であるかと尋ねれば、
ただちに、それで彼らを試すことができよう。
われらの発酵について知っているかどうかを。
多くの者は、驚いた口ぶりで話すものだ、
ロビン・フッドと、その弓のことを、
自分では一度もその弓を射たことがないだろうに。
11 だが、真の発酵とは、あなたに告げるとおり、
魂が物体と一体になることである。
自然な香りを、味と色とともに物体へ取り戻し、
分かれていたものを自然に結び固定して、
しかるべく、再び完全なものにすることである。
それによって物体は霊の刻印を受け、
互いが互いを助けて、浸透する力を持つようになる。
12 物体が肉体的に詰まった状態では、
霊的なものになるまでは、その性質を
十分に働かせて示せないのと同じように、
霊も、物体と安定して留まることはできない、
まず適切な比率で、物体とともに固定されなければ。
そのとき物体は霊に、火に耐えることを教え、
霊は物体に、望みのとおりに持ちこたえることを教える。
13 それゆえ、あなたの金を金によって発酵させよ。
自らの水で浄めたあなたの土のことを、私は言う。
すなわち、元素を元素によって処することであり、
ただ生命の霊が、そのあいだを仲立ちする。
あなたが見たように、磁石が
鉄を引き寄せるのと同じく、われらの土も自然に従い、
風によって上へ運ばれた自らの魂を、下へ引き寄せる。
14 それゆえ、注意をもって魂を外へ、内へと導け。
金を金と混ぜよ。すなわち、
元素を元素とともに流れ合わせよ。
あらゆる火に耐えられるようになるまで。
土は、まぎれもなく水に対する発酵種であり、
水は、土に対する発酵種である。
われらの発酵は、このように行わなければならない。
注 Adamand はここでは鉄を引き付ける性質をもつ石、すなわち磁石として訳した。
15 土は金であり、魂もまた金である。
普通の金ではなく、このように元素化された、われらの金だ。
しかも太陽も、そこへ加わらなければならない。
われらの車輪によって、変化させられるためである。
発酵させるには、そのように準備しなければならない。
あなたに述べたとおり、他の本性と
深く結びつけられるようにするためだ。
16 そして、ここで金について述べたことは何であれ、
銀についても同じことだと理解してほしい。
私の述べたとおり、それらを腐敗させ、変化させよ、
霊薬を発酵させようと取りかかる前に。
まことに私は、イングランドの内ではついぞ見つけられなかった、
このような発酵の仕方を、実践によってでも言葉によってでも、
誤りなく教えてくれる者を。
17 さて、この章については、もうこれ以上論じる必要はない。
私は冗長を避けるつもりだからだ。
それゆえ、私の言葉をよく覚えておけ。
真の実践によって、それを確かめることになるだろう。
そして太陽と月を、必ず新しくせよ。
第五の本性を持つようになるためである。
そうすれば、そのティンクトゥラは永遠に存続する。
18 なお、きわめて優れた一つの方法がある。
別の作業に属するものだが、
われらは、非常に香り高い水を作る。
それによって、すべての物体を油へと導き、
その油によって、われらの霊薬を流れるものにする。
われらは、この水を人間における第五精髄と呼ぶ。
あらゆる病を癒やすものである。
注 第18節末は原著の医療効能の主張を歴史的本文として忠実に訳した。
19 だがこれは、私の教えに従って用意した基質、
すなわち、われらの灰を使って行わなければならない。
われらの物体が、そのように煆焼されていれば、
あの水は、ただちにそれらを油へと溶かすからだ。
それゆえ、太陽と月の油を作れ。
それは、嗅げば最も芳しい発酵種である。
こうして、この城の第九の門は征服された。
高揚について
第十の門
1 さて、高揚の章へと進もう。
これについては、純粋な知識を持たねばならない。
正しく捉えるなら、確かに、
それは昇華と、ごくわずかしか違わない。
聖書もこれと一致する。
キリストはこう言われる、「私が高く上げられるなら、
すべてのものを、私のもとへ引き寄せよう」と。
2 われらの霊薬を、まさしくそのように高揚させれば、
それによって、さらに高貴なものとなる。
これは二つの仕方で行わなければならない。
各部分が結婚させられた時から、
それらは十字架につけられ、試されなければならず、
それから夫も妻も、ともに葬られ、
そののち、生命の霊によって生き返らされる。
3 それから、天まで高揚させられなければならない。
そこで、肉体と魂において栄光を受けるためだ。
あなたは、それほど精妙なものにしなければならない、
ともに昇り、王座に就き、
明るい雲の中で、天使たちと交わるほどに。
すると、あなたが目にするように、
他のあらゆる物体を、自らの尊厳へと引き上げるだろう。
4 それゆえ、物体を高揚させたいなら、
まず生命の霊によって、それらを増し強めよ。
土が、よく精妙化されるまで。
各元素を、自然にかなって精製し、
それを大空へと高く上げるのだ。
そうすれば、金よりもはるかに貴いものとなる。
第五精髄を持つようになるからである。
5 冷が熱に打ち勝つとき、
空気は、水へと変えられる。
こうして二つの相反するものが出会い、
互いによく和合するまで続く。
そして、あなたの水が空気へと変わるのは、私の告げるとおり、
熱が冷を支配するに至ったとき、
循環の技によってである。
6 そうすれば、溶解、腐敗、昇華によって、
火から空気を得られる。
また、物質的な土から火を得る。
このように、技によって元素を分け、
とりわけ、土を十分に煆焼する。
そしてそれぞれが、ことごとく清らかにされるとき、
それらは皆、第五の本性を持つようになる。
7 それゆえ、この仕方で、それらを循環させ、
順々に、互いを互いへと高揚させよ。
しっかり封じた一つのガラス器の内で、このすべてを行え。
手によってではなく、教えたとおり自然の力によって。
そしてまず、思い切って火を水へと変えよ。
火は空気の内にあり、空気は水の内に存在するからだ。
この転換は、われらの意図にかなっている。
8 さらに、あなたの車輪を回し、
空気が土へと変わるようにせよ。
これもまた、まことによく成し遂げられる。
信じよ、空気は水の内にあり、水は土の内にあるのだから。
それから、性質の相反する、水から火への転換も、
すみやかに行える。水は土の内にあり、
土は火へと転換しているからである。これは真実だ。
9 あなたの車輪は今、ほぼ一巡した。
土を空気へと変えよ。土は、疑いなく、
他の元素たちの本来の巣である。
土は火の内にあり、火は空気の内に憩うからだ。
この循環は、西から始めなければならない。
次いで南へと進み、それらが高揚するまで続けよ。
図で教えたとおり、正しく進め。
10 この過程の中に、はっきり見られるだろう、
一つの極から他の極へは、そのまま移れないことが。
性質が相反するので、中間を通らなければならない。
理性もまた、まことにそうでなければならぬとする。
熱から冷へ、その他の相反するものの場合も同じだ。
熱と冷に対する湿りのような、仲立ちを欠いてはならない。
これについては、先に十分な例を述べた。
11 こうして私は、あなたのすべての元素に
完全な循環を行わせる方法を教え、
図を模範として、
先に述べた高揚をどのように行うか、
また元素の内で霊薬を真に段階づけて高める方法を教えた。
それが、ほどよく調えられた第五の状態へと導かれるまで。
そのとき、あなたは第十の門を征服したのである。
増殖について
第十一の門
1 さて次に、増殖について明らかにしよう。
哲学者たちは、それをこのように定義する。
それは実に、かのエリクシルを、
白にも赤にも、質において、量において増大させることである。
それゆえ、彼らが述べたとおり、増殖とは、
霊薬を、あらゆる点で増大させるもの、
色、香り、効力、そして量において増大させるものである。
2 そして、なぜ霊薬を無限に増殖できるか、
その真の理由はこれである。
それは、ひとたび灯されれば、決して消えない火なのだ。
家の中に火があるように、あなたのもとに留まり、
一つの火花から、確かにさらに多くの火を作れる。
香味料に加えた麝香や、その他多くの香辛料が
効力を広げるように、われらの霊薬も、まさしくそうする。
注 Pygments はここでは麝香を加える香味料・芳香性調合物の文脈として訳した。
3 それゆえ、多少なりとも火を持つ者は豊かである。
それほど大きく増殖させられるからだ。
同じように、われらのエリクシルのいくらかを
蓄えている者も、実に豊かである。それは無限に増やせるからだ。
一つの方法では、われらの乾いた粉を溶解し、
それらを何度も凝固させるなら、
その質における増大を行うことになる。
4 第二の方法では、質においても量においても、
繰り返す発酵によって、それは増殖する。
その章で、あなたに明白に示したとおり、
さまざまな自然の作用の仕方によってであり、
われらの養餌の章でも示した。
そこでは、あなたの霊薬を水銀によって
無限に増殖させる仕方を知ることができる。
5 しかし、溶解も発酵も、ともに行うなら、
量はいっそう多く、質はいっそうよくなる。
そのように増大させていけば、
ガラス器の内で、樹のように育つだろう。
それはヘルメスの樹と名づけられ、見目も麗しい。
その一つの種が、千へと増殖する。
あなたが賢く投射を行えるならば。
6 サフランを粉にし、
少しずつ液体に混ぜ、
そののち、はるかに多くの液体で薄めれば、
そのままの粗い性質で、丸ごとの状態であるよりも、
量にしてずっと多くの液体を染めるのと同じように、あなたは見るだろう、
われらのエリクシルも、薄くされればされるほど、
そのティンクトゥラが、まことに遠くまで行き渡ることを。
7 それゆえ、朝も夕も火を絶やすな。
隣人の家から家へと駆け回って、
火をもらい、借りてくる必要がないように。
保てば保つほど、多くの財を得るだろう。
ガラス器の内で、ますます増殖させ、
生涯の終わりまで、水銀で養うことによって。
そうすれば、必要な支出を超えるものが得られる。
8 この事柄は明白である。今これ以上、
書くことはしない。理性を導き手とせよ。
そのために、罪を犯す大胆さを増してはならない。
むしろ、あらゆる時に、いっそうよく神に仕えよ。
そして、この世に生きているあいだ、
心に留め、忘れないでほしい。
審判の日に、あなたは神の前に立つのだから。
9 それゆえ、神ご自身の偉大な贈物と宝を、
徳にかなって用い、困窮する貧者を助けよ。
そうして、この世で、自らのために
慈悲と恩寵を得、天の至福を報いとして受けられるように。
そして神に敬虔に祈りたまえ、
この第十一の門へ、最善の仕方で導いてくださるように。
その後まもなく、あなたの征服は終わるだろう。
投射について
第十二の門
1 投射において、われらの実践が有益かどうか試される。
その秘密について、ここで述べなければならない。
それゆえ、あなたのティンクトゥラが確かで、変わらないものなら、
少量の霊薬によって、このように試してみよ。
金属あるいは水銀に、瀝青のように付着し、
投射によって染め、あらゆる火に耐えられるものにするだろう。
ただちに内へ浸透し、広く行き渡るだろう。
2 しかし多くの者は無知のために、作ったものを損なう。
浄めていない金属に、投射を行うときである。
腐敗した不純物のために、ティンクトゥラは衰えてしまう。
その不純物を、あらかじめ物体から除こうとしなかったからだ。
投射の後、それらは脆く、青みを帯び、黒くなる。
それゆえ、あなたのティンクトゥラを永久に保つには、
霊薬を、まず発酵種の上に投じるがよい。
3 すると、発酵種はガラスのように脆くなる。
浄められ、きわめて純粋にされた物体の上に、
その脆い実体を投じよ。ほどなく目にするだろう、
それらが、ティンクトゥラによって見事に染まり、
あらゆる試験に、永久に耐えることを。
ただし、有益な投射を完全に行うには、
詩篇集の詩篇から、模範を取れ。
4 まず「その礎は〔Fundamenta〕」の上に、「今こそ去らせたまえ〔Nunc Dimittis〕」という詩篇を投じ、
次に「私の言葉を〔Verba mea〕」の上に、ただちに「その礎は」を投じよ。
それから「主を愛します〔Diligam〕」の上に「私の言葉を」を投じよ。知恵で私の言うことを理解せよ。
そして成功したければ、「耳を傾けよ〔Attende〕」の上に「主を愛します」を投じよ。
このように三回、四回、あるいは五回、投射を行え。
霊薬のティンクトゥラが弱まりはじめるまで。
そのときが、投射をやめる時である。
5 この秘密めいた言い方で、私が意味するのは、ただ、
まず少ないものを、多いものの上に投じよということだ。
賢者たちが告げるとおり、つねに数を増やし、
この秘密を、自分のために蓄えておけ。
知識には貪欲であれ。それは重い荷ではない。
エリクシルを、浄められた物体と結び合わせない者は、
投射が本当に何を意味するかを知らないのだ。
6 まず十を十に掛ければ、
その数は、確かに百になる。
次に百を百に掛ければ、
一万になる。賢く数えよ。
それから一万を、さらにそれだけの数に掛けよ。
それは千の千、すなわち百万であり、それをまた増やせば、
さらに増えて、一億になる。
7 その一億を同じように増やし、
言ってみれば、一万の百万、すなわち百億にすれば、
あまりに大きく、私にはどれほどかも分からぬ数になる。
投射の数を、このように絶えず増やせ。
さて、わが子よ、どうか親切に、私のために祈ってほしい。
われらの秘密を、残らずあなたに告げたのだから。
神の恩寵によって、あなたがそれらに達するよう、私は祈る。
注 第4節のラテン語は聖歌・詩篇の冒頭句を用いた名称。印刷本文の Dil’gam は次行の Diligam と同じ句として訳した。Nunc dimittis も著者の「Psalme」という呼称を保持した。
注 第6〜7節の数列は原文のまま訳した。十×十=百、百×百=一万の後の「into as much more」の倍率の指示には不確実性があり、現代的な計算式に修正していない。
8 今や、あなたは十二の門を征服し、
城全体を、意のままに支配している。
秘密を、自らのもとに大切にしまい、
神の戒めを、必ず果たせ。
ガラス器を、絶えず火の中に置き続け、
霊薬を、ますます増殖させよ。
賢者たちは言う、「蓄えは災いにならない」と。
十二の門、終わり
総括
1 この論書を、最後の結びへと導き、
ここで簡潔に、すべての秘密をまとめるため、
注意深く見て、あなたの図に心を向けよ。
その中には、大小すべての秘密が含まれている。
図と色と明白な記述によって、
理論と実践の双方を理解し、
それを賢く捉えるなら、仕事は無駄にはならない。
2 まず、あなたの貴い石の幅を考えよ。
西に記された最初の辺から始める。
そこでは、赤い男と白い女が一つとなり、
生命の霊によって結婚し、愛と安らぎのうちに生きる。
土と水が等しく釣り合った比率にあるのが、最善である。
土一部と霊三部とすればよく、
それはまた、霊十二部に対して土四部としてもよい。
注 Latytude は後続頁の Altytude・profundyte と対になる、図の「幅」を表す語として訳した。
3 そこで、妻を三部、男を一部、取らなければならない。
この結婚に霊が少なければ少ないほど、
確かに、より早く煆焼ができる。
次いで、暗くなることによって北へ進め。
赤い男と白い妻の、その暗化は、蝕と呼ばれる。
冬と春とのあいだに、両者を溶かし、変化させ、
暗く、まったく澄んでいない土を水へと変える。
4 そこから、数々の色を通って東へと昇る。
そこでは月が満ち、昼の光の中に現れる。
そのとき月は煉獄を過ぎ、その巡行を終えている。
そこには太陽の昇りがあり、白く輝いて現れる。
春の後の夏、夜の後の昼が、そこにはある。
それほど黒かった土と水は、空気へと変わり、
闇の雲は吹き払われ、すべてが美しく見える。
5 西が実践の始まりであり、
北が深い変化の、完全な中間であったように、
その後の東は、観想の始まりである。
しかし、この巡行を完成させるのは、南の高みにある太陽である。
そこでは元素が、循環によって火へと変わる。
そうなれば、望みに達することを疑う必要はない。
われらの哲学の車輪を、一巡させたのだから。
6 それでも、さらにもう二回、あなたの車輪を巡らせよ。
そこには、われらの哲学のすべての秘密が含まれている。
よく理解するなら、十二章の内に明らかにされたものだ。
また、われらの下界の天文学の秘密も、ことごとく含まれる。
物体をいかに煆焼し、完成し、溶解し、分離し、腐敗させるか、
そして、われらの天にあるすべての極についての完全な知識が。
それらは言い尽くせぬ色に輝き、これ以上華やかな姿は、見られたことがない。
7 そして、この最後の一つの秘密を、確かに知っておけ。
われらの赤い男は、自ら染められるまでは、染めることがない。
それゆえ、技によって自らを益したいなら、
物体の高さを隠し、その深みを現せ。
すべての材料において、最初の性質を破壊し、
次なる、より栄光ある性質を、その中にただちに新しく整えよ。
そして一つのガラス器、一つの調整によって、四つの本性を一つにせよ。
8 淡色と黒、偽りの黄、不完全な白と赤、
鮮やかな孔雀の羽の色、過ぎ去る虹、
斑のある豹、緑の獅子、鉛のように青い烏の嘴。
これらと、さらに多くの色が、完全な白より前に現れる。
そして完全な白の後には、灰色と、また偽りの黄が現れる。
このすべての後に、不変の血の赤が現れる。
そのとき、自らの種において増殖できる、第三位階の霊薬を得たことになる。
6〔9〕 白いエリクシルを、二つの部分に分けなければならない。
その後、赤化し、それをガラス器に入れよ。
太陽用と月用、両方のエリクシルが欲しければ、そうせよ。
それから水銀によって増殖させ、すみやかに大量にせよ。
初めには匙一杯にさえ満たなかったとしても、
白も赤も、ともに増殖させれば、
千年生きたとしても、ずっと役立ってくれるほどにできる。
10 あなたの車輪に立ち戻るよう、私は勧める。
各章を順々に理解するまで、学べ。
偽りの空想に関わるな。増殖家たちは放っておけ。
彼らはお世辞を言い、自分は哲学に通じていると偽るだろう。
私の命ずるとおりにし、先に述べた基質を、賢く溶かせ。
そして、われらの真の燃える水によって、完全な油に変えよ。
これは、われらの意図に従い、循環によって行わなければならない。
注 第3節の番号は画像では「6」。連続番号から9に当たるため和訳に〔9〕を付記した。
注 第8節「bloe as lede」「kynde Multyplycable」、第9節「stede」は、右端・次行への組み送りを本文の対応する詩行へ戻した。
11 これらの油は、生の水銀を固定し、あなたが投射するとき、
あらゆる物体を、完全な太陽と月へと変えるだろう。
この純粋で固定された油状の実体を、ライムンドゥス・ルルスは
自らのバシリスクと呼んだ。彼は、それをこれほど明白に明かしたことはない。
私のために神に祈ってほしい、私が神に選ばれる者となり、
審判の日に、神が私を御自身の者の一人と認め、
御自身とともに、永遠に至福の内に治めさせてくださるように。アーメン。
主よ、あなたに栄光あれ。
著者が自らの誤った実験を明らかにする、戒め
1 このすべての後、あなたを守るため、
私が何をしたか、理解してほしい。
私は、実に多くの実験を手がけた。
太陽と月のために書かれているものを見つけ、そのとおり行った。
それらを、これから順に挙げて語ろう。
まず、何の役にも立たなかった辰砂から始め、
高い値で買った、昇華された水銀を用いた。
2 私は、数多くの溶液を作った、
霊、発酵種、塩、鉄、鋼から。
そうして賢者の石を作れると思っていたのだ。
しかし結局、すべてを失った。
それでも、本に従って、よく作業したのだが、
その本が、いつも偽りであることを確かめる結果となり、
そのため、しばしば私は、ひどく苦しんだ。
3 腐食性の水も、燃える水も、
私はさまざまな仕方で扱い、
数多く作ったが、すべて駄目になった。
卵の殻を二度三度、煆焼し、
煆焼灰から、油を上昇させて作った。
各元素を他の元素から分離したが、
そこには、まったく利益を見いだせなかった。
4 また、硫黄や、愚者が緑の獅子と呼ぶ
ヴィトリオルにも取り組み、
砒素や石黄にも取り組んだ。災いあれ、それらには。
「弱い原理において」、私の着手はなされていた。
それゆえ、ついには欺きが、結論となった。
私は石炭に風を吹きつけながら、財産も吹き飛ばし、
衣服は汚れ、胃は、少しも健やかでなかった。
5 塩安とサンデヴァー、
アルカリ塩、アレンブロク塩、アティンカー塩、
酒石塩、普通塩、最も澄んだ岩塩、
硝石塩、ソーダ塩、これらに気をつけよ。
水銀の臭気から、遠く離れていよ。
沈殿した水銀には関わるな。
赤くされた、不完全な物体にも関わるな。
6 私は、尿、卵、毛髪、血を試し、
鍛冶屋が打ち落とす鉄の鱗屑も試した。
焼銅、鉄のクロッカスも、何の益にもならなかった。
サトゥルヌスの魂、そしてマルカサイト、
リサージとアンチモンも、一文の値打ちもなかった。
それらから、見せかけの美しいティンクトゥラを作った。
赤いものも白いものも、いずれも偽物であった。
注 第4節 In debili principio はラテン語の挿入句として訳した。
注 Sal Armonyake は塩安、Sandever はガラス製造で生じる塩類の滓の歴史的名称。Sal Alembroke と Sal Attinckarr は当時の物質名の同定に不確実性があるため音写を保持した。
注 Æs Ust は焼銅、Crokefer は鉄のクロッカス、Saturne は鉛を指す錬金術的名称。古い材料名は現代の一定純度の物質と必ずしも一致しない。
7 月の油と水を、大変な苦労をして作った。
沈殿した塩とともにそれを煆焼し、
また、それだけでも、激しい熱を加え、
酢とともに、疲れ果てるまで磨り潰した。
さらに、鋭くする薬材をいくらか加えても行った。
大理石の上での作業は、何度も出費を強いた。
腐食剤で油も作ったが、すべて無駄になった。
8 私は多くのアマルガムを作り、
それを固定して、大きな利益を得られると思った。
そのために硫黄を取り、
酒石、卵白、蝸牛の油も用いた。
だが、いつも目的を果たせなかった。
多すぎることもあれば、少なすぎることもあり、
いつも、何かが足りなかった。
9 葡萄酒、乳、油、レンネット、
地面に落ちる星の粘液、
クサノオウ、後産、そしてまだ多くのもの。
私は、本で見つけたとおり、これらで実験した。
何一つ得ず、多くのポンドを失った。
水銀と金属から、水晶状の石を作り、
それこそ目的にかなった仕事だと思っていた。
10 こうして、ゲベルの料理人の一人のように焼き、煮て、
しばしば、灰の中に儲けを探した。
多くの偽りの本に、欺かれていたからだ。
そのため、誤ったことを、誠実に行っていたのだった。
しかし、そのような実験は、すべて何の益にもならず、
財産の損失や、その他の苦しみによって、
危険と困難の内へ、私を連れ込んだだけであった。
注 第7節第2行はOCRの「Talc」ではなく、画像で「salt」を確認した。
注 Spyces は薬材・添加物の歴史的用法として訳した。
11 聖母への愛にかけて、そのような愚かさを避けよ。
一度もよい結果を示さなかった偽りには、関わるな。
いつ試しても、私の言うことが真実だと分かるだろう。
何も得ず、すべてを失うだけであり、
金入れの中には、ほとんどペニー貨を見いだせまい。
煙と悪臭の中で、大いに苦しみ、
病のため、地上を歩くことさえ、やっとになるだろう。
12 私は、真の作業というものを、実に一つしか見たことがない。
その真実については、この論書で告げた。
それゆえ、われらの石を作ることだけを学べ。
それによって、銀も金も得られるからだ。
だから、自信をもって、私の書いたものを基礎とせよ。
神が導き手であれば、何も失うことはない。
私の教えを信じ、それに留まれ。
13 思い出せ、人は、神が土の組成によって作られたものの中で、
最も高貴な被造物であることを。
その中には、四つの元素が、自然によって釣り合わされている。
まったく費用のかからない、自然な水銀性があり、
それを技によって、その鉱床から取り出さねばならない。
われらの金属も、二つの鉱床にほかならない、
われらの太陽と月の鉱床だ。賢明なレイモンドがそう言った。
14 月と、明るい太陽の輝きは、
この二つの鉱床へ、ひそかに降りていく。
その明るさが、あなたの目から隠されていても、
技によって、公然と現れるようにしなければならない。
それゆえ、この隠れた石、この一つのものを腐敗させよ。
白くなるまで、自らの煮汁で洗い、
それから賢く発酵させよ。これで、すべてが語られた。
注 第14節第1行はOCRの「Stone」ではなく、画像で「Soone」(太陽)を確認した。
今、私はあなたを、全能の神に委ねる。
神が恩寵によって、この一つのものを知ることを授けてくださるように。
今や、この論書は終わりに至った。
神が、その慈悲によって、われらを至福へ導いてくださるように。
そこでは天使たちが、「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」と歌い、
栄光ある御威光を、絶えず讃えている。
神の御国で、それを見ることを、われらに授けてくださるように。
主の年、一四七一年。
錬金哲学の論書、ここに終わる。
その著者は、聖堂参事会員ジョージ・リプリーであった。
千四百七十一年に、
これは書かれ、編まれた。
読者よ、どうか祈りによって、著者を助けてほしい。
生涯の後、その浄めの苦しみが軽くあるように。アーメン。
注 unoq; と compositusq; の q; は -que の省略記号として読み、和訳した。
注 地名形の Rypla と人名 George は刊本どおりに転写した。
英語訳。
こうして、ここに錬金術の論書は終わる。
この論書は、参事会員ジョージ・リプリーが筆にした。
彼自身が編み、書き、自著として署名したのは、
七百を二度に七十一を加えた年、すなわち一四七一年であった。
読者よ、彼を助け、こう願ってほしい。
生涯の後、彼に待つ火が、穏やかなものであるように。
アーメン。
一四七一年。
注 頁下部に見える手書きの日付。印刷本文とは区別し、見える文字を転写した。
知恵の父の書
知恵の父の書
この書を読みはじめる汝よ、
この助言をよく守れ、そうすればいっそうよく成し遂げられよう。
秘密の場所で、ただ独りであれ。
汝が言うこと、行うことを、誰にも見聞きさせるな。
2. しかし多くを読みはじめる前に、十分気をつけよ、
誰と付き合うかに、まことに私は汝へ忠告する。
どこへ行こうとも、友をあまり信じすぎるな。
最も信頼する者が、ときには汝の敵となることがあるからだ。
3. そして知恵の父の言葉に心を留めよ、
彼が息子に、どう振る舞うべきかを教えるさまに。
身の処し方についての彼の訓戒を守るなら、
彼はその学識によって汝を大いに進歩させるであろう。
4. もし彼の言葉に注意を払わないなら、
汝はこの世でしばしば大きな恐れと不安の中に立つ。
先を見通す知恵のある者は過ちを犯すには及ばず、
愚行をなす者は、その愚行を自ら負うからである。
5. さて、愛する息子よ、自分のことを明かすな、
学識ある者にも無学の者にも、高い者にも低い者にも。
若者にも老人にも、富者にも貧者にも、
彼らには私の教えを何一つ教えてはならない。
注 第1連の二つの長行は、欄外への折返し(spede、done)を本来の行末へ戻した。
6. 自分では賢いと思っている者にも、
また氷の上を滑る愚か者どもにも、同じことである。
彼らは大きな書物の中に、
錬金術の学知の技があるはずだと思うが、彼らは屁ほどの値打ちもない。
7. それゆえ息子よ、私は汝にこの学をよく教えよう。
汝が自分の敵に復讐しようと望むときにも、
何かよいものを買い求め、あるいは築こうとするときにも、
これは汝を大いに助けるであろう。
8. この尊い錬金術の学を学びたいなら、
財布から少しの金を惜しまず出さねばならない。
それで「花の中の花」を買うのだ。それこそ最も尊く、
またその小屋と巣をしっかり作るために使うのである。
9. ほかの何かに金を出すなら、
それは汝の損失となり、大きな妨げとなる。
ただし、汝の作業に必要な自然の食物は別である。
それは石と空気と木から得られる。
10. そして、育つもののうちにすべてを備えているなら、
この学に属するものを
いかなる種類でも買う必要はない。
しかし絞首刑を恐れて、自分の身には用心せよ。
11. もしこのことを少しでも自慢すれば、
汝もこの学も、とこしえに失われてしまうからだ。
相手が男でも女でも、老人でも若者でも、
秘密を明かさぬよう、自分の身に気をつけよ。
12. 富者であれ貧者であれ、誰かを
汝の内密の計画にあずからせたなら、
寝ても覚めても気をつけねばならない。
いったん金を作ることを思いつかれた以上は。
13. 神が汝に恩寵と理解を授けたなら、
この学によって豊かな暮らしができよう。
しかし遠慮なく話す女たちの言葉に注意し、
また広く、子供たちの声と目にも注意せよ。
注 Flos Florum は「花の中の花」。第22連で Mercury(水銀)と明示される。
注 第10連 wythin the growing は構文が不明瞭。「育つもののうちに」と訳し、原文を保持した。
14. 息子よ、自分の家の中で十分に得られる、
口を楽しませる、おいしい肉の一切れを。
雉も山鶉も千鳥も子兎も、
公の市場でそのことを叫び立てずともよい。
15. それゆえ、舌と手の働きを秘密にせよ、
この国の役人や統治者から。
ほかの者にも汝の術について何も知らせるな。
それが証拠となれば、彼らは汝を絞首して引き裂くからだ。
16. 人々はその件で、汝を裁判の場で告発し、
汝に対する大逆罪の訴えを書き立てるであろう。
王の恩恵が汝にいっそう厚くなければ、
この世で汝は永久に破滅する。
17. もう一つのことも確かにしておかねばならない、
すなわち汝の王の許可を得ることである。
身に起こりうるあらゆる懸念に備え、
そうすればいっそうよく働き、徒歩でも馬でも往来できる。
18. さらにもう一つ、汝に教えよう。
貧しい人々からは、高い代価を取ってはならない。
いつでもまず汝の神に仕えよ。
そうすれば貧しい人々の間で、汝はいっそうよく暮らすであろう。
19. わが子よ、私の訓戒によく心を留めよ。
この先何が起ころうとも、汝はよりよい成果を得よう。
物はただ欲するより、持っているほうがよい。
傷を覚えてからでは、医者を得るのが難しいからだ。
20. さて愛する息子よ、私は汝にさらに明かそう、
汝の幸福となる、この作業について。
私の言うことすべてをよく考えるなら、
それによって、きわめて貴重なものを見いだせよう。
21. 息子よ、この文が韻文で書かれているからといって、
ひどく軽蔑してはならない。
汝が私の言葉を実践と思考で確かめるまでは、
それは無価値と見なされるだろうと、私はよく承知している。
22. それゆえ、大なるもの小なるもの、あらゆる体と霊の中で、
水銀は「花の中の花」、最も尊い姫君と呼ばれる。
その生まれと驚くべき働きのために、
彼女こそ王となるに最もふさわしい。
23. 彼女は最も重い土と水であり、
最も軽い火と空気に結びつくからだ。
こうして彼女は恋人とともに走り、飛ぶ。
ほかの遊びや喜びには心を惹かれない。
24. ある者たちは、すべての鉱物体は硫黄と水銀ででき、
さまざまな色をまとって大地の中に生まれると言う。
調製に先立つ煮熟の力によって、
それぞれの鉱物体に似た姿形となるのだという。
25. まずは他の人々の説に従い、土星から始めよう。
それは不純で揮発する水銀によって大地の中に生まれる。
水銀からできるもののうち最も重く、黒い硫黄性の土が混じる。
ただし容易に融け、その硫黄はまったく固定されていない。
26. 木星は白い体で、外は純粋な水銀からでき、
内は多少土性を帯びた、清く白い硫黄からできる。
本性上きわめて軟らかく、固定はよく進んでいる。
ほとんど固定されているが、煮熟が足りないのである。
27. 火星は白い体で、主に不純な水銀から大地の中に作られ、
土性の硫黄をまとい、最も融けにくい。
霊が煙を発しはじめると、熱や腐食剤によって、
速やかに黒さと赤さへと焼き尽くされる。
28. 太陽は最も純粋でいくらか赤く、清い水銀と固定した硫黄からでき、
清く赤い硫黄とともに、大地の中でよく混じり合って生まれる。
それゆえ欠陥がなく、どの段階も不足しない。
ほとんど最も融けにくく、重さにおいても最も重いからである。
29. 金星はより赤い体で、その実質は純粋な水銀からでき、
主に赤と緑の硫黄からなり、そのうちには大きな相違がある。
腐食性の苦い物質とともに大地の中で生まれ、
よく固定され、融けにくく、扱いにくい。
注 ☿ は刊本の水銀記号。惑星名は土星=鉛、木星=錫、火星=鉄、太陽=金、金星=銅を指す。訳では原文の擬人化を保った。
注 長行の折返し語を本来の行末へ戻した。
30. 水銀は、ある物質によって動かされれば、体となる。
同類をその同類と混ぜ合わせれば、彼は愛されるであろう。
一つの霊がほかの霊とともに受け入れられ、そのいずれかが主となることが、
あらゆる金属体の生成の原因である。
31. 月は、清い水銀と白い硫黄から生まれた純白の体であり、
いくらか融けにくく、ほぼよく固定されている。
白さの染色において、次に清浄なものであり、
重さは軽く、木星の白さを帯びている。
32. このように、硫黄性で受容するその土の色に従って、
あらゆる金属は生まれる、とある人々は言う。
しかし息子よ、この変成の完全な作業について、
私は別の仕方で、その真の道を教えよう。
33. いま、鉱物体の働きと、
それらが何から生まれるかを、他の人々の説に従ってひととおり述べた。
大地のある場所で、一つの体が完全に作られたように、
人工の薬もそうならねばならない。さもなければ無価値である。
34. ここで特に、水銀の尊さを説こう。
いかに彼女が鉱物の霊の中で最も卓越し、
働きと位階において、最も驚異的であるかを。
彼女は三者の中で最も主要な質料と呼ばれる。
35. また彼女は、人為によるさまざまな事物において、きわめて精妙である。
最も特別な染色力を、与えも受け取りもする。
彼女が最も深く愛する者に与え、またその者から受ける。
とりわけ自分の巣の中で温められているときに。
36. 息子よ、水銀は最も力ある「花の中の花」と呼ばれ、
個々のすべてのもののうちで、最も王者らしく、最も豊かである。
まことの守護者であり、最も王者らしい姫君であり、
あらゆる金属のまことの母である。
37. 彼女は植物的、動物的、そして鉱物的である。
種類においては四つ、全体としては一つである。
彼女は土、空気、水、火であり、
ほかのすべてのもののうちに、並ぶものはない。
注 Luna(月)は銀。第32連の Sulphuri and receptuall は刊本の不整な構文を保持し、硫黄性で受容的な土の意として訳した。
38. 彼女は殺し、屠り、さらに焼成もする。
死に、そしてまた生き返る。
生命を与え、さらに浸入する力を与える。
なぜなら結び合わさって、三つでありながら一つだからだ。
39. 彼女はきわめて親しく混じり合うものであり、
大いなる霊薬を生み出すものである。
体であり、魂であり、霊でもあり、
その色はまことに赤、黒、白である。
40. 多くの求婚者がその後を追いかけるが、
彼女は彼らと関わろうとはしない。
彼らは彼女の意に逆らい、
ひどく気に入らぬ敵と結婚させようとする。
41. 彼女はどのような者とも関わらず、
ただ夫とだけ関わる。それこそまことに正しい。
夫とともになら多くの実りを生む。
夫は本性において彼女とまったく同じ種類だからだ。
42. 息子よ、愚者たちは彼らに大いなる侮りを抱き、
そのことによって自分たちの光を失う。
彼は時には暗く、時には輝き、
ほかのどのような者にも似ていないからだ。
43. 二人が同類として生殖し、
自然の食物とよい養いを得るなら、
ただちに実りを増してゆくであろう、
まことに赤と白の、王と女王を。
44. 息子よ、この学において私は退ける、
まことに調和しないものすべてを。
あらゆる種類の塩類を排し、
腐食の水にある、あらゆる種類の硫黄を排する。
45. 同じく明礬、礬、石黄、毛、
金、銀、アルカリ、ガラスの滓、
蜜、蝋、油、あるいは焼成灰、
樹脂、没食子、さらに卵の殻も、
46. また私はアンチモン、緑柱石、水晶を排する。
松脂、瀝青、琥珀、黒玉、珊瑚も。
草、ナツメヤシの種、大理石、あるいは錫ガラスも。
これらのいずれかが入れば、かえって悪くなる。
47. また緑柱石、山羊の角、羽毛状明礬も、
それらでよいものができることは一つもない。
金属と調和しないものはすべて、
総じてこの作業と相容れない。
48. 息子よ、多くの愚者が私のもとへ求めて来たが、
彼らと私は少しも一致しない。
私は彼らを、見いだしたそのままに放っておき、
愚者として盲目のままにしておく。
49. どの水銀なのかについて、彼らは大いに誤った。
そしてそれを得たときにも、それ以上何もできなかった。
それゆえ哲学において、彼女こそ精華を担う。
彼女は王であり、君主であり、皇帝だからだ。
50. しかし愛する息子よ、明かしてはならない、
学者にも無学の者にも、高い者にも低い者にも、
この作業が水銀と彼女の火によって成り立つということを、
すなわち彼女自身の、とりわけ愛しく親しい恋人によって。
51. なぜなら彼は彼女の息子で、彼女は彼の「畏怖」であり〔語義未詳〕、
そのうちに彼女はあらゆる力を働かせる。
彼は彼女の息子、彼女は彼の母であり、
彼女は愛によって彼を愛し、ほかの者を愛さない。
52. 太陽と月のうちに、彼女の出会いにはすべて愛がある。
彼女に必要なものはすべて、ただ水銀から得られるからだ。
彼らとともに彼女はすべての力を働かせるが、
彼らは恐れのうちには決して増すことができない。
53. それゆえ、純粋な投射を
百万の量に投じ、完全に染色された体を作ることができる。
よく結合し固定した諸霊の薬によれば、
よく混合したところには、その区別は認められなくなる。
注 原刊正誤表(520、印刷200頁15行)は Phylosophers を Philosophy と訂正する。原文欄は刊本を残し、訳は訂正に従う。
注 Tinglas は錫ガラスと呼ばれた物質(一般にビスマス)、Alome plome は羽毛状・繊維状鉱物の古称。
注 第51連 Fright と第52連 on fright は難読語義。いずれも刊本の綴りは明瞭だが、文脈に適する意味は確定できない。通常の畏怖・恐れの意味を仮に示した。
54. それゆえ、汝の門から銀や金が入ってくるなら、
人々が貨幣や普通の器物に用いるようなものが、
この全世界を作った神にかけて私は誓う、
汝のすべての労力と作業は無に帰すであろう。
55. 水銀がいかなる金属と結びつこうとも、
その冷たさと湿りのために、彼女は妨げられるからだ。
いかに密に合わせても、彼女はたちまち煙となり、
火の中に入ると、すぐに去ってしまう。
56. それゆえ水銀には、それらに千倍も
まさる恋人がいる。彼を知ろうとする者ならば分かる。
彼は彼女の恋人、甘美な愛人であり、
だから彼女は彼の内密のことを守る。
57. 彼の部屋でも、またその寝床でも、
生きているときにも、二人が死んでいるときにも。
愚者どもよ、今まで求めてきたように、さらに求めよ。
ほかのどのようなものにも、汝らはまったく何も見いだせない。
58. さて愛する息子よ、私は汝のために書き記そう。
言葉と行いにおける真実を書こう。
いかにして貴重な石が作られるかを、
汝を喜ばせ、満ち足りた歓喜に置くために。
59. 第三十二章で、私の結論へ向けて述べたように、
私は別の仕方で真実を知らせよう。
そしてこの学を言葉と行いの両方で成し遂げるには、
われらの薬を作るに当たり、神が成功を授けねばならない。
60. それは大いなる霊薬と呼ばれ、
まことに強力な混合物によって作られる。
それはまさしく鉱物の石であり、
汝はどこでも十分に手に入れられる。
61. 息子よ、水銀に加えるものは何も取るな、
重く、硬く、堅固に立つ土のほかには。
それはそれ自体、暗く輝き、乾いて冷たく、
汝はためらわず、この両者を結合してよい。
注 正誤表は印刷201頁2行の Aoyne を Coyne(貨幣)と訂正する。訳は訂正に従い、原文欄は誤植を保持。
注 第57連の se は印刷のまま。意味は ye(汝ら)と解した。第59連の「第三十二章」は第32連への参照。
62. その土の一に、最も重く流れるあの水を十部分とせよ。
そうすれば両者は一つとなり、汝の作業にとって最も強力になる。
これで汝は男と女をともに連れ合わせた。
それは大きな愛によって、一つの思いのうちに行われる。
63. この二つはともに霊であり、最も重い一つの体でもある。
汝の部屋と寝床で、最も軽い元素の中で結合するときに。
その元素はますます強く、ますます熱く乾く。
その中で二人は接吻し、泣きも叫びもしない。
64. 土と水がよく混じり合うと、
最も軽い元素の力によって、よく硬化し固定される。
その時までは両者とも流れる水であるが、
いかに嫌おうとも、やがて固定した体に変わる。
65. その寝床で二人は、永続する結合をなす。
軽い元素を与えられる量と、二人の割合に応じて。
こうして煮熟され、完全な固定を得て、
融解する体に似て、その形を備えるようになる。
66. しかし初めは寝床で大きな熱に耐えられず、
汗をかくほどに寝床で働ける程度にせねばならない。
初めから二人の部屋に赤い色が多すぎれば、
急いでその状態に進めることは、大きな悲しみを引き起こす。
67. 最初の巣では、両者とも流れる水であるべきであり、
熱のために、絶えず乾いてゆくべきである。
こうしてその中で精妙な乾いた物質となる。
この作業は汝を大いに前進させよう。
68. それゆえ二人の巣は、丈夫な種類のもので作らねばならない。
最も硬く透明な体で、二人が抜け出さないように。
もしその部屋や巣が割れはじめることがあれば、
二人はすぐさま外へ漏れ出しはじめるからだ。
69. そうなれば汝のすべての作業と大きな労力は失われ、
新たに費用をかけて、やり直さねばならない。
だから怠りも焦りもせず、寝床を確かなものとせよ。
硬く堅く透明でなければ、それは持ちこたえられない。
70. 初めから急激な熱を与えようとしても、
それは汝の作業に少しも適さない。
また急激な強い冷たさにさらすなら、
これもすべて汝の作業を壊す。汝は無謀にすぎるのだ。
71. 二人の巣はやや大きく、屋根を広くせよ。
丈夫で、上部が閉じていれば、その中に留まる。
配合の比率については、何も多くも少なくも加えず、
先に述べたとおりにせよ。違えるなら悪くなる。
72. また寝床の頭からは高い管が立ち上がり、
もう一本は底近くまで下がって、霊が外へ出ないようにせねばならない。
上の場所へ泳ぎ上がる揮発物を、保たねばならないからだ。
それらも後には、ほかのものと同じく、時を経て体を生み出せる。
73. さらに、その寝床にはほかのものを何も入れぬようにせよ。
入れれば、それによって大きな収穫は得られない。
次のようにするのが汝にとって最もよい、
飛び去らぬよう密閉し、巣の中で温かく保つのである。
74. まず弱い火で、その巣を温めねばならない。
少し強い火へと進めるが、強すぎれば二人を損なう。
部屋の床の下で、時に応じて火を加減せよ。
その後に報いが来る、純粋な金と銀が。
75. 量に応じた期間と時間を取らねばならない。
二人は交わりのうちに、互いに交わることを喜ぶからだ。
その部屋と巣で戯れ楽しむのに、
どれほど長い期間と時間がかかるかは、はっきりとは言えない。
76. 巣の最上部に何が出てくるかを見よ。
周囲で働く二人の体から出る汗である。
戯れ、汗をかき、激しく働き終えると、
二人は静まり、もう働きも汗をかきもしない。
77. それから穏やかに冷まし、息をつかせよ。
すると一部は上に、一部は下にある。
そこに汝は、灰色の粉のような石を見るであろう。
それは汝にとって、まことに大きな驚異となる。
注 第73連第2行は否定のつながりが不整。ほかの物を加えれば大きな収穫がない、という前後の文意に従った。
注 この個体の74連第3行には手書きの下線と余白の十字状記号があるが、追加の語句はない。
78. それからすぐ二人を部屋と寝床から取り出し、
大理石の上に置いて、その上で砕け。
色と重さにおいて、何を得たかを確かめ、
それと同量の、最も高貴な「花の中の花」を加えよ。
79. それは、汝が前に持っていたのと同じ霊である。
こうして混ぜ合わせ、同じ教えを授けよ。
二人はともに、別の寝床、その部屋の中に置かねばならない。
そこから汝は、驚異的な作業を理解し、目にするからだ。
80. こうして幾度も、汝の作業を増殖させねばならない。
雲雀がするように、空中へ上がり、また下りるのである。
雲雀も高みに留まって疲れると、
ただちに地上へまっすぐ下りてくるからだ。
81. 二人の体をよく見、頭のところへ耳を当てよ。
そこでどんな働きをするか、よく聞け。
どのような声でも歌いはじめたなら、
音が聞こえなくなるまで、さらに熱を与えよ。
82. このように、部屋と寝床にさらに熱を与え、
あちらこちらで響くいかなる音も聞こえなくなるまで続けよ。
こうして寝床での戯れを続けさせ、
その量に応じた日数だけ、持続させるのである。
83. 遊びと格闘がすべて十分に終わり、
声を上げて歌い、叫び、上下で汗をかくことを終えたら、
巣が赤くなるまで、部屋にいっそう強い熱を与えよ。
そのようにして二人を低く鎮め、恐れも不安も抱くな。
84. 熱によって、このように十分に鎮められ、
寝床で叫ぶことも鳴くこともなくなり、
一つの体として寝床に静かに横たわるからだ。
二人自身の姿で、まるで死体であるように。
85. その主な色はすべて、灰色と白である。
そのときには、大きな苦しみをすべて通り過ぎている。
すべてを作った全能の神にかけて、私は誓う、
多くのほかの人々が求めてきたものを、汝は見いだしたのだ。
86. それから彼を部屋と寝床から取り出せ。
すると死んだような、固定した体を見いだすであろう。
自分の場所の中で、密閉してひそかに保管し、
その恩寵を全能の神に感謝せよ。
87. さて息子よ、私はこれまでこの学をよく探求してきた。
こうして汝のために、白い霊薬を完全に仕上げた。
赤い霊薬について完全に理解したいなら、
もう一つ、同じような作業に取りかからねばならない。
88. 息子よ、前に言ったように、毎回二倍にして、
さらにまたさらにと作業を重ねたなら、
私が白の作業で行った管理の仕方に従い、
汝の望む量の赤い物質を作れ。
89. それから、すべて粉となった赤い石を取り、
大理石の上に置き、砕かねばならない。
そして白い霊、澄んだ水と混ぜ合わせ、
火の中の寝床と部屋へ入れよ。
90. このように彼を部屋と寝床の中に置き続け、
変化させて、別の様子へ導くまで待つのである。
この赤い霊薬の、明らかに示す作業を聞きたいなら、
このような学び方を、十分によく学ばねばならない。
91. 赤い色の部屋の中に彼を吊るし、
固定され、大きな苦しみから解き放たれるまで待たねばならない。
そのとき、この尊い作業を恐れるな。
作業のうち最悪の部分は、すべて過ぎ去ったからだ。
92. こうして火の巣と部屋の中に、確実に留めよ。
中に長くいるほど、その染色力は優れたものとなる。
ただし融解に屈して血のように流れてしまわぬようにせよ。
そうすれば汝はついに、この作業を完全に得る。
93. このように焼く大きな熱の中に置き続け、
十分に固定して、流れも飛び去りもしなくなるまで待つ。
その後、蝋のように流れ、数限りなく染色力を与える。
融けやすさにおいて同類のものとは、結びつき混じり合うであろう。
注 第89連 ponder は刊本の綴り。文脈から粉(pouder)と解したが、重量の意も字面上はありうる。第90連 open worke heare も不整な表現を保持。
94. 汝の作業がこのようによく導かれ、先へ進められたなら、
まことによく賢明に、その作業を成し遂げたのである。
もし私が告げたのと違うことをすれば、
作業を危険にさらす、無謀な者となろう。
95. 正しい分量と適切な時間によって働くなら、
きわめて優良な金と、純粋な銀を得る。
そうすれば汝は、それ自体でいかなる王よりも豊かになる。
ただしその王もこの学に励み、同じものを持っている場合は別である。
96. さて愛する息子よ、投射をどう行うか教えよう。
そこにこそ、大いなる完成と結末のすべてがある。
不完全な体を大いなる完成へ導くには、
同類をその同類に結合すれば、困難には陥らない。
97. 乳を乾いた体に結合したなら、
そのときこそ、白と赤の霊薬をまことに得る。
それは驚異的で、きわめて貴重な石であり、
この学における作業のすべては、それに懸かっている。
98. この学におけるこれらの石は、それ自体あまりに貴重で、
その働きと本性は驚異的である。
大いなる力を示すため、私はさらに説明しよう、
この作業の仕方で、汝がうまく進められるならば。
99. まず、完成において太陽に次ぐ体を取り、
その色に近く、重さと比率でも近いものを取らねばならない。
それは澄んだ血が流れるように融け、
熱い元素の中では、常に最も軽く漂っている。
100. それから貴重な石である赤い霊薬の一部を取り、
血のように流れるその体へ、ただちに投じよ。
このように作業を完全に行ったなら、
ほとんど、あるいはまったく労せずに、完全な太陽へと変わる。
101. 同じように、その色が白い月についても行い、
輝いていくらか軽い、その体と結合させよ。
同じ割合で、真の白い石をその中へ投じよ。
そのとき、汝の最も大いなる作業はすべて出来上がり、完了する。
注 Sol=金、Luna=銀。第96連 prafetnes は刊本の誤綴りを保持し、「完成」の意で訳した。
102. そのとき汝は、赤の作業と白の作業の両方を得る。
それゆえ、その昼も夜も、その時は祝福されよ。
大いなる力と愛によって成り立つこの作業について、
高き天の全能の神に、汝は感謝せねばならない。
103. 息子よ、第二十一章で、私はまことに真実な詩を書いた。
すなわち、この作業をひどく軽蔑してはならない、ということだ。
私の言葉を行いと思考で確かめるまでは、
この学は無価値と見なされると、私はよく知っている。
104. 息子よ、この最後の訓戒をよく心に留めよ。
必要な時に欲しがるより、持っているほうがよいからだ。
折に触れて大胆に友へ打ち明ける者よ、
汝の友は敵となって、その敵意を晴らすこともある。
105. それゆえ息子よ、私は重大な命令を与えよう。
言葉を発するに当たり、口数を多くしすぎるな。
金銀をどれほど持つかを、誰にでも話してはならない。
汝からそれを奪うため、多くの者が大いに大胆になるからだ。
106. また肉体の健康を損なうほどの
酒宴や放蕩を習いとするな。そのほうがよい成果を得よう。
食事も労働も適度にせよ。
医師が役立たなくなったときにも、これが汝を助ける。
107. 見聞きしてきた結果や、
昇華、調製、蒸留、溶解によって試した、盲目的な作業はすべて捨てよ。
大きな書物はそのような事柄を詳しく述べるが、
この術における、そうした相反する説をすべて、私は明白に退ける。
108. また息子よ、自分が死すべき者であり、
この地上の世界には、ほんのしばらく留まるだけだと思い出せ。
どれほど先か、また今からどれほど早く、
死が汝を訪れ、やって来るかを、汝は知らない。
109. そして旅立つときには、よく思い返せ、
老若のうち、誰を最も愛し、信頼してきたかを。
その者を相続人とし、最も深く秘密を託し、
汝の知識、あるいは汝の書を、余すところなく与えよ。
110. しかし、おもねり、うまいことを言う人々に注意せよ。
大言壮語する者、ほら吹きに。彼らは汝を欺き、
陰であれ表であれ、貴重な知識を奪うだろう。
そして目的を遂げると、汝を嘲るであろう。
111. それゆえ、粗野で無骨な者を秘密の仲間にしてはならない。
汝が誠実で信頼できると知る者だけを選べ。
騎乗の時も徒歩の時も、寝ても覚めても、
言葉においても、行いにおいても、その性向においても。
112. また自分の部屋でも、秘密を保つよう気をつけよ。
戸と窓をしっかり閉めておけ。
やって来て隅々まで見てまわり、
そこで何をしているのかと、すぐ尋ねる者がいるからだ。
113. それゆえ、よい口実をすぐ用意せねばならない。
さもなければ、まことに気が狂いたくなるほどになる。
寝ても覚めても熱心に、
珍しい色を作る完全な方法を求めている、と言え。
114. たとえば良質な青緑顔料、朱、金色顔料、そのほか多くを。
そうでなければ、ある種の人々とはいつまでも始末がつかない。
またそれらの見本を多く、示せるようにしておかねばならない。
さもなければ、害意を抱く者はそれなりのことを言う。
115. さらにもう一つ、十分な警告を与えよう。
作業と、またそれを口外し売り出すことに、注意せよ。
人々の吟味が好意的であれ悪意によるものであれ、
作業の代金を財布に収めるまでは。
116. それゆえ息子よ、この百二十章と、
先になすべきと述べた、あらゆる事柄に注意せよ。
天文学についても、よい理解を備えねばならない。
さもなければ、この書についての汝の信は浅いままとなる。
117. 七つの主要な記号を、よく知らねばならないからだ。
その形によって、天を動くどの体に結びつけられるのかを。
そしてその性質と状態を理解せねばならない、
色、性質、軟らかさ、硬さ、そしてそれぞれ固有の姿を。
注 Bice は青色・緑色顔料、Aurum Musicum は金色顔料(モザイク金)の古称。
注 第114連 have a doe は難しい相手との応対・始末がつく意として訳した。
118. さて息子よ、完成と諸学を理解する汝に、
それが私の言葉に関して、思弁であれ実践であれ、
この学と労苦において、私は深い憐れみを覚える。
それゆえ、汝にまことの真実を書き記す。
119. しかし、完成も実践も理解せず、
この作業に似た、試して確かめた結果を何も理解しない汝には、
この全世界を作った全能の神にかけて、
私はまったく何も言わず、何も成し遂げていない。
120. それゆえ息子よ、この書を始める前に、
ここに書かれていることを、賢く理解せよ。
この書によって太陽も月も見いだせないなら、
ほかの愚者たちがしたように、先へ進み、さらに探すがよい。
「知恵の父」と呼ばれる書、終わる。

ヴォーン
彫版
注 全面図版の左下・右下の彫版者署名。ほかに文字の銘はない。
聖なる三位一体の名において
聖なる三位一体の名において、
今われらに恩寵を送り給え、かくあれかし。
初めに神は天使と天とを作り、
また七つの惑星を伴う世界をも作った。
豊かな感覚を持つ男と女を、
ある者は高い身分に、ほかの者はそれぞれの位に置いた。
地を這う獣と虫を、
それぞれその種類に従って食物を受けるものとして。
空を飛ぶ鷲と鳥を、
また海を泳ぐ魚を。
植物性の湿りと、赤い葡萄のものとともに、
またそれを得られる者には、白い葡萄のものも。
地の中に育つ、あらゆる鉱物的なもの、
あるものは増殖のため、あるものは完成のために。
これらすべてを、今われらの家へ運び来る、
あの大いに力ある、きわめて貴重な石、
この豊かな紅玉、値高き石、
楽園から送り出されたものである。
天の偉大な神は、このように作り給うた。
これらすべては七つの惑星のもとに統べられる。
神よ、この秘密の分け前をわれらに送り給え、
そして、あの甘美な天の分け前をも。
アーメン。
注 無題の詩。綴り Na、moystter、sto n は刊本を保持。why[t]e の t は印刷欠落を文脈から補った。Na は「また」の文脈で解し、sto n は ston(石)と解した。
注 red Grap/whyte は赤・白の葡萄、あるいはその液を示唆する。原文にない特定の薬品同定は加えていない。

もしこの作業を始めたいなら、
まずすべての罪を告白して、自らを清めよ。
すべての思いをもって心から悔い、
汝を高い代価で贖った方を、いつも思え。
全力を尽くして償いをなせ。
そうすれば三つの美しい花が、汝の目の前にある。
しかし完成のためには、さらに必要なものがある。
今、この教えによく心を留めよ。
恩寵、自然、理性を備えねばならない。
思弁と知識、そしてよい性向も。
さらに今、これらに加えて備えねばならない、
経験と実践、そして慎慮を。
忍耐強くあれ、生活において聖であれ。
始めるに当たり、これらを思え。
私が汝に告げる、この十四の戒めを、
人よ、昼も夜も絶えず守れ。
そうすれば望むものを逃すことはなく、
また天の甘美な至福をも逃さない。
注 本文下の太陽・月と双頭の竜の図には、翻訳すべき銘文はない。Hestys は命令・戒め。
ヘルメスの鳥

知識
経験
実践
慎慮
忍耐
恩寵
自然
理性
思弁
聖なる生活
注 上部図版の帯銘。左側を上から下、続いて右側を上から下へ転写した。
ヘルメスの鳥
古くからの譬えや形象による問題は、
意味において実り豊かなものと確かめられ、
注目すべき現れに似せることによって、
聖書に根ざした権威を備えている。
その道徳的な教えは、慎慮へと結論を導く。
たとえば聖書が書き記して伝えるように、
昔、木々は自分たちの王を選んだ。
2. 最初の選挙で、彼らはオリーヴを指名し、
自分たちの間を治めるよう求めた。『士師記』が明らかに語る。
しかしオリーヴは、すぐに断った。
自分の油の豊かさを捨てることはできない、と。
また無花果の木も、愛すべき甘さを捨てられず、
葡萄の木も、健やかで爽やかな風味を捨てられなかった、
あらゆる年齢の者を慰める、その風味を。
注 正誤表は印刷213頁10行 Iudicium を Iudicum と訂正する。『士師記』9章の樹木の寓話。原文欄は刊本の語を保持し、和訳は訂正に従う。
3. 同じように、月桂冠を戴く詩人たちは、
まことにふさわしい、意味の隠れた譬えによって、
高位の鳥獣たち、
すなわち王者らしい鷲や獅子が、合意のうえ、
議会を開くために布告を送り出した、と創作する。
そして、手短に言えば、位階を作り、
ある者は支配し、ある者は従うものとした。
4. 鷲は空の最も高いところを飛び、
獅子の力は地上に見られる。
杉は木々の中で、最も高くそびえて見え、
月桂樹は本性として常に緑であり、
すべての花の女神で女王はフローラである。
このように、すべてのものには違いがあり、
高い身分のものも、低い位のものもある。
5. 詩人たちは驚くべき譬えを書き、
自分たちの真意は覆って、深く秘めておく。
獣や鳥を証人に立て、
その創作から、初めて寓話が生まれた。
そこで私は、ここでの目的に向け、
一つの話をフランス語から翻訳しようとする。
座っていた折、小冊子の中で見つけて読んだ話である。
6. 私がここで取り上げるこの話は、
大筋を明らかに述べれば、
美しい鳥の身代金として支払われた
三つの格言を語るものである。その鳥は罠に捕らえられ、
その苦境から逃れようと、ひどく望んでいた。
原作者の物語の進みに従い、
起こったとおりに、順を追って述べよう。
7. 昔、ある小さな村に、
原作者が語っているところによれば、
一人の田舎者がいた。その男は、
勤勉な労働によって自らの庭を
見事に手入れし、整えようと、熱意と意欲を抱いていた。
縦横を整え、四角く長い形にし、
生垣と溝をめぐらせて、安全で堅固なものにした。
注 Chorle は社会的な「田舎者・農夫」と道徳的な「卑しい者」の両義を持つ。この寓話では「田舎者」を基本とした。
8. 小道はすべて砂で平らにし、
腰掛けは新しい緑の芝で覆い、
草花を植え、端には導水の噴泉を置いた。
輝く太陽に向かって湧き上がる水は、
水晶ほどに澄んだ、銀の流れのようであり、
泡立つ波が上で沸き立ち、
丸い緑柱石のように、光を放っていた。
9. 庭の中央には、みずみずしい月桂樹が立ち、
その上で一羽の鳥が、昼も夜も歌っていた。
金の糸より明るく輝く羽を持ち、
その歌で重い心を軽くした。
それはまことに、天国のような眺めだった。
夕方になると、また夜明けには、
鳥は精一杯、愛らしく歌おうと努めた。
10. 夕方、ポイボスが寝ぐらへ去るころ、
ヘスペロスは鳥の意気を高めた。
鳥は枝々の間で、都合よく身を置き、
最もよい仕方で、寝る前の祈りを歌い、
女王アルケステの昇るころには、
務めとして、ふたたび歌った、
早朝、明けの星に挨拶するために。
11. 夕べにも朝にも鳥の歌を聞くことは、
まことに天上の旋律を聞くことだった。
甘く砂糖のような調和、
類まれなさえずりと、長く引かれる調べによって、
庭全体がその響きで鳴りわたった。
だがある朝、ティタンが明るく照らすころ、
鳥は仕掛けにかかり、鳥網に捕らえられた。
12. 田舎者はこの鳥を捕らえて喜び、
表情も眼差しも顔つきも楽しげだった。
大急ぎで、自分の家の中に
小さな可愛らしい籠を作り、
その歌で心を楽しませようと考えた。
やがて哀れな鳥は我に返り、
静かな口調で、田舎者にこう言った。
注 正誤表は印刷215頁14行 ameus を amerous と訂正する。原文欄は刊本のまま、訳は訂正による。
注 Esperus=宵の明星、Phebus・Tytan=太陽の詩的呼称。Quene Alcest は刊本の固有名を保持した。
13. 「私は今、捕らえられ、支配のもとにあり、
飛べないよう、きつく閉じ込められています。
さようなら、私の歌、私の澄んだ音色すべてよ。
今や自由を失い、
かつて自由だった私が、今は奴隷なのですから。
信じてください、私は苦悩の中にいるのです。
歌うことも、喜びを生むこともできません。
14. たとえ私の籠が金で作られ、
頂の飾りが緑柱石や水晶であっても、
昔から言われる格言を、私は思い出します。
自由を失う者は、まことに隷属の身にある。
私なら、緑の森の中、小さな枝にとまり、
楽しく歌うほうがよい、
明るく光る金の籠の中にいるよりも。
15. 歌と牢獄には、何の調和もありません。
私が牢獄で歌うと、お思いですか。
歌は喜びと楽しみから生じます。
牢獄は死と破滅をもたらします。
足枷の鳴る音は、楽しい響きを作りません。
意に反して鎖に縛られている者が、
どうして喜び、陽気でいられましょう。
16. 独り石の塔に固く閉じ込められていて、
獅子が獣の王であることに、何の役立ちがあるのでしょう。
また鷲が、厳しく鎖につながれながら、
すべての鳥の王と呼ばれることに。
自由がなくなったとき、支配者の位など忌まわしい。
この問いを避けずに、答えてください。
心から歌わずに、楽しく歌える者がいますか。
17. 私の歌で楽しみたいなら、
束縛を離れ、自由に飛んで行かせてください。
そうすれば毎朝、
あなたの月桂樹へ戻って来て、
澄んだ音色で、生き生きと歌いましょう。
あなたの部屋の下でも、大広間の前でも、
私を呼びたいと思う、いつの時にも。」
18. 「恐怖のもとに閉じ込められ、苦しめられることは、
私の本性には、少しも合いません。
たとえ乳と上等の白パンを与えられ、
甘い凝乳が食べ物として運ばれて来ても、
私はむしろ、力を尽くして世話をし、
早朝に谷で地を掻き、
小さな虫の中から、自分の食事を見つけたいのです。
19. 朝早く、鋤のそばで
豚肉を食べる労働者のほうが、もっと幸せです、
十分な財宝を持ち、
どんな珍味も豊富にあふれている人々の一部よりも。
彼らは所有物とともに自由を持つことがなく、
杭につながれた熊のようで、自由に出歩けず、
許しを得なければ、束縛の外へ出られないのです。
20. この答えを、最終のものとして受け取ってください。
牢獄で歌うことを、あなたは私に強制できません。
森のあちらこちらで自由を得て、
粗い枝にも滑らかな枝にも、自由に飛べるようになるまでは。
理に従うなら、私の望みを軽蔑せず、
むしろ笑って、楽しむべきです。
しかし卑しい者は、皆が同じであることを望むのですね。」
21. 「よし」と田舎者は言った。「話して聞かせても、
わしの望みどおりにならぬからには、
嫌でも三つのうち一つを選べ。
籠の中で楽しげに歌うか、
さもなければ、おまえの体を台所へ持って行き、
その明るくきれいな羽をむしり、
わしの食事にするため、炙り焼きにするか、焼き物にするかだ。」
22. そこで鳥は言った。「道理に逆らうつもりはありません。
私の歌については、十分にお答えしました。
羽をむしられたあと、
私が炙られたり、生地に包まれて焼かれたりしても、
あなたにとっては、ごくわずかな食事にしかなりません。
でも私の助言に従うつもりなら、
私から大きな利益を得ることができます。」
23. 「私の助言に同意し、
牢獄から自由に去ることを許し、
身代金も、ほかの支払いも求めないなら、
私は素晴らしく大きな報酬を与えましょう。
理にかなった、三つの偉大な知恵です。
よく聞いてください、私が差し出すものは、
あなたの櫃に閉じ込めた、すべての金より価値があるのです。
24. 信じてください、私はあなたを欺きません。」
「よし」と田舎者は言った。「話してみろ。」
「いいえ」と鳥は言った。「まず考えてください。
理を教える者は、自由でなければなりません。
師が自由を持ち、
束縛されずに教訓を教えるのは、ふさわしいことです。
疑わないでください。裏切るつもりはありません。」
25. 「よし」と田舎者は言った。「それで承知しよう。
おまえがわしにした約束を信じよう。」
鳥は飛び出した。田舎者はそれに同意した。
そして月桂樹まで飛び上がった。
そのとき鳥は思った。これで自由の身になった。
この先一生、罠や鳥網や、
鳥黐を塗った小枝と、もう格闘するつもりはない。
26. 束縛を逃れ、
足枷を破って牢獄から逃げたのに、
また戻る者は愚者である。火傷した子供は火を恐れるのだから。
人は皆、知恵と理によって注意せねばならない、
欺く毒を隠す、振りかけられた砂糖に。
どんな毒も、解毒薬のように見えるときほど、
その鋭い毒性が危険になることはない。
27. 危険を恐れない者は、危険に陥るであろう。
穏やかな水は、しばしば深い。
鶉を呼ぶ笛は、きわめて巧みに欺いて鳴き、
鶉が網の下へ忍び込むまで誘う。
涙目の鳥捕りを、泣いているからといって信じるな。
小鳥の頭をつまみつぶせる、その親指を避けよ。
涙に気を取られてはならない。
注 of sent は assent(同意)の意、of sithes は oft sithes(しばしば)の意と解した。triakcle は解毒薬テリアカ。
28. 「今、私はこのような束縛から逃れました。
これからは用心し、前もって備え、
どの鳥捕りにも、二度と騙されないようにしましょう。
彼らの鳥黐の小枝からは、はるか離れて飛びます。
危険のあるところに留まるのは、危険ですから。
田舎者よ、近くへ来て、私の言葉に心を留めてください。
あなたに教える、三つの知恵について。
29. 知恵を用い、どんな話や知らせも、
性急に信じてはなりません。
理性と慎慮によって、よく考えなさい。
話の中には、大きな嘘がいくつもあります。
性急に信じることは、大きな損害を招いてきました。
新しく持ち出された話や知らせを伝えることは、
多くの人を、まったく不実な者にしてしまいます。
30. これを私の身代金の一つとして受け取ってください。
次に、聖典に根ざす二つ目を学びなさい。
どのようなことがあっても、
手に入れることのできないものを望んではなりません。
この世の欲望は、すべて運にさらされています。
高く舞い上がろうと望む者は、
突然の変転によって、しばしば手ひどく落ちるのです。
31. 三つ目はこれです。朝も夕も気をつけ、
忘れず、私からこれを学びなさい。
失った財宝のうち、いかなる仕方でも
取り戻せないもののために、悲しみすぎてはなりません。
そのような損失を悲しむ者については、
まず損失を数え、次に苦痛を数えてみれば、
一つの悲しみを、二つの悲しみにしているのです。」
32. この教えのあと、鳥は歌いはじめた。
逃れたことを、大いに喜んでいた。
だが最初に捕らえられたとき、
田舎者から受けた不当な仕打ちも思い出し、
恐怖と、閉じ込められたことも思い出した。
今は自由で恐れもないのを喜び、
男の頭の上を舞いながら、こう言った。
注 第30連 on softe は unsofte(激しく・痛く)の意として訳した。綴りはそのまま保持。
33. 「あなたは」と鳥は言った。「本当に生まれついての愚か者でした。
無知のために、私を去らせるとは。
当然、嘆き悲しみ、
心に大きな重苦しさを覚えるべきです。
これほど莫大な富を失ったのですから。
その価値を計れば、
強大な王の身代金を払うのにも十分だったでしょう。
34. ラグーンスと呼ばれる石があり、
ずっと昔に、私の内臓の中で生まれました。
純金の大きな一オンスに相当する重さを持ち、
黄色みを帯び、彫りのある柘榴石のような色で、
人々を戦いで勝利させます。
この石を身につける者は、
命を狙う敵に対して、すっかり守られます。
35. これを所有する者は、
貧困にも欠乏にも苦しまず、
財宝を豊富に、あふれるほど持つでしょう。
すべての人がその者を敬い、
どんな敵も危害を加えることができません。
けれど、私はもうあなたの手を離れたのですから、
嘆きたいなら嘆きなさい。あなたの取り分は何もありません。
36. 私が持っていた石について、
先ほどあなたに言い聞かせたとおり、
あなたは今、それを失ってしまいました。
あらゆる道理からして、悲しむべきであり、
心に何の喜びもないはずです。
さあ田舎者よ、私の言葉で教えましょう。
私は甘美な楽園で孵り、育ったのです。
37. 今、私がラグーンスと呼ぶ石の、
さらに別の名を教えましょう。
その力と香りについても、
それらは何と甘美で、何と芳しいことでしょう。
私はエノクとエリヤのもとで仕えていました。
どんな竪琴をもしのぐ天使の声とともに、
私の甘美な歌は、鮮やかに響くのです。」
注 正誤表は印刷220頁8・30行の Jagownce を Ragounce と訂正する。原文欄は刊本を保持し、訳の音写は訂正による。特定の現代鉱物名へ断定していない。
注 第34連の重量の言い方は、後の第53・54連で鳥自身が矛盾として指摘する。
38. 「モリエヌスの海にある黒いダイヤモンド、
波の中を転がる白い柘榴紅玉、
高貴な位の、黄色みを帯びた紅玉。
それは俗に語られる石々をしのぎ、
宝石誌では、古来の法に従って成長したとされます。
七つの惑星による自然の運行に従い、
天の下にある、あらゆる石にまさります。
39. 宝石誌のすべての石をしのぐ、
このような宝を持つのは、田舎者にはふさわしくありません。
それはあらゆる力の精華を備え、
すべての喜びと恩寵によって人を楽しませ、
この世で二度と悲しませることがありません。
本当の田舎者よ、あなたは好機を逃しました。
私はかつてと同じく、自由な身です。
40. 学者たちが聖書に見いだすように、
楽園の門で、それが投げられたとき、
美しく穏やかな天使によって、
そこで私は、王アレクサンドロスを押し倒しました。
それはあらゆる石の中で、最も小さいものでした。
そのような石は、ほとんどどこにももたらされません。」
田舎者は悲しみに沈み、思いは重かった。
41. 「田舎者よ、まださらに語れます、
私の言葉に注意を払うなら。
ヘルメスの鳥というのが、私の名です。
このように広い全世界において、
あらゆる方に恩寵の輝きを放つ私を、
自分の庇護のもとに置くことができた者は、
どんな皇帝よりも豊かになるでしょう。
42. 私の石は、征服者アレクサンドロスを打ち倒しました。
その兜に突き当たったときに。
丸い豌豆より大きくないもので、
誰の目にも見えないほどだったのに、
勇ましい騎士を、すっかり打ち伏せたのです。
今、穏やかな声であなたに告げましょう。
この力ある恩寵は、天から来たのです。」
注 Morienis は錬金術伝承のモリエヌスに関係する形として音写した。
注 第40連の he、I は指示が揺れ、石と鳥の語りが交錯する。代名詞の曖昧さを保持した。このアレクサンドロスの逸話を正典聖書中の事実とは認定していない。
43. 「それは愛を生み、人を優美にし、
あらゆる人の目に、好ましく映るようにします。
互いに妬み合う二人を和解させ、
悲しむ者を慰め、重い心を軽くします。
色の優れた、明るい太陽のように。
あなたに何もかも話すとは、私は愚かです。
田舎者に、貴石の価値を教えるとは。
44. 人は貴重な真珠を置くべきではありません、
紅玉やサファイア、ほかの藍色の石、
エメラルドや丸い白真珠などを、
生まれつき滓を好む、粗野な豚の前に。
私の知るところ、雌豚は、
子豚たちを喜ばせる汚い滓のほうを楽しみます、
グラナダから来る、すべての宝石よりも。
45. それぞれのものは、自分に似合うものへ引き寄せられます。
魚には海、獣には陸地。
鳥には空がふさわしく、
農夫には自分の土地を耕すことが、
田舎者には手に持つ肥やし用の叉がふさわしい。
これ以上ここに留まり、あなたに
宝石誌の心得を語るのは、時間を無駄にすることです。
46. かつて持っていたものは、もう取り戻せません。
あなたの鳥黐の小枝や鳥網など、私は物ともしません。
私を行かせるとは、ひどく不注意でした。
ただ愚かさのために、その富を失ったのです。
私は今、望むところで歌い、
飛ぶ自由があります。まったく愚かなのは、
自由に歩けるのに、自分を奴隷にしてしまう者です。
47. 知恵を聞くことについて、あなたの耳は半ば聞こえません。
竪琴に聞き入る驢馬のようです。
蔦の葉を笛にして吹いていればよいでしょう。
私には、鋭い茨の上で歌うほうがましです、
籠の中で、田舎者とやり取りするよりも。
大昔から、人々は言ってきました。
田舎者の下僕は、しばしば悲嘆に暮れる、と。」
注 第45連 bewar は刊本の読み。「心得」としたが、原形・語義には不確実性がある。
注 Nasse は an asse の語分割変異として「驢馬」と訳した。pype in a Ive leffe は実らぬ慰めを求めることをも含意する。
注 Chorles Chorle は「卑しい主人に仕える者」と解した。
48. 「さあ田舎者よ、私はここで、
豊かな経験とともに、自分の力を語りました。
ある人にとっては、金よりもよいものなのに、
あなたには、その教えは何の実りもありません。
あなたには槍よりも、羊飼いの杖が似合います。
さようなら、心を痛めた、でくの坊よ。
田舎者の爪の中に、私は二度と戻りません。」
49. 田舎者は、ひどい悲しみのため、
心が二つに裂け、ばらばらになるのを感じた。
「ああ」と男は言った。「泣き嘆くのも当然だ。
わしは決して栄えることのない惨めな者となり、
一生、貧しさに耐えるほかない。
愚かさと頑なさのために、
今やすべての富を、すっかり失ってしまった。
50. わしは領主だったのだ。運命を呪おう。
ついさっきまで、大きな財宝を手にしていた。
あの石があれば、長く豊かに暮らし、
王のように生きられたはずだ。
それを指輪にはめ、
身につけていれば、財産は十分にあった。
もう二度と、鋤のところへ行かずにすんだはずだ。」
51. 鳥は、田舎者がこのように悲しみ、
沈んだ顔をしているのを見ると、
飛び立って、ふたたび戻って来た。
男のほうへ向かい、これから聞くように言った。
「知恵を学ぶのに鈍い田舎者よ。
私が教えたことは、すべて置き去りにされ、
奪われて、あなたの心からすっかり消えてしまいました。
52. このような知恵を、私は教えなかったでしょうか。
新しく持ち出された、どんな話にも、
それが真実だと分かるまでは、
性急に信を置いてはならない、と。
金色に見えるものが、すべて金なのではありません。
私の知るところ、石もまた、
藍色を示すものが、すべて本性においてサファイアなのではありません。」
注 正誤表は印刷223頁29行を Tawte ythe と訂正する(転写資料に若干の不確実性あり)。本体の Taw tey the を原文欄に保持し、「私は汝に教えなかったか」の意で訳した。
