俳優の自己修養
演劇 / スタニスラフスキー
訳者一言 取り合えず翻訳しただけ。細かいレイアウトはすこしずつやっていくよ。 この著作を、私の最良の弟子であり、愛する女優であり、そして私のあらゆる演劇的探求において常に献身的な助け手であったマリア・ペトロヴナ・リリナに捧げる。 序文 1 私は俳優の技芸(いわゆる「スタニスラフスキー・システム」)についての大部の多巻本を構想している。 すでに刊行された『芸術における私の生涯』は、この著作への序章となる第1巻である。 本書は、創造過程における「体験」の中での「自己修養」について述べたものであり、第2巻にあたる。 近いうちに私は第3巻の編纂に取りかかるが、そこでは創造過程における「具現」の中での「自己修養」について述べることになる。 第4巻は「役づくり」に捧げるつもりだ。 本書と同時に、補助として、推奨する練習課題を数多く収めた一種の課題集(「トレーニングと訓練」)も刊行すべきだった。 しかし今は、それをしない。私の大著の本筋から気をそらさないためであり、その本筋こそがより重要で、より急ぐべきものだと私は考えているからである。 「システム」の主要な基礎がひととおり伝えられたなら、私は補助的な課題集の編纂に取りかかる。 2 本書も、またこれに続く諸巻も、学術的なものだと称するつもりはない。 その目的はもっぱら実践的なものである。 そこには、俳優として、演出家として、そして教師としての長年の経験が私に教えてくれたことを伝えようとする試みが込められている。 3 本書で私が用いている用語は私の創作ではなく、実践の場、すなわち弟子たちや駆け出しの俳優たち自身から取られたものである。 彼らは実際の稽古の中で、自分たちの創造的な感覚を言葉による呼び名として言い表したのである。 彼らの用語法が価値をもつのは、それが駆け出しの人々にとって身近で分かりやすいからである。 そこに学術的な根拠を探そうとしてはならない。 私たちには、生活そのものが育んだ独自の演劇語彙、独自の俳優の隠語がある。 もっとも、私たちは「潜在意識」「直感」といった学術的な語も用いるが、それらは哲学的な意味でではなく、ごく素朴な日常的な意味で使われている。 舞台の創造という領域が学問によって軽んじられ、未研究のままに置かれ、私たちの実践に必要な言葉が与えられなかったのは、私たちの責任ではない。 そこで、いわば手作りの手段で窮地を切り抜けるほかなかった。 「システム」が目指す主要な課題の一つは、潜在意識を備えた有機的本性の創造力を自然に呼び起こすことにある。 このことは、本書の最終章である第XVI章で述べられている。 この部分には格別の注意を払うべきである。そこにこそ、創造の本質であり、そして「システム」全体の核心があるからだ。 5 芸術については、簡潔に、分かりやすく語り、書かなければならない。 難解な言葉は弟子を怖がらせる。 それは脳を刺激するだけで、心を動かさない。 そのため創造の瞬間には、人間の知性が、私たちの芸術の方向性において重要な役割を与えられている潜在意識を伴う芸術的感情を圧迫してしまうのである。 しかし、複雑な創造過程について「簡潔に」語り、書くのは難しい。 言葉は、捉えがたく潜在意識的な感覚を伝えるには、あまりにも具体的で粗い。 こうした事情から、私はこの本のために、読者が印刷された言葉の中で語られていることを感じ取れるよう助ける特別な形式を探さざるを得なかった。 私は、比喩的な実例や、弟子たちが練習課題やエチュードに取り組む稽古の様子の記述によって、それを達成しようとしている。 もし私の試みがうまくいけば、本書の印刷された言葉は、読者自身の感受によって生き生きと息づくだろう。 そうなれば、私には彼らに対して、創造的な作業の本質とサイコテクニックの基礎を説明することができるだろう。 6 本書で私が語っている演劇学校も、そこに登場する人々も、現実には存在しない。 いわゆる「スタニスラフスキー・システム」についての仕事は、ずっと以前から始められていた。 当初、私は自分の覚え書きを出版のためではなく、私たちの芸術とそのサイコテクニックの領域で行われていた探求を助ける、自分自身のためのものとして書き留めていた。 挿話のために必要だった人物や言い回し、実例は、当然ながら当時の、遠い戦前の時代(1907〜1914年)から取られている。 こうして、気づかぬうちに年々、「システム」に関する膨大な資料が蓄積されていった。 いま、その資料から一冊の本が作られた。 登場人物を改めるのは、時間も手間もかかりすぎるだろう。 過去から取った実例や個々の言い回しを、新しいソビエトの人々の生活ぶりや性格と結びつけるのは、なおさら難しい。 実例を入れ替え、別の言い回しを探さなければならなくなる。 それはさらに時間がかかり、いっそう困難になる。 しかし、私がこの本で書いていることは、特定の時代やその人々に属するものではなく、あらゆる国民、あらゆる時代に生きる、芸術家肌のすべての人々の有機的本性に関わることである。 私が重要だと考える同じ考えを繰り返し述べているのは、意図的である。 読者諸氏がこのしつこさを許してくださるよう願う。 7 結びに、助言や示唆、資料などによって、さまざまな形で本書の作業を助けてくださった方々に謝意を表することを、私の喜ばしい務めとしたい。 『芸術における私の生涯』で、私の芸術家としての生涯において最初の教師たち――G. N. とA. F. フェドトフ、N. M. メドヴェジェワ、F. P. コミッサルジェフスキー――が果たした役割について述べた。彼らは私に、芸術に向き合う姿勢を初めて教えてくれた。また、ヴラジーミル・イワノヴィチ・ネミロヴィチ=ダンチェンコを中心とするモスクワ芸術座の仲間たちも、共同作業の中で私に多くの、そしてきわめて重要なことを教えてくれた。 私はいつも、そしてとりわけ今、この本を世に出すにあたって、彼らのことを心からの感謝とともに思い、今も思っている。 次に、いわゆる「システム」を実際に実現し、本書の作成と刊行において私を助けてくれた人々に移るにあたり、まず私は、舞台活動における変わらぬ伴侶であり忠実な協力者である人々に呼びかけたい。 私は若い頃から彼らとともに芸術家としての仕事を始め、そして今、老年になったいまも、彼らとともに自分の仕事に奉仕し続けている。 私は共和国功労芸術家(3)について述べている。 すなわち、共和国功労芸術家S. ソコロワと、共和国功労芸術家V. S. アレクセーエフである。彼らは、いわゆる「システム」を実際に実現するうえで私を助けてくれた。 私は亡き友人L. I. スレルジツキーの思い出を、大きな感謝と愛をもって胸に抱いている。 彼は「システム」に関する私の初期の試みを最初に認め、草創期にはその練り上げと実践を助け、疑いや気力の衰えに襲われたときには私を励ましてくれた。 「システム」を実際に実現するうえでも、また本書を作るうえでも、私の名を冠するオペラ劇場の演出家であり教師であるN. V. デミドフは大きな助けとなってくれた。 彼は貴重な助言や資料、実例を提供してくれた。さらに本書についての見解を述べ、私が犯した誤りを指摘してくれた。 この助けに対して、ここに彼へ心からの感謝を述べることができるのを、私はうれしく思う。 「システム」を実際に実現するうえでの助力、ならびに本書原稿の閲読に際しての助言と批評に対し、共和国功労芸術家でありモスクワ芸術座の俳優であるM. N. ケドロフに心から感謝する。 また、本書原稿の点検にあたり助言を与えてくださった、共和国功労芸術家でありモスクワ芸術座の俳優であるN. A. ポドゴルヌイにも、心からの謝意を捧げる。 さらに、本書の編集という大仕事を引き受け、卓越した識見と才能をもってその重要な仕事を成し遂げてくださったE. N. セミノフスカヤに、最も深い感謝を表する。 K. スタニスラフスキー 序章 …19…年2月…。 …年、私が勤めていたN市で、私と仲間(彼も速記者)に、著名な俳優・演出家・教師であるアルカージー・ニコラエヴィチ・トルツォフの公開講演を速記してほしいと依頼があった。 この講演が私のその後の運命を決めた。私の中に舞台への抗いがたい憧れが芽生え、いま私はすでに劇場の学校に入学が決まり、まもなくアルカージー・ニコラエヴィチ・トルツォフ本人と、その助手イワン・プラトーノヴィチ・ラフマーノフのもとで授業が始まる。 古い生活に決着をつけ、新しい道へ踏み出せたことが、私は限りなくうれしい。 ただ、過去の中にも役に立つものがある。 たとえば、私の速記だ。 もし私が、すべての授業を系統立てて記録し、できる限り速記していったらどうだろう。 そうすれば、一冊まるごとの教科書ができあがる。 復習の助けになる! そして後には、私が俳優になったとき、この記録は仕事の難しい局面で羅針盤になってくれるだろう。 決めた。日記の形で記録をつけていこう。 I. ディレッタンティズム … … … … … … … … … 19..年 私たちは今日、トルツォフの初めての授業を震える思いで待っていた。 ところがアルカージー・ニコラエヴィチは、驚くべき宣言をするためだけに教室へ現れた。彼は、私たちが各自の選んだ戯曲の一場面を演じる上演会を組むというのだ。 その上演会は大舞台で、観客の前で、さらに劇団員と劇場の芸術部門の管理者たちが立ち会う中で行われなければならない。 アルカージー・ニコラエヴィチは、上演という状況の中で私たちを見たいのだ。舞台の板の上で、装置に囲まれ、メイクをし、衣装を着け、明るいフットライトの前で。 彼の言葉によれば、そうした形の披露だけが、私たちの「舞台性」がどの程度かをはっきり示すのだという。 弟子たちは呆然として固まった。 私たちの劇場の中で演じるだって? それは冒涜だ、芸術への侮辱だ! 私はアルカージー・ニコラエヴィチに、上演会を別の、もう少し気楽にできる場所へ移してほしいと頼みたくなったが、そうする前に彼はもう教室を出てしまっていた。 授業は取りやめになり、空いた時間は抜粋箇所の選定に充てられた。 アルカージー・ニコラエヴィチのこの企ては、活発な議論を呼んだ。 最初は賛成する者はごくわずかだった。 とりわけ熱心に支持したのは、すらりとした若者ゴヴォルコフ(私が聞いたところでは、どこか小さな劇場で既に演じたことがある)、背が高く見目麗しい金髪のふくよかなヴェリャミノワ、そして小柄で身軽で騒がしいヴューンツォフだった。 しかし次第に、ほかの者たちも来たるべき出演のことを受け入れ始めた。 想像の中では、舞台のライトが楽しげにきらめいた。 やがて上演会は、私たちにとって面白く、有益で、しかも必要なものにさえ思えてきた。 それを思うだけで心臓の鼓動が速くなった。 私とシュストフとプーシチンは、最初はとても控えめだった。 私たちの夢は、ヴォードヴィルか、軽薄なコメディの範囲を出なかった。 それだけが自分たちの力に見合うと思っていたのだ。 しかし周囲では、まずロシアの作家――ゴーゴリ、オストロフスキー、チェーホフ――の名がますます頻繁に、しかも確信をもって口にされるようになり、やがて世界の天才たちの名も語られるようになった。 いつの間にか私たちも、この控えめな立場から降りてしまい、ロマンティックで、時代物で、韻文の…そんなものをやってみたくなった。 私を誘ったのはモーツァルトの像で、プーシチンを誘ったのはサリエリだった。 シュストフはドン・カルロスを考えていた。 その後シェイクスピアの話になり、ついに私の選択はオセロ役に定まった。 そうしたのは、家にプーシキンがなく、シェイクスピアはあったからだ。しかも私を捉えた仕事への熱、すぐにでも取りかからねばならないという欲求があまりに強く、書物を探すことに時間を費やせなかった。 シュストフはイアーゴ役を引き受けた。その日のうちに、最初の稽古は明日に決まったと告げられた。 家に戻ると、私は自室に鍵をかけ、『オセロ』を取り出し、ソファに楽に腰を下ろし、畏敬の念をもって本を開いて読み始めた。 ところが、2ページ目に入った途端、演じたくてたまらなくなった。 思ってもみなかったのに、手足も顔もひとりでに動き出した。 朗誦せずにはいられなかった。 折よく、手元に本を裁断するための大きな骨製のナイフがあった。 私はそれを短剣のようにズボンの腰に差し込んだ。 毛羽立ったタオルが頭巾の代わりになり、窓のカーテン留めの色柄の帯が肩掛けの役を果たした。 シーツと毛布で、シャツとガウンのようなものを作った。 傘はヤタガンに変身した。 盾が足りない。 だが私は、隣の部屋――食堂――の戸棚の裏に、大きなトレーがあって、それが盾の代わりになることを思い出した。 出撃を決意せねばならなかった。 武装すると、私はまるで本物の戦士になった気がした。威厳があり、美しく。 しかし全体の見かけは現代的で、こざっぱりしているのに、オセロはアフリカ人だ。 彼には虎のようなものがなければならない。 虎らしい癖を見つけるため、私は一連の練習を始めた。部屋の中を滑るように忍び足で歩き、家具の狭い隙間を器用にすり抜けて進み、戸棚の陰に隠れて獲物を待ち、待ち伏せから一跳びで飛び出して想像上の敵に襲いかかった。敵の代わりは大きなクッションで、私はそれを絞め殺し、「虎のように」自分の下へ押さえつけた。 やがてクッションは、私にとってデズデモーナになった。 私はそれを情熱的に抱きしめ、枕カバーの角を伸ばして表した手に口づけし、次の瞬間には軽蔑とともに突き放して、また抱きしめ、そして絞め殺し、想像上の屍の上で泣いた。 いくつもの瞬間が見事にうまくいった。 そうして、気づかぬうちに私はほとんど5時間も作業していた。 こんなことは、無理やりではできない! 芸術的高揚のときには、時間が分のように感じられる。 これこそ、私が味わった状態が真のインスピレーションだったという証拠だ! 衣装を脱ぐ前に、家中がもう寝静まっているのを利用して、私は誰もいない玄関ホールへ忍び出た。そこには大きな鏡があり、電灯をつけて自分を見た。 私は、期待していたものとはまったく違うものを見た。 作業中に見いだしたはずのポーズや身振りは、私が思い描いていたのとは別物だった。 それどころか、鏡は、私の姿の中に、これまで自分では知らなかった角張りや、醜い線を露わにした。 その失望で、私の気力は一気に消え失せた。 … … … … … … … 19..年 私はいつもよりずっと遅く目を覚まし、急いで身支度をして学校へ駆けた。 すでに皆が待っていた稽古場に入ったとき、私はあまりに気まずくなって、謝る代わりに、愚かな決まり文句を口にしてしまった。 「どうやら少し遅れたようです。」 ラフマーノフはしばらく私を咎めるように見つめ、やがて言った。 「みんな座って待って、いらいらし、腹を立てているのに、君は“少し”遅れただけだと思うのか!」 「みんなこれからの仕事に高ぶって来ているのに、君はそんなことをして、私はもう君と稽古をする気が失せた。」 創造したいという欲求を呼び起こすのは難しいが、それを殺すのは実にたやすい。 君に、ひと組まるごとの仕事を止める権利がどこにある? 私はこの仕事をあまりに尊重しているから、こんな混乱は許せない。だから集団作業では軍人のように厳格であることを、自分の務めだと考えている。 俳優も兵士と同じで、鉄の規律が必要だ。 今回は、稽古日誌への記載なしで、叱責にとどめる。 だが君は今すぐ皆に謝り、今後は、稽古の開始後ではなく開始の15分前には来ることを規則として守りなさい。 私は急いで謝り、二度と遅れないと約束した。 しかしラフマーノフは稽古を始めようとしなかった。彼の言葉では、最初の稽古というのは俳優人生の一大事であり、それについてはいつまでも最良の思い出を残しておくべきなのだ。 だが今日のそれは、私のせいで台無しになってしまった。 それなら、うまくいかなかった最初の稽古に代わって、明日の稽古を私たちにとっての記念すべき稽古にしよう。 そう言ってラフマーノフは教室を出ていった。 だが、これで一件落着にはならなかった。ゴヴォルコフを先頭にした仲間たちから、もう一つ別の「湯」が待っていたからだ。 その「湯」は、最初のよりもさらに熱かった。 これで私は、今日の流れてしまった稽古のことを忘れないだろう。 今日の説教と昨日の失望のあとでは役に取りかかるのが怖く、私は早く寝ようと思っていた。 ところが、チョコレートの板が目に入った。 私はそれをバターと一緒にすり潰そうと思いついた。 茶色い塊ができた。 それは顔によくのびて、私をムーア人に変えてくれた。 褐色の肌との対比で、歯がいっそう白く見えた。 鏡の前に座って、私は長いあいだその輝きに見とれ、歯をむき出す練習や、眼球の白目をひっくり返す練習をした。 メイクをよりよく理解し、評価するには衣装が必要になり、それを着ると今度は演じたくなった。 新しいものは何も見つからず、昨日やったことを繰り返しただけだが、それはもう切れ味を失っていた。 ただし、自分のオセロの外見がどうなるかは見て取れた。 それは重要だ。 … … … … … … … 19..年 今日は最初の稽古だ。私は開始よりずっと早く来た。 ラフマーノフは、部屋を整え、家具を並べるのは私たち自身でやるようにと言った。 幸い、シュストフは外面的なことには興味がなかったので、私の提案をすべて受け入れてくれた。 私にとっては、家具を自分の部屋の中のように把握できる配置にすることが非常に重要だった。 それがなければ、私はインスピレーションを呼び起こせない。 しかし、望んだ結果は得られなかった。 自分の部屋にいるのだと無理に信じ込もうとしただけで、それは私を納得させず、かえって演技の邪魔になった。 シュストフはすでに台詞を全部暗記していたが、私は台本のノートを読みながらやったり、覚えている範囲の意味を自分の言葉で大まかに伝えたりせざるを得なかった。 意外なことに、台詞は私の助けではなく妨げになり、できることなら台詞なしでやるか、半分に削ってしまいたいと思った。 役の言葉だけでなく、詩人の私には異質な思想や、彼が指定した行為までもが、家でエチュードをしていたときに味わった自由を縛った。 さらに不愉快だったのは、自分の声が自分のものに聞こえなかったことだ。 そのうえ、家での作業で固まったミザンセーヌもイメージも、シェイクスピアの戯曲と溶け合わないことが分かった。 たとえば、イアーゴとオセロの比較的落ち着いた冒頭の場面に、私を役へ導く獰猛な歯のむき出しや目玉の回転、「虎のような」癖を、どう押し込めばいいのか。 しかし、この野蛮人の演技の手段と、自分で作り上げたミザンセーヌを捨てることはできなかった。代わりに何も持っていなかったからだ。 台詞は台詞として読み、野蛮人としては野蛮人として演じ、両者を結びつけられなかった。 言葉は演技の邪魔をし、演技は言葉の邪魔をする――全体がちぐはぐで不快な状態だった。 またしても家での作業では新しいものは何も見つからず、もう満足できなくなっている古いものを繰り返しただけだった。 これは、同じ感覚や手段の繰り返しにすぎないのではないか。 それは誰のものなのだ――私のものか、それとも野蛮なムーア人のものか。 なぜ昨日の演技は今日の演技に似ていて、今日の演技は明日の演技に似ているのか。 それとも、私の想像力が尽きたのか。 それとも、役のための素材が記憶の中にないのか。 なぜ最初はあれほど勢いよく進んだのに、やがて同じ場所で立ち止まってしまったのか。 そう考えているうちに、隣の部屋では家の人たちが夕方のお茶のために集まってきた。 こちらに注意を向けられないよう、私は稽古を部屋の別の場所へ移し、役の台詞もできるだけ小声で言わねばならなかった。 驚いたことに、こうした些細な変化が私を生き返らせ、エチュードにも役そのものにも、どこか新しい気持ちで向き合えるようにした。 秘密が解けた。 要は、一つのことに長く引っかかって、陳腐なものを際限なく繰り返してはいけない、ということだ。 決めた。 明日の稽古では、すべてに即興を入れる。ミザンセーヌにも、役の解釈にも、役への取り組み方にも。 … … … … … … … 19..年 今日の稽古では、最初の場面からさっそく即興を入れた。歩く代わりに座り、身振りも動きもなく、いつもの野蛮人の癖を捨てて演じてみようと決めた。 するとどうだろう。 最初の言葉から私は混乱し、台詞も、いつものイントネーションも失って立ち止まってしまった。 急いで元の演技の調子とミザンセーヌに戻るほかなかった。 どうやら私は、身につけてしまった野蛮人の表現の手段なしでは、もうやっていけないらしい。 私がそれを操っているのではなく、むしろそれが私を操っている。 これは何だ? 隷属か? … … … … … … … 19..年 稽古全体の調子はよくなっていた。作業が行われる場所にも、そこで立ち会う人々にも、私は慣れてきている。 さらに、相容れなかったものが合わさり始めている。 以前は、野蛮人を表す私の手段は、どうしてもシェイクスピアと溶け合わなかった。 最初の稽古のころは、アフリカ人の特徴的な癖を作り出して役に押し込むとき、私は嘘と強引さを感じていた。だが今は、どうやらいくらか稽古している場面にそれをなじませることができたようだ。 少なくとも、作者との不一致を前ほど鋭くは感じない。 … … … … … … … 19..年 今日は大舞台での稽古だ。 私は、舞台裏の奇跡的で、気分を昂らせる雰囲気を当てにしていた。 ところが、どうだろう? 私が期待していた、明るく照らされたフットライト、喧騒、うず高く積み上がった舞台装置の代わりにあったのは、薄暗がりと静けさと、人の気配のなさだった。 広大な舞台は、開け放たれたまま空っぽだった。 フットライトのすぐそばに、これからできる舞台装置の輪郭を示すようにウィーンの椅子がいくつか置かれているだけで、右手には、三つの電球が灯るスタンドが据えられていた。 私が舞台の板に上がった途端、目の前に舞台口の巨大な開口が立ちはだかり、その向こうには、果てしないように思える深く暗い空間が広がっていた。 開いた幕のまま、空っぽで人のいない客席を、私は初めて舞台の上から見た。 どこか――私にはとても遠くに思えたが――そこに、笠をかぶった電灯が一つ灯っていた。 それが、机の上に置かれた白い紙の束を照らし、誰かの手が「一言一句書き留め」ようとしていた。 「…」 私は空間の中にすっかり溶けてしまったようだった。 誰かが「始めて」と叫んだ。 ウィーンの椅子で輪郭だけが描かれた、想像上のオセロの部屋に入り、自分の席に座るよう命じられた。 私は座ったが、自分のミザンセーヌで座ることになっている椅子ではなかった。 当の考案者である私自身が、自分の部屋の配置を見分けられなかったのだ。 どの椅子が何を表しているのか、ほかの人に説明してもらわねばならなかった。 椅子で囲われた小さな空間に自分を押し込めるのに長いこと苦労し、周囲で起きていることに注意を集中させることも、なかなかできなかった。 隣に立っているシュストフを見るよう自分に言い聞かせるのさえ、難しかった。 注意は客席へ引き寄せられたり、舞台の隣の部屋――工房へ引き寄せられたりした。私たちの稽古などお構いなしに、そこでは日常が続いていて、人が行き来し、何かを運び、のこぎりを引き、叩き、言い争っていた。 それでも私は、機械のように台詞を言い、動き続けていた。もし長い家での練習が、野蛮人の演技の手段や言葉のテキスト、イントネーションを私の中に叩き込んでいなかったら、私は最初の言葉で止まっていただろう。 もっとも、結局それは現実になったのだが。 原因はスフレールだった。 私は初めて、この「紳士」が、俳優の味方ではなく、手に負えない策士だということを知った。 私に言わせれば、良いスフレールとは、一晩じゅう黙っていられて、肝心な瞬間に、俳優の記憶からふっと抜け落ちたたった一語だけを言える者だ。 ところが、うちのスフレールはひっきりなしにシーシーと囁き続け、ひどく邪魔をする。 どうしていいか分からないし、この過度に熱心な助っ人からどう逃れればいいのかも分からない。まるで耳から魂の奥へ入り込んでくるようなのだ。 結局、彼は私に勝った。 私は調子を崩して止まり、邪魔をしないでくれと頼んだ。 … … … … … … … 19..年 これが舞台での二度目の稽古だ。 私は夜明けとともに劇場へ潜り込み、仕事の準備を一人きりの楽屋ではなく、皆の前で――舞台そのものでやろうと決めた。 そこでは作業が沸騰していた。 私たちの稽古のための舞台装置と小道具が据え付けられていた。 私は準備を始めた。 この混沌のただ中で、家での練習のときに慣れていたあの居心地の良さを探すのは無益だった。 まず何より、私には新しい周囲の状況に慣れることが必要だった。 そこで私は前舞台へ近づき、舞台枠の不気味な黒い穴を見つめて、それに慣れ、客席へ引き寄せられる癖から自由になろうとした。 しかし、空間を気にしないようにすればするほど、かえってそれのことを考え、舞台口の向こうの不気味な暗闇へ引き寄せられる力は、ますます強くなった。 そのとき、通りがかった作業員が釘をばらまいた。 私は拾い集めるのを手伝った。 すると不意に、大舞台が心地よく、居心地よくさえ感じられた。 だが釘を拾い終え、愛想のよい私の相手も去ると、また空間に押しつぶされ、私は再びそこに溶けていくようになった。 ついさっきまで、あんなに気分がよかったのに! とはいえ、それも当然だ。釘を拾っている間、私は舞台口の黒い穴のことを考えていなかったのだから。 私は急いで舞台を離れ、パルテールに座った。 ほかの抜粋の稽古が始まったが、私は舞台で起きていることが目に入らなかった。震える思いで自分の順番を待っていたのだ。 この苦しい待ち時間にも、良い面がある。 人はそれによって、怖れていることが一刻も早く来て、そして終わってしまってほしい、と思う極限まで追い込まれる。 私は今日、まさにそんな状態を味わった。 ようやく私の抜粋の番になって舞台へ出ると、そこには、劇場のパヴィリオンの壁板や、書割、付け足しの板など、さまざまな部材を寄せ集めて組んだ装置がすでにできていた。 いくつかは裏返しにされていた。 家具も寄せ集めだった。 それでも、照明が入った舞台の全体は感じがよく、私たちのために用意されたオセロの部屋は居心地がよかった。 想像力を大いに働かせれば、この環境の中でも、私の部屋を思わせる何かが見つかりそうだった。 幕が開いて客席が見えた途端、私は全身、まるごとその支配下に置かれてしまった。 すると、私の中に新しい、思いもよらぬ感覚が生まれた。 装置と天井が俳優を遮るのだ。後ろからは大きなアリエルスツェーナを、上からは巨大な暗い空間を、横からは舞台に隣接する部屋や装置の骨組みのアーチを。 こうした隔離は、もちろん心地よい。 しかし悪いのは、その結果、パヴィリオンが反射鏡のような役目を帯びて、俳優の注意のすべてを客席へ投げ返してしまうことだ。 音楽のステージが貝殻のようにオーケストラの音を聴衆の側へ反射するのと同じである。 もう一つの新発見。恐怖のために、見ている人たちを楽しませねば――神よ守りたまえ! ――退屈させてはならない、という欲求が私の中に生じたのだ。 それが苛立たしく、私が何をし何を言っているのかに没入する妨げになった。そのうえ、覚え込ませた台詞の発声や、慣れた動きが、思考や感情に先回りした。 焦りが出て、早口になった。 同じ焦りが、動作や身振りにも移った。 私は息もつけないほどの勢いで台詞を駆け抜け、テンポを変えることができなかった。 好きな箇所でさえ、走る列車の窓から見える電信柱のように流れていった。 ほんの少しでもつまずけば、破局は避けられない。 私は何度もスフレールに救いを求めて目を向けたが、彼は何事もなかったかのように、せっせと時計を巻いていた。 あれは、前の一件への仕返しだったに違いない。 … … … … … … … 19..年 今日は総稽古なので、化粧と衣装の手当てをしなければならず、私はいつもよりさらに早く劇場へ来た。 私は立派な楽屋に通され、『シャイロック』の中のモロッコの王子の、博物館級の東洋風ガウンが用意されていた。 これだけのものを身につければ、うまく演じねばならない。 化粧台に着くと、そこにはいくつものかつら、髪、ありとあらゆる化粧道具が用意されていた。 どこから始めればいいのか? 私は筆の一本に茶色の絵の具を含ませようとしたが、固まりすぎていて、どうにか薄い層を引っかけるのが精いっぱいで、肌には何の跡もつかなかった。 筆をぼかし道具に替えたが、結果は同じだった。 指に絵の具を塗りつけ、肌に擦りつけてみた。 今度は、かすかに色をつけることができた。 ほかの絵の具でも同じ試みを繰り返したが、よくのるのは青いものだけだった。 しかし、ムーア人の化粧に青は要らないように思えた。 頬に接着剤を塗って、小さな毛束を貼りつけようとしてみた。 接着剤はひりひりし、毛は突っ立った……。 かつらを一つ、二つ、三つと試したが、どちらが前でどちらが後ろかもすぐには分からなかった。 どのかつらも、まだ化粧をしていない顔では、「かつらっぽさ」があまりに露骨だった。 私は、苦労してようやく顔にのせたそのわずかなものを洗い落としたくなった。 だが――どうやって洗い落とす? そのとき楽屋に、背が高くてひどく痩せた、眼鏡に白衣、突き出た口ひげと長いスパニョールひげの男が入ってきた。 この「ドン・キホーテ」は、腰を折るように前かがみになり、長話もせずに私の顔を「処置」し始めた。 彼は私が塗ったものをワセリンで手早く落とし、筆に脂をつけてから、あらためて絵の具をのせ始めた。 脂ののった肌には、絵の具が軽く、むらなくのった。 それから「ドン・キホーテ」は、ムーア人にふさわしい褐色の肌色のトーンで顔を覆った。 だが、チョコレートで出した以前の、もっと濃い色が惜しかった。あのほうが白目や歯がいっそう輝いたのだ。 化粧が終わり、衣装も着け、鏡に映る自分を見ると、私は「ドン・キホーテ」の腕前に心底驚き、自分に見とれてしまった。 体の角張りはガウンのひだに隠れ、私が身につけた野蛮人の癖も、全体の姿によく合っていた。 シュストフやほかの弟子たちが楽屋に入ってきた。 彼らも私の見かけに驚き、妬みの影ひとつなく、口をそろえて褒めた。 それが私を励まし、以前の自信を取り戻させた。 舞台に出ると、慣れない家具の配置に驚いた。肘掛け椅子の一つが不自然に壁から離されて舞台のほぼ中央にあり、机はスフレール小屋のほうへ寄せられ、まるで前舞台のいちばん目立つ場所に見せびらかすように据えられていた。 緊張で私は舞台を行ったり来たりし、衣装の裾やヤタガンで、しょっちゅう家具や装置の角に引っかけた。 だがそれでも、役の台詞を機械のようにまくし立て、舞台を歩き回り続けることは止まらなかった。 どうにかこうにか、抜粋を最後まで引っぱれるように思えた。 しかし役の山場に差しかかったとき、頭の中にふっと浮かんだのだ――「今、止まる」。 私はパニックに襲われ、呆然として口がきけなくなった。目の前には白い空虚な輪がぐるぐると……。 何がどう私を再び、今回も窮地の者を救ってくれたあの自動運転へ戻したのか、自分でも分からない。 そのあと私は、もう自分を見限った。 私を支配したのはただ一つの思いだけだった。早く終わらせて、化粧を落として、劇場から逃げ出したい。 そして私は家にいる。 一人で。だが、いま私にとって最も恐ろしい相手は――自分自身なのだ。 胸の内がたまらなく惨めだ。 客のところへ行って気を紛らわせようかと思ったが、行かなかった。皆がもう私の恥を知っていて、指をさしているような気がしてならないのだ。 幸い、優しく心のこもったプーシチンが来てくれた。彼は観客の中に私を見つけて、 自分のサリエリの出来について私の意見を聞きたかったのだ。 だが私は彼に何も言えなかった。舞台裏から彼の演技は見ていたはずなのに、緊張と自分の出番を待つ不安で、舞台で何が起きていたか何一つ見えていなかったからだ。 私は自分のことは何も尋ねなかった。 批評が怖かったのだ。残ったわずかな自己信頼まで殺してしまいかねないから。 プーシチンはシェイクスピアの戯曲とオセロの役について、とてもよく語った。 だが彼は、その役に、私には応えられないほどの要求を突きつけるのだ。 彼は、デズデモーナの美しい仮面の下に恐るべき悪徳が生きていると信じたときの、ムーア人の苦さ、驚き、衝撃について、とてもよく語った。 それがオセロの目には、彼女をいっそう恐ろしいものにするのだと。 友が帰った後、私はプーシチンの解釈の精神で役のいくつかの箇所に近づこうとして――涙ぐんでしまった。ムーア人があまりに哀れになったのだ。 … … … … … … … 19..年 今日は昼、披露公演だ。 すべて前もって分かっている。私がどう劇場へ行き、どう化粧台に座り、「ドン・キホーテ」がどう現れて腰を折るかまで。 だが、たとえ化粧の自分が気に入って演じたくなったとしても――結局、何もできはしない。 私の中には、何に対しても完全な無関心の感覚があった。 しかしその状態は、自分の楽屋に入るまでのことだった。 その瞬間、心臓が激しく打ち始め、息をするのが苦しくなった。 吐き気と、強い脱力感が襲ってきた。 私は、病気になりかけているのではないかと思った。 それでいい。 病気なら、最初の出演がうまくいかなかったことの言い訳になる。 舞台でまず私を当惑させたのは、異様なほど厳粛な静けさと秩序だった。 暗い舞台裏から、フットライトやスポット、灯りの完全な光の中へ出た途端、私は呆然として目がくらんだ。 照明があまりに強烈で、私と客席のあいだに光の幕ができたほどだった。 私は群衆から隔てられた気がして、ほっと息をついた。 だが目はすぐフットライトに慣れ、すると客席の黒さはいっそう恐ろしくなり、観客のほうへ引き寄せられる力はいっそう強くなった。 劇場は満員で、何千という目と双眼鏡が、ただ私一人に向けられているように思えた。 それらは、獲物をまるで貫くようだった。 私はこの千の群衆の奴隷になった気がして、へりくだり、無節操になり、どんな妥協にも応じかねない状態になった。 ひっくり返ってでも媚び、持っている以上のもの、出せる以上のものを群衆に差し出したくなった。 だが内側は、かつてないほど空っぽだった。 無理に感情を搾り出そうとする過度の努力と、不可能を成し遂げられない無力感から、全身に痙攣に至るほどの緊張が生じ、それが顔や手、体全体を拘束し、動きも歩みも麻痺させた。 力はすべて、この無意味で不毛な緊張に吸い取られていった。 硬直した体と感情を、声で助けねばならなくなり、私は叫び声にまでしてしまった! だが、ここでも過剰な緊張が作用した。 喉は締まり、息は詰まり、声は極限の高音に張りついて、そこからもう動かせなくなった。 結果――声が枯れた。 外面的な動きと演技を強めるしかなかった。 手足も言葉の奔流も抑えられず、それらが全体の緊張をいっそう増幅した。 口にした一言一言、やった身振りの一つ一つが恥ずかしく、その場で自分自身に批判してしまった。 私は顔を赤らめ、足指も手指も握りしめ、全身の力で椅子の背に自分を押しつけた。 無力感と気まずさから、突然、怒りが私を支配した。 誰に向けた怒りなのか自分でも分からない。自分にか、観客にか。 そのとき私は数分間、周囲のすべてから独立した感覚を得て、抑えのきかない大胆さに変わった。 あの有名な台詞――「血だ、イアーゴ、血だ! 」――が、意志とは無関係に私の中から噴き出した。 それは狂乱した苦悩者の叫びだった。 どうしてそうなったのか、自分でも分からない。 もしかすると、この言葉の中に、信じやすい人間の傷ついた魂を感じ取り、心から彼を哀れんだのかもしれない。 そのとき、最近プーシチンが示したオセロの解釈が、驚くほど鮮明に記憶によみがえり、感情を揺り動かした。 客席が一瞬身構え、群衆の中に、木の梢を渡る風のようなざわめきが走った気がした。 賛同を感じた途端、私は行き場の分からないほどのエネルギーが沸き立つのを覚えた。 それが私を運んだ。 場面の終わりをどう演じたか、覚えていない。 ただ、フットライトも、舞台口の黒い穴も意識から消え、あらゆる恐怖から解放され、舞台の上に、私にとって新しい、未知の、陶酔的な生が生まれたことだけを覚えている。 舞台の板の上で味わったこの数分間以上の歓びを、私は知らない。 シュストフが私の変貌に驚いたのが分かった。 私は彼にも火をつけ、彼は大いに乗って演じ始めた。 幕が閉じ、客席では拍手が起こった。 心が軽く、うれしくなった。 自分の才能への信頼が、たちまち強まった。 大胆さも出てきた。 勝ち誇って舞台から楽屋へ戻るとき、皆が私を熱い目で見ているように思えた。 巡業俳優らしく身なりを整え、胸を張って、休憩中に私は得意げに客席へ入った。今思い出すと、ぎこちなく作った無関心の仮面を、いかにも重要そうにかぶって。 ところが驚いたことに、そこには祝祭の気分などなく、「本当の」上演なら当然あるはずの完全な明かりすらなかった。 舞台の上から見えた千の群衆の代わりに、私はパルテールにせいぜい二十人ほどしかいないのを見た。 では私は、いったい誰のために必死になっていたのか? だが、私はすぐに自分を慰めることができた。「今日の上演の観客は少ない――そう自分に言い聞かせた――しかし彼らは芸術の目利きだ。トルツォフ、ラフマーノフ、そして我が劇場の著名な俳優たち。」 拍手してくれたのは、あの人たちなのだ! 千人の群衆の熱狂的な喝采と引き換えにしても、私は彼らのまばらな拍手を手放しはしない……」 トルツォフとラフマーノフによく見える席をパルテールで選び、私は、彼らが私を呼び寄せて何か気持ちのいいことを言ってくれるのではないかと期待して座った! フットライトが点いた。 幕が開くと同時に、装置に立てかけられた梯子から、弟子のマロレトコワが、まるで飛び降りるように下へ滑り落ちた。 彼女は床に倒れ、もがきながら「助けて! 」と、胸を引き裂くような叫び声を上げたので、私はぞっとした。 それから彼女は何かを言い始めたが、あまりに速くて何も分からなかった。 やがて突然、役を忘れて言葉の途中で止まり、両手で顔を覆って舞台裏へ突進した。そこから、彼女を励まし諭す、くぐもった声が聞こえた。 幕が閉じたが、私の耳にはまだ彼女の叫び――「助けて! 」が残っていた。これが才能というものだ! それを感じるのに、登場して一言あれば十分なのだ。 トルツォフは、私には、強く電気を帯びたように興奮しているように見えた。 「だって私にも、マロレトコワと同じことが起きたじゃないか――私はそう考えた――たった一つの台詞、『血だ、イアーゴ、血だ! 』で、観客は私の支配下に置かれたんだ」。 いまこの行を書いている時点で、私は自分の将来を疑っていない。 とはいえ、この確信があっても、私が自分に帰したあの大成功は、おそらく実際にはなかったのだ、ということを自覚せずにはいられない。 それでも、心の奥底のどこかで、自己信頼が勝利のラッパを吹き鳴らしている。 II. 舞台芸術と舞台の職人芸 … … … … … … … 19..年 今日は、披露公演での私たちの演技について、トルツォフの講評を聞くために集まった。 アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「芸術ではまず何よりも、美しいものを見て理解できなければならない。」 「だからまず、披露の良かった点を思い出し、挙げてみよう。」 「そういう点は二つしかなかった。第一は、マロレトコワが梯子を滑り落ちて、『助けて! 』と必死に叫んだところ。第二は、ナズヴァノフが『血だ、イアーゴ、血だ! 』の場面で見せたところだ。」 「どちらの場合も、演じた君たちも、見ていた私たちも、存在のすべてを舞台で起きていることに捧げ、息をのみ、皆に共通の一つの高揚で生きた。」 「これらの成功した瞬間は、全体から切り離して見れば、『体験』の芸術と認めることができる。これは我が劇場で培われ、ここ――この学校で学ばれているものだ。」 「『体験』の芸術とは、いったい何なのですか?」 私は興味を持って尋ねた。 「君はそれを自分の経験で知った。」 「では語ってくれ。真に創造的な状態のその瞬間が、君にはどのように感じられたのか。」 「何も分かりませんし、覚えていません」――私はトルツォフの称賛に酔って言った。 「分かっているのは、それが忘れがたい瞬間だったこと、私はそうやってだけ演じたいということ、そしてそんな芸術のためなら私は自分のすべてを捧げてもいいということだけです……」 私は黙らざるを得なかった。これ以上言えば涙がこぼれそうだったから。 「何だって? !」 「君は、恐ろしい何かを求めて内側でのたうち回っていたことを覚えていないのか?」 君は、自分の手も目も、存在のすべてが、どこかへ突進して何かを掴もうとしていたことを覚えていないのか? 唇を噛み、涙を必死にこらえていたのを覚えていないのか? ――とアルカージー・ニコラエヴィチは問いただした。 「いま起きていたことを聞かされて、私はようやく自分の感覚を思い出し始めたような気がします」――私はそう告白した。 「私がいなければ、君はそれを理解できなかったのか?」 「いいえ、できなかったと思います。」 「では、君は潜在意識的に行動していたということか?」 「分かりません……たぶん。」 「それは良いことなのですか、悪いことなのですか?」 「潜在意識が君を正しい道へ導いたのなら非常に良い。だが、潜在意識が誤ったなら悪い。」 「しかし披露公演では、潜在意識は君を見捨てなかった。そして君があの数分の成功した瞬間に私たちに与えてくれたものは、見事だった。望み得る限り最高のものだった。」 「本当ですか?」 私は幸福で息も詰まる思いで、聞き返した。 「そうだ!」 「なぜなら、俳優が作品にすっかり捉えられているときが、いちばん良いからだ。」 「そのとき俳優は、意志とは無関係に役の人生を生き、どう感じているかにも気づかず、何をしているかも考えず、すべてがひとりでに、潜在意識的に出てくる。」 「だが残念ながら、私たちはそうした創造をいつも操れるわけではない。」 — ご存じのとおり、どうにも行き詰まりです。霊感に満ちて創造しなければならないのに、それができるのは潜在意識だけで、私たちは——ご覧のとおり——それを思いのままにできない。失礼ですが、では出口はどこにあるんですか? とゴヴォルコフは当惑し、少し皮肉っぽく言った。 「幸い、出口はある!」 アルカージー・ニコラエヴィチは彼を遮った。 「それは、意識が潜在意識に直接ではなく、間接に働きかけることにある。」 「人間の魂には、意識と意志に従ういくつかの側面がある。」 「その側面こそが、私たちの不随意の心理過程に働きかけることができる。」 「もちろんそれには、かなり複雑な創造的作業が必要だ。その作業は、意識の監督と直接の作用の下で進む部分は一部にすぎない。」 「その大部分は、潜在意識的で不随意の作業である。」 「それを成し遂げられるのは、ただ一人――最も熟達し、最も天才的で、最も繊細で、到達不可能で、奇跡を起こす芸術家――私たちの有機的本性だけだ。」 「どれほど精妙な俳優のテクニックも、彼女には及ばない。」 「本を書くのも彼女に任せたいくらいだ!」 「こうした見方と、私たちの芸術家的本性に対する態度は、『体験』の芸術にきわめて典型的だ」――とトルツォフは熱をこめて言った。 「では、自然が気まぐれを起こしたら?」 と誰かが尋ねた。 「それを呼び起こし、方向づける術を身につけねばならない。」 「そのために、君たちが学ぶべき特別なサイコテクニックの手段がある。」 「その目的は、意識的な、間接の道で潜在意識を目覚めさせ、創造へ引き入れることにある。」 「だからこそ、私たちの『体験』の芸術の主要な基礎の一つが、次の原理なのだ。『俳優の意識的サイコテクニックを通じた、自然の潜在意識的創造』。」 (潜在意識的なものを意識的なものを通して、不随意なものを随意なものを通して。) )それでは、潜在意識的なものはすべて魔法使いである自然に委ね、私たちは自分たちに可能なもの――創造への意識的なアプローチと、サイコテクニックの意識的な手段――へ向かおう。 それらはまず、仕事に潜在意識が入り込んできたとき、それを邪魔しない術を教えてくれる。 「潜在意識が意識を必要とするなんて、妙ですね!」 私は驚いた。 「私にはそれが当然に思える」――アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「電気、風、水、その他の不随意の自然力は、それらを人間に従わせるために、知識と知恵を備えた技師を必要とする。」 「私たちの潜在意識的な創造力も、いわば技師なしでは成り立たない――意識的サイコテクニックなしには。」 「俳優が、舞台上での内的・外的生活が、周囲の条件の中で自然に、正常に、極限まで自然に、人間の本性のあらゆる法則に従って流れているのだと理解し、感じたときにだけ、潜在意識の深い奥所が慎重に開かれ、そこから私たちには必ずしも理解できない感受が現れてくる。」 それらは短い時間、あるいはより長い時間、私たちを支配し、内なる何かが命じるままに、私たちをどこかへ導いていく。 私たちはこの支配する力を知らず、それを研究する術も持たないため、俳優の言葉ではそれをただ「自然」と呼んでいる。 だが、正しい有機的生活を乱して――舞台で正しく創造することをやめてしまうと――その瞬間、繊細な潜在意識は暴力に怯え、また深い奥所へ隠れてしまう。 それが起きないためには、まず何より、正しく創造しなければならない。 こうして、俳優の内的生活におけるリアリズム、さらにはナチュラリズムさえも、潜在意識の働きとインスピレーションの衝動を呼び起こすために必要なのである。 「では私たちの芸術には、絶え間ない潜在意識的な創造が必要なのですね」私はそう結論した。 — いつでも潜在意識的に、霊感に満ちて創造することはできない、とアルカージー・ニコラエヴィチは言った。— そんな天才は存在しない。 「だから私たちの芸術が命じるのは、真に潜在意識的な創造のための土壌を整えることだけだ。」 「それはどうやって?」 「まずは、意識的に、そして正しく創造することだ。」 「それが、潜在意識とインスピレーションが芽生えるための最良の土壌を作る。」 「なぜです?」 私は腑に落ちなかった。 「意識的で正しいものは真実を生み、真実は信を呼び起こす。そして自然が、人の中で起きていることを信じたなら、自然は自ら仕事に取りかかる。」 「それに続いて潜在意識が入り、そしてインスピレーションそのものが現れることもある。」 「役を『正しく』演じるとは、どういう意味ですか?」 私は問いただした。 「つまり、舞台の板の上に立ちながら、役の生活条件の中で、しかもそれと完全に同じ筋道で、正しく、論理的に、一貫して、人間として考え、望み、志し、行動することだ。」 「俳優がそれを達成したとき、役に近づき、役と同じように感じ始める。」 「私たちの言葉では、それを『役を体験する』と言う。」 この過程と、それを規定するこの言葉は、私たちの芸術において、まったく例外的で、第一義的な意味を持つ。 「体験」は、舞台芸術の根本目的――役の『人間精神の生』を創り、その生を芸術的な形で舞台に伝えること――を俳優が果たす助けとなる。 ご覧のとおり、私たちの主要な課題は、役の生活を外面の現れとして描写することだけにあるのではない。むしろ何よりも、描かれる人物と戯曲全体の内的生活を舞台上に創り出すことにあり、その異なる生に自分自身の人間的感情を適合させ、自らの魂の有機的要素をすべて差し出すことにある。 この主要で根本の目的によって、創造のあらゆる瞬間、そして舞台上でのあなたの生活のあらゆる瞬間を導かなければならない――これを一度きりではなく永遠に覚えておきなさい。 だからこそ私たちはまず、役の内的側面、すなわち「体験」という内的過程によって生み出されるその心理的生活について考える。 それこそが創造の主要な瞬間であり、俳優の第一の関心事なのだ。 役を体験しなければならない。すなわち、役と同質の感情を、繰り返しのたび、上演のたびに、毎回味わわねばならない。 「偉大な俳優は皆、自分が描くものを感じ、そして実際に感じている」――と、この方向性の最良の代表者である老トンマゾ・サルヴィーニは言う。 「私はさらに、俳優が役を研究している間に一度や二度その興奮を味わう義務があるだけでなく、初演であれ千回目であれ、その役を演じるたびに、多かれ少なかれそれを感じるべきだとさえ思う……」 とアルカージー・ニコラエヴィチは、イワン・プラトーノヴィチが手渡したトンマゾ・サルヴィーニの文章(コクランへの返答)から読み上げた。 俳優の芸術を、私たちの劇場も同じように理解している。 … … … … … … … 19..年 シュストフとの長い議論の影響で、私は機会を見てアルカージー・ニコラエヴィチに言った。 「自分で『感じられ』ず、『体験できない』人に、どうやって正しく体験し感じることを教えられるのか、私には分かりません!」 「君はどう思う。自分や他人に、役とその中の本質に興味を持たせることはできるだろうか?」 とアルカージー・ニコラエヴィチは私に尋ねた。 「できるとしましょう。容易ではありませんが」私は答えた。 「そこに面白く重要な目標を定め、正しい取り組み方を探し、自分の中に正しい志向を呼び起こし、それにふさわしい行為を行うことはできるか?」 「できます」私はまた同意した。 「では、その作業をやってみなさい。ただし必ず、真摯に、誠実に、最後までやり通すこと。しかも冷たく、無関心なままで。」 君にはできない。 必ず心が動き、戯曲の登場人物の立場に自分を置き、彼(彼女)と同質の、自分自身の感受を体験し始める。 そのやり方で役全体を作業すれば、舞台上でのあなたの生活のあらゆる瞬間が、それに応じた「体験」を呼び起こすことが分かるだろう。 そうした瞬間の切れ目のない連続が、役の「体験」の連続した線、すなわち『人間精神の生』を形作る。 まさにそのような、完全に意識的な舞台上の状態――真の内的真実の雰囲気の中での状態――こそが、感情を最もよく呼び起こし、潜在意識の働きが短く、あるいはより長く生き返るため、またインスピレーションの衝動のための、最も恵まれた土壌となるのだ。 「以上の話から、私たちの芸術の学習は、『体験』のサイコテクニックを身につけることに帰着すると理解しました。」 「そして『体験』は、創造の燃える目的――役の『人間精神の生』の創造――を果たす助けになる、ということですね」シュストフは結論しようとした。 「私たちの芸術の目的は、役の『人間精神の生』を創ることだけではない。それを芸術的な形で外に伝えることでもある」――トルツォフはシュストフを訂正した――「だから俳優は、内面で役を体験するだけでなく、体験したものを外側で具現しなければならない。」 「そして注意してほしいのは、外的表現が内的体験に依存する度合いが、まさに私たちの芸術の方向においてとりわけ強いということだ。」 「きわめて繊細で、しばしば潜在意識的な生命を反映するには、格別に敏感で、しかも見事に鍛え上げられた声と身体の器官を備えねばならない。」 「声と身体は、非常な鋭敏さと直接性をもって、瞬時に、正確に、ほとんど捉えがたいほど微細な内的感受を伝えなければならない。」 「だからこそ私たちのタイプの俳優は、ほかの方向の芸術以上に、『体験』という過程を生み出す内的装置だけでなく、感情の創造的作業の結果――すなわちそれが具現する外的形――を正しく伝える外的・身体的装置にも、より一層気を配らねばならないのだ。」 この仕事には潜在意識が大きく影響する。 そして具現の領域でも、潜在意識に比べれば、どれほど巧みな俳優のテクニックも及ばない。にもかかわらず後者は、思い上がって優位を主張したがるのだが。 「ここ二回の授業で、私たちの『体験』の芸術が何であるかを、ごく大づかみに示唆した」――アルカージー・ニコラエヴィチはそう締めくくった。 私たちは経験から信じ、そして確信している。俳優という人間の、生きた有機的な「体験」に満ちた舞台芸術だけが、役の内的生活の捉えがたいニュアンスのすべてと、その深みのすべてを、芸術として伝えることができるのだと。 そのような芸術だけが観客を完全に捉え、ただ理解させるのではなく、むしろ舞台で起きていることのすべてを体験させ、その内的経験を豊かにし、時が経っても消えない痕跡を残すことができる。 だがさらに――そしてこれも非常に重要だが――私たちの芸術が拠って立つ創造の主要な基礎と有機的本性の法則は、俳優を「脱臼」から守ってくれる。 私たちが、どんな演出家と、どんな劇場で仕事をすることになるか、誰にも分からない。 どこでも、創造において自然の要求が守られているとは限らない。 多くの場合、それらは粗暴に踏みにじられ、それがいつも俳優を「脱臼」へ追い込む。 もし君たちが、真の芸術の境界と創造的自然の有機的法則を確固として知っていれば、迷わず、自分の誤りを見分け、修正することができるだろう。 だが、芸術家的本性の法則に導かれた『体験』の芸術が与えてくれる堅固な基礎なしには、君たちは迷い、混乱し、判断の基準を失う。 だから私は、あらゆる方向の俳優が例外なく、私たちの『体験』の芸術の基礎を学ぶことを必須だと考える。 誰もが、学校での学びをそこから始めねばならない。 「はい、はい、それこそ私が心から求めているものです!」 私は翼を得たように叫んだ。 「そして、披露公演で、私たちの『体験』の芸術の主要目的を、少しでも果たせたことが、どれほど嬉しいか!」 「早まって浮かれるな」――トルツォフは私の熱を冷ました。 「そうしないと、のちに最も苦い失望を味わうことになる。」 「真の『体験』の芸術と、披露公演で君が大場面全体で示したものとを、混同してはならない。」 「では私は、何を示したのですか?」 私は、判決を待つ罪人のように問うた。 「君が演じた大場面全体の中で、真に『体験』が起こり、君を私たちの芸術と同質にした幸福な瞬間は、ほんの数分しかなかった――そのことはもう言った。」 「私はそれを、君にも他の弟子にも、いま話しているこの芸術の方向の基礎を例示するために用いたのだ。」 「だが、オセロとイアーゴの場面全体は、どうしても『体験』の芸術とは認められない。」 「では、何だと認められるのです?」 「いわゆる『腹で演じる』だ」――アルカージー・ニコラエヴィチはそう定義した。 「それはどういうことですか?」 私は足元が崩れる思いで尋ねた。 「そのような演技では」――トルツォフは続けた――「個々の瞬間が、ふいに予想外に高い芸術的高みに持ち上がり、観客を揺さぶる。」 「その瞬間、俳優は体験し、あるいはインスピレーションで、即興のかたちで創造する。」 「だが君は、精神的にも肉体的にも、披露公演で偶然うまくいった短い一場面――『血だ、イアーゴ、血だ』――と同じ高揚をもって、『オセロ』の巨大な五幕すべてを演じきれるだけの力が自分にあると思うか?」 「分かりません……」 「私は確信している。そんな課題は、並外れた気質に加えて巨大な体力を持つ俳優でさえ不可能だ!」 とアルカージー・ニコラエヴィチは私に代わって答えた。 「自然を助けるものとして、よく鍛えられたサイコテクニックがさらに必要なのだ。」 「だが君にはまだそれが何もない。それは、技術を認めない『腹の俳優』たちにも同じことだ。」 彼らも君も、ただインスピレーションだけに頼る。 もしそれが来なければ、彼らにも君にも、演技の空白――体験されていない役の空白部分――を埋めるものが何もない。 そこから、役を演じる際の長い神経的沈滞の期間、完全な芸術的無力、そして幼稚なディレッタント的な「やり芝居」が生まれる。 その瞬間、君の演技は、どの『腹の俳優』もそうであるように、生気がなく、きまりきった大げさな型になり、無理にひねり出したものになっていた。 こうして、つまずきながら、高揚の瞬間が「やり芝居」と交互に現れた。 これこそ、私たちの俳優の言葉で『腹で演じる』と呼ばれる舞台上の演技だ。 アルカージー・ニコラエヴィチによる私の欠点の批判は、私に強い印象を与えた。 それは悲しませただけでなく、恐れさせもした。 私は茫然自失に陥り、トルツォフがその先で何を言っていたか聞いていなかった。 … … … … … … … 19..年 私たちはまた、披露公演での演技についてのアルカージー・ニコラエヴィチの講評を聞いた。 教室に入ると、彼はパーシャ・シュストフに向かって言った。 「君も披露では、真の芸術の興味深い瞬間をいくつか私たちに与えてくれた。ただし『体験』の芸術ではなく、奇妙なことに、『提示』の芸術だ。」 「提示?」 ! とシュストフは大いに驚いた。 「それはいったい、どんな芸術なのですか?」 と弟子たちは尋ねた。 「それは芸術の第二の方向だ。そしてそれが何であるかは、公演でいくつかの成功した瞬間にそれを示した者に説明してもらおう。」 「シュストフ!」 「君のイアーゴの役がどう作られたか、思い出してごらん」トルツォフはパーシャに提案した。 「叔父から私たちの芸術の技術について多少聞いていたので、私は役の内的内容にまっすぐ入り込み、長いあいだそれを分析しました」シュストフは言い訳するように言った。 「叔父が助けたのか?」 アルカージー・ニコラエヴィチは確認した。 「少しだけです。」 「家では、自分では真の体験に到達したと思いました。」 「稽古でも、ときどき役のいくつかの箇所を感じられました。」 「だから、ここで『提示』の芸術がどう関係するのか分かりません」パーシャは言い訳を続けた。 「その芸術でも、役は体験する。家で、あるいは稽古で、一度か数度は。」 「その最も主要な過程――体験――が存在するからこそ、第二の方向も真の芸術と見なすことができる。」 「では、その方向では役をどう体験するのですか?」 「私たちの芸術と同じように?」 と私は尋ねた。 「まったく同じだ。だが、そこでの目的は別だ。」 「私たちの芸術のように、毎回役を体験することもできる。」 「しかし、感情が自然に現れる外的形を見定めるために、役を一度だけ、あるいは数度だけ体験し、それを見定めたなら、鍛えられた筋肉の助けを借りて、その形を機械的に反復できるように学ぶこともできる。」 「それが役の提示だ。」 「つまり、この芸術の方向では、体験の過程は創造の主要な瞬間ではなく、その後の芸術的作業のための、準備段階の一つにすぎない。」 「その作業とは、舞台上の創造の外的な芸術的形を探し求めることであり、その形が内的内容を目に見えるかたちで説明するのだ。」 「そうした探索の際、俳優はまず自分自身へ向かい、描こうとする人物の生を真に感じ――体験しようと努める。」 「だが繰り返すが、彼はそれを上演の場で、公衆の前での創造そのものの最中に行うことは自分に許さず、家で、あるいは稽古でだけ行うのだ。」 「でもシュストフは、まさに披露公演でそれをやってしまったじゃないですか!」 「ならば、それは『体験』の芸術だったはずです」私はかばった。 誰かが私に同調し、パーシャには不出来な役の中にも、私たちの芸術にふさわしい真の体験の瞬間がいくつか織り込まれていたのだ、と言った。 「いや」アルカージー・ニコラエヴィチは異議を唱えた。 「私たちの『体験』の芸術では、役の実演のあらゆる瞬間が、そのたびごとに新たに体験され、新たに具現されねばならない。」 「私たちの芸術では、しっかり固定された同一の主題に対して、即興のかたちで多くがなされる。」 「そうした創造が、演技に新鮮さと直接性を与える。」 「それはナズヴァノフの演技のいくつかの成功した瞬間に現れていた。」 「だがシュストフには、役の感受におけるこの新鮮さと即興を、私は見いだせなかった。」 「それどころか、彼は何箇所かで、その明晰さと芸術性で私を感心させた。」 「しかし……彼の演技全体には冷たさが感じられ、それによって私は、彼には即興の余地を与えず、演技から新鮮さと直接性を奪ってしまう、固定された演技の型がすでに一つ、永遠に出来上がっているのではないか、と疑うようになった。 それでも私は終始、巧みに繰り返される複製の元になったオリジナルが良かったこと、正しかったこと、そしてそれが役の真に生きた『人間精神の生』について語っていたことを感じていた。 かつて存在した「体験」の過程のこの残響が、いくつかの瞬間において、演技――提示――を真の芸術にしていたのだ。 「では、シュストフの実の甥であるこの私に、どうして『提示』の芸術があるというのですか?」 ! 「では整理してみよう。そのために、イアーゴをどう作ったのか、続きを話しなさい」トルツォフはシュストフに提案した。 「体験が外側にどう伝わっているかを確かめるために、私は鏡の助けを借りました」パーシャは思い出しながら言った。 「それは危険だが、同時に『提示』の芸術に典型的でもある。」 「鏡は慎重に使うべきだと心得ておきなさい。」 「鏡は俳優に、自分の内側を見るのではなく、自分の外側を見る癖をつけてしまう。」 「それでも鏡は、感受が外側にどう伝わるのかを見て理解する助けになりました」パーシャは言い訳した。 「君自身の感情か、それとも役の作り物の感情か?」 「自分自身の感情です。でもイアーゴに使えるものです。」 「つまり、鏡を使った作業で君が関心を持っていたのは、外見や癖そのものというより、内側で体験している感受、つまり役の『人間精神の生』が、肉体の上にどう反映されるか、という点だったのだな?」 アルカージー・ニコラエヴィチは問いただした。 「そのとおりです、そのとおりです。」 「それもまた、『提示』の芸術に典型的だ。」 「そしてそれが芸術である以上、舞台の形が要る。役の外見だけでなく、何よりその内的な線――『人間精神の生』――をも変身させる形が。」 「いくつかの箇所では、自分が感じていたものが正しく反映されているのを見て、満足したのを覚えています」パーシャは続けた。 「では、その感情表現の手段を一度で永遠に固定したのか?」 「繰り返しが多かったので、自然に固定されました。」 「結局、役の成功した箇所については、君の中に一定の外的な舞台解釈の形ができあがり、それを具現するテクニックをよく身につけた、ということか?」 「たぶん、そうだと思います。」 「そして君は、その形を、家での作業でも稽古でも、創造を繰り返すたびに、毎回用いていたのか?」 とトルツォフは試すように尋ねた。 「たぶん、癖で」パーシャは認めた。 「ではもう一つ言いなさい。その一度定まった形は、毎回、内的体験から自然に生まれたのか。それとも、一度生まれて永遠に固まり、感情の関与なしに機械的に繰り返されたのか?」 「自分では毎回体験しているつもりでした。」 「いや、披露公演では、それは観客に届いていなかった。」 「『提示』の芸術では、君がやったのと同じことをする。自分の中に、役の内的生活を伝える典型的な人間的特徴を呼び起こし、それを捉えようとするのだ。」 「そしてそれぞれに対して、一度で永遠に最良の形を作ると、俳優は公の舞台での瞬間には、いかなる感情の関与もなく、それを機械的に、しかも自然に具現できるよう学ぶ。」 「それは、鍛えられた身体の筋肉によって、声とイントネーションによって、あらゆる巧緻なテクニックと芸術全体の手段によって、そして無限の反復によって達成される。」 「そうした『提示』の芸術の俳優は、筋肉の記憶が極限まで発達している。」 「役を機械的に再生することに慣れると、俳優は神経的・精神的な力を費やさずに自分の仕事を繰り返す。」 「精神的な消耗は、公の創造において不要であるばかりか、有害だとさえ考えられる。どんな高ぶりも俳優の平静を乱し、一度で永遠に固定された輪郭と形を変えてしまうからだ。」 「形の不明瞭さや、伝達の不確かさは、印象を損なう。」 「これらは、程度の差はあれ、君のイアーゴの演技の“良かった箇所”にも当てはまる。」 「では、さらにその後の作業で何が起きたか、思い出しなさい。」 「役のほかの箇所や、イアーゴの像そのものが、私は満足できませんでした。」 「それもまた鏡の助けで確かめました」シュストフは思い出しながら言った。 「記憶の中から適したモデルを探して、私は一人の知人を思い出しました。役とは関係ない人物ですが、私には狡さ、悪意、狡猾さをよく体現しているように思えたのです。」 「そして君は、彼を横目で見て、自分を彼に合わせ始めたのか?」 「はい。」 「では、君はその記憶をどう扱った?」 「正直に言えば、私はその知人の外的な癖をただ写しただけでした」パーシャは認めた。 「私は心の中で、彼が自分のそばにいるのを見ました。」 「彼は歩き、立ち、座る。私は彼を横目で見て、彼のすることを全部繰り返しました。」 「それは大きな誤りだ!」 「その瞬間、君は『提示』の芸術を裏切り、単なる物まね、写し、模倣へ移ってしまった。それらは創造とは何の関係もない。」 「では、イアーゴに、偶然に外から取ってきたこの像を移植するには、私は何をすべきだったのですか?」 「君は、新しい素材を自分の中に通し、私たちの『体験』の芸術の方向で行うように、想像の適切な虚構でそれを生き返らせるべきだったのだ。」 「その生き返った素材が君に馴染み、役の像が心の中に作られた後で、君は次の新しい作業に取りかからねばならなかった。そのことを『提示』の芸術の最良の代表者の一人、名高いフランスの俳優コクラン老は、比喩的に語っている。」 「俳優は想像の中にモデルを作り、次に『画家のように、その特徴を一つ一つ捉え、キャンバスではなく自分自身へ移していく……」 」とアルカージー・ニコラエヴィチは、イワン・プラトーノヴィチが手渡したコクランの小冊子から読み上げた。 「『タルチュフの衣装を見ればそれを自分に着せ、歩き方を見ればそれに倣い、顔つきを見ればそれを借りる。 それに合わせて自分の顔を調整する――いわば、自分の皮膚を裁断し、切り、縫い合わせる――その結果、最初の「私」に潜む批評家が満足し、タルチュフとの肯定的な類似を認めるまで……。 だが、それだけではまだ足りない。それは描こうとする人物の外的な類似――似姿――にすぎず、タイプそのものではない。 さらに、俳優はタルチュフに、俳優がタルチュフに聞こえると思う声で話させねばならず、役全体の運びを定めるには、彼を動かし、歩かせ、身振りをさせ、聞かせ、考えさせ、タルチュフの魂を吹き込まねばならない。 そのとき初めて肖像は完成する。それを額縁に入れる、つまり舞台に置くことができる。そして観客は『これがタルチュフだ』……あるいは『俳優の仕事が悪かった』と言うだろう』」 「でも、それは恐ろしく難しくて複雑じゃありませんか!」 私は動揺した。 「そうだ。コクラン自身もそれを認めている。」 彼はこう言う。「俳優は生きるのではなく、演じるのだ。 彼は自分の演技の対象に対して冷たく留まる。だが彼の芸術は完全でなければならない。」 そして実際、とトルツォフは付け加えた。提示の芸術は、芸術であり続けるために完全さを要求するのだ。 「では、自然、自然な創造、真の体験に身を委ねたほうが、よほど簡単ではありませんか?」 私は問いただした。 「それに対してコクランは、自信満々にこう宣言する。『芸術は現実の生活ではないし、その反映ですらない。 芸術は創造者そのものだ。 芸術は、時間と空間の外に、自分自身の生を創り出す。その抽象性ゆえに美しい生を』。」 もちろん私たちは、唯一で完全で到達不可能な芸術家――創造的自然――に対する、そんな思い上がった挑戦に同意はできない。 「まさか彼らは本当に、自分たちの技術が自然そのものより強いと信じているのですか?」 「なんという錯覚だ!」 私は落ち着けなかった。 「彼らは、舞台で自分たちの――より良い――生を作るのだと信じている。」 「私たちが現実に知る、あの現実の人間の生ではなく、舞台のために修正された別の生を。」 「だからこそ提示の俳優は、いかなる役も、作業の準備期間の初めには正しく人間的に体験するが、創造の瞬間、舞台の上では、条件づけられた体験へ移る。」 「その正当化のために彼らは、劇場と上演は条件的なものだ、舞台は真の生活の幻想を与えるには手段が貧しすぎる、だから劇場は条件性を避けるべきではなく、むしろ愛すべきだ――といった理屈を持ち出す。」 そうした創造は美しいが深くはない。強いというより効果的で、内容より形式が面白い。魂よりも耳と目に働きかけるため、震わせるというより感嘆させる。 もちろん、この芸術でも大きな印象を生み出すことはできる。 受け取っている間は人を捉え、美しい記憶として残る。だがそれは、魂を温め、深く沈み込むような印象ではない。 この芸術の作用は鋭いが、長続きしない。 それは信じるというより、驚かされる。 したがって、すべてがそれに可能というわけではない。 意外性と舞台の美しさで驚かすべきもの、あるいは絵画的なパトスを要するものは、この芸術の手段の範囲にある。 だが深い情熱を表すには、その手段は派手すぎるか、表面的すぎる。 人間の感情の繊細さと深さは、技術的手段には従わない。 それらには、自然な体験とその具現の瞬間における、自然そのものの直接の助けが必要なのだ。 それでも、真の体験の過程に導かれた役の提示は、創造であり、芸術であると認めねばならない。 … … … … … … … 19..年 今日の授業でゴヴォルコフは大いに高揚して、自分は『提示』の芸術の俳優だ、この方向の基礎は自分の魂に近い、まさにそれをこそ自分の芸術的感情が求め、そこに敬意を捧げている、自分は創造をまさにこのように、そしてこのようにしか理解しないのだ、と断言した。 アルカージー・ニコラエヴィチはその断言の正しさを疑い、提示の芸術にも体験が必要であることを思い出させた。ところが彼は、ゴヴォルコフがこの過程を、舞台の作業だけでなく、家でさえも扱えるとは確信していないのだった。 ところが論争好きの彼は、自分は舞台の板の上でやることをいつも強く感じ、体験しているのだと言い張った。 「人間は人生のどの瞬間にも、何かを感じ、体験しているものだ」アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「もし何も感じないなら、それは死人だ。」 「死者だけが、何も感じない。」 「大事なのは、舞台で君が何を体験しているかだ。役の生活に同質の、自分自身の感情を体験しているのか。それとも、役とは無関係の別の何かなのか?」 「非常に多くの場合、最も経験豊かな俳優でさえ、家で作り上げて舞台へ持ち込むのは、役と芸術にとって重要で本質的なものではまったくない。」 「君たち全員にも同じことが起きていた。」 「ある者は公演で自分の声、効果的なイントネーション、演技の技術を見せた。別の者は、活発な走り回りやバレエの跳躍、やけっぱちの『やり芝居』で見ている者を楽しませ、美しい身振りやポーズで魅了した。要するに、彼らが演じる人物に必要のないものを舞台へ持ち込んだのだ。」 「そして君も、ゴヴォルコフ。君は役に、内的内容からでも、それを体験することからでも、提示からでもなく、まったく別のところから近づき、それで芸術の中で何かを作ったつもりになっている。」 「だが、自分の生きた感情――描かれる人物と同質の感情――の感覚がないところに、真の創造など語れるはずがない。」 「だから自分を欺くのではなく、むしろ、どこからどこまでが真の芸術なのかを、もっと深く掘り下げて理解するよう努めなさい。」 「そうすれば、君の演技がそれと無関係だと分かるだろう。」 「では、私のは何なのですか?」 「職人芸だ。」 「もっとも、悪くはない。役の提示と、その条件的な説明の手段は、かなり立派にできあがっている。」 ゴヴォルコフが入り込んだ長い論争は省き、私は、真の芸術と職人芸を分ける境界についてのトルツォフの説明へ、直接移ることにする。 「体験なしに真の芸術はない。」 「だからそれは、感情が権利を主張し始めるところから始まる。」 「では職人芸は?」 とゴヴォルコフが尋ねる。 「それは逆に、創造的な体験、あるいはその結果の芸術的提示が途切れるところから始まる。」 「『体験』の芸術でも『提示』の芸術でも、体験の過程は不可避だが、職人芸ではそれは不要で、偶然に起こるだけだ。」 「この種の俳優は、役を一つ一つ個別に創り出すことができない。」 「体験し、体験したものを自然に具現することができない。」 