論語(簡易)
儒教
訳者一言 10個ぐらい守るだけでとんでもなく評価される首相になれる。いや、ほんとに。 諸事情により孔子曰く~というくだりを全部抜かして内容だけ抜き出している。 1-1 学んだことを折にふれて復習するのは、うれしいものだ。友が遠方から訪ねてくるのも、また楽しい。人に理解されなくても腹を立てない――それが君子だ。 1-2 親に孝行し兄を敬う人で、目上に逆らうのが好きな者はめったにいない。目上に逆らわない者が、乱を起こすのを好むこともない。君子は土台を大事にする。土台が固まれば道はおのずと開ける。孝と弟こそ、仁の根本ではないか。 1-3 言葉巧みに取り繕い、愛想よく見せる人に、仁は少ない。 1-4 私は毎日、三つの点で自分を省みる。人のために考えをめぐらせて誠実だったか。友人との付き合いで信義を欠かなかったか。教えられたことを復習しなかったのではないか。 1-5 大国を治めるなら、仕事をおろそかにせず信頼を守り、出費を控えて人をいたわり、民を使うときは時期を選べ。 1-6 若者は家では親に孝行し、外では年長者を敬え。慎み深く、約束を守り、人々を広く思いやり、仁に近づけ。やるべきことを果たして余力があるなら、学問や教養を学べ。 1-7 立派な人を立派だと思って大切にし、色欲にとらわれない。親には力の限り尽くし、君主には身を捧げ、友には言葉に信を置く。たとえ本人が学んでいないと言っても、私は学び終えていると言うだろう。 1-8 君子は落ち着きと重みがなければ威厳が立たない。学んでも独りよがりに固まってはいけない。拠り所は誠実さと信義だ。自分より劣る相手ばかりを友にするな。過ちがあれば、ためらわず改めよ。 1-9 葬礼を丁寧にし、祖先を敬って遠い過去をたどれば、人々の心は自然と厚くなる。 1-10 先生はどの国に行っても、必ず政治の話を聞きますよね。自分から求めるのですか、それとも向こうから語られるのですか。 1-11 先生は温厚で誠実、礼儀正しく倹約で、しかも譲る。だから自然に話が入ってくるのです。先生の求め方は、ふつうの人の求め方とは違うのでしょう。 1-12 父が生きているうちはその志を見よ。父が亡くなったら、その行いを見よ。三年のあいだ父のやり方を変えないなら、孝行と言ってよい。 1-13 礼の働きで最も大事なのは調和だ。昔の王の道の美しさもそこにあり、大小の事はそれに従う。ただし何でも調和だけで押し通せばよいわけではない。礼で節度をつけなければ、調和も成り立たない。 1-14 信義が正しさに近ければ、言葉は守れる。うやまいが礼にかなっていれば、恥を遠ざけられる。頼るべきところが身内を外さないなら、よりどころにもなる。 1-15 君子は食に満腹を求めず、住まいに安楽を求めない。やるべきことには機敏で、言葉には慎重だ。道ある人に近づいて自分を正す。これを学び好きと言う。 1-16 貧しくてもへつらわず、富んでも驕らない――それはどうでしょう。 1-17 悪くない。ただ、貧しくても楽しみ、富んでも礼を好むのには及ばない。 1-18 『詩経』に「切して磋し、琢いて磨く」とありますが、まさにそういうことですか。 1-19 賜よ、これで君と『詩経』を語れる。こちらが過去を示せば、先を読み取るのだから。 1-20 人に理解されないことを心配するな。心配すべきは、こちらが人を理解できていないことだ。 2-1 徳で政治を行えば、北極星のように定位置にあっても、星々が自然とそれをめぐる。 2-2 『詩経』三百篇を一言で言えば、心がまっすぐでよこしまがない、ということだ。 2-3 法や罰で導けば、人は罰を逃れるだけで恥を知らない。徳と礼で導けば、恥を知り、自ら正す。 2-4 十五で学問を志し、三十で自立し、四十で迷いがなくなった。五十で天命を知り、六十で人の言葉が素直に耳に入るようになった。七十では、心のままにしても道を踏み外さなくなった。 2-5 逆らわないことです。 2-6 孟孫が孝を私に問うたので、『逆らわないことだ』と答えた。 2-7 それはどういう意味ですか。 2-8 生きているうちは礼をもって仕え、亡くなったら礼をもって葬り、礼をもって祭る。 2-9 親に心配をかけるのは、自分の病気くらいにしておけ。 2-10 今の孝行は『養えること』だと言うが、犬や馬だって飼える。敬いがなければ、何が違うのか。 2-11 難しいのは表情だ。用事があれば若者が労を引き受け、酒食があれば年長者に先に出す。それで孝行と言えるのか。 2-12 回と一日中話しても、反論せず愚鈍に見える。だが後で彼のふだんの言動を見れば、十分に理解している。回は愚かではない。 2-13 何を目的にし、どんな道筋で、何に安んじているかを見る。人はどうして隠せようか、どうして隠せようか。 2-14 昔学んだことを温め直して新しい理解を得る。そういう人は師となれる。 2-15 君子は器のように用途が一つに決まった存在ではない。 2-16 まず言葉どおりに実行し、あとからその言葉を語る。 2-17 君子は広く付き合うが徒党は組まない。小人は徒党を組むが広くはない。 2-18 学ぶだけで考えなければ身につかない。考えるだけで学ばなければ危うい。 2-19 異端にこだわって掘り下げるのは、害になるだけだ。 2-20 由よ、知るとは何かを教えよう。知っていることは知っている、不知なら不知だとする――それが知だ。 2-21 よく聞いて疑わしいところは保留し、残りを慎重に語れば過ちが少ない。よく見て危ういところは保留し、残りを慎重に行えば後悔が少ない。言葉の過ちが少なく行いの後悔が少なければ、禄はその中にある。 2-22 どうすれば民は従うのか。 2-23 まっすぐな人を登用して曲がった者の上に置けば、民は従う。曲がった者を登用してまっすぐな人の上に置けば、従わない。 2-24 民に敬いと忠義を持たせ、励ませるにはどうすればよいか。 2-25 威厳をもって臨めば敬う。親に孝で慈しめば忠が生まれる。善い者を取り立て、できない者を教えれば励む。 2-26 なぜ政治に携わらないのですか。 2-27 『書』にはこうある。孝を尽くし、兄弟に友愛を示し、それを政治に及ぼせ。これもまた政治だ。なぜわざわざ政治をする必要があるのか。 2-28 人に信義がなければ、やっていけるかどうか分からない。大車に肝心の横木がなく、小車に要の部品がなければ、どうやって走るのか。 2-29 十代先のことまで知れるのですか。 2-30 殷は夏の礼を受け継ぎ、何を減らし何を加えたかは推し量れる。周は殷の礼を受け継ぎ、その増減も推し量れる。周に続く者も、百代先まで推し量れる。 2-31 自分とは縁のない霊に祭るのはへつらいだ。正しいと分かっていて行わないのは、勇気がない。 3-1 八佾の舞を庭でやらせるとは。これを許すなら、何が許せないというのか。 3-2 「諸侯は威厳を備え、天子はおごそかだ」という。なぜそれを三家の堂で歌うのか。 3-3 仁がなければ、礼をどうする。仁がなければ、音楽をどうする。 3-4 いい質問だ。礼はぜいたくより質素がよい。葬儀は形だけよりも哀しみがある方がよい。 3-5 夷狄にだって君主はいるのに、華夏ではそれが失われている。 3-6-1 止められなかったのか。 3-6-2 できませんでした。 3-6-3 ああ。私が泰山が林放より劣ると言ったことがあったか。 3-7 君子は争わない。争うとすれば弓射くらいだ。互いに礼を尽くして上がり、終われば降りて酒を酌み交わす。争っても君子らしい。 3-8-1 「愛らしい笑み、涼やかな目、白い地に鮮やかな彩り」とは、どういう意味ですか。 3-8-2 絵は白い下地があってこそ。 3-8-3 礼もまた、その後に備わるものですか。 3-8-4 私の考えを引き出してくれたのは商だ。これで君と『詩経』を語れる。 3-9 夏の礼については語れるが、杞には裏づけが足りない。殷の礼についても語れるが、宋には裏づけが足りない。文献が不足しているからだ。十分にあれば、私が確かめられるのに。 3-10 禘祭は、灌(そそぎ)の儀が済んでから先は、私は見たくない。 3-11-1 禘祭とは? 3-11-2 分からない。それが分かる者なら、天下を治めるのも手のひらを示すように明らかだろう。 3-12 私が祭りに参加しないなら、祭ったのと同じにはならない。 3-13-1 「奥に媚びるより、かまどに媚びよ」とは、どういう意味ですか。 3-13-2 そうではない。天に罪を得れば、祈る先などない。 3-14 周は二代(夏・殷)を手本にして、文物が見事だ。私は周に従う。 3-15-1 誰が、鄹の人の子は礼を知っていると言ったのか。太廟に入ると、何事もいちいち尋ねていたではないか。 3-15-2 それが礼だ。 3-16 射は的の皮を破ることを目標にしない。力に差があるからだ。これが古のやり方だ。 3-17 賜よ、君はその羊が惜しいのだろうが、私はその礼が惜しい。 3-18 君に礼を尽くして仕えると、人はへつらいだと思う。 3-19-1 君主は臣下をどう使い、臣下は君主にどう仕えるべきか。 3-19-2 君主は礼をもって臣下を用い、臣下は忠をもって君主に仕える。 3-20 「関雎」は、楽しくてもみだらにならず、哀しくても心を傷つけすぎない。 3-21-1 夏は松、殷は柏、周は栗を用いた。「民を戦慄させるためだ」と言う。 3-21-2 済んだことは語らず、進んでしまったことは諫めず、過ぎ去ったことは責めない。 3-22-1 管仲は器が小さい。 3-22-2 管仲は倹約だったのか。 3-22-3 管氏は妻を三人もめとり、役所の仕事も兼務しなかった。これで倹約と言えるか。では、管仲は礼を知っていたのか。 3-22-4 諸侯は門に塞門を立てるが、管氏も塞門を立てた。諸侯が他国の君主をもてなすときに反坫を置くが、管氏も反坫を置いた。管氏が礼を知るというなら、礼を知らない者などいるのか。 3-23 音楽のことなら分かる。始まりは一斉に立ち上がるように盛り上がり、続いて調和が保たれ、澄みわたり、途切れずに流れて、ひとまとまりになって終わる。 3-24-1 君子がここに来ると、私はいつも必ず会えた。 3-24-2 諸君、どうして官職を失ったことを心配するのか。天下は道を失って久しい。天は先生を世に告げる木鐸とするのだ。 3-25-1 美しさも極まっているし、善さも極まっている。 3-25-2 美しさは極まっているが、善さはまだ極まりきっていない。 3-26 上に立って寛大でなく、礼を行っても敬いがなく、喪に臨んでも哀しみがない。そんな人を何で見極められようか。 4-1 仁のあるところに身を置くのがいちばんいい。仁に身を置かないで、どうして知者でいられるのか。 4-2 仁のない者は、貧しさにも長く耐えられず、安楽にも長く耐えられない。