注 Globbe は愚鈍な者に対する呼びかけ。
53. 「これほど中身のある格言をあなたに教えるために、
この教えに費やした私の苦労は、無駄でした。
今こそ、あなたの無知で盲目的な誤りが見えるでしょう。
私の体全体を天秤で量っても、
一オンスありません。あなたの記憶は愚かです。
それなのに、私の内臓には、
釣り合いに置いた全身より重いものが入っているというのですか。
54. 私の全身は一オンスもありません。
それなのに、どうして私の中に、
大きなジャグーンスよりも重い石がありえましょう。
あなたの頭は鈍く、分別はほとんど消えています。
三つの知恵のうち、一つを失いました。
私の教えによれば、どんな話にも、
性急に信を置いてはならなかったのです。
55. また私は、朝も夕も注意し、
突然の出来事で失ったものについては、
それを取り戻せないと分かるとき、
悲しみすぎてはならないと言いました。
あなたはここでも失敗し、懸命に努めています、
私をもう一度、罠に捕らえようと。
あなたは愚者です。その労力は無駄です。
56. 三つ目についても、あなたは正気を失っています。
どんなことがあっても、手に入れられないものを
欲しがってはならないと、私は言いました。
その点でも、私の教えを忘れています。
だから、はっきり述べてよいでしょう。
あなたは愚かにも、私が教えた
注目すべき三つの知恵を、すべて忘れたのです。
57. これ以上あなたと話したり、
多かれ少なかれ知恵を教えたりするのは、ただの愚行です。
粗野で鈍りきった驢馬に演奏を教えるため、
竪琴を持ち出す者は、正気ではないと思います。
愚者のためにミサを歌う者も、正気ではありません。
そして最も正気でないのは、わざわざ尽力して、
田舎者に高潔さの作法を教えようとする者です。」
注 正誤表は印刷224頁12行 hre を Three と訂正する。原文欄は刊本を保持し、訳は訂正による。
注 第54連では石名が Jagounce と綴られる。正誤表の Ragounce 指示は印刷220頁の2箇所に限定されるため、ここは刊本の綴りで音写。
注 第53連末尾は前言の矛盾を露呈する反語として訳した。第55・56連では第二・第三の格言を先の提示順と逆に取り上げている。
58. 「同じように、四月と五月に、
優しい鳥たちが最も美しく歌うときにも、
郭公はただ一つの歌しか歌えず、
ほかの調べには、まったく心が向きません。
こうしてあらゆるものは、学者たちが述べるように、
木の果実も、どの年齢の人々も、
どこから来たかに応じた、しるしを持ちます。
59. 酒商は、その体によい酒について語り〔語形に疑問〕、
庭師は、よい果実を自慢します。
漁師は釣針と釣糸を投じ、
清らかな川で魚を捕らえます。
貧しい者は土地の耕作について語り、
紳士は高貴さについて語り、
田舎者は卑猥な話をするのを喜びます。
60. その者には隼も鳶も同じで、
梟も鸚鵡も同じようによく、
糞の山の家鴨も、鴫と同じご馳走です。
田舎者に仕える者は、多くの悲しい日を過ごします。
私はこの先、あなたと戯れるつもりはありません。
田舎者の前で二度と歌わず、
生きている間、知恵を語り合うつもりもありません。」
61. この寓話を見、読む人々には、
新しく作られた話を避けよ、と私は勧める。
財産の損失を、あまり気にしすぎるな。
どんな逆境にも、悲しみすぎるな。
ありえないものを欲しがるな。
どこへ行こうとも、覚えておけ、
田舎者の下僕は、しばしば悲嘆に暮れる、と。
62. この趣旨に、次の格言はよく当てはまり、
古い記憶によって読まれ、語り伝えられてきた。
子供の飼う鳥と、田舎者の妻には、
しばしば悲しみと不運がある。
自由を持つ者は、十分なものを持つ。
わずかな物と喜びの中にある自由のほうがよい、
この世のすべての富を持つ、卑しい者となるよりも。
注 第58連 tallage は出自に由来する性質・しるしと解した。通常は租税を意味する語だが、ここでは文脈上の読み。
注 第59連は刊本で The Wynter、Welsom wyndys と明瞭に印刷される。各職業が自らの事柄を語る文脈から、vintner(酒商)と wholesome wines(体によい葡萄酒)に当たる語の変異・誤植と解して仮訳したが、確定できない。原文欄は刊本を保持。

63. 行け、小さな冊子よ。へりくだった思いをもって、
私の師に、私の挨拶を伝えよ。
慈悲と憐れみによって、この拙い作品を
いたわってくださるよう、謹んで願え。
また、フランス語からのこの翻訳については、
その英語がどのようなものであろうと、
すべては御訂正を仰ぐものとして述べられ、
あなたの寛大さに支えられている。
終わり。
注 正誤表は印刷226頁1行を recomaund とする。刊本の rcomaunde を原文欄に残した。この個体の第1行には r の直後へ e を補う小さな手書きの訂正がある。
チョーサーの肖像
その記憶に捧ぐ。
かつてイングランド人の、三重に偉大な詩人であった
ジェフリー・チョーサーは、この墓に葬られている。
主の年を、またその生涯の時を尋ねるなら、
見よ、下の記録が、そのすべてを汝に告げる。
1400年10月25日。
死は、苦難からの安息である。
N・ブリガムは、詩神たちの名において、この費用を負担した。
1556年。
注 チョーサーの墓を描いた図版の中央碑文。M. S. は Memoriæ sacrum(記憶に捧ぐ)の略として訳した。
注 musarum は銘文で語末を省略符号付きに刻む。読みやすさのため略字を展開した。
注 1400年10月25日は銘文が記す死去の日、1556年はN・ブリガムによる費用負担・記念碑建立の銘の年。ここでは史実の日付を独立に検証するのではなく碑文を訳した。
ヴォーン彫版
チョーサー 参事会員の従者の話
修道参事会員の従者の物語
われらが古の名高い英国詩人、ジェフリー・チョーサー著
注 Chanon は修道参事会員。Yeoman はここではその従者を指す。原文の長い s は通常の s に置き換えたが、語形と綴りは1652年刊本に従う。
修道参事会員の従者の序話
聖セシリアの生涯の話が終わってから、
まだ五マイルも乗ってゆかないうちに、
ブリーの森の麓のボートンで、われらに追いついた者がいた。
黒い衣を身につけた男で、
その下には白い上衣を着ていた。
彼の乗馬は一面に銭形の斑がある灰色で、
見て驚くほど汗をかいていた。
三マイルは駆け続けてきたように見えた。
その従者が乗っていた馬もまた、
歩くことさえやっとなほど汗をかき、
胸繋のあたりには泡が厚く盛り上がり、
泡の斑で鵲のようになっていた。
尻繋の上には二つ折りの荷袋が載っていた。
どうやら持ち物はわずかしかないらしかった。
この立派な男は夏向きの軽装で馬を進めていた。
そこで私は心の中でいぶかりはじめた、
注 刊本末尾の正誤表(scan 520)に従い、227頁の該当語句を unneth might に訂正した(正誤表では16行と指定されるが、見出しを除く詩本文では10行目)。Saint Cecyle は聖セシリア。直前の「第二の尼僧の物語」を受ける。Boughton under the blee はブリーの森近くのボートン。
いったい何者だろうと。やがて私は、
その外套が頭巾に縫いつけられているのに気づき、
しばらくよくよく眺めてから、
修道参事会員の一人だろうと見当をつけた。
帽子は紐で背中にぶら下がっていた。
並足や速足どころの速さでは走ってこなかったからだ。
気が狂ったように、絶えず拍車を当てていたのだ。
汗を吸わせ、頭を暑さから守るため、
頭巾の下にはゴボウの葉を敷いていた。
その汗のかきようは、見ていて愉快になるほどだった。
額からは蒸留器のように雫が垂れた、
オオバコかペリトリー草をいっぱい詰めた蒸留器のように。
彼はやって来ると声を張り上げた。
「神がこの陽気なご一行をお守りくださるように。
あなたがたのために大急ぎで駆けてきました。
なんとか追いついて、
この楽しい一行とご一緒に旅をしたかったので」
従者の方もたいそう礼儀正しく、
こう言った。「皆さん、今朝ほど、
皆さんが宿から馬でお出になるのを見かけ、
こちらのわが主人、わが殿にお知らせしたのです。
主人はあなたがたとの同行を心から喜んでおります。
気晴らしに、楽しい語らいを好みますから」
「友よ、その知らせへのお礼に、神がお前に幸運をくださるように」
そこでわれらの宿の主人が言った。「確かにお前のご主人は
賢い方らしい。そう見受けられるよ。
たいそう快活な方だとも、賭けてもいい。
何か愉快なお話を一つ二つ、
この一行を楽しませるためにできるかな」
「どなたです、ご主人ですか。ええ、うそではありません。
面白いことや愉快なことなら、お手のもの、
存分にご存じですとも。信じてください。
私ほどよくこの方を知っていらしたなら、
注 刊本末尾の正誤表(scan 520)に従い、本文12行 But を VVere、24行 Frede を Friend に訂正。VV は刊本正誤表の字形を残した。Clote は大きな葉の草で、ここではゴボウ類として訳した。Peritorie は薬草ペリトリー(パリエタリア類)。
どれほど巧みに、見事に、
しかもさまざまなやり方で仕事をするか、驚かれましょう。
この方は大きな事業をいくつも手がけてこられました。
ここにいるどなたも、この方から習わなければ、
成し遂げることはひどく難しいはずです。
皆さんの中をこんな質素な姿で乗っていても、
本当のお人柄を知れば、皆さんのお得になります。
いくら財宝を積まれたところで、
この方とのおつきあいを手放したくはなくなるでしょう。
私の持ち物を全部賭けてもかまいません。
たいへんな分別のある方です。
まったく、並外れて賢い方だと申し上げておきます」
「よし」と宿の主人。「では教えてくれ、
学者なのか、そうでないのか。どういう方なんだ」
「学者ですって。いや、確かに学者よりも上ですよ」
と従者は答えた。「宿のご主人、手短に、
この方の技のことを少しお話ししましょう。
うちの主人は、それほど精妙な術をご存じなのです。
ただし、その技の秘密を私からお聞きになることはできません。
私もいくらかは仕事のお手伝いをしていますが、
いま馬で進んでいるこの地面を、
カンタベリーの町に着くところまで、
すっかりひっくり返して、
一面に銀や金を敷き詰めることができるのです」
従者がわれらの宿の主人にこう語ると、
主人は「何とまあ、ありがたいことだ」と言った。
「それは驚きだ。不思議でならない。
お前のご主人がそれほど知恵に富み、
それゆえに人から敬われるはずの方なら、
どうして自分の体面をそんなに気にかけないんだ。
外側の上衣は、一文の値打ちもないじゃないか。
あの方の身にふさわしいものかというと、まったく、
垢だらけで、ずたずたに裂けてもいる」
注 刊本末尾の正誤表(scan 520)に従い、本文2行 con the を couthe に訂正した。benedicite は本来「祝福あれ」の意で、ここでは驚きの間投詞。
「どうしてお前のご主人はそんなにだらしないんだ。教えてくれ。
もっとよい服を買う力があるのだろう。
その仕事ぶりがお前の話のとおりなら、
ひとつそこのところを聞かせてくれ」
「どうしてですって」と従者。「なぜそんなことを私にお聞きで。
神に誓って申しますが、あの人は一生栄えやしません。
ただし、今の話を人前で認めるつもりはありませんから、
どうぞ秘密にしておいてください。
本当のところ、あの人は賢すぎるのだと私は思います。
何でも度を越せばうまくゆきません。
ちょうど学者たちも言うように、それは欠点です。
だからその点では、主人を愚かで分別がないと思っています。
人の知恵があまりに優れていると、
それを間違って使うことが、ひどくよくあるものです。
主人がそうなのです。それが私にはつらい。
神が直してくださるように。もうそれしか言えません」
「それはさておこう、よい従者君」と宿の主人。
「お前はご主人の術を知っているんだから、
どうやっているのか話してくれ。ぜひ頼む。
それほど器用で腕があるというからには。
言って差し支えなければ、どこに住んでいるんだ」
「ある町の外れです」と彼は答えた。
「隅っこや袋小路に隠れています。
生まれつきの追い剝ぎや盗人どもが、
びくびくしながら人目を忍んで住んでいるところ、
姿を見せる勇気もない連中のいるところです。
本当のことを言えば、われわれも同じ暮らしですよ」
「もう一つ聞こう」と宿の主人。
「どうしてお前はそんなに顔の色が悪いんだ」
「聖ペテロにかけて」と彼。「こんな仕事に神罰が下るがいい。
熱い火を吹くことにあまりにも慣れきっているので、
そのせいで顔の色が変わったのだと思います。
鏡などのぞく習慣もなく、
注 刊本末尾の正誤表(scan 520)に従い、本文10行 wil を nil に訂正。nil not という二重否定を含む語形もそのまま保存した。
ひたすら骨を折って、金属を増殖させることを学んでいるのです。
いつも見境もなく、火の中をのぞきこんでばかりです。
それでも望みは果たせません。
いつまでたっても仕上げに至らないのです。
大勢の人を欺いて、
金を一ポンド、二ポンドと借り、
あるいは十、十二、さらに幾口も借りては、
少なくとも一ポンドを二ポンドには
してやれると、相手に思いこませる。
でも、うそなのです。それでも私らは、できるという望みを
いつも抱いて、それを手探りで追い求めています。
ところがその学術は、われわれのはるか先にあって、
たとえ誓いを立てたところで、
追いつけません。あまりに速く逃げてゆくのです。
しまいにはわれわれを乞食にしてしまうでしょう」
従者がこんなふうに話している間に、
修道参事会員は近寄って来て、
従者の言うことを全部聞いていた。
彼はいつも、人の言葉を疑っていたのだ。
カトーも言っている。罪のある者は、
何の話でも自分のことを言っていると思う、と。
そういうわけで彼は、従者の言葉を残らず聞こうと、
そのそばへ寄って来たのだった。
そして従者にこう言った。
「もう黙れ。これ以上一言もしゃべるな。
しゃべれば、たっぷり高い代償を払わせるぞ。
この一行の前で、わしを中傷しおって。
隠しておくべきことまで暴きおる」
「いや」と宿の主人。「何が起ころうと話し続けろ。
あんな脅しなど、少しも気にするな」
「まったく」と従者。「私もたいして気にはしませんよ」
修道参事会員は、もうどうにもならず、
従者が自分の秘密を話してしまうと見ると、
注 Multiplye は錬金術によって貴金属を増やすこと。Cato はここでは中世にカトーに帰せられた道徳的格言を指す。
悲しみと恥ずかしさのあまり、逃げ去った。
「ああ」と従者。「さあ、これからが面白いところですよ。
知っていることを、すぐにみんなお話ししましょう。
あの人はもういない。汚らわしい悪魔にくびり殺されるがいい。
これからは一ペニー積まれようと一ポンド積まれようと、
二度とあの人に会いません。皆さんに約束します。
最初に私をあんな遊びに引きこんだやつは、
死ぬまでに悲しみと恥を味わうがいい。
私にとっては、これは本気の苦しみなのです。誓って言います。
誰が何と言おうと、身にしみてわかっています。
それでもこれほどの痛みと悩みを、
悲しみと労苦と災難を味わいながら、
どうしても手を引くことができませんでした。
ああ神よ、この技にかかわるすべてを
語りきれるだけの知恵を私にお与えください。
ともかく、その一部はお話ししましょう。
主人も行ってしまったので、もう遠慮はしません。
自分の知っていることは、はっきり申し上げます」
ここに修道参事会員の従者の序話は終わり、以下にその物語が続く。
修道参事会員の従者の物語
私はこの修道参事会員と七年間暮らしましたが、
この学術には少しも近づけませんでした。
そのために持ち物を何もかも失いました。
神もご存じのとおり、そんな目にあったのは私だけではありません。
かつては服装も、ほかの身なりも立派で、
じつにさっぱりと華やかにしていたものですが、
今では靴下を頭にかぶるよりほかありません。
かつては健康で赤みのあった顔色も、
今では青ざめ、鉛のような色になりました。
これに手を出す者は、ひどく後悔するでしょう。
苦労した報いに、目までかすんでいるのです。
ご覧なさい。これが増殖術のありがたい御利益です。
このつかまえどころのない学術に裸同然にされ、
どこへ行こうと、財産と呼べる物は何もありません。
しかもそのために、おびただしい金を
本当に借りて、借金を背負いこみ、
一生かかっても返せやしません。
どうか皆さん、いつも私を戒めとしてください。
どんな人がこれを志そうと、
続ければ、その繁栄はもう終わりだと私は思います。
神に誓います。これで儲けることは決してなく、
財布を空にし、知恵をすり減らすだけです。
そして狂気と愚かさから、
危ない試みに自分の財産をなくしてしまうと、
今度はほかの人にも手を出すようけしかけ、
注 bleared eye の表現は文字どおり目がかすむことと、欺かれることの含意を持つ。この刊本の blered in myne Eye を保存した。
自分と同じように財産を失わせようとするのです。
悪党にとっては、仲間が苦痛や不幸に苦しむのを見ることが、
喜びであり、慰めになるからです。
私もかつて、ある学者にそんな目にあわされました。
それはもうよしましょう。われわれの仕事の話をします。
この妖しげな技を実践する場所にいるとき、
われわれは恐ろしく物知りに見えるものです。
使う言葉が何とも学者めいて、凝っているからです。
私は心臓が弱りきるまで火を吹きます。
扱うものをどんな割合で加えるか、
一々お話しする必要があるでしょうか。
銀を五、六オンス、
あるいは別の量という具合です。
石黄、焼いた骨、鉄の鱗片といった
品々の名前を忙しく並べ立て、
それをひどく細かな粉に挽いて、
全部を土の壺に入れるやり方を、
今言った粉を入れる前に、
塩を入れ、紙も入れることを、
ガラスの塊でぴったりと蓋をすることを、
そこにあったほかの多くの物のことを、わざわざお話ししましょうか。
壺やガラスを接着して、
空気が少しも漏れないようにすることや、
弱火や強火を作ること、
材料を昇華するときの気苦労や難儀、
アマルガムにすること、焼成すること、
そうした作業についてもです。
粗製メルクリウスと呼ぶ水銀を扱いながら、
あらゆる手練を尽くしても、われわれには仕上げられません。
石黄や昇華水銀、
斑岩の上ですりつぶした密陀僧、
そのどれを規定のオンス数ずつ用いても、
助けにはならず、労苦はむなしいのです。
注 刊本末尾の正誤表(scan 520)に従い、18行 pepere を papere、28行 frude を crude に訂正。Orpiment/Orpyment は石黄、Litarge は一酸化鉛系の密陀僧。材料名は歴史的呼称として訳した。
揮発性の精気が上昇しても、
底にすっかり固定した材料があっても、
われわれの仕事には何の役にも立ちません。
労働も骨折りも失われるからです。
おまけに、二十匹の悪魔にくれてやれ、
注ぎこむ費用まで全部失われてしまいます。
この技にかかわるものは、
ほかにもたいそうたくさんあります。
私は無学なので、
順序よく並べてお話しすることはできません。
でも、種類別には並べられなくても、
思いつくままにお話ししましょう。
たとえばアルメニア土、緑青、硼砂、
そして土やガラスでできたさまざまな容器。
尿瓶型の容器、下向き蒸留器、
小瓶、るつぼ、昇華器、
ひょうたん形の蒸留釜、蒸留頭もあり、
ほかにもそんな、葱一本の値打ちさえなくて割高なもの。
全部挙げる必要はありません。
赤化する水、牛の胆汁、
砒素、塩化アンモニウム、硫黄、
薬草だっていくつも挙げられます。
キンミズヒキ、カノコソウ、ルナリア、
その気で時間をかけるなら、ほかにもいろいろ。
できればこの技を完成しようと、
昼も夜も燃やし続ける灯火、
焼成のための炉、
われわれの水を白くすること。
生石灰、白亜、卵の白身、
さまざまな粉、灰、糞、尿、粘土、
蝋を引いた小袋、硝石、礬類、
薪と炭で作るさまざまな火、
酒石塩、アルカリ、調製した塩、
注 刊本末尾の正誤表(scan 520)に従い、1行の語を Ascention、2行の fyxe を fixe に訂正。Armonyake は bole Armonyake ではアルメニア土、Sal Armonyake では塩化アンモニウムを指す。Boles, Gall は刊本の句読法を保存し、牛の胆汁と解した。Eye はここでは卵。Lunarye の植物学的同定には幅があるため、歴史的名称ルナリアとした。
焼いた物質と凝固させた物質、
馬糞や人の髪を混ぜた粘土、酒石の油、
明礬、ガラス、酵母、麦汁、粗製酒石、
鶏冠石やその他の物質に液を吸わせること、
われわれの材料を一体に混ぜ合わせること、
銀を黄色にすること、
セメンテーション、そして発酵、
鋳型、試金皿、さらに数多くのもの。
それから、私が教えられたとおりに、
四つの精気と七つの金属体もお話ししましょう。
たびたび主人が名を挙げるのを聞いた順序でです。
第一の精気は水銀と呼ばれ、
第二が石黄、第三は確か
塩化アンモニウム、第四は硫黄です。
七つの金属体も、さあ、すぐお聞きください。
ソル、太陽は金、ルナ、月は銀とわれわれは言い、
マルス、火星は鉄、メルクリウス、水星は水銀と呼びます。
サトゥルヌス、土星は鉛、ユピテル、木星は錫、
ウェヌス、金星は銅です。父の一族に誓います。
この呪わしい技を実践する者は誰でも、
満足できるだけの財産を持つことはないでしょう。
この仕事に費やす財産を、
すっかり失ってしまうのは間違いありません。
自分の愚かさをさらしたい者は、
進み出て増殖術を学べばよいのです。
金庫に何か入っている者は誰でも、
やって来て哲学者になるがよい。
まるでこの技が、そんなに簡単に学べるかのように。
いいえ、神もご存じです。修道士でも托鉢修道士でも、
司祭、修道参事会員、その他の誰であっても、
昼も夜も書物の前に座りこんで、
この妖しげで愚かな学問を学んだところで、
すべて無駄です。まったく、それにもまして、
注 Spyrites は揮発性を特徴とする四物質、Bodyes は七金属という当時の分類であり、現代化学の分類ではない。Resalgor は鶏冠石。Cementyng は固体試薬とともに金属を加熱処理する操作。Oyle, / Of Tartre は行をまたぐ「酒石油」と解した。
無学な者にこの精妙な術を教えるとなればなおさらです。
とんでもない。そんな話はよしてください。できやしません。
学問があろうと、なかろうと、
結局は同じだとわかるでしょう。
救いにかけて誓いますが、両方とも、
増殖術で得る成果は、
何もかもやり終えたとき、まったく同じなのです。
つまり、両方とも失敗するということです。
まだ挙げ忘れたことがたくさんあります。
腐食性の水や、金属のやすり屑、
金属体を柔らかくすること、
またそれを硬くすること、
油、洗浄、溶けやすい金属。
これを全部お話ししたら、どこにある聖書よりも
大きな一冊になってしまいます。だからその方がよいでしょう、
こうした名前を並べるのは、もうやめにします。
もう十分お話ししたと思います。
どんなに恐ろしい悪魔でも呼び起こせるほどに。
いや待った、賢者の石だけは別です。
エリクサーと呼ばれ、われわれがこぞって熱心に探すものです。
それさえ手に入れば、もう安心なのですが。
しかし天の神に誓って申します。
あらゆる技を尽くし、何もかもやって、
ありったけの手練を使っても、それは来てくれません。
そのためにたくさんの財産を使わされ、
その悲しみに、われわれは気も狂いそうになります。
ただ、よい見込みが心の中に忍びこみ、
今はひどく苦しんでいても、
後にはそれが救ってくれると、絶えず思っているのです。
そんな思いこみと期待は、つらく、厳しいものです。
よく言っておきます。いつまでもため息をつくばかりです。
その「未来」という時制のおかげで、人々は、
それを頼みに、持っていたものをことごとく手放してしまいました、
注 O where は「どこかに」の意。future temps は未来時制という文法用語を用いた表現。Alixer は elixir(エリクサー)の歴史的語形。
それでもその技に、飽きることができないのです。
彼らにとっては、苦くて甘いものなのです。
そうに違いありません。たとえ夜に身を包む
敷布が一枚と、
昼間歩くときに着るぼろが一枚しかなくても、
それを売って、この技につぎこむでしょう。
何も残らなくなるまで、やめることができません。
そして、どこへ行こうとも、
硫黄の臭いで彼らだとわかります。
まさしく山羊のように臭うのです。
その臭気は牡羊のようにきつく、むっとするので、
一マイル離れている人にまで、
その臭いが取りつきます。信じてください。
こんなふうに臭いと擦り切れた服装で、
その気になればこの連中は見分けがつきます。
どうしてそんなにみすぼらしい服を着ているのかと、
そっと尋ねてみると、
すぐに耳元でささやいて、
正体を見破られたら、
自分たちの学術のせいで殺されてしまうのだ、と言うでしょう。
こんなふうにこの連中は、お人よしをだますのです。
このことはさておき、話に戻りましょう。
壺に一定量の金属を入れて、
火にかける前に、
主人がその調合をします。主人以外には誰もしません。
もういないので、遠慮なく言えますが、
世間では、あの人は手際よくできると言われています。
少なくとも、そういう評判なのは確かに知っています。
ところが、しょっちゅう失敗して非難を浴びます。
どうなるかと言えば、よくあることに、
壺が粉々に割れ、さようなら、何もかもおしまいなのです。
この金属どもの勢いはあまりに激しく、
われわれの壁でさえ、とても抵抗できません。
石灰と石でできてでもいないかぎり、
金属はそれほど強く貫いて、壁を突き抜けてしまいます。
一部は地面の中へ沈み、
こんなふうに、何度も幾ポンドもの財産を失いました。
また一部は床一面に散らばり、
確かに屋根まで跳び上がるものもあります。
悪魔が姿を見せはしなくても、
あの悪党はわれわれと一緒にいるのだと思います。
あいつが主人となって支配する地獄でさえ、
ここより大きな苦痛も、悩みも、怒りもないでしょう。
こうして話したとおりに壺が割れると、
誰もが怒鳴り、すっかり不機嫌になります。
ある者は、火の起こし方が悪かったと言い、
別の者は、いや、吹き方のせいだと言います。
そこで私は怖くなりました。それは私の役目でしたから。
「ばかな」と三人目。「お前たちは無知で愚かだ。
ちゃんとした調合になっていなかったんだ」
「違う」と四人目。「黙っておれの話を聞け。
火を焚くのにブナを使わなかったからだ。
原因はそれだ。ほかのことを言うな」
何が原因なのか、私にはわかりません。
ただ、仲間内で大喧嘩になることだけは確かです。
「さて」と主人。「もう手の施しようはない。
今度からは、こうした危険に気をつけよう。
壺にひびが入っていたに相違ない。
ともあれ、うろたえるな。
いつものように、さっさと床を掃かせよう。
元気を出して、明るく楽しくしていろ」
そこで屑を掃き集めて山にし、
床に帆布を広げ、
その屑を全部ふるいにかけて、
長いこと、ふるったり、拾い分けたりしました。
「まったく」と一人が言います。「われわれの金属が、
全部ではなくても、まだ少しここに残っている。
今度はこんなふうに失敗したけれど、
次の時にはうまくいくかもしれない。
財産を危険にさらすのは仕方がない。
商人だって、まったく、いつまでも
繁盛し続けるわけにはいかないのだ。
時には荷が海に沈み、
時には無事に陸へ着く」
「静かに」と主人。「次こそは、
この技をすっかり違った状態にしてみせよう。
できなければ、皆さん、わしの責任にしてくれてよい。
どこかに欠陥があったことはよくわかっている」
別の者は、火が強すぎたと言いました。
しかし熱かろうと冷たかろうと、これだけは言えます。
われわれの結末はいつだって失敗です。
欲しいものは手に入らず、
狂気に駆られて、いつまでもたわごとを言っています。
われわれが全員集まると、
一人一人がソロモンほど賢そうに見えます。
けれども、金のように輝くものが、
皆金とは限りません。そう聞いております。
目には美しく見える林檎も、
人が何とおしゃべりし、大声を上げても、全部がよいとは限らない。
われわれの間でも、まったく同じです。
いちばん賢そうな者が、イエスにかけて、
実際に試すと、いちばん愚かです。
いちばん誠実そうな者が、盗人なのです。
私が皆さんと別れる前に、この話を
最後まで語れば、そのことがおわかりになるでしょう。
われわれの中に、ある修道会の参事会員がいました。
町じゅうを汚してしまえる男です。
たとえその町がニネヴェほど大きくても、
ローマ、アレクサンドリア、トロイ、さらにほかの三つの町であっても。
注 刊本末尾の正誤表(scan 520)に従い、17行 crave を rave に訂正し、31行の後へ欠落行「Though it as great were as Ninive」を挿入して訳した。底本画像にはこの欠落行の手書き補入も下欄に見える。したがって本文32行の画像に対し、正誤表を適用した転写は33行となる。Ninive はニネヴェ。
彼の策略と際限のない不正直さは、
誰も書き尽くせないでしょう。
たとえ千年生きることができたとしても。
この世じゅうに、不正直さで彼に並ぶ者はいません。
言い回しの中で巧みに身をくねらせ、
言葉を何ともずる賢く取り繕うので、
誰かと話すと、
たちまち相手をぼうっとさせてしまいます。
その相手が、彼自身のような悪魔でもないかぎり。
これまで実に大勢の人をだましてきました。
もう少し生きられれば、なお多くをだますでしょう。
それでも人々は、何マイルも馬で、または歩いて、
彼を探し、近づきになろうとします。
その不正なやり口を知らないのです。
お聞きくださるなら、
ここで皆さんの前でお話ししましょう。
ただし、尊敬すべき修道参事会員の皆さん、
私があなたがたの修道院を中傷しているとは思わないでください。
この話は修道参事会員についてのものですが、
どんな修道会にも悪党はいるものです。
一人の愚行のために一つの共同体全部が
苦しむことなど、神が許されませんように。
あなたがたを中傷するのが私の意図ではありません。
間違いを正そうというのです。
この話はあなたがたのためだけのものではなく、
ほかの大勢のためでもあります。よくご存じでしょう、
キリストの十二使徒の中でも、
裏切り者はユダ一人しかいませんでした。
それなのに、罪のない残りの者まで、
なぜ非難されるべきでしょう。あなたがたも同じです。
ただ一つ、お聞きいただけるなら申し上げます。
あなたがたの修道院にユダがいるなら、
手遅れになる前に追い出しなさい。そう忠告します、
注 刊本末尾の正誤表(scan 520)に従い、7行の語を commune、9行の語を feinde、10行 begyled を begiled に訂正した。4行 nye his pere は刊本のまま保存し、文意は「匹敵する者がない」と解した。
もし恥や損失を恐れるお気持ちがあるのなら。
どうか腹をお立てにならず、
このことについて私の言うことをお聞きください。
ロンドンに、年ごとの追善ミサを勤める司祭がいました。
そこに何年も住んでいた人です。
下宿先のおかみさんに、たいへん愛想がよく、
何かと役に立っていたので、
彼女は食費も衣服代も一切払わせず、
どれほど華やかな身なりをしていても同じでした。
小遣いの銀貨もたっぷりありました。
それはさておき、先へ進み、
この司祭を破滅させた修道参事会員の
物語を続けましょう。
この不正な修道参事会員が、ある日、
司祭の住む部屋へやって来て、
ある額の金を貸してくれるよう頼み、
必ず返すと約束しました。
「三日だけ一マルク貸してください」と彼は言いました。
「期限の日にはお返しします。
もし私に偽りがあるとわかったら、
別の日に私の首を吊ってくださって結構です」
司祭はすぐに一マルク渡し、
修道参事会員は何度も礼を言いました。
そして別れを告げて去り、
三日目にその金を持って戻りました。
司祭に金を返すと、
司祭は嬉しく、満ち足りた気持ちになりました。
「確かに」と彼は言いました。「一ノーブル、二ノーブル、三ノーブルでも、
そのほか私の所有する物でも、
貸すことは少しもいやではありません。
その人がそれほど誠実な性分で、
どうあっても約束の日を違えないのなら。
そんな人には、決していやとは言えません」
注 刊本末尾の正誤表(scan 520)に従い、16行 leye を lene、18行 Leyeth を Leneth に訂正。anuellere は一定期間、死者のための年忌・追善ミサを勤めて報酬を得る司祭。Marke と Noble は貨幣・金額の歴史的呼称を音写した。
「何ですって」と修道参事会員。「私が不実であるとでも。
いいえ、そんなことになったら初めての出来事です。
誠実さは、私がいつも守り通すもの、
墓の中にはい込むその日まで
守るものです。そうでなければ神が許されませんように。
ご自分の信経と同じほど確かなものとして、お信じください。
神に感謝しますし、縁起よく申し上げますが、
私に金や銀を貸して、
嫌な思いをした人は、いまだ一人もいません。
心に偽りを企てたことも決してありません。
そこで、あなたに私の秘密を」と彼は続けました。
「これほど親切にしてくださり、
こんなに大きな好意を示してくださったので、
そのご恩に少しお報いするため、
ご覧になりたいのでしたらお見せしましょう。
すぐこの場でお見せします、
私が哲学の技をどう行うことができるかを。
よくご覧ください。ご自身の目で見ることになります、
私が帰る前に見事な技をやってのけるのを」
「本当ですか」と司祭。「そうしてくださるのですか。
聖母マリアにかけて、ぜひお願いします」
「まったく、お望みのままに」と修道参事会員。
「そうしないなど、神が許されませんように」
ご覧なさい。この盗人がどれほど巧みに奉仕を申し出たか。
こんな押しかけの奉仕は臭い、
という古い知恵の言葉は、まったく本当です。
それをまもなく実証してみせましょう。
あらゆる奸計の根である、この修道参事会員によって。
この男はいつも、喜び楽しみながら、
悪魔のような考えを心に刻みつけ、
キリストの民をどう災難に陥れようかと考えているのです。
神がこんな偽りの取り繕いからわれわれを守ってくださるように。
この司祭は、自分がどんな相手と関わっているのか、何も知りませんでした、
注 刊本末尾の正誤表(scan 520)に従い、2行 falsen を fallen、24行 con the を couthe に訂正。Phylosophye はこの場面では錬金術を含む自然哲学。
これから受ける害のことも、少しも感じていませんでした。
おお、哀れな司祭、おお、哀れなお人よし。
お前はまもなく欲によって目をくらまされる。
おお、恵みなき者、その理解はまったく盲目だ。
この狐がお前のために仕組んだ
欺きに、少しも気づいていない。
巧妙な策略から逃げることもできまい。
それでは、お前の行く末へ、
つまりお前の破滅へ話を進めるため、
不運な男よ、すぐに急いで語ることにしよう、
お前の無知と愚かさを。
そしてもう一人の悪党の不正直さも、
私の知っているかぎりで。
宿のご主人、あなたはこの修道参事会員が
私の主人だったと思っておられるかもしれません。
ですが、信義と天の女王にかけて、別の修道参事会員です。
あの主人ではなく、百倍も巧妙な術を知っている者です。
何度も人々を裏切ってきました。
その不正直さを韻文で語るのもつらいほどです。
彼の不正を口にするたびに、
こちらまで恥ずかしくなって頬が赤くなります。
少なくとも、熱くなりはじめるのです。
私の顔に赤みなどないことは、よく承知していますから。
皆さんにお話しした金属の
さまざまな煙が、
私の赤みを食い尽くし、なくしてしまったのです。
さあ、この修道参事会員の悪行にご注意ください。
彼は司祭に言いました。「あなたの召使を使いにやり、
すぐ水銀が手に入るようにしてください。
二、三オンス持って来させてください。
戻って来ればすぐに、
今まで見たこともない不思議なものをご覧になれます」
「確かに、そういたしましょう」と司祭は答えました。
注 11行 thyn unwitte ne thy folye は刊本の字面を保存。文意上は無知と愚かさの列挙として訳した。
司祭が召使にその品を取って来るよう命じると、
召使はすぐに命令に応じ、
出かけて、たちまち戻って来ました。
手短に言えば、水銀を持って来たのです。
その三オンスを修道参事会員に渡すと、
彼は丁寧にそれを置き、
召使に炭を持って来るよう命じました。
すぐに仕事にかかれるようにです。
炭もたちまち運ばれ、
修道参事会員は懐からるつぼを取り出し、
司祭に見せました。
「この目の前の道具を、手に取ってください」
と彼は言いました。「自分の手で、その中に
この水銀を一オンス入れ、
キリストの名において、哲学者になる第一歩を踏み出すのです。
私の学術をこれほどまでお見せしようと
申し出る相手は、ほんのわずかしかいません。
ここであなたは、実際の経験によってご覧になるのです、
私がこの水銀を殺し、
うそではなく、すぐ目の前で、
あなたの財布や私の財布、
あるいはどこにある銀にも劣らず良質で純粋な銀にし、
打ち延ばせるものにすることを。
できなければ、私は人前に姿を見せるたびに、
不実で信用の置けない者だと思ってください。
私は高価な粉を持っています。
これがすべてを成功させます。これこそ、これからあなたに
お見せする私の術の、すべての源だからです。
召使を下がらせて、外に置いておいてください。
扉を閉めて、われわれが秘密の仕事をする間、
誰にも見られないようにしましょう、
この哲学の技を行う間は」
彼の命じたことは、すべてそのとおりに行われました。
注 刊本末尾の正誤表(scan 520)に従い、5行の語を three、15行 Chist を Christ に訂正。6行の置く動詞は印面で sayd と読めるため保存したが、文意は layd(置いた)と解した。mortifye は物質の活性・揮発性を失わせる「殺す」操作をいう錬金術語。
召使はすぐに出て行き、
主人である司祭は扉を閉めました。
二人はさっそく仕事にかかりました。
司祭はこの呪わしい修道参事会員の指図で、
ただちにその容器を火にかけ、
火を吹き、懸命に立ち働きました。
修道参事会員はるつぼに粉を投げ入れました。
それが何でできていたか、私は知りません。
白亜か、土か、ガラスか、
あるいは別の、蠅一匹の値打ちもないものでしょう。
司祭の目をくらますためです。そして急いで
るつぼの上いっぱいに炭を置くよう命じました。
「あなたへの親しみのしるしとして、
あなた自身の両手で、
ここで行うことをすべてやっていただきます」と彼は言いました。
「どうもありがとう」と司祭は大喜びし、
言われたとおりに炭を置きました。
司祭が忙しくしている間に、この悪魔のような悪党、
この不正な修道参事会員、汚い悪魔にさらわれるがいい、
懐からブナ炭を一つ取り出しました。
それにはじつに巧妙に穴が開けてあり、
その中には銀のやすり屑が
一オンス入っていました。そして間違いなく、
屑を中に留めておくため、穴は蝋で塞がれていました。
ご承知いただきたいのは、この仕掛けは、
その場でなく、前もって作られていたということです。
この先お話しするほかの品々も、
彼が持って来ていました。
ここへ来る前から、相手をだますつもりだったのです。
そして、二人が別れるまでに、実際にそうしました。
相手をひっくり返すまで、やめられなかったのです。
この男のことを話すと気が滅入ります。
その不実な頭に、できることなら復讐してやりたい、
注 31行末は画像で blynne(やめる)と読める。OCR の Wynne を採らない。
方法さえわかれば。でも、あちこちに現れ、
落ち着きがなく、どこにも長くとどまりません。
さて皆さん、神のために、よくお聞きください。
彼は先ほど言った炭を取り、
手の中にひそかに持っていました。
さっきお話ししたように、司祭が一生懸命
炭を置いていると、
修道参事会員は「友よ、やり方が違います。
その置き方は正しくありません。
でも、私がすぐ直しましょう」と言いました。
「少しだけ、私に手を出させてください。
聖ジャイルズにかけて、お気の毒になりますよ。
ずいぶん暑そうですね。ひどく汗をかいているのがわかります。
ここに布がありますから、それで汗を拭いてください」
司祭が顔を拭いている間に、
修道参事会員はその炭を取り、あの顔に呪いあれ、
るつぼの真ん中の真上に置き、
それから盛んに吹いて、
炭が勢いよく燃えるようにしました。
「さあ、飲み物をください」と修道参事会員は言いました。
「すぐに全部うまくいきます。保証します。
腰を下ろして、楽しく過ごしましょう」
そして修道参事会員のブナ炭が
燃えると、穴の中の銀屑は全部、
すぐにるつぼの中へ落ちました。
そうなるのは当然のことです。
ちょうど真上に置いてあったのですから。
ところが悲しいことに、司祭はそれをまったく知りません。
どの炭も同じようによいものだと思っていました。
その策略が少しもわかっていなかったからです。
この錬金術師は頃合いを見て、
「司祭さん、立って私のそばへ来てください」と言いました。
「確か、私は鋳型を持っていませんので、
注 15行 hace は画像の印字を保存した。face の誤植と考え、顔を拭くと訳した。Alkamitre は錬金術師を指す刊本の語形。yngot はこの段落では金属塊ではなく、その鋳型。
外へ行って、白亜の石を持って来てください。
運よくできるなら、それを
鋳型と同じ形に加工しましょう。
それから、水をいっぱい入れた鉢か浅鍋も
持って来てください。そうすれば、
この仕事がどう実り、どんな出来になるかがわかります。
ただ、留守の間に私を疑ったり、
間違って考えたりすることがないように、
あなたの目の前から離れないことにしましょう。
一緒に出て、一緒に戻って来ます」
手短に言えば、二人は部屋の扉を
開け、閉めて、出かけました。
鍵も持って行き、
まったくぐずぐずせずに戻って来ました。
私が一日じゅう話を引き延ばす必要もないでしょう。
彼は白亜を取り、これから説明するとおりに、
鋳型の形に仕上げました。
自分の袖から取り出したのは、
銀の小さな棒でした。あの男に不運あれ。
重さはちょうど一オンスでした。
さあ、その呪わしい手口にご注目ください。
彼は鋳型の長さも幅も、
間違いなくその銀棒と同じに作りました。
司祭に気づかれないほど巧妙に、です。
そして再び袖の中に銀棒を隠しました。
火から材料を取り上げ、
上機嫌で鋳型に注ぎ入れました。
頃合いを見て水の容器へ投げ入れ、
司祭に、すぐにこうしろと命じました。
「何があるかご覧なさい。手を入れ、探ってください。
銀が見つかると思いますよ」
一体全体、ほかの何があるというのでしょう。
銀の削り屑は、どうしたって銀なのです。
注 yngot は鋳型、teyne は金属の棒または小塊を指す。末尾二行は詐欺を知る語り手の皮肉として訳し、修道参事会員の発言と区別した。
司祭は手を入れて、純銀の小棒を
取り出しました。それを見た司祭は、
全身の血管の一本一本まで歓びに満たされました。
「神と、その御母、
そしてすべての聖人の祝福が、修道参事会員様、あなたにありますように」
と司祭は言いました。「私にはその方々の呪いが下ろうとも。
この高貴な技、この精妙な術を、
もし私に教える気になってくださるなら、
力の及ぶかぎり、私はあなたのものになります」
修道参事会員は言いました。「ではもう一度、
二回目の試みをやってみましょう。よく観察して、
これに熟達し、必要なときには、
別の日に私がいなくても試せるようにするのです、
この技法と、巧妙な学術を。
さあ、もう一オンスの水銀を取りなさい」
と彼は言いました。「もう余計な話はせずに、
それで、さっき私がやったとおりにしなさい。
今では銀になった、あの水銀でやったとおりに」
司祭はできるかぎり懸命に、
この修道参事会員、この呪わしい男が
命じるままに動き、勢いよく火を吹きました。
望んでいる結果を手に入れるためにです。
そのちょうど同じ間に修道参事会員は、
また司祭をだます用意を整えていました。
何食わぬ顔をするため、手に持っていたのは、
中空の棒でした。よく気をつけてお聞きください。
その先には、さっき炭に仕込んだのと同じように、
ちょうど一オンスの銀のやすり屑が
入れてあり、蝋でしっかり塞いで、
屑が少しも漏れないようにしてありました。
司祭が忙しく働いている間に、
修道参事会員はその棒を持って
すぐ司祭のそばへ寄り、例の粉を投げ入れました、
前にやったように。あの不正の罰として、悪魔が
皮を剝いであの男をひっくり返すよう、神に祈ります。
考えでも行いでも、いつも不実だったのですから。
そして、あの仕掛けを施した棒で、
るつぼの上の炭をかき回しました。
やがて火に当たって蝋が
すっかり溶けはじめました。愚か者でないかぎり、
誰でもそうなるに決まっていると知っています。
すると穴の中のものが全部出て、
たちまちるつぼの中へ落ちました。
司祭は、よいことばかりと思い、
せっせと働き、たいそう嬉しがっていました。
本当のところ、真実だとばかり思っていたのです。
その喜びようは、
どんな方法でも、その楽しさ、その嬉しさを言い表せないほどでした。
そして修道参事会員に、またすぐさま、
身も財産も差し出しました。「よろしい」と相手はすぐ答えました。
「私は貧しくても、腕はあるとおわかりでしょう。
申し上げておきますが、まだこの先があります。
ここに銅はありますか」
「ええ、あると思います」と司祭は答えました。
「なければ、すぐに買いに行ってください。
さあ、あなた、出かけてお急ぎなさい」
司祭は出かけ、銅を持って戻りました。
修道参事会員はそれを手に取り、
その銅をちょうど一オンス量り取りました。
私の舌は、あまりに拙く、
私の知恵では十分に伝えられません、
あらゆる悪の根である、この修道参事会員の二枚舌ぶりを。
彼を知らない人には親切そうに見えても、
行いも考えも悪魔そのものでした。
その不正直さを語るのにはうんざりします。
それでも、やはりはっきりお話ししましょう、
人々がこの話を戒めにできるように。
本当に、それ以外の理由はありません。
彼はその一オンスの銅をるつぼに入れ、
すぐに火にかけました。
粉を投げ入れ、司祭に火を吹かせ、
前と同じように、仕事をするため
低く身をかがめさせました。すべてはただのからかいだったのです。
自分の思うままに、司祭を物まね猿にしてしまいました。
それから材料を鋳型に注ぎ、
最後には水の入った浅鍋に
入れて、自分の手も水へ入れました。
前にお話ししたとおり、袖の中には
銀棒がありました。
この呪わしい悪党は、それをそっと取り出し、
司祭に不正な手口を悟らせないまま、
鍋の底に置きました。
そして水の中をあちこちかき回しながら、
実にひそかに、
司祭に気づかれないように銅棒を拾い上げ、
隠してから、司祭の胸元をつかみました。
そして相手をからかいながら、こう話しかけました。
「かがんでください。まったく、いけませんよ。
さっき私が手伝ったように、今度は私を手伝ってください。
手を入れて、何があるかご覧なさい」
司祭はすぐに銀棒を拾い上げました。
すると修道参事会員は言いました。「さあ、行きましょう。
われわれが作ったこの三本の棒を
金細工師のところへ持って行き、値打ちがあるか調べてもらいましょう。
信義にかけて申しますが、私の頭巾を失ってもよい、
これが純良な銀でないようなことはあってほしくありません。
そしてそれは、すぐに十分証明されるでしょう」
二人は三本の棒を持って金細工師のところへ行き、
試験にかけました、
注 29–30行 for my hoode は頭巾を賭けるほどの断言として訳した。原文の否定構文を保ち、現代的な保証文への置換はしていない。
火と鎚による試験です。誰も否定できませんでした。
三本とも、あるべきとおりのものだったのです。
この浮かれきった司祭より喜んだ者がいたでしょうか。
夜明けを迎える鳥も、これほど嬉しくはなく、
五月の季節を迎える夜鶯も、
これほど歌いたいと思ったことはなく、
輪舞を踊る貴婦人も、これほど心を弾ませたことはありません。
恋と婦人の美徳を語る情熱も、
愛する貴婦人の寵愛を得ようと、
武装して勇ましい行いをする騎士の熱意も、
この技を学びたいという司祭の思いには及びませんでした。
司祭は修道参事会員にこう話しかけました。
「われわれ皆のために死んでくださった神への愛に免じ、
私にもあなたにお報いするすべがあると思って、
この処方はいくらするか、今教えてください」
「聖母にかけて、高価ですよ」と修道参事会員。
「よく言っておきます。私と、ある托鉢修道士のほかには、
イングランドでこれを作れる者はいません」
「構いません」と司祭。「どうか、神のために、
いくら払えばよいのか教えてください」
「本当に、たいそう高いと申し上げているのです。
あなた、ひと言で言えば、手に入れたいなら、
四十ポンド払っていただきます。神にかけて。
先だって私に示してくださった友情が
なければ、もっと払っていただくところです」
司祭はすぐに四十ポンド分の
ノーブル貨を持って来て、一枚ずつ数え、
この処方の代金として修道参事会員に渡しました。
あの男の仕事は何もかも詐欺と欺きでした。
「司祭さん」と彼は言いました。「私の技で評判になりたくはありません。
秘密にしておいてもらいたいのです。
私への親愛の気持ちがおありなら、秘密を守ってください。
人々が私の精妙な術を全部知ってしまえば、
神にかけて、人々は私の哲学の技のせいで、
私をひどく妬むでしょう。
私は殺されます。ほかに道はありません」
「あなたのおっしゃるようなことを、神が禁じてくださいますように」と司祭。
「あなたがそんな災難にあうくらいなら、
私は持っている財産を全部費やした方がましです。
そう思わないなら、気が狂っていることになります」
「そのご好意に対して、よい成果が得られますように」
と修道参事会員。「ではごきげんよう。どうもありがとう」
彼は立ち去り、それからというもの、司祭は二度と
彼を見ることはありませんでした。そして司祭が、
思い立った時にこの処方を
試してみると、さようなら、どうしてもうまくゆきませんでした。
こうして、彼はからかわれ、だまされたのです。
あの男はこういう手ほどきをして、
人々を破滅へと連れてゆくのです。
皆さん、どんな身分の者においても、
人と金の間に争いがあることをお考えください。
それがひどくて、金はほとんど残っていません。
この増殖術はあまりに多くの者の目をくらませるので、
誠実に申せば、これこそ
こうした金の不足の最大の原因だと思います。
哲学者たちは、この技について
霧がかかったように語るので、人は理解することができません。
今どきの人がどれほど知恵を持っていようとも。
懸命にかけすのようにしゃべり、騒ぎ立て、
その専門用語に熱意と労苦を注いでも、
目的を達することは決してないでしょう。
財産を持つ人が、増殖術を学んで、
それを無に帰すのは、たやすいことです。
ご覧なさい。この楽しい遊びの儲けとは、そういうものです。
人の喜びをすべて悲しみに変え、
大きく重い財布をも空にします、
さらに、自分に財産を貸してくれた人々から、
呪いを買うことにもなります。
ああ、なんと恥ずかしいことでしょう。すでに火傷をした者たちが、
悲しいかな、火の熱から逃げることもできないのでしょうか。
これに携わっている方々、やめるように忠告します。
すべてをなくさないうちに。遅くても、やめないよりましです。
いつまでも栄えないのでは、待つ期限が長すぎます。
絶えず探し回っても、決してそれは見つかりません。
あなたがたは、盲目の馬バヤードのように向こう見ずです。
先もわからず進み、危険を何も考えず、
石に向かって突っ走るのも、
道の脇を通るのも同じように平気な馬です。
増殖術をするあなたがたも、そのとおりだと言うのです。
目が正しく見えないなら、
せめて心まで視力を失わないようにしなさい。
いくら大きく目を見開いて見つめても、
この商売では一文も儲からず、
掻き集め、稼ぎ出せるものをすべて浪費するだけです。
あまり勢いよく燃えないうちに、火を引いてください。
つまり、この技にはもう関わらないことです。
続ければ、財産はすっかり消え失せます。
ではさっそく、ここでお話ししましょう、
哲学者たちがこの事柄について何と言っているかを。
ヴィルヌーヴのアルノーはこう言っています。
その『薔薇園』に記されているとおりです。
うそではなく、まさにこう言っています。
「誰も水銀を殺すことはできない、
その兄弟の承知がなければ」
さて、これを最初に言ったのは、
哲学者たちの父、ヘルメスでした。
彼は言っています。「確かに、竜は死なない、
その兄弟とともに殺されるのでなければ」
これはどういうことかと言えば、
注 Bayarde は諺に現れる盲目の馬バヤード。Arnolde of the newe toune はアルノー・ド・ヴィルヌーヴ(アルナルドゥス・デ・ヴィラ・ノヴァ)。ここでの著作帰属は物語の主張として訳した。兄弟の knowlegyng は「承知・認知」の表現を保ち、特定の実験手順には置き換えなかった。
竜とは、水銀そのものを意味し、ほかの物ではありません。
その兄弟は硫黄であると、彼は理解していました。
太陽と月から取り出されるものです。
そこで彼は言いました。「わが言葉に心を留めよ。
この技を追い求めることに励むべき者は、
哲学者たちの意図と言葉を
理解できる者に限られる。
それもできずに取り組む者は、無知な者である。
なぜなら、この学術、この知識は、
まことに秘密の中の秘密に属するものだからだ」
また、プラトンの弟子がいて、
ある時その師に話しかけました。
『セニオル』という書物が証言するとおりです。
まさしく、その問いはこういうものでした。
「秘密の石の名前を教えてください」
するとプラトンはすぐ答えました。
「人々がティタノスと呼ぶ石を取れ」
「それは何ですか」と弟子。「それがマグナティアだ」
とプラトン。「ああ先生、そういうことですか。
それでは、知らないものを、もっと知らないもので説明しています。
どうか先生、マグナティアとは何ですか」
「それは水だ。四つの元素から
作られる水だと言っておこう」とプラトン。
「よろしければ、その水の源となる岩を
教えてください」と弟子は言いました。
「いや、いや」とプラトン。「それは確かに言うまい。
哲学者たちは一人残らず誓ったのだ、
誰にもそれを明かさず、
いかなる書物にも、決して書かないと。
キリストにとって、それほど愛しく大切なものなので、
それが明かされることをキリストは望まれない。
ただし、その神性がよしとされて、
人に霊感を授ける場合は別だ。また、それを禁じられるのも、
注 20行のラテン語 ignotum per ignotius は「未知のものを、さらに未知のもので〔説明する〕」。段落の主言語は英語なので source_lang は en とした。Tytanos と Magnatia は刊本の秘称を音写した。Sol と Luna は前述の金と銀を象徴する太陽・月。Senior はこの詩が典拠として挙げる錬金術書・著者名であり、歴史上のプラトンの実際の発言を確認する記述ではない。
その御心のままだ。これがその意図なのだ」
そこで私は、こう結論します。天の神が、
人はいかにしてこの石に到達できるかを、
哲学者たちに語らせることを望まれない以上、
放っておくのがいちばんだと忠告します。
神の意志に反することを行い、
神を自分の敵にしてしまう者は誰でも、
確かに、決して栄えることはないのです。
一生の間、増殖術を続けたところで。
そして、ここで終止符。私の物語は終わりました。
神がすべての誠実な人に、苦悩を癒やすものをお与えくださいますように。
注 Bote of his bale は「苦悩からの救済・癒やし」。下部の装飾と次頁へのキャッチワード THE は本文から除外した。
ダスティンの夢
ジョン・ダスティンの著作
まだすっかり眠りもせず、すっかり目覚めもせず、
その二つの間に、夢うつつで横たわり、
まどろみのうちに両目を半ば閉じ、
表情も顔色もすべて奪われた人のように、
思いめぐらし、記憶をたどるようにして、
アウローラの頃、ポイボスが昇るより前に、
私を喜ばせようと誰かが来る夢を見た。
その人は七つの封印で閉じた書物を持ってきた。
2. 続いて、私は不思議な夢を見た。
私の内なる思いには、そう見えたのである。
その人の顔は太陽の光のように輝いた。
私にこの天上の書物を持ってきた人である。
それはあまりに豊かで、金で買うこともできず、
哲学の貴婦人によって順序正しく整えられ、
頭文字とその飾りは、
神学という名の賢い君主によって作られていた。
3. この書物は黄金の文字で書かれ、
永遠に記憶に留められるべきものであった。
各章はアポロンに捧げられ、
また天上の会議に列する七柱の神々にも捧げられていた。
そしてメルクリウスの小さな祈祷所に、
この学のあらゆる実りが、要するに生い育つ。
それらを説き明かし、それらに打ち勝つことのできる者は、
鉱物についての自らの叡智の凱旋を主張できよう。
注 第1連の Man は印刷上の鼻音省略記号を展開。aureat は「黄金の」。七つの封印は『黙示録』の像を用いる。
4. この事柄について、上なる七つの星の間で、
男神と女神のすべてが一致して、
杖を持つ神が天から地上へ遣わされた。
深く熟慮のうえ、サトゥルヌスは告知役となった。
老いも若きもすべてが合意して、
総会を召集するためである。
そのきわめて賢明な評議を手短に言えば、
共通の利益のために、一つの婚姻を結ぶことであった。
5. 帝王の血統に生まれ、
ユピテルの家系を引く二人の間の婚姻である。
その本性は最も純粋で最も善く、
その種子には汚染がなく、きわめて神聖である。
いかなる食も、その輝きを妨げることはできない。
ただしメルクリウスがすべての争いを鎮め、
その気負いを抑え、柔和へと導き、
強情のために頑なにならないようにするならば。
6. いと高き所に座す太陽は、
その黄金の露の滴を、明らかに降り注がせる。
まず動かされて軟らかくなったメルクリウスを介してである。
そのとき喜ばしい結合が起ころう。
分離が行われ、
二つの種子が婚姻によって一つとなり、
かのメルクリウスが分割によって、
飛び去って両者から離れたときに。
7. これらが哲学者たちの主要な二つのメルクリウスである。
生命の霊によって再び生かされ、
箱に収められたルビーや真珠よりも豊かであり、
生育の水に洗われ、洗礼を受ける。
身体は養う熱によって分かたれ、
腐敗のほどよい湿りによって処理される。
こうして、その結合のうちでは、
四元素に過剰も争いもない。
注 form Heaven は原印刷の語順を保持(from Heaven の意)。Caducifer はカドゥケウスを持つメルクリウスの称号。第6連 Mercury that moven first made soft は構文が不整であり、訳は動かされ軟化された水銀と解した。
8. 地に落ちる一粒の麦は、
死ななければ実を結べない。
完全なままでいれば、その力は衰え、
決して増えることはできない。
腐敗し始めるとき、増殖が始まる。
良い接ぎ木からは、良く保つ果実が生じ、
野生のリンゴからは酸汁、灰からは灰汁ができ、
良いブドウからは良い収穫の酒が得られる。
9. 良い種子を蒔く者は、良いものを刈り取る。
毒麦を蒔いて、良い小麦が生じることはない。
そのような耕作者の苦労は無駄であり、
実り豊かな土地に毒麦はふさわしくない。
胆汁はいつも苦く、蜂蜜はいつも甘い。
互いに反するものを結ぶのは、いずれも偽りの結合である。
雄と雌を、つねに一緒に出会わせよ。
ただし双方を、その不純な性質から清めておけ。
10. 人は自然によって、人しか生まない。
すべての獣も、自分に似たものを生む。
哲学者たちがよく述べうるとおり、
ディアナとウェヌスは婚姻において著しい。
馬と豚は、同じ厩で交わらない。
自然に反する生殖が行われるところでは、
忌まわしいもの以外に何が生じよう。
すなわち、自然における奇形である。
11. これらすべてを、私はかの書物に見いだした。
眠っていた私のもとに持ってこられた書物である。
そして、ある一つのことに私はよく注意した。
狼は本性によって羊の敵である。
バラは野生の蕪とはまったく異なる。
相反するものが結び合わされるため、
自然の貴婦人は嘆き、座って泣く。
自分の書庫で見つかった偽りの処方を嘆くのである。
注 第8連初行末 fall は組版で次行右端へ送られているため詩行を復元した。第9連 Whea は画像でも末尾 t が欠けた印刷であり、そのまま収録。Neepe は蕪、Monstrum はラテン語で奇形・異常な産物。
12. そこでは、このように痛ましく嘆かれていた。
人々は誤った考えのためにひどく迷い、
真実からはるか遠くへと引き離され、
まるで理性をすっかり失ったようである。
よく見られるとおり、この誤った不自然な結合から、
どれほどの災いが起こるかを、
自らの判断によって考えようともしない。
それは、らい病の者が清い人々と交わる場合にも似ている、と。
13. けれども、天のいと高きところに座す者は、
明るく澄んだ宝石の冠を戴き、
七者から選ばれた首位として、そこを治めるために生まれ、
同じ天球にポイボスと等しく輝いていた。
学者たちが私たちに教えるとおり、両者に違いはなく、
王冠を帯びて、いかにも王らしくそこに座していた。
その顔つきはまったく天上的で、天使のようであり、
あらゆる徳においても、その外見どおりであった。
14. またその書物に、私は確かに書かれているのを見た。
その叙述によれば、
かつて強大で富裕な王がいた。
本性も体質も清く、
頭から下のすべてに至るまで、いかなる不調和もなかった。
記されているとおり、その美しさのゆえ、
また、その清らかさが最高の誉れを受けたため、
王は天の惑星の一つとして星となったのである。
15. 王には幾人かの兄弟がいる、と私は知った。
彼らは一人残らず、同じ母から生まれていた。
しかし一つの病が彼らをひどく苦しめ、
誰も健やかに自分の足で歩けなかった。
声は嗄れ、澄んだ声を持つ者はいなかった。
伝染する疥癬に、
皆が冒され、無傷の者は一人もいなかったからである。
らい病のため、彼らは永久に追放されていた。
注 らい病、疥癬、清浄・汚染という表現は原文の宗教的・錬金術的比喩を再現したもので、現代医学上の記述ではない。
16. かの王は、その玉座から立ち上がり、
この災いを見て、下へ目を向けた。
慈悲と兄弟への憐れみとによって、
心を強く打たれ、哀れみでいっぱいになり、
彼らの汚染を嘆き始めた。
「ああ」と王は言った、「この不幸はどうして生じたのか。
いかなる不吉で偽りの星の配置のもとで、
あるいはいかなる時刻に、お前たちは生まれたのか。
17. しかし、この災いがお前たちに降りかかった以上、
われらすべての中から一人を選ぶことほど、
適切な策はほかにない。
汚れなく、その意志もまったく清らかで、
自ら同意して、お前たちのために死ぬ者を。
人々を、その滅びから救い、
お前たちが完全に損なわれる前に、その血によって、
その慈悲から、お前たちへの赦しを成し遂げる者を。
18. その液は、最も健やかで良きものであり、
らい病の体液と悪しき汚染に効く。
血が静脈から採られるとき、
あらゆる腐敗から各部分を清める。
その源は、生殖の系譜から取られ、
王家の血筋から受け継がれてきたものであり、
純粋な性質の乳によって養われ、
表面的なものではない月経の液によって養われた。」
19. しかし、この尊い王の兄弟たちは、
その言葉を聞くと、大いなる恐れに陥った。
ひどく泣きながら、嘆いて言った。
自分たちの誰にも、血を流す資格はない、
自分たちの血は実に汚染されており、
腐敗した血では犠牲を捧げられないのだから、と。
「それゆえ、ああ、どのようにしてわれらを助けるにも、
成功への道は見いだせない。」
注 see は座・玉座。menstrous は生殖をめぐる体液の像で、錬金術的溶媒の含意もある。
20. 「われらの生まれと、その起源について、
明らかに、また真実を語るなら、
一部にせよ全体にせよ、弁解の余地はない。
われらは初め、罪のうちに受胎された。
われらの出産と生成とは、
悲しみと邪悪のうちに成し遂げられ、
手短に言えば、われらの母は、
腐った乳で、苦悩のうちにわれらを育てた。
21. 初め不浄のうちに宿された種を、
清くできる者が、誰かいるだろうか。
腐食した錆は、どんな技を用いても、
完全な輝きを示すことは決してない、ということだ。
さあ、皆でただちに進む道を定め、
母のもとへ行って、すぐに尋ねよう。
この腐敗した病の究極の原因を、
その理由とわけとを、われらに明らかにしてもらおう。」
22. かの子供たちは、悲痛な怒りの激しさのうちに、
立ち上がり、意を一つにして、
メルクリウスと呼ばれる母のもとへ行った。
彼らは深く考えたうえで母に求めた。
母に仕える女神たちが一人残らず居合わせる前で、
真実を語り、少しも偽らずに告げてほしい、
なぜ自分たちの本性は腐敗し、損なわれたのか、
そのために絶えず泣き、嘆かねばならないのか、と。
23. 顔も色艶もきわめて明るい母は、彼らに、
書物に記されたこの答えを与えた。
「初め、私が新たに嫁いだとき、
真の自然の営みによって、私は身ごもった。
最も清く純粋な種からの子を。
汚れなく、きわめて光り輝き、美しく明るく、
すべての惑星のうちで、生まれの最も高貴な子を。
その子はいま天にあって、あれほど澄んだ光を放っている。
24. その体質は、きわめてよく調和している。
熱と冷と湿りとにおいて、
また土においても、争いがなく、
いかなる性質にも相反がない。
病弱をもたらすものも一つとしてなく、
その間には不和が起こりえない。
それぞれがその度合いに従って、かくもよく釣り合い、
どの時刻、どの瞬間にも、真実の一致を保っている。
25. その本性は、これほどまでに帝王的で、
燃えさかる火も、その子を苦しめない。
その王者の本質は、これほどまでに天上的で、
腐敗から病を受けることもない。
火も、水も、空気も、乾燥を伴う土も、
いずれもその体質を変えることはできない。
高い気品によって諸霊を固定し、
汚染された諸身体を、その腐敗から救う。
26. その天上的な健康を、死は襲えない。
毒を恐れず、解毒薬も必要としない。
風も嵐も荒天も、その子に打ち勝てない。
その住まいは、天のかくも高いところにある。
地上では、数多くの奇跡を行う。
らい病の者を癒やし、逃げた者を家へ連れ戻し、
濁った目には澄んだ視界を与え、
生涯足の不自由であった者を歩かせる。
27. その子は私の息子、私はその愛しい母であり、
正しい婚姻のうちに、私が身ごもった子である。
お前たちの生まれについていえば、病が表れている。
月経の血から幼い身で生まれ出たためであり、
らい病がお前たちの身体と顔に現れている。
お前たちを健やかにする薬は、ほかにない。
役立つ飲み物や薬液は、
お前たちの愛しい兄弟、その純粋な血だけなのだ。
注 gouty Eyne は当時の眼病表現として「濁った目」と訳した。treacle は糖蜜ではなく解毒薬(テリアカ)。
28. 良き羊飼いは、自分の羊のために死なねばならない。
平たく言えば、惜しむことなく。
同じように、このことをよく心に留めよ。
お前たちの兄弟は死に、新たに生まれ直さねばならない。
たとえ老いていても、このことは確かである。
再び若さへと、新しくされねばならない。
受難を経なければ、すべてが無駄となる。
その後、再び起き上がり、若々しく色艶よくなるのだ。
29. 老いたアイソンは、メデイアによって若返らされた。
彼女の飲み物と薬液とによって。
そのように、お前たちの兄弟も、純粋な自由意志から、
自らの働きによって死に、若返らねばならない。
しかも、それは精妙な自然の調製物によってである。
その死によって、はっきり言うなら、
お前たちはあらゆる汚染から清められ、
汚れたらい病は、清らかさへと変えられる。」
30. その言葉を聞いて、王ははっとして口を開いた。
母が語った話を心に留め、
「自然によって、人はどうして」と言った、
「生まれ直せるのか、ことに老いているときに。」
すると母は、多くの理由をもってこう答えた。
「福音が意味するのは、このことである。
熱いものも冷たいものも、水と霊のうちに新しくされなければ、
決して天に入ることはできない、と。」
31. 王は悲しみ、その面持ちは沈んだ。
両膝を折り、へりくだって跪き、
父に、きわめて低い姿勢で祈った。
自分の受難の杯を取り去ってくださるように、と。
しかし、兄弟たちの贖いは、
自分が死ななければ成し遂げられず、
彼らの救いも得られないと考えたため、
彼らのために苦しむことを、心から望んだ。
注 Volunta は意志を表す語(ラテン語 voluntas 等と関連)。第30連は原文の不整な構文を福音への言及に即して訳した。第31連の受難の杯はキリストの祈りを重ねる。
32. そして、その意図を実質において成し遂げるには、
正しく見れば、明らかな例が示すように、
重いものは、その周辺から、
上昇し、その後に軽くされねばならず、
飛び去ろうとする軽いものは、
下なる中心へと下降しなければならない。
自然の力が相互に入れ替わることによって、
循環の営みによって動かされるままに。
33. ユピテルが黄金の雲へと、
変身によって姿を変え、
その天上の住まいから降り、
黄金の露となってダナエのもとへ下ったように、
また物語られるとおり、彼女が身ごもったように、
その神的な力の作用によって、
まさしくそのように、最も名高く尊いポイボスも下り、
自らの黄金の雨によって受胎されるのである。
34. そして、すっかり沈んだ兄弟たちを慰めるため、
太陽は、戦も争いもなしに、
満ちて輝く月を選んだ。
初めは自分の母に、その後は結婚した妻とするために。
春、生育の季節に、
ティタンが牡羊座に現れるとき、
恩寵によって生命の霊を吹き込まれ、
この婚姻は、真昼の天球で聖別された。
35. その宴には、すべての神々がいた。
サトゥルヌスは黒から白へ変わった。
ユピテルは外套を脱ぎ落とし、
大いなる喜びに、すっかり青白くやつれていたが、
ユリを身にまとった。天と地のあらゆる生きものも、
海の神々も、
この大いなる儀礼に立ち会うことを、
心から喜び、たいそう晴れやかで楽しげであった。
注 Ver はラテン語で春。Titan は太陽の称号。第35連 pale and meager of greate delight は文意にやや不整があるが印刷を保持した。
36. マルスはそこで、その頑固な黒い強情を忘れ、
古い錆に蝕まれた鎖帷子を脱ぎ捨てた。
ウェヌスはその鉱物的な赤さを捨て、
緑の代わりに黄金を取り、また喜びのためにもそうした。
ポイボスに、それほど深い信頼を寄せていたからである。
彼は最高の高貴さでこの宴を催し、
兄弟としての憐れみによって、なすべきこととして、
輝きわたる光の外套を彼女に与えてくれる、と。
37. ここまでに述べた、美しいポイボスと、
若々しいルキナの婚礼の後、
哲学者たちは賢明に、
その知恵ある教えに従って丸い小室を作った。
水晶のように澄んだ、ガラスの小さな聖龕である。
その密室を天上の露で満たし、
九人の輝かしい乙女に、昼も夜も守らせた。
王妃を、その懐妊の間、守るためである。
38. 彼女たちは信心深く、沈黙を守った。
天から、そこに王者の光が現れるまで。
そのとき、皆に聞こえるように、
真夜中近くに、一つの声が聞こえた。
見るも麗しい乙女たちの間で、
その声は彼女たちに言った。「失われたものを救うため、
私は再び、自らの帝王の力によって、
母に新たに宿され、生まれねばならない。
39. 私は水と火を通り抜けねばならない。
激しい試練に耐え、そこから退いてはならない。
兄弟たちを救いたいという望みが、かくも大きいからだ。
新たな光で、その闇を照らすために。
だが私は、かの毒ある蛇をひどく恐れる。
それはいつも暴力をもって進み来て、
私のか弱い幼年を傷つけ、毒そうとする。
ゆえに、お前たちは用心深く、私を守る務めを果たせ。」
注 第36連 Tooke Gold for greene and she againe also for lust は難解で、緑に代えて黄金を取るという表面上の意味で訳出。第38連 their a royall light は印刷のまま(there〔came〕a royall light のような省略・誤植が疑われる)。
40. こうして王は、自らの王の寝床に入った。
王妃は明るい太陽のもとで身ごもった。
その足もとには、水晶のような山があり、
それはたちまち夫を呑み込んでしまった。
欲望のために死に、乙女たちの目の前で、
王は若々しい顔の色をすべて失った。
こうして王は死に、力弱い乙女たちは、
絶望し、同じ場所で眠った。
41. 大胆な蛇は、その毒を吐き出した。
王妃と乙女たちは、恐れのために飛んで逃れた。
一つの丸天井の部屋の中を、七度、上り下りし、
そこはあるとき暗く、あるとき光に澄んでいた。
その生成の力は、かくも強く、
死の後に、いま煉獄を通り、
いかなる太陽にも劣らず明るい復活へ向かう。
失われていたものを、その栄光へともたらすために。
42. 王妃は、完全な権利を取り戻した。
死んだ王の魂が蘇ったのである。
しかし蛇は、古い憎しみから、
猛毒を投じ、彼らを妨げようとした。
君主は葬られたが、その復活を、
兄弟たちは喜んだ。真実が目に見えたのである。
王の自然な浄化によって、彼らが洗われたとき、
古いらい病は、奇跡によって清められた。
43. 満月は太陽を半ば覆った。
その光の灼熱を取り去るためである。
初めは黒く翳り、空はたいそう暗かった。
よく見れば、烏の嘴が現れ始めた。
見た目は黒玉や黒いビーズよりも黒かった。
しかし少しずつ、順を追って現れる変化のうちに、
ほどよい火は、その育む力をもって、
激しさを用いず、すべてを白へと変えた。
注 第41連第6・7行の印刷は Tfter/Ao。原刊正誤表(267頁14・15行)に従い、訳では After/To として解したが原文欄には誤植を保存。Ravens bill(烏の嘴)は黒化の像。Bugle は黒色の装飾ビーズと解した。
44. 王妃に、出産の時が近づいた。
自然の子は、飛び立つ用意ができていた。
しかし、外へ出る道は一つもなかった。
翼を広げたが、自由は得られなかった。
九人の処女のうち、三人をその子は呑み込んだ。
残る六人は、きわめて優れ、美しく、
その最も美しい姿のまま、恐怖におののき、
羽を広げて、空中へと飛び出した。
45. その子は初め黒く、その後白く色づいた。
それ自身としては熱を持たず、
ただ輝く太陽によって育まれた。
外からの火による激しさはなかった。
ただ、経験ある者たちが言うには、
その子は井戸の水をたいそう多く飲んだので、
六人の姉妹たちは抵抗せず、
呑み込まれるままとなったという。ダスティンはそれを語れる。
46. あるときは黒く、あるときは赤かった。
あるときは灰のようで、あるときは黄の色で、
あるときはサフラン色、あるときは頭が血紅色となり、
あるときは、部屋のうちでユリのように白い姿を見せた。
月は、その営みのうちに、その子を養った。
そして皆は、力のかぎり、その仕事を行った。
その子を、いかなる花よりもみずみずしく装うために、
永遠の白さの外套で包むために。
注 第45連末尾 But would have devowred は目的語・受動表現が不明瞭。前後関係から六姉妹が呑み込まれると解したが、構文上の確定には至らない。Dasten は同著者名の異綴。最終連 their の指示対象も明示されない。
黒衣の修道士ピアース
黒衣の修道士ピアースによる、エリクサーについて
土から土を取れ、土の母なるものを。