「職人俳優ができるのは、役の台詞を報告するように述べ、その報告に、一度で永遠に作られた舞台演技の手段を添えることだけだ。」 「それによって職人芸の課題は大いに単純化される。」 「その単純化とは、どういうことですか?」 私は尋ねた。 「それは、私たちが俳優の言葉で『俳優のスタンプ』と呼ぶ職人的演技の手段が、どこから来て、どう作られたかを知れば、もっとよく分かるだろう。」 「それがどこから現れ、どう作られたかを話そう。」 「役の感情を伝えるには、それを知る必要がある。そしてそれを知るには、自分で同質の体験を味わわねばならない。」 「感情そのものを物まねすることはできない。できるのは、その外的現れの結果を作り物にすることだけだ。」 「だが職人は役を体験できない。だから彼らは、この創造的過程の外的結果を決して知ることがない。」 「では、どうする?」 「内的感情の示唆なしに、外的形をどう見つける?」 「存在しない体験の外的結果を、声と動きでどう伝える?」 「残る道は、単純で条件的な俳優の『やり芝居』に頼ることだけだ。」 「それは、役を演じる俳優自身が体験しておらず、だから知りもしない、役の他人の感情を、原始的で形式的で外面的に描写することにすぎない。」 「つまり、ただの物まねだ。」 「表情や声や動きで、職人俳優は観客に向かって舞台から提示するのは、 役の内的な『人間精神の生』を表していると称する外的なスタンプだけであり、存在しない感情の死んだ仮面なのだ。」 「そうした外面的な『やり芝居』のために、舞台実践で出会い得るあらゆる感情を、外的手段で伝えると称する、さまざまな俳優の描写技法が、膨大に取り揃えられている。」 「その職人的手段の中に感情そのものはない。あるのは、想定される外的結果の物まね、似姿だけだ。精神的内容はなく、あるのはそれを表すと称する外的手段だけだ。」 「その一部は、一度で永遠に固定された手段として、先人から受け継いだ職人的伝統によって保存される。たとえば愛を表すときに五指全部を胸に当てるとか、死を描くときに襟元を引き裂くといった類だ。」 「別の一部は、才能ある同時代人から完成品として借りてくる(たとえばヴェーラ・フョードロヴナ・コミッサルジェフスカヤが役の悲劇的瞬間にしていたように、手の甲で額をぬぐう仕草など)」 「第三の手段は、俳優自身が発明する。」 役の『報告』のための、つまり声、発音、台詞回しのための特有の職人的作法がある(役の強い箇所での誇張された音の上げ下げ、俳優特有のトレモロ、あるいは特別な朗誦的声のフィオリトゥーラを伴うもの) 歩き方のための手段もある(職人俳優は歩くのではなく、舞台の床を行進する)、動きや所作、身体の造形、外面的な演技の手段もある(職人俳優のそれは特に尖っていて、美ではなく“美しさ”に基づいている) あらゆる人間の感情や情熱を表す手段もある(ナズヴァノフのように、嫉妬で歯をむき、白目を回す、涙の代わりに目や顔を手で覆う、絶望で髪を掴む、など) 社会のさまざまな層の全体的な像やタイプを物まねする手段もある(農民は床に唾を吐き、裾で鼻をぬぐう、軍人は拍車を鳴らす、貴族はロルネットを弄ぶ)時代のための手段もある(中世のためのオペラ的身振り、18世紀のための小刻みなステップ)戯曲や役のための手段もある(ゴロドニーチイでは)客席のほうへ体を片側に折り曲げる、『アパルト』の際に手のひらを唇に当てる、など。 これらの俳優の癖は、時とともに伝統的なものになっていった。 こうして一度で永遠に、俳優一般の言葉遣い、あらかじめ計算された効果を伴って役を『報告』する特別な作法、特別な舞台の歩き方、ポーズや身振りの絵画的な作りが出来上がった。 出来合いの機械的な演技の手段は、職人俳優の鍛えられた筋肉によって容易に再生され、癖になり、第二の天性となって、舞台の板の上では人間の自然を置き換えてしまう。 一度で永遠に固定されたこの感情の仮面は、ほどなく擦り切れ、生活の取るに足りない気配さえ失い、ただの機械的な俳優のスタンプ、トリック、あるいは条件的な外的記号へと変わる。 こうしたスタンプを、各役を伝えるために一度で永遠に定めておくと、それらの長い列が、戯曲の台詞の条件的な『報告』に付き添う、俳優の描写の作法――儀礼、つまりリチュアル――を形作る。 職人的な俳優たちは、こうした外的手段のすべてによって、生きた真の内的体験と創造を置き換えようとする。 だが真の感情に比べられるものは何もなく、しかもそれは職人芸の機械的手段では伝えられない。 これらのスタンプの中には、まだいくらか演劇的な効果を持つものもあるが、圧倒的多数は悪趣味で侮辱的であり、人間の感情理解の狭さ、感情への直線的な態度、あるいは単なる愚かさに驚かされる。 しかし時と百年の習慣は、醜いものや無意味なものさえ身近で馴染み深いものにしてしまう(たとえば、時が正当化したオペレッタの道化役や若作りする滑稽な老女の癖、あるいは巡業俳優や主人公が登場・退場するときに劇場のパヴィリオンの扉が勝手に開くといったことが、いくつかの『劇場では十分に普通の現象』と見なされるように) だからこそ、不自然なスタンプでさえ職人芸に入り込み、いまでは俳優の儀礼のリチュアルに組み込まれている。中にはあまりに変質して、起源にたどり着くのがすぐには難しいものもある。 それを生み出した内的本質をすべて失った俳優の手段は、真の生活とは何の関係もない単なる舞台上の条件へと変わり、したがって俳優の人間的本性を歪める。 こうした条件的スタンプで満ちているのが、バレエ、オペラ、そしてとりわけ偽古典主義の悲劇である。そこでは、英雄たちの最も複雑で崇高な体験を、一度で永遠に定めた職人的手段で伝えようとする(たとえば“美しさ”、誇張された造形性、絶望の瞬間に胸から心臓を『えぐり出す』こと、復讐で手を震わせ、嘆願で手を天に掲げること、など) 職人俳優の言い分では、こうした俳優一般の言葉遣いと造形(たとえば叙情的場面での甘ったるい響き、叙事詩を伝える際の退屈な単調さ、憎悪を表すときの響きの強い俳優口調、悲嘆の表現における声の偽の涙)は、声や発音や動きを“高貴”にし、それらの舞台効果と比喩的表現力を強めて“美しく”することにあるのだという。 だが残念ながら、高貴さが常に正しく理解されるわけではなく、美の観念は伸び縮みし、表現力はしばしば悪趣味に導かれる。世の中には良い趣味より悪い趣味のほうがはるかに多いのだから。 そのため高貴さの代わりに大仰さが、美の代わりに“美しさ”が、表現力の代わりに演劇的効果が生まれた。 そして実際、条件的な言葉遣いや発音から、俳優の歩き方や身振りに至るまで、すべてが芝居のけばけばしい側面に奉仕しており、芸術であるためには十分に慎みが足りない。 職人的な言葉遣いと造形は、見せびらかす効果と大仰な高貴さへ収斂し、そこから特有の演劇的な“美しさ”が作られた。 条件的スタンプは体験の代わりにはならない。 さらに厄介なのは、どんなスタンプも、くっつきやすく、しつこいということだ。 それは錆のように俳優に食い込む。 ひとたび抜け穴を見つけると、さらに奥へ侵入し、増殖し、役のあらゆる箇所、俳優の描写装置のあらゆる部分を覆おうとする。 スタンプは、役の中で生きた感情によって埋められていない空白をすべて埋め、その場にしっかり居座る。 それどころか、感情が目覚める前に前へ飛び出して道を塞いでしまうことさえ多い。だから俳優は、このしつこいスタンプの“手助け”から自分を用心深く守らねばならない。 以上のことは、真に有機的な創造ができる才能ある俳優にさえ当てはまる。 職人型の俳優について言えば、彼らの舞台活動のほとんどすべては、スタンプの巧妙な選択と組み合わせに尽きる。 それらのスタンプの中には、ある種の“美しさ”や面白さを持つものもあり、未熟な観客は、それが機械的な俳優作業にすぎないことに気づきもしないだろう。 だが、俳優のスタンプがどれほど完璧でも、それだけでは観客を揺り動かすことはできない。 そのためには何らかの追加の刺激が要り、その刺激となるのが、私たちが俳優のエモーションと呼ぶ特別な手段である。 俳優のエモーションは、真のエモーションでも、舞台上での役の真の芸術的体験でもない。 それは身体の末端を人工的に刺激することだ。 たとえば拳を握り締め、身体の筋肉を強く収縮させ、あるいは痙攣的に呼吸すれば、強い肉体的緊張にまで自分を追い込むことができる。その緊張が客席からは、情熱に揺さぶられた強い気質の現れとして受け取られることが少なくない。 冷たい心のまま、外側だけで機械的に身をよじり、動揺することもできる。理由もなく――ただ全般的に。 それは、身体が熱を帯びたような弱い似姿を作り出す。 より神経質なタイプの俳優は、神経を人工的に昂ぶらせることで俳優のエモーションを起こす。すると一種の舞台上のヒステリー、憑依の叫び、病的な恍惚が生じ、それは人工的な身体の熱狂と同じ程度に、内的には空疎であることが多い。 どちらの場合も、私たちが扱っているのは芸術的な演技ではなく、ただの“やり芝居”であり、役に合わせられた俳優という人間の生きた感情ではなく、俳優のエモーションなのである。 とはいえ、このエモーションも一応は目的を果たし、何かしら生の気配を示し、一定の印象を与える。芸術的に未発達な人々は、その印象の質を見分けられず、粗末な偽物で満足してしまうからだ。 このタイプの俳優自身も、しばしば自分は真の芸術に奉仕していると確信していて、ただ舞台の職人芸に従事しているにすぎないことに気づかない。 … … … … … … … 19..年 今日の授業でアルカージー・ニコラエヴィチは、披露公演の検討を続けた。 最も手ひどくやられたのは、気の毒なヴューンツォフだった。 アルカージー・ニコラエヴィチは、彼の演技を職人芸としてさえ認めなかった。 「では、あれは何だった?」 と私は会話に割り込んだ。 「いちばん嫌らしい『型づくり』だ。」 「では私には、それはなかったのですか?」 私は念のため尋ねた。 「あった!」 「いつです?」 ! 私は恐怖で叫んだ。 「だってあなたは、私は『腹で演じた』と言ったじゃありませんか!」 「しかもそのとき、そういう演技は、真の創造の瞬間と、ある瞬間の……が交互に現れることで成り立つ、と説明したはずです……」 「職人芸ですか?」 と問いが思わず口をついた。 「君には職人芸は出てこない。職人芸はゴヴォルコフのように長い労苦で培われるもので、君にはそのための時間がなかったからだ。」 「だからこそ君は、何のテクニックも感じられない、最もディレッタント的なスタンプで野蛮人を物まねしていたのだ。」 「しかもテクニックなしでは、芸術だけでなく職人芸も成り立たない。」 「では私は、初めて舞台を歩いたのに、どうしてスタンプを持っていたのですか?」 「私は、劇場も上演も、稽古さえ見たことのない二人の少女を知っている。だがそれでも彼女たちは、最も凝り固まった下品なスタンプで悲劇を演じていた。」 「では、職人芸ですらなく、ただディレッタントの『型づくり』ということですか?」 「そうだ!」 「幸いなことに、ただの型づくりだけだ」アルカージー・ニコラエヴィチは断言した。 「どうして『幸い』なのですか?」 「素人の型づくりのほうが、深く根づいた職人芸より戦いやすいからだ。」 「君のような初心者は、才能があれば偶然に一瞬だけ役をうまく感じることができても、役全体を統一された芸術的な形で伝えることはできない。だから必ず型づくりに頼る。」 「初めのうちは比較的無害だが、忘れてはならない。そこには大きな危険が潜んでいる。最初のうちから戦わねばならない。そうでないと、俳優を傷つけ、自然の才能を『脱臼』させる癖を自分の中に育ててしまう。」 「だから、どこからどこまでが職人芸で、どこからが単なる型づくりなのか、理解しなさい。」 「それは、どこから始まるのですか?」 「君自身の例、君自身の実例で説明してみよう。」 「君は賢い人間だ。だが披露公演で君がやったことは、ほんの数瞬間を除けば、なぜあれほど馬鹿げていたのだ?」 「君は本気で、かつて文化で名高かったムーア人が、檻の中で暴れる獣のようだと信じていたのか?」 君が描いた野蛮人は、従卒との落ち着いた会話の最中でさえ、唸り声を上げ、歯をむき、白目をひっくり返していた。 そんな役への取り組み方は、どこから来たのか? 私たちに説明してくれ。君はどんな道を通って、この馬鹿げたものに到達し得たのか? 俳優が創造の道に迷ってしまうと、どんな馬鹿げたことも可能になる――そのせいではないのか? 私は役に関する家での作業について、日記に書いてあるほとんどすべてを、最も詳しく語った。 いくつかは実演して見せることもできた。 分かりやすくするために、私は自分の部屋の家具配置に合わせて椅子まで並べた。 私のいくつかの実演に、アルカージー・ニコラエヴィチは大笑いした。 「これが最悪の職人芸が芽生える仕方だ」私が話し終えると、彼は言った。 「それはまず、力に余ること、知らないこと、感じられないことに手を出すときに起こる。」 「披露公演での君の主な課題は、観客を驚かせ、揺さぶることだったように思える。」 「何で?」 「描かれる人物にふさわしい、真の有機的感情で?」 「だが君には、それがなかった。」 「外側だけでも写し取れるような、まとまった生きた像もなかった。」 「では、私たちに何が残る?」 「記憶の中にたまたま閃いた、目についた最初の特徴をつかむことだ。」 人は誰でも、君も例外ではなく、そういうものをたくさん記憶の中に持っている。あらゆる場面に備えて。 というのも、あらゆる印象は何らかの形で記憶に残り、必要があれば私たちはそれをイメージとして表現するからだ。 そうした、急ごしらえの、そして『なんとなく』の描写では、現実に合っているかどうかなど、私たちはほとんど気にしない。 私たちは、何か一つの特徴、ひとつのほのめかしで満足してしまう。 こうした像を具現するために、世間の実践は、定型句――あるいは外的描写の記号――すら定めている。 私たちの誰にでも言ってみるがいい。「今すぐ、準備なしで、『野蛮人一般』をやってみろ」と。 私は断言する。大多数は、披露で君がやったのと同じことをするだろう。なぜなら、身をよじること、唸ること、歯をむくこと、白目をぎらつかせることが、野蛮人についての誤った観念と、昔から私たちの想像の中で結びついてしまっているからだ。 同じような『一般』の手段は、嫉妬、怒り、動揺、喜び、絶望などを伝えるためにも、人それぞれに備わっている。 そしてそれらの手段は、人がそれをどのように、いつ、どんな事情で味わうのかとは無関係に、作動させられてしまう。 こうした『演技』――いや、むしろやり芝居――は舞台では滑稽なほど初歩的だ。現実には存在しない感情の強さを伝えるために、声が裂けるまで叫び、表情を誇張しすぎるほど誇張し、動きや所作の表現力を大げさにし、手を振り回し、両手で頭を抱える、といった具合だ。 君の中にもこれらの演技の手段はある。だが幸いなことに数が少ない。 だからこそ君が、それらを一時間の作業の中で使い尽くしてしまったのも不思議ではない。 こうしたやり芝居の手段は、すぐに、ひとりでに現れ、そしてすぐに飽きられる。 それとは正反対に、役の内的生活を伝える真に芸術的な手段は難しく、長い時間をかけて作られるが、舞台で決して飽きられない。 それらはひとりでに新しくなり、絶えず補われ、俳優自身も観客も、変わらず引き込む。 だから、自然な演技の手段で組み立てられた役は成長し、やり芝居やディレッタント的な型づくりで組み立てられた役は、たちまち生気のない機械になってしまう。 こうしたものは、いわば『普遍的なスタンプ』であり、気の利く愚か者のように、敵よりも危険だ。 君の中にも、誰の中にも、こうしたスタンプが潜んでいる。君は舞台でそれを使った。職人芸のテクニックで作り上げられた既成のものを、まだ持っていなかったからだ。 見てのとおり、型づくりも職人芸も、体験が終わるところから始まる。だが職人芸は、感情を単なるやり芝居で置き換えるように組織的に適応され、作り上げたスタンプを用いる。いっぽう型づくりはそれを持たず、無差別に、最初に手に入った『普遍的』あるいは『継承された』スタンプを、舞台用に磨かれも準備されもしていないまま作動させる。 君に起きたことは、初心者にとって理解できるし、許される。 しかし今後は用心しなさい。 ディレッタント的な型づくりと『普遍的なスタンプ』から、結局は最悪の職人芸が作られてしまう。 それを発達させてはならない。 そのためには、一方で頑強にスタンプと戦い、同時に、舞台でのいくつかの瞬間だけ(『オセロ』のときのように)役を体験するのではなく、描く人物の生を伝えている間じゅう、ずっと役を体験することを学びなさい。 そうすれば君は、『腹で演じる』から抜け出す助けを得て、『体験』の芸術に加わることができるだろう。 … … … … … … … 19..年 アルカージー・ニコラエヴィチの言葉は、私に途方もない印象を与えた。 学校を辞めねばならない、という結論に至る瞬間さえあった。 だから今日、授業でトルツォフと会ったとき、私は質問を蒸し返した。 前回までの授業で語られたことすべてから、総括的な結論を出したかったのだ。 結局、私はこう結論した。私の演技は、私たちの仕事における最良のもの――つまりインスピレーションの瞬間――と、最悪のもの――つまり型づくり――の混合である。 「それはまだ最悪ではない」トルツォフは私を宥めた。「他の者たちがやったことは、さらにひどい。」 「君のディレッタント性は治せる。だが他の者たちの誤りは、意識的な原理になっていて、それを変えたり、俳優から根こそぎ引き抜いたりできるとは限らない。」 「それは何ですか?」 「芸術の搾取だ。」 「それはどういうことですか?」 と弟子たちは問いただした。 「たとえばヴェリャミノワがやったことだ。」 「私が?」 ! ヴェリャミノワは驚いて席から跳ね上がった。 「私が何をしたんです?」 「舞台の上からのほうがよく見えるものだから、手だの脚だの、そして自分全部を、私たちに見せびらかしていた」アルカージー・ニコラエヴィチは答えた。 「私が?」 「手? 脚?」 気の毒な私たちの美人は、呆然としていた。 「そうだ、そのとおり。脚と手だ。」 「ひどい、怖い、変だわ」ヴェリャミノワは繰り返した。 「自分でやっていたのに、自分では何も分からないの。」 「食い込んだ癖というのは、いつもそういうものだ。」 「じゃあ、どうして私はあんなに褒められたの?」 「君の脚と手がきれいだからだ。」 「じゃあ、何が悪いの?」 「悪いのは、君が客席と媚を売り合って、カタリーナを演じていなかったことだ。」 「シェイクスピアが『じゃじゃ馬ならし』を書いたのは、弟子のヴェリャミノワが舞台から自分の脚を見せて、取り巻きに媚を売るためではない。シェイクスピアには別の目的があったのだが、それは君には縁遠く、私たちには――知られないままだった。」 「残念ながら、私たちの芸術は、まったく異質な目的のために搾取されることが非常に多い。」 「君は美しさを見せるために、別の者は人気や外面的成功や出世のために。」 「この世界ではそれはよくあることで、私は急いで君たちをそこから引き戻したい。」 「いま私が言うことを固く覚えておきなさい。劇場は、その公衆性と上演の見せ場のゆえに、両刃の剣になる。」 「一方では重要な社会的使命を担い、他方では、私たちの芸術を搾取して出世しようとする者たちを助長する。」 「そういう連中は、ある者の無理解、別の者の歪んだ趣味につけ込み、コネに頼り、策謀に走り、その他、創造とは無縁の手段に訴える。」 「搾取者は、芸術の最悪の敵だ。」 「断固として戦わねばならない。もしそれがかなわないなら、舞台から追放しなければならない。」 「だから――」と彼は再びヴェリャミノワに向かって言った。「一度きりで永遠に決めなさい。君は、芸術に仕え、芸術のために犠牲を払うために来たのか。それとも、自分の個人的目的のために芸術を搾取しに来たのか?」 「とはいえ――」とトルツォフは皆に向かって続けた。「芸術をカテゴリーに分けられるのは理論の上だけだ。」 「現実と実践は、区分など意に介さない。」 「あらゆる方向を混ぜ合わせてしまう。」 「実際、私たちはしばしば見る。大きな芸術家が人間的弱さのために職人芸にまで身を落とし、職人が一瞬、真の芸術の高みに上がるのを。」 「同じことが、あらゆる公演の、あらゆる役の実演でも起こる。」 「真の体験の隣に、提示の瞬間、職人的な型づくり、そして搾取の瞬間が現れる。」 「だからこそ、俳優が自分の芸術の境界を知ることはいっそう必要であり、職人たちにとっては、その境界線の向こうで芸術が始まるのだということを理解するのがいっそう重要なのだ。」 「こうして、私たちの世界には二つの基本的潮流がある。『体験』の芸術と『提示』の芸術だ。」 「それらが輝く共通の背景は、良い、あるいは悪い舞台の職人芸である。」 「さらに言っておかねばならない。内的高揚の瞬間には、しつこいスタンプややり芝居を突き破って、真の創造の閃光がほとばしることもある。」 「また、自分の芸術を搾取から守る必要もある。なぜなら、この悪は気づかぬうちに忍び込むからだ。」 「ディレッタンティズムについて言えば、それは選び取る道しだいで、同じ程度に有益でもあり危険でもある。」 「では、私たちを脅かすすべての危険を、どう避ければいいのですか?」 と私は問いただした。 「手段は一つだけだ――前にも言ったように。私たちの芸術の根本目的、すなわち役と戯曲の『人間精神の生』を創り、その生を美しい舞台形式の中で芸術的に具現することを、絶えず果たし続けることだ。」 「この言葉の中に、真の芸術家の理想が隠れている。」 トルツォフとの説明によって、私たちが舞台に出るのはあまりに早すぎ、披露公演は弟子たちにとって有益というより有害だったのだ、ということが私にははっきりした。 「君たちには有益だった」とアルカージー・ニコラエヴィチは、私がそう言うと反論した。 「公演は、舞台で決してしてはならないこと、今後避けるべきことを示したのだ。」 話の終わりに、私たちに別れを告げながら、トルツォフは、明日から私たちは、声と身体を発達させることを目的とする授業、すなわち歌唱、発声、体操、リズム、身体表現、ダンス、フェンシング、アクロバットの稽古に取りかかる、と告げた。 これらの授業は毎日行われる。人間の身体の筋肉は、発達のために、系統的で、粘り強く、長期にわたる練習を要求するからだ。 III. 行為。 「もし」「与えられた状況」 … … … … … … … 19..年 今日は、学校劇場の部屋――小さいが、設備は整っている――に集まった。 アルカージー・ニコラエヴィチは入ってくると、一人ひとりを鋭く見回して言った。 「マロレトコワ、舞台へ出なさい。」 気の毒な少女を襲った恐怖がどれほどのものだったか、私には言い表せない。 彼女はその場でもがき、しかも磨かれた寄木の床で足が滑って、まるで若いセッターのように踏ん張りがきかなかった。 ついにマロレトコワは捕まえられてトルツォフのところへ連れて来られたが、トルツォフは子どものように笑い転げていた。 彼女は両手で顔を覆い、早口で繰り返した。 「お願い、お願い、できません!」 「お願い、怖い、怖い!」 「落ち着きなさい。さあ、やろう。」 「これが、私たちの戯曲の内容だ」トルツォフは、彼女の取り乱しにもう注意を払わずに言った。 「幕が開く。そして君は舞台に座っている。」 「一人で。」 「座って、座って、さらに座っている。」 「やがて幕が閉じる。」 「以上。」 「これ以上簡単なものは考えられない。」 「ね?」 マロレトコワは答えなかった。 そこでトルツォフは彼女の腕を取り、黙って舞台へ連れていった。 弟子たちはどっと笑った。 アルカージー・ニコラエヴィチは素早く振り向いた。 「諸君」彼は言った。「君たちは教室にいるのだ。」 「そしてマロレトコワは、芸術家としての人生の非常に重要な瞬間を体験している。」 「いつ、何を笑ってよいかは、わきまえねばならない。」 マロレトコワとトルツォフは舞台へ出た。 今度は皆、黙って座り、待った。 まるで開演前のような、厳粛な気分が満ちた。 やがて幕がゆっくりと開いた。 中央、前舞台のまさに真ん中に、マロレトコワが座っていた。 観客を見るのが怖くて、彼女は相変わらず両手で顔を覆っていた。 支配する沈黙が、舞台にいる者に何か特別なことを期待させた。 沈黙は、逃げ場をなくす。 おそらくマロレトコワはそれを感じ取り、何かしなければならないと理解したのだろう。 彼女は用心深く片手を、次にもう片手を顔から外した。だが同時に頭をあまりに低く垂れたので、私たちに見えたのは分け目のある頭頂だけだった。 新たな、息苦しい沈黙が訪れた。 やがて、皆の待ち構えた空気を感じて、彼女は客席をちらりと見たが、すぐに顔を背けた。まるで強い光で目がくらんだかのように。 彼女は身づくろいをし、座り直し、馬鹿げた姿勢を取り、のけぞったり、いろいろな方向に傾いたり、短いスカートを懸命に引っ張って伸ばしたり、床の何かを熱心に見つめたりし始めた。 ついにアルカージー・ニコラエヴィチは見かねて合図し、幕が閉じた。 私はトルツォフのところへ駆け寄り、自分にも同じ練習をさせてほしいと頼んだ。 私は舞台の真ん中に座らされた。 嘘はつかない――怖くはなかった。 これは公演ではないのだから。 それでも私は、二重化した要求、相容れぬ要求のために気分が悪かった。劇場の条件は私を見世物としてさらし出すのに、舞台で私が探している人間的感覚は、孤独を求めたのだ。 私の中の誰かは観客を楽しませろと望み、別の誰かは観客など気にするなと命じた。 脚も手も頭も胴体も、いちおうは私に従っているのに、その一方で、意志に反して、何か「おまけ」を勝手につけ足してくる。余計に重大そうな、何かを。 手や足をただ自然に置いたつもりでも、急に妙なひねりを加える。 その結果――写真のようなポーズになる。 妙だ! 私は舞台に立ったのはたった一度きりで、それ以外の時間はずっと自然な人間の生活をしてきたのに、舞台の板の上では、人間らしく座るよりも、俳優らしく――不自然に――座るほうが、比べものにならないほど楽だった。 舞台の上では、自然の真実よりも、演劇的な嘘のほうが私に近いのだ。 私の顔は、間抜けで、申し訳なさそうで、言い訳がましい表情になっていたという。 私は、何をすればいいのか、どこを見ればいいのか分からなかった。 しかもトルツォフは、なおも手加減せず、じりじりと追い込んだ。 私の後、ほかの弟子たちも同じ練習をやらされた。 「では先へ進もう」アルカージー・ニコラエヴィチは告げた。 「いずれ またこの練習に戻り、舞台で座ることを学ぶ。」 「座るだけのことを学ぶ?」 弟子たちは訝しんだ。 「だって、ほら、私たちは座ったじゃないですか……」 「いや」アルカージー・ニコラエヴィチはきっぱりと言った。「君たちは“ただ”座っていたのではない。」 「では、どう座ればよかったんですか?」 答える代わりに、トルツォフはすっと立ち上がり、仕事のある人の歩き方で舞台へ向かった。 そこで彼は、まるで自宅にいるように、椅子へどっしり腰を下ろした。 彼は何もせず、何かをしようともしていない。にもかかわらず、彼のただ座っているだけの姿は、私たちの注意を引き寄せた。 私たちは、彼の中で起きていることを見て理解したくなった。彼が微笑めば私たちも微笑み、彼が考え込めば私たちは――何についてか――知りたくなり、彼が何かに見とれれば、何が彼の注意を引いたのかを知らねばならなかった。 日常生活でなら、トルツォフがただ座っているだけのことに興味はわかない。 だがそれが舞台で起こると、なぜか格別の注意で見入ってしまい、さらには、そうした眺めからある種の満足さえ得る。 弟子たちが舞台に座っていたときには、こうはならなかった。見たいとも思わず、彼らの魂の中で何が起きているかを知りたいとも思わなかった。 彼らは無力さと、気に入られたい欲求で私たちを笑わせた。だがトルツォフは私たちにまったく注意を払わず、それなのに私たちのほうが自分から彼へ引き寄せられた。 秘密は何か? アルカージー・ニコラエヴィチはそれを明かした。 「舞台の板の上で起きることは、すべて何かのために行われねばならない。」 「そこに座ることも同じだ。何かのために座らねばならないのであって、ただ観客に見せるために、ではない。」 「だがそれは簡単ではない。だから学ばねばならない。」 「では先生、今は何のために座っていたんです?」 ヴューンツォフが確かめた。 「君たちと、さっき劇場でやった稽古から休むためだ。」 「さあ、こっちへ来て、新しい戯曲をやろう」彼はマロレトコワに言った。 「私も一緒に演じる。」 「先生が?」 ! 少女は叫ぶと舞台へ駆け出した。 また彼女は舞台の真ん中の椅子に座らされ、また懸命に身づくろいを始めた。 トルツォフは彼女のそばに立ち、手帳の中から何かの記録を集中して探していた。 その間にマロレトコワは次第に落ち着き、ついには身じろぎもせず、トルツォフに視線をきっぱり向けたまま固まった。 彼女は邪魔をするのが怖く、教師からの次の指示を辛抱強く待っていたのだ。 彼女の姿勢は自然になった。 舞台の板は彼女の女優としての良い資質を際立たせ、私は彼女に見とれてしまった。 こうして、かなり長い時間が過ぎた。 それから幕が閉じた。 「どう感じていた?」 二人が客席に戻ると、トルツォフは彼女に尋ねた。 「私が?」 彼女はきょとんとした。 「私たち、演じていたんですか?」 「もちろんだ。」 「私は、ただ座って、先生が手帳の中を探して、何をすればいいか言ってくださるのを待っていただけだと思っていました。」 「私は何も演じていません。」 「まさにそこが良かったのだ。君は何かのために座っていて、何もやり芝居をしなかった」トルツォフは彼女の言葉に飛びついた。 「君たちはどう思う?」彼は私たち全員に向かって言った。「ヴェリャミノワのように舞台で脚を見せて座るのがいいのか、ゴヴォルコフのように自分自身をまるごと見せて座るのがいいのか。それとも、座って何かをする――たとえ取るに足りないことでも――のがいいのか?」 「たとえ面白みに乏しくても、それは舞台に生を生み出す。だが、どんな形であれ自己を見せびらかすことは、私たちを芸術の平面から外へ連れ出すだけだ。」 「舞台では行為しなければならない。」 「行為、能動性――これこそが、演劇芸術、俳優の芸術の礎だ。」 「『ドラマ』という語そのものが、古代ギリシア語で『起こっている行為』を意味する。」 「ラテン語ではそれにactioが対応し、その語根actが、私たちの『能動性(アクティビティ)』『俳優(アクター)』『幕(アクト)』といった語にも入っている。」 「つまり、舞台におけるドラマとは、私たちの目の前で進行する行為であり、舞台に出た俳優は行為する者になる。」 「失礼ですが……」とゴヴォルコフが突然話し始めた。 「あなたは、舞台では行為しなければならないとおっしゃいました。」 「ではお尋ねしますが、あなたが椅子に座っていたことが、なぜ行為なのですか?」 「私には、完全で絶対的な無為にしか見えません。」 「アルカージー・ニコラエヴィチが行為していたかどうかは分かりませんが」私は興奮して言った。「先生の『無為』は、あなたの『行為』よりずっと面白かった。」 「舞台に座っている者が動かないからといって、それだけで受動的だとは言えない」アルカージー・ニコラエヴィチは説明した。 「動かずにいても、真に行為することはできる。ただし外側――肉体的に――ではなく、内側――心理的に――だ。」 「それだけではない。」 「肉体の不動は、強い内的行為から生じることも多い。そしてそれこそが創造において特に重要で、興味深い。」 「芸術の価値は、その精神的内容によって決まる。」 「だから私は式を少し変えて、こう言おう。舞台では、内側でも外側でも行為しなければならない。」 「それによって、私たちの芸術の主要な基礎の一つ――舞台創造と芸術における能動性と行為性――が果たされるのだ。」 … … … … … … … 19..年 「新しい戯曲をやろう」トルツォフはマロレトコワに言った。 「内容はこうだ。君の母親は職を失った。つまり収入もない。明日、授業料未納で君は演劇学校を退学になるが、その金を払うために売る物さえない。」 「だが友だちが助けに来た。金がないので、宝石のついた留め針を持ってきたのだ。彼女が持っていた唯一の貴重品だった。」 「友の気高い行為に、君は心を動かされ、胸を打たれる。」 「だが、そんな犠牲をどう受け取る?」 「君は決心できず、断ろうとする。」 「すると友だちは、その留め針をカーテンに刺し、廊下へ出ていった。」 「君は彼女を追う。」 「そこで長いやり取りがある。説得、拒み、涙、感謝……。」 「ついに犠牲を受け取り、友だちは去り、君は留め針を取りに部屋へ戻る。」 「だが……」 「どこだ?」 「誰かが入って取ったのか?」 「同居人の多い住まいなら、それもあり得る。」 「神経質で念入りな捜索が始まる。」 「舞台へ行きなさい。」 「私が留め針を刺す。君はカーテンのひだのどこかにあるそれを探すんだ。」 マロレトコワは舞台裏へ行った。 ところがトルツォフは、留め針を刺すことも忘れて、すぐに彼女に出て来いと命じた。 彼女は舞台裏から突き飛ばされたみたいに舞台へ飛び出し、舞台口まで駆けて、すぐさま後ろへ跳ね返り、両手で頭を抱えて、恐怖に身をよじった…… それから反対側へ駆け、カーテンをつかんで必死に揺さぶり、さらにそこへ頭を突っ込んだ。 それが留め針探しのつもりだった。 見つからないと、彼女はまた舞台裏へ突進し、痙攣するように両手を胸に押し当てた。おそらくそれで状況の悲劇性を表しているのだろう。 パルテールに座っていた私たちは皆、笑いをこらえるのに必死だった。 まもなくマロレトコワは、勝利者の顔で舞台からパルテールへ飛び込んできた。 目は輝き、頬は赤く染まっていた。 「どう感じていた?」 とトルツォフは尋ねた。 「お願い!」 「すごく良かった!」 「どれほど良かったか分からないくらい……」 「もうだめ、もうだめです。」 「私、すごく幸せ!」 とマロレトコワは叫び、座ったり跳ね上がったりしながら頭を抱え込んだ。 「私、すごく感じたの、すごく感じたの!」 「それなら結構だ」トルツォフは賛成した。 「で、留め針は?」 「あっ、そうだ!」 「忘れてた……」 「妙だな」 とトルツォフは言った。 「あれほど探して……忘れたのか。」 あっという間に、マロレトコワは再び舞台にいて、カーテンのひだをつまぐり始めていた。 「いいか」トルツォフは念を押した。「留め針が見つかれば、君は助かって学校に通い続けられる。見つからなければ――それで終わりだ。退学になる。」 たちまちマロレトコワの顔は真剣になった。 彼女はカーテンに視線を食い込ませ、布のひだを一つひとつ、注意深く、系統立てて調べ始めた。 今度の探索は、まったく別の、比べものにならないほど遅いテンポで進んだ。そして皆、マロレトコワが無駄にしていないこと、彼女が心から動揺し、気を揉んでいることを信じられた。 「ねえ、お願い!」 「どこ?」 「ない!」 . . と彼女は小声で繰り返した。 「……ない!」 カーテンのひだを全部調べ終えると、彼女は絶望と戸惑いで叫んだ。 顔には不安が浮かんだ。 一点を見つめたまま、棒立ちになった。 私たちは息を殺して見守った。 「感受性が強いな」 トルツォフはイワン・プラトーノヴィチに小声で言った。 「今、二度目の探索では、どう感じていた?」 と彼はマロレトコワに尋ねた。 「私がどう感じてたか?」 彼女は気だるそうに聞き返した。 「分かりません。探していました」少し考えた沈黙の後、彼女は答えた。 「そのとおり、今は探していた。」 「では最初は、何をしていた?」 「ああ!」 「最初は!」 「私、動揺してた。もう、すごく体験してたんです!」 「だめ!」 「だめ!」 . . と彼女は、興奮と誇らしさで燃え上がり、頬を赤らめながら思い出していた。 「では舞台での二つの状態のうち、どちらが君にとってより快かった?」 「カーテンのひだを引き裂きながら駆け回っていたときか、それとも今のように、もっと落ち着いてそれを調べていたときか?」 「もちろん、最初に留め針を探していたときです!」 「いや。最初のとき君が留め針を探していたのだと、私たちを納得させようとしないことだ」トルツォフは言った。 「君は留め針のことなど考えていなかった。君が欲しかったのは、ただ苦しむこと――苦しむことそのもののために――だったのだ。」 「二度目は、君は本当に探していた。」 「私たちはそれをはっきり見た。理解した。君の戸惑いも取り乱しも、根拠があるものだと信じられた。」 「だから最初の探索は話にならない。あれは普通の俳優の『型づくり』だった。」 「だが二度目の探索は実に良かった。」 この裁定に、マロレトコワは呆然とした。 「無意味な駆け回りは舞台には要らない」トルツォフは続けた。 「そこでは、走るために走ることも、苦しむために苦しむこともできない。」 「舞台では、『一般に』行為してはならない。行為そのもののために行為するのではなく、根拠があり、目的にかなっていて、実りのある行為をしなければならない。」 「しかも、真に」私は付け加えた。 「真の行為とは、根拠があり目的にかなった行為のことだ」トルツォフは言った。 「では」彼は続けた。「舞台では真に行為しなければならないのだから、皆、舞台へ行って……行為しなさい。」 私たちは行ったが、何をすればいいのか長いこと分からなかった。 舞台では印象を与えるように行為しなければならない。だが私は、観客の注意に値する面白い行為が見つからず、それでオセロを繰り返し始めた。しかしすぐ、披露公演のときと同じように『型づくり』をしていると気づき、やめた。 プーシチンは将軍を、それから農民を演じてみせた。 シュストフは椅子にハムレットふうのポーズで座り、悲嘆とも失望ともつかないものを表していた。 ヴェリャミノワは媚を売り、ゴヴォルコフは伝統どおり、世界中の舞台でそうするように、彼女に愛を告白していた。 舞台の奥の隅に目をやると、ウムノフ家の子たちとドィムコワがそこへ押し込められていて、蒼白で張りつめた顔、焦点の定まらない目、硬直した体をしているのを見て、私は思わず息をのんだ。 聞けば、そこで彼らは、イプセンの『ブランド』の「おむつの場面」を演じていたのだ。 「では、君たちが今見せたものを検討しよう」と トルツォフは言った。 「まず君からだ」アルカージー・ニコラエヴィチは私に言い、次に「君も、君も」と言って、マロレトコワとシュストフを指さした。 「みんな椅子に座りなさい。私がよく見えるように。そして、さっき君たちが描写していたのと同じものを感じ始めなさい。君は嫉妬、君は苦しみ、君は悲しみだ。」 指定された感情を自分の中に起こそうとしてみても、何も起きなかった。 舞台を動き回り、野蛮人を演じている間、私は内側が空っぽのまま、自分の行為の馬鹿げたことに気づかなかった。 だが座らされて、外的な『型づくり』を失った途端、この課題の無意味さと不可能さが、私にははっきり分かった。 「君たちの考えでは」トルツォフは尋ねた。「椅子に座って、何の理由もなく突然、嫉妬したい、動揺したい、悲しみたいと思えるものか?」 そんな「創造的行為」を自分に注文できるだろうか? 君たちは今、それをやってみた。だが何も起きなかった。感情は生き返らなかった。だからそれをやり芝居にし、顔に存在しない体験を示さねばならなかった。 感情は搾り出せない。嫉妬のための嫉妬、愛のための愛、苦しみのための苦しみはできない。 感情を力ずくでねじ曲げてはならない。そうすれば、最も嫌らしい俳優のやり芝居に行き着く。 だから行為を選ぶときは、感情は放っておきなさい。 感情は、それ以前の何か――嫉妬や愛や苦しみを呼び起こした何か――から、ひとりでに現れる。 その「それ以前のもの」についてこそ、熱心に考え、それを自分の周囲に作りなさい。 結果のほうは気にしないことだ。 ナズヴァノフ、マロレトコワ、シュストフのような情念のやり芝居、プーシチンやヴューンツォフのような像のやり芝居、ヴェセロフスキーとゴヴォルコフのような機械的なやり方――これらは私たちの世界で非常にありふれた誤りだ。 それは、舞台で『提示』をすること、俳優らしく芝居がかること、型を作ることに慣れた者たちが犯す罪である。 だが真の芸術家は、情念の外的表れを外側から物まねするのでも、像を外側から写すのでも、俳優の儀礼に従って機械的にやり芝居をするのでもなく、真に、人間として行為しなければならない。 情念や像を「演じる」のではなく、情念の影響のもとで、そして像の中で行為しなければならない。 「でも、椅子がいくつかあるだけの、つるつるの舞台の床で、どう行為しろと言うんです?」 と弟子たちは言い訳した。 「ああもう、神に誓って本当ですよ。装置があって、家具があって、暖炉があって、灰皿だの、いろんな小物だのがあったら!」 . . 「そりゃあ、うんと行為できますよ。」 とヴューンツォフは言い張った。 「よろしい!」 アルカージー・ニコラエヴィチはそう言うと教室を出ていった。 … … … … … … … 19..年 今日は学校の舞台で稽古の予定だったが、客席の正面の扉は鍵がかかっていた。 しかし、定刻になると、舞台へ直接通じる別の扉が開けられた。 そこへ行ってみると、皆の困惑の中で、私たちは玄関に出てしまった。 その奥には、居心地よく整えられた居間があった。 居間には扉が二つあり、一つは小さな食堂と寝室へ通じ、もう一つの扉からは廊下へ出た。廊下の左手には明るく照らされた部屋があった。 この住まい全体は、一部は毛織布で、もう一部はさまざまな劇場のパヴィリオンの壁板で、区切って作られていた。 家具や小道具も、レパートリーの戯曲から持って来たものだった。 幕は閉じられ、家具で塞がれていて、フットライトや舞台口がどこにあるのかさえ分かりにくかった。 「ほら、住まい丸ごとだ。ここなら行為するだけでなく、生活だってできる」アルカージー・ニコラエヴィチは告げた。 舞台の板を感じないまま、私たちは家にいるように、生活のように振る舞った。 まず部屋を見て回り、それから皆が居心地のよい隅と気の合う相手を見つけて、おしゃべりを始めた。 トルツォフは、ここに集まったのはおしゃべりのためではなく、学校の授業のためだと念を押した。 「では、何をすればいいんです?」 と私たちは尋ねた。 「前の授業と同じことだ」 アルカージー・ニコラエヴィチは説明した。 「真に、根拠があり、目的にかなって、行為することだ。」 だが私たちは、相変わらず動かずに立ち尽くしていた。 「いや、どうも……いったい、どうやって……」 とシュストフが言い始めた。「何のきっかけもなく、目的にかなって行為するなんて。」 「何のきっかけもなく行為するのが都合が悪いなら、何かのために行為しなさい。」 「この生活的な環境の中でも、外的な行為に動機づけができないのか?」 「たとえば、君――ヴューンツォフ――に、あの扉を閉めに行ってくれと頼んだら、断るか?」 「扉を閉める?」 ! 「喜んで!」 と彼は、いつものようにふざけた身振りをしながら答えた。 あっという間に彼は扉をバタンと閉め、元の場所へ戻ってきた。 「それは『扉を閉める』とは言わない」トルツォフは言った。 「それは『うるさいから黙れ』と言うために、扉を叩きつけただけだ。」 「『扉を閉める』という言葉には、まず、今のように隙間風が入らないように閉めたい、あるいは玄関にここでの話し声が聞こえないように閉めたい、という内的な欲求が含まれている。」 「閉まらないんです!」 「本当ですよ!」 「どうにも!」 彼は弁解のために、扉がひとりでに跳ね返るところを見せた。 「なおさら、私の頼みを果たすには、時間も努力も余計に要ることになる。」 ヴューンツォフは行って、扉と長いこと格闘し、ついに閉めた。 「それが――真の行為だ」トルツォフは彼を励ました。 「私にも何か言いつけてください」私はトルツォフにつきまとった。 「自分では何も思いつかないのか?」 「ほら、暖炉と薪がある。」 「行って、暖炉に火を入れなさい。」 私は従って薪を暖炉にくべた。だがマッチが必要になってみると、私にも暖炉の上にも、それがなかった。 またトルツォフに食い下がるしかなかった。 「君は何のためにマッチが要るんだ?」 彼は訝しんだ。 「何のためって?」 「薪に火をつけるためです。」 「ご苦労さま!」 「その暖炉は紙製の、小道具の暖炉だぞ。」 「劇場を焼く気か?」 ! 「本当に火をつけるんじゃなくて、“火をつけるふり”をするんです」私は説明した。 「“火をつけるふり”をするなら、“マッチのふり”で十分だ。」 「ほら、これだ。受け取りなさい。」 彼は私に空っぽの手を差し出した。 「問題は、マッチを擦ることではない!」 「君に必要なのは、まったく別のことだ。」 「大事なのは、手の中にあるのが空っぽの代用品ではなく本物のマッチだったなら、君はこの代用品で今するのと全く同じように振る舞ったはずだ――そう信じることだ。」 「君がハムレットを演じ、彼の複雑な心理を通って王殺しの瞬間へ達したとき、問題は本物の研ぎ澄まされた剣を手に持っていることだけだろうか?」 「そして、もし剣がなければ、公演を終えられないというのか?」 「だから剣なしでも王は殺せるし、マッチなしでも暖炉に火は入れられる。」 「その代わりに燃え、きらめくべきなのは、君の想像力だ。」 私は暖炉に火を入れに行き、トルツォフが皆に仕事を割り振るのを、かすかに耳にした。 ヴューンツォフとマロレトコワはホールへ行かされ、いろいろな遊びを始めるよう命じられた。ウムノフ家の子たちには、元製図工だったので、家の見取り図を描き、歩幅で寸法を測るよう命じた。ヴェリャミノワからは手紙を取り上げ、五つの部屋のどこかで探すよう言った。さらにゴヴォルコフには、ヴェリャミノワの手紙をプーシチンに渡し、どこかもっと巧妙に隠してくれと頼んだ、と告げた。これでゴヴォルコフはプーシチンを監視することになった。 要するに、トルツォフは皆を揺り起こし、しばらくのあいだ私たちに真に行為させたのだ。 私について言えば、私は相変わらず、暖炉に火を入れているふりを続けた。 私の想像上のマッチは、「まるで本物のように」何度も消えた。 そのたびに私は、手の中にそれを見て、感じ取ろうとした。 だが、できなかった。 暖炉の火も見ようとし、その温かさも感じようとしたが、それもできなかった。 ほどなく、この焚きつけは飽きた。 新しい行為を探さねばならなかった。 私は家具やいろいろな物を動かし始めたが、こうした無理にひねり出した課題には何の土台もないので、私はそれを機械的にこなしていただけだった。 トルツォフは、そうした機械的で根拠のない行為は、舞台では異常に速く進む――意識的で根拠のある行為よりずっと速く――という点に私の注意を向けた。 「それも不思議ではない」と彼は説明した。 「君が機械的に、はっきりした目的なしに行為しているとき、注意を留める先がない。」 「椅子をいくつか動かすのに、実際どれほど時間がかかる?」 「だが、ある計算のもとで、一定の目的のために配置しなければならない――たとえば部屋や食卓で、重要な客とそうでない客を座らせるために――となると、同じ椅子をあちらからこちらへ、何時間も動かすことさえある。」 だが私の想像力は尽きたようで、何も思いつかず、何かの絵入り雑誌にかじりついて、絵を眺め始めた。 ほかの者たちも静まり返っているのを見て、トルツォフは私たち全員を居間に集めた。 「恥ずかしくないのか!」 彼は私たちを諭した。「自分の想像力を揺り起こせないで、何が俳優だ!」 「ここに子どもを十人連れて来て、これが君たちの新しい住まいだと言ってみろ。君たちの想像力に驚くぞ。」 子どもたちは、決して終わらないような遊びを始めるだろう。 君たちも子どものようになりなさい! 「子どものように、だなんてね……」 とシュストフはため息をついた。「子どもは自然に、遊ぶ必要があって、遊びたくなる。でも僕らは無理に自分を動かしている。」 「なるほど。『やりたくない』のなら、話すことは何もない」トルツォフは答えた。 「だが、そうだとすると問いが生じる。君たちは俳優なのか?」 「失礼!」 「幕を開けて観客を入れてください。そうすれば、その気になりますよ。」 とゴヴォルコフが言った。 「いや。君たちが俳優なら、そんなものがなくても行為するはずだ。」 「はっきり言いなさい。何が君たちの“乗り”を邪魔している?」 トルツォフは問いただした。 私は自分の状態を説明し始めた。暖炉に火を入れることも、家具を並べることもできる。だが、そうした小さな行為では引き込まれないのだ。 短すぎるのだ。暖炉に火を入れ、扉を閉めた、と思うと――もう“段取り”は終わってしまう。 もし第二の行為が第一から生まれ、第三を生み出すなら、話は別なのに。 「つまり」トルツォフは要約した。「君たちに必要なのは、短い外的で半ば機械的な行為ではなく、遠く広い展望を持つ、大きく、深く、複雑なものだということか?」 「いえ、それはさすがに大きすぎますし、難しすぎます。」 「そこまでは、まだ考えていません。」 「何か簡単で、でも面白いものをください」私は言った。 「それは私ではなく、君たち次第だ」トルツォフは言った。 「君たちは、どんな行為も退屈にも面白くもできるし、短くも長くもできる。」 「問題は外的目的ではなく、その行為がどんな内的衝動・きっかけ・状況のもとで、そして何のために行われるか、という点にあるのではないか?」 「たとえば、扉を開け閉めするという単純な行為を取ってみよう。」 「これほど無意味な機械的課題があるか?」 「だが想像してみなさい。マロレトコワの今日の新居祝いが行われているこの住まいに、以前、凶暴な狂気に陥った男が住んでいたと。」 「男は精神病院へ連れて行かれた……。」 「もし、男がそこから逃げ出し、今、扉の外に立っていると分かったら、君たちはどうする?」 問いがこの形で立てられた途端、私たちの行為への態度――あるいは後にトルツォフが言ったように『内的照準』――は一気に変わった。私たちは遊びをどう引き延ばすかなど考えず、それが外側の見せ場としてどう見えるかも気にせず、与えられた課題の観点から、どの行動が目的にかなうかを内的に評価した。 目は空間を測り始め、扉への安全な近づき方を探した。 周囲の状況を一つ一つ確かめ、それに身を合わせ、もし狂人が部屋へ突入してきたらどこへ逃げるかを理解しようとした。 自己保存の本能が危険を先取りし、それと戦う手段を示した。 そのときの私たちの状態は、次の小さな事実からも分かる。ヴューンツォフが、わざとか本気か、皆の予想を裏切って突然扉から飛び退くと、私たちも一人の人間のように同じことをして、互いを押し合ったのだ。 女たちは悲鳴を上げ、隣の部屋へ駆け込んだ。 私はというと、重い青銅の灰皿を手に、机の下にいた。 扉が固く閉じられてからも、私たちは行為をやめなかった。 鍵がないので、机や椅子で扉をバリケードにした。 残るのは電話で精神病院に連絡し、凶暴な患者を捕まえるために必要な手配をしてもらうことだった。 私は熱中し、エチュードが終わるや否やトルツォフのところへ駆け寄って叫んだ。 「私が暖炉の火入れに夢中になるようにしてください!」 「あれは私を憂鬱にするんです。」 「このエチュードが生き返るなら、私は『システム』の最も熱烈な信奉者になります。」 アルカージー・ニコラエヴィチは一瞬も迷わず、今日マロレトコワが新居祝いをして、学校の仲間や知人を招いているのだ、と話し始めた。 その中の一人は、モスクヴィン、カチャーロフ、レオニードフと親しい人物で、彼らのうち誰かをその集まりへ連れて来ると約束している。 学校の弟子たちを喜ばせたかったのだ。 だが困ったことに、住まいが寒かった。 冬用の二重窓はまだ入っておらず、薪も備えていない。しかも、意地悪なことに急な寒波が部屋をすっかり冷やし、名誉ある客を迎えられる状態ではない。 どうする? 隣人から薪を分けてもらい、居間の暖炉に火を入れたが、煙が逆流し始めた。 薪に水をかけて消し、火夫を呼びに走らねばならなかった。 火夫が手間取っているうちに、すっかり日が暮れてしまった。 いまなら暖炉に火を入れられる。だが薪が湿っていて燃え上がらない。 しかも客は、もうすぐ来る……。 では答えてみなさい。もし私の作り話が現実の真実だったら、君たちはどうする? 互いに噛み合った条件の内的な結び目は、固く結ばれていた。 それをほどいて窮地を脱するには、私たちの人間としての能力を、また総動員せねばならなかった。 とりわけ皆を動揺させたのは、この条件下でレオニードフ、カチャーロフ、モスクヴィンが来るかもしれない、ということだった。 彼らに対する恥ずかしさは、私たちにはことさら鋭く感じられた。 もしそんな気まずい事態が現実に起きたなら、私たちは不愉快で落ち着かない時間をたくさん味わうだろう、ということをはっきり自覚していた。 皆が事態を助けようとし、行為の計画を考え、仲間に提案して議論し、やってみた。 「今回は」とアルカージー・ニコラエヴィチは言った。「君たちは真に行為していた、つまり目的にかなっていて、実りがあったと、私は言える。」 では、それは何が君たちをそこへ導いた? たった一つの小さな言葉――「もし」。 弟子たちは大喜びだった。 まるで、芸術のすべてを可能にする「霊験あらたかな言葉」を開いてもらったようで、役やエチュードがうまくいかないときでも、「もし」と言いさえすれば、何もかも滑らかに進むかのように思えた。 「つまり」トルツォフはまとめた。「今日の授業は、舞台上の行為は、内的に根拠があり、論理的で、一貫していて、現実に起こり得るものでなければならない、ということを君たちに教えたのだ。」 … … … … … … … 19..年 「もし」という言葉は皆のお気に入りになり、機会があるたびにそれが話題になり、賛歌まで捧げられ、今日の授業のほとんどはその称賛に費やされた。 アルカージー・ニコラエヴィチが入ってきて席に着くやいなや、弟子たちは彼を取り囲み、興奮して喜びをぶつけた。 「『もし』を通して、内的・外的な行為が、正常に、自然に、有機的に、ひとりでに飛び出してくることを、君たちは理解し、成功例で自分で味わったのだ。」 「では、この生きた例で、私たちの経験を動かす各原動力と要因の働きを追ってみよう。」 「まず『もし』からだ。」 「何よりもまず、『もし』はあらゆる創造を開始する、という点が見事だ」アルカージー・ニコラエヴィチは説明した。 「『もし』は俳優にとって、私たちを現実から、創造だけが起こり得る世界へ移し替えるテコなのだ。」 「さらに『もし』には、後の段階的で論理的な創造の展開に向けて、ただ一押しを与えるだけのものもある。」 「たとえば、こうだ。」 トルツォフはシュストフのほうへ手を差し伸べ、何かを待った。 二人は戸惑いながら、互いを見つめ合った。 「見てのとおりだ」アルカージー・ニコラエヴィチは言った。「君と私の間に、何の行為も生まれていない。」 「そこで私は『もし』を入れて、こう言う。もし私が君に差し出しているものが、空っぽの代用品ではなく手紙だったら、君はどうする?」 「受け取って、宛名を見ます。」 「もし私宛てなら――失礼しますが――封を切って読み始めます。」 「でも、親密な内容ですし、読んでいるうちに動揺が顔に出てしまうかもしれないので……」 「それを避けるには、用心して席を外すほうがいいな」とトルツォフが促した。 「……別の部屋へ行って、そこで読みます。」 「どうだ。小さな『もし』という言葉が、どれほど多くの意識的で一貫した思考、論理の段階――もし、そうなら、こうなら、ならば――と、さまざまな行為を呼び起こしたか。」 「普通は、こういうふうに現れる。」 「だが、『もし』が補いも助けも要らず、それ一つで、すぐさま役割を果たすこともある。」 「たとえば……。」 アルカージー・ニコラエヴィチは片手でマロレトコワに金属の灰皿を渡し、もう片手でヴェリャミノワに革手袋を渡しながら言った。 「君には冷たいカエル。君には柔らかいネズミ。」 彼が言い終える前に、二人の女は嫌悪感で身を引いた。 「ドィムコワ、水を飲みなさい」アルカージー・ニコラエヴィチは命じた。 ドィムコワはコップを唇へ運んだ。 「毒が入っている!」 とトルツォフが彼女を止めた。 ドィムコワは反射的に凍りついた。 「ほら、見たか!」 とアルカージー・ニコラエヴィチは勝ち誇った。 「これらはもはや単なる『もし』ではなく、行為そのものを瞬時に、反射的に呼び起こす“魔法の『もし』”だ。」 同じほど鋭く効果的ではないが、それでも強い結果を、君たちは狂人のエチュードで得た。 そこでは、異常の可能性が、ただちに大きな真の動揺と、きわめて能動的な行為を呼び起こした。 その『もし』もまた“魔法”と認めてもよいだろう。 「もし」の質と性質をさらに研究するにあたっては、 いわば一階建ての『もし』と、多階建ての『もし』があることに注意しなければならない。 たとえば今、灰皿と手袋の実験では、一階建ての『もし』を使った。 灰皿がカエルで、手袋がネズミだったら――と言うだけで、ただちに行為としての反応が生まれた。 しかし複雑な戯曲では、作者の『もし』や、その他さまざまな『もし』が大量に編み合わされ、登場人物の行動や振る舞いを、あれこれ正当化している。 そこでは一階建てではなく多階建ての『もし』、すなわち多くの仮定と、それを補う虚構が、巧みに絡み合ったものを扱うことになる。 作者は戯曲を作るとき、こう言っているのだ。「もし行為が、ある時代、ある国家、ある場所、あるいはある家で起きるのなら。もしそこに、ある種の人々が、ある魂の構えで、ある考えと感情をもって住んでいたなら。もし彼らが、ある事情のもとで互いに衝突したなら」――等々。 戯曲を演出する演出家は、作者のもっともらしい虚構を自分の『もし』で補い、こう言う。もし登場人物同士がこのような関係にあり、もし彼らにこのような典型的な癖があり、もし彼らがこのような環境で暮らしていたなら――その条件のもとで、彼らの場所に立った俳優はどう行為するだろうか、と。 さらに、戯曲の場所を描く美術家も、あるいは照明を与える電気技師も、その他の上演の創り手もまた、戯曲の生活条件を自分の芸術的虚構で補っていく。 それから、『もし』という言葉の中に、狂人のエチュードの最中に君たちが味わった、ある性質、ある力が隠れていることを評価しなさい。 『もし』のその性質と力が、君たちの内側で瞬間的な入れ替え――転換――を引き起こしたのだ。 「そう、まさに転換、入れ替え!」 私は、味わった感覚を言い当てたその表現を、賛成した。 「それによって」トルツォフは説明を続けた。「まるで『青い鳥』で、魔法のダイヤを回すと何かが起こり、目は別の見方をし、耳は別の聞き方をし、知性は周囲を新しく評価するようになる。その結果、考え出された虚構が自然な道筋で、掲げた目的を果たすために必要な、対応する現実の行為を呼び起こすのだ。」 「しかも、それがどれほど気づかぬうちに起こることか!」 私は感嘆した。 「本当に、私にとって小道具の暖炉など何の意味がある?」 だがそれが『もし』によって条件づけられ、有名な俳優たちの来訪を仮定し、言うことを聞かない暖炉が私たち全員の面目をつぶすと理解したとき、それは舞台上での当時の私の生活において重要な意味を帯びた。 私は心からあの紙の小道具を憎み、折悪く襲った寒波を罵った。内側から囁く、走り出した想像力の命じることを果たすには時間が足りなかった。 「狂人のエチュードでも同じことが起きました」とシュストフが指摘した。 「あそこでも、練習が始まったきっかけの扉は、ただ守りの手段になり、注意を釘づけにした主要目的は自己保存の感覚になった。」 「それは自然に、ひとりでに起きた……」 「なぜか!」 アルカージー・ニコラエヴィチは熱をこめて彼を遮った。 「危険の観念は、いつでも私たちを動揺させるからだ。」 「それは酵母のように、いつでも発酵し始めることができる。」 「扉や暖炉が人を動かすのは、それらが私たちにとってもっと重要な別のものと結びついている限りにおいてだ。」 「『もし』の作用の力の秘密は、現実の事実――あるもの――について語るのではなく、ただ、あり得たかもしれないものについて語る、という点にもある……『もし』……。」 「この言葉は何も断定しない。」 「ただ仮定し、解くべき問いとして提示するだけだ。」 「俳優は、それに答えようと努める。」 「だからこそ、この転換と解決は、強制も欺きもなしに達成される。」 「実際、私は君たちに、扉の外に狂人が立っていると言い張ったわけではない。」 「私は嘘をつかなかった。むしろ『もし』という言葉そのもので、私は率直に、これは仮定を持ち込んだだけで、現実には扉の外に誰もいないのだと認めていた。」 「私が望んだのはただ、狂人という虚構が現実になったら、君たちがどう行動するかを、良心に従って答えてほしかっただけだ。」 「私は君たちに幻覚を見ろとも言わず、私の感情を押しつけもしなかった。各自が自然に、ひとりでに『体験』していたものを体験する自由を、完全に与えたのだ。」 「そして君たちのほうも、狂人の虚構を現実の事実として受け入れろと自分を強いたりはせず、ただ仮定として受け取っただけだ。」 「私は君たちに、狂人の出来事の真実性を信じ込ませたのではない。君たちは自分から、生活の中に同様の事実があり得ることを認めただけだ。」 「そうだ。『もし』が率直で、真実で、正々堂々としているのは、とても良いことだ。」 「それは、舞台の演技にしばしば漂う“だまし”の後味を消してくれる!」 私は感嘆した。 「では、もし私が虚構だと率直に認める代わりに、扉の外に本物の、“ほんとの”狂人がいると誓っていたら、どうなったでしょう?」 「そんな露骨な嘘は信じませんし、一歩も動かなかったでしょう。」 と私は告白した。 「それがいいのだ。この驚くべき『もし』は、いかなる強制も排する状態を作る。」 「その条件のもとでだけ、実際にはなかったが、現実に起こり得たことを、真剣に論じることができるのです」私は賛歌を続けた。 「それから『もし』には、もう一つ新しい性質がある」アルカージー・ニコラエヴィチは思い出した。 … 「それは俳優に内的・外的な能動性を呼び起こし、しかもそれもまた、強制なしに、自然な道筋でそれを成し遂げる。」 「『もし』という言葉は、私たちの内的な創造的能動性を突き動かすもの、刺激するものだ。」 「実際、君たちが自分に向かって『狂人の話が現実だったら、私は何をして、どう振る舞うだろう?』と言いさえすれば――」 「その瞬間に、君たちの中に能動性が芽生えた。」 「与えられた問いにただ答えるだけではなく、俳優としての本性のゆえに、君たちの中に行為への衝動が生じたのだ。」 「その圧力に耐えきれず、君たちは手元の課題を実行し始めた。」 「そしてそのとき、現実の人間的な自己保存の感情が、まさに実生活と同じように、君たちの行為を導いた……」 「この『もし』のきわめて重要な性質は、私たちの方向の基礎の一つ――創造と芸術における能動性と行為性――と『もし』を同じものにする。」 「しかし、どうやら『もし』はいつも自由に、妨げなく働くわけではないようです」私は批判した。 「たとえば私の場合、転換は確かに突然すぐ起きましたが、定着するのに時間がかかりました。」 「あの素晴らしい『もし』を入れた最初の瞬間、私はすぐそれを信じ、転換が起きた。」 「だがその状態は長続きしなかった。」 「次の瞬間から、私の中で疑いが発酵し始め、自分に言うのです。何を求めているんだ?」 「『もし』がどれも作り話で、遊びであって、真の生活ではないことくらい、自分でも分かっているじゃないか、と。」 「しかし、もう一つの声が同意しなかった。」 「『確かに『もし』は遊びであり虚構だ。だが現実に十分あり得るし、実行可能でもある。 そのうえ、誰もお前を強制しようとしていない。 ただこう答えてほしいだけだ――『もしあの晩マロレトコワのところにいて、彼女の客の立場になったら、どうする?』と。』 虚構の現実性を感じ取ると、私はそれをまじめに受け止め、暖炉をどうするか、招いた有名人たちにどう対処するかを論じることができた。 … … … … … … … 19..年 「つまり、“魔法の”あるいは単なる『もし』が、創造を始める。」 「それが、役の創造過程のさらなる展開へ向けた最初の一押しを与える。」 「この過程がどう展開するかについては、私に代わってアレクサンドル・セルゲーエヴィチ・プーシキンに語ってもらおう!」 アレクサンドル・セルゲーエヴィチは、自身の覚え書き『民衆劇について、ならびにM. P. ポゴージンの「マルファ・ポサードニツァ」について』の中でこう言う。「情念の真実、仮定された状況における感受のもっともらしさ――これこそが、私たちの理性が劇作家に要求するものだ」。 私は付け加える。まったく同じことを、私たちの理性は劇俳優にも要求する。ただし違いがある。作家にとっては仮定される状況が、私たち俳優にとっては、すでに与えられている――提示された――状況になる、という点だ。 こうして私たちの実践では、「与えられた状況」という用語が定着し、私たちはそれを用いている。 「与えられた状況……」 「う……」 とヴューンツォフが不安そうになった。 「この見事な言葉をよく考えなさい。後で私は、私たちの愛する『もし』が、アレクサンドル・セルゲーエヴィチの偉大な戒めをどう果たす助けになるかを、模範的な例で説明しよう。」 「『情念の真実、仮定された状況における感受のもっともらしさ』」私は書き留めた文句を、ありとあらゆるイントネーションで読み上げた。 「天才の言葉をむやみに振り回すのはやめなさい」トルツォフは私を止めた。 「それでは内的本質は開かれない。」 「一度に全体の思想を捉えられないなら、論理的な部分に分けて、自分の中に取り込みなさい。」 「まず第一に、『与えられた状況』という言葉が何を意味するのかを理解しなければならないのでは?」 とシュストフが尋ねた。 「それは、戯曲の筋、その事実、出来事、時代、行為の時間と場所、生活条件、戯曲についての私たち俳優と演出家の理解、そこへの私たちなりの付け加え、ミザンセーヌ、演出、舞台美術家の装置と衣装、小道具、照明、物音や音響、その他さまざまな、創造に際して俳優が考慮するよう求められる一切だ。」 「『与えられた状況』は、『もし』そのものと同様、仮定であり、『想像の虚構』である。」 「両者は同じ起源を持つ。『与えられた状況』は『もし』と同じであり、『もし』は『与えられた状況』と同じなのだ。」 「一つは仮定(『もし』)で、もう一つはそれへの補足(『与えられた状況』)だ。」 「『もし』は常に創造を始め、『与えられた状況』はそれを展開させる。」 「一方なしに他方は存在できず、必要な刺激力を得られない。」 「だが機能はいくらか異なる。『もし』は眠っている想像力に一押しを与え、『与えられた状況』は『もし』そのものに根拠を与える。」 「両者は一緒に、また別々にも、内的転換の生成を助ける。」 「では、『情念の真実』とは何ですか?」 とヴューンツォフは興味を示した。 「情念の真実とは、情念の真実そのものだ。つまり、真に生きた人間の情熱であり、俳優自身の感情=体験だ。」 「では、『感情のもっともらしさ』とは?」 とヴューンツォフは食い下がった。 「それは真の情念や感情や体験そのものではなく、いわばその予感であり、それに近く、同質で、真実に似ているがゆえに“もっともらしい”状態だ。」 「それは情念の伝達ではあるが、直接で即時で潜在意識的なものではなく、いわば感情が内側からスフレールする形でのものだ。」 「プーシキンの言葉全体について言えば、語順を入れ替えてこう言えば、君たちにも理解しやすいだろう。『与えられた状況の中に――情念の真実がある』。」 つまり、まず与えられた状況を作り、それを心から信じなさい。そうすれば『情念の真実』はひとりでに生まれる。 「よ…よ…与…え…ら…れ…た…状…況…の…中…に……」 とヴューンツォフは、何とか理解しようとして力んだ。 アルカージー・ニコラエヴィチは急いで助けた。 「実践では、私たちの前にだいたい次のような課題が立ち現れる。まず君たちは、戯曲そのものから、演出から、そして自分自身の芸術家的な夢想から取ったあらゆる『与えられた状況』を、自分なりに思い描かなければならない。」 「その素材全体が、描かれる像が周囲の条件の中で生きる生活についての全体像を作る……」 「そして、そうした生活が現実の中でも起こり得るという可能性を、極めて誠実に信じなければならない。その異なる生に馴染み、同化するほどにまで慣れなければならない。」 「それができれば、君たちの内側に、情念の真実、あるいは感情のもっともらしさが、ひとりでに生まれる。」 「もう少し具体的で、実践的なやり方がほしいんですが」私は食い下がった。 「君の愛する『もし』を取り、君が集めたそれぞれの『与えられた状況』の前に置きなさい。」 そのとき自分にこう言うのだ。もし突入してきた者が狂人だったら、もし弟子たちがマロレトコワの新居祝いに来ていたら、もし扉が壊れていて閉まらなかったら、もしそれをバリケードにしなければならなかったら――等々――そのとき私は何をし、どう振る舞うだろうか? この問いは、ただちに君たちの中の能動性を呼び起こす。 それに行為で答えなさい。「こうする!」 と思ったら、行為の瞬間には考え込まず、やりたくなるまま、引き寄せられるままに、それをやりなさい。 そこで君たちは内側に――潜在意識的に、あるいは意識的に――プーシキンの言う『情念の真実』、あるいは少なくとも『感受のもっともらしさ』を感じ取るだろう。 この過程の秘密は、感情をまったく強制しないことだ。感情を放っておき、『情念の真実』など考えないことだ。そうした『情念』は私たち次第ではなく、ひとりでにやって来るからだ。 それは命令にも強制にも従わない。 俳優の注意はすべて、『与えられた状況』へ向けなさい。 そこで誠実に生きなさい。そうすれば『情念の真実』は、君たちの内側にひとりでに生まれる。 アルカージー・ニコラエヴィチが、作者・俳優・演出家・美術家・電気技師、その他の上演の創り手の、あらゆる『与えられた状況』と『もし』によって、舞台上に生きた生活に似た雰囲気が形作られるのだと説明していると、ゴヴォルコフが憤慨し、俳優を「かばった」。 「でも失礼ですが」彼は抗議した。「それなら、すべてが他人によって作られてしまうなら、俳優に何が残るんです?」 「つまらないことだけですか?」 「つまらないことだと?」 とトルツォフは彼に噛みついた。 「他人の虚構を信じ、それで誠実に生きることが、君にはつまらないことなのか?」 「だが、他人の主題で創造することが、しばしば自分の虚構を作るより難しい、ということを君は知っているのか?」 私たちは知っている。詩人の出来の悪い戯曲が、大俳優による再創造によって世界的に知られるようになった例を。 私たちは知っている。シェイクスピアが他人の短編を再創造したことを。 そして私たちも劇作家の作品を再創造する。言葉の下に隠れているものを掘り起こし、他人の台詞に自分たちのサブテキストを注ぎ込み、人々とその生活条件に対する自分たちの態度を定める。作者と演出家から受け取った素材をすべて自分の中に通し、あらためて自分の中で作り直し、想像力で生き返らせ、補う。 私たちはそれと同質になり、心理的にも肉体的にもそこへ入り込む。私たちの内に『情念の真実』を芽生えさせ、創造の最終的成果として、戯曲の秘められた意図と密接につながる真に実りある行為を生み出し、描かれる人物の情念と感情の中に、生きた典型的な像を創造する。 この巨大な仕事が――「つまらないこと」だと! いや、それは大きな創造であり、真の芸術だ! ――とアルカージー・ニコラエヴィチは言い終えた。 … … … … … … … 19..年 教室に入ると。 アルカージー・ニコラエヴィチは、その日の授業の予定を告げた。 彼は言った。 「『もし』と『与えられた状況』の次に、今日は内的・外的な舞台上の行為について話そう。」 「能動性そのものに本性が根ざしている私たちの芸術にとって、それがどれほど重要か、君たちは分かっているか?」 