仁ある者は仁に安んじ、賢い者は仁の価値を知ってそれを選び取る。 4-3 仁ある者だけが、人を正しく好み、正しく憎むことができる。 4-4 本気で仁を志せば、私怨はなくなる。 4-5 富や地位は誰もが欲しがるが、正しい道で得ないなら持つべきではない。貧しさや卑しさは誰もが嫌うが、正しい道のままなら捨てようとするな。君子が仁を捨てて、どうして名を立てられるのか。君子は一食の間といえど仁を離れない。とっさの時も、転んで倒れる時も、必ず仁に拠る。 4-6 仁を好む人、仁のないことを憎む人を、私はまだ見たことがない。仁を好む人は、それ以上望むものがない。仁のないことを憎む人は、不仁が自分に及ばないようにする。たった一日でも、力のすべてを仁に向けられる人はいるだろうか。力が足りない人は見たことがない。いるのかもしれないが、私は見ていない。 4-7 人の過ちは、その人の属するところによって違う。過ちを見れば、その人の仁の有無が分かる。 4-8 朝に道を聞けるなら、夕方に死んでも悔いはない。 4-9 道を志すと言いながら、粗末な衣食を恥じるようでは、議論する相手にならない。 4-10 君子は天下に対して、これと決めつけもしないし、これだけは嫌だとも決めない。拠り所は義だ。 4-11 君子は徳を思い、小人は土地を思う。君子は法を思い、小人は恩恵を思う。 4-12 利を放って行動すれば、怨みを買うことが多い。 4-13 礼と譲り合いで国を治められるなら、何が難しいというのか。礼と譲り合いで治められないなら、礼は何の役に立つのか。 4-14 地位がないことを嘆くな。立つための土台を嘆け。誰にも知られないことを嘆くな。知られるに足る人になろうとせよ。 4-15-1 参よ、私の道は一つの筋で貫かれている。 4-15-2 はい。 4-15-3 どういう意味ですか。 4-15-4 先生の道は、誠実さと思いやり、それだけです。 4-16 君子は義をもって物事を理解し、小人は利をもって理解する。 4-17 立派な人を見たら、あの人に並ぼうと思え。そうでない人を見たら、自分の内を省みよ。 4-18 親に仕えるときは、やんわりと諫めよ。聞き入れられなくても、敬意を失わず、背かず、骨を折っても恨まない。 4-19 親が健在なら、遠くへ旅立つな。旅するなら行き先を定めておけ。 4-20 三年間、父のやり方を変えないなら、孝行と言ってよい。 4-21 親の年齢は知らずにいられない。喜びでもあり、また恐れでもある。 4-22 昔の人は軽々しく言葉にしなかった。自分の実行が追いつかないのを恥じたからだ。 4-23 節度をもって外す者は少ない。 4-24 君子は言葉は控えめに、行いは素早くありたい。 4-25 徳は孤立しない。必ず隣人ができる。 4-26 君に仕えるのに度が過ぎれば辱めを受ける。友に対して度が過ぎれば疎遠になる。 5-1 妻にしてよい。たとえ牢につながれていても、あれは罪があってのことではない。 5-2 国に道があれば取り立てられ、道がなければ刑罰を免れた。 5-3 なんと君子らしい人だろう。魯に君子がいないというなら、この人はどこで君子を身につけたのか。 5-4-1 賜よ、お前はどうだ。 5-4-2 お前は器だ。 5-4-3 どんな器ですか。 5-4-4 瑚璉だ。 5-5-1 雍は仁があるが、口が立たない。 5-5-2 口達者が何の役に立つ。言いくるめる者は人に憎まれやすい。仁があるかどうかは知らないが、口達者など要るか。 5-6 私はそれをまだ信じられない。 5-7-1 道が行われないなら、いかだに乗って海に浮かぼう。ついて来るのは、きっと由だろうな。 5-7-2 由は私より勇を好みすぎるが、使いどころがない。 5-8-1 子路は仁か。 5-8-2 分からない。 5-8-3 由なら、千乗の国の税を任せられる。しかし仁があるかどうかは分からない。 5-8-4 求はどうだ。 5-8-5 求なら、千戸の邑、百乗の家で宰をさせられる。しかし仁があるかどうかは分からない。 5-8-6 赤はどうだ。 5-8-7 赤なら、朝廷で正装して立ち、賓客の応対をさせられる。しかし仁があるかどうかは分からない。 5-9-1 お前と回とでは、どちらが勝る。 5-9-2 賜はどうして回に及べましょう。回は一を聞いて十を知りますが、賜は一を聞いて二を知るだけです。 5-9-3 及ばない。私もお前も、及ばない。 5-10-1 腐った木は彫れず、糞土の壁は塗れない。あれを責めてどうする。 5-10-2 昔は人を、言葉を聞いて行いを信じた。今は言葉を聞いて、行いを見て判断する。私がこう改めたのも、あの件があったからだ。 5-11-1 私は真に剛い者を見たことがない。 5-11-2 申棖のことです。 5-11-3 棖は欲が深い。どうして剛くいられようか。 5-12-1 私は人から押しつけられたくない。だから私も人に押しつけたくない。 5-12-2 賜よ、それはお前にはまだ及ばない。 5-13 先生の文章や礼楽は聞けるが、先生が語る性と天の道は、聞けない。 5-14 子路は何かを聞くと、まだ実行できないうちから、次を聞くのを恐れた。 5-15-1 孔文子は、なぜ『文』と呼ばれるのか。 5-15-2 聡く学びを好み、身分の低い者に問うことを恥じなかった。だから『文』と呼ばれる。 5-16 君子の道は四つある。身の処し方は恭しく、上に仕えるのは敬い、民を養うのは恵み、民を使うのは義にかなう。 5-17 晏平仲は人と交わるのがうまい。付き合いが長くなっても、なお敬意を失わない。 5-18 臧文仲は蔡に住んでいながら、山の飾りのある斗栱や彩色した棟木を用いた。あれで賢いと言えるのか。 5-19-1 子文は三度令尹となっても喜色なく、三度退けられても怒りがなかった。前任の政を必ず後任に告げた。どうだ。 5-19-2 忠だ。 5-19-3 仁か。 5-19-4 分からない。どうして仁と言えるだろう。 5-19-5 崔子が斉の君主を弑すると、陳文子は馬十乗の財を捨てて去った。別の国に行くと「うちの大夫は崔子と同じだ」と言ってまた去り、さらに別の国でも同じことを言って去った。どうだ。 5-19-6 清い。 5-19-7 仁か。 5-19-8 分からない。どうして仁と言えるだろう。 5-20 もう一度で、十分だ。 5-21 甯武子は、国に道があれば賢く、道がなければ愚を装う。その賢さには及べても、その愚かさには及べない。 5-22 帰ろう、帰ろう。うちの若者は粗野で一本気だが、文章だけは立派に作る。どう手綱を取ればいいのか分からない。 5-23 伯夷と叔斉は昔の恨みを引きずらなかった。だから怨みも少なかった。 5-24 誰が微生高を『まっすぐ』と言ったのか。酢を乞われると、隣から借りて渡したのだ。 5-25 巧みな言葉、媚びた顔、過度なへりくだりを、左丘明は恥とした。私も恥とする。怨みを隠して人と友となるのを、左丘明は恥とした。私も恥とする。 5-26-1 それぞれ自分の志を語ってみよ。 5-26-2 友人とは、持ち物を分かち合い、使い切っても悔いがないようにしたい。 5-26-3 自分の善を誇らず、労をひけらかさないでいたい。 5-26-4 先生の志を聞きたい。 5-26-5 年長者が安らぎ、朋友が信頼し、年少者が慕うように。 5-27 もうよい。自分の過ちを見て、心の中で自分を責められる人を、私は見たことがない。 5-28 十戸ほどの小邑でも、忠信は私に匹敵する者が必ずいる。ただ、学を好む点では私に及ばない。 6-1-1 雍なら君主として座らせられる。 6-1-2 できるが、あの人はおおざっぱだ。 6-1-3 敬いを保ちつつ簡素に行うなら民を治められる。しかし自分も行いも簡素すぎれば、ただの粗雑ではないか。 6-1-4 雍の言うとおりだ。 6-2-1 弟子の中で誰がいちばん学び好きか。 6-2-2 顔回だ。怒りを持ち越さず、同じ過ちを繰り返さない。だが不幸にも短命だった。今ではもういない。学び好きは他に聞かない。 6-3-1 釜をやれ。 6-3-2 穀倉をやれ。 6-3-3 赤が斉へ行くときは、太った馬に乗り、軽い毛皮を着ていた。君子は困っている人を助けるのであって、富を増やすために富に足すのではない、と聞いている。 6-3-4 だめだ。近所や同郷の人に回してやりなさい。 6-4 耕牛の子が赤く角も立派なら、たとえ人が使いたくないと言っても、山川の神が捨てるだろうか。 6-5 回は三か月、心が仁を離れない。他は、せいぜい日や月単位でそこに届く程度だ。 6-6-1 仲由は政を任せられるか。 6-6-2 由は果断だ。政治など何でもない。 6-6-3 賜は政を任せられるか。 6-6-4 賜は物事がよく通じている。政治など何でもない。 6-6-5 求は政を任せられるか。 6-6-6 求は多才だ。政治など何でもない。 6-7 うまく断ってくれ。もしまた呼び戻すなら、私は汶上にいる。 6-8 亡くなったのだ、これは運命だ。あれほどの人が、こんな病に……。あれほどの人が、こんな病に……。 6-9 立派だな回は。粗末な飯とひょうたんの水だけで貧しい路地に住んでも、誰も耐えられない憂いを、回は楽しみを失わなかった。立派だな回は。 6-10-1 先生の道が嫌いなわけではありません。ただ力が足りません。 6-10-2 力が足りないなら途中で倒れる。だが今の君は、自分で線を引いている。 6-11 君子として学べ。小人の学者になるな。 6-12-1 いい人材は得られたか? 6-12-2 澹臺滅明という人は、近道をせず、公用でもない限り偃(子游)の部屋に来ることはなかった。 6-13 孟之反は手柄を誇らなかった。敗走のときも殿を務め、門に入ろうとして馬に鞭を当てて言った。「遅れたくて遅れたのではない。馬が進まなかっただけだ。」 6-14 祝鮀ほどの口のうまさがなく、宋朝ほどの美しさだけがあるなら、今の世を無事に渡るのは難しい。 6-15 戸を通らずに外へ出られる者がいるか。なのになぜ、この道を通らないのか。 6-16 実質が飾りを上回れば野暮になる。飾りが実質を上回れば書生っぽくなる。両方がほどよく調和してこそ君子だ。 6-17 人はまっすぐに生きてこそ生きる。曲がった者が生き延びるのは、たまたま免れているだけだ。 6-18 知っているだけの人は、好きな人に及ばない。好きな人は、楽しむ人に及ばない。 6-19 中くらい以上の人には高い話ができるが、それ以下には高い話はできない。 6-20-1 民の道理に力を尽くし、鬼神は敬っても距離を置く。これを知という。 6-20-2 仁のある人は苦労を先にし、得るものは後にする。これを仁という。 6-21 知者は水を好み、仁者は山を好む。知者は動き、仁者は静か。知者は楽しみ、仁者は長生きする。 6-22 斉が一段改まれば魯に至る。魯が一段改まれば道に至る。 