そして土の水を、それは別のものではない。
また土の火を取れ、それは最上の誉れを持つ。
ただし、その土について、よく心得ておけ。
真のエリクサーを作りたいなら、
土から土を取り出すようにせよ。
純粋で、精妙で、美しく、良いものを。
それから、森の水を取れ。
水晶のように澄み、明るく輝く水を。
ただちに、それらを合わせよ。
次いで、三日間そのまま置け。
それから、密かに巧みに分離せよ。
すると、輝く水がもたらされよう。
その水のうちには、一つの魂が支配している。
目に見えず、隠され、姿を現さない。
思うに、それは驚くべき物質である。
次に、蒸留によってそれらを分離せよ。
すると、一つの土が現れるのが見えるだろう。
それは金属のように重く、
そのうちには大いなる秘密が隠されている。
その緑色の土を蒸留せよ。
三日間、正しく、確かに続けよ。
そして、それらをガラスの胴器に入れよ。
まだ一度も作業に使われたことのない器に。
注 Water of the Wood は原語の象徴名を「森の水」と訳し、具体的物質に同定しない。body of glass は蒸留器の胴部容器。
それを炉の中に据え、
その頭には良い蒸留兜を置かなければならない。
そこから、澄んだ水を引き出せ。
その水には、比べられるものがない。
その後、火を強くし、
その火の上に、ガラス器をさらに長く置き続けよ。
すると、一つの火が出てくるのが見えよう。
血のように赤く、大いなる激しさを持つ火が。
その後には、一つの土が残る。
それは「万物の母」と呼ばれる。
そこで、彼女を煉獄へ入れねばならず、
そこにふさわしい苦しみを受けさせねばならない。
太陽よりも明るくなるまで。
そうなれば、お前は秘術を勝ち得たのだ。
それは三時間以内に起こるだろう。
まことに、それは大いなる驚きである。
次に、彼女を清いガラス器に入れよ。
もとは彼女のものであった水の一部とともに。
そして、彼女を再び炉の中へ入れよ。
その水を確かに飲み尽くすまで。
その水の後には、彼女に血を与えよ。
彼女自身のものであった、純粋で良い血を。
彼女が自分の火をすべて飲み尽くすと、
強くなり、大いなる激しさを得る。
そこで、食物と乳を取れ。
しかるべき仕方で、その子を養え。
十分な年齢まで成長するまで。
そのとき、その子は強い気力を持ち、
適性のあるすべての身体を、
自らの力と品位へと変える。
これが、われらの石の作り方である。
この真実を、お前たち一人ひとりに知らせる。
ほかの道を選ぶ者は誰も、
多くを失い、さらに多くを失いかねない。
注 lymbeck はアランビック(蒸留兜)。leyfull は適法・許されたの意で、ここでは変成を受ける適性をもつ身体と解した。to wyde は印刷を保持し、知らせる意と解釈。
まことに、ほかに正しい道はない。
身体は身体から、光は光から出るのである。
人は人から生まれ、
獣は獣から、それに似たものとして生まれる。
世のすべての愚者は、
決して出会えないものを探し求める。
彼らは、それらから金属を得ようとするが、
そのような実りをそれらが生むことは、
この世の人間によっても、
神の力によっても、かつて確かめられたことがない。
遠く近くにある、すべての塩と硫黄を、
私は一括して禁じる。
すべての腐食性の水、血、毛髪、
尿、角、虫、ガラス滓も。
明礬、アトラメントも、すべて除外する。
鶏冠石と砒素を禁じる。
生石灰と、その兄弟たる死石灰も、
私は両方とも、いずれも退ける。
あらゆるもののうち、私はこれ以上何も望まない。
ただ総じて四元素だけだ、私はそう言う。
太陽と月、土と水である。
人々があれこれ語るものは、すべてここにある。
われらの金と銀は、普通の地金ではない。
私が取るのは、一つの身体から出る種子である。
その中に、太陽、月、生命、光のすべてがあり、
水と土、火と実りがある。
すべては、一つの姿から生じる。
しかし、森の水が、その婚姻を成し遂げる。
したがって、ほかの道はない。
祈りの数珠を取り、祈ることのほかには。
貪欲な人々は、決してそれを見つけない。
一度ならず永久に求め続けようとも。
この物に心を据えてはならない。
ただ神と、善い生き方にのみ心を据えよ。
注 Saudiver はガラス製造時の塩性浮滓(sandiver)。Atriment は vitriol 系の鉱物薬を指す語。Calx mort は文字通り「死石灰」(生石灰に対する名称)。fryghte/Fryght は非標準綴りで、この文脈では fruit に近い「実り」と暫定的に解した。
それを手に入れたい者は、
柔和で、慈悲に満ちていなければならない。
心においても、顔つきにおいても。
慈愛と、良い身の処し方に満ち、
つねに施しの行いを欠かさず、
質素で清らかに、その生涯を送れ。
祈り、悔悛、敬虔さとともに、
つねに神を愛する者であれ。
手に入れた富のすべてをもって、
施しの行いにより、神を敬え。
昇華された砒素には、まっすぐな道がある。
その重量の九倍の、焼成した水銀とともに、
力ある水を加えて、一緒にすり合わせる。
その水は、浸透力と生命と光をもたらす。
それらが一つに合わされるや否や、
すべては流れ、明るく輝く水となる。
この火の上で、それらは一緒に育つ。
堅固になり、どこへも飛ばなくなるまで。
その後は、自分の手でさらに養え。
乳と食物によって、強くなるまで。
すると、そこに良い石を得るだろう。
その一オンスは、四十オンスに働く。
ウェヌスに対しても、メルクリウスに対しても。
この薬は、お前を喜ばせよう。
長い日々、探し続けてきた者たちよ、
作業をやめ、数珠を取り、祈れ。
探し続ければ続けるほど、
出会うまでの時は、さらに長くなるからだ。
いま成功したいと願う者は、
わが娘メッグに耳を傾けよ。
彼女は真実と正しさを告げるだろう。
いま、全力で聞け。
「私はメルクリウス、力ある花。
私は、誉れを受けるに最もふさわしい者。
注 前頁では砒素等を排除するが、本頁では Arsenyck sublymed を挙げる。本文の緊張関係を解消せずそのまま訳出。金属・薬・食餌の語は歴史的錬金術文献の表現であり、実用的な製法や医療上の有効性を示すものではない。
私は太陽、月、マルスの源。
私はユピテルを生む者、私の罠は数多い。
私はサトゥルヌスを定着させる者、ウェヌスの源。
私は女帝、女君主、女王たちの王者。
私は鏡の母、光の作り手。
私は首位にあり、最も高く、見た目にも最も美しい。
私は太陽でもあり、月でもある。
私は、すべてのことを成し遂げねばならない女である。
私にはサトゥルヌスという娘があり、私の最愛の子である。
その娘こそ、あらゆる作業の母である。
私の娘のうちには、
私が広く示す四つのものが隠れているからだ。
黄金の種子、すなわち豊かな精種、
それに匹敵するもののない、銀の種子、
きわめて明るい水銀の種子、
そして、正しい硫黄の種子である。
間違いなく、私の娘から、
白と赤のエリクサーが作られる。
それゆえ、彼女から澄んだ水を引き出せ。
この学を学びたいならば。
この水は、あらゆるものを、
柔らかさと固定へと導く。
芽を出させ、成長させ、実りと光を与え、
浸透力と生命と、目に見える持続とを与える。
まことに言えば、すべての正しい作業を、
この水は助け、良い道へと進ませる。
これこそ、最も尊い水、
『最も完全な水、そして世界の花』である。
この水は、すべての作業物を白くする。
還元し、銀のように明るく輝かせる。
そして油には、大いなる驚異がある。
あらゆるものを赤へと導くからである。
黄なる黄金として、それはきわめて高貴であり、
それほど赤く、それほど尊いものは、ほかにない。
注 本文中の Aqua perfectissima & flos mundi はラテン語で「最も完全な水、世界の花」。sours は source、setler は定着させる者と解した。fryght は前頁同様、「実り」とするが語義は確定的でない。四種の列挙に合わせ A Golden seede, and a spearme rych を同一の黄金の種子の言い換えと解した。
そして土には、大いなる驚異が隠されている。
それは初めあれほど黒く、後にはあれほど赤い。
すべてが三時間のうちに成し遂げられる。
これは、神の秘密と呼べよう。
そのとき土は、血のように赤くなる。
黄なる黄金、自然に澄み、良い黄金に。
そして、赤い油がそれらに加わり、
赤い発酵素も、赤い水銀も加わる。
七週間、一緒に成長する。
天の全能の神に、祝福あれ。
この尊い薬、一オンスを、
二百オンスの水銀に投じれば、
最も王者らしい黄金を作り、
永久に持ちこたえて、試験に耐える。
火、槌、試金石、試金皿、
大きなものも小さなものも、あらゆる分析試験に。
そして、それは普通の黄金にまさる薬である。
神の御意志により、人間の身体にとって。
鉱石から出る黄金は、
汚れた硫黄によって養われるからだ。
また、それは水銀の上に生まれ、
確かに、土と硫黄によって養われる。
一方、われらの黄金は、三つの純粋な魂から作られる。
そのうちには、汚れた腐敗はない。
ただ清められ、水晶のように純粋である。
身体も、霊も、魂も、すべて。
こうして、それらは育って、一つの石となる。
そのうちには、いかなる腐敗もない。
そこで、その石を水銀に投じよ。
すると、それは最も尊い黄金となる。
いま、お前たちは、われらの石の作り方を聞いた。
その始まりと終わりは、まったく一つである。」
注 Tuch は試金石による検査、Test は試金皿・灰吹きによる試験を指すと解した。医学的効能は原著の主張として訳出。
リチャード・カーペンターの作
リチャード・カーペンターの著作
ティタン・マグネシアから、澄んだ光を取れ。
あれほど明るい赤い樹脂を、
哲学者たちの、生ける硫黄を、
異論なく黄金と呼ばれるものを。
それらから、一つのティンクトゥラを引き出し、
純粋な婚姻を結べ。
夫と妻との間で、
生命の水によって結ばれる婚姻を。
こうして、月と太陽の結合のうちに、
分裂が少しもないようにせよ。
その婚姻が始まった後に、
両者が離れることのないように。
そして惑星メルクリウスが、
愛のうちに、二人を出会わせるようにせよ。
互いが釣り合って結ばれ、
天から遣わされて生じた石のようになるように。
それらから、澄んで流れる水を作れ。
どんな水晶にも劣らず、明るく輝く水を。
固定した身体から引き出され、
自然によって密かに混ぜ合わされた水を。
清く浄化された容器の中で、
明るく輝く哲学者たちの器の中で。
蒸気がお前のもとから逃げないよう注意せよ。
また、心によく刻んでおけ。
火の性質が、
フェーベの光線に等しくなるように。
六月と七月の光線に。
私の言うことを理解せよ、鈍くあってはならない。
注 I called/I spoused の I は接頭辞 y-(過去分詞)に相当すると解し、第一人称の「私は」としない。loef は love。Magnasia は Magnesia の異綴。Phebez は末尾の z 状活字も含めて転写。六月・七月の光線との関係では太陽を指す Phoebus の意が疑われるため、神名を黙って訂正しない。
お前は、大いなる驚異を見るだろうから。
熱から、さまざまな色が現れるのを。
初め黒と白、そして赤、
その後には、間違いなく黄色が。
こうして、三時間のうちに、
その石は、すっかり貫かれる。
そこに降りかかる空気によって。
それは、驚くべき光景である。
霊が抑えられ、
身体とともに、かくも強く拘束され、
何ものも両者を引き離せなくなるとき、
自然はそこで、それほどまでに両者を固く締めつける。
母胎のうちに二つが結ばれたら、
容器を決して開けてはならない。
この世に比べるもののない、
一つの石が生まれるまでは。
それは「動物的」と呼ばれ、
鉱物的なものよりも豊かだからである。
それは、あらゆる場所に見いだされ、
見つける者は、恩恵を受けられよう。
お前と私のうちにも、至るところにも、
植物的なものにも、人工的なものにもある。
高い丘にも、低い谷にも、
それと見分けられる者にとって、それは育っている。
これを教えとして受け取れ。
すべては、品位と比率とにある。
探り当てられる者には、そうである。
疑わしい点はすべて、ブスとヌビにある。
属と種、
性質と、あらゆる量とに、
熱心に取り組む者であっても、
多くの人には、かなわないだろう。
この宝を成就することは。
これほど価値ある、われらの石のことを私は言う。
注 Setryne は citrine(黄色)。原文は赤の後に黄色を置くため、通常とされる色順に改変しない。Caryt は carat、金属の品位と解した。Bus/Nubi は原文の難解な用語で、同定できないため音写。Genis/Species/Qualitas は属・種・性質を表すラテン語系の学術語。
それでも、よく理解できる者は、
それを、すぐ手もとに見いだせる。
空を飛ぶ鳥も、
海にいる魚も、
赤いブドウの水分も、
白いブドウの水分も、それを採れる者には、
植物たる草木の力も、
感覚を持つ獣たちの魂も、
人を治めるために善悪を見分ける、
天使たちの理性も、
すべてが、お前の家にもたらす。
この、かくも貴い、高貴な石を。
そして、この全作業の最重要事は、
無学な者にとっても、学者にとっても、
すべて、適切な判断に基づく、
火と煮熟とのうちにある。
読める者には、この術が記している。
成功を得る者にとっての、一切の要点は、
書物にはっきり見られるように、
『火の調節に存する』と。
私の述べるとおりに生み出すには、
この豊かなルビー、この高価な石を、
硬く、重く、貫く力を持つ石を。
いま、これは驚くべきものである。
私は、かつてそのようなものを見つけられなかった。
ただ、マリアという人について読んだ。
彼女が、偽りなく、最初にそれを発見したと。
彼女は、モーセの姉妹であった。
しかし、これを作ろうとする者は誰でも、
暗闇のうちに始めてはならない。
光の不足のために失敗しかねないからだ。
太陽が十分に明るく輝かなければ。
始める前に、よく考えよ。
さもなければ、得るものはわずかだろう。
注 頁数字は画像で477(論理上277)。目録の277ではなく実際の印刷を記録。Stat in Ignis regimine は本文内のラテン語で「火の調節に存する」。fosth は forth の誤植とみられるが原文欄で保持。Moysez(末尾は z 状活字、モーセ)の姉妹としてのマリアは原著の伝承による同定。
緑の獅子の狩猟
緑の獅子の狩猟
聖なる錬金術の、真の学徒たちからなる、
高貴な一同に、ご挨拶申し上げる。
その高貴な実践は、あなた方に教える。
霧のような言葉で、秘密を覆い隠すことを。
尊い皆さまには、願わくは、
私のつたない真実の言葉をお聞きいただきたい。
私が実際に見た、その作業について、
緑の獅子を狩ることについて。
私の語ったことが真実であると、
納得していただけるように。
また、私がこの緑の獅子をよく知ることを、
確かに認めていただけるように。
どうか辛抱して、お聞きいただきたい。
この短い記述の終わりを見るまで。
その中でも、私は高貴な師の教えを守る。
生きておられた間、私の助けとなってくださった師の。
亡くなられるとき、師は私に誓わせた。
あらゆる秘密を、一人の人にことごとく、
決して明かすのではなく、つねに雲を広げ、
私の言葉と書くものを覆い、こうして包み隠すように、と。
この術を望む者は、
まず、自分の火をよく調節することを知るべきだからだ。
狂える者の手から剣を遠ざけるのは、
まことに道理にかなっている。
一方が殺し、他方が焼き、
いずれもひどく悪いことをしないように。
私の見た者たちの中には、そうした者がいた。
この緑の獅子を狩ろうとして。
疑いなく、その獅子の色は緑ではない。
賢いあなた方は、それをよく知っている。
四本足の緑色の獅子を、
かつて見たことのある人は、誰もいないからだ。
しかし、われらの獅子は成熟を欠いているので、
未熟ゆえに緑と呼ばれる。私を信じてほしい。
それでも、実にすばやく走り、
たちまち太陽に追いつける。
そして突然、太陽を呑み込める。
両者が一つの塔に閉じ込められていれば。
かつてあれほど明るかった太陽を食にし、
その赤を白へと変える。
自らの未熟さの力によって、
内にある、熟していない体液によって。
それでも、その内にはそれほどの熱があり、
太陽を食べ尽くしたときには、
太陽を、より完全な状態へともたらす。
自然の導きによってかつて得た以上の完全さへ。
この獅子は、その後すぐに、太陽を、
姉妹である月に結びつける。
婚姻によって。驚くべきことだが、
この獅子は、両者に一人の王を生ませるのである。
同じく不思議なことに、その王の食物は、
この獅子の血以外ではありえない。
また、このものは、ほかでもなく、
王の父と母であるということも真実である。
不思議なことだ、獅子と太陽と月と、
この三者が、すべて一つの業をなしたのである。
注 緑は本文自体が未成熟の意味と説明する。shroud は shrewd に通じる悪しき・有害なの意と解した。
獅子が司祭であり、太陽と月が婚姻する者である。
だが、両者とも獅子の寝床で生まれた。
しかも、この王を生んだのは、ほかならぬ、
太陽と月、自らの姉妹と兄弟である。
おお、高貴な師よ、お赦しを願う。
あやうく明かしてしまうところだった。
私にとって、かくも大切な秘密を。
ここには同胞しかいないと思ったからである。
それなら、明らかに書き尽くすことに、
ためらいは少しもないはずだった。
だが、つねに忠誠を守らねばならないので、
私は筆を別の方向へ向けよう。
この高貴な一同の、
祝福と許しのもとに語るために。
いま、これによって一同は悟っただろう。
私は、われらの獅子が何であるかを知っていると。
私は、この学の学者ではないが、
この作業には労してきた。
まことに、疑いなく、
この歌に耳を傾けてくださるなら、
そこから、何かを見いだせるだろう。
その心を、よく満足させるものを。
信じさせるために、私は誓いを立てはしない。
哲学者なら、ここに真実の証拠を見いだすからだ。
無学な人々については、
その言うことを、私はさほど気にしない。
彼らは、われらの獅子が、
普通の水銀だと思っているが、それは実に誤りである。
それによって思いどおりに作業できると思う者は、
この目的にいつまでも失敗し、
財産を費やして、ほとんど益を得られない。
それは、あまりにも容易に飛び去るからだ。
それゆえ、始めるより前に、手を引け。
われらの意味することを、もっとよく知るまでは。
注 Benedicite はラテン語の祝福を求める表現で、ここでは一同の許しを請う挿入句。誕生・親族関係の不整合は錬金術的寓意として原文どおり残す。
それを知ったときには、お前はこう言うだろう。
私は、お前に良い歌を教えたのだ、と。
これまで、お前について述べてきたことのうちに。
それゆえ、耳を傾け、私の教えをよく心に留めよ。
獅子に太陽と月を十分に食べさせ、
それらを清らかに、その寝床へ横たえたなら、
穏やかな熱を欠かせてはならない。
互いが十分に口づけできるようになるまで。
そして、一枚の皮膜に包まれるまで。
卵の黄身が収まっているような皮膜に。
そのとき、そこから引き離さねばならない。
疑いなく、まことに良い秘密のものを。
それは、お前の役に立つはずである。
それこそ、獅子の血だからだ。
王が死者の中から蘇ったとき、
その血によって、王を養わねばならない。
しかし、その死がお前に現れるまでには、
長い時間がかかるだろう。
そして、多くの眠りを、お前は失わねばならない。
その色が黒くなるのを見るまでには。
注意せよ、激しさでそれを動揺させてはならない。
穏やかな火のうちに保て。
それが、卑しく非難されるべき土から、
分離するのを見るまで。
その土は黒く、同時に軽く、
ホコリタケの実質に、たいそうよく似ている。
お前の磁石は、その中央にあり、
美しい白い色をしているだろう。私を信じよ。
これらすべてを見たなら、
火を一段階強めよ。
それによって、お前の物質が、
すっかり乾いてゆくのを見定められるまで。
そうなれば、ただちに、
排出された滓を取り除くのがよい。
注 印刷頁285は論理上281(直前の印刷頁280から4頁分飛んだ誤頁付け)。fusball は puffball、ホコリタケ類。magnet は錬金術的名称として直訳し、磁性物質の同定を意味しない。第3行 of thee は印刷を保持。
注 この部分には原刊の誤頁付があるため、出典のPDF画像番号を併記する。
きわめて明るく、輝く寝床を用意せよ。
この幼い子を寝かせるために。
そこに、一人で横たわらせておけ。
すっかり乾ききるまで。
それからが、その時だと私は思う。
それほど乾いた後には、飲み物を与える時である。
しかし、その真実を示すことは、
大いなる秘密を示すことだと、私はよく知っている。
古の哲学者たちは、
含浸の秘密を、決して明かさなかったからだ。
マグネシアを作ることについては、ためらわず、
その書物に詳しく説いた。
しかし、作った後、それをどう扱うかについては、
哀れな人々を、慰めもないままに置き去りにした。
それで、多くの人が、完成を得たと思ったが、
投射してみると、何も得られなかった。
それゆえ、それまでに作ったものを台無しにし、
もう錬金術には関わりたくないと思った。
このように、古い父祖たちは学ぶ者からそれを隠す。
精妙な作業のすべてが、その中にあるからだ。
もしそれを私から知りたいと望むなら、
私は必ず、真実を示そう。
純粋な物質が、ガラス器の中で整ったなら、
その容器を閉じる前に、
獅子の汗を一部分、
食べ物として与えねばならない。
そして、互いをたいそうよくすり合わせ、
どちらも相手から、どこへも飛び去らないようにせよ。
それから、ガラス器を封じ、
もと置いてあった、その炉の中に、
両者を置いて乾かさねばならない。
それができたら、確かに、
良い医師のように、用意せよ。
もう一度の含浸のために。
注 印刷頁286は論理上282。Imbibition は乾いた物質に液を含ませる作業(含浸)。Projection は完成した薬を金属に投ずる操作。Magnesia は歴史的錬金術の物質名で、現代の酸化マグネシウムと同一視しない。
注 この部分には原刊の誤頁付があるため、出典のPDF画像番号を併記する。
ただし、いつでも注意せよ。
飲ませたものをすべて乾かし、残さないように。
あまり気前よく飲ませるなら、
その分、作業は長くなるからだ。
また、あまり乾かしすぎるなら、
その子は、渇きのために死にかねない。
それゆえ、中庸を守るのが最もよい。
湿りすぎと、焼きすぎとの間の。
含浸を六度行い、
七度目は、その安息日の休みに委ねよ。
その六度の、それぞれの日の間を八日あけ、
湿りを乾かして、固定させよ。
次いで、九度目にガラス器を封じ、
まるまる六週間、置いておけ。
その熱を、正しく調節し、
黒さを過ぎて、白くなれるように。
そして第七週も、なお休ませよ。
望むように発酵させる時まで。
もし白のために発酵させようとするなら、
それによって大きな利益は得られない。
私は保証する。恐れる必要はない。
すべてが赤くなるまで、火によって進めることを。
その後は、古の哲学者たちがしたように進め、
純粋な黄金から、お前の発酵素を用意せよ。
その方法は秘密ではあるけれど、
それでも私は、真実を教えよう。
先に述べたとおり、次の章において。
それによって、真実を見いだせるように。
それゆえ、慈愛から、また主のために、
誰も私の書いたものから、
一語も取り去らず、付け加えもしないでほしい。
もしそうするなら、その者は確かに、
私にはない悪意を、示すことになる。
私が意図するのは真実であり、欺きではない。
注 印刷頁287は論理上283。第13行 nynth(第九)は画像で確認。六回・第七回・第九回の数え方に説明不足があるが、勝手に ninth を別の数へ訂正しない。Ferment は錬金術的な発酵素・種。
注 この部分には原刊の誤頁付があるため、出典のPDF画像番号を併記する。
その判断は、
哲学者たちの意図を知る人々に委ねよう。
いま、全力で私に耳を傾けよ。
発酵素を、正しく用意する方法について。
おお、神がなされた業のうちの、高貴な業よ。
それによって、それぞれの物が、常にほかの物から生み出され、
高貴な発酵によって、
自らの生成にふさわしく整えられる。
その発酵素は、この作業の始まりであったのと、
同じ種類のものから成らねばならない。
そして、正しく進み、
作業を白まで導いたとき、
そこで止まるのがお前の意図なら、
私の命ずるとおりに行え。
月だけを、単独で処理せよ。
緑の獅子の血とともに。
初めにしたように、
三つから一つの物を作ったように、
正しく、順序よく生み出してゆけ。
お前の磁石が、完全な白を示すまで。
すべての発酵素を、そのように処理せねばならない。
白も赤も。さもなければ、損なわれる。
赤は赤だけで、白も同じく、
獅子の血によって整えねばならない。
そして、私の教えに従いたいなら、
同じ時に、発酵素を仕込め。
赤には太陽のものを、白には月のものを。
それぞれ別々に、正しく働かせよ。
こうして、発酵素は、用意が整う。
王に、良い一膳を食べさせるために。
その消化に適し、
その体質によく合った食物を。
もし王の色が白なら、
そのときには、明るい月を食べさせよ。
注 印刷頁288は論理上284。第4行 prepaie は印刷を保持し prepare の意で訳出。edress は整えられた意。
注 この部分には原刊の誤頁付があるため、出典のPDF画像番号を併記する。
王の肉が、完全な赤なら、
太陽を食べさせねばならない。
発酵素は、四分の一の割合とし、
磁石の中へ、均等に合わせねばならない。
冷たくせず、温かいままで結合せよ。
未熟なものと熟したものとが、
合わないことは確かだ。熱と冷も同じである。
それゆえ、温かいままでガラス器へ入れ、
それから、もとどおりに封じよ。
すべてを循環させ、成就するまで続けよ。
あらゆる段階を、一つずつ経ながら。
黒も、白も、そして赤も。
そうなれば、ここでは火を恐れるな。
それは、もう決して火を恐れず、
つねに、お前の望みに耐えるだろうから。
ここで、一つの秘密を示さねばならない。
お前が知るべき、増殖の方法を。
さもなければ、作業をもう一度始めるには、
あまりにも大きな苦労がかかるだろう。
言っておく、どんな方法も、
絶え間ない発酵ほど、よく増殖させることはない。
そして確かに、最後には、大いに高められ、
投射において、たいそうすばやく流れる。
それゆえ、発酵素を常に火の中に保て。
お前の薬を、いつでも増やせるように。
娘がパン種を取っておかなければ、
隣人のところへ、どうしても貰いに行かねばならない。
さもなければ、さらに作れるまで待たねばならない。
『備えあれば憂いなし』という諺を忘れるな。
こうして、真実に満ちた教訓を教えた。
もしお前が邪悪なら、そのために私の心は悲しむ。
忘れるな、神は与えた祝福を、
お前が少しでも悪用すれば、取り戻せる。
まことに、お前が学識ある者なら、
注 印刷頁289は論理上285。Firmentation の語末 tation と crave は組版上、前行右端に送られているため、本来の詩行へ戻した。one fourth parte の比較基準は本文に明示されず、「四分の一の割合」として保持。store is no sore は「蓄えは害にならない」の意の諺。
注 この部分には原刊の誤頁付があるため、出典のPDF画像番号を併記する。
この著作の中に、真実を見いだすだろう。
しかし、もしお前が無学で、
私の言うことを理解しないなら、
秘密を守り、その戯れをやめよ。
ならず者には、ふさわしくないからだ。
これほど大いなる秘密に手を出すことは。
この高き哲学のような秘密に。
私の忠告を受け取れ。それが真実と分かるだろう。
この獅子を追い求めることを、やめよ。
それを狩るには、巧妙な技が要る。
だが獅子は、自らの術で、大半の人を欺き、
彼らを呑み込み、思い煩いに満ちたままにする。
だから私は、用心せよと命じる。
お前を友として、忠告を与える。
こうして、ここに私の狩猟を終える。
われらを造りたもうた神に祈る。
神の天上の至福に、ともに住まうことを、どうか逃さぬように。
注 印刷頁290は論理上286。Lymmer loy の loy は語義不詳であり、boy 等の誤植の可能性があるが確定しない。Lymmer をならず者と訳し、語句全体の蔑称の働きを表した。頁下の翼ある頭部の装飾には文字なし。
注 この部分には原刊の誤頁付があるため、出典のPDF画像番号を併記する。
チャーノック 自然哲学の摘要
自然哲学綱要
学問の正式な教育を受けていない学徒、
トマス・チャーノック編
このうえなく尊い学知である天文学と哲学の研究者
主の年1557年1月1日
注 この頁の印刷頁数は291、次頁は292だが、その後のscan 313から289へ戻る。本文の順序はPDFのscan順に従い、重複する印刷頁数を訂正しない。
注 この部分には原刊の誤頁付があるため、出典のPDF画像番号を併記する。
主の年1557年、新年の初日に、
この論考は書き始められた。以下に明らかになるとおりである。
注 この部分には原刊の誤頁付があるため、出典のPDF画像番号を併記する。
本が語る
注 この部分には原刊の誤頁付があるため、出典のPDF画像番号を併記する。
こちらへ来なさい、この学問のわが子たちよ、
自然哲学にこれほど長い時を費やした者たちよ。
お前たちの苦しい研究を楽にしてやりたいと、私は願っている。
神の恩寵によって、その願いは果たされよう。
神が私の内に、すなわち私の著者に、一滴の恩寵を注がれるなら、
著者は私をいっそうよく、いっそう短い時のうちに完成できるだろう。
私が何であるか、確かに知りたいというなら、
私の名は『自然哲学綱要』である。
この学知において私たちの目的に役立つ、
あらゆる容器と器具を明らかにする。
というのも、この学知に必要な品々は、
どの著者が名前を記したものよりも多いからだ。
そのため、これに必要な道具とは何なのかと、
大きな疑いに陥った者が数多い。
そこで私は、しかるべき順序に従って、ただちに明らかにしよう。
私たちの術のために、どんな器具を用意すべきかを。
注 原文のthe Theは重複をそのまま保持。
注 この部分には原刊の誤頁付があるため、出典のPDF画像番号を併記する。
著者の序文
注 印刷頁数292。scan 313では289へ戻る。
注 この部分には原刊の誤頁付があるため、出典のPDF画像番号を併記する。
進み出よ、小さな本よ。お前の分量はわずかだが、
ほかのすべての本にもないものを、お前は内に持つ。
この術を学ぶ者たちの心を満たすことにかけては、
荷車いっぱいに積めるほどの本に値する。
お前を手もとに持つ者は喜んでよい。
念入りに探せば、その者はお前のうちに、
必要となるすべてのものを見いだせるからだ。
錬金術に属する容器や器具などである。
その知識を得たいと、あまりに強く望んでいるので、
それは多くの者の心に火をつけるだろう。
彼らが喜び、うれしがるのも不思議ではない。
幾ポンドもの金を、むなしく使ってきたのだから。
多種多様な容器を作り、
数多くの異国の港から取り寄せてきた。
私たちの必要とするすべてがイングランドにあることを、
よく理解していなかったからだ。
さて、私たちの作業にこれほど長く苦闘してきた者にとって、
これが幾マルクもの節約になると思わないか。
まことに、これだけでも、その半分でも知れるなら、
財布の金をすべて出すという者さえいるだろう。
ゆえに憐れみから、私はもうためらわず、
彼らの目的を達するためのすべてを明らかにしよう。
だから、私の本に出会うことがあったなら、
偶然であれ、どんな手段を使ってであれ、
私が死んで朽ちたときには、私の魂のために祈ってほしい。
錬金術という学知の扉を開け放った私の魂のために。
少しでも頭の働く者なら、これはお前に十分なはずだ。
さあ、知恵を研ぎ澄まし、それを成し遂げよ。
注 この部分には原刊の誤頁付があるため、出典のPDF画像番号を併記する。
第一章
注 印刷頁数289。直前の291・292から番号が戻るが、章の順序はこのままである。
これから、すべてを詳しく述べよう。
この作業の道具について、そしてどれほどの費用がかかるかを。
まず陶工から始めよう。
見たこともないものを、陶工は作れない。
お前の望みどおりに容器ができるように、
作業中はそばに立ち、確実を期するがよい。
何をすべきか、身振りか見本で示してやれ。
彼の頭があまり鈍くも、無知でもなければ、
お前の言いたいことを理解するだろう。
この国の陶工で、私たちがこの学知のために
形を整え、用意するような精巧な器を、
かつて作った者は、ほとんどいないと思うからだ。
お前の目的にかなう形にしてくれたときも、
何に使うのかは明かさなくてよい。
だが彼がこう言ったらどうするか。「ご主人、
どういう目的で、どんな装置に使うのか、教えてください。
あなたが私に作らせる、この容器のことです。
これまでの一生をかけて、断言できます。
こんなものも、これに似たものも、作ったことがありません。
けれども、ひだも縁もない、ただ滑らかな器なのですね。
一つをもう一つの内に入れるとは、面白い仕掛けだ。
三つ目はその外側に置き、熱を上へ導くのですね。」
そうしたら、彼を納得させるため、こう言うがよい。
「私には、いくらか目の悪い父がいます。
神のお許しがあれば、その盲目を取り去るために、
ある水を蒸留してみようと思うのです。
それは賢者たちがいう、生命のエリクシルです。
この仕事によって、神が私の望むものをお授けくださいますように。」
注 prayはここでは望む獲物・目的物の意に解した。
すると彼は、こんなふうに言うだろう。
「神が、お探しのものをお授けくださいますように。」
これで陶工との用事は終わる。
太陽の熱で、お前がその壺を割ってしまわないかぎりは。
もしそうなれば、苦労が増える。
もう一度、新しく作るほかない。
陶工との用事が済んだらすぐに、
次は指物師と話をつけなければならない。
この職人にも、その器に合う小屋を作れるよう、
助言と知恵を与えねばならない。
彼もまた、それが何の役に立つのかと、
大いにいぶかしむだろう。
櫃のような作りではあっても、
そんなものを作ったことは一度もないからだ。
そこで、焼いた馬の話でもしてやるがよい。
そんな話なら、彼も気をもむことはない。
笑いながら、狐の巣穴なのだと言ってやれ。
鍵と錠でしっかり閉まるようにできていても、そう言えばよい。
これで指物師との用事も終わる。
私が自分のものを燃やしたように、お前も火をつけないかぎりは。
ガラス職人は、この国には少ない。
だが、聞いたところでは一人いる。
今はサセックスに住み、
チディンズフォールドで仕事をしている。
彼を訪ねるのが必要であり、よいことだ。
あるいは、分別ある召使いを送り、
このうえなく丁重に頼むのだ。
お前の設計どおりのガラス器を吹いてくれるようにと。
もし卵のような形に作ってもらえたら、
いく本もの腕や脚に値するほどありがたい。
開け閉めができ、髪の毛一本ほどの隙もないものなら、
その一つを持つお前に、恐れることはない。
それでも、いくつか余分に蓄えておくなら、
いっそうよい。「備えは害にはならぬ」のだから。
注 印刷頁数290。本文のIto、If were、The could、the theは印刷どおり。If were/The couldは文脈上、It were/[If] he couldに相当する崩れと解して訳した。Tabernacleは容器を収める覆い・小屋。roasted Horseはほら話を示す表現。
第二章
さて主よ、あなたの恩寵によって、どうかお許しください。
この未熟な研究における私の企てを、成し遂げることを。
あなたの助けなしには、これも、ほかの何もできません。
太陽と月の合が起こりえないのと同じです。
ほかの惑星も、一時間さえ自ら動くことはできません。
あなたの摂理と神聖な力なしには。
ですから、何を始めるにあたっても、
祈りをもって神の助けを呼び求めましょう。
私たちの営みを、神が成就させてくださるように。
その営みは、きわめて慎重に行わねばなりません。
それゆえ、目的を成し遂げようと思うなら、
神を畏れ、その戒めを守りなさい。
高慢に気をつけ、それを退けなさい。
鏡をあまりに見つめてばかりいてはならない。
不正な枡で、誰をも欺いてはならない。
それは確かに、不当に得た富なのだから。
お前の分銅は、正しく公正なものにしなさい。
誰もが、その隣人に対して、
重さも量も、正直に量り与えねばならないからだ。
哲学の作業においても、お前はそうしなければならない。
そして飢えている者に食べさせ、
渇いている者に飲ませなさい。
富が増すにつれて、惜しみなく与えよと言うのだ。
渇いた人から目をそらしてはならない。
もし二人の貧しい男が、同時にお前のところへ来て、
こう言ったらどうするか。「ご主人、神と聖母への愛に免じて、
お気の召すだけの施しを、どうかお恵みください。
苦しみを和らげる一ペニーも、私たちは持っていません。」
「しかも私たちは今、海へ出る仕度を整えています。
そこに少なくとも三か月は、留まらなければなりません。
その間ずっと、陸に上がることはありません。
たとえ私たちの船が、ただガラスでできていようとも。
大気のあらゆる嵐を、堪え忍ばなければならず、
幾度も、危険な泊地に停泊しなければなりません。
パンもなく、ほかの食べ物もありません。
あるのは、雲から降る清らかな水だけです。
やがて時がたつにつれて、月が私たちをひどく焼くので、
インドの人々のように、黒くなるでしょう。
しかしほどなく、別の気候の土地へ移り、
そこでもっと清らかな状態を授かります。
私たちのこの罪のために、私たちは煉獄を作ります。
それによって、霊的な身体を授かるのです。
身体と言いましたが、もし売られることがあるなら、
実に、同じ重さの金に値する身体です。」
わが子よ、この二人に一ペニーを与え、旅の飲み代にさせなさい。
そうすれば、お前もきっと、いっそうよい結果を得ると思う。
注 前頁の二人の貧者の発言を継続する錬金術的寓意。men of Indeという歴史的な肌の色の比喩を原文どおり訳した。
第三章
いま私は、詳しく書きたいと思っている。
拙い文章しか綴れないのだが。
だが実際に書けるにせよ、書けないにせよ、
火についての章を、これから進めよう。
火の制御と維持のしかたを知らないなら、
それにかかずらって苦労するより、
寝床に入って眠るほうがましである。
この点については、私は確実に疑いを晴らしておこう。
お前が今しているように、私がこの学知を学んでいたとき、
神に誓って言うが、実験に取りかかった。
昼にも夕にも朝にも、火の世話をしていたときほど、
それまでの一生で悩まされたことはなかった。
ただ火を、変わらぬ一定の状態に保つために。
そのために受けた苦労は、ここで言い尽くせるものではない。
しかし一つ、本当のことを話そう。
私の作業に、どれほど大きな災難が起きたかを。
それは新年の日の正午だった。
私の小屋が火を発した。あっという間のことだった。
一時間も前には、何の異状もなかったのに、
突然、火の臭いがした。
すぐに仕事場へ駆け上がると、
着いたときには炎に包まれていた。
そのとき私は、よろめき始めるほど恐ろしかった。
短剣で心臓を刺されたかのように。
私を責められるだろうか。いや、そうは思うまい。
もし私に、多少でも富があったなら、
あの時、あんな出来事が起こるくらいなら、
百マルクを貧しい者に与えるほうを選んだだろう。
実際、私の作業は、かなり先まで進んでいたからだ。
神よ、師の命をお守りください。死ぬと思ったとき、師は
ご自分の作業を私に授け、私を相続人としてくださった。
ゆえに私はいつも、師のために祈る。
その恵みを受けた日付を正確に記すなら、
フィリップ王の治世元年、メアリ女王の治世二年のことだった。
だが、すでに述べたように、愚かにも私はそれを失った。
そこで古いものを忘れ、新しい作業を始めた。
それでも、その後いく夜も、寝床で眠れなかった。
あの事故が、いつも頭を悩ませたからだ。
同じ恐怖には、二度と耐えたくなかった。
たとえ二倍の利益を得られるとしても。
そこで費用は、ますます大きくなった。
丈夫で役に立つ下男を雇い、
ずっと見張って、世話をさせるために。
しかし彼は、たびたび私を困らせた。
注 King Phillip & Queene Maryに続くMaryは印刷では次行右端の括弧内に回り込むが、一つの詩行として接続した。「first and second yeare」はフィリップとメアリの共同統治期の年紀。
火が消えるまで、いつまでも眠りこんでしまう。
そしてあの悪党、あのろくでなしの間抜けは、
火を勢いよく燃やそうと、獣脂を投げ入れるのだ。
それを知って、私の気分はいっそう悪くなった。
こうして私は、酔いどれの馬鹿に悩まされた。
性急に火を強めて、私の作業を熱くしすぎ、
また怠惰のために、作業を遅らせたのである。
これを改め、心を静めるために、
私は彼を戸外へ追い払い、自らその苦労を引き受けた。
面倒ではあるが、そのほうが確実だ。
召使いたちは、私たちの作業がどう進むかを気にせず、
遊びや賭け事のほうを、楽しむからだ。
ソロモンは言う。「よい召使いは、
あらゆる点で、自分の心のように扱いなさい。」
忠実な召使いに出会えるのは、貴いことだ。
気にかなう者なら、宝以上に大切にしなさい。
不注意でなく、節度があり、賢く、穏やかな者を。
そういう者こそ、まさに私の暮らしに合っていた。
これで、悪い召使いについては、十分に注意した。
しかし、よい召使いなら、私たちの目的に役立つ。
第四章
下男が去ると、私は初めからやり直した。
すると昔の悩みが、再び心によみがえった。
作業が正しく進んでいないのではないかと恐れ、
夜に幾度も目を覚ました。
また、夜のうちに火が消えるのではないか、
あるいは熱が強すぎるのではないかと、
私はしばしば大きな不安に陥った。
その心配が、私の眠りを破った。
昼間もまた、失敗するのではないかと、
たびたび心が揺れ動いた。
だから、私の助言に従うつもりなら、
寝床に入るときに、火の安全を確かめなさい。
夜半に起きたときにも、そうしなさい。
そうする者を、私は賢いと思う。
お前の火が、誰にも害を与えぬよう用心せよ。
知ってのとおり、多くの人の家や納屋が、
不慮の火災に遭っている。
とりわけ、愚か者に管理を任せた場合には。
私たちの火には費用がかかる。計算してみたい者がいれば、
一週間で三ポンドを超す額になる。
多くの貧しい者にとって、これは重い負担だ。
とりわけ私にはそうだと、身をもって言える。
ゲベルも、貧しい者に、今あるものに満足せよと命じる。
この学知は、貧者や困窮者にはふさわしくなく、
むしろ彼らの敵なのである。
そして彼らに、注意せよと命じる。
その金を、そう簡単には手放せないからだ。
必要な火は、一つや二つではない。
どんな火かは、ジョージ・リプリーが教えてくれる。
私は実際、九か月たたないうちに、
火だけで百ポンド以上を費やした。
もっとも、始めたときには何もかも高価だった。
獣脂も、蝋燭も、薪も、石炭も、火も。
こうした費用を賄うため、私は時には、
今度は宝石、次には金の指輪と、売り払った。
そして、見込みではあと一か月というときに、
フランス王に対する戦争が布告された。
すると、私にひどい悪意を抱いていた一人の紳士が、
私を強制徴募させ、カレーで軍務に就かせようとした。
心の底からいやであっても、行くしかないと、
ほかに助かる道はないと知ったとき、
怒り狂って、私は手に斧を取り、
そこに置いてあった作業の品々を、すべて打ち壊した。
注 CallysはCalais(カレー)。within a Moneths reckoningは、作業完了までの見込み期間を指すと解した。
壺は互いに打ちつけて壊し、
ガラス器も、数多くの破片に砕いた。
「烏の頭」が、黒玉のように黒く現れ始めていたが、
怒りのうちに、私は少しも手を止めなかった。
作業の品々を相手に、あまりに激しく暴れたので、
精髄は空中へ飛び去ってしまった。
「さらば」と私は言った。「お前がいなくなったからには、
確かに、私は二度と鷹を放ちはしない。
お前を再び捕えて、自分の損になるようなことは。
ただし、死ぬ前に私のよき師と話すという、
幸運な機会に恵まれる場合は別だ。
その師のお名前は、まことにI・Sである。
住まいは、ソールズベリーの町の近くにある。
確かに、聖職にある方だ。
私はその方の幸いを祈る義務がある。
幾日にもわたり、私の教師であったのだから。
そして哲学については、
アルノルドやライムンドゥス・ルルスに劣らぬ理解をお持ちだった。
ゲベルも、ヘルメスも、アルダも、カレブ王も、
わがよき師以上に理解してはいなかった。
私は、この国を東から西へと旅したが、
マウントからドーヴァーまで、そのような人は見つからなかった。
ただ一人、あとで語る修道士を除いては。
その二人は、どちらも私たちの白い石を完成していた。
しかし赤の作業には、いまだ近づいていなかった。
その理由は、後でいっそう明らかになるだろう。」
こうして、これほどの苦労をしたのに、
その労の実りを刈り取れなかった私は、
この作業を、次のように書き表そうと思った。
ほかの者が、幸運にも、正しく的を射ることができるように。
注 Crowes headは黒化段階、White Stoneは白い石、Red Workeは赤化の作業を指す錬金術語。Iettはjet(黒玉)。the Mountは地名の略称と思われるが本文中で特定されないため音写。
第五章
師の親切に報いるものが何もなく、私は残念に思う。
あるのは、この本、この短い小論だけだ。
だが断言してよい。これは師にとって、
乳牛を二頭贈ったのと同じほど、喜ばしいものとなるだろう。
そしてここで、師のために、お前に明かそう。
一つの大いなる秘密を。神と三位一体に誓って、
主が初めにこの世界を造られて以来、
これほど明らかにされたことはないと、私は請け合う。
いや、今日までのすべての哲学者たちも、
この秘密を知らなかったと、大胆にも言おう。
さて、目的をいっそう速やかに果たすには、
お前の火を、バースの温泉ほど穏やかに保ちなさい。
ああ、私たちの火による企てにとって、
バースの温泉は、何と立派で有益な道具だろう。
世界じゅうを探しても、その利益と自由さの点で、
これほど私の気にかなう火は、見つかるまい。
一年のあいだ、好きな所へ、歩いても馬ででも行くがよい。
火の手入れを心配する必要はない。
バースの修道士で、その修道院の院長だった者が、
ほかの火は使わなかったと、内密に教えてくれた。
私は初めから彼を信用した。
その話は、非常によい理屈に基づいていたからだ。
彼は、私たちの石も、薬も、エリクシルも、すべて持っていた。
修道院が解散させられたとき、それを壁の中に隠した。
十日後に取りに行くと、
そこには、ぼろ布の栓しか見つからなかった。
そのときの苦しみはあまりに大きく、
失った悲しみで、気が狂うかと思ったと、彼は私に語った。
注 Bath of the Batheは都市バースの温泉を指す言い回し。修道院解散への言及は本文の歴史的叙述として訳した。
ある思いつきに駆られて、彼はさまよい出し、
その後、長年にわたり、定まった住まいを持たなかった。
そのうえ、彼は盲目で、見ることができず、
国を巡るときには、少年に手を引かせていた。
ある日、私はたまたま、彼のいる所へやって来た。
彼が口にした一言二言から、
すぐに、哲学者だとわかった。
そのために、私は彼のそばへ近寄った。
連れの人々がみな立ち去り、
彼の少年と彼と私だけになったとき、
私は言った。「師よ、神への愛と慈悲によって、
自然哲学の秘密を、私に教えてください。」
「いや、わが子よ」と彼は言った。「お前が何者か、私は知らない。
そのお前に、これほど貴い術を明かせようか。
私によって、誰もそのような利益を得ることはない。
私とともに、これほど苦労している少年でさえも。
それを明かすことは、私の裁量にはない。
主の御手に、お返ししなければならないのだ。
高い志を持ち、この術にふさわしいという、
評判のある者のことを、私は聞かないからだ。
もしそんな者を見いだせたなら、死ぬ前に、
この大いなる秘義を明かしてやるのだが。
もっとも、ソールズベリーの町のあたりに、一人いる。
二十八歳の若者で、
あのサネット島の出で、チャーノックという名だ。
その称賛と評判は、何マイルにも響きわたっている。
若いながらも、見込みがあり、才能に恵まれ、
七つの自由学芸の、どれを取っても、
多かれ少なかれ、それぞれを身につけているという。
だから、私たちの学知にも、資格があると言えよう。
文章が上手だとの評判も広がっている。
私は、彼の作品のいくつかが朗読されるのを聞いた。
散文も、韻文も、詩もだ。
まことに、その最初の成果を、私は褒めたい。
注 TennetはThanet(サネット島)。Bandsは印刷どおり保持し、「自らの権限・裁量」と解した。
同じ年頃のチョーサーも、彼ほどではなかったと思う。
同じ年頃のスケルトンは、もっと未熟だった。
ゆえに、その知識、重厚さ、知恵によって、
桂冠詩人に戴冠されても、十分ふさわしい。」
「おやめください、父よ」と私は言った。「私の話を聞いてください。
私こそ、あなたの話しておられるチャーノックなのです。
ですが、そのように言っていただくのは、大変驚きです。
私とそんな資質とは、はるかに隔たっていますから。
私は、あなたが見込まれたような者ではありません。
でも、嫁を探すときには、私の口添えをしてください。
あなたの称賛なら、真実ではなくとも、きっとうまくゆくでしょう。
私の財産が、古い馬蹄一つにも値しないとしても。」
「お前の名がチャーノックで、その同じ男なのか。」
「はい、そうです」と私が言うと、彼はよろめきながら手を差し出し、
一時間、哲学者の言葉で私と話した。
私がどの問いにも答えに窮しないのを聞いて、
「わが子よ、私のために祈っておくれ」と言った。
「この学知について、お前を私の相続人にしよう。
少年よ、人目につかぬ所へ、私を連れて行きなさい。
その後、この人と私が話を済ませるまで、
しばらく離れていなさい。」
それが済むと、彼は言った。「さて、優しい兄弟よ。
明日、私とともに、信心深く、
祝福された聖餐を受けてくれるか。
ここで私が求める、次の誓いを立てて。
生きているかぎり、金や銀のためにも、
親族に対して抱く愛のためにも、
また、権力者から出世の恩恵を得るためにも、
私の教える秘密を明かしてはならない。
文字によっても、軽々しい言葉によっても。
ただし、自然の秘密をずっと探し求めてきたと、
お前が確信できる者に対しては別だ。
その者には、この世を去る前に、
哲学の覆いのもとで、この術の秘密を明かしてよい。」
注 末尾departは前行右端の折返しから本来の詩行末に接続。to seecheはto seek相当の「知らない・答えられない」状態と解した。
「どんな返事をくれるのか、聞かせてほしい。」
「師よ」と私は言った。「ご希望をお受けします。」
「それなら、わが子よ」と彼は言った。「しっかり命じる。この誓いを守れ。
地獄の淵から救われたいと思うならば。」
翌日、私たちは教会へ行き、祈りを終えると、
親切な司祭が、二人の告解を聞いてくれた。
それが済むと、私たちはすぐミサに参列し、
司祭は、聖なる秘蹟を私たちに授けた。
しかし、私たちが何を意図していたかは、知らなかった。
別の理由を話して、私がわからなくしたからだ。
それから、食事をしに、宿の主人のもとへ戻った。
その食事の費用は、すべて私が払った。
食事が済むと、私は野原を歩いた。
広く平らで、人がめったに通らない所だった。
その真ん中へ来たとき、彼は言った。「少年よ、アザミを摘みに行きなさい。
私が口笛で呼ぶまでは、戻ってきてはいけない。」
「師よ、もう辺りに聞く人はいません」と私は言った。
すると彼は、「わが子よ、耳を傾けなさい」と言い、
わずか三言か四言のうちに、
鉱物に関する知恵の、大いなる秘義を明かした。
それを聞いて、私の精神は喜びに奪われた。
トロイアを征服したギリシア人たちも、それ以上には喜ばなかっただろう。
私はそのとき、よき師のことを思い出していた。
まさに同じ秘密を、師も示してくださっていたからだ。
私は彼のもとに、ちょうど九日間、滞在した。
しかし主よ、その間、折に触れて、
何と多くの自然の秘密を明かしてくれたことか。
その一部は、これまでの詩行で、お前に語ったとおりだ。
残りは、永罰を受けかねないので、書いてはならない。
そうでなければ、この本で、本当に語るのだが。
「さて父よ」と私は言った。「お別れいたします。
どこへ行っても、あなたのために祈りましょう。」
「わが子よ」と彼は言った。「神の祝福が、お前とお前の家族に伴うように。
そして、うまくいったら、また便りを聞かせておくれ。」
注 devocionとThistleは活字の折返しを詩行に接続した。
第六章
一マイルか二マイルほど離れたところまで行くと、
熱い祈りをもって、私は主をたたえた。
あの幸いな旅のために、感謝をささげた。
私には、現金百ポンドよりも、ありがたい旅だったからだ。
「きっと、このことをすべて、師にお知らせしよう」と私は言った。
「そうしなければ、私の頭は役に立たない。
修道士が言ったほど、私の頭がよいのなら、
もっとよい趣向で、師に手紙を書けるのだが。
ああ主よ、何と厳粛な誓いを立てたことか。
まことに、真鍮の板に刻みつける価値がある。
永遠の記念として、いつまでも、
哲学者たちの間に、確かな誓いとして残るように。」
帰途について二日ほど旅をしたとき、
一つの質問をするため、私は再び彼のもとへ戻った。
聞き忘れていたことで、自分の土地と引き替えにしても、
その疑問を、はっきり理解しておきたかった。
大急ぎで引き返すことを、私は苦とも思わなかった。
彼を探しに、別れた家へと向かった。
そこで、すぐに一室で、彼を見つけた。
祈りの珠を繰りながら、たいそう敬虔に祈っていた。
「父よ、一言お話しさせてください」と私は言った。
「誰だ」と彼は言った。「その話し声は、わが子チャーノックか。」
「はい、そのとおりです」と私は言った。「戻ってまいりました。
一つ、本当のことを教えていただきたいのです。
それはこうです。哲学について、あなたの師だったのは誰ですか。
そして、その秘密をあなたに明かしたのは誰ですか。」
「おお」と彼は言い、心から喜んで語った。
「実は、律修参事会員リプリーに仕えていた少年だったのだ。」
注 menciō/invenciōは鼻音省略符を含む印刷形。Ripley the Canon his Boyは「律修参事会員リプリーの少年(従者・弟子)」と解し、リプリー本人と同一視しない。
そのとき、私はまた、よき師のことを思い出した。
師は、それを誰からも授かったことはなく、
ただ神から得たのだと言っていた。寝床に横たわり、
それについて考えているとき、神が頭に授けてくださったのだと。
こうして私は、その晩じゅう、彼のもとに留まり、
できるだけよいもてなしをした。
朝になると、別れを告げて出発し、
やがて、喜ばしい心で家に帰り着いた。
しかしその喜びは、間もなく心配に変わった。
先に語ったようなことが、私の作業に起きたからだ。
まず火事を起こして、大いに苦しみ、
その後、下男に一か月か二か月、邪魔された。
それでも、あの紳士の害は、ほかの者よりひどかった。
作業から引き離して、私を徴兵させたときには、
怒り狂った私は、ベドラムにも収まりきらないほどだった。
大きな斧で、作業の品々に襲いかかり、
壺もガラス器も、一緒くたに叩き壊した。
ここへ揃えるまでに、ずっと多くの費用がかかったというのに。
私が暴れると、灰があたり一面に飛び散った。
一つの火は撒き散らし、もう一つは消した。
がらくたはすべて、袋に入れて堆肥の山へ運んだ。
翌日には、背中に十字のついた上着を手に取り、
兵士の務めに就くため、出て行った。
「確かに、最後の審判の日が来るほうが先だ」と私は言った。
「私が再び哲学者になろうと、実験をするよりも。
だから、よき師に、よろしく伝えてほしい。」
さて、この術を学ぶわが弟子たちよ、私は約束を正しく守った。
私を正しく理解すれば、そのことが真実だとわかるだろう。
その日が来るまでは、成功しようと思ってはならない。
これ以上に明瞭な本を、読もうと望んではならない。
読み解くことができれば、その内容もまた真実である。
だが、どんな荷車引きや田舎者にも、わかるわけではない。
注 Bedlamはロンドンの精神病院名を用いた当時の比喩。Rathingは印刷形を保持し、文脈により打ち砕く意に解した。折返しのheart/the back/justly/trulyを各詩行へ接続。
チャーノックの謎
これを理解することは、たとえ頭が切れても、簡単ではない。
この尊い学知における私たちの意味を解釈するのは、
たいそう優れた神学者にとってさえ、十分に難しい。
その研究に、よほど励んでいないかぎりは。
さて、よき師と私のために、祈っていただきたい。
神が命を長らえさせてくださるなら、後日、これを改めよう。
1557年7月20日完成。
学問の正式な教育を受けていない学徒、トマス・チャーノック著。
このうえなく尊い学知である、天文学と哲学の研究者。
錬金術についての謎
七たび二十六が、その道程を走り終えると、
自然は、その黒い顔をあらわにした。
だが百と五十が、戦いで彼を打ち負かすと、
その顔を洗わせて、白く輝かせた。
続いて三十六が、威風堂々と現れ、
黒と白を、逃げ去らせた。
私には、名誉ある君主のように思われた。
全身に、黄金の甲冑をまとっていたからだ。
頭には、黄金の冠を戴き、
どんな富を積まれても、それを売ることはできなかった。
これを見るまでは、私の心は冷えていた。
最後には、誰が戦場を制するのかと思って。
黒と白が、赤に屈するまでは。
そのとき私は、心から神に祈った。
この喜ばしい日を、ついに見ることができたのだから。
注 数値vii×xxvi、CとL、xxxviはそのまま訳した。単位は本文に明示されない。次頁の別稿では最後の数が30となる。
1572年 T・チャーノック
錬金術の謎
注 Alchimiæは印刷どおり。
七たび二十六が、その道程を走り終えると、
自然は、その黒い顔をあらわにした。
だが百と五十が、大きな勢いで入って来て、
黒を、その地からほとんど逃げ出させた。
さらに一人が後から来て、大きな力を持つ三十を連れて来た。
それは黒と白を、完全に逃げ去らせた。
私には、名誉ある君主のように思われた。
全身に、黄金の甲冑をまとい、
頭には黄金の冠を戴いていたからだ。
どんな富を積まれても、それを売ることはできなかった。
まことに私は、どの哲学者をも欺いてはいない。
私自身、トマス・チャーノックが、これを行ったのだから。
だから神が、お前の作業を力づけてくださるように。
私たちの書いたものは、すべて非常に難解なのだから。
ただ「取れ」「受け取れ」としか書かれていない、
あらゆる本を軽んじ、退けなさい。
この国の学識ある人のうち、
私の意味を、正しくお前に説明できる者は少ない。
私たちの石の秘密を教えてくれる者を、
私はただ一人しか、見つけられなかった。
それは、ソールズベリーの聖堂区画にいた司祭だった。
神が、その魂を、喜びに満ちた天に安らがせてくださるように。
注 Recipe/Accipeはいずれも処方文で材料を「取れ」と命じるラテン語。第一の謎との異同(30対xxxvi、師の記述など)は統一しない。
1572年
T・チャーノック
ブルームフィールドの花
ブルームフィールドの花々
または、哲学の陣営
ポイボスが牡羊の宮に入り、
万物が芽吹く三月のころ、
寝床に横たわる私のところへ、一人の老人が来た。
まどろむ私の、考えごとの多い頭に、手を置いた。
「私は時、万物を生み出す者だ」と彼は言った。
「目を覚まして起きなさい。早く仕度をしなさい。
私はお前を、哲学の陣営へ連れて行こうと思う。」
2. その野には、花や花房が豊かにあり、
鮮やかな色に飾られて、心地よく咲き誇っている。
生きた水の泉もあり、飼われた獣も野の獣もいる。
枝という枝に実る木々が、その上に陰を落とし、
鳥たちは止まって、妙なる声で歌って言う。
「父と子と聖霊、三つの位格における一なる神よ、
聖なる三位一体よ、支配と栄誉が、あなたにありますように。」
3. 見よ、彼がそう言うと、私は素早く起きた。
急いで、身軽に服を着て、
私たちは、哲学の陣営へ向かった。
そこにある、不思議な光景を見るために。
父なる時は、私を大きな門へ連れて行った。
門は閉ざされていた。そのとき彼は言った。
「すべてのものに、その時がある。だから少しも落胆してはならない。」
注 Phœbusは太陽を表すポイボス。冒頭の詩節には印刷上の「1.」がない。
4. すると私は、大きく驚き、
心は激しく、ひどく動揺した。
門が十二の錠で閉ざされているのを見たからだ。
時が私の友であるとは、とても思えなかった。
「人よ、なぜ思い悩むのか。目が見えないのか」と彼は言った。
彼が杖で私に触れると、私は倒れ、
深い眠りに落ちた。そして夢の中で、彼はすべてを示した。
1. それでは、私が見た夢を聞きなさい。
キリストの年、千五百五十七年、
三月に、眠って横たわっていたとき、
夜も更け、時計が十一時ごろを指すころ、
私は突然、霊において天へ引き上げられた。
そこに、このうえなく栄光ある威厳をもって坐す姿を見た。
三者を見ながらも、ただ一つの神性を礼拝した。
2. 限界を持たぬ霊、燃え立つ熱を持ちながら焼き尽くされず、
あらゆる光の泉として、永続する輝きを放っていた。
三者が一つに結ばれ、理解を超える栄光を備えていた。
それを眺めることは、私に大きな喜びを与えた。
まことに、そこへ達することは、私の力を超えている。
しかし、その栄光ある輝きから、声が私に告げた。
「私は、測り知れぬ威厳を持つ、一なる神である。恐れるな。」
3. この明らかな幻のうちで、三者が一つとなり、
このうえなく快い声とともに、その姿を広げた。
それは私の心を貫き、理解することを教えた。
哲学者たちの、一つ一つの難解な言葉を。
石の高さ、広がり、深さを。
実体において三つ、本質において一つであることを。
精髄によって生み出された、このうえなく天上的な宝を。
4. そこで私は、この精髄とは何かと考えた。
目に明らかな、可視のものに関して。
第五の存在であり、まことに不思議な秘密として、
あらゆる実体の内に、見えずに宿るもの。
それは、見えない神性そのものだと、私は考えた。
存在の第一原因、そして第一の本質。
大宇宙における、最高の精髄なのだと。
注 ここで詩節番号が1から再開する。seavenは版面右上に回り込む語を第一行末に接続した。Quintessenceは「第五精髄/精髄」、Macrocosmyは大宇宙。
5. これこそ、あの天上的な、力を秘めた秘密である。
それは分かたれ、見えないままに宿る。
すべての動物的、植物的、鉱物的なものの内に。
その効力と力は、それらの内で分割されない。
それは神から来て、神が感知できるものとされる。
ある選ばれた者には授け、ほかの者には拒まれる。
そうして思いにふけって坐っていると、声が私に言った。
6. 「私の存在について、これ以上考えるな。ただ堅く信じよ。
この三位一体が、等しく一つに結ばれていることを。
私の秘密を、それ以上思い巡らすのは、愚かなことだ。
それは、人間のあらゆる理性の能力を超えている。」
そのとき、天は再び閉ざされた。
すると父なる時は、私を門のところへ置き、
そこから入るための鍵を、私に渡した。
7. それは知識と、卓越した学知の鍵であった。
それによって、哲学のすべての秘密が開かれる。
勤勉によって探し出される、自然の秘密が。
根深く嫉妬する愚か者の、作り話を避けながら。
「取れ」と「欺け」によって、この学知は損なわれている。
それゆえ彼は、この鍵を私に授けた。
この術の秘密を、開き、明らかにするために。
8. 父なる時は、この鍵を渡すとき、こう言った。
「さあ、この門を、自分で開けなさい。」
すると私は、悲しげに彼を見つめ、
一つの鍵では十二の錠を外せないと、言った。
彼は答えた。「斧の頭と柄がともにしっかりしていれば、
木が倒れるまで、二つは離れずに持ちこたえる。
だから最初の錠を開けなさい。そうすれば、すべてを開けたことになる。」
9. 「では、その最初の錠は何という名ですか。
どうか教えてください。何と呼べばよいのですか」と私は言った。
彼は答えた。「それは、あらゆる賢者の秘密である。
物体の中のカオス、最初の起源と呼ばれるもの。
第一質料、私たちの水銀、私たちの溶媒。
私たちの礬、私たちの硫黄、このうえなく貴いルナリアである。
鍵を錠に入れなさい。たちまち開くだろう。」
注 Recipe(取れ)とDecipe(欺け)はラテン語の語呂合わせ。Menstruallは錬金術的溶媒。Lunaryは錬金術文献のルナリア(月草/月に属する物質)で、ここでは物質を特定しない。末行冒頭の角括弧は印刷に見えるものを保持。
10. そこで私は、熱心に知識の鍵を手に取り、
錠の空洞を探り始めた。
その内部の仕切りは、ほとんど理解できなかった。
それほど巧みに、錠の本体に組み込まれていたからだ。
あらゆる方法を試し、ついに私は錠を開けた。
わざわざこのように作られた、巧妙な仕掛けを。
すると、ほかの錠も、同時にすべて開いた。
11. この門が開いたとき、ちょうど入口で、
数多くの哲学者と、顔を合わせた。
彼らはみな、同じ方法で、哲学の秘密の作業をしていた。
彼らの間に置かれた、暗いカオスに対して。
生活に節度があり、平和で、穏やかな人々だった。
彼らは第一質料について、熱心に論じ合い、
愚かなものも、つまらぬものも、すべて退けていた。
12. ここで私は、哲学者たちの父、ヘルメスを見た。
ここで私は、このうえなく楽しげな顔の、アリストテレスを見た。
ここで私は、モリエヌス、セニオルを、多少とも集会の中に見た。
謹厳なデモクリトス、アルベルトゥス、ベーコン、ライムンドゥスも。
修道士、そして、かくも深遠なブリドリントンの律修参事会員も。
ひそやかに作業をする彼らは、私に言った。
「気をつけよ。見るものを、すべて信じてはならない。
13. だが、この哲学の陣営へ入ろうというなら、
道案内として、時を連れて行きなさい。
脇道も、大道も、深い谷も、高い丘も、
快く華やかな光景とともに、ここにはあるからだ。
途中には、お前にこう言う者もいるだろう。
『これを取れ、あれを取れ』と、さらに千もの品を挙げ、
以前にもしたように、お前自身と、ほかの者を欺こうとする。」
14. そこで、彼らの好意により、父なる時と私は、
そのような光景を見るため、陣営に向かって進んだ。
そこで、哲学者に化けた、痩せた者たちに出会った。
斑岩の磨り板と乳鉢を持ち、磨り潰し、搗こうとしていた。
頭は震え、手はひきつっていた。
ある者は痙攣で足が利かず、ある者は衰弱し、青白く、盲目だった。
この術にはまったく適さない、砒素と硫黄のために。
注 正誤表は印刷308頁3行のwordsをwardesと訂正。source_textには印刷本文wordsを残し、訳は錠の内部の仕切り・障害部をいうwardsに従う。Simul stulta & frivolaは「愚かなものとつまらぬものをともに」。in Turbaは「集会の中に」の意と錬金術書Turbaへの含みがありうる。Spasmerは痙攣性の症状と解した。
15. そこには司祭ブルックと、華やかな上着のヨークがいた。
ヘンリー王から、百万もの金を奪った者たちである。
マーティン・ペリアン、メイジャー、そしてトマス・ド・ラ・ヘイもいた。
彼らは、王を大いに富ませるのだと言い、
その耳にささやき、この話を聞かせた。
「陛下のために、生命のエリクシルを作りましょう。
『王の作業』と呼ばれる、王侯にふさわしい仕事です。」
16. それから彼らは、モールデンの教区牧師を連れて来た。
あのもっとも王者らしい秘密、「緑の獅子」を携えて。
リチャード・レコードと、小柄なイーデン先生も、
腐食剤で金属を焼成し、腐食させようとした。
ヒュー・オールドキャッスルとロバート・グリーン師も、彼らに加わった。
何もかも、その本性に反して焼き、煮沸し、
結局は「愚学者」らしく、損をしてやめた。
17. それでも彼らは、見た目に美しいものを作り出し、
こうして日々、王を欺き続けた。
赤のためには黄化した銅を、白のためには白化した銅を用い、
たいそう鮮やかなガラス器の中では、水銀を赤化した。
だが最後には、それらは火の中で消え去った。
すべては彼らが、高さ、広がり、深さの、
真実を知らなかったからである。
18. そこから父なる時は、私を荒野へ連れて行った。
幾多の脇道がある、茂みの中へ。
そこには、大小さまざまな足跡が見えた。
先ほどの者たちが、さまよい歩いた跡であった。
そこに私は、マルカサイトや鉱物、数多くの石を見た。
イリディス、滑石、明礬などが、地中から掘り出されていた。
彼らの発見した、鉛や鉄の鉱山もあった。
19. 彼らが大切にされたのも、なるほど不思議ではない。
それほど大きな富を、王に授けられるというのだから。
宝庫を満たすための、実にさまざまな方法を持ち、
汚れた材料で、巨額の費用を生じさせる。
君主を乞食にする、いちばんの近道だ。
高貴な王国と公共の繁栄を、衰えさせる。
彼らはまったく逆の意味で、「王の哲学者」なのである。
注 正誤表は印刷309頁1行TheseをThereと訂正。原文は印刷のTheseを保持し、訳はThereに従う。Million of Goldは通貨単位を特定せず「百万もの金」とした。人名・人物への非難は原著の叙述。FoolosophersはPhilosophersとfoolsの合成語。Iridisはここでは歴史的な物質名のまま音写し、現代の元素イリジウムに同定しない。
20. そこから私は、時に案内されて進んだ。
鳥の澄んだ歌声が響く、緑の森を抜け、
心地よく、広々とした野に着いた。
そこを「哲学の陣営」と呼ぶのだと、彼は言った。
私たちは腰を下ろし、さまざまな鳥が、
甘美な節で歌う、快い調べに耳を傾け、
咲き出る花々の香りを味わった。
21. ここにはユーノーが、パラスが、アポローンが住む。
ここを、真の哲学者たちは住まいとする。
ここでは九柱のムーサたちが、いつもピュレーネーの泉を飲む。
自慢ばかりの煮焼き屋が、この術を汚すことはない。
ここに、貴婦人・哲学の王宮がある。
最高の会議の場で、宮廷を開き、
記憶に名高い評議者たちとともに、坐している。
22. そこで、一人の者が私に話しかけた。年老いた男であった。
石の質料を明らかに説明し、
私に助言するため、ここへ遣わされたのだと言った。
そして、自分の信仰の仲間に、私を選ぶのだと。
彼は金銀糸の織物を身にまとい、
その縁には、みずみずしく鮮やかな色の真珠が巡っていた。
彼は話を続け、さらにこう言った。
23. 「ここでは、自然の隠された秘密を、すべて知っている。
ここでは、万物から、すべての元素が取り出される。
ここでは、火と空気と水が、土の中で結ばれる。
ここでは、私たちの秘密の作業が、すべて真に成就する。
ここでお前は、自分の仕事に、勇敢に取り組むことを学ばねばならない。
昼も夜も、熱心に作業の世話をし、
変わらぬ忍耐を持って、決して倦んではならない。」
24. 澄んで流れる川のそばで、坐って話しているとき、
私は目を横へ向け、そこに見た。
木陰の亭に坐る、このうえなく優れた貴婦人を。
彼女は、純金の衣をまとい、
あらゆるところに、多くの真珠と宝石が飾られていた。
そこで私は父なる時に、あの方は誰なのかと尋ねた。
「もっとも美しい貴婦人、哲学である」と、彼は答えた。
注 Pyrenes Wellは印刷どおり。神話の泉の名として訳し、別の綴りに訂正しない。broylerは偽錬金術師を揶揄する「煮焼き屋」。
25. すると私は、燃え立つ勇気に動かされ、
その姿を見た場所へ、近づきたいと思った。
歩こうと立ち上がると、ほかの者が先に立ち、
木陰の亭に向かって、私はまっすぐ進んだ。
そこで三人とも、できるかぎりへりくだり、
謙虚に身をかがめて、彼女に礼をした。
深く感嘆し、その幸福をたたえながら。
26. 彼女は、優しく慈しみ深い姿を見せた。
その身振りと表情は、私たちの来訪を喜んでいた。
完全な知恵と知識を愛する貴婦人として、
帝王の座から、身をかがめてくださった。
その美しい詩、その美貌は、並ぶものがなかった。
その語りは、黄金のような格言で飾られ、
名高いトゥッリウスの雄弁を、はるかに超えていた。
27. そこで父なる時は、その貴婦人に言った。
「殿下、この貧しい者の話をお聞きになり、
このうえなく恵み深いお力で、お助けくださいますように。」
すると彼女は、彼と私に、近くへ来るよう命じた。
「わが子よ、元気を出しなさい」と、貴婦人は言った。
「大きな者も小さな者もいる中に、お前を迎え、
私の主要な学徒の一人としよう。」
28. それから彼女は、私をライムンドゥス・ルルスに託し、
無知な私を教えるようにと命じた。
その秘密へ、十分に導き入れ、
その奥まった庭への、案内役となるようにと。
父なるライムンドゥスは、まず、
このうえなく美しく造られた塔へ、私を連れて行った。
そしてすぐに、見事に植栽された彼女の庭へと導いた。
29. 美しい木々の中に、とりわけ一本、
青々として心地よい木が、目に入った。
そこには「哲学の木」という名が、刻まれていた。
それを見ることは、私に大きな喜びを与えた。
そこで私は、哲学に誠実を誓った。
その威厳にお仕えし、大いなる労苦をいとわず、
ライムンドゥスとともに、その木の実を得ることを。
注 Tullieはキケロ(Marcus Tullius Cicero)。Poemsは印刷に従い「詩」と訳した。
30. それからライムンドゥスは、その木から出る十五の芽と、
さらに十五の実を、私に示した。
この木から、私たちの意味するものが生じる。
すべての哲学者が、得ようと望むもの。
祝福された石、数にして一つ、それ以上ではないものが。
このうえなく価値の高い、私たちの大いなるエリクシル。
私たちのアゾート、バシリスク、アドロプ、そしてコカトリスが。
31. 「これこそ私たちのアンチモニー、私たちの赤鉛である。
真昼のポイボスのように、栄光をもって輝く。
これこそ私たちの栄光の冠、頭に戴く王冠である。
そのまばゆい光線は、決して衰えない。
この宝を得た者は、決して衰退しない。
それは、かくも豊かで優れた宝石なので、
その一粒が、永久に存続し続ける。
32. さて、お前をここに残し、私たちの秘密を得させよう。
心して、熱心に私の助言に従いなさい。
炭を吹く必要も、せわしい仕事も、苦労もない。
ここで、楽に過ごせばよい。
真実を語る、古い時代の著者たちを信じなさい。
彼らは、それを成し遂げる方法を教えてくれる。
だから、あまりに多くを求めることを戒め、一つのものに留まりなさい。
33. その一つのものとは、緑の獅子にほかならない。
ある愚か者たちは、それをローマ礬だと考える。
しかしそれは、哲学者たちのいうものではない。
どんな腐食剤も、私たちとは関わりがないからだ。
だから理解するがよい。さもなければ、手を控えよ。
この難しい学知で、誤った作業をしないために。
私は真実を教えよう。さあ、それが何か、よく注意しなさい。
34. 私たちの獅子は、実際には、色が緑なのではない。
常に芽吹き、青々と生き続けるものだ。
もっとも苦しい死の中でも、生き生きとしている。
燃える火の中でも、いつも芽生えている。
だからある人々は、火によって生きるサラマンダーと、
それを呼ぶ。別の者は、また別の名で呼ぶ。
『金属の溶媒』と。それでも、つねに同じものなのだ。」
注 正誤表は印刷312頁34行のnaをanと訂正。source_textはnaを残し、訳はan other name(別の名)に従う。Basaliskeは印刷形を保持し、バシリスクの異綴りと解した。Azot/Adropなどは寓意的名称として音写。
35. ある者は、それを豊かにあふれる実体とも呼ぶ。
ある者は、金属的本質の水銀と呼び、
ある者は、その身体から取り出された「荒野の泥」と呼ぶ。