「その能動性は舞台では行為として現れ、行為の中で役の魂が伝えられる――俳優の『体験』も、戯曲の内的世界も。私たちは行為や振る舞いによって、舞台上に描かれる人々を判断し、彼らが何者かを理解する。」 「行為が私たちに与えるものはこれだ。そして観客が行為に期待するのもこれだ。」 「では観客は、圧倒的多数の場合、私たちから何を受け取っている?」 「第一に、大騒ぎ、抑えのない身振りの氾濫、神経質で機械的な動きの数々だ。」 「私たちは劇場では、現実生活よりもはるかに惜しみなくそれをばらまく。」 「しかし、そうした俳優の行為はどれも、真の生活における人間の行為とはまったく別物だ。」 「違いを例で示そう。人が重要で秘めた親密な思考や体験(たとえばハムレットの『生きるべきか、死ぬべきか』のようなもの)を整理しようとするとき、彼は一人になり、自分の内へ深く入り、考えていること、感じていることを言葉として心の中で明らかにしようとする。」 「ところが舞台では、俳優は逆のことをする。」 「生活の親密な瞬間に、前舞台のまさに最前へ出て、観客に向かい、存在しない体験について、大声で、効果的に、パトスを込めて朗誦するのだ。」 「ちょっと待って。“存在しない体験について朗誦する”とは、どういう意味です?」 「つまりこういうことだ。君たちが、内的・精神的な空白を、外的で効果的な俳優のやり芝居で埋めようとするときにやっているのと同じことだ。」 内側で感じられない役ほど、観客には外側で効果的に――拍手を取れる形で――提示したほうが得に見える。 だが、真剣な芸術家が、最も大切な思想や感情、秘めた魂の本質が伝えられる箇所で、劇場の騒々しさを望むだろうか。 そこには、俳優自身の、役と同質の感受が隠れているのだ。 それは下卑た拍手のぱちぱちの中で伝えたいのではなく、むしろ、深い沈黙と親密さの中で伝えたいはずだ。 もし俳優がそれを犠牲にし、厳粛な瞬間を下品にすることを恐れないなら、それは、彼が口にする役の言葉が彼にとって空っぽで、そこに自分から何一つ大切なもの、秘めたものを入れていないことの証拠だ。 空虚な言葉に、崇高な態度など取れない。 それらはただ音として必要なだけだ。声や発音や話術の技術、恋愛的なもの、動物的な気質、テンペラメントを見せるための音として。 戯曲が書かれた理由である思想や感受そのものは、そういう演技では、『一般に』悲しく、『一般に』楽しく、『一般に』悲劇的で、『一般に』絶望的で……といった具合にしか伝えられない。 そんな伝達は死んでいて、形式的で、職人芸だ。 外的行為の領域でも、内的行為(言葉)の領域と同じことが起こる。 俳優自身が人間として、自分のしていることを必要としていないとき、役と芸術が本来仕えるべきものとは別のものに捧げられているとき、行為は空っぽで、体験されておらず、本質として伝えるものが何もない。 そうなると、残るのは『一般に』行為することだけだ。 俳優が苦しむために苦しみ、愛するために愛し、嫉妬するために嫉妬し、許しを乞うために許しを乞う――それらが、魂の中で体験され、舞台に役の生が生まれたからではなく、戯曲にそう書いてあるから行われるのなら、俳優は行き場を失い、その場合『一般に演じる』ことが唯一の出口になる。 なんと恐ろしい言葉だ、『一般に』! そこには、どれほどのだらしなさ、混乱、根拠のなさ、無秩序が詰まっていることか。 何か『一般に』食べたいか? 何か『一般に』話したい、読んでみたいか? 『一般に』楽しく過ごしたいか? そんな提案からは、どれほどの退屈さ、無内容さが漂うことか。 俳優の演技が『一般に』という言葉で評価されるとき、たとえば「誰それはハムレットを『一般に』悪くなかった!」 ――などという評価は、演じ手にとって侮辱だ。 私に、愛も、嫉妬も、憎しみも、『一般に』演じてみせろ! それは何を意味する? これらの情念とその構成要素のオクローシカ――ごった煮――を演じろということか? この情念や感情や思考や、行為の論理や、像のオクローシカ――まさにそれを、『一般に』の俳優たちは舞台で私たちに出してくるのだ。 いちばん滑稽なのは、彼らが自分の『一般に』の演技を、心から動揺し、強く感じていることだ。 そこには情念も『体験』も思考もなく、ただそれらのオクローシカがあるだけだ、と言っても、彼らは決して納得しないだろう。 彼らは汗をかき、興奮し、演技に夢中になる。何が自分を動揺させ、何が自分を夢中にさせているのか分からないままに。 それが、私が言っていたあの「俳優のエモーション」、憑依の叫びなのだ。 それは『一般に』の動揺である。 真の芸術と『一般に』の演技は相容れない。 一方が他方を消し去る。 芸術は秩序と調和を愛し、『一般に』は無秩序と混沌を愛する。 では、どうすれば君たちを、私たちの呪われた敵『一般に』から守れるだろう? ! それとの戦いは、だらしなく揺らいだ『一般に』の演技の中へ、まさにそれに本来ないもの、つまりそれを滅ぼすものを導入することにある。 『一般に』は表面的で軽薄だ。 だから君たちの演技には、もっと計画性と、舞台で行われていることへの真剣な態度を持ち込みなさい。 それが表面性も軽薄さも消し去る。 『一般に』は混沌としていて無意味だ。 役に論理と一貫性を導入しなさい。そうすれば『一般に』の悪い性質は押し出される。 『一般に』は何でも始めて、何も終えない。 君たちの演技に完結性を導入しなさい。 こうしたことを私たちは行う。だがそれは、『システム』の全課程を通じて、その学習の過程として行われる。最終的には、舞台の上で一度きりで永遠に、『一般に』の行為ではなく、真の、実りある、目的にかなった人間の行為を身につけるために。 私は芸術においてそれだけを認め、それだけを支持し、育てる。 なぜ私は『一般に』にこれほど厳しいのか? 理由はこうだ。 真の芸術が要求するように、内的本質の線に沿って上演される舞台が、世界に毎日どれほどある? 数十だ。 その本質によらず、『一般に』の原理で上演される舞台が、世界では毎日どれほどある? 何万だ。 だから、私がこう言っても驚かないでほしい。世界では毎日、何十万もの俳優が内側で「脱臼」し、誤った有害な舞台の癖を系統的に自分の中に作り上げているのだ。 それがいっそう恐ろしいのは、一方で、劇場そのものと創造の条件が俳優をそうした危険な癖へ引っ張り、 他方で、俳優自身もまた、抵抗の少ない道を求めて、職人的な『一般に』を喜んで使うからだ。 こうしてさまざまな方向から、無知が徐々に、系統的に、俳優の芸術を破滅へ引きずっていく。つまり、悪い条件的な外形――『一般に』の演技――のために、創造の本質を消し去ってしまうのだ。 見てのとおり、私たちは世界全体と戦わねばならない。公演の条件と、俳優養成の方法、そして特に、舞台上の行為についての根強い誤った観念と。 これから待ち受ける困難すべてで成功するためには、まず何より、舞台の板の上に出て、観客の群衆の前で、公の創造の条件の中に立つと、私たちは劇場の中で、舞台の上で、現実生活の感覚をすっかり失ってしまう――このことを、多くの多くの理由から、認める勇気が要る。 私たちは何もかも忘れてしまう。生活の中でどう歩くか、どう座るか、食べるか、飲むか、眠るか、話すか、見るか、聞くか――要するに、生活の中で内側でも外側でもどう行為しているか、そのすべてを。 それらを私たちは、舞台の板の上で、子どもが歩き方や話し方や見方や聞き方を学ぶのとまったく同じように、いちから学び直さねばならない。 学校での学びの間、私はこの意外で重要な結論を、たびたび君たちに思い出させることになるだろう。 当面は、舞台で俳優らしく――『一般に』――行為するのではなく、人間として――簡潔に、自然に、有機的に正しく、自由に――行為するにはどう学べばよいかを理解しよう。劇場の条件ではなく、生きた有機的本性の法則が求めるとおりに。 「つまり、劇場から劇場を追い出す学び、というわけですね」ゴヴォルコフが付け加えた。 「そのとおりだ。Teatr(大文字の劇場)からteatr(小文字の劇場)を追い出す学びだ。」 そんな課題はすぐには果たせない。芸術的成長とサイコテクニックの鍛錬の過程を通じて、徐々に果たされるのだ。 「当面は、ワーニャ」アルカージー・ニコラエヴィチはラフマーノフに向かって言った。「弟子たちが舞台で常に真に、実りあり、目的にかなって行為し、決して“行為しているふり”をしないよう、粘り強く見張ってくれ。」 「だから、彼らが演技――ましてや型づくり――へ『脱臼』したのを見たら、すぐ止めなさい。」 「君のクラスが整ったら(私は急いでいる)、どんなことをしてでも彼らに舞台上で行為させる特別な練習を作りなさい。」 「日々、より頻繁に、より長く、こうした練習を行って、徐々に、方法的に、舞台での真の、実りある、目的にかなった行為へ彼らを慣らしていくのだ。」 「人間の能動性が、観客の前で、公開創造や授業の状況の中で舞台に立つときのあの状態と、彼らの中で結びつくようにしなさい。」 「日々、人間として舞台で能動的であることに慣らすことで、君は彼らに、芸術のマネキンではなく、正常な人間であるという良い習慣を叩き込める。」 「どんな練習ですか?」 「だから、練習って、どんな練習なんです?」 「授業の雰囲気をもっと真剣に、もっと厳しく整えて、まるで公演のように演じ手を引き締めなさい。」 「それは君の得意だ。」 「了解!」 とラフマーノフは受けた。 「一人ずつ舞台へ呼び出して、何か用件を与える。」 「どんな用件です?」 「たとえば新聞に目を通して、何が書いてあるかを話させる、とか。」 「それだと集団授業には長すぎます。」 「みんなを見なきゃいけない。」 「新聞全部の内容を知ることが目的なのか?」 「大事なのは、真の、実りある、目的にかなった行為を生み出すことだ。」 「それが生まれたと分かったら――弟子が自分の用件に没入し、公の授業の状況が邪魔になっていないと分かったら――次の弟子を呼び、最初の者は舞台の奥へでも退かせなさい。」 そこで練習させ、舞台での生活的で人間的な行為の習慣を叩き込ませるのだ。 それを身につけ、永遠に根づかせるには、舞台の上で、真の、実りある、目的にかなった行為をもって、ある長い――「何某かの」――時間を過ごさねばならない。 その「何某かの」時間を得る助けを、君がしなさい。 授業を終えるにあたり、アルカージー・ニコラエヴィチは私たちに説明した。 「『もし』、『与えられた状況』、内的・外的な行為――これらは私たちの仕事における非常に重要な要因だ。」 「だが、それだけではない。」 「私たちには、まだ非常に多くの特別な、芸術家的で創造的な能力・性質・才能が要る(想像力、注意、真実感、課題、舞台的資質、等々)」 「ひとまず簡潔さと便宜のために、それらをまとめて一語で“エレメント”と呼ぶことにしよう。」 「何のエレメントですか?」 と誰かが尋ねた。 「その問いには、今は答えない。」 「いずれ自然に明らかになる。」 「これらのエレメント――そしてその中でもとりわけ『もし』『与えられた状況』、内的・外的な行為――を扱う術、それらを組み合わせ、差し替え、結びつける術は、大きな実践と経験、つまり時間を要する。」 「その意味で、忍耐強くいよう。ひとまず私たちの関心は、各エレメントを学び、鍛えることに注ごう。」 これが、この章の学校課程の主要で大きな目的である。 IV. 想像力 … … … … … … … 19..年 今日はトルツォフの病気のため、授業は彼の家で行われることになった。 アルカージー・ニコラエヴィチは、自分の書斎に私たちを居心地よく座らせた。 「君たちはもう知っている」彼は言った。「私たちの舞台の仕事は、戯曲と役への導入、すなわち魔法の『もし』を入れることから始まる。これは俳優を日常の現実から想像の領域へ移し替えるテコなのだ。」 「戯曲も役も、作者の虚構である。作者が考え出した一連の魔法の、そしてその他の『もし』や『与えられた状況』だ。舞台に真の『現実』はなく、現実そのものは芸術ではない。」 「芸術には、その本性において芸術的虚構が必要であり、その第一のものこそ作者の作品である。」 「俳優とその創造的技術の課題は、戯曲の虚構を芸術的な舞台上の現実へと変えることにある。」 「その過程で私たちの想像力は巨大な役割を果たす。」 「だから、ここで少し足を止めて、創造におけるその機能をよく見てみよう。」 トルツォフは、さまざまな舞台装置のスケッチで埋め尽くされた壁を指さした。 「これはみな、私が愛した若い画家――いまは亡い――の絵だ。」 「大の変わり者でね。まだ書かれていない戯曲のためにスケッチを描いていた。」 「たとえばこれは、チェーホフの存在しない戯曲の最終幕のスケッチだ。アントン・パーヴロヴィチが死の少し前に構想していたもの――氷に閉じ込められた探検隊、ぞっとするように苛烈な北方。」 流氷の塊に締めつけられた大きな汽船。煤けた煙突が、白い背景の上に不気味に黒く立っている。 耳をつんざくような厳寒。 氷のように冷たい風が、雪の渦を巻き上げている。 上へ舞い上がるうちに、それは死装束の女の輪郭を帯びていく。 そしてそこに、夫と、その妻の愛人の姿が、身を寄せ合っている。 二人は生活から逃れ、胸の内のドラマを忘れるために探検へ出たのだ。 このスケッチが、モスクワとその近郊を一度も出たことのない人間によって描かれたものだなんて、誰が信じるだろう! 彼は、私たちの冬の自然についての自分の観察と、伝聞で知ったこと、文学作品や科学書の記述、写真などを頼りに、極地の風景を創り出したのだ。 集められた材料のすべてから、一枚の絵ができあがった。 この仕事では、想像力が主役を担った。 トルツォフは私たちを、別の壁へ連れていった。そこには風景画が一連、掛けられていた。 いや、正確には同じモチーフの反復だった。ある別荘地の景色が、画家の想像力によって、そのたびに姿を変えさせられているのだ。 同じ並びの美しい家々と松林――季節も時刻も違い、焼けつく陽射しの中でも、嵐の中でも。 さらに同じ風景が、今度は伐り払われた森と、その跡に掘られた池、そして新しく植えられたさまざまな樹木とともにある。 画家は、自分流に自然や人間の生活を料理するのを楽しんでいた。 彼はスケッチの中で、家も都市も建てたり壊したりし、土地を作り替え、山まで削り落としていた。 「見ろ、なんてきれいだ!」 「海辺のモスクワのクレムリンだ!」 と誰かが叫んだ。 「これもすべて、画家の想像力が作ったのだ。」 「それからこれは、『惑星間の生活』から取った、存在しない戯曲のためのスケッチだ」トルツォフはそう言って、別の素描と水彩の一群へ私たちを導いた。 「ここには、惑星間の連絡を保つ何かの装置のためのステーションが描かれている。」 「見ろ。大きなバルコニーを備えた巨大な金属の箱と、何やら美しくて奇妙な生き物たちの姿がある。」 「駅だ。」 「それは宇宙空間に浮かんでいる。」 「窓には人間が見える――地球から来た乗客だ……」 同じような駅が上下へ連なって、無限の空間へ伸びているのが見える。巨大な磁石が互いに引き合う力で、均衡が保たれているのだ。 地平線には、いくつもの太陽、あるいは月。 その光は、地上では見られない幻想的な効果を生み出している。 こんな絵を描くには、ただ想像力があるだけでは足りない。良い空想力が必要だ。 「その二つは、どう違うんです?」 と誰かが尋ねた。 「想像力は、あるもの、起こり得るもの、私たちが知っているものを作る。だが空想は、ないものを作る。現実には私たちが知らないもの、決してなかったし、決してないであろうものを。」 「いや、あるかもしれない!」 「誰に分かる?」 民衆の空想が、魔法の空飛ぶ絨毯を生み出したとき、誰が思っただろう。人間が飛行機で空を飛ぶようになるなどと? 空想は何でも知っていて、何でもできる。 空想は、想像力と同じく、芸術家には必要なのだ。 「俳優にも?」 とシュストフが尋ねた。 「では君は、俳優に想像力が必要なのは何のためだと思う?」 とアルカージー・ニコラエヴィチは逆に問うた。 「何のためって?」 「魔法の『もし』や『与えられた状況』を作るためです」シュストフは答えた。 「それなら、それは私たち抜きで作者がもう作っている。」 「作者の戯曲は虚構だ。」 シュストフは黙った。 「戯曲について、俳優が知るべきことはすべて、劇作家が与えてくれるのか?」 とトルツォフは尋ねた。 「百ページで、登場人物全員の生活を完全に明かせるだろうか?」 「それとも、多くは言外に残されるのか?」 「たとえば、戯曲が始まる前に何があったかについて、作者はいつも、しかも十分に詳しく語っているだろうか?」 終わった後にどうなるのか、舞台裏で何が行われているのか、登場人物はどこから来て、どこへ去るのか――そういうことを、作者は余すところなく語っているだろうか? 劇作家は、その種の注釈には吝い。 台本にはせいぜい、「同前、ペトロフ登場」とか、「ペトロフ退場」とか、そう書かれているだけだ。 だが私たちは、目的も考えずに、未知の空間から現れ、そこへ消えていくわけにはいかない。 そんな『一般に』の行為は信じられない。 ほかにも作者のト書きはある。「立つ」「動揺して歩き回る」「笑う」「死ぬ」。 役柄については、「感じのよい若者。 よく煙草を吸う」といった簡潔な性格づけも与えられる。 だがそれだけで、外見の全体像、癖、歩き方、習慣まで作れるだろうか? では役のテキスト、台詞は? まさか、それを丸暗記して淀みなく言えればいい、というのか? 詩人のト書きも、演出家の要求も、彼のミザンセーヌも、上演全体もある。 それらを覚えて、舞台の上で形式的に実行すれば十分なのか? それで人物の性格が描かれ、思考・感情・衝動・行為のあらゆるニュアンスが定まるだろうか? いや、すべては俳優自身によって補われ、深められねばならない。 そうして初めて、詩人やほかの上演の創り手から与えられたものが生き、舞台で創造する者の魂のさまざまな隅々と、客席で見ている者の魂のさまざまな隅々を揺り起こす。 そうして初めて、俳優自身が描かれる人物の内的生活の充実を生きられ、作者と演出家、そして私たち自身の生きた感情が命じるとおりに行為できる。 この仕事の全体において、私たちの最も身近な助け手は、魔法の『もし』と『与えられた状況』を備えた想像力である。 想像力は、作者や演出家やほかの人々が言い残したことを言い足すだけでなく、上演の創り手すべての仕事を生き返らせる。彼らの創造が観客に届くのは、何より俳優自身の成功を通してなのだ。 これで分かるだろう。俳優にとって、強く鮮烈な想像力を持つことがどれほど重要か。想像力は、芸術的作業と舞台上の生活のあらゆる瞬間に必要であり、役の研究のときにも、役の実演のときにも必要なのだ、と。 創造の過程で想像力は先頭に立ち、俳優そのものを導く者となる。 その授業は、名高い悲劇俳優U…の思いがけない来訪で中断された。 … . . …は今、モスクワで巡業中だった。 その名士は自分の成功談を語り、アルカージー・ニコラエヴィチがそれをロシア語に訳していた。 面白い客が帰り、トルツォフが見送って戻ってくると、彼は微笑みながら言った。 「もちろん、あの悲劇俳優は話を盛っている。だが見てのとおり、熱中しやすい男で、自分の作り話を心から信じている。」 「私たち俳優は、舞台で事実を自分の想像の細部で補うことに慣れすぎていて、その癖を舞台から生活へ持ち込んでしまうのだ。」 「ここではもちろん余計だが、劇場では必要だ。」 「人が息をのむほどの話を作って、聞かせるのが簡単だと思うか?」 「それもまた、魔法の『もし』と『与えられた状況』、そしてよく鍛えられた想像力によって生まれる創造だ。」 天才については、彼らが嘘をつくなどとは、おそらく言えない。 そういう人々は、私たちとは違う目で現実を見る。 彼らは、私たち凡人とは違うふうに人生を見る。 想像力が彼らの目の前に、ピンクや青や灰色や黒のレンズを差し出すからといって、彼らを責められるだろうか? そして、もし彼らが眼鏡を外し、現実も芸術的虚構も、何にも遮られない目で、冷静に、日常が与えるものだけを見て眺め始めたなら――それは芸術にとって良いことだろうか? 告白しよう。私も、俳優として、あるいは演出家として、十分に心を惹かれない役や戯曲に向き合わねばならないとき、しばしば嘘をつく。 そういうとき私はしおれ、創造的能力は麻痺する。 刺激が要る。 そこで私は、仕事や新しい戯曲に夢中だと皆に言い張り、褒めそやす。 そのためには、そこにないものを作り出さねばならない。 その必要が想像力を突き動かす。 一人ならそんなことはしないが、人前では否応なく、嘘をできるだけうまく正当化し、先に“保証”を出さねばならなくなる。 そして後にはしばしば、自分の作り話そのものを、役や演出の素材として使い、戯曲の中へ持ち込むのだ。 「想像力が俳優にとってそれほど重要なら、それを持たない者はどうすればいいのですか?」 とシュストフが恐る恐る尋ねた。 「鍛えるか、舞台を去るかだ。」 「でなければ、足りない想像力を自分のもので埋めてしまう演出家たちの手に落ちるだろう。」 それは君たちにとって、自分自身の創造を放棄し、舞台の上の駒になる、ということだ。 自分の想像力を育てたほうが、よほどいいではないか? 「それはきっと、とても難しいでしょうね!」 と私はため息をついた。 「どんな想像力かによる!」 自発性のある想像力がある。それは自力で働く。 それは特別な努力なしでも育ち、粘り強く、倦まず弛まず、起きているときも眠っているときも働くだろう。 自発性はないが、与えられた示唆をつかむのがうまく、そのあと自力で、つかんだものを発展させていく想像力もある。 そういう想像力とも、比較的つきあいやすい。 だが、つかむだけで、つかんだものを発展させない想像力となると、仕事は難しくなる。 しかし中には、自分でも創造せず、与えられたものもつかまない人間がいる。俳優が示されたものから外面的で形式的な側面しか受け取れないなら、それは想像力の欠如のしるしであり、それなしに芸術家にはなれない。 自発性があるのか、ないのか? つかんで発展させるのか、つかまないのか? この問いが、私を落ち着かなくさせた。 夕方のお茶のあと静けさが戻ると、私は自室に鍵をかけ、ソファに心地よく腰を下ろしてクッションに囲まれ、目を閉じて、疲れているのに夢想を始めた。 ところが最初の瞬間から、閉じた目の前の完全な暗闇に現れては這い回る、光の輪や、さまざまな色の光のにじみが、私の注意を奪った。 私は、これらの現象を起こしているのはランプだろうと思って灯りを消した。 「何を夢想すればいい?」 私はそう考えた。 だが想像力は眠っていなかった。 大きな松林の木々の梢が、そよ風に合わせて規則正しく、ゆったりと揺れているのを、想像力は私に描いてみせた。 それは心地よかった。 新鮮な空気の匂いがした気がした。 どこからか……静けさの中へ……時計の刻む音が忍び込んできた。 … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … . … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … . … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … . 私はうとうと眠ってしまった。 「なるほど、そうだ! ――」と私ははっとして、そう結論した。 「自発性なしに夢想なんてできるはずがない。 飛行機で飛ぼう! 森の梢の上を。 ほら、私はその上を飛んでいく。野原の上を、川の上を、町の上を、村の上を……上を……木々の梢の上を……。 梢はゆっくり、ゆっくり揺れている……。 新鮮な空気と松の匂いがする……。 時計が刻む……。 … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … . … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … . 誰がいびきをかいている? まさか、私自身か? ! 寝てしまった? . . どれくらいだ? . …」 食堂では……掃除をして……家具を動かしている……。 カーテン越しに朝の光が差し込んでいた。 時計が八つを打った。 イニシア……チ……ヴァ……あ…… . …あ。 . … … … … … … … 19..年 家での夢想がうまくいかなかったことへの私の狼狽はあまりに大きく、私は堪えきれず、今日の授業――マロレトコワの居間で行われた――で、アルカージー・ニコラエヴィチにすべて話してしまった。 「君の試みが失敗したのは、いくつもの誤りを犯したからだ」私の報告に対して、彼はこう答えた。 「第一の誤りは、想像力を引き込む代わりに、それを力ずくで動かそうとしたことだ。」 「第二の誤りは、君が“舵も帆もなく”夢想していたことだ。つまり、偶然がどこへ押すか次第で。」 「行為そのもののために行為してはならない(何かをするために何かをする、という行為はできない)のと同じように、夢想そのもののために夢想することもできない。」 「君の想像力の働きには、意味がなかった。創造に必要な、面白い課題、目的のある課題が欠けていたのだ。」 「第三の誤りは、君の夢想が行為的でも能動的でもなかったことだ。」 「ところが、想像上の生活の能動性は、俳優にとってまったく例外的なほど重要な意味を持つ。」 「俳優の想像力は、まず内的な、そして次に外的な行為を、突き動かし、呼び起こさねばならない。」 「私は行為していました。頭の中で、森の上を猛烈な速度で飛んでいたのですから。」 「では君は、同じく猛烈な速度で走っている急行列車の中で横になっているとき、行為しているのか?」 とトルツォフは尋ねた。 「働いているのは機関車と機関士だ。乗客は受動的だ。」 「だが、走行中に君が心を奪われるような仕事の話や議論をしていたり、報告書をまとめていたりしたなら、そこで初めて仕事や行為について語れるだろう。」 「君の飛行機の飛行も同じだ。」 「働いていたのは操縦士で、君は何もしていなかった。」 「もし君自身が機体を操縦していたり、地形を写真に撮っていたりしたなら、能動性について語れただろう。」 「私たちに必要なのは、受動的ではなく能動的な想像力だ。」 「その能動性は、どう呼び起こすのです?」 とシュストフは問いただした。 「では、私の六歳の姪が好きな遊びを話そう。」 この遊びは『もしも、もしも』といって、内容はこうだ。「何してるの?」 と少女が私に尋ねる。 「お茶を飲んでる」と私が答える。 「もしそれがお茶じゃなくて、ひまし油だったら、どうやって飲む?」 私は薬の味を思い出さねばならない。 それがうまくいって顔をしかめると、子どもは部屋じゅうに響くほど大笑いする。 次に、また新しい質問が来る。 「どこに座ってるの?」 「椅子に」と私が答える。 「もし熱いかまどの上に座ってたら、どうする?」 熱いかまどの上に自分を座らせ、火傷から必死に逃れねばならない。 それがうまくいくと、少女は私が可哀想になってしまう。 彼女は手を振って叫ぶ。「もうやらない! 」そして続けたら、最後は涙になる。 だから君たちも、能動的な行為を呼び起こすような遊びを、自分の練習として考え出しなさい。 「それは原始的で、荒っぽい手段に思えます」私は言った。 「もっと洗練されたものを見つけたい。」 「焦るな!」 「いずれできる。」 「今は単純で、いちばん基本的な夢想で満足しなさい。」 「高く飛びすぎようとせず、ここ地上で、現実に君を取り巻くものの中で、私たちと一緒に生きてみなさい。」 「この家具や、君が感じ、目にしている品々も、君の仕事に参加させなさい。」 「たとえば、狂人のエチュードだ。」 「あれでは、想像の虚構が、当時私たちを取り巻いていた現実の生活の中へ持ち込まれた。」 「実際、私たちのいた部屋も、扉をバリケードにした家具も――要するに物の世界はすべて、そのままだった。」 「入れたのはただ、現実には存在しない狂人についての虚構だけだ。」 「それ以外の部分は、エチュードは現実に寄りかかっていて、空中にぶら下がってはいなかった。」 「同じような試みをしてみよう。」 「いま私たちは、教室で授業中だ。」 「これは真の現実だ。」 「部屋も、そのしつらえも、授業も、弟子たちも、教師も、今のままの姿と状態でいよう。」 「私は『もし』によって、自分を存在しない仮の生活の領域へ移す。そのために、まずは時間だけを変えて、こう自分に言う。『今は昼の三時ではなく、夜中の三時だ』と。」 その長引いた授業を、想像力で正当化しなさい。 難しくはない。 明日が試験で、まだやり残しが多いのだ、と仮定しなさい。だから私たちは劇場に居残っているのだ。 そこから新しい状況と心配事が生まれる。電話がないので、作業が長引いたことを家に知らせられず、家の者たちは心配している。 ある弟子は招かれていた集まりに行けず、別の弟子は劇場から家が非常に遠く、路面電車がなければどう帰ればいいのか分からない――等々。 導入された虚構は、さらに多くの思考や感受や気分を生み出す。 それらはすべて、全体の状態に影響し、その後に起こることすべての調子を決める。 これは『体験』のための準備段階の一つだ。 こうして、これらの虚構の助けによって、私たちは土壌――エチュードの「与えられた状況」――を作る。それを発展させ、『夜の授業』と名づけることもできるだろう。 もう一つ試してみよう。現実――つまりこの部屋で、いま行われている授業――に、新しい『もし』を導入する。 時刻はそのまま——午後三時——だが、季節を変えてみよう。冬でもなく、氷点下十五度の厳寒でもなく、すばらしい空気と暖かさのある春にするのだ。 ほら、もう君たちの気分が変わった。授業のあと郊外へ散歩に出られると思うだけで、もう笑っているじゃないか! では、君たちが何をするか決め、それを虚構で正当化しなさい。そうすれば、想像力を発達させる新しい練習になる。 さらにもう一つ『もし』を与える。時刻も季節もこの部屋も学校も授業もそのまま――だが、すべてはモスクワからクリミアへ移される。つまり、この部屋の外の場所――行為の場所――が変わる。 ドミトロフカがあるはずのところに海があって、君たちは授業のあとそこで泳ぐのだ。 問題は、どうして私たちは南へ来たのか? 君たちの好きな想像の虚構で、それを「与えられた状況」として正当化しなさい。 たとえば、私たちはクリミアへ巡業に来たが、そこで系統的な学校の授業を中断しなかった――というのはどうだ。 導入された『もし』に従って、この仮の生活のさまざまな瞬間を正当化しなさい。そうすれば、想像力の練習のための新たな一連のきっかけが得られる。 さらに新しい『もし』を入れて、君たちも私も、極北へ移す。しかも、そこでは一日中ずっと昼の時期だ。 こんな移動をどう正当化する? たとえば、私たちがそこへ映画撮影に来たのだ、と。 映画は俳優に、強い生活感と単純さを要求する。どんな嘘もフィルムを台無しにするからだ。 君たち全員がやり芝居なしでいられるわけではない。だから私――演出家――は、君たちとの学校の授業に気を配らねばならないのだ。 『もし』によってそれぞれの虚構を受け入れ、信じたなら、自分に問いなさい。「この条件のもとで、私は何をし、どう行動するだろう? 」この問いを解くことで、君たちは想像力の働きを刺激する。 さて次の練習では、「与えられた状況」をすべて虚構にしてしまおう。 いま私たちを取り巻く現実の生活からは、この部屋だけを残す――しかも、それさえ想像力で大きく変貌させる。 仮定しよう。私たち全員が科学探検隊の一員で、飛行機で遠い旅へ出発するのだ。 通れぬ密林の上空を飛行中に事故が起きる。エンジンが止まり、飛行機は山あいの谷へ降りざるを得なくなる。 機体を修理しなければならない。 その作業で探検隊は長いあいだ足止めされる。 幸い食料の備蓄はあるが、さほど豊富ではない。 狩りで食料を確保しなければならない。 さらに住まいを用意し、炊事を組織し、土人や獣の襲撃に備えて見張りも立てねばならない。 こうして、心配と危険に満ちた生活が、頭の中で組み上がっていく。 その一つ一つの局面が、必要で目的にかなった行為を要求し、それらは私たちの想像の中で論理的に、一貫して組み立てられていく。 その必要性を信じなければならない。 そうでなければ、夢想は意味も魅力も失ってしまう。 しかし俳優の創造は、想像力の内的作業だけにあるのではなく、自分の創造的夢想を外側に具現することにもある。 さあ夢を現実に変えなさい。科学探検隊の一員たちの生活の一場面を、私に演じてみせなさい。 「どこで?」 「ここで?」 「マロレトコワの居間のこの環境で?」 私たちは訝しんだ。 「ほかにどこがある?」 「わざわざ特別な装置を注文するわけにもいくまい!」 「しかも、こういうときのために、私たちには自前の画家がいる。」 「彼は一秒で、無料で、どんな注文でも叶える。」 「居間も廊下もホールも、私たちの望むものへ即座に変えてしまうことくらい、何でもない。」 「その画家とは、私たち自身の想像力だ。」 「注文を出しなさい。」 飛行機が降りたあと、君たちは何をするか決めなさい。もしこの住まいが山あいの谷で、この机が大きな岩で、笠のついたランプが熱帯植物で、ガラス飾りのついたシャンデリアが実のなる枝で、暖炉が打ち捨てられた炉だったら――と。 「じゃあ廊下は何になります?」 とヴューンツォフが興味を示した。 「峡谷だ。」 「おお!」 … と、あの熱しやすい青年は喜んだ。 「じゃあ食堂は?」 「洞窟だ。どうやら原始人が住んでいたらしい洞窟。」 「じゃあホールは?」 「見晴らしの広い地平線と素晴らしい眺めのある、開けた台地だ。」 「ほら、部屋の明るい壁が空気の幻を作る。」 「後には、その台地から飛行機で飛び立てることになるだろう。」 「じゃあ客席は?」 とヴューンツォフは食い下がった。 「底なしの奈落だ。」 「そこからも、テラス側――海の側――からも、獣や土人の襲撃は考えなくていい。」 「だから見張りは、峡谷を表す廊下の扉のところに立てるべきだ。」 「では、この居間そのものは何を表すのです?」 「飛行機の修理のために当てるんだ。」 「飛行機はどこです?」 「ほら、あれだ」トルツォフはソファを指さした。 「座面が乗客の席。窓のドレープが翼だ。」 「もっと大きく広げなさい。」 「机がエンジンだ。」 「まずはエンジンを点検しなければならない。」 「故障は相当に大きい。」 「その間、ほかの探検隊員は寝床の準備をするように。」 「ほら、毛布がある。」 「どこに?」 「テーブルクロスだ。」 「ほら、缶詰とワインの小樽もある。」 アルカージー・ニコラエヴィチは、棚に置かれた分厚い本と、大きな花瓶を指さした。 「部屋をもっとよく見れば、新しい暮らしに必要な品はいくらでも見つかる。」 作業は沸き立ち、居心地のよい居間の中で、私たちは山中で足止めされた探検隊の苛烈な生活を始めた。 私たちはその中で方角をつかみ、順応した。 変身を本気で信じたとは言えない――いや、私は、見てはならないものを見ないでいただけだ。 見ている暇がなかったのだ。 私たちは仕事に追われていた。 虚構の不真実さは、私たちの感受と肉体的行為、そしてそれらへの信の真実さによって覆い隠された。 課された即興をかなりうまく演じ終えると、アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「このエチュードでは、想像の世界がさらに強く現実へ入り込んだ。山中での事故という虚構が、居間に押し込まれたのだ。」 「これは、想像力によって物の世界を内側から変身させられることの、無数の例の一つだ。」 「それを退けてはならない。」 「むしろ、想像力が作る生活の中へ組み込むべきだ。」 こうした過程は、私たちの親密な稽古では常に起きている。 実際、私たちはウィーンの椅子で、作者と演出家の想像が考え得るものなら何でも作る。家、広場、船、森。 そのとき、ウィーンの椅子が木や岩だと本気で信じるわけではない。だが、もしそれが木や岩だったなら、という代用品への自分たちの態度の真実さは信じるのだ。 … … … … … … … 19..年 授業は短い導入から始まった。 アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「これまで、想像力を発達させる私たちの練習は、多かれ少なかれ、私たちを取り巻く物の世界(部屋、暖炉、扉)や、真の生活の行為(私たちの授業)に触れてきた。」 「今日は、私たちの仕事を、物の世界から離して、想像の領域へ移す。」 「そこでも私たちは同じように能動的に行為する。だが、それは頭の中でだけだ。」 「では、この場所と時間から離れよう。よく知っている別の環境へ移り、想像の虚構が示すとおりに行為しよう。」 「君は、頭の中でどこへ移りたい?」アルカージー・ニコラエヴィチは私に向かって言った。 「行為はいつ、どこで起こる?」 「自分の部屋で、夜です」私は言った。 「よろしい」アルカージー・ニコラエヴィチは賛成した。 「君はどうか知らないが、私なら想像上の部屋にいる気になるために、まず頭の中で階段を上がり、玄関のベルを鳴らす――要するに、順を追った論理的行為をいくつか行う必要があるだろう。」 押さねばならない扉の取っ手について考えなさい。 それがどう回り、扉がどう開き、君がどう自分の部屋へ入るかを思い出しなさい。 目の前に何が見える? 「正面に――戸棚と洗面台……」 「左には?」 「ソファと机……」 「部屋の中を歩いて、そこで少し生きてみなさい。」 「なぜ顔をしかめた?」 「机の上に手紙があって、まだ返事をしていないのを思い出し、恥ずかしくなったんです。」 「よろしい。」 「どうやら君はもう、『我は自分の部屋にあり』と言えるようだ。」 「『我はあり』とは、どういう意味です?」 と弟子たちは尋ねた。 「私たちの言葉で『我はあり』とは、私が自分を虚構の条件の中心に置き、その中にいると感じ、想像上の生活のただ中に存在し、想像上の物の世界で、自分の名において、自分の責任で行為し始めた、ということを言う。」 「さて、君は何がしたい?」 「今、何時かによります。」 「筋が通っている。」 「今は夜の十一時だとしよう。」 「その時間は、家の中が静かになるころですね」私は言った。 「その静けさの中で、君は何がしたくなる?」 とトルツォフは私を促した。 「自分が喜劇役者ではなく悲劇役者だと確かめたい。」 「残念だ。そんなに不毛に時間を使いたいとは。」 「どうやって自分を納得させるつもりだ?」 「自分のために、何か悲劇の役を演じます」私は秘かな夢を明かした。 「どれを?」 「オセロか?」 「いえ、それは……。」 自分の部屋では、もうオセロの作業はできない。 あの部屋は、どの隅も、何度も前にやったことの繰り返しへ私を押しやるのだ。 「では、何を演じる?」 私は答えなかった。自分でもまだ決めていなかったからだ。 「君はいま何をしている?」 「部屋を見回しています。」 何かの物が、創造の面白い主題を示してくれないかと思って……。 たとえば今、戸棚の裏に陰気な隅があることを思い出しました。 つまり、そこがもともと陰気なのではなく、夜の灯りだとそう見えるんです。 そこには、衣紋掛けの代わりに鉤が突き出ていて、首を吊れとでも言うように役に立ちたがっている。 じゃあ、もし私が本当に自殺しようと思ったら、今この場で何をするでしょう? 「具体的には?」 「もちろん、まず縄か帯を探さねばなりません。だから棚や引き出しの物を探っています……。」 「見つかったか?」 「はい……。」 「でも、鉤の位置が低すぎる。」 「足が床についてしまいます。」 「それは具合が悪い。」 「別の鉤を探しなさい。」 「他にはありません。」 「それなら、君は生きていたほうがいいんじゃないか!」 「分かりません。混乱して、想像力が尽きました」私は告白した。 「なぜなら、虚構そのものが非論理的だからだ。」 「自然界では(例外はあるとしても)すべてが順を追って論理的に進む。想像の虚構も同じでなければならない。」 「論理の前提なしに線を引いて、愚かな結論へ至る――そんなことを想像力が拒んだのも無理はない。」 「とはいえ、君がたった今やった自殺の夢想は、期待された役割を果たした。新しい種類の夢想を、目に見える形で示したのだ。」 この想像の作業では、俳優は自分を取り巻く現実の世界(この場合はこの部屋)から離れ、頭の中で想像上の世界(つまり君の住まい)へ移る。 その想像上の環境は、素材が日々の生活から取られているので、君にはすべて馴染みがある。 それが、記憶の探索を容易にした。 しかし、夢想が未知の生活を相手にするときはどうする? その条件が、想像力の仕事の新しい種類を生み出す。 それを理解するために、もう一度いまの現実から離れ、頭の中で、未知の、いまは存在しないが現実にはあり得る条件へ移りなさい。 たとえば、ここに座っている者のうち、世界一周旅行をした人はほとんどいないだろう。 だがそれは、現実にも想像の中にも可能だ。 こうした夢想は、「いい加減に」でも、「一般に」でも、「おおよそ」でもやってはならない(「いい加減に」「一般に」「おおよそ」は、芸術では許されない)大きな事業を形作る細部のすべてをもって、行わねばならない。 旅の途中では、きわめて多様な条件、異国や異民族の生活や習俗に向き合うことになる。 必要な材料をすべて記憶の中に見つけるのは難しいだろう。 だから、書物や絵画や写真、その他――知識を与えたり、他人の印象を再現したりする――資料から汲み取らねばならない。 それらの情報から、頭の中で具体的にどこへ行くのか、季節や月はいつか、どこで汽船に乗り、どの都市で停泊するのかを明らかにする。 同じく、国や都市ごとの条件や習慣などの情報も得られる。 世界一周旅行を心の中で作るのに不足する残りは、想像力に創らせなさい。 これらの重要なデータが、仕事に根拠を与える。『一般に』の夢想のような、いつも足場のないものにはならず、俳優をやり芝居と職人芸へ導いてしまうこともない。 こうした大きな予備作業の後で、ようやく旅程を作り、旅に出られる。 ただし、常に論理と一貫性との接触を保つことを忘れないように。 それが、揺らぎ不安定な夢を、揺るぎない安定した現実へ近づけてくれる。 さらに別の種類の夢想へ移るが、そこで私が言いたいのは、想像力には本来、現実そのものより多くの可能性が与えられている、ということだ。 実際、想像力は、現実の生活では実現不可能なものを描く。 たとえば夢の中では、別の惑星へ行っておとぎ話の美女をさらってきたり、存在しない怪物と戦って倒したり、海の底へ降りて水の女王を妻にしたりもできる。 それを現実でやってみなさい。 そうした夢想の材料を、出来合いで見つけることは難しいだろう。 科学も文学も絵画も語りも、叶わぬものへの心の旅のために、暗示や一押しや出発点を与えてくれるにすぎない。 だからその種の夢想では、主要な創造的仕事は空想力にかかってくる。 この場合、私たちには、おとぎ話を現実に近づける手段がいっそう必要になる。 私が言ったとおり、この仕事の中でも論理と一貫性は主要な位置を占める。 それらは、不可能なものを、あり得るものへ近づける助けになる。 だから、おとぎ話や幻想を作るときも、論理的で一貫していなければならない。 「さて」――アルカージー・ニコラエヴィチは少し考えてから続けた――「いま説明したいのは、君たちがすでにやった同じエチュードを、さまざまな組み合わせや変奏で使える、ということだ。」 たとえば君は、自分にこう言える。『さあ、アルカージー・ニコラエヴィチとイワン・プラトーノヴィチを先頭に、仲間の弟子たちが、クリミアや極北で学校の授業をどうやっているか見てみよう。 さあ、彼らが飛行機で探検をどうやって進めるか見てみよう』と。 そのとき君は頭の中で一歩引いて、仲間がクリミアの裸岩の上で日に焼けたり、北で凍えたり、山あいの谷で壊れた飛行機を修理したり、獣の襲撃に備えて防衛の準備をしたりするのを見るだろう。 この場合、君は想像力が描くものの単なる観客であって、その想像上の生活の中で何の役も担っていない。 だが今度は、君自身も想像上の探検に参加したくなったり、クリミアの南の海岸へ移された授業に加わりたくなったりする。 『私はこの状況では、どんなふうに見えるだろう? 』――君はそう自分に言い、また一歩引いて、クリミアの授業や探検の中で、仲間の弟子たちと、そして彼らの中にいる自分自身を見る。 この場合も、君は受動的な観客だ。 結局、自分を眺めているのに飽きて行動したくなる。そこで君は自分を夢の中へ移し、自分でクリミアや北で学び始め、そのあと飛行機を修理したり、キャンプの見張りをしたりする。 いまや君は、想像上の生活の中の行為する人物として、自分自身を見ることはできず、自分を取り巻くものを見て、その生活の真の参加者として周囲で起こることすべてに内的に反応する。 この能動的な夢想の瞬間に、私たちが『我はあり』と呼ぶ状態が、君の中に生まれる。 … … … … … … … 19..年 「自分の中に耳を澄ませて言いなさい。前回の授業のように、クリミアでの学校の授業を考えるとき、君の中で何が起きる?」 とアルカージー・ニコラエヴィチは、今日の授業の冒頭でシュストフに尋ねた。 「僕の中で何が起きるか?」 とパーシャは考え込んだ。 「なぜか、小さくてみすぼらしいホテルの一室、海に向けて開いた窓、窮屈さ、部屋の中に大勢の弟子がいて、そのうちの誰かが想像力を発達させる練習をしているのが浮かびます。」 「では君はどうだ」アルカージー・ニコラエヴィチはドィムコワに向かった。「同じ弟子たちの一団が、想像力で遠い北へ移されたと思うとき、君の内側で何が起きる?」 「氷の山々、焚き火、テント、私たち全員が毛皮の服を着ているのが浮かびます……。」 「つまり」トルツォフは結論した。「私が夢想の主題を指定しさえすれば、君たちはいわゆる内的な眼で、それに対応する視覚像を見始めるのだ。」 それは、私たちの俳優の隠語では、内的視覚のヴィジョンと呼ばれる。 自分自身の感覚から判断すると、想像し、空想し、夢想するということは、まず第一に、考えていることを内的視覚で見ることを意味する。 「では君はどうだった?」アルカージー・ニコラエヴィチは私に向かった。「君が自分の部屋の暗い隅で首を吊ろうと頭の中で構えたとき、内側で何が起きた?」 … 「頭の中で馴染みのある環境を見たとたん、孤独の中で自分の中で処理するのに慣れている、よく知った疑いが私の中に起きました。 魂に疼く憂鬱を感じ、その心を噛む疑いから逃れたくて、私は短気と気の弱さから、頭の中で自殺に出口を求めていました」私は少し興奮しながら説明した。 「つまり」アルカージー・ニコラエヴィチはまとめた。「君は内的な眼で馴染みのある環境を見て、その気分を感じた。するとただちに、行為の場所に結びついた馴染みの思考が君の中で生き返ったのだ。」 思考から感情と『体験』が生まれ、その後に内的な行為への衝動も続いた。 「では君たちは、狂人のエチュードを思い出すとき、内的な眼で何を見る?」とアルカージー・ニコラエヴィチは弟子全員に向かって言った。 … 「マロレトコワの住まいが見えます。若者がたくさんいて、ホールでは踊り、食堂では夕食です。 明るくて、暖かくて、楽しい! それから、階段のところ、正面玄関の扉の前に――巨大でやつれた男がいます。乱れた髭で、病院のスリッパに、ガウン姿で、凍えて腹をすかせて……」シュストフは言った。 「君が見ているのはエチュードの始まりだけか?」 とアルカージー・ニコラエヴィチは、黙ってしまったシュストフに尋ねた。 「いえ、扉をバリケードにするために運んだ戸棚も浮かびます。 それから、狂人が逃げ出した病院へ電話で話していたのも覚えています。」 「ほかには何が見える?」 「正直に言うと――それ以上は何も。」 「よくない!」 なぜなら、そんな乏しくて断片的なヴィジョンの蓄えでは、エチュード全体にわたる連続したヴィジョンの列を作れないからだ。 では、どうする? 「足りない分を、考え出して、書き足していくんです」パーシャが提案した。 「そうだ。まさに“書き足す”のだ!」 作者や演出家や、その他の上演の創り手が、創造する俳優に必要なことをすべて言い尽くしていない場合には、いつでもそうしなければならない。 私たちに必要なのは、第一に、エチュードの生活がその中を通っていく『与えられた状況』の連続した線であり、第二に――繰り返すが――その『与えられた状況』と結びついたヴィジョンの連続した列だ。 要するに私たちには、単なるものではなく、図解された『与えられた状況』の連続した線が必要なのだ。 だからよく覚えておきなさい。一度きりで永遠に。舞台の板の上にいる一瞬一瞬、戯曲とその行為が外側または内側で展開する一瞬一瞬、俳優は、(演出家や美術家やその他の上演の創り手が作った)舞台の外で起きていること――つまり外的な『与えられた状況』――を見るか、さもなくば、俳優自身の想像の中で起きていること、つまり役の生活の『与えられた状況』を図解するヴィジョンを見るべきなのだ。 それらあらゆる瞬間から、私たちの外側または内側に、内的・外的ヴィジョンの、切れ目のない無限の列――一種の映画フィルム――ができあがる。 創造が続くかぎり、それは絶え間なく流れ、私たちの内的視覚のスクリーンに、役の図解された『与えられた状況』を映し出す。その中で、役の演じ手である俳優は、自分の名において、自分の責任で、舞台の上に生きるのだ。 これらのヴィジョンが、君たちの内側にそれにふさわしい気分を作る。 それは君たちの魂に作用し、それにふさわしい『体験』を呼び起こす。 内的ヴィジョンのフィルムを恒常的に観ることは、一方で君たちを戯曲の生活の範囲に留め、他方で君たちの創造を常に正確に導くだろう。 ついでに、内的ヴィジョンについて。 それを自分の内側で感じる、と言うのは正しいのだろうか? 私たちには、実際には存在しないもの、ただ想像しているだけのものを見る能力がある。 その能力は容易に確かめられる。 ほら、シャンデリアがある。 それは私の外にある。 それはある。それは物質世界に存在する。 私は見て、そして――こう言ってよければ――そこへ「目の触手」を伸ばしているのを感じる。 だが私は、シャンデリアから目をそらし、目を閉じ、もう一度それを見たい――頭の中で、「記憶によって」見たいと思う。 そのためには、いわば「目の触手」を自分の中へ引き戻し、それから内側から、現実の物体ではなく、私たちが俳優の隠語でそう呼ぶ「内的視覚のスクリーン」という架空のものへ向けねばならない。 ではそのスクリーンはどこにあるのか。いや、より正確に言えば、私はそれを内側に感じるのか、それとも外側に感じるのか? 私の感覚では、それは私の外側、目の前の空っぽの空間のどこかにある。 フィルムそのものは私の内側を通っているようで、その映像は外側に見える。 完全に理解してもらうために、同じことを別の言い方で、別の形で言おう。 私たちのヴィジョンの像は、私たちの内側――想像力の中、記憶の中――に生じ、その後で、観るために、いわば頭の中で外側へ移し替えられる。 だが私たちは、その想像上の対象を内側から――いわば外の目ではなく内の目(内的視覚)で――見ている。 同じことは聴覚の領域でも起こる。私たちは想像上の音を外の耳ではなく内的聴覚で聞く。だが、その音の源は、多くの場合、内側ではなく外側にあるものとして感じられる。 同じことを、語順を逆にして言おう。想像上の対象や像は、私たちには外側に描かれて見えるが、それでもそれらは先に私たちの内側――想像力と記憶の中――に生じている。 例で確かめてみよう。 「ナズヴァノフ!」 とアルカージー・ニコラエヴィチは私に向かった。 「…という街での私の講義を覚えているか…… … ? いま、私たちが二人で座っていた壇上が見えるか?」 「君はいま、その視覚像を内側で感じるのか、それとも外側で感じるのか?」 「外側に感じます。あのとき現実にそうだったのと同じように」私は即座に答えた。 「では君は、その想像上の壇上を、内の目で見ているのか、それとも外の目で見ているのか?」 「内の目です。」 「こうした留保と説明をつけてはじめて、『内的視覚』という用語は受け入れられる。」 「大きな戯曲のあらゆる瞬間に対して、ヴィジョンを作るなんて……」 「それは恐ろしく複雑で、難しい!」 私は怯えた。 「『複雑で難しい』だと?」 「その言葉の罰として、君が物心ついてから今に至るまで、君の人生を全部私に話しなさい」アルカージー・ニコラエヴィチは不意に私に提案した。 私は話し始めた。 「父はこう言っていました。『子ども時代は十年まとめて思い出され、青年時代は年ごとに思い出され、壮年は月ごとに、老年は週ごとに思い出される』と。」 私も自分の過去を同じように感じています。 しかも刻みついたものの多くは、たとえば私の人生の記憶が始まる最初の瞬間――庭のブランコ――のように、いちばん細かなところまで見えるのです。 それが怖かった。 母の部屋、乳母、庭、路上――子ども時代の生活の多くの場面も、同じくらいはっきり見えます。 新しい段階――少年期――は、学校へ入ったことと重なったため、特に鮮明に私の中に刻まれました。 その瞬間から、ヴィジョンは、より短いがより数の多い生活の断片を、私に図解してくれるようになりました。 こうして大きな段階も個々の場面も、現在から過去へ、長い長い列をなして退いていきます。 「君はそれが見えるのか?」 「何がです?」 「君の過去全体を貫いて伸びる、段階とエピソードからなる連続した列だ。」 「見えます。ただし途切れ途切れですが」私は告白した。 「聞いたか!」 とアルカージー・ニコラエヴィチは勝ち誇って叫んだ。 「ナズヴァノフは数分で自分の人生全体の映画フィルムを作った。それなのに、上演で役を伝えるのに必要な三時間分の役の生活について、同じことができないと言うのか。」 「でも私は、人生全部を思い出したわけではありません。 ほんのいくつかの瞬間を思い出しただけです!」 「君は人生全体を生きた。その中から、最も重要な瞬間の記憶が残ったのだ。 役の人生も丸ごと生きなさい。そうすればそこからも、最も本質的な、段階となる瞬間が残るだろう。 それなのに、なぜ君はこの仕事をそんなに難しいと思うのだ?」 「なぜなら、真の生活は自然にヴィジョンの映画フィルムを作りますが、役の想像上の生活では、それを俳優自身が作らねばならない。だから、とても難しく複雑なのです。」 「君はすぐに、この仕事が現実にはそれほど複雑ではないことを確かめるだろう。 もし私が、内的視覚のヴィジョンではなく、君の魂の感受や『体験』から連続した線を引け、と言ったなら、その仕事は『複雑で難しい』どころか、不可能だったはずだ。」 「なぜ?」 と弟子たちは理解できなかった。 「私たちの感受と『体験』は捉えがたく、気まぐれで、変わりやすく、固定できないからだ。あるいは私たちの隠語で言えば、『固定(フィクシロヴァニエ)』や『フィクサージュ』ができない。 視覚のほうが扱いやすい。 視覚像は、より自由に、より強く視覚記憶に刻まれ、そして再び想像の中で生き返る。 さらに、夢の視覚像は、その幽かな性質にもかかわらず、感情記憶がぼんやり示す感受の表象よりも、やはり現実に近く、より触れられるようで、より『物質的』なのだ(夢についてこう言ってよければ) だから、より取り組みやすく、扱いやすい視覚のヴィジョンに、取り組みにくく、持続しにくい魂の感受を生き返らせ、固定する助けをさせなさい。 ヴィジョンの映画フィルムに、戯曲に同質の気分を、常に私たちの中で支えさせなさい。 それが私たちを包み込み、対応する『体験』、衝動、志向、さらには行為そのものまで呼び起こすようにしなさい。 「だからこそ、どの役にも、単なるものではなく、図解された『与えられた状況』が必要なのだ」アルカージー・ニコラエヴィチは結論した。 「つまり」私は最後まで言い切ろうとした。「オセロの生活のあらゆる瞬間に対して、内側にヴィジョンの映画フィルムを作り、そのフィルムを内的視覚のスクリーンに流すなら……」 「そして」アルカージー・ニコラエヴィチが受けた。「君の作った図解が、戯曲の『与えられた状況』と魔法の『もし』を正しく反映し、そしてそれらが君の中に、役そのものと同質の気分と感受を呼び起こすなら、君はおそらく、ヴィジョンから感染するように、そのフィルムを内側で観るたびに、オセロの感受を正しく体験するだろう。」 「フィルムができてしまえば、それを流すのは難しくない。 問題は、それをどう作るかです!」 私は食い下がった。 「それは――次回だ」アルカージー・ニコラエヴィチはそう言って立ち上がり、教室を出ていった。 … … … … … … … 19..年 「さあ、夢想して映画フィルムを作ろう!」 とアルカージー・ニコラエヴィチは提案した。 … 「では、何を夢想するのですか?」 と弟子たちは尋ねた。 「私はわざと、行為性のない主題を選ぶ。行為性のある主題なら、それだけで、夢想という過程の予備的な助けがなくても能動性を呼び起こし得るからだ。 逆に、行為性の乏しい主題は、想像力のより強い予備作業を必要とする。 いま私が関心を持っているのは、能動性そのものではなく、それへの準備だ。 だから私は、最も行為性の乏しい主題を取り、君たちに、地に深く根を張った一本の木の生活を生きてみることを提案する。」 「いいですね! 僕は木だ。樹齢百年のオークだ!」 とシュストフは決めた。 「でも、そう言ってみたものの、そんなことがあり得るとは信じられません。」 「それなら、こう自分に言いなさい。私は私だ。だがもし私がオークで、もし私の周りにも内にも、こういうこういう状況が成り立っていたなら、そのとき私は何をし、どう行為するだろうか、と。」 とトルツォフは助けた。 「しかし」とシュストフは疑った。「動かずに一か所に立ったままで、無為の中でどうやって行為できるんです?」 「そうだ。もちろん君は、場所から場所へ移動したり、歩いたりはできない。 だが、それ以外にも行為はある。 それを呼び起こすには、まず君は、自分がどこにいるかを決めねばならない。 森の中か、草原の中か、山頂か? 君をより強く動かすものを選びなさい。」 シュストフには、自分がどこかアルプス近くの山の草地に生えるオークであるかのように思えた。 左手の遠くには城がそびえている。 周囲には、限りなく広い眺望がある。 遠くでは雪の連なりが銀色に輝き、近くには、上から見ると石化した海の波のように見える果てしない丘が続く。 ところどころに村が点在している。 「では、近くに何が見える?」 「自分の上に、濃い葉の冠が見えます。枝が揺れるとひどくざわめくんです。」 「そりゃそうだ! そこは上だから、強い風がよく吹くだろう。」 「枝には、何かの鳥の巣が見えます。」 「孤独にはいいな。」 「いや、良いことはほとんどありません。 あの鳥たちとは暮らしにくい。 羽で騒ぎ、くちばしを幹にこすりつけ、ときどき大喧嘩して殴り合うんです。 それが苛立たしい……。 私のそばを小川が流れています――それが私の一番の友で、話し相手です。 干ばつから救ってくれるんです」シュストフはさらに空想した。 トルツォフは、この想像上の生活の細部を一つ一つ描き込ませた。 それからアルカージー・ニコラエヴィチは、プーシチンに向かった。プーシチンは想像力の強い助けを借りず、きわめて日常的で、よく知っていて、記憶の中で容易に生き返るものを選んだ。 彼の想像力はあまり発達していない。 彼は、ペトロフスキー公園の別荘と庭を思い描いた。 「何が見える?」 とアルカージー・ニコラエヴィチは尋ねた。 「ペトロフスキー公園です。」 「ペトロフスキー公園全体を一度に捉えられるわけがない。 別荘のための、何か決まった場所を選びなさい……。 さあ、目の前に何が見える?」 「格子のある柵です。」 「どんな柵だ?」 プーシチンは黙った。 「その柵は何でできている?」 「材料で……?」 … 「曲げた鉄です。」 「どんな模様だ?」 「描いてみせなさい。」 プーシチンは長いこと指を机の上で動かしたが、見ていると、彼は自分が言っていることを初めてその場で作り出しているのが分かった。 「分からない! もっとはっきり描きなさい」トルツォフは彼の視覚記憶を最後まで絞り出した。 「……まあ、いいでしょう……。 それが見えているとして……。 では、その柵の向こうに何がある?」 「道路です。」 「そこを誰が歩き、誰が走る?」 「別荘客です。」 「ほかには?」 「辻馬車です。」 「ほかには?」 「荷馬車です。」 「ほかに、街道を通るのは?」 「騎乗者です。」 「自転車もいるかもしれないな?」 「そう、そう! 自転車、車……」 プーシチンは想像力を揺り動かそうと、まるで試みてもいないのが明らかだった。 弟子の代わりに教師が働くのなら、そんな受動的な夢想に何の益があるのか? 私はその疑問をトルツォフにぶつけた。 「私の想像力を揺り起こす方法には、指摘すべき点がいくつかある」と彼は答えた。 「弟子の想像力が働かないとき、私は簡単な問いを投げる。 呼びかけられた以上、答えないわけにはいかないからな。 そして弟子は答える――ときには、うるさく言われたくなくて、当てずっぽうに。 私はそんな答えは受け入れない。成り立たないことを示す。 もっと満足のいく答えを出すには、弟子は、直ちに想像力を揺り起こし、問われていることを内的視覚で見るよう自分を強いるか、あるいは理性から、連続した判断の列からその問いに近づかねばならない。 想像力の仕事は、こうした意識的で知的な活動によって準備され、方向づけられることが非常に多い。 だがやがて弟子は、記憶や想像の中で何かを見た。目の前に、ある確かな視覚像が立ち上がった。 それで短い夢想の一瞬ができる。 その後、私は新しい問いで、同じ過程を繰り返す。 すると第二の短い“見え”の瞬間が、次に第三が生まれる。 こうして私は、一連の生き返る瞬間を呼び起こして夢想を支え、引き延ばす。それらが合わさって、想像上の生活の一枚の絵になる。 それがまだ面白くなくてもいい。 弟子自身の内的ヴィジョンから織られている――それだけでもう十分いい。 いったん想像力が目覚めれば、同じものを二度でも三度でも、何度でも見られる。 反復によって絵はますます記憶に刻まれ、弟子はそれに馴染んでいく。 だが怠けた想像力というものもあって、それは最も簡単な問いにさえ反応しないことがある。 そのとき教師に残るのは、問いを投げ、答えを自分で示唆することだけだ。 教師の提示が弟子の気に入れば、弟子は他人の視覚像を受け取りながら、自分なりに何かを見始める。 気に入らなければ、弟子は示唆されたものを自分の好みに沿って向け直す。それもまた、内的視覚で見させることになる。 その結果、今度もまた、夢想する者自身の材料から部分的に織られた、ある種の想像上の生活の似姿ができる……。 君はその結果にあまり満足していないようだな。 だが、それでも、こうした無理にひねり出した夢想にも得るものはある。 「たとえば何が?」 「少なくとも、夢想する前には、作ろうとしている生活について、像としての表象がまったくなかった、ということだ。」 何かぼんやりしていて、輪郭の定まらないものがあった。 だがそうした作業の後には、何か生きたものが形を取り始め、定まってくる。 教師や演出家が新しい種を蒔ける土壌ができる。 それは、絵を描けるようにする目に見えない下地なのだ。 さらに、私の方法では、弟子自身が教師から、自分の想像力を刺激する手段を学び取り、いまや自分自身の理性の働きが示してくれる問いによって、想像力を揺り起こせるようになる。 受動性や、想像力の鈍さ・だるさと、意識的に戦う習慣が生まれる。 それだけでも、もう大きい。 … … … … … … … 19..年 そして今日もアルカージー・ニコラエヴィチは、想像力を発達させる練習を続けた。 「前回の授業で」彼はシュストフに言った。「君は、自分が誰で、夢の中でどこにいて、周りに何が見えるかを私に語った……。 では今度は、古いオークの想像上の生活の中で、君が内的聴覚で何を聞くのか言いなさい。」 最初、シュストフには何も聞こえなかった。 トルツォフは、オークの枝に巣を作った鳥たちの騒がしさのことを思い出させ、こう付け加えた。 「では、その山の草地の周りで、君は何を聞く?」 今度はシュストフに、羊の鳴き声、牛の鳴き声、鈴の音、羊飼いの角笛、重い野良仕事の合間にオークの下で休む女たちの話し声が聞こえた。 「では次に言いなさい。君が想像の中で見聞きしていることは、いつ起きている? どんな歴史の時代だ? 何世紀だ?」 シュストフは封建時代を選んだ。 「よろしい。 それなら、古いオークとして、当時に特徴的なほかの音も聞こえるはずだが?」 シュストフは黙ってから、隣の城での祭りへ向かう旅の歌い手――ミンネゼンガー――の歌が聞こえると言った。彼はここ、オークの下の小川のそばで休み、顔を洗い、晴れ着に着替え、演奏の準備をしているのだ。 ここで彼はハープを調弦し、春と恋と胸の疼く憂鬱についての新しい歌を、最後にもう一度稽古する。 そして夜には、オークが、宮廷人と人妻の恋の告白、長い口づけを盗み聞きする。 それから、宿敵同士の二人の罵声が荒れ狂い、武器ががちゃりと鳴り、負傷者の最後の叫びが上がる。 そして夜明けには、死体を探す人々の不安げな声が聞こえる。次に、死体が見つかると、群衆のざわめきと、ところどころの鋭い叫びが空気を満たす。遺体が持ち上げられ、運び去る者たちの重く規則正しい足音が聞こえる。 私たちが息をつく間もなく、アルカージー・ニコラエヴィチはシュストフに新しい問いを投げた。 「なぜだ?」 「なぜって、何が?」 と私たちはきょとんとした。 「なぜシュストフはオークなんだ? なぜ中世の山に生えている?」 トルツォフはこの問いに大きな意味を与えた。 これに答えることで――彼の言葉では――夢の中ですでに出来上がっているその生活の過去を、想像力の中から選び出せるというのだ。 「なぜ君は、この草地に一人きりで生えている?」 シュストフは、古いオークの過去について次の仮定を考え出した。 かつてその高台は、濃い森に覆われていた。 だが、谷の向こう、遠くに見える城の主である男爵は、武闘的な隣国の封建領主が攻め込んでくるのを、常に恐れねばならなかった。 森は軍隊の移動を目から隠し、敵の待ち伏せの場にもなり得た。 そこで森は伐り払われた。 ただ強大なオークだけは残された。というのも、まさにそのそば、その木陰に、地下から泉が湧き出ていたからだ。 もし泉が枯れたら、男爵の家畜の群れの水飲み場になっている、あの小川もなくなってしまう。 トルツォフが出した新しい問い――「何のために?」――は、また私たちを行き詰まらせた。 「君たちが困るのも分かる。この場合は木の話だからな。 だが一般に言えば、この問い――『何のために?』――は非常に大きな意味を持つ。 それは私たちに、志向の目的を明確にさせる。そしてその目的が未来を定め、能動性へ、行為へと押し出すのだ。 もちろん木は目的を立てられない。だが木にも何らかの役割、活動のようなもの、何かに奉仕するということはあり得る。」 シュストフはこう答えを考え出した。オークは、この土地で最も高い地点にある。 だから隣国の敵を監視するための見張り台として、見事に役立つ。 そういう意味で、この木には過去に大きな功績がある。 だから城と近隣の村の住人たちから格別の敬意を受けているのも不思議ではない。 その木を讃えて、毎年春ごとに特別な祭りが開かれる。 封建領主の男爵自身がその祭りに現れ、巨大な杯のワインを底まで飲み干す。 オークは花で飾られ、歌が歌われ、その周りで踊りが舞われる。 「さて」トルツォフは言った。「『与えられた状況』が輪郭を持ち、私たちの想像の中で少しずつ生き返ってきたところで、仕事の最初にあったものと、いまどうなったかを比べてみよう。 … 以前は、君が山の草地にいる、ということしか知らなかったから、君の内的視覚は一般的で、現像前の写真フィルムのように霞んでいた。 いまは、やった作業のおかげで、それがかなり澄んできた。 いつ、どこで、なぜ、何のためにそこにいるのかが分かった。 君は、いままで知らなかった何か新しい生活の輪郭を、すでに見分けている。 足元に土台が感じられた。 君は頭の中で生き始めた。 だが、それだけでは足りない。 舞台には行為が要る。 課題と、それへの志向を通して行為を呼び起こさねばならない。 そのためには、魔法の『もし』を伴った新しい『与えられた状況』、想像の新しい胸騒ぎのする虚構が必要だ。」 だがシュストフはそれを見つけられなかった。 「自分に問い、自分に正直に答えなさい。どんな出来事、どんな想像上の災厄が、君を無関心から引きずり出し、心を揺さぶり、怖がらせ、喜ばせ得る? 山の草地にいる自分を感じ、『我はあり』を作ってから、答えるのだ」アルカージー・ニコラエヴィチは助言した。 シュストフは言われたとおりにしようとしたが、何も思いつかなかった。 「それなら、間接的な道から解決に近づいてみよう。 だがそのために、まず答えなさい。生活の中で、君は何にいちばん敏感だ? 何が君を最もよく動揺させ、怖がらせ、喜ばせる? 夢想の主題そのものとは切り離して聞いている。 君の有機的な自然の傾向が分かれば、すでに作った虚構をそこへ結びつけるのは難しくない。 では、君の本性に最も典型的な、有機的な特徴・性質・関心の一つを挙げなさい。」 「僕は闘争というものに、とても心を揺さぶられます。 この、僕の大人しい見た目との不釣り合いが驚きですか?」 とシュストフは少し考えてから言った。 「よし! それなら――敵の襲撃だ! 敵対する公爵の軍勢が、君の封建領主の領地へ向かって進軍し、君が立つ山へすでに登り始めている。 太陽に槍がきらめき、投射機や攻城機が動いている。 敵は知っている。見張りが君の梢にしばしば登って、自分たちを監視していることを。 君は切り倒され、焼かれるぞ!」 とアルカージー・ニコラエヴィチは脅した。 「そんなことはさせません!」 シュストフは即座に反応した。 「僕は見捨てられない。 僕は必要なんです。 味方は眠っていません。 もうこっちへ走って来ています。騎兵は駆けています。」 見張りは毎分、伝令を彼らのもとへ送っている……。 「今ここで戦いが始まる。 君と見張りのほうへ、石弓の矢が雲のように降り注ぐ。中には燃える麻布を巻き、樹脂を塗った矢もある……。 踏みとどまりなさい。そして、まだ手遅れでないうちに決めるのだ。もしこれが現実に起きているとしたら、この条件下で君は何をするだろうか?」 シュストフが、トルツォフの導入した魔法の『もし』から抜ける道を探して、内側で右往左往しているのが見て取れた。 「根で地面に食い込み、場所を動けない木に、救うために何ができるというんです?」 と彼は、出口のない状況に腹を立てて叫んだ。 「君の動揺はそれで十分だ。」 とトルツォフは認めた。 「課題は解けない。行為のない主題が夢想に与えられたのは、君の責任ではない。」 「それなら、なぜそんな主題を出したんです?」 と私たちは訝しんだ。 「それで君たちに示したいのだ。行為性のない主題でさえ、想像の虚構は内的転換を生み、心を揺らし、生きた内的な行為への衝動を呼び起こし得る、ということを。 しかし何より、夢想の練習全体が示すべきだったのは、役の材料と内的ヴィジョン――その映画フィルム――がどう作られるか、そしてその作業が、君たちが思っていたほど難しくも複雑でもない、ということだ。」 … … … … … … … 19..年 今日の授業でアルカージー・ニコラエヴィチは、想像力が俳優に必要なのは作るためだけでなく、すでに作られて擦り切れたものを更新するためでもある、ということを説明するだけで精一杯だった。 それは、新しい虚構、あるいはそれを新鮮にする細部を導入することで行われる。 「これを実践例で理解できるだろう。 たとえば、君たちが作り切る前に、もう使い古してしまったエチュードを取り上げよう。 狂人のエチュードのことだ。 それを全部でも一部でも、新しい虚構で新鮮にしなさい。」 だが私たちの誰にも、新しい虚構は浮かばなかった。 「いいか」トルツォフは言った。