6-23 觚が觚らしくない。これが觚か、觚か! 6-24-1 仁者に「井戸の中に仁がある」と言ったら、ついて行くと思うか? 6-24-2 なぜか。君子は行かされることはあっても、落とし穴にははめられない。だまされることはあっても、惑わし続けることはできない。 6-25 君子は文を広く学び、礼でそれを引き締める。そうすれば道を外れない。 6-26 私が否とすることは、天が嫌う。天が嫌うのだ。 6-27 中庸という徳は、まことに極みだ。長くそれを保てる人は少ない。 6-28-1 もし民に広く施し、多くを救える人がいたらどうか。仁と言えるか? 6-28-2 それは仁どころか聖だ。堯舜ですら苦労した。仁とは、自分が立ちたいなら人も立たせ、自分が通りたいなら人も通らせること。身近なたとえから考えられるなら、それが仁への道だ。 7-1 伝えるが創作はしない。古きを信じ愛し、ひそかに老彭に自分を重ねる。 7-2 黙って覚え、学んで飽きず、人を教えて倦まず。私に何があるというのか。 7-3 徳を磨かず、学びを深めず、正しいと聞いても改められず、悪いと知っても直せない。これが私の憂いだ。 7-4 くつろいでいる先生は、落ち着きがあり、のびやかで、明るかった。 7-5 まったく、私は衰えた。もう長いこと、周公が夢に出てこない。 7-6 志は道に置き、徳を拠り所にし、仁に寄りかかり、芸に遊ぶ。 7-7 束脩を携えて来る者以上なら、私は教えを惜しんだことがない。 7-8 切実に求めていなければ教えない。言葉に詰まっていなければ導かない。一つ示して三つを推せないなら、もう繰り返さない。 7-9 喪にある人のそばで食事をするとき、先生は腹いっぱい食べなかった。その日に泣いたなら歌わなかった。 7-10-1 用いられれば進み、捨てられれば身を引く。これができるのは、私とお前だけだ。 7-10-2 もし先生が三軍を率いるなら、誰と組みますか。 7-10-3 素手で虎に挑み、徒歩で川を渡り、死んでも悔いない者とは組まない。事に臨んで恐れ、よく謀って成し遂げる者と組む。 7-11 富が正当に得られるなら、鞭を持つ下役でもやる。そうでないなら、自分の好きな道に従う。 7-12 先生が慎んだのは、斎戒と、戦と、病。 7-13 音楽がここまで人を喜ばせるとは思わなかった。 7-14-1 先生は衛の君主に味方するのですか。 7-14-2 いいよ、聞いてみよう。 7-14-3 伯夷と叔斉とは、どんな人ですか。 7-14-4 昔の賢人だ。 7-14-5 恨んだのですか。 7-14-6 仁を求めて仁を得た。それで何を恨むのか。 7-14-7 先生は味方しない。 7-15 粗末な飯と水で、腕を枕にしても楽しみはある。不義で得た富や地位は、私には浮雲のようなものだ。 7-16 あと数年生きられたなら、五十から易を学び、重大な過ちは避けられるだろう。 7-17 詩と書を語るとき、礼を執り行うとき、先生はいつも雅言(正しい言葉)を用いた。 7-18 どうしてこう言わなかったのか。「あの人は、奮い立って食を忘れ、楽しんで憂いを忘れ、老いが近いことにも気づかない人だ」と。 7-19 私は生まれつき知っていたのではない。古きを愛し、敏に求めてきただけだ。 7-20 先生は、怪異、怪力、乱世、神霊について語らなかった。 7-21 三人で歩けば、必ず学ぶべき相手がいる。善いところは見習い、悪いところは改める。 7-22 天が私に徳を授けた。桓魋に私をどうこうできるはずがない。 7-23 君たちは、私が何か隠していると思うのか。私は君たちに隠し事はない。私の行いで君たちと共有しないものはない。それが丘だ。 7-24 先生が教えた四つは、学問、実践、忠、信。 7-25-1 聖人には会えない。君子に会えればそれでいい。 7-25-2 善人には会えない。恒(つね)ある人に会えればいい。無いのに有るとし、空なのに満ちているとし、乏しいのに豊かだとする。恒を保つのは難しい。 7-26 先生は釣りでは網を使わず、鳥を射るときも寝ている鳥は撃たなかった。 7-27 知らずに作ってしまう人もいるが、私はそうではない。多く聞いて善いものを選んで従い、多く見て覚える。それが知に次ぐ。 7-28 進もうとする者は助けるが、退こうとする者までは助けない。なぜそこまで厳しいのか。人は身を清めて前に出るのだ。その清さは認めるが、過去まで保証はしない。 7-29 仁は遠いのか。私が仁を欲すれば、仁はすぐに来る。 7-30-1 昭公は礼をわきまえていましたか。 7-30-2 わきまえていた。 7-30-3 君子は党派を作らないと聞くが、君子にも党派があるのか。君は呉から同姓の女を迎え、それを呉孟子と呼んだ。礼を知るなら、礼を知らない者などいるものか。 7-30-4 私も運がいい。もし過ちがあれば、人は必ず知るから。 7-31 人と歌って相手がうまいと、必ずもう一度歌わせてから、こちらも合わせた。 7-32 学問の面では私も人並みだが、君子として実践することは、まだ得たとは言えない。 7-33-1 聖や仁など、どうして私が名乗れよう。ただ、やることに飽きず、人を教えるのに倦まない、というならそう言えるだろう。 7-33-2 そこが、私たち弟子には真似できないところです。 7-34-1 そんなことがあるのか? 7-34-2 ある。弔辞にも「上下の神々に祈れ」とある。私はもう昔から祈ってきた。 7-35 奢れば不遜になり、倹しすぎれば頑固になる。不遜よりは頑固のほうがましだ。 7-36 君子はおおらかで落ち着いている。小人はいつも不安で胸が痛む。 7-37 先生は温厚だが引き締まり、威厳はあるが荒々しくなく、恭しいが落ち着いていた。 8-1 泰伯は至徳と言うべきだ。三度も天下を譲り、民は称える言葉すら見つけられなかった。 8-2 恭しくても礼がなければ疲れ、慎んでも礼がなければ臆し、勇んでも礼がなければ乱れ、率直でも礼がなければきつく当たる。君子が親族に厚ければ民は仁に向かい、古い付き合いを捨てなければ民は薄情にならない。 8-3 足を見せてくれ、手を見せてくれ。詩にあるだろう、「戦々兢々、深淵に臨むがごとく、薄氷を履むがごとし」。今ようやく、私は逃れたとわかったぞ。みんな。 8-4 鳥は死に際に哀しい声で鳴き、人は死に際に善い言葉を言う。君子が道で重んじるのは三つ。振る舞いを整えれば乱暴や侮りが遠のき、表情を正せば信に近づき、言葉遣いを整えれば卑しさが遠のく。供物や器のことは役人がいる。 8-5 できる者ができない者に尋ね、多い者が少ない者に尋ねる。あるのに無いかのように、満ちていても空のように、侮られてもとがめない。昔、私の友はよくこれを実践した。 8-6 六尺の孤児を託せ、百里の国政を任せられ、大節に臨んでも奪えない。これが君子でなくて何だ。まさに君子だ。 8-7 士は大きく、強くあらねばならない。背負うものは重く、道は遠い。仁を自分の責任とするのだから重くないか。死んでようやく終わるのだから遠くないか。 8-8 詩で心が起き、礼で身が立ち、楽で完成する。 8-9-1 民は従わせることはできるが、理解させることはできない。 8-9-2 民は従わせられるが、理解させることはできない。 8-10 勇を好み貧しさを憎めば乱れる。仁のない者を憎みすぎても乱れる。 8-11 周公ほどの才と美があっても、驕りと吝さがあるなら、他は見るに値しない。 8-12 三年学んでも穀(禄)を求めない人は、そう簡単には得られない。 8-13 信を厚くして学を好み、死を覚悟して善い道を守れ。危うい国には入らず、乱れた国には住まない。天下に道があれば出て働き、なければ身を隠す。国に道があるのに貧しく卑しいのは恥、国に道がないのに富み貴いのも恥だ。 8-14 その職にいないなら、その政を論じない。 8-15 師摯の演奏の始まり、『関雎』の締めくくり――なんと豊かで、耳いっぱいに響くことか。 8-16 奔放なのに正直でなく、ぼんやりしているのに謙虚でもなく、まじめそうなのに信用もない。そんな人は、私にはわからない。 8-17 学びは追いつけないと思って追い、なお失うことを恐れる。 8-18 舜と禹が天下を得たのは、なんと偉大なことか。それでも私物化しなかった。 8-19 なんと偉大な君主か、堯は。大いなるものは天だけであり、堯はそれを模範とした。あまりに大きく、民は名づけようがない。偉大だ、その功績は。あざやかだ、その文化は。 8-20-1 私には世を治める臣が十人いる。 8-20-2 「人材は得がたい」と言うが、まさにそうだ。堯舜の時代に最も盛んで、婦人が一人いたから九人に過ぎない。天下の三分の二を得ながら、殷の徳に服して仕えた――これも至徳と言うべきだ。 8-21 禹については非の打ちどころがない。食は粗末でも鬼神への孝を尽くし、衣は粗末でも黻冕は美しく整え、住まいは質素でも治水に力を尽くした。禹については非の打ちどころがない。 9-1 先生は利と命と仁について、あまり語らなかった。 9-2-1 偉大だな孔子は。博学なのに、これ一本という名声がない。 9-2-2 私は何を専門にしよう。御者か、射か。――御者にしよう。 9-3 麻の冠は礼の定めだが、今は絹が倹約になるから皆に従う。下で拝むのが礼だが、今は上で拝むのは奢りだ。皆に逆らっても私は下で拝む。 9-4 思い込みを持たず、決めつけず、固執せず、自分本位にならない。 9-5 文王が亡くなっても、文はここにある。もし天がこの文を滅ぼすなら、後に生きる私は与れない。天が滅ぼさないなら、匡の人々に私をどうこうできるはずがない。 9-6-1 先生は聖人なのですか。どうしてそんなに何でもできるのですか。 9-6-2 もともと天が聖へと導いたのだから、いろいろできるのだ。 9-6-3 大宰は私をわかっているのか。私は若い頃、貧しく身分も低かったから、つまらない用事がいろいろできるようになった。君子にそんなに多芸が要るか。要らない。 9-7 私は用いられなかったから、芸(わざ)を身につけた。 9-8 私に知があるか。ない。田舎者が私に尋ねに来ると、私は何もないように見えるが、両端を確かめて答え尽くす。 9-9 鳳凰は現れず、河は図を出さない。もう終わりだな。 9-10 先生は喪服の人、冠礼の装いの人、盲人を見ると、年下でも必ず立ち上がり、通り過ぎるときは小走りになった。 9-11 仰げばますます高く、掘ればますます堅い。前にあると思えば、ふと後ろにある。先生は順序立てて人を導く。学を広げ、礼で引き締める。やめたくてもやめられず、力を尽くした先に、何かが高く立って見える。ついて行きたくても道がない。 9-12 ずいぶん長いこと、由はごまかしをしてきた。臣がいないのにいることにして、私は誰をだます。天をだますのか。