ある者は、北から激しく飛ぶ鷲と呼び、
ある者は、その大きな激しさゆえに、蝦蟇と呼ぶ。
だが、その本性に即して名づける者は、ほとんど、あるいはまったくいない。
それは秘められた精髄である。よく心に留めなさい。
36. これは目に見えず、見えないままに留まる。
暗いカオスから、強いて取り出されるまでは。
そこで、つねに分かたれぬまま留まっているが、
その中には、私たちの作業の基礎がある。
それは、私たちの鉛の中にある。よく注意しなさい。
そこからそれを追い出せ。同じように、ほかのすべてからも。
お前が私の兄弟だったとしても、これ以上うまくは教えられない。
37. 私がこの「暗いカオス」と呼ぶのは、金属である。
なぜなら、それは牢獄の中にいるように、その内に留まるからだ。
金属は、自然の秘密を捕えている。
私たちは、ある方法によって、慎重にそれを取りほどく。
その作業を、いっそう容易に始めるために、
頭を上げて、天を見なさい。
七つの惑星を正しく知ることを、私が教えよう。
注 Limus desertiはラテン語で「荒野の泥」。restestは印刷形を保持。
本書の第二部
サトゥルヌスは、あらゆる点で、この術ともっとも深く関わる。
そこから私たちは、このうえなく優れた精髄を取り出す。
彼は、私たちの大いなる作業に、自ら結びつく。
性質において一体となり、また力と効力において、
等しい勢力を与えられる。熱心に取り組もうとする者は、
私たちが天上的な宝を求めていることを、知るだろう。
いつまでも存続する、貴い宝石を求めていることを。
注 惑星名は対応する金属も含意する。Saturne(土星)は鉛。第二部の冒頭詩節には印刷上の「1.」がない。
2. 穏やかなユピテルは、青空の色をまとい、
正義によって吟味する者として、真の裁きを示す。
いつも、新鮮に、その色を変え、
隠れた本性において、この術に適している。
哲学の役に立ち、従順でもあり、
自らの同類に従って、ルナリアと結ばれると、
この術のすべてを備え、何一つ欠かさない。
3. マルスは、都市でも町でも、戦を司り、
戦場では獰猛で、争いと闘争に満ちる。
高貴な戦士であり、その武名は高く、
火と剣によって、自分の命を守る。
あらゆる霊と身体を、血に染め、刃物で殺す。
その術は、かくも大胆なのである。
ほかのすべての者の心を、金によって、自分に引きつける。
4. 太陽は、このうえなく栄光に満ち、強大な力で輝き、
七つの美しい惑星のうち、ほかのすべてに優り、
等しく、すべてにその光を注ぐ。
栄光ある光線と、きらめく輝きによって、
大地と、天の穹窿を照らす。
それを溶解し、その精髄を取り出せる者は、
ほかのすべての惑星に、影響力を与えるだろう。
5. 愛の美しい女神、貴婦人ウェヌスは、
息子クピドとともに、この術に属する。
太陽への愛に身を向けるとき、
愛の矢で、その心臓を射る。
その種子と結ばれ、その実体の一部を受け取る。
自らの腐敗した本性を新たにするとき、
彼女は、見事な織物を身にまとう。
6. これを見て、メルクリウスは逃げ出そうとする。
魔法の杖も、ほとんど効き目がない。
たびたび捕虜となっても、自らを蘇らせる。
竜の尾によって、罠に捕えられるまでは。
すると彼は、堅い鎖帷子をまとい、
太陽と月とともに、接合される。
こうして彼は制せられ、その魔法も終わる。
注 惑星・神々と金属の対応を含む寓意。Jupiterは木星/錫、Marsは火星/鉄、Sunは太陽/金、Venusは金星/銅、Mercuryは水星/水銀。原文の固有名を訳で保った。
月は、小なるルナリアと呼ばれ、
ポイボスの妻として、夜に輝く。
ルナリアという草を通じ、ほかの者に、その衣を与え、
北から南まで、たいそう明るく照らす。
探そうとすると、目から姿を隠す。
しかし優しく願えば、ついには手に入る。
アゾートと火によって、お前は作業のすべてを得る。
8. ただし、この七惑星から、まだ大いなる作業は得られない。
私たちだけが知る、曖昧に包まれた意味によらないかぎりは。
まず彼らを地獄へ、次に天へ連れて行きなさい。
そのとき、お前は、生と死の間を吟味しなければならない。
だから、こう作業するよう、私は勧める。
彼らを溶解し、分離し、昇華し、固定し、凝固させなさい。
そうすれば、すべてを得る。だから、教えたとおりにしなさい。
9. 腐食剤によって溶解したり、増殖術者がするように、
猛烈な火で分離したりしてはならない。
ガラス器の上端へ、昇華させてもならない。
哲学者たちは、そのような、道理に外れた方法を拒む。
彼らの言葉に従い、賢く読み調べなさい。
そうすれば、このすばらしい学知において、
愚かにも自らを欺くことはない。さらば。こうして私は結ぶ。
注 冒頭は前頁のキャッチワードでは「7. The」と予告される詩節だが、本文頁頭には7の印字が見えないため補わない。Mooneは月/銀の寓意。
ここに理論篇が始まる
今、私たちは、神の恩寵によって、
カオスについて、少しの言葉で書こうと思う。
闇から、光を輝き出させるために。
これから述べるように、それは長く隠されてきた。
知られていない、あらゆるものの中で、
目に見えない秘密を探し出すことが、必要である。
私たちの作業の材料である、感覚では捉えられない実体を。
2. わが主なる神から私に託された、
長く隠されてきた秘密を、閉じ込めていると、
見なされないために。だから、カオスについて明らかに語り、
その責めを免れることを、私は目指す。
危険な重荷は、容易には下ろせないからだ。
それゆえ信仰をもって、私は努めよう。
神の前で、永久に、この務めを軽やかに果たすように。
3. だから、主よ、敬虔に、私はあなたを呼び求めます。
カオスを説明するための、恩寵をお授けください。
あなたは、すべての秘密を開くお方だからです。
いつも、あなたの謙虚な僕たちの願いを、
聞く用意をしていてくださるお方です。
私は心からへりくだって、おすがりします。今、その恩寵をお授けください。
あなたの秘密を、しかるべき順序、時、場所において書くために。
4. カオスとは、疑いなく、ほかならぬ、
オウィディウスが『変身物語』に記すように、
ある粗雑な実体、そして未整理の塊をいう。
さまざまな本性を、その内部に宿している。
反対のものを用いれば、それらを解き分けられる。
哲学者の術によって、その技を知る者ならば、
カオスから、四元素を取り出せるのである。
5. このカオスは、あらゆるものと同じく、三つの次元を持つ。
それをよく考慮すれば、結果が後に続く。
それは、高さ、広がり、深さであり、
この三つによって、すべての水が導かれる。
これらの次元を顧みない者は、
カオスを、その本性に従って分けることができず、
労苦の後、最後に欺きを見いだすことになる。
6. 私たちにとってカオスとは、白と赤の葡萄の木である。
カオスとは、それぞれの種類に属する、獣、魚、鳥である。
カオスとは、錫と鉛の鉱石、鉱脈であり、
私たちが見つけ出す、金と銀のそれであり、
鉄と銅である。これらのものは、私たちを縛り、
視線と知力を、そのもとに繋ぎ留める。
私たちにはわからない秘密が、その内に隠されている。
注 indigestaq; molesはラテン語で「そして未整理の塊」。q;はqueの省略。Metamorphosinは印刷形。
7. この霧深いカオスから、熟達した哲学者たちは、
精髄と呼ばれる実体を取り出す。
術によって、巧みに四元素を分けながら。
大いなる知恵、研究、勤勉をもって。
この高い秘密は、神聖な影響力を持つ。
それは超自然的で、愚か者たちには不可能と思われる、
不燃性と呼ばれる油、あるいは、それに似たものである。
8. この大いなる作業を、お前に明らかに示すため、
以下に、その形を描き出して、説明しよう。
ここに、哲学者の木を提示し、
その中に、術のすべてをなぞらえよう。
この美しい木には、十六の実がある。
胃で消化するには、金よりも貴いものだ。
そこへ手を伸ばし、最良のものを取りなさい。
9. そして、この術について書く私や、
ほかの者たちに、責任が帰せられないように、
私は、木の真の姿を、お前の前に示す。
その中で、順序立てて、この術を語ろう。
正しく作業できるよう、私の意味を理解しなさい。
カオスとは、私たちが作業を始めるすべてのものだと、
私が言ったことを考えなさい。それが、真の作業の道である。
10. お前のカオスが、動物的、植物的、鉱物的であるとしよう。
そのものに応じて作業するよう、理性に導かせなさい。
本性から外れて作業すれば、すべてを失う。
自然は、自然とともに喜び、真の戯れをなすからだ。
動物的なものは、その同類とともに作業し、過ちを避けよ。
植物的なものも、鉱物的なものも、しかるべき順序に従って。
そうすれば、真の哲学者と見なされるだろう。
11. それが実際に何であるか、見いだしたとき、
その形がどうあるべきかを、理性によって知るだろう。
賢くそれを調べ、そこから種子を取り出しなさい。
すると、表面に見える、お前の「高さ」が現れる。
信じなさい。「広がり」も、やがて現れる。
元素を、それぞれに分けたとき、
その間の下方には、「深さ」が隠れている。
注 正誤表は印刷317頁16行nothersをothersと訂正。source_textはnothersを残し、訳はothersに従う。第二の樹の実はここではSixteene(十六)とされ、前段の十五の芽・十五の実と統一しない。
12. ここにあるのは、第一質料、混沌たる物体である。
だが、まだ哲学者たちの論じる質料ではない。
それでも、この一つのものは、もう一つを、全体として含む。
形相、質料、身体が、一緒に結びついているからだ。
まず、溶媒となる水で、それらを腐食させねばならない。
身体がまず、細かく焼成され、
その後、溶解され、純粋に取り出されるように。
13. するとそれは、哲学者たちの真の水銀となる。
大いなる作業に適し、必要で、役に立つものとなる。
このことについて、これ以上、多くを述べる必要はない。
もっとも尊ぶべき秘密は、すべてここにあるからだ。
それは、増殖しうる第一質料と呼ばれ、
術によって、豊かに増やされねばならない。
そうして初めて、金属が生じた、あの質料となる。
14. 成功しようと思うなら、
普通の硫黄ではなく、自然の硫黄を、金属から作らねばならない。
それは金属の一つ一つを、自らの類へと変え、
そのティンクトゥーラを、それらの内へ広く行き渡らせる。
必要に応じて、普通の水銀を固定し、
真のティンクトゥーラを受け取れるものにする。
教えたとおりに作業せよ。そうすれば、それはお前を欺かない。
15. 次に、太陽と月から、不燃性の油を作りなさい。
植物的水銀、あるいはルナリアを用いて。
それによって蝋化し、お前の硫黄を融けやすくして、
火に耐えるようにしなさい。また、お前の水銀も、
固定され、流れるようにせよ。そうすれば、正しく作業したことになる。
こうして、目的にかなう作業を成し遂げ、
すべての石よりも貴い、一つの石を得たことになる。
16. いま、それを完全な煮熟によって、固定しなさい。
激しい熱ではなく、穏やかな熱を用いて。
硬化やガラス化を恐れて、
すべてを失い、労苦を無駄にしないように。
八日八夜で、この石は十分となる。
このうえなく価値の高い、大いなるエリクシル、
ライムンドゥスが自分のバシリスク、コカトリスと呼んだものである。
注 Materia Prima=第一質料、Corpus confusum=混沌たる物体、Forma=形相、Materia=質料、Corpus=身体。Inserateはincerate(蝋化する)に相当する印刷形。Tinctureは金属を変成させるティンクトゥーラ。
17. このすぐれた作業に、大きな費用は必要ない。
多くのガラス器や壺を使って、割る必要もない。
必要なのは、ガラス器一つ、炉一つ、それ以上ではない。
それ以上を無駄にする者は、ただ知恵が乏しい。
すべては、嘴のある蒸留器で蒸留される。
蒸留の工程については、そのようにする。
溶解については、同じ器に、出口のない頭部をつける。
18. この中で、お前の水銀は、真の本性を得る。
この中で、増殖へと導かれる。
この中で、その硫黄を作る。よく心に留めよ。
その中に、ティンクトゥーラと蝋化を備える。
この中で、石は、完全な創造へと導かれる。
一つのガラス器、一つのもの、一つの火、それ以上なしに、
この作業は完成する。神に栄光を帰しなさい。
注 Da gloriam Deoはラテン語。「神に栄光を帰せ」。blinde headは出口のない閉じた蒸留器頭部。
ここに実践篇が始まる
私たちは、理論を十分に説明した。
神秘的な言葉によって、説明を行った。
今度は、実践を明らかに進めてゆこう。
質料について、詳しく説き明かすために。
だから、私の語ることに、よく注意してほしい。
真の弟子として、私の教えに耳を傾けなさい。
私の遺言、最後の意志を、お前たちに託す。
2. だから、聖く、節度があり、誠実で、謙虚でありなさい。
神と隣人を愛し、貧しい者につらく当たってはならない。
サタンに打ち勝ち、神の栄光を求めるよう心がけよ。
わが子よ、友として、すべての者に優しくしなさい。
父のない子と、寡婦を、いつも心に留め、
罪のない者を兄弟として愛し、邪悪な者を避けよ。
偽りとへつらいを捨てよ。それを悔いることのないように。
注 Flasehoodは印刷の綴りを保持。
3. 敬虔に神に仕え、日ごと、その恩寵を求めよ。
悔い改めた清い心で、霊において神を礼拝せよ。
いかなる仕方でも、サタンに、お前の祈りを損なわせてはならない。
信仰を堅く守り、もっとも確かな信頼を持つがよい。
いつまでも存続する宝を、天に蓄えなさい。
あらゆる逆境において、敵に対しても、
心の内では優しくあれ。そうすれば、彼を立ち返らせるだろう。
4. だから主よ、心の底から、私はあなたを呼び求め、
天の恩寵によって助けてくださるよう、お願い申し上げます。
愛をもって、あなたの霊を、私の上に降らせてください。
私を覆い、いつも過ちを犯さぬように。
わが主、わが神よ、あなたの憐れみによって、
あなたの秘密を十分に知ることができるよう、お許しください。
あなたの真実を目指して、私はこの実践を始めます。
5. わが子よ、よく聞き、耳を傾けなさい。
この賢明で真実な実践を、喜んで学びなさい。
私の言葉に注意し、この教えを、よく心に留めよ。
以下の規則を、述べられるとおりに行いなさい。
いったんこの仕事を始めたなら、続けなければならない。
うんざりする怠惰や、怠け心からの疲れに負けずに。
そうすれば、それによって、大きな富を得るだろう。
6. 神の名において、この秘密を得るために、
完全な一致をもって、一つの身体に結びなさい。
まず、赤い男と、白い女、この二つを。
男の実体を一、女の実体を三とし、
液化によって、一緒に結ばれねばならない。
こうして男と妻の間に作られる結合は、
ディプタティヴと呼ばれる。
7. そして、一つの身体となった後、
竜の鋭い歯によって、細かく、
それらを塵にしなさい。次に必要なのは、
その塵の、真の割合である。
正しい天秤で、公平に量り、
その三倍の、火の竜を加え、
すべてを混ぜ合わせれば、よく行ったことになる。
注 noreは印刷形を保持し、noteに相当すると解した。Diptativeはこの結合を呼ぶ本文の技術語として音写し、語源を確定しない。
8. こうして割合を合わせた、お前の実体を、
底が広く丸い、ガラスの寝床に置きなさい。
しかるべき時に、そこで死に、再生し、
新しい本性へ至るために。三つの本性が、一つに結ばれる。
そのときは、それを見いだしたことを喜びなさい。
これこそ、お前のもっとも大きな助けとなる宝石であり、
栄光の冠、お前の頭に戴く王冠なのだから。
9. 述べたように、質料を混ぜ合わせたなら、
竜が逃げ出さぬよう、ガラス器をしっかり塞ぎなさい。
竜はきわめて精妙なので、不自然な火で、
圧迫されるなら、確かに言っておくが、
逃げ出そうと、あらゆるところを探るだろう。
だから穏やかな火を用い、それを内に留めるよう心がけよ。
そうすれば、それから大いなる作業のすべてを得る。
10. この大いなる作業を、しかるべく成し遂げるため、
ガラス器と質料を、お前のアタノールに置きなさい。
私たちが「哲学者の堆肥の山」と呼ぶ炉である。
いつも、適度な熱で、作業を続けよ。
昼も夜も、絶えず、燃料を用意しておきなさい。
泥炭、おがくず、または乾かして刻んだスゲを。
その熱が、卵を抱く雌鶏の熱に等しくなるように。
11. その熱を絶やさぬよう、つねに心がけなさい。
四十日間、それらの完全な結合が、
内に作られるために。まず、黒く変わる。
この色は、正しい腐敗を示す。
これは、新たな誕生へ向かう、お前たちの幼子の、
完全な受胎の始まりである。
私たちを慰める、このうえなく貴い宝石の。
12. さらに四十日で、質料は白く変わり、
真珠のように澄む。これは、
その雲の暗い夜が、取り除かれたことの表れである。
私たちの幼子が、完全な身体を整えたことを示す。
創造された、このうえなく澄んだ、白いエリクシルを。
白から、必ず、あらゆる色へ変わる。
虹や、孔雀の尾のように。
注 Athenorはathanor(持続加熱炉)の綴り。seggesはsedges(スゲ)。本文の歴史的作業指示を翻訳しており、現代の実験手順として補強・同定しない。
13. そのように、火を引き続き強めてゆきなさい。
質料の下で、穏やかに燃料を与えなければならない。
これらの色が消えるまで、賢く火を用いよ。
ほどなく、赤の使者である黄色が現れるからだ。
それが来たなら、お前はよく成し遂げ、
貴い石を生み出したのである。
ライムンドゥスが、自らのバシリスク、コカトリスと呼ぶ石を。
14. それから四十日、完全な固定を得るために、
もっとも穏やかな熱のもとに置きなさい。
その間は、発酵を控えなさい。
後にそれを増やせるようにし、損なわないためである。
火と水に注意せよ。それらは、それを窒息させるからだ。
この調製物を、百に対して一の割合で取り、
未精製の水銀に、投射を行いなさい。
15. 私がいうのは、正しい第一、第二の発酵の後、
お前の石の一が、その百倍の、
未精製の水銀に働けば、それを純金へ変えるということだ。
同じように純粋で、良質で、重さも天然のものと等しくなる。
石は、その浸透において、かくも強力であり、
金細工師の鑞のように、固定され、融けやすい。
言ったとおりに作業せよ。そうすれば、誤ることはない。
16. さあ、祝福された三位一体に、感謝をささげなさい。
この貴い石の恩恵のために。
その恩寵によって、お前をこれほど照らし、
三つにして一つである神を、知ることができるようにした。
その天の御座に向かって、両手を上げなさい。
その威厳に、ホサナと歌おう。
いと高き神に、誉れと栄光がありますように。
注 末行Altissimo Deo sit honor & gloriaはラテン語の頌栄。spare thy Fermentationは文脈上「この固定中は発酵を控える」と解したが、spareには取っておく意もあり、後の増殖用に保持する含みを排除しない。
結び
私たちの大いなる作業は、三であり、二であり、一である。
動物的、植物的、鉱物的な石である。
まず、聖なる三位一体の名において言おう。
三つの位格を、一つに結ぶよう心がけなさい。
固定したもの、変化するもの、逃げ去るものを。
それらが共に、死を味わい、生きるまで。
最初のものは、獰猛な竜である。
ほかの二つを、ともに殺し、打ち倒すだろう。
太陽と月は、その光を失い、
喪の黒衣を、身にまとうだろう。
六十日の間、あるいは、その前後の期間。
すると、まずポイボスが現れ出て、
天空のすべてに、不思議な色を示す。
そのとき、私たちの喜びは近づき、すぐ手もとにある。
やがて、輝くポイボスが、その半球において、
私たちに、栄光に満ちて姿を現す。
このように、賢く作業できる者は、
私たちの大いなる作業を成し遂げるだろう。
注 この頁は印字のかすれが多い。Vegitable、First、Variable、Till、first is、Dragon、That shall the other、mourning、dightなどの一部の薄い字画は、可視の残画と文脈から補読した。Vegitableの中間母音は画像では確定しにくく、Vegetableの可能性もある。ここでは六十日と記すが、直前の実践篇の四十日+四十日などとは統一しない。
終わり
エドワード・ケリーの作
サー・エドワード・ケリーの作
哲学者になりたいと願い、昼も夜も
ゲベルの台所で焙り仕事をしている、あなたがたすべてよ。
古いヘルメスの木の木片を浪費し、
それを貴重な油に変えようと思っている者たちよ。
働けば働くほど、ますます失い、駄目にしてしまう。
どれほど学識があろうとも、私はあなたがたに言う。
さあ、本を焼き捨て、私のところへ来て学べ。
私が一冊読む間に、あなたがたが十冊読んでも、
それでは十分ではない。こう言われるのを聞いたからだ。
最も偉大な学者が、最も賢い人とはかぎらない。
かつて獅子が、ちっぽけな鼠に従ったこともある。
だから、私の善意をもって満足してほしい。
キケロの半分ほども甘美な文章を書けないとしても、
私がルルスの足跡をたどっていることは、わかるだろう。
自分の欲望と自惚れが、空しい希望を保証すると
考えていると、あなたがたは気分がよいのだ。
費用を惜しまず、火にくべる石炭にも事欠かない。
ヘリオトロープの力を知っており、
自分は教皇よりも、はるかに豊かだと思っている。
高い所であれ低い所であれ、存在するものなら何であろうと、
その第一質料を、自分は知っていると。
生命のエリクシルも、貴重な石も、
林檎の作り方と同じくらい、よく知っているつもりだ。
実際の作業となれば、自分たちに任せておけと言う。
黒、褐色、栗毛色、斑色という色の変化も知っている。
一度でも異を唱えると、すぐに口論を始め、
悪態をついて、「こいつは何者だ」と言う。
それでも仕事を続け、いつも誤った仕事をするのである。
注 Tully はキケロ、Lully はライムンドゥス・ルルス。Elitrope は heliotrope の異綴りと解したが、植物か石かはここでは断定しない。Materia prima は第一質料。林檎の作り方という句は、読者の自負を風刺する文脈のまま訳した。
いや、友よ、その神聖な技を得させるのは、
大言壮語でも、激しい誓いでもない。
それは剣によってではなく、恩寵によって得られる。
多読によるのでも、長く座り続けることによるのでもなく、
愚かな思い込みや、思いどおりに作業することによるのでもない。
言ったとおり、恩寵によって得られるのである。
だから恩寵を求め、愚かさを抑えよ。
確かに言うが、マグネシアを、その本性において
生み出すものは、高価なものではない。
しかし彼女自身は、らい病によって清められ、
まず盲目にされることで、その目はもっと澄む。
大地の固い結びつきを、いったん解ける者は、
最も純粋な金の妻、甘美なマグネシアについて、
私が真実を語ったと、すぐに知るであろう。
さて、男と妻によって意味されるのは、こういうことである。
作用するものと、作用を受けるもの。だが二つではなく、一つである。
まさにアダムの妻エヴァが、
彼の肉の肉、彼の骨の骨であったように。
われわれの貴重な石の一体性も、そのようなものである。
アダムが、妻が作られるまで眠っていたように、
われわれの石もそうである。それ以上は言えない。
これによって、どのようにそうなったかがわかる。
まず男が存在し、それから女が彼より生じた。
こうして、ここではアダムが最初で、第一のものであり、
なお完全な肢体を持つ男であり続けた。
そして男と妻は、みごとに一つに結ばれた。
すぐに互いに愛を向け合い、
神の祝福を受けたとき、自分たちの種を増やした。
同じく、男であるわれわれの石も、
妻が完全に作られるときまで眠る、と言われる。
そのとき彼は目覚め、大きな代価を払って得た
新たな配偶者を、喜んで抱き留める。
そして彼らがそのような完成に達したなら、
かくも美しい花嫁の美を喜べ。
その価値は、それ以外の世界の半分をも上回る。
注 Magnesia は錬金術の象徴的物質名で、現代の酸化マグネシウムを指すと断定しない。leprosie や盲目の表現は物質変成の寓意として原文に現れる歴史的比喩。
あなたがたにはまだ、男や妻が本当に何を意味するか、
ほとんど理解できていないのではないかと思う。
それでも、あなたがたが自分にこう思い込ませているのは知っている。
それは疑いなく、硫黄と水銀なのだ、と。
確かにそうだが、普通のそれらでは決してない。
本質的な水銀こそ、本当の妻であり、
わが子を生かすために、自らを殺すのである。
まず何よりも先に、彼女は男を受け入れ、
完全な愛によって、すぐに身籠もる。
それから、できるかぎりの力を尽くして、
愛に背くかのように、彼の生命を奪おうとする。
それを成し遂げると、その後は決してやめず、
愛深い妻らしく、自然にかなって働き続け、
ついに彼を再び生へと連れ戻す。
すると彼も、彼女の厚意に報いるため、
その頭に栄光の冠を載せ、
彼女を讃える詩を作る。
その詩は、あらゆる詩人に物語を書かせるほどである。
そのとき彼女は、彼を殺したことを後悔しない。
彼は愛する妻の力によって、
ただ生きるだけでなく、生命をも与えるからである。
だがここで、どのようにして彼が妾を妻にするのか、
あなたがたに、正しく理解してもらいたい。
それを知らないのなら、愚者にはまったく
近づけないこの仕事に、手を出してはならない。
そして、争いのある所に和解をもたらすようにせよ。
それから男を薄織りの肌着一枚になるまで脱がせ、
彼女からは下着を脱がせて、子を生ませよ。
本当のことを言えば、彼には妻の不足はない。
陸にも海にも、水、空気、火の中にもいる。
彼女たちが死ななければ、その生命を重んじず、
彼女たちが生きなければ、最大の望みを欠く。
彼は彼女たちを、最も正しい染め師の徒弟とする。
そしてすべての悲しみに耐え終えたとき、
彼女たちは、初めは隠されていた喜びを見いだすのである。
注 男女の交わり・死と再生・出産は物質変成の寓意。Mercury essentiall を本質的な水銀とし、普通の金属水銀とは原文どおり区別する。pere fct に相当する活字順の誤りを原文欄では perefct と保持。Tishue は組版の揺れがあるが tissue の意と解した。waieth は weighs(重んじる)の古綴りと解した。
そのとき、彼女たちは甘美な増殖の喜びを見いだし、
見るも美しい子らを産む。
その子らには、囚われた者を解き放ち、
最も暗い物体にも真の光を与える力がある。
天上のティンクトゥラは、それほど大きな力を持つ。
ああ、このような宝に出会えた者について、
その喜びは計り知れぬと、誰もが思うであろう。
さて、次の問いによって、彼の真の妻が誰なのか、
あなたがたが答えられるか、すぐにわかるだろう。
彼女は足が速いか。顔は美しいか、そうでないか。
書物で読むように、飛び去るものか、それとも固定したものか。
彼女は養われるのか、それとも養うのか。
何を喜びとし、どこに住むのか。
天の者か、地の者か、それとも異国の者なのか。
さて彼女は貧しいか。それとも何か財産があるのか。
装いは華やかか、それとも衣服は質素か。
病気か、それとも健康そのものなのか。
生まれつき穏やかか、それとも喧嘩好きか。
大食らいか。それとも酒樽を愛するのか。
これらのどれか一つを彼女だと言うなら、
あなたは彼の妻を知らず、見たこともない。
彼女は実際、これらのうちのどれ一つでもないことを、
私はよい理由によって証明しよう。
あなたには、この問いは珍しいものであろう。
それでも彼女は、これらすべての一部分ずつではなければならない。
すると、一部分は全体ではないとわかるだろう。
だから私のいう真の妻は、
これらすべての相反するものの間にある、中間なのである。
粉と水が互いに混ざり合うと、
もはや粉でも水でもなく、生地となるように。
それを焼けば、生地でも水でもなくなり、
もう一方が他方から離れることもない。
その間の中間が妻なのである。われわれの妻も、まさにそうだ。
この隠れた一点に、われわれの秘密はある。
これで十分だ。賢者には、わずかな言葉で足りる。
注 Flying と fixed は揮発するものと固定されたものという錬金術上の対立を、妻の性質として問う。Dow は dough(練った生地)。geason は稀な、珍しいの古語。
さて、この比喩によって、よく注意するなら、
私はここに、大きな秘密を明かしている。
水銀を水と呼び、硫黄を粉と考えよ。
どんな粉を言っているのか、賢者にはわかるだろう。
技によってそれらを焼き、共に住まわせよ。
作業するときには、あまり急いではならない。
練った生地のままでは、彼女はまだ妻ではないからだ。
この教訓を学んだなら、いま少し、私に戯れを許してほしい。
そうすれば、また別の教えをいっそうよく示せるだろう。
私の心は、すっかり逆の方向へ向いている。
私は甘美な秘密の思いを、押し殺したくない。
知ってのとおり、母を母にするのは子である。
だから、われわれには子がなくてはならず、
そうでなければ、母であることを奪われる。
私が驚くべきことを話し、母が子であると同時に
母でもあると証明したなら、あなたがたは何と言うだろう。
ある人々がよくするように、ふざけて
あなたがたを一杯食わせようとしていると思わないか。
母が自分の赤子の靴を履くことなど、ありえるのか。
確かに、われわれの哲学ではありえる。
すぐあとで、理性によって証明するように。
リプリーは、真の結合を忍耐して待つことを、
つまらぬこととして軽んじるな、と教える。
彼によれば、われわれの子は空気の中で生まれ、
そこで聖なる塗油を受ける。
また、それとともに、天の務めも受ける。
死後、再び生命へと蘇るからである。
このすべての中のすべては、夫であり、子であり、妻でもある。
すべてが土である間は、受胎と呼ばれる。
腐敗は、産褥の時である。
術者たちが断言するとおり、完全な結合は、
あらゆる喜びの始まる、女の出産である。
これを知らぬ者の知恵は、まことに乏しい。
彼女が強くなり、美しく明るく輝くとき、
見るも最も美しい妻と呼ばれるのである。
注 第5連第4行末は底本の裁断・薄れにより beg 以後が不明瞭。意味と脚韻 in/thin に基づき beg[in] と補った。learne はここでは教えるの古義に取った。cam は逆に・斜めにの古語。
見よ、こうして、あなたがたが欺かれていないことがわかる。
注意して見れば、私は理性によって証明した。
母と子とが、いかに一つであるかを。
受胎、養育、出産、そのあらゆる時期を、
私は少しも裏切ることなく、
偽りの曖昧な言葉も用いず、あなたがたに明かした。
そして実際に作業すれば、それが真実とわかるであろう。
これこそ、真の本質的な水銀であり、
物質としての石の主要な原理である。
近ごろ始められた、粗製のアマルガムではない。
それらは表面的な水銀にすぎない。
これは、完全な染める力を持つ、かの溶媒である。
これこそ、まことに、あらゆる利益が
その中から生じねばならない、かの一なるものである。
これで満足しないのなら、私には、不満のままでいてもらってよい。
もう話し終えたからだ。理性が受け入れられないなら、
愚かさが競走に勝つ所では、何をしようとも、
疑いが残るとしか言いようがない。
これで十分とせよ。これが完全な基体であり、
溶かされねばならない石なのである。
それがどのように行われるか、あなたに明かそう。
これが、リプリーが取るように命じる石である。
この状態になるまでは、石ではないのだから。
私の導きに従い、助言を捨てるな。
そして彼は命じる。粗雑なものには手を出すな。
嘆きから免れる恩寵があるのなら。
だからこれに固く従い、空想に支配されるな。
理性に治めさせよ。空想はあなたを裏切るからだ。
この石、この妻、この子、このすべてを取れ。
それは樹脂質で、崩れやすく、絹のようで柔らかい。
ガラス板か斑岩の上で、小さく砕き、
磨り潰しながら、たびたび水銀を与えよ。
だが水銀が上に浮くほど多くしてはならず、
等しい分量とし、種を守るため閉じて封じよ。
そうすれば、それぞれが他方の中で、自分たちの墓に葬られる。
注 hewn は when の活字転倒と解して訳した。Menstrue は錬金術の溶媒(メンストルウム)。原文の操作記述を歴史的表現として訳しており、現代的な手順や物質同定を補っていない。
こうして、言ったとおりの状態と場所に置いたなら、
あらゆる点で、自然が最初に行ったように作業せよ。
黒くなっても、恐れる必要はない。
それは白くなる。そのとき、最悪の段階は越えている。
ただし、ガラス器を壊して呪われるのでなければ。
黒さを経て、白さへと進めば、
それは白くなり、澱粉のように柔らかくなる。
この段階そのものには、多くの名がある。
浸潤、給養、昇華、
高い山への登攀、また子どもの遊びなどである。
そして正しくは、高揚と呼ばれる。
愚者が何をまくし立てようとも、そのすべては、
四元素の循環にほかならず、
形相と質料に働く熱によって行われる。
土は、すべてのうちで最も低い元素であり、
黒いその土が、水へと高められる。
そのときわれわれは、もはや土とは呼ばず、水と呼ぶ。
黒い土のような物質に見え、
黒い塵となって辺りに散るとしても、
水にまで高く上ったときには、
真に昇華されたと言われるのである。
この黒い塊が再び白くなり、
内も外も雪のようになって、美しく輝くとき、
この子、この妻、このかくも明るい天、
この水なる土は、空気へと昇華されている。
そこに達すると、さらに自らを整え、
火という元素へと向かう。
そのとき、願いをかなえた神に感謝せよ。
この黒、この白を、われわれは分離と呼ぶ。
それは手の操作によるのではなく、元素の分離である。
粗製の水銀の昇華ではなく、
同じ実体をなす、自然の真の働きである。
白いものは、自然の結合と呼ばれ、
粗大でない、秘密で完全な結合である。
それが利益をもたらし、ほかはすべて損失をもたらす。
注 Forme と Matter はアリストテレス的な形相と質料。元素の上下関係・変化は当時の自然哲学に従う。Water Earth は原文に接続詞なしで並ぶ複合的表現として「水なる土」と訳した。
言ったとおりに給養し、作業を加えながら、
この車輪を三度めぐらせたとき、
それは疑いなく、蝋のように流れるであろう。
色あせないティンクトゥラを与え、
行いうるあらゆる試験に耐えるであろう。
賢く投射でき、純潔を保てるなら、
それはあなたに利益と名誉の両方をもたらす。
あなたの薬が固定され、完全に流れるようになれば、
白は白さを増すものと心得よ。
同じく赤は赤を生む。播いた種が
同類を生むように、また獣がその種を生むように。
そして火は、真に和合を作り出すものでなければならない。
白い、または赤い発酵素が、あなたの薬を増強し、
完全に染め、速やかに柔らかくするからである。
すなわち、あなたの薬が完成したなら、
白なら銀を溶かし、その上に投射せよ。
赤なら太陽の金を溶かせ。そのように意図されている。
同じものを同じものへ。決してそれを拒んではならない。
そして最も純粋なものから選ぶよう、心せよ。
発酵素十に対し、薬を一の割合で。
それから、そのもの一を、ユピテル千に対して用いる。
火の上で赤熱しているユピテルは、
あなたの薬がその上に投じられるとすぐ、
たちまち針金のように硬くなる。
そのとき固定され、吹きつける火で溶けるからである。
これが、あなたの作業すべての最後となる。
その後、試金皿、または強水で試させよ。
最上の金や銀でも、それ以上よく耐えることはないであろう。
坩堝の中で熱した生の水銀は、
たちまち焼きなました銀のように硬くなり、
月の高い玉座に据えられる。
薬が印を押したとおり、銀または金となる。
こうして私は、われわれの大きな秘密を明かした。
幾人もが見たものであり、私自身も成し遂げたものである。
それを私は高く評価するが、それでも無償で与える。
注 Ferment は変成を促す錬金術上の発酵素で、現代生化学の酵素とは同一視しない。Sol は太陽・金、Luna は月・銀、Jupiter は木星・錫を重ねた名称。keep free は文脈上、罪や汚れから身を保つ趣旨と解したが、作業物を夾雑物から自由に保つとも取りうる。Test は試金に用いる容器・試金皿、strong water は強酸性の液を指す歴史語。原文の数値・操作はそのまま訳し、現代の具体的条件は補っていない。
終わり。E・K。
ケリーからG・S氏へ
サー・エドワード・ケリー
賢者の石について、親愛なる友G・S氏に書き送る
天の覆いは、その内に四つの性質を持つ。
二つは隠され、残りは目に見える。
その中に、下なるすべての物体の種が、
最もひそかに宿り、それでも年に一度、芽を出す。
土と水が始原となるように、
その側では、乾燥が労苦の終わりである。
絶えず流れるものほど、大きな流れはない。
三度熟成された土ほど、固定されたものはない。
意志に従うときほど、爽やかな風はない。
内に保って賢くあることほど、大きな利益はない。
空気を乾かして塵にすることほど、よい幸運はない。
そのときには仕事をやめ、望むだけ眠れるからだ。
それでも、失敗することのないよう、警告しよう。
まず、悪臭を放つ水によって、あなたの土を昇華せよ。
次に、真昼にはポイボスの尾しか
見えない場所で、最もよく混ざるようにせよ。
その光を欠くものは、何一つ輝かず、
まず明るくなければ、光線を倍にすることもないからだ。
注 Natures fower は四つの性質・自然的要素の表現。Phœbus は太陽の神ポイボスを用いた象徴。stinke ing は印字の分離を保持した。冒頭連と「尾」は寓意的で、現代の具体的な物質・操作場所には同定しない。
賢者たちの教える道、またはアドロプが導く道を
知らないなら、誰も導き手となってはならない。
そのうち第一は広く、最も容易に得られるものだが、
他方は難しく、始めるための手段にすぎない。
確かに、アポロが竪琴の弦を鳴らすのは、
見いだされるこの二つのうちだけで、ほかにはない。
天を配置し、あらゆる点へ、またあらゆる点から、
力を反射させる神を、模範として学べ。
その中で、あらゆるものを内に持つ動かすものが、
あらゆる結び目の、すべての力を保持する。
それゆえ、第五精髄と呼ぶのはふさわしい。
すべてを含みながら、それ自身はなお処女なのである。
神々がどのように始まり、その系譜において、
それぞれの父が誰であったかを、思い起こせ。
できるなら、その生涯と王国を学び、
その性質と、まとった衣装のすべても学べ。
そうして、それらが何を意味するかを知るなら、
学識ある賢者たちは、あなたを退けないであろう。
私のこの教えが、あなたの理解に沿わないなら、
多くを言いすぎたとしても、私は何も言っていないことになる。
本当に、この詩行を書くよう私を動かしたのは、
利益ではなく善意であった。だが、もっとよい実が見えるのに、
野生の酸っぱい林檎に飛びつき、
一年で最もよい時を選べない者のためには書かない。
友よ、あなたは、これはどんな教えかと言うかもしれない。
私は答える。古い自然学・医術が教えたものだ、と。
以前に千冊の本を読んでいたとしても、
このことについては、それらは何も教えてくれない。
あなたはまた、理解が見えないまま、私を愚者と呼んでもよい。
それでも、これらの規則は永遠に、その学派の誉れとなる。
注 Adrop は原文の錬金術上の名をそのまま移した。第1連は二つの道・材料を暗示するが、その対象を断定しない。Crabs はここでは crab apples(野生の酸っぱい林檎)。Essence fift は第五精髄、いわゆる第五元素。Physicke は自然学と医術の意味を併せ持つ歴史語。
ジョン・ディーの遺言
卓越した哲学者ジョン・ディーの遺言
1568年、ジョン・グウィンに送付
注 この著作帰属と年記は1652年刊本の標題に従う。
あなたの求めに応じ、真の徳のために、
この第三の手紙を、最後のものとして書こうと思う。
書き記した苦心や方法は脇へ置き、
私の命じることから、決して外れないようにせよ。
自然が一つにしたものを、三つに分けよ。
次に、それ自身だけによって、それを強めよ。
それを用いて、粉になった太陽を二つに切り分け、
長い時をかけて、その傷を再び癒やせ。
同じ太陽を、さらに二度、傷つけねばならない。
つねに、同じ種類の、研がれた新しい刃物を用いて。
自然の法に従って、われわれの真のモナスを、このように使え。
熟したものと生のものだけで、結び、また解け。
そして、唯一の導き手である神に、つねに感謝せよ。
これですべて、十分である。今回は、これ以上言うまい。
注 Monas は一なるもの・単子を意味する語。太陽、刃物、傷、熟したもの/生のものは寓意として訳し、具体的試薬には同定しない。
トマス・ロビンソン 賢者の石について
トマス・ロビンソン 賢者の石について
天と地、そしてその中にあるすべてのものは、
深淵から、六日のうちに完成された。
一つから四つが生じ、四つから第二の一つが生じた。
後者は砂粒の石、前者は隅の親石である。
最初のものなしには、最後のものは得られない。
それでも、最初のものに比べ、最後のものは、あまりにも劣る。
地から天が分かたれたとき、
天はまず、地とともに反復蒸留されていたのではなかったか。
天も地も、すべてもなかったとき、
天だけが創られ、地は忘れられたのだろうか。
いや、天も地も、初めはすべて、一つから生じた。
では、天と地のどちらが劣ると、誰が言えようか。
地は、それらすべての母ではないか。
そして天とは、地の精髄にほかならないのではないか。
天上では、地上の住まいを持たないにしても、
その天の影響力は、地の中に宿る。
地がなければ、ほかの三つは何であろうか。
天がなければ、地上に何が存在できようか。
こうして、それらは共に来たように、共に去る。
だが、どこから来てどこへ行くのか、人にはわからない。
そして地の天が浄化される時として、
六千年を生き、その死を迎える。
それから、すべては永遠に、神的に安らい、
神性の美によって輝くであろう。
多くの者が求めながら得られない、かの大いなる石について、
これ以外に真実はない、と私は誓う。
注 Gritt は粗い砂粒・小石。Corner Stone は建築の隅の親石で、聖書的な含意も持つ。cohobated は留液を戻して再び蒸留することをいう術語で、天地創造の寓意に用いられる。六千年という年数は原文の宇宙史観による。
終わり。
経験と哲学
経験と哲学
偉大な君主たちよ、諸侯も貴婦人たちも、皆、聞いていないか。
つい先ごろ起こった、不幸と重い災難のことを。
語るのも悲しい物語である。
誰がそれを、よく言い表せようか。
ああ、学識ある詩人が私とともにいて、
私が見たものを、見ていてくれたなら。
あるいは、ほかの誰かが傍らに立ち、
名声と記憶を永く残す悲劇を、
巧みに書いてくれたなら。
この世界が始まって以来、
あのときのような叫び、あのような喧噪を、
地上の誰も聞いたことがなかったのだから。
大いなる王女「経験」が、その威厳も喜んで座す、
栄光の玉座についているのを、私は見た。
傍らには、仕える者として、
清らかな処女たちの
祝福された一団がいた。
思うに、彼女たちは、その大いなる女神の子らであった。
王族のような姿、端麗な優美さ、
比べるもののない、整った手と顔は、
最も高貴な血筋を示していた。
だが、彼女たちが秀でる諸学芸の、
賢明な技量について語ることは、
地上のどんな舌にも、十分にはできない。
注 Experience と Philosophy を、それぞれ「経験」「哲学」という女性の擬人像として訳す。
こうして、その不思議で畏るべき光景を見つめていると、
「経験」が貴婦人たちを正しく教える姿が見えた。
神的な七つの学芸を、
ふさわしい規律をもって、
彼女たちが身につけるのによいと思う、
さまざまな規則と厳粛な秩序によって。
だが、彼女たちがどれほど勤勉に、
どれほど忙しく時を費やし、
この最も優れた学芸を学ぶのかを見ると、
場所から場所へ、書物から書物へと、
尽きることなく重ねる苦労のありさまに、
私は、見ながら驚嘆した。
ある者たちはさまざまな言語で推論し、論じ合い、
ほかの者たちは歌い、オルガン、竪琴、笛を奏でていた。
また、コンパスを使って、
四角と円のあらゆる寸法を求める者もあった。
計算によって、無限の総和や
数を、よく言い当てる者もあった。
雄弁をもって、詩人や弁論家のように、
人と人との間の争いを
考察し始める者もあった。
星々を見つめる者も、
驚きのうちに座り、その中にある
秘密を判断しようとする者もあった。
それゆえ、どの元素によって存在や生命を持つものであれ、
天穹の下で創られたもののうち、
天空や飛ぶ雲の下、
世界のどこにある単一物や複合物であれ、
その秘密を彼女たちが探り出さないものは、
何一つなかった。
この岩の大地、この重い塊、
この北方の処女も、見過ごさず、
その中にあるものを求めた。
そして、さまざまな魂と霊が眠る、
深みの中心へと潜り込もうとして、
彼女たちは競って身を入れた。
注 desent は decent に相当する綴り。Articke Virgin は字面に従い「北方の処女」としたが、地・鉱物を示す錬金術的擬人像の名称と考えられ、対象の同定は確定しない。原文最後の三行の意味を保つため、日本語では順序を入れ替えた。
このことについて「経験」は、賢明に考え始めた。
その位にふさわしい、明るい表情と、きわめて穏やかな声で。
そしてまもなく、
その慈愛から定めた。
思うに、彼女たちのさまざまな苦労ゆえではなく、
ただ自らの栄光のために、
居並ぶすべての貴婦人たちに、
その威厳から生じる自らの秘密を、
さらに詳しく知らせようと。
そこで相談のために、
高い位の、厳かな貴婦人を呼び寄せた。
その名は「哲学」であった。
語り合い、話をした後、その貴婦人は、天に座る女王の前に、
手と膝をつき、平伏した。
そしてその顔を仰ぎ見て、
女王陛下に言った。
「経験」よ、あなたは祝福されよ。
あなたの影響力は、きわめて強大である。
あなたが住む、世々の世界、
地にも天にも地獄にも及ぶ、その驚くべき御業は、
十分によく証ししている。
あなたこそが今も、
無からすべてを形づくった、まさにその者であることを。
それゆえいま、あなたの名は祝福されよ。
すると天が開き、尽きることのない喜びの玉座、
帝王の座から、火の炎が降り注いだ。
そこには無数の天使が、
きらめく星のように座っていた。
その光は、それほど純粋で、混じりなく、
世界全体が明るく燃えたかのようであった。
炎と奔流は轟き始め、
その隠された蓄えから、
永遠に歌う霊たちを差し出した。
すべての栄光と威光、
すべての謙虚な感謝と敬意が、
「経験」に与えられんことを、と。
注 wordell of wordels は world of worlds に相当する異綴りとして訳した。「経験」を創造者に重ねるのは、この詩の擬人的・神学的表現である。
それから、水晶の天の面に静けさが降りた。
すべての力が集まり、身を屈める用意をしていた。
最も知恵ある者、
高き全能者へと向かって。
その者が「あれ」と言うと、事は成り、
われわれの地と天が始まった。
私は、言葉において、生命において、
そして光においても、最も力ある者である、とその者は言った。
私は慈悲であり、正しい裁きである。
深みも私のもの、高みも私のもの。
冷、熱、湿、乾もそうである。
すべての中にすべてがある所、そこに私がいる。
何ものが、私がいつ始まり、いつ終わるかを言えるのか。
何によって作業し、何ができ、何を意図したかを。
始めた仕事を終えた後に、
何をしようとしたかを。
私の存在だけがあったとき、
何もない所に、一つのものを作った。
暗く覆われた、混沌の塊であり、
その内にあらゆる自然を備えていた。
善いものと悪いものを、形づくるために。
そして時が流れ始めたとき、
私はそれを、あらゆるものの母、
第一質料と呼ぶことをよしとした。
その塊から、私は四つの異なる元素を分け、
それぞれ異なる支配の領域を治めるよう命じた。
それらは類においては一致したが、
性質においては一致しなかった。
私はその単純な実体を取り、
目に見えぬ自分の座を作った。
そして混じり合った諸性質から、
丸い星空と、
地上の生ある物体とを作った。
それらに限りなく祝福を与え、
生命と長い繁栄を授け、
育ち、殖えるように命じた。
注 第一質料から四元素への生成を、神の一人称の語りとして示す。原文の Power は天の諸力を指す。
私がこのように創った、分かれたものたちを見て、
その光と、それぞれの段階における活発な広がりを見た後、
その始まりであった塊へと、
再び戻った。
そして、その残りかすを見た。
それが、どれほど空虚で空になったかを。
すべてが暗く、何も残らぬそこに、
怒りと大きな侮蔑をもって、
ただ私の呪いだけを支配者として置いた。
私は、すべての光を作る者だから、
闇を自分の前から追い払い、
明るく輝くものすべてを祝福したのである。
こうして、自分が作ったものを、何一つ損なわなかった。
私の作ったものは今もあり、ただ私の意志を行うため、終わりまである。
初めに用いられたのは、一つのものであり、
それは破壊されることがない。
それは丸い世界を取り囲み、
容易に見つかる質料である。
それでいて、手に入れるのは最も難しい。
まことに、秘密の中の秘密である。
最も卑しく、最も顧みられぬものだが、
それこそ、私の愛する者、私のいとしい者である。
すべての生きものとともに宿され、
世界の終わりまで、労苦し続ける。
人間の工夫したペニーやポンド、地中の金や銀、
鉛や錫や銅などが、私に何の必要があるのか。
見えぬ者たちが躍起になって追い求める、
鉄や水銀が、何になるのか。
塩や硫黄によって、すべてを錆びた塵にしてしまう、
腐食した腐食剤が、何になるのか。
だから、私のいとしい者を探し出せ。
それこそ、私に最も近しい、
配偶者、恋人、伴侶である。
そして、久しく選ばれていた私の七人の子を、
その者へと向けるようにせよ。
彼らが、ほかのすべてを退けるために。
注 Peny と Pound は貨幣名。Silver Quick は quicksilver(水銀)。travells は労働・苦労と出産の苦しみを重ねうる語で、前後の生殖の比喩も保持する。
自らの父を生み、母を産み、
ほかのすべてに生命と光を与えるため、自らを殺す子。
私が意味するのは、そのようなものであり、
最も穏やかであり、最も激しい。
私の内に住んでいた言葉は、
形を取り、目に見える姿で歩いたではないか。
そして、三つの力を一つに結び、
一つの座につかせるため、私の内に住んでいたものの中に、
今度は私が住んだではないか。
それから「経験」は言った。
これであなたはすべてを知った。ここに鍵がある、と。
そうして彼女は、跡形もなく消えた。
すると「哲学」は、恩寵に満たされた者のように立ち上がった。
その表情は、天上のある場所にいたことを示していた。
何度も目をぬぐい、
何度も膝をかがめ、
「経験」が踏み歩いた階段に、
何度も畏れをもって口づけした。
そして、たびたび頭を高く上げ、
たびたび、目を低く伏せて、
「経験」を見つけようとした。
だが、彼女が去り、
自分がひとり残されたことを知ると、
私は、何ものからも聞いたことのないほどの嘆きを聞いた。
注 hread は heard の活字転倒として訳した。言葉が形を取り、三つの力を一つにする叙述は、受肉・三位一体と錬金術の寓意を重ねる原詩の表現。
終わり。
秘術
秘術
技と理性の光を欠くため、
人は真昼にもつまずく。
道端に横たわるわれわれの石を、
せわしなく探し求めながら。
何を求めているか知らずに、こうして探す者が、
果たして見いだせるだろうか。
あるいは、目の見えぬ者よりも上手に、
狙う的に当てられるだろうか。
いや、ヘルメスの子らよ、知恵を求めよ。
知恵があなたがたの足取りを導く。
自然の道と秘密の洞窟、
そして生命の樹を明らかにするだろう。
ヘルメスの器の中の太陽と月について、
色がどのように現れるかを学べ。
元素の性質と、
雛菊がどのように育つかも学べ。
アポロが大蛇ピュトンをいかに倒したか、
カドモスの洞のある樫と、
新たに生じたその軍勢を学べ。そしてイアソンが、
火を吹く雄牛にいかに軛をかけたかを。
高く飛ぶ鷲を、
地上へ下ろすようにせよ。
そして、地の中に見いだされる蛇に、
翼を与えよ。
注 Son は文脈により Sun(太陽)の異綴りとして訳す。鷲と蛇の操作は揮発と固定を連想させる象徴表現であり、具体的な現代化学物質には置き換えない。
次に、二つを一つの部屋に、しっかりと結び込めよ。
死ぬまで戦わせるために。
そうして、三つの王国の君主が、
その二つから生まれるであろう。
揺り籠から王冠に至るまで、
彼は自分自身の血で養われる。
ある者には不思議に見えるが、
ほかの食物は持たない。
処女なる母の胎内に、
彼はもう一度、入らねばならない。
そうすれば王は、新たな誕生によって、
ちょうど十倍、強くなる。
敵を打ち負かす力を持ち、
死者を蘇らせるであろう。
ああ、この薬を成し遂げる方法を
理解する者は、なんと幸いなことか。
この小さな作品は、私たちを高みへと進ませる。
注 原刊正誤表(第343頁第17行)は exigium を exiguum(小さい)に訂正する。原文欄は本文の印字を保持し、訳は訂正を反映した。altum は高みのほか深み・沖合の意味もあり、この句の比喩的な方向は一義的でない。
1633年12月。
W・B。
作者不詳の諸篇
作者不詳集
すなわち、作者の知られぬ幾つかの作品
いま私は、ここで始めよう。
一つの成就の方法を、あなたに教えるために。
三位一体の名において、
よく成るよう、われわれに恩寵を送りたまえ。
さて二オンスを取り、もう一つのものも同じだけ取れ。
一方を、他方によって溶かせ。
兄弟として、私は真実をあなたに告げる。
ほかのものを入れずに、ガラス器へ入れよ。
次に、苦いものを三オンス取り、
甘いものと混ぜよ。
それから、それらをガラス器へ入れよ。
もう一方にしたのと、まったく同じように。
それから、最良のものを一オンス取り、
先ほどしたように、それにも行え。
それをガラス器へ入れ、
あなたの口を、よく閉じておくようにせよ。
これで、ここに三つのガラス器がある。
ちょうど三位一体と同じである。
それらを、一つ残らず栓で閉じよ。
一つにしたのと同じくらい、確実に。
ガラス器の周囲には壁を作れ。
風がそれらをすべて割ってしまわないように。
注 Conclusion はここでは実験的な成就・作業の方法。物質名は原文でも「苦いもの」「甘いもの」等の秘語であるため、具体的試薬を補わない。thy mowth は字義上「あなたの口」で、秘密保持の指示と解した。第20行の on は one と読んだが、指す対象は明示されない。
次に、三つのガラス器をすべて、
その墓の中に置くことになる。
さて、湿った熱を与え、
それらのガラス器を働かせ、汗をかかせよ。
そのまま三週間、置いておけ。
そうすれば、ずっとよくなるであろう。
次に、それらすべてを一つにまとめよ。
それは、そのとき石のようになるはずである。
結合を成し遂げたら、
そのまま中に置いておけ。
七日間がすべて過ぎるまで。
そうすれば、あなたの石は、いっそうよくなる。
それからガラス器の上に、
よい、ぴったり合う頭部を据えよ。
穏やかな火で、水を引き上げ、
よい澄んだ丸形の器の中へ収めよ。
材料がもう留出しなくなるまで。
次に、それを乾いた火に置き、
適度な熱で蒸留するようにせよ。
材料が、これ以上何も放たなくなるまで。
そこで十分によく乾いたとき、
それは、たいへん湿りたがるであろう。
そのとき、ガラス器の中の石を量り、
以前そうであったように、その液を与えよ。
この最初の留出が終わったら、
よい割合で浸潤させねばならない。
その重さがどれほどか、よく調べ、
その四分の一をもって整えよ。
そしてつねに四つの部分をもって、
白い色になるまで続けよ。
こうして、よく見守るようにせよ。
身体が、あなたの霊を捕らえられるまで。
同じように、魂も捕らえねばならない。
そのとき、あなたは三つを持つと理解せよ。
注 Rotunde は丸形の器。Lecur は liquor(液)の異綴り。第28行の fourth part と次行の partys fowr は、原文どおり四分の一/四つの部分として区別し、比率を推測で補正しない。
いま、前のようにガラス器を閉じ、
この仕方で作業を進めよ。
その三つが一つに結びついたとき、
あなたは大きな喜びのうちに座れる。
そのとき王が同じものを持っていないかぎり、
あなたは王よりも豊かである。
こうして、あなたの薬はすべて、
まさに自分の思いどおりに作られる。
この薬を、どのように増やし、
やめたいと思うまで、いっそう多くするか、
どのように、このような増殖を行うか、
いま、その真実を確かに教えよう。
前に仕事をしたのと同じようにして、
さらに多く、さらに多くと増やしてゆけ。
初めにしたのと同じように、
終わりまで続けて進めよ。
こうして本当に、限りなく、
この術によって増殖し続けられる。
たとえば、少しの火を持つ人が、
もっと大きくしたいと望むなら、
疑いなく、必要なことは、
さらに木や石炭を加えることである。
こうして火を増やせば、
決して火を失うことはない。
同じ仕方で、理解せよ。
あなたの薬も、つねに成長し続けねばならない。
そして投射を行いたくなったときには、
この教えによく注意せよ。
薬がまったく完全になったら、
それと同類のものの上に投じねばならない。
できるかぎり正確に量を見定め、
十に対して一の割合を、間違えぬようにせよ。
真実を知りたいのであれば、
そのとき、あなたのエリクシルは、まさしく完成している。
注 But he have は unless he have(彼が持たないかぎり)の意。Lexer は Elixir の短縮形として語彙表にも挙げられる。
それから、そのものを一部分取り、
こうして真の投射を行う。
錫か鉛の十部分に、それを投じよ。
あるいは、その代わりに銅か水銀へ。
それは純良な月の銀へと変えられるであろう。
あるいは、まさにあなたの思いどおり、太陽の金へと。
それは、あなたのエリクシルが何であるかによる。
確かに、白いか赤いかによるのである。
また、鉄に投じても、
やはり月の銀か、太陽の金となるであろう。
これらが、哲学の秘密である。
私は、ひそかに守るよう助言する。
そして昼も夜も、あなたの神に仕えよ。
そうすれば、なおよく成就する。疑いはない。
いま、あなたがどう行うべきかを教えた。
神がわれわれを、天の至福へ導きたまわんことを。
注 Lun と Sol は月・銀、太陽・金を重ねた呼称。本文の if の一つは条件というより接続的に用いられており、文意に合わせた。

ここに、人々がルナリアと呼ぶ草がある。
その作り手は、祝福されんことを。
それはアステリオンでもあり、私はそうとも呼ぶ。
ほかにも、さらに多くの名前がある。
大いなる力を持つ草で、
太陽なるソルから、その光を受ける。
頂と根の父であり、
甘く香り高い花を備え、
その場所に花をつける。
ある花は白く、ある花は赤い。
その葉は、昼も夜も育つ。
かくも明るい発酵素に似ている。
私は、この明るい草について明かそう。
多くの人にとって、それは美しい眺めである。
まず、あらゆるものを芽吹かせる、
その根から始めよう。
注 Lunayrie と Asterion は、ここでは寓意的な草の名としてルナリア、アステリオンとした。現代の特定植物に断定しない。頁上の錬金術的な樹木の図に文字銘はない。
それは、山の縁に生える。
ポイボスが、大きな支配力を持つ場所に。
昼には太陽、夜には月が、
それを美しく、明るくする。
根は、白と赤の、かくも純粋な、
澄んだ石の上に育つ。
根は黒く、茎は赤い。
それはそこで、決して死ぬことがない。
葉は、ローズ・ノーブル金貨のように丸く、
月のように満ち、また欠ける。
真ん中には、一ペニー幅の印がある。
見よ、これが、われわれの甘美なルナリアの姿に似る。
その花は、美しく、澄んで輝き、
全世界に、比べるものがない。
神に仕える羊飼いでなければ、
いかなる仕方でも、それを見いだせない。
ここで私が言う、善い羊飼いとは、
自分の魂を清らかに保つ者である。
花には大きなものも、小さなものもあり、
谷間に育つ花に似ている。
一年の日数ほどにも多くの、
美しく明らかな効力を備え、
倒れ病や、あらゆる病から、
悲しみから、人を至福へと運ぶ。
マリアの御子と、その寛大な母の助けによって、
われわれもその至福へ至れますように。
善き主よ、慈愛のために。
アーメン。
注 Nowbel son は原刊語彙表の相当項が Rose noble と説明する金貨名。Febis は Phoebus。fallyng Ewel は falling evil(てんかん等を指した歴史的な病名)であり、この草の治療効能は原詩の主張であって、医学的な有効性を示すものではない。最後の四行は日本語として自然な祈願になるよう語順を調整した。

霊、魂、身体。
注 頁上の寓意図の台座銘。太陽・月、翼ある竜、男女、天から注ぐ働きが組み合わされた原図をそのまま保存する。
心をこめて、あなたがたに語ろう。
かくも善い、三人の王たちについて。
また、彼らが全能の神のもとへ、いかに来たかを。
そこでの眺めは、まことに美しかった。
いま、われわれの祝福された石を、図に表す。
天からソロモンへと下されたものを。
善良で静かな天使によって。
それこそが、そのときのキリストの意志であった。
注 besset は blesset(祝福された)の意と解して訳すが、原文印字は保持する。原詩はソロモンへの石の授与と、三王のキリスト礼拝を重ねている。
そのとき、ベツレヘムで彼らがキリストに捧げた贈り物は、
金、乳香、没薬であった。
われわれの太陽と硫黄、そしてその水銀、
身体と魂、そしてわれわれの月なるものにあたる。
ここで金は、われわれの身体を表す。
神にして人なる者へ捧げられたものである。
乳香は、われわれの生命の魂を表し、
没薬は、その妻である、われわれの水銀を表す。
これらが、美しく善い三つの名であり、
そのすべては、あり方において一つである。
三位一体が、ただ一つであるのと同じように、
賢者の石も一つであると、結論せよ。
いま、ここで目に見えるように、
われわれの石が正しく図示されているのがわかる。
穏やかな声を持つ天使によって、
どのように天から送られたかを。
また、その形を見れば、
それが三つの位格に似ることがわかる。
父と子と聖霊に。
かつても今も、最も大きな力を持つ方に。
いま、われわれもその至福の内へ入れますように。
アーメン、善き主よ、慈愛のために。
注 Aurum、Tus、Myrham はそれぞれ金、乳香、没薬を示すラテン語系の形。Luneyre は月に属するものという象徴名として訳した。Stevyn は声の古語。原文の語形 Phylofofeers と cheyte はそのまま保持する。
ここに、短い成就の説明を示そう。
恩寵があるなら、理解するために。
いかなる欺きもなく書き、
わずかな紙幅に収めたものである。
この書に書かれたすべては、
この場所に要約されている。
自然が、その本性においてどのように働くかを、
この教えを、よく心に留めよ。
私が多くのことを明かしたのは、
心に留める恩寵が、あなたがたにあるならば、
われわれの原理が、一つのものであり、
数において複数でも、種類において一つだと示すためである。
というのも、一つの原理の内に住む、
七つのものがあるからだ。
天の下で、最も貴重なものである。
私は誓いを立てているので、話すことはできない。
この書において、兄弟たちの一人ひとりがするように、
私は、書いた言葉によって示す。
われわれが石を作る、それぞれのものの、
似姿をもって示すのである。
われわれの石は、魂と生命を内に持つ、
一つの単純なものから作られる。
それは二つであり、本性において一つである。
夫と妻のように、共に結婚している。
われわれの硫黄は、われわれの男性的なもの、
われわれの水銀は、われわれの女性的なものである。
われわれの土は、われわれの澄んだ水であり、
われわれの硫黄は、また、われわれの火でもある。
澄んだ水の中に土があるように、
われわれの火の中には、空気がある。
いま、力ある四元素を手にしたが、
目に見えるのは、ただ二つだけである。
水と土は、よく見ることができ、
火と空気は、それらの中に性質としてある。
注 第5〜6行の「要約」は、原詩自身がこの篇を本書全体の梗概と呼んでいるための訳語。本対訳で本文を要約・省略したものではない。micle は much にあたる古形。
この学知は、誰にでも教えてよいものではない。
そうする者は、呪われるであろう。
そうなれば、どうして召使いを得られるのか。
誰も、ほかの人のために何もしようとせず、
土地を耕さず、鋤を動かさなくなるだろう。
誰もが、十分に思い上がるだろうから。
学ぶ者も無学の者も、競って加わり、
自分の仕事に、大いに忙しくするだろう。
それでも得られる増加は、わずかしかない。
書物の内容が、彼らには、これほど霞んでいるからだ。
自然に逆らって働く愚者たちにとって、
この学知を見いだすことは、きわめて難しい。
お願いする、この学知を隠しておいてほしい。
そうでなければ、これに関わらないでほしい。
というのも、それで成功できなければ、
多くの悲しみを語ることになるからだ。
元素を急に動かせば、自然の働きは妨げられる。
煮熟を欠く所に、完成はありえない。
ある身体は、らい病に侵されており、
未熟で水っぽい液が、余分なものを生むからである。
それゆえ哲学者は、理性によって、
病んだ身体のために、完全な薬を工夫した。
あらゆる病弱から解放するために。
それは自然を癒やし、生命をも延ばす。
この元素の薬が完全に作られれば、
薬種商の処方を買う必要はない。
彼らの薬物や、ドラム単位の薬には、価値を認めない。
「これの代わりにあれを」と、彼らは多くの嘘をつく。
われわれの飲用金は、自然の力を増す。
哲学者の金から完全に作られたものであれば。
医師は、鉱物性のものを使って懸命に試みるが、
ほとんど、あるいはまったく役に立たない。
この学知は、古い『トゥルバ』の書に見いだされる。
哲学者たちが、この薬をいかに完全に作ったかを。
注 leude は無学の。Decoction は当時の煮熟・加熱熟成。Aurum potabile は飲用金。治癒や延命は原詩の歴史的主張であり、服用や治療を勧めるものではない。Turb は Turba philosophorum を指す短い呼称と解した。召使いと労働についての価値観も、原文の叙述として訳す。
『薔薇園』も、それとともに記している。
われわれは、四元素より多くのものを使わない、と。
石を完全に作り終えるまでは、
普通の水銀も金も、何一つ使わない。
それから、その二つによって、薬を増殖する。
薬種商のほかの処方など、本当に、何一つ持たない。
サトゥルヌスを百オンス、取るがよい。
火で煮て、型の中で溶かし、
その上に、あなたの薬を投射せよ。
するとすぐ、それを純良な金へ変えるであろう。
百オンスに一オンスで十分である。
完全に作られたものなら、千オンスに対しても同じである。
溶解と精妙化なしには、
われわれの薬を増す方法は、ほかにない。
決して尽きることのない、永遠の喜びと永久の至福が、
全能の神にありますように。
注 Rosary は Rosarium(錬金術の薔薇園系文献)。Saturne はサトゥルヌス/鉛を重ねる語。Subtillant は精妙化の工程を示す表現として訳した。第13行は次行にかかる否定条件で、投射に不要という意味へ付け替えない。
いくつかの写本では、次の詩句が、この作品の前に置かれているのを見いだした。
注 編者の付記。以下の先行詩句も省かず収録する。
土から、清らかに洗われた土。
自らの土によって、その本性を通して。
それを結べる者には、その乳で精製され、
その後、本当に、生命の水と結ばれる。
深い巣穴に横たわる竜が、
水の中で腐り、そこで腐敗する。
らい病に侵され、巨大で、見るも恐ろしいが、
入浴と浴の働きによって、竜は光へと出る。
自分の井戸の底に、絶えず沈められ、
そのらい病のすべてが、もはや宿らなくなるまで。
自らの本性のうちに、すっかり変わり、
純粋な実体となる。私の意味は、わかるだろう。
「ここに、短い成就の説明を示そう」、以下続く。
注 末行は本篇冒頭(主底本PDF第376頁)の再掲を示す指示。本文をここで省略したものではなく、原刊自体の &c. を訳した。
なぜ、あなたはこれほど貧しく、私はこれほど豊かなのか。
豊かな宝を、私の中に、あなたは〔見いだせる〕。
全世界で、私ほど、人間に似るものはない。
人間は、私の種類に、これほど近縁なのだから。
富者は、貧者を憐れまない。
だから、私に信頼を置け。
町や都で、しばしば見られることだ。
技も学知も持たない者は、苦しい境遇にある。
いま富者たちは、貧者がその知識によって、
よいものを何か得ることを、大いに憎んでいる。
貧者に施すことも、喜ばない。
彼らの内にある慈愛は、乏しい。
聖書が語る富者ディヴェスの例がある。
貧しいラザロは、彼の門前で窮乏のために死んだ。
もし施していたなら、彼は地獄に行かなかったであろう。
いまとなっては、悔い改めるにも、本当に遅すぎる。
人よ、あなたの財は、すべて神が送ったものだ。
神が命じるとおり、兄弟と分かち合え。
そうすれば、あなたの生は、いっそうよくなる。
死は、突然あなたを終わらせ、
あなたは、世の財産を捨てねばならない。
すべての獣に、その取り分を返せ。
そのとき、身体は、すっかり裸になる。
死は、あなたを少しも憐れまない。
私はこれほど近くにいるのに、なぜ、あなたはこれほど遠いのか。
人よ、私に出会う恩寵は、ないのか。
私は、これほど何度も、あなたに姿を見せるのに。
それでも、あなたは私に注意を向けない。
普通の水銀の中に、私を探す。
アルカリや、アレンブロークの中に、
普通の硫黄や砒素の中にも探す。
それらは、多くの人を愚かにさせる。
普通の水銀は、よくない。
多くの人に苦しみをもたらす。
注 物質としての石の一人称を用いた詩と解した。第2行は maist で終わり、後続する本動詞が印刷されていない。Getty同年版PDF第379頁でも同じ欠落を確認した。日本語の〔見いだせる〕は文脈上の補足で、原文欄には推測語を加えていない。proginitous は近縁を表す語として解した。Alembroke は原語の物質名を音写し、現代物質への同定を避けた。Dives はルカ福音書の富者とラザロの譬えに由来する富者の呼称。
それは、頭巾から髪が突き出るような貧しさと、
薄く空っぽの財布を、彼にもたらす。
水銀と私は、同族ではあるが、
彼女は私とは比べものにならない。
その本性は、冷たく乾いている。
だから、用心するよう忠告する。
彼女は、多くの人を、丸裸にする。
湿り気を欠くからである。
彼女への出費は、控えてほしいものだ。
彼女は、多くの人を貧困へ追いやる。
私こそ、賢者たちが探し求めるもの、
最も大きな力を持つ水銀である。
熱く、湿り、軽く、弱い。
私は、まことに、諸元素から成る。
水、土、空気、火から。
性質と量において、望みは決して得られない、
完全な熟成を行うのでなければ。
われわれを知る恩寵を持つ者にとって、
われわれの中には、大きな富がある。
その湿り気の力によって、
火の中で、われわれの石は育つ。
貧しい人よ、あなたの心は、どこにあるのか。
この教えを学ぶよう、忠告する。
われわれの水銀は、ただ一つのものから成り、
われわれの器の中で、薄く、澄んでいる。
その中に、普通の水銀はない。
金も銀も、その中にはない。
われわれの石は、金属から作るのではなく、
割合を多くしたり、少なくしたりするのでもない。
石が作られるときまでは、
いかなる種類の金属も、拒む。
薬種商から買う、
ほかのあらゆる処方と、あらゆる薬味を退ける。
ただ、水銀だけを除いて。
注 水銀の性質については原著者の対比を保持し、現代の物性知識で訂正しない。髪が頭巾から出る表現は、頭巾が擦り切れるほどの貧窮を表すと解した。原文の詩行位置に合わせ、文意が続く行を日本語でも接続している。
金は、それとともに、われわれに役立つ。
われわれの自然の石が赤くなった後、
薬を増殖させるために。
私は、あなたに真の教えを授けた。
私のために祈り、忘れないでほしい。
これほど明らかには書かれていない本を、
あなたは、たくさん見るだろう。
私は真のキリスト教徒として言う。
これより真実な書物は、見つからない。
この学知を学ぼうとするなら、
富において、比べる者はいなくなるであろう。
この書を作った者は、それをよく実証した。
だから、なおさら信じてよいのである。
それゆえ、慈愛のためにお願いする。
この書を、厳重に秘密として守ってほしい。
誰かが、この学知を求めてきたなら、
写しを持つ者が賢明であることを、確かめよ。
私は、すべての人のために作ったのではなく、
善いことをほとんど知らない者のためでもない。
自分と、わが兄弟のため、
理性を持つ者のために作ったのであって、それ以外にはない。
この教えを、よく心に留め、
自然に逆らって働かないよう、注意せよ。
仕事をするときには、大急ぎしてはならない。
労苦が無駄にならぬために。
闇の中ではなく、光の中で働き、
学識ある者に助言を求めよ。
そうでなければ、二人とも容易に失敗するだろう。
二人とも、よい助言を得ていないならば。
注 Phisicks Stone は自然学の石・哲学的な石という呼称として訳した。冒頭三行は、金と水銀を用いる時点が「石が赤くなった後」であることが明確になるよう、日本語の行順を調整した。
赤い花を持つ、われわれの薔薇を取れ。
その色によって、見分けられるだろう。
それを、小さな板に打ち延ばし、
全体を、同じように薄くせよ。
そして、よい上質な腐食剤を使い、
ただちに、その〈same-tyne〉を引き出せ。
新しく、よいものたち、
本性は異なるが、あり方において一つのものから。
強く磨り合わせて、一緒にし、
つねに馬の腹の中に置いておけ。
よく丈夫な器の中で、
そうして調節し、長すぎると思うな。
一か月、あるいは少し余計に経つうちに、
その力によって、身体を殺すからである。
腐食剤が薔薇を、こうして侵し、
食物の中の乳のように薄くなるまで。
だが、腐食剤をどう作るかを、
あなたに、明瞭に示そう。
前に言ったとおり、
そうしなければ、この教えについて、ほとんど知らないままだから。
若い乙女の尿、
灰、塩、石灰を取り、
それらを一緒に、結婚させよ。
そのとき、腐食剤は、よい上質なものとなる。
手短に言えば、一つに、よく混成した
この腐食剤がなければ、
作業のすべては、空しいものとなる。
哲学者たちは、一人ひとり、そう書いている。
博士たちは、俗人にも学者にも、
われわれの第一の作業とは、
身体の全体を取り扱い、
水銀へと還元することだ、と書いている。
このようにして最初の愛が勝ち取られたなら、
われわれの作業は、よく始められたのである。
注 第6行 same-tyne の語義は確定できず、原語を残した。Getty同年版PDF第382頁でも same tyne と読める。抽出する対象を、推測で特定の成分に置き換えていない。Horse wombe は当時の腐敗熱を利用する環境を示す比喩と考えられるが、具体的な現代手順へは展開しない。最終二行は条件関係が明瞭になるよう順序を入れ替えた。
いま、哲学者たちは、さらに多くを語る。
第二の作業を知りたいなら、
そのために苦労し、骨折って働け。
神は、あなたにそれを示そうとしている。
われわれの水を空気へともたらすこと、
それが、哲学者たちの第二の詩句である。
働くことを惜しまず、恐れるな。
偽りなく、そのようになるからだ。
だが仕事においては、賢明であれ。
性急な者には、決して苦しみが尽きない。
学識ある者の助言を求めよ。
穏健で堅実な営みが、それには最もよい。