「扉の外に立っている人間が凶暴な狂人だと、君たちはどこから取った? マロレトコワが言ったのか? そうだ。彼女は階段への扉を開けて、この住まいの前の住人を見た。 彼は、激しい発狂の発作のさなかに精神病院へ連れて行かれた、と言われていた……。 だが君たちがここで扉をバリケードにしている間に、ゴヴォルコフが電話へ走って病院に連絡したところ、狂人などではなかった、と返事が来た。単なる白色譫妄の発作だったというのだ。住人がひどく酒を飲んでいたからだ。 そして今は治って退院し、家へ戻っている。 もっとも、誰に分かる? その返答が正しくないのかもしれない。医者が間違っているのかもしれない。 もし現実にこうなったら、君たちはどうする?」 「マロレトコワが外へ出て、なぜ来たのか尋ねるべきです」とヴェセロフスキーが言った。 「もう、なんてこと! お願い、だめ、だめ! 怖い、怖い!」 とマロレトコワは怯えた顔で叫んだ。 「プーシチンが一緒に行く。 体格のいい男だからな」トルツォフは彼女を励ました。 「いち、に、さん、始め!」 と彼は、私たち全員に向かって号令した。 「新しい状況へ照準を合わせ、衝動に耳を澄ませて――行為しなさい。」 私たちは高揚して、真の動揺をもって狂人のエチュードを演じ、トルツォフと、授業に立ち会っていたラフマーノフの賛同を得た。 新しい虚構の変奏は、私たちに新鮮な作用をもたらした。 授業の終わりをトルツォフは、創造的想像力を発達させる私たちの仕事の総括に充てた。 その作業の段階をいくつか思い出させた上で、彼はこう結んだ。 「想像のどんな虚構も、正確に根拠づけられ、しっかり確立されねばならない。 想像力を揺り起こすために私たちが自分に投げる問い――誰が、いつ、どこで、なぜ、何のために、どうやって――は、幽かな生活そのものの、ますます明確な絵を作る助けになる。 もちろん、意識的な知的活動も導く問いもなく、直感的に、それがひとりでに形作られる場合もある。 だが君たちは、夢想の主題が明確に与えられている場合でさえ、放っておいた想像力の能動性に当てにできないことを、自分で確かめたはずだ。 まして、確かな主題なしに『一般に』夢想するのは不毛だ。 とはいえ、理性で虚構を作ろうとすると、問いへの応答として、私たちの意識の中に、頭の中で作る生活の淡い表象がしばしば生まれる。 だがそれだけでは、舞台創造には足りない。舞台創造は、虚構と結びついて、俳優という人間の有機的生命が沸き立つことを要求する。自然の全体が役に捧げられねばならない――心理的にだけでなく、肉体的にも。 では、どうする? いま君たちにはもうおなじみの新しい問いを立てなさい。『もし自分が作った虚構が現実になったら、私は何をするだろう?』 君たちは経験から知っている。この問いには、私たちの俳優的本性の性質によって、行為で答えたくなる。 その行為は、想像力を突き動かす良い刺激剤になる。 その行為が今はまだ実現せず、当面は解決されない衝動として残っていてもいい。 大事なのは、その衝動が呼び起こされ、私たちに心理的にだけでなく肉体的にも感じられていることだ。 その感覚が虚構を固定する。 肉体を持たず、濃密な物質を欠いた夢想が、反射的に、私たちの肉と物質――身体――の真の行為を呼び起こし得る、ということを自覚するのが重要だ。 この能力は、私たちのサイコテクニックで大きな役割を果たす。 私がいま言うことを注意深く聞きなさい。舞台上の私たちのあらゆる動き、あらゆる言葉は、正しい想像の生活の結果でなければならない。 もし君が、誰で、どこから来て、何のために来て、何が必要で、ここからどこへ行き、そこで何をするのかを知らないまま、言葉を言ったり何かをしたりしたなら――君は想像力なしに行為したのだ。 そして舞台にいたそのひとかけらの時間が、短くても長くても、君にとって真実ではなかった。君は巻き上げ式の機械のように、オートマトンのように行為したのだ。 もし私がいま、最も単純なことを尋ねたとしよう。『今日は寒いか、寒くないか?』 君たちは『寒い』『暖かい』『気づかなかった』と答える前に、頭の中で外に出て、歩いたか乗り物だったかを思い出し、自分の感覚を確かめ、向かいの通行人が体を包み、襟を立てていたことや、足元の雪がきしんだことを思い出し、そうして初めてその一語を口にするだろう。 そのとき、これらの情景は瞬時に君の前をよぎるかもしれず、外から見れば君はほとんど考えずに答えたように見えるだろう。だが情景はあり、君の感覚はあり、その検証もあった。そうした複雑な想像力の仕事の結果として、君は答えたのだ。 つまり、どんなエチュードも、舞台でのどんな一歩も、機械的に、内的根拠なしに――すなわち想像力の仕事の関与なしに――行われてはならない。 君がこの規則を厳格に守れば、学校のどんな練習も――それが私たちのプログラムのどの部門に属していようと――君の想像力を伸ばし、強めるだろう。 逆に、冷たい魂で(『冷たい方法で』)舞台で行ったことはすべて君を滅ぼす。想像力なしに――機械的に――自動的に行為する癖を君に植え付けるからだ。 劇作家の言葉の作品を舞台上の現実へ変える、役と変身の創造的作業は、最初から最後まで、想像力の参加のもとで進行する。 想像の虚構に取り憑かれたこと以外に、いったい何が私たちの内側を温め、揺さぶり得るだろう! あらゆる要求に応えるには、想像力は柔軟で、能動的で、敏感で、十分に発達していなければならない。 だから、想像力の発達には格別の注意を払いなさい。 あらゆる方法でそれを育てなさい。君たちが学んだ練習、つまり想像力そのものに取り組むことでも。あるいは間接的にも――舞台で何一つ機械的に、形式的に行わない、という規則を立てて。 V. 舞台の注意 … … … … … … … 19..年 授業は『マロレトコワの住まい』で――言い換えれば、幕を閉じたままの舞台上の環境で――行われた。 私たちは狂人のエチュードと、暖炉の火入れのエチュードの作業を続けた。 アルカージー・ニコラエヴィチの示唆のおかげで、実演はうまくいった。 あまりに気持ちよく愉快だったので、私たちは二つのエチュードを最初から繰り返してほしいと頼んだ。 待っているあいだ、私は壁際に腰を下ろして休んだ。 だがそこで思いがけないことが起きた。驚いたことに、何の目に見える理由もなく、私のそばに立っていた二つの椅子が倒れたのだ。 誰も触っていないのに倒れた。 私は倒れた椅子を起こし、さらに大きく傾いた別の二つを支えることができた。 そのとき、壁に細く長い隙間があるのが目に入った。 それはどんどん広がっていき、ついには私の目の前で、壁の高さ一杯にまで伸びた。 そこで椅子が倒れた理由が分かった。部屋の壁を表していた毛織布の床が裂けて開き、その動きで道具を引きずって倒していたのだ。 誰かが幕を開けていた。 ほら、舞台口の黒い穴があり、薄暗がりの中にトルツォフとラフマーノフのシルエットが浮かんでいる。 幕が開くのと同時に、私の中で変身が起きた。 それを何に喩えたらいいだろう? たとえば、私が妻と(もし私に妻がいるなら)ホテルの一室にいると想像してみてほしい。 私たちは腹を割って話し、寝るために服を脱ぎ、くつろいで振る舞っている。 そこへ突然、私たちが気にも留めていなかった巨大な扉が開き、暗闇の中から見知らぬ人々――隣室の客たち――がこちらを見ているのが見える。 何人いるのかは分からない。 闇の中では、いつでも多く見えるものだ。 私たちはあわてて服を着て髪を整え、客の家にいるときのように、控えめに振る舞おうとする。 私の中でも、まるで突然あらゆるペグが締まり、弦が張り詰めたように、さっきまで家にいる気でいた私は、薄いシャツ一枚のまま人前に放り出された。 舞台口の黒い穴があるだけで、親密さがどれほど壊されることか。 あの可愛い居間にいた間は、主な側とそうでない側があるなど感じられなかった。 どう立っても、どこを向いても――それでよかった。 だが第四の壁が開くと、舞台口の黒い穴が主たる側となり、そこへ身を合わせることになる。 見る者のいるその第四の壁に、いつも考えを向け、測りながら合わせなければならない。 舞台で相手にしている人にとって都合がいいか、話している本人にとって都合がいいかは重要ではない。重要なのは、同じ部屋にはいないが、フットライトの向こう、闇の中に見えずに座っている者たちに、見え、聞こえることだ。 そして、さっきまで居間で私たちと一緒にいて、近しく素朴に見えたトルツォフとラフマーノフも、闇の中へ、舞台口の向こうへ移されると、私たちの意識の中ではまったく別人――厳格で、要求の厳しい人――になってしまった。 私と同じ変身が、エチュードに参加していた仲間全員にも起こった。 ただゴヴォルコフだけは、幕が開いていようと閉じていようと、変わらず同じだった。 私たちの芝居が見せつけのものになって、うまくいかなかったのは、言うまでもない。 「いや、はっきり言って、舞台口の黒い穴を気にしないことを学べるまでは、私たちの俳優としての仕事は一歩も進まない!」 ――私は心の中でそう結論した。 このことをシュストフとも話した。 だが彼は、トルツォフの燃えるような注釈つきの、まったく新しいエチュードを与えられれば、客席から気が逸れるだろう、と考えている。 シュストフの仮説をアルカージー・ニコラエヴィチに話すと、彼は言った。 「よろしい、やってみよう。 これなら観客のことを考えずに済むはずだ、という、息をのむ悲劇を与える。 舞台は同じ、マロレトコワのこの住まいだ。 彼女はナズヴァノフと結婚した。ナズヴァノフは、ある社会団体の会計係に選ばれている。 二人には、愛らしい生まれたばかりの赤ん坊がいる。 母親はその子を風呂に入れに行った。 夫は書類を整理し、金を数えている。いいか――公的な書類と金だ。 夜も遅く、彼はそれを職場の団体へまだ納められずにいる。 古くて脂ぎった紙幣の束が山となって机に積まれている。 ナズヴァノフの前には、マロレトコワの年下の弟が立っている。白痴のせむしで、半ば痴愚だ。 弟は、ナズヴァノフが束から色つきの紙切れ――帯封――を破り取り、暖炉へ放り込むのを見ている。紙切れはそこで明るく愉快に燃える。 その燃え上がる炎が、白痴にはたまらなく好きなのだ。 金はすべて数え終わった。 一万を超えている。 夫が仕事を終えたのを見て、マロレトコワは彼を呼び、隣の部屋でたらいに入れて洗っている赤ん坊を見に来て、と言う。 ナズヴァノフは出ていく。すると白痴は真似をして、紙切れを火へ投げ込む。 色つきの帯封がないので、彼は金を投げ込む。 すると、それは色紙よりもいっそう愉快に燃えることが分かる。 その遊びに夢中になって、白痴は金を全部、会計書類も正当化の証憑もろとも、公の資本を丸ごと火へ投げ込んでしまった。 ナズヴァノフが戻ってくる――ちょうど最後の束が燃え上がった瞬間に。 何が起きたかを悟ると、我を忘れた彼は、せむしに飛びかかって、力の限り突き飛ばす。 そいつは倒れ、こめかみを暖炉の格子にぶつけた。 正気を失ったナズヴァノフは、すでに焦げかけた最後の束をつかみ上げ、絶望の叫びを上げる。 妻が駆け込んで来て、暖炉のそばに兄が倒れ伏しているのを見る。 彼女は駆け寄り、起こそうとするが、起こせない。 倒れた兄の顔に血があるのに気づいて、マロレトコワは夫に水を持って来てと叫ぶが、ナズヴァノフは何も分からない。 彼は呆然としている。 そこで妻は自分で水を取りに駆け出す。するとすぐ食堂から彼女の叫び声が聞こえる。 彼女の人生の喜びである、愛らしい乳飲み子が、たらいの中で溺れ死んでいた。 この悲劇が君たちを客席の黒い穴から引き離せないなら、君たちの心は石だ。 新しいエチュードは、そのメロドラマ性と意外性で私たちを揺さぶった……が、結果は、私たちの心は……石で、演じられなかった! アルカージー・ニコラエヴィチは、いつもどおり、『もし』と『与えられた状況』から始めようと提案した。 私たちは互いに何か話し始めたが、それは自由な想像の遊びではなく、力ずくで搾り出すこと、虚構をひねり出すことだった。もちろんそんなものが創造へ私たちを駆り立てるはずがない。 客席の磁力は、舞台上の悲劇的恐怖より強かった。 「それなら」トルツォフは決めた。「またパルテールから離れて、幕を閉じてこの『惨劇』をやろう。」 幕が閉じられると、私たちの可愛い居間はまた居心地よくなった。 トルツォフとラフマーノフは客席から戻り、再び親しげで機嫌よくなった。 私たちは演じ始めた。 静かな場面はうまくいった。だがドラマに入ると、自分の演技に満足できなかった。もっと出したかったが、感情もテンペラメントも足りなかった。 気づかぬうちに私は脱臼して、俳優の自己誇示の線に乗ってしまった。 トルツォフの印象は、私の感覚を裏づけた。 彼は言った。 「エチュードの始めでは君は正しく行為していたが、終わりでは行為している“つもり”になっていた。 実際には君は、感情を搾り出していた。いやハムレットの言葉で言えば、『情念を引き裂いて切れ端に』していた。 だから黒い穴への不平は的外れだ。 それだけが君の舞台での正しい生活を妨げているのではない。幕を閉じても結果は同じだったのだから。」 「幕が開いているときは客席が邪魔でしたが」私は告白した。「幕が閉じているときは、正直言って、あなたとイワン・プラトーノヴィチが邪魔でした。」 「これはこれは! 」トルツォフは可笑しくてたまらないというように叫んだ。 「イワン・プラトーノヴィチ! ここまで来たか! 黒い穴と同類になったぞ! さあ怒って帰ろう! あとは連中だけでやらせろ。」 アルカージー・ニコラエヴィチとイワン・プラトーノヴィチは、悲喜劇じみた歩き方で出ていった。 ほかの者たちも皆、その後に続いた。 私たちは二人きりになり、証人なし――つまり妨げなし――でエチュードをやってみた。 奇妙なことに、二人きりのほうが、いっそう悪くなった。 私の注意は相手役へ移った。 私は相手の芝居を必死に追い、批評し、自分でも知らぬ間に観客になっていた。 相手役もまた、私を注意深く観察していた。 私は、自分が見ている観客であると同時に、見せつけて演じる俳優でもある、と感じた。 そもそも、互いのために芝居をするのは、馬鹿げていて、退屈で、何より無意味だ。 だが私は偶然、鏡に目をやった。自分が気に入り、元気が出て、オセロの家での稽古を思い出した。そのときも今日と同じく、鏡を見ながら、自分自身のために『提示』しなければならなかったのだ。 『自分自身の観客』でいるのが、心地よくなった。 自分への信が生まれ、私はシュストフの提案――トルツォフとラフマーノフを呼んで、仕事の結果を見せよう――に賛成した。 ところが見せるものは何もなかった。二人はすでに扉の隙間から、私たちが二人きりで『提示』しているところを盗み見ていたからだ。 二人の言葉では、出来は幕を開けていたときより悪かった。 そのときは悪いが、控えめで抑制されていた。だが今度は、同じくよくない上に、尊大で、馴れ馴れしかった。 トルツォフが今日の仕事を総括すると、こうなった。幕が開いているときは、フットライトの向こうの闇に座っている観客が邪魔をする。幕が閉じているときは、同じ部屋にいるアルカージー・ニコラエヴィチとイワン・プラトーノヴィチが邪魔をする。二人きりのときは、相手役が私たちにとって観客になって邪魔をする。そして私が自分のために演じるときは、私自身――自分の観客――が俳優としての自分の邪魔をする。 要するに、どこを見回しても、どこでも邪魔になるのは観客なのだ。 だが同時に、観客がいなければ演じるのは退屈だ。 「小さな子どもよりひどい! 」トルツォフは私たちを叱った。 「仕方がない」彼は少し黙ってから決めた。「エチュードはひとまず脇に置いて、注意の対象に取り組もう。 それこそが、今の出来事の主犯だ。次はそこから始める。」 … … … … … … … 19..年 今日は客席に張り紙が下がっていた。 創造的注意。 居心地のよい居間の第四の壁を表していた幕は開けられ、いつもそこに寄せかけてあった椅子は片づけられていた。 壁を一つ失った私たちの可愛い部屋は、客席とつながったまま、皆の目にさらされた。 それは普通の装置になり、居心地のよさを失った。 装置の壁のあちこちには、まるでイルミネーション用のように、電球のついた電線がぶら下がっていた。 私たちは一列に座らされ、フットライトのすぐそばに並んだ。 厳粛な沈黙が訪れた。 「誰の踵が取れたんだ?」 アルカージー・ニコラエヴィチが突然、私たちに尋ねた。 弟子たちは自分と他人の靴を調べ始め、その仕事に注意のすべてを注ぎ込んだ。 トルツォフは新しい問いを出した。 「いま客席で何が起きた?」 私たちは答えが分からなかった。 「なんだ、君たちは私の秘書を見なかったのか。いちばんせわしなくて騒々しい男だぞ。 署名する書類を持って来たんだ。」 なんと私たちは、彼を見ていなかった。 「これは驚いた! 」トルツォフは叫んだ。 「どうしてそんなことが起こった? しかも幕が開いているのに! 客席が抗いがたく君たちを引きつけると言っていたのは、君たちじゃないか?」 「私は踵に夢中だったんです」と私は言い訳した。 「なに! !」 トルツォフはいっそう驚いた。 「取るに足りない小さな踵が、舞台口の巨大な黒い穴より強かったのか! ということは、そこから目をそらすのも、それほど難しくないわけだ。 秘密は、どうやらまったく単純だ。客席から注意をそらすには、舞台の上のことに夢中になればいい。 (なるほど本当に、と私は思った。フットライトのこちら側のことに一分でも興味を持ちさえすれば、向こう側にいる者たちのことを、私は意志と無関係に考えなくなったのだ。) そこで私は、舞台にばらまかれた釘と、それについての大道具係の会話を思い出した。 あれは披露公演の稽古の一つのときだった。 そのとき私は、釘と、それについて大道具係と話すことに夢中になり、ぽっかり口を開けた黒い穴を忘れてしまったのだ。 「これで分かっただろう」トルツォフはまとめた。「俳優には注意の対象が要る。だがそれは客席ではなく舞台の上だ。そして対象が魅力的であればあるほど、俳優の注意に対するその支配力は強い。」 人間の生活には、注意が何らかの対象に引きつけられていない一分もない。 そして対象が魅力的であればあるほど、俳優の注意に対するその支配力は強い。 客席から注意をそらすには、ここ、舞台の上に、興味深い対象を巧みに差し出さねばならない。 母親が玩具で子どもの注意をそらすやり方を知っているだろう。 俳優もまた、客席から注意をそらすための、そういう玩具を自分に差し出す術を身につけねばならないのだ。 (だが、と私は思った。なぜわざわざ、対象を力ずくで自分に差し出さねばならないのだ? 舞台の上には、もともと対象は山ほどあるのに。) 「私が主体なら、私の外にあるものはすべて対象だ。 そして私の外には世界がある……。 何とたくさんの対象があることか! いったい何のために作る必要がある?」 だがそれに対してトルツォフは、生活でもそうだ、と反論した。 生活では確かに、対象はひとりでに、自然に現れて私たちの注意を引く。 そこで私たちは、人生の各瞬間に誰をどう見ればよいかを、よく知っている。 だが劇場は違う。劇場には舞台口の黒い穴を持つ客席があって、それが俳優が普通に生きるのを妨げる。 私などは――トルツォフの言葉では――『オセロ』の上演のあとでは誰よりもそれを知っているはずだ。 しかもフットライトのこちら側、舞台の上には、舞台口の黒い穴よりずっと面白い対象が無数にある。 ただ、舞台の板の上にあるものをよく見られるようにならねばならないし、系統的な練習によって、注意を舞台に留めることを学ばねばならない。 対象に食らいつくための特別な技術を発達させねばならない。そうすれば舞台上の対象そのものが、舞台の外にあるものから私たちを引き離してくれる。 要するにトルツォフの言葉では、私たちは舞台で見ること、見えることを学ばねばならないのだ。 生活における対象の種類――したがって舞台にもある対象――について講義する代わりに、トルツォフは、それを舞台上で比喩的に示してみせると言った。 「これから君たちが見る光点と光のにじみが、生活で馴染みのある、したがって劇場にも必要な、さまざまな種類の対象を図解してくれるだろう。」 客席も舞台も、完全な闇になった。 数秒後、私たちの鼻先のまさに目の前で、そして私たちが囲んで座っていた机の上で、箱の中に隠してあった小さな電球がぱっと灯った。 一面の暗闇の中で、その光点は唯一の明るい、目立つ誘い餌になった。 それ一つが私たちの注意を引きつけた。 「闇の中で光るこの電球は」トルツォフは説明した。「近い対象点を図解している。 注意を集め、散らして遠くへ飛ばさないために必要な瞬間に、私たちはこれを使うのだ。」 照明が入ると、 トルツォフは弟子たちに向かった。 「闇の中の光点に注意を集中させるのは、君たちには比較的たやすいはずだ。 では同じ練習を、闇ではなく明るい中でやってみよう。」 トルツォフは、ある弟子には椅子の背をよく観察させ、私には机の上の小道具のエナメル模様の偽物を見させ、三人目には小物を、四人目には鉛筆を、五人目には縄を、六人目にはマッチを与え……という具合にした。 シュストフが縄をほどき始めたので、私は、これは行為の練習ではなく注意の練習なのだから、物を見るだけで、せいぜいそれについて考える程度だ、と言って止めた。 だがパーシャは同意せず、自分の考えを押し通そうとした。 争いを収めるため、トルツォフに尋ねるしかなかった。 彼は言った。 「対象への注意は、それで何かをしたいという自然な欲求を呼び起こす。 そして行為は、いっそう注意を対象へ集中させる。 こうして注意が行為と溶け合い、互いに絡み合うことで、対象との強固な結びつきが生まれるのだ。」 私が机の天板の偽エナメル模様を改めて見ると、手元にあった何か尖ったもので、模様の輪郭をなぞりたくなった。 その作業は確かに、模様をいっそう注意深く観察し、読み取らせた。 その間パーシャは、縄の結び目を集中してほどき、夢中でそれをやっていた。ほかの弟子たちも、何らかの行為か、対象の注意深い観察に身を委ねていた。 ついにトルツォフは認めた。 「近い対象点は、闇の中だけでなく、明るい中でもできる。 よろしい!」 それから彼は、完全な闇の中で、次に明るい中で、中距離と遠距離の対象点を示してみせた。 最初の例の近い対象点と同じく、できるだけ長く注意を対象に留めるためには、想像の虚構で「見ること」を根拠づけねばならなかった。 新しい練習も、結局私たちには容易にうまくいった。 全面の照明が入った。 「では、周囲の物の世界を注意深く見なさい。その中から中距離か遠距離の対象点を一つ選び、注意をすべてそこへ集中しなさい」アルカージー・ニコラエヴィチは提案した。 周りには近い物も中くらいの物も遠い物も多すぎて、最初の瞬間、目が散った。 一つの対象点ではなく、何十もの品が私の目に飛び込んで来た。もし駄洒落を言うなら、それは対象点ではなく「対象多点」だった。 ついに私は、あそこの――遠くの――暖炉の上の小さな彫像に目を留めた。だがそれを注意の中心に長く留めておけなかった。周りのものがみな注意をそらし、ほどなく彫像は何百という品の中に紛れ込んでしまった。 「ほう! 」トルツォフは叫んだ。 「どうやら舞台で中距離・遠距離の対象点を作る前に、まず舞台で“見る”こと、“見える”ことそのものを学ばねばならないようだ。」 「そんなこと、何を学ぶんです?」 と誰かが尋ねた。 「学ばねばならないさ。 舞台口の黒い穴の前で、人前でそれをするのは、とても難しい。 たとえば、私の姪の一人は、食べるのも、ふざけるのも、走り回るのも、おしゃべりも大好きだ。 これまでは、子ども部屋で食事をしていた。 ところが今度、みんなと同じ食卓に座らされた途端、食べることも、おしゃべりすることも、ふざけることもできなくなった。『どうして食べないの、しゃべらないの?』と私が聞くと、 『どうして見てるの?』 と子どもは答える。 ではどうやって、あの子に人前でもう一度、食べたり、しゃべったり、ふざけたりできるように慣れさせないでいられよう? 君たちも同じだ。 生活では歩くことも、座ることも、話すことも、見ることもできるのに、劇場ではそれを失い、群衆の気配を感じると、自分にこう言う――『どうして見てるんだ? !』と。 だから君たちにも、舞台の板の上で、人前で、また最初から全部教え直さねばならない。 よく覚えなさい。生活ではよく知っている最も単純で基本的な行為でさえ、人が舞台の板の上に出て、照らされたフットライトの前に立ち、千人の群衆の前に出ると脱臼する。 だから舞台では、歩き方も、動き方も、座り方も、寝方も学び直す必要がある。 そのことは、最初の授業でもう話した。 そして今日、注意の問題に関連して付け加えるなら、君たちは舞台で、見ること・見えること、聞くこと・聞こえることも学ばねばならない。」 … … … … … … … 19… 19..年 弟子たちが幕を開けた舞台に座ると、トルツォフは言った。 「対象は、たとえば壁に掛かったあのタオルにしなさい。派手で目玉みたいな模様の。」 皆が熱心にタオルを見つめ始めた。 「だめだ!」 トルツォフは私たちを止めた。「それは見ることではなく、対象に目玉をひんむいているだけだ。」 私たちは力むのをやめたが、アルカージー・ニコラエヴィチは、それでも、私たちが目を向けたものを見ているとは納得しなかった。 「もっと注意深く!」 トルツォフが号令した。 皆が前へ身を乗り出した。 「それでも注意が足りない。機械的な“見つめ”が多すぎる。」 私たちは眉をひそめ、注意深そうに見せようとした。 「注意深く“ある”ことと、注意深く“見せかける”ことは同じじゃない。 自分で確かめなさい。偽物と本物の“見ること”がどっちかを。」 長い試行錯誤の末、私たちは落ち着いて座り、力まずにタオルを見た。 すると突然、アルカージー・ニコラエヴィチが大笑いして私に言った。 「いま君たちの写真が撮れたら、君は、人が努力の末にここまで馬鹿げたことになれるなんて、信じないだろう。 君の目は文字どおり、眼窩から飛び出しているぞ。」 君の目は文字どおり、眼窩から飛び出しているぞ。 見るのに、そんなに力む必要があるのか? もっと減らせ、減らせ! ずっと減らせ! 緊張を完全に解放するんだ! 九十五パーセントは――捨てろ! もっと……もっと…… なぜ対象にそんなに身を伸ばす? なぜそんなに身を乗り出す? 後ろへもたれなさい。 まだ足りない、足りない! もっと、もっと! ずっと、もっとだ! ――アルカージー・ニコラエヴィチは私にしつこく言った。 彼が「もっと、もっと」と繰り返せば繰り返すほど、私の「見ること・見えること」を妨げていた緊張は減っていった。 余計な緊張は巨大で、途方もない。舞台口の穴の前で体を縮こまらせて立っていると、その大きさを想像もできない。 舞台での俳優の「見方」には九十五パーセントの余計な緊張がある、というトルツォフの言葉は正しい。 「見ること・見えることって、なんて簡単で、なんて少しで足りるんだ!」私は有頂天で叫んだ。 「これまで私がしてきたことに比べたら、恐ろしく簡単だ! どうして自分で気づかなかったんだ。こういう――目をむいて体を緊張させた――やり方では何も見えないのに、こうやって――何の緊張も努力もなく――細部まで見られるのだということに。」 だが、それこそが難しいのだ。舞台で、まったく何もしないことが。 「そのとおり!」 アルカージー・ニコラエヴィチが受けた。 「この瞬間に頭でこう考えてしまうからだ。俺が何も見せようと努力しないなら、観客は何に金を払っているんだ? 俳優の給金に値する働きをせねばならない。観客を楽しませねばならない!――と。」 舞台に座って、力まず、落ち着いて、見ること・見えることができるのは、なんと快い状態だろう。 舞台口の口を開けた穴の前で、その権利を持てるのだ。 舞台の板の上にいる権利を感じられるなら、何も怖くない。 私は今日、舞台で、単純で自然で人間的な「見ること」を味わい、第一回の授業でのアルカージー・ニコラエヴィチのあの単純な座り方を思い出した。 生活ではこの状態はよく知っていて、そこで私はそれを喜ばない。 あまりに慣れすぎているからだ。 だが舞台で私は今日、それを初めて知った。そしてこのことに、私は心からトルツォフに感謝する。 「よくやった!」 彼は私に叫んだ。 「それが『見ること・見えること』だ。 そして舞台では、私たちはどれほどしばしば、見ているのに何も見ていないことか。 空っぽの俳優の目ほど恐ろしいものがあるか! それは、役の演じ手の魂が眠っているか、あるいは注意が劇場と舞台上の描かれる生活の外側――どこか別の所――にある、俳優が役と無関係な別の何かで生きている、ということの動かぬ証拠だ。 どれほど舌が忙しくしゃべり、手足が自動的に動いても、すべてに生命を与える意味のある目の代わりにはならない。 目が『魂の鏡』と呼ばれるのも当然だ。 見ていて、見えている俳優の目は観客の注意を引きつけ、観客が見るべき正しい対象へとそれを向ける。 逆に、空っぽの俳優の目は、観客の注意を舞台から逸らしてしまう。」 この説明の後、アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「私は、近い・中距離・遠距離の対象点を体現する電球を見せた。これは、目のある存在なら誰にでも、したがってあらゆる舞台創造物にも、そして演じ手自身にも必要なものだ。 ここまで見せた電球は、俳優自身が見るべき形での舞台上の対象を表していた。 劇場ではそうあるべきだが、そうあることは稀だ。 これから、舞台で決してあってはならないのに、残念ながら圧倒的多数の俳優がほとんどいつもそうしているものを見せよう。 俳優が舞台に立つとき、ほとんどいつも注意を占めている対象を見せる。」 この導入の後、突然、光のウサギが駆け回り始めた。 それは舞台全体と客席全体に散らばり、俳優の散漫な注意を図解した。 やがて光のウサギは消え、その代わりにパルテールの椅子の一つに、百燭の強いランプが点いた。 「あれは何だ?」 と誰かの声が尋ねた。 「手厳しい批評家だ」トルツォフが答えた。 「俳優の公開の実演では、そこに非常に多くの注意が割かれる。」 また光のウサギが駆け回り、また消え、ついに新しい大きなランプが点いた。 「演出家だ。」 そのランプが消えるやいなや、舞台の上で、かすかに、くすんで、小さく弱いランプがちかちかと瞬いた。 「かわいそうな相手役だ。」 「注意はほとんど割かれない」トルツォフは皮肉をこめて言った。 くすんだランプはすぐ消え、今度は前舞台からのスポットライトが私たちの目をくらませた。 「スフレールだ。」 それからまた、あちこちで光のウサギが走り回り、点いたり消えたりした。 そのとき私は、披露公演の『オセロ』での自分の状態を思い出した。 「これで分かったか。俳優にとって、舞台そのものの上で、見ること・見えることができるのがどれほど重要か」授業の終わりにアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「そして君たちが学ぶべきなのは、まさにその難しい技術なのだ!」 … … … … … … … 19..年 皆が落胆したことに、アルカージー・ニコラエヴィチの代わりに授業へ来たのはイワン・プラトーノヴィチ一人で、トルツォフの命で自分が私たちを教えるのだ、と告げた。 こうして今日は、ラフマーノフの初めての授業となった。 教師としての彼はどうか? もちろんイワン・プラトーノヴィチは、アルカージー・ニコラエヴィチとはまるで別人だ。 だが私たちの誰も、今日知ったような人物だとは予想していなかった。 生活の中では、敬愛するトルツォフの前では、ラフマーノフは静かで、控えめで、口数が少ない。だがトルツォフがいなければ、精力的で、決断が早く、厳格だ。 「注意を全部集めろ! 気を緩めるな!」 彼は権威ある確信に満ちた口調で号令した。 「練習の内容はこうだ。私が君たち一人ひとりに、見るべき対象を指定する。 形、線、色、細部、特徴を捉えるんだ。 それを、私が三十まで数える間にやり終えねばならない。 三十! ! ――と私が言う。 それから暗転して、対象が見えないようにし、君たちにそれについて話させる。 暗闇の中で、視覚記憶が覚えたことを全部、私に描写するのだ。 私は君たちの話を確かめ、対象そのものと照合する。 そのために、もう一度照明を入れる。 注意! 始めるぞ。マロレトコワ――鏡。」 「お願い!」 彼女は鏡を指さして慌てた。 「これですか?」 「余計な質問は要らない。 この部屋に鏡は一つだ。ほかにはない。 ないんだ!」 ほかにはない! 俳優は察しがよくなければならない。 プーシチン――絵。 ゴヴォルコフ――シャンデリア。 ヴェリャミノワ――アルバム。 「ぬいぐるみの?」 と彼女は蜜のような声で聞き返した。 「示しただろう。」 「二度は繰り返さない。」 「俳優はその場で掴め。」 「ナズヴァノフ――絨毯。」 「たくさんある。」 「どれだ?」 「行き違いがあったら――自分で決めろ。」 「間違え。だが疑うな。聞き返すな。」 「俳優には機転が要る。」 「機転だ、いいな!」 「ヴューンツォフ――花瓶。」 「ウムノーヴィフ――窓。」 「ドィムコワ――クッション。」 「ヴェセロフスキー――ピアノ。」 いち、に、さん、し、ご…… イワン・プラトーノヴィチは急がず三十まで数え、号令した。 「暗転!」 暗くなると、彼は私を呼び出し、何を見たか話せと命じた。 「あなたは私に絨毯を指定しましたから」と私は詳しく説明し始めた。 「すぐにはどれを選べず、それで時間を逃しました。」 「簡潔に、本質だけだ」イワン・プラトーノヴィチは号令した。 「本質だけ!」 「ペルシャ絨毯です。」 「全体の地は赤茶色。」 「幅広い縁取りが端を囲んでいて……」と私が描写していると、ラフマーノフが叫んだ。 「照明!」 「覚え違いだよ、坊や!」 「持ち運べてない。こぼしてる。」 「暗転!」 「プーシチン!」 「絵の筋が分かりませんでした。」 「目が悪いのと、距離が遠いせいで。」 「赤い背景に黄色い色だけが見えました。」 「照明!」 イワン・プラトーノヴィチは号令した。 「その絵に、黄色も赤もない。」 「まったくこぼしました、持ち運べませんでした」とプーシチンは太い声で言った。 「ゴヴォルコフ!」 とラフマーノフが呼び出した。 「金のシャンデリアですよ、ほら、市場物の。」 「ガラスの飾り付き。」 「照明!」 イワン・プラトーノヴィチは号令した。 「シャンデリアは美術館級の本物だ。アレクサンドル朝のアンピール様式だ。」 「こぼしてる!」 「暗転!」 「ナズヴァノフ、もう一度絨毯を描写しろ。」 「まだ何が必要なのか分かりませんでした。すみません。」 不意を突かれて、私は「考えていませんでした」と弁解した。 「次は考えろ。」 「誤りを正せ。何もせず手をこまぬいて一秒も座っているな。」 「よく覚えておけ。印象を正確に描写させるまで、私は二度でも四度でも聞き返す。」 「プーシチン!」 「こぼしました。」 「二度もこぼしました。」 結局ラフマーノフは、私たちが指定された品々を最も細かなところまで観察し、描写するところまでやらせた。 そのため、私は五回も呼び出されねばならなかった。 こうした神経を使う作業が、全速力で三十分ほど続いた。 そのせいで目はひどく疲れ、注意は張り詰めた。 こんな極限の強度で、長く授業を続けることはできない。 ラフマーノフもそれを知っているので、授業を二つに分ける――各三十分ずつに。 私たちはいったん練習を中断し、舞踏の授業へ行った。 その後またラフマーノフのクラスがあり、最初の三十分と同じことをやった。ただしカウントは二十までに短くなった。 イワン・プラトーノヴィチは、練習を三〜五秒まで縮めると言っている。 「これで注意を研ぎ澄ます!」 と彼は言った。 いま、今日のイワン・プラトーノヴィチの授業を日記に書きつけながら、疑いが湧いてくる。イワン・プラトーノヴィチの授業で起きることを、詳しく速記のように記す必要があるのか、価値があるのか? それとも、こうした練習は別のノートに書いたほうがいいのだろうか? その記録を、実践練習の索引――いわば課題集、あるいは「トレーニングと教練」とでもいうものにする。イワン・プラトーノヴィチ自身が自分の授業をそう呼んでいる。 そうしたメモは日々の練習に役立つだろうし、いずれは演出や教授のときにも役に立つかもしれない……。 決めた。 これからはノートを二冊持つ。一冊(このノート)では日記を続け、トルツォフが教える芸術の理論を書きとめる。もう一冊には、ラフマーノフとともに行う実践練習を書く。 それは「システム」の課題集――「トレーニングと教練」クラス用の課題集になる。 … … … … … … … 19..年 トルツォフは今日も、舞台上の注意の対象を光で図解する説明を続けた。 彼は言った。 「これまでは点としての対象を扱ってきた。 だが今度は、いわゆる注意の円を見せよう。 それは一つの点ではなく、小さな一画の全体で、そこには多くの独立した対象が含まれている。 目は次々にそれへ飛び移るが、注意の円が描く境界を越えない。」 トルツォフの導入のあと暗転し、次の瞬間、私が座っていた机のそばの大きなランプが点いた。 シェードが、丸い光の斑を下へ落とし、私の頭と両手を照らした。 その光は、こまごまとした小物でいっぱいの机の中央を、愉快に明るく照らした。 舞台と客席の巨大な塊は、残らず不気味な闇に沈んだ。 それだけに、闇に縁取られた明るく限られた円の中へ、注意を吸い込むかのようなランプの光の斑の中で、私はいっそう居心地よく感じた。 「この机の上の光の斑は」トルツォフは言った。「小さな注意の円を図解している。」 君自身――いや正確には、光の帯に入った君の頭と両手が、その中心にある。 この円は、写真機の小さな絞りに似ていて、対象の最も微細な部分まで細部化する。 トルツォフの言うとおりだった。実際、狭い光の輪の中で机の上に置かれた小物はみな、ひとりでに注意を引き寄せた。 完全な闇の中で光の輪の中に入っただけで、たちまち誰からも隔てられた気がする。 そこでは――光の輪の中では――まるで家にいるようで、誰も怖くないし、何も恥ずかしくない。 闇の中から四方八方の大勢の他人の目が、自分の生活を見ていることも忘れてしまう。 この小さな光の輪の中では、自分の部屋よりも、いっそう「家」にいる気がする。 自分の部屋では好奇心の強い家主が鍵穴から覗き見するが、小さな輪では、それを縁取る闇の黒い壁が、透けないものに思えるのだ。 こうした狭い光の輪の中では――注意が集まっているときのように――物を最も微細なところまで観察するのが容易なだけではない。最も親密な感情や思考で生き、複雑な行為を遂行することもできる。難しい課題も解けるし、自分の感情や思考の微妙なところを見分けることもできる。相手と交わり、相手を感じ、最も内密な思いを打ち明け、過去を記憶の中で呼び戻し、未来を夢想することもできる。 トルツォフは私の状態を理解した。 彼はフットライトのすぐそばまで来て、活気をこめて私に言った。 「早く気づきなさい。君がいま味わっているこの状態は、私たちの言葉では『公の孤独』と呼ばれる。 公であるのは、ここに私たち全員がいるからだ。 孤独であるのは、小さな注意の円が君を私たちから切り離しているからだ。 公演では、千人の群衆の目の前でも、君はいつでも、貝殻の中の蝸牛のように孤独へ閉じこもれる。」 「次に中くらいの注意の円を見せよう。」 暗転した。 続いて、家具の一群を含むかなり広い空間が照らし出された。机、椅子、ピアノの角、暖炉、そしてその前の大きな肘掛け椅子。 私はその円の中心にいた。 その空間全体を、一度に目で捉えることはできなかった。 部分ごとに観察せねばならなかった。 円の中の一つ一つの物が、別個の独立した対象点だった。 ただ困ったのは、光の面積が増えたために半影が生じたことだ。 その半影が円の外へはみ出し、そのため円の壁は密ではなくなった。 それに、私の孤独が広すぎるものになってしまった。 小さな円を独り者の部屋に喩えるなら、中くらいの円は家族の部屋に似ているだろう。 十部屋もある空っぽで冷たい邸宅に、一人ぼっちで住むのが居心地悪いように、私もまた、あの可愛い小さな注意の円を取り戻したくなった。 だが私がそう感じ、そう考えたのは、一人でいる間だけだった。 照らされた円の中へシュストフ、プーシチン、マロレトコワ、ヴューンツォフ、その他が入ってくると、私たちはそこにようやく収まるほどだった。 肘掛け椅子、椅子、ソファに座って一団ができた。 面積が大きいと、幅広い行為のための余地ができる。 広い空間では、親密なことよりも一般的な事柄のほうが話しやすい。 そのおかげで、中くらいの円の中には、生きた若々しい熱のある民衆の場面が容易に生まれた。 それは注文して再現できるものではない。 今日トルツォフが示した中くらいの光の円も、小さな円と同様に、注意の面積が広がる瞬間の俳優の感覚を、私に味わわせた。 ちなみに面白い細部だが、今日の授業の間、私は一度も、舞台での憎い敵――舞台口の黒い穴――を思い出さなかった。 驚くべきことだ! 「さあ、これが大きな円だ」居間全体が明るい光で照らされたとき、トルツォフは言った。 ほかの部屋はまだ暗かったが、注意はもう広い空間の中で迷い始めた。 「さあ、これが最大の円だ!」 . ほかの部屋が突然、全面の光で照らされたとき、アルカージー・ニコラエヴィチが叫んだ。 私は広い空間に溶けてしまった。 「最大の円の大きさは、見る者の遠視の度合いによる。ここ、この部屋では、可能な限り注意の面積を広げた。 だが、もし今ここが劇場ではなく、草原や海の上だったなら、注意の円の大きさは、遠い地平線の線によって定まっただろう。 舞台では、その遠景の線を、美術家が書割に描く。」 「さて」アルカージー・ニコラエヴィチは少し間を置いて告げた。「同じ練習を、今度は暗闇ではなく明るい中で繰り返す。 フットライトとソフィットが全開のこの状態で、まず小さな注意の円と、その中の公の孤独を作れ。それから中くらいの円と大きな円を。」 弟子たちを助けるために、トルツォフは、全面の光で散らばってしまう注意を留めるための技術的なやり方を示した。 そのためには、部屋の中にある物そのものの線で、視覚の注意のために定める面積――つまり円――を区切ってやらねばならない。 たとえば、いろいろな物が並べられた丸い机がある。 その天板の面積が、明るい中での輪郭のはっきりした小さな注意の円になる。 それから床には、かなり大きな絨毯があり、その上に家具が置かれている――これが明るい中での中くらいの円だ。 別の、もっと大きな絨毯が、明るい中での大きな円をはっきり輪郭づける。 床が露出しているところでは、トルツォフは床板の四角い模様を、必要な数だけ数える。 確かにそれでは、定めた円の線を固定し、その範囲に注意を留めるのは難しい。だがそれでも、四角形は助けになる。 「そして住まい全体――これが明るい中での最大の注意の円だ。」 面積が広がるにつれ、私の絶望とともに、舞台口の黒い穴がまた舞台へ入り込み、私の注意を奪った。 そのせいで、私を一度は希望づけてくれた先ほどの練習は、価値を失ってしまった。 私はまた無力感を覚えた。 私の様子を見て、アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「注意を操るのに役立つ、もう一つの技術的な手段を話そう。 こういうことだ。明るい中で円を広げていくと、君の注意の面積は増える。 だがそれは、頭の中で描いた円の線を保てる間だけ続く。 定めた境界が揺らぎ、溶け始めたら、すぐ円を、視覚の注意が届く範囲まで縮めなければならない。 だが、まさにその瞬間にしばしば破局が起こる。注意が君の支配から滑り落ち、空間に溶けてしまうのだ。 そうなると、また注意を集め直し、向け直さねばならない。 そのためには、対象点の助けにすぐ頼りなさい。たとえば、いままた点いた、机の上の箱の中のこの電球でもいい。 闇の中で見えたほど明るくないのは構わない。いまでもそれは注意を引きつけるのに十分だ。 それで注意を一分ほど固めたら、中心にランプを置いた小さな明るい円をまず作りなさい。 次に、明るい中で中くらいの注意の円を定め、その中にいくつかの小さな円を作りなさい。」 私たちは命じられたことをすべてやった。 だが注意の面積が限界まで広がると、私はまた舞台の巨大な空間に溶けてしまった。 全面照明の中で、丸い机の上の箱の中のランプがまた点いた。 「早くその対象点を見ろ!」 トルツォフが私たちに叫んだ。 私は、明るい中で燃えているそのランプに目を食らいつかせ、周囲が闇に沈み、大きな円が中くらいの円へ変わっていくのを、ほとんど気づかずにいた。 それから中くらいの円は小さな円へ縮んだ。 さらに良い! これは私の好きなもので、私は自由にそれを支配できる。 その後アルカージー・ニコラエヴィチは、暗闇の中で、私たちにおなじみの小さな円から大きな円へ、そして大きな円から小さな円へ、また小さな円から大きな円へ、そして戻る――という移行を行った。 そうした移行を十回ほど繰り返し、ついには私たちにもある程度、習慣になった。 だが十回目のあと、最大の円で舞台全体が明るく照らされたとき、トルツォフが叫んだ。 「明るい中で中くらいの円を探せ。そして視線をその中で自由に歩かせろ。 止まれ! 注意が散った! すぐ救いのランプにまた食らいつけ! そのために明るい中でも点けてあるんだ。 そうだ! よし! さあ、明るい中で小さな円だ。 中心にランプが燃えているなら難しくない。 その後、今度は逆順に、危ない瞬間には救いの対象点であるランプにしがみつきながら、明るい中で大きな円へ戻っていった。 こうした明るい中での移行も、何度も行われた。 「大きな円で迷ったら」トルツォフは終始言い聞かせた。「すぐ対象点にしがみつけ。 そこで踏みとどまったら、小さな円を作り、次に中くらいの円を作れ。」 トルツォフは、注意を散らさずに、小さな円から大きな円へ、そして逆へ移行する、無意識の機械的な習慣を私たちに作ろうとしている。 私はまだその習慣を身につけていないが、それでも、広がっていく円の中で公の孤独へ退避するやり方が、舞台上で自然な欲求に変わり得ることは理解した。 「君はこのやり方を、巨大なコンサートの舞台に立ったときに初めて、十分に評価するだろう。 そこでは俳優は、まるで砂漠のように、無力感を覚えるのだ。」 そこで君は、自分を救うには、中くらいの円と小さな円を完璧に支配することが必要だと分かるだろう。 恐ろしい恐慌や狼狽の瞬間には、こう覚えておかねばならない。大きな円が広く、空虚で荒涼としているほど、その内側の中くらいの円と小さな円は、より狭く、より密でなければならず、『公の孤独』もいっそう閉じたものにならねばならない。 少し間を置いてから、トルツォフは、小さな円と中くらいの円の新しい一群の光の実演へ移った。私たちはさっきまでその中心にいたが、今度は暗闇の中、光の斑の外側にいた。 すべてのランプが消え、それから突然、隣の食堂の吊り下げランプが点いた。 そこでは、丸い光の斑が食卓の白いテーブルクロスへ落ちていた。 「これが、君たちの外にある小さな注意の円だ。」 それからその円は、私たちの外にある中くらいの円の大きさまで広がった。 隣室の全体を照らし、次には、私たち自身のいる暗い部屋を除く、ほかのすべての部屋を覆った。 「これが、君たちの外にある大きな注意の円だ。」 暗い居間からは、私たちの視覚が届く最も遠い点に至るまで、周囲で行われていることを観察するのに都合がよかった。 私は観察の対象として、外にある個々の対象点も、外にある小さな・中くらいの・大きな注意の円も選べた。 外にある、あらゆる大きさの円の同じ練習が、全面の明かりの中でも行われた。 今度は居間もほかの部屋もすべて照らされていた。 私たちは、外にある注意の円を、さきほど自分が円の中心にいたときと同じように、頭の中で定め、縮め、広げねばならなかった。 … … … … … … … 19..年 今日の授業の初め、私は興奮のあまり叫んだ。 「舞台で小さな円と、永遠に離れずにいられたら!」 「離れなければいい。」 「君の意志次第だ」トルツォフは答えた。 「でも、シェード付きのランプをどこへでも持ち歩いて、傘みたいに掲げて歩くわけにはいきません。」 「それはもちろん勧めない。 だが君は、小さな注意の円を、舞台だけでなく生活の中でも、どこへでも持ち歩ける。」 「どうやって?」 「ほら、今に分かる。 舞台へ行って、家にいるように暮らしなさい。立ち、歩き、座り替えてみろ。」 私は行った。 完全な暗転になった。すると突然どこからか丸い光の斑が現れ、私と一緒に動き始めた。 私は部屋を歩き回ったが、円は私について来る。 そこで信じがたいことが起きた。私はピアノのところに腰を下ろし、『デーモン』の旋律を弾いた――私が弾ける唯一の曲を。 この異常な事実は、正しく評価するために注釈が要る。 私はまったく音楽家ではなく、家でも、ほんとうにほんとうに一人きりのときにだけ、こっそり弾く。 誰かが私の拙い音を聞いて、弾いている最中に部屋へ入ってくるのが最悪だ。 そうなると私は蓋をばたんと閉め、赤くなり、言ってみれば、喫煙を見つかった中学生みたいに振る舞う。 ところが今日は、私は公衆の前でピアニストとして演奏しているのに、少しも気後れせず、恥じらいなく、しかも少しは楽しみながら弾いていた。 信じられない! 奇跡だ! これはどう説明できる? ! もしかすると、注意の円は生活より舞台の上で、より密に私たちを守り、俳優はそこで、それを現実より強く感じるのだろうか? それとも注意の円には、私の知らない別の性質があるのか? 学校にいる短い時間の間に教えられた創造の秘密の中でも、移動する小さな注意の円は、私には最も本質的で、実用上の価値が大きいものに思える。 移動する注意の円と『公の孤独』――これこそが、これからの私の、舞台のあらゆる穢れに対する砦だ。 それらの意味をよりよく説明するため、トルツォフは私たちにインドの寓話を話した。 内容はこうだ。 マハラジャは大臣を選んでいた。 町を囲む城壁の上を、縁まで牛乳で満たした大きな器を持って歩き、一滴もこぼさない者を採る、というのだ。 多くの者が歩いたが、途中で呼び止められ、脅され、気を逸らされて、こぼしてしまった。 「こいつらは大臣ではない」マハラジャは言った。 だが、ある一人が歩き出した。 叫びも脅しも策も、彼の目を満ちあふれた器から逸らせなかった。 「撃て!」 と君主は叫んだ。 撃ったが、それでも駄目だった。 「こいつが大臣だ」マハラジャは言った。 「叫び声は聞こえたか?」 と彼はその男に尋ねた。 「いいえ?」 「脅されたのを見たか?」 「いいえ。私は牛乳を見ていました。」 「銃声は聞こえたか?」 「いいえ、君主よ! 私は牛乳を見ていました。」 「これが『円の中にいる』ということだ!」 「これが真の注意だ。しかも暗闇ではなく、明るい中での!」 とトルツォフは話を結んだ。 「では君たちも、フットライトが全開の明るい中で、その試みをやってみなさい。」 残念ながら、私たちがマハラジャの大臣の職に就けそうもないことが分かった! 明るい中では、私はそこで『公の孤独』を作れなかった。 そこへ、イワン・プラトーノヴィチが新しい工夫で助け舟を出した。 彼は私たちに、サーカスで女性騎手が飛び越えるような、葦の輪を配った。 輪には大きいものと小さいものがあった。 その輪を身につけ、手で支えて自分が中心に来るようにすると、円の中に入れる。触れられる輪の線が、円の輪郭線を明確に固定された境界として保つ助けになるのだ。 その輪を持って部屋を歩き回ると、本来は頭の中で持ち歩くべき移動する注意の円が、見えて触れられる。 何人か、たとえばプーシチンには、ラフマーノフの工夫が効いた。 太った男は言った。 「ディオゲネス……樽の中……って気分だ。」 「腹回りには狭いが、孤独と芸術のために耐える。」 私のほうは、移動する円が突きつける難題に、私なりの適応の仕方を見つけた。 今日、通りでその発見をしたのだ。 不思議なことに、大勢の歩行者、走る路面電車や自動車の中のほうが、舞台よりも、小さな注意の円の線を頭の中で自分に描き、それと一緒に通りを歩くのが容易だった。 私はアルバートの最も人の多い場所で、こう自分に言って、容易にそれをやってみせた。『これが私が定める円の線だ。自分の肘まで。脇の下から突き出ている鞄の端まで。自分の足が前に投げ出すつま先より先へは行かない。 これが、注意が広がってはならない境界だ』と。 驚いたことに、私は注意をその境界内に留めておけた。 だが人混みでそれをやるのは、決して安全ではなく、悪い結果を招きかねなかった。誰かの足を踏み、菓子の露店をひっくり返しかけ、知り合いに挨拶しそこねたのだ。 それで私は、円の境界を中くらいの円の範囲まで広げざるを得なかった。中くらいの円は、身体の外へかなり広がる。 それは安全になったが、注意には難しくなった。より広い円を、まるで通り抜けの中庭のように、向かって来る人や私を追い越す人が、ひっきりなしに横切っていくからだ。 円がなければ広い空間では、私は彼らに目も向けなかっただろう。だが観察のために定めた狭い境界の中では、私にとって面白くもない見知らぬ人々が、意に反して、望む以上に目立ってしまう。 彼らは私の注意を引き寄せた。 虫眼鏡や顕微鏡の小さな視野の中では、細かなものが何でも目に飛び込んでくるのと同じだ。 私の移動する円でも同じことが起きた。 鋭敏になった注意が、視界に入るものを片端から捉えてしまうのだ。 私は注意の円の拡大と縮小も試してみたが、この実験はやめざるを得なかった。地下の階へ下りる階段の段を、危うく全部数え始めるところだったからだ。 アルバーツカヤ広場まで行くと、視線が捉えられる最大の大きな円を取った。すると、その中の線はたちまち全部が溶け合い、にじんでしまった。 そのとき私は、切羽詰まったクラクションと運転手の罵声を聞き、危うく私を轢きかけた自動車の鼻面を見た。 「大きな円で迷ったら、すぐ小さく縮めろ」――トルツォフの言葉が思い出された。 私はそのとおりにした。 私は独り言を言いながら考えた。「妙だな。どうして広大なアルバーツカヤ広場や人通りの多い通りでは、舞台よりも孤独が作りやすいのだろう。 あそこでは誰も私に構わないのに、舞台では皆が俳優を見なければならないからではないか。 それは劇場の避けられない条件だ。 劇場は、舞台と、行為する人物の『公の孤独』を見るためにこそ存在するのだから。」 同じ日の夜、偶然が私にさらに教訓的な授業を与えた。 こういうことが起きた。私はX教授の講義に出ていた。 私は冒頭に遅れ、講師が静かな声で論旨と基本命題を組み立てているまさにそのとき、満員の会場へ慌てて入っていったのだ。 「シッ……静かに!」 「聞かせろ!」 と四方八方から私に怒鳴りつけられた。 自分が全体の注意の中心になったと感じると、私はあの披露公演の『オセロ』のときと同じように狼狽して、集中力をすっかり失った。 だが私はすぐ、ほとんど反射的に注意の円を移動する小さな円の範囲まで縮めた。するとその中の対象点はどれも、席番号を探せるほどはっきりした。 それで私は落ち着き、すぐその場で公然と、慌てずに、注意の円を大きいほうから小さいほうへ、また小さいほうから大きいほうへと広げ縮めする練習を続けた。 そのとき私は、自分の落ち着き、ゆったりした動き、自信が群衆に好印象を与え、叫び声が止んでいくのを感じた。 講師まで立ち止まり、ひと息ついたほどだ。 そして私は、皆の注意を自分に留めさせ、それを手の中に握っていると感じるのが心地よかった。 今日私は、理屈ではなく実地で、つまり感覚として、移動する注意の円の有用さを知った。 … … … … … … … 19..年 アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「これまでは、自分たちの外にある対象へ向けられた注意を扱ってきた。しかもその対象は死んでいて、生かされず、『もし』や『与えられた状況』や想像の虚構によって温められてはいなかった。 私たちに必要だったのは、注意は注意のため、対象は対象のため、ということだった。 だが今度は、外側の現実の生活ではなく、内側の想像上の生活における対象と注意について話す。 では、その対象とは何か? 魂の内側を覗き込めば、その構成要素――理性も、感情も、注意そのものも、想像力も――全部見えるはずだと思っている者もいる。 さあヴューンツォフ、自分の魂の中を覗いてみなさい。そこに注意と想像力を見つけてみろ。 「どこを探せばいいんです?」 「どうしてイワン・プラトーノヴィチが見えないんです?」 「どこですか?」 アルカージー・ニコラエヴィチは不意に尋ねた。 皆があたりを見回し、それから何かを考え込んだ。 「君の注意はどこをさまよっている?」 トルツォフはヴューンツォフに尋ねた。 「劇場じゅうでイワン・プラトーノヴィチを探しています。家にも寄ってみたり……。」 「では想像力はどこだ?」 トルツォフは尋ねた。 「注意と同じところです。探してます」ヴューンツォフは大満足で結論した。 「では新鮮なイクラの味を思い出しなさい。」 「思い出しました」と私は答えた。 「君の注意の対象はどこにある?」 「最初は、前菜のテーブルの大きな皿に盛られたイクラが浮かびました。」 「つまり対象は、頭の中では君の外にあったわけだ。」 「でもそのヴィジョンが、たちまち口の中――舌――に味覚の感覚を呼び起こしました」と私は思い出した。 「つまり――君の内側だな」とアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「注意はそこへ向かったのだ。」 「シュストフ!」 「サーモンの匂いを思い出しなさい。」 「思い出しました。」 「対象はどこだ?」 「最初はやっぱり、前菜のテーブルの皿の上でした」とパーシャは思い出した。 「つまり――外だ。」 「それから、口の中や鼻の中、要するに自分の内側です。」 「では次に、ショパンの葬送行進曲を思い出しなさい。 対象はどこだ?」 とアルカージー・ニコラエヴィチは確かめた。 「最初は外です。葬列のところに。」 「でも、オーケストラの音がどこか耳の奥深く――つまり自分の中で――聞こえます」とパーシャは説明した。 「注意はそこへ向かったか?」 「はい。」 「つまり、内的生活では、まず視覚的な表象を作る。――イワン・プラトーノヴィチの居場所であれ、前菜のテーブルであれ、葬列であれ――。そしてその表象を通して、五感のいずれかの内的感覚を刺激し、最終的にそこへ注意を固定するのだ。 つまり、想像上の生活で注意が対象へ近づくのは、直接ではなく間接の道筋――いわば別の補助的な対象を介して――ということだ。 五感については、そういう具合だ。 「ヴェリャミノワ!」 「舞台へ出るとき、君は何を感じる?」 トルツォフが尋ねた。 「何と言えばいいのか……」私たちの美人は動揺した。 「では今、君の注意はどこへ向いている?」 「分かりません……たぶん、楽屋に……舞台裏に……うちの劇場の……公演の始まる前の……披露公演の。」 「楽屋で君は何をしている?」 「どう言えばいいのか……衣装が心配で。」 「カタリーナの役のほうじゃなく?」 アルカージー・ニコラエヴィチは聞き返した。 「カタリーナも心配です。」 「では、何を感じる?」 「焦って、何もかも手からこぼれて……間に合わなくて……ベルが鳴って……それで、ここらへんが……それからここも……何かが締めつけられて……病人みたいに力が抜けて……」 「うっ!」 本当に目まいまでしてきた。 ヴェリャミノワは椅子の背にもたれ、美しい手で目を覆った。 「見てのとおり、今回も同じことが繰り返された。舞台へ出る前の、舞台裏の生活の視覚的印象が生まれた。 それが内的生活に反応を呼び起こした。別の言い方をすれば、『体験』を芽生えさせたのだ。それがさらに進めば、どうなるか――本当の失神に至ったかもしれない。 注意の対象は、現実の生活でも、そして――とりわけ――想像上の生活でも、私たちの周囲に惜しげもなく散らばっている。 想像は、実在する世界だけでなく、現実には不可能な幻想の世界まで描き出す。 おとぎ話は現実には実現しないが、想像の中では生きている。 この領域は、現実よりも比べものにならないほど対象が豊かだ。 私たちの内的注意の素材が尽きないことを、そこから判断しなさい。 だが難しさは、想像上の生活の対象が不安定で、しばしば捉えがたいことにある。 舞台上で私たちを取り巻く物質世界が、よく鍛えられた注意を要求するなら、不安定な想像上の対象では、その要求は何倍にも増す。 「では、内的注意の対象を安定させるにはどうすればいいんです?」 と私は尋ねた。 「外的注意を育てたのとまったく同じようにだ。」 「外的注意について君が知っていることは、そのまま同じ程度に、内的対象と内的注意にも当てはまる。」 「ということは、内的・想像上の生活でも、近い・中距離・遠距離の対象点や、小・中・大の、固定した注意の円や移動する注意の円を使える、ということですか?」 と私はトルツォフを問いただした。 「君は自分の内側でそれを感じている。 つまりそれは存在し、使わねばならないのだ。」 外的対象と内的対象、外的注意と内的注意の比較を続けながら、アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「君たちは、舞台で起きていることから、舞台口の黒い穴に何度も注意を逸らされたのを覚えているか?」 「もちろん覚えています!」 と私は叫んだ。 「では知っておきなさい。内的注意もまた、舞台の上で、役の生活から、俳優自身の人間としての生活の記憶へ、毎分のように逸れるのだ。 だから内的注意の領域でも、役にとって正しい注意と誤った注意、役にとって有益な注意と有害な注意の、絶え間ない闘争が起こる。 有害な注意は、私たちを正しい線から逸らし、フットライトの向こう側――客席へ、あるいは劇場の外へ――引っ張っていく。」 「つまり、内的注意を発達させるには、外的注意のためにかつて示したのと同じ練習を、頭の中で行えばいいのですね?」 私は問いをはっきりさせたかった。 「そうだ」とアルカージー・ニコラエヴィチは認めた。「あのときも今も必要なのは、第一に、舞台で、気にしてはならないもの、考えてはならないものから注意をそらす助けになる練習。第二に、内的注意を、役に必要なものへ釘づけにする助けになる練習だ。 この条件のもとでのみ、注意は外側でも内側でも、強く、鋭く、集中的で、持続するものになる。 それには大きな、長い、系統的な仕事が要る。 もちろん私たちの仕事では、第一に重要なのは内的注意だ。なぜなら、創造の過程で、俳優の舞台上の生活の大部分は、創造的な夢想と虚構――考案された『与えられた状況』――の平面で進行するからだ。 それらは俳優の魂の中で見えないまま生きていて、内的注意にしか届かない。 公の創造の散漫な環境の中で、千人の群衆の前に生き、存在のすべてを不安定な内的対象に集中させ、舞台で魂の目でそれを見ることを学ぶのは容易ではない。 だが習慣と仕事は、あらゆる障害を乗り越える。 「つまり、そのための特別な練習があるわけですね?」 と私は尋ねた。 「学校の仕事、そして舞台の仕事の過程には、それ以上に十分ある! それらは創造そのものと同様、外的注意――そしてとりわけ内的注意――に、ほとんど休みのない働きを要求する。 弟子や俳優がそれを理解し、自分の仕事に意識的に向き合うなら――家でも、学校でも、舞台でも――。この点で十分に規律があり、常に内的に集中的でいられるなら、安心していい。注意は、特別な練習がなくても、日々の仕事そのものによって必要な訓練を得る。 だが、そうした誠実な日々の仕事には、強い意志、粘り、忍耐が要る。そしてそれを持つ者は多くない。 だから舞台の仕事以外にも、私生活の中で注意を鍛えることができる。 そのために、想像力を発達させるのと同じ練習をしなさい。 それらは注意にも同じように有効だ。 眠りにつくとき、灯りを消したら、毎日、過ぎた一日の生活全体を見返す習慣をつけなさい。その際、記憶を最後の限界まで細部化しようと努めるのだ。つまり、昼食や朝のお茶のことを考えるなら、食べた料理だけでなく、料理が載っていた器や、机の上での全体の配置も思い出し、見なさい。 食卓の会話が呼び起こした思考や内的感受、そして食べたものの味も思い出しなさい。 別のときには、直近の日ではなく、もっと遠い生活の瞬間を思い出しなさい。 さらに細かく、かつて住んだり散歩したりした住まい、部屋、場所を、頭の中で観察しなさい。そして個々の物を思い出しながら、頭の中でそれを使うのだ。 そうすれば、かつてよく知っていた行為の連続と、昔の生活の一日の線へ戻れる。 それらも内的注意で細部まで確かめなさい。 身近な人々を、できるだけ鮮明に思い出そうとしなさい。生きていようと死んでいようと。 だが、この仕事のすべてにおいて、注意には大きな役割が与えられている。注意は練習のための新しいきっかけを得るからだ。 … … … … … … … 19..年 今日、アルカージー・ニコラエヴィチは未完の授業を続けた。 彼は言った。 「注意と対象は、君たちが知っているとおり、芸術の中ではきわめて持続するものでなければならない。 表面を滑っていく注意など要らない。 創造は、有機体全体の完全な集中を要求する――丸ごとだ。 では、持続する対象と、それへの完全な注意をどうやって得る? 君たちは知っている。 だから実際に確かめよう。 ナズヴァノフ! 舞台へ行って、丸い机の上の箱の中のランプを見なさい。 私は舞台へ行った。 まもなく照明が消え、一つのランプだけが残って、私の唯一の対象になった。 だが一分もすると、私はそれが憎くなった。 あまりにうるさく感じられて、床に叩きつけたくなるほどだった。 それをアルカージー・ニコラエヴィチに言うと、彼は私にこう思い出させた。 「舞台で注意を対象へ引きつけるのは、対象そのもの――このランプ――ではない。魅力的な想像の虚構だ。 虚構がそれを変身させ、『与えられた状況』の助けで対象を魅力的にするのだ。 だから君の空想の美しく胸騒ぎのする虚構で、すぐそれを取り巻きなさい。 そうすれば、うるさいランプは変貌し、創造を刺激するものになる。」 長い沈黙が続いた。その間私はランプを見ていたが、自分の「見ること」の根拠になるものを何も思いつけなかった。 ついにトルツォフが私を哀れんだ。 「手を貸そう。 このランプを、眠っているおとぎ話の怪物の、半ば開いた目だと思いなさい。 濃い闇の中では、その巨大な胴体の輪郭は見えない。 だからこそ、いっそう恐ろしく思えるだろう。 こう自分に言いなさい。『もしこの虚構が現実になったら、私は何をするだろう?』と。 おとぎ話の王子だって、怪物と決闘する前には同じ問いで考えるだろう。単純な人間の論理で解きなさい。獣の顔は君のほうへ向いていて、尾は遠く後ろにあるのだから、どちら側から攻めるのが目的にかなっているか。 作戦が下手でもいい。おとぎ話の英雄ならもっと上手くやるだろう。だがそれでも君は何かは考え出す。それで注意が、そしてその後に思考が、対象へ向かう。 そうすれば想像力も目を覚ます。 想像力が君を捉え、行為への衝動を生む。 そして君が行為し始めたなら、つまり対象を受け入れ、それを信じ、それと自分を結びつけたということだ。 つまり目的が生まれ、注意は舞台の外のすべてから逸れる。 だがこれは、注意の対象が変身する始まりにすぎない。」 課された課題は難しく思えた。 だが私は、『もし』は感情を強制したり搾り出したりせず、アルカージー・ニコラエヴィチの言う「人間の論理」に従って答えることだけを求めるのだ、ということを思い出した。 まず決めるべきはただ一つ――怪物にどちら側から襲いかかるのが適切か? そこで私は、論理的に、一貫して考え始めた。「この闇の中の光は何だ? と私は自分に問う。 眠っているドラゴンの半ば開いた目だ。 そうなら、そいつは正面から私を見ている。 見つからないように隠れなければならない」。 だが私は、動くのが怖かった。 どうする? 自分に課した問いを深く、細かく検討すればするほど、注意の対象は私にとって重要になっていった。 そしてそれに夢中になればなるほど、対象は私を強く催眠した。 突然ランプがちらりと瞬き、私はびくりとした。 それから光は強くなった。 それは目をくらませると同時に、私を動揺させ、怖がらせた。 怪物が私を見つけ、動いたように思えて、私は後ずさりした。 私はそれをアルカージー・ニコラエヴィチに言った。 「ついに君は、定めた対象を見ることができたな! それは最初の姿ではもはや存在せず、いわば消え去って、その代わりに、想像の胸騒ぎのする虚構に支えられた、まったく別の、より強いものが現れた(ランプだったものが――目になったのだ)」 そうして変身した対象は、内側にそれへの応答としての感情的反応を生む。 そうした注意は対象に興味を持つだけではない。俳優の創造の装置全体を仕事へ引き込み、それとともに創造的活動を続ける。 対象を変身させ、その後に注意そのものも、冷たい――知性的で理性的な――ものから、温かく、温められた、自然なものへ変身させる術を知らねばならない。 この用語法は、私たちの俳優の隠語で用いられている。 もっとも、「感覚的注意」という名称は私たちのものではなく、心理学者イ・イ・ラプシンのもので、彼が著書『芸術的創造』で初めて用いた。 結びに言えば、感覚的注意は、とりわけ私たちに必要であり、役の「人間精神の生活」――つまり私たちの芸術の主要目的――を創造する仕事において特に重んじられる。 それで、私たちの創造における感覚的注意の重要性を判断しなさい。 私の後、トルツォフはシュストフ、ヴェセロフスキー、プーシチンを舞台に呼び、彼らにも同じような実験をさせた。 繰り返しになるので、それは書かない。 … … … … … … … 19..年 叔父が病気になった。 私は授業に遅刻した。 授業中、私は何度も電話で呼び出された。 結局、授業が終わる前に帰らねばならなかった。 これに加えて、動揺と、トルツォフの話に入り込むのを妨げた散漫さを思えば、今日の記録が断片的で途切れ途切れなのも分かるだろう。 私が教室に入ったとき、ヴェセロフスキーと激しい議論の最中だった。 どうやら彼は、役のこと、技術上の手段のこと、観客のこと(注意から追い出せない)、時には複数の対象のことを同時に気にかけるのは、難しいどころか不可能だと言っていたらしい。 「それにはどれほどの注意が要るんです?」 とヴェセロフスキーは絶望して叫んだ。 「君はそんな仕事は自分には無理だと言うが、サーカスの曲芸騎手のジャグラーは、命がけでもっと難しい課題を見事にこなしている。」 実際、彼は脚と胴で疾走する馬の背の上でバランスを取り、目で額に立てた棒の平衡を見張る。その棒の先には大きな回転する皿があり、さらに三つか四つの球をジャグリングしなければならない。 いったい同時にいくつの対象を持っていることか! それでも彼は、勇ましく馬に声を飛ばす余裕さえある。 それができるのは、人間には多層的注意があり、各層が互いを邪魔しないからだ。 難しいのは最初だけだ。 幸い、多くのことは習慣によって自動的になる。 注意もまた同じようになり得る。 もちろん、もし君がこれまで、俳優は才能さえあれば勘だけで働けると思っていたなら、その考えを改めねばならない。 才能が仕事を伴わなければ、それは生の、未加工の材料にすぎない。 論争がどう決着したかは分からない。電話で呼び出され、医者へ行かねばならなかったからだ。 劇場と教室へ戻ると、ゴヴォルコフが前舞台に立ち、不自然に目をむいたまま、アルカージー・ニコラエヴィチが何かを熱心に説得していた。 「どうしたんだ?」 「何を言い争ってる?」 と私は隣に尋ねた。 「ゴヴォルコフが『客席から目を離しちゃいけない』と言ったんですよ」と隣は笑った。 「我々は群衆の前で演じるんだ!」 と論争者は叫んだ。 だがアルカージー・ニコラエヴィチは抗議し、「客席のほうへ」見てはならないと言った。 