それに、臣の手にかかって死ぬくらいなら、君たちの手で死ぬほうがまだいい。大葬ができなくても、私が路上で死ぬと思うか。 9-13-1 ここに美玉がある。箱にしまって隠すか。良い商人を探して売るか。 9-13-2 売るさ、売る。私は買い手を待っている。 9-14-1 あんな辺鄙な所に住むなんて、どうなのか。 9-14-2 君子が住めば、どこが陋(いや)しいというのか。 9-15 衛から魯に戻ってから、音楽は正され、雅と頌はそれぞれあるべき所に収まった。 9-16 外では公卿に仕え、家では父兄に仕え、喪では怠らず、酒に溺れない。これ以上何があるというのか。 9-17 過ぎ去るものはこの川の流れのようだ。昼夜休まない。 9-18 徳を好むのが色を好むほどの人を、私は見たことがない。 9-19 山を築くようなものだ。あと一かごで完成なのにやめたら、やめたのは自分だ。平地をならすようなものだ。一かご覆っただけでも進めば、進んだのは自分だ。 9-20 言われたことを怠らずに実行できるのは、回くらいだろう。 9-21 惜しい。彼が進むところは見たが、立ち止まるところは見なかった。 9-22 芽が出ても花が咲かないことはある。花が咲いても実らないこともある。 9-23 後に生まれる者は侮れない。来る者が今に劣ると誰が言える。四十、五十になっても名が立たないなら、それは恐れるに足りない。 9-24 正しい言葉は、従わないわけにいかない。改めることが大事だ。柔らかな言葉は、喜ばないわけにいかない。よく吟味することが大事だ。喜ぶだけで吟味せず、従うだけで改めない――私はもうどうしようもない。 9-25 忠と信を柱にし、己に及ばぬ者とだけ友するな。過ちがあれば、ためらわず改めよ。 9-26 三軍の将は奪えても、一人の男の志は奪えない。 9-27 破れた綿入れで毛皮の者と並んでも恥じないのは、由くらいだろう。「妬まず求めず、これで悪くなるはずがない」と子路は生涯唱えた。だがそれは道ではあるが、それだけで良しとは言えない。 9-28 寒さが来て、松柏が最後まで枯れないと知る。 9-29 知者は迷わず、仁者は憂えず、勇者は恐れない。 9-30 共に学べても、共に道へ行けるとは限らない。共に道へ行けても、共に立てるとは限らない。共に立てても、共に権(時宜の判断)ができるとは限らない。 9-31-1 唐棣の花が揺れている。思わずにいられるか。だがあなたの家は遠くて。 9-31-2 思っていないだけだろう。遠いなんて何がある。 10-1 郷里では物腰が柔らかく慎み深く、口下手に見えるほどだった。宗廟や朝廷ではよく話すが、ひたすら慎重だった。 10-2 朝廷で下大夫と話すときは朗らかに、上大夫と話すときは丁寧に。君主がいるときはきびきびと敬い、落ち着いていた。 10-3 客を見送るとき、振り返らなかった。 10-4 公門に入ると深く身をかがめ、まるで通りにくいかのようだった。門の真ん中に立たず、敷居は踏まない。席の前を通ると顔色が変わり、足取りも早くなって、言葉も足りないほどだった。衣を整えて堂に上がると、また身をかがめ、息を止めたかのように静かにした。出ると一段下がって表情が和らぎ、にこやかになった。階段を下りきると小走りで進み、翼のように軽やかだった。元の位置に戻ると、またきびきびと敬った。 10-5 玉を捧げ持つときは深く身をかがめ、重くて支えきれないかのようだった。上げるときは揖のように、下げるときは授けるように。顔色は戦うように張り、足取りは小刻みで、目印に沿って進むかのようだった。献上の礼では整った表情を見せ、私的に会うときは柔らかく喜んだ。 10-6 君子は紺や黒で飾り立てず、紅や紫を普段着にしない。暑い時は薄い麻を着るが、必ず上着を重ねて外に出た。黒衣に羊の毛皮、白衣に子鹿の毛皮、黄衣に狐の毛皮を合わせた。普段の毛皮は丈を長くし、右袖は短くした。(寝巻きは必ずあり、身の丈の一・五倍ほどの長さだった。)家では狐や貉の厚い毛皮を用いた。喪が明ければ身につける物に制限はない。正装の裳でないなら丈を詰めた。羊の毛皮と黒冠では弔問に行かなかった。吉月には必ず朝服で朝廷に出た。 10-7 斎戒のときは白く清い麻の衣を用いた。食を改め、座る場所も移した。 10-8 食は精白したものを好み、なますは細かいものを好んだ。傷んだ飯、腐った魚や肉は食べない。色や匂いが悪いものは食べない。火の通りが悪いもの、時季外れのものは食べない。切り方が正しくないもの、たれが合わないものは食べない。肉が多くても主食を食い負かさせない。酒だけは量を定めず、ただし乱れるほどは飲まない。買い酒や市の干し肉は口にしない。生姜は食膳から外さず、食べ過ぎない。公の祭祀の肉は一夜置かない。祭肉は三日を越えたら食べない。食事中は話さず、寝所では語らない。粗食や菜の羹や瓜を供えるときでも、必ず斎戒するように厳粛だった。 10-9 敷物がきちんとしていなければ座らなかった。 10-10 郷里の人々が酒を飲む席では、杖をつく年長者が出てから自分も出た。郷里で儺(おにやらい)の儀礼があると、朝服を着て東の階段に立った。 10-11 私にはまだ確かめがつかないので、むやみに口にできません。 10-12 けが人は出たか? 10-13 君主から食を賜れば、席を正してまず味見した。生肉を賜れば、火を通して供えた。生き物を賜れば、飼っておいた。君主に侍して食事する際、君主が祭るときは先に口にした。病のとき君主が見舞えば、東枕にして朝服を着たまま紳を垂らした。召し出しの命があれば、車の支度を待たずに出立した。 10-14 太廟に入ると、何事もそのつど尋ねた。 10-15 葬儀は私が引き受ける。 10-16 寝るときは死体のように横たわらず、ふだんもだらしなくくつろがない。喪服の人を見ると、親しい相手でも態度を改めた。冠をかぶった人や盲人を見ると、普段着のときでも礼を失わない。凶服の人には車の轅に手をかけて礼をし、札を背負う人にも同じようにした。豪華な膳が出れば顔色を変えて立ち上がった。激しい雷や烈風があれば、必ず態度を改めた。 10-17 車に乗るときは必ずまっすぐ立ち、手綱を持った。車中では内側を振り返らず、大声で話さず、指さして親しげに示したりもしなかった。 10-18 山の尾根の雌キジよ、時を得たな、時を得たな! 11-1 礼楽に先に通じた者は素朴な人々で、後に学んだ者は君子だった。もし用いるなら、私は先に学んだ者を取る。 11-2 陳・蔡で私に従った者たちは、皆もう門下にいない。 11-3 回は私を助けてくれるわけではない。私の言うことを、何でも喜んで受け入れるだけだ。 11-4 孝行だな、閔子騫は。父母や兄弟が彼を語る言葉に、人は口を挟めない。 11-5 南容は『白圭』の章を三度繰り返して読んだ。孔子は兄の娘を彼に嫁がせた。 11-6-1 弟子の中で、学を好むのは誰か。 11-6-2 顔回という者が学を好んだが、不幸にも短命で亡くなった。今ではもういない。 11-7 才の有無にかかわらず、人は皆わが子のことを言うものだ。鯉が死んだとき、棺はあっても槨はなかった。私は歩いて行って槨を用意してやることはしなかった。私は大夫の後に従う身で、徒歩で行くわけにはいかなかったからだ。 11-8 ああ、天が私を見捨てた!天が私を見捨てた! 11-9-1 先生は痛恨に胸をつぶした。 11-9-2 そんなに悲しむのか?この人のために悲しまないで、誰のために悲しむのだ。 11-10-1 だめだ。 11-10-2 回は私を父のように仰いでいたのに、私は子のように扱ってやれなかった。私のせいではない、諸君のせいだ。 11-11-1 人に仕えることもできないのに、どうして鬼神に仕えられようか。 11-11-2 あえて死についてお尋ねします。 11-11-3 生きることさえ分からないのに、どうして死が分かる。 11-12 由(子路)なら、まともな死に方はできまい。 11-13-1 旧来どおりでいいではないか。どうして改めて作り直す必要がある? 11-13-2 あの人は多くを語らないが、口を開けば必ず的を射る。 11-14-1 由の瑟は、どうして私の門下にあるのか。 11-14-2 由は堂に上がったが、まだ室には入っていない。 11-15-1 師と商では、どちらが優れているか。 11-15-2 師は行き過ぎ、商は及ばない。 11-15-3 では師のほうが勝るのか。 11-15-4 行き過ぎも、及ばないのと同じだ。 11-16 あれは私の仲間ではない。諸君、太鼓を鳴らして攻めてよい。 11-17 柴は愚直、參は鈍重、師は偏り、由は荒い。 11-18 回は道に近いが、たびたび困窮した。賜は天命に任せず商いに励み、当て勘はよく当たった。 11-19-1 善い人。 11-19-2 人の足跡は踏まないが、奥に入ったわけでもない。 11-20 議論では実直な方に与する。君子なのか、それとも顔つきが厳しいだけなのか。 11-21-1 聞いたらすぐ実行すべきでしょうか? 11-21-2 父や兄がいるのに、どうして聞いたそばから実行できようか。 11-21-3 聞いたらすぐ実行すべきでしょうか? 11-21-4 聞いたら実行しなさい。 11-21-5 由が「聞いたらすぐ実行すべきでしょうか」と尋ねると、「父や兄がいる」と言った。求が同じことを尋ねると、「聞いたら実行しなさい」と言った。赤は惑って、あえて尋ねた。 11-21-6 求は引っ込み思案だから背中を押し、由は人を押しのけがちだから引き止める。 11-22-1 お前は死んだと思っていた! 11-22-2 先生がご健在なのに、回がどうして死ねましょう。 11-23-1 仲由と冉求は、大臣と言えるか。 11-23-2 私は特別な問いかと思ったが、由と求のことか。大臣とは道をもって君に仕え、叶わなければ退く。今の由と求は、ただの官吏だ。 11-23-3 では従うのか。 11-23-4 父や君を殺す者でも、従わない。 11-24-1 人の子をだめにする者だ。 11-24-2 民があり、社稷がある。どうして読書をしてからでないと学にならないのか。 11-24-3 だから口先のうまい者が嫌いだ。 11-25-1 私が少し年長だからといって遠慮するな。ふだん「私を分かってくれる人がいない」と言うが、もし分かってくれる人がいたら、何をしたい? 11-25-2 千乗の国が大国の間に挟まれ、軍に攻められ、さらに飢饉が重なっても、由が治めれば三年で民に勇気を持たせ、進むべき道筋もわきまえさせられる。 11-25-3 求、お前はどうだ。 11-25-4 六十〜七十里、あるいは五十〜六十里ほどの地を私が治めれば、三年で民の暮らしを足らせられる。礼楽のことは君子に任せたい。 11-25-5 赤、お前はどうだ。 11-25-6 できると言うのではなく、学びたいのです。宗廟の祭祀や会盟の場で、礼装を整え、補佐役を務めたい。 