こうして昼も夜も続けよ。
あなたに命じる。眠ってしまってはならない。
六週間で、まことに、本当に、
すべてが土へともたらされるからだ。
そのように火を保ち、
すべての煮熟を、均等な度合いとせよ。
そして、その火の性質に従って、
作業のすべてを調節せねばならない。
土の状態で、すっかり黒くなったとき、
それが、われわれの黒い石である。
それは強いので、
仕事がすべて終わるまで、失われることはない。
あなたに言う、第三の段階では、
いまや瀝青のように黒い石を、
よい水で洗わねばならない。
そして白くせよ。私も、そうしたからだ。
すっかり洗い清めたとき、
その黒さは、去っている。
それは、紅玉や緑柱石のように、
明るく、輝く。
だがその段階に至るまでは、
骨折りがある。長すぎると思ってはならない。
注 Ich は I(私)の古形。Carbuncle は赤く輝く宝石、Beril はベリル類を指す歴史的宝石名。現代鉱物種を必要以上に限定しない。
それは、多くの色へと変わるからだ。
褐色、赤、赤褐色へと、たびたび。
その後は、さらに多くの色へ、
緑、青、淡色、白へと。
だが、それらはすべて、行くに任せよ。
あなたの利益になるものではない。
こうして六週間と一日、
作業を続けたとき、
その土は、本当に求められたものとなり、
まことに、白い粉の色になる。
だがそのときは、火を控え、
ほどよい度合いに弱めよ。
一か月、あるいは少し余計に経つうち、
白い石は、ほぼ確実に出来上がる。
それは輝き、蝋のように溶ける。
必ずや、秘術の働きを行うであろう。
霊と魂が、それをこれほど解けやすくするので、
ほかのあらゆる種類へと、自らを変える。
それから、同類のものとともに発酵させよ。
真の煮熟によって結び合わせ、
少しずつ、少しずつ養い、
両方が共に、一つへともたらされるようにせよ。
色、姿、振る舞いにおいて、
そこに、分かれがなくなるように。
作業したとおり、その結果が現れるであろう。
この結合の仕事で、
どう行ったかに、注意せよ。
大きな驚異を見ることになる。
熱によって生じる色々な色が、
上ったり、下ったりするさまを。
こうして留められた魂と、
これほど明るい霊とを、
人が見れば、きっと言うだろう。
まことに、驚くべき眺めだ、と。
注 正誤表は第360頁第33行を If men とする。底本もその読みであり、訂正後の読みによって訳した。第7〜8行など一部は、日本語の条件関係が通るよう行間の語順を調整した。
こうして、すべてが過ぎ去り、
神と自然が、その働きを成し遂げたなら、
白い石を恐れるな。
それは逃げ去らず、火に耐える。
さて、さらに仕事を進め、
すぐれた道を得たいなら、
よく注意し、鈍くあってはならない。
まことに、真実をあなたに告げよう。
前に、もう一方の石に行ったように、
つねに、そのやり方を保て。
神が助けとなれば、失敗することはない。
学識ある者たちが、みな書くように。
火は、それを苦しめるだろう。
乾いた、持続する火であれば。
ときに変わるその姿を見守り、
精妙で巧みな固定を得るまで続けよ。
まず、それが変わることを、私はよく知っている。
黄色の、純粋な段階へと。
そして、その色が十分になった後、
それはいつも、ただ白いままとなる。
その後、黄褐色、淡い色へと、
そのように、しばしば変化する。
ついには必ず、良い珊瑚や五月の薔薇のように、
赤くなるまで。
そうなれば確かに、
この世の逆境を、何も恐れない。
そのときそれは、征服の帝王となる。
哲学者たちは、そう呼ぶに値すると言う。
あなたが、このように行い、
その秘密を見たなら、
神と、その独り子キリストと、
われわれの祝福された聖母に感謝せよ。
注 第16行 sottill fasting and slye は構文・語義が不明瞭。fasting を fastening/fixing に近い「固定」と仮に解した。第20行は原刊の never but be White ay を保持して訳したが、前後の黄色・赤への変化と不整合に見え、原文の誤伝・誤植の可能性がある。推測で not 等を挿入していない。
かくも赤い、鋭い血を取り、
明るくなるまで、蒸留器で蒸留せよ。
それによって、哲学者たちの鉛を溶かし、
見た目に澄むまで、濾し、
正しく行うなら、それを蒸発させよ。
そして薬から、強い火によって、
最も力ある、われわれの水銀を蒸留せよ。
血のように赤く、怒りの強いものを。
そこに、確かに、あなたの石がある。
必要なものはすべて、その中に含まれる。
その土が、真の発酵素である。
われわれの目指すことに成功したいなら、
ほかの書物で何を読もうとも、
この教えから、決して離れるな。
さらに、これらの石によって進め、
それを四元素に分けよ。
よく精製された空気、水、油へと。
土は、煮ることによって、鯨の骨のように白くせよ。
再び、それらを巧みに一緒に結び、
貴重な石を作れ。
この材料は、白だけへと向かう。
この教えを、アリストテレスはアレクサンドロスに授けた。
こうして固定された石を、ふたたび、
蓄えておいた空気によって、逃れ去るものとし、
それから、すぐに再び固定せよ。
一つ、またそれ以上へと増殖せよ。
自然と、蓄えておいた油を使い、
初めにしたように、白も赤も作れ。
この秘密を知るまで、
私は幾夜も、ひどく苦心して学んだ。
注 eger は鋭い・酸い等の意味を持つ歴史語で、ここでは血の形容として保持する。Lymbick はアランビック、蒸留器。Eyre は ire(怒り)と解したが、空気を意味する語形との重なりもありうる。アリストテレスとアレクサンドロスへの帰属は原詩の伝承として訳す。
師が、それを私に隠していたからである。
さて、まだ一点、残っている。
この石で、行わねばならないことが。
水、空気、風から、それを生み出したなら、
赤いものを太陽へ、白いものを月へ、
溶けているうちに、すぐ投じるようにせよ。
その中で、それらのティンクトゥラを増殖せよ。
次に、その粉を匙で取り、
熱く純粋な水銀の上に、振りかけよ。
するとすぐに、驚くべき戦いを見るであろう。
そのものと、今言った水銀との間の戦いを。
それは水銀を、太陽か月に変える。
そのとき、あなたは秘術を明らかにするだろう。
こうして進めながら、増殖せよ。
私が語ったすべてのことにおいて。
こうして、われわれの哲学は終わる。
注 Sun と Moone は金と銀をも示す錬金術名として、その象徴表現を保持した。
世界は迷いの中にある。その訳を、あなたは知っているか。
実は近ごろ、大金持ちが一人、死んだのである。
死にかけて、寝床に横たわりながら、
息子に、ひそかにこう言った。
「息子よ」と彼は言った。「私が死ぬのは、お前にとってよい。
そのおかげで、お前はずっとよくなるからだ。
生命が私を去ったのを見たなら、
見つけたものを取れ。ただ、私がどこに残したかも、
その富が何であるかも、お前は知らない。
すべて明かそう。耳を貸せ。
私は、あらゆる毒を追い払う土を持っていた。
それを、大きな井戸に投げ込んだ。
また、悪いものを洗い清める水もあった。
それは土の中へ投げ入れ、今もそこにある。
私の銀はすべて、海へ投げ込んだ。
注 頁中で新しい無題詩が始まるため、独立した対訳単位とした。以下、死に臨む父の財産の話を、錬金術の寓話として語る。
金は空気の中へ投げ込んだ。そして最後に、
見つかるのを恐れて、火の中へ、
四万ポンドの値打ちがある石を投げ込んだ。
その石は、強大な王から贈られたもので、
王は、四重の指環にはめて身につけよ、と命じた。
この石は、その指環によって見いだされる、と王は言った。
賢く、この指環をめぐらせることができれば、と。
それぞれの輪は、ほかの輪と反対だが、
すべてが和合し、石の母となるからである。
さて息子よ、驚くべきことを明かそう。
私が死ぬとき、この指環は砕けねばならない。
王はそう言ったが、同時に、こうも言った。
指環が小さく砕けても、
穏やかな火が、すぐに再び閉じ合わせるだろう、と。
それができる者は、無駄に働く必要はない。
この隠された宝が見つかるまで、
私が死んだ後も、私の霊は歩き回るだろう。
その霊に、墓から、あなたの火を持って来させよ。
私の財を得るまで、その霊とともにいよ。」
この言葉を、ある世俗の人が、たまたま聞いた。
毎日、その霊を見張ったが、少しも近づけなかった。
それでも霊は、その者にも、すべての人にも出会うのに、
この隠された石がどこにあるか、教えてはくれない。
注 前頁に始まった父の語りは、第19行で終わると解して日本語の閉じ括弧を置いた。fore-fold は fourfold(四重の)の意。比喩的な財宝・死・墓の物語として訳す。
祝福された石の二つの原理について
父と子の対話
父。
息子よ、硫黄が欠けていれば、
人が何と言おうと、われわれの仕事は否定される。
そして、お前の信条と同じくらい真実に、それは水と火であり、
身体が死ぬまで、それを締めつける。
自分の火によって、鉛のように青くなるまで、
お前は、それから望むものを、決して得られない。
私は、われわれの硫黄を、
つねに自然に自らへ引き寄せる磁石にたとえる。
夫から逃げようとするとき、火のような女である水銀に対し、
われわれの硫黄も、同じように働くのである。
注 Father/Son という欄外の話者名を、各発話の先頭に置いた。第5〜6行は日本語の条件を明らかにするため順序を調整した。
子。
父よ、慈愛にかけてお願いします。
この硫黄は、どこで見つかるのですか。
私は、目で見たことも、
その本性を知ったことも、ありません。
父。
われわれの水の中だ、息子よ。心に留めておけ。
そこで、それは雪のように白く現れる。
子。
ありがとうございます、父よ。なんと親切なのでしょう。
お教えによって、よくわかりました。
では、そのことを覚えているうちに、赤い石が、
自然の法によってどう作られるかを、教えてください。
父。
白と赤は、どちらも同じ種類のものだ。
これで息子よ、お前は望みをすべて得た。
そのティンクトゥラは、成長することによって、そうなるとわかる。
太陽の力と、火の調節によって、
その富は、そこで増してゆく。
私が名づけられる、ほかのすべてを、はるかに凌ぐ。
ほかのものが火の中で試練に遭うと、
それらの栄光は消えるが、この石は同じままである。
注 Gune は gone に相当する印字として訳した。
それは、七つの惑星の効力を持ち、
天の極からの力も持つからである。
世界が始まって以来、あらゆる効力で、
それに並ぶ宝石は、見いだされていない。
サファイアも、ダイヤモンドも、
豊かなルビーも、後れを取る。
トルコ石も、紅玉も、同じことだ。
もし火の中で、共に戦うなら、
ただ一つを除いて、すべて力を失うだろう。
火は、この石に対して、何の力も持たない。
その元素が、これほど等しく釣り合っているからだ。
この石は、不燃の油であり、
力において、ほかのすべてを、はるかに凌ぐ。
注 前頁から続く父の発話。Turkie は turquoise(トルコ石)。天の七惑星は歴史的な七曜である。
子。
父よ、われわれの明るい硫黄は、どの元素にあるのですか。
すべての中ですか、それとも一つの中ですか。
父。
息子よ、当然、すべての中になければならない。
われわれは、元素の分離を行わないからだ。
それでも、その中に硫黄を見ることはできない。
感覚で捉えられる質料ではなく、
知性によってのみ捉えられる均衡だからだ。
それなしには、石は決して固定されない。
息子よ、性質もまた、火の中で育つ。
白い石と赤い石との間には、
女が死ぬときまで、
多くの色が、お前たちに現れるからだ。
それらを見ないのであれば、
石は、決して赤くはならない。
女が存在する所には、
多くの湿り気と、偶有的なものとがある。
その中の水っぽい液は、
われわれの性質を、溺れさせ、呑み尽くす。
ノアの洪水を思い出し、考えてみよ。
水が多すぎて、よかったためしはない。
それでも、量の中に質が隠されるように、
注 sensuall は感覚に属するという古義。equallitie は元素・性質の釣り合い。Accidence は本質に属さない偶有的な性状と解した。
同じように、われわれの土も、水の中になければならない。
その本性にふさわしい変化をすべて経た後、
お前は、その中に多くの富を見いだすであろう。
その中で油が凝固するとき、
われわれの石の身体は、液化される。
硫黄、水、油が一つになるとき、
石は、富を備えたものとなる。
火に耐えるわれわれの石よりも、
豊かなものを、お前に教えることはできない。
われわれの火が、それを、これほど強くするのだ。
注 前頁から続く父の発話。代名詞の男性・女性が揺れるのは原文のまま。第2〜3行、第8〜9行は、日本語の語順を調整した。
子。
父よ、われわれの石をどう作ればよいのか、
成し遂げるため、ぜひ知りたいのです。
父。
息子よ、ゆっくりと穏やかな熱によって、
諸元素は、自然にかなって一緒になる。
未熟な間は、あまり急いではならない。
火をよく保ち、炎に気をつけよ。
霊が逃げ出さぬよう、器をよく閉じよ。
そうすれば、すべてを、いっそうよく保てる。
霊たちがお前のもとから去ってしまえば、
取り戻す手立ては、ないからだ。
元素が出会うことは、なんと驚くべきことか。
これを、第一の秘密として守れ。
始めるときには、神を賛美し、
材料を四十日間、熱の中に置け。
ただし、すべてのものが澄むようにせよ。
そうでなければ、少しも近づいてはいない。
その期間のうちに、黒くなり、
白くなるまで、しばしば色を変えるだろう。
そこで一段落して、さらに進める。
火加減を、本来の度合いに調えながら。
これをもって、いま、話を終え、
お前を、ただ神に委ねよう。
注 第4行 Fie は原刊正誤表(第367頁第16行)に従い Fier と解して訳した。lowe は flame(炎)の古語。Haste not to fast の to は too と解した。
ジョン・ガワー 賢者の石について
ジョン・ガワー
賢者の石について
また、大いなる勤勉によって、
彼らはあの経験の術を見いだした。
錬金術と呼ばれるものがそれであり、
それによって銀を増殖させ、
金をもまた同じく増やした。
それがどうなされるかを語るならば、
とりわけ七つの物体に、
四つの霊が結びついて、
この物質の実体が成り立つ。
ここで私のいう物体は、
惑星を起源としている。
金は太陽に帰せられ、
月は銀をその分として持ち、
鉄は火星に属している。
鉛は土星に従って育ち、
木星は真鍮を授ける。
銅は金星に定められ、
メルクリウスはその分として、
水銀を持つことになっている。
それは書物の呼び名に従えば、
ここに名を挙げ、
公に述べられる四つの霊のうち第一である。
そして第二の霊は、
サル・アルモニアクのうちに見いだされる。
注 Brasse(真鍮)の木星への配当は原文どおり。一般的な金属・惑星対応に合わせて錫へ改めない。Sal Armoniake は塩化アンモニウム系の歴史的呼称。
第三の霊は硫黄であり、
その次に続く第四は、
アルケンニウムという名で呼ばれる。
風を送り、熱い火を用いて、
私が述べたこれらのものに、
彼らはさまざまな仕方で働きかける。
というのも、哲学者が語ったように、
金と銀は、彼らによって、
二つの主要な両極とみなされ、
他のすべての金属は、度合いに応じて、
その両者と調和し、
本性によって似通っているからだ。
もし何人かが、それらから、
黒くなるもとである錆と、
硬さを帯びた性質とを取り去れるなら、
それらは完全に、
金あるいは銀の姿を取るであろう。
だが、これを確実に行うには、
物体と霊との間で、
金属が完全になるまでに、
全部で七つの方式が設けられる。
その一つでも妨げられれば、
残りは役に立たない。
そうでなければ失敗することはない。
この術を見いだした人々は、
それぞれの段階に一定の限界を定め、
人が見いだせるようにしたからだ。
この技は自然の道に従ってなされ、
そこには欺きがない。
しかし、この業を始める者は誰であれ、
いかなる時にも注意を払い、
何一つ取り残してはならない。
まず蒸留に、
続いて凝固に、
注 Arcennium は砒素を指す歴史的名称。Sewende=続く、hotte=名づけられる、kinde=自然・本性。末尾の列挙は次頁へ続く。
溶解、下降に注意を払い、
またその心に、
昇華の要点を保ち、
続いて、確かな試験にかなう、
煆焼を心がける。
そうして、火の適度な熱によって、
固定が生じるようにする。
ついに彼が、あの賢者の石の、
完全なるエリクシルを、
得られるまで。
それについては昔、多くの、
哲学者が書き記した。
そして、あの石と他の二つの石の、
名を知りたいのなら、
かつて学者たちが作ったものを、
書物が記録するとおりに、
私はその本性を述べよう。
これら古の賢い哲学者は、
自然の道に従い、さまざまな仕方で、
学識によって三つの石を作った。
その第一を詳しく述べると、
ウェゲタビリス〔植物性の石〕と呼ばれた。
その固有の力は、
人の健康に役立ち、
守り、保全することである。
自然の死がその人に訪れるまで、
あらゆる病から、
身体を守るのである。
第二の石は、確かに言うが、
ラピス・アニマリス〔動物性の石〕と呼ばれる。
その力は独自のもので、よく知られており、
耳と目、鼻と口のために働く。
それにより人は聞き、見ることができ、
それぞれの仕方で、嗅ぎ、味わえる。
また、感じることと歩くこと、
その両方について人を助ける。
注 Clergie は聖職者集団でなく学識を意味する。医療上の効能は史料の主張として訳した。
それは五感を守ることを、
自らの務めとして引き受ける。
第三の石は、ことに、
鉱物性の石という名で呼ばれ、
あらゆる鉱山の金属を、
精良になるまで調整し、
次のような仕方で浄化する。
錆、悪臭、硬さという、
あらゆる欠陥を取り除くのである。
そして、そのように清らかになると、
私の知るところでは、この鉱物性の石は、
それらの当初の本性をすっかり変え、
自らの力によって、それらが、
受け容れ、授かれるようにする。
実体においても形においても、
金と銀の本性を。
この二つが両極なのであり、
あらゆる金属は、その性質に従って、
火の助けと支えを得て、
その両極を望むからだ。
さらに、すでに述べたように、
太陽と月に施されるこの石は、
赤にも白にも、
益をもたらす力がある。
それは金の増殖を生み、
また固定を、
引き起こし、そのような性質によって、
業を完全なものにする。
人々が錬金術と呼ぶ、
あのエリクシルの業を。
かつて賢かった人々には、
それが成就したが、今はまったく異なる。
彼らはその石について盛んに語るが、
今や、その作り方を知る者はいない。
真実の経験に即して知る者はいない。
それでも、大いなる勤勉をもって、
彼らはその仕事に取りかかり、
得るよりも多くを失う。
なぜなら、いつも妨げに出会い、
かつて富んでいた者たちに、
貧困と負債をもたらすからだ。
損失は手に入り、利益は失われる。
一ポンドを得ようと五ポンドを費やす。
このような技がどう栄えるのか、私にはわからない。
いま用いられるようなやり方なら、
いっそ捨て去るほうがよい。
思いどおりには成り立っていないものに、
思い込みだけで取り組むよりは。
とはいえ、それを知る者にとって、
この学そのものは真実である。
創始されたときの形に従うならば。
そのため、最初にそれを発見した人々の、
名は、今も確かなものとなっている。
こうして、その名声はあまねく広がり、
徳と価値を求めて、
労苦した人々へ帰せられる。
もしその名を挙げるなら、
ヘルメスは、最も初期の一人であり、
この術は、ことに彼に帰せられる。
ゲベルも、その術によって高く称えられ、
オルトラヌスとモリエヌスも同じである。
その中にはアヴィケンナもいる。
彼は錬金術の実践を、
大いに見いだし、書き記した。
彼らの書物は、そこに明らかに記されていながら、
この技に関して理解する者は少ない。
それでも、今の世には、
それらを試してみようとする者が、実に多い。
注 冒頭は前頁の「知る者はいない」を承ける。原文の “Which founde and wrote and greate partie” の and は保持し、意味上は a greate partie(大部分)に相当すると読んだ。
しかし、その意味するところを、ほとんど知らない。
知ることと、思い込むこととは、同じではない。
彼らは言葉の形でそれを論じるが、
得ることには失敗する。
多すぎるか、少なすぎるかによって、
いつも何かしら欠点が見つかる。
そのため彼らは、自然に基づく、
完全な薬の、
道筋に従っていないのだ。
だが、ギリシア語、アラビア語、カルデア語で、
書を著した人々は、
そのような権威を備えていた。
あなたが私の語るのを聞いたすべての、
道を、彼らが最初に見いだしたのである。
それゆえ、彼らの学説を記した年代記は、
いつまでも価値あるものとして残るであろう。
リプリーの幻視
サー・ジョージ・リプリーの幻視
ブリドリントンの律修参事会員
ある夜、私が書物に没頭していたとき、
ここに述べる幻が、私のかすんだ目に現れた。
真っ赤な一匹の蟇が、葡萄の汁を勢いよく飲むのが見えた。
その液で満ちすぎて、ついに腸がすっかり破裂するまで。
その後、毒に満ちた胴から、恐ろしい毒液を吐き出し、
その悲しみと苦痛のため、すべての肢体が膨らみ始めた。
毒の汗の滴を流しながら、こうして秘密の巣穴へ近づき、
煙る空気を吹きつけて、洞窟をすっかり白くした。
そこから、しばらくして黄金色の液が生じ、
高い所から落ちる滴が、土を赤い色に染めた。
そして、この身体が生命の息の力を失い始めると、
死にゆく蟇は、たちまち炭のような黒色となった。
こうして、自らの脈を流れる毒の洪水に溺れ、
八十四日のあいだ、腐り続けた。
そこで私は、試みをもって、この毒を追い出したいと願い、
そのため、その屍を穏やかな火に委ねた。
それをなすと、見るにも驚異であり、語ればなお驚異となることに、
蟇は、四方の隅々まで珍しい色々に貫かれた。
さまざまな色がみな過ぎ去ると、白が現れ、
その後、赤く染められると、その色は永久に続いた。
こうして処理した毒から、私は一つの薬を作った。
それは毒を殺し、たまたま毒を摂った者を救う。
かくも秘められた道を授ける方に、栄光あれ。
支配と誉れ、崇敬と讃美が、ともにあれ。
アーメン。
注 原版の詩行が頁幅で折り返された箇所を一行に戻した。毒から薬を作るという叙述は歴史的寓意として訳し、安全性を保証するものではない。
寓意の巻物に属する詩
寓意図巻に付された詩句
ジョージ・リプリーの創作とされる
私は、明らかな言葉であなたに告げよう。
私がどこで、いかに生じ、何から生まれたのかを。
オモゲニが私の父、
マグネシアが私の母である。
そしてアゾートは、まさしく私の姉妹、
キブリックは、確かに私の兄弟である。
アラビアの蛇が私の名であり、
この営みすべてを導く者である。
かつては狂暴で荒々しかったが、
今の私は従順で穏やかだ。
太陽と月が、その力によって、
かくも軽やかだった私を懲らしめた。
私の翼は、私の思うままに、
あちらへ、こちらへと私を運んだが、
今や両者はその力で私を引き下ろし、
望む所へと私を連れてゆく。
私の心臓の血は、確かに、
今や歓喜と至福をもたらす。
注 Omogeni、Magnesia、Azot、Kibrick は原文の錬金術的名称を音写し、特定の現代物質には一律に同定しない。wood=狂った。
そして、まさにその石を溶かし、
業を終えるまでに、それを結び合わせる。
今や、液状だったものを硬くし、
固定したものにする。
私の血と水ならば、確かに、
世界のいたる所に豊富にある。
それはあらゆる場所を流れ、
それを見いだす者は、恵みを得る。
世界のすべてを流れ、
球のように巡る。
これをよく理解しなければ、
あなたは業を成し損ねるだろう。
だから、始める前に知れ。
それが何であり、その一族が何であるのかを。
確かに、それには多くの名があるが、
すべてはただ一つの本性である。
あなたはそれを三つに分け、
次に、三位一体のように結び合わせ、
すべてを、ただ一つにしなければならない。
見よ、ここに賢者の石がある。
ヘルメスの鳥が私の名。
自らの翼を食べて、己を馴らす。
海の中に、偽りなく、
ヘルメスの鳥が立っている。
変わりやすい己の翼を食べ、
それによって自らを、より安定したものにする。
すべての羽がなくなると、
そこに石のようにじっと立つ。
ここには今、白と赤の両方があり、
また、死者を生き返らせる石もある。
すべてをまとめて言えば、偽りなく、
硬くも柔らかくもあり、また可鍛性を持つ。
今や、よく正しく理解し、
この光景について神に感謝せよ。
注 nesh=柔らかい。
かくも明るいポイボスを取れ。
彼は威厳のうちに、かくも高く座し、
まばゆく輝く光線をもって、
彼のいる、あらゆる場所を照らす。
彼は、生あるすべてのものの父であり、
梢と根の命を保つ者、
そして、うるわしい妻とともに、
自然を芽吹かせる者だからだ。
彼は、あらゆる傷の膏薬であり、
この貴重な業を成し遂げるために働く。
彼の教えによく注意を払え。
学ある者にも学者にも、私はそう告げる。
そして、オモゲニーが私の名である。
神が御自らの手で形づくった者であり、
マグネシアが私の母であることを、
あなたは確かに理解しなければならない。
今ここで私は、始めよう。
あなたに、まっすぐな道を教えるために。
さもなければ、得るところは少なかろう。
私のいうことを、よく心に留めよ。
あなたはポイボスを、多くの部分に分けよ。
かくも明るい、その光線とともに。
そして、すべての光の鏡である彼を、
このように、自然によって絞り込め。
このポイボスには、実に多くの名があり、
それを知ることは、ひどく難しい。
まさに、そのものを取らなければ、
あなたは賢者の石を知ることはない。
注 soote=sweet(甘美な、うるわしい)。Coarte=狭める・圧縮する。語り手の切替えとOmogeni/Omogenyの綴りの差は原文どおり。
だから、始める前に忠告する。
それが何であるかを、よく知れ。
そして、濃厚なものを希薄にせよ。
そうすれば、それはあなたを大いに喜ばせるだろう。
今、私の意味するところをよく理解し、
十分に注意を払え。
さもなければ、業の成果はほとんど見えず、
あなたを大いなる災いへ転じさせる。
この私たちの教えで述べたように、
確かに、それには多くの名があり、
後に置かれるものも、前に置かれるものもある。
昔の哲学者たちが、それに与えたとおりに。
地の上には一つの丘があり、
また、井戸の中には一匹の蛇がいる。
尾は長く、翼は広く、
あらゆる方向へ飛び立つ用意ができている。
井戸の周囲をしっかり整え、
蛇が外へ出ないようにせよ。
もし、そこから去ってしまえば、
あなたは石の力を失うからだ。
ここで、その地が何であるかを知れ。
また、かくも澄んだ井戸が何であるか、
そして、尾を持つ蛇が何であるかを。
さもなければ、業はほとんど役に立たない。
井戸は、清らかな水の中で燃えねばならない。
あなたのこの火に、よく注意せよ。
火は、水によって焼かれ、
水は、彼が火によって洗う。
次に、土が火の上に置かれ、
水が空気と結び合わされる。
こうして、あなたがたは腐敗へ進み、
蛇を還元へと導くのである。
注 寓意的な火・水・井戸の関係をそのまま保持した。reduction は元の状態へ戻すことを含む歴史的用法で、現代化学の還元反応に限定しない。

まず、彼はどんな烏にも劣らず黒くなり、
巣穴の底に、ひどく低く横たわる。
地に伏す蟇のように膨れ、
丸く張った水疱で、破裂せんばかりとなる。
それらは破れて、すっかり平らになる。
こうして、技によって蛇は殺される。
彼は、そこで多くの色を示し、
骨のように白く変わる。
彼のいた水によって、
その罪を洗い清めよ。
そして、少しずつ、少しずつ飲ませよ。
それが彼を、美しく白くする。
その白さは、永遠にとどまる。
見よ、ここに、まさしく完全な仕上がりがある。
白い石と赤い石の。
見よ、ここに真の業がある。
注 原版の “I swel’d” を保持。文脈上、過去分詞の接頭辞 i- を伴う「膨れた」と解した。頁下の双頭の竜・太陽・月・球の図には可読の銘文がない。
錬金術師たちの秘義
錬金術師たちの秘義
サー・ジョージ・リプリー作
ブリドリントンの律修参事会員
太陽が白羊宮にあり、ポイボスが明るく輝くとき、
新年が芽吹き、諸元素が蘇る。
太陽はその力によって、自然と光を与え、
湿りが、生長するすべてのものを新たにする。
一年のうち、太陽が暖かくなる季節には、
花々はみずみずしく、香り高く育つ。
自然の精妙な働きを、私たちは見分けられず、
理性によっても、それを知ることはできない。
四元素のうちには、三つのものが含まれる。
すなわち、動物、植物、鉱物である。
私たちの石を作る始原は、その中にある。
質と量は、多くの者に知られていない。
息子。父よ、私はぜひ質について知りたい。
それはどんな性質で、その本性に何を備えていますか。
父。地上に育つ、さまざまな色のようなものだ。
息子よ、この秘密をよく守り、心に留めよ。
息子。比率なしに、父よ、どうやって知ればよいのでしょう。
今の私には、この働きは到底理解できません。
父。息子よ、自然と本性とは、ともに育つ。
息子よ、重さによって質を見いだすことは、決してできぬ。
息子。父よ、元素を分離するためには、私はどうしても知る必要があります。
比率において、どちらが多く、どちらが少ないのかを。
注 冒頭の太陽記号と白羊宮記号をUnicodeの☉・♈で表した。欄外の話者表示は該当する発話の冒頭へ移した。Son は叙述部分では Sun(太陽)の綴り。
父。私たちの始原から、四元素を引き出すのだ。
必要とされるものは、ほかには何もいらない。
私たちの始原は、質において、かくも完全に混ざり、
太陽の力と、その性質によって、
かくも等しく結ばれ、かくも徹底して固定しているため、
これほどよく混ざったものは、ほかにありえない。
息子。父よ、この始原は、ただ一つのものなのですね。
優しい父よ、どこに生じるのか教えてください。
父。息子よ、あらゆる場所で見いだせる。
味と色によって、それをよく知ることができる。
空の鳥は、それによって飛び、
海の魚も、それによって泳ぐ。
天使の理性をもってすれば、それを見分け、
男と女の双方を治めるものだとわかるだろう。
息子よ、私たちの固定した物体から、このように始めねばならない。
それからメルクリウスと澄んだ水を作れ。
その中には男と女がいて、
私たちの火の力によって結婚している。
女は、その働きにおいて、まことに奔放だ。
外へ出ていかぬよう、よく気をつけよ。
身ごもり、子を産むまでは。
そうすれば、その親族はみな、その子に頭を垂れる。
彼らは働きにおいて不安定で、
元素は、かくも未熟であり、
色もまた、ひどく変わりやすい。
時には、烏の頭のようになるほどだ。
それが黒くなったなら、喜んでよい。
腐敗は、先に進まねばならない。
黒の後には、白くなる。
そのとき神に感謝せよ、子が生まれたのだ。
この子は、王でもあり皇帝でもあり、
その領域の遠くも近くも支配する。
全世界が彼を敬う。
火から授かった、その力のゆえに。
彼の最初の衣は、白く純粋であり、
水晶にも劣らず、澄んで輝く。
そのときには、白いティンクトゥラを確信してよい。
私たちの火から得た力によって。
かくも白い彼の最初の衣は、
その処女性を表し、
それにまさしく似た比喩であり、
また、三位一体にも適っている。
私たちの薬は、三つのものから作られ、
哲学者たちも、これを否定できない。
父と子が、同じ位にある。
身体、霊、そして魂。
自然が自然とともにあるとき、あなたは実りを見いだせる。
比率に従って、多くも少なくも。
この実践について、多くの者は盲目である。
自然とは何かを、理解していないからだ。
彼の第二の衣は、金のように赤く、
器の中で、明るく輝く。
頭には宝冠を戴き、
地上のいかなるものよりも豊かである。
第三の衣は、純粋な紫で、
日光のように、明るく澄んで輝く。
そのときには、赤いティンクトゥラを確信してよい。
私たちの火から授かった力によって。
愛する息子よ、私は命じる。
私の愛と祝福を得たいならば、
神の前にひざまずき、
讃美と感謝を捧げよ。
あなたに授けられた、これら恵みの賜物のために。
この尊い学を、真に知ることができたのだから。
多くの者は、陸と海にこれを求め、
どれほど費やしても、見いだせずにいる。
息子よ、私はここで、隠された秘密を示そう。
あなたは、徳ある生活を送っているからだ。
そうでなければ、私からそれを知ることは、決してできなかった。
また、あなたは、内密なことを賢く守れるからだ。
それゆえ、私の祝福にかけて命じる。
生きているいかなる者にも、それを明かしてはならない。
これは、私たちの祝福された石の第一の始原であり、
私たちの高貴な業は、それによって支えられる。
息子よ、今示すことを、よく心に留めよ。
硫黄がなければ、私たちの業は奪われる。
息子よ、私たちの硫黄は、水と火であり、
身体が死ぬまで、それを締めつける。
身体が鉛のような青黒色になるまでは、
それらから望みのものを得ることは、決してない。
そのすべての後に、彼は生き返る。
先には、器の中で死んでいた者が。
私の理性では、それ以上の譬えは思いつかない。
彼を、偉大な神性に譬えるほかには。
神には三つの位格があるけれど、
死んだのは、ただ一つであったように。
父と子は、力において一つであり、
聖霊が、私たちの完全な三位一体を成す。
これは、私たちの石に似た比喩である。
石には三つのものがあり、すべて一つに包まれている。
私たちの硫黄は、聖霊に譬えられる。
それは生きており、生命の霊と呼ばれるからだ。
その働きにおいて、力は最も大きい。
私たちの身体を、死から命へ蘇らせる。
息子よ、多くのものが、それとともに蘇る。
聖なる福音が、そのことをよく証している。
その数を、私の理性では数え尽くせない。
注 383頁24行の印字 “Slyfe” をそのまま転記。原本の正誤表(scan520)は “lyfe” と訂正するよう指示しており、訳は訂正に従い「生命」とした。bloe=青黒い。
どれほど多く、どれほど大きな実りをもたらすことか。
私は、私たちの硫黄を磁石に譬える。
磁石が、生まれながらに鋼を引き寄せるように、
私たちの硫黄も、女を引き寄せる。
女が、その夫から逃れようとするときに。
注 Adamant Stone はここでは鋼を引く性質から磁石と訳した。
息子。父よ、私は深く考え込み、心に不思議に思います。
この石は、何から生まれるのでしょう。
また、いったいどんな本性を持つのでしょう。
私は、多くの国を旅し、
低い谷でも高い丘でも、
敵にも友にも、そのことを尋ねました。
それでも、その硫黄を見ることは、ついにできず、
どの場所で見いだせるのかも、わかりませんでした。
父。息子よ、それは、神が魂と命の両方を、
授けた元素から作られる。
金属から、それが失われることは決してない。
夫と妻の双方を治めるからだ。
息子。父よ、慈愛にかけてお願いします。
この硫黄を、どこに見いだせばよいのですか。
質によっても、完全には知れず、
本性によっても、今まで知りませんでした。
父。私たちの水の中だ、息子よ、これを心に留めよ。
そこで、それは雪のように白く現れる。
息子。ありがとうございます、父よ、あなたは実に親切です。
教えていただき、今はよくわかりました。
今、父よ、慈愛にかけてお願いします。
そのことを心にお留めのうちに、
赤い硫黄の見分け方も、教えてください。
そうすれば、あなたの教えを把握できると思います。
父。息子よ、白と赤は、本性において同じものだ。
今や、おまえは望むものをすべて得た。
この秘密をよく守り、心の内に閉じ込めよ。
そのティンクトゥラと生長は、私たちの火の力による。
私たちの石は、私たちの火の中で育ち、
そこで、自らの富を増すからだ。
私が知るかぎり、ほかのいかなる石も、そうはならない。
火の中に入り、これと競おうとしても。
それゆえ、私たちは、この石を太陽に譬える。
すべての元素に光を与える太陽に。
世界が始まって以来、
これほどの力を持つものは、これ以外になかった。
どれほど高貴なものであろうとも。
サファイア、ダイヤモンド、エメラルド、
トルコ石、あるいは豊かなルビー。
力あるあらゆる石のうち、私たちの石を別にすれば、
光に満ちた、最大の紅玉でさえ、
私たちの石には比べられない。
もし火の中で争うならば、
紅玉は、その力をまったく失ってしまうからだ。
息子よ、私たちの石を破壊することはできない。
その中の元素は、かくも均衡している。
それは、燃え尽きない油であり、
あらゆるものの中で、最も帝王にふさわしい。
息子。父よ、私たちの硫黄は、どの元素の中にありますか。
すべてですか、それとも、どれか一つですか。
父。息子よ、必ずすべての中にある。
私たちは、元素の分離を行わないからだ。
息子よ、元素の中の硫黄を、目で見ることはできない。
自然によって、かくもひそかに混ぜ込まれているためだ。
元素の中では、それは一つの質である。
そうでなければ、私たちの石は、完全には固定しない。
息子よ、質はまた、火の中で育つ。
白い石から赤い石へ至るあいだに。
女が死ぬ時まで、
そこには、多くの色が現れるからだ。
息子。父よ、女は、どうしても死なねばならないのですか。
父。息子よ、そうでなければ、私たちの石は決して赤くならぬ。
女がいるところには、
多くの湿りと偶有性があり、
彼女の中には、水気と液がある。
それが、私たちの質を溺れさせてしまうだろう。
息子よ、ノアの洪水によって、よく理解せよ。
多すぎる湿りは、決してよいものではなかった。
質が量のうちに隠されるのと同じく、
注 accidence は実体に対する偶有的性質。直前には元素分離への問答があるが、ここで「元素の分離を行わない」と述べる原文を改変しない。
私たちの土も、水の中になければならない。
本性が変化した後に、
その中の富を、あなたは見いだすだろう。
その油は、その中で凝固している。
これが、私たちの身体を液化させる。
硫黄と油は、まったく同じ本性のもので、
私たちの石を豊かにし、着色するものとする。
息子よ、それが火の中で持ちこたえるときほど、
豊かなものを、私はほかに告げられない。
火は、それに害を加えられない。
自然の硫黄が、それほど強くしているのだ。
息子。父よ、私たちの石を作る方法を、ぜひ知りたいのです。
父。息子よ、穏やかな熱の中で、元素は出会う。
それらが未熟なあいだは、あまり急ぐな。
息子よ、器の中に、いっそうよく保つがよい。
火をよく制御し、その法則に注意せよ。
霊が外へ出ないよう、器をしっかり閉じよ。
そうすれば、すべてを、いっそうよく保てる。
それを再び取り戻す方法は、なかなか知りがたい。
元素を結び合わせるのが難しい者もいる。
息子よ、この秘密をよく守り、日々神を讃えよ。
器に澄んだ水を入れ、
まる四十日、火の中に置け。
すると、器の中に黒さが現れる。
黒くなると、ほどなく変化し、
多くの色が、その中に現れる。
色から色へと変わり、やがて白くなる。
息子よ、そのときこそ、火を変える時である。
そして、熱を望むように和らげよ。
白いままにしておきたければ、
その薬に処置を施さねばならない。
乾いた火を、それに加え、
また、自然に適った湿った火も加えよ。
それが固定され、
メルクリウスを飛び去る前に捕らえられるまで。
注 原版の重複 “and and” を保持。“melt the heat” は印字どおりとし、文脈上「熱を和らげる」と訳した。tyte=すぐに。
それは、自然によって、ひそかに混ぜ合わされているため、
そのときには、容易に融けるものとなる。
そして、あなたが相応の比率で用いれば、
純良なルーナ〔銀〕を作る。
それほど深く浸透するものとなり、
流動性と浸透性とを、ともに備える。
息子よ、薬を赤くしたいなら、
乾いた火の中に保ち、
いつも一つ所に留め、
器が決して湿らぬようにせよ。
息子。かくも硬く、重く、よく浸み通るとは、
父よ、これは驚くべきものです。
かくも熱く、湿り、軽く、水気がある。
父よ、この大いなる秘密を、私は守ります。
かくも白く、赤く、役に立ち、
あらゆる石のうち、最も比類のないものです。
父。それは、どんな王よりも、多くのことをなしうる。
息子よ、その働きは、それほど豊かなのだ。
人々は金と銀を、ぜひとも得たがり、
貧しい者も富める者も、それを求める。
それを最も豊富に持つ者は、
人々から、最も多くの服従を得る。
人々は、昼も夜もその者に仕え、
戦場でも、そのために戦おうとする。
だから、息子よ、私の祝福にかけて、
この貴重な知識を、秘密に守れ。
王にも騎士にも、内情を打ち明けるな。
知れば、彼らは、それを軽んじるであろう。
望みのものを手に入れたときには、
「神の呪いが来るぞ」と、あなたに言うであろう。
「ああ、知っていたなら、考えていたなら」という後悔は、
いつも後になって来るものだからだ。
息子よ、私たちのメルクリウスは、白く希薄であり、
私たちの器の中で、明るく澄んで輝く。
私たちの硫黄は、その内側にある。
注 “God’s curse wil come they say the untill” は難解な構文を保守的に「彼らはあなたに言う」と解した。had I wist/had I wend は事後の後悔を示す慣用句。
そして、私たちの乾いた火よりも強く、それを焼く。
その自然な働きによって、私の理解するところでは、
一年で、いっそう十分に、それを固定する。
太陽が、その乾いた火によって、
長い千年をかけるよりも。
私たちは、短い間に成し遂げられる。
この薬を、あなたが試そうとするとき、
一日よりも短い間に、
ソル〔金〕とルーナ〔銀〕の両方を作れる。
息子。父よ、それは井戸から湧く水ですか。
それとも、川を流れる水ですか。
父よ、ほかの水を、私は見いだせません。
父。いや、息子よ、別の種類のものだ。
澄んだ水ではあるけれど、
私たちの硫黄が、その中に、かくもしっかり付着しており、
どんな火によっても、分離できない。
このことについて、私は真実を告げている。
息子。どんな火でもできないとは、父よ、どういうことですか。
父。それは火であり、絶えず燃えている。
私たちの硫黄は、太陽と、そのような湿りから作られ、
火の中でも、つねに持ちこたえる。
息子。私たちの業に要する時間を、知りたいのです。
どれほどの間に、石を作れるのでしょう。
〔父。〕息子よ、穀物と果実によって、よく知ることができる。
一年に一度、目の前で成し遂げられるからだ。
太陽は、黄道を巡り、
十二の宮を、一年に一度通る。
私たちの石を作るにも、それほどの時間がかかる。
父。あまり急がず、火をよく制御せよ。
私たちの石の力を語れる者は、少ない。
その中の元素は、かくも強力であり、
豊かな宝が、その中に宿る。
富において、あらゆる石に勝るのだから。
終。
注 By Corne から始まる返答は内容上は父の発話だが、原版の欄外 Father. は Haste の行に置かれている。原文ではその位置を保持し、訳の返答開始には補った話者を〔 〕で示した。
リプリーの髄質書への序文
サー・ジョージ・リプリーの『メドゥラ〔精髄〕』に付された序文
彼が西暦1476年に著し、当時ヨーク大司教であったジョージ・ネヴィルに献呈したもの
いと高貴なるわが主、親愛なる高位聖職者よ、
どうか、私からこの詩をお受け取りください。
ここに、あなたへお捧げするものです。
賢者たちの石について述べ、
あなたのために韻文に仕立てたものを。
その代わりに、ただこれだけを願います。
あなたの温かなご厚意を賜りたいのです。
2. 私が記す、この神聖な石は、
一つとして知られながら、三つでもあります。
三重の本性であるという、
その力と威力を備えつつ、
それらは金属を判定し、試します。
すべての賢者から、
征服を遂げる、強力な石と呼ばれます。
3. どうか、軽蔑も拒絶もせず、
今、その力を学んでください。
それらを用いるならば、あなたは、
ご自身を保ち、また方法を知れます。
老いを隠し、若さを表す方法を。
そして、真鍮は、それらによって変成され、
粗悪な物体も、確かに清められます。
4. また、精製され、まったく純粋になり、
ついには、金にされます。
これらのうち第一のものは、確かに申しますが、
人が口にするには、きわめて有害です。
生命を分解し、消耗させるからです。
すべてを腐食させる腐食性物質から作られ、
鉱物性のものと呼ばれています。
注 第一連には原版で番号がない。eger は酸い・鋭い・粗悪なという含意を持つ。Aurified=金に変えられた。効能・毒性の叙述は史料の主張を訳したもの。
5. しかし、第二は動物性、
第三は、まさしく植物性のものです。
その力は、あらゆるものを治し、
何が起ころうとも、いかなる場合にも、
人を健康に保ちます。
若さを新たにし、それを健やかに守ることは、
試験によって、真実と見いだされています。
6. そして、ここで明らかに教えましょう。
それらの混合物を、いかに純粋に作るかを。
整った順序で、出し惜しみなく。
夢物語をお話しするのではありません。
命の続くかぎり、私をお信じください。
この口で、あなたに告げることを御覧ください。
私の行いが、つねに真実だと証しましょう。
7. それでも、私の韻文は、ある比喩を隠します。
この術が、翼を得て飛び去り、
卑しいものとして世間へ流れぬように。
その意味も真実も、衰えることはありません。
そして、欺きなく示しましょう。
あらゆる面から、この事柄を明らかに。
何が起ころうとも、真実のままに。
8. これまで、こう聞いたことがおありでも、
この術を実践する者は、
いつも灰の中に繁栄を求め、
ついには沈んだ心で学ぶのだと、
自分の取り分を、増やさず減らすことを。
それでも、そのために落胆なさらず、
いっそう恐れたり、尻込みしたりなさらぬように。
9. むしろ、私の告げる言葉をお信じください。
真実として、はっきり申し上げます。
私は、それをこの目で見て、よく知っており、
いつでも、その証しをいたします。
これは「精髄」と呼ばれるものです。
これより真実な書は、確かに申しますが、
この世のどこにも見いだせないでしょう。
10. さて、私たちの葡萄酒についての、この記述を、
ここで、あなたにひと口お届けします。
その天の水は、純粋で精良であり、
無駄なく、すべてのことを行います。
あなたの望みどおりに、固い物体を、
溶かし、軽くし、開きます。
まだ語られていない、ほかのものとともに。
11. それでも、これは自然に反するものではなく、
人が信じうるとおり、自然に適っています。
それが汚れから清められると、
ポイボスの輝きが、そこに現れ、
芳しく生長させます。
芳しさが増すほど、
その価値も、いっそう増すのです。
12. ポイボスの本性は卓越しており、
物体を清め、さらに空をも清めるからです。
それは、穀物にも草にも光を注ぎ、
太陽は、高みから新たにし、
ものに実を結ばせます。
混ぜ、固定し、本性を与え、
疫病を追い払い、養います。
13. 放ち、引き寄せ、空気を清め、
露を甘くし、流れと液を乾かし、
柔らかく、硬く、甘く、美しくします。
そして、絶え間のない働きによって、
諸々の本性を、完全に浄化します。
申すまでもなく、すべてを生長させ、
醜いものを追い払います。
14. 月桂樹の中では、鮮やかな緑であり、
金の中では、きらめいて宿ります。
石を、まばゆい明るさで飾り、
輝く物体は、それによって作られます。
しかし、ポイボスの力について、
もっと確かに知ろうとなさるなら、
サトゥルヌスの子が、子孫を生まねばなりません。
注 12連2行の pure は動詞「清める」と解した。13連の Abandoneth は「解き放つ」の意味で保守的に訳した。Saturns Chyld は寓意名を保持。
15. おお、柔和なる牧者よ、澄んだ水を引き出してください。
葡萄の芽から、ガラス器を通して。
血のように赤く、金であるかのような水を。
それは、あなたに樹脂状の塊を与えます。
これまでにないほど貴重なものを。
こうして、賢者たちにより、欺きなく開示されるのです。
あなたが軽んじることのない、この術が。
16. それは増殖させ、さらに作り出します。
飲用金を。これを真実とお知りください。
それによって、ものは、そのように増大し、
それによって、あなたは健康を新たにできます。
これらの秘密を学ぶことを、日々お求めください。
それは、ふさわしい仕方で、
あなたの命を、日ごと喜びのうちに延ばしうるからです。
17. 多くの者が、この術を憎もうとも、
それは、すべてにまさって貴重だからです。
あらゆる神秘的な教えによって、
心の内で試し、見分けてください。
それは、天の賜物なのです。
ここで、それをあなたに教えるのは、
確かに試し、立証した者です。
18. これは、あなたのために書いたものです。
空しい文飾でなく、明らかな順序で。
この小さな書を、お受け取りください。
惜しまず労を捧げる者から。
再び、あなたを神にお委ねします。
また、あなたの幸せを願うすべての者も、
どこにいようとも、神にお委ねします。
19. もし、あなたの器を、壊れぬまま長く、
いつも完全に健やかに保ちたいならば、
あなたの参事会員を、お探しください。
あなたの援助を得て、成し遂げたいとの、
善意を持つ者を、お心に留めて。
そして、そのような仕方で、あなたの業を示し、
いつまでも、あなたの讃美として響くようになさってください。
注 Cannon はここでは献呈者リプリーを指す canon(律修参事会員)と解した。Gold Potable は歴史的な「飲用金」の称。
リプリーの名を冠する短篇
前述の著者、サー・ジョージ・リプリーの名を冠する
短い論考
注 VVORKE の VV は原版どおり。
重く、柔らかく、冷たく、乾いたものを取れ。
それを清め、細かく挽いて、カルクス〔灰状物〕にせよ。
それを、森の水に溶かせ。
もし、それから何かよいものを作れるなら、
ティンクトゥラと、
良質で純粋な土性のカルクスを取れ。
これから、あなたの労によって、
メルクリウス、水、油を得られる。
空気の中から、大きな炎とともに、
火は、土の中へ忍び入る。
この業で成功したければ、
何をもって始めるのかに注意し、
どのような仕方で働くのかにも注意せよ。
暗闇で道を見失わないように。
また、どこで、何によって、どのように物質が仕上がるかにも。
私は友として告げ、助言する。
土から水を作り、水から土を作れ。
そうすれば、この仕事は、大いに先へ進んでいる。
注 Water of the Wood は寓意的名称として「森の水」とした。具体的な調製法や現代物質名に読み替えない。
あなたは、泥の中に隠れた、
土、水、空気、火を見いだすからだ。
兄弟よ、偽りを交えずに告げよう。
私たちの水は、私たちの土から作られる。
それは、雪のように澄んで白く、
私たちの土を煆焼させ、生長させる。
まず、黒さが現れる。
あなた自身の実践によって、知るとおりに。
何度も、何度も、溶かし、煆焼せよ。
凝固とともに、身体が白さへ導かれるまで。
身体を、融けやすく、流れるものにせよ。
土とともに、完全で、着色するものに。
それから、一度発酵が済んだら、
太陽でも月でも、あなたの望むほうとともに、
生命の水で、それを溶かせ。
異論なく、メルクリウスと呼ばれる水で。
魂を、身体と霊とともに置き、
一つに集めて、出会えるようにせよ。
大きく育つまで、母の腹の中で、
自らの汗を飲み物として与えながら。
兄弟よ、子にとって牛の乳は、
母の乳ほど甘くないからだ。
かくも驚くべき仕方で作られた、この子は、
自らの相続財産へ、導かれねばならない。
その財産は、まことに価値があり、
王にも劣らず費やせるほどである。
これらすべてを心に保ち、
これらの譬えをすべて理解する者は、
分離によって、見いだせる。
貧しいものも豊かなものも、大きいものも小さいものも。
私たちの硫黄によって、白と赤のアンチモンを作り、
それから、生きた、そして死んだメルクリウスを作る。
私が語るのは、一つの金属、七つのうちの一つだ。
あなたが学者なら、私の意を読み取れ。
注 teyning=着色する。quick は「速い」でなく「生きている」。比喩の中の生命・母・子の対応を保持した。
残る六つの惑星には、大きいものにも小さいものにも、
それを加えれば、煆焼されぬものはない。
それは、赤い血へ導かれねばならない。
さもなければ、そこから何一つ得られない。
そこで、森の水をもって、それに届かせよ。
男と女を、一つの頭巾の下に装わせる。
その中で、その両者から、一人の子が宿る。
姿美しく、従順で穏やかな子が。
土から来る、力強い滴によって、
母の胎内で、その子を養え。
十分な年齢に達するまで。
そして、そのとき、婚姻を結ばせよ。
娘と息子のあいだに。
そうすれば、あなたは奥義を勝ち得たのだ。
この業の始まりを求めるなら、
聖なる書の中に見いだすだろう。
ミサ典書にも詩篇集にも、
まさしく、祭壇の司祭の前に記されている。
また、あなたが扱うべきアンチモンとは何かも、
あなたが学者なら、すでに書き記しておいた。
前の箇所を見回し、見つけられるか確かめよ。
明らかに書かれていながら、人を盲目にするものを。
私たちの業は、私たちのメルクリウスを元へ戻すことであり、
哲学者たちは、それを溶解と呼ぶ。
もし、不浄な身体を解かないなら、
分別なく働いていることになる。
水の浸潤は、その解き放ちではなく、
身体を再び水へ戻し、転じることなのだ。
すなわち、そのような水へ戻すこと、
身体を、その第一質料へ転じることである。
第二の業は、
土と水を凝固へ導くこと。
第三の浄化は、また別の業であり、
わが兄弟よ、白さへと導くことだ。
注 原版は Imbibition でなく Inbibition と印字するため、その綴りを保持して「浸潤」と訳した。hatter は覆い・頭巾に相当すると解したが語形は難解。
この、それ自らの水によって。
それを知ることは、まことに驚異である。
第四の業は、
水の蒸留と、土が上方へ汗を発することである。
こうして、あなたは一つの調和のうちに得る。
土、空気、水、火という、四元素を。
器の底にある灰は、
残り物だからといって、決して軽んじるな。
私は、はっきりと告げる。
そこに、私たちの技の宝冠がある。
終。
リドゲイト 秘密中の秘密より
ベリー・セント・エドマンズの修道士
ジョン・リドゲイト
アレクサンドロス王が、その師アリストテレスに送った第二書簡の翻訳より
ここに述べられるように、アレクサンドロスは、
この哲学者の、数多い力のゆえに、
ひそかな使者を彼のもとへ送り、
言い訳せず、王の宮廷へ来るよう求めた。
しかし、彼のほうは、弱く年老い、
一方では、力もなく、
歩くにも馬に乗るにも、身体が不自由だった。
だが、アレクサンドロスが使者を送った、おもな理由、
彼が抱いた目的と思いが、
何を意味したかを、明らかに述べるなら、
哲学において、また、
天文学のほかの秘密においても、
彼が熟達し、最もよく理解できることを、王は確かに知っていた。
これが、王の使いを送った、おもな理由であった。
注 第一連は抜粋のため、哲学者側についての構文が省略的になっている。sonde=使い・伝言。
惑星の力、すべての星の運動、
そして、あらゆる天の知性について、
平和の配置、また戦争の配置について、
さらに、ほかのあらゆる珍しい隠れた学について。
七柱の神々が、その影響によって、
呪文の秩序を定め、
あるいは七つの金属の変成を定めるようなことも。
さらに、秘密とされる、ほかの技、
計算の術と地占術、
キルケとメデイアによる変身、
顔相を読むことと火占術、
陸と水における幾何学の技、
高さと深さ、そして、すべての経験的知識。
そのため、王は彼が来ることを望む。
だが、そうしたすべてにもかかわらず、彼は自らの内に、
一つの秘密を保ち、明かさず、
王にも、公然とは公表しなかった。
薔薇の中の、二つのものを範としたのである。
まず、その花は、大いなる甘美さをもたらすが、
棘には、人々は大いなる鋭さを見いだす。
知識の中にも、それと似たことがありうる。
草と花、書き物、言葉と石、
それぞれが、神と自然から、その力を持つ。
だが、その知識は、多くの者から隠され、
すべての人に明かされてはいない。
そこで、彼は、理性と節度とを考え合わせた。
王を喜ばせる道を形づくり、
いくらかを明かして、その心を安らげるために。
注 Powder は power(力)に相当する歴史的綴りとして訳した。Meed はキルケと並ぶメデイアの名と解した。heavenly Intelligence は天体を動かす知的存在。
王侯の王たる尊厳と、
庶民の粗野な理解力とのあいだには、
当然ながら、大きな違いがある。
庶民には、どのような程度であれ、
秘密に保つべき知識に関わる資格はない。
それは、王の名高い威厳のため、
また、経験を備えた学者のためのものである。
書物を探究することは、ふさわしい。
鳥、獣、木の隠れた秘義、
本性において、最も精妙な天使の秘義、
鉱物、海の魚の秘義、
そして、とりわけ三つの石の秘義を。
一つは鉱物性、もう一つは植物性であり、
四つに分けられ、人の命を長らえる。
それらについて、私はかつて読んだ。
ほかの石の中に、動物性と呼ばれる一つがあった。
四元素を、まさにその目的のために取り出し、
土、水、空気を、ことに、
火と結びつけ、比率を等しくしたものだ。
ためらわず、短く断言してよい。
宝石誌には、そのような石は一つも見つからない。
私はかつて、ある哲学者の書で読んだ。
それは、あらゆる病に対して、最も有効な治療を行うと。
クロイソスの金庫にある、すべての宝と金も、
自然に生じる、あらゆる石も、
技で加工され、あるいは意匠によって形づくられたものも〔及ばない〕。
「石にして石にあらず」、最も名高い石。
アリストテレスは、それに、まさしくその名を与えた。
注 ラテン語 Lapis & non Lapis は「石にして石にあらず」と訳した。末連の比較構文は省略的で、訳で補った述語を〔 〕で示した。Lapidarye は石の性質を記す宝石誌。
そして、私は、読んだことも見たことも少ないので、
これほど高い事柄を記し、あるいは扱えば、
厚かましいと、軽蔑する人もあろう。
それほど大胆になり、欲望を高く登らせ、
九つの天球を越えて、梯子を上ること、
あるいは、暗い夜に、聖なる聖遺物箱の上で、
かくも澄んだ光を放つルビーを論じることを。
私は、熟練の宝石商であったことは一度もなく、
そのような事柄で、自ら進んで競う者ではなかった。
私の目は、哲学者たちほど澄んでおらず、
プラトンにもソクラテスにも、及ばなかった。
ただし、哲学者たちの君主たる、
アリストテレスは、アレクサンドロス王に、
この石の、あらゆる働きにおける驚異を書き送った。
彼の意図に従い、ひそかな仕方で、
哲学の内に密かに隠された秘密を書いた。
まず、四元素を分離し、
その後、彼が詳しく述べるように、
その一つひとつを精製する。
そして、その後には、彼の考えに従い、
この四つを、一つに結合する。
そのような仕方で、この石を完成させ、
結び合わせる際に、行き過ぎがないようにせよ。
だが、誤った道は、多くの者を愚かにし、
その後、大きな負債へと追いやった。
費用と、度外れた出費のために。
知恵が足りず、彼らは、ひどく狂ってしまったのだ。
理解していないことを、始めようとするほどに。
注 nyne Speerys=中世宇宙論の九天球。rerage=未払い・負債。Except の接続は原文のまま保ち、続く王への書簡を新たな叙述として訳した。
禁じられた秘密を、
実験してみたいと願う者を、私は愚か者としか思わない。
故意の不注意によって、
三本脚の腰掛けに、まっすぐ立とうと試す者のようなものだ。
あるいは、養魚池を閉ざし、魚のいない池で釣る者のように。
すべてを終えても、それ以外の報いはない。
人々に軽蔑され、その愚かな顔を嘲られるだけだ。
これは、貧しい者が挑むべき技ではない。
金庫や長持を空にし、
知性を損ない、頭脳を惑わせる。
それでも、この書は、記すことによって明らかにし、
理由を惜しまず述べようとする。
味わうに、まことに甘美な、黄金の論証によって。
未知なるものによる事柄を、さらに未知なるもので証明するのだ。
この書の題は、『哲学者たちの労作』、
また、『君主の統治について』とも呼ばれ、
哲学者たちの『秘密の中の秘密』でもある。
あらゆる力を集成した宝庫であり、
総体としてまとめられた、導きの規則である。
健康と病気のうちで、諸気質が、
悲しみや喜びへ、自らを傾けるあり方を示す。
この書は、戦時にも平時にも、
アレクサンドロス王へ宛てられ、
その求めと、王の命令に従って、
アリストテレスによって、十分に完成された。
老齢のため、確かに弱く、力はなかったが、
気力は健全で、意図には誠実であった。
王の命に従うため、彼は、この書を王へ送った。
注 per Ignotum=未知のものによって、per Ignocius=さらに未知のものによって。書名 Labor Philosophorum/De Regimine principum/Secreta Secretorum と句 omnium Virtutum をそれぞれ訳した。sparyth a stewe は難解で、spar(閉じる)と stewe(養魚池)として暫定的に訳した。
アリストテレスが、アレクサンドロス王に石々について説くこと
古の哲学者たちの石について、
彼らは、それを最も優れたものとして語る。
だが、アリストテレスが述べたように、一つの石があり、
比べれば、すべてに勝っている。
石の中の石、名声において最も至高のものだ。
この豊かなものの力について、
彼は、至高の王へ、次のように書き送った。
おお、アレクサンドロス、尊厳において最も偉大なる者、
この全世界の君主にして統治者、
あらゆる国民への主権を持ち、
すべての者を従わせ、服従させる方よ。
そして、私たちの意図の結びを述べるならば、
この世のすべての宝は、短く言って、一つに包まれ、
この石の力のうちに示される。
あなたは、まず、実質において理解せねばならない。
ある、世に知られぬ分割の仕方によって、
水を空気から切り離し、
また、火を空気から分け、
それぞれを、あらゆる腐敗から守ることを。
哲学者たちが、その方式を詳しく述べたとおりに。
それは、理性によって否定できない。
水を空気から、慎重に分け、
空気を火から、火を土から取り出す。
その技を理解し、正しく分け、
誤りも欺きもなく、
各元素を、その気質において純粋にする。
それぞれに明らかに属する分に従って。
この術の中で、完全に記されているとおりに。
注 腐敗から守るという一般的用法の Corruption と、錬金術工程としての Putrefaction を区別した。
この石は、時に、色が黄柑色となる。
本来の姿で光を流す、太陽のように。
黄金の髪をまとい、心を大いに喜ばせる。
インドの王が持つよりも、多くの宝をもって。
本性に従って作られた、貴重な石々の宝を。
黄柑色は、輝く太陽のため、
白は、夜どおし輝く月のためである。
パリに現れた、この哲学者は、
これらの石の本性を、十分に書き記し、
大いなる熟慮によって、すべての分割を定め、
そのうえで、熱心な配慮を尽くした。
その完全性が、長く続くように。
アリストテレスの伝言の意図に従い、
彼以外の誰にも、うまく扱えないことを行った。
なぜなら、これらの石について、
哲学者たちが何を意味したか、その事柄が公然とは語られなくとも、
熟達し、年老いたアリストテレスと、
この贈り物を送り出したパリの人は、
その約束のすべてに、忠実で誠実な意図を持っていたからだ。
アラビア、インド、ペルシアの事情とともに、
学者たちが語りうる、石々について。
ヘルモゲネスは、自らひとりで〔その知を保ち〕、
彼と秘密を共にした、前述のフィリップとともに、
あらゆる秘密の石の力を知っていた。
それぞれの段階に配置された、そのあり方を。
彼から隠された、未知の秘密は何一つなかった。
このヘルモゲネスと彼は、すべてを知っていた。
王に属する、そのような力のすべてについて。
注 Morne は原版の綴りを保持したが、夜どおし輝くものという文脈から Moone(月)として訳した。Paris、Phelip、Hermogenes は原版の固有名を保持。最終連の “hadde hymselfe alloone” は省略的で難解なため、補った意味を〔 〕で示した。
作者不詳の六章
第一章
聖なる三位一体の御名において、
私はこの業について簡潔に記そう。
付随する事柄は脇へ置き、
真実を明らかにすることを約する。
比喩をもって書くのでなく、
物質について明瞭に述べ、
自然の真の働きとわれらの主の助けにより、
いかに諸物を調和させるべきかを示そう。
世界は、めぐる天に囲まれたただ一つのもの、
その内にさまざまな物質と形が見られようとも。
この世界の中心である大地は、空気に支えられ、
その本性には、むき出しの存在以上の何ものもない。
哲学者たちの言うところでは、非存在に最も近く、
その気質はきわめて乾き、冷たい。
さて私の円形の図について、
諸元素がどう一致し、どう異なるかを示そう。
諸元素はこれほど相反しているが、
天の感化によって結び合わされ、
いったん共に一つの身体を結べば、
その本性を損なわずにこれを解くものはない。
まず火は、本性上、熱く乾いている。
空気と火の相違は、湿りにおいてのみ。
土が火と異なるのは、冷たさにおいてのみ。
この一致と不一致は、誰の目にも明らかである。
空気は気質と本性において熱く湿り、
水は熱においてのみ空気と異なると分かる。
したがって湿りにおいて、両者は同じである。
水には自然の熱は見いだされない。
水の気質は冷たく湿っており、
土が水と異なるのは、確かに乾きである。
土は乾きにおいて、疑いなく火と一致する。
こうして一つが他に入り、輪は回る。
この丸い円から四角形が生じ、
向かい合う線は、等しい隔たりを保つ。
円形の図がすべてを一つに包むように、
四角形は四つのものを区別する。
この四角形から一つの火が生じねばならず、
それは動物的、植物的、鉱物的であると書かれている。
私はその火から始めよう。
このことにおいて大胆すぎぬよう、神に祈る。
この世界の全構成は、
先に名を挙げた三つのものから形作られる。
さて卓越したものを作るには、
高貴さに最も近いものを取らねばならない。
この巨大な塊が三つのものを含むように、
最小の世界にも、血と肉と骨がある。
だが小世界と大世界とは、すべてただ一つであり、
こうして私たちは常に一体性を保つ。
生きているものは、何であれ、
血なしには栄えることができない。
精は、いかなる種類のものであれ、
一切のものの生成のもととなる。
白くとも赤くとも、血こそ精である。
血なしには、あらゆるものが死んでいるからだ。
血は私の述べた三つのものを含み、
そのティンクトゥラのうちに金の本性を持つ。
金なしには、いかなる金属も明るく輝けず、
血なしには、いかなる身体も光を受けるに適わない。
こうして大世界と小世界は、つねに、
神の意志に従って一体性を保つ。
さて、万物のうち血が最も高貴である。
世界の何ものも、これを欠くことができないからだ。
血は四元素の正しい配合を持ち、
先に述べた三種のものの配合をも持つ。
何らかの増大をなす、あらゆるものの、
主要な物質は、血でなければならない。
金属のうちでは、メルクリウスこそ確かに血であり、
動物のうちでは、精が再び同類を生む。
天から来る植物の湿りも、かくも優れているが、
この三者は、いずれもただ血なのである。
ゆえに生殖において、血は本性に最も近い。
よき兄弟よ、この秘密を心のうちに固く守れ。
その条件のもとで、
どの血を取るべきか、繰り返し説こう。
金属の真の血は得がたく、
手に入れるには長い時間を要する。
植物の血には湿りが多量にあるので、
これを得るには多くの労を要する。
労も費用もかけず真の血を見いだすには、
思い悩んで正気を失う前に、その在りかを知るがよい。
先に言ったとおり、最も高貴なものを探せ。
物質について、今はこれ以上あえて語らない。
私が見いだせた限り、誰の著作においても、
この秘密は今まで明かされたことがなかった。
だが私は実践によってその真実を見いだし、
ものがいかに他のものを再生させるかを知った。
錬金術師たちが私の書に出会わぬよう、神よお計らいあれ。
彼らは手段を選ばずエリクシルを得ようとするからだ。
その者は友人たちの稼いだものを使い果たし、
最後にも、始めた時より近づいてはいないだろう。
しかも人々に大量の金を与えようと約束するだろう。
だが汝は、先に述べたとおり、出費を戒めよ。
第二章
この業の方法について
さて物質に続き、方法を考えよ。
このわれらの業を、いかに成し遂げるかを。
まず物質を、粗いまま取れ。
確かにその費用はわずか、あるいは皆無である。
できるかぎり清らかになるまで篩い、
汚物をすっかり取り除け。
三、四時間でそれは済み、
その悪しき液性から清められるだろう。
それから、物質が後に残したもののうちに
見いだされる滓を取れ。
最も高貴な元素で、これも清め、
焼かれて土になるまで続けよ。
すると汝は驚くべき力を持つ石を得る。
わずかな費用で、真の秘密を得るのである。
この石を取り、粉屋の技を用いて、
細かな粉にし、きわめて柔らかくせよ。
それから、そこより取り去った湿りを与え、
この書に記されるとおりに扱え。
だが同じ本性のもの以外の飲み物を与えるな。
さもなくば私の意に従ったことにはならぬ。
十分な量を越えて飲ませるな。
洪水に気をつけよ、と私は勧める。
それから前と同じように、再び二度これを篩い、
そのたびに自身の液を注げ。
こうして第一の段階は成し遂げられ、
最も汚れる仕事は、すっかり終わる。
第三章
第二の段階について
さて第二の方法を明らかにし、
わずかな労でいかに行うかを示そう。
私の教えどおり三度の篩い分けを終えたら、
前と同じように石を砕け。
それから一つの器が必要となる。
卵殻のような形に作られた器である。
その器の内に物質を入れ、
確実に、よく閉じておけ。
器の容積を三分したうち、
二つ分は常に空にしておかねばならない。
この器を自然に適った熱の中に置き、
物質が自然に汗をかくようにせよ。
霊を火で圧迫してはならない。
そうすれば決して望みは得られぬ。
器を冷やしてもならない。
哲学者たちが言うように、それで損なわれるからだ。
四十日のあいだ、
常に適度な熱の中に保て。
すると黒さが目に現れるだろう。
その黒さを、白へと導かねばならない。
四十日の終わりにガラス器を取り出し、
寒さからそれを守るよう気をつけよ。
そして乾いた火の炉に据え、
望みどおり白くなるまで置け。
これは三週間で終わり、
その湿りは完全に乾かされるだろう。
そのとき、最初に含浸させるのに使った第一の水で、
再びこれを養ってよい。
だが一度に飲むのに十分と思う量を、
越えて与えてはならない。
これを済ませたら、前とまったく同じ方法で、
以前のように腐敗させよ。
先に置いておいたのと同じ時間が経てば、
黒い色となるだろう。
そして同じ順序に従い、白く凝固するなら、
汝の業は完全であり、正しい。
さて次に、パン職人の仕事を学ばねばならない。
発酵によってどうパンを膨らませるかを。
真に発酵させるには、金の板を取らず、
板が内に含むものの一部を取れ。
ソルが美しいティンクトゥラを示さなければ、
あまり尊ばれぬことを、汝は知っている。
ゆえに金のティンクトゥラは、最も高貴なものであり、
われらの業によって、人を高貴にする恵みを持つ。
この真なる諺が、よく当てはまるからである。
卑しいものは、高貴な主君にはふさわしくない。
さて発酵素が何かを、私は汝に告げた。
発酵させる方法も、漏らさず教えよう。
この章は、これにて終わる。
今から第三の段階を示そう。
第四章
この業の第三の段階について
純粋で良質のソルを取れ。
そしてそこから、その純粋な血を取り出せ。
汝の石は三部に分け、
第四の部は発酵素でなければならない。
赤のものと白のものの両方を望むなら、
赤のものにはこの順序どおりに行え。
白のものも同じように、
名をルナというもので発酵させねばならない。
物質は等しく二つに分け、
一つを赤に、もう一つを白に充てよ。
白のためにも同じような器を、もう一つ用意せよ。
この書で、すでに教えたとおりに。
物質に発酵素を加えたら、
器をしっかり閉じ、
以前と同じように腐敗させよ。
先に告げた時間を、十分にかけて。
すべての段階において、
直前の章に記されたとおりに扱え。
ただし二つの発酵素を取り違えぬようにせよ。
さもなければ、その愚かさは驚くばかりである。
黒さから白へと導き終えたら、
驚くべき力を持つエリクシルが得られる。
赤のものは、まだ完全な完成には達していないが、
白のものは、完全に仕上がっている。
赤のものは閉じた炉の中で、
赤くなるまで、最も強い熱で養わねばならない。
赤くなり、蝋のように融けるなら、
備わるべきものに何一つ欠けるものはない。
今や汝は、驚くべき力を持つ石を得た。
それはメルクリウスを、飛び去る前に捕らえ、
留まれと命じ、すべての金属を自らのもとへ連れて来させ、
自分を彼らの王と呼ばせる。
彼らを逸脱なく従わせ、
すべてがその刻印を受けるようにする。
今や汝は、驚くべき力を持つ石を得た。
三種のものと四元素を含む石である。
色において火、流れ出るさまにおいて水、
偽りなく、目に見える姿において土である。
水の中に空気があることは、誰もが知っている。
こうして今、四元素は調和する。
三種のものについては、
汝の石のうちにどう認めるかを示そう。
血に当たるティンクトゥラは、動物に属し、
湿りは植物の部分が占める。
土はすべて、疑いなく鉱物である。
こうして私たちは一つの円の中に留まり、外へ出ない。
今や私の図は、完全に仕上がった。
だが中心については、まだ何も述べていない。
中心とは、何のものであれ一点であり、
いかなる意味においても分割できない。
自然がよく計らったように作られており、
どのような偶有的な作用も、これを分かてない。
ただ手によって、量において分けることはできるが、
どの元素によっても、その質は分離されない。
大きな火の中に据えれば、
真のサラマンダーであると分かる。
水に投げ込めば、まことに、
魚のようにそこで生きる。
空中高く投げ上げれば、
そこに生き、決して死なない。
土の中にしっかり埋めれば、
そこに留まり、永久に存続する。
かくていかなる元素も、疑いなく、
われらの輪がめぐる中心を分かつことはできない。
さて薬をどう増殖させるかを知るのは、
汝に大いに役立つことと私は思う。
増殖の仕方を知らなければ、
薬はすぐに使い果たされてしまうからだ。
そのとき、また作らねばならぬと思うことは、
汝の心に大いなる苦しみをもたらすだろう。
だから次の章では、驚くべき力を持つこの石を
増殖させる方法を、正しく教えよう。
第五章
増殖させる方法
さてこの章では、汝が知るために、
増殖の仕方を示そうと思う。
磁石に鉄を添えなければ、確かに、
その力は驚くほど減るだろう。
大きいものも小さいものも、万物の種はことごとく、
増殖によって保たれている。
したがって増殖しなければ衰え、
増殖によって、絶えず存在を続ける。
すべてのものは受胎したのち、自然の食物を受け、
自然のよしとするところに従って、その種を保つ。
同様に、われらの石も必ず増殖しなければならない。
さもなければ、その石の種は絶えてしまう。
そして増殖は、増殖させられるものが
最も好むものによってなされねばならない。
たえず燃え続ける火も、
燃える物質を欠けば、消えてしまう。
だがわれらの石を正しく養うための
方法を、今すぐ示そう。
ガラス器と、その中の薬を共に取り、
温かな火の中に据えよ。
それが液化し始めたら、
ただちに普通の水銀を加えよ。
すると、われらの石のうちにある熱の力により、
たちまち呑み込まれるだろう。
加えた量だけ、
汝の薬はまことに増える。
だが分別をもって、過度の冷却により、
そこにある自然の熱を圧倒せぬようにせよ。
一ドラクマから一ポンドを作ろうとするなら、