議論そのものには立ち入らず、トルツォフの考える、目を客席のほうへ向けてよい条件だけを書き留めておこう。 たとえば、俳優を客席から隔てるはずの想像上の壁を見ているとしよう。 そのとき、想像上の壁にある非常に近い対象点へ向けられた目は、どんな位置を取るべきか? それは、自分の鼻先を見るときとほとんど同じくらい強く寄り目にならざるを得ない。 では、俳優は圧倒的多数の場合、何をしているか? 壁を見ているつもりで、彼は一度身につけた習慣に従って、目をパルテールへ――演出家や批評家や、贔屓の女のいる席へ向けてしまう。 そのとき瞳は、近い対象に対して私たちの本性が要求する視線の角度になっていない。 俳優本人も、相手役も、観客も、そんな生理的な誤りに気づかないとでも思うのか? そんな異常さで、自分自身の――そして私たちの人間的経験を――欺けるとでも期待するのか? では別の場合を取ろう。役の上で君は、遠く、海の水平線のいちばん遠い線――そこに帆を見せて去っていく舟――を見なければならない。 私たちが遠くを見るとき、目の瞳がどんな位置を取るか思い出しなさい。 両方の視線がほとんど互いに平行になるほど、まっすぐになる。 その瞳の位置を得るには、いわばパルテールの奥の壁に穴を穿ち、頭の中で最も遠い想像上の一点を見つけ、そこに注意を止めねばならない。 ところが俳優は、その代わりに何をする? 彼はやはり、いつものように、目をパルテールの演出家や批評家、あるいは贔屓の女へ向けてしまう。 この場合も、自分と観客を欺けるとでも思うのか? 技術によって、対象を本来あるべき場所に置き、そこに注意を固定することを学び、舞台での視線の角度にとって空間が持つ意味を理解したなら――そのとき初めて、観客へ向けて前を見なさい。視線で観客を飛び越えてもよいし、逆に、届かないところで止めてもよい。 だがそれまでは、肉体的に嘘をつく習慣を警戒しなさい。 それは、若くまだ固まっていない装置の中で、注意を脱臼させる。 「では当面、いったいどこを見ればいいんです?」 とゴヴォルコフは尋ねた。 「当面は、舞台口の右・左・上のラインを見なさい。 心配するな――観客には君の目が見える。 必要なときには、目はそれ自体が、フットライトの向こう側にあるはずの想像上の対象のほうへ向きを変える。 それはひとりでに、直感的に、正しく起きる。 だが、その内的で潜在意識的な必要がないうちは、必要なサイコテクニックが身につくまでは、存在しない壁をまっすぐ見ることや、遠くを見ることは避けなさい。」 私はまた呼び出され、結局教室へは戻らなかった。 … … … … … … … 19..年 今日の授業でアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 — 俳優の注意という機能の実践面をより徹底して掘り下げるには、それを創造の材料を得るための道具として話す必要がある。 俳優は舞台の上だけでなく、生活の中でも注意深くなければならない。 自分を引きつけるものに、存在のすべてで集中しなければならない。 散漫な市井の人のように見るのではなく、観察しているものの奥へ踏み込むように見なければならない。 そうでなければ、私たちの創造の方法は片寄ったものになり、生活の真実や現代性から離れ、それらと何の結びつきもないものになってしまう。 生まれつき観察力を持つ人間がいる。 彼らは意志と無関係に、周囲で起きることをすべて見抜き、しっかり記憶に刻みつける。 しかも彼らは、観察したものの中から、最も重要で、面白く、典型的で、色彩のあるものを選び取る術を知っている。 そういう人の話を聞くと、観察力の乏しい人――生活の中で見ること・見えることができず、受け取ったものを像として語ることのできない人――の注意からは逃げてしまうものが、見え、理解できる。 残念ながら、生活の中で本質的で特徴的なものを見つけ出す、俳優に必要なこの注意を、誰もが持っているわけではない。 多くの場合、人は自分の基本的な利害のためでさえ、それができない。 まして、生活の真実を知るために、他人に対して繊細で慎重に向き合うために、真実で芸術的な創造のために、注意深く見たり聞いたりする術など持っていない。 それは、ごく少数の中のさらに少数にしか与えられていない。 人間の盲目さという光景のために、どれほど苦しまねばならないことか。それは、生来善良な人間でさえ、ときに無邪気な近親者の拷問者にしてしまい、聡明な人間を、目の前で起きていることに気づかぬ愚鈍者に変えてしまう。 人は、顔つき、眼差し、声の響きから、相手がどんな状態にあるかを見分けられない。生活の複雑な真実を、能動的に見て、見えることができない。注意深く聞いて、本当に聞こえることができない。 もしそれができたなら、創造は無限に豊かになり、繊細になり、深くなっただろう。 だが、人に生まれつき与えられていないものを押し込むことはできない。できるのは、その人にあるもの――たとえ僅かでも――を伸ばし、補うよう努めることだけだ。」 注意の領域では、この仕事には莫大な労力と時間と意欲と、系統的な練習が要る。 では、観察力の乏しい者に、自然と生活が与えるものを、気づかせ、見えるようにするにはどうする? まず彼らに教えねばならないのは、悪いものだけでなく、何より――美しいものを――見ること・見えること、聞くこと・聞こえることだ。 美は魂を高め、その中に最もよい感受を呼び起こす。それは感情記憶やその他の記憶に、消えない深い跡を残す。 最も美しいのは自然そのものだ。 だからこそ、それをできるだけじっと見つめなさい。 手始めに、花でも、葉でも、蜘蛛の巣でも、窓ガラスの霜の模様でも――何でもいい――を取りなさい。 それらはすべて、最大の芸術家である自然の作品だ。 その中の何が好きなのか、言葉で言い当てようとしなさい。 それが、注意を観察対象へいっそう深く入り込ませ、評価の際により意識的に向き合わせ、その本質へより深く踏み込ませる。 自然の陰鬱な側面も嫌がってはならない。 そしてここでも忘れるな。否定的現象の中には肯定的なものが隠れていること、最も醜いものの中にも美しいものがあり、同様に美しいものの中にも美しくないものがあることを。 だが真に美しいものは、醜いものを恐れない。 しばしば後者は、前者の美しさをいっそう際立たせるだけだ。 両方を探し、言葉で言い当て、知り、そして見えるようになりなさい。 そうでなければ、美の観念は片寄って、甘ったるく、綺麗ごとになり、感傷的になる。それは芸術にとって危険だ。 次に、芸術作品――文学、音楽、美術館の品、美しい物、その他――の同じような研究へ向かいなさい。目に入るものすべて、よい趣味と美への愛を養う助けになるものすべてを研究するのだ。 だがそれを、分析家の冷たい目で、鉛筆を手にしてやってはならない。 真の芸術家は周囲で起きることに燃える。研究と情熱の対象となる生活に引き込まれ、見たものを貪るように飲み込み、外から受け取るものを、統計屋としてではなく芸術家として刻みつけようとする。ノートにだけでなく、心に。 というのも、彼が手に入れるのは、単なる材料ではなく、生きて脈打つ創造の材料なのだから。 要するに、芸術では「冷たい方法」で働くことはできない。 私たちには、ある程度の内的加熱が必要だ。感覚的注意が必要なのだ。 それは創造の材料を探す過程にも当てはまる。 たとえば彫刻家が、そこからヴィーナスを作るために大理石の塊を探し、眺めるとき、彼はそれに心を動かされる。 石のある色合い、ある筋に、彼は未来の創造物の身体を予感し、感じ取る。 そして私たち舞台俳優にとって、創造の材料を手に入れるあらゆる過程の土台には没頭がある。 もちろんそれは、莫大な理性の仕事を排するものではない。 だが、冷たくではなく、熱く考えることだってできるではないか? 生活ではしばしば偶然が、注意の自然で強い興奮を助ける。すると散漫な人間でさえ観察的になる。 たとえば、私の生活の一場面を話そう。 私は用事があって、ある敬愛する有名な作家のところへ行った。 書斎へ通されると、私はたちまち驚きで立ちすくんだ。机は詩人の最近の創作作業を物語る原稿や紙や本で埋まり、そのそばには大きなトルコ太鼓、ティンパニ、巨大なトロンボーン、そして隣の居間には収まらなかったオーケストラの譜面台があった。 それらは、大きく開かれた両開きの扉から書斎へ入り込んでいた。 隣室は混沌だった。家具は無秩序に壁へ寄せられ、空いた面積は一面、譜面台で埋め尽くされていた。 「まさか詩人は、この環境で、太鼓やティンパニやトロンボーンの音の中で創作するのか?」 と私は思った。 これこそ、どんなに観察力の乏しい人間でも注意を引きつけ、謎を理解し説明するために何でもしようと思わせる、思いがけない発見ではないか。 だから私の注意も張り詰め、全力で働き始めたのは当然だ。 ああ、俳優たちが戯曲と役の生活に、私があのとき愛する人の家で起きていることに興味を持ったのと同じほど強く興味を持ってくれたなら! もし彼らが、現実の生活の中で周囲に起きていることに、いつでも同じ観察力で深く入り込んだなら! 私たちはどれほど創造の材料に富むことだろう! そのような条件では、探求の過程は真の芸術家にふさわしい形で進むはずだ。 だが忘れてはならない。周囲の現実そのものが私たちの注意を釘づけにし、興味をそそるときに観察するのは難しくない。 そのときはすべてが、ひとりでに、自然に行われる。 だが、何も好奇心に火をつけず、心を動かさず、問いや推測や、目に見えるものの研究へ押し出しもしないときはどうする? たとえば、私が有名作家の家へ行ったのがオーケストラの稽古の日ではなく、譜面台も運び出され、家具も定位置にある普段の日だったと想像してみなさい。 私は愛する作家の住まいに、ごく普通の、ほとんど小市民的な室内を見ただろう。それは一見して感受に何も語らず、有名な住人の生活を少しも特徴づけず、注意や好奇心や想像力を少しも刺激せず、問いも推測も観察も研究も促さなかったはずだ。 この場合に必要なのは、典型的でほとんど捉えがたい生活の特徴や暗示に気づかせる、まったく例外的な生来の観察力と注意の鋭さか、さもなくば、眠っている注意を揺り起こすための技術的な刺激、きっかけ、補助的な手段だ。 だが例外的な天賦の資質は、私たちの力ではどうにもならない。 技術的手段については、まず見つけ、知り、使いこなすことを学ばねばならない。ひとまず、実践で試され、君たちによく知られているものを取りなさい。 私が言っているのは、想像力を突き動かすことだ。君たちが以前、想像力が働かないときにそれを目覚めさせる助けになった、あの手段。 この手段は注意を目覚めさせ、他人の生活の冷たい観察者の状態から君を引き出し、創造の内的加熱の度合いを引き上げる。 以前と同じように、自分に問いを立て、正直に、誠実に答えなさい。誰が、何が、いつ、どこで、なぜ、何のために、いま見ていることが起きているのか? 住まいの中で、部屋の中で、君の興味を引く物の中で、何が美しいか、何が典型的か、何が所有者を最もよく特徴づけるか――それを言葉で言い当てなさい。 部屋や物の用途も言い当てなさい。 自分に問い、答えなさい。なぜ家具が、なぜ品々が、こうであって別様ではなく配置されているのか。それらが持ち主のどんな習慣を暗示しているのか。 たとえば、私がいま挙げた敬愛する作家を訪ねた件に即して、自分にこう問うのだ。 「なぜ、弓とトルコのスカーフとタンバリンがソファに転がっているのか? ここで誰が踊りや音楽をやっているのか? 家主自身か、それとも別の誰かか?」 この問いに答えるには、その未知の「誰か」を探さねばならない。 どうやって見つける? 問いただし、調べ、推測することで? 床に転がっている女帽子から、住まいに女性がいると推測できる。 それは机の上や、隅に積まれてまだ壁に掛けられていない額縁の肖像写真――最近この住まいへ引っ越した後の――によっても裏づけられる。 机の上に転がっているアルバムも調べてみなさい。 するとどこでも、同じ女性の写真がたくさん見つかるだろう。ある写真では美人、別の写真では小粋な不美人――だがいつも独創的だ。 それで君は、この家の生活が誰の気まぐれに支配されているのか、誰がここで絵を描き、踊り、誰がオーケストラを指揮しているのか、その秘密を解くことになる。 有名人の名の周りに生まれる推測や問いや噂も、君に多くを語るだろう。 その中から君は、著名な作家が、まさにその女性に恋しており、彼女をもとに戯曲や小説や物語の女主人公をすべて書いているのだと知る。 もしかすると、こうした推測や、君が否応なく認めざるを得ない自分勝手な虚構が、生活から集めた材料を歪めるのではないか、と怖くなるかもしれない。 怖がるな! しばしば、自分の補い(それを信じさえすれば)は、それをいっそう鋭くするだけだ。 この考えを裏づけるために、こういう例を挙げよう。あるとき大通りで通行人を観察していると、巨大で太った老女が小さな乳母車を押していた。その中にいたのは赤ん坊ではなく、マヒワの入った鳥籠だった。 おそらくその女は、手で持ち歩く代わりに、荷物を乳母車に載せただけなのだろう。 だが私は、現実を別の仕方で見たくなった。 そしてこう決めた。老女は子どもも孫も皆葬り、世界に残ったただ一つの愛する生き物は、籠の中のマヒワだけなのだ。だから彼女は、それを大通りへ連れ出して押している。ついこの間まで、ここで愛する最後の孫を押していたのと同じように。 この解釈のほうが、現実そのものより鋭く、舞台的だ。 それなら私は、観察をまさにこの形で記憶に刻みつけて何が悪い? 私は正確なデータを必要とする統計屋ではない。創造的感情が重要な芸術家なのだ。 自分の想像で色づけされたこの生活の情景は、いまも私の記憶に生き続け、舞台へ出たがっている。 周囲の生活を見つめ、そこから創造の材料を探すことを学んだら、次に、私たちに最も必要な材料――私たちの創造が主として拠って立つ材料――の研究に向かわねばならない。 私が言っているのは、個人的で直接的な交わり――魂から魂へ――から、生きた対象、つまり人間から受け取る感情だ。 感情の材料が特に貴重なのは、それが役の「人間精神の生活」を形作るからだ。この創造物こそが、私たちの芸術の主要目的である。 この材料を手に入れるのが難しいのは、それが目に見えず、つかまえどころがなく、輪郭が定まらず、内面でしか感じ取れないからだ。 もちろん、多くの見えない心の『体験』は、表情や目や声や話し方や動きや、身体の装置全体に反映される。 それは観察者の課題を容易にする。だがそれでも、人間の本質を理解するのは容易ではない。人はめったに、自分の魂を実際の姿のまま開いて見せないからだ。 多くの場合、人は『体験』を隠す。すると外側の仮面は人を欺き、観察者の助けにならず、隠された感情を推し量るのはいっそう難しくなる。 私たちのサイコテクニックは、ここで述べた過程をすべて容易にする手段をまだ作り出していない。だから私は、いくつかの実践的助言に限るしかない。それらは場合によって、多少の助けになる。 私の助言は新しいものではない。内容はこうだ。生活が与える状況の影響下で、観察している人の内的世界が、その行為、思考、衝動を通して開かれるとき――その行為を注意深く追い、状況を研究し、両者を照らし合わせ、自分に問いなさい。「なぜこの人はこうしたのか、別の仕方ではなく? 何を考えていたのか? 」そこから相応の結論を引き出し、観察対象に対する自分の態度を定め、その仕事全体で、その人の魂の構造を理解しようと努めなさい。 長い、踏み込んだ観察と研究の末にそれができたとき、俳優はよい創造の材料を得る。 だが、観察している人の内的生活が私たちの意識には従わず、直感にしか届かないこともある。 その場合には、他人の魂の深い奥へ踏み込み、いわば自分の感受の触手で、そこで創造の材料を探さねばならない。 この過程で私たちは、潜在意識に由来する最も微細な注意と観察力を扱う。 通常の注意は、生きた人間の魂――他人の魂――の中で材料を探すという過程を成し遂げるには、踏み込みが足りない。 もし私が、私たちの俳優のサイコテクニックがこの過程のために十分に発達しているなどと断言したなら、それは嘘だ。そんな欺きは、仕事に実践的な益をもたらさない。 意識には従わない、きわめて繊細な感情の創造材料を探すこの最も複雑な過程では、私たちが頼れるのは、生活の知恵と人間経験と感受性と直感だけだ。 科学が、他人の魂への実際に使える接近法を見つけてくれるのを待とう。魂の感情の論理と一貫性を、心理学を、性格学を読み解くことを学ぼう。 おそらくそれが、私たちを取り巻く外的生活だけでなく、人々の内的生活の中でも、潜在意識の創造材料を探す手段を作り出す助けになるだろう。 VI. 筋肉の解放 こういうことが起きた。 教室に入ると、アルカージー・ニコラエヴィチは、マロレトコワとヴューンツォフと私を舞台に呼び、金を燃やすエチュードを繰り返すよう命じた。 私たちは演じ始めた。 最初、第一部は、すべて順調だった。 だが悲劇の場面に近づくと、私の中で何かがぐらつき、次にぱたんと閉じ、締めつけられた……あそこが……ここも……。 私は腹が立った。 「負けるものか!」 ――そう決めて、外から自分を助けようとして、たまたまあった何かを力の限り押しつけた。それはガラスの灰皿だった。 だが押せば押すほど、私の魂の弁はますます固く閉じた。 そして逆に、弁が閉じれば閉じるほど、私は灰皿をいっそう強く押しつけた。 突然、何かがぱきりと鳴って砕けた。 同時に、鋭く刺すような痛みが走り、温かい液体が手を濡らした。 机の上にあった白い紙が赤く染まった。 カフスも赤かった。 血が噴水のように手から流れ出た。 私は怖くなり、めまいと吐き気の兆しを感じた。 その後、気を失っていたのかどうか分からない。 ただ、騒ぎだけは覚えている。 ラフマーノフとトルツォフのことも覚えている。 一人が私の手を痛いほど強く押さえ、もう一人が縄でそれを縛っていた。 最初は私を連れて歩き、それから運んだ。 ゴヴォルコフが、重い荷のせいで、私の耳元でひどく息を荒くしていた。 私は、彼の私への態度に心を動かされた。 医者のことも、彼が私に与えた痛みも、霧の中のように覚えている。 それから、ますます強くなる脱力……めまい……。 どうやら失神状態になったらしい。 私の劇場生活はしばらく中断した。 当然、日記の記録も途切れた。 日記には私生活の場所はない。ましてベッドに寝ているだけの、こんな退屈で単調な生活など。 … … … … … … … 19..年 いまシュストフが見舞いに来て、学校で起きていることをたいへん生き生きと語ってくれた。 どうやら、私の事故が授業計画に影響し、先へ進んで――身体の仕事の領域へ――踏み込ませたらしい。 トルツォフは言った。 「プログラムの厳密な体系性、理論的な順序を崩さざるを得ない。予定より早く、俳優の仕事の重要な一点――筋肉を解放する過程――について話さねばならない。 本来この問題の位置は、外的技術、つまり身体の仕事について語るところにある。 だが事実が強く語っている。より正しいのは、いま――プログラムの初め、内的技術、いや正確にはサイコテクニックについて語っているところで――この問題に取りかかることだ。 君たちは想像もできまい。筋肉の痙攣と身体の締めつけが、創造の過程にとってどれほどの害悪か。 それが発声器官に生じると、生まれつき美しい声を持つ人間でさえ、かすれ、しゃがれ、ついには発声能力を失うこともある。 締めつけが脚に定着すれば、俳優は麻痺患者のように歩く。締めつけが手にあれば、手はこわばって棒になり、遮断機のように持ち上がる。 同じ締めつけは、その結果のすべてとともに、背骨、首、肩にも生じる。 それらは場合ごとにそれぞれの仕方で俳優を歪め、演技の妨げになる。 だが最悪なのは、締めつけが顔に定着し、顔を歪め、表情を麻痺させたり、石のように固めたりするときだ。 すると目がむき出しになり、筋肉の痙攣が、そのとき俳優が『体験』している感情にふさわしくない、不快な表情を顔に与える。 締めつけは横隔膜や、呼吸の過程に関わる他の筋肉にも現れ、呼吸の正しさを乱して息切れを起こすこともある。 これらの条件が、『体験』にも、その外的具現にも、俳優の全体の感覚にも、有害に作用しないはずがない。 肉体的緊張が私たちの活動・能動性のすべてをどう麻痺させるか、筋肉の緊張が人間の精神生活をどう縛るか、確かめたいか? では実験しよう。ほらあそこ、舞台にピアノがある。持ち上げてみなさい」。 弟子たちは強い肉体的緊張を伴って、代わる代わる重いピアノの角を持ち上げた。 「さあ、ピアノを支えたまま、37×9をすぐに計算しろ! ――」トルツォフは弟子に命じた。 「できないか? なら、路地の角から始めて、うちの通りの店を全部思い出せ。 それもできないか? なら『ファウスト』のカヴァティーナを歌え。 出ないか? では、腎臓入りソリャンカの味を感じてみろ。あるいは絹のプラッシュに触れた感覚、焦げ臭い匂いを思い出せ」。 トルツォフの課題を果たすために、弟子は必死に持ち上げていたピアノの角を下ろし、ひと息ついてから、問いのすべてを思い出し、それを理解し、順に答え始めた。求められた感覚を自分の中に呼び起こしながら。 「つまり」トルツォフは総括した。「私の問いに答えるには、重いピアノを下ろし、筋肉をゆるめ、その後で初めて記憶に身を委ねねばならなかった。 これは、筋肉の緊張が内的作業を、まして『体験』を妨げることを示してはいないか。 肉体的緊張があるかぎり、正しい繊細な感受や、役の正常な魂の生活はあり得ない。 だから創造を始める前に、行為の自由を縛らないよう、筋肉を整えておかねばならない。 それをしなければ、舞台で、書物『芸術におけるわが生涯』に語られているようなことに行き着く。 そこには、俳優が緊張のあまり拳を握りしめて爪を掌に食い込ませたり、足の指を握りしめて体重のすべてでそれを押しつぶしたりした、とある」。 「そして、さらに説得力のある新しい例がある――ナズヴァノフの事故だ! 彼は自然の法則を破り、自然に暴力を振るった罰を受けた。 この哀れな男が早く回復し、彼に起きた不幸が、彼自身にも君たち全員にも、舞台で決してしてはならないこと、そして一度きりで永遠に自分の中から断ち切るべきことの、教訓的な例となるように」。 では、締めつけや肉体的な力みから――一度きりで永遠に――解放されることは可能なのか? アルカージー・ニコラエヴィチはこのことについて何と言ったのか? アルカージー・ニコラエヴィチは、強い筋肉緊張に苦しんだ俳優について、『芸術におけるわが生涯』に書かれていることを思い出させた。 彼は、絶え間ない機械的な自己点検の習慣を自分の中に作り上げた。 舞台の敷居をまたぐと同時に、彼の筋肉はひとりでにゆるみ、余計な収縮から解放された。 同じことは、舞台での創造の困難な瞬間にも起きた。 「驚いた!」 私はその幸運な人を羨んだ。 「だが、強い筋肉の痙攣だけが俳優の正しい働きを乱すのではない。 どこか一箇所の、ごく些細な締めつけでも――自分ではすぐ見つけられないものでも――創造を麻痺させ得る」パーシャはトルツォフの言葉を思い出しながら続けた。 「たとえば、これを裏づける実例がある。 ある女優は、素晴らしい才能とテンペラメントを持ちながら、それをいつも発揮できたわけではなかった。 それができたのは、まれで偶然の瞬間に限られていた。 多くの場合、彼女の感情は単なる肉体的緊張(私たちの言い方では『力み』)に置き換えられていた。 彼女には筋肉をゆるめる仕事が非常に多く施され、その点では多くを達成できたが、それでも効き目は部分的だった。 まったく偶然に、役の劇的な場面では、女優の右眉がほんのわずか緊張することが見つかった。 そこで、難しい箇所へ移るときには、顔からあらゆる緊張を外し、完全な解放にまで持っていく、という機械的習慣を身につけるよう提案された。 それがうまくいくと、身体全体の緊張もひとりでにゆるんだ。 彼女はまるで変身した。身体は軽く、表現的になり、顔は動きのあるものとなって、役の魂の生活の『体験』を鮮やかに表すようになった。内的感情は、潜在意識の奥から、まるで袋から放たれたかのように、自由に外へ出られるようになった。 その自由を自覚して、女優は魂に溜まっていたものを喜びとともに注ぎ出し、それが彼女に霊感を与えた」。 … … … … … … … 19..年 今日私を見舞ったウムノーヴィフは、トルツォフが、身体は余計な緊張のすべてから完全に解放することはできない、と言ったのだと断言する。 その課題は、不可能なだけでなく、そもそも不要なのだとも言ったらしい。 一方シュストフは、やはりトルツォフの言葉として、筋肉はゆるめねばならない、しかも舞台でも生活でも絶えずだ、と断言する。 そうしなければ、締めつけや痙攣が極限に達し、創造の瞬間に生きた感情の芽を窒息させてしまいかねない。 だが、筋肉を完全にゆるめることはできないのに、ゆるめる必要はある――この矛盾はどう両立させる? それに対して、ウムノーヴィフのあとで訪ねてきたシュストフは、だいたい次のように言った。 「神経質な人間では、筋肉の緊張は生活のあらゆる瞬間に不可避だ。 俳優でも、人間である以上、公開の実演では必ず生じる。 背中の緊張を減らせば肩に出る。そこから取れば、ほら、横隔膜へ移っている。 こうして締めつけは、あちらこちらに絶えず現れる。 だから、この欠点とは常に、倦まず弛まず戦わねばならない。決して戦いをやめてはならない。 悪を根絶することはできない。だが戦うことは必要だ。 戦いとは、自分の中に観察者――監視者――を育てることだ。 監視者の役割は難しい。生活でも舞台でも、余計な緊張や締めつけや痙攣がどこにも現れないよう、絶えず見張らねばならない。 締めつけがあれば、監視者はそれを取り除かねばならない。 この自己点検と余計な緊張の解除の過程は、機械的で無意識の習慣になるまで高めねばならない。 それどころか、平常の場面だけでなく、何より神経的・肉体的高揚の極点の瞬間にこそ、それを普通の習慣に、自然な必要に変えてしまわねばならない。」 「どうやって?」 ! と私は理解できなかった。 「動揺しているのに――緊張しない?」 ! 「緊張しないどころか、逆に、できるだけ強く筋肉をゆるめるんだ」シュストフは断言した。 「アルカージー・ニコラエヴィチはこう言っていた」パーシャは続けた。「俳優は強い高揚の瞬間、余計な努力の影響で、いっそう緊張してしまう。 それが創造にどう響くかは、私たちは知っている。 だから強い高揚で脱臼しないためには、緊張からの、最も完全で、最も極限の筋肉解放に、とりわけ気を配らねばならない。 絶え間ない自己点検と緊張との闘争の習慣は、舞台上の俳優の常態にならねばならない。 それは長い練習と系統的な訓練によって達成しなければならない。 大きな高揚の瞬間には、筋肉をゆるめる習慣のほうが、緊張への欲求よりも自然になる――そこまで自分を持っていかねばならないんだ」とパーシャは言った。 「それが可能なのか?」 ! 「アルカージー・ニコラエヴィチは可能だと断言している。 『緊張が生じるなら生じさせればいい。避けられないならな。 だがその直後に、監視者の点検が来るようにしろ。 もちろん機械的習慣を作る初めのうちは、監視者のことを多く考え、その働きを方向づけねばならず、それが創造から注意を逸らす。 だがのちには、筋肉の解放――少なくともそれへの志向――は、動揺の瞬間にも通常の現象になる。 この習慣は、毎日、系統的に作られねばならない。授業や家での練習のときだけではなく、舞台外の現実の生活、つまり寝る、起きる、食べる、散歩する、働く、休む――要するに、存在のあらゆる瞬間に。 筋肉の監視者を自分の身体的本性に植えつけ、第二の本性にしてしまう必要がある。 そうして初めて、筋肉の監視者が創造の瞬間に私たちを助ける。 もし筋肉の解放の仕事を、決められた時間や分のあいだにしかやらないなら、望む結果は得られない。時間で区切られた練習では習慣が作れず、無意識で機械的な習慣の域まで持っていけないからだ』と。」 私が、シュストフが説明してくれたことの実行可能性を疑うと、 シュストフは、トルツォフ本人を例に挙げた。 なんと、彼の俳優生活の初期には、神経が高ぶった状態での筋肉緊張が、痙攣の限界近くにまで達していたという。 だが彼が機械的な監視者を自分の中に作って以来、同じように神経が高ぶったときでも、緊張するのではなく、逆に筋肉をゆるめる必要が生まれた。 今日はまた、気立てのよいラフマーノフも私を見舞ってくれた。 彼はアルカージー・ニコラエヴィチからの伝言を持って来て、後者が自分に、練習を私に見せるよう頼んだのだと言った。 「ナズヴァノフは寝ている間、することがないだろう」アルカージー・ニコラエヴィチはそう付け加えた。「だから努力させろ。 いまの彼にいちばんふさわしい仕事だ」。 練習はこうだ。背中を下にして、滑らかで硬い面(たとえば床)の上に横になり、必要もないのに緊張している筋肉群を見つけ出す。 その際、内的感覚をより明確に自覚するために、締めつけの場所を言葉で言い当て、「肩に締めつけ、首に締めつけ、肩甲骨に、腰に」と自分に言ってよい。 気づいた緊張は、すぐに一つずつゆるめていく。同時に、次々に新しいものを探し出す。 ラフマーノフの前で、私は寝て行う簡単な練習を試してみた。だが硬い床ではなく、柔らかいベッドの上で。 緊張している筋肉を解放し、身体の重みが支えとして乗るはずだ――と私が思った――必要な箇所だけを残したうえで、私はそこをこう呼んだ。「両肩甲骨と仙骨」。 ところがイワン・プラトーノヴィチが異議を唱えた。 「インド人は教えるんだ、坊や。小さな子どもや動物が横になるように横になれ、と。 動物のように! ――」彼は念を押すために繰り返した。 「間違いない!」 それからイワン・プラトーノヴィチは、それがなぜ必要なのかを説明した。 子どもや猫を砂の上に置き、落ち着かせるか眠らせ、あとでそっと持ち上げると、砂に身体全体の形が刻まれるというのだ。 同じことを大人でやると、砂に残るのは強く押しつけられた肩甲骨と仙骨の跡だけで、他の部分は、絶え間ない慢性的で習慣化した筋肉緊張のために砂への接触が弱く、跡が残らない。 横になるとき子どものようになり、柔らかな土に身体の形を残すには、あらゆる筋肉緊張から解放されねばならない。 その状態が、身体に最良の休息を与える。 その休息を取れば、三十分から一時間で、ほかの条件では一晩かけても得られないほど回復できる。 隊商の先導者たちがそうした手段に頼るのも当然だ。 彼らは砂漠で長く足止めできず、睡眠を最小限に切り詰めざるを得ない。 休息時間の短さは、身体を筋肉緊張から完全に解放することで埋め合わせられ、疲れた有機体が更新される。 イワン・プラトーノヴィチは、この方法を昼の授業と夜の授業の間に毎日用いている。 十分休むだけで、彼は完全に元気になる。 この休憩なしには、彼が毎日こなさねばならない仕事には耐えられないだろう。 イワン・プラトーノヴィチが帰るとすぐ、私はうちの猫を自室に呼び入れ、最も柔らかなソファのクッションの一つに寝かせた。そこなら身体の形がよく沈み出るのだ。 筋肉をゆるめたまま、どう横になり、どう休むべきかを、私は猫から学ぼうと決めた。 アルカージー・ニコラエヴィチは言った。「俳優は乳飲み子と同じく、最初から全部学び直さねばならない。見ること、歩くこと、話すこと……」と私は思い出した。 「これらは生活ではできる。 だが困ったことに、圧倒的多数の場合、私たちはそれを下手にやっている。自然が定めたとおりにはできていない。 舞台では、見ることも、歩くことも、話すことも、生活とは別の仕方で――よりよく、より正常に、より自然に近く――やらねばならない。第一に、フットライトの明かりにさらされると欠点がとりわけ目立つからだ。第二に、それらの欠点が舞台上の俳優の全体の状態に影響するからだ」。 この言葉は、どうやら横になることにも当てはまる。 だから今、私たちは猫と一緒にソファに横になっている。 私は猫が眠る様子を観察し、真似しようとしている。 だが、どの筋肉も緊張せず、身体のあらゆる部分が横たわる面に接するように横になるのは、容易ではない。 どの筋肉が緊張しているかを見つけ、言い当てるのが難しいとは言わない。 それを余計な収縮から解放するのも、さほどのことではない。 だが困るのは、一つの緊張を取り除くや否や、すぐ別の、第三の緊張が現れることだ。果てしなく。 身体の締めつけや痙攣に耳を澄ませば澄ますほど、それは増えていく。 そのうち、自分の中に、以前は気づかなかった感覚を見分けられるようになる。 この条件が、さらに新しい締めつけを見つける助けになる。そして見つければ見つけるほど、また新しいものが現れる。 短い間だが、背中と首のあたりの緊張から解放されることができた。 それで身体が回復したとは言わないが、私たちには、誰のためにもならない余計な、有害な筋肉緊張がどれほど多いか――しかも自分では疑いもしないものが――が、はっきり分かった。 あの裏切りの眉の締めつけを思い出すと、肉体的緊張が本当に恐ろしくなる。 私は筋肉の完全な解放には到達していない。だが、いずれもっと完全な筋肉の自由を得たときに味わうだろう快さを、すでに予感した。 最大の問題は、筋肉の感覚の中で私が混乱してしまうことだ。 そうなると、手がどこで頭がどこかも分からなくなる。 今日の練習で私はすっかり疲れた! こんな横になり方では休めない! … いま横になりながら、私はいちばん強い締めつけをゆるめることができ、注意の円を自分の鼻先の境界まで縮めることができた。 すると頭が、めまいの始まりのときのように霞み、私は、うちのコト・コトヴィチが眠るように眠ってしまった。 どうやら、筋肉をゆるめることと同時に注意の円を縮めることは、不眠に対するよい手段になるらしい。 … … … … … … … 19..年 今日はプーシチンが来て、「トレーニングと教練」のことを話してくれた。 イワン ・プラトーノヴィチはトルツォフの指示で、弟子たちに、横になった姿勢だけでなく縦の姿勢、つまり座って、半座りで、立って、膝をついて、一人で、グループで――椅子や机や他の家具を使って――ありとあらゆるポーズを取らせていた。 そのどの姿勢でも、横になったときと同じように、余計に緊張している筋肉を見つけ出し、それを言葉で言い当てねばならない。 もちろん、どんなポーズでも、ある筋肉の緊張が必要になるのは言うまでもない。 そうした筋肉は緊張すればいい。だが緊張してよいのはそれだけで、隣接する筋肉――本来休んでいなければならない筋肉――まで一緒に緊張させてはならない。 また、緊張にもいろいろあることを忘れてはならない。ポーズに必要な筋肉を必要な分だけ収縮させることもできるが、痙攣や痙攣発作の限界まで緊張を追い込むこともできてしまう。 そうした余計な力みは、ポーズそのものにも創造にも、きわめて有害だ。 授業で起きたことを詳しく語り終えると、親切なプーシチンは、私も一緒にその練習をやろうと勧めた。 私はもちろん承知した。弱っていることや、癒えかけた傷をぶり返す危険があるにもかかわらず。 そこで、ジェローム・K・ジェロームの筆にふさわしい場面が生まれた。 巨大なプーシチンは、力みで赤くなり汗だくになって、息を切らし、ふうふう言いながら床に転がり、実にとんでもないポーズを取っていた。 その隣には、痩せて、ひょろ長く、青白い私が、腕を吊り、縞のパジャマ姿で横たわっている――まるでサーカスの道化みたいに。 この愛すべき太っちょと、私たちはどれほどの宙返りをやったことか! 別々に、また一緒に横になり、闘う剣闘士のポーズを取った。別々に立ち、また一緒に、記念碑の像のように立った――私が立ってプーシチンが地に伏して倒れたり、彼が立って私が膝をついたり。次には二人とも祈りのポーズになったり、二人の擲弾兵のように正面へぴんと伸びたりもした。 そうしたどの姿勢でも、どれかの筋肉群を絶えず解放し、監視者の点検をいっそう強めることが求められた。 そのためには、よく訓練された注意――すばやく方向を定め、身体感覚を見分け、それを整理できる注意――が必要だ。 複雑なポーズでは、横になっているときより、必要な緊張と不要な緊張を見分けるのがずっと難しい。 必要なものを固定し、余計なものを縮めるのも容易ではない。 この仕事をしていると、何が何で操られているのか分からなくなる。 プーシチンが帰るやいなや、私はまず猫を探しに行った。 しなやかさと動きの自由を学ぶなら、彼以外に誰から学べるというのだ。 そして実際、あいつは比類がない! 手が届かない! 私はあいつに、どんな姿勢でも考え出してみせた――逆さまも、横向きも、仰向けも! あいつは片脚だけでぶら下がり、四本まとめてでも、尻尾でもぶら下がった。 しかもどの姿勢でも、最初の一秒だけばねのように身を固めると、すぐに驚くほど軽々と余計な緊張をゆるめて投げ捨て、必要な緊張だけを固定するのが観察できた。 何を求められているのかを理解すると、うちのコト・コトヴィチはその姿勢に合わせ、必要なだけの力をきっちり渡した。 それから落ち着き、求められるだけ、定められた姿勢のままでいられる準備ができていた。 なんという適応力だろう! コト・コトヴィチとの私の“セッション”の最中、突然、思いがけない者が現れた…… 誰だと思う? ! どうしてこんな奇跡が起きたのか? ! ゴヴォルコフが来た! ! ! 私はどれほど嬉しかったことか! あのとき――半ば意識のないまま、血を流しながら彼の腕の中に横たわり、彼が私を担いで、私の耳元でうめき声を上げながら運んでいたとき――私は、彼の心臓から来る温かさを、ぼんやり感じ取っていた。 今日はその感覚が、また繰り返された。 私は彼を、これまで見慣れてきたのとは違う姿で見た。 彼はトルツォフのことさえ、いつもとはまったく別の調子で語り、授業の面白い細部を話してくれた。 筋肉をゆるめることと、ポーズを支える必要な緊張のことを話しながら、アルカージー・ニコラエヴィチは自分の生活の一件を思い出した。ローマで、ある私邸で、彼は一人のアメリカ人女性のセアンスに立ち会わねばならなかったのだ。 彼女は、壊れた姿――腕も脚も頭もなく、胴体も折れて、部分だけが残っている――で伝わった古代彫像の修復に関心を持っていた。 残された破片から、彼女は彫像のポーズを推し量ろうとしていた。 その仕事のために彼女は、人体の平衡保持の法則を学び、さらに自分の体験によって、自分が取る各ポーズで重心がどこにあるかを見定めることを身につける必要があった。 彼女は、重心の位置を瞬時に見定める、まったく並外れた感覚を自分の中に作り上げ、彼女を平衡から外させることは不可能だった。 彼女は突き飛ばされ、投げられ、つまずかされ、どう見ても立っていられないようなポーズを取らされても、いつも勝者として抜け出した。 それどころか、小柄で華奢な彼女が、軽い一押しで、かなり体格のいい男を倒してしまった。 それもまた、平衡の法則を知っていたおかげで達成されたのだった。 アメリカ人女性は、敵をほとんど力なく平衡から外して倒すためには、どの「危ない場所」を突けばよいかを見抜いていた。 トルツォフは、彼女の技の秘密を解き明かせなかった。 だが、彼女の数々の例によって、平衡を規定する重心の位置を見つける能力が、いかに重要かを理解した。 筋肉が、よく発達した平衡感覚の命じる仕事だけを行うようにすれば、身体の可動性、柔軟性、適応性をどこまで高められるか――彼はそれを見た。 アルカージー・ニコラエヴィチは、私たちにこの技術(自分の身体の重心を知ること)を学べ、と呼びかけている。 それなら、コト・コトヴィチ以外に誰から学ぶ? だからゴヴォルコフが帰ると、私は獣と新しい遊びを始めた。突き、投げ、ひっくり返し、倒そうとしたが、それは不可能だった。 あいつが倒れるのは、自分がそうしたいときだけだった。 … … … … … … … 19..年 プーシチンが来て、アルカージー・ニコラエヴィチが「トレーニングと教練」の仕事を点検した話をしてくれた。 どうやら今日は重要な補足が加えられたらしい。トルツォフは、どのポーズも、各自の監視者によって点検され、機械的に緊張から解放されるだけでなく、想像の虚構、『与えられた状況』、そして『もし』そのものによって根拠づけられねばならない、と要求したのだ。 その瞬間から、ポーズは単なるポーズではなくなり、能動的な課題を得て、行為になる。 実際こうだ。たとえば私が腕を上に上げて、自分にこう言うとする。 「もし私がこう立っていて、頭上の高い枝に桃がぶら下がっているとしたら、それをもぎ取るには、どう振る舞い、何をすればいいだろう? 」この虚構を信じさえすれば、生活上の課題――桃をもぎ取る――のために、死んだポーズはたちまち、生きた真の行為へ変わる。 その行為の真実だけを感じ取りなさい。するとすぐ自然が助けに来る。余計な緊張はゆるみ、必要な緊張は固まり、それは意識的技術の介入なしに起こる。 舞台には、根拠のないポーズがあってはならない。 演劇的約束事は、真の創造と真剣な芸術の中には居場所がない。 もし何らかの理由で約束事が必要なら、それも根拠づけられねばならない。それは外見の美しさではなく、内的本質に奉仕するものでなければならない」。 さらにプーシチンは、今日の授業でいくつかの見本の試行練習が行われたことを語り、その場でそれを実演してみせた。 愛すべき太っちょは、ソファにとても滑稽に横たわり、たまたま手近にあった姿勢を取った。身体を半分ソファから垂らし、顔を床へ近づけ、腕を前へ伸ばしたのだ。 それは馬鹿げた、無意味な格好になった。 彼が不自由で、どの筋肉を緊張させ、どれをゆるめるべきか分かっていないのが感じられた。 彼は監視者を働かせ、それが必要な緊張と余計な緊張を指し示した。 だが太っちょには、すべての筋肉が正しく働くような、自由で自然なポーズを見つけられなかった。 そのとき彼は突然叫んだ。「大妖怪ゴキブリ(タラカーシャ)が来るぞ! 早く、頭をぱちんとやっつけろ!」 その瞬間、彼は、踏み潰すために、ある一点――想像上のゴキブリ――へ身を伸ばした。すると筋肉はみな、自然にそれぞれの場所へ収まり、正しく働き始めた。 ポーズは根拠づけられ、すべてが信じられた。伸ばした腕も、垂らした胴体も、ソファの背に踏ん張った脚も。 プーシチンは、想像上のゴキブリを押し潰したまま固まった。すると彼の身体の装置が、課題を正しく遂行しているのがはっきり分かった。 自然は、意識や名高い俳優の技術よりも、よく生きた有機体を導く。 今日トルツォフが行った練習はすべて、舞台では、どんなポーズや身体の位置にも、三つの瞬間があるのだという自覚へ、弟子たちを導くためのものだった。 第一は、どんな新しいポーズにも、また公開の実演の動揺にも不可避な、余計な緊張。 第二は、監視者の助けによって、余計な緊張から機械的に解放されること。 第三は、そのポーズがそれ自体では俳優自身の信を呼び起こさない場合に、そのポーズを根拠づける、あるいは正当化すること。 緊張、解放、そして正当化。 「緊張、解放、そして正当化」プーシチンは私に別れを告げながら、そう口ぐせのように繰り返した。 彼は帰った。 私は猫の助けを借りて、いま示された練習の意味を、偶然に確かめ、理解した。 こういう具合だ。先生の機嫌を取ろうとして、私は猫を自分のそばに寝かせ、撫でて可愛がっていた。 ところが猫は、横になるどころか私の腕を飛び越えて床へ降り、構えを取ると、部屋の隅へ、柔らかく音もなく忍び寄り始めた。どうやら獲物の匂いを嗅ぎつけたのだ。 この瞬間、惚れ惚れせずにはいられなかった。 私はその動きの一つ一つを注意深く追った。 猫を視野から外さないために、私はサーカスの「蛇人間」みたいに体をくねらせねばならなかった。 病んだ腕を吊っている私には、決して楽な姿勢ではなかった。 私はすぐ、その姿勢を点検に使い、出来たての筋肉緊張の監視者を、身体の端から端まで走らせた。 最初の一秒は、これ以上ないほど良かった。緊張しているのは、緊張すべきものだけだった。 それも当然だ。 生きた課題があり、自然そのものが働いていたのだから。 だが注意を猫から自分自身へ移した途端、すべてが一変した。 注意が散り散りになり、あちこちに筋肉の締めつけが現れ、必要な緊張は余計に増幅されて、ほとんど筋肉の痙攣の域にまで達した。 隣接する筋肉まで、必要もないのに働き始めた。 生きた課題と行為は止み、代わりに、いつもの俳優の痙攣が力を持った。これと戦うには「筋肉をゆるめること」と「正当化」が必要なのだ。 そのとき靴が脱げた。 私はそれを履き直し、バックルを留めようとして、体を二つに折った。 吊った病んだ腕のせいで、またしても自然に、難しく緊張の強いポーズができた。 このポーズも、私は監視者で点検してみた! するとどうだ! 注意が行為そのものに向いている間は、すべて整っていた。ポーズに必要な筋肉群は強く緊張していたが、自由な筋肉には余計な力みが見られなかった。 だが行為から注意が逸れ、課題が消え、身体の自己観察に身を委ねた途端、余計な緊張が現れ、必要な緊張は締めつけに変わった。 さらにもう一つ、まるでわざと私に差し出されたような良い例が、偶然によって起きた。 つい先ほど、顔を洗っている最中に石鹸が手から滑り落ち、洗面台と戸棚の間へ転がり込んだのだ。 健康な手でそれを取ろうとして身を伸ばし、痛む腕は宙に支えておかねばならなかった。 またしても難しいポーズができた。 私の監視者は眠っていなかった。 自分から進んで、筋肉の緊張を点検した。 結果は問題なし。緊張しているのは、必要な運動の筋肉群だけだった。 「よし、同じポーズを注文どおりに繰り返してみよう!」 私はそう自分に言った。 そして繰り返した。 だが……石鹸はもう拾ってしまっていて、そのポーズを取る現実の必要は、もはやなかった。 生きた課題が消えた。 残ったのは死んだポーズだった。 筋肉の働きを点検すると、意識的にそれへ向き合えば向き合うほど、不要な緊張が増え、それを整理し、必要なものを探し当てるのがますます難しくなるのが分かった。 ところが、さっき石鹸があったあたりに、何か暗い筋が見えて気になった。 それに触れて、何なのか確かめようとして、私は身を伸ばした。 その筋は床のひび割れだった。 だが肝心なのはそれではない。筋肉も、その自然な緊張も、また完全に整っていたのだ。 これらの試みのあとで私にははっきりした。生きた課題と真の行為(現実の生活でも、想像上の生活でも――『与えられた状況』によってよく根拠づけられ、創造する俳優自身が誠実に信じているもの)は、自然そのものを仕事へと自然に引き込む。 ただ自然だけが、私たちの筋肉を完全に操り、正しく緊張させたり、ゆるめたりする術を知っている。 … … … … … … … 19..年 いま私はソファでうたた寝していた。 半ばまどろみながら、何かが私を落ち着かせなかった。 何かをしなければならない……。 手紙を出すんだっけ? . . 誰に? . . それから私は、それは昨日のことだったと気づいた。だが今日は……今日は私は病気で、包帯を替える……。 いや、包帯は自然に……それより……。 プーシチンが来て、何か言ったのに……私は書き留めていない……。 とても大事なことを。 そうだ、思い出した。明日はゲネプロだ……。 『オセロ』……それなのに私は寝方が悪い……。 分かった。すべて明らかになった……。 力みのせいで両肩が上へ引き上げられていた。何かの筋肉が強く緊張して……あまりに強くて、ほどけない……。 しかも監視者が全身を嗅ぎ回って……私を起こすのだ。 よし、ありがたい、ほどけた! まったく別の支点を見つけ、良くなった。楽になった。ずっと……。 私は、横たわっている柔らかなソファへ、もっと深く押し込まれたようだった……。 だが今度はまた、何かを忘れた。 さっきは覚えていて、なぜか忘れた。 そうだ……分かった。また監視者だ。いや、監察官のほうがいい。 筋肉の監察官……。 そのほうが威厳がある。 私はまた一瞬目を覚まし、背中に締めつけがあるのが分かった。 いや、背中だけじゃない。肩にも……。 左足の指も丸まっている。 こんなふうにずっと、半ばまどろみながら私は監視者と一緒に、自分の中の締めつけを探していた。 それは、いま書いているこの瞬間にも止まらない。 いま思い出す。昨日も、プーシチンが来たとき、同じような得体の知れない落ち着かなさが私にあった。 一昨日などは医者が来る前、背骨のあたりの具合の悪さで、私は座り込まねばならなかったほどだ。 座ったら、ゆるんだ。 これは何だ? 私はいつも、自分の中で締めつけを作っているのか? 絶えず? なぜ以前は、こんなことはなかったのだ? 気づいていなかったからか。私の中にまだ監視者がいなかったからか? ということは――監視者は芽生え、すでに私の中で生きているのか? それどころか、まさにそれが働いているからこそ、私は以前は気づかなかった新しい締めつけを次々に見つけているのかもしれない。 あるいは、これはみな古い、いつもの締めつけで、私はただ、それを自分の中で意識的に感じ始めただけなのかもしれない。 誰が決められる? 確かなのは一つ。私の中で何か新しいことが起きている……以前にはなかった何かが。 … … … … … … … 19..年 シュストフの話では、トルツォフは静止から身振りへ移り、弟子たちをそこへどう導き、どんな結論を出したかというと、こうだ。 授業はホールで行われた。 弟子たちは全員、閲兵のように一列に並ばされた。 トルツォフが右手を上げろと命じると、皆が一斉に命令を実行した。 腕は遮断機のように、重たく上へ這い上がった。 同時にラフマーノフが皆の肩の筋肉を触って確かめながら、こう言い続けた。「だめだ。首と背中をゆるめろ。 腕全体が緊張している……。 」などなど。 「君たちは腕の上げ方を知らない」トルツォフはそう結論した。 一見すると課された課題はまったく単純なのに、誰一人それを果たせなかった。 弟子たちに求められたのは、いわば肩の運動を司る筋肉群だけの「分離した」行為で、他の筋肉――首、背中、まして腰――は、いっさいの緊張から自由でなければならなかった。 ところが後者は周知のとおり、しばしば、上がる腕の反対側へ体幹全体を傾けて、その動きを助けてしまう。 こうした余計な、隣接する筋肉の緊張は、トルツォフには、打鍵すると互いに引っかかる壊れたピアノ鍵盤を思わせる。 そのせいで「ド」を鳴らすと、隣の「シ」や「ド♯」まで鳴ってしまう。 そんな楽器で、音楽がよく鳴るものか! 動きが壊れた鍵盤のように働くなら、私たちの動きの音楽もまた、よく鳴るはずがない。 そんな状態では、私たちの動きが、油の切れた機械のように、はっきりせず、澄んでもいないのは不思議ではない。 動きは、ピアノの澄んだ響きのように明瞭にしなければならない。 それがなければ、役の動きの線取りは汚くなり、内的・外的な生活の伝わり方も輪郭がぼやけて、芸術的とは言えなくなる。 感受が繊細であればあるほど、それを肉体的に具現するには、いっそうの明確さ、正確さ、可塑性が要求される。 「今日の授業の印象では」とシュストフはさらに言った。「アルカージー・ニコラエヴィチはまるで機械工みたいに、私たちをねじを外して、ばらして、骨と、関節と、筋肉ごとに分解し、全部を洗い、磨き、油を差し、それからまた組み立てて元に戻し、ねじ止めしたみたいなんです。」 「今日の授業のあと、僕は自分がより柔軟で、より器用で、より表現的になった気がします。」 「ほかには何があった?」 私はシュストフの話に興味を引かれて尋ねた。 「僕らに求められたのは」とパーシャは思い出した。「肩や腕や背中や脚といった個々の『分離した』筋肉群が働くとき、他のすべては一切緊張しないことでした。 たとえば、肩の筋肉群を適切に緊張させて腕を上げるとき、肘も、手首も、指も、指の関節も、下へぶら下がったままでなければならず、それに対応する筋肉群は完全に自由で、柔らかく、緊張していない必要がある。」 「要求どおりにできたのか?」 私は興味を持って尋ねた。 「正直言って、できませんでした」とパーシャは認めた。 「僕らは、いずれ自分たちの中で作られていくはずの感覚を、予感し、前もって感じ取っただけです。」 「君たちが求められたことは、そんなに難しいのか?」 私は理解できなかった。 「一見すると――簡単です。 でも、僕らの誰も、しかるべき形では課題を果たせませんでした。 特別な準備が要るんです。 どうしようもない! 私たちは、魂から身体へ、足の先から頭のてっぺんまで、もう一度作り直し、私たちの芸術の要求――いや、むしろ自然そのものの要求――に合わせていかなければならないんです。」 そもそも芸術は、自然とよく調和している。 私たちの自然を損なうのは生活であり、生活が植えつける悪い習慣だ。 生活では見逃される欠点が、照らされたフットライトの前では目立ち、観客の目にうるさく入り込む。 もっとも、それも当然だ。舞台では人間生活が、写真の絞りのように、舞台の枠という狭い空間の中に示されるのだから。 その、劇場の舞台口に押し込められた生活を、人はオペラグラスで覗く。まるでミニアチュールを虫眼鏡で見るように、細部まで見ようとする。 そうなれば、どんな細部も、どんな微細なところも、観客の注意から逃れはしない。 生活では、遮断機のようにまっすぐ上がる腕でも、どうにか我慢できるかもしれないが、舞台では許されない。 それは人の姿に木偶のような硬さを与え、人をマネキンに変えてしまう。 そういう役者は、魂まで腕と同じ――木でできているように見える。 そこにさらに、棒きれのようにまっすぐな背骨まで加われば、文字どおり「樫の木」になってしまう。人間ではない。 そんな「木」が、何を表し得る? どんな『体験』を? パーシャの言葉では、今日の授業でも、いちばん単純な課題――肩の適切な筋肉群で腕を上げること――を果たすところまでは、ついに至らなかった。 同じ練習が、肘の屈曲、その次は手首、次に指の第一・第二・第三関節……と続けて、やはり同じく不成功のまま行われた。 今回も腕全体が、部分の動きの際に参加しようとしてしまったのだ。 さらにトルツォフが、肩から指先へ、そして指先から肩へと、順にこれらの屈曲運動を続けて行え、と提案すると、結果はいっそう悪くなった。 それも当然だ。 個々の屈曲すらうまくいかないのなら、論理的な連続で次々に全部の動きを行うのが、なおさら難しいのは当然だ。 もっともトルツォフは、その練習を今すぐやれと言うために示したのではない。 それは、ラフマーノフが「トレーニングと教練」のクラスで行う、次の練習のための注文を出しただけだった。 同じような練習が、首のあらゆる回転、背骨、腰、脚にも行われ、特に手首については強調された。トルツォフは手首を「身体の目」と呼んでいる。 プーシチンが来た。 彼はとても親切で、シュストフが言葉で説明したことを、私に実演して見せてくれた。 彼の体操は、ひどく滑稽だった。 特に、後頭部のすぐ下のいちばん上の椎骨から、骨盤の近くのいちばん下まで、一つ一つ椎骨に沿って背骨を曲げ伸ばすところが。 愛すべきプーシチンの丸い体つきのせいで、脂肪が波打つように流れ、動きの滑らかさがあるように見えた。 彼が背骨の椎骨にたどり着き、一つずつ触って確かめられたとは、とても思えない。 そんなに簡単なことではないのだ。 私にできたのは、せいぜい椎骨を三つ――つまり背骨の屈曲点を三箇所――触って確かめることだけだった。 それでも私たちには、動く椎骨が二十四もあるのに。 シュストフとプーシチンは帰った。 次はコト・コトヴィチの出番だ。 私はあいつと遊び、ありとあらゆる、信じがたい、言いようもないポーズを観察した。 動きの調和、身体の発達――動物のそれのようなものは、人間には手が届かない! どんな技術でも、筋肉をこれほど完璧に支配する境地には到達できない。 自然だけが、無意識に、あれほどの妙技、軽さ、明瞭さ、屈託のなさ――動きやポーズのあの可塑性――に達し得るのだ。 美しい猫が跳び、戯れ、あるいは隙間から出した私の指をつかもうと飛びかかるとき、あいつは完全な静止から、捉えがたい稲妻の動きへ一瞬で移る。 そのときのエネルギーの使い方が、なんと倹約的だろう! どう配分していることか! 動きや跳躍に備えるとき、猫は余計な緊張に力を無駄遣いしない。 そんなものは、猫には存在しない。 決定的な瞬間に、その瞬間に必要な運動の中心へ一気に向けるために、力を内側に蓄えるのだ。 だから猫の行為は、あれほど明確で、確定的で、強い。 確信が、筋肉の軽さ、可動性、自由と結びついて、猫科の獣が名高い、まったく並外れた可塑性を生む。 自分を確かめ、猫と張り合ってみようとして、私は「虎のように」歩いてみた――私のオセロの歩き方で。 最初の一歩で、意志と無関係に全身の筋肉がばねのように固まり、私は披露公演のときの自分の肉体状態をはっきり思い出し、自分の最大の誤りを悟った。 全身の痙攣に縛られた人間は、自由を感じられず、舞台で正しい生活を生きられない。 ピアノを持ち上げて緊張している最中には掛け算すら難しいのなら、オセロのように微妙な心理を持つ複雑な役で、最も繊細な内的感情を支配することなど、どうして可能だろう! トルツォフは、披露公演によって、私に一生の良い教訓を与えてくれた。 彼は私に、舞台で決してしてはならないことを、尊大にやらせたのだ。 これは、反対側からの、きわめて賢明で説得力のある証明だった。 VII. 区切り(くすき)と課題 … … … … … … … 19..年 今日の稽古は客席で行われた。 そこへ入ると、私たちは「区切りと課題」と書かれた大きな張り紙を見た。 区切りと課題。 アルカージー・ニコラエヴィチは、授業の新しい、きわめて重要な段階に入ったことを祝ってくれ、区切りとは何か、戯曲や役がどのように構成部分へ分けられるかを説明し始めた。 彼の話は、いつものように分かりやすく、興味深かった。 それでも私はまず、トルツォフの授業そのものではなく、稽古の終わった後に起きたこと――それがアルカージー・ニコラエヴィチの説明をいっそうよく理解させてくれた――を記しておく。 というのも今日は、私は初めて、私の友人パーシャの叔父である、名高い俳優シュストフの家に行ったのだ。 昼食の席で、その偉大な俳優が甥に、学校では何があったかと尋ねた。 彼は私たちの仕事に関心を持っているのだ。 パーシャは、私たちが新しい段階――「区切りと課題」――に入った、と話した。 「シュポンジャを知っているか?」 老人は尋ねた。 どうやらシュストフの子どもたちの誰かが、トルツォフの熱烈な信奉者である、シュポンジャという滑稽な姓の若い教師から、演劇芸術を学んでいるらしい。 そのせいで、年長の子どもたちも幼い子どもたちも、私たちの用語法をすっかり学んでしまった。 魔法の『もし』、「想像の虚構」、「真の行為」など、私にはまだ知らない語まで、子どもたちの日常の言葉として入り込んでいる。 「シュポンジャは一日じゅう教えるんだ!」 偉大な俳優はそう冗談を言った。ちょうどその前に、巨大な七面鳥が運ばれてきたところだった。 「この間、あいつがうちに来ただろう。 で、こういう皿が出たんだ。 そのとき俺は指が痛かった。 だから、切って取り分けるのをやらせた。」 「子どもたち! ――シュポンジャは、私のワニどもにこう言った。 ――これが七面鳥ではなく、五幕ものの大きな戯曲――たとえば『検察官』――だと想像してごらん。 それを一気に、ひと振りでやり切れるか? 覚えておきなさい。七面鳥だけでなく、『検察官』みたいな五幕物の戯曲でさえ、一気に丸ごと捉えることはできない。 だから、まずは最も大きな区切りに分けねばならない。」 ほら……ほら…… そう言いながら、シュストフ伯父は、脚、翼、肉を切り分けて皿に置いた。 「――これが最初の大きな区切りだ」シュポンジャは宣言した。 「もちろん、俺のワニどもは歯をむき出して、それを一気に飲み込みたがった。 だが俺たちは、その食いしん坊どもをなんとか押しとどめた。 シュポンジャはこの教訓的な例を利用して、こう言うんだ。『覚えておきなさい。大きな区切りは一気には処理できない。 だから、それをもっと小さな部分に切りなさい』と。」 ほら……ほら……ほら…… シュストフはそう言いながら、脚や翼を関節ごとに分けていった。 「皿を出せ、ワニ」彼は長男に言った。 「ほら、お前には大きな区切りだ。」 「これが第一場だ。」 「諸君をお呼びしたのは、まことに不愉快なお知らせをお伝えするためであります……」 少年はそう口真似して、皿を差し出し、下手に低い声を作ろうとした。 「エヴゲーニイ・オネーギン、第二の区切りを受け取れ。郵便局長のいるところだ」偉大な俳優は、小さな息子のジェーニャに言った。 「イーゴリ公、ツァーリ・フョードル――ほら、君たちにはボプチンスキーとドプチンスキーの場。タチヤーナ・レーピナ、エカテリーナ・カバノワ――君たちはマリヤ・アントーノヴナとアンナ・アンドレーエヴナの場を受け取れ」シュストフ伯父はそう冗談を言いながら、子どもたちが差し出した皿に区切りを取り分けていった。 「――さあ、一気に食え! 」シュポンジャが命じた――と伯父は続けた。 「そりゃもう、どうだったか! . . 腹を空かせたうちのワニどもが飛びかかり、全部を一息に飲み込もうとした。 気がついたときには、もう巨大な区切りを口へ押し込み、一人はむせ、もう一人は喘いでいた。 だが……どうにかなった。 『覚えておけ』とシュポンジャは言った。『大きな区切りを一気にやれないなら、それを小さく、小さく、必要ならもっと小さく分けるんだ』と。 「よし! 切って、口へ入れて、噛む」伯父シュストフは、自分がしていることを描写してみせた。 「おい、母さん! ちょっと固くて、ちょっと乾いてるぞ!」 彼は苦しそうな顔で、妻に突然そう言った――いわば、まったく家庭の調子で。 「『区切りが乾いているなら』と子どもたちはシュポンジャの言葉で教えた。『美しい想像の虚構で生き返らせろ』と。」 「ほら、パパ。魔法の『もし』のソースだよ」エヴゲーニイ・オネーギンが、香草入りの肉汁を父にかけながら冗談を言った。 「詩人からの贈り物――『与えられた状況』!」 「それで、パパ。これは演出家から」タチヤーナ・レーピナが、ソース入れからホースラディッシュを入れながら冗談を言った。 「それに、パパ。俳優本人から――もっと辛くね!」ツァーリ・フョードルが、胡椒を振りかけろと勧めながらふざけた。 — もっとピリッとさせるために、「左派」系の芸術家からのマスタードも要る? — シュストフ伯父は、盛られたものをフォークで全部かき混ぜ、七面鳥を細かな区切りに切り、できあがったソースにそれを浸し始めた。 彼は区切りを揉み、押し、ひっくり返して、液をよく染み込ませようとした。 「イワン雷帝、繰り返せ!」 エヴゲーニイ・オネーギンが幼子に教えた。「『区切り……』」 「キ、キ……」子どもは皆の大喜びの中で必死に力んだ。 「区切りは『想像の虚構』のソースのお風呂に入る」 イワン雷帝は、とんでもないことをやらかして、居合わせた者たちは皆――本人まで――吹き出し、なかなか収まらなかった。 「でも旨いぞ。『想像の虚構』のソースはな」老人シュストフは、ピリ辛の液の中で細かく刻んだ区切りを相変わらずひっくり返しながら言った。 「指まで舐めたくなる。 この靴底だって食えるようになって、肉みたいに思えてくる」彼は妻を困らせた。 「役の区切りもまさに同じだ。もっと、もっと、こうして、さらにもっと、『与えられた状況』を染み込ませるんだ。 区切りが乾いているほどソースを増やせ。乾いているほど、もっとだ。 さあ、ソースを吸った細かな区切りを、たくさんまとめて一つの大きな区切りにして……」 彼はそれを口へ放り込み、至福の、ひどく滑稽な顔で長いこと味わった。 「ほら、『情念の真実』だ!」 子どもたちは芝居の言葉で冗談を言った。 私は区切りのことを考えながらシュストフ家を後にした。 私の生活のすべてが、まるでそれに分割され、細かく砕けたようだった。 その方向へ向けられた注意は、否応なく、生活そのものや行為の中に区切りを探し始めた。 たとえば別れ際、私は自分に言った――よし、一つ区切りだ。 階段を下りるとき、五段目でふと思った。下りることは一つの区切りとして数えるべきなのか、それとも一段一段を別々の区切りとして数えるべきなのか? ! そうしたら、結局どうなる? シュストフ伯父は三階に住んでいる。少なくとも六十段……つまり六十の区切り? ! もしそうなら、歩道を歩く一歩一歩も、区切りとして数えねばならないのか? ずいぶん増えるぞ! 「いや」と私は決めた。「階段を下りるのは一つの区切り、家へ帰る道はもう一つの区切りだ。 では玄関の扉はどうする? いま私はそれを開けた。 これは一つか、それとも多くの区切りか? 多くにしておこう。 さっき大きく切り詰めたのだから、今回はけちる必要はない。 よし、下まで下りた――二つ。 ドアノブを握った――三つ。 押した――四つ。 扉の片側を開けた――五つ。 敷居をまたいだ――六つ。 扉を閉めた――七つ。 ノブを離した――八つ。 家へ歩き出した――九つ。 通行人を押した……。 いや、これは区切りではなく偶然だ。 書店のショーウィンドウの前で立ち止まった。 この場合はどうする? 本の題名を一つ読むたびに別の区切りとして数えるべきか、それとも並んだ商品を眺める全体を一つにまとめるべきか? まとめて一つにしよう。 十。 … … … … … … … … … … … … … … … … . . 家に戻り、服を脱ぎ、洗面台へ行き、石鹸に手を伸ばしたところで、私は数えた――二百七。 手を洗った――二百八。 石鹸を置いた――二百九。 水で泡を流した――二百十。 ついにベッドに入り、毛布をかぶった――二百十六。 それで、その先はどうする? いろいろな考えが頭に入り込んできた。 まさか、その一つ一つを新しい区切りとして数えるのか? 私はこの問題を解決できなかったが、そのときこう思った。 「こんな数え方で『オセロ』みたいな五幕悲劇をたどったら、たぶん数千の区切りを超えてしまう。 まさかそれを全部覚えねばならないのか? 気が狂う! 混乱する! 数を制限しなければ。 どうやって? 何で?」 今日たまたま機会があったので、私はアルカージー・ニコラエヴィチに、区切りの数があまりに多いことについての困惑を解いてほしいと頼んだ。 彼はこう答えた。 「ある水先案内人にこう尋ねた。『長い道のりの間、岸の曲がりや浅瀬や暗礁を、どうして全部覚えていられるのです?』」 「すると水先案内人は答えた。『そんなものはどうでもいい。私は航路(ファルヴァーテル)を行くんだ』と。」 「俳優もまた、役の中で、数えきれず覚えきれない小さな区切りではなく、創造の道筋が通る、最も重要な大きな区切りに沿って進まねばならない。 その大きな区切りは、航路が通過していく区間に喩えられる。 いま言ったことに基づいて、たとえば君が映画で、シュストフの家から出ていく場面を演じるとしたら、まず自分にこう問うべきだ。 『私は何をしている?』 『家へ帰る』。 つまり、帰宅こそが第一の、大きく主な区切りだ。 だが途中に立ち止まり、ショーウィンドウを眺めた。 その瞬間、君はもう歩いておらず、逆に立ち止まって、別のことをしていた。 だからウィンドウを見ることは、新しい独立した区切りと数えよう。 そのあと君はまた歩き出した。つまり最初の区切りへ戻ったわけだ。 やがて君は自分の部屋に着いて、服を脱ぎ始めた。 それが、その日の新しい区切りの始まりだった。 そして横になって夢想し始めたとき、また別の新しい区切りが生まれた。 こうして、二百の区切りではなく、数えたのはたった四つだけだ。これこそが航路になる。 まとめれば、これらいくつかの区切りが主たる大きな区切り、つまり帰宅を形作っている。 さあ、第一の区切り――帰宅――を伝えるとき、君は歩く、歩く、歩く……そして他のことは何もしないとしよう。 第二の区切り――ウィンドウを見る――を伝えるとき、君は立つ、立つ、立つ……それだけだ。 第三の区切りを描くなら洗う、洗う、洗う。第四なら横になる、横になる、横になる。 もちろん、そんな演技は退屈で単調で、監督は各区切りをもっと細かく展開するよう要求するだろう。 そうなれば区切りを構成するより小さな部分に分け、展開し、補い、それぞれを細部まで明確に伝えねばならなくなる。 さらに新しい区切りでさえ単調に見えるなら、君はまたそれを中くらいの部分、小さな部分へと砕き、同じ作業を繰り返さねばならない。そうして初めて、通りを歩く君の行為が、その行為に典型的な細部――知人との出会い、挨拶、周囲で起きることの観察、ぶつかり合い、その他――をすべて映し出すようになるのだ。 余計なものを捨て、細かな区切りをいちばん大きな区切りへまとめれば、「航路」(あるいは図式)ができる。 その後トルツォフは、昼食でシュストフ伯父が私たちに語ったのと同じことを説明し始めた。 私たちはパーシャと顔を見合わせて笑った。偉大な俳優が七面鳥の大きな区切りを小さく切り、どう「想像の虚構のソースのお風呂」に浸し、どうフォークで浸した小片をより大きなものへまとめ、どう口へ運んで、うまそうに噛みしめたか――それを思い出しながら。 「要するに」アルカージー・ニコラエヴィチは結んだ。「最大のものから中くらいへ、中くらいから小さく、小さなものから最小へ――そしてそのあと、また結び直して最大へ戻るためだ。 「戯曲や役を小さな区切りに分けるのは、あくまで一時的な措置としてのみ許される」トルツォフは念を押した。 「戯曲と役は、そんな粉々の姿、そんな破片のままで長くは留まれない。 壊れた彫像、ずたずたに切り裂かれた絵は、たとえ個々の部分がどれほど美しくても、芸術作品ではない。 私たちが小さな区切りを扱うのは準備作業の過程だけで、創造の瞬間にはそれらは大きな区切りへ結び合わされる。その際、区切りの大きさは最大へ、数は最小へとされる。区切りが大きければ大きいほど数は少なくなり、少なければ少ないほど、それによって戯曲と役の全体を容易に捉えられる。」 役を分析し研究するために小さな部分へ分ける過程は分かる。だが、そこから大きな区切りをどう再構成するのかが分からない。 それをアルカージー・ニコラエヴィチに言うと、彼はこう説明した。 「たとえば、君が小さな学校のエチュードを百の区切りに砕き、そこで混乱して全体を見失い、各区切りはそれなりに悪くなく演じているとしよう。 だが単純な生徒のエチュードが、内的内容においてそれほど複雑で深く、百もの基本的で独立した区切りに分解できるはずがない。 多くは繰り返しであり、互いに近縁なのだ。 各区切りの内的本質に踏み込めば、たとえば第一、第五、十〜十五、二十一……が同じことを語っている、と分かるだろう。あるいは第二〜第四、六〜九、十一〜十四……が有機的に互いに近縁だ、と分かるだろう。 結果として、百の小片ではなく、内容の大きな二つの区切りになる。これなら容易に操れる。 そうなれば、難しく入り組んだエチュードは、単純で、軽く、扱いやすいものに変わる。 要するに、よく練り上げられた大きな区切りは、俳優に容易に身につくのだ。」 こうした区切りを戯曲全体にわたって配置すると、それは私たちにとって航路(ファルヴァーテル)の役割を果たす。航路は正しい道を示し、迷いやすい戯曲の危険な浅瀬や暗礁、複雑な糸の間を通してくれる。 残念ながら、多くの俳優はそれなしで済ませている。 彼らは戯曲を解剖できず、読み解けない。だから中身のない、ばらばらの区切りを大量に相手にせざるを得ない。 数が多すぎて、俳優は混乱し、全体感を失ってしまう。 そういう役者を手本にしてはならない。必要もないのに戯曲を細切れにするな。創造の瞬間に小さな区切りに沿って進むな。航路の線は、最も大きく、よく練り上げられ、しかも各構成部分がそれぞれ生かされている区切りの上にだけ引きなさい。 区切りに分ける技法は、かなり単純だ。 自分に問うのだ。「分析している戯曲は、何がなければ成立しない?」 そして、細部に入らずに、主要な段階を思い出し始めなさい。 たとえば、ゴーゴリの『検察官』を扱っているとしよう。 それは何がなければ成立しないのか? 