11-25-7 点、お前はどうだ。 11-25-8 他の三人の言うこととは違うな。 11-25-9 何も悪くない。皆それぞれ自分の志を言っているだけだ。 11-25-10 春の終わり、春の衣ができあがったら、冠をつけた若者が五、六人、童子が六、七人。沂で身を清め、舞雩で風にあたり、歌いながら帰る。 11-25-11 私は点に賛成だ。 11-25-12 あの三人の言葉はどうだ。 11-25-13 皆それぞれ自分の志を言っただけだ。 11-25-14 先生はなぜ由を笑ったのですか。 11-25-15 国を礼で治めると言いながら、言葉に謙譲がなかった。だから笑った。 11-25-16 求のは国のことではないのか? 11-25-17 六十〜七十里、五十〜六十里の地が、どうして国でないと言えよう。 11-25-18 赤のは国のことではないのか? 11-25-19 宗廟の祭祀や会盟の儀礼は、諸侯の仕事でなくて何だろう。赤が補佐役を務めるなら、誰が主役を務められるのか。 12-1-1 仁とは何ですか? 12-1-2 私欲を克ち、礼に立ち返ることが仁だ。一日でもそれができれば、天下は仁に帰する。仁は自分次第で、人のせいではない。 12-1-3 その要点を教えてください。 12-1-4 礼にかなわぬものは見ず、聞かず、言わず、動かない。 12-1-5 回は愚かですが、この言葉を守ります。 12-2-1 仁とは何ですか? 12-2-2 外に出れば大切な客に会うようにし、民を使うときは大祭を受けるようにする。自分の望まないことは人にしない。国でも家でも怨みを生まない。 12-2-3 雍は愚かですが、この言葉を守ります。 12-3-1 仁とは何ですか? 12-3-2 仁ある者は、言葉が慎重だ。 12-3-3 言葉が慎重なら、それで仁と言えるのですか? 12-3-4 それを行うのは難しい。だから言葉も慎重にならざるを得ない。 12-4-1 君子とは何ですか? 12-4-2 君子は憂えず、怖れない。 12-4-3 憂えず怖れなければ、それで君子と言えるのですか? 12-4-4 胸にやましいことがなければ、何を憂え、何を怖れる。 12-5-1 みんな兄弟がいるのに、私だけいない! 12-5-2 商は聞いた。「生死は命、富貴は天。君子は敬って過ちなく、人に恭しく礼を守れば、四海の内は皆兄弟。君子は兄弟がないことを何ぞ憂えん」 12-6-1 賢明とは何ですか? 12-6-2 じわじわ染み込む中傷や、肌に迫る訴えが通らないなら、賢明と言える。そうした中傷や訴えが通らないなら、遠大とも言える。 12-7-1 政治とは何ですか? 12-7-2 食を足らせ、兵を足らせ、民に信頼されることだ。 12-7-3 やむを得ず一つ捨てるなら、どれを先に捨てますか? 12-7-4 兵を捨てる。 12-7-5 さらにやむを得ず一つ捨てるなら、どちらを先に捨てますか? 12-7-6 食を捨てる。古来、人は皆死ぬ。信がなければ国は立たない。 12-8-1 君子は質実であればよい。飾り立ててどうする。 12-8-2 惜しいことだ。先生の言葉のとおり、君子の言は一度出れば駟馬でも追えない。文も質も同じで、質も文と同じだ。虎や豹の皮も、毛を取り去れば犬や羊の皮と変わらない。 12-9-1 凶年で財が足りない。どうすればよい? 12-9-2 徹(十分の一税)にしてはどうか。 12-9-3 今でも二割で足りないのに、どうして一割にできる? 12-9-4 民が足りていれば、君が足りないことなどあるか。民が足りていなければ、君が足りることなどあるか。 12-10-1 徳を高め、迷いを見分けること。 12-10-2 忠信を軸にし、義へと移る。これが徳を高めるということだ。愛して生かしたいと思い、憎んで殺したいと思う。生かしたいと思いながら、同時に殺したいと思う。これが迷いだ。 12-11-1 政治とは何ですか? 12-11-2 君は君らしく、臣は臣らしく、父は父らしく、子は子らしく。 12-11-3 よい。だがもし君が君でなく、臣が臣でなく、父が父でなく、子が子でないなら、たとえ粟があっても食べられるだろうか。 12-12 一言で裁判を片づけられるのは、由だろう。 12-13 訴訟をさばくのは私も人並みだ。だが大事なのは、訴訟が起きないようにすることだ。 12-14-1 政治とは何ですか? 12-14-2 その職にあって倦まず、実行は誠実に。 12-15 広く学び、礼で引き締めれば、道を外れずにいられる。 12-16 君子は人の善を成就させ、悪を成就させない。小人は逆だ。 12-17-1 政治とは何ですか? 12-17-2 「政」とは「正す」ことだ。あなたが正しく率いれば、誰が正しくならないだろう。 12-18 君主が望まないことなら、たとえ褒美を与えても人は盗まない。 12-19-1 道を失った者を殺して、道ある者を立てるのはどうでしょう? 12-19-2 あなたが政治をするのに、どうして殺しが要る。あなたが善を望めば、民も善になる。君子の徳は風、小人の徳は草。草は風が吹けばなびく。 12-20-1 士はどうあれば「達」と言えるのですか? 12-20-2 君の言う「達」とはどういうことだ? 12-20-3 国でも家でも名が聞こえることです。 12-20-4 それは「聞」であって、「達」ではない。「達」とは、質直で義を好み、言葉をよく聞き分け、人の顔色を見て、目下の者にも配慮する。そういう人は国でも家でも通る。「聞」とは、顔つきだけ仁を装って行いは背き、そうした自分を疑いもしない。そんな者は国でも家でも名だけは立つ。 12-21-1 徳を高め、悪を修め、迷いを見分けるとは、どういうことですか? 12-21-2 よい質問だ。先に務めて後に得ようとするのは「徳を高める」ことではないか。自分の悪を責めて、人の悪を責めないのは「悪を修める」ことではないか。ひとときの怒りで身も親も忘れるのは「迷い」ではないか。 12-22-1 仁とは何ですか? 12-22-2 人を愛することだ。 12-22-3 知とは何ですか? 12-22-4 人を知ることだ。 12-22-5 正しい者を引き上げ、曲がった者の上に置けば、曲がった者も正しくなる。 12-22-6 以前、先生に「知」について尋ねたら「正しい者を引き上げ、曲がった者の上に置けば、曲がった者も正しくなる」と言われました。どういう意味ですか? 12-22-7 なんと豊かな言葉だ。舜は天下を得ると衆人から選び、皋陶を抜擢したので、不仁の者は遠ざかった。湯も天下を得ると衆人から選び、伊尹を抜擢したので、不仁の者は遠ざかった。 12-23-1 友とはどうあるべきですか? 12-23-2 誠実に忠告し、よく導け。それでだめならやめてよい。自分を辱めるな。 12-24 君子は教養で友を集め、友によって仁を助ける。 13-1-1 まず先頭に立ち、次に働かせよ。 13-1-2 倦むな。 13-2-1 まず役人を立て、小さな過ちは赦し、賢者と才ある者を抜擢せよ。 13-2-2 どうやって賢才を見抜いて抜擢するのですか? 13-2-3 君が知る者を挙げよ。君が知らぬ者は、ほかの誰かが挙げないはずがあるか。 13-3-1 衛の君があなたを政に用いるなら、まず何をしますか? 13-3-2 必ず名を正す。 13-3-3 本当ですか。先生は回りくどいな。何を正すのですか? 13-3-4 粗野だな、由よ。君子は知らないことには、むやみに口を出さない。名が正しくなければ言葉が通らない。言葉が通らなければ事は成らない。事が成らなければ礼楽は興らない。礼楽が興らなければ刑罰は当たらない。刑罰が当たらなければ民は手足の置き所がない。だから君子は、名は必ず言えるものであり、言葉は必ず行えるものでなければならない。君子は言葉にいい加減がない。 13-4-1 私は老農には及ばない。 13-4-2 私は老圃には及ばない。 13-4-3 小人物だな、樊須は。上が礼を好めば民は敬わざるを得ない。上が義を好めば民は従わざるを得ない。上が信を好めば民は誠を尽くさざるを得ない。そうなれば四方の民が子を背負って集まってくる。耕作など何の役に立つ。 13-5 詩三百を暗誦しても、政を任せれば役に立たない。四方に使いしても応対を任せられない。多く知っていても、何の益がある。 13-6 自らが正しければ命じなくても行われる。自らが正しくなければ、命じても従われない。 13-7 魯と衛の政治は、兄弟のようなものだ。 13-8 家を治めるのがうまい人は、少し得れば「とりあえず足りる」と言い、もう少し得れば「とりあえず欠けはない」と言い、豊かになれば「とりあえず良い」と言う。 13-9-1 ずいぶん人が多いな。 13-9-2 人が多くなったら、次に何をしますか? 13-9-3 富ませる。 13-9-4 富んだら、次に何をしますか? 13-9-5 教える。 13-10 私を用いる者がいれば、一か月で形になる。三年で成果が出る。 13-11 「善人が国を治めて百年たてば、残虐に勝ち、殺しをなくせる」。まことにそのとおりだ。 13-12 もし王者が現れるなら、一代を経てから仁が広まる。 13-13 自分の身を正せるなら、政治に何の難しさがある。自分を正せない者が、どうして人を正せる。 13-14-1 なぜ遅いのだ? 13-14-2 政務がありました。 13-14-3 それが務めだ。もし政治が行われているなら、たとえ私を用いなくても、私はきっと関わって耳に入るだろう。 13-15-1 一言で国を興せるということがあるか。 13-15-2 言葉がそれほど決定的というわけではない。だが人は「君たるは難しく、臣たるも易くない」と言う。君の難しさを知るなら、国を興す一言に近いではないか。 13-15-3 一言で国を滅ぼすことがあるか。 13-15-4 言葉がそれほど決定的というわけではない。だが人は「君でいる楽しみは、言えば誰も逆らわないことだけだ」と言う。善いことを言って誰も逆らわないならそれでよい。だが善くないことを言って誰も逆らわないなら、国を滅ぼす一言に近いではないか。 13-16 近くの者が喜び、遠くの者がやって来る。 13-17 急ぐな。小利を見るな。急げば成らず、小利に目がくらめば大事は成らない。 13-18-1 私の郷里に直躬という正直者がいた。父が羊を盗むと、子がそれを証言した。 13-18-2 私の郷里の正直者は違う。父は子のために隠し、子は父のために隠す。正しさはその中にある。 13-19 居るときは恭しく、事に当たっては敬い、人には誠を尽くす。夷狄の地に行っても捨ててはならない。 13-20-1 どうあれば「士」と言えるのですか? 13-20-2 自分の行いに恥を知り、四方に使いしても君命を辱めない。これを「士」と言う。 