円環の手順を保てば、十分になし得る。
そして十分に増殖したら、
火から取り、脇に置け。
私はかつて、この国に一人の男を知っていた。
自分の作ったものを駄目にした男である。汝もそうなり得る。
私の教えたとおりにしないかぎりは。
そのとおりにすれば、何も恐れる必要はない。
もう一人、よい指導を欠く男を知っていた。
一度の投射で、すべてを一挙に使い果たした。
この者たちは、どう増殖すべきかを知らなかった。
それを私は今、汝に教えたのである。
ただ増殖に用いるメルクリウスは、
できるかぎり清らかにしておくがよい。
さてその完成を他へ及ぼすには、
投射の仕方を知らねばならない。
それを次の章で論じよう。
増殖については、これ以上述べない。
第六章
投射について
今や残るのは、投射を完全になすための、
この一つの教えを受けることだけである。
薬を一部取り、水銀、鉛、または錫を取れ。
ただし、これらをきわめて清浄にせよ。
金属が液化したら、
薬の一部をすばやく投げ入れよ。
すると、すべてがガラスのように脆くなる
状態へと導かれるだろう。
その脆い物質をそのまま取り、
必ず百の上に投じよ。
その百を千の上へと、かくて絶えず増してゆける。
ティンクトゥラの力が衰えたら、もう投射するな。
この投射は、疑いなく確実である。
こうしてわれらの輪は、一巡を終えた。
どの器で投射するか、私が語る必要はない。
自らの術に熟達した者は、よく知っているからだ。
金属への投射を、今や汝は知った。
次は人の身体への投射を示そう。
まず身体を十分に浄め、
発汗と入浴によって精妙にせねばならない。
望みどおり清められたなら、
薬を一ドラクマ、葡萄酒の第五精髄と共に取れ。
それは、もはや腐敗を恐れる必要がないほどの、
突然の変化を示すだろう。
その効力を、今私が述べる必要はない。
ほかの人々が別のところで十分に示している。
さて私は汝を聖なる三位一体に委ね、
私の業が終わったことを神に感謝する。
この秘密を悪しき者たちから守れと、汝に命ずる。
いかにしつこく、汝にそれを求めようとも。
完全に誠実な人に対して以外、
これを汝の手から離さぬよう気をつけよ。
書物によっては、私は決して真の業を見いだせなかった。
それゆえ、この書を後に残した。
誰の手に渡ろうとも、
これによって、われらの秘密をすべて知り得るように。
金属増殖を企てる者が私の書に出会わず、
悪意ある学者がこれを見ぬよう、神よお計らいあれ。
そうなれば彼らは、きっと負債を払い、
教会を建て、きわめて高い尖塔を築くことだろう。
願わくは、これをそのような者たちから守れ。
最後の日に、神の御前で申し開きをするつもりで。
述べられたことはすべて、われらの業に適っている。
それゆえ、われらの主に栄誉と賛美と感謝を捧げよ。
その御名が聖にして崇められよ。
卑しき罪人である私に、このことを示された御方よ。
隠者の物語
隠者の物語
巡礼の途上、レムノスで、ウルカヌスの仕事場近くに、
私はただ一つ、見るに値するものを見いだした。
谷間と山の頂のあいだで、
地の下を流れる、水晶のような泉であった。
その眺めを喜び、そこに住む隠者に、
この場所の物語を語ってほしいと頼んだ。
「この谷には」と彼は言った、「たいそう古い、
薄暗い、うつろな洞窟がある。
そこにはマルスの青、緑、赤の羽飾りがある。
その不義ゆえに兜の飾りから引きちぎられたものだ。
鍛冶たちの一団は、彼がウェヌスを待ち伏せしているところを
不意に襲って捕らえたが、それでも彼は逃げた。
キュクロプスたちが、勝ち誇って彼を連れ、
足の悪いウルカヌスの裁きを受けさせようとしたとき、
兜の面頬を上げると、そこには何もなく、
ただ空所と鎧があるばかりだった。
それでもよい戦利品の鎧を得たと思ったが、
加工してみると、それが焼け滓になるのが分かった。
欺かれたと知って驚いた鍛冶たちは、
みな主人の洞窟に座って評議した。
よくよく考え、ついにこう結論した。
神々と人間との戦いは、対等にはならない。
怒れる神を見つけ、赦しを願おう。
ウェヌスを彼に渡して、哀れなわれら自身を救おうと。
彼らは天を探した。マルスは自分の行為の悪さを知り、
そこには姿を現さなかった。すると一人が語り始めた。
王座を追われたサトゥルヌスには、そこから遠くない、
この水晶の泉のすぐそばに宮殿があるという。
彼らがそこへ行くと、二柱の神だけが、
暗いが、きらめく玉座の中に座っていた。
老ウルカヌスは曲がった膝をつき、
言った。『赦したまえ、強大な軍神よ。
私の召使いたちと私自身を。私もかつては汝らと同じ神だった。
そのうえは、私の美しい星、ウェヌスを思うままにされよ。』
マルスは言った。『私とサトゥルヌスは、まだ別れられぬ。
汝を赦すゆえんである彼女に、心は奪われているが。』
こうして妻を寝取られた夫は、汗ばんだ一団と共に
鍛冶場へ帰った。足を引くために身をかがめるたび、
一歩ごとに、脚を引いてお辞儀しているようだった。
願いを聞き入れたマルスへの感謝として。
その記念として、あのうつろな洞窟には、
いつまでも焼け滓と足枷が残るのである。
だが、その後起こったことをすべて語ろう。
これを見たユピテルは、鍛冶のために正義を行おうとし、
深く信頼する翼ある神を遣わした。
輝く光の姿に身をやつした神は、
高い山頂から谷へと下り、
ウルカヌスの仕事場の鍛冶たちを、みな恐れさせた。
ユピテルの使者の声が聞こえ、
神々の前に出頭せよとマルスを召し出した。
ウェヌスの愛人は、サトゥルヌスと共に進み出た。
力ずくで、正義より優位に立とうと考えたのである。
使者は九マイル下り、彼らは四マイル上った。
一同は霧の中で出会い、使者は逃げ、彼らはそれ以上下らなかった。
ウルカヌスは何が起きたか見ようと、足を引いて上ってきた。
光も神々も見つからず、別の姿があるばかりだった。
この出来事の証人にしようと太陽を呼ぶと、
太陽はすぐ『人殺しだ』と叫び、急いで逃げようとした。
死にかけた魂が呻いて言った。『アポロよ、待て。
賢きアポロよ、立ち去る前に助けてくれ。』
これを聞いてアポロは辺りを見回し、
この泉に目を留め、声がここにあったと知った。
その者を見つけようと身をかがめると、
ただちに自分自身が、自分の前に現れた。
彼はそこを見つめていたが、激しい驟雨が、
賢きアポロを、再び自分自身から奪い去った。
するとアポロは言った。『さらば、アポロよ。
明日、この嵐がすっかり過ぎたら、
戻ってきて、慰めとなる助けを持ってこよう。
それによって、最後の時が来る前に汝を救おう。』
すると声も尽きたかのように、それは叫んだ。
『来たれ、愛しきアポロよ。』そうして下へ沈んでいった。
ウルカヌスは鍛冶場へ、太陽は寝床へ行った。
だが二人とも、再び会うため早起きした。
嵐の翌朝、この美しい泉の底に、
青白く死んだ魂が見つかった。
アポロは言った。『鍛冶よ、この泉の水を汲み出すのを手伝え。
あの死んだものを、私が生き返らせるために。』
そこでウルカヌスはアポロの踵を支え、
アポロは泉の水を汲み出した。
身をかがめ、力を込めたため、
アポロは鼻から血が出るのを感じ、それは泉に落ちた。
彼は言った。『ウルカヌスよ、この偶然の出血こそ、
この生きものを救うはずだ。さもなければ何も救えまい。』
その言葉を口にするや、ウルカヌスはその成就を見た。
『見よ、ソルよ』と彼は言った。『色が変わっている。
太陽よ、汝ほどの力を持つ神は少ない。
青白かったものが、赤みを帯びた青になった。』
ポイボスは言った。『ウルカヌスよ、これを鍛冶場へ運べ。
温め、擦り、腹の中のものを吐かせよ。』
ウルカヌスがそうすると、それは水を吐き出し、
やがて口を開き、寒いと叫んだ。
そこでウルカヌスは、周りに詰め物をし、衣で包み、
その石を、望むかぎり温かくした。
こうして病のまま十四日を耐えた。
太陽は毎日、治り具合を見に来た。
回復するにつれ、色は移り変わった。
青、黒、白、赤と、温もりと熱によって
その内の液性が動かされるにつれて。
するとポイボスは、汗をかかせよと命じた。
ウルカヌスがそれを巧みに施すと、全体が赤くなった。
こうして健やかとなり、飲み物とパンを求めた。
『待て』とアポロは言った。『食物を求めるとしても、
まだ消化の力は弱い。食べ過ぎれば再発する。
だから食べさせる前に、
少し運動させるとよいかもしれぬ。』
とはいえ、力を保つために汁物は許された。
だが立ち上がっても、這うのがやっとだった。
ソルは昔の病の名残があると見て、
『下剤を使って清めるのがよい』と言った。
それで病をたいそうよく鎮めたため、
健康になった患者は、恩返しをしようとした。
三週間立ち去り、その後、一つの石を持ってきた。
投射において、一から十を生む石であった。
それをアポロの足もとに置き、
こう言った。『一つを癒して、あなたは三つを救った。
その三つが、この一つの贈り物の内で共に出会い、
あなたのものである自身を、あなたに捧げる。
われらの医師であってくれ。われらが年を重ねるにつれ、
金の新たな世界を作るに足るほど持ってこよう。』
そうしてこの隠者は私の手を取り、
庵に導いて言った。『ここを見よ。
しばらく留まり、今目にしているものを
真に理解できるなら、汝はこの秘義を知る。』
私は留まり、見て、試し、理解した。
地上の天国、永遠に続く善を。
石の記述
石の記述
ダプネーは輝くポイボスから逃げようとも、
二人はやがて一つになる。
これを正しく理解するなら、
われらの隠された石を、汝は得る。
ダプネーは美しく白いが、
揮発するものである。
ポイボスは固定された力ある神で、
血のように赤い。
ダプネーは水のニンフであり、
豊かな湿りを持つ。
ポイボスはそれを熱によって消費し、
彼女をたいそう乾かす。
乾かされ、一つとなった二人は、
水晶の流れを飲まねばならない。
白い石へと導かれるまで。
それを処女の乳で洗え。
蝋のように流れ、
何の煙も見えなくなるまで。
そのとき求めるべきものを、すべて得る。
神を讃え、感謝せよ。
腐敗と凝固の間の玻璃の設置
薬の腐敗と凝固の期間における、ガラス器の置き方
薬を入れたガラス器は、火の中に置かねばならない。
目に黒くなるまで、四十日間。
黒い状態で、さらに四十日留まることを、それは望む。
そして白くなるまで、もう四十日。
正しく行おうとするなら、乾燥に三十日。
すると硫黄は、完全に焼成され、
用意された自らの湿りを、飲み尽くせるようになる。
この期間、ガラス器を開けも閉めもせず、
前述のすべての日々、そのまま置いておけ。
ただの一度も、炉から取り上げてはならない。
物質を冷やすことで、薬は損なわれるからだ。
ゆえに常に火を続け、
一定で穏やかな熱に保て。
すべてが白くなり、硫黄が完成するまで。
この熱は、この一つの原理のために十分であり、
それこそが、われらの秘密すべての主要な基礎である。
これを知らずには、石を作ることはできない。
一生働こうとも、成功しないだろう。
だから喜びを保ちつつ、過ちに陥らぬよう用心せよ。
始める前に、まず正しく学べ。
そうすれば真の作業へ、よりよく至るだろう。
この書に従い、道を外れて、
左にも右にもさまような。
その両者のあいだを、まっすぐに、
私が汝に書くとおり、業を導け。
この書で、私は汝を明瞭に教え導こう。
哲学者たちの鉛を、いかに作るべきかを。
それは白と赤へのエリクシルである。
そして次には、飲用金と呼ばれる黄金の油、
人の健康を守る、きわめて驚くべき薬、
変成において、あり得るかぎり最も優れたものを。
その油のうちには、富のみがあるからだ。
それ自身の力において、まことに栄光あるもの。
それがある所では、いかなる病も留まれず、
その顔の喜びのうちには、貧しさも住まえない。
哲学の謎
哲学の謎
太陽の内に生きるもののほか、光はない。
二度生まれたもののほか、太陽はない。
初めて生み出した両親は、自然と術である。
自然によって存在したが、自然は完成させない。
そこで術は、自然の残したものを手に取り、
一つから、二重の業を作り出す。
二重の業を作る。だがそれは、
いかなる分割も許さない業である。
ここにこそ、秘密が最も深く潜むのを見よ。
ただし数学上の分割だけは別である。
それは二つでなければならぬが、一つと一つにしてしまえば、
それを無にする道を、汝は進むことになる。
見よ、これこそこの術の根本の秘密。
軽んじることなく、正しく理解せよ。
この最初の部分に達し得ない者は、
術の力も自然の威力も、決して知ることがない。
かく混ぜられた一つと一つから、固定された一つによって、
固定されぬ一つを固定する力も得られない。
D. D. W・レドマン
断篇集
トマス・チャーノックの自筆から書き写した断片
百と八十が、その道のりを走り終えると、
それからすぐ、ほどなくして、
黒さが顔を見せ始めた。
だが百と五十が戦いでそれを打ち負かすと、
その顔を白く明るく洗わせた。
それは私には、喜ばしい眺めだった。
しかし最後に二十が、大いに誇って乗り込み、
黒も白も、その地から逃げ去らせた。
T・チャーノックが、スコトゥスの『蟇について』の末尾に記したもの
神の御名において、ここで休め。
温かな巣の中で静かに。
チャーノックは、それが最善だと思うから。
太陽が西へと走り行くこと、
七たびの六百、そして十六、ちょうどその数まで。
そのとき汝は、この子を目覚めさせねばならない。
リプリーの『カンティレーナ』の末尾に記されたもの
六百五十三ごろには、と私はあえて言おう、
この子は黄金の冠を戴くだろう。
あるいは、遅くとも六百五十六には、
この子がすべてを取り仕切るだろう。
古写本の余白に散在する、T・チャーノック自筆のほかの断片
われらはこの驚異の業を行う、
重さと量と数によって。
トマス・チャーノックの言葉
それがすっかり黒くなったら、ひと手間かけて、
ヨルダンの水で七度洗え。
チャーノック
それが黒く死んだ時から、
完全な赤になるまでに、七度洗え。
そしてそれがすっかり黒くなったら、ひと手間かけて、
ヨルダンの水で七度洗え。
そして完全に赤くなったのを見たら、
石を取り、その頭を打て。
すなわち。
そしてこの女が産の床についたなら、
子を取り、その頭を打て。
チャーノック、1573年
完全な白は成就されない、
十二度、循環させられるまでは。
すなわち。
六度の黒、そして六度の白。
真の黒と真の白のあいだに、
多くの色が目に現れるだろう。
T・C
煉獄と楽園のあいだに、
虹の色が現れるだろう。
T・C
黒と白のあいだに、確かに、
孔雀の羽がはっきり現れるだろう。
T・C
私の言葉を、正しく理解するがよい。
そして私の言ったことを、よく心に留めよ。
黒は、白にとっての発酵素であり、
白は、赤にとっての発酵素となるからだ。
頭に白髪が生えるまで、私はこれを見なかった。
T・C、1574年
私の年齢の第五十年
いくつかの写本で、黒衣の修道士ピアスのエリクシルについての作の前に、次の詩が置かれているのを見いだした。
神は男と女を造り、
二人はたいそう多くの実を生み出した。
そのように、われらの天の王の御業は増殖する。
それでも、その起源はただ一つのもの。
「では、それは何であろう」とマーリンは言った。
大地の粘液である、とわれらは言う。
それは土だったが、否と言う者もあるだろう。
だがそれは、純粋な土でも、砂でも、粘土でもなかった。
灰色をした大地の滓であり、
地の上に横たわるうちに、土に変わった。
水は人を強くするため、血となり、
その中に空気と火が混ぜられた。
「空気と火は、いかにあるのか」とマーリンは言った。
「われらの主の御業によって」とマーティンは言った。
聖霊の輝きが空気であり、
命を与えた明るさが火なのだから。
これらを学ぶため、どこの学校へ通ったのか。
汝の言うことは、確かに真実だから。
そして私は、汝がこう考えているものと思う、
四つの霊をもって行わねばならない、と。
「いや、汝の霊はあまりに荒々しい」とマーリンは再び言った。
「だから私は、確かにそれらに関わらない。
自然の本性によって生まれた霊を得よう。
どの身体とも、自然に留まる霊を。」
「そのような霊なら作れる」とマーリンは言った。
「それでも人々は、ただ無駄だと思うだろう。」
「それでも、あらゆる業のうちでこれが最善であり、
費用は最少、確かさは最大である。
もしこれが失敗すれば、われらはみな終わりだから。
それゆえ、これを最も完全な業と呼ぶ。
完成すれば、これほど豊かである。
たとえ全世界が無に帰そうとも、
これまで存在し、またこれから存在するはずのものと同じほど、
豊かな身体を再び作り出すだろう。」
土の土、土の兄弟を取れ、等々。
私は、黒衣の修道士ピアスの前述の作の古い写本を見たことがある。その末尾には、次の詩が付されていた。
さて、暗く、少しも明らかでないこの物質について、
ここで説明を記そう。
これについて秘密を守るよう、汝に命じる。
友にも敵にも、それを見せぬように。
身体の中心に隠れた土は、最も精妙である。
木の水、葡萄酒の酢。
葡萄の湿りによって、
この中心の土を取り出せる者にとっては、
それとセレイションが、われらの大いなる業を成す。
それはメルクリウス的なものとなり、
その後、精髄的なものとなるからだ。
だが今、失敗せぬよう用心せよ。
失敗すれば、大いなる労苦を失う。
樹脂から、出てくるかぎりの
メルクリウスをすべて取り出したなら、
そのメルクリウスには三つの液が
含まれていると理解せよ。
第一は、燃える生命の水である。
きわめて穏やかな浴によって分離される。
それは生命の水のように、たちまち燃え、
われらの引き寄せるメルクリウスと呼ばれる。
それによって、あらゆる金属の色から、
水晶のような土が作られる。
これについては、今はこれ以上語らない。
この業には、それを必要としないからだ。
その後、別の水が流れ出る。
量はわずかで、乳のように白い。
それは、われらの石の精、または本性であり、
多くの人が熱心に求めるものである。
人、獣、そしてあらゆるものの
始まりは、精だからだ。
それゆえ、これをわれらのメルクリウスと呼ぶ。
ここにも、そこにも、あらゆる所に見いだされる。
これなくして生きるものは何もないので、
これは万物のうちにある。
最も貴重なものにも、
最も卑しく、忌まわしいものにも。
それらは、これから最初の本性を得る。
この湿りは、今や汝にも明らかである。
これこそ、われらが植物的、鉱物的、動物的と呼ぶ
メルクリウスである。
われらの水銀、われらの処女の乳、
まことに、われらの恒久の水である。
このメルクリウスの水によって、
われらの土の生来の汚れを洗い、
白くなるまで続ける。
軽やかに流れる樹脂のようになるまで。
その後、乾いた火によって油が出てくる。
それで、われらは赤い樹脂を作る。
それは、われらのティンクトゥラ、生きた硫黄、
サトゥルヌスの魂、生命の金である。
われらのティンクトゥラ、われらの空気のような金であり、
以前には、これほど明瞭に語られたことがない。
汝の望みを満たすことで、
私が神を怒らせぬよう、神よお許しあれ。
今や諸元素は、一つ残らず分かれた。
この油で、汝の石を赤くせよ。
すると、われらの二つの樹脂を得るだろう。
これらなくして、エリクシルはあり得ない。
これらは身体と霊のあいだを行き交い、
これらなくして、われらの石は固定できない。
そして神の恵みによって、短い間に、
その石から二つのエリクシルを作る。
それによって、すべての金属の身体が、
真に、よりよい状態へと変えられる。
ソルとルナに等しくなり、
困窮するわれらを助けるために。
さて、最も恵み深い神に感謝あれ。
この秘密を、われらに貸し与えた御方よ。
これと共に、その恵みをわれらに残し、
魂の救いへと、われらを導きたまえ。
次の断片は、いくつかの写本では、前掲の黒衣の修道士ピアスの解説の末尾に置かれていた。ほかの写本では、「この男と、この女とをもって」等々で始まる詩の直前にあり、次の表題を掲げていた。
結論
白と緑の、風と水を取り、
そこから処女の乳を引き出せ。
ある者たちは、これを澄んだ水と呼ぶ。
この水に並ぶものはない。
そして白い煙が現れたら、
汝の火をさらに強めよ。
受器を替え、さらに長く続けよ。
すると火が出てくるのが見えるだろう。
血のように赤く、怒りに満ちた火が。
それは臭き溶媒、および哲学者たちの太陽と呼ばれる。
その内において、われらの溶解と凝固、
昇華、引き寄せ、さらに固定、
そしてわれらの硫黄、すなわち葉状硫黄の生成がなされる。
この男と、この女とをもって、こうするがよい。
夫と妻として、二人を結婚させよ。
二人とも一つの部屋に入れ、
床に入ったら、扉を固く閉ざせ。
女は多情で、荒々しく、
夫と共にいても、安らげない。
子を宿すまでは。
その子は、一族の誰より優れるだろう。
父の側からも母の側からも、
彼は諸元素の子である。
その姿ほど尊いものはない。
自分の兄弟である完全なソルさえも。
ソルとルナは彼に従う務めを負い、
必要なものは何でも彼のもとに運ぶ。
サトゥルヌスも彼に敬意を表す。
最も近い血縁であるにもかかわらず。
彼の臨在を喜ばぬ皇帝も、
王も、一人としていない。
もし一年間、彼が彼らのもとを去れば、
その心は深く悲しむだろう。
富において、彼はほかのすべてに勝る。
彼の内の諸元素は、それほど均衡している。
ルナはその姉妹、ソルはその兄弟、
父は七つの惑星のあいだに住む。
鉱物には力がない。
われらは、どこに彼を求めようか。
これを汝の根本の原理とせよ。
われらは、これを秘密にしておかねばならない。
それは各地、いたるところに見いだされる。
道すがら、どの通りにも。
もう一つの結論
まず焼成し、その後に腐敗させよ。
溶解し、蒸留し、昇華し、下降させ、固定せよ。
生命の水で、幾度も洗い、乾かせ。
そして霊を仲立ちとして、身体と魂を結婚させよ。
このように自然に両者を混ぜ合わせられなければ、
身体は流出のうちに、すっかり死ぬだろう。
汝の見るとおり、血を流し、色を変えながら、
「bus」と「nubi」の内で、それは昇り、降りる。
まず月へ、次に太陽へと昇る。
ただ小さなガラスの樽を船として乗り込んで。
そこへ至れば、大いなる業はすべて獲得される。
その旅に、多額の財を費やすことはない。
そして始めてよかったと、汝は喜ぶだろう。
忍耐をもって、業に心を配ろうとするなら。
われらの真珠とルビーを作ろうとする者は、
われらの原理を捨ててはならない。
初めにその原理が真であり、
術によって、そのように焼き上げられるなら、
まことに最後には、自分の業を悔やむことはない。
学の全体
身体の身体があり、
また魂と霊があり、
二つの身体と結び合わされねばならない。
汝に告げるとおり、二つの土があり、
それらと共に、二つの水が住む。
一つは白く、もう一つは赤い。
死んだ身体を生き返らせるために。
そして自然のうちに隠された一つの火があり、
それらと共に、一つの空気が業をなす。
すべては一つの本性から出てくる。
人よ、これをよく心に留め、記憶しておけ。
メルクリウスを、その妻であるメルクリウスから取れ。
メルクリウスの妻なるメルクリウスは、夫に大きな争いをもたらすからだ。
だがメルクリウスの妻の妻は、
メルクリウスに争いをもたらさない。
もしメルクリウスを、その妻と共に、メルクリウスに娶わせるなら、
メルクリウスとメルクリウスは、争いなく楽しく暮らすだろう。
メルクリウスの妻は、メルクリウスに大きな争いをもたらすが、
メルクリウスの妻の妻は、メルクリウスに争いをもたらさないからだ。
汝に一つの謎を出そう。
たいていの人が知る、ありふれたものについて。
それは今、大地にたいそう豊かに育つが、
誰もが知るとおり、値はわずかである。
同種の別のものを生むための、
根も茎も種も持たない。
それでも、切れ端を植えれば、
自ら増えることを止められない本性を持つ。
本性はたいそう重いが、飛ぶよう強いられる。
財布にはまったく無価値だが、目にはよい。
この何かは、無なのである。ひどく奇妙に思えるが、
変化をなす火を味わったあとは。
また、多くの色を持ちながら、一つしか示さない。
これこそ、われらの石の材料である。
私は哲学に尋ねた。
望むものを彼女から得るには、どうしたらよいかと。
彼女は私に答えた。水を鍛えて延ばせるように
する力を、私が持ったとき、
あるいは、風を一ヤード測り取る
方法を見いだせたなら、と。
「そのとき汝は、自分の望みを得るだろう。
火を一オンス量れるときに。
この三つをなし得ないかぎり、
現状で満足せよ。汝は私を得られない。」
老人に、尿をするまで葡萄酒を飲ませよ。
これが、祝福された石に至る手立てである。
そしてその溶媒の水に、
月の燦然たる輝きを沈めよ。
次に太陽を、その膝に投げ入れ、
両者を一度に滅ぼせ。
両者を火によって蘇らせるとき、
汝は望みを余すところなく得るだろう。
その薬に取り組もうとするなら、
まず、重く、硬く、熱く、乾いたものを作れ。
柔らかく、軽く、冷たく、湿ったものと、
両者を合わせ、出会わせよ。
そうすれば王よりも多くを費やせるだろう、
このような事柄の知識を持つなら。
固定されたものを溶かし、
溶けたものを飛ばせるなら、
その飛ぶものを、今度は固定へと導け。
そうすれば、汝は最も幸せに生きられよう。
R・B
アシュモールの注解と論考

星々は人間を支配する。
上にあるものは、下にあるものと同じである。
英国のメルクリウスを愛する者。
森の中で、トネリコは最も美しい。
地の中で、モグラは最もよく働く。
注 主底本にはない、原刊の注解部に先行するT・クロスの銅版画を、同年版Getty所蔵本から補った。盤中の句、帯銘、台座銘、下端のラテン語二行。Fraxinus(ash、トネリコ)と Talpa(mole、モグラ)は編者Ashmoleの姓を分解した言葉遊び。帯の周囲には黄道十二宮や惑星の記号があり、位置と形は原図に保持する。
この象形の図は、限りなき魂の
力強い光を覆い隠す。巻物と天宮図こそが
完全な解釈者である。だが、その仕方は隠されている。
謎を通して見つめる者は、このように明かされる。
注 図下の英語四行。最終行は、謎を読む者/謎によって示される人物を重ねた表現として訳した。Scrowle と Scheme は図中の巻いた銘と占星図を指す。
T・クロス彫版。
T・W、医学博士。
注 sculp. はラテン語sculpsit(彫った)の略。T・Wの氏名は本文図版に書かれていないため、展開しない。
5 7 3
9 2 4
1 6 8
注 左の道具群にある開いた冊子の数表。列と行の配置を保持した。隣頁の幾何記号・図具・天宮図内の図記号は、原図で形を保存する。
前掲作品の一部についての注釈と論説
6頁1行。「神の誉れのために――」
この序詩の最初の語と、それに続く六章の頭文字から、単音節の頭文字法と音節による折句を解くことによって、著者の名と居住地を読み取ることができる。それらの文字を第七章の最初の行と合わせると、次のようになる。
ブリストルのトマス・ノートン。
彼を完璧な師と信じてよい。
こうした趣向は、古の哲学者たちの知恵と謙虚さから生まれた。彼らは、人名、名称、秘義などを完全に隠すつもりでないときには、文字の並べ替え、折句、同文字の組合せ、音の一致などによってそれらを隠すのが常であった。探究する術の子らには解けるかもしれないが、他の人々には隠されたままであることを意図したのである。そして問われても、マノアに対する天使の答えと同じような答えしか返さないようにした。「その名はペリ、すなわち驚くべきものであり、秘密である。」
注 Isogrammatiques、Symphoniaques は著者の列挙する文字・音による隠蔽法。ここでは機能を説明的に訳した。
(a)『士師記』13章18節。
おそらく本書の著者も彼らにならい、名声の虚栄を求めるよりも知恵を愛する者たちを助けようとして、このように慎ましく、率直に、自分の正体を明かしたのであろう。しかし世間一般には知られずに過ごそうとしていたことが、本人の次の言葉からわかる。
(b)私はこの世の名声を求めず、
ただ皆の善き祈りを望むゆえ、私の名は知られぬままとしよう。
(b)ノートン『作業順序書』6頁。
(c)ジョン・ピッツはジョン・ベイルにより、また(d)ベイルはロバート・レコードによって、このトマス・ノートンは「同時代でもっとも熟達した錬金術師」であり、他の人々以上に哲学研究に熱心であったと述べている。それにもかかわらず、彼らはこの学知を空虚で取るに足りぬものと見なして、彼に対して無礼で悪罵に満ちた批評を加えている。
注 文は次頁の Science へ続く。訳文は理解のためその名詞を補った。
(c)『英国著述家列伝』666頁。
(d)『ブリテンの著述家について』第二百人集、67葉。
注 略記を原文にも保存。第二の巻次は刊本の小さな活字に従う。
――彼らの好む言い方では、空虚で取るに足りぬ「学知」なのである。彼らがヘルメスの学問そのものについて、これよりよい考えを持っていたとも思われない。実際、学者として教育を受けた者が誰でも、すべての術を好み、あるいはそれに秀でるよう生まれついているわけではない。ある者は一つを、別の者は他のものを愛するが、すべてを愛する者は少ない。これは星々のさまざまな影響から生じる。その影響は、人々の身体の構成と気質の違いに応じて、さまざまな傾向や好みを生む。そのため人はふつう、自分の好まないこと、あるいは知らないことを軽蔑したり非難したりするが、理由らしいものを示すことはめったにない。だが、盲人が太陽を見る幸運に恵まれなかったというだけで、太陽には光がないと断言しても、正しい推論にはならない。「あなた自身がある事柄を知らなくても、他の人がそれを知ることまで否定されはしない」とコンラートはいう。ともあれ、本書の著者は幸いにも、きわめて早くこの学知の達人となった。それを(e)四十日で学び、しかも年齢は――
注 Conwrath は刊本の綴りを維持。星辰の影響に関する記述はアシュモールの歴史的見解。
(e)『作業順序書』33頁。
(f)まだ二十八歳にもようやく達するほどであった。
(f)『作業順序書』88頁。
彼は師――一般にはリプリーと考えられている――に、赤い薬を伝授してほしいと熱心に頼んだ。師はしばらくして、彼にそれを受ける能力があると認め、その願いに応じた。
この著者を讃えるためには、なお多くのことをいえるであろう。しかし読者には『作業順序書』そのものを参照していただきたい。それによって十分に満足されるはずである。
この作品はピッツもベイルも『錬金術摘要』と呼んでいるが、著者自身は次のように名づけている。
(g)『錬金術の作業順序書』と名づけられ、
『われを信ぜよ』とも、永遠の規準とも呼ばれる。
(g)『作業順序書』9頁。
このほかに彼は『金属の変成について』という書物も著している。(h)ピッツはさらに第三の著書として『賢者の石について』を挙げている。
ヘンリー八世の時代には、ノートン家の九人兄弟が活躍し、全員が騎士であった。その一人サー・サンプソン・ノートンは、国王の兵器総監を務めた。この職はたいへんな名誉職で、ふつうはきわめて卓越した人物にしか授けられない。彼はロンドン近郊の(i)フラム教会に葬られている。その墓にはヘルメス的な象形寓意画がいくつも飾られていたが、その意味を理解しない者たちの無知な熱心さによって、最近破壊されてしまった。
(h)666頁。
(i)ウィーヴァー『墓碑記念物』526頁。
墓碑銘は次のとおりである。
慈しみの心をもって、騎士サー・サンプソン・ノートンの魂のために祈り給え。
彼はヘンリー八世王のもとで軍の兵器総監を務めた。
また、その妻デイム・エリザベスの魂のためにも祈り給え。
サー・サンプソンは一五一七年二月八日に逝去した。
注 原刊本の歴史的墓碑銘を訳した。年代の近代暦への換算はしていない。
11頁7行。「良くするためにも、悪くするためにも、誰も私の文を変えてはならぬ。神の呪いを恐れるならば。」
疑いなくノートンは、書物の誤った書写によって学識ある人々が受ける大きな損害を痛切に感じており、そのため当時の哲学の学徒たちに降りかかった、想像を絶する災いを自らも経験していた。というのも、彼の生きた時代には、次に述べるもの以外の書物を利用することができなかったからである。
注 原文の文は次頁 Bookes save onely Manuscripts へ続く。
すなわち、写本以外にはなかったのである。彼がこの『作業順序書』を書いたとき、(k)印刷術はまだイングランドで徒弟修業を終えたほどにも成熟していなかった。それゆえ彼は、不注意によって、または故意に底本を変えてしまう不実な書記たちに、この厳しい戒めを課した。そのような改変によって、もっとも用心深い学徒さえ疑念に悩まされ、誤導され、あるいは不幸な誤謬へと投げ込まれてしまうからである。
昔の写字生たちのあいだでこの過ちがどれほどありふれていたかは、チョーサーの例を見ればわかる。彼は、もっとも優秀で注意深い書記を使うために、誰にも劣らぬ配慮を払ったに違いない。それでも、彼の書記アダムに対して、まさに同じ不満を述べている。
(k)最初の印刷機は一四七一年、サイモン・イスリップによってウェストミンスター修道院に設けられ、そこで最初に印刷を行ったのはウィリアム・キャクストンであった。ストウ『調査』525頁参照。
注 アシュモールの注の主張をそのまま訳す。現代の印刷史としてこの年代・人物関係を保証するものではない。
(l)一日のうちに幾度も、お前の仕事をやり直さねばならぬ。
誤りを直し、さらに擦り消し、削り取るために。
すべて、お前の不注意と性急さのせいである。
注 rape はここでは古い語義の「性急さ・軽率さ」。
(l)チョーサー「自分の書記に」。
他の技芸や学問においてさえ、この過ちはほとんど許しがたい。とりわけヘルメスの学問では、損害が取り返しのつかぬものとなるかもしれないのである。
(m)たった一音節を変えるだけで、
この書は役に立たなくなってしまうかもしれない。
(m)『作業順序書』11頁。
33頁13行。「書けば、私は忠誠の誓いを破ることになる。それゆえ、口から口へ直接語らねばならない。」
これはノートンの師が、本人を呼び寄せ、口伝によって秘密を授けようとしたときに書いた手紙の一節である。師は、子どもたちのパンを犬に投げ与えることにならぬよう、誓いを破らずにそれを書き記すことはできないと考えて、筆にするのをあえて避けたのである。
同様にアリストテレスも、アレクサンドロスと面会して肉声で伝えられるようになるまで、この秘義にかかわる事柄を手紙で伝えることを拒んだ。アリストテレスの『秘中の秘』に基づき、リドゲートは次のように書いている。
注 『秘中の秘』のアリストテレス帰属はこの歴史的文章の帰属表現であり、現代の著者同定とは区別する。
高いものにも低いものにも、事物の秘密があり、
自然のうちに隠され、秘められている。
アレクサンドロスは、それを知りたいと望んだ。
アリストテレスのある秘密を、である。
師は明言せず、自らの胸に封じて守った。
深い思慮によって、その時を延ばしたのだ、
本人が自らその面前に来るまで。
注 conceyvd、sylff は同じ1652年版Getty本の439頁で再照合した。
第2章。
これは、その著述が、このように崇高な秘密を読むに値しない者の目に触れ、俗悪な群衆の軽蔑にさらされ、あるいは悪人によって悪い目的に利用されることを恐れたためである。秘密は明かされれば、どちらかの側に必ず損害を与える。それが彼を通じて起こったなら、彼は神の前に罪人となり、天上の封印を僭越にも破った者となりかねない。
とはいえ、古の哲学者たちは著述を用いてきた。明快な文章だけでなく難解な文章も用い、無知な者はいっそう無知となる一方、賢者は理解し、益を得るようにした。一方は欺かれ、他方は救われるのである。アリストテレスも、口伝の学説を公刊したため、それを彼一人から学んでいたアレクサンドロスに非難されたとき、「書いたのであり、また――」と答えている。
注 引用は次頁へ続く。Acromaticall は師の講義・口伝に関わる学説を指す。
G. br.〔刊本の略記〕
注 小さな欄外参照の読み・展開は未確定。
――「書かなかったのでもある。確かに公刊したが、読む者には理解できないようにした」と答えたのである。哲学者たちは、自分たちの好む語法に従い、謎や譬えによって示すために大きな労を費やし、哲学者の水銀を指し示した。そして声を一つにして、作用するものと作用を受けるものとが結合したときの驚くべき働きを断言した。しかし、これまで誰もあえて名を挙げなかったものの名称が、平明な言葉で書かれていると期待してはならない。彼らはそれを胸の奥の箱にしまい込み、意図して光を当てなかったのである。
注 冒頭ラテン語は前頁のアリストテレスの返答の続き。
匿名著者たち。
彼らが何より心を砕いたのは、秘密を寓話で包み、着想を覆いや影のかたちに織り出すことであった。その光線はあらゆる方向に伸びているように見えるが、すべて共通の中心で出会い、ただ一つのものだけを指し示すのである。
(o)ご存じのとおり、福音書の著者たちは皆、
イエス・キリストの苦難を私たちに語る。
誰も、他の者とまったく同じことをすべて語るわけではないが、
それでも、その意味するところはすべて真実である。
彼らは皆、その意味において一致している、
語り方には違いがあっても。
ある者は多く語り、ある者は少なく語る、
主の痛ましい受難を述べるときに。
私がいうのはマルコ、マタイ、ルカ、ヨハネのことである。
だが疑いなく、その趣旨はすべて一つなのである。
(o)チョーサー、自らの物語への序文。
トレヴィザン伯の次の言葉も同じ意味である。(p)「哲学者たちをよく理解する者は、彼らがあらゆる事柄において一致することを見いだす。しかし術の子らでない者たちは、彼らがひどく矛盾し合っていると思うであろう。」
(p)『錬金術の驚異について』第二部、28頁。
注 書名の展開は De chim. Mir. という刊本の略記に基づく暫定訳。
33頁15行。「――この術における私の相続人に、あなたをしよう――」
どの時代にも、哲学者の継承は途切れず続いてきた。ただ、注意を払わない世間が彼らに気づくことはめったになかった。古の人々はふつう、死ぬ前に誰かを自分の子として迎えた。その者が、ノートンをこの学知の相続人としようとして師が送った手紙に列挙されているような資質を、十分に備えていると知っていたからである。純粋に徳を備えていること以外の理由で、この学知を得られるなどと期待してはならない。さもなくば、トンシルの場合のようになる。
(q)――慈しみのために、私は惜しまず、
これまで一度もなされなかったように、明白にそれを明かそう。
注 Almes は「施し・慈しみ」。原文41頁の引用元と拡大画像を再照合して確定した。
(q)『作業順序書』41頁。
報酬であろうと脅迫であろうと、どれほど気前のよいもの、恐ろしいものであっても、哲学者の胸からこの秘密を無理に引き出すことはできない。その証人の一人が、(r)トマス・ダルトンである。
さて、この秘密が口伝で授けられるとき、通常どのような拘束と約束のもとに伝えられるのかは、チャーノックがそれを得る前に立てた誓いの、重い義務からわかる。師は彼にこういった。
(r)同書35頁。
(q)明日、私とともに、誠実な心で
聖なる秘跡を受けることに同意するか。
ここで私が授ける、この誓いを立てて。
生きているかぎり、金のためにも銀のためにも、
親族に寄せる愛のためにも、
高貴な人物から引き立てを受けるためにも、
私が教える秘密を明かしてはならぬ。
書き物によっても、軽率な言葉によっても。
ただし、自然の秘密を絶えず探究してきたと
確信できる者に対してだけは、
この術の秘密を伝えてよい。
この世を去る前に、哲学の覆いの下で。
(q)『哲学摘要』第5章。
注 参照記号 q は前頁と重複するが原刊本どおり。
師は、この誓いを忠実に、一切破らず守るよう命じた。
(r)地獄の穴から救われたいと思うならば。
(r)同章。
もしあらゆる点で自分たちの養子となるにふさわしいと思える者に出会わなかったなら、(s)彼らはそれを神の御手に返した。どこへ授けるべきか、もっともよく知るのは神だからである。それでも彼らは、何らかの書かれた遺産を残さずにこの世を去ることは、めったになかった。それは頭脳から生まれた子であり、子どもたちに代わるものであって、私たちにとっては親であると同時に教師ともなる。彼らはその著述の全体を通じ、すべての学徒を、愛情に満ちた親しい「子ら」という称号で呼ぶほど、分け隔てなく親切であった。(t)ヘルメスが最初にその先例を示したのである。彼らは、父たちの足跡を苦労してたどり、後世に伝えられた規則や教えを熱心に守る者すべてが、そのような子となることを願った。その教えのうちに、彼らは秘義の全体を誠実に示したのである。
(s)『作業順序書』37頁。
(t)『ピマンデル』において。
(u)彼らの忠誠の誓いが正当に許すかぎりにおいて、
最後の審判の日の、畏るべき裁判官の許しによって。
(u)『作業順序書』10頁。
彼らは養子たちのうちに生きるよりも、この嫡出の子たちのうちに、いっそう長く生きた。養子たちは一代のうちに必ず死んでしまうが、著述は、著者の死に際してその魂が移り住んだかのように、不死のものと思われた。少なくとも、時がもはや存在しなくなるまで、その記憶を永く保つには十分だった。このような子たちの父となることこそ、私の考えでは、このうえなく高貴な幸福である。
(w)俗物たちには、相続人や財産を手に入れさせておこう。
私が去り、恐ろしい大きな化け物である死が
このむなしい息を奪っても、
一篇の詩を残せたなら、その詩こそ私の息子だ。
(w)ランドルフ『詩集』63頁。
34頁33行。「私はまた生命のエリクシルも作ったが、商人の妻がそれを私から奪った。」
この人物をウィリアム・キャニングスの妻とする推測には、大いにもっともらしさがある。彼はブリストルの市長を五度務め、ノートンと同時代に生きた人物で、その富は当時の富裕者たちをはるかに上回っていた。そのことは、次に述べる事業からも明らかである。
注 文は次頁の建築事業の説明に続く。
彼はブリストルの城壁の外に、セント・メアリー・レッドクリフ教会を建てるという、顕著な事業を成し遂げたのである。「この教会へは、多くの階段からなる荘厳な上り道が通じている。建物は広大で、精緻で巧みな造作を備え、頭上には技巧を尽くして湾曲させた石のアーチ屋根があり、非常に高い尖塔もある。私がこれまで見てきたイングランドのあらゆる教区教会を、幾重にも凌ぐと判断する」と、洞察力のある(a)カムデンは述べている。
このウィリアム・キャニングスはまた、ブリストル近郊のウェストベリーの参事会聖堂を(b)設立した――アイザクソンによれば、大幅に(c)拡張したのである。その少し前に(d)ウスター司教ジョン・カーペンターが創設したものであった。キャニングスは老年になって聖職に就き、そこの主席司祭となった。
注 原文の引用符で続くカムデンの建築描写を訳す。Colledge はここでは聖職者の共同体・参事会施設。
(a)『ブリタニア』237頁。
(b)カムデン『ブリタニア』238頁。
(c)『年代記』467頁。
(d)ゴドウィン、367頁。
38頁4行。「そしてデルヴィスはテュークスベリーで首を失った。」
エドワード四世がテュークスベリーで、ヘンリー六世の妻マーガレット王妃と、その息子エドワード王子に対して(e)勝利を収めてから二日以内に、この(f)デルヴィス――戦死したサー・ジョン・デルヴィスの息子――は斬首された。彼やほかの者たちには、王から赦免が与えられていたにもかかわらず、である。彼と多くの者が聖域の庇護を求めて逃げ込んだ教会で、一人の司祭が赦免を得るまで王の入場を阻み、熱心に嘆願した結果、与えられた赦免であった。これは、第二章の末尾の話にあるとおり、ダルトンほど誠実な哲学者を裏切って、目前の危険の手に引き渡したことに対する、当然の罰であった。
注 末尾の報応という評価はアシュモールの歴史的論評。
(e)一四七一年五月四日。
(f)ストウ『年代記』424頁。
39頁1行。「トンシルは火を扱う仕事人であった。」
6頁に置かれた、グリフォンが彫られている大きな文字Tは、この行の最初の文字として置かれるべきだった。しかし私が印刷所を離れていたときに、この誤りが生じた。その点について印刷者は許しを願っている。彫師もまた、グリフォンの後ろ足を、獅子の爪のある足ではなく、豚のような割れた蹄にしたことについて、許しを願っている。
このTの下部の囲みの中にあったものは、私の判断では紋章と思われる。原写本では、この文字は秘書体の大文字Tに似ていた。盾や紋章盾の形には描かれていなかったが、文字の内側――私はこれを地と考える――は青色で、翼を広げて後脚で立つ銀色のグリフォンがあった。しかし、これがどの家に属するのかは、いまだにわからない。
注 紋章術の Azure は青、Argent は銀・白、Rampant は後脚で立ち上がる姿勢。
52頁1行。「貨幣の改変があったとき、その姓はブライスであった。」
このイングランド貨幣の改変は、(g)エドワード四世の治世第五年に行われた。一度の引き上げで貨幣の価値がこれほど大きく上がったことは、それ以前にも以後にもなかった。というのも、王は(h)旧ノーブル金貨をライアル金貨とし、価値六シリング八ペンスであったものを、合金に八ペンス分を加えることで、十シリングに引き上げたからである。他の貨幣も同じ比率で引き上げられた。それでも、そのノーブル金貨は、ヘンリー四世によって、ローズ・ノーブルより四ペンス低い価値に定められていたのである。
注 貨幣の価値と合金に関する説明は原文の記述に従う。次頁でも同じ項目の考察が続く。
(g)一四六五年。
(h)ストウ『年代記』418頁、『調査』46頁。
〔前頁から続く〕エドワード三世の、1351年に鋳造されたものである。その金は、(i)(文書によらない伝承の真実として)主張されるところでは、ロンドン塔でライムンド・ルルスが行った、錬金術による投射ないし増殖によって作られたという。伝承に加え、銘文もいくらかその証拠となる。一方の面には、王が海の支配者であることを示すべく、船上の王の像がある。また裏面には、小獅子を伴う花飾りの十字が置かれ、「しかしイエスは彼らのただ中を通って行かれた」と刻まれている。すなわち、イエスがパリサイ人のただ中を、目に見えず、きわめて秘かに通られたように、この金も、無知な者たちのただ中で、目に見えない秘密の術により作られたということである。マイエルもこれを裏づけ、(k)ライムンドが塔で作った至純の金は、今なお「ライムンドのノーブル貨」と呼ばれ、「精錬された、最高の品位のもの」であって、自分もその幾枚かを見たと述べている。また、(l)前記エドワード三世の治世、1443年以前にはイングランドで金貨が鋳造されなかったという点も注目に値する。ライムンド・ルルスはそれよりずっと前からイングランドにいた。(m)1332年には、ロンドン塔近くの聖カタリナ教会で『最終遺言』を著し、他の著作とともにエドワード三世に献呈したからである。そして、その執筆以前にもしばらく滞在していたものと推測できる。ウェストミンスターの修道院長クレマーによって招かれ、のちに王へ紹介され、多量の金を王に供給したことは、後の『ヘルメスの鳥』への注解で明らかにしよう。
注 前頁の段落の続き。年代1443は原刊本の印刷通りで、本文の歴史的主張を校訂していない。
注 Getty同版scan469(印刷頁443)と照合し、冒頭1351およびラテン語obrizi summaeq; indicaturæを補読。
i)カムデン『遺文集』172頁
k)『黄金の象徴』418頁
l)カムデン『遺文集』172頁
m)彼の『最終遺言』の末尾近くを見よ。
61頁7行。この術を助けるあらゆる学問のうち、
第一の女主人であるのは、自然魔術である。
判断占星術は自然魔術の鍵であり、自然魔術はこの祝福された石へと導く扉である。
ところが、ある時代の無知と悪意、そしてわれわれの時代に広く行われている習慣は、死霊術(および悪魔の教えから生じたその他の術)を、はなはだ偽りに満ちた不当な仕方で「魔術」と呼び、両者の間に設けるべき正当かつ適切な区別を与えていない。称賛すべき知識を、不敬で悪魔的なものと無差別に混同する以上に、学問を損なうことがあるだろうか。なぜなら、われわれのいう魔術とは、神が被造物に授けることをよしとされた隠れた力を探究し(その力は全般的な呪いによって厳重に封じられているが)、それによって作用するものを作用されるものに適切かつ自然に適用することなのである。もしこれ以外の何かが魔術のうちにあるというなら、それらはこの名称の下に身を隠し、その根から一度も芽生えたことのない植物の葉であると見なされたがる、巧妙な虚偽にすぎない。したがって、ある人々が真の魔術師を、呪文を操る者、死霊術師、魔女という大いなる詐欺師たちと一緒に並べることをやめないのは、奇妙であると同じほど不合理ではないか。彼らは世間から学者と認められたがっているし、私も、Magusという語がどれほどの意味の広がりをもち、分別ある人々にどう受け取られ、魔術師の教えとこの語の誤用との間にいかに大きな違いがあるかを、読んで知っている程度には学識があると信じている。それなのにそうするのである。これらの詐欺師は、(n)豚が美しい繊細な庭園に入り込むように、魔術の領域へ乱暴に侵入し、悪魔と結託して、その助力を自分たちの業に用い、マギの驚くべき知恵を偽造し、損なっている。この両者の違いは、天使と悪魔の違いほどにも大きい。
n)パラケルスス『隠秘哲学について』11章
ここで意味され、私が擁護しようと努める魔術は、神聖で真実な、自然の知恵に属するものであり、実際、自然哲学の全体を含んでいる。それは(o)神の御業とその効果に関する完全な知識だからである。それは(p)あらゆる自然哲学を、さまざまな思弁から偉大な実践へと導くものであり、(q)その奥義は、現在用いられ尊ばれている自然哲学が到達しうる範囲をはるかに超えている。というのも、能動的なものを受動的なものに適用するだけで、自然に対して一種の支配権を行使し、驚異を生み出せるからである。このような驚くべき作用を知らないがゆえに、無知な人々、すなわち他の分野では最も博識であってもこの分野に通じていなければ無知である人々は、無学な人々と同じく、自然哲学または数学的哲学の働きにすぎないものを、根拠のない崇拝によって奇跡と見なしてしまう。あるいは、反対側への同じほど大きな誤りとして、真に自然的なものを、ひどく奇妙で自分たちの理解の射程外にあるというだけで、たちまち悪魔的だと非難し中傷する。後者の人々なら、(r)ヤコブが子羊を斑の毛色にしようとして行ったことも悪魔の助力ないし奉仕によって成されたといってよかろうし、悪魔が魔女に草木、鉱物、排泄物などのさまざまな有害で無慈悲な使用法を教えたからという理由で、医学の利用を非難してもよいことになろう。
o)ガファレル『珍奇論』66頁
p)ベーコン『学問の進歩』33葉
q)ゲル博士の説教、1650年
r)『創世記』31章37節
注 聖書章節は原刊本通り。
また、愚かな時代や粗野な精神の持ち主たちの間では、学識があることが危険だった。その証人は、わが国の高名なロジャー・ベーコンである。(s)ヴィールは彼を、名声も信用も確かな哲学者アルテフィウス、アルナルドゥス・デ・ヴィラ・ノヴァとともに、「救いがたい精神の人々」のうちに数えている。(t)ベーコンの全著作は、美しく書写され、立派に製本されていたにもかかわらず、宗教を口実とする生半可な学者たちによって悪魔的なものと断罪され、長い釘を打ち通してオックスフォードのフランチェスコ会図書館の机に固定され、そのまま塵と虫食いによって滅びた。同じように、もう一人の有名な同国人、深遠なるリプリーも虐げられ、(u)死後、死霊術師の汚名を着せられたといわれる。教皇シルウェステル二世は、幾何学を理解していたために、最悪の意味での魔術師と見なされた。また約150年前には、無学な者たちにとって、ギリシア語を知ることと死霊術を知ることは同じであった。それほど盲目的な時代だったのである。しかし、精妙な知識によって生み出された自然本来の業を、無知な者が嘲笑し、欺きや幻惑に帰しても構わない。才知ある学識者なら、それを是認し、感嘆するに違いないと私は確信する。
s)『悪魔の幻惑について』第2巻4章、140頁
t)セルデン、ホプトン『一致表』への序文
u)ベイル、第8センチュリア、633葉
しかし、嫉妬がこれほど神聖な美の顔にかぶせた醜い仮面を引き剝がし、わが著者の意味するところへ道を開くため、まず、この学を修める人々の呼称となっている語に触れる必要があると思う。
その語はMagusである。もとはペルシア語で、天上の学および神的な学を観想する者、熱心な観察者、神的事柄の解説者、という意味だけを表している。(w)マルケルス・フィキヌスのいうところでは、福音書において恵みに満ちた名称であり、魔女や呪術師ではなく、賢者や祭司を意味する。そして実際、真の魔術師は、自然およびあらゆる自然物に生命と力を与える真の原因にして授与者を、神と認める。彼らのあらゆる著作と論考の目的と内容は、まさしくこれらの事物の原因、ならびに(x)神的事物の原因に関わっている。
w)第1部、573葉
x)魔術は神学の主要な一部である。
次に、魔術の定義を示そう。(y)ミランドラのいうように、これは理解する者が少なく、非難する者が多い術であり、それゆえ明確に示すことが不可欠だからである。ある学識者の手になる次の定義を受け取ってほしい。注意を払うに値することがわかるだろう。
y)ピコ・デッラ・ミランドラ、84葉
注 主資料の末尾数字は薄いが、Getty同版scan470(印刷頁444)で84と補読。
「魔術とは、賢者が、互いに対応する自然的な作用者と受作用者を結びつけ、その原因を知らない者には驚異と映るような効果を生み出すことである」。以上がその人の言葉である。パラケルススはこれを(z)「地上における超自然的事物に関する、最も秘密で隠された学」と呼び、「人間の理性では見いだしえないことも、この術によっては見いだせる」とした。さらに少し後で、非難を退けるため、「それ自体は至純であり、死霊術のように儀式や召喚によって汚されてはいない」と付け加えている。
z)『隠秘哲学について』11章
この両者に一致し、しかしより詳しく述べられているのが、コルネリウス・アグリッパの説である。彼は(a)「魔術は、最も秘密な事柄についての最も深い観想を、その本性、力、性質、実体、効能とともに含み、また自然全体の知識を含む」と主張する。「それは事物相互の相違と一致についてわれわれに教え、それらを互いに、またそれらより下位にある適合した基体に適用し、上位の物体の力と効能によって全面的に結合し結び合わせることで、事物の効能を統合し、そこから驚くべき効果を生み出す」。これが簡単にいえば、この学の説明である。その作用と効果は奥義に満ちているため、古人はこの学を、最高にして神聖な哲学、あらゆる優れた教えの泉と見なした。プリニウスはいう。「私は、学識の最高の光輝と栄光が、古来、そしてほとんど常に、この学から求められてきたと認める」。
注 プリニウス引用のclaritatemは主資料で傷みがあるためGetty同版scan471(印刷頁445)も照合。原刊本のラテン語summumを保持。
a)『隠秘哲学について』第1巻2章
これまで述べてきたことは、最も敬虔な人々の耳にも障らないと思う。ここには詠唱も、呪文も、魔法円も、護符も、人為的な愚行の断片も一切ないからである。また、そのようなものは必要ない。真の魔術師がただ一つ関わる相手である自然は、それらなしに働ける。自然は質料を提供し、彼らは自然を助け支える術を提供する。それがすべてである。
蛙、虱、虫、昆虫などの生成を例にしよう。この場合の哲学者の仕事は、ただ(b)自然の種子を強め、生成の業を早めるよう活気づけることにある。働くのは自然だけだからである。トマス・アクィナスは、ファラオの魔術師たちもこのような手段で蛙を生じさせたと考えている。その結果、無知な者には、それが通常もっとゆっくりと作用する自然の業とは見えず、むしろ悪魔の力と見えてしまう。しかし、これらの術を学んだ者たちは、そのような作用を怪しまず、創造主を讃える。これらの作用は、何よりもただ創造主の栄誉に向かわなければならない。(c)神は御業において最もよく讃えられるからである。われわれはこの目に見える事物のうちに、またそれらを通して神を知り、その知識によって、神のいっそう秘密で目に見えない事柄を理解し、それによって、ほかの仕方ではできないほどよく神を讃えられるようになる。
b)ギヨーム・ド・パリ『法について』24章
c)ゲル博士の説教、1650年
さて私は、自然魔術についてどれほど大きな理解を得ようとも、また、この純粋で原初的な自然の知識へ、われわれに可能な限り最も深く遠くまで探究を進めようとも、それが、神の隠しておかれようとする秘密、すなわち神が探究を禁じた事物の部類に置かれた隠れた秘事を詮索することになるとは認めない。そうだと語る者がいることは承知している。しかも彼らは聖職服を着て、学者の名声を失いたくないと願うような人々である。この点はアダムによって十分に明らかになる。(d)堕落以前のアダムはきわめて完全な哲学者であり、自然についての真実で純粋な知識、すなわちわれわれが自然魔術と呼ぶものを、最高度の完全さにおいて十分に理解していた。そのため、その光によって、被造物を一目見ると直ちにその本性を完全に知り、その性質と固有性にふさわしい名を与えることもできたのである。
注 段落は次頁へ続く。
d)『創世記』2章19、20節
というのも、これは自然の光の、より大きく、より明澄な一条であり、堕落以来の人間のあらゆる努力が望みうるもの、到達しうるものを超えていたからである。そして、その正当さを証しするように、神御自身によって彼に授けられていた。彼の堕落を招いたのは、この自然的知識ではない。また、仮に可能だとして、われわれが彼の完全さに達することも、何らの罪過や罪悪にはなりえない。決してそうではない。アダムが堕落する原因となった違反は、もっと高い領域に属していた。すなわち(e)善悪の知識を高慢に探り、ほかでもなく、神から完全に離反し、もっぱら自分自身と自分の自由意志に依存しようと企てたことであった。
e)ベーコン『学問の進歩』5葉、43葉
さらに注目すべきことに、神は御自身の民を治める者としてモーセを立てる際、その高い職に、(f)当時エジプト人の間で重んじられていたあらゆる学問を修めた人物を、進んで選ばれたように見える。その学問の筆頭にあったのは魔術である。また、ソロモンが知恵を求めて神に祈ったとき、神は海のように広い心を授け、そこに人間界の事柄についてきわめて豊かな知識を宿らせられたため、彼は人間の理解が把握しうるすべてを見通したことがわかる。そして自然魔術が罪なきものであることの証しに、ソロモンはそれに十分通じ、実践において最高の実験を試みていたにもかかわらず、自らのすべての撤回・悔悟のうちでそれを数え上げてはいない。もしそれが許されぬことであったなら、確かに彼は省くことはなかったはずである。
f)『使徒行伝』7章22節
準備としてはここまでにしよう。さて、ノートンの意図にいっそう近づき、魔術をわれわれの目的へと近づけるには、次のことを理解しなければならない。宇宙の秩序と均衡は、創造の法則によって、最下位のもの、すなわち天界下の元素的領域が直接に中位へ仕え、中位すなわち天界がその上のものへ、そしてその上のもの、すなわち天界を超える可知的領域が、最高の支配者の命令に従うように定められている。さらに、(g)これらの上位と下位のものは、類比による類似性をもち、秘密の紐帯によって、知覚できない媒介を通じて互いに緊密に結ばれ、同じ最高の支配者への服従と自然の利益のために、自ら進んで結合していることを知る必要がある。それゆえ、この調和を逆向きにたどれば、(h)天界上のものを天界のものによって、超自然的なものを自然的なものによって、下へ引き寄せられるとわかる。古のヘルメスの格言は、(i)「上にあるものは、下にあるものと同じである」だからである。
『復興された物理学の手引き』箴言11
g)箴言3
h)コルネリウス・アグリッパ『隠秘哲学について』第1巻38章
i)『エメラルドの板』
この根拠に立って、(k)賢者たちは、われわれが同じ段階を通り、各々の世界を上昇して、ついには原初の世界そのもの、すなわち万物の造り主であり第一原因であるものにまで達しうると考えることを、決して不合理とは見なさない。
k)コルネリウス・アグリッパ『隠秘哲学について』第1巻1章
しかし、下位のものを上位のものの力に結びつける方法、いわば楡の木と葡萄の蔓を結婚させる方法、あるいは、散在し播種された諸力、すなわち「中心の中心に潜む力」を隠れた場所から明るい光のもとへ呼び出す方法は、もっぱらマギすなわちヘルメス派哲学者の仕事であり、前述の調和に依存する。なぜなら、
彼らは、事物の産出は自然的だが、力を引き出すことは自然的ではないと知っているからである。事物は創造されたものだが、力は創造されざるものだからである。
それゆえ、力と効能は、植物、石、鉱物などのうちにあるのではない。われわれはそれらから生じる効果を感覚によって認めるが、それは、神が初めに混沌へ注ぎ込まれた、普遍的であらゆるものを貫く霊、地上の事物における一なる作用力、不死の種子なのである。それは、あらゆる〔次頁へ続く〕
注 文は次頁へ続く。
〔前頁から続く〕場所で活発に働き、普遍的な広がりによって、世界のあらゆる種類の事物を通って絶えず流れ、前述の産出によって自らを現す。真の術者は、この霊をどう扱えばよいかを知っている。その活動は、粗雑で土的な物体という狭い牢獄に、いわば鈍らされ、厳しく縛られているが、それを物体性から取り出し、囚われから解放して自由に放ち、エーテル的な物体のうちにあるときのように、自在に働かせる方法を知っているのである。
しかし、それを行う手段、すなわち第一の調製については、すべての哲学者が今日まで隠してきた。なぜなら、
l)マグネシアを(m)作り出すことは、彼らも意に介さず、
その書物に詳しく述べた。
だが、作り出した後でどう扱うかについては、
哀れな人々に何の慰めも与えずにおいた。
l)『緑の獅子の狩り』
m)すなわち、それが何であるかを、謎めいた仕方であっても告げること。
そして神がそれを明かすことをよしとされないかぎり、それはユダヤの火と同じく、隠しておかれなければならない。神が明かされるまでは、いかなる人間の努力も、その知識を全能者の御手から力ずくで奪い取ることはできない。
n)運命がお前を招くならば。そうでなければ、否。
n)アウグレッルス
それゆえ人間の手からこれを得ようとしてはならない。それはただ神の賜物なのだから。
o)全能者の比類なき賜物、そして恩寵。
o)『作業順序書』13頁
「何ものも自らのもたぬものを与えはしない」。人間はこれをもっていない。すなわち、望む相手に与えられるような仕方では、もっていないのである。
p)哲学者たちは皆、一人残らず誓わされた。
誰にもこれを明かさず、
どの書にも、いかなる仕方でも書き記さないと。
これはキリストにとって、かくも愛しく尊いものゆえ、
その神性がお望みになる場合を除き、
これが明かされることを、主は望まれない。
御心にかなうとき、人に霊感を与え、またこれを禁じる。
見よ、これこそ主の目的である。
注 deite等の黒字体をGetty同版scan473(印刷頁447)と照合。defendはここでは「禁止する」の古義。
p)『僧侶の従者の話』
要するに、われわれのディアナを発見し、その覆いを取り払うほど祝福された者がいるなら、彼は、その始め、中ほど、終わりのすべてにおける導きを自然魔術に負っていたと悟り、認めるだろう。そしてそれが最高の完成段階にまで仕上げられたとき、彼は書き記すのにふさわしくない事柄を見ることになる。なぜなら、畏れと敬意をもって断言するのを許されたいが、それによって天使的な知恵を得られるからである。
注 主資料の薄い末尾3行をGetty同版scan473(印刷頁447)で補読。
72頁25行。われらの白い石を取り分けよ。
この薬がしかるべく調整されていなければ、その最小の一粒を味わうだけでも死を招く。その本性は人間のそれをはるかに上回るほど活発で強力だからである。そのごく小さな部分が、卑しく腐敗した金属の体に激しく徹底的に浸透し、それを染め、完全な金という高い段階に変えることができるなら、人間の身体がそのような〔次頁へ続く〕
注 文は次頁へ続く。これは歴史的本文の翻訳であり、服用を勧めるものではない。
〔前頁から続く〕力に抵抗できる余地は、なおさら少ないではないか。人間の最大の強さでさえ、最も弱い金属よりはるかに劣っているのである。完全な健康を享受したいと願う多くの哲学者が、その真の使用法、あるいは人間の本性が破滅することなく受け入れられるように調整する方法を知る前に、あえてこの薬を内服して、自らを滅ぼしたと私は信じている。幾人もの著者も、この考えを裏づけている。
88頁15行。――赤い石は身を保つ薬、
わが寿命を延ばす、最も尊いものである。
これは、生命を築く者のうちのある人々が捨てた石だが、実のところ隅の親石であった。それは、最初の祝福のわずかな名残として、今なお被造物に残されている汚れなき力から生じ、(q)身体、魂、霊の間に完全な結合をもたらしうるからである。われわれの生きた火、すなわち身体と霊との媒介は、天上の諸力から成り、身体の不純物と余剰物を焼き尽くすこのエーテル的な薬を受け入れることで、あらゆる障害から解放される。そして身体は、これほど甘美で強力な強制によって、変化して入ってゆく先の比類なき本性に適合させられ、その結果、生命が延長される。
q)R・Bost., Phil., 3章
生命の延長については、歴史書のうちにいくつかの先例がある。それらは作り話ではない。物質を内的または外的に用いることによって、霊が新たにされ、身体が強められ、生命的能力と動物的能力が活気づけられ、老い衰え、枯れた状態が若返り、寿命が延ばされた例である。こうした記録のほかにも、自然が鹿、鷲、蛇などのある種の生き物に親切であり、再生の恩恵を得る手段を授けていることを、われわれは認める。ここで自然が彼らに教えているのは自然魔術であって、それ以外の何ものでもない。それなら、人間も求めるならば、なぜこれを授けられないことがあろうか。いや、(r)動物に与えられたこの好意ある祝福を考察したことこそ、多くの哲学者がこの奥義の探究に打ち込んだ主要な根拠なのである。生き物に無償で与えられているものなら、人間が探し求めるとき、それを拒まれることもないだろう、と彼らは期待したのである。
注 原刊本正誤表は448頁29行をgratisと指定する。この個体の本文もgratisと読め、訂正語を採用した。Getty同版scan474(印刷頁448)も同読。
r)ロジャー・ベーコン『自然の秘密についての書簡』6章
(s)われわれの病気が主として移植によって生じることは明らかである。ただし、祖先たちの衰え、朽ち、腐った本性から、ある種の遺伝的腐敗が後代へ継承されることも否定しない。栄養として食べ、飲むものによって、(t)神の呪いが被造物のうちに宿らせた腐敗的で有害な、いや死をもたらす性質が、それらからわれわれの身体へ移され、そこで育ち増殖する。そして、それらが担う不純物によって、塩、硫黄、水銀を和解不能な争いへと激化させた末に、悲惨な衰弱をもたらし、結果として死に至らせる。これに放埒と大食という重荷を加えるなら、その到来はいっそう早まる。しかしこの死は自然的なものではなく、偶発的なものである。これまで述べたことからわかるように、(u)それは大世界の果実から生じ、移植によって成長する死なのである。人間の反逆的な不従順が神を怒らせ、神が大地を呪われたその呪いによって、御自身の造られたあらゆるもののうちに、死を植え付けることとなった。(w)天使がエズラに教えた教説もこれに一致している。
s)セヴェリヌス『哲学的医学の理念』12章
t)サー・ウォルター・ローリー『歴史』65葉
u)J・W『書簡』
w)『第二エズラ書』7章11、12、13節
そして、すべての者は死ななければならないと定められており、この定めに逆らう力はいかなるエリクシルにも〔次頁へ続く〕
注 文は次頁へ続く。
〔前頁から続く〕抵抗する力はないけれども、この薬は人間特有の腐敗に対する治療となり、通常老年に伴って苦しめる痛みや病気を食い止める。その結果、人間がパンとともに食べ込んでいる死を分離することができ、したがって、中断されることのない健康の安らぎのうちに、本来の正義から堕落したこの本性に許される最長のところまで、生命の糸を紡ぎ延ばせる。というのも、われわれが体内に取り入れるもののうちに自然は二つの実体を見いだす、というのは確かな真実だからである。自然は一方を喜ばしい食欲とともに保持して生命力を養い、他方を嫌悪して排出する。それは単に無用なだけでなく、腐敗を起こし危険だからである。この点を十分に省みれば、自然の方法をまねるのが最善であると認めざるをえない。すなわち、あらゆるもののうちで一緒に結合している清浄なものと不浄なものを、使用する前に分離するのである。自然が明らかに差し引き、分けているところで、われわれは足し、増やしてはならない。残滓は(y)何の益にもならず、それどころか病人においては、霊そのものの浸透力を明白に抑え込み、分離する術を病んだ身体に任せてしまう。しかし、その身体は弱っていて、その仕事を果たせないのである。
y)ロートマン『注解』
注 原刊本ではCo-ment.と改行された略記。
寿命が短くなったのはアダムの堕落とともにであった。洪水以前の古人のうちには、ほとんど千年も生きた者がいたが、彼らの寿命は確かにこの薬を用いることで延ばされていた。彼らは、それによって万物の有害な性質を分離し、矯正する方法をよく知っていたのである。私は、当時の人々が一般にそれほど長寿だったのか、それとも(z)アブラハムの真の祖先たちだけがそうだったのかを、大いに疑問に思う。彼らはいつも族長の長男・初子だったわけではなく、神が家系を続けるため一族のうちから選ばれた者たちであり、神の許しによって、独自で特別な祝福として、この秘密を伝承により託されていたのである。
注 原刊本正誤表は449頁17行をknewと指定。主資料およびGetty同版scan475(印刷頁449)の本文もknewと読め、この読みを採用。本文参照記号(z)に対し欄外はx)と印刷される。
x)サー・ウォルター・ローリー『歴史』64葉
89頁27行。――私は今日に至るまで、
赤の作業を試みたことがなかった。
この箇所から、ノートンは赤い薬を所有したことも、その作り方を知っていたこともないと主張する者がいる。しかし、それは違う。『作業順序書』を刊行した時点まで、彼が二度目の製造に取りかかっていなかったことは確かである。では、なぜか。
(a)その理由は、この書の前の箇所に明らかである。
盗まれてしまってから、彼は二度と行う気にならなかったのだ。
a)『作業順序書』89頁
しかし彼が以前その作業を行い、実際に作り、それを盗まれたことも、前の(b)箇所に現れている。そこでは、(c)商人の妻が彼からそれを盗み、その不幸のために、この仕事をさらに進めることを思いとどまったと語っている。さらに彼は、師がそれを教え、自分はその作り方を完全に知っていたと明言する。というのも、彼自身が次のように証言しているからである。
注 末尾近くのnowは主資料およびGetty同版scan475(印刷頁449)の印刷通り。意味上know/knewの誤植と考え、日本語では「知っていた」とした。正誤表の449頁17行knewは上段の語を指すため、別個の誤植として記録。
b)『作業順序書』34頁
c)34頁への注解を見よ。
(d)私は恩寵とともに、真の教えを得た。
赤い薬の調製についての教えを。
d)『作業順序書』89頁
最後に、前記『作業順序書』の第5章の終わり近くで、ノートンはその作り方を真実かつ明瞭に述べているので、読者にはそこを参照していただきたい。
99頁31行。それゆえ、それらは生成の作業にあるあいだ、
星々の配置に最もよく従う。
ここで著者は、哲学の作業を開始する時を選ぶために、占星術の規則を参照している。それは後続の詩行から明らかであり、そこではこの仕事に適した時の選定が示されている。
この学の実践部門では、別の箇所でも述べたように、天文学と占星術の規則を参照しなければならない。
(e)天文学について、汝はきわめてよい理解をもたねばならぬ。
さもなくば、この書を信じることも心もとないであろう。
e)『知恵の楽園』
したがって、計算の部分は天文学に、判断の部分は占星術に属する時の選定は、この作業を始めるにあたって非常に必要である。ノートンの払った労苦も同じことを示している。われわれがほとんど注意を向けないとはいえ、大多数の著者が同じことをほのめかしている。なぜなら、
(f)まだ形づくられず、加工されていない、かくも単純な種は、
目的が達せられるまで、巧みに導かねばならぬ。
その期間を通じ、それらは形ある本性をもつもの以上に、
星々の影響に従うのである。
f)『作業順序書』60頁
一般にあらゆる時の選定において、星々の効力は、作業の対象となる未形成の本性に、いわば一定の仕方で適用することによって用いられる。そうすることで作業を促進し、それらをわれわれの目的にいっそう役立てるのである。(g)あらゆる結果には下位と上位の両方の原因が協働するので、一方と同様に他方も考慮しなければ、その怠慢から誤りが生じる。また、このような選定によって、医師が多種の草木を役立てるのと同じように、天上の影響を有効に用いられる。これに一致するのが、プトレマイオスの箴言第8である。「分別ある者は天上の作用を助け進める。それは、思慮ある農夫が土地を耕し整えることで自然を助けるのと同じである」。しかし、出生天宮図は時の選定の根である。したがって、あらゆる作業の主要な根と基礎として、まず出生図を顧みなければならず、次いで、われわれが適合させようとする事物の性質を考慮しなければならない。こうして天の適切な配置を選び、作業者の出生図における惑星と室を強め、それらを表示される事物に一致させれば、その影響が刻みつける印象によって、作業の力は大幅に増大する。
g)マルシリオ・フィチーノ
そしてこれは、自然についてのきわめて明白な理由によって支持される。(h)ある学識ある紳士はこういう。この人がずいぶん前に刊行した『判断占星術の擁護』は、敵対者たちがどれほど音を立てて攻撃しても、今なお揺るがず、論破されていない。「天上の影響は決してわれわれへ流れ込むのをやめない。したがって、出生時と同様の位置または配置が、同様の印象と影響によって、初めの作用を、出生図だけを考慮した場合よりもいっそう増し強めるのは、十分ありうることである」。これらの根拠に基づき、ノートンは自ら示すような時の選定を勧めている。
h)サー・クリストファー・ヘイドン『占星術の擁護』363頁
i)ただし汝の出生図が、この時の選定に反して、
害を予告するのでないかぎり。
i)『作業順序書』100頁
これは、(k)プトレマイオスが次の趣旨で述べたことと実質的に同じである。すなわち、日や時刻をうまく選定しても、それを出生図に適合するよう構成しなければ、ほとんど利益はない。そうしなければ、出生図で惑星が予告していた災いを回避できないからである。このため、たとえ同一の時刻に始められていても、行為が成功したり失敗したりするのは、そのときの天の配置が、それを行う人々の出生図にどう適合するかによるのである。
k)箴言6
食養生、建築、居住、衣服、そして生活のさまざまな行為に時の選定を用いる必要性について、確かめたい者は、マルケルス、フィキヌス、ヘシオドス、カトー、ウェルギリウス、ウァロ、コルメラ、プリニウスを読めばよい。彼らは、そして一般にすべての哲学者は、植え付け、種まき、枝払いなどの仕事を、それに基づいて整えていた。
注 Marcellus, Ficinusは原刊本の句読通り。前頁等のMarcellus Ficinusを分けた可能性がある。
この下界で感覚をもたないものにも、感覚をもつものと同様に、天上の影響は、その基体の程度と容量に応じて常に印象を刻み、その支配力を明白に示す。(l)いったん印象が刻まれれば、その影響より強いものは何もないからである。その証拠は、植物、草木、穀物、その他生長するものに及ぶ力である。それらの種子は、播種時における月と太陽との関係に応じて、さまざまに栄え、あるいは衰える。農夫の経験が世にこれを告げ、太陽が一年ごとに近づき遠ざかることが、感覚に明らかにする。