「検察官がいなければ」ヴューンツォフはそう結論した。 「いや、正確にはフレスタコフの一件全体がなければ、だ」シュストフが訂正した。 「賛成だ」アルカージー・ニコラエヴィチは認めた。 「だが、フレスタコフ一人の問題ではない。 ゴーゴリが描いた悲喜劇的事件には、それにふさわしい空気が要る。 その空気を作るのが、町長のような詐欺師たちだ。 ゼムリャーニカ、リャープキン=チャープキン、噂好きのボプチンスキーとドプチンスキー、などなど。 つまり『検察官』は、フレスタコフなしでは成立しないだけでなく、「三年跳ね続けても、どの国にも着かない」ような町の、世間知らずな住民なしでも成立しない。 「ほかに、何がなければ戯曲は成立しない?」 「愚かなロマン主義がなければ。マリヤ・アントーノヴナのような田舎の浮ついた娘がいなければ。彼女のおかげで婚約騒ぎと町じゅうの大混乱が起きるのだから」誰かが言った。 「ほかには何がなければ成立しない?」 トルツォフは問い詰めた。 「好奇心旺盛な郵便局長がいなければ。分別あるオシープがいなければ。賄賂がなければ。トリャピーチキンの手紙がなければ。本物の検察官の来訪がなければ」弟子たちは口々に思い出した。 「いま君たちは、鳥の目で、主要なエピソードによって戯曲を眺めた。そうして『検察官』を、構成する有機的な部分へ分けたのだ。 それらが、戯曲全体を組み立てている主たる、最大の区切りだ。 まったく同じ分割が、分析のために、中くらいの区切りや小さな区切りのそれぞれでも行われる。そしてそれらがやがて最大の区切りを形作る。 出来の悪い作者の、練りの足りない戯曲には、演出家や俳優として、自分の区切りを持ち込まねばならない場合もある。 それが許されるのは、必要性があるときだけだ。 だが、自己流の付け足しが好きな連中は、補いなど要らない天才的で一枚岩の古典作品に対しても、同じことをする。 持ち込まれる区切りが、作品の本性と何か有機的な親和性を持っているなら、まだいい。 たいていは、それすらない。 そうなると、美しい戯曲という生きた有機体に、野生の肉(肉芽)が生じ、区切りや戯曲全体を死なせてしまう。 授業の終わりに、今日学んだこと全体を評価しながら、アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「区切りが俳優にとってどんな意味を持つかは、いずれ実地で分かるだろう。 分析が悪く、練りも悪く、明確な区切りに分けられていない役で舞台へ出るのが、どれほどの苦痛か。 そんな上演を演じるのがどれほど重く、俳優にとってどれほど疲れ、どれほど長く引き延ばされ、巨大さで脅してくるか。 よく準備され、よく組み立てられた役では、感覚がまるで違う。 化粧をして、考えるのは目の前の、次の区切りのことだけだ。もちろん戯曲全体と、その最終目的とのつながりの中で、だが。 第一の区切りを演じたら注意を第二へ移し、という具合に進む。 そんな上演は軽く感じられる。 こういう仕事を考えると、学校から家へ帰る生徒を思い出す。 道のりが長く、距離の遠さが怖いとき、生徒は何をするか知っているか? 生徒は石を一つ取り、できるだけ遠くへ投げる。そして不安になる。『あっ、見つからなかったらどうしよう!』 だが見つける。喜ぶ。そして今度は同じ石をもっと遠くへ投げ、また不安になりながら探す。 こうして長い道を部分に分け、家で休めるという快い見通しがあると、生徒は距離のことを考えなくなり、距離を意識しなくなる。 君たちも、役やエチュードの中で、最終目的を見失わずに、一つの大きな区切りから次の大きな区切りへ進みなさい。 そうすれば、夜八時に始まり、真夜中過ぎに終わる五幕悲劇でさえ、短く感じられるだろう。 … … … … … … … 19..年 「戯曲を区切りに分けることが必要なのは、作品を分析し研究するためだけではない。別の、さらに重要な理由がある。それは、各区切りの内的本質そのものの中に隠れているのだ」今日の授業でアルカージー・ニコラエヴィチは私たちにそう説明した。 要するに、どの区切りにも創造的課題が仕込まれているのだ。 課題は、その区切りから有機的に生まれる。あるいは逆に、課題そのものが区切りを生む。 私たちはすでに、戯曲に無縁で無関係な、外から持って来た区切りを押し込んではならないと言った。課題についてもまったく同じだ。 課題も区切りと同様に、論理的に、一貫して、互いから互いへ流れ出なければならない。 両者の間には有機的な結びつきがあるのだから、先に区切りについて言われたことはすべて、課題にも当てはまる。 「ということは、大・中・小の、重要な課題や副次的課題があって、それらを互いに融合させられるわけだ。 つまり課題も航路の線を作るのだ」私は区切りについて知っていることを思い出した。 「まさに課題こそが、航路の線を示し、その区間ごとに迷わせない“灯”なのだ。 それは、創造の最中に俳優が拠り所とする役の主要な段階だ。」 「課題? !」 ヴューンツォフは、いかにも意味深そうに考え込んだ。 「算数の……問題! ここにも……問題! さっぱり分からない! 上手く演じる――それが課題だ!」 彼はそう結論した。 「そうだ、それは大きな課題だ。私たちの人生全体の課題だ!」 トルツォフはそう認めた。 「だが、そのためにどれだけのことをしなければならない? !」 考えてみなさい。学校の第一、第二、第三、第四課程を修めること。 これが課題でなくて何だ? もちろん、偉大な俳優になることほど大きくはないが! . . そして各課程を修めるために、学校に何度来なければならない? 授業をどれだけ聞き、理解し、身につけねばならない? 練習をどれほどやらねばならない! これが課題でなくて何だ? ! もちろん、各課程を修めることよりは小さいが! そして毎日学校へ行くには、時間どおりに起き、時間どおりに立ち上がり、顔を洗い、服を着て、通りを駆けねばならない回数がある。 それも課題だが、さらに小さい。 「それに顔を洗うには、石鹸を何度取って、手や顔をこすらなきゃいけない?」 ヴューンツォフは思い出した。 「ズボンや上着を何度はいて、ボタンを留めなきゃいけない!」 「それも全部課題だ。ただし最も小さい課題だ」トルツォフは説明した。 生活も、人も、状況も、そして私たち自身も、絶えず自分に、互いに、一連の障害を突きつけ、それを藪の中をかき分けるようにくぐり抜けていく。 障害の一つ一つが、課題を生み、それを越えるための行為を生む。 人間は生活のどの瞬間にも、何かを望み、何かを目指し、何かに打ち勝っている。 それでも、目的が大きい場合には、しばしば一生かけても始めたことを終えられない。 大きな世界的・全人類的課題は、一人の人間ではなく、世代と世紀によって解かれる。 舞台では、その大きな全人類的課題は、シェイクスピアのような天才詩人と、モチャーロフやトンマーゾ・サルヴィーニのような天才俳優によって遂行される。 舞台創造とは、大きな課題を立て、それを遂行するための真の、生産的で、合目的的な行為である。 結果に関して言えば、それは、それまでのすべてが正しく行われていれば、ひとりでに生まれる。 大多数の俳優の誤りは、行為を考えず、その結果だけを考えることにある。 行為そのものを飛ばして、彼らは結果へ直行しようとする。 その結果は、結果の演技であり、暴力であって、職人芸にしか至り得ない。 舞台の上で、結果を演じるのではなく、舞台にいるあいだずっと、真に、生産的に、合目的的に、行為によって課題を遂行することを学び、習慣にしなさい。 自分の課題を愛し、それにふさわしい能動的行為を見つける術を持たねばならない。 「たとえば今、自分で課題を考えて、それをやってみなさい」アルカージー・ニコラエヴィチは私たちに提案した。 私とマロレトコワが意味深そうに考え込んでいると、シュストフがこんな企画を持って来た。 「たとえば、僕ら二人がマロレトコワに恋をしていて、二人とも彼女に求婚したとする。 もしそれが現実に起きたら、僕らはまず何をするだろう?」 まず私たち三人は、複雑な『与えられた状況』を定め、それを区切りと課題に分けた。そこから行為が生まれるのだ。 活動性が弱まると、私たちは新しい『もし』や『与えられた状況』を持ち込み、そこから新しい課題が生まれた。 それは解決しなければならなかった。 そうした不断の突き動かしによって、私たちは絶えず何かに取り組んでいたので、幕を開けてしまったことさえ気づかなかった。 その向こうには、空の舞台があり、どこか今日の夜の偶然の上演のための装置が、壁際に準備され、積まれていた。 アルカージー・ニコラエヴィチは、舞台へ行ってそこで実験を続けようと提案し、私たちはそのとおりにした。 それが終わると、トルツォフは言った。 「覚えているか。最初の頃の授業の一つで、私が君たちに、空っぽの舞台へ出てそこで行為せよ、と提案したことを。 あのとき君たちはそれができず、無力に舞台をうろつき、像や情念を演じていた。 だが今日は、またしても何の環境もなく、家具も物もない舞台に置かれたのに、多くの者が自由に、軽やかに感じていた。 何が君たちを助けた?」 「内的で、行為へ向かう課題です」私たちはパーシャとそう結論した。 「そうだ」トルツォフは認めた。 「課題は俳優を正しい道へ導き、『演じ』から引き留める。 課題は俳優に、舞台へ出る権利、そこに留まる権利、そして役に類似した自分の生活をそこに生きる権利の自覚を与える。 ただ残念なのは、今日の実験がそれを全員に納得させたわけではないことだ。ある弟子たちは今日も、行為のためではなく、課題そのもののために課題を立てていた。 そのため、それはたちまち俳優的な――見せびらかしの――『芸』に堕落した。 それはヴェセロフスキーに起きた。 ほかの者、たとえばヴェリャミノワでは、課題がまた純粋に外的で、自己陶酔に近かった。 ゴヴォルコフの課題は、いつものとおり、技術で輝くことに帰着した。 そういうものは良い結果を生まず、真に行為するのではなく、芝居がかった真似事をしたい欲望しか呼び起こさない。 プーシチンの課題は悪くはなかったが、理屈っぽすぎ、文学的すぎた。 文学は結構だ。だが俳優の芸術のすべてではない。」 … … … … … … … 19..年 今日、アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「舞台の課題には実に多くの種類がある。 だがそのすべてが私たちに必要で有益というわけではない。多くは有害だ。 だから俳優が、課題の質そのものを見分け、不要なものを避け、必要なものを見つけて固定できることが重要なのだ。」 「では、どんな印でそれを見分けられるんです?」 私は理解したくて言った。 「私が『必要な課題』と言うとき、意味しているのは――」 1. まず第一に、フットライトのこちら側――俳優の側――の課題であって、向こう側、つまり観客のいる側の課題ではないこと。 言い換えれば、戯曲に関わり、相手役、他の役の演じ手に向けられた課題であって、パルテールで見ている観客に向けられたものではないこと。 2. 俳優=人間としての課題であって、役の課題と類似しているもの。 3. 創造的・芸術的課題、つまり芸術の主要目的――役の「人間精神の生活」を創造し、それを芸術的に伝えること――の遂行に資する課題。 4. 真で、生きていて、能動的で、人間的な課題。役を前へ動かす課題であって、演じる人物と無関係なのに観客を楽しませるためだけに持ち込まれる、俳優的で約束事の、死んだ課題ではないこと。 5. 俳優自身も、相手役も、見ている観客も信じられる課題。 6. 心を引きつけ、胸を揺さぶり、真の『体験』の過程を喚起し得る課題。 7. 的確な課題、つまり演じる役に典型的な課題。おおよそではなく、戯曲の本質そのものと完全に確定的に結びついている課題。 8. 内容のある課題。役の内的本質に応える課題であって、戯曲の表面をなぞるだけの些末な課題ではないこと。 私が最後に一つだけ警告しておきたいのは、私たちの仕事にありがちで、しかも最も危険な、機械的で運動的な「俳優的課題」だ。これはまっすぐ職人芸へと導いてしまう。 「つまり」私はまとめた。「あなたは外的課題と内的課題――つまり身体的課題と心理的課題――を認めるわけですね?」 「そして、初歩的心理の課題もだ」とトルツォフは付け加えた。 「それはどんな課題です?」 私は理解できなかった。 「たとえば、君が部屋に入って、挨拶し、握手し、頭を下げて私に挨拶する、としよう。 これは習慣的で機械的な課題だ。 心理はここには関係ない。 「なに! じゃあ舞台では挨拶しちゃいけないの?」 ヴューンツォフは驚いた。 アルカージー・ニコラエヴィチは慌てて彼を落ち着かせた。 「挨拶はしてよい。だが、君たちが好きなように、愛すること、苦しむこと、憎むことを機械的にやったり、『体験』なしに、生きた人間的課題を運動的なやり方で遂行したりしてはならない。 別の場合には――」アルカージー・ニコラエヴィチは説明を続けた。「君は手を差し出し、握手しながら、同時に視線で愛情、敬意、承認の感情を表そうとする。 これは私たちに馴染みの課題とその遂行で、心理の要素も多少は入っている。 こういう課題を、私たちの言葉では初歩的心理の課題と呼ぶ。 では第三の場合だ。 たとえば昨日、私たちの間で醜い場面があったとしよう。 私は君を公衆の前で侮辱した。 そして今日会ったとき、私は近づいて手を差し出し、その握手で詫びたい。自分が悪かった、起きたことは忘れてくれ、と言いたい。 昨日の敵に手を差し出すのは、決して単純な課題ではない。遂行する前に、考え、感じ、乗り越えねばならないことが多い。 こういう課題は心理的だと認められるし、しかもかなり複雑だ。 授業の後半で、アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 — 課題がどれほど正しくても、いちばん大切で本質的な性質は、その課題が俳優自身を「誘う」こと、つまり本人にとって魅力的であることにある。 課題が好きで、惹きつけられ、俳優がそれを遂行したくなるものでなければならない。 そういう課題は吸引力を持ち、磁石のように俳優の創造的意志を引き寄せる。 このような、俳優に必要な性質をすべて備えた課題を、私たちは創造的課題と呼ぶ。 さらに重要なのは、課題が身の丈に合い、手の届く、遂行可能なものであることだ。 そうでなければ、俳優の自然を強制することになる。 たとえば、君が好きな『ブラン』の「おむつの場面」で、君の課題は何だ? 「人類を救うことです」とウムノーヴィフは答えた。 「ほら、見たか! そんな途方もない課題が、人間の誰かに手に負えるか? もっと軽い課題を取りなさい。最初は身体的なものでもいい。ただし心を引きつけるものを。」 「でも……面白いんですか……それ……身体的って?」 ウムノーヴィフは、控えめに、愛らしい微笑みで彼に言った。 「誰にとって面白い?」 アルカージー・ニコラエヴィチは聞き返した。 「観客にです」私たちの内気な心理学者は答えた。 「そんなものは気にするな。 自分のことを考えろ」トルツォフは答えた。 「君自身が興味を持てば、観客は君について来る。」 「僕は……それも……面白くありません。 心理的な課題が……いいです……。」 「そのうちだ。 君が心理や、その他の課題へ深入りするには、まだ早い。 時が来ればそこにも行き着く。 当面は、いちばん単純なもの――身体的なもの――に限りなさい。 どんな課題でも、心を引きつけるものにできる。」 「でも……身体と魂は……切り離せませんから……。 混ざるのは簡単で……間違えたり……ほら、すぐ……。」 ウムノーヴィフは照れながら説得した。 「そうだ、そうだ! 私もそれを言っている」トルツォフは相槌を打った。 「どんな身体的課題にも、どんな心理的課題にも、そしてその遂行にも、両方の要素が多分にある。 どうやっても切り分けられない。 たとえば、プーシキンの『モーツァルトとサリエリ』で、君がサリエリを演じねばならないとしよう。 モーツァルトを殺す決意をしたサリエリの心理は非常に複雑だ。杯を取って、葡萄酒を注ぎ、毒を入れ、その杯を、自分がその音楽に感嘆している友であり天才に差し出す――それを決心するのは難しい。 だがこれはみな身体的行為だ。 そしてその中に、どれほど心理があることか! あるいは言い換えれば、それはみな複雑な心理的行為なのだが、その中にどれほど身体があることか! では、いちばん単純な身体行為を挙げよう。つまり、相手に近づいて頬を平手で打つことだ。 だがそれを誠実にやるには、その前にどれほど複雑な心理の『体験』を体験せねばならないことか! 葡萄酒の杯と、平手打ち――その一連の身体的行為をやってみなさい。『与えられた状況』と『もし』で内側から正当化したうえで、身体の領域がどこで終わり、魂の領域がどこで始まるのかを定めてみなさい。 それが決して簡単ではなく、両者を混ぜてしまうのが容易だと分かるだろう。 だがそれを恐れるな。両者を混ぜなさい。 身体的課題と心理的課題の境界の曖昧さを利用しなさい。 課題を選ぶとき、身体的本性と精神的本性の境界を、あまり厳密に定めるな。 大まかにやりなさい。いわば感受の目測で――ただし常に身体的課題のほうへ傾けながら。 間違っても、私は責めない。 創造の瞬間には、それがむしろ有益になる。 「どうして明らかな誤りが有益になり得るんです?」 私たちは腑に落ちなかった。 「それによって君たちは自分の感受を脅かさずに済むからだ。誤りが、内的な強制から君を守ってくれるからだ。 身体的課題を正しく遂行することが、正しい心理状態を作る助けになる。 それが身体的課題を心理的課題へ変身させる。 私が言ったとおり、どんな身体的課題にも心理的根拠を与えられるのだから。 当面は、身体的課題だけを扱うことにしよう。 それはより容易で、手の届く、遂行しやすい。 そこでは『演じ』へ脱臼する危険も少ない。 そのうち心理的課題についても話す。だが当面は、君たちのどんな練習でも、エチュードでも、断片でも、役でも、まず第一に身体的課題を探すよう勧める。 … … … … … … … 19..年 次は重要な問いだ。区切りから課題をどう引き出すか。 この過程のサイコテクニックは、研究する区切りに、その内的本質を最もよく特徴づける適切な名を考えてやることにある。 「何のために、そんな洗礼が要るんです?」 ゴヴォルコフは皮肉を言った。 それに対してアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「区切りの内的本質を定める、よく当てた名称が何を意味するか分かるか? それは、その区切りの総合であり、抽出物だ。 それを得るには、区切りをチンキ剤のように『漬け込み』、内的本質を搾り出し、それを結晶化し、得られた『結晶』にふさわしい名を探さねばならない。 俳優がその言葉を探している間に、彼はすでにその区切りを探り、研究し、結晶化し、総合している。 名称を選ぶ過程で、課題そのものも見つかる。 区切りの本質を定める正しい名称は、その中に仕込まれた課題を開示する。 「この作業を実地で理解するために、たとえば『ブラン』の『おむつの場面』の断片でやってみよう」アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「最初の二つの区切り、二つのエピソードを取ろう。 内容を私が思い出させる。 牧師ブランの妻アグネスは、ただ一人の息子を失った。 悲嘆の中で彼女は、息子の残したおむつや服や玩具や、さまざまな品――形見――を繰り返し手に取っている。 どの品も、嘆き悲しむ母の涙に濡れる。 思い出が胸を引き裂く。 不幸は、彼らが湿って不健康な土地に住んでいるせいで起きた。 子どもが病んでいた当時、母は夫に、任地を去ってくれと懇願した。 だがブランは狂信者で、理念に献身していて、家族のために牧師の義務を犠牲にしようとしなかった。 それが息子を奪ったのだ。 次に第二の区切り――エピソード――の内容を思い出させよう。 ブランが来る。 彼も苦しみ、アグネスのためにも苦しむ。 だが狂信者の義務は彼に残酷さを強い、妻に、死んだ子の残した品や玩具をジプシー女に与えるよう説得する。それらが、アグネスが神に身を委ね、彼らの生活の根本理念――隣人への奉仕――を貫くのを妨げるからだ。 さあ、両方の区切りの内的本質を抽出し、そのために各区切りにふさわしい名を考えなさい。」 「いや、あのですね、何を考える必要があるんです? 全部はっきりしてます。 第一の課題の名前は母の愛、もう一つの課題の名前は、どうかご覧ください、狂信者の義務です」ゴヴォルコフは断言した。 「いいだろう、それでいこう」トルツォフは同意した。 「私は、区切りの結晶化そのものの細部に立ち入るつもりはない。 その仕事は、役と戯曲を扱うときに、細部まで学ぶことになる。 だが当面、君たちに助言しておく。課題の名称を決して名詞で定めてはならない。 名詞は区切りの名称のために取っておき、舞台の課題は必ず動詞で定めなさい。」 「なぜです?」 私たちは腑に落ちなかった。 「問いへの答えは助けてやろう。ただし条件がある。まず君たち自身が、いま名詞で示した課題――つまり①母の愛、②狂信者の義務――を、行為で試し、遂行してみることだ。」 ヴューンツォフとヴェリャミノワがそれに取りかかった。 前者は怒った顔を作り、目をむき、背を伸ばし、それをこわばって木のようになるまで緊張させた。 彼は床を力強く踏み、踵を鳴らし、低い声を出し、力んだ。これらの手段で、何か『義務一般』を表すための堅さ、力、決断を自分に与えようとしたのだ。 ヴェリャミノワもまた、気取りながら、何か『愛一般』を表そうとしていた。 「君たちの課題を名詞で定めたその名が、一人を――いかにも権威ある人間の像を演じることへ――もう一人を――情念、母の愛を演じることへ――押しやったと思わないか?」アルカージー・ニコラエヴィチは彼らの演技を見て言った。 君たちは権力と愛の人間に見せかけていたが、そうではなかった。 それは、名詞が『提示』、ある種の状態、像、現象について語るからだ。 名詞はそれらを語るとき、その『提示』を像として、あるいは形式的に定めるだけで、能動性や行為をほのめかそうとはしない。 しかし、どんな課題も必ず行為へ向かわねばならない。 「ですが失礼ながら、名詞だって図解できるし、描けるし、『提示』できる。これだって、どうかご覧ください、行為じゃないですか!」 ゴヴォルコフは言い争った。 「そうだ、行為だ。だが、舞台で私たちの芸術が要求する真に、生産的で、合目的的な行為ではない。あれは俳優的な、『提示』の行為であって、私たちはそれを認めず、劇場から追い払うのだ。」 「では、課題を名詞から、それに対応する動詞へ改名したらどうなるか見てみよう」アルカージー・ニコラエヴィチは続けた。 「どうやるんです?」 私たちは説明を求めた。 「簡単な方法がある」とトルツォフは言った。「動詞を言う前に、変換したい名詞の前へ『したい』を置くのだ。『……をしたい。何を?』とな。」 この過程を例で示してみよう。 たとえば『権力』という語で実験するとする。 その前に『したい』を置く。 すると『権力がほしい』になる。 この欲求はあまりに一般的で、非現実的だ。 生かすには、より具体的な目的を入れなさい。 それが君にとって魅力的に映れば、その実現のために、君の内側に行動へ向かう欲求と衝動が生まれる。 それを、内的本質を言い当てる的確な言葉の名で定めねばならない。 それが、生きた能動的課題を定める動詞になる。名詞が生む、無為な『提示』や概念ではない。 「そんな言葉をどうやって見つけるんです?」 私は分からなかった。 「それなら自分にこう言いなさい。『権力を得るために、何をしたい?』 問いに答えれば、どう行為すべきか分かる。」 「権力者でありたい」ヴューンツォフは即座に結論した。 「『である』は静的な状態を定める語だ。 行為へ向かう課題に必要な能動性がない」アルカージー・ニコラエヴィチは指摘した。 「権力を手に入れたい」ヴェリャミノワが言い直した。 「それは幾分能動性に近いが、それでも一般的すぎ、すぐには実行できない。 実際、ここに座って、『権力を一般に得たい』と望んでみなさい。 もっと具体的で、近く、現実的で、実行可能な課題が要る。 見てのとおり、どんな動詞でも使えるわけではない。どんな言葉でも能動的で生産的な行為へ押し出すわけではない。 課題の名を選べるようにならねばならない。」 「全人類を幸福にするために権力がほしい」誰かが提案した。 「美しい言葉だが、現実にそれが実行できると信じるのは難しい」アルカージー・ニコラエヴィチは反論した。 「人生を味わうために、楽しく生きるために、尊敬を受けるために、気まぐれを通すために、虚栄心を満たすために、権力がほしい」シュストフが言い直した。 「その欲求はより現実的で、実現しやすい。だが、それを果たすには、事前に一連の補助的課題を解決せねばならない。 その最終目的は一気には達成できない。まるで上階へ上がる階段の段のように、段階的に近づく。 一歩では登れない。 君も、自分の課題へ至る段をすべて踏み、その段を列挙しなさい。」 「仕事ができるように、賢そうに見せたい。それで信用を得たい。 目立ちたい、出世したい、注目を集めたい……などなど。」 その後アルカージー・ニコラエヴィチは『ブラン』の「おむつの場面」に戻り、全員を作業へ引き込むためにこう提案した。 「男は全員、ブランの立場に入り、彼の課題の名称を考えなさい。 君たちは彼の心理をより理解できるはずだ。 女性はアグネスの代表になりなさい。 女性的・母性的愛の微妙さは、君たちのほうが手に届く。 いち、に、さん! クラスの男組と女組のトーナメント、開始!」 「アグネスに対する権力を手に入れて、犠牲を捧げさせたい。彼女を救い、導くために。」 私が文を言い終える前に、女たちが私に襲いかかり、自分たちの『~したい』を浴びせかけてきた。 「死んだ子のことを思い出したい!」 「あの子に近づきたい!」 「交わりたい!」 「治して、撫でて、世話をしたい!」 「生き返らせたい!」 「死んだ子のあとを追いたい!」 「あの子の近さを感じたい!」 「物の中に、あの子を感じたい!」 「棺から呼び出したい!」 「私のもとへ取り戻したい!」 「あの子の死を忘れたい!」 「悲嘆を押し殺したい!」 マロレトコワは誰よりも大声で、ただ一つの文句だけを叫んだ。 「しがみついて、離れたくない!」 「そう来るなら」今度は男たちが宣言した。「戦おう!」 「アグネスを準備し、こちらへ向けたい!」 「撫でてやりたい!」 「彼女の苦痛を自分が理解していると感じさせたい!」 「義務を果たした後の、魅力的な喜びを描いてやりたい!」 「人間の大きな課題を説明したい!」 「それなら」と女たちは叫び返した。「私の苦しみで夫を哀れませたい!」 「私の涙を見せたい!」 「もっと強くしがみついて、放したくない!」 マロレトコワは叫んだ。 男たちはそれに対して宣言した。「人類に対する責任で脅したい!」 「罰と決裂で脅したい!」 「互いに理解できない絶望を表したい!」 この撃ち合いが続くあいだ、次々に新しい思考と感情が生まれ、それを言い当てるには相応の動詞が必要だった。そして動詞はまた、内側から能動性への衝動を呼び起こした。 女たちを納得させようとして私は彼女たちと戦った。理性と感情と意志が示す課題をすべて使い尽くしたとき、私には、すでに一場を演じ終えた感覚が生まれた。 その状態は満足を与えた。 「選ばれた課題はそれぞれの仕方で正しく、程度の差はあれ行為を呼び起こす」アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「より能動的な気質の者には、『死んだ子のことを思い出したい』という課題では感受にあまり響かなかった。だから別の課題――『しがみついて放したくない』――が必要だった。 何に? 物に、記憶に、死んだ子についての思いに。 だが同じ課題を別の者に与えれば、彼らはそれに冷淡なままだろう。 大事なのは、どの課題も惹きつけ、燃え立たせることだ。 これで私は思うに、君たち自身が実地で、私に出した問い――『なぜ課題は名詞ではなく、必ず動詞で定めねばならないのか?』――に答えたことになる。 区切りと課題について、今言えるのはここまでだ。 残りは追って話そう。君たちが私たちの芸術とそのサイコテクニックについてもっと知り、区切りと課題に分けられる戯曲と役を持つようになったときに。 VIII . 真実感と信 張り紙のある授業。 そこにはこう書いてある。 真実感と信。 授業が始まる前、弟子たちは舞台の上で、マロレトコワの新たな「紛失物」――金の入った彼女のハンドバッグ――を探していた。 そのとき突然、アルカージー・ニコラエヴィチの声が響いた。 彼はずっと前から、パルテールから私たちを見ていたのだ。 「舞台の枠というものは、照らされたフットライトの前で行われていることを、実にうまく差し出すものだ。 君たちは探索のあいだ本当に『体験』していた。すべてが真実で、すべてが信じられ、小さな身体的課題は明確に遂行されていた。課題は確定していて明瞭、注意は鋭敏になり、創造に必要な要素が正しく、足並みを揃えて働いていた……」 「要するに、舞台の上に真の芸術が生まれたのだ」――彼は不意にそう結論した。 「いや……」 「どこに芸術があるんです?」 「あったのは現実で、本物の真実――君がたの言う『実際の出来事』――でした」弟子たちは反論した。 「では、その『実際の出来事』を繰り返してみろ。」 私たちはバッグを元の場所に戻し、すでに見つかっていて、もう探す必要のないものを探し始めた。 もちろん、何も起こらなかった。 「いや、今度は課題も行為も、真の真実も、何一つ感じなかった……」 アルカージー・ニコラエヴィチはそう批評した。 「なぜ、さっき現実に『体験』したことを、そのまま繰り返せない?」 「そのために俳優である必要などない。ただの人間でいればいいはずだ。」 弟子たちはトルツォフに、最初は本当に探す必要があったが、二度目は必要がなく、ただ探しているふりをしただけだ、と説明し始めた。 一度目は本物の現実だったが、二度目はそれの模造、演技、嘘だった。 「では同じ探索の場面を、嘘なしで、真実だけで演じてみなさい」アルカージー・ニコラエヴィチは提案した。 「でも……」 私たちはもじもじした。 「そんなに簡単じゃありません。」 「準備して、稽古して、『体験』して……」 「どうやって『体験』する?」 . . 「だが君たちは、ハンドバッグを探していたとき、『体験』していたではないか?」 「あれは現実でした。だが今は、虚構を作って『体験』しなければならないんです!」 「つまり舞台では、生活とは別の仕方で『体験』しなければならない、ということですか?」 トルツォフは理解できない様子だった。 言葉を交わすうちに、新たな問いと説明を重ねて、アルカージー・ニコラエヴィチは私たちを、次の自覚へ導いた。現実の平面では、真実と信はひとりでに生まれるのだ。 たとえば今、弟子たちが舞台で失くし物を探していたとき、そこには本物の真実と信が生まれていた。 だがそれは、そのとき舞台の上にあったのが演技ではなく、現実そのものだったからだ。 しかし舞台の上にその現実がなく、そこで演技が行われるとき、真実と信を作り出すには、前もっての準備が要る。 それは、真実と信がまず、想像上の生活の平面――芸術的虚構の中で芽生え、そこから舞台へ運ばれる、ということだ。 「つまり、いま現実に起きたバッグ探しを舞台で再現し、真の真実を自分の中に呼び起こすには、内側のどこかのレバーを回すようにして、想像の生活の平面へ移らねばならないのだ」とトルツォフは説明した。 「そこで君は、現実に類似した自分の虚構を作る。 そのとき、魔法の『もし』と、正しく受け取られた『与えられた状況』が、舞台の上で舞台の真実と信を感じ、作り出す助けになる。」 「こうして、生活における真実とは、存在するもの、あるもの、人間が確かに知っているものだ。 だが舞台では、現実には存在しないが、起こり得たかもしれないものを真実と呼ぶ。」 「失礼ですが」とゴヴォルコフが尋ねた。 「その、劇場でどんな真実が語れるんです? シェイクスピアの戯曲そのものからして虚構と嘘で、最後には、ほら、『オセロ』が刺されるあの紙製の短剣に至るまで――全部作り物じゃないですか。」 「もし君が、短剣が鋼ではなく紙であることに気を取られ、まさにその粗い小道具の作り物を舞台の嘘と呼び、それゆえに芸術すべてへ烙印を押して、舞台の生活の真実性を信じられなくなるのなら、安心しなさい。劇場で重要なのは、オセロの短剣が紙か金属かではない。オセロの自死を正当化する、俳優自身の内的感情が、正しく、誠実で、真であることだ」とアルカージー・ニコラエヴィチはゴヴォルコフに反論した。 「重要なのは、もしオセロの生活の条件と状況が本物で、彼が自分を刺す短剣が本物だったなら、人間=俳優である本人が、どう振る舞ったはずか、ということだ。 さあ、君にとってどちらが面白く重要で、何を信じたいか決めなさい。劇場と戯曲に、事実・出来事・物質世界の現実の真実があることか。それとも、現実には存在しない舞台の虚構によって呼び起こされた、俳優の魂に芽生えた感情が、真で正しいということか?」 「劇場で私たちが語るのは、その感情の真実なのだ。 それが、創造の瞬間に俳優が必要とする舞台の真実だ。 その真実と信なしに、真の芸術はない! そして舞台の外的環境が現実に近ければ近いほど、俳優の役の『体験』は、より有機的本性に近くなければならない。 だが私たちは、しばしば舞台でまったく別のものを見る。 装置や小道具の現実的な環境を作り、そこではすべてが真実なのに、役を演じる者の感情と『体験』の真実性を忘れてしまうのだ。 物の真実と感情の不真実の不一致は、役の演技の中に真の生活が欠けていることを、かえって強調するだけだ。 そうならないために、舞台で行う行いと行為を、常に自分の『もし』と『与えられた状況』で正当化しなさい。 そのように創造してこそ、君は自分の真実感を最後まで満たし、自分の『体験』の真実性を信じることができる。 私たちはこの過程を、正当化の過程と呼ぶ。 私はトルツォフの言っている重要なことを最後まで理解したくて、劇場における真実とは何かを、短い言葉で定式化してくれるよう頼んだ。 それに対して彼が言ったのは、こうだ。 「舞台の真実とは、私たちが自分の内側でも、相手役の魂の中でも、誠実に信じているものだ。 真実は信から切り離せず、信もまた真実から切り離せない。 両者は互いなしには存在できず、この二つがなければ、『体験』も創造もあり得ない。 舞台の上のすべては、俳優自身にとっても、相手役にとっても、見ている観客にとっても、説得力がなければならない。 すべてが、舞台で創造している俳優自身が味わっているのと類似した感受が、真の生活の中にも存在し得るのだ、という信を呼び込まねばならない。 私たちが舞台にいる一瞬一瞬は、『体験』している感情の真実と、行っている行為の真実への信によって、承認されていなければならない。 こういう内的真実と、それへの素朴な信が、舞台の上の俳優には必要なのだ」アルカージー・ニコラエヴィチはそう結んだ。 … … … … … … … 19..年 今日は劇場で、音と物音の稽古に立ち会った。 休憩時間に、アルカージー・ニコラエヴィチが俳優のフォワイエに来て、俳優たちと私たち――弟子たち――と話をした。 私とシュストフに向かって、彼はついでにこう言った。 「残念だ。君たちは今日の劇場の稽古を見なかった! あれを見れば、舞台における真の真実と信が何か、目に見えて分かったはずだ。 というのも、いま私たちは古いフランス戯曲を稽古している。始まりはこうだ。少女が部屋へ飛び込んできて、彼女の人形がお腹を痛めたと言う。 すると登場人物の誰かが、人形に薬を飲ませようと提案する。 少女は走り去る。 しばらくして彼女が戻り、病人は治ったと言う。 これが、のちに『私生児の両親』の悲劇が築かれていく場面だ。 ところが劇場の小道具に人形がなかった。 代わりに木片を取り、きれいで薄い布切れで包んで、その役の少女に渡した。 すると子どもはたちまち、その木片を自分の娘だと認め、愛する心のすべてを彼女に与えた。 だが困ったことに、小さな『人形の母』は、胃の治療法について戯曲の作者と意見が合わなかった。彼女は薬を認めず、浣腸のほうを好んだのだ。 その意味で、演じ手は作者の台詞に、相応の“編集上の修正”を加えた。少女は戯曲の言葉を自分の言葉に置き換えたのである。 その際、彼女は個人的経験から取った、実にもっともな根拠まで持ち出した。経験が彼女に教えたのは、浣腸のほうが下剤よりも効き目があり、しかも気持ちがいい、ということだった。 稽古が終わると、子どもはどうしても自分の娘と別れたがらなかった。 小道具係は喜んで、偽の人形――木片――を彼女にくれてやろうとしたが、その布は夜の公演に必要で、渡せなかった。 そこで子どもの悲劇が起こり、叫びと涙になった。 それが収まったのは、薄くきれいな布の代わりに、安いが温かい羅紗の布切れに替えてやろう、と提案した後だった。 少女は、胃の具合が悪いときには、布の美しさや贅沢より、温かさのほうが役に立つと判断し、喜んで交換に同意した。 これが信であり、真実だ! 私たちは、こういう相手から演技を学ばねばならない! トルツォフは感嘆していた。 「もう一つ別の例も思い出す」と彼は続けた。「あるとき私は、絨毯の上を跳ね回っていた姪を、カエルの子と呼んだ。すると少女は丸一週間、その役を引き受け、四つん這い以外では動かなかった。 彼女は数日間、机の下や椅子の陰や部屋の隅に座り込み、人や乳母から隠れていた。 別のときには、昼食の席で大人のように行儀よく座っていたと褒められると、あの手のつけられないいたずら娘がたちまちおすましになり、今度は自分の養育係に作法を教え始めた。 その一週間は家の者にとって最も静かな週になった。というのも、少女の物音がまったく聞こえなかったからだ。 考えてもみなさい――遊びのために、一週間も自発的に自分のテンペラメントを抑え、その犠牲に喜びを見いだすのだ。 これが、想像力の柔軟さと、遊びの主題を選ぶ際の子どもの従順さ、欲のなさの証拠でなくて何だ! これが、自分の虚構の真実性と真実への信ではないか! 子どもたちが、一つの対象と行為に、どれほど長く注意を保てるか――驚くべきことだ! 子どもたちは、同じ気分の中に、気に入った像の中に、居続けるのが楽しいのだ。 遊びの中で子どもたちが作る真の生活の幻影はあまりに強く、そこから現実へ戻るのが難しい。 手に触れるものすべてから、彼らは喜びを作り出す。 自分に「まるで……のように」と言いさえすれば、虚構はもう彼らの中で生き始める。 子どもの「まるで……のように」は、私たちの魔法の『もし』より、ずっと強い。 子どもにはもう一つ、私たちが見習うべき性質がある。子どもは、自分が信じられるものと、気にしないでおくべきものを知っているのだ。 そして、いま話したあの少女は、母であるという感情を大事にし、木片を気にしないでいられた。 俳優もまた舞台で、自分が信じられるものに興味を向け、妨げになるものは気にしないでいなさい。 それが、舞台口の黒い穴や、公の実演の約束事を忘れる助けになる。 芸術の中で、子どもたちが遊びの中で持つあの真実と信にまで到達したとき、君たちは偉大な俳優になれるだろう。 … … … … … … … 19..年 アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「私は、創造の過程における真実の意義と役割を、ごく大まかに話した。 今度は不真実、舞台の嘘について話そう。 真実感を持つのは良いことだが、嘘の感覚も持たねばならない。 私がこの二つを分け、対立させることに、君たちは驚くかもしれない。 だが私は、生活そのものがそれを要求するからそうするのだ。 劇場の指導者や俳優、観客、批評家の中には、舞台では約束事や芝居がかった感じ、嘘だけを好む人が大勢いる。 ある者ではそれは、悪い、歪んだ趣味で説明できるし、別の者では飽き――倦怠で説明できる。 後者は美食家のように、舞台に辛く、刺激的なものを求める。演出や俳優の演技の「付け合わせ」が好きなのだ。 生活にはない「特別」が必要だという。 現実に飽き飽きして、舞台でそれに出会いたがらない。 「生活のようであっては困る」と彼らは言い、そこから逃げるために、舞台でより多くの屈折や歪みを探す。 それらは皆、学者ぶった言葉や論文や講義や、流行の理論――いかにも芸術の微妙さを洗練して理解しているがゆえに生まれたかのような――によって正当化される。 「劇場には美しいものが要る! と言う。 私たちは上演で休みたい、楽しみたい、笑いたい! そこで苦しんだり泣いたりしたくない」と。 「生活だけでも悲しみは十分だ」と言う者もいる。 これらの人々とは反対に、舞台では生活感、自然さ、リアリズム――真実だけを愛し、認める劇場指導者、俳優、観客、批評家も多い。 この人々は、辛くて有害な「ソース」のない、健康で普通の食物、良い「肉」を求める。 彼らは劇場で、魂を浄化する強い印象を恐れない。そこで泣き、笑い、『体験』し、間接的に戯曲の生活に参加したいのだ。 舞台に、真の「人間精神の生活」の反映を求める。 さらに言えば、どちらの場合にも行き過ぎがあり、辛さや屈折は醜悪の極限へ、単純さや自然さはウルトラ・ナチュラリズムの極限へ行き着くことがある。 この両極端は、ともに最悪の『演じ』に隣り合っている。 こうした事情すべてが、私に真実を嘘から切り分け、別々に語らせるのだ。 だが、それを愛するか憎むかは一つのことだし、まったく別のこととして…… もっとも…… アルカージー・ニコラエヴィチははっとして、ひと息置き、言いかけた文を終えぬまま、ドゥムコワとウムノーヴィフに向き直った。 「君たちの好きな『ブラン』の『おむつの場面』を、やってみせなさい。」 二人は胸を打つほど真剣に、だがいつもの苦労と「力み」を伴って、命令を実行した。 「教えてくれ」アルカージー・ニコラエヴィチはドゥムコワに言った。「なぜ君は今、臆病で、素人めいた不確かさになっていたのか?」 ドゥムコワは黙り込み、身をすくめ、うつむいた。 「何が邪魔をした?」 「分かりません!」 「感じているとおりに演じられないんです……。」 「一言口にすると、言ったことを引っ込めたくなる。」 「なぜそうなる?」 アルカージー・ニコラエヴィチは問い続け、ついに彼女は、嘘と『演じ』に対するパニックじみた恐怖を告白した。 「あ!」 トルツォフはその言葉に飛びついた。 「君は嘘が怖かったのか?」 「はい……」ドゥムコワは認めた。 「君はどうだ、ウムノーヴィフ?」 「君の演技には、どうしてあれほど努力と力みと重さと、息苦しい沈黙がある?」 トルツォフは問い詰めた。 「もっと深く取りたい、踏み込みたい……生きた感情を、言葉を、自分の中で引っかけたい……人間が……魂が打って、震えて……信じなきゃ、納得させなきゃ……。」 「君は自分の中に、真の真実、感情、『体験』、言葉の下の意味を探していた――」 「そういうことか?」 「そのとおりです!」 「そのとおりです!」 「さあ、君たち」アルカージー・ニコラエヴィチは弟子たちに向かった。「ここに、二つの異なるタイプの俳優がいる。 二人とも舞台の嘘を憎む。だが憎み方がそれぞれ違う。 たとえばドゥムコワは、嘘をパニックのように恐れて、注意のすべてを“嘘”に与えてしまう。 舞台にいるあいだ、彼女はそれだけを考えている。 真実のことは思い出さないし、思い出す暇もない。嘘への恐怖が彼女を丸ごと支配しているからだ。 これは完全な隷属で、ここでは創造など語れない。 ウムノーヴィフにも同じ束縛が起きている。だが嘘への恐怖からではなく、逆に、真実への最も熱烈な愛からだ。 彼は前者のことなど考えない。後者に、全身全霊で吸い込まれているからだ。 嘘と戦うことも、真実を真実のために愛することも――どちらも『演じ』以外の何ものにも至り得ない、と説明する必要があるか? 舞台へ創造しに出るのに、「失敗して嘘になるまい」とただ一つの取りつかれた考えを持って出てはならない。 また、「何が何でも真実を作る」と一つの心配だけを抱えて出てもならない。 そんな考えを持てば持つほど、人は余計に嘘をつく。 「では、どうすれば救われるんです?」 哀れなドゥムコワは、ほとんど泣きながら尋ねた。 「二つの問いだ。それは、砥石が剃刀を導くように、創造を導く。」 「嘘への取りつかれた考えが君を支配したら、照らされたフットライトの前に立って、自己点検のためにこう問え――『私は行為しているのか、それとも嘘と戦っているのか?』」 「私たちが舞台へ出るのは、自分の欠点と戦うためではない。真に、生産的で、合目的的な行為のためだ。 それが目的を達するなら、つまり嘘は打ち負かされたということだ。 そして、自分が正しく行為しているかを確かめるために、もう一つ問え――『私は誰のために行為しているのか。自分のためか、観客のためか、それとも、目の前に立つ生きた人間――つまり、舞台のそばにいる相手役――のためか?』」 「君たちは知っている。創造の瞬間、俳優は自分自身の裁判官ではない。 観客も、見ている間は裁判官ではない。 判断は家に帰ってから下す。 裁判官は相手役だ。 俳優が相手役に影響を与え、感受と交わりの真実を信じさせたなら――創造の目的は達せられ、嘘は打ち負かされたのだ。 舞台で創造の瞬間に、提示せず、『演じ』もせず、真に、生産的に、合目的的に、しかも絶えず行為している者――観客ではなく相手役と舞台で交わっている者――その者は、自分を戯曲と役の領域に、生きた生活、真実、信、「我は在り」の空気の中に保っている。 その者は舞台で真実を生きているのだ。 「嘘と戦う別のやり方もある」アルカージー・ニコラエヴィチは泣いているドゥムコワを慰めた。 「嘘を引き抜くことだ。 だが、その空いた場所に、別の、もっと大きな不真実が座らないと誰が保証できる? やり方は違う。現れた嘘の下に、真の真実の種を敷き込むのだ。 その真実が嘘を押し出せ。新しく生える歯が、子どもの乳歯を押し出すように。」 よく正当化された『もし』と『与えられた状況』と、心を引きつける課題と、正しい行為が、俳優の型、結果の『演じ』、嘘を押しのけていくようにしなさい。 君たちが、真実の自覚と、それによる嘘の排除が、どれほど重要で必要か知っていたなら。 私たちが嘘と型を引き抜くと呼ぶこの過程は、目立たぬまま、習慣的に、絶えず働いて、舞台での私たちの一歩一歩を点検せねばならない。 「いま私が真実を育てることについて言ったことは、ドゥムコワだけでなく、君にも当てはまる。ウムノーヴィフ」アルカージー・ニコラエヴィチは、私たちの「製図屋」に向かって言った。 「君に一つ助言がある。しっかり覚えなさい。舞台で、真実への要求や、嘘の意味を、決して誇張してはならない。 前者への偏愛は、真実そのもののために真実を『演じ』ることへ導く。 それは、あらゆる不真実の中で最悪だ。 また嘘を過度に恐れることは、不自然な慎重さを生み、これも舞台における最大級の『不真実』の一つになる。 嘘についても――舞台の真実についてと同様に――落ち着いて、公正に、あら探しせずに向き合いなさい。 劇場で真実が必要なのは、誠実に信じられるかぎりにおいてだ。自分自身と舞台上の相手役を納得させ、課された創造的課題を確信をもって遂行する助けになるかぎりにおいてだ。 嘘からも、理性的に接するなら益を引き出せる。 嘘とは、俳優がしてはならないことの音叉だ。 一分ほど間違えて、偽音を出してしまっても構わない。 大切なのは、その音叉が同時に、正しいもの――つまり真実――の境界を示し、誤りの瞬間に私たちを正しい道へ導くことだ。 この条件のもとでは、一瞬の脱臼や偽音でさえ、これ以上先へ行ってはならない境界を示して、俳優の益になる。 この自己点検の過程は、創造の最中に必要だ。 それどころか、それは途切れずに、恒常的でなければならない。 動揺と、公の創造の環境の中で、俳優はいつも、自分に実際にある以上の感情を出したくなる。 だが、どこから取る? 劇場の『体験』を調節するための感情の予備倉庫など、私たちにはない。 行為を抑えたり誇張したりはできる。感情を表すはずの「努力」を必要以上に加えることもできる。 だがそれは感情を強めない。逆に、それを殺してしまう。 それは外側の『演じ』であり、誇張だ。 こういう瞬間には、真実感の抗議が最良の調節器になる。 俳優が内側では役を正しく生きているときでさえ、その抗議に耳を澄ませねばならない。 だがしばしばこの瞬間、外側の表現装置が、神経のせいで度を越して努力し、無意識に『演じ』てしまう。 それは必然的に嘘へ至る。 授業の終わりにトルツォフは、客席に座って他人の演技を見ているときには、きわめて繊細な真実感を持つある俳優の話をした。 だが舞台に上がり、演じる戯曲の行為する人物になると、その同じ俳優は真実感を失う。 「信じがたいことだが」アルカージー・ニコラエヴィチは言った。「ついさっきまで仲間の偽音や『演じ』を繊細な理解で断罪していた同じ人間が、舞台へ移ると、今批判したものより大きな誤りを犯すのだから。」 そういう俳優、そしてそれに類する俳優では、観客としての真実感と、上演を遂行する者としての真実感が別々なのだ。 … … … … … … … 19..年 授業でアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「俳優がしていることの真実と、その真実性への信が、舞台でひとりでに生まれるなら、それはもちろん最良だ。 だが、そうならないときはどうする? そのときはサイコテクニックの助けで、その真実と、それへの信を探し、作り出さねばならない。 自分が信じられず、不真実だと思うものを創造することはできない。 では、自分自身の中で、真実と信はどこで探し、どう作り出す? 人間=俳優の精神生活の領域、つまり内的感覚と内的行為の中ではないのか? だが内的感受はあまりに複雑で、捉えがたく、気まぐれで、固定しにくい。 魂の領域では、真実と信はひとりでに生まれるか、さもなくば複雑なサイコテクニックの仕事を通して作られる。 真実と信を見つけ、あるいは呼び起こすのが最も容易なのは、身体の領域だ。最も小さく、単純な身体的課題と行為の中だ。 それらは手が届き、持続し、目に見え、触れられ、意識と命令に従う。 しかも固定しやすい。 だから私たちはまず第一にそれらへ向かい、それを手がかりにして、作り出される役へ近づくのだ。 試してみよう。 … … … … … … … 19..年 「ナズヴァノフ、ヴューンツォフ!」 「舞台へ行って、君たちが他よりもうまくいかないエチュードを演じてみなさい。 私がそう見るのは、『金を燃やす』エチュードだ。 君たちがそれを支配できない最大の理由は、私が筋書きで考えた恐ろしいことを、いきなり全部信じようとするからだ。 『いきなり』は、君たちを『一般に』演じることへ導く。 難しいエチュードを部分ごとに支配してみなさい。もちろん全体に完全に合致した形で、最も単純な身体的行為に沿って進むのだ。 最も小さな補助的行為の一つ一つを真実にまで到達させなさい。そうすれば全体が正しく流れ、君たちはその真実性を信じられる。」 「すみません、小道具の札束をください」私は袖に立っていた当番の作業員に声をかけた。 「要らない。 空っぽでやりなさい」アルカージー・ニコラエヴィチは私を止めた。 私は存在しない金を数え始めた。 「信じられない!」 私が想像上の束を取ろうと手を伸ばした途端、トルツォフが止めた。 「何が信じられない?」 「君は触れたものを、見もしなかった。」 私は想像の束のほうを見た。何も見えない。手を伸ばし、そして引っ込めた。 「せめて体裁として指を握りなさい。でないと束が落ちる。 放るな。置きなさい。 それには一秒あればいい。 けちるな。自分のしていることを正当化し、身体として信じたいなら、その一秒を惜しむな。 誰がそんな解き方をする? 束を縛っている紐の端を見つけなさい。 違う! それは一気にはできない。 たいていは端がねじられて、束が解けないように紐の下へ差し込まれている。 その端をまっすぐにするのは、そう簡単じゃない。 「そうだ」アルカージー・ニコラエヴィチは褒めた。 「では各束を一つずつ数えなさい。 うっ! ずいぶん早く全部やったな。 どんなに熟練した金庫係でも、古くてへたった紙切れを、そんなに速く数えられはしない。 分かるか。舞台で自分の自然が身体として信じるためには、どこまで写実的な細部、どこまで小さな真実へ到達しなければならないか。」 行為から行為へ、一秒から一秒へ、トルツォフは論理的に、一貫して、私の身体の作業を導いた。 想像の金を数えながら私は、生活の中で同じ過程がどんな順序で、どんな手順で行われるかを、少しずつ思い出していった。 トルツォフに示された論理的行為のすべてから、今日、私の中には空っぽの対象に対するまったく別の関係が生まれた。 それは、まるで想像の金で満たされたかのようだった。いや正確には、現実には存在しない想像上の対象へ向ける、正しい照準を呼び起こしたのだ。 意味もなく指を動かすのと、私が頭の中で思い描いた、汚れてよれよれになった一ルーブル札を数えるのとでは、まるで違う。 身体的行為の真の真実が感じられた途端、私はたちまち舞台の上が居心地よくなった。 すると意志と無関係に、即興が生まれた。私は紐をきちんと巻いて、机の上の脇に置いた。 この些細なことが、その真実で私を温めた。 それどころか、次々に新しい即興の連なりを呼び起こした。 たとえば束を数える前、私はそれを机に長いことトントン打ちつけて、端を揃え、順序よく整えた。 すると隣にいたヴューンツォフが、私の行為を理解して笑った。 「何が可笑しい?」 私は彼に尋ねた。 「あまりにそっくりだったからさ」と彼は説明した。 「これこそ、私たちが『最後まで、完全に正当化された身体的行為』と呼ぶものだ。俳優が有機的に信じられるものだ!」 アルカージー・ニコラエヴィチがパルテールから叫んだ。 短い間を置いて、アルカージー・ニコラエヴィチは語り始めた。 「この夏、長い中断の後、私はまたセルプホフ近郊で暮らした。以前、何年も続けて休暇を過ごした別荘でね。 私が部屋を借りていた家は、駅から遠かった。 だが、谷間を抜け、養蜂場を抜け、森を抜けて直線に行けば、距離は何倍も短くなる。 昔、頻繁に歩いたおかげで私はそこに小道を踏み固めていたが、私がいない年月のあいだに、背の高い草に覆われてしまっていた。 私はまた自分の足で、それを作り直さねばならなかった。 最初は容易ではなかった。私はしょっちゅう正しい方向から外れて、交通量の多さで轍と凸凹だらけになった車道へ出てしまった。 その道は駅とはまったく別の方向へ行っている。 引き返して、自分の足跡を探し、小道を先へ延ばさねばならなかった。 その際私は、見慣れた木や切り株の位置、上り下りを頼りにした。 それらの記憶が私の中に残っていて、探索を導いたのだ。 やがて、草が長く踏み倒された線が見え始め、私はそこを駅へ、そして駅から歩いた。 町へよく行ったので、私はほとんど毎日その近道を使わねばならず、そのおかげで小道はすぐに踏み固まった。 さらに間を置いてから、アルカージー・ニコラエヴィチは続けた。 「今日、ナズヴァノフと私は、『金を燃やす』エチュードで、身体的行為の線を定め、それを生かした。 この線もまた、一種の『小道』だ。 それは現実の生活では君たちによく知られているが、舞台では改めて踏み固め直さねばならなかった。 ナズヴァノフには、この正しい線のすぐそばに、習慣で踏み固められた別の線――誤った線――があった。 それは型と約束事でできている。 彼は意志と無関係に、毎分のようにそちらへ曲がってしまった。 この誤った線は、轍だらけの田舎道に喩えられる。 その道は、毎分のようにナズヴァノフを正しい方向から引き離し――単なる職人芸へ連れ去った。 その線を避けるために、彼は私が森でそうしたのと同じく、正しい身体的行為の線を探し、また切り開かねばならなかった。 それは森の踏み倒された草に似ている。 今度はナズヴァノフが、それをさらに『踏み固め』、やがてそれが、役の正しい道筋を一度きりで永遠に固定する『小道』になるまで続けねばならない。 私のやり方の秘密は明らかだ。 問題は、身体的行為そのものではない。行為が、私たちの中に呼び起こし、感じさせてくれる真実と信――そこにある。 小・中・大・最大の区切り、行為、その他があるように、私たちの仕事には、小さな真実、大きな真実、最大の真実、そしてそれらへの信の瞬間もある。 大きな行為全体の大きな真実を、一度に捉えられないなら、それを部分に分け、少なくともその最も小さな部分を信じるよう努めなさい。 私は谷間と森で小道を踏み固めたとき、そうした。 そのとき私を導いたのは、正しい道への最も小さな手がかりと記憶(切り株、溝、小さな丘)だった。 ナズヴァノフと私は、大きな行為ではなく、最も小さな身体的行為に沿って進み、その中に小さな真実と信の瞬間を探した。 それが次を生み、それらが一緒になって第三、第四……を呼び起こしていった。 君たちは、それが小さいと思うか? それは誤りだ。あれは巨大だ。 しばしば、たった一つの小さな真実の感覚と、行為の真実性への一つの信の瞬間から、俳優はたちまち目が開き、役の中に自分を感じ、大きな戯曲全体の大きな真実を信じられるようになるのだ。 生活の真実の一瞬が、役全体の正しい調子を教える。 この種の例を、私の経験からいくつ挙げられることか! 俳優が約束事の、職人芸の演技をしている最中に、不意の出来事が起きる。椅子が倒れた、女優がハンカチを落として拾わねばならない、立ち位置が変わって急に家具を動かさねばならない――などだ。 澄んだ空気の流れ込みが、蒸し暑い部屋をさっと生き返らせるように、真の生活から舞台の約束事の空気の中へ飛び込んでくる偶然は、死んだ型どおりの演技を生き返らせる。 俳優は、ハンカチや椅子を即興で拾わざるを得ない。偶然は役の中で稽古されていないからだ。 そうした不意の行為は、俳優的ではなく人間的に行われ、信じずにはいられない真の生活の真実を生む。 そうした真実は、約束事めいた、芝居がかった、俳優くさい演技とは鮮やかに異なる。 それらすべてが、 舞台の上に、真の現実そのものから掴み取られた生きた行為を呼び起こす。 ――俳優がそこから逸れてしまっていた、その現実から。 しばしば、そのような瞬間だけで十分なのだ。自分を正しく向け直したり、新しい創造的な突き動かし、転換を呼び起こしたりするには。 そこから、生気を与える電流が、描かれている場面全体に走り抜けるだろう。ひょっとすると幕全体に、あるいは戯曲全体にさえ。 その偶然の瞬間――生きた人間の生活から舞台へ乱入してきたもの――を役の線に組み込むか、それとも拒んで役から除くかは、俳優次第だ。 言い換えれば、俳優は戯曲の行為する人物としてその偶然に向き合い、その偶然を――たった一度だけ――役のパルティトゥーラ、つまりその生活の線に組み込むことができる。 だがまた、俳優は一瞬だけ役の外へ出て、意志に反して舞台に入り込んだ偶然(つまりハンカチや椅子を拾うこと)を取り除き、それから再び舞台の約束事の生活へ、途切れた俳優の演技へ戻ることもできる。 一つの小さな真実と信の瞬間が俳優を創造状態へ導き得るなら、そうした瞬間が論理的に、一貫して次々に交替していけば、非常に大きな真実と、長い真の信の期間を作り出すだろう。 その際、一つが他を支え、強める。 だから小さな身体的行為を軽んじず、舞台で自分がしていることの真実と、その真実性への信のために、それを使うことを学びなさい。 … … … … … … … 19..年 アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「小さな身体的行為、小さな身体的真実、そしてそれらへの信の瞬間が、舞台では、役の単純な箇所だけでなく、最も強い、頂点の箇所――悲劇やドラマを『体験』しているところ――でも大きな意味を持つことを知っているか。 たとえば、『金を燃やす』エチュードの第二のドラマ的部分を演じるとき、君は何をしている?」 アルカージー・ニコラエヴィチは私に向けた。 「君は暖炉に飛びつき、火の中から札束を引き抜く。それから背の曲がった男を正気に戻し、赤ん坊を救いに走る……などだ。 これが身体的行為の段階だ。そこに沿って、君が作り出す役の身体的生活は、エチュードの最も悲劇的な場面で、自然に、一貫して展開していく。 では、もう一つの例。 死にゆく者の親友や妻は、何に取り組んでいる? 病人の安静を守り、医師の指示を実行し、体温を測り、湿布をし、からし湿布を当てる。 これらの小さな行為は、病人の生活において決定的な意味を持つ。だからそれは聖なる儀式のように行われ、魂のすべてが注ぎ込まれる。 不思議ではない。死との闘いでは、不注意は罪だ。それは病人を殺しかねない。 では第三の例。 悲劇の頂点で、レディ・マクベスは何をしている? 単純な身体的行為だ。手の血の染みをこすり落としている。 「失礼ですが」ゴヴォルコフが慌ててシェイクスピアを弁護しようとした。 「―― まさか偉大な作家が、ほら、登場人物に手を洗わせたり、他のナチュラリスティックな行為をさせたりするために、傑作を書いたとでも?」 「まったく、なんという失望だ!」 トルツォフは皮肉った。 — 「悲劇的なもの」のことは考えるな。君が好きな、あのいちばん張りつめた俳優的な力みも、わざとらしい演技も、括弧つきの「パトス」や「霊感」も、みんな捨てるんだ! 観客のことも、観客に与える印象も忘れ、そうした俳優の魅力の代わりに、小さな身体的で写実的な行為、小さな身体的真実と、その真実性への誠実な信に限れ! ! いずれ君たちは分かる。これはナチュラリズムのためではなく、感情の真実のためであり、その真実性への信のためだということが。そして生活の中でも、崇高な『体験』が、しばしばごく平凡な小さなナチュラリスティックな行為として現れるのだということが。 私たち俳優は、これらの身体的行為が、重要な『与えられた状況』の中に置かれると大きな力を得る、という事実を広く用いねばならない。 この条件のもとでは、身体と魂、行為と感情の相互作用が生まれ、外が内を助け、内が外を呼び起こす。血の染みをこすり落とすことがレディ・マクベスの野心的企図の遂行を助け、野心的企図が血の染みをこすり落とさせるのだ。 レディ・マクベスの独白で、染みへの気遣いが、バンコー殺しの個々の瞬間の記憶と、絶えず交互に現れるのも当然だ。 小さな現実の身体的行為――染みをこすり落とすこと――は、レディ・マクベスのその後の生活で大きな意味を持つ。逆に、大きな内的志向(野心的企図)は、小さな身体的行為の助けを必要とする。 だが、悲劇的高揚の瞬間に、身体的行為の真実が重要な意味を持つのには、さらにいっそう単純で実践的な理由もある。 強い悲劇では、俳優は自分を創造的緊張の最高点まで持っていかねばならないのだ。 それは難しい。 実際、自然な「したい」という衝動もないのに、自分の中に恍惚を呼び起こそうとするのは、どれほどの暴力だろう! 創造的没頭からしか生まれないあの高揚した『体験』を、意志に逆らって獲得するのは容易だろうか! こんな不自然な取り組み方では、脱臼するのも難しくない。真の感情の代わりに、単なる職人芸の俳優の『演じ』と筋肉の痙攣を呼び起こしてしまう。 『演じ』は容易で、馴染み深く、機械的習慣の域にまで馴れきっている。 それは最小抵抗の道だ。 その誤りから自分を守るには、現実で、持続し、有機的で、触れられる何かにしがみつかねばならない。 そこで私たちに必要なのが、明確で、くっきりしていて、胸を揺さぶるが、しかし容易に遂行できる、身体的行為だ――その瞬間の『体験』に典型的なものが。 それが自然に、機械的に私たちを正しい道へ導き、創造が困難な瞬間にも、偽の道へ曲がらせない。 まさに悲劇とドラマの『体験』が高まるこの瞬間に、しがみつきやすい単純で真実な身体的行為は、重要性においてまったく並外れた意味を持つ。 それが単純で、手が届き、遂行可能であればあるほど、困難な瞬間にそれを掴みやすい。 正しい課題は正しい目的へ導く。 それが俳優を、最小抵抗の道――つまり型と職人芸――から守る。 さらにもう一つ、単純で小さな身体的行為に、いっそうの力と意味を与える非常に重要な条件がある。 条件はこうだ。俳優に、役も課題も行為も心理的で深く悲劇的だと言ってみなさい。すると彼はたちまち緊張し、情念そのものを『演じ』、それを「ずたずたに引き裂こう」としたり、自分の魂をほじくって無駄に感受を強制したりし始める。 だが、俳優に最も単純な身体的課題を与え、それを面白く胸騒ぎのする『与えられた状況』で包んでやれば、彼は行為を遂行し始める。自分を脅かすことも、いま自分のしていることの中に心理や悲劇やドラマが隠れているかどうかを思い悩むこともなく。 そのとき真実感が本来の権利を行使し始める。これは、俳優のサイコテクニックが導く、創造の最重要点の一つだ。 このやり方によって感受は強制を避け、自然に、充実して発達する。 偉大な作家たちのところでは、最も小さな身体的課題でさえ、大きく重要な『与えられた状況』に囲まれており、その中に感受のための魅力的な刺激が隠されている。 つまり見てのとおり、悲劇ではウムノーヴィフがしているのとは逆にすべきなのだ。内的感情を搾り出すのではなく、戯曲の『与えられた状況』に囲まれた中で、身体的行為を正しく遂行することだけを考えるのだ。 悲劇の瞬間へは、ウムノーヴィフのように力みや強制なしで近づくだけでは足りない。ドゥムコワのように引きつったり神経質になったりもせず、しかも多くの俳優のように『いきなり』ではなく、徐々に、一貫して、論理的に近づかねばならない。次々に現れる身体的行為の小さな真実、大きな真実を感じ取り、それを誠実に信じながら。 このような感情への接近の技術を身につければ、君たちには、ドラマ的・悲劇的高揚の瞬間に対する、まったく別の正しい関係が作られる。 それらは君たちを怖がらせなくなる。 しばしば、ドラマ、悲劇、ヴォードヴィル、喜劇の違いは、描かれる人物の行為がどんな『与えられた状況』の中で進むか――それだけにある。 それ以外の点では、身体の生活は同じように流れる。 ヴォードヴィルでも悲劇でも、人は座り、歩き、食べる。 だが、それが私たちの関心事だろうか? 重要なのは、何のためにそれをするのかだ。重要なのは『与えられた状況』、そして『もし』だ。 それらが行為を生かし、正当化する。 行為は、それが悲劇的な、あるいは他の戯曲上の生活条件の中へ置かれると、まったく別の意味を持つ。 そこでそれは、大きな出来事へ、偉業へ変わる。 もちろんそれは、真実と信の承認のもとで起こる。 私たちが小さな・大きな身体的行為を愛するのは、その明確で触れられる真実のためだ。身体的行為は私たちの身体の生活を作り、それは役の全生活の半分なのだから。 私たちが身体的行為を愛するのは、それが容易に、目立たぬまま、私たちを役の生活そのものへ、役の感受へ導き入れるからでもある。 私たちが身体的行為を愛するのは、さらに、それが俳優の注意を舞台・戯曲・役の領域に保ち、役の確固として正しく定められた持続的な線に沿って、その注意を導く助けになるからでもある。 … … … … … … … 19..年 アルカージー・ニコラエヴィチは私とヴューンツォフに、以前の授業の一つで『金を燃やす』エチュードで行ったことを繰り返すよう命じた。 私は調子が良く、比較的すぐに、そのとき見つけたものを思い出し、すべての身体的行為を遂行した。 舞台で、魂だけでなく身体でも真実を感じるのは、なんと心地よいことか! この状態では、足の下に確かな地面が感じられる。しっかり立っていられて、誰にも突き崩されないと確信できる! 「舞台の上で自分を信じられて、しかも他人も自分を信じてくれていると感じられるなんて、なんという喜びだ!」 ――私は演技を終えると叫んだ。 「その真実を見つける助けになったのは、何だった?」 アルカージー・ニコラエヴィチは尋ねた。 「想像上の対象です!」 「空っぽの対象!」 「いや、正確には――その空っぽの対象を相手にした身体的行為だ」とアルカージー・ニコラエヴィチは訂正した。 「これは重要な点だ。何度でも、何度でも語らねばならない。 考えてもみなさい。劇場じゅうに散り散りになった注意が、存在しない対象――空っぽの対象に釘づけにされるのだ。 それは舞台の上、戯曲の生活のまっただ中にある。創造している者を観客から、舞台外のあらゆるものから引き離す。 空っぽの対象は、俳優の注意をまず自分に集中させ、次に身体的行為へ集中させ、その行為を追わせる。 空っぽの対象はまた、大きな身体的行為を構成部分に分解し、それぞれを別々に研究する助けにもなった。 昔、幼い幼い頃、君たちが集中して見ること、聞くこと、歩くことを学んでいたとき、君たちは一つ一つの小さな補助的な構成行為を学んでいた。 舞台でも同じ仕事をしなさい。 俳優の幼年期にも、すべてを最初から学び直さねばならない。 「ほかに、『金を燃やす』エチュードで真実を得る助けになったのは何だ?」 トルツォフは追及した。 私は黙った。すぐには思いつけなかったのだ。 「君を助けたのは、私が求めた、君の行為の論理と一貫性だ。 これはさらに重要な点で、かなり長く立ち止まらねばならない。 論理と一貫性は身体的行為にも関わっている。行為の中に秩序と整いと意味を作り、真に、生産的で、合目的的な行為を呼び起こす助けになる。 生活の中では、私たちはそんなことを考えない。 そこではすべてが、ひとりでに行われる。 郵便局や銀行で金を受け取るとき、私たちは、私がエチュードを直す前のナズヴァノフのようには数えない。 銀行では、私が彼と仕事をした後のナズヴァノフのように数える。 「そりゃそうだ!」 「銀行じゃ百や二百の数え間違いが出かねないから、みんな怖い。だが空っぽの対象なら、数え違いは怖くない。」 「舞台じゃ損は出ないからな」弟子たちは理屈をこねた。 「生活では、同じ日常の行為を何度も繰り返すことで、言ってみれば、身体的行為その他の『機械的な』論理と一貫性ができあがる」とトルツォフは説明した。 「そのために必要な潜在意識の警戒と、直感的な自己点検は、ひとりでに現れ、目に見えない形で私たちを導く。」 「ろん…り…と……じゅん…じょ…せい……こう…い…の……き…かい…てき……ちゅう…い…の…けい…かい……じ…こ…てん…けん……」ヴューンツォフは、難しい言葉を頭にねじ込んでいた。 「君たちを怖がらせている『論理』『行為の一貫性』、『機械性』その他の名が、何を意味するか説明しよう。 よく聞きなさい。 手紙を書く必要があるなら、君は封筒を封じることから始めたりはしないだろう。 そうだろう? 紙とペンとインクを用意し、伝えるべきことを考え、思いを紙に書く。 その後で初めて封筒を取り、宛名を書き、封をする。 なぜそうする? 君が行為において論理的で、一貫しているからだ。 では、舞台の上で俳優が手紙を書くところを見たことがあるか? 彼らは机へ飛びつき、そこらの紙切れの上で、ペンを空中で無意味にぐるぐるさせる。適当に、いい加減に折った紙を封筒に押し込み、唇で手紙に触れさせて……はい、出来上がりだ。 そんなふうにする俳優は、行為が非論理的で、非一貫的だ。 分かるか? 「分かった!」 ヴューンツォフは嬉しそうだった。 「では次に、身体的行為における論理と一貫性の『機械性』について話そう。 食事のとき、君は、フォークとナイフをどう持つか、どう動かすか、どう噛み、どう飲み込むか――そんな細々したことをいちいち頭を悩ませたりはしない。 君は生涯で何千回も食べてきた。その過程は機械的なほどに馴れている。だから、ひとりでに行われる。 そして、論理と一貫性がなければ食べられず、空腹を満たせないことを、君は直感的に理解している。」 「では誰が、論理と機械的行為を見張っている?」 「君の潜在意識の警戒した注意、君の直感的な自己点検だ。 分かったか?」 「ほら!」 . . 「分かった!」 「生活ではそうだ。 だが舞台では違う。 舞台では、君たちも知っているとおり、私たちは行為を、生活上・有機的に必要だからするのではない。作者と演出家が命じるからするのだ。 舞台では身体的行為の有機的必然が消える。それとともに、その『機械的な』論理と一貫性も、生活ではあまりに自然な潜在意識の警戒も、直感的な自己点検も消える。 では、それなしでどうする? 機械性の代わりに、身体的行為の一瞬一瞬を、意識的に、論理的に、一貫して点検するほかない。 やがて、反復を重ねれば、この過程そのものから、ひとりでに習慣化が生まれる。 君たちが、身体的行為の論理と一貫性の感覚に、できるだけ早く慣れることがどれほど重要か知っていたなら。その行為がもたらす真実に、その真実性への信に。 正しい練習さえすれば、こうした感覚と、それへの欲求が、私たちの中でどれほどの速さで育つか、君たちは想像もできまい。 それどころか、論理と一貫性、真実と信への欲求は、ひとりでに他のすべての領域へ移っていく。思考へ、欲求へ、感受へ――要するに、すべての『要素』へ。 論理と一貫性はそれらを鍛え、とりわけ注意力を鍛える。 それは、舞台の上の対象――あるいは自分の内側の対象――を保ち、身体的行為だけでなく内的・魂の行為の小さな構成部分の遂行を見張るよう、私たちを訓練する。 外的真実と内的真実を感じ取り、それを信じると、ひとりでに、まず行為への内的衝動が生まれ、次に行為そのものが生まれる。 俳優の人間本性のあらゆる領域が、論理的に、一貫して、真の真実と信をもって働き始めれば、『体験』は完全なものになる。 舞台で起きているすべてに――戯曲と役の領域に――論理的に、一貫して、真の真実と信をもって向き合う俳優を育てる。これこそ偉大な課題ではないか! だが残念なことに、授業はドゥムコワの失神で中断された。 彼女を運び出し、医者を呼ばねばならなかった。 「ナズヴァノフの問いかけるような目つきで分かる。彼が何を待っているかが」アルカージー・ニコラエヴィチは教室に入るなり言った。 「彼は、小さな身体的行為を通して感情に働きかける方法を、早く知りたいのだ。 この仕事では、『無対象行為』の稽古が大いに助けになる。 君たちはその稽古をすでに見ているし、どこが助けになるのかも知っている。 覚えているか。最初、『金を燃やす』エチュードでナズヴァノフは、空っぽの対象に対して何の意味もなく、舵も帆もなく、何をしているのか自分でも分からずに行為していた。舞台では彼の警戒も点検も、機械的な論理も消えてしまっていたからだ。 私はナズヴァノフの意識の役割を引き受け、彼に、大きな行為(金を数えること)の小さな構成部分の意味とつながり、論理的で一貫した展開の道筋を思い出させ、理解させようとした。 私はナズヴァノフに、小さな補助的行為の一つ一つを意識的に点検することを習慣づけた。 それが何をもたらしたか――君たちは見たとおりだ。 ナズヴァノフは思い出し、知り、真実を感じ、舞台での自分の行為に生活を見いだし、真に、生産的に、合目的的に行為し始めた。 今日は彼は、特に力まずに、すべてを思い出した。 ナズヴァノフが、その整えられた仕事を何十回、何百回と繰り返せば、舞台での彼の論理と一貫性の行為には機械性が生まれるだろう。 「その、私たちが『無対象行為』の稽古をやりすぎて、いざ上演で現実の物を渡されたとき、うまく扱えず慌ててしまう――なんてこと、あり得ませんかね?」ゴヴォルコフはからかった。 「実際、どうして最初から現実の物で練習しないんです?」 誰かが尋ねた。 — それで、僕らの空想にはどれだけ必要なんだ? 「ついこの間だって、家を建てて、梁や煉瓦を運んだじゃないか」私は思い出した。 「ほかにも、もっと重要な理由がある。 それは実例でゴヴォルコフに説明させよう」とアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「ゴヴォルコフ! 舞台へ行って、丸テーブルの上にある現実の道具を使って手紙を書きなさい。」 ゴヴォルコフは舞台へ上がり、命令を実行した。 彼が終えると、 トルツォフが弟子たちに尋ねた。 「君たちは彼の行為をすべて見抜き、それを信じられたか?」 「いいえ!」 「いいえ!」 弟子たちはほとんど声を揃えてそう言った。 「では、君たちは何を見落とし、何が間違っているように見えた?」 「第一に、紙やペンがどこから出てきたのか、僕には見えませんでした」と一人が言った。 「ゴヴォルコフに、誰に何を書いたのか聞いてみてください。 自分でも分かっていないから答えられないはずです」と別の者が言った。 「あんな短い時間で、簡単なメモだって書けないよ」と三人目が批評した。 「だが私は覚えている。しかも最も細かなところまで。ドゥーゼがマルグリット・ゴーチエ(デュマの『椿姫』)の役で、アルマンに手紙を書くところをね。 あれを見てから何十年も経ったが、今でも私は、愛する人への手紙を書く彼女の身体的行為の、いちばん小さな細部の一つ一つを味わい続けている」とアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 それから彼は再びゴヴォルコフに向き直った。 「今度は同じ練習を、『無対象行為』でやりなさい。」 大きな行為の小さな構成部分を、一つ一つ、論理的に、一貫して、思い出させ、導くまでには、長く手間取った。 ゴヴォルコフがそれらを思い出し、順にやってみせると、アルカージー・ニコラエヴィチは弟子たちに尋ねた。 「今度は、彼が手紙を書いていると信じられたか?」 「信じられました。」 「紙やペンやインクを、どうやって、どこから取ったか、見えて、覚えられたか?」 「見えて、覚えられました。」 「手紙を書く前に、ゴヴォルコフが内容を頭の中で考え、その後で論理的に、一貫して紙へ移していったことを感じ取れたか?」 「感じ取れました。」 「では、この例からどんな結論が出る?」 私たちはまだ答えが分からず、黙っていた。 「結論はこうだ」とアルカージー・ニコラエヴィチは言った。「観客は、舞台上の俳優の行為を見ながら、生活の中で私たちが無意識に知っている、行為の論理と一貫性の『機械性』を、やはり機械的に感じ取らねばならない。 それがなければ、見ている者は、舞台で起きていることの真実を信じない。 だから、その論理と一貫性を、あらゆる行為で観客に与えなさい。 最初は意識的に与え、やがて時と慣れによって、それは機械的なほどの習慣になる。」 「結論はもう一つあります」とゴヴォルコフが言った。 「つまり、その、現実の道具を使うときでも、舞台では身体的行為の一つ一つを練らなければならない、ということです。」 「そのとおりだ。だが最初のうちは、舞台では現実の道具のほうが、空っぽの対象より難しくなる」とトルツォフは言った。 「どうしてです?」 「現実の道具があると、多くの行為が、生活の機械性で直感的に、ひとりでに飛ばされてしまい、演じている本人が追いきれなくなるからだ。 その飛ばしを捉えるのは難しい。しかも、それを崩すと穴が開き、身体的行為の論理と一貫性の線を壊してしまう。 論理が壊れれば真実は失われる。真実がなければ信もなく、『体験』そのものもない。俳優自身にも、見ている者にも。 だが『無対象行為』では条件が違う。 そこでは否応なく、大きな行為の最も小さな構成部分の一つ一つに注意を釘づけにしなければならない。 そうしなければ、全体の補助部分をすべて思い出して遂行できず、補助部分がなければ、大きな行為全体を感じ取れない。 まず考え、それから行為せねばならない。 そうして、自分の行いの論理と一貫性によって、自然な道筋で真実へ、真実から信へ、そして真の『体験』へ近づいていくのだ。 これで君たちにも分かるだろう。だから私は当面、『無対象行為』から始めることを勧め、しばらく現実の道具を君たちから取り上げるのだ。 それがないことで、身体的行為の本性そのものへ、より注意深く、より深く入り込み、それを研究せざるを得なくなる。 私の示す方法と練習に、貪るように、情熱のすべてでしがみつき、それで行為を有機的真実にまで到達させなさい。」 「失礼ですが」とゴヴォルコフが言い返した。「無対象の行為を、身体的だとか、まして有機的だとか呼べるんですか?」 シュストフもそれを支持した。 彼もまた、現実の真の対象に対する行為と、想像上の対象(空っぽの対象)に対する行為は、本性の違う二種類の行為だと思っていた。 「たとえば、ほら、水を飲むこと。 そこでは、液体を口へ吸い込み、味を感じ、飲み込む……といった、実に身体的で本当に有機的な過程が一連に起こるでしょう。」 「そうだ、そうだ!」 トルツォフは彼を遮った。 「それらの微細さは、無対象行為でも繰り返さねばならない。でなければ飲み込めない。 「だが、口の中に何もないのに、何を繰り返すんです?」 「唾を飲め。空気を飲め。どっちでもいいじゃないか!」 アルカージー・ニコラエヴィチが提案した。 「君はきっと、これは旨い葡萄酒を飲み込むのと同じではない、と言うだろう。 それは認めよう。 違いはある。 だがそれでも、私たちの目的には十分なだけの身体的真実の瞬間が、たくさん残る。」 「失礼ですが、そんな仕事は役の主要な本質から注意を逸らします。 生活では、ほら、飲むことはひとりでに行われ、注意など要りません」ゴヴォルコフは食い下がった。 「いや、飲むものを味わっているときには注意が要る」とアルカージー・ニコラエヴィチは反論した。 「でも、味わわないときには、ほら、そのことなんて考えません。」 「無対象行為でも同じだ。 私が言ったとおり――それを何百回もやり、個々の構成の瞬間をすべて理解し、思い出せるようになれば、君の身体の本性は、その馴染みの行為を知り、感じ取り、繰り返しの際にひとりでに君を助けるようになる。」 授業の後、弟子たちが別れを告げて帰っていく間、アルカージー・ニコラエヴィチはイワン・プラトーノヴィチに指示を与えていた。 トルツォフが大声で話していたので、私にも聞こえた。 「弟子たちにも、まったく同じように対処しなければならない。 最初のうちは教師が弟子の意識の役を引き受け、弟子が誤って飛ばした小さな補助の構成行為を指摘するのだ。 その一方で弟子たちは、大きな行為の構成部分と、その論理的で一貫した展開の道筋を知る必要があることを忘れてはならない。 弟子たちは、行為の領域で自然が要求するものを正確に遂行できるよう、注意を粘り強く働かせることを習慣にしなければならない。弟子たちは舞台の上で、身体的行為の論理と一貫性をいつも感じていなければならない。それが自然な必要、舞台上の常態になるまでだ。弟子たちは、大きな行為の小さな構成部分の一つ一つを、音楽家が自分の奏でる旋律の一音一音を愛するように、愛さねばならない。 これまでも君は、弟子たちが舞台で、真に、生産的に、合目的的に行為し、『行為しているふり』にならないよう、いつも見張ってきた。 それはよい! 『トレーニングと教練』の授業でも、同じ仕事を続けなさい。 これまでどおり、手紙を書き、食卓を整え、さまざまな料理を用意し、想像の茶を飲み、服を縫い、家を建てる――そのほか、いくらでもだ。 ただし今後は、これらの身体的行為をすべて無対象で、空っぽの対象で行いなさい。これらの練習が必要なのは、身体的行為を通して、俳優の内側に真の有機的真実と信を確立するためだ、ということを忘れるな。 ナズヴァノフは今、空っぽの対象が、金を数えるという無対象の身体的行為の一瞬一瞬へ、いかに彼を踏み込ませたかを知っている。 この、きわめて重要な注意の仕事を、高度な技術的完成にまで持っていきなさい。 その後で、同じ身体的行為を、実にさまざまな『与えられた状況』と、魔法の『もし』で取り巻きなさい。 たとえば、弟子が服を着るという身体的過程を完全に身につけたとする。 彼にこう尋ねるのだ。『自由な日、学校へ急ぐ必要のない日に、君はどうやって服を着る?』 彼に思い出させ、自由な日の着方で着せる。 『授業までまだ時間がたっぷりある平日の朝、君はどう着る?』 同じく、学校に遅刻しそうなとき。 同じく、家が騒ぎになっているとき、火事のとき。 同じく、自宅ではなく客先にいるとき……などなど。 どの瞬間でも、人は身体としてはほとんど同じように服を着る。毎回同じようにズボンを引き上げ、ネクタイを結び、ボタンを留める、などだ。 これらの身体的行為の論理と一貫性は、どんな状況でもほとんど変わらない。 その論理と一貫性を、一度きりで永遠に自分のものとして、完全に作り上げねばならない。どの身体的行為においても。 変わるのは、同じ身体的行為が起きる、その『与えられた状況』と、魔法の、あるいはその他の『もし』だ。 周囲の環境は行為そのものに影響を与えるが、それは気にする必要がない。 それは自然そのものが、生活経験が、習慣が、潜在意識そのものが、私たちの代わりに気にしてくれる。 必要なことはすべて、それらがやってくれる。 私たちが考えるべきなのは、ただ、与えられた状況の中で身体的行為そのものが正しく、論理的に、一貫して遂行されることだ。 この、行為を研究し、矯正する仕事では、『無対象行為』の練習が大いに助けになる。君たちはそれを通して真実を知るのだ。 だから私はこれらの練習に、まったく並外れた意味を与える。もう一度頼むぞ、ワーニャ――この練習に、まったく並外れた注意を払ってくれ。 「了解!」 イワン・プラトーノヴィチは海軍ふうに答えた。 … … … … … … … 19..年 身体的行為の論理と一貫性は、しっかり私たちの意識に入り込んだ。 練習でも、エチュードでも、「トレーニングと教練」でも――とにかく何でも――私たちの注意はそれだけに占められている。 私たちは授業でも舞台でも、自分たちでありとあらゆる実験を考え出す。 それどころか、身体的行為の論理と一貫性への気遣いが、私たちの現実の生活の中にまで入り込んだ。 私たちの間には一種の遊びができた。互いを倦まず弛まず見張り合い、身体的行為の非論理と不一貫を摘発する遊びだ。 たとえば今日、学校の舞台の片づけが遅れたせいで、私たちはアルカージー・ニコラエヴィチの授業を、学校劇場の隣の廊下で待つことになった。 そのとき突然、マロレトコワが金切り声を上げた。 「ねえ、みんな! だめ、もう無理! 鍵をなくしたの、かわいい人たち、部屋の鍵を!」 皆が一斉に失せ物探しを始めた。 「非論理的だ!」 ゴヴォルコフがマロレトコワに絡んだ。 「君はまず屈んで、それから――ほら――どこを探すべきか考え始める! つまり、君の身体的行為は探索のためではなく、私たち――観客――への媚びのためだ、と結論せざるを得ない。」 「ああ、もう、みんな、しつこい!」 マロレトコワは腹を立てた。 その間、ヴューンツォフはヴェリャミノワの後ろをぴったりつけて歩いていた。 「ほら! 決まり! やらかした! 不一貫! 信じない! ソファの中を手探りしてるのに、目は私を見てる。 そりゃ見破られる! ――」ヴューンツォフはあら探しした。 これにプーシチンやヴェセロフスキーやシュストフの指摘――それに私のも少し――まで加えれば、探している者たちの立場が逃げ場のないものだったのは分かるだろう。 「愚かな子どもたち! 自分を傷めつけるな!」 突然、アルカージー・ニコラエヴィチの雷鳴のような声が響いた。 弟子たちは驚き固まった。 「全員、ベンチに座れ。マロレトコワとヴェリャミノワは、廊下を行ったり来たり歩け!」 アルカージー・ニコラエヴィチは、私たちには珍しい厳しい声で号令した。 「違う! そんなふうに歩くものか! 踵は内へ、つま先は外へ! なぜ膝を曲げない! なぜ股関節の動きが少ない! 自分の身体の重心を見張れ! それでは動きに意味も一貫性もない! 信じない! 君たちは歩けもしないのか? 自分がしていることの真実と信は、どこへ行った? なぜ酔っぱらいみたいにふらつく! 踏み出す先を見ろ!」 アルカージー・ニコラエヴィチは、行けば行くほどいっそう細かくあら探しし、彼があら探しすればするほど、責め立てられている二人の弟子は平静を失っていった。 トルツォフにそこまで追い詰められて、彼女たちは自分の膝がどこで、踵がどこで、足がどこかも分からなくなった。 アルカージー・ニコラエヴィチが働かせろと言う運動の筋肉群を探して、可哀そうに取り乱した女たちは、必要なものではないものを動かしてしまっていた。 それがまた、教師の新たなあら探しを呼び起こした。 しまいには、二人は自分の脚を取り違え、ヴェリャミノワは廊下の真ん中で、口を大きく開け、涙でいっぱいの目をして、動くのが怖くて固まってしまった。 私はトルツォフを見て、驚いたことに、彼とラフマーノフが口をハンカチで押さえ、笑いで身を震わせているのを見た。 やがて冗談の種が明らかになった。 「まさか君たちには分からないのか」とアルカージー・ニコラエヴィチは言った。「君たちの 愚かな遊びが、私の方法の意味を壊してしまうことが。 問題は、大きな身体的行為の構成部分の論理と一貫性を、形式的に確立することにあるのか? 私に要るのはそれではない。私に要るのは、創造する俳優の、感受の真の真実と、それへの誠実な信だ。 その真実と信がなければ、舞台で行われるすべて、論理的で一貫した身体的行為のすべても、約束事のものになり、つまり、信じられない嘘を生む。 私の方法にとって、いや『システム』全体にとって、そのサイコテクニックにとって、ひいては芸術全体にとって最も危険なのは――私たちの複雑な創造の仕事への形式的な取り組み方、狭く初歩的な理解だ。 大きな身体的行為を構成部分に分け、その部分の間に論理と一貫性を形式的に据え、それに相応の練習を考え出し、弟子たちにやらせる――その際、最も大事なこと、つまり身体的行為を真の真実と信にまで到達させることを気にしない――そんな仕事は難しくないし、儲かる! 『システム』の搾取屋にとっては、なんという誘惑だろう! 芸術にとって、『システム』のための『システム』ほど愚かで有害なものはない。 それ自体を目的にしてはならない。手段を本質に変えてはならない。 そこに最大の嘘がある。 君たちは今まさに、その嘘を作り出していた。私がここへ入ってきたとき、何かの失せ物探しをしながら。 君たちは小さな身体的行為の一つ一つに、真実を探し、真実性への信を作るためではなく、身体的行為の論理と一貫性それ自体を形式的に遂行するために、難癖をつけていたのだ。 それは芸術と何の関係もない、愚かで有害な遊びだ。 それから友だちとして助言しておく。自分の芸術、創造、方法、そのサイコテクニックなどを、難癖屋やあら探しに引き裂かせてはならない。 あいつらは俳優から健全な判断を奪い、麻痺や、硬直にまで追い込む。 なのに君たちは、なぜそんな連中を、愚かな遊びで自分の中に、他人の中に育てるのだ? やめなさい。でないと、余計な用心深さ、あら探し癖、嘘へのパニックじみた恐怖が、まもなく君たちを完全に麻痺させる。 嘘を探すのは、真実を見つける助けになるかぎりにおいてだ。 その際忘れるな。難癖屋とあら探しは、いちばん不真実を作り出す。難癖をつけられる者は、意志と無関係に、自分が選んだ行為の課題を遂行するのをやめ、その代わりに真実そのものを『演じ』始めるからだ。 その『演じ』の中に、最大の嘘が隠れている。 くそくらえだ、外にも内にもいる難癖屋など――つまり、見ている観客の中にも、そしてそれ以上に自分自身の中にも! 難癖屋は、永遠に疑い続ける俳優の魂に、喜んで住みつく。 自分の中に育てなさい。健全で、落ち着いていて、賢く、理解のある批評家を――俳優の最良の友を。 その批評家は行為を乾かさない。生かす。行為を形式的にではなく、真に再現する助けになる。 批評家は美しいものを見て、見抜く術を知っている。だが小さな難癖屋は悪いものしか見ず、良いものは見逃す。 ほかの弟子の仕事を見張る君たちにも、同じ助言をしておく。 他人の創造を監視する者は、鏡の役に限りなさい。そして、難癖をつけずに正直に言うのだ。自分は見たもの、聞いたものを信じられるのか、信じられないのか。さらに、自分を納得させた瞬間を指摘すればいい。 それ以上は要らない。 もし劇場の観客が、君たちが生活でそうするのと同じくらい、舞台の真実に厳格であら探し好きだったなら、私たち哀れな俳優は舞台に出られなくなるだろう。 「でも観客は、真実に厳しくないんですか?」 誰かが尋ねた。 「厳しい。だが君たちほどあら探し好きではない。 逆だ! よい観客は、劇場のすべてを信じたいのだ。舞台の虚構に納得させられたい。その欲望はしばしば、笑い話みたいな素朴さにまで達する。 つい最近、私の身に起きたとびきり変わった出来事を話そう。 知人宅の夜会で、若者の余興として、老人シュストフが巧みな手品をやった。 彼は、居合わせた客の一人から、上着とベストには触れずに、ネクタイをほどき、シャツのボタンを外しただけで、皆の目の前でシャツを脱がせてみせたのだ。 私はその手品の種を知っていた。たまたま準備を目撃し、シュストフが助手と打ち合わせるのを聞いてしまっていたからだ。 だが私は、手品そのものを見ているときにはそれを忘れ、老人シュストフの新しい役柄に感嘆していた。 実演が終わると皆が驚いて、見たものの技術を論じ合った。私も一緒になって、知っているはずのことを忘れ――いや正確には考えたくなくて――その手品を論じた。 信じて感嘆する喜びを自分から奪いたくなかったので、私はそれを忘れたかったのだ。 この理解しがたい忘れっぽさと素朴さは、ほかには説明できない。 劇場の観客もまた、自分が「だまされる」ことを望む。舞台の真実を信じ、劇場には演技があって真の生活ではないことを忘れるのが気持ちいいのだ。 君たちが舞台で行うことへの真の真実と信で、観客を買いなさい。 … … … … … … … 19..年 「今日の授業では、『金を燃やす』エチュードの第二部に対しても、数日前に第一部に施したのと同じ仕事をする」教室に入るなり、アルカージー・ニコラエヴィチはそう宣言した。 「この課題はもっと複雑です。たぶん、手に負えません」私はそう言いながら立ち上がり、マロレトコワとヴューンツォフと一緒に舞台へ行こうとした。 「構わない」とアルカージー・ニコラエヴィチは私を落ち着かせた。「私は君たちに、このエチュードを、どうしてもやり切らせるために与えたのではない。難しい課題を通して、君たちに何が足りず、何を学ばねばならないかを、よりよく理解させるために与えたのだ。 当面は、できることをやりなさい。 エチュード全体を一度に支配できないなら、せめて一部でもいい。外的な身体的行為の線だけは作りなさい。 その線の中に真実が感じられるように。 たとえばこうだ。今の仕事をしばらく置いて、妻に食堂へ呼ばれて行き、そこで彼女が赤ん坊を沐浴させているのを見に行く――君にそれができるか?」 「できます。難しくありません!」 私は立ち上がり、隣室へ向かった。 「あっ、だめ!」 アルカージー・ニコラエヴィチが慌てて私を止めた。 「ところが、まさにそれが君には正しくできないのだ。 実際、舞台で部屋へ入り、袖へ出ていくのは簡単なことではない。 だからこそ、君が今あれほどの不一貫と非論理を犯したのも不思議ではない。 自分で点検してみなさい。ほとんど目に見えないが必要な小さな身体的行為と真実を、どれだけ飛ばしたか。 たとえば、出る前、君はつまらぬことではなく重要な仕事――公的書類の整理と金庫の点検――をしていた。 なのに、なぜ君は仕事をいきなり放り出した? なぜ歩いて行かず、天井が崩れ落ちるのを避けるみたいに部屋から駆け出した? 怖いことなど何も起きていない。妻が君を呼んだ――それだけだ。 それに、生活で君は、歯に火のついたパピロスをくわえたまま、乳飲み子のところへ行ったりするか? 赤ん坊は煙で咳き込むだろう。 それに母親だって、新生児を沐浴させている部屋へ、煙草を吸う者を入れはしないはずだ。 だからまず、パピロスの置き場所を見つけ、この部屋に置いてから、行きなさい。 言った小さな補助行為のどれも、やるのは難しくない。 私はそのとおりにした。居間にパピロスを置き、袖へ行って、出番を待った。 「ほら、今君は、小さな行為をそれぞれ別々にやった。そこから一つの大きな行為ができた――食堂へ行くことだ。 これは信じるのが容易だ。 私が居間へ戻るところも、数々の修正を受けた。だが今回は、私がただ行為していたのではなく、細部を味わい、必要以上に『演じ』、やり過ぎていたからだった。 それもまた、舞台の嘘を作る。 ついに、いちばん面白い劇的な場面に差しかかった。 舞台へ出て、置いておいた書類のある机へ戻ろうとすると、ヴューンツォフがそれを燃やしていて、自分の演技に鈍く、馬鹿みたいに喜んでいるのが見えた。 悲劇の瞬間を嗅ぎつけた私は、進軍の合図を聞いた軍馬のように前へ突進した。 気質が私をさらい、私は抑えきれず『演じ』へ押し出された。 「止まれ! 脱臼した! レールから外れた! 偽の線へ行った!」 アルカージー・ニコラエヴィチが私を止めた。 「新しい足跡のうちに、今君が何で生きていたか、自分で追ってみなさい。」 「悲劇を『提示』していました」私は懺悔した。 「君は何をすべきだった?」 実は私は、ただ暖炉へ駆け寄って、火の中から燃えている札束を引き抜けばよかったのだ。 だがそのためには、まず道を切り開き、背の曲がった男を押しのけねばならない。 私はそのとおりにした。 だがトルツォフは、あんな弱い突き方では、破局も死も語れない、と見なした。 「では、もっと激しい行為をどう呼び起こし、どう正当化する?」 「ほら、見ていなさい」アルカージー・ニコラエヴィチは私に言った。 「この紙に火をつけて、ここ――大きな灰皿――に投げる。君は少し離れて立ち、炎が見えたらすぐ走り、まだ燃え尽きていない残りを救うんだ。」 アルカージー・ニコラエヴィチが言ったとおりにするや否や、私は燃える紙へ突進し、途中でヴューンツォフにぶつかって、危うく腕を折りかけた。 「見たか」アルカージー・ニコラエヴィチは私を捕まえて言った。「今の君の行為は、さっきまで君がやっていたことと、同じに見えるか?」 今のは破局が起こり得た。だが先ほどまでは、単なる『演じ』だった。 もちろん、私の言葉から、俳優の腕を折ったり、舞台で怪我をさせたりすることを勧めていると結論してはならない。 要するに君は、一つの重要な状況を考慮しなかったのだ。金は瞬時に燃え上がる。だから救うには、行為もまた瞬時でなければならない。 君はそれをしなかった。だから真実と、それへの信を損ねたのだ。 「さあ、先へ行こう。」 「え? どうやって?」 . . 「それだけ? ほかには何もしないんですか?」 私は心底驚いた。 「ほかに何がある?」 君は救えるだけ救った。残りは燃えた。 「じゃあ殺人は?」 「殺人などなかった。」 「殺人が、なかったって?」 「そうだ。 君が演じている人物にとっては、まだ何の殺人も起きていない。 君は金が失われたことで打ちひしがれている。 だが、愚か者を突き飛ばしたことにさえ気づいていない。 もし出来事を知っていたなら、たぶん呆然とはせず、死にかけている者に助けを急いだはずだ。 「それはそうですが……それでもこの場面で、何かしなければならないでしょう。 だって、これは劇的な場面なんです! 「分かる! 要するに、君は悲劇を『演じ』たいのだ。 だが、ぐっとこらえなさい。 さあ、先へ行くぞ。」 私たちは、私にとって新しい難所に来た。私は硬直しなければならない。あるいはアルカージー・ニコラエヴィチの言い方では、『悲劇的に何もしない』のだ。 私は固まり……自分でも、いま『演じ』たのが分かった。 「ほら、出てきたぞ、かわいい人たち! おばあさんやおじいさんの時代からの、古び古びの顔なじみ! しかも、なんとまあ頑固で、しつこく、こびりついた型だ!」 トルツォフは私をからかった。 「では、それはどこに現れる?」 「恐怖で見開いた目、悲劇的に額をこすること、両手で頭を締めつけること、指を五本広げて髪をかき上げること、手を胸に押しつけること。 どれも三百年ものの型だ。 さあ、このガラクタを全部片づけるぞ!」 彼はそう号令した。 「型は全部捨てろ! 額だの胸だの髪だの――そんな遊びは追い出せ! その代わりに、たとえいちばん小さくてもいい、真に、生産的で、合目的的な行為、真実と信をよこしなさい。」 「でも、悲劇的な不作為の中で、どうやって行為を出せるんです?」 私は腑に落ちなかった。 「君はどう思う。悲劇的な不作為、その他の不作為の中にも、行為はあるのか?」 もしあるなら、それが何であるか言いなさい。 悲劇的な不作為の瞬間に人が何をしているのか思い出すために、記憶の棚を総ざらいしなければならなかった。 アルカージー ニコラエヴィチは次の出来事を話してくれた。 「ある不幸な女性に、夫の突然の死という恐ろしい知らせを告げねばならなかった。 長いあいだ慎重に用意したのち、悲しい使者はついに運命の言葉を口にした。 哀れな女性は固まった。 だがその顔は、少しも悲劇的なものを表していなかった(舞台では役者がこういう瞬間に『演じ』たがるのとは違って) 表情が完全に失われたままの硬直は、ぞっとするほどだった。 彼女の内で進行している内的過程を壊さぬために、数分間、動かずに立ち尽くさねばならなかった。 やがて動かなければならなくなり、その動きが彼女を呆然から引き出した。 彼女は我に返り……気を失って倒れた。 ずいぶん後になって、過去を語れるようになったとき、彼女に尋ねた――その『悲劇的な不作為』の瞬間に、何を考えていたのか? すると、死の知らせの五分前、彼女は夫のためにいろいろ買い物に行くつもりだったという……。 だが夫は死んだ。だから彼女は、別のことをしなければならなくなった。 何を? 新しい生活を作ること? 古い生活に別れを告げること? 一瞬で過去の生活を丸ごと生き直し、未来と向き合ってもそれを読み解けず、これからの生活に必要な均衡を見つけられず……無力さのあまり気を失ったのだ。 認めるだろう。数分の悲劇的な不作為は、十分に能動的だった。 実際、あれほど短い時間に長い過去を生き直し、評価するのだ! これが行為でなくて何だ? もちろん。だがそれは身体的ではなく、純粋に心理的だ。 いいだろう、賛成だ。 ならば身体的ではなく、別の何かの行為ということにしよう。 名称にあまりこだわって厳密に定めたりはしないでおこう。 どんな身体的行為にも心理的なものがあり、心理的なものにも身体的なものがある。 ある著名な学者は、感情を記述しようとすると、身体的行為についての物語になってしまうと言っている。 私としては、行為が身体的に近ければ近いほど、感受そのものを強制する危険が少ないと言っておく。 だが……いい、そうしよう。心理の話だ。外的行為ではなく内的行為を扱う。外的な身体的行為の論理と一貫性ではなく、感情の論理と一貫性を扱うのだ。 となれば、何をすべきかを理解するのは、なおさら難しく、重要になる。 自分で理解できないものをやろうとすれば、『一般に』演じる危険がある。 明確な計画と、内的行為の線が要る。 それを作るには、感受の本性、論理、一貫性を知らねばならない。 これまでは、感じ取れ、目に見え、手の届く身体的行為の論理と一貫性を扱ってきた。 だが今は、捉えがたく、見えず、手が届かず、定まらない内的感受の論理と一貫性にぶつかっている。 この領域と、君たちに突きつけられた新しい課題は、はるかに複雑だ。 冗談じゃない――感受の本性、論理、一貫性だぞ! これは最も複雑な心理の問題で、科学の研究もまだ乏しく、この領域では実践的指針も基礎も何一つ与えてくれていない。 だから、いわば自分たちの手近な手段で、この難局からの出口を見つけるしかない。 それについては次回話そう。」 … … … … … … … 19..年 「私たちが『悲劇的な不作為』の間(ま)を生かすには不可欠な、『感受の論理と一貫性』という最も難しい問題を、どう解くのか?」 「私たちは――科学者ではなく――俳優だ。 私たちの領分は能動性であり、行為だ。 私たちは、実践と人間の経験と生活の記憶と、舞台で自分のしていることの論理と一貫性、真実とそれへの信を拠り所にする。 私はその側から、この問題の解決へ近づく。」 少し間を置いて、アルカージー・ニコラエヴィチは続けた。 「実践が私に教えた方法は、笑ってしまうほど単純だ。 自分にこう問うだけだ。『もし現実の生活で、私が悲劇的な不作為に陥ったら、何をするだろう?』 その問いにだけ答えなさい――誠実に、人間として。それ以上は何も要らない。 見てのとおり、感情の領域でも私は、助けを最も単純な身体的行為に求めているのだ。」 「しかし、ほら、僕はそれには賛成できません。感情の領域には身体的行為などありませんから。 そこにあるのは心理的なものです。」 「いや、君は間違っている。 人間は決心を下す前に、内側では極限まで能動的に働く。想像の中で――内的視覚で――何がどう起こり得るかを見て、考えた行為を頭の中で遂行する。 それどころか俳優は、自分の考えていることを身体として感じ取り、内的生活が外に具現化しようとして生む行為への内的衝動を、かろうじて抑えているのだ。 行為についての思考上の表象は、最も大事なもの――内的能動性と、外的行為へ向かう衝動――を呼び起こす助けになるのだ」アルカージー・ニコラエヴィチは譲らなかった。 「しかも注意しなさい。この過程全体は、私たちが正常で自然な創造を行う領域で起こっている。 俳優の仕事は、現実の、本当の、『ほんものの』生活の中ではなく、想像上の、存在しないが存在し得る生活の中で進むのだから。 それこそが、私たち俳優にとっての真の現実なのだ。 だから私は主張する。私たち俳優は、想像上の生活と行為について語るとき、それを真の、現実の、身体的な出来事として扱う権利がある。 ゆえに、感受の論理と一貫性を、身体的行為の論理と一貫性を通して知るという方法は、実践上まったく正当化されるのだ。」 複雑な課題のときはいつもそうだが、頭の中がすっかりごちゃごちゃになった。 エチュードの事実、『与えられた状況』を一つ一つ思い出し、集め、単独で評価しなければならなかった。安泰、家庭、家族と、私が仕える公の仕事への義務。会計係としての責任、証憑書類の重要性。妻と息子への愛と引力。いつも目の前に突き出している愚か者の背の曲がった男。差し迫った監査と総会。破局――燃え上がる金と書類という恐ろしい光景。それを救おうとする本能的衝動。硬直、狂気、虚脱。 それらすべてが私の想像の中――私の幻視の中――に形を取り、感受としても響き返した。 事実を整理したうえで、それが何に結びつくのか、先に何が待つのか、どんな証拠が私に不利に立ち上がるのかを理解しなければならなかった。 第一の証拠は、広く立派な住まいだ。 それは、横領へ至った分不相応な生活を示唆する。 金庫が空っぽであること、半分燃えた証憑書類。死んだ愚か者。そして私の無実を証言する者が一人もいないこと。溺れた息子。 この新しい証拠は、準備していた逃亡を示す。そこでは乳飲み子と、愚か者の背の曲がった男が、大きな邪魔になったはずだ。 裁判はこう言うだろう。『だからこそ、悪党はまず真っ先に、その二人を片づけたのだ』と。 息子の死は、犯罪に私だけでなく妻までも引きずり込む。 さらに、彼女の兄の殺害のせいで、私たちの個人的関係には避けられぬこじれが起きる。 だから私は、彼女の側からの庇護も期待できない。 事実も、『もし』も、『与えられた状況』も、頭の中で混ざり合って絡まり、最初の瞬間、私は逃げて隠れる以外に出口が見つからなかった。 だが次の一秒、疑いがその軽率な決断を掘り崩し始めた。 「どこへ逃げる? ――私は自分に言った。 ――逃亡者の生活が牢獄よりましだと言えるのか? それに逃亡そのものが、私自身に対する強い証拠ではないのか? いや、裁判から逃げるのではない。あったとおり全部話すのだ。 何を恐れる? 私は無実なのだから。 無実? . . さあ、それを証明してみろ!」 私が自分の考えと疑いをアルカージー・ニコラエヴィチに説明すると、彼はこう言った。 「君の考えを全部紙に書き出し、それから行為へ移しなさい。君にとって問題なのはまさにそれなのだ――『もし現実の生活で、私が『悲劇的な不作為』に陥ったら、何をするだろう?』」 「考えを行為に移すには、どうすればいいんです?」 弟子たちは理解できなかった。 「とても簡単だ。 「たとえば、君の考えを書き出した一覧が、目の前にあるとしよう。 それを読みなさい。 立派な住まい、金が一銭もないこと、燃えた書類、死体が二つ……などなど。 君はそれを書き、読みながら、何をしていた? 君は、起きた事実――君にとって証拠になり得る事実――を思い出し、拾い集め、評価していた。 それが、君の最初の考えが行為に移されたものだ。 次を読みなさい。自分の立場が絶望的だという結論に至り、君は逃げる決心をする。 そのとき君の行為は何だ? 「前の計画を考え直し、新しい計画を立てます」私はそう定めた。 「それが君の第二の行為だ。 さあ、一覧の先へ行け。 「次は、いま考えたばかりの計画を、また批判して潰します。」 「それが第三の行為だ。 次だ!」 「次は、起きたことを正直に告白しようと決心します。」 「それが第四の行為だ。 あとは、決めたことを全部実行するだけだ。 それが俳優的に――形式的に、『一般に』――ではなく、人間的に――真に、生産的に、合目的的に――行われるなら、君の頭の中だけでなく、存在全体、内的な『要素』のすべてに、君が描く人物の状態に類似した、生きた人間的状態が生まれる。 『悲劇的な不作為』の間を繰り返すたび、そして舞台でそれを実行しているまさにその瞬間にも、君の考えの一覧をもう一度見直しなさい。 それは、その日ごとに、前回とまったく同じには見えないだろう。 良くなるか悪くなるかは問題ではない。大事なのは、それが今日のもので、更新されたものだということだ。 この条件があってこそ、君は一度覚えたものの反復にはならず、型を自分に叩き込まず、同じ課題を新たに解決し続けられる。そうして次第に、より良く、より深く、より充実し、より論理的に、より一貫していく。 この条件があってこそ、君はこの場面で、生きた真の真実と信、生産的で合目的的な行為を保てる。 それが、人間として誠実に『体験』する助けになり、俳優的に約束事として『提示』することを避けさせる。 こうして、『もし自分が『悲劇的な不作為』の状態に陥ったら、何をするだろう?』 ――つまり非常に複雑な心理状態についての問いに対して、君は学術用語ではなく、実に論理的で一貫した行為の一覧で答えたわけだ。 見てのとおり、私たちは、いま仕事に必要なだけの小さな尺度で、家内制のように、目立たぬまま、実践的に、感情の論理と一貫性の問題を解決している。 方法の秘訣はこうだ。感情の論理という複雑な心理問題を、自分たちだけでは整理できないので、そこはいったん放っておき、研究を別の――より手の届く――領域へ移す。つまり行為の論理の領域へ。 そこで私たちは、学問ではなく純粋に実践として――日常のやり方で――人間本性、生活経験、本能、勘、論理、一貫性、そして潜在意識そのものの助けを借りて問題を解く。 論理的で一貫した外的な身体的行為の線を作ることで、注意深く踏み込むなら、それと並行して、内側にもう一つ――感受の論理と一貫性の線――が生まれているのが分かる。 それも当然だ。内的感受は、私たちに気づかれぬまま行為を生み、行為の生活と切り離せず結びついているのだから。 これが、正当化された身体的・心理的行為の論理と一貫性が、感受の真実と信へ導くことの、もう一つの説得的な例だ。 … … … … … … … 19..年 今日はアルカージー・ニコラエヴィチが、また私とヴューンツォフとマロレトコワに、『金を燃やす』エチュードをやらせた。 最初の、金を数える場面で、私はなぜか調子が崩れ、アルカージー・ニコラエヴィチは前回と同じく、私の仕事を一歩一歩導かねばならなかった。 身体的行為の真実を感じ、その真実性を信じると私は熱くなった。舞台が軽く、心地よくなり、想像力がきちんと働き始めた。 金を数えているとき、私は偶然、背の曲がった男――ヴューンツォフ――を見た。するとその瞬間、彼は誰で、なぜいつも目の前に突っ立っているのか、という問いが初めて立ち上がった。 背の曲がった男との関係がはっきりするまでは、エチュードを続けることが不可能になった。 「見たか! ――そう言ってトルツォフは勝ち誇った。私が彼にそれを言ったとき、 小さな真実が、さらに大きな真実、さらに大きな真実を要求したのだ。 これが、相手役との関係を正当化するために、アルカージー・ニコラエヴィチの助けを借りて私が考え出した虚構だ。 妻の美しさと健康は、彼女の 愚か者の兄の醜さを代償に買われたのだ。 というのも、二人は双子だったからである。 二人が生まれるとき、母の命が危険にさらされ、産科医は手術に踏み切って、産婦ともう一人の子を救うために、片方の子の命を危険にさらさねばならなかった。 皆は助かったが、男の子のほうが損なわれた。彼は愚鈍で背の曲がったまま育った。 健やかな者には、何かしらの罪が家族にのしかかり、絶えず自らを叫んでいるように思われた。 この虚構が転換を生み、私はその不幸な愚か者を見る目を変えた。 私は彼に誠実な優しさで満たされ、あの歪んだ者を別の目で見るようになり、過去のことについては、良心の呵責に似たものさえ感じた。 燃える紙切れに喜びを見いだす不幸な愚か者がいるだけで、金を数える場面全体がどれほど生き生きしたことか。 哀れみから私は、札束を机にトントン打ちつけたり、滑稽な動きや表情をしたり、紙切れを火に投げ入れるときにおどけた身振りをしたり、そのほか思いつく冗談で、彼を楽しませてやりたくなった。 ヴューンツォフは私の実験に応じ、よく反応してくれた。 彼の敏感さが、私を新しい工夫へと突き動かした。 場面はまったく別のものになった。居心地がよく、生きていて、温かく、陽気な場面に。 それは客席から、毎分のように反響を呼び起こした。 それもまた私を励まし、煽り立てた。 だが、食堂へ行く瞬間が来た。 誰のところへ? 妻のところへ? では彼女とは誰だ? 新しい問いが、ひとりでに私の前に伸び上がった。 今度もまた、妻とは誰なのか、という問いが明らかになるまで、先を演じることが不可能になった。 私はひどく感傷的な虚構を考え出した。 それは、書き留めるのも気が引ける。 それでも、その虚構は胸を揺さぶり、もし想像が描くとおりのことが真実なら、妻と息子は私にとって無限に大切になるだろう、と信じさせた。 私は喜んで、休む間もなく彼らのために働くだろう。 エチュードの生活が生き返る中で、以前の俳優的なやり方が、侮辱のように思えてきた。 沐浴する息子を見に行くのが、どれほど軽く、どれほど心地よかったことか。 今度は、私自身が気づかって居間に置いたパピロスのことを、思い出させられる必要もなかった。 子どもへの優しく慎重な感情が、それを要求したからだ。 書類のある机へ戻ることも、分かりやすく、必要になった。 私は妻のために、息子のために、そして背の曲がった男のために働いていたのだから! 自分の過去を知ったあとでは、公の金を燃やすことが、まったく別の意味を帯びた。 いま私は自分にこう言いさえすればよかったのだ。「もしこれが現実に起きていたら、お前はどうする?」すると無力さの中で心臓がたちまち激しく打ち始めた。 迫り来る近い未来が、どれほど恐ろしく見えたことか。 私は未来の幕を開けねばならなかった。 そのためには、不動が必要になり、『悲劇的な不作為』はきわめて能動的なものになった。 どちらも、想像と考えの作業に全エネルギーと力を集中させるために必要だった。 すでに死んだ背の曲がった男を救おうとする次の場面は、自然に、ひとりでに出てきた。 それも当然だ。いまや背の曲がった男は私の親族であり近しい人になったのだから、私の彼への新しい優しい態度を思えば。 「一つの真実は、論理的に、一貫して、別の真実を探し、産むのだ」私が自分の『体験』を説明すると、アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「最初、君は『金を数える』行為の小さな真実を探し、現実の生活で金を数える身体的過程がどんな手順で行われるかを、最も細かなところまで思い出せたときに喜んだ。 金を数える瞬間に舞台で真実を感じると、君は他の瞬間でも――登場人物とぶつかるところ、妻や背の曲がった男とのところでも――同じ生活の真実を得たくなった。 君は、なぜ背の曲がった男がいつも目の前に突っ立っているのかを知る必要があった。 君は生活の論理と一貫性によって、信じやすいもっともらしい虚構を作り出した。 それらすべてが合わさって、君に、舞台で自然に――自然の法則のもとで――生きさせたのだ。」 今では私は、うんざりしていたこのエチュードを別の目で見るようになり、そこから感情の生きた反響が起きた。 トルツォフのやり方が見事なものだということは認めざるを得ない。 だが私には、彼の成功は、魔法の『もし』と『与えられた状況』の働きに基づいているように思えた。 それが私の中に転換を生んだのであって、身体的行為や想像上の行為を作ったことではないのではないか、と。 ならば、最初からそれらから始めるほうが、もっと簡単ではないのだろうか。 なぜ身体的行為に時間を費やす必要がある? 私はそれをアルカージー・ニコラエヴィチに言った。 「もちろんだ! ――」彼は同意した。 「私はまさにそこから始めようと言っていた……ずっと前だ。数か月前、君たちが初めてそのエチュードをやったときから。 「あのときは想像力を揺り動かすのが難しかった。 眠っていたんです」私は思い出した。 「そうだ。だが今は目を覚まし、君は虚構を考え出すのが容易になっただけでなく、それを内側から『体験』し、真実を感じ、信じることも容易になった。 なぜそんな変化が起きた? 以前は、想像の種を石だらけの土にまいていたからだ。芽は枯れた。 君は真実を感じても、自分のしていることを信じられなかった。 外側の力み、身体の緊張、そして身体の誤った生活は、真実と『体験』を生むには不向きな土壌だ。 だが今は、魂の生活だけでなく、身体の生活も正しくなった。 そこではすべてが真実だ。 君はそれを、頭でではなく、自分の有機的な身体の感覚で信じた。 そうなれば、想像の虚構が根を張って実を結ぶのも不思議ではない。 君の夢想はもはや、以前のように風に向けてでも、空間へでも、『一般に』でもなく、ずっと根拠あるものになった。 夢想は、抽象ではなく現実の意味を持つようになった。 それが内側から外的行為を正当化する。 身体的行為の真実とそれへの信が、私たちの心的生活を呼び覚ます。 だが、今日君が知った最も重要なことはこれだ。今君は、舞台の上でマロレトコワの家にいたのではない。君は演技していたのではなく、実際に存在していた。 そこで君は、想像上の家族の中で、真に生きていた。 私たちの言葉では、この舞台上の状態を『我は在り』と呼ぶ。 秘訣はこうだ。身体的行為と感受の論理と一貫性が君を真実へ導き、真実が信を呼び、すべてが合わさって『我は在り』を生んだのだ。 では『我は在り』とは何か? それは、私は存在し、私は生き、私は役と同じように感じ、考える――ということだ。 言い換えれば、「我はあり」は情動へ、感情へ、そして体験へと導く。 『我は在り』とは、舞台上の凝縮された、ほとんど絶対的な真実だ。 今日の上演がもう一つ注目すべきなのは、真実の新しい重要な性質を、目に見える形で示したことだ。 その性質とは、小さな真実が大きな真実を呼び、大きな真実がさらに大きな真実を、さらに大きな真実が最大の真実を――という具合に呼び起こすことだ。 小さな身体的行為を整え、その中に真の真実を感じ取っただけで、君には金を正しく数えるだけでは足りなくなり、誰のためにそれをしているのか、誰を楽しませているのか、などなどを理解したくなった。 舞台に『我は在り』の状態を作ることは、より大きな真実――絶対に至るまで――を求める性質の結果なのだ。 真実と信と『我は在り』があるところには、必ず真の人間的(俳優的ではない)『体験』がある。 それこそが、私たちの感受を最も強く誘うものだ。 … … … … … … … 19..年 教室に入ると、アルカージー・ニコラエヴィチは宣言した。 「これで君たちは、舞台における真実と信が何かを知った。 あとは、それが君たち一人一人にあるかどうかを確かめるだけだ。 だから私は、全員に真実感と、それへの信の点検を行う。 最初に舞台へ呼ばれたのはゴヴォルコフだった。 アルカージー・ニコラエヴィチは彼に、何かを演じてみせるよう命じた。 もちろん、私たちの『大・提示屋』には、いつもの相手役――ヴェリャミノワ――が必要だった。 いつものように二人は、命がけで何かくだらないことをやってみせた。 見せ物が終わると、アルカージー・ニコラエヴィチはゴヴォルコフにこう言った。 — 舞台の提示を外側の技術としてしか見ない器用な整備工の観点からすれば、今日の君の演技は何もかも正しく見え、君は自分の腕前に見とれていたはずだ。 だが私は君に同情しない。私は芸術の中に、自然そのものの自然で有機的な創造――死んだ役を真の人間生活で生かすもの――を求めるからだ。 君の偽りの真実は、『像や情念』を提示する助けにはなる。 私の真実は、その像そのものを作り、情念そのものを呼び起こす。 君の芸術と私の芸術の違いは、『見せかける』と『在る』という言葉の違いと同じだ。 私に必要なのは真の真実だが、君は真実らしさで満足している。 私に必要なのは信だが、君は観客が君を信頼していることに限っている。 君を舞台で見ている観客は、一度きりで永遠に確立された演技のやり方どおりに、すべてが正確に行われると安心している。 観客は、曲芸師が空中ブランコから落ちないと信じるように、君の腕前を信頼している。 君の芸術では、観客はあくまで観客だ。 私の芸術では、観客は否応なく創造の証人であり参加者になる。舞台で起きている生活のただ中へ引き込まれ、それを信じる。」 アルカージー・ニコラエヴィチの説明への答えの代わりに、ゴヴォルコフは毒気を含ませながら、プーシキンは芸術の真実について、トルツォフとは別の意見を持っていると言い出した。 自説の裏づけとしてゴヴォルコフは、こういうとき必ず引かれる詩人の言葉を持ち出した。『卑しい真実の闇よりも/我らを高める欺きのほうが尊い……』 「君の言うとおりだ……そしてプーシキンもそうだ。 君が挙げた詩句がそれを証明している。詩人は、私たちが信じる欺きについて語っているのだから。 その信があるからこそ、欺きは私たちを高める。 それがなければ、どうして欺きが、恵みとなり私たちを高める力を持ちえようか。 たとえば四月一日――人をだまし合う日だ――に誰かが来て、政府が君の芸術上の功績をたたえて君の像を建てると決めた、と言い張ったとしよう。 その欺きで、君は高められるか?」 「僕は馬鹿じゃありませんからね。くだらない冗談は信じません」 ゴヴォルコフは答えた。 「つまり高められるには、君は『くだらない冗談を信じる』必要があるわけだ」アルカージー・ニコラエヴィチはその言葉尻を捕まえた。 「別の詩句でもプーシキンは、ほとんど同じ意見を確かめている。『虚構の上に涙をそそごう』。 信じられないものの上に、涙をそそぐことなどできない。 だからこそ、私たちが信じる欺きと虚構に万歳だ。それは俳優をも観客をも高め得るのだから! その欺きは、それを信じた者にとって真実になる。 それは、舞台ではすべてが、俳優の想像上の生活において真の真実にならねばならない、ということをいっそう強く裏づける。 だが私は、君の演技の中にそれを見ない。」 授業の後半で、アルカージー・ニコラエヴィチは、ゴヴォルコフとヴェリャミノワが今しがた演じた小さな場面を手直しした。 トルツォフは小さな身体的行為で演技を点検し、私の『金を燃やす』エチュードのときとまったく同じように、真実と信を引き出そうとした。 だが……一つの事件が起きた。トルツォフの叱責を招き、私には非常に教訓的だったので、書き留めねばならない。 こういうことだ。 突然稽古を断ち切って、ゴヴォルコフが演技をやめ、神経質で険しい顔、震える手と唇のまま、黙って立ったのだ。 「黙っていられない! どうしても――ほら――言わなきゃならないんです」しばらくして彼は、動揺と戦いながら口を開いた。 「僕が何も分かっていないなら、劇場を去るべきです。だが、失礼ながら、ここで教えられていることが毒で、それに抗議すべきだとしたら――。 もう半年も、椅子を動かせ、扉を閉めろ、暖炉に火を入れろ、とやらされている。 そのうち、写実のために鼻をほじれ、と命じられるでしょう。小さな・大きな身体的真実でね。 だが失礼ながら、舞台で椅子を動かすだけでは、芸術にはなりません。 真実というのは、ほら、ナチュラリスティックな汚らわしいものを見せることではない。 吐き気がするような真実なんて、くそくらえだ! 『身体的行為』? いや、失礼ながら! 劇場はサーカスじゃない。 あそこでは、ほら、空中ブランコをつかむとか、馬に巧みに飛び乗るとか、身体的行為が極めて重要だ。曲芸師の命がかかっている。 だが世界の偉大な作家たちは、失礼ながら、登場人物に身体的行為の練習をさせるために天才的作品を書くわけじゃないでしょう! なのに僕らは、そればかりやらされる。 息が詰まるんです。」 私たちを地面に押しつけないでください! 翼を縛らないでください! 高く羽ばたかせてください——永遠に、天上に、世界的なものに、もっと近く……ほら、あの高みへ! 芸術は自由だ! 必要なのは広がりであって、小さな真実ではない。 ほら、大きな飛翔のための大きなスケールが要るんです。虫けらみたいに地面を這うためじゃない! 私たちは美しいもの、品位を与えるもの、高貴なものがほしい! 私たちの空を塞がないでください! 「トルツォフがゴヴォルコフを雲の下で羽ばたかせないのは正しい。 あれは彼にはできないのだ」私は心の中でそう思った。 「え? ゴヴォルコフ――大・提示屋――が、天へ飛ぶ? ! 練習をする代わりに、『芸術をする』? !」 ゴヴォルコフが言い終えると、アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「君の抗議には驚いた。 これまで私たちは、君を外的技術の俳優だと思っていた。君はその領域で実に鮮やかに自分を示してきたからだ。 ところが突然、君の本当の使命が雲の上の領域で、君には永遠や世界的なものが必要だと知ることになった。しかもそれは、君がまだ何一つ自分を示していない領域だ。 では結局、君の芸術的志向はどこへ飛ぶのか。ここか――君が見せびらかし、いつも『提示』している観客席へか。それともフットライトの向こう側、つまり舞台へか。詩人へ、俳優たちへ、君が仕える芸術へ、君が『体験』している『役の人間精神の生活』へか。 君の言葉では、後者を望んでいる。 それなら結構! ならば、君の精神的本質を早く示しなさい。そして君が好む、いわゆる高尚な文体で遊ぶという演技の手口――悪趣味な観客に必要なそれ――を追い払え。 外的な約束事と嘘には、翼がない。 身体には飛ぶことが与えられていない。 せいぜい地面から一メートル跳ねるか、つま先立ちして背伸びするだけだ。 飛ぶのは想像力であり、感情であり、思考だ。 目に見えない翼が与えられているのはそれらだけだ——物質も肉体も伴わない翼でね。君の言う「天上のもの」を夢見るとき、私たちが語れるのも、それについてだけだ。 そこには、生きた記憶――私たちの記憶の生活――『人間精神の生活』そのもの、私たちの夢が隠れている。 それこそが、「高み」へだけでなく、さらに遠くへ——自然がまだ作り出していないのに、芸術家の無限の幻想の中に生きている世界へ——入り込むことができる。 だがまさにそれら――君の感情、思考、想像力――は、観客席を越えて飛ばない。君はその奴隷だからだ。 だからこそ、それらは君に、君自身の言葉で叫ぶべきなのだ。『私たちを地面に押しつけるな! 息が詰まる! 翼を縛るな! 高く飛び立たせろ。永遠に、世界的なものに、もっと近く! 高貴なものをよこせ。すり切れた俳優の型ではなく!』」 アルカージー・ニコラエヴィチは、ゴヴォルコフの卑俗な俳優的パトスと朗誦の癖を、意地悪くそっくり真似た。 「もし霊感の嵐が君の翼をさらい、旋風で運び去ってくれないのなら、君には誰よりも、助走のための身体的行為の線、その真実、その信が必要だ。 だが君はそれを恐れ、俳優にとって必須の稽古に取り組むのを屈辱だと思っている。 なぜ君は、自分だけ例外扱いを求めるのだ? 踊り子は毎朝、夜のトウシューズでの「飛翔」に備えて、必須の基礎練習で汗だくになり、ふうふう息をついている。 歌手は朝、声を出し、音を伸ばし、横隔膜を鍛え、頭や鼻の中に共鳴器を探す。夜に歌で魂を注ぎ出すためだ。 あらゆる芸術の芸人は、技術が要求する身体の装置と身体練習を軽んじない。 なのになぜ君だけ例外になりたい? 私たちは、身体的本性と精神的本性の最も密接で直接の結びつきを目指している。片方で片方に働きかけるためにだ。だが君は、それを切り離そうとする。 それどころか、片方――身体的な半分――を、まるごと捨てようとさえしている(もちろん言葉の上ではだが) だが自然は君を笑った。君が大事にするもの――高貴な感情と『体験』――は君に与えず、その代わりに、俳優の『提示』と自己誇示の身体的技術だけを残した。 君は誰よりも、外的で職人的な手口、俳優の朗誦的パトス、ありとあらゆる馴れきった型に酔っている。 高貴なものに近いのはどちらだ? つま先立ちして言葉の上では『天に舞い』ながら、実際には観客席の支配下にいる君か。それとも、真実と信の助けで複雑な人間の『体験』を伝えるために、身体的行為を含む俳優の技術を必要とする私か。 自分で決めなさい。地面に近いのは、どちらだ? ゴヴォルコフは黙っていた。 「理解しがたい!」 間を置いてトルツォフは叫んだ。 「高尚なことをいちばん口にするのは、そういう資質がいちばん乏しい者――飛ぶための見えない翼を持たない者だ。 そういう連中は、芸術や創造を、偽のパトスで、分かりにくく、こねくり回して語る。 だが真の芸術家は、逆に、自分の芸術を簡潔に、分かりやすく語る。 君は前者の仲間ではないのか? それを考えなさい。さらに、自然が君に与えた役どころの中なら、君は素晴らしい俳優にも、芸術の役に立つ働き手にもなれたはずだということも。」 ゴヴォルコフの次は、ヴェリャミノワが見せた。 驚いたことに、彼女は単純な練習をどれもなかなか悪くなくやり、それなりに正当化していた。 アルカージー・ニコラエヴィチは彼女を褒め、それから机の上のクーペ・パピエを取って、それで自害してみせろと言った。 ところが悲劇になるや、ヴェリャミノワはたちまち竹馬に乗り、ひどく情念を「ずたずたに引き裂き」始め、いちばん強い箇所に来ると突然、ベルーガのように泣き叫んだので、私たちは皆こらえきれず吹き出した。 トルツォフは言った。 「私には、貴族と結婚して、見事な『社交界の淑女』になった伯母がいた。 伯母は、まるで刃の上でバランスを取るように、抜群の技で上流社会の『政治』を華麗にやり抜き、どんな場合でも勝者になった。 皆が彼女を信じた。 だがある日、満員の教会で弔われている名門の故人の親族に取り入れる必要があった。 棺に近づくと伯母はオペラのポーズを取り、死者の顔を見つめ、効果的な間を置いて、教会じゅうに向かって朗誦した。「さらば、友よ! ありがとう、すべてに! 」だが真実感が彼女を裏切った。彼女はしくじり、誰もその悲しみを信じなかった。 君にも、だいたい同じことが今起きた。 喜劇の場面では、君は役の線をレースのように繊細に織り上げ、私は君を信じた。だが強い劇的場面になると、君はつまずいた。 どうやら君には、片寄った真実感がある。喜劇では鋭いが、ドラマでは脱臼している。 君もゴヴォルコフ同様、自分の劇場での本当の居場所を見つけねばならない。 自分の『アンプロワ』を早めに理解することは、私たちの芸術では重要だ。 … … … … … … … 19..年 アルカージー・ニコラエヴィチは真実感と、それへの信の点検を続け、最初にヴューンツォフを呼んだ。 彼は私とマロレトコワとで、『金を燃やす』エチュードを演じた。 断言するが、ヴューンツォフは前半を、これまでになく見事に『体験』していた。 今回は節度の感覚で私を驚かせ、彼に真の才能があることを改めて確信させた。 アルカージー・ニコラエヴィチは彼を褒めちぎり、すぐにこう付け加えた。 「だが、死の場面で、なぜ舞台では二度と見たくないような『真実』を『演じ』た? 腹のいきみ、吐き気、げっぷ、恐ろしいしかめ面、全身の痙攣……。 あそこで君は、ナチュラリズムのためのナチュラリズムに身を委ねた。 死の真実を、死の真実そのもののために欲した。 君が生きていたのは、『人間精神の生活』の最期の瞬間の記憶ではなく、身体が外側から死んでいく視覚的記憶だった。 それは正しくない。 ハウプトマンの『ハンネレ』ではナチュラリズムが許されている。 だがそれは、戯曲全体の根本の本質を、より鋭く際立たせるためになされている。 そのやり方なら受け入れられる。 だが、必要もないのに、現実の生活から、不要な屑として捨てるべきものを拾い集めてどうする? そういう課題、そういう真実は反芸術的で、印象も同じく反芸術的になる。 嫌悪は美を生まない。カラスは鳩を産まない。イラクサは薔薇を育てない。 こうして、生活で知っている真実のすべてが、劇場にとって良いとは限らない。 舞台の真実は、手を加えて塗り立てたものではなく、真に本物でありながら、余計な日常の細部をそぎ落として磨かれたものでなければならない。 それは現実に即して真実でありつつも、創造的虚構によって詩化されていなければならない。 舞台の真実は写実的でよい。だが芸術的であり、私たちを高めるものでなければならない。 「では、その芸術的真実とは何なんです?」 ゴヴォルコフが毒気を含ませて尋ねた。 「君が何を望んでいるかは分かっている。芸術の高尚な事柄について語らせたいのだろう。 たとえば、芸術的真実と非芸術的真実の違いは、絵画と写真の違いと同じだ、と話してやることもできる。写真はすべてを写すが、絵は本質だけを取る。その本質をキャンバスに定着させるには画家の才能が要る。 あるいは、ヴューンツォフの『金を燃やす』での演技について言えば、観客にとって重要なのは背の曲がった男が死ぬことなのであって、死にどんな生理現象が伴ったかではない――そうしたものは写真の細部であり、絵には有害だ、とも言える。 死にゆくことを特徴づける本質的なしるしを一つ、二つ――それだけでよい。決してその種のしるしを全部ではない。 でないと、主たるもの――死、近しい人の喪失――が後景に退き、二次的なしるしが前に突き出てしまう。観客は、泣くべき場所で、吐き気を催すだけになる。 ほら、こういうときに語られることは、私にも分かっている。だが私は黙っている! なぜか? というのも、要求水準の低い者には、短い説明だけで、創造における『芸術的なもの』をすべて知ったつもりになる安心が生まれるからだ。 私は、それが有害だと断言する。 それは何も与えないくせに、俳優に最後の最後まで必要な好奇心や探究心を眠らせてしまう。 逆に、私がきっぱり拒否で答えれば、それは君たちをざわつかせ、興味をそそり、胸を騒がせ、警戒させ、未解決の問いの答えを自分で見つめ、探させるだろう。 だから私は言う。芸術における『芸術的なもの』を、言葉で定義し、定式化することは引き受けない。 私は実践家だ。言葉でなく実際に、つまり感じさせることで、芸術的真実とは何かを君たちが知る助けになれる。 だがそのためには、大きな忍耐が要る。私にそれができるのは、この全課程を通してだけだからだ。いや正確には、君たちがシステムをすべて学び終え、自分の中で、素朴で日常的で人間的な真実が芸術的真実へと生まれ、磨かれ、結晶していく道筋を追いきったときに、自然に分かるようになる。 それは一気にはできない。役が形成され成長していく過程全体にわたって作られる。 主たる本質を取り込み、それにふさわしい美しい舞台の形と表現を与え、余計なものを捨てながら、私たちは潜在意識、芸術性、才能、勘、趣味の助けで、役を詩的で、美しく、調和が取れ、単純で、分かりやすく、見る者を高め清めるものにする。 これらの性質が、舞台の創造物を、ただ正確で真実に満ちたものにするだけでなく、芸術的にもする。 こうした美や芸術性の感覚――きわめて重要な感覚――は、乾いた公式では定義できない。 それには感受と実践と経験と、自分自身の探究心と時間が要る。 ヴューンツォフの後、マロレトコワが『捨て子』のエチュードを演じた。 内容はこうだ。マロレトコワが帰宅し、玄関先で捨て子を見つける。 やがて衰弱した捨て子は、彼女の腕の中で死ぬ。 最初、彼女は捨て子を見つけたことを驚くほど誠実に喜び、まるで生きた人形のように扱った。 跳ね回り、走り回って抱き、くるみ、口づけし、見とれ、テーブルクロスに包まれた木片だということを忘れていた。 だが突然、赤ん坊が彼女の遊びに反応しなくなった。 マロレトコワは原因をよく理解しようと、長いこと見つめ込んだ。 その間に彼女の顔つきが変わっていった。 驚きと恐怖がその顔に映るほど、彼女はますます集中していった。 彼女は赤ん坊をそっとソファに置き、後ずさりした。 距離を取ると、マロレトコワは悲劇的な当惑の中で石のように固まった。 それで終わりだ。 ほかには何もない。 だがその中には、どれほどの真実と信、素朴さ、若さ、愛らしさ、女らしさ、趣味、そして真の劇的な力があったことか。 彼女は、新生児の死に対して、成長した少女の生への渇望を、なんと美しく対置したことか! 生命に満ちた若い存在が、初めて、生命のない場所を覗き込んで死と出会う――その第一の出会いを、なんと繊細に感じ取ったことか。 「これが芸術的真実だ!」 マロレトコワが袖へ引っ込むと、興奮したトルツォフは叫んだ。 「そこではすべてが信じられる。すべてが真の生きた生活から『体験』され、取られているからだ。だが手当たり次第ではない。選び取って、必要なだけ。 多すぎもせず、少なすぎもせず。 マロレトコワは見ることができ、美しいものを見抜ける。そして節度を知っている。 これは重要な性質だ。」 「どうして、まだ若く、始めたばかりの弟子に、こんな完成があるんだ?」 ある嫉妬深い者たちは腑に落ちなかった。 「生まれつきの才能と、そして何より、並外れて美しい真実感からだ。」 繊細で真実なものは、必ず高度に芸術的だ。 塗られても汚されてもいない、自然そのものの真実以上に良いものがあるだろうか! 授業の終わりにアルカージー・ニコラエヴィチは私たちに告げた。 「どうやら私は、舞台における真実感、嘘、そして信について、今の段階で言えることはすべて言ったようだ。 いよいよ、この重要な自然の賜物をどう伸ばし、どう吟味していくかを考える時期が来た。 そうした仕事の機会や口実はいくらでもある。真実感と信は一歩ごとに、創造のあらゆる瞬間に姿を現すのだから。それが家で行われようと、舞台で行われようと、稽古で行われようと、本番で行われようと。 俳優が劇場で行い、観客が目にするすべては、真実感によって貫かれ、承認されていなければならない。 内的な行為の線にも外的な行為の線にも関わる、どんなに些細な練習であっても、真実感の点検と承認を要する。 これまで言ったことから明らかなように、その発達のためには、学校での私たちの仕事の一瞬一瞬が、劇場でも家でも役に立つ。 残るのは、それらすべての瞬間が、私たちに益となり害とならないように気を配ることだ。真実感そのものの発達と強化に役立ち、嘘や偽りや『演じ』のほうを強めることが決してないように。 これは難しい課題だ。嘘をつき、偽音を出すほうが、真実に語り真実に行為するより、はるかに容易だからだ。 弟子の中で真実感が正しく育ち、強まるためには、大きな注意と集中、そして教師の不断の点検が必要になる。 だから、君たちの力を超え、私たちの自然や論理や健全な判断に逆らうことは避けなさい! そういうことは、脱臼と強制と『演じ』と嘘を呼び起こす。 それらが舞台に入り込む回数が多ければ多いほど、真実感には害になる。不真実によって真実感が腐り、歪められてしまうからだ。 舞台での偽りや嘘への慣れを恐れなさい。それらの悪い種が、君たちの中で根を張るのを許すな。 容赦なく引き抜きなさい。 でないと雑草が繁茂し、君たちの中の最も大切で、最も必要な真実の芽をすべて窒息させてしまう。 IX 情緒記憶 … … … … … … … 19..年 授業は、トルツォフが、久しく繰り返していなかった「狂人」と「暖炉に火を入れる」エチュードに戻ろうと提案したところから始まった。 弟子たちはエチュードが恋しくなっていたので、その提案は熱狂的に受け入れられた。 それに、確信があり、うまくいったものを繰り返すのは楽しい。 私たちはさらに大きな生気で演じた。 不思議ではない。誰もが、自分が何をどうすべきかを知っていたし、確信から生じる見栄まで出てきた。 また以前と同じく、ヴューンツォフが怯えると、私たちは四方へ散った。 だが今日は、その恐怖は不意ではなかった。準備する時間があり、誰がどこへ走るべきか考える余裕があった。 そのおかげで、全体のどたばたは、よりくっきりして、より稽古されていて、だから以前よりずっと強くなった。 私たちは喉を限りに叫びさえした。 私に関して言えば、前と同じく机の下に潜り込んだが、灰皿が見つからなかったので大きなアルバムをつかんだ。 他の者についても同じようなことが言える。 たとえばヴェリャミノワだ。最初はドゥムコワとぶつかった拍子に、偶然クッションを落とした。だが今日は衝突がなかったのに、それでも前回と同じように拾い上げるためにクッションを落とした。 ところがエチュードが終わると、トルツォフとラフマーノフは、以前の私たちの演技は直接的で誠実で新鮮で真実だったが、今日は偽りで不誠実で作り物だった、と言い放った。 私たちにできるのは、手を広げることだけだった。 「でも僕たちは、感じて、『体験』していました!」 弟子たちは言った。 — 人間は生活のどの瞬間にも、必ず何かを感じ、何かを体験しているものだ、とトルツォフは答えた。 「何も感じず、何も『体験』しないなら、その人は生きた人間ではなく死人だ。 何も感じないのは死者だけだ。 問題はただ一つだ。君たちが今、舞台で創造の瞬間に、いったい何を『感じ』、何を『体験』していたのか。 さあ、以前あったことと、今日エチュードを繰り返して君たちがやったことを、分析し比較してみよう。」 疑いの余地はない。あらゆるミザンセーヌ、移動、外的行為、その順序、配置の最も細かなところまで、驚くほど正確に保たれている。 たとえばこの、扉を塞ぐように積み上げられた家具を見てみなさい。 まるで君たちが写真を撮ったか、物の配置の図面を描いておき、その図面どおりに同じバリケードをまた組んだかのようだ。 こうしてエチュードの外的で事実的な側面は、驚くべき正確さで繰り返された。それは、君たちがミザンセーヌや配置、身体的行為、動き、移動などに対して鋭い記憶を持っていることを示している。 外側はそうだ。 だが、君たちがどう立ち、どう配置したかなど、それほど重要だろうか? 観客である私には、君たちが内側でどう行為したのか、何を感じたのかのほうが、はるかに知りたい。 君たち自身の『体験』――現実から取り、役へ移されたもの――が、舞台で役の生活を作るのだから。 その君たちの感受を、君たちは私に与えなかった。 内側から正当化されていない外的行為、ミザンセーヌ、配置は、形式的で乾いており、舞台には要らない。 ここにこそ、今日の上演と前回の上演の違いがある。 最初、私が招かれざる訪問者の狂気という仮定を持ち込んだとき、君たちは皆が皆、身を寄せ、自己救済という重要な問題に思いを凝らした。 誰もが生じた状況を評価し、その評価の後に初めて行為し始めた。 それは論理的に正しい接近であり、真の『体験』とその具現化だった。 ところが今日は、好きな遊びに喜び、そのまま考えもせず、『与えられた状況』も評価せずに、前回すでに知っている外的行為を写し始めた。 