13-20-3 その次は? 13-20-4 一族から孝と言われ、郷里から悌と言われる。 13-20-5 その次は? 13-20-6 言葉に必ず信があり、行いは必ず貫く。頑固で融通が利かない。小人だが、次善としてはよい。 13-20-7 今の政治に携わる者はどうだ。 13-20-8 ああ、升や椀ほどの小さな器の人間で、取るに足らない。 13-21 中道を行く者が得られないなら、狂と狷にでも与すべきだ。狂は進んで取ろうとし、狷はやらないことを持っている。 13-22-1 南方の言い伝えに「人に恒がなければ、巫医にはなれない」とある。――よい言葉だ。「徳を恒にしなければ、恥を受けることがある」。 13-22-2 占いは要らない、それだけだ。 13-23 君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。 13-24-1 郷里の人が皆その人を好きだとしたら、どうですか? 13-24-2 それではまだ足りない。 13-24-3 郷里の人が皆その人を嫌うとしたら、どうですか? 13-24-4 それでもまだ足りない。郷里の善い者が好み、善くない者が嫌うのがよい。 13-25 君子は仕えやすく、悦ばせにくい。道にかなって悦ばせなければ悦ばない。人を使うときは器に応じて任せる。小人は仕えにくく、悦ばせやすい。道にかなわずとも悦ぶ。人を使うときは万全を求める。 13-26 君子は泰然として驕らず、小人は驕って泰然としない。 13-27 剛毅で飾り気がなく、口数が少ないのは、仁に近い。 13-28-1 どうあれば「士」と言えるのですか? 13-28-2 真摯に諫め合い、思いやりをもって語り合い、和やかでいられる。これを「士」と言う。友は真摯に語り、兄弟は和やかである。 13-29 善人が民を七年教えれば、戦にも就ける。 13-30 教えずに民に戦わせるのは、民を見捨てることだ。 14-1-1 恥とは何ですか? 14-1-2 国に道があって俸禄を得るのはよい。国に道がないのに俸禄を得るのは恥だ。 14-2-1 自慢、攻撃、怨み、欲望を出さずにいられたら、仁と言えるでしょうか? 14-2-2 それができれば大したことだ。だがそれで仁と言えるかは、私には分からない。 14-3 士でありながら安住を求めるなら、士とは言えない。 14-4 国に道があるなら、言も行いも毅然と。国に道がないなら、行いは毅然としつつ、言葉はへりくだれ。 14-5 徳のある人は言葉もある。だが言葉のある人に徳があるとは限らない。仁ある人は勇もある。だが勇のある人に仁があるとは限らない。 14-6-1 羿は弓がうまく、奡は舟を操るのがうまかったが、ともにろくな死に方をしなかった。禹と稷は自ら耕して天下を得た。 14-6-2 君子だな、あの人は。徳を尊ぶ人だな。 14-7 君子でも仁がない者はいる。だが小人で仁がある者は、いない。 14-8 愛するなら、苦労させずにいられるか。忠誠を尽くすなら、教えずにいられるか。 14-9 命令文を作るときは、裨諶が草案を作り、世叔が議論して整え、使者の子羽が文を磨き、東里の子産が言い回しを仕上げた。 14-10-1 彼は温厚な人だ。 14-10-2 あれはまあ……。 14-10-3 あの人は伯氏の騈邑三百を奪ったのに、粗い食事を食べて一生を終えるまで恨み言ひとつ言わなかった。 14-11 貧しくて恨まないのは難しい。富んで驕らないのは(それに比べれば)易しい。 14-12 孟公綽は趙や魏の家臣としてなら立派に務まるが、滕や薛の大夫には向かない。 14-13-1 臧武仲の知恵、公綽の無欲、卞莊子の勇気、冉求の技量に、礼楽で磨きをかければ、一人前になれる。 14-13-2 いまの「一人前」は必ずしもそうでなくていい。利を見て義を思い、危ういときは命を投げ出し、長い窮乏でも日ごろの言葉を忘れない——それでも一人前と言える。 14-14-1 本当ですか。先生は話さず、笑わず、何も受け取らないのですか。 14-14-2 それは伝えた人の言い過ぎだ。先生は時が来てから語るから、人はその言葉に飽きない。心が和んでから笑うから、人はその笑いに飽きない。義にかなってから受け取るから、人はその受け取りに飽きない。 14-14-3 なるほど。だが本当にそうなのか。 14-15 臧武仲は防邑を頼みに、魯で子孫の地位を求めた。君を脅すつもりはなかったと言っても、私は信じない。 14-16 晋の文公は狡いが正しくはない。斉の桓公は正しいが狡くはない。 14-17-1 桓公が公子糾を殺したとき、召忽は殉死したが、管仲は死ななかった。 14-17-2 それは仁ではないのですか。 14-17-3 桓公が諸侯を九度まとめたのに兵車を用いなかったのは、管仲の力だ。なんと仁だ、なんと仁だ。 14-18-1 管仲は仁ではなかったのか。桓公が公子糾を殺したのに殉死できず、しかも仕えたのだから。 14-18-2 管仲が桓公を補佐して諸侯を覇し、天下を正し、民は今もその恩恵を受けている。もし管仲がいなければ、私たちは髪をほどき左前の服を着る野蛮のままだったろう。夫婦のような小さな義理立てで、溝に身を投げても誰にも知られないのとは違う。 14-19 それなら教養人と言える。 14-20-1 それほどなら、どうして滅びることがある。 14-20-2 仲叔圉は賓客の応対に長け、祝鮀は宗廟の祭祀を司り、王孫賈は軍事を司る。それほどなら、どうして滅びようか。 14-21 平気で大言を吐くなら、実行するのは難しい。 14-22-1 陳恒が君を弑した。討つべきだと願い出た。 14-22-2 三子に報告しなさい。 14-22-3 私は大夫の後に従う身だ。報告しないわけにはいかない。君が「三子に告げよ」と言われたのだ。 14-22-4 私は大夫の後に従う身だ。報告しないわけにはいかない。 14-23 だまさずに、しかし正面から諫めよ。 14-24 君子は上へ上へと伸びる。小人は下へ下へと落ちていく。 14-25 昔の学びは自分を磨くため。いまの学びは人に見せるため。 14-26-1 先生は何をしているのですか。 14-26-2 先生は過ちを少なくしようとして、まだできずにいるのだ。 14-26-3 使いに出すがいい、使いに出すがいい。 14-27 その職にいないなら、その政を論じない。 14-28 君子は自分の職分を越えることを考えない。 14-29 君子は、言葉が行いを上回るのを恥じる。 14-30-1 君子の道は三つあるが、私はできていない。仁者は憂えず、知者は迷わず、勇者は恐れない。 14-30-2 先生はご自分のことを言っているのです。 14-31 賜よ、お前はそんなに賢いのか。私はそんな暇はない。 14-32 人が自分を知らないことを憂えるな。自分に力がないことを憂えよ。 14-33 人の欺きを先回りせず、信じないと決めつけもせず、それでも先に見抜ける人——それが賢い。 14-34-1 丘よ、どうしてそんなに落ち着かないのだ。口先で立ち回ろうとしているのか。 14-34-2 口先で立ち回るなど恐れ多い。ただ頑固さが嫌いなのだ。 14-35 名馬は力ではなく徳で称えられる。 14-36-1 徳で怨みに報いるのはどうですか。 14-36-2 では徳には何で報いるのか。怨みには正しさで、徳には徳で報いよ。 14-37-1 誰も私をわかってくれない。 14-37-2 なぜ誰もわからないなどと言うのですか。 14-37-3 天を恨まず、人を責めない。下から学んで上へ通じる。私を知るのは、天だけだろう。 14-38-1 先生は公伯寮に中傷されたことがある。私の力なら、あいつを市に引きずり出せる。 14-38-2 道が行われるのも、廃れるのも、命だ。公伯寮に命をどうこうできるものか。 14-39 賢者は世を避ける。次は土地を避け、次は顔色を避け、次は言葉を避ける。 14-40 そうした人は七人いた。 14-41-1 どこから来たのですか。 14-41-2 孔氏から来ました。 14-41-3 できないと知りつつやる人なのだね。 14-42-1 何か思うところがあるな、磬を打っているあの人は。 14-42-2 みみっちいな、あの頑固さは。「誰もわからないなら、もうそれで終わりだ」か。——「深ければ裳をまくって渡り、浅ければ裳をたくし上げて渡る」。 14-42-3 決断が早いな。難しいことなどないのだ。 14-43-1 書に「高宗は喪に服し、三年言わなかった」とある。どういう意味ですか。 14-43-2 高宗に限らない。昔の人は皆そうだった。君が亡くなると、百官は身を慎み、冢宰の指揮に従って三年過ごした。 14-44 上の者が礼を好めば、民は扱いやすい。 14-45-1 自分を修め、敬いをもって臨め。 14-45-2 それだけですか。 14-45-3 自分を修め、人々を安んじよ。 14-45-4 それだけですか。 14-45-5 自分を修め、百姓を安んじよ。百姓を安んじるほどの修身は、堯舜でさえ難しかった。 14-46 幼いのにへりくだりも年長者への敬いもなく、成長しても何も成し遂げず、年寄りになっても居座るだけ——それは害でしかない。 14-47-1 向上しようとしているのか。 14-47-2 位に居るのも見たし、年長者と並んで歩くのも見た。向上を求める人ではなく、早く仕上げたがる人だ。 15-1-1 礼の作法については聞いたことがある。だが軍事のことは学んでいない。 15-1-2 君子にも行き詰まることはあるのですか。 15-1-3 君子は窮しても筋を通す。小人は窮すれば道を踏み外す。 15-2-1 賜よ、私を「多く学んで覚えた人」だと思うか。 15-2-2 そうではないのですか。 15-2-3 違う。一本の筋で貫いているのだ。 15-3 由よ、徳を知る者は少ない。 15-4 何もせずに治めたのは舜だろう。何をしたかと言えば、身を慎み、南面して座っていただけだ。 15-5 忠信を語り、篤敬を実行すれば、蛮夷の国でも通じる。忠信を語らず、篤敬を行わなければ、たとえ郷里でも通じるだろうか。立っているなら、それが目の前にあると思え。車に乗っているなら、軛に寄りかかっていると思え。そうしてこそ行ける。 15-6 真っすぐだ、史魚は。国に道があれば矢のように真っすぐ、国に道がなくても矢のように真っすぐ。君子だ、蘧伯玉は。国に道があれば仕え、国に道がなければ身を引いて胸にしまう。 15-7 話せる相手なのに話さなければ人を失う。話せない相手に話せば言葉を失う。知者は人も失わず、言葉も失わない。 15-8 志ある士や仁ある人は、仁を損ねてまで生を求めない。身を捨てて仁を成すこともある。 15-9 職人が仕事をうまくするには、まず道具を研ぐことだ。この国に住むなら、賢い大夫に仕え、仁ある士と交わる。 