l)ガファレル『珍奇論』219頁
とりわけ月の状態を観察すべきことには、自然のうちに大きな理由がある。月は地球に最も近い惑星であり、他のすべての天上の影響を月下界へ運ぶ、いわば乗り物に定められているからである。この点から、月は適切にも(m)「上なる軍勢の道具」と呼ばれる。事物は月のその時々の状態に応じて導かれる。月がよい座相によって幸運であり、配置に恵まれ、運行が速く、光が増しているなら、事物はすみやかに育ち、繁栄する。しかし月が妨害を受けていれば、その逆となる。月が欠ける時期に播かれた植物の種子は、いかに乏しく遅く育つか、それどころかしばしば衰弱し、本性にそぐわぬ性質や味に変質するかを、われわれは普通に観察できる。その理由は、それらを養うべき水分と樹液が、甚だしく減少するためである。しかし、木材やその他腐敗から守りたいものを切り取るには、それが最適の時期である。
m)『集会の書』43章8節
(n)トゥルンアイサーは、その他多くの驚くべき有用な観察とともに、さまざまな植物が最大の力を帯びるときの天の配置を示している。そのような時に医療用として植物を採集することは、注意に値する。その力と、この点を考慮せずに採集されたものの力との間には、明白で著しい違いが現れるからである。一言でいえば、時の選定によって、われわれは望むように事物を統御し、整え、生み出せる。「各人は自らの運命の鍛冶師である」。
n)『植物誌』
100頁1行。それは直に昇る、火性のアセンダントである。
注 引用句のfirieは「火の性質をもつ」の意。
この詩行と、それに続く最初の十行には、時の選定を構成するための著者の規則が示されている。それに従い、著者は読者のために、およそ緯度51度での天宮図を作成し、第6章の前に置いている。私はそれらを原本から忠実に複写させた。ただし認めなければならないのは、いくつかの惑星が、天文学の規則が指示し、占星術の教えが要求するほど正確な順序で、室と宮に配置されていないことである。例えば第1図の第1室には、水星が人馬宮の7度、アセンダントが人馬宮の2度、次いで太陽が同じ宮の18度に置かれている。しかし人馬宮の2度は、水星の置かれた7度より小さい度数なのだから、その前に来るべきである。また第2図では、水星と月がともに第11室にあるが、正しくは第10室に配置すべきである。天秤宮の20度が第11室の境界であり、したがって同じ宮のそれより小さい度数にある惑星はすべて第10室に入るからである。そのうえ、どの図でも金星が太陽からひどく遠くに置かれており、天文学者は不合理と認めるほかない。金星が太陽から48度を超えて離れることはないのに、第3図では六分座相の範囲内にさえ入らず、第2図ではほとんど衝になっているからである。
注 印刷された占星記号を対応するUnicode記号で転記。主資料拡大画像とGetty同版scan478(印刷頁452)で☿、♐、♎、♀、⚹、☍を確認。
その配置についていえば、私は術の規則に従って各室へ置き直すこともできた。しかしむしろ、原本に見いだしたままにしておいた。それが無知や過誤によるのではなく、意図をもってそのように配置されていると、十分に確信しているからである。著者は、学識ある占星術師であり、無知や過誤を犯すにはあまりに注意深い書き手であることを、自ら示している。金星が太陽からこれほど遠く離れているのは術の規則に反するように見えても、金星がしばしば第4室に置かれることは、彼の選定の規則にかなっている。とりわけ、そこに来るのが金星の高揚する宮である点が重要である。彼は第4室の支配星を幸運に置くよう定めているからである。
(o)これは古の学者たちの「隠された宝」だからである。
o)『作業順序書』100頁
加えて、ここで宮と室に置かれた惑星の配置は、これらの図が著者自身の作業、あるいはこの術の他の誰かの作業のために選ばれた実際の時刻を示す、というようなものではない。むしろ、彼の規則の範囲内に収めるためだけに、仮構され、考案されたものなのである。この点を自ら確かめるため、私は手間をかけて著者の時代の前後数年間の惑星の位置を計算したが、三つの上位惑星と太陽が、彼の配置した宮に入る時を見いだせなかった。
また、著者がこの奥義の他の部分と同様、いくつかの惑星の図像そのものにまで、覆いや影を用い続けていることも注目に値する。彼はそれらを、現在あるいは当時一般に用いられていた記号では示さず、その本性にかなう図像によって、象形的に表している。しかし(p)名前や図像の違いは、それが表す事物の違いをもたらさない。土星は鋤で、木星は司教冠で、火星は矢で、金星は美しい顔で、水星は当時のイングランド貨幣の裏面に通常刻まれていた図像で示されている。太陽と月だけが、古人から与えられた姿のまま残されているのである。
p)アリストテレス
100頁32行。すべての占星術師を信用するな。その理由を語ろう。
かの術は、錬金術と同じく秘密に満ちているからだ。
占星術は深遠な学問である。この術が隠れている深みには、測ろうとして投じられるありふれた測鉛のどれでもが届くわけではない。師と認められたがり、ためらいもなく自称しながら、輝かしいウラニアの徽章を身につけるに値しない僭称者が、これほど多数はびこった時代はかつてなかった。そして、なんと嘆かわしいことか、その群れは増え続け、自らの無知のために占星術の敵たちの笑いものとなるだろう。それだけで済めばよいのだが、分別をもって世に分かち与えれば感嘆を呼ぶはずのその光の栄光をも曇らせ、拙劣にさらすことで、俗衆の嘲笑と軽蔑の的にしてしまうのである。
時刻占断の問いに際して二、三の用語を並べてはったりを利かせる以上には占星術を理解せず、それ以上に用いようともしない者は、ヘブライ語を学んだだけの者がカバラのラビと見なされるに値しないのと同じく、占星術師と見なされるに値しない。確かに、言葉を豊富に蓄え、そのもったいぶった響きで無学な者たちを煙に巻くことはできるだろう。しかし、その言語の完全で全面的な知識と比べれば、それは何ほどのものか。ところが今、そのような無学な職業家が何人も現れており、その中には女性もいる。彼らは占星術をあらゆる不正の取り持ち役、手引き役にし、貞潔なウラニアを売り渡し、あらゆる不純な利害に弄ばせている。その結末はどうなるか。これが予言となりませんようにと願うが、やがて占星術は詐欺として非難されるだろう。それがあらゆる悪行の囮に利用され、称賛すべき学術が詐欺師の手品を支えるために用いられるからである。さらに、今は有能で誠実な息子たちの正しい予言によって名声を得ているのに、無知な非嫡出の庶子たちの拙い予測によって、同じほどの不名誉と悪評に沈むだろう。彼らは判断を誤ったとき、自分を責めるよりも、怠惰な不注意や無知の盲目のために見いだせなかった事柄について、占星術そのものが欠陥だらけで不完全だと非難することをためらわない。それゆえノートンがここでいう、占星術はその全領域を含めて考えれば、錬金術と同じく秘密に満ち、神秘的であり、徹底的かつ完全に理解することが同じほど難しい、というのは真実なのである。
占星術には、確かに、若い初心者が歩いて渡れる浅い小川もある。しかし同時に、巨人でさえ泳がなければ渡れない深い渡し場もある。小世界である人間に属する出生図、指向法、年ごとの回帰、その他それらに依存するものの教説がそうである。そしてその先には、大世界に関わる彗星、食、大会合、諸回帰の教説がある。これらは卓越した主題であり、適切な判断をもって扱えば、この術を偉大なものとする。しかし、
q)それらを読む多くの者は、
実は理解していないのに、理解していると思い込む。
q)『作業順序書』5章60頁
時刻占断の問いを判断することに、どれほど優れた技量があるか、またこの術の一部門から、どれほど多くの真実を〔次頁へ続く〕、十分に示した少数の術者がいることを、私は知っている。
注 文は次頁へ続く。日本語は述語を先に置き、後頁の補足と接続させた。
〔前頁から続く〕引き出せるかを示したのである。しかし彼らは、占星術の他のすべての部門を十分に学んだ者たちである。そのような者だけが質問者に正しい解答を与え、よく考えた予言が実際に成就することによって、この術に栄誉をもたらし、自らも名声を得られるからである。
104頁20行。それゆえ、足もとから息を取り入れるよう手配せよ。
注 主資料の黒字体を拡大してOrdeineと読んだ。引用元本文との綴りの違いを保持。
この薬は激烈な本性をもち、実際に致死的である。その本性は人間のそれを限りなく上回るほど強く、人間の精気を圧倒し、毒するからである。そこでノートンは、作業者が身体のどの部分を防護し、どこから息を取り入れるべきかについて、ひとつの示唆を与えている。すなわち、容器を開くあいだ、身体の開口部をしっかり塞ぐべきだというのである。それらは通路が開いているため、強い蒸気が稲妻のような速さで、身体の最奥部へ飛び込んでしまうからだ。しかし、そのあいだどう呼吸するかが難しい。長時間水中に留まろうとする人々の例など、これにいくらか近い実践は存在する。
注 歴史的本文の記述を訳したものであり、現代の安全な実験手順を示すものではない。
それゆえ、この学の若い実践者には、これを十分な戒めとしておこう。ある質料に作業を施し、自分ではある程度の完成に達したと思っていても、防護せずに容器を開くことに耐えられるなら、その質料が哲学者の水銀ではなく、自分の実践が誤っていることほど確かなことはないと、納得してよいのである。
注 著者の歴史的主張を忠実に訳したもの。危険な蒸気の吸入や無防護での実験を検証手段として行ってはならない。
105頁17行。今や私は、すべてのものを、その名を挙げて汝に教えた。
―――r)汝に告げられたこの言葉を、
心に留めて受け取れ。
r)ホラティウス
この詩行は、この学を学ぶ者が注意深く心に留めるべきである。彼はまことの真実を語っているからだ。「誰であれ述べうることは、何一つ省かれていない」。この大いなる作業を完成させるために知るべきことは、何一つ欠けず、何一つ省かれていない。しかし、多くの者は、それをもっと明瞭に明かされても、理解する幸いに恵まれない。その不運は、センディヴォギウスが語る人々によく似ている。(s)彼はその人々に、術を一語一語詳しく伝えたが、彼らはまったく理解できず、それでも哲学者と認められたがったのである。
s)『哲学者の謎』への序文
したがって、人は正しい道にいながら、それと知らないことがあるのだから、真剣な学徒は熱心に神に願わなければならない。(t)理解を欠くあらゆる思いを心から取り除き、(u)光の子、昼の子としてくださり、(w)目が正しいものを見、まぶたが歩む道を導くようにと。日々を空しさのうちに費やさず、年々を何もせずに浪費することなく、(y)一日が次の日を教え、一夜が次の夜に知識を加えるようにと。そのとき彼は、この著者がたとえをもって口を開いたにせよ、古よりの難解な言葉を語り明かした、すなわち明白にしたのだと悟るだろう。
t)『知恵の書』1章5節
u)『テサロニケ人への第一の手紙』5章5節
w)『箴言』4章25節
y)『詩篇』19篇2節
z)この『作業順序書』には(彼は汝の疑いを取り除くが)、
何一つ誤って記されず、一点たりとも省かれていない。
z)『作業順序書』106頁
106頁21行。キリスト紀元1477年、
この著作は書き始められた――。
この著作を完成させるために真正な写本を探していた折、ある在野の紳士が、ノートンの『作業順序書』の非常に美しい写本を貸してくれた。私は主としてそれに従ったが、ほかの十四の写しと照合することも怠らなかった。それは犢皮紙に、古い整った書体で、きわめて正確かつ非常に端正に書かれていた。図も、きわめて美しく精妙に彩色されており、私はそこから本書所収の図版を彫版させた。両方を見た人々から聞いたところでは、それはヘンリー七世自身の蔵書であったものより、優れた出来であった。花、鳥、獣を描いた装飾区画の中央と下部には、ネヴィル家の紋章と、その家が四分割紋に組み入れていた他の紋章が配されていた。このため私は、それが著者から当時のヨーク大司教ジョージ・ネヴィルへ贈られた原本、あるいはその忠実な写しだと考えるに至った。大司教はきわめて富裕で壮麗を好む司教であった。そのことは、ベケットの墓に捧げた高価な(a)宝石のみならず、エドワード四世のためハートフォードシャーのモアで催した盛大で豪華な饗応からもわかる。さらにそれを華やかにするため、彼は前年までの混乱期に隠していた(b)大量の金銀器の財宝を取り出した。王はそのすべてを、当時二万ポンドと評価された彼の金銭・財貨とともに没収した。その額は、当時には今よりはるかに重みのある金額だった。そして宝石をちりばめた大司教冠から、自分の王冠を作らせたのである。
注 原刊本はadmittingと印刷するが、同書正誤表の455頁5行の指示omittingを本文に採用した。Getty同版scan481(印刷頁455)もadmitting。原綴りおよび訂正をここに区別。
a)アイザック『年代記』468葉
b)ストウ『年代記』426葉
この大司教と当時のヘルメス派哲学者たちの間には、盛んな交流があったと私は聞いている。それは、リプリーが1476年に『髄』を彼に(c)献呈したこと、またノートンのこの『作業順序書』が贈られたことによって、ある程度裏づけられる。もっとも、この大司教が亡くなったのは『作業順序書』が書き始められたのと同じ年であったとわかるが、その年のいつであったかは、まだ正確にはつかめていない。しかし後継者ローレンス・ブースが叙階されたのは、年の後半、すなわち(d)9月25日であった。また、大司教はヨークからの(e)旅の途中、ブリスローで死去したので、おそらく長く病床に伏していたのではなかろう。したがって、この書はその年に書き始められたとはいえ、彼の死以前に完成して贈られた可能性があり、贈られなかったとしても献呈する意図はあった可能性がある。
c)序文を見よ。
d)ゴドウィン『継承史』482頁
e)ゴドウィン、同頁
107頁。『錬金術の化合』、等
この著作は『十二の門』とも呼ばれ、サー・ジョージ・リプリーの筆になるもので、以前に(f)ラルフ・ラバーズが刊行している。私はこれを他のいくつもの写本と照合したが、その中で幸いにも、リプリーの生きていた時代に近い頃に書かれた一冊に出会い、最も重くこれに依拠した。このような学問の流れにおいては、源流に最も近いところに、最も澄み、少しも混じりけのないものが見いだされるからである。ただし、両者が異なる箇所では、本書の本文が気に入らなければ、読者は以前の版を用いてよい。
f)1591年
この(g)著作の末尾には、1471年に書かれたとある。私が特にこの点に注意を向けるのは、リプリーによる一種の撤回文に出会ったからである。それは次の句で始まる。
g)193頁
他人の危難によって慎重になる者は幸いである。
そこで彼は、1450年から1470年までのあいだに自ら書いた実験、あるいは自分の名で流布している実験の記述を、どこで見つけても、焼き捨てるか、信用しないでほしいと、すべての人に懇願する。それらは検証ではなく、彼の判断に従って書かれたもので、のちに試してみると、虚偽で無益だとわかったからである。その長いあいだ石を探し続けていたが、実際の実践において見いだしたのは、その年の終わり近くになってからであった。そして、そのとき彼はいった。「私は、わが魂が愛する者を見いだした」。
したがって、その翌年に書かれたこの『十二の門』の論考は、疑いなく信頼できる。確かな実験的実践に基づいて書かれたからであり、彼自身が『訓戒』のうちで次のように証言している。
h)私は、真に作用するものを一つしか見なかった。
そのものについて、この論考で真実を語ったのである。
h)リプリー『訓戒』
そこでは学徒を守るため、自身の誤った実験の記録を述べている。その点で、チョーサー、リカルドゥス・アングリクス、ディオニシウス、ザカリウス、高貴なトレヴィザン、その他さまざまな誠実で良心的な哲学者たちに倣っているのである。
注 原刊本はZachariusの後に句読点を置かずthe noble Trevisanと続ける。固有名の並びはそのまま記録し、日本語では列挙として訳した。
ルドヴィクス・コンバキウスは、(i)近ごろリプリーの著作のいくつかをラテン語で刊行したが、(k)当時その手元には、皇帝ルドルフ二世の命令により、あるニコラス・メイがきわめて純正な哀歌体の詩に訳したこの『十二の門』があったと述べている。そして、内容の理解を助けるため、自分が刊行したもの、すなわちサー・エドワード・ケリーが英語からラテン語韻文へ訳したものに、喜んでそれも付け加えたいところだったが、その写本は自分の所有ではなかったという。
i)1649年
k)『ジョージ・リプリー著作集』への序文
学識あるファベルは1646年、多くの労力と費用を投じて、(l)バシリウスの『凱旋車』その他を一巻にまとめて世に刊行した。その書の梗概では、次のように率直な評価が与えられている。「ジョージ・リプリーは、きわめて博識で驚嘆すべきイングランドの律修司祭であり、あらゆる金属の性質と本性を明らかにする点で、その著作には虚偽も余計なものもない」。ファベルはさらに、リプリーの著作は最良の哲学者たちと肩を並べるに値すると保証している。そして、よい作品で始め、最良の作品で終えるという刊行上の方策が、最も確実であり、分別ある読者にも好評であると心得て、わがリプリーをその末尾に置いている。しかし読者に伝えなければならないのは、338頁から終わりまで、Riplæusであるべき名が、誤ってTriplanusとされていることである。同様に目立つ誤りはほかにもある。おそらく印刷者の責任で、アイザック・ホランドの名をIrsacusとし、コルネリウス・ドレッベルをTornelius、時にはFornelius、そしてPrebellianusと印刷している。さらに、ここに挙げるには多すぎるほど、同書の他の箇所にも異議を唱える理由がある。例えばファベルは、すべてがオランダ語からラテン語に訳されたと述べ、リプリーのこの作品、彼がそこで『賢者の石についてのトリプラヌス』と呼ぶものも、実際には『十二の門』の梗概であるのに、ニコラス・バーナードという哲学者によってオランダ語からラテン語へ訳されたといい、しかも原著がドイツ語で書かれたと示唆している。これはまったくの誤りであり、われわれの著者を害し、わが国の名誉を損なうものである。
注 ラテン語引用を主資料拡大画像で確認。ou Ripleyは原刊本の印刷通りで、ourのr脱落と解して訳した。Tornelius/Fornelius/Prebellianus等は著者が列挙する誤植自体が論旨なので、その形を保持。
l)トゥールーズで印刷。
著作についてはここまでにして、次にその著者について少し述べよう。
1636年に刊行されたカムデンの『ブリタニア』の翻訳で、フィレモン・ホランドは〔次頁へ続く〕
注 文は次頁へ続く。
〔前頁から続く〕勝手にも、彼の出生地はサリー州の村(m)リプリーであると告げ、彼を「わが国の錬金術師たちの首領、神秘を装う詐欺師」と呼んでいる。この「神秘を装う詐欺師」という非難には、忠実な記述よりも、嫉妬からの嫌悪が強く感じられるので、私はこれを取り合わずにおこう。しかし出生地については、ヨークシャー近辺だったと考える理由がある。とはいえ、彼がその州のリプリーで拾われた捨て子だったとか、両親があまりに無名だったため、よりよい名がなく、出生地の名を付けられたという意味ではない。決してそうではない。彼の名、縁故、親族は、彼が紳士の息子だったことを示している。系譜を提示することはできないが、私が見た彼の(n)『髄』の古い写本には、親族関係が北部にあったことが現れている。彼がいうには、ヨークシャーとリンカンシャーの紳士であるテヴァーソール、リプリー、メドレー、ウィロビー、バラム、ウォータートン、フレミング、タルボイズなど、多くの親族がいた。そして、その著作を献呈したネヴィル大司教にそこで嘆いているように、彼らは、神がそう許されたために、エドワード四世の征服の剣によって、痛ましくも滅ぼされた。また、彼が聖職上の任用を受けたのが、ヨークシャーのイースト・ライディングにある(o)町、ブリドリントンだったことも、考慮すべきである。
m)295葉
n)その末尾近く
o)カムデン『ブリタニア』714葉
――p)わが修道誓願に従い、
ブリドリントンの律修司祭の修道会に属する。
p)彼の『十二の門』への序文
そしておそらく、そのような昇進も、よそ者であった場合より、親族と友人が住み、自らもその土地の人である地方でこそ得やすかっただろう。
出生地についてホランドが書き込んだことが、学識ある古事研究家と深遠な哲学者のいずれを、より大きく害したか、私は決めない。ただし世に知らせておかなければならないのは、カムデンが1607年に刊行したラテン語原著には、その記述が見あたらないことである。また、翻訳の時までに別の版があったとも確認できないし、ありえたとも考えにくい。ホランドは(q)1607年の同版刊行と同時に翻訳に取りかかり、四年以内にそれを刊行したからである。
q)カムデン『ブリタニア』への後記
それゆえ私は、この翻訳者の大胆さに驚かざるをえない。自分勝手に多くの事柄を付け加えるだけでなく、これほど学識ある哲学者を「神秘を装う詐欺師」と罵り、それを原著者の責任に帰しているのである。もし原著者が、かくも潔白な名声をもつ人をそのように貶めたのなら、才知ある学者たちは、他の事柄についてもその筆の公正さを疑う正当な理由をもつだろう。しかし、ホランドはこの優れた書の他の箇所でも、同種の勝手な扱いをしている。その結果、例えばバンベリーの町は、見事な当てこすりを賜ったことで、彼に大いに「恩義」を負うこととなった。カムデンがその町を(r)チーズだけで名高いとしている箇所で、彼は菓子と熱心な信仰を付け加えているからである。そのどちらも原著にはない。確かに町には両方ともあるだろうが、自慢の種にされるより、もっとよい目的のためにあるはずだ。
r)「今ではチーズの製造で、きわめてよく知られている」。266葉
注 原刊本の改行をつなぎ、語間を明確化。
しかし、この余談を離れ、リプリーに戻ろう。ピッツによれば、彼は「機敏で、言葉では表しきれないほど探究心に富む才知の人」であり、「ほぼ全生涯を、自然物の隠れた、奥深い原因と結果を探究することに費やした」という。すなわち彼は、自然の事物の隠れた、深奥の原因と結果を探し出すことに、ほとんど一生を費やした。そしてさらに〔次頁へ続く〕
注 引用ラテン語のsuã ætatē、rerũ Naturaliũは鼻音省略符を保持し、それぞれsuam ætatem、rerum Naturaliumの意。perscrutandisのper略記は展開した。主資料拡大画像およびGetty同版scan483(印刷頁457)を照合。文は次頁へ続く。
s)ピッツ『著名なイングランドの著述家について』677頁
「豊富に、十分に哲学を学び、心に思い描いたことを成し遂げようとして、彼は勇んでフランス、ドイツ、イタリアを旅し、そこで最も学識ある人々の幾人かと親しく交わるようになった」
注 前頁から続く引用。原刊は what he conceived his mind。原著正誤表の458頁2行の指示により in his と訂正。
リーランドは、彼が(t)学問の基礎をイタリアで築いたと正しく述べている。実際、彼が初めて投射〔卑金属を変成する操作〕を見る幸いを得たのは、そこであった。
(u)ローマの地で、メルクリウスの婚礼に、
学究ののち、私は一度立ち会うこととなった。
t)ベイル、第8百人集、622葉
u)G・リプリー『カンティレーナ』
さらに、彼は常に何かを(w)書き、学び、あるいは教えていたとも証言されている。彼はすべての自由学芸に精通し、あらゆる種類の哲学を広く読み、きわめて名高い数学者、修辞家、詩人であり、(x)「当時、並々ならぬ力量を備えた人」であった。コンバキウスは彼を(y)「疑いなく、化学を愛する人々が熱心に読み解くに値する著者である。語り口は明快で、まとまりがよく、平明であり、他の人々のように茨に覆われてはいない」と評する。すなわち、異論の余地なく立派な著者であり、化学の愛好者たちが熱心に研究するのも、その表現が開かれ、よく構成され、平明で、他の著者の慣習のように茨に包まれていないからである。同じ著者はさらに、「ルリウスの著述と大いに親近性があり、一方が他方を説明するほどである、等々」と述べる。つまり、ルリーの著述と非常に近く、互いに相手を解明するのである。
w)ピッツ、677頁
x)ベイル、622葉
y)G・リプリー著作集への序文
国外のさまざまな地方を訪れた彼は、ロードス島にも赴き、エルサレムの聖ヨハネ騎士団の騎士たちと、しばらくそこで暮らした。私の知人は、身分が高く信用あるイングランドの紳士の、私的な見聞録を所蔵している。その紳士は海外旅行中の観察の一つとして、マルタ島である記録を見たと記している。その記録によれば、このサー・ジョージ・リプリーは、当時進行中であったトルコ人との戦争を維持するため、ロードスの騎士たちに毎年10万ポンドを与えていたという。
しかし、ついには俗世に別れを告げ、自らをまったく神に捧げ、私的な研究に専念しようとして、(z)イングランドへの帰国に際し、教皇インノケンティウス8世から特免を得て、以後は次のようになることを認められた。
a)修道院の戒律の遵守を免除される。
z)ベイル、第8百人集
a)著作の標題
そして、自分の修道会の儀式と規則を守る負担から、恒久的に解放され、自由となることであった。だが、律修参事会員たちはそのようなことを認めないので、彼は聖ボトルフ修道院で(b)カルメル会士になった。そこは、リーランドによれば、リンドゥス川の岸近くにある名高い(c)市場町である。私の考えでは、この川はリンカンシャーのウィザム川、古名(d)リンディス川であり、リンカンから流れ出し、ボストンを通って大海に向かう。ボストンは、より正しくは(e)ボトルフの町というべきである。きわめて聖なる敬虔なサクソン人ボトルフにちなんで、その名を得たからである。カムデンのリンカンシャーの地図を見ると、聖ボトルフがボストンの近くに位置することが分かる。したがって、ここがリプリーの隠退の地であった可能性はきわめて高い。彼はそこで死ぬまで隠修士として暮らし、1490年にその地に葬られた。
注 Chanons admit no such things の no は主底本のインク汚れで不鮮明だが字形を確認。歴史的事実の訂正は行わず、著者の記述を訳す。
b)1488年
c)ベイル、622葉
d)カムデン『ブリタニア』、538葉
e)同書、532葉
この蓋然性は、彼の『精髄』からもさらに裏づけられよう。同書によれば、彼はその当時(f)イングランドへの帰国を強く望み、そのためヨーク大司教に願い出て、その仲介によって、大司教の管区内のどこかの修道院に住まう場所を得ようとしていたのである。この
注 文は次頁へ続く。
f)同著作の末尾を見よ。
大司教はほどなく亡くなったので、それを実行することができなかった。しかし、そこが故国であるため、リプリーの切なる思いはなお続き、ほかの手立てで成し遂げたということも、十分ありえよう。
注 前頁の Which Archbishop を受ける。
ベイルは、彼がイングランドへの帰国に際して教皇インノケンティウスの特免を得、そのため1488年にカルメル会士になったと述べる。しかし、先に挙げた『精髄』から明らかなように、その執筆年である1476年、すなわちベイルが彼の入会年とする時から少なくとも12年前には、彼はすでにこの特免を得ていた。彼自身が大司教にそう述べているからである。そうであれば、それを与えたのは(g)シクストゥス4世、あるいはその前任者パウルス2世のいずれかでなければならない。
g)イサクソン『年代記』、366葉
彼は読むに値するさまざまな書物を書いたが、ベイルが目録に載せるものの中から、私は次のものだけを選び出す。すなわち、
1.『錬金術提要、あるいは十二の門の城』
2.『グイドとライムンドゥスの一致』
3.『哲学者たちの秘密』
4.『錬金術師たちの秘儀』
5.『短い術、あるいはラッパの響き』
6.『儀礼的実践』
7.『病人の口述』
8.『自然魔術について』
9.『賢者の石について』、ラテン語の韻文論考
注 第9項の原刊 rythimicum を、原著正誤表459頁18行の指定に従い rythmicum と訂正。書名の格変化は原文を保持。
ピッツはこれらをすべて列挙し、さらに次の著作を加えている。
10.『哲学の精髄』
11.『錬金術の瞳』
12.『土の中の土』
13.『哲学的実験』
14.『事物の混合の均衡について』
以下のものは、ルドウィクス・コンバキウスが近ごろ印刷し、上述のいくつかの著作に付け加えたものである。
15.『メルクリウスと哲学者たちの石について』
16.『錬金術師たちのフィロルキウム』
17.『黄金の門の鍵』
18.『旅の糧、あるいは種々の実践』
19.『ライムンドゥスの短縮法と実践』
20.『歌』
そして最後に、この『劇場』に収めた次の小篇を、この数に加えていただきたい。すなわち、彼の、
21.「エドワード4世への書簡」、109頁
22.「幻視」、374頁
23.彼の巻物に付属する詩、375頁
24.『精髄』への序文、380頁
25.彼の作と推定される短篇、393頁
177頁、最終行。この水をわれらは第五精髄と呼ぶ、
人の内なる、あらゆる病を癒やすもの。
医術は神聖な学問であり、まさしく神の神学である。全能者は、それを読むアダムを造る前に、その言葉で御自身の聖書を書かれたからである。洪水以前の十人の父祖と、その後に続いた人々、さらにモーセとソロモンは、いにしえの時代の偉大な医師であった。彼らは、その天上の
注 文は次頁へ続く。
自然の助けに関する知識を、それを受け入れる能力だけでなく、誠実さと勤勉さの点でもふさわしいと判断した人々に遺した。そして、あらゆる国民が、彼らの鋭く貫く光線から自らの灯火をともした。アブラハムはその知識をカルデアから携え出し、その多くをエジプトに授け、そこから燦然たる一条の光がギリシアに射し込んだ。神は、コスの人々とアスクレピオスの一族などがその時代に奉仕するよう、大いに励まされた。デモクリトスとヒポクラテスは、医術の施療によって滅びゆく人類を支え、弟子たちが少なくとも400年間、次々にその役割を継いだ。やがてガレノスが、その卓越した能力と絶えざる労苦によって、当時死にかけていた医術の精神に生気を取り戻すことを引き受けた。その後、医術はアラビア人とヨーロッパ人の驚嘆すべき努力によって、きわめて立派に増進されてきた。
注 前頁からの段落の続き。Coäcks はコス島に関係する医家を指す呼称として訳した。
この学問が世界の各地へ進んでいった過程を見ると、神はつねに、さまざまな時代に、選ばれた卓越した人々をその舞台に召し出すことをよしとされたと分かる。神は、祝福された御霊の照明によって、創造という広大で神聖な書物、および個々の自然のさまざまな頁に記された、祝福された御意志の文字を読み取る力を彼らに与えられた。さらに、被造物への配慮を示すため、害ある病の蔓延する伝染性を食い止める香膏を、その手に授けられた。しかし、私の望遠鏡の光をわが国に絞るなら、ロンドン医師会は今日、最も優れた学問に少しも欠けるところのない、きわめて高潔で有能な術の子らを育てている。われわれが注目しなくとも、国外の世界は、この会の学識あるさまざまな会員、リナカー、ギルバート、リドリー、ディー、フラッドなど、そして現在ではハーヴィー博士に注目してきた。博士は、その多くの卓越した発見ゆえに、大理石よりもむしろ黄金で像を建てられるに値する。
それにもかかわらず、ほかの国々では、われわれイングランド人は、自国の人がいかに功績を挙げても、ふさわしい称賛によって当然の評価を与えるより、むしろその価値を罵り、けなすと観察されている。そして、学識ある医師に、神がわれわれに与えるよう命じた当然の(h)敬意を払うよりも、無学な藪医者の一群をもてはやすのである。ガレノスにはつねに、それを悩ませる疫病、すなわち成り上がりの無知なテッサロスが付きまとう。そうした者たちは貧しく素朴な人々から金をだまし取り、最後には、そうでなければと願うが、あまりに信じやすい患者たちをしばしば殺してしまう。
h)『集会の書』38章
さて、神はかつて、御自身の一日のあらゆる時刻に、功ある働き手を報いるかのように、少数の特定の人々に最初の光の卓越した光線を注がれた。それと同じく、自然のその光には、後世の利益のために芽を出すべく定められた、きわめて尊い種子が、まだ残されていると私は確信する。その栄光がほかの地平に輝いてきたことをわれわれは見ているが、それはほどなくわれわれの地平にも近づくだろう。そして、絶えざる労苦をもってしてもまだ発見できないことが、その日には、夢にも思わぬ人々に惜しみなく啓示されるだろう。後代は、この腐敗し恩知らずな時代には値せず、したがって与えられもしない、多くの利便と助けに恵まれるに違いないと、私は固く信じる。われわれが嘲笑するものを、後世は尽きぬ驚嘆をもって崇敬するからである。1603年に火の三角宮で始まった、二つの上位惑星の、かの偉大で安息日的な会合の周期は、試金された黄金のように、諸学芸を照らし、拡大し、精錬するだろう。それは、かつて世界が見た以上に才知豊かで名高い、火による哲学者たち、すなわちエーテル的な火による人々を生み出し、ある
注 文は次頁へ続く。天体と医療に関する主張は著者の歴史的見解として訳した。
才知ある探究者たちを浄め、天使たちが投射を施すのにふさわしい金属とするだろう。この火の三角宮の周期が過ぎ去る前に、神は、かつての時代に秘密に保つよう命じられたことを明らかにされるだろう。そのとき、古きヘルメスのエーテル的医術、すなわちここでリプリーが語る第五精髄の水であり、次のようなものであるものが、
注 前頁から続く文。
(i)いにしえの医術が教えたようなもの、
i)サー・E・KからG・Sへ
再び取り戻される。その完全で腐敗しない熱・冷・湿・乾の性質は、生命の精気を養い、強め、増すだけでなく、あらゆる障害と腐敗を消化し、正し、消尽することができる。それらは、呪いとともに忍び込み、善なるものと結びついて以来、満ちてくる潮のように、人の身体を侵し続け、ついには人がほとんど呑み込まれて死に瀕するほどとなった、有害で不純な種子なのである。
しかし、神がこれまでわずかな者にしか授けてこられなかった、このエーテル的で普遍的な薬を持たないために、熱心に個別の薬を探し求める化学者たちも、相当の栄誉に値することは認めなければならない。そのような薬なら、たゆまぬ努力によって、より多くの人が得ることができよう。彼らはまた、すべての物体がそれらから構成されているため、堅く閉じ込められてはいても、すべての物体に見いだされる(k)三原理、すなわち塩・硫黄・水銀から、医術の体系を築こうと努める。ド・クラーヴは近ごろ、これらにさらに二つ、すなわち土と粘液を加えている。そして、このように衰えゆく死すべき人間を慰め助け、それによって病が治される手段を用いて病を癒やすのである。
k)Bost.『自然学』、第4章
注 略記 Bost. は主底本とGetty同版PDF scan487(印刷461頁)で照合。著者名は本文中で展開しない。
こうした実験を苦労して綿密に探究する際には、なお多くの自然が隠されている。実際、自然の産物は、人の心がその探究において飽くことを知らないのと同じほど無限である。才知ある術者が一つの真理の中に見いだす満足が、喜んでさらに先の真理を調べる導きとなるようにしよう。おそらく、労苦の成果が、彼の追い求める知識の完成を明らかにするかもしれない。そして摂理は、それほど勤勉な探究者に対し、自然が蟻に対してそうであるのと同じほど親切であるかもしれない。自然は蟻が老衰する時期に、それまでの労苦への報いとして翼を与えるのである。
私は化学的医術を高く評価するが、それによってガレノス的医術に当然与えられるべき称賛を減じることはない。アーノルドゥス・デ・ヴィラ・ノヴァほどの偉大なヘルメス哲学者が、両者を結びつけるためにあれほど苦心した以上、私にはそのようなことはできない。彼のほかにも、マイアー、ファーベル、その他多くの良心的な哲学者が、両者の和解に努めてきた。彼らはあらゆる党派心を捨て、実際にはそれを忌み嫌い、苦しむ人を助け、病人を救う以上に自然の神性に近く、神と善人に喜ばれることはなく、健康を与え、衰えた自然を支える以上の慈善はないと考える。しかも、ガレノス的な薬は手に入りにくいものではない。いつでも容易に得られ、地表は薬になる何かしらをわれわれに拒むことはなく、それらは弱く繊細な体質にも穏やかで、優しく、安全だからである。さらに、ネリウスその他は、神がある病で打たれる土地には、その病を治す効力を授けた植物も生じさせられると観察している。そして実のところ、自分の好まぬもの、それどころかしばしば自分の力量を超えるものをけなすことを仕事とし、あの高貴な
注 文は次頁へ続く。原著正誤表は「p.467.l.39.r. dejected」と指示するが、印刷467頁には対応語がない。候補となるここ461頁の語は、主底本scan485とGetty同版PDF scan487の双方ですでに dejected と印刷されている。誤った頁指示と断定したり、467頁の別語を置換したりせず、その不一致を記録する。
学術の諸部門を引き裂く、あの噛みつくような気性の人々には、驚かずにいられない。自然はそれらを調和ある一致のうちに結びつけ、誠実な心の哲学者たちは、その大きな亀裂を友好的な和解によって埋めようとしている。各々に固有の卓越性があり、そのために称賛と栄誉の双方に値することは、否定できないからである。私自身は学問を誹謗する者ではなく、諸学芸のすべてに愛情を抱き、その個々の分枝と親しくしている。いや、自分に理解できないものについても同じである。かつて知らなかったことから得た満足によって、まだ知るに至っていないものの中にも、私が好意的に評価すべき何かがありうると確信しているからである。
注 前頁の段落を継続。
ある実践家たちには、大きな(l)誤りがあった。彼らは自分の思索をあれこれと転がしながら、小世界の中に真理を探し、実験による自然観察を考究することからあまりに離れ、大いなる共通の世界に真理を求めることを怠るのである。だが、もしこの下界の地球の内部と表面にある万物の始まり、変化、衰退、死を観察し、それらの力をわれわれ自身の内なる自然と比べさえすれば、人間の中に求めるその真理に、はるかに早く達することができるはずである。それらは確かに、(m)高貴で卓越した、秘められた調和と関係によって結ばれているからである。
l)ベーコン『学問の進歩』、37頁
m)デイヴィソンの『化学講義』を見よ。
注 Curic. Chemic. は欄外の省略表記を保持。
そして、病の真の起源と原因を見いだしたなら、次には適切な治療法を探すべきである。エーテル的で非物体的なものを除けば、あらゆる病が一種類の薬で治るわけではないからである。したがって、(n)パラケルススの教説によれば、食物、飲料、果実、草などの元素的なもの、すなわち植物的なものの不純な種子という軽い原因から生じる病は、薬草や根の秘薬、その他同様の穏やかで優しい薬によって、ごく容易に治すことができる。この種の薬は、ガレノス的医術に、ほかのどの医術よりも豊富に備わっている。鉱物、およびその類に含まれるものの、より粗く凝り固まった性質から生じる病は、化学の医師が、その金属的硫黄などの力と効力によって追い払わねばならない。この場合、植物的なものは、その粘着して凝結した精気を制圧し溶かすには弱すぎるからである。天の影響から生じる病は、魔術的に採集・調製された植物など、あるいは惑星の適切な位置とアスペクトのもとに形作られ、天的な力の光線を含浸された印章などによって除かれなければならない。物体を開き、上位の影響を注ぎ込み、さらに工夫を加えてそれを物体に固定するのでなければ、そのものに通常備わる効力だけでは、たとえ時の選定がどれほど吉であっても、その種の病を克服するに十分な力がないからである。そして、自然と術を結合した、これらの優れた秘法の幾つかを、私自身が調製し、製作し、実験によって確かめた。最後に、呪術など超自然的な手段で病が生じる場合、先の三種のいずれもそれを治すことはできず、ただ特定の知性体の力によって、またそれを通じて働く魔術的・超天的な手段、あるいは最高の完成度まで仕上げられた赤い薬だけが可能である。そのような場合には、次のようなヘルメス哲学者が現れねばならない。
n)『隠秘哲学について』、第3章
o)――その理性のうちに考案したのは、
病める身体をあらゆる弱さから
救うための、完全な薬。
これは自然を癒やし、寿命をも延ばす。
注 主底本scan486の heleth の中間字がかすれるため、Getty同版PDF scan488(印刷462頁)を補助照合した。
o)作者不詳の作
それゆえ、なぜこれほど多くの病が不治に見えるのかと、人々は驚くのをやめるがよい。しばしば超自然的であるものを自然的と判断し、真の原因が知られないため、適切な薬が施されないからである。
さて、印章に言及したので、この点について読者の疑問に少し答えても、本論から大きく逸れることにはならないと思う。とはいえ、私の筆には大胆すぎる事柄だと見なされるかもしれない。この教説を明らかにし、あるいは擁護したために、きわめて学識ある人々が、卑劣で軽率な中傷という、重く鋭い荷の下でひどく苦しんだことを、私も知らぬわけではない。だが、彼らを苦しめたのは、その論証に十分答えることのできなかった者たちだけである。それこそ彼らの栄誉なのである。
印章、薄板の護符、タリスマンを作ることは、すべて同じ根に由来するのであるが、(p)バビロニアとカルデアのマギに劣らず古い学問である。彼らは図形の秘められた力を最初に見いだし、これはその魔術の主要な一部となり、東方世界の最も偉大な哲学者たちによって実践された。そこには今日なお、その最初の発明の明白な証として、非常に多くの古いタリスマンが残る。その驚くべき効果は、エジプトとペルシア全土で驚嘆され、認められた。もっとも、この世界のわれわれの地域では、その名と用途はまだほとんど知られていないと認めざるをえない。知る人があるとしても、分別によって、無思慮で俗悪な者たちの手からその知識を隠し守るのが適切だと考える人々だけである。
p)ラビ・モーセの『迷える者の導き』を見よ。
この種の知識で名高い哲学者たちのうち、テュアナのアポロニオスは(q)最も強大であり、その仕事は、私の考えでは最も驚嘆すべきものであった。嫉妬深く恩知らずな世間は、彼の営みの無邪気さを汚そうと泥を投げつけたが、彼はよい評価以外を受けるべきことは何もしなかった。その行為はすべて、世界の(r)善のためであり、害のためではなかったからである。彼は名高い哲学者であると同時に、それに劣らず敬虔でもあった。その全生涯は厳正で徳に満ち、その死も、不名誉な最期によって汚されなかった。彼の実践を弁護するため、ユスティヌスの次の証言を挙げよう。彼は(s)、アポロニオスが「あらゆる自然の力の不一致と一致に熟達し、この学問によって驚くべきことをなした人であった。その事績は自然的であって、奇跡ではなかった。そのため、彼は、自分が実現しようとすることの完成に役立つ、ふさわしい対象を選び出した。そして実際、神もその仕事を妨げられなかった。それらは自然の事物の知識によって、人間の使用と利益のためになされたからである」と語っている。
q)グレゴリー『観察』、36頁
r)マイアー『黄金の食卓の象徴』、127頁
s)『正統信仰者への問答』の問において
注 末尾に問い番号は印刷されていない。主底本とGetty同版PDF scan489(印刷463頁)を照合。
ここでさらに述べるのは、適切な文字と図形を彫り、あるいは刻印し、特定の星位のもとで作られた印章などが、どのような自然の力を持ちうるかを示すことだけである。アルブマサル、ザヘル、ハリ、アルバテグヌス、その他さまざまなアラビア人は、タリスマンの図形によって、蛇、蠍、狂犬などに噛まれた傷を治した人々の例を幾つも伝えている。また、ほかの著者たちには、正しく調製されたとき、それがどれほど驚くべき効果を生んだかを語る、無数の(t)物語が見いだされる。それらをここで述べれば、本論の範囲を超えて膨れ上がってしまうだろう。だが、この技術はきわめて困難であり、手をつける者なら誰でも実行できるものではない。
t)グレゴリー『観察』、ガファレル『珍奇な事物』を見よ。
われわれが用いる物質に、そのような記号、文字、語、図形などを形作ったり彫りつけたりして使うことについては、自然の先例がわれわれを導いている。自然は、きわめて際立った驚くべき図形を、(u)植物、
注 文は次頁へ続く。
u)クロリウス『事物の内なる標徴について』を見よ。
注 原刊の姓 Crolius を保持。Getty同版PDF scan489(印刷463頁)でも照合。
根、種子、果実、いや粗い石、火打石、その他の下位の物体にさえ刻みつける。
注 前頁の文を完結。
これらの顕著な標徴は、偶然に作られ描かれたのではない。万物をその目的へ導き、何一つ無目的には作らない、確かな摂理があるからである。それらは、その物を主として支配する星々の文字と図形であり、物には、これらの個別の刻印とともに、それぞれ特有で異なった効力も与えられている。したがって、文字に関して術者が行うことは、自然によって踏み固められた道をたどることにほかならない。そして、そのような印象を刻む物質が、そこに印された文字を持つ星々の性質に適合すればするほど、それが施される対象に効果を生み出す力を与える、そうした効力を受け取るのに、いっそう適し、傾くのである。
しかし、それだけでは足りない。この物体には、いわば魂を注ぎ込み、天的な生命力を含ませなければならず、そうしなければ、効力のない死んだもののままである。この点で、その効果を得るためには、ほかの手段を見いださねばならない。そこで考えるべきは、世界霊魂は閉じ込められておらず、天的な影響も限定されていないということである。それらは、自らの力を、人工的に作られたものにも、自然に生じたものにも、等しく区別なく放ち、伝える。ただし、それらが作られた際のアスペクトの違いに従って、ある時はより強く有力であり、ある時はより弱い。このため、意図する操作の性質に適合する、ふさわしい時の選定を、占星術の基礎から築かなければならない。それが実行され、星々が、その力を受け取るのに適した図形を見いだすと、直ちに自らの効力を刻みつける。図形はそれを保持し、のちに自分に似ていると認めたものに作用する。これは、磁石についての日常的な実験を考えれば、不思議ではない。磁石は、その力を鉄片に伝える。鉄は自然によって、引きつけて保持するのに適したものにされている。その鉄片は、それによって、さらに第三の物にこの力を伝えられるようになる。しかし、この磁石の作用を十分に考えるならば、それはただ自然の原理から生じるのだが、ほかのいかなる天的・元素的・地上的な秘義も、われわれには信じ難すぎるものではなくなる。
さらに、これらの天的な効力と特有の賜物は、イデアおよび世界霊魂の媒介だけによって、個々の特定の物に注ぎ込まれるのではない。それらの物質の従順な受容性と、この下位のものが上位のものに対して持つ、ある種の適性と類似によっても、そこへ招き入れられるのである。ひとたび受け入れられると、それらは、自身の種から受け取るものに加えて、星々の自然の効力と根を獲得し、保持する。それによって、天体の影響を呼び覚まし、動かす。天体は結合した際、いわば契約によって、術者が定める目的において、その目的のために働く義務を負うのである。術者の心が同じ目的に激しく傾いている場合には、なおさらである。心は、ある操作に真剣に集中すると、想像力と情念の強さと効力を通じて、星々および知性体の心と結びつき、まるでそれらの影響を受ける固有の器であるかのように、たちまち諸々の力を備える。したがって、それらの力をわれわれの作品に注ぎ込むことを、いっそう有効に助けるのである。その理由は、心にはあらゆるものの把握と力があるからである。それゆえ、万物は、
注 文は次頁へ続く。
心に対して自然な服従を示すため、必然的に効力も持つのであり、強く集中した欲求によってそれらを求める心に対しては、さらにそうなのである。
注 前頁から続く文。
それにもかかわらず、これらすべての驚異は、物体的な質料を整える第二原因の協働によってのみ行われる。万物の第一原因である神は、御心のままに、これらの力を各々にさまざまに配分され、それらは神の命令と定めによって、その効果を生み出すことを必然とされている。その質料は、その純粋さ、あるいは不均等さのために、天的な力の働きを誤らせることがありうる。影響は、質料の不適合あるいは不十分さによって妨げられ、無効になることが確かにあるからである。したがって、身体という狭い牢獄に縛られて眠っている精気を目覚めさせ、あの好意的な精気を誘い招いて天から降らせ、内にある精気と結合させること、そして、それとともに天的な影響をしっかりと保持し固定して、その結合した中心へ後戻りさせない力のある結合の紐をそこへ導き入れることは、尋常な思索ではない。
注 原著正誤表465頁13行は Vinculum と訂正するよう指示する。主底本scan489はすでに Vinculum と印刷されている。同版Getty PDF scan491(印刷465頁)は Vniculum と印刷。主底本の読みを保持し、刷りの異同を記録した。括弧の不整合は原文のまま。
これが、術と結びついた自然の連鎖と秩序である。真の魔術的操作を一つでも行う前に、これらが、しかもこれらすべてが、成し遂げられていなければならない。
194頁。『知恵の父の書』
この著者が誰であったかについて、私はまだ読者を納得させることができず、したがって、『経験と哲学』および『隠者の話』とともに、これを作者不詳の部に登録せねばならない。しかし、著者がこの学問の学徒に、非常によい助言をしていることは保証できる。彼は、研究と操作の遂行を秘密にし、善き守護天使と自分自身以外の誰にも、その企てを知らせぬよう命じている。そのように心を閉ざし、奥に退いていたのが、ノートンの師であった。すなわち、
w)人々が薔薇の色について論じても、
彼は口を開かず、固く秘密を守った。
w)『作業順序書』、32頁
秘密を守ることは、疑いなく、想像もできぬほどの利益を彼にもたらすだろう。反対に、あけすけにすることは、真の哲学者を数多くの不幸にさらす。サー・エドワード・ケリーがその証人である。自分の名を広めたいという度を越した野心が、彼を、公然たる振る舞いの狂気にまで舞い上がらせた。それを時宜よく改めなかったため、無分別な栄光の致命的な眩暈によって、彼はきわめて惨めに転落した。そこで、そのような者にはチョーサーの忠告だけを添えよう。それを覚えていれば、少なからぬ助けとなるだろう。
x)自分の営みを知る者は、できるかぎり少なくせよ。
三人でも秘密は守れる、二人がいなければ。
x)『愛の十戒』
210頁に置いた銅版の図は、かつてウェストミンスターの修道院長であり、この学問においてレイモンド・ルリーの弟子であったクレマーの、象徴的図案である。彼はこれをアーチ状の壁に描かせた。
注 文は次頁へ続く。
それはウェストミンスター修道院の中で、現在、われわれの国王と王妃の像が、それぞれの装束を着けて並べられているところである。
注 前頁の文を完結。
私は非常に古い写本の中に、この図が彩色されているのを見つけた。それは、(y)後に続く古い詩の前にあり、その詩はそこでは『ヘルメスの鳥』という題の作品の序文の役を果たしているようであった。この図には賢者の石の大いなる秘義が含まれており、パリのサン・イノサン墓地のアーチに描かれたフラメルの象徴図以上に、教皇派的でも迷信的でもない。それなのに、ある人々は原図を左官の白塗り刷毛で塗りつぶすことをよしとした。また近ごろ、ウェストミンスターの聖マーガレット教会の説教壇の後ろにあるガラス窓も打ち砕いた。そこには、大作業の全工程が次のように美しく描かれていたのだが、不幸にも、教皇派の物語だと誤解されたのである。
y)211頁を見よ。
窓は三部分に分かれている。その右手のいちばん外側には、男の子を手でつかむ男性と、女の子を同じようにつかむ女性が描かれており、いずれも緑の葉に覆われた大地の上に、裸でまっすぐ立っていた。男と女には足枷があり、それによって足を地面につながれているようであったが、その足枷は脚から落ちつつあるように描かれていた。この人々の頭上には太陽と月が置かれ、重々しい暗赤色に塗られていた。
窓の左側には美しい青年がいて、さまざまな色の衣をまとい、肩には黄色い十字架を負い、その身体は、いろいろな色の光線を放つ明るい光輪に囲まれていた。彼は「魚の眼」を示唆する大地の上に立っていた。
窓の中央部分の足もとには、美しく大きな赤い薔薇が満開となっており、上方に光線を放ち、その中央には非常に明るい黄色の光輪があった。薔薇の上には立ち上がる男の像があり、その頭の周りには光線が広がっていた。これはキリストが墓から復活する姿を表すときの姿勢に幾分似ていた。彼は赤みを帯びた衣をまとい、赤で陰影を深め、黄で明部を強めていた。左手には白い石を持ち、それを窓の右側の部分で立ち上がっている人々の方へ差し出し、右手には赤い石を持ち、それを多彩な衣を着た人物の方へ差し出していた。
この窓の最上部、人物像の上には、次のように横書きされていた。
左手の第一の部分には、
すべての民よ、達人たちよ、拍手せよ。主はあなたがたの兄弟であるから。
注 主底本scan490とGetty同版PDF scan492(印刷466頁)の拡大画像で銘文を照合。
中央の部分には、
S……at、その霊を送り、見よ、私はすべてを新しくする、天と(z)t……。
注 S.... at と末尾 t... は原刊がすでに示す欠損表記。語を補完しない。末尾は著者自身が欄外で terram(土・地)と推測する。主底本scan490、Getty同版PDF scan492(印刷466頁)で照合。
z)この箇所に補うべき語は、おそらく terram〔地を〕である。
右手の第三の部分には、
一人のようにされた、……から……ta……天使たち……あなたに――。
注 点列と終端の線は原刊の欠損表記を保持。文法的につながらない残存断片だけを訳し、欠けた語を推定補充しない。主底本scan490、Getty同版PDF scan492(印刷466頁)で照合。
窓の左側のこれらの人物像の下には、スタウェル家とマーティン家の紋章を四分割して組み合わせたものがあった。また、右側の底部には、次の紋章が置かれていた。すなわち、銀地に、胸壁状の縁をもつ山形帯、赤と緑、である。その紋章形式が珍しいので、紋章用語で記述するのがよいと考えた。また、イングランドの紋章の記録を非常に念入りに調べても見いだせなかったので、この記述が、国内ではなくとも国外からその所有者を示せるような人々の目に触れ、その結果、
注 文は次頁へ続く。紋章の色と線の指定が原文では簡略なので、それ以上の配色や分割法を補わない。
*『紋章の基礎』、95頁
これらの象徴図を考案し、このように描かせた人物が、明らかになることを望んでいる。
注 前頁の文を完結。
213頁。『ヘルメスの鳥』
この作品は、考えられているところでは、もともとレイマンド・ルリーによって書かれた、あるいは少なくとも、先に挙げたクレマーによって英訳されたものであり、その機縁は次のとおりである。
クレマーはイタリアを旅していてルリーと知り合い、説得によって大きく心を動かしたので、(a)彼をイングランドへ連れて来ることができた。そこで、誤った実験を30年間続けた後ではあったが、2年以内に彼から秘密を授かった。その後、ルリーをエドワード3世に引き合わせ、王が、自らトルコ人との戦争に赴き、神の家に幾らかを与え、傲慢のためにもキリスト教徒との戦争のためにも何も使わぬと、固く誓約し約束したので、ルリーは「神の許しのもとに、自分の術で王を富ませる」ことに同意した。ところが王はそれを手にすると、約束を破り、その企てをフランスに向けた。最初の遠征は(b)1337年であった。ルリーは、王が信義に背き、マホメット教徒の代わりにキリスト教徒を滅ぼすのを見て、さらに金を供給してその野心を助けることを拒んだ。それを知った王は彼をロンドン塔に投獄し、彼は長い間そこにとどまった。釈放の見込みがないと分かると、自由になる手段を考え始め、そのために自分を癩病人にした。この手段によって、より大きな自由を得て、ついにはフランスへ逃れる機会をつかんだ。おそらく彼はそこでこの作品を書いたのであろう。
注 年代・人物関係・癩病の逸話は著者の叙述を保持し、歴史的な訂正や真偽判定を本文に混入しない。
a)クレマー『遺言』を見よ。
b)ストウ『年代記』、234葉
作品全体は寓話的で暗示に満ちているが、真に哲学的でもある。標題となる鳥は哲学者たちの水銀であり、その効力と性質は、そこで詳しく描かれている。「田舎者」という語は、貪欲で無知な術者を意味し、庭は器あるいはガラス容器、生垣は炉を指す。
233頁。『錬金術師の従者の話』
注 Chanon は律修参事会員。通用邦題に合わせた。
私がチョーサーの『カンタベリー物語』から「錬金術師の従者の話」を選び出した一つの理由は、傷つけられてはいるが真実であるこの学問を装って、どれほど甚だしい詐欺が絶えず行われてきたかを、世間に示すためであった。もう一つは、チョーサー自身がこの学問の達人であったことを示すためである。
というのも、この話でチョーサーは、錬金術における欺瞞を生き生きと描き、術にまったく無知でありながら、世間を欺く狡猾さだけは身につけた、あのような悪辣な僭称者たちすべてを、見事に糾弾しているからである。そして、彼自身が明言するように、彼がこの労を取ったのは、ただ次のためである。
c)人々がこれによって用心するため、
まことに、ほかの何のためでもない。
c)『錬金術師の従者の話』
この点で彼は、誠実で良心的なすべての哲学者の先例に従っている。これらの詐欺師の悪事を、被害を受けた世間さえ、哲学者たち以上に厳しく非難することはできない。
注 文は次頁へ続く。
この詐欺師たちは術を汚す者であり、哲学者たちは彼らを、蔓延する感染症のように避けよと、絶えず忠告している。そして、われわれが注意を払いさえすれば、幾つもの目印となる光と指針を示し、彼らの詐欺と欺瞞という暗礁を避けさせようとしている。それをしなければ、われわれはそこで難破するだろう。
注 前頁の段落を完結。
名高い医術が、いかさまの大道薬売りによって悪用され、占星術が、半可通で無知な手品師によって傷つけられてきたことも、この神聖な学問が、ある僭称者たちの手練手管によって被った害を上回るものではない。現代の化学者の中に、この「神の秘奥」、この「比類なき宝」を手に入れたいという貪欲な渇きに駆られ、自分の職分の範囲を超えてさまよい、奇異な材料に操作を施し、さまざまな物体を責めさいなむことで、この立派な学問の評判を落とす者がいるとしても、それゆえに、称賛に値する学芸を、詐欺師がそこへ紛れ込ませた悪用と混同すべきではない。また、悪いものの虚偽や腐敗のために、純粋で善いものを非難すべきでもない。もしそうすれば、宗教そのものも、ほかの学問や職業と同様、同じような汚点と傷を免れがたくなり、場合によっては、軽蔑に満ちた無知の中に破壊され、葬られてしまうだろう。
悲惨なのは、このような人々との交際に向かって向こう見ずに突進する一群の者がいて、彼らを押しとどめるすべがないことである。これを言うのは、私の職分を越えることではない。彼らは、チョーサーの参事会員にあれほど熱心に取り入ろうとした、あの分別のない愚か者たちによく似ている。その者を求めて、
――d)人々は馬に乗り、歩き、幾マイルも行った、
彼を探し出し、知り合いになろうと、
その振る舞いが偽りであるとも知らずに。
d)『錬金術師の従者の話』
哲学者がどれほど説き、賢者がどれほどよい忠告をしても、警告は何の役にも立たない。彼らはどうしてもだまされねばならず、それどころか、だまされることを貪るように欲している。しかし、昔からつねにそうであって、古くから次のように告げられている。
e)多くの術者はあまりに性急で、
早まった信頼によって、蓄えを煙と消した。
e)『作業順序書』、7頁
貪欲とは、それほど強力に人を迷わせるものなのである。
(f)ノートンは、これらの詐欺を正確に描き、その方面に知恵を働かせる者を助長することを恐れつつも、あえてできるかぎり十分に、その狡猾さを説明している。(g)リプリーはそれらを骨まで解剖し、裸にして鞭打ち、万人の目にさらす。ほかの多くの哲学者も同様である。ブルームフィールドは、自分の時代のこの種族の主な者たちの目録を示してくれる。そして、これらについて述べられたことだけを抜き出し、まずそれを学ぶなら、読者はこの書物から大いに利益を得るだろうと、私は確かに言える。
f)『作業順序書』、17頁
g)「腐敗」の章
暗い通路では、障害物を見分けるよう教えられることも、それをどう避け、越えてゆくかを教えられるのと同じほど大きな親切である。そうであるから、リプリーの次の用心の忠告に感謝するがよい。
h)だから、イエスのために用心せよ、
大きな費用のかかるものには手を出すな、
もし出せば、それはただ失われるだけ。
h)「腐敗」の章
また、ノートンにも、
i)やめよ、無学な者たちよ、やめよ、いつまでも無知でいるな、
無知を離れるのは、遅くとも、ついに離れぬよりよい。
i)『作業順序書』、126頁
注 参照頁は原刊のまま。
この時代、この国、この世界が、大物で名高い詐欺師たちのセイレーンの歌声に誘われ、蝕まれていないと、私は言えたらと願う。あるいは、あまりに信じやすい人々が、歴史が語るほかの人々と同じ不運に見舞われ、ついには破滅にまで至ってはいないと言えたらと願う。それでも、罠へと誘い込まれ、今後はもっと見込みのある道を喜んで歩みたいと思う人々には、リチャード・カーペンターに耳を傾けてもらおう。
k)始める前に、十分によく考えよ、
さもなくば、得るところは少なかろう。
k)カーペンターの著作を見よ。
そして彼とともに、チョーサーにも、
l)もしあなたの眼が正しく見ることができぬなら、
心まで、その視力を失わぬよう気をつけよ。
l)『錬金術師の従者の話』
また、こうも言う。
この術を求めることに、誰も身を入れてはならぬ、
哲学者たちの意図と言葉を
理解できる者でなければ。
それでも行うなら、その者は無知なのだ。
というのも、この学問と技は、と(m)彼は言う、
まことに、秘密の中の秘密であるから。
m)アルノルドゥス・デ・ヴィラ・ノヴァ
彼らに言っておこう。ヨブとともに、こうして徹底的に自らを浄め、「もし私が金を希望とし、純金を信頼としてきたなら、等々」と言うことができるなら、彼らはより幸いな者となり、求めるものに祝福を期待することができる。すなわち、この学問を学び、ただ金属変成のためだけに追求するのでないなら、である。
n)貪欲な者たちは、それをけっして見いださぬ、
幾度でも、いつまでも求め続けようとも。
n)黒衣の修道士ピアース
そして確かに、その利益を求めることは、彼らの努力に呪いを固着させ、測り知れぬ不幸の深みに、真っ逆さまに突き落とすだろう。
ここまで述べたことに、人々が自分の企てを見張り、破滅へ陥れるために常に仕掛けられているばね罠や仕掛けを、注意深く避けるようにさせる力がなく、かえって彼らが、どのような条件でも、無頓着に冒険へ滑り込むのであれば、私はこの励ましを残して彼らから離れることにしよう。
o)自分の愚かさをさらしたい者は誰でも、
進み出て、増殖の術を学ぶがよい。
そして、金箱に何か持っている者は皆、
姿を現し、哲学者となるがよい。
n)『錬金術師の従者の話』
注 本文の引用符号は o)、対応する欄外符号は n) と印刷される。双方の読みを保持。
さて、この物語の作者チョーサーについて言えば、彼はヘルメス哲学者の列に数えられ、この学問における師はサー・ジョン・ガワーであった。二人の親密で近しい交際は、チョーサーがイングランドへ帰国した際、インナー・テンプルで始まった。リチャード2世の治世末期の騒乱のため、彼は危険を逃れ、オランダ、ゼーラント、フランスへ退いていたからである。
ノートンは、次の言葉で、彼を権威ある著者として引用している。
p)そしてチョーサーは、テュタンスも同じものであると述べる。
注 この頁の引用の綴りは Tytans。先行するノートン本文(印刷42頁)では Titanos と転記されており、ここでは引用側の異なる綴りを保持。主底本scan494、Getty同版PDF scan496(印刷470頁)で照合。
p)『作業順序書』、42頁
そのほかにも、『錬金術師の従者の話』の後半を読む人は、彼が判断力ある哲学者であり、その秘義を十分に知っていた人であることを、容易に悟るだろう。
スペイト氏は、その称賛すべきチョーサー伝の中で、『愛の遺言』にほのめかされていることから、彼がロンドン生まれであると確信している。しかしベイルは、彼が(q)「高貴な家に生まれた」のであり、それはオックスフォードの近くであったと述べる。ベイルによれば、リーランドには、彼がオックスフォードシャーかバークシャーのいずれかで生まれたと信じさせる論拠があった。今では、その論拠が何であったか分からないが、相当に重いものであったと信じてもよいだろう。それらは疑いなく、ヘンリー8世の惜しみない奨励と委任に助けられ、イングランドの修道院と学寮の蔵書を6年にわたって苦労して調べるうちに、彼が集めたものだったからである。その不屈の労苦がなかったなら、この国の注目すべきことはすべて、(r)おそらく永遠に闇に埋もれ、せいぜい不確かな影のように、かすかに記憶されるだけだったであろう。それにもかかわらず、この名高い古物研究者の労作の果実は、今ではどこにも完全な形では見られず、甚だしく傲慢かつ不当に自分のものにした、ほかの人々の著作の中に散在するだけである。その中でも、ポリドール・ヴァージルは、この立派な建築から多くの木材を盗み、その一部で自分の著作を築き、残りを嫉妬深く焼き捨てたと私は認める。実際、『リーランドの亡霊』が次のように嘆くのを見いだすからである。
q)ベイル、第7百人集、525葉
r)ヘンリー8世に宛てた彼の『新年の贈り物』を見よ。
s)私は思い違いをしているのか。それともリーランドの霊は、
イングランドの記録者たちの亡霊とともに、嘆いてはいないか。
彼らの功績をポリドール・ヴァージルは奪い、
名声を取り去り、歴史を略奪した、
あの悪党がイングランドの図書館を荒らし回ったときに。
ああ、誰がしたにせよ、邪悪な書物泥棒よ。
たった一人の名誉のために、一切を焼いてよいものか。
私は思い違いをしているのか。それともリーランドの霊は、
書物の宝の盗難を告げ、追捕の声を上げてはいないか。
その著作を略奪し、名声と功績を抹消する盗みによって、
君主に与えられた財産も、
学識ある著述家の労苦、知恵、健康も、埋もれてしまう。
これらすべてを彼は、祖国を喜ばせるために費やした。
ああ、その名を守れ、世界がその宝を知るように。
s)『リーランドの亡霊』
しかし、これほど功ある学者のためとはいえ、この脱線について許しを願い、チョーサーに戻ることにしよう。ピッツは、彼がウッドストックで高貴な両親のもとに生まれ、「父は騎士階級の人物であった」、すなわち父が騎士であったと断言している。この姓が(t)征服王ウィリアムの時代にまで遡るだけでなく、一族の幾人かが大きな財産と高い身分を持っていたことを考えるなら、それもありえなくはない。(u)エドワード1世が、ジョン・チョーサーの1000ポンドの損害に関する訴えを聞いたことが見いだされるからである。また、ヘンリー3世とエドワード1世の治世には、あるエリアス・チョーサーがおり、彼について、(w)「神の恩寵によるエドワード、等々。われらの国庫から、エリアス・チョースシルに10シリングを支払え」とある。この(x)文字によって、われわれのジェフリー・チョーサーも、エドワード3世およびリチャード2世の記録に書かれている。
注 Patrē と Virū の省略線を保持(それぞれ Patrem、Virum)。Chausecir’ の末尾記号は原刊の省略記号であり、姓の通常形に黙って直さない。主底本scan495、Getty同版PDF scan497(印刷471頁)で照合。
t)バトル修道院の名簿
u)ロンドン塔の記録
w)財務府の記録
x)スペイト『チョーサー伝』
しかし、彼がどこで生まれたにせよ、主に教育を受けたのはオックスフォード大学のカンタベリー・カレッジであった。この学寮は(y)ヘンリー8世によって廃止され、現在はクライスト・チャーチに併合されている。ただし、しばらくの間はケンブリッジでも学んでいた。
y)ストウ『年代記』、957葉
z)ケンブリッジの学徒。――
z)『法の宮廷』、第2章
注 原刊の書名は Law。Love に黙って改めない。
彼はたちまち、才知ある論理学者、優美な修辞家、楽しませる詩人、重厚な哲学者、敬虔な神学者、熟練した数学者になった。数学の師は、修道士ジョン・ソムと修道士N・レンであった。(a)二人はリンのカルメル会修道士で、彼の『アストロラーベ論』に敬意をもって言及されている。さらに、私が確信をもって付け加えてよいなら、彼は有能な占星術師でもあった。ほとんどすべての作品に、きわめて堅実で完全な占星術を織り込んでいるからである。要するに、彼はあらゆる分野に学識があり、その弟子トマス・オクリーヴも、次のように断言する。
a)ベイル、525葉
b)おお、あらゆる学問の父よ。
b)王子時代のヘンリー5世に宛てた序文
ピッツは彼を、(c)「戦争と平和の諸技芸において驚くほど栄えた人」と呼ぶ。すなわち、戦争と平和の双方の技芸に優れた人物である。そして少し後には、「実に、すでに成人に達する前から、彼は優雅な詩人であり、英語の詩をそれほど輝かせたので、正当にイングランドのホメロスと見なされた」と述べる。つまり、成人する前から優雅な詩人であり、英語の詩を輝かせたため、当然にもイングランドのホメロスと数えられうる人物だったのである。ベリーの修道士リドゲートは、彼を(d)われわれの言葉の導きの星と呼び、まさに彼こそが次のことをなしたと語っている。
c)472頁
d)『ボカッチョ』への序文
e)初めて蒸留し、雨のように降らせた、
言葉と雄弁の、黄金の露の雫を、
その卓越した力で、われらの言語の中へ。
そして初めて修辞の花々を見いだした、
われらの粗野な言葉を[語中判読不確実、おそらく「ただ」]照らすために。
われらの言語には、彼に似た者は一人もいなかった。
注 第5行の語は主底本scan495、Getty同版PDF scan497(印刷471頁)の双方で中間活字が欠け、o[?]e[?]y としか確定できない。意味上は onely が候補だが、本文では復元を確定しない。
e)ジョン・リドゲート「マリアの誕生について」
実際、彼の時代には、世界の大部分で、あらゆる優れた文芸が眠らされており、イングランドでは、われわれの言葉はきわめて野性的で粗野であった。しかし、彼が洗練し磨き上げたことによって、それはもっと甘美で快いものになった。そのため、彼は次のように呼ばれる。
f)われらの美しい言語を初めて見いだした人。
f)オクリーヴ『君主の統治について』、「助言について」の章
彼は長い年月をフランスとフランドルで過ごした。宮廷では幾つもの官職を得て、エドワード3世の(g)王の従騎士という、非常に評価の高い役職に就き、(h)ヴァレクトゥス・ホスピティイ、すなわち宮殿の従者でもあり、のちにはリチャード2世の時代に、(i)ロンドン税関の監督官を務めた。これらに加え、リチャード2世とヘンリー4世から、生涯にわたる幾つかの年金を与えられた。海外での任務に対するその能力は大いに認められ、二度か三度、外国へ派遣され、リチャード2世がまだウェールズ公であったとき、彼とフランス王の娘メアリー嬢との結婚を提案するためにフランスへ赴く使節の一員にも、ふさわしいと考えられた。彼の収入は年1000ポンドで、当時としては非常に豊かな財産であった。
g)特許状簿、エドワード3世治世第50年の第1部、第5羊皮紙葉
h)財務府出納羊皮紙簿に
i)リチャード2世治世第8年
彼は1400年10月25日、ロンドンで亡くなった。これは、ウェストミンスター修道院の聖ペテロ教会、その南側の側廊にある墓の碑文から分かる。
ニコラス・ブリガム氏は、彼を記念してこの大理石の墓碑を建立した。私はその正確な姿を銅版に忠実に彫らせ、226頁に置いた。以前は墓の縁をめぐって、次の詩が刻まれていたが、今では何も残っていない。
私が誰であったかと問うなら、名声があなたに教えるかもしれぬ。
もし名声が教えぬなら、世の栄光は過ぎ去るものゆえ、
この記念の文字を読め。
チョーサーの肖像は今では幾分傷んでいるが、版刻師は、彼の立派な弟子トマス・オクリーヴが後世に残した原画に従って、それを復元した。オクリーヴは、その肖像について次の詩も書いている。
注 主底本scan496の recovered it after a 部分は汚損。Getty同版PDF scan498(印刷472頁)により after a を確認した。
k)その命は消えたけれど、彼の思い出は、
私の内で、これほど瑞々しく生きている。
それゆえ、ほかの人々にも、
彼その人を思い出させようと、私はここに肖像を
作らせた。まことに、その目的は、
彼についての思いと記憶を失った人々が、
この絵によって、再び彼を見いだすことである。
注 resemblaunce、liffnesse、thoute は原刊の綴りを保持。主底本scan496、Getty同版PDF scan498(印刷472頁)で照合。
k)オクリーヴ『君主の統治について』、「助言について」の章。チョーサーの肖像について。
ブリガム氏が上述の墓碑を建てる前には、チョーサーの墓には一枚の石が置かれ、そこに次の墓碑銘が刻まれていたようである。
詩人にして詩の誉れ、ジェフリー・チョーサーである私は、
この母なる聖なる土に葬られている。
257頁。『ダスティンの夢』
『ダスティンの夢』という名で呼ばれるこの作品は、後代のある哲学者によって英語の韻文に訳されたものだと、私は確信している。彼の時代には、このように洗練された英語は見いだせず、またラテン語には彼の『幻視』があり、その内容と、この作品とは実質的に一致するからである。
彼の生きた時代は、確かなことが分からない。それに言及する人は見つからないが、遠い昔であったと信じられている。われわれの同国人(l)ベイルは、彼について述べている
注 段落は次頁へ続く。頁下の yet, はキャッチワードなので重複して収録しない。
l)第10百人集、49頁
それでもなお、彼とこの学術に向けて見苦しい悪罵を投げつけている。しかし彼を「その時代の錬金術の第一人者、そしてイングランドにおける唯一の師」と呼んでいる。すなわち、その時代随一の錬金術師、イングランドでこの術を究めたただ一人の師であり、(評者の理解するところでは)自然の力によっては到達できないはずの事柄を生じさせ、また予言した人である。彼は化学によって発見できそうなあらゆる事柄を勤勉に探究し、ついには幾つもの実験を大胆に著述して公刊した。
注 前頁から続くダスティン評。ラテン語引用も全訳した。
(m)ピッツは彼をきわめて貧しい人として描き、その原因を彼自身の技芸、すなわち錬金術への過度の傾倒に帰している。しかし疑いなく、彼が人々の認めるほどの学識の主であって、その貧しさが自ら選んだものでなかったなら、望むときにいつでも富を得ることができたはずである。彼は次の書物を著した。
1.『錬金術について』
2.『さらに別の幻視』
3.『秘密中の秘密』
4.『哲学者たちの鏡』
5.『賢者たちの黄金〔の書〕』
注 二段組の書目を番号順に配列した。ad huc、Sapientum Aurinum は原刊の表記を保持。