15-10 夏の暦を用い、殷の車に乗り、周の冠をかぶり、音楽は韶の舞とする。鄭の音楽は捨て、へつらう者は遠ざけよ。鄭の音楽は淫らで、へつらう者は危うい。 15-11 遠い先を思わない人は、近いうちに必ず憂いが生まれる。 15-12 もうよい。徳を好むことが色を好むほどの人を、私は見たことがない。 15-13 臧文仲は位を盗んだようなものだ。柳下恵の賢さを知りながら、同じ場に立てようとしなかった。 15-14 自分には厳しく、人には責めを軽くすれば、怨みは遠のく。 15-15 『どうしたらいい、どうしたらいい』と言わない人には、私もどうしようもない。 15-16 一日中群れていても、話は義に及ばず、小さな利口さを好む——それでは難しい。 15-17 君子は義を土台にし、礼で実行し、へりくだって言葉にし、信で成し遂げる。君子だ。 15-18 君子は自分に力がないことを憂える。人が自分を知らないことは憂えない。 15-19 君子は、一生を終えても名が立たないことを憂える。 15-20 君子は原因を自分に求める。小人は原因を人に求める。 15-21 君子は矜持があっても争わず、交わっても徒党を組まない。 15-22 君子は言葉だけで人を抜擢せず、人だけで言葉を捨てない。 15-23-1 一言で、一生守って行えるものはありますか。 15-23-2 それは「恕」だろう。自分がされたくないことを、人にしてはならない。 15-24 私は人を、誰それを悪く言い、誰それを褒める、ということはしない。もし褒めるなら、試したうえでだ。この民が三代で正しい道を歩めたのも、そういうところによる。 15-25 私は史官が疑わしい箇所を空白のままにするのを、まだ見たことがある。馬を持つ者が人に貸して乗せるのもあった。今はもうない。 15-26 巧みな言葉は徳を乱す。小さなことを我慢できないと、大きな計画は崩れる。 15-27 皆が嫌うなら必ず確かめよ。皆が好むなら必ず確かめよ。 15-28 道を広げるのは人であって、道が人を広げるのではない。 15-29 過ちを改めない。それこそが過ちだ。 15-30 私は一日中食べず、一晩中寝ずに考えたことがある。だが益はなかった。学ぶほうがましだ。 15-31 君子は道を謀って食を謀らない。耕せば飢えもある。学べば禄もある。君子は道を憂い、貧しさは憂えない。 15-32 知が及んでも仁で守れなければ、得ても必ず失う。知が及び、仁で守れるなら、威厳なく臨めば民は敬わない。知が及び、仁で守れ、威厳をもって臨んでも、礼で動かさなければ十分ではない。 15-33 君子は小さくは測れないが、大きな責任を任せられる。小人は大任は任せられないが、小さくは測れる。 15-34 民にとって仁は、水や火より切実だ。水火で踏み込んで死ぬ人は見たが、仁に踏み込んで死ぬ人は見たことがない。 15-35 仁をなす場面では、師にも譲るな。 15-36 君子は節を守るが、融通を失わない。 15-37 君に仕えるなら、仕事は敬って務め、食は後回しにせよ。 15-38 教えるにあたって、身分で分け隔てしない。 15-39 道が違えば、ともに謀らない。 15-40 言葉は、伝わればそれでいい。 15-41-1 階段のことだ。 15-41-2 席のことだ。 15-41-3 私はここにいる、私はここにいる。 15-41-4 師に話す作法を言っているのか。 15-41-5 そうだ。もともと、師に応える作法はそういうものだ。 16-1-1 季氏が顓臾を討とうとしている。 16-1-2 求よ、それはお前の落ち度ではないか。顓臾は昔、先王が東蒙の主に立て、しかも国境の内にある。社稷を守る臣でもあるのに、なぜ討つのか。 16-1-3 殿がお望みなのです。私ども二人は望んでいません。 16-1-4 求よ、周任の言葉にこうある。「力を示して列に就け。できないなら退け」。危ういのに支えず、倒れても起こさないなら、補佐に何の用がある。お前の言い分は間違っている。虎や兕が檻から出た、亀甲や玉が箱の中で壊れた――それは誰の過ちだ。 16-1-5 顓臾はいま堅固で費に近い。いま取らなければ、後世、子孫の憂いになる。 16-1-6 求よ、君子は「欲しい」と言いながら必ず言い訳をこしらえるのを嫌う。国や家を治める者は、少ないことを憂えず、不均等を憂える。貧しさを憂えず、不安定を憂える。均等なら貧しくならず、和すれば人は少なく感じず、安定すれば傾かない。そうであれば、遠方の人が従わないなら、文徳を修めて招けばよい。来たなら安んじさせよ。いま由と求は主君を補佐しているのに、遠方の人が従わず招けもしない。国が崩れ分かれているのに守れもしない。それなのに国内で武力を動かそうとしている。季孫の憂いは顓臾ではなく、身内の中にあるのではないかと私は恐れる。 16-2 天下に道があれば、礼楽と征伐は天子から出る。天下に道がなければ、礼楽と征伐は諸侯から出る。諸侯から出れば十代を越えて保てない。大夫から出れば五代を越えて保てない。陪臣が国の命を握れば三代を越えて保てない。天下に道があれば、政は大夫にない。天下に道があれば、庶人は政治を論じない。 16-3 禄が公室を離れて五代、政が大夫に及んで四代。だから三桓の子孫は衰えた。 16-4 益のある友が三つ、損のある友が三つある。正直な友、誠実な友、見聞の広い友は益。へつらいの友、柔らかく見せる友、口先のうまい友は損。 16-5 益のある楽しみが三つ、損のある楽しみが三つある。礼楽をわきまえて楽しむ、人の善を語って楽しむ、多くの賢い友と交わって楽しむのは益。驕りの楽しみ、怠けて遊ぶ楽しみ、宴席の楽しみに溺れるのは損。 16-6 君子に仕えるときの過ちは三つ。言うべきでないのに言うのは軽率。言うべきなのに言わないのは隠す。顔色を見ないで言うのは盲だ。 16-7 君子には三つの戒めがある。若いときは血気が定まらないから色に戒めよ。壮年は血気が盛んだから争いに戒めよ。老いれば血気が衰えるから得に戒めよ。 16-8 君子には三つの畏れがある。天命を畏れ、大人を畏れ、聖人の言葉を畏れる。小人は天命を知らず畏れず、大人になれなれしく、聖人の言葉を侮る。 16-9 生まれつき知る人が最上。学んで知る人がその次。苦しんでから学ぶ人はさらにその次。苦しんでも学ばない人は最下だ。 16-10 君子には九つの心がけがある。見るときは明らかに、聞くときははっきりと、表情は和らかに、態度は恭しく、言葉は誠実に、事には敬意を、疑いは問うて、怒りは後患を思い、利を見れば義を思う。 16-11 「善を見れば追いつけないほどに慕い、不善を見れば熱湯に触れるように避けよ」。そういう人は見たし、そういう言葉も聞いた。「隠れて暮らして志を全うし、義を行って道を通す」。その言葉は聞いたが、そういう人は見たことがない。 16-12 「誠は富によるのではなく、違いによるだけだ」。斉の景公は馬を千駟も持っていたが、死んだとき民は徳を語らなかった。伯夷・叔斉は首陽山の下で餓死したが、民は今に至るまで称えている。そういうことだろう。 16-13-1 君も何か変わった話を聞いたか。 16-13-2 ありません。先生が一人で立っていると、鯉が庭を急ぎ足で通った。先生が「詩を学んだか」と聞くと、「まだです」と答えた。「詩を学ばなければ話ができない」。鯉は下がって詩を学んだ。別の日、先生がまた一人で立っていると、鯉が庭を急ぎ足で通った。先生が「礼を学んだか」と聞くと、「まだです」と答えた。「礼を学ばなければ立てない」。鯉は下がって礼を学んだ。聞いたのはこの二つです。 16-13-3 一つ聞いて三つ得た。詩のことを聞き、礼のことを聞き、君子は自分の子にも距離を置くことも聞いた。 16-14-1 夫人 16-14-2 小童 16-14-3 君夫人 16-14-4 寡小君 16-14-5 君夫人 17-1-1 来なさい。話がある。 17-1-2 宝を抱えたまま国を迷わせる。それで仁と言えるのか。 17-1-3 言えない。 17-1-4 働くことは好むのに、肝心な時をたびたび逃す。それで知と言えるのか。 17-1-5 言えない。 17-1-6 日月は過ぎ、歳月は私を待ってくれない。 17-1-7 分かりました。では仕官します。 17-2 人の性は近いが、習いで遠くなる。 17-3 最上の知者と最下の愚者だけは変わらない。 17-4-1 鶏を割くのに牛刀はいらない。 17-4-2 昔、偃は先生からこう聞きました。「君子が道を学べば人を愛し、小人が道を学べば扱いやすくなる」。 17-4-3 諸君、偃の言う通りだ。さっきのは冗談だ。 17-5-1 行かないでおしまいだ。公山氏のもとへ行く必要などない。 17-5-2 私を呼ぶ以上、ただの呼びかけで終わるはずがない。もし私を用いる者がいるなら、私は東周を興そう。 17-6-1 仁とは。 17-6-2 天下において五つを行えれば仁である。 17-6-3 それを教えてください。 17-6-4 恭・寛・信・敏・恵だ。恭しければ侮られず、寛ければ人が集まり、信があれば任され、敏ければ功があり、恵があれば人を使うに足る。 17-7-1 昔、由が先生からこう聞きました。「身近に不善をなす者がいる所へ、君子は入らない」。佛肸が中牟で反乱を起こしたのに、先生が行こうとするのはどうなのですか。 17-7-2 確かにそんな言葉はある。だが、堅くないか。磨いても薄くならず、白くないか。黒く染めても黒くならない。私は匏瓜ではない。ぶら下げられて食われないでいられるものか。 17-8-1 由よ、「六つの言と六つの弊」を聞いたことがあるか。 17-8-2 まだです。 17-8-3 座れ。教えてやる。仁を好んで学ばなければ愚かになる。知を好んで学ばなければ放縦になる。信を好んで学ばなければ人を害する。直を好んで学ばなければ人を追い詰める。勇を好んで学ばなければ乱を招く。剛を好んで学ばなければ狂気になる。 17-9 若者よ、なぜ詩を学ばないのか。詩は心を奮い立たせ、物を見る目を養い、仲間をつくり、鬱憤も言える。近くは父に仕え、遠くは君に仕えるためにもなる。鳥獣草木の名も多く知れる。 17-10 周南・召南を身につけたか。人が周南・召南を身につけないなら、正面の壁に向かって立っているのと同じだ。 17-11 礼、礼と言うが、玉や絹の贈り物のことなのか。楽、楽と言うが、鐘や太鼓のことなのか。 17-12 顔つきはきついが内心は弱い。小人のようなものだ。こそこそ盗みに入る泥棒と同じではないか。 17-13 えせ善人は徳の賊だ。 17-14 道で聞いた話を道で言い散らすのは、徳を捨てることだ。 17-15 卑しい男だ。君に仕えられるのか。得ていないうちは得ることを心配し、得たら失うことを心配する。失うのが怖ければ、何でもやるようになる。 17-16 昔の民には三つの病があったが、今はそれすらないこともある。