(n)マイアーによれば、彼は重要な化学論考を遺し、ヤーヌス・ラキニウスがそれを自分の集成に収めたという。これはおそらく、ラキニウスの『宝と、この上なく貴重な哲学者たちの石についての、新たなる貴き真珠』に入っているのだろう。しかし私はまだその書物を見ていないので、そこに公刊されたダスティンの著作が、先に挙げたもののいずれかであるかどうかは分からない。
m)871頁
n)『黄金の食卓の象徴』458頁
注 略記 Symb. Aur. Mens. はマイアーの書名を指す。
269頁。「土から土を取れ、土の母を」
ルドヴィクス・コンバキウスは、近ごろリプリーの著作数篇を集めた際、黒衣の修道士ピアースのこの作を『哲学的な土の土』という題のもとに収め、リプリーの著作として刊行している。また(o)ピッツも彼の著作の一つに『土の中の土』という題を与えているので、これも同じことを示唆するように見える。しかし私は、リプリーの名で流布しているものがすべて彼の著作だとは考えない。疑いなく、近年、彼の書いたことのない多くの作品が彼に帰されているからである。ベイルが掲げるリプリー著作目録には、この作はまったく含まれていない。しかも私は、黒衣の修道士ピアースという題のもとにこの作を収めるきわめて古い写本に出会ったことがあり、その筆跡は、私の判断では、リプリーの時代より古いことを物語っている。
o)677頁
275頁。「ティタン・マグネシアから澄んだ光を取れ、
かくも輝く赤い樹脂を」
古い写本の中には、次のように記すものもある。
スペインから澄んだ光を取れ、
かくも輝く赤い獅子を。
誰を著者とすべきか、私は長らく知らずにいた。しかしついに幸運にも古い写本に出会った。それは、この作品が書かれた筆跡として私の見たうちで最も古いものであり、そこには次の名が付されていた。
注 文は次頁へ続く。
リチャード・カーペンターの名である。それゆえ私はこれを『カーペンターの作』と題した。
注 前頁の文の続き。
私の調べたところでは、1447年、当時ウスター司教であったジョン・カーペンターは、ブリストル近郊のウェストベリーに(p)学寮を創設した。この学寮は、先に(q)ウィリアム・キャニングズが拡張したものとして述べた施設である。(r)「古い学寮を取り壊し、新たな建物を大幅に拡大し、胸壁を備えた強固な城壁で囲み、美しい門と幾つもの塔を加えたため、学寮というより城のようになった。そして最後に、その収入を増やすため多くの良質の土地を寄進した」。これに加え、彼はウスターの近くにあり、(s)同司教に属する城、ハートルバラに楼門を建て、ほかにも幾つもの敬虔と慈善の事業を行った。
注 原刊の引用符は行頭の反復形式。引用の範囲は文意に従って訳文に明示した。
このカーペンター司教は、われわれの著者リチャード・カーペンターの兄弟、あるいは近親者であったと推測され、ヘルメス哲学者とも見なされている。彼はノートンやキャニングズと同時代の人であり、その生涯の多くを、先述のウェストベリーで彼らの近くに住んで過ごした。いや、彼はその土地を非常に愛していたので、おそらくノートンやキャニングズとの交わりのためか、そこで授かった特別の恵みのためであろうが、(t)自分の称号の一部としてその地を顕彰し、「ウスターおよびウェストベリーの司教」を名乗ろうとさえ考えた。それは実現できなかったものの、そこを自分の埋葬地に選び、現在そこに葬られている。
p)ストウ『年代記』467葉
q)442頁
r)ゴドウィン、367頁
s)カムデン『ブリタニア』574葉
t)ゴドウィン、442頁
注 比較資料:Getty同版PDF scan500、印刷474頁で欄外 q) Pag. 442. を確認。
別の古い羊皮紙写本、それも非常に美しい写本の中で、私はこの作品に次の前書きが付されているのを見つけた。
これほど自らを賢いと思っている学者たちに問うがよい。土の中に播かれねばならない麦とは何か、それは熱によって育まれるのか、それとも冷たさによってか、と。というのも、もし熱の中にあるならば、冷たさと湿り気なしには決して腐らないからである。また彼ら全員に告げよ。かつて生じたすべては一つから出たが、それは父と子と聖霊のように三つに分かれている。道は一つであって、それ以上はない、と。また、すべての金属の父と母とは何かを見定めよ。もしお前が、そのもの自身の本性に属さない別種の物を持ち、あるいは取るなら、お前は作業のすべてを失う。ゆえに、それがどこから来るのかを見よ。そしてそのもの自身の母の中で、育つのを助けよ。齢に達したら、そのもの自身の母の乳で養い続け、そのもの自身の母の乳を与えよ。
注 中英語系綴りと末尾の反復を保持。is owne は原刊の形であり、訳は his owne に相当する意味に取った。
注 比較資料:Getty同版PDF scan500、印刷474頁の拡大画像で Whete、lesest、norsh、gif の黒字体を照合。
278頁。『緑の獅子狩り』
ブルームフィールドは『哲学の陣営』の中で、『緑の獅子』という題の著作を挙げ、その著者をモールドンの教区牧師(ただし一部の写本ではウォールデンの教区牧師)と呼び、当時の他の詐欺師たちと同列に置いている。したがって、彼はこの著作を偽りのものと考えている。
u)そこで彼らはモールドンの教区牧師を連れて来た、
その緑の獅子、この上なく王者らしい秘密とともに。
u)ブルームフィールド『花々』第1部
しかし、その作品がどのようなものであったか、私には分からない。私がここでその題のもとに読者に供するものは、完全な作品であり、真に
注 文は次頁へ続く。
哲学的なものであると、私は確信している。さらに幾つかの写本は、著者をエイブラハム・アンドルーとしており、信頼できる一人の哲学者の証言によっても、私はそれを確かめている。
注 前頁の文の続き。
293頁20行。「神よ、わが師の命を守りたまえ――」
『自然哲学小要』の著者トマス・チャーノックは、二人の師によってこの秘密の継承者にしてもらう幸運に恵まれた。最初の師は、彼がここで言及する人物であり、どうやら次のような人であった。
w)ソールズベリーの大聖堂構内に住む司祭であった。
彼は『小要』においても、さらに次のようにこれを裏づけている。
x)I・S先生こそ、まことにその名、
ソールズベリーの町の近くがお住まい、
まことに聖職の人である。
どうやら彼はこの司祭とある程度の交わりがあり、その間、この方面の研究に打ち込んでいたらしい。それゆえ、司祭は作業の進行中に病に倒れたとき、チャーノックをそれにふさわしい人と考えた。というのも彼は、
――y)死を覚悟したとき、
彼に自らの作業を託し、自分の後継者に定めた。
チャーノックはこの作業を継続したが、不幸にも元日の正午、火事によって失われてしまった。おそらく1555年のことであろう。なぜなら、それはフィリップとメアリーの治世第1年および第2年に当たり、その治世のこれらの年、すなわち一部は1554年、一部は1555年に、彼は前述の司祭から(z)この秘密を授かったと、自ら証言しているからである。そのとき彼は30歳か31歳ほどであった(ただし、最初にバースの修道院長と会ったときは28歳ほどであったとほのめかしている)。というのも、私が彼の自筆から書き写した(b)『断片』の末尾にあるように、1574年に彼は50歳だったからである。
w)『錬金術の謎』
x)『哲学小要』第4章
y)第3章
z)同章
a)第5章
b)426頁を参照
注 a) の本文対応符号は明瞭でないが、欄外の引用は省略せず収録した。
296頁3行。「ただ一人の修道士、その人については後ほど語ろう」
この修道士はチャーノックのもう一人の師であり、(c)彼が偶然知り合った人であった。名はウィリアム・バード、その職は、修道院の解散当時、バースの修道院長であった。
このバードは修道院長であったとき、(e)バース修道院教会を完成させようと、できる限り力を尽くして多額の金を費やした。この壮麗な建物の(f)基礎工事を始めたのはオリヴァー・キングであったが、彼は未完のまま死去したのである。バードはこれを完成にまで導いていたが、修道院の解散によって、それ以前に築き上げられたものは一挙に覆された。
注 末尾の過去完了の重なりは原刊を保持。
どうやらこの修道院長は、修道院が廃止されたときエリクシルを所持しており、それを壁の中に隠したらしい。
c)第5章
d)同章
e)ゴドウィン『司教継承史』308頁
f)カムデン『ブリタニア』234頁
注 d) は欄外にのみ見える。
g)十日たって、それを取り出しに行くと、
そこには布切れの栓しか残っていなかった。
盗み去られていたのである。それを見つけた者たちの心は軽くなったが、彼の心は重く沈み、その喪失は彼を大いに落胆させ、苦しめたので、
h)その後幾年もの間、彼は安らぐ場所を持たなかった。
そして、教会での地位を失って間もなく視力をも失ったため、もう一度エリクシルを作ろうと試みることも、すっかりできなくなった。その結果、彼は世に知られず暮らし、ひどく貧しくなった。チャーノックをもてなすこともできず、彼が訪れた二度とも、その費用はチャーノック自身の財布から支払われた。
g)第5章
h)同章
298頁25行。「チャーノックがその名、あのテネット島の生まれ」
注 頁参照先の末尾数字はインクの汚れがあるが、298と読める。
テネット、あるいはテイネットとは、ケント東部にある島で、チャーノックの出生地である。しかし、そこで生まれたとしても、師バードに初めて会ったときには(i)ソールズベリーの近辺に住んでいた。彼は自らを「学問なき学徒」と呼んでいる。私の見た彼の自筆の断片や覚書からも、彼がラテン語をよく理解していたとか、正しい英語を書くことを知っていたとは思われない。けれども、殻を欠いていたにせよ、彼は核を得た。他の言語の助けを受ける多くの人々が得られずにいるものに、平明な英語で出会う幸運に恵まれたのである。この人から分かるように、神は、自分の言語以外は知らない者をすべて、多くの深遠で精妙な秘密を理解する幸いから締め出したわけではない。この学術において、私は幾人もの例を挙げることができる。高貴なR・Cの兄弟団が、その『名声』と『信仰告白』を五つの言語で公刊するよう促されたのも、まさにこの配慮からであった。すなわち、学問のない者たちが、その知識を奪われ、欺かれて取り逃がすことのないようにしたのである。また、あらゆる学徒に注意してもらいたいことだが、チャーノックにこの工程を伝えるのに、長々とした説明も長い時間も必要ではなかった。彼はこう述べている。
注 R. C. は薔薇十字の兄弟団を示す略号。
三つか四つの言葉で、(k)彼は私に明かした、
鉱物の知恵の大いなる秘密を。
i)第5章
k)彼の師バード
彼は普通の人の身分で暮らしていた。そうでなければ、その地位によって、一兵卒として徴用されることを免れたはずだと私は思う。また彼の自筆の覚書からは、外科医術を営んでいたことがうかがえる。というのも、リチャード・ディーンという者の脚を治療する報酬として5マークを受け取る契約を結び、その支払いの保証人にジョン・ベイデンとウィリアム・ローリーという者がなった、とそこに記されているからである。
300頁23行。「――そのとき、わが師を思い出し」
301頁5行。「――わが師にこのすべてを知っていただこう」
同8行。「そこでわが師に書き送ろうとした――」
302頁1行。「そのとき、またよき師を思い出した」
これらの各箇所でチャーノックが指しているのは、ソールズベリーの司祭S・Jであり、その洗礼名はジェームズであった。というのも、チャーノックが記した別の私的な覚書の中に、私は次の記述を見いだすからである。
覚え書き。エドワード王の時代に、わが師サー・ジェームズと相談を交わしたサー・ロバートは、現在ロンドンのサヴォイに住み、そこでこれを作業中である。ハリー・ハモンドが聖ジェームズの市で私にそのように告げた。
主の年1566年。
注 比較資料:Getty同版PDF scan503、印刷477頁。Robart、Tutor、年1566の読みを照合。Sir はここでは聖職者にも用いられる敬称。
301頁最終行。「まことにそれは、律修司祭リプリーの少年であった」
注 原文の統語の曖昧さが次段落の主題である。his Boy の所有関係を一義的に確定しないよう読む必要がある。
この文には二通りの解釈があるとする人々もいる。すなわち、リプリーが少年時代を律修司祭のもとで育ったために、その司祭の小僧あるいは従者だったという意味か、あるいはリプリーの従者で、幼いころから彼のもとで育った者のことを言い、リプリーがその忠実さを認めて秘密を託したのだろうという意味である。そのため、先述のウィリアム・バードの師がリプリーだったのか、それともその弟子だったのかは、未確定のままとされる。しかし私は、後者がよりもっともらしいと思う。なぜなら、リプリーは(l)1590年ごろに死去しており、バードがこの秘密をチャーノックに伝えたのは、それから少なくとも64年後のことだったからである。したがって疑いなく、リプリーの死の時点では、このバードはこれほど重大な秘義を理解するには幼すぎたのである。ともあれ、ウィリアム・バードには師があった。一方、ソールズベリーの司祭サー・ジェームズには師がなく、霊感によって神の御手からそれを受け取った。チャーノックによれば、彼はこう語ったという。
注 原刊・Getty同版PDF scan503、印刷477頁とも死亡年は1590と印刷されている。前後の年代計算とは整合しないが、1490等に無断で訂正しない。
――m)彼はそれを手に入れたのではない、
どのような人間からも。ただ神からである。神がその考えを頭に授けた、
彼が床に横たわり、それについて考えていたときに。
l)ベイル、第8百人集、623葉
ピッツ、678頁
m)第6章
302頁13行。「だが、あの紳士は他の者より大きな害を私に加えた、
私を作業から引き離し、徴用させたときに」
チャーノックはこの紳士の悪意により、実践の途上で大きく妨げられた。どうやら彼に恨みを抱く悪質な隣人の一人であったらしく、この誠実な哲学者にとって、考えられるかぎり最悪の時機にその恨みを実行したのである。〔まさに彼が作業の完成に近づいていたとき、
――n)ひと月以内と数えられるほどのときに。〕
n)第4章
すなわち、彼をカレー救援の計画のために兵士として徴用させたのである。これは(o)1558年1月初めで、『哲学小要』を書き終えてからほぼ6か月後のことであった。そのため彼は失意のうちに、すべてを破壊してしまった。
注 前頁の文の続き。
o)ストウ『年代記』632頁
注 数字の先頭6は主資料でかすれている。主画像上では632と読む。
303頁6行。「神が命を永らえさせてくださるなら、これはまた別の日に改めよう」
『自然哲学小要』は、チャーノックが秘密を手に入れてから2、3年以内に書き始められた。彼は別の著作を約束しているように見えるが、その後何かを書いたと、私は知ることができなかった。ただし二篇の『謎』(私はこれらを『小要』の後に配列した)と、424頁に収めた『断片』は別である。死去した時期は定かでないが、1577年以後の彼の自筆資料には出会っていない。その前の数年間は筆を休めることなく、書物のさまざまな余白に多くの覚書を記し、たいてい日付を添えていた。そのうち幾つかを、この『劇場』に公刊した。
注 原刊本文は after he was Master。原著正誤表(主資料scan520)「p.478.l.7.r. after Charnock」に従い after Charnock was Master と訂正。
305頁。『ブルームフィールドの花々』
著者自身も、この作品を『哲学の陣営』と呼び、その実践篇には『最後の意志と遺言』という名を与えている。これは、ヘンリー8世によって認可された医学士ウィリアム・ブルームフィールド(写本によってはサー・ウィリアム・ブルームフィールドと呼ぶ)が書いたものである。
私はノートンの『オーディナル』の美しい写本を見たことがある。そこでは、各章の冒頭の葉の上部や、その他の幾つかの目立つ箇所に巻帯が描かれ、その最初の折り目には[Myles]、中央には章番号、第三の折り目には[Bloomefield]と書かれていた。このマイルズ・ブルームフィールドは、その本の所有者であり、ひょっとすると、われわれのウィリアム・ブルームフィールドの兄弟か近親者であろうと私は考える。それにもかかわらず、後になって、その本にかなり古い筆跡で記された覚書から、このマイルズが『ブルームフィールドの花々』の著者と呼ばれていることを知った。
注 原刊 at Note を原著正誤表(主資料scan520)「l.25 at r. a.」に従い a Note と訂正。
324頁。『サー・エドワード・ケリーの作』
サー・エドワード・ケリーについて読者に説明するには、かの著名な術者、ジョン・ディー博士にも言及せずにはいられない。博士の『最後の意志と遺言』は、サー・エドワード・ケリーの作の後に続いている。博士はかつて彼の親しい友であり、哲学研究と化学実験における長年の伴侶でもあった。ついにこの立派な博士は、ケリーをドイツに残してイングランドへ帰った。こうして摂理により、サー・エドワード・ケリーがドイツ皇帝ルドルフ2世の命でプラハにおいて蒙った、あの長々とした拘禁にまで付き合わずにすんだのである。

サー・エドワード・ケリーについて言えば、彼はウスターで生まれた。ここに彼の出生図を掲げる。これはディー博士自身の筆になる原計算に基づいて彫版したものである。
1555年8月1日
正午より4時間〔午後4時〕
ウスターにて誕生
エドワード・ケリー殿
哲学者
極の高度〔地理的緯度〕52度10分
注 出生図中央の全文。比較資料:Getty同版PDF scan505、印刷479頁、およびその拡大画像。a Meridie は正午からの経過時刻として訳した。年1555は原図の表記を保持。
各宮の境界に記された黄道位置(左の上昇点から下側へ巡る順)
射手座16度12分
山羊座20度
魚座15度
牡羊座22度
牡牛座12度
牡牛座27度
双子座16度12分
蟹座20度
乙女座15度
天秤座22度
蠍座12度
蠍座27度
注 出生図の十二の宮境界。字体の古い黄道記号を対応するUnicode記号に転写。左上外角の蠍座記号と右下外角の牡牛座記号は独特の字体だが、主図とGetty同版PDF scan505、印刷479頁を拡大照合して識別した。数値の単位記号が省かれている箇所も原図のまま。
天体・交点の記入
火星25度2分
木星28度48分
水星12度12分、速行
太陽、獅子座17度48分
金星13度16分、速行
昇交点〔竜頭〕20度40分
月、水瓶座2度2分
土星11度49分、逆行
降交点〔竜尾〕20度40分
注 比較資料:Getty同版PDF scan505、印刷479頁と主図の高解像度部分画像。図の上部の火星数値は25.2と読んだ。各数値に黄道帯記号が添えられていない場合、その星座を計算で補っていない。Velox=速い、Re:=逆行の略記。交点の古い手書き字形を標準Unicode記号に転写。記号または数値について判読不能のまま補った箇所はない。
これは天の言葉を読める人々には、喜ばしく、歓迎すべきものとなろう。そこから彼らは、歴史がわれわれに遺した以上のことを、この人物について知るはずだからである。彼を「疑わしい哲学者」と呼ぶ人々もいるが、この図からは、いくらかもっと好ましい評価が引き出せよう。それは、第9宮、すなわち知識・知恵・学術の宮の支配星である水星の位置による。水星は乙女座にある同宮のカスプに置かれ、本質的品位においても付帯的品位においても、きわめて強く、幸運な状態にある。〔すなわち、自らの本来の宮と高揚の座にあり、順行し、運行が速く、コンバスト〔太陽による灼焼〕を免れ、金星のタームとフェイスにあって、金星へ度数上正確な六分角で接近している。〕金星もまたアングルにあり、第9宮のカスプを六分角で見ている。これらすべては、上昇している度数が水星のタームにあることも考慮すれば、彼を、理解力が明澄で、把握が速く、優れた知性を備え、哲学的研究へ強い傾向を持つ人物として、まさしく示している。実際、あらゆる報告によれば、彼は非常に才知に富み、哲学と化学の深遠で難解な秘密を絶えず探究する人であった。
注 占星術による人物評価は著者の歴史的見解として訳出。Tearme/Face は伝統的占星術のターム(境界区分)/フェイス(十度区分)、partile は同じ度数による精密なアスペクト。
しかしそれにもかかわらず、自分の行っていることを理解しない人々の厳しい非難と中傷から逃れることはできなかった。そして、上昇宮の竜尾は、
注 文は次頁へ続く。竜尾は月の降交点。
そのような非難を常に助長し、促進する位置にあった。この竜尾の位置から、その悪意ある誹謗の性質を大づかみに読み取ることもできる。また、その一部はウィーヴァーが『葬祭記念碑』に挿入した逸話にも現れている。そこでは彼を、降霊術の最悪の部分を演じた者とし、幾つかのもっともらしい付帯事情を挙げて話を裏づけている。しかし、そこで語られるような性質のことは何も行われなかったと、私は確かな十分な理由によって信じている。その理由をここで述べるのは長くなりすぎよう。
注 前頁の文の続き。
ディー博士について言えば、彼は主に数学諸学の研究に力を注ぎ、そのすべての分野において、全面的かつ完全に熟達した師であった。その証拠が、ユークリッド『原論』に付した彼の「数学的序文」である。そこには、彼自身がまったく新しく考案した多くの技芸が、名称・定義・特性・用途とともに列挙されており、その数はギリシアやローマの数学者がわれわれの知るところに遺したものを上回っている。さらに、同書の各所には、多種多様な数学上の注釈と発明が加えられている。これに加え、航海術、透視図法などに関する幾つもの論考や、その他の貴重な数学著作が、彼の手になる写本として残されている。
ジョン・フィールドの1557年『天体暦』に付した彼の書簡、エドワード6世に献じた『天球儀の使用について』、同じくエドワード6世に献じた『雲、太陽、月およびその他の惑星等の距離について、等』、『天体暦を計算するための天文学的および算術的諸規則』、『カシオペアの星座に現れた驚くべき星について』、そして『通用暦の改正に関する助言と論考』は、彼が学識ある天文学者であったことを物語る。
注 書目のラテン語題名をすべて訳した。比較資料:Getty同版PDF scan506、印刷480頁で年1557および Nubium を照合。
最後に、彼が優れた占星術家であり、勤勉な哲学者であったことについても、『占星術の三百箴言』、『自然のある種の卓越した力についての百二十箴言』、『象形的一者』、『一性の鏡』(われらが名高い修道士ベーコンのための弁明)、『ヘブライ・カバラの簡約表』、その他多くの著作が、世に対して少なからぬ証拠を示している。
これらすべてと、歴史学、紋章学など他のさまざまな学問分野の多数の著作を、彼は1583年以前に書いた。彼は通常の化学にもいくらかの時間を費やし、その分野の幾つもの秘密を修得していた。その一つとして、(p)ロジャー・コックという者に、彼がそう呼んだところの「金属の塩のエリクシル」の大いなる秘密を明かした。その投射力は一対百であった。
占星術と学問のより秘められた部分における彼の優れた力量、そしてその方面への強い傾向と疲れを知らぬ関心は、嫉妬深い人々や俗衆から、彼のまったく誠実で正当な哲学研究に対する、軽率で卑劣な、虚偽に満ちた中傷を数多く引き出した。厚顔な舌の悪意によって磔にされたにも等しい彼の魂は苦痛に満ち、幾度となく、きわめて真剣かつ熱烈に自己弁明せざるをえなくなった。研究の静けさを楽しむこともできず、彼自身とその研究の双方をまったく不当に中傷する人々の陰険な気質に、たびたび心を乱され、苦しめられた。ついには、彼が海外へ渡った(q)年、その蔵書が押収された。そこには4,200冊の書物があり、そのうち700冊は写本であった。これは、才能ある優れた哲学者すべてに対する警告である。高価で貴重な書物を自宅に保管するより、もっと賢く振る舞わなければならない。このとき、前述の『一性の鏡』が、それ以来ついに日の目を見させなかった者たちの手に渡ったというのは、もっともありそうなことである。それゆえ、学識あるセルデンは、この(r)弁明は彼によってずっと以前から約束されていたと述べながら、それは結局書かれなかったのだとほのめかすに至ったのかもしれない。
注 主資料scan520の原著正誤表「p.480.l.44.r. unitatis」に従い、二度目の書名を Speculū unitatis とした。原刊本文の当該語は unitatis/unitaris の字形が紛らわしい。比較資料:Getty同版PDF scan506、印刷480頁。冊数4200と700も両画像で確認。Speculū の省略符を保持。
1592年、(s)国務卿ウォルシンガムとサー・トマス・ジョージが、委任状に基づいて、当時モートレイクにあった彼の住居に派遣された。その目的は、
注 文は次頁へ続く。1592は主資料とGetty同版PDF scan506、印刷480頁の印字に従う。歴史上の年代との整合性は補正しない。
p)1579年12月28日
q)1583年
r)セルデン、ホプトン『コンコーダンス』への序文
s)11月9日
彼の研究が中傷されることになった事柄と理由を調べることであった。また同じ性質の別の件のため、彼はカンタベリー大司教に(s)弁明書簡を送らねばならなかった。
注 前頁の文の続き。
この種の迫害は彼に対してなお重ねられ、ときには彼個人にも苦痛を与えた。たとえば1594年ごろ、彼は一種の拘束下にあったため、(t)レディ・スキッドモアに書き送り、枢密院全体の前で自分の事情を述べることを許されるか、さもなければ大璽のもとで、望むところへ自由に行ける許可を与えられるよう、女王に働きかけてほしいと求めた。
この二人の著名な人物について、それぞれ個別に述べるのはここまでとしよう。これからは彼らが海外で共同して行ったことと、ディー博士がイングランドへ帰って以後の事柄を読者に示したい。それには疑う余地のない典拠、すなわちすべて博士自身の手で書かれたディー博士の日記を用いる。これほど確かな地面を歩むのであるから、私はそこで、より広い範囲を巡ることにしよう。その中には、読者に直接関わらなくとも、興味を引く出来事もあろう。これほど傑出した光明を、世の目にさらさぬまま、いつまでも闇の中に置いておくのは適切ではないと思うからである。
広く伝えられるところでは、ディー博士とサー・エドワード・ケリーは、驚くべき幸運に恵まれ、グラストンベリー修道院の廃墟のどこかで、非常に大量のエリクシルを見つけたという。その効力は信じがたいほど強く、一対272,330であったため、彼らは薬の真の強さを知るまで、試験的な投射に多くを浪費してしまったという。
注 数量272330は主資料とGetty同版PDF scan507、印刷481頁で照合。錬金変成の成功に関する伝承を著者の報告として訳した。
この宝を手に入れるやいなや、彼らは外国へ旅立つことを決意した。そしてポーランドの君侯アルベルトゥス・ラスキーという人物と知り合った。彼は1583年5月初めにイングランドへ来ていた。同年9月21日、二人は妻子および家人を伴い、この君侯とともに海を渡った。
前述のようにグラストンベリーで見つけたのか、あるいは別の仕方で手に入れたのかはともかく、彼らがそれを所持していたことは確かである。なぜなら、彼らが(u)移り住んだボヘミアのトレボナで、サー・エドワード・ケリーは、それの小さな一粒、最小の砂粒より大きくないほどの量を、通常の水銀1オンスと4分の1に(w)投射し、ほぼ1オンスの最も純粋な金を生じさせたからである。これはエドワード・ガーランド氏とその兄弟フランシスを喜ばせるため、彼らの面前で行われた。このエドワードは、トマス・シムキンソンという者が先に携えて来た何箇条かの条件に基づき、モスクワ皇帝からディー博士のもとへ派遣され、つい最近トレボナに着いたところであった。また私は、ディー博士の次の覚書を見つけている。「1586年1月5日。神の賜物、2オンス。E・K」。さらに、より近く、より新しい証言として、ある信頼できる人物から次の話を聞いた。ブルームフィールドという者とアレグザンダー・ロバーツが、その人物に、サー・エドワード・ケリーの投射をしばしば見たと語ったという。とりわけ、寝床を温める火鉢から切り取った金属片に対する投射があった。サー・エドワードはそれに触れることも手で扱うこともなく、また金属を溶かすこともなく、ただ火で温めただけであったが、そこにエリクシルを置くと純銀に変成した。この火鉢と切片は、当時プラハに滞在していた女王の大使によって、エリザベス女王に送られた。切り取った元の場所に切片をはめ合わせれば、それが以前この火鉢の一部だったことが正確に分かるようにするためである。また先述の人物は、フライ氏とスクループという人々が持っていた、サー・エドワード・ケリーの金で作った指輪も見ている。その形は、ただ金線を指の周りに三重に巻いたものだった。そして、このような指輪を4,000ポンド相当も、彼は自分のところの一人の結婚祝いとして贈った。
注 文末は次頁の his Servant Maides へ続く。Donum Dei のラテン語も訳した。寝床用の warming-pan を寝床用火鉢として訳出。婚礼と金額はこの単位内で訳し、その相手が侍女であることは次単位で完結する。
s)1595年1月6日
t)1594年10月28日
u)1586年9月4日
w)1586年12月9日
その一人とは、彼の家の侍女である。これは非常に気前のよい行いであったが、実のところ彼は、節度ある哲学者の慎ましい限界を越えて、あからさまに浪費していたのである。
注 前頁の文の続き。
トレボナ滞在中、彼らは自分たちの持つあの宝を作れるかどうかを見るため、多くの化学実験を試みた。その操作の詳しい記録を、ここで述べる必要はない。しかし、彼らが何かを完成させたという話は、私は聞いていない。ただ、ディー博士が4月27日を、幾つもの喜びと歓喜の言葉で記しているのを見つける。たとえば、「これこそ主が造られた日である」。また、「神の慈悲は大いなるかな」。最後に、「生きとし生けるものよ、主を讃えよ」。そしてこれらの意味を証するように、続く30日にこう書いている。「エドワード・ケリー氏が、大いなる秘密を私に明かした。神に感謝」。
注 ラテン語の三つの喜びの表現をすべて全訳。4月27日および30日の年はこの段落に記されていないので補わない。原刊の括弧は対応が不整合なまま保持。
トレボナに暮らしていた間、サー・エドワード・ケリーは幾度もプラハへ行き、1587年1月15日にはポーランドに向かったが、その後2月9日に戻った。おそらくこれらの旅は、名高い化学者たちを探すためであったのだろう。ここでの事はそれほど秘密裏に運ばれてはいなかったので、エリザベス女王には彼らの活動が報告された。そこで女王は、書簡や使者などさまざまな手段で、彼らをイングランドへ呼び戻そうとした。イングランドでは、その働きかけがすでに効を奏していると思われていたため、シムキンソン氏とフランシス・ガーランド氏の兄弟ロバートがイングランドから(x)トレボナに来たとき、二人は、以前届けられた女王の書簡を受けて帰国の準備を整えているものと考えていた。サー・エドワード・ケリーは残ったが、ディー博士は(y)トレボナを去ってイングランドへ向かった。ただし、その理由が、サー・エドワード・ケリーから受けた冷遇だったのか、妻たちの不和だったのか、エリザベス女王の勧誘だったのか、あるいはこれらすべてが重なったのか、私はまだ確かめていない。その一つ一つが別離の一因となったというのは、ありそうなことである。
注 and and の重複は原刊どおり。本文に付く欄外日付 y) 1 May 1589 と、次段落の b) 11 Mar.1589 は一致しないが、両方をそのまま記録。
サー・エドワード・ケリーから何らかの大きく、驚くべき仕打ちがなされたことは、次のことから分かる。1588年1月初め、彼は和解の素振りを見せてディー博士を呼び寄せ、そのころ、普通以上の親密さと従順さを示した。善良な博士は、この愛想のよい振る舞いを、次の祈りとともに記した。「神よ、彼の心を、あらゆる慈愛と兄弟愛へお導きください」。また、その後3月末にディー博士がサー・エドワード・ケリーとその妻に送り、互いの慈愛を求めた書簡も、このことを示している。その後(z)、ケリー夫人が聖餐を受けた際、慈愛のしるしにディー博士とその妻に手を差し出した。しかし、これらは心からのものではなく、外面だけであったらしい。同年9月9日、大法官がトレボナに来たとき、博士にとってその恨みと偽りはいっそう明らかとなり、耐えられる限度を越すまでに高まったらしいからである。そこで彼は、ドイツを去ってそれ以上の危険を避けるのが賢明だと考え、(a)サー・エドワード・ケリーに、粉末、書物、ガラス器、およびその他の品を引き渡した。その際、ケリーの署名と印章を備えた書面による免責状を受け取った。
これらの不和が続く間、エリザベス女王とディー博士のあいだで幾通もの書簡が交わされ、おそらく博士はそこで帰国を約束したのであろう。ついに事はそのように運び、彼は(b)トレボナを去り、イングランドへの旅に出た。
4月9日、彼はブレーメンに着いた。そこに三日と滞在しないうちに、ヘッセンの方伯が丁重な挨拶の書簡を送って来た。その後三日以内に、ディー博士は彼に、自分の十二頭のハンガリー産の
注 文は次頁へ続く。
x)1587年12月8日
y)1589年5月1日
z)5月9日
a)1589年1月4日
b)1589年3月11日
注 比較資料:Getty同版PDF scan508、印刷482頁で欄外日付を照合。原刊は本文でトレボナ出発に二つの異なる日付を付している。
馬を贈った。旅のためにプラハで買った馬であった。(c)ここで、かの著名なヘルメス哲学者、ハンブルクのハインリヒ・クンラート博士が彼を訪れた。11月16日、彼はそこからシュターデに向かい、デンマークへの大使として赴くエドワード・ダイア氏に会った。ダイアは前年トレボナに来て、博士からエリザベス女王への書簡を持ち帰っていた人である。彼はディー博士の主要な文通相手であり、石を探究する熱心さにおいても博士と同じであった。
注 前頁の文の続き。
続く11月23日、彼はグレイヴズエンドに到着した。イングランドを離れてから6年2か月と2日が過ぎていた。そして12月9日、リッチモンドで女王に拝謁し、親切な歓迎を受けた。
再びモートレイクに住み着くと、女王はしばしばその家を訪れ、あらゆる機会に彼にきわめて丁重に接した。1590年の降誕祭に先立って、その祝祭を営むために200エンジェル金貨を送り、1592年の降誕祭前には100マークを送った。またトマス・キャンディッシュ氏を通じ、錬金術と哲学において望むことを何でも行ってよく、誰にもそれを取り締まらせたり妨げさせたりはしない、と伝えた。おそらく女王の模範にならったのであろう、宮廷のさまざまな貴顕も頻繁に彼と交わり、折に触れて多くの贈り物を送った。その中でもサー・トマス・ジョーンズは、ウェールズにある自らのエムリン城を、すべての便宜を備え、無償で住めるように差し出すという、きわめて高潔な申し出をした。
注 Christmas 1592 は主資料およびGetty同版PDF scan509、印刷483頁で照合。貨幣名 Angels は天使を図柄に持つエンジェル金貨。
宮廷で彼はよい待遇を得ており、女王自身も、授けてほしいものを何か見つけるよう彼に言った。しかし実際に得た昇進は、(d)セント・ポール大聖堂の学監職の授与と、マンチェスターの院長職だけであった。後者の特許状は1595年5月27日に大璽を通過した。1596年2月14日、彼は妻子と家人を伴ってそこに到着し、同20日に就任した。そしてこの院長職にあるうちに死去した。そこでは、その学寮の騒々しいフェローたちにしばしば悩まされるという不幸に見舞われたが、彼は、学識と才知あるすべての学徒から称賛され、その傑出した能力によって記憶されるにふさわしい人であった。
注 日付27 May 1595と14 Feb.1596は主資料とGetty同版PDF scan509、印刷483頁で確認。ディーの死去地・在職については著者の記述をそのまま訳した。
前に述べたとおり、ディー博士がイングランドへ帰った後も、彼とサー・エドワード・ケリーのあいだでは、フランシス・ガーランド氏その他が運ぶ書簡によって文通が続いた。また、サー・エドワードが渡来する見込みもいくらかあり、(e)その兄弟トマス・ケリー氏も博士にその希望を抱かせた。しかしついに、サー・エドワードは皇帝によって厳重な監禁下に置かれた。彼があまりにも不用心かつ公然と秘密を扱ったため、その幸運の分け前にあずかりたいと望む皇帝が、彼の一切の行動に厳しい目を向けるきっかけを与えたからである。けれども皇帝は彼を(f)釈放したらしく、ディー博士はその後12月5日にそれを知らされた。彼は皇帝の寵愛を得始め、その奉仕に迎えられることを期待していた。実際1595年8月の書簡で、そのようにディー博士に伝えている。それにもかかわらず、再び投獄された。そして高い窓から逃げ出そうと、裂いたシーツを結び合わせて身を降ろしたところ、彼は体が重かったため、落下して両脚を折り、それがもとで死去した。〔そのとき上昇点はディレクションによって、緯度を考慮した(g)月の位置に到達していた。月は出生図で第8宮の支配星であり、水瓶座に置かれていた。〕これが彼の死に関する一つの報告である。ほかにも報告はあるが、ディー博士はその死に方について何も述べていない。
注 文は次頁へ続く。占星術的死因解釈は原文の主張。Direction は天体位置を一定の規則で進行させる占星術上の予測法。
c)1589年6月27日
d)1594年12月8日
e)1589年12月23日
f)1593年10月4日
g)出生図を参照
ただ、次のようにあるだけである。「(h)11月25日、サー・E・Kが殺されたとの知らせ」。
注 前頁の文の続き。主資料およびGetty同版PDF scan510、印刷484頁とも日付は25。OCRの24は採らない。
h)1595年
365頁。『父と息子の対話』
この『対話』をその箇所では匿名作品の中に置いたのは、そのときには著者を知らなかったからである。しかし後になって(i)作品の全体に出会い、それが『錬金術師の秘義』と呼ばれるリプリーの著作であり、この断片はただそこから抜き出して別の題をまとわせたものにすぎないことが分かった。読者が比較すれば、すぐにそれを見て取れるはずである。
この作品の幾つかの箇所や、その他の古い作品で意味の通らないところがあることについては、いっそう明るい光が見つからなかった以上、蝋燭の暗さを許していただければと思う。これらは太陽のように幾つかの斑点を持つように見えるかもしれないが、公正な読者なら、それぞれ固有の輝きを欠くわけではないと認めねばなるまい。実のところ、それらを通るある箇所はあまりにも曖昧で暗く、私のたどった道もあまりにも険しく不揃いで、そこに留まれば明白な不評を免れず、そこを離れれば何らかの危険を避けられなかった。そこから持ち帰った発見について、もし自分自身をもっとよく満足させることができたなら、読者をももっと満足させられたに違いないと、私は確信している。しかし、誤りと見えたものを敢えて正そうとはしなかった。それらを研究する労を取る一人一人の判断に任せるほうが、自分の解釈を押しつけるよりよいと思ったからである。私が改訂と考えるものを、他の人は重大な誤りと非難するかもしれない。また、哲学者たちの大多数が、いかなる著作にも手を加えたり変更したりしてはならないと、後代に絶えず厳命してきたことも、常に心に留めている。それゆえ私は、明白な欠陥ではないかと恐れるものについてさえ、彼らの命を最も厳格に守らずにはいられない。そうした哲学者の中でも、次のように同じことを求める、この信用でき、信頼に値する哲学者には、われわれが注意を払う価値がある。
k)ゆえに、慈愛によって、主のために、
誰も私の書いたものから取り去ってはならない、
一語たりとも、また付け加えてもならない。
なぜなら、それをするなら確実に、
私とは無縁な悪意を示すことになるからだ。
私は真実を意図し、狡猾さを意図してはいない。
i)338頁に収録
k)『緑の獅子狩り』
368頁5行。「そしてまた、大いなる勤勉さをもって」
この篇はサー・ジョン・ガワーの作で、その著書(l)『恋する者の告解について』から集められたものである。彼はわれわれのヘルメス哲学者の名簿に載せられており、イングランドの名高い詩人ジェフリー・チョーサーを、この秘義の継承者として迎え入れた人でもある。この小さな断片からも、彼が秘密を完全に理解していたことが分かる。鉱物の石、植物の石、動物の石の性質について忠実な説明を与え、この術は真実であると断言しているからである。
l)第4巻、76葉
この技芸は自然の道に従って営まれる、
ゆえに、そのうちに偽りはない。
また、こうも述べる。
この学術は、それ自体、真実である、
その立脚する形相において。
彼は傑出した詩人であり、(m)『金羊毛』の物語を、ヘルメス哲学者らしく書いた。この哲学的な気風は、彼の著作の他の多くの部分にもたどることができる。彼とチョーサーの最初の知己は、インナー・テンプルで始まった。そこではサー・ジョン・ガワーが法律を学んでおり、チョーサーもフランスから帰国した後、同じ学問の道を進むためにやって来たのである。ピッツによれば、彼は(n)高貴で学識ある人であり、「ほとんどすべての点でジェフリーに似ており、学究のすべてにまったく同じ目的を据えていた」。すなわち、ほとんどあらゆる事柄でジェフリーに似ており、すべての研究に確かに同じ目標を持っていたのである。彼らはほどなく互いの気質の似ていることに気づき、すぐに友情と仕事において結びついた。日々会い、親しく交わり、母語を洗練し磨くことに全力を注いだ。それによって、ローマの雄弁のはっきりした足跡が、われわれの英語の中にも現れるようにしたのである。
注 原文中のラテン語引用と、それに続く著者自身の英訳をそれぞれ訳した。
これは、チョーサーが『トロイルスとクレシダ』を完成した後、ガワーに読んで改めてもらうために送ったことからも分かる。
o)おお、道徳のガワーよ、この書を私は送る、
あなたに、そして哲学のストロードに。
必要なところを、どうか正していただきたい、
あなたがたの親切と善き熱意によって。
確かに、この二人がわれわれの英語に加えた輝きと装飾は、それ以前の誰にも比べられないほどであった。二人は足を踏みそろえ、どちらが祖国により多くの栄誉をもたらすか、愛情をもって競い合った。互いに相手を凌ごうとしながら、相手に凌がれることをも望んでいた。彼らは次の言葉を語った者を、ただ想起させるだけでなく、自ら模倣したのである。
カトーとエンニウスの言葉が、
祖国の言語を豊かにし、事物の新たな
名を生み出したことを。
p)ストウは欄外に、彼は騎士ではなかったと記している。しかし(q)ベイルによれば、彼は「騎士身分の人」、すなわち騎士階級に属していた。またリーランドは、「名高い家系に出自を持った」、すなわち輝かしい血統の出であったと述べている。
彼は(r)サザークのセント・メアリー・オーヴァリー教会の大部分を建てた。そして、親しい伴侶ジェフリー・チョーサーが死によってその胸元から奪い去られると、同教会の聖ヨハネ礼拝堂に、自分の遺体の安息の場を用意し、そこに追善礼拝所を設立した。死去したときは非常な高齢で盲目であり、チョーサーの死後わずか二年を生きたにすぎない。彼のために立派な記念墓が建てられ、その全身像が石に刻まれて、同礼拝堂の
注 文は次頁へ続く。Chauntry は死者のためのミサを営む寄進付き礼拝施設。
m)第5巻
n)573頁
o)『トロイルスとクレシダ』の末尾を参照
p)『ロンドン誌』450葉
q)第7百人集、524頁
r)ストウ『年代記』326頁
注 q) の先頭数字は主画像ではかすれているが、Getty同版PDF scan511、印刷485頁で524と照合。
北側の壁に据えられた。頭髪は赤褐色で肩まで長く、先は巻き上がり、小さな二股の髭がある。頭には、四輪の薔薇の小冠に似た花冠を戴き、足まで届く紫色のダマスク織の衣をまとっている。スペート氏によれば、その色は緑がかっているという。首には、騎士身分の装飾である金のS字章の頸飾りを掛けている。頭の下には、彼が数ある著作の中で編んだ三冊の本の形が置かれている。第一はフランス語で書かれた『瞑想する者の鏡』、第二はラテン語で書かれた『叫ぶ者の声』、第三は英語で著された『恋する者の告解』であり、この最後の書物は1554年3月12日に印刷された。彼の紋章は次のようであった。銀の地に青の山形章、その上に三つの金の豹の頭を配し、舌は赤。二体の天使を盾持ちとし、兜飾りにはタルボット犬を置く。
注 前頁の文の続き。比較資料:Getty同版PDF scan512、印刷486頁で Talbot、書名および1554年3月12日を照合。Armes の紋章用語 Argent/Azure/Or/Gules は銀/青/金/赤と訳した。
その墓碑銘
紋章を負う者の盾も、今やお前に何の守りをも与えない。
包まれた〔身体〕は、万人に課される貢ぎを死に納めた。
霊が、身を脱いで解き放たれたことを喜ばんことを。
そして、徳の王国が汚れなく立てられたところにあらんことを。
注 主資料印刷486頁の拡大画像とGetty同版PDF scan512、印刷486頁を照合。第二行の原刊字形は immolutum と読めるが、通常のラテン語として不審であり、involutum(包まれたもの、身体)に相当する語の誤植の可能性がある。source_text は原刊の読みを保持し、訳文の「包まれた〔身体〕」は文脈に基づく暫定解釈。最後の行は動詞を欠く原文のままで、訳には祈願の意味を補った。
――神がわれわれに、この安らぎの時を与えた。
注 「注解と論考」を締めくくる標語。下の翼ある顔の装飾には文字がない。印刷業者名等を記す別の奥付文はこの頁にはない。
追補訂正と所蔵本の書込み
親切なる読者へ。古語一覧表の一部の冊子にある、印刷者が生じさせた以下の誤りを訂正していただきたい。
B’elt は Blent と読む。Doncle は Doulce。Erve は Erbe。Leah は Lech。Maver は Mazer。Quall は Quell。Libellus〔訂正前の綴りは判読不確実〕は Libellus。Wex は Wax。Weude は Wende。Will は Woll。Wame は Wome。Wanne は Wonne。Waulden は Woulden。
注 r. は read(こう読む)を略した訂正指示。最初の誤植形は、アポストロフィのような印を伴う B’elt と読める。Libellus の訂正前後はこの刷りでは非常によく似ており、違いを確定できない。全十三項目を保持し、推測で異同を補ってはいない。
サミュエル・コーツ〔姓の読みに疑問〕
この本の所有者
西暦1708年〔末尾の数字は9の可能性もある〕
注 この個体固有の手書きの所有者記入で、1652年版の印刷本文ではない。姓は Coates と見えるが Coats の可能性もあり、年の末尾は8と見えるが9の可能性もある。Ano dome は anno Domini の非標準的な略記。上方に孤立した筆跡は言語的な記述ではない。判読には留保がある。
原刊目次
本書所収の各論考と著者名の一覧
『錬金術式次第』、トマス・ノートン、1頁
『錬金術の結成』、ジョージ・リプリー、107頁
『知恵の父』、著者不詳、194頁
『ヘルメスの鳥』、著者不詳、211頁
『聖堂参事会員の従者の話』、ジェフリー・チョーサー、227頁
『ダスティンの夢』、ジョン・ダスティン、257頁
黒衣の修道士ピアースによる霊薬論、269頁
リチャード・カーペンターの著作、275頁
『緑の獅子の狩猟』、エイブラハム・アンドルーズ、278頁
『自然哲学綱要』、トマス・チャーノック、291頁
『謎詩』、トマス・チャーノック、303頁
『ブルームフィールドの花々』、ウィリアム・ブルームフィールド、305頁
エドワード・ケリー卿の著作、324頁
エドワード・ケリー卿からG・S紳士へ、332頁
ジョン・ディー博士の『遺言』、334頁
トマス・ロビンソンによる賢者の石について、335頁
『経験と哲学』、著者不詳、336頁
『大いなる業』、W・B、342頁
匿名作品、すなわち著者不詳のさまざまな著作、334頁および404頁
注 この目次項目の最初の参照頁「334」は原刊の印刷どおり保持した。
ジョン・ガワーによる賢者の石について、368頁
ジョージ・リプリーの『幻視』、374頁
リプリーの巻物に付された詩、375頁
『錬金術師たちの秘義』、380頁
『精髄』への序文、ジョージ・リプリー、389頁
短い著作、ジョージ・リプリー、393頁
『秘密中の秘密』、ジョン・リドゲイト、397頁
『隠者の話』、著者不詳、415頁
石の記述、著者不詳、420頁
ガラス器の据え方など、著者不詳、421頁
『哲学の謎』、W・レドマン、423頁
断片、424頁
難語・廃語・異綴りの語彙表
本書全体で用いられる難解な語、古語、および綴りの誤った語を説明する表
Aの部
Aboven:上に
Abrayde:起き上がった、回復した、飛び起きた
Agone:去った、逃げた
Alconomie:錬金術、化学
Algates:それにもかかわらず、常に、まことに、たった今、まったく
Allevate:高く上げる、持ち上げる
Alle:すべて
Als:また、同じく
Ana:それぞれについて、同じ分量
Anoder:別のもの
Annuelere:世俗の
Appale:衰える
Appearage:現れること
Appetible:望ましい
Askaunce:あたかも、まるで、脇へ
Askys:灰
Auctors:著者たち
注 黒字体の見出し語は通常字体へ転写し、長い s は s とした。Alconomie、Annuelere、Askys の細部には印刷の不鮮明さが残る。
Bの部
Baines:浴
Bale:悲しみ
Balne:マリアの浴〔湯煎〕
Behite または Behoote:約束する
Belive:すぐに
Ben、byn:ある、である
Beyet:生まれた、生み出された
Blent:盲目の、引き返した
Blive:すばやく、喜んで
Bloe:青い
Blynne:やめる
Boote:助け
Bowne:準備のできた
Brast:壊す
Brede:幅
Breve、brevely:簡潔な、短い
Brenning:燃えること
Broder:兄弟
Brwȝt:持ってきた
Burbelcy:泡立つこと
Burgeon:芽
Byforne:前に
Byth:そばに、によって
Bythe:ある、である
注 Beyet、Brwȝt、Burbelcy は黒字体の判読に若干の不確実性がある。Brwȝt の ȝ はヨグと読んだ。
注 補遺正誤表(スキャン511)は B’elt〔引用語の一部不鮮明〕を Blent と訂正する。本葉の該当語は Blent と読んだ。
Cの部
Certes:疑いなく
Cheese:選ぶ
Cheepys:羊の
Cheve:栄える
Chorle:奴隷、田舎者
Chrystis:キリストの
Chyte:叱る
Clatter:口げんかする
Clapp:むだ口をたたく
Clot leafe:バルダナ、すなわち大きなゴボウの葉
Clypses:食〔日食・月食〕
Coart:強いる
Convenable:適切な
Coude:できた
Couthe:完全に知る
Cowlys:修道士の頭巾
Crop:頂
Croslets:坩堝
注 Couthe の定義の句読法は原文どおりで、意味の並びも変更していない。
Dの部
Debonair:人間味のある、礼儀正しい、おとなしい、
注 定義は次のスキャンへ続く。下端の humble は次葉の冒頭語を示すキャッチワードなので重複転写しない。
謙虚な、穏やかな
Delen:分け与える
Demyd、demeth:判断した
Denigrate:黒くする
Depured:清められた
Derke:暗い
Discever:費やす
Dight:準備された、扱われた、用いられた
Dole:悲しむ、悲しみ
Done:する
Doulce〔原文 Doncle〕、douce:甘い、優しい
Draff:汚物
注 冒頭は前葉の Debonair の定義の続き。Discever の黒字体には若干の判読不確実性がある。
注 補遺正誤表(スキャン511)により Doncle は Doulce と訂正。source_text は本葉の印刷形を保持し、和訳の見出しで訂正形を示した。
Eの部
Emprisse:企て、様式、秩序
Engluting:塞ぐこと
Engine:知恵、工夫
Er:まで
Erbe〔原文 Erve〕:草、薬草
Erst:真剣な
Essell:酢
Every eche:一人一人、どれもみな
Eyre:怒り
注 補遺正誤表(スキャン511)により Erve は Erbe と訂正。
Fの部
Fader:父
Fagg and faine:口先で取り繕い、おもねる
Fals:偽りの
Fallacie:欺き
Fanels:旗、風見
Fastiely:しっかりと
Faute:不足、欠乏
Fay:真実
Fayne:喜んでいる
Febis:ポイボス
Fecis:沈殿物、かす
Federis:羽
Fet:取ってきた
Fende:悪魔
Ferle:奇妙な
Feynem:ふりをする
Flewme:粘液
Foemen:敵たち
Foltish、fullich:十分に
Folys:愚か者たち
Foyson:豊富
Frape:一団、群衆
Frigh:果実
Frist:最初の
Frore:凍った
Fructuous:実り豊かな
Fychys:魚
注 Phæbus は原文の綴り。Feynem、Foltish、Frist、Fychys の黒字体には判読不確実性がある。
Gの部
Gafe:与えた
Gayer:より華やかな、より立派な
Geason:珍しい、まれな
Goude:よい
Gownds:長衣
Gleire:白い
Goodleech:親切な、配慮のある
Growyth:育つ
Guerdon:報酬
Gyse:仕方
Gynns:わな
注 Goodleech の末尾の黒字体は不鮮明。
Hの部
Halse:首
Hallow:空洞の
Haunt:用いる
Hause:抱く
Hawbergeon:鎖帷子
Height:呼ばれた
Hem:彼らを
Hende:穏やかな
Henting:捕まえること
Hirdy deed:大胆な行為
Hernes:谷、隅
Hert:心
Hestys:意志、約束、命令
Heyle:健康
Heyne:労働者、苦役に従う者
Hing:共につながる
Hole:全体の
Hos:だれであれ
Hyr:彼らの
Hyt:それ
注 Hirdy deed の第一語の母音、および Heyne の綴りには若干の判読不確実性がある。Hart は原文の綴りだが、Hert の定義として「心」と解した。
I.の部
Jape:冗談。ただし誤用によって、よりみだらな意味へと転じている
I cleped:呼ばれた
Ich:私
I deale:干渉する、手を出す
Iette:工夫、仕掛け
Ilke:同じ
I lyche:同様に
Ingine:知恵、工夫
I now:十分な
I not:私は知らない
Intreate:扱う
Interdite:禁じられた
Iren:鉄
I take:取られた
I wys:まことに
Iyfe:もし
注 Iette、Iyfe の黒字体の綴りはやや不確実。
K.の部
Kele:冷やす
Keepe:気遣い
Ken:知る
Kid:知らされた
Kidles、Kindles:すなわち胎児、幼いもの
Kythe:知らされた、示す、知らせる
L.の部
Latt:妨げる、邪魔する
Lawde:称賛
Lader:むしろ
Laurer:月桂樹
Lay:法、歌
Cease your Lay:口をつぐめ
Laysir:暇
Leare:学ぶ
Leasings:嘘
Leese:失う
Lech〔原文 Leah〕:外科医
Lefe:残された
Leife:いとしい
Leman:妾
Lente:穏やかな
Lettrure:学問の書
Lewde:無知な
Lewys:葉
Lexer:エリクサー〔霊薬〕
Lyken:好む
Lite:小さい
Lith:柔らかな、しなやかな
Longyth:属する
Lossells:ずる賢い連中
Losen、lesyth:失う
Lore:失われた
Lore:教え、学問、知識
Loef:愛
Loute:ひざまずく、敬う
Lyche:似た
Lygg:横たわる
Lysten:好む、喜ばせる
Lyvelode:生計
注 Laysir、Lefe、Lettrure の細かな黒字体には判読不確実性がある。loose は原文の綴りで、Leese の意味として「失う」とした。
注 補遺正誤表(スキャン511)により Leah は Lech と訂正。
M.の部
Maden:作った
Malison:呪い
Maugre:悪意、侮り
Mazer〔原文 Maver〕:幅広い飲み鉢
Mede:分け与える、報酬、助け
Medled:混ぜる
Meger:痩せた
Mele:関わる、干渉する
Menge:混ぜる
Merds:糞
Mere:陽気な
Meveth:動く
Micle:多くの
Mo:もっと多く
Moder:母
Mollock:土、糞
Mote:行かなければならない
Mought、mowhte:できた、かもしれない
注 mowhte の黒字体はやや不確実。
注 補遺正誤表(スキャン511)により Maver は Mazer と訂正。
Nの部
Nas:なかった
Nathylesse:それにもかかわらず
Ne:ない
Nere:なかった
Nemne:名づける
Neshe:柔らかな
Wilde Nepe:キャットミント
Nis:ではない
Nones:状態、目的
Nold、nolde:できなかった
N owbelson:ローズ・ノーブル金貨
Nowther:どちらもない
Nye:ではない
Nythe:近い
注 Nemne、N owbelson、Nye、Nythe は黒字体の判読が不確実。N owbelson の語中空白は印刷の見え方に合わせた。
Oの部
Oder、odther:他の
Oft sythes:すべきである
Onyctyne:縞瑪瑙
Ornate:飾られた
Outwys:立ち去る、分ける
Owthys:すべきである
注 Oft sythes、Onyctyne の字形は不確実。Oft sythes は定義と語形の対応にも疑問があるが、原文の語義を変更していない。
Pの部
Panter:落とし穴
Parde:まことに
Parfite:完全な
Paulkners:財布
Plesaunce:喜び
Plyte:状態
Plyght:変えられた、捕まえられた
Pome-gryse:斑のある灰色
Porpheries:赤の混じった大理石
Poyetes:詩人たち
Prease:服従
Prefe-preve:証明
Preked:速く馬で走った
Prebitie:秘密
Prolle:物を探してうろつく
Prawe:利益、名誉
Pyght:投じられた、据えられた、支えられた
注 Paulkners、Prefe-preve、Prebitie、Prawe は黒字体の細部が不確実。
Qの部
Queinte:奇妙な
Quell〔原文 Quall〕:打ち砕く、破壊する
Quyte:報いる
注 補遺正誤表(スキャン511)により Quall は Quell と訂正。
Rの部
Rache:小さな雑種犬
Rad:読む
Ragounce:ある種の宝石
Rath:すばやく
Recorden:記録する
Recure:回復する
Rede:意味
Rede:助け、助言、言葉、技芸
By Rewe:順序どおりに
Ribaudry:みだらな言行
Ryghtfull:正しい
Rowe:醜く、血なまぐさく
Rowne:ささやく
Rufe:赤い
Rumbled:音を立てた
Ruth:嘆き
Ryfe:頻繁な
Ryve:引き裂く
注 主底本で損傷している三つの見出し語を、同じ1652年版のGetty Research Institute所蔵本(別PDF第518頁)で照合し、Rowe、Rowne、Rufe と補った。定義は主底本でも読める。
Sの部
Salew:敬う
Samples:種類
Sans peere:比類のない
Sawter:詩篇集
Scolys:学校
Schalt:するだろう
Sche:彼女
Schould:すべきである
Schrevy:告解を聴き、罪を赦す
Scuche:そのような
Sech、seken:探す
Secree:秘密の
Seld:めったにない
Sembleabyl:似た
Sewend:続く
Shene、schine:輝く
Shent:害を受けた、汚染された
Shrewes:不運
Shrap:掻く
Sith:ほどなく
Slotlyche:だらしない
Slyped:磨き上げられた
Some dele:いくらか、何か
Soote:甘い、心地よい
Soethfastly、insooth:真に、真実
Sours:泉
Spray:小枝、枝
Spurred:尋ねる
Squames:鱗
Stabill:安定した
Stante:立つ
Steven、Stefen:音、また時
Stillatorie:蒸留器
Stounde:時、瞬間、沈鬱
Strande:岸
Stynt:やめる、緩める
Substray:差し引く
Succended:燃え上がった
Suffren:耐える
Suster:姉妹
Swete:甘い、心地よい
Sym:いくらか
注 Schrevy、Soethfastly、Substray の黒字体には若干の不確実性がある。
Swych:そのような
Swynke:労苦
Swythe:すばやく
Syker ynow:十分に確かな
Sykerley:確かに、しっかりと
Syken:確かな
注 Syken の末字には判読不確実性がある。
Tの部
Tallages:支払い、関税、税
Taunte:非難を込めた叱責
Temps:時
Tente:注意
Teyne:金属の鋳塊
Test:金を試金するための器具
Tho:〜ではあるが、いくらか
Threpe:断言する
Titled:表題を付した
Toder:他方の
Tofore:以前に
Togedur:共に
Trenete:三位一体
Tristy:悲しい
Trowe:信頼する
Trowys:思う、推測する
Trusten:信頼
Twayne:二つ
A Twin:二つに分けられた、分離した
Twenes:曲、調べ
Twifolde:二重の
Tyte:見栄えのよい
注 Tho の語義は原文のまま二つとして訳した。Tente、Trenete、Tristy、Twifolde の字形に軽微な不確実性がある。
Vの部
Vade:しおれる
Vere:春
Unbound:解き放たれた
Uncoud、uncouth:奇妙な
Underfongeth:引き受ける
Unnethe:ほとんどない
Unwitt、unwitting:知られていない
Upyelych:熱心に、心から
注 Upyelych の見出し語の綴りは不確実。
Wの部
Walken:歩く
Warke:仕事
Wastle bread:libellus、上等なシムネルパン
Wax〔原文 Wex〕、Wex:増す
Werish:水っぽい
Weene:思い、疑い
Weening:考えること
Wellid:起こる、湧き出る
Wende〔原文 Weude〕:行く
Wit:理解
Werne:あった
Whilome:以前に、時々
Wile:欺き
Wist:知られた
Woll〔原文 Wall〕:意志、〜するつもりである
Wome〔原文 Wame〕:腹
Wonne〔原文 Wanne〕:住む、豊富
Woode:作られた
Woorche、woorchen:働く
Wolbig:考えること、判断すること
Woks:あった
Woulden〔原文 Waulden〕:〜するつもりだった
Wreach、wreake:復讐、怒り
Wrenches:わな
Wrighten:書かれた
Wych:どれ、〜するところの
注 Wastle bread のラテン語様の語は libellus と読めるが意味が通りにくいため訳語を補わず保持した。Wex の二重表記、Woode の定義 made は原文の見え方を保持した。Wanne、Wolbig、Woks の黒字体は不確実。
注 補遺正誤表(スキャン511)は Wex→Wax、Weude→Wende、Will→Woll、Wame→Wome、Wanne→Wonne、Waulden→Woulden を指定する。和訳の見出しに訂正形を示した。Will の引用に当たる本葉の語は Wall と見えるため、source_text ではこの読みを保持した。
注 補遺正誤表(スキャン511)の Libell- という語の訂正では、新旧の末尾活字を確実に区別できない。訂正後は Libellus と読める。本葉の libellus という転写を維持し、推測で別の語へ改めていない。
Yの部
Ybore:生まれた
Ydo:留まった
Yef、Yeave、gef:与える
Yefet:取ってきた
Yern:鉄
Yllumine:照らす、啓発する
Ynawe:十分な
Ynde:インド
Yode、yede:行った
Yre:以前に
Ythe:栄える
Yvel:満足した
注 Ynawe、Yvel の黒字体には若干の判読不確実性がある。
終わり
原刊正誤表
熱心な読者には、本書に紛れ込んだ誤りを訂正していただきたい。そのうち最も重要なものを以下に掲げる。
2頁19行:nolunt と読む
21頁4行:like a と読む
同5行:did と読む
同25行:was a と読む
22頁19行:scan と読む
30頁22行:parte と読む
32頁7行:the Motion と読む
37頁12行:Troy を trie と読む
45頁17行:his と読む
46頁17行:I を削除する
同33行:ultimum と読む
56頁7行:made と読む
63頁19行:know と読む
66頁14行:is と読む
74頁4行:unctuous と読む
77頁13行:When を Till と読む
注 原文の pag./p. は頁、l. は行、r. は read(〜と読む)、dele は削除を意味する。同頁に属する行番号を和訳では「同」と明示した。
注 22頁の scan および66頁の is は活字が密着して読み取りにくい。訂正対象本文(22頁19行の can、66頁14行の it)とも照合してこの読みを採った。
注 逐次表示のため原文の連続組を項目ごとに改行し、語末の改行用ハイフンを除いた。
103頁1行:call を削除する
140頁16行:moving と読む
146頁3行:certainely と読む
同13行:with と読む
150頁1行:principle と読む
同6行:noe と読む
151頁14行:and our red と読む
168頁1・8・17行:Imbibitions と読む
170頁16行:leaves と読む
200頁15行:Philosophy と読む
201頁2行:Coyne と読む
213頁10行:Iudicum と読む
215頁14行:amerous と読む
220頁8・30行:Ragounce と読む
223頁29行:Tawte ythe と読む
224頁12行:Three と読む
226頁1行:recomaund と読む
227頁16行:unneth might と読む
注 168頁の行表示は l.1.8. & 17 と読めるため、1・8・17行とした。
注 223頁の訂正語 Tawte ythe の第一語、および227頁 unneth の文字列は不鮮明で、この転写には不確実性がある。
228頁12行:Were と読む
同24行:friend と読む
229頁2行:couthe と読む
230頁10行:nil と読む
234頁18行:papere と読む
同28行:crude と読む
235頁1行:Ascention と読む
同2行:fixe と読む
240頁17行:rave と読む
240頁31行の後:Though it as great were as Ninive と読む〔「たとえそれがニネヴェほど大きくとも」〕
241頁7行:commune と読む
同9行:feinde と読む
同10行:begiled と読む
242頁16行:lene と読む
同18行:leneth と読む
243頁2行:fallen と読む
同24行:couthe と読む
245頁5行:three と読む
同15行:Christ と読む
注 242頁18行 leneth の末字はインクのかすれがある。原文の VV は和訳では W として表示した。
267頁14行:After と読む
同15行:To と読む
308頁3行:wardes と読む
309頁1行:There と読む
312頁34行:an と読む
317頁16行:others と読む
343頁17行:exiguum と読む
360頁33行:If men と読む
367頁16行:Fier と読む
383頁24行:lyfe と読む
416頁2行:not と読む
同3行:Palace と読む
同5行:went と読む
418頁26行:solutive と読む
423頁20行:Redman と読む
432頁25行:mineralibus と読む
448頁29行:gratis と読む
449頁17行:knew と読む
455頁5行:omitting と読む
458頁2行:in his と読む
459頁18行:rythmicum と読む
467頁39行:dejected と読む
465頁13行:Vinculum と読む
478頁7行:after Charnock と読む
同25行:at を a と読む
480頁44行:unitatis と読む
注 主底本の432頁の訂正語末は汚損しているが、同年版Getty本の正誤表(PDF520頁)と対象本文432頁により mineralibus と確定できる。
注 448頁 gratis の末尾、および458頁 in his の第二語はかすれている。前者は対象本文のラテン語副詞と照合し、後者は字形から読んだ。
注 467頁の後に465頁が来る順序、および rythmicum の綴りを原文どおり保持した。
注 478頁7行は after Charnock の語句への訂正と解し、単に Charnock の後に何かを挿入する指示とは解していない。
図版と出典
1652年刊本の原図(PDF第7頁)(本文の図版)
Public domain historical printed image; facsimile from Internet Archive/Francis A. Countway Library of Medicine.
1652年刊本の原図(PDF第34頁)(本文の図版)
Public domain historical printed image; facsimile from Internet Archive/Francis A. Countway Library of Medicine.
1652年刊本の原図(PDF第50頁)(本文の図版)
Public domain historical printed image; facsimile from Internet Archive/Francis A. Countway Library of Medicine.
1652年刊本の原図(PDF第66頁)(本文の図版)
Public domain historical printed image; facsimile from Internet Archive/Francis A. Countway Library of Medicine.
1652年刊本の原図(PDF第73頁)(本文の図版)
Public domain historical printed image; facsimile from Internet Archive/Francis A. Countway Library of Medicine.
1652年刊本の原図(PDF第113頁)(本文の図版)
Public domain historical printed image; facsimile from Internet Archive/Francis A. Countway Library of Medicine.
1652年刊本の原図(PDF第124頁)(本文の図版)
Public domain historical printed image; facsimile from Internet Archive/Francis A. Countway Library of Medicine.
リプリーの十二門の円環図 1652年版別個体の完全な折込図(Science History Institute所蔵)(本文の図版)
Public Domain Mark 1.0; Courtesy of Science History Institute
1652年刊本の原図(PDF第234頁)(本文の図版)
Public domain historical printed image; facsimile from Internet Archive/Francis A. Countway Library of Medicine.
1652年刊本の原図(PDF第236頁)(本文の図版)
Public domain historical printed image; facsimile from Internet Archive/Francis A. Countway Library of Medicine.
1652年刊本の原図(PDF第237頁)(本文の図版)
Public domain historical printed image; facsimile from Internet Archive/Francis A. Countway Library of Medicine.
1652年刊本の原図(PDF第250頁)(本文の図版)
Public domain historical printed image; facsimile from Internet Archive/Francis A. Countway Library of Medicine.
1652年刊本の原図(PDF第372頁)(本文の図版)
Public domain historical printed image; facsimile from Internet Archive/Francis A. Countway Library of Medicine.
1652年刊本の原図(PDF第374頁)(本文の図版)
Public domain historical printed image; facsimile from Internet Archive/Francis A. Countway Library of Medicine.
1652年刊本の原図(PDF第403頁)(本文の図版)
Public domain historical printed image; facsimile from Internet Archive/Francis A. Countway Library of Medicine.
1652年刊本の原図(PDF第503頁)(本文の図版)
Public domain historical printed image; facsimile from Internet Archive/Francis A. Countway Library of Medicine.
原刊の注解部に先行するT・クロスの錬金術寓意図(1652年版Getty所蔵本による補完)(本文の図版)
Public domain historical printed image; facsimile from Internet Archive/Getty Research Institute.