昔の狂は豪放だったが、今の狂は放蕩だ。昔の矜は清廉だったが、今の矜は怒りっぽく荒々しい。昔の愚は正直だったが、今の愚はただ狡いだけだ。 17-17 巧みな言葉と愛想の良い顔つきには、仁が少ない。 17-18 紫が朱を奪うのが嫌いだ。鄭の音楽が雅楽を乱すのが嫌いだ。口先で国を覆す者が嫌いだ。 17-19-1 もう何も言いたくない。 17-19-2 先生が話さないなら、私たちは何を伝えればいいのですか。 17-19-3 天は何か言うか。四季は巡り、万物は生まれる。天は何か言うか。 17-20 孺悲が孔子に会いたがったが、孔子は病だと言って断った。使者が戸を出ると、琴を取り歌って、聞こえるようにした。 17-21-1 三年の喪は長すぎる。君子が三年礼をしなければ礼は廃れ、三年楽をしなければ楽は崩れる。去年の穀が尽き、新しい穀が実り、火を起こす木も替わる。もう一年でいい。 17-21-2 米を食べ、錦を着て、心は安らかでいられるか。 17-21-3 安らかです。 17-21-4 安らかならやれ。君子が喪にいるときは、旨いものも甘く感じず、音楽を聞いても楽しくなく、住まいも落ち着かない。だからしない。お前が安らかならやれ。 17-21-5 私も仁が足りないのかもしれない。子は生まれて三年で、ようやく親の懐を離れる。三年の喪は天下の共通の喪だ。私は親に三年の愛情を受けなかったのか。 17-22 一日中腹いっぱい食べて、心を使うところがない。だめだ。博弈でもあるではないか。やるだけでも、まだましだ。 17-23-1 君子も勇を尊ぶのですか。 17-23-2 君子は義を第一にする。君子が勇だけで義がなければ乱を起こす。小人が勇だけで義がなければ盗賊になる。 17-24-1 君子にも嫌うものがあるのですか。 17-24-2 ある。人の悪を言い立てる者が嫌いだ。下にいながら上を嘲る者が嫌いだ。勇があって礼がない者が嫌いだ。決断が早くても詰まっている者が嫌いだ。 17-24-3 賜よ、お前にも嫌うものがあるか。 17-24-4 ずるいのに知者ぶるのが嫌いです。無礼なのに勇者ぶるのが嫌いです。暴くことを直と言い張るのが嫌いです。 17-25 女と小人は養いにくい。近づければ無礼になり、遠ざければ恨む。 17-26 四十になって嫌われているなら、もう終わりだ。 18-1 殷には仁の人が三人いた。 18-2-1 あなたはもう去ってよいのではありませんか。 18-2-2 正しい道で人に仕えれば、どこへ行っても三度は追われるだろう。曲がった道で人に仕えるなら、なぜ親の国を離れる必要がある。 18-3-1 季氏のような相手は私には無理だ。季氏と孟氏の間で取り次ぐ程度にしておく。 18-3-2 私はもう年だ。用いられない。 18-4 斉が女楽を贈り、季桓子は受け取って三日朝に出なかった。孔子は去った。 18-5 鳳よ、鳳よ、なぜ徳はここまで衰れた。過ぎたことは正せないが、これからのことは追える。もういい、もういい。いま政治をする者は危うい。 18-6-1 その車を御しているのは誰ですか。 18-6-2 孔丘です。 18-6-3 魯の孔丘ですか。 18-6-4 そうです。 18-6-5 なら、渡し場を知っているはずだ。 18-6-6 あなたは誰ですか。 18-6-7 仲由です。 18-6-8 魯の孔丘の弟子か。 18-6-9 はい。 18-6-10 天下は滔々として皆こうだ。誰が変えられる。人を避けて歩く士に従うより、世を避ける士に従うほうがましではないか。 18-6-11 鳥や獣とは群れられない。私が人と交わらずに誰と交わるのか。天下に道があるなら、私は変えようなどとしない。 18-7-1 先生に会いましたか。 18-7-2 手足も働かせず、五穀の区別もつかない。そんな者が先生だと言えるのか。 18-7-3 世捨て人です。 18-7-4 仕官しないのは義を欠く。長幼の秩序は捨てられないのに、君臣の義をどうして捨てられる。身を清くしようとして大きな倫理を乱している。君子が仕官するのは義を行うためだ。道が行われないことは、とうに分かっている。 18-8-1 志を曲げず身を辱めなかったのは、伯夷・叔斉だろう。 18-8-2 志を下げ身を辱めた人もいる。言は倫理にかなっても、行いは損得勘定に寄った。それまでだ。 18-8-3 隠れて暮らし、放言した。身は清く、世を離れるときも分別は失わなかった。 18-9 大師の摯は斉へ、亜飯の干は楚へ、三飯の繚は蔡へ、四飯の缺は秦へ行った。鼓の方叔は黄河へ入り、鼗を奏する武は漢水へ入り、少師の陽と磬を打つ襄は海へ入った。 18-10 君子は身内を見捨てず、大臣に「用いられない」恨みを抱かせない。旧友も大きな理由がなければ捨てない。一人に完璧を求めない。 18-11 周には八人の士がいた。伯達・伯适・仲突・仲忽・叔夜・叔夏・季隨・季騧である。 19-1 士は危うい場面では命を投げ出し、利を見れば義を思い、祭祀では敬いを思い、喪では哀しみを思う。それで十分だ。 19-2 徳を守るのに広さがなく、道を信じるのに厚みがないなら、どうして「ある」と言えよう、どうして「ない」と言えよう。 19-3-1 交際とは。 19-3-2 子夏はどう言うのか。 19-3-3 受け入れられるなら交わり、受け入れられないなら退け。 19-3-4 私が聞いたのとは違う。「君子は賢者を敬い、衆を受け入れ、善をほめ、できない者をいたわる」。自分が大いに賢いなら、人を受け入れない理由があるか。自分が賢くないなら、人が自分を拒むだろう。なのに、どうして自分から人を拒むのか。 19-4 たとえ小さな道でも見どころはある。ただ遠くまで行こうとすると泥にはまる。だから君子はそれをしない。 19-5 日々、自分の抜けているところを知り、月々、できることを忘れない。そういう人を学び好きと言う。 19-6 広く学び、志を堅くし、切実に問い、身近なことから考える。そこに仁がある。 19-7 職人は工房にいて仕事を成し遂げる。君子は学んで道を成し遂げる。 19-8 小人は過ちがあると必ず飾り立てる。 19-9 君子には三つの変化がある。遠くから見ると厳然としているが、近づくと温かい。言葉を聞くと鋭い。 19-10 君子は信頼を得てから民を労役させる。信頼がなければ民は虐げられていると思う。信頼を得てから諫める。信頼がなければ悪口だと思われる。 19-11 大きな徳は枠を越えない。小さな徳は出入りがあってもよい。 19-12-1 子夏の弟子たちは、掃除や応対や進退の作法ならできるが、枝葉だ。根本となると何もない。どうしたものか。 19-12-2 ああ、言游の言い過ぎだ。君子の道に、何を先に伝え何を後に疲れるなどあるか。草木を種類ごとに分けるようなものだ。君子の道をどうして誣い得よう。始めがあって終わりがある——それができるのは聖人だけだろう。 19-13 仕官して余裕があれば学び、学んで余裕があれば仕官する。 19-14 喪は、哀しみを尽くして、それで止める。 19-15 友人の張は有能で稀な人物だ。だがまだ仁ではない。 19-16 堂々たる張だが、仁と並び立つのは難しい。 19-17 先生から聞いた。「人は自分からそこまでやり切ることはない。必ず親の喪でそうする」。 19-18 先生から聞いた。「孟荘子の孝は他のことはできる。だが父の臣を替えず、父の政治も改めないのは難しい」。 19-19 上が道を失い、民は久しく散っている。もしその実情を知れたなら、嘆き憐れんで、喜んではならない。 19-20 紂の悪はここまでひどくはなかった。だから君子は下流に住むのを嫌う。天下の悪が皆そこに集まるからだ。 19-21 君子の過ちは日食や月食のようだ。過てば皆が見、改めれば皆が仰ぐ。 19-22-1 仲尼はどこで学んだのか。 19-22-2 文王・武王の道は地に落ちていない。人の中にある。賢者はその大きいところを知り、賢くない者は小さいところを知る。誰もが文武の道を持っている。先生はどこで学ばないことがある。どうして常に一定の師など持てよう。 19-23-1 子貢は仲尼より賢い。 19-23-2 宮殿の壁にたとえると、賜の壁は肩ほどで、中を覗けば家の良さが見える。先生の壁は数仞もあり、門から入れなければ宗廟の美しさも百官の豊かさも見えない。門にたどり着ける者は少ない。先生がそう言われるのも当然だ。 19-24 どうしようもない。仲尼は毀れない。他の賢者は丘陵で、越えることもできる。仲尼は日月で、越えることなどできない。人が自ら閉じこもっても、日月に何の傷がある。自分の分量を知らぬだけだ。 19-25-1 あなたが恭しいだけで、どうして仲尼があなたより賢いと言えるのか。 19-25-2 君子は一言で知者ともされ、一言で不知ともされる。言葉は慎まねばならない。先生に及ばないのは、天に階段がなく登れないのと同じだ。先生が国や家を得たなら、「立てば立ち、導けば行き、安んじれば来て、動かせば和す。生きて栄え、死んで哀しまれる」そういう人だ。どうして及べよう。 20-1-1 ああ、舜よ。天の巡りはお前の身に託された。まさに中を保て。四海が困窮すれば、天の禄は永く絶える。 20-1-2 私は小子の履。黒い牡牛を捧げ、かしこき上帝に告げ申し上げる。罪ある者は赦さない。臣下の善悪は隠れない。すべて帝の心に照らされている。私に罪があるなら万方に及ぼさない。万方に罪があるなら、その罪は私にある。 20-1-3 周には大いなる恩賜があり、善人は富んだ。 20-1-4 どれほど近親が多くても、仁者には及ばない。百姓に過ちがあれば、その責は私一人にある。 20-2-1 どうすれば政治を行えますか。 20-2-2 五つの美を尊び、四つの悪を退ければ、政治ができる。 20-2-3 五つの美とは何ですか。 20-2-4 君子は恵みがあっても無駄遣いせず、働かせても恨まれず、欲しても貪らず、ゆったりしても驕らず、威厳があっても猛々しくない。 20-2-5 恵みがあっても無駄遣いしないとは。 20-2-6 民の利になることを利として行えば、恵みがあっても無駄遣いしないではないか。働かせるべきことを選んで働かせれば、誰が恨む。仁を望んで仁を得るなら、どうして貪る。君子は人数の多寡や事の大小にかかわらず、侮りを持たない。ゆったりしても驕らないではないか。衣冠を正し、眼差しを正しく尊び、厳然として人が仰いで畏れるなら、威厳があっても猛々しくないではないか。 20-2-7 四つの悪とは何ですか。 20-2-8 教えずに殺すのは虐だ。戒めずに結果だけを求めるのは暴だ。雑に命じて期限だけ迫るのは賊だ。出し入れにけちなのは吝だ。 20-3 命を知らねば君子になれない。礼を知らねば立てない。言葉を知らねば人を知れない。 22-1 この道の美しさは、誰にも止められない。