それは正しくない。 最初は墓のような沈黙、今日は楽しさと興奮だ。 皆が小道具の準備に走った。ヴェリャミノワはクッション、ヴューンツォフはランプシェード、ナズヴァノフは灰皿の代わりにアルバム。 「小道具係が置き忘れたんです」と私は弁解した。 「だが最初のとき、君は前もって用意していたのか? ヴューンツォフが叫んで君を驚かすと、君は知っていたのか? . . 」アルカージー・ニコラエヴィチは皮肉った。 「妙だ! 君は今日、アルバムが必要になると、どうして予見できた? ! それは偶然、手元に転がり込むはずではないのか。 あの偶然、あるいは他の偶然が、今日は繰り返されなかったのは残念だ! もう一つ細部がある。最初のとき、君たちはずっと、目を離さず執拗に、扉を見つめていた。扉の向こうには想像上の狂人がいたのだ。 だが今日は、その狂人ではなく、私たち――つまり君たちの観客、イワン・プラトーノヴィチと私――に気を取られていた。 君たちは、自分たちの演技が私たちにどんな印象を与えるかが気になっていた。 狂人から隠れる代わりに、君たちは私たちに自分を見せていた。 最初のとき、君たちは感情と直観と生活経験の内的なささやきに従って行為したのに、今日は、盲目的に、ほとんど機械的に、踏み固められた道を進んだ。 君たちは最初の成功した稽古を反復したのであって、今日という一日の新しい真の生活を作り出したのではない。 君たちが材料を汲み取ったのは生活の記憶ではなく、劇場の、俳優の記憶だった。 最初のとき内側でひとりでに生まれ、自然に行為に映ったものが、今日は見ている者により強い印象を与えるために、人工的に膨らまされ、誇張された。 要するに、君たちには、かつて若者がワシーリー・ワシーリエヴィチ・サモイロフに、舞台に出るべきか助言を求めに来たときに起きたことと、同じことが起きたのだ。 「いったん出て、それからまた入って、さっき私に言ったことを言いなさい」有名な俳優はそう提案した。 若者は外側の形では最初の訪問を繰り返したが、最初の訪問で味わった『体験』を取り戻せなかった。 外的行為を内側から正当化し、生かすことができなかったのだ。 だが、若者との私の比較も、今日の君たちの失敗も、君たちを惑わせてはならない。これは当たり前のことだ。なぜなら私はその理由を説明できる。 というのも、創造を最もよく刺激するものは、しばしば不意打ちや、創造の主題の新しさだからだ。 エチュードの最初の実行では、その不意打ちが確かにあった。 扉の向こうに狂人がいるという私の仮定は、真に君たちを動揺させた。 だが今日は、不意打ちが消えた。すべてが君たちにとってよく知られ、理解され、明白だったからだ。行為がどんな外的形に流れ出るかまで含めて。 そうなると、もう一度考え、生活経験に照らし、真の現実で『体験』した感受に当たる必要があるだろうか? 何のためにそんな仕事をする? すべてはすでに私とイワン・プラトーノヴィチが作り、承認したのに? 出来上がった外的形式は、俳優にとって大きな誘惑だ! 劇場の舞台を踏むのがほとんど初めての君たちが、出来上がったものに誘惑され、しかも外的行為の良い記憶を示した――それで何が不思議だろう。 感受の記憶について言えば、それは今日は現れなかった。 「感受の記憶?」 私は理解しようと努めた。 「そうだ。あるいは、私たちがそう呼ぶことにする名――情緒記憶だ。 以前は――リボーにならって――それを『情動記憶』と呼んでいた。 今ではその用語は退けられ、新しい用語も与えられていない。 だが私たちには、それを指す何らかの言葉が必要だ。だから当面、感受の記憶を情緒記憶と呼ぶことにした。 弟子たちは、その言葉が何を意味するのか、もっと明確に説明してほしいと求めた。 「それはリボーの挙げた例で分かる。 二人の旅人が、海の満潮で岩場に取り残された。 二人は助かり、その後、自分の印象を語った。 一人は、自分の行為を一つ一つ覚えている。どうして、どこへ、なぜ行き、どこを降り、どう踏み、どこへ跳んだか。 もう一人は、その方面のことはほとんど何も覚えていないが、そのとき味わった感受だけは覚えている——最初は歓喜、次に警戒、焦り、不安、希望、疑い、そして最後に、パニック状態。 その感受が情緒記憶に保存されるのだ。 もし今日、狂人のエチュードのことを考えただけで、第二の旅人のように、最初に『体験』した感受がすべて君たちに戻ってきたなら―― もし君たちがそれで生き始め、新たに、真に、生産的に、合目的的に行為し始めたなら――しかもそれが、意志と無関係に、ひとりでに起きたなら――私は、君たちの情緒記憶は第一級で、並外れていると言っただろう。 だが残念ながら、それはあまりに稀な現象だ。 だから私は要求を下げてこう言う。君たちが外的なミザンセーヌだけに導かれてエチュードを始めたとしても、そのミザンセーヌが『体験』した感受を思い出させ、君たちがその情緒の記憶に身を委ね、その庇護のもとでエチュードを進めたなら。 その場合、私はこう言っただろう。君たちの情緒記憶は例外的でも超自然的でもないが、それでも良い、と。 私はさらに要求を下げてもよい。君たちがエチュードを外側から、形式的に始め、馴染みのミザンセーヌや身体的行為がそれに結びつく感受を生かさず、最初のときのように、行為すべき『与えられた状況』を評価しようという欲求さえ起きなかったとしても、だ。 そういう場合にはサイコテクニックで助けられる。つまり新しい『もし』と『与えられた状況』を持ち込み、それを新たに評価し直して、眠っている注意、想像力、真実感、信、思考、そしてそれを通して感情を喚起するのだ。 もし君たちがそれをすべてやり遂げられたなら、私は君たちに情緒記憶があると認めただろう。 だが今日、君たちは私が挙げた可能性のどれ一つも示さなかった。 今日君たちは、第一の旅人のように、外的行為だけを驚くほど正確に繰り返し、それを内的な『体験』で温めなかった。 今日君たちが気にしていたのは結果だけだ。 だから私は言う。君たちは自分の情緒記憶を示さなかった。 「つまり僕らには、それがないんですか?」 私は絶望して叫んだ。 「いや。それは誤った結論だ。 次の授業で確かめよう」アルカージー・ニコラエヴィチは落ち着いて答えた。 … … … … … … … 19..年 今日の授業は、私の情緒記憶の点検から始まった。 「覚えているか」アルカージー・ニコラエヴィチは言った。「君は俳優のフォワイエで、モスクヴィンが***へ客演に来たとき、君がどれほど強い印象を受けたか話してくれたな。 今でも、その上演をそれほど鮮明に覚えていて、ただ思い出しただけで、五、六年前に味わったのと同じ陶酔の状態に支配されるのか?」 「前ほど鋭くは繰り返されないかもしれませんが、その記憶で私はとても生き生きします。」 「それほど強くて、思い出すと心臓が速く打つほどか?」 「たぶん――それに深く身を委ねれば。」 「では、君が同じくフォワイエで話した、友人の悲劇的な死を思い出すとき、心や身体には何が起きる?」 「私はその重い記憶を避けています。今でも私を打ち沈ませるからです。」 「モスクヴィンの客演のときや、友人の死のときに味わったような、既知で、かつて『体験』した感受を繰り返す助けになるこの記憶――それが情緒記憶だ。 視覚記憶で、内なる眼前に忘れていた物や風景や人物像が蘇るように、情緒記憶では、かつての感受が生き返る。 すっかり忘れたように見えても、何かの手がかり、思い、見慣れた像があれば、また『体験』が君を包む。最初と同じほど強いこともあれば、少し弱いことも、逆に強いこともある。同じ形のこともあれば、多少変化した形のこともある。」 君が、味わったことを思い出しただけで青ざめたり赤らんだりでき、昔『体験』した不幸のことを考えるのが怖いのなら、君には感受の記憶――情緒記憶がある。 ただそれが、公の創造という条件の困難と、ひとりでに戦えるほどには発達していないだけだ。 「さて言いなさい」トルツォフはシュストフに向かった。「君はスズランの匂いが好きか?」 「好きです」パーシャは答えた。 「では、からしの味は?」 「それだけだと好きじゃない。でも牛肉となら好きです。」 「猫のふわふわした毛や、上等なビロードを撫でるのは好きか?」 「はい。」 「そういう感覚を、君はよく覚えているか?」 「覚えています。」 「音楽は好きか?」 「それも好きです。」 「好きな旋律はあるか?」 「もちろん。」 「たとえば?」 「チャイコフスキーやグリーグやムソルグスキーのロマンスがたくさんあります。」 「それも覚えているか?」 「はい。耳は悪くありません。」 「聴覚と、聴覚記憶だ」トルツォフは付け加えた。 「絵画も好きらしいな?」 「大好きです。」 「好きな絵はあるか?」 「あります。」 「それも覚えているか?」 「とてもよく。」 「自然は好きか?」 「好きでない人がいるでしょうか!」 「景色や、部屋の様子や、物の形をよく覚えるか?」 「覚えます。」 「顔もか?」 「はい。印象を与えた顔なら。」 「たとえば、誰の顔をはっきり覚えている?」 「たとえばカチャーロフです。 近くで見ましたし、とても強い印象を受けました。」 「つまり君には視覚記憶もある。 これらもまた、繰り返される感覚だが、それは五感の記憶によって呼び起こされる。 それは情緒記憶が示す『体験』とは別のもので、情緒記憶とは切り分けて考えられる。 それでも私は、情緒記憶と並行して五感について語ることがあるだろう。 そのほうが便利だからだ。 五感の感覚についての記憶は、舞台の上の俳優に必要なのか、そしてどれほど必要なのか? それを決めるために、これらの感覚を一つずつ見ていこう。 五感の中では、視覚が印象の受け取りに最も敏感だ。 聴覚もまた非常に鋭い。 だから、眼と耳を通して私たちの感受に働きかけるのが、いちばん容易なのだ。 ある画家たちは内なる視覚があまりに明瞭で、不在の人物の肖像さえ描けることが知られている。 ある音楽家たちは内なる聴覚があまりに完成していて、たった今演奏された交響曲を、演奏の細部や、楽譜からのごく僅かな逸脱まで思い起こしながら、頭の中で聴き直すことができる。 舞台の俳優もまた、画家や音楽家と同じく、内なる視覚と聴覚の記憶を持っている。 それによって俳優は、視覚像や聴覚像、人の顔、その表情、身体の線、歩き方、癖、動き、声、会話で出会う人々のイントネーション、衣装、生活上の細部その他、自然、風景などについての記憶を、自分の中に刻み、蘇らせることができる。 さらに人間は、そしてまして俳優は、現実の生活で見聞きしたものだけでなく、想像力の中で目に見えず耳に聞こえずに作られるものも、記憶し、再現できる。 視覚型の俳優は、求められていることを実際の行為として見せてもらうのが好きで、そうすると、話題になっている感情を容易に感じ取れる。 それに対して聴覚型の俳優は、できるだけ早く、自分が演じる人物の声の響きや話し方やイントネーションを聞きたがる。 彼らが感受を喚起する最初の突き動かしは、聴覚の記憶から生じるのだ。 「では五感の他の感覚は?」 「舞台で必要になることがあるんですか?」 私は興味を持って尋ねた。 「もちろんだ! 必要なら、それは何のためで、舞台創造でどう使うのですか?」 「たとえばこうだ」アルカージー・ニコラエヴィチは説明した。「君がチェーホフの『イワーノフ』第三幕冒頭の場面を演じているとしよう。 あるいは、君たちの誰かが、ゴルドーニの『宿屋の女主人』でカヴァリエーレ・ディ・リーパフラッタを演じ、ミランドリーナが並外れた腕前で作ったという体裁の、作り物の紙製ラグーに恍惚としなければならないとしよう。 その場面は、君だけでなく観客の全員のよだれが垂れるほどに演じなければならない。 そのためには、上演しているまさにその瞬間に、本物のラグーでなくてもよいから、何か別の旨い料理について、せめて大まかな味の表象を持っていなければならない。 でなければ、食の味の満足を『体験』するのではなく、ただ『演じ』るしかなくなる。 「では触覚は?」 「どんな戯曲で必要になるんです?」 「たとえば『オイディプス』だ。子どもたちの場面で、目をえぐったオイディプスが彼らを手探りする。 その場合、よく発達した触覚が大いに役立つ。」 「でも、失礼ですが、上手い役者なら、感情を揺さぶらなくても、技術だけで全部表現しますよ」とゴヴォルコフは断言した。 「そんな自信過剰な断言を信じてはならない。 どれほど完璧な俳優技術でも、理解しがたく、到達しがたく、最も繊細な、自然そのものの芸術には及ばない。 私は生涯で、あらゆる流派・あらゆる国の、名だたる俳優、技術家、名人を見てきた。だが断言する。誰一人として、自然そのものの見えないささやきのもとで働く真の芸術的潜在意識が、無意識に到達する高みに届かなかった。 忘れてはならない。私たちの複雑な本性の最も重要な側面の多くは、意識で支配できない。 それを扱えるのは自然だけだ。 自然の助けなしには、私たちは『体験』と具現化という、きわめて複雑な創造装置を、部分的にしか支配できない。 味覚・触覚・嗅覚の記憶は、私たちの芸術では使い道が少ない。とはいえ、時には大きな意味を持つこともある。ただしそういう場合でも、その役割はあくまで補助的なものにすぎない。 「では、その役割とは何です?」 私は追及した。 「例で説明しよう」トルツォフは言った。「最近、私が目にした出来事を話す。二人の若者が、ある夜のどんちゃん騒ぎの後で、どこで聞いたのか自分でも分からない下品なポルカの旋律を思い出そうとしていた。 『あれは…… どこだった? . . 俺たちは柱か円柱のそばに座っていた……』 一人が苦しげに思い出していた。 『柱が何だって言うんだ?』 もう一人は苛立った。 『お前は左で、右は……』 『右は誰が座ってた?』 最初の放蕩者は視覚記憶から搾り出した。 『誰も座ってないし、柱なんてなかった。 でも、ユダヤ風のカワカマスを食ったのは確かで――』 『ひどい香水、花のオーデコロンの匂いがした』と最初の者が手がかりを出した。 『そうだ、そうだ』と二人目がうなずいた。 『香水の匂いとユダヤ風のカワカマスが、嫌で忘れられない気分を作ったんだ』。 これらの印象が、二人に、一緒にいたある婦人――ザリガニを食べていた――を思い出させた。 次に彼らは、食卓、そのセッティング、そして、実は確かに自分たちが座っていた柱を見出した。 そのとき放蕩者の一人が、突然フルートの装飾音を歌ってみせ、その装飾音を音楽家がどう演奏していたかを身振りで示した。 指揮者その人も思い出された。 こうして、味覚・嗅覚・触覚の感覚の記憶が少しずつ生き返り、それを通して、その夜に受け取った聴覚と視覚の印象も生き返っていった。 ついに放蕩者の一人が、その下品なポルカの数小節を思い出した。 もう一人がさらに数小節を足し、それから二人は、蘇った旋律を指揮者の真似をしながら一緒に歌い出した。 だがそれで終わりではなかった。放蕩者たちは酔った勢いで加えた何かの侮辱を思い出し、激しく言い争い、その結果、また喧嘩になった。 この例から、五感の密接なつながりと相互作用、さらにそれらが情緒記憶の想起に与える影響が見て取れる。 つまり見てのとおり、俳優には情緒記憶だけでなく、五感すべての記憶も必要なのだ。 … … … … … … … 19..年 トルツォフが客演のためモスクワを離れたので、授業は一時中断された。 当面は『トレーニングと教練』、舞踊、体操、フェンシング、発声(歌)、発音矯正、学科科目で我慢するほかない。 授業が止まったので、日記の記録も一時途切れた。 だがこのところ私の私生活に、私たちの芸術、とりわけ情緒記憶にとって非常に重要なことを、いくつか理解させる出来事が起きた。 こういうことだ。 先日私はシュストフと家へ帰っていた。 アルバート通りで、大勢の群衆が道を塞いだ。 私は路上の光景が好きなので、前のほうへ押し込んだ。 そこで私の目に入ったのは、恐ろしい情景だった。 目の前に、顎を砕かれ、両腕を切断され、片足の足先も半分失った、老いた物乞いが大きな血だまりの中に横たわっていた。 死者の顔は凄惨で、折れた下顎が、腐りかけた老人の歯をむき出しにして口から飛び出し、血に濡れた口髭の前へ突き出ていた。 腕は身体から離れて別々に転がっていた。 まるで腕が伸び、赦しを乞うて前へ差し出されているように見えた。 手の指が一本、誰かを脅すように上へ突き出ていた。 靴のつま先――骨と肉がついたまま――もまた別の場所に転がっていた。 犠牲者の上で止まっている市電の車両は、巨大で恐ろしく見えた。 それは獣のように死者に牙をむき、しゅうしゅうと唸っているようだった。 運転手は車両のどこかをいじっていた。たぶん故障を示して自分を正当化するためだろう。 死体に身をかがめた男が一人、意味深そうに死んだ顔を見つめ、汚れたハンカチを死体の鼻先に押し当てていた。 その傍らで、子どもたちが水と血で遊んでいた。 溶けた雪の小川が赤い血の小川と合流し、新しい桃色の流れになるのが面白かったのだ。 ある女は泣いていたが、他の者たちは好奇心や恐怖や嫌悪の表情で見物していた。 役人や医者や救急車などを待っていた。 この現実そのままの写実的光景は、ぞっとする衝撃を与え、陽の当たる日、青く澄んだ、明るく雲一つない空と、鮮烈な対照をなしていた。 私は打ちのめされて現場を離れ、その恐ろしい印象から長いこと逃れられなかった。 魂を重くするこの光景の記憶は、一日中私を離れなかった。 夜中に私は目を覚まし、目に焼きついた情景を思い出して、いっそう身震いし、生きるのが怖くなった。 記憶の中では、その惨事は現実より恐ろしく思えた。たぶん夜で、暗闇では何もかも怖く見えるからだろう。 だが私は、自分の状態を、印象を強める情緒記憶のせいだと考えた。 そして私は、自分の恐怖を、感受の記憶が自分にある証拠として、むしろ喜んだほどだった。 その出来事から一日か二日後、私はまたアルバート通りを通り、惨事の場所の前で、つい立ち止まって、ここで先日何があったか考え込んだ。 恐ろしいものは過ぎ去った。ただ人の命が一つ減っただけだ。 清掃の女は落ち着いて道を掃き、惨事の最後の痕跡を掃き消すようだった。市電の車両は、人の血がこぼれた運命の場所を、陽気に走り抜けた。 今日は、あのときのように車両が牙をむいたり唸ったりはせず、むしろ軽快に鈴を鳴らし、もっと楽しく走ろうとしているかのようだった。 人生のはかなさについての思いと結びついて、先日の恐ろしい惨事の記憶は変質した。 顎が飛び出し、腕が切断され、足が一部失われ、指が突き上がり、子どもたちが血の水たまりで遊ぶ――そうした粗野な写実は、今日も当時に劣らず私を揺さぶったが、揺さぶり方がまったく違った。 嫌悪の感情は消え、代わりに憤りが生じた。 私の魂と記憶に起きたこの変化を、こう言い表せるだろう。惨事の日、私は見た印象のままに、街の記者として鋭い新聞の事件記事を書けただろう。だが今述べているその日には、残酷さに抗する熱いフィユトンを書けたはずなのだ。 記憶に残った惨事の光景は、もはや写実的な細部ではなく、死んだ人への哀れみや優しさで私を揺さぶる。 今日は、あの苦しく泣いていた女の顔が、ことのほか温かく思い出される。 時間が、私たちの情緒の記憶の変化に、これほど大きな影響を与えるとは驚きだ。 今朝――つまり惨事から一週間後――学校へ行く途中、私はまたその運命の場所の前を通り、ここで起きたことを思い出した。 白い雪が思い出された。今日と同じ雪だ。 これは――生命だ。 地に伏し、どこかへ伸びていく黒い影。 これは――死だ。 流れ出す血。 これは――人間から噴き出す情念だ。 周囲には、鮮やかな対照として、また空と太陽と光と自然があった。 これは――永遠だ。 満員の市電の車両が走り去っていくのは、永遠へ向かって進んでいく人間の世代の移り変わりのように私には見えた。 そして、ついこの間まで嫌悪に見え、次には残酷に見えたその光景が、いまは荘厳なものになった。 初日は新聞の事件記事を書きたくなり、その後は哲学的なフィユトンに引き寄せられたのに、今日は詩へ、韻文へ、荘重な叙情へと心が傾く。 感情と情緒記憶の変化の影響を受けて、私は、プーシチンがこの前私に話してくれた一件を思い出して考え込んだ。 話はこうだ。私たちの愛すべき善人は、かつて素朴な田舎娘と暮らすようになった。 二人は仲良く暮らしていたが、彼女には我慢ならない欠点が三つあった。第一に、耐えがたいほどよくしゃべるうえ、教養が乏しいので、そのおしゃべりが愚かだった。第二に、口臭がひどく不快だった。第三に、夜になると恐ろしくいびきをかいた。 プーシチンは彼女と別れた。その欠点が別れの原因の一つになったのだ。 ずいぶん時がたって、彼はまた自分のドゥルシネアを恋しく夢見るようになった。 彼女の否定的な面は取るに足りないものに思えた――時間がそれらを和らげ、良い面がより鮮やかに前へ出てきたのだ。 偶然の再会があった。 ドゥルシネアは、プーシチンが(あからさまではないが意図をもって)住むことにした部屋のある家で、住み込みの手伝いとして働いていた。 ほどなく、すべては元どおりになった。 いま、情緒の記憶が現実に変わってしまったので、プーシチンはまた別れを夢見ている。 … … … … … … … 19..年 なんと奇妙なことだ。 いま、しばらく時がたってからアルバート通りの惨事を思い出すと、私の視覚記憶にまず蘇るのは市電の車両である。 だがそれは、あのとき見た車両ではなく、もっとずっと以前の出来事の記憶として残った、別の車両なのだ。 この秋のある晩遅く、私はストレシネヴォからモスクワの家へ、終電の市電で帰っていた。 車両が人気のない空き地に差しかかるやいなや、脱線した。 少ない乗客が力を合わせて、自分たちの手で元に戻さねばならなかった。 そのとき車両は私に、どれほど巨大で力強く見えただろう。そしてそれに比べて人間は、どれほど取るに足らず哀れに見えただろう。 私は知りたい。なぜこの古い感受のほうが、つい最近のアルバート通りの『体験』よりも、情緒記憶に強く深く刻まれているのか。 . . 同じような奇妙さがもう一つある。地に伏す物乞いと、その上にかがみ込む見知らぬ男を思い出すと、私はアルバート通りの惨事ではなく、別の出来事を考えてしまう。ずいぶん昔、私は、歩道で息絶えかけている猿にかがみ込むセルビア人に出くわしたのだ。 その哀れな男は涙に満ちた目で、汚れたマーマレードの食べかすを、獣の口へ押し込んでいた。 どうやらこの光景は、物乞いの死よりも私の心を動かしたらしい。 それは私の記憶に、より深く食い込んだ。 だから今、路上の惨事を考えるとき、私に思い出されるのは死んだ猿であって物乞いではなく、セルビア人であって見知らぬ男ではないのだ。 もし私がこの場面を舞台へ移さねばならないとしたら、私は記憶から、その場面にふさわしい情緒の材料ではなく、ずっと以前に、別の状況で、まったく別の登場人物――つまりセルビア人と猿――によって得た別の材料を汲み取ることになるだろう。 なぜそうなるのだろう? … … … … … … … 19..年 トルツォフが旅から戻り、今日は彼の授業だった。 私は、惨事の後に自分の中で起きた変化について話した。 アルカージー・ニコラエヴィチは、私の観察力を褒めた。 「君の例は」彼は言った。「情緒記憶の中で行われる、記憶と感受の結晶化の過程を、見事に示している。 人は生涯に、一つではなく多くの惨事を見る。 それらの記憶は残るが、すべての細部ではない。本人を最も強く打った、いくつかの特徴だけが残る。 そうした残り跡が幾つも積み重なって、同質の感受についての、一つの大きな、凝縮され、拡大され、深められた記憶が形を取る。 その記憶には余計なものはなく、本質だけがある。 それは同質の感受の総合だ。 それは、些細な個別の一件ではなく、同じ種類のすべてに関係する。 大きな尺度で捉えられた記憶なのだ。 それは現実そのものよりも、いっそう澄み、濃く、凝縮され、内容があり、鋭い。 たとえば私は、今回の旅の印象を以前の旅と比べてみると、終わったばかりの客演は素晴らしい印象を残したとはいえ、ところどころで小さな不快な出来事に毒され、全体の喜びを曇らせ、細切れにしているのが分かる。 もっと昔の旅については、そういう記憶は残っていない。 情緒記憶が、時間という坩堝で記憶を浄化したのだ。 それは良いことだ。 それがなければ、偶然の細部が記憶の中で主なものを押し潰し、その主なものは些末の中に埋もれてしまう。 時間は、体験した感受の記憶にとって、見事なフィルターであり、すばらしい浄化者だ。 それどころか、時間は見事な芸術家でもある。 時間は浄化するだけでなく、記憶を詩化する術を持っている。 この記憶の性質のおかげで、陰鬱で現実的で粗野に写実的な『体験』でさえ、時を経るほどに美しく、芸術的になっていく。 それが、そこに人を誘う力と抗しがたい魅力を与える。 だが、偉大な詩人や画家は写生して書くのだ、と言う者もいるだろう! たしかにそうだとしても、彼らは自然を写真のように写し取るのではない。そこから霊感を受け、モデルをいったん自分の中に通し、自分自身の情緒記憶という生きた材料で補い足すのだ。 もしそうでなく、詩人が悪党を写真のように写生し、実在のモデルの中に見て感じた現実の細部をすべて書き写したなら、そういう創造物は嫌悪を呼ぶものになってしまうだろう。 それから私はトルツォフに、物乞いの記憶が猿の記憶にすり替わり、市電の車両もまた別の車両にすり替わったことを話した。 「驚くことではない」とアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「よくある比喩を借りれば、私たちは感受の記憶を、自分の書斎の本のように扱うことはできない。 情緒記憶が何か、君は知っているか? たとえば、たくさんの家があり、家の中に多くの部屋があり、その部屋には数えきれないほどの戸棚があり、引き出しがあり、その中には箱や小箱がぎっしり詰まっている——そしてその中のいちばん小さな箱には、ビーズが入っていると想像してみなさい。 家や部屋や戸棚や棚は簡単に見つけられる。小箱を探すのは難しくなる。だが今日こぼれ落ちて、一瞬きらめいて、永遠に消えた一粒のビーズを見つけられる鋭い眼は、どこにある? それに再びぶつかれるのは、偶然だけだ。 同じことが、私たちの記憶の保管庫でも起こる。 そこにも戸棚があり、引き出しがあり、箱があり、小箱がある。 手の届きやすいものもあれば、届きにくいものもある。 初めて一瞬現れて、流星のように、束の間に照らしては永遠に隠れてしまう情緒の記憶の『ビーズ』を、どうやってそこから見つけ出す? それが(セルビア人と猿の像のように)私たちの中に現れて燃え上がったら、そうした幻視を遣わしたアポロンに感謝しなさい。しかし、永遠に消えた感情を取り戻そうなどと夢見るな。 明日には、セルビア人の代わりに別の何かが思い出されるだろう。 昨日を待つな。今日で満足しなさい。 ただ、新たに蘇った記憶を上手に受け取ることを覚えなさい。」 そうすれば魂は、戯曲の中で繰り返しによって揺さぶられなくなっていたものに、新しい力で応えてくる。 君は燃え立ち、そしてひょっとすると、霊感が訪れるかもしれない。 だが古い一粒のビーズを追いかけようなどと思うな。それは取り戻せない。昨日という日が戻らないように、子どもの喜びが戻らないように、初恋が戻らないように。 君の中に、毎回新しい霊感が生まれるよう努めなさい。今日のために用意された、新鮮な霊感が。 それが昨日のものより弱くても構わない。 良いのは、それが今日のものであり、自然に、ひとりでに、秘密の奥から一瞬現れて、君の創造に火をつけたことだ。 それに、真の霊感の創造的な閃きのうち、どれが良くてどれが悪いなどと、誰が決められる? どれもそれぞれに美しい。少なくとも、それが霊感であるというだけで。 … … … … … … … 19..年 授業の初めに私は、アルカージー・ニコラエヴィチに自分の疑問を解いてほしいと頼んだ。 「つまり」と私は言った。「霊感のビーズは、外から魂へ飛び込んでくるのではなく、上から――アポロンから――舞い降りてくるのでもなく、私たち自身の中に保存されている、ということですか? つまりそれは、いわば一次ではなく二次の起源だ、ということですか?」 「分からない!」 アルカージー・ニコラエヴィチは答えを避けた。 「潜在意識の問題は、私の頭の仕事ではない。 それに、私たちが霊感の瞬間の周りに置いてきた神秘を殺すのはよそう。 神秘は美しく、創造をくすぐる。 だが、舞台で『体験』するものがすべて、二次の 起源というわけでもないでしょう? 私たちは初めてだって『体験』する。 だから私は知りたいのです。舞台へ、現実の生活では一度も味わったことのない感受が、初めて乱入してくる――それは良いことなのか、悪いことなのか。 ――と私は食い下がった。 「どんなものかによる」トルツォフは言った。 「たとえばこうだ。君がハムレットを演じ、最終幕で、王を演じる仲間――シュストフ――へ剣を構えて飛びかかり、君が生まれて初めて、これまで知らなかった抗いがたい血への渇望を感じたとしよう。 さらに、剣は切れず、作り物で、血は出ないとしても、見るに堪えない乱闘になり、予定より早く幕を下ろし、調書を作る羽目になるかもしれない。 俳優がそんな一次の感情に身を任せ、そんな『霊感』にまで達してしまうことが、上演のために有益だろうか?」 「では一次の感情は望ましくない?」 私は理解したかった。 「いや、非常に望ましい」アルカージー・ニコラエヴィチは私を落ち着かせた。 「それは直接的で、強く、色彩に富む。だが舞台では、君が想像するように――つまり一幕まるごとの長い期間として――現れるわけではない。 一次の感受は瞬間的に燃え上がり、点々とした挿話として役の中に織り込まれる。 その形でなら、それは舞台においてきわめて望ましく、私は心から歓迎する。 そうしたものがもっと頻繁に現れて、創造の中で私たちが最も大切にする情念の真実を、いっそう鋭くしてくれればいい。 一次の感受に潜む不意打ちは、俳優にとって抗しがたい刺激の力を秘めている。 ただ残念なのは、一次の『体験』の瞬間を支配するのは私たちではなく、それが私たちを支配することだ。だから、問題を自然に委ねて、こう言うほかない。一次の感受が芽生え得るのなら、必要なときに勝手に現れればいい。ただし戯曲と役に逆らわないかぎりにおいて。 「つまり私たちは、潜在意識と霊感の問題では無力なんだ!」 私は力の落ちた声で叫んだ。 「だが、私たちの芸術とその技術は、一次の感受だけに尽きるのか? それは舞台だけでなく、生活の中でも稀なのだ」トルツォフは私を慰めた。 「情緒記憶が教えてくれる二次のものがある! まずそれを使うことを学びなさい。 それは私たちに、より手が届く。 もちろん、不意に訪れる潜在意識の「ひらめき」は魅力的だ! それは私たちの夢であり、いちばん好きな創造のかたちでもある。 だがだからといって、情緒記憶による意識的な二次の想起の重要性を軽んじてよいということにはならない。 逆に、それを愛しなさい。ある程度まで霊感に働きかけられるのは、それを通してだけだからだ。 私たちの方向の基本原理を思い出すがいい。『意識的なものを通して潜在意識へ』。 二次の想起を愛すべきなのは、俳優が役に差し出すのは、たまたま手近にある記憶ではなく、必ず選び抜かれた、最も大切で近しく心を引く、生きた感受の記憶――自分自身が『体験』したもの――だからでもある。 情緒記憶の選び抜かれた材料から織り上げられた描かれる像の生活は、しばしば創造する者にとって、普段の毎日の人間生活よりも大切になる。 これこそ霊感の土壌ではないか! 選び抜かれた自分自身の最良のものを、俳優は大切に舞台へ運ぶ。 その際、形や環境は戯曲の要求に応じて変わるが、役の感受に類似した俳優の人間的感受は、生きたまま残らねばならない。 それは、作り物にも置き換えにもできない。歪んだ俳優の『演じ』で。 「え?」 ゴヴォルコフは腑に落ちなかった。 「つまり、ハムレットでもアルカーシカでもネスチャスリーフツェフでも、『青い鳥』のパンでも砂糖でも――ほら――僕らは、同じ自分の感受を使えというんですか?」 ! 「それ以外にどうしろという?」 今度はアルカージー・ニコラエヴィチが理解できなかった。 — 俳優が体験できるのは、自分自身の情動だけだ。 それとも君は、俳優が演じる役ごとに、どこかから次々と他人の感受や、魂そのものまで借りてくればいいとでも言うのか? そんなことが可能か? 彼はいくつの魂を自分の中に収めねばならない? 自分の魂を引き抜いて、代わりに役に合う別の魂を借りるなどできるはずがない。 どこから借りる? まだ息を吹き込まれてもいない、死んだ役そのものからか? だが役は、魂を与えられるのを待っているのだ。 古着や時計なら借りられるが、他人から 人間の、あるいは役の感情を借りることはできない。 どうやるのか教えてくれ! 私の感情は不可分に私のものであり、君のは君のものだ。 役を理解し、同情し、自分をその位置に置き、その人物と同じように行為し始めることはできる。 その創造的行為が、俳優自身の中にも役に類似した『体験』を呼び起こす。 だがその感情は、詩人が作った人物のものではない。俳優自身のものだ。 君が何を夢見ようと、現実や想像の中で何を『体験』しようと、君はいつでも君自身のままだ。 舞台で決して自分自身を失うな。 人間=俳優として、常に自分の立場から行為しなさい。 自分からは逃げられない。 もし自分の『私』を捨てれば、足場を失う。これが最も恐ろしい。 舞台で自己を失うこと――それが、そこで『体験』が終わり、すぐ『演じ』が始まる瞬間なのだ。 だから、どれほど演じようと何を描こうと、君はいつでも、例外なく自分自身の感受を使わねばならない! この法を破ることは、俳優が演じる像を殺すことに等しい。死んだ役にだけ生命を与える、震える生きた人間の魂を奪うことに等しい。 「なんとまあ、ほら、一生ずっと自分を演じるなんて!」 ゴヴォルコフは驚いた。 「まさにそのとおりだ」とトルツォフが引き取った。「常に、永遠に、舞台では自分自身だけを演じるのだ。だが、さまざまな組み合わせで――課題の組み合わせ、『与えられた状況』の組み合わせとして。役のために自分の中に育てられ、自分の情緒の記憶の坩堝で溶かし出された組み合わせとして。 それが内的創造の最良の、そして唯一の材料だ。 それを使いなさい。他人からの借り物を当てにするな。 「でも失礼ですが」とゴヴォルコフは言い争った。「ほら、世界のレパートリーの全役の感情を、僕が全部自分の中に収められるはずがないでしょう。」 「収まりきらない役は、君は決してうまく演じられない。 それは君のレパートリーではない。 俳優を区別するのはアンプロワではない。内的本質で区別すべきだ。」 「では、一人の人間が、どうしてアルカーシカにもハムレットにもなれるんです?」 ――私たちは腑に落ちなかった。 「まず第一に、俳優はどちらでもない。 俳優はそれ自体、一人の人間だ。内的にも外的にも、個性が鮮やかに、あるいは淡く表れている人間だ。 この俳優の本性の中に、アルカーシカ・スチャスリーフツェフの狡さも、ハムレットの高貴さもないかもしれない。だが、ほとんどあらゆる人間的資質と悪徳の種、芽は彼の中に宿っている。 俳優の芸術と心的技術は、自然なやり方で自分の中に、人間的な資質や欠陥の種を見つけ出し、それを演じる役に応じて育て、伸ばしていけるように向けられていなければならない。 つまり、舞台で描かれる像の魂は、俳優が自分自身の魂の生きた人間的要素、自分の情緒の記憶などから組み合わせ、作り上げるのだ。 アルカージー・ニコラエヴィチが私に明かしたことは、まだ私の頭に収まりきらず、私はそれを彼に打ち明けた。 すると彼は私に尋ねた。 「音楽の音は幾つある?」 「七つしかない」彼はすぐにそう言った。 「だがその七つの音の組み合わせは、まだ到底尽きていない。 では人間には、心の要素や状態や気分や感受が、いったいどれほどある? 私は数えたことはないが、音楽の音より多いことは疑わない。 だから安心していい。俳優人生のすべてに足りるのだ。 ならば、第一に、自分の魂から情緒の材料を引き出す手段と方法を知り、第二に、それから役の人間の魂、性格、感情、情念の無限の組み合わせを作る手段と方法を知るよう心がけなさい。」 「では、その手段と方法とは?」 私は食い下がった。 「第一には、情緒記憶を生かすことを学ぶことだ」とトルツォフは説明した。 「では、どう生かすんです?」 私は引き下がらなかった。 「それが、多くの内的手段と刺激によって行われることは君も知っている。 だが外的な刺激と手段もある。 それについては次回だ。問題が複雑だからな。」 … … … … … … … 19..年 今日は幕を閉めたまま、私たちが『マロレトコワの家』と呼んでいる場所で授業が行われた。 だが私たちは、それを見分けられなかった。 居間だった場所はいま食堂、以前の食堂は寝室、ホールは戸棚で仕切られた小部屋が幾つにもなっていた。 どこもかしこも安っぽい粗末な家具だ。 まるで、やり手の女が住みついて、以前の立派な住まいを、安いが儲かる家具付きの貸し部屋に作り替えてしまったかのようだった。 「引っ越し祝いだ!」 イワン・プラトーノヴィチが私たちに挨拶した。 弟子たちが不意を突かれた驚きから立ち直ると、口をそろえて、以前の居心地のよい「マロレトコワの住まい」に戻してほしいと頼み始めた。新しい部屋では気分が落ち着かず、うまく稽古ができないというのだ。 — 仕方がないよ、とアルカージー・ニコラエヴィチは取り合わなかった。— 以前の品は劇場の今のレパートリーで必要になった。代わりに、こちらには用意できるものを回し、できる限りのやり方で配置したんだ。 気に入らないなら、あるもので自分たちでやりなさい。居心地よくなるように。」 騒ぎが起き、仕事が沸騰した。 たちまち、完全な無秩序になった。 「止まれ!」 アルカージー・ニコラエヴィチが叫んだ。 「この混沌で、君たちの情緒記憶はどんな記憶と、どんな二次の感受を呼び起こす?」 「アルマヴィルで……あの……ほら……地震で……動く……家具も……同じで……」 — と、うちの製図係で測量師のウムノーヴィフがぶつぶつ言った。 「どう言えばいいか分かりません。」 「祝日の前に床磨きが入るとき……」 ――ヴェリャミノワは思い出していた。 「ああ、もう、かわいい人たち! 胸の中がむかむかするの!」 マロレトコワは嘆き節をあげた。 さらに家具を動かしていくうちに、言い争いが起きた。 ある者はある雰囲気を、別の者は別の雰囲気を探した。どの家具配置を見てどんな心の状態と情緒の記憶が蘇るかによって、求めるものが違ったのだ。 やがて家具は、まずまずきちんと配置された。 私たちはその配置を受け入れたが、もっと光を増やしてほしいと頼んだ。 すると、光と音の効果のデモンストレーションが始まった。 まず、まぶしい日光が与えられ、気分が晴れやかになった。 同時に舞台裏では音の交響曲が始まった。自動車、市電のベル、工場の汽笛、遠い機関車の笛が、昼の仕事の盛りを告げていた。 それから次第に薄明かりが定まった。 私たちは黄昏の中にいた。 心地よく、静かで、少し悲しかった。 夢想へ誘われ、まぶたが重くなった。 それから強い風――ほとんど嵐――が起きた。 窓枠のガラスはがたがた鳴り、風はうなり、笛のように唸った。 雨とも雪ともつかぬものが窓を打った。 消えゆく光とともに、すべてが静まった…… 街の音が止んだ。 隣の部屋で時計が鳴った。 それから誰かがピアノを弾いた。最初は大きく、そして次には小さく、悲しく。 煙突がうなり、心が物悲しくなっていった。 部屋にはもう夕方が訪れていて、ランプが灯り、ピアノの音は消えた。 それから遠く、窓の外で塔の時計が十二時を打った。 真夜中。 静寂が支配した。 床下で鼠がかりかりと掻いた。 ときおり自動車のクラクションが唸り、短い汽車の笛が呼び交わされた。 やがてすべてが凍りつき、墓のような静けさと闇が訪れた。 しばらくして、夜明けの灰色が現れた。 そして部屋に最初の一筋の陽光が飛び込んできたとき、私は生まれ直したように感じた。 いちばん感嘆していたのはヴューンツォフだった。 「生活よりいい! 生活以上だよ!」と彼は私たちに言い張った。 「生活では一日かけても光の作用に気づかない」とシュストフは自分の印象を説明した。「だが今みたいに、数分のうちに昼と夜のあらゆるトーンの移ろいが走り抜けると、あれが私たちに持つ力を感じるんだ。」 — 光と音が変わると、感受も変わるんだ。悲しみになったり、不安になったり、活気づいたり…… 私は自分の印象を語った。 「家に病人がいて、もっと静かに話してくれと頼まれている気がするかと思えば、皆が穏やかに暮らしていて、世の中もそれほど悪くない気がすることもある。 そうなると元気が出て、もっと大きな声で話したくなる。」 「見てのとおりだ」アルカージー・ニコラエヴィチは急いで指摘した。「周囲の環境は私たちの感情に影響する。 しかもそれは現実だけでなく、舞台でも同じだ。 ここには私たちの生活があり、私たちの自然がある。森、山、海、都市、村、宮殿、地下室。 それらは画家の絵の中で、反映された姿として生きている。 才能ある演出家の手にかかれば、舞台のあらゆる演出手段や効果は粗雑なまがい物には見えず、芸術的な創造物へと変わる。 それらが戯曲の登場人物の心の生活と内的に結びついているとき、外的環境はしばしば舞台で、現実以上に重要な意味を持つ。 それが呼び起こす雰囲気が戯曲の要求にかなうなら、役の内的生活へ注意を美しく導き、演じ手の心的生活と『体験』に影響する。 つまり、外的な舞台環境とそれが作り出す雰囲気は、私たちの感情の刺激になるのだ。 だから、女優が祈りの最中にメフィストフェレスに誘惑されるマルガリータを演じるなら、演出家はそれにふさわしい教会の雰囲気を与えなさい。 それが演じ手が役を感じ取る助けになる。 牢獄でのエグモントの場面を演じる俳優には、演出家は暴力的な孤独の雰囲気を作ってやりなさい。 俳優は感謝するだろう。雰囲気が感情を導くからだ。 ほかの舞台裏の創り手たちも、彼らが使える舞台の手段で、私たちを助けてくれるとよい。 彼らの可能性と彼らの芸にも、情緒記憶と二次の感受を刺激するものが隠れているのだから。 「もし演出家が外的には素晴らしい環境を作ったのに、戯曲の内的本質にはあまり合っていなかったら、どうなります?」 シュストフが尋ねた。 「残念ながら、それはよくある。そしていつでも非常に悪い。演出家の誤りが演じ手を誤った方向へ押しやり、彼らと役との間に障壁を作るからだ。 「外的な演出が、単に悪いだけなら? そのときは?」 誰かが尋ねた。 「そのほうがさらに悪い! 演出家と舞台裏の創り手たちの仕事は、正反対の結果を生む。演じ手の注意を舞台と役へ引きつける代わりに、まずい環境は俳優を舞台上のものから遠ざけ、フットライトの向こう側の千の群衆の支配下へ引き渡してしまう。 「では、演出家が外的演出に、卑俗さや芝居くささや悪趣味を持ち込んだらどうです? 昨日、僕がN…劇場で見たような。」 私は尋ねた。 「その場合、卑俗さが毒で俳優を汚染し、俳優は演出家の後に従ってしまう。 舞台の卑俗さの中に、非常に強い『刺激』を見いだす者もいる。 つまり見てのとおり、外的演出は演出家の手にある両刃の剣だ。 益にも害にも、同じだけなり得る。 一方で俳優自身も、舞台の上で自分を取り巻くものを見て、見抜き、受け取り、舞台の幻影が作り出す雰囲気に直接身を委ねることを学びなさい。 そうした能力と技術を持てば、俳優は外的な舞台演出に隠されたあらゆる刺激を、自分のために利用できる。 「では問おう」とトルツォフは続けた。「良い装置なら何でも、俳優を助け、情緒記憶を刺激するのか? 色彩も線も遠近法も見事に操る、すぐれた画家が描いた壮麗な背景画を想像してみなさい。 客席からそれを見ると、舞台へ行きたくなる。 だが自分で舞台へ上がると、がっかりして、去りたくなる。 秘訣はどこにある? 背景画が絵画としてだけ計算され、俳優の要求が忘れられていると、舞台には不向きだということだ。 そうした舞台の絵では、画家は絵画と同じく、三次元ではなく二次元――幅と高さ――だけを扱っている。 奥行き、言い換えれば劇場の床については、空っぽで死んだままになってしまう。 君たちは経験で知っているはずだ。俳優にとって、むき出しでつるつるした、がらんとした舞台の床がどんなものか。そこで集中して、自分をつかむことが、ちょっとした練習や単純なエチュードでさえどれほど難しいかを。 それなのに、そんな床の上で――まるで音楽会の舞台のように――前舞台へ出て、ハムレットの、 オセロの、マクベスの役の『人間精神の生活』をすべて伝えてみなさい。 演出家の助けもなく、ミザンセーヌもなく、頼れる小道具も家具もなく――寄りかかれず、座れず、もたれられず、周囲に配置も作れない――それがどれほど難しいことか! そうした姿勢の一つ一つが、舞台で生き、内的な雰囲気を造形的に表す助けになるのだから。 豊かなミザンセーヌのほうが、それを得やすい。フットライトの前で棒のように立つ俳優よりも。 私たちには第三の次元が要る。つまり、私たちが動き、生活し、行為する舞台床の造形だ。 第三の次元は、最初の二つよりも私たちに必要なのだ。 背後——私たちの背中の後ろに——天才の筆になる見事な書き割りが掛かっていることが、俳優にいったい何の役に立つ? 私たちはしばしばそれを見ない。背を向けて立っているからだ。 それは、背景にふさわしいよう良い演技をせよと私たちを縛るだけで、助けにはならない。画家はそれを作るとき、背景のことしか考えず、自分だけを見せ、俳優を忘れたのだから。 そして、いったいどこに、あのプロンプター小屋の前に立ち、何の助けもなく――ミザンセーヌもなく、演出家も画家もなく――戯曲と役の内的本質をすべて伝えられる天才や技術家がいる? ! 俳優が一人で、外の助けなしに、自分の創造的課題をさばけるようにするサイコテクニックの領域で、私たちの芸術が最も高い段階の完成へ達するまでは、私たちは演出家や、その他の舞台裏の創り手の力を借りることになる。彼らの手には、装置・舞台構成・照明・音響、その他さまざまな刺激があるのだから。 … … … … … … … 19..年 「なぜ隅へ潜り込んだ?」 アルカージー・ニコラエヴィチはマロレトコワに向かった。 「私……離れたい……」 「だめ、だめ!」 彼女は動揺し、なおいっそう隅へ身を押し込み、取り乱したヴューンツォフから隠れた。 「それに、なぜ君たちは、みんな揃ってこんなに居心地よく座り込んでいる?」 トルツォフは、アルカージー・ニコラエヴィチが来るのを待って、机のそばのソファに――いちばん居心地のよい隅に――陣取っていた弟子たちの一団に向かった。 「小話……ほら……聞いてます!」 『製図屋』ウムノーヴィフが答えた。 「では君は、ゴヴォルコフと二人で、なぜランプのところにいる?」 アルカージー・ニコラエヴィチはヴェリャミノワに向かった。 「私……私……どう言えばいいか……」 彼女は気まずそうにした。 「手紙を……読んでて……だから……ええと、自分でもなぜだか……」 「では君はなぜシュストフと歩き回っている?」 トルツォフは私を問い詰めた。 「少し考えてます」と私は答えた。 「要するに」アルカージー・ニコラエヴィチは結んだ。「君たちはそれぞれ、雰囲気と『体験』と用事に応じて、いちばん都合のいい場所を選び、ふさわしいミザンセーヌを作り、それを自分の目的に使った――あるいは逆に、ミザンセーヌが用事や課題を示したのかもしれない。 トルツォフは暖炉のそばに座り、私たちは彼に向かって座った。 何人かは、近くでよく聞けるよう椅子を引き寄せた。私は書き留めやすいよう、ランプのある机のそばに陣取った。 ゴヴォルコフとヴェリャミノワは、ひそひそ話ができるよう、二人で少し離れて座った。 「では今度は、なぜ君はここに座り、君はあそこにいて、君は机のところなのだ?」 アルカージー・ニコラエヴィチはまた説明を求めた。 私たちは再び自分の行為の説明をし、今回もアルカージー・ニコラエヴィチは、私たちが各々のやり方で、環境・用事・雰囲気・『体験』に応じてミザンセーヌを利用したのだ、と結論した。 それからアルカージー・ニコラエヴィチは、部屋のいろいろな隅へ私たちを連れて行った。隅ごとに家具の配置が違い、彼は尋ねた――それは私たちの魂に、どんな雰囲気、情緒の記憶、二次の『体験』を呼び起こすか? 私たちは、どんな状況で、そしてどうそのミザンセーヌを使うかを定めねばならなかった。 その後トルツォフは、自分の判断で私たちに幾つものミザンセーヌを作って見せ、私たちは、それがどんな心の状態、どんな条件、どんな雰囲気、どんな『与えられた状況』なら、彼に示されたとおりに座るのが都合がいいと感じるか、思い出し、定めねばならなかった。 言い換えれば、以前は私たちが、自分の気分や行為の課題感覚に従ってミザンセーヌを付けていたのに、今度はアルカージー・ニコラエヴィチがそれを代わってやり、私たちは他人のミザンセーヌを正当化しなければならなかった。つまり、それに見合う体験と行為を探し、その中からふさわしい気分を見つけ出すのだ。 トルツォフの言葉では、最初の二つ――自分のミザンセーヌを作ること――も、第三――他人のものを正当化すること――も、俳優の実践では常に出会う。 だから、それをよく扱えるようになる必要がある。 次に「背理法」の実験が行われた。 アルカージー・ニコラエヴィチとイワン・プラトーノヴィチが、授業を始めるかのように腰を下ろした。 私たちは「用事と雰囲気」に応じて座った。 だがトルツォフが、私たちの選んだミザンセーヌを見違えるほど変えてしまった。 彼は弟子たちを、雰囲気にも、私たちがすべきことにも逆らうように、わざと不都合に座らせた。 ある者はひどく遠く、別の者は教師の近くにいても背中を向けさせられた。 ミザンセーヌと心の状態、用事の不一致は、感情を乱し、内的な脱臼を引き起こした。 この例は、ミザンセーヌと俳優の心の状態の結びつきがどれほど不可欠か、そしてその結びつきを破ることがどれほどの悪かを、はっきり示した。 次にアルカージー・ニコラエヴィチは、家具をすべて壁際に寄せ、弟子たちを壁沿いに座らせ、中央のむき出しの床に椅子を一脚だけ置いた。 それから彼は一人ずつ呼び出して、この椅子を使って、想像力の及ぶかぎり考えられるあらゆる「姿勢」をやり尽くしてみろ、と命じた。 もちろん、どの状況も内側から正当化されねばならない――想像の虚構と『与えられた状況』と、感情そのものによって。 私たちは順番に練習を行い、それぞれのミザンセーヌや配置や姿勢がどんな『体験』へ私たちを押すか、あるいは逆に、どんな内的状態ならどんなポーズがひとりでに求められるかを定めた。 これらの練習は、良くて都合がよく豊かなミザンセーヌを、ミザンセーヌ自体のためではなく、それが呼び起こし、固定する感受のために、私たちにいっそう評価させた。 「さて」アルカージー・ニコラエヴィチはまとめた。「一方では俳優が、自分の『体験』している雰囲気、行っている用事、課題に従ってミザンセーヌを探す。もう一方では、雰囲気も課題も用事も、私たちにミザンセーヌを作り出させる。 ミザンセーヌもまた、情緒記憶の刺激の一つなのだ。 普通は、舞台の細かな環境や照明や音など、演出のさまざまな誘い水で、まず第一にパルテールに座る観客を驚かせようとしているのだと思われている。 違う。私たちがこれらの刺激に頼るのは、見ている者のためというより、俳優自身のためなのだ。 俳優の注意を、舞台の上のものへすべて向けさせ、舞台の外のものから引き離す助けをしたいのだ。 フットライトのこちら側——俳優側——に作られた雰囲気が戯曲に合っていれば、創造に有益な空気が生まれ、情緒記憶と体験を正しく刺激する。 「さて、一連の実験と実演を経て、舞台に雰囲気を生み出す上演・装置・舞台構成・照明・音響などの諸手段や効果が、私たちの感情にとって見事な外的刺激になる、ということを君たちは信じられたか?」 アルカージー・ニコラエヴィチが尋ねた。 ゴヴォルコフを除く弟子たちは、その考えを認めた。 「だが俳優の中には少なからず」アルカージー・ニコラエヴィチは続けた。「舞台で見ることも、見抜くこともできない者がいる。 そういう者をどんな装置で囲もうと、どんな照明を当てようと、どんな音で舞台を満たそうと、舞台にどんな幻影を作ろうと、彼らが関心を向けるのは舞台上のものではなく、フットライトの向こう側、客席のことだ。 彼らの注意は、環境だけでなく、戯曲そのものやその内的本質でさえ引きつけられない。 彼らは自分で自分から、演出家や舞台裏の創り手が助けてやれたはずの、重要な外的刺激を奪ってしまう。 そうならないように、君たちは舞台で見ること、見抜くことを学びなさい。周囲のものに身を委ね、応えられるようになりなさい。 要するに、与えられたあらゆる刺激を使えるようになりなさい。 … … … … … … … 19..年 今日の授業でアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「これまでは、刺激から感情へ進んできた。 だがしばしば、逆の道を取らねばならない。感情から刺激へ。 それは、偶然自分の内に生まれた『体験』を固定しなければならないときだ。 例で説明しよう。 ゴーリキーの『どん底』を初めて上演した頃のある公演で、私に起きたことだ。 サーチンの役は比較的容易だったが、最終幕の『人間』についての独白だけは別だった。 求められたのは不可能だった。 場面の社会的、ほとんど世界的な意味、底知れず深い下の意味――独白が戯曲全体の中心であり解答となるために。 危ない箇所に近づくと、私は内側でブレーキをかけ、身構え、力んだ。まるで急な坂の手前で重い荷車を引く馬のように。 役のこの『坂』が自由な助走を妨げ、創造の喜びを損ねていた。 独白の後の私は、まるで高音でしくじった歌手のようだった。 ところが意外にも、その痛い箇所が、三回目か四回目の公演で、ひとりでにうまくいった。 この偶然の成功の理由をよく理解するために、私はその夜の出番に先立つすべてを思い出し始めた。 まず朝から一日全体を見直さねばならなかった。 始まりは、仕立屋から大きな請求書が届いたことだった。 それで家計が揺らぎ、気分が滅入った。 そのあと私は、書き物机の鍵をなくした。 それがどれほど不快か、君たちも知っているだろう。 気分の悪いまま私は、『どん底』の評を読んだ。そこでは、出来の悪いところが褒められ、良いところが貶されていた。 評は私を打ち沈ませた。 一日中、戯曲のことが頭を離れなかった。 私は百回目のように何度も分析し、内的本質を探し、これまでの『体験』の瞬間を思い出し、その仕事にあまりに没頭したため、その夜は成功に関心がなく、出る前に成功を心配もせず、観客のことも考えず、上演の成り行きや自分の演技にも無関心だった。 いや、私はそのとき演技していたのではない。ただ役の課題を、言葉と行為と振る舞いで、論理的に一貫して遂行していただけだった。 論理と一貫性が私を正しい道へ導き、役はひとりでに演じられ、痛い箇所も、気づきもしないほどに通り過ぎた。 その結果、私は考えもしなかったのに、私の演技は『世界的』とまでは言わずとも、戯曲にとって重要な意味を持った。 では、何が起きたのか? 正しい方向へ進むのを妨げていた鎖から、私を解き放ったものは何だったのか? 私を正しい道へ押し出し、その道が私を望む目標へ連れていったのは何だったのか? もちろん、仕立屋の請求書でも、鍵を失くしたことでも、評を読んだことでもない。 それらすべて――生活の条件と偶然の複合体全体――が私の魂にある状態を作り、そのため評が、予想以上に強く私に作用したのだ。 それは、役全体のプランについて出来上がっていた見方を崩し、もう一度見直させた。 その見直しが私を成功へ導いた。 私は、経験豊かな俳優で優れた心理学者でもある一人に助けを求め、その夜に見いだした『体験』を固定する手助けを頼んだ。 彼は私にこう言った。「舞台で偶然『体験』した感情を繰り返すのは、しおれた花を蘇らせようとするのと同じだ。 むしろ別のことに気を配るほうがいい。死んだものを生かすのではなく、しおれたものの代わりに新しいものを育てるのだ。 そのためには何をすべきか? まず花そのものを考えるのではなく、根に水をやる。あるいは新しい種を土にまいて、新しい花を育てる」。 だが多くの俳優は、たいてい別のやり方をする。 役のある箇所が偶然うまくいき、それを繰り返したくなると、彼らは直に感情そのものへ向かい、もう一度それを『体験』しようとする。 それは自然そのものの助けなしに花を作ろうとするのと同じだ。 だがそんな課題は不可能だ。だから残るのは、舞台小道具のやり方で花を偽造することだけになる。 ではどうする? 感情そのものを考えるのではなく、それを育てたもの――『体験』を呼び起こした条件だけを気にかけることだ。 それが、水をやり肥やしを与えるべき土であり、そこから感情が育つ土壌なのだ。 そうしているうちに自然が、以前のものに類似した新しい感情を生み出す。 君たちも同じだ。 決して結果から始めるな。 結果はひとりでに与えられるのではなく、それ以前のものの論理的帰結なのだ。 私は、賢明な助言者が言ったとおりにした。 そのためには、花から茎を下って根へ降りる必要があった。言い換えれば、『人間』についての独白から、戯曲がそのために書かれた根本の思想までの道を辿ったのだ。 その思想を何と呼ぶべきか? 自由? 人間の自覚? 実のところ、旅人ルカは戯曲の初めからずっと、それについて語っている。 ところが今、役の根にたどり着いてみると、そこにはカビや茸のように、あらゆる不要で有害な、純然たる俳優的課題が生えついていたことが分かった。 私は、自分の『世界的意味』を持つ独白が、ゴーリキーが書いた『人間』の独白とは何の関係もなかったと悟った。 前者は私の俳優的『演じ』の頂点だったのに対し、後者は戯曲の主題を語り、その最高点、作者と俳優の『体験』の最も高く創造的で高揚した瞬間でなければならない。 以前の私は、役の他人の言葉をどう効果的に朗誦するかしか考えず、相手役に、自分の思考と『体験』――その人物の思考と『体験』に類似したもの――をいかに鮮やかに色彩豊かに伝えるかを考えていなかった。 私は論理的に一貫して行為し、その結果へ自然に自分を導く代わりに、結果を『演じ』ていた。つまり戯曲の主題、そして私の俳優としての創造の主題へ。 私が犯したすべての誤りは、石の壁のように私を主なる思想から隔てた。 「では、私がこの壁を壊す助けになったのは何だったのか?」 「損なわれた役のプランだ。」 「それを損なったのは誰か?」 「批評だ。」 「では、それにそんな力を与えたのは?」 「仕立屋の請求書、失くした鍵、その他の偶然――それが私の悪い、神経質な全体状態を作り、あの日の過去を執拗に見直させたのだ。」 この例で私は、今日話した第二の道――生き返った感情から、その刺激へ至る道――を示したかった。 この道を知れば、俳優はいつでも自分の意志で、必要な二次の『体験』を呼び起こせる。 「つまり、偶然生じた感情から刺激へ、そして再び刺激から感情へ――ということだ」トルツォフはそうまとめた。 … … … … … … … 19..年 今日アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「情緒記憶が広ければ広いほど、内的創造の材料は多くなり、俳優の創造はより豊かで充実する。」 これは、言うまでもなく分かることで、これ以上の説明は要らないだろう。 だが情緒記憶の豊かさとは別に、そこに保存される材料の力、持続性、質を区別しなければならない。 情緒記憶の力は、私たちの仕事で大きな意味を持つ。 それが強く、鋭く、正確であればあるほど、創造的な『体験』は鮮やかで充実したものになる。 弱い情緒記憶は、かすかで幻のような感受しか呼び起こさない。 それは舞台に向かない。伝染力が弱く、目立たず、客席まで届きにくいからだ。 情緒記憶についてさらに話していくうちに、その力の程度、持続、作用は非常に多様であることが分かった。 このことについてアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「たとえば、君が公の場で侮辱を受けた、あるいは平手打ちを食らって、その頬が生涯燃えるように熱いとしよう。 そうした場面の内的衝撃はあまりに大きく、野蛮な仕打ちの細部や外的状況をすべて覆い隠してしまう。 ほんの些細なきっかけ、いや何のきっかけもなく、味わった屈辱が情緒記憶の中でぱっと燃え上がり、倍の力で生き返る。 すると紅潮か死人のような蒼白が顔を覆い、胸は締めつけられ、心臓は抑えがたく打つ。 こうした鋭く、容易に呼び起こされる情緒の材料を持っていれば、俳優が舞台で、生活で受けた衝撃の後に刻まれた場面に類似した場面を『体験』するのは、造作もない。 技術の助けも要らない。 すべてはひとりでに起こる。 自然そのものが俳優を助ける。 これが、情緒の記憶と二次の感受の中でも、最も強く、鋭く、明確で、生命力のある型の一つだ。 もう一つの例を挙げよう。 私の友人に、驚くほど注意散漫な男がいる。彼は一年ぶりに知人宅の食事に出て、そこで、両親に熱愛されている家の息子――小さな子――の健康を祝して乾杯の音頭をとった。 その祝杯は墓のような沈黙で迎えられ、やがて家の女主人、子の母親が気を失った。 食事会は、その赤ん坊が死んでから一年後に行われていたのだ。その子の健康を祝って音頭を取ったことを、哀れな友人は忘れていた。 『あのとき味わったことは、一生忘れられない!』 ――と友人は告白していた。 だがこの場合は、平手打ちの例のように感受が周囲の出来事を覆い隠しはしなかった。だから友人の記憶には、『体験』そのものだけでなく、出来事の中でも最も鮮烈な瞬間や状況がはっきり刻まれた。 向かいに座っていた客の怯えた顔も、隣の女の伏せた目も、食卓の向こう端から漏れた叫び声も、彼は鮮明に覚えている。 今では長い時を経て、あの食事会のスキャンダルの瞬間に味わった感受が、ひとりでに、ふと彼の中で生き返る。 だが、ときにはすぐにはそれが出てこないので、不幸な出来事に伴っていた状況を思い出さねばならない。 すると、その感受そのものも、すぐに、あるいは徐々に、生き返ってくる。 これが、比較的弱い、いわば中程度の生命力と力を持つ情緒の記憶の例で、しばしばサイコテクニックの助けを要する。 では同類の第三の例を話そう。 それは同じ注意散漫な友人に起きたのだが、公の場ではなく、差し向かいの親しい会話の中でのことだ。 彼の従姉妹が、母の死後、棺に供えた花輪への礼を言いに彼のもとへ来た。 従姉妹がその用件を口にするより先に、注意散漫な変わり者は、丁寧にも「大好きなおばさま(故人)のお加減は?」と尋ねてしまった。 もちろん、そのときの気まずさも彼の記憶に刻まれたが、先の祝杯の例ほどの力ではなかった。 だから友人が、この情緒の材料を創造の目的で使おうとするなら、事前に大きな内的作業をしなければならないだろう。 情緒記憶の中の痕跡が、外からの助けなしに、自力で生き返るほど深く鋭くはなかったからだ。 これが、情緒の記憶と二次の感受の力が弱い例だ。 この場合、サイコテクニックに課されるのは、大きく複雑な仕事になる」。 … … … … … … … 19..年 アルカージー・ニコラエヴィチは、情緒記憶の質と力のさまざまな型の分析を続けた。 彼は言った。 「ある感受の記憶は弱まった形で私たちの中に残り、別のものは――より稀ではあるが――強まった形で残る。 受け取った印象が私たちの記憶の中で生き続け、そこで成長し、深まっていくことは少なくない。 それは新しい過程の刺激になり、一方では起こったことの「生ききれなかった」細部を思い出させ、他方では想像力を刺激して、忘れた細部を作り足させる。 この現象は、私たち俳優の間ではよく見られる。 たとえば、私のところで会ったイタリアの客演俳優を思い出してみなさい。 もう一つ、現実の、もっと分かりやすい例を挙げよう。私の妹に起きたことだ。 妹は町から村の家へ戻る途中で、亡き夫の手紙――とても大事にしていたもの――を小さな袋に入れて持っていた。 列車が着くと急いで降りようとして、彼女は降車口の最後の段へ下りた。 その段は凍っていた。 足が滑り、周囲が凍りつく中で、妹は走り過ぎる車両とホームの床の柱の間に挟まれる形になった。 可哀そうな女は必死に叫んだ。だが自分の身が怖かったからではない。大切な荷――手紙の入った袋――を落とし、それが車輪の下に入りかねなかったからだ。 騒ぎが起き、女が車両に轢かれたぞと叫ぶ声が上がり、車掌は助けるどころか、みっともなく妹を罵った。 愚かで不快な場面になった。 それに憤った妹は、その日一日中、気持ちが収まらず、車掌への怒りを家の者にぶちまけた。転倒したことや、危うく惨事になりかけたことはすっかり忘れて。 夜になった。 暗闇の中で妹は一連の出来事を思い出し、神経の発作を起こした。 その後、妹は、危うく惨事になりかけたあの駅へ戻る決心がつかなかった。 そこでは記憶がさらに鋭くなるのではないか、と妹は怖れたのだ。 だから妹は、余計に五ベルスタも、馬車で別の、もっと遠い駅へ行くほうを選んだ。 つまり、人は危険そのものの瞬間には平静でいて、思い出したときに気を失ったりする。 これこそ情緒記憶の力の例であり、二次の『体験』が一次のものより強くなることがある――記憶の中で発達し続けるからだ――という例ではないか。 だが情緒の記憶には、力や強さだけでなく、その性格や質の違いも見分けなければならない。 たとえば、私が話した平手打ち、祝杯、従姉妹の出来事で、君が当事者ではなく、ただの目撃者だったと想像してみなさい。 自分が侮辱を受けたり強烈な恥を味わったりするのと、起きていることを眺めて憤り、無責任に当事者の振る舞いを批判するのとでは別のことだ。 もちろん、目撃者に強い『体験』がないとは言わない。 場合によっては、それが当事者より強いことさえあるだろう。 だが今の私の関心はそこではない。 私が今言いたいのは、目撃者の記憶の質と当事者の記憶の質は同じではない、という点だけだ。 さらに、人は当事者でも目撃者でもなく、その出来事を聞いたり読んだりしただけという場合もあり得る。 だがそれでも、影響の強さや情緒の記憶の深さは損なわれない。 それは、書き手・語り手の説得力と、読む者・聞く者の感受性にかかっている。 私は、ある目撃者が語った、訓練隊の少年たちを乗せた小舟の遭難の話を決して忘れない。嵐のさなか船長が突然死んだのだ。 助かったのは一人の幸運な者だけだった。 この海の悲劇の話は、細部まで生き生きと語られ、私を揺さぶり、今もなお私を動揺させ続けている。 もちろん、当事者・目撃者・聞き手・読み手の情緒の記憶は、質において異なる。 俳優は、この種の情緒の材料のあらゆる型を扱い、それを役に当てはめ、役の要求に応じて作り替えねばならない。 たとえばこうだ。前回の授業で私が話した、平手打ちの場面で、君が当事者ではなく目撃者だったとしよう。 さらに、目の前で起きたその場面の印象が強く、情緒記憶に深く刻まれたとしよう。 それなら、ふさわしい役なら、舞台で同じ『体験』を繰り返すのは容易だろう。 そして、そういう役が見つかったとする。だがその役で君が演じるのは、平手打ちの場面の目撃者ではなく、侮辱された当人だとしたら? 目撃者としての情緒の記憶を、当事者そのものの『体験』へ、どうやって自分の中で作り替える? 当事者は感じ、目撃者は同情する。 だから君は、その同情を感情に変えねばならない。 これが、目撃者の同情が当事者の真の感情へと変貌する例だ。 たとえば、君が友人の家を訪ね、彼が恐ろしい状態にあるところに出くわしたとする。彼は何かぶつぶつ言い、のたうち、泣き、完全な絶望の徴を見せている。 だが君には事の本質が分からない。それでも君は、友人の状態に誠実に心を動かされている。 この瞬間、君は何を『体験』している? 同情だ。 だが友人は君を隣の部屋へ連れて行き、そこで君は、彼の妻が血の水たまりの中で床に倒れているのを見る。 その光景を見ると夫は平静を失い、嗚咽し、泣きじゃくり、君にはよく分からない言葉を叫ぶ。だがその悲劇的本質は感じ取れる。 この瞬間、君は何を味わう? 君は友人にいっそう強く同情する。 だが君はその哀れな男を落ち着かせることができ、彼はよりはっきり話すようになった。 すると、夫は嫉妬で妻を刺し殺したのだと分かった……君に対する嫉妬で……。 その知らせで、君の内側ですべてが入れ替わった。 目撃者の同情はたちまち、悲劇の当事者の感情に変貌した。実際、君がその当事者だったのだ。 役の仕事でも、同じ過程が起こる。 俳優の内側に同様の移動が生じ、自分が戯曲の生活の能動的な当事者だと感じた瞬間――その中に、人間の真の感情が芽生える。 この、人間=俳優の同情が戯曲の当事者の感情へ変わることは、しばしばひとりでに起こる。 第一の者(つまり人間=俳優)は、第二の者(つまり当事者)の立場へ深く入り込み、それに応えるあまり、自分がその場にいると感じるほどになることがある。 そうなると彼は、起きたことを、侮辱された当人の目で見てしまう。 行為したくなる。スキャンダルに飛び込み、侮辱した者の振る舞いに抗議したくなる。まるでそれが、自分の人間としての名誉と屈辱に関わることのように。 この場合、目撃者の『体験』がひとりでに同情を感情へ変え、戯曲の当事者と同じ質で、ほとんど同じ強さにまでなる。 だが、創造の中でこの過程が起きなかったら、どうする? そのときは、サイコテクニックの助けを借りねばならない。『与えられた状況』や、魔法の『もし』、その他、情緒記憶に反響を呼び起こす刺激だ。 つまり、内的材料を探すときには、自分が生活で『体験』したものだけでなく、他人の中で知り、誠実に同情したものも利用すべきなのだ。 同様の過程は、読書や他人の語りから得た記憶にも起こる。 そうした印象もまた、自分の中で作り替えねばならない。つまり、読む者・聞く者の同情を、自分自身の真の感情へ変えるのだ――語りの当事者の感情に類似したものへ。 この、読者の同情が当事者の感情へ変わる過程は、君たちにも身に覚えがないか? 私たちは新しい役ごとに、自分の中で同じことをしているではないか? 戯曲を読むことで役と出会う。戯曲は劇作家が語る出来事の物語であり、私たち俳優はその出来事の当事者でも目撃者でもなかったが、読書によって知ったのだ。 最初に作品と出会ったとき、稀な例外を除けば、私たちの内に生まれるのは、戯曲の当事者への同情だけだ。 戯曲に取り組む準備作業の過程で、その同情を、人間=俳優としての自分自身の真の感情に変える必要がある。 … … … … … … … 19..年 「狂人のエチュードや、墜落した飛行機のエチュードを覚えているか?」 今日アルカージー・ニコラエヴィチは私たちに尋ねた。 「あの『もし』や『与えられた状況』、想像力の虚構、その他の刺激を覚えているか——それらによって、情緒記憶の中にある創造のための心の材料が開かれていっただろう?」 君たちは外的刺激でも同じ結果を得た。 『ブラン』の一場面と、その断片化、課題の設定を覚えているか? それが教室の男子と女子の間に熱い争いを呼び起こした。 それは新しい種類の内的刺激だ。 注意の対象を、あちこちで点いた電灯――舞台でも客席でも――で示したことを覚えているか? 生きた対象もまた、私たちの刺激になり得ることを、君たちは今知っている。 身体的行為、その論理と一貫性、真実とその真実性への信を覚えているか? それもまた感情の重要な刺激だ。 今後、君たちはさらに多くの新しい内的刺激を知ることになる。 その中で最も強いものは、戯曲の言葉と思考に、作者のテクストの下に織り込まれた感情に、登場人物どうしの相互関係に隠れている。 さらに君たちは、装置、環境、光、音、その他ミザンセーヌの効果――舞台に真の生活の幻影と、生きた雰囲気を作り出すもの――が、私たちにとって外的刺激であることも知った。 君たちがすでに知っている刺激をすべて集め、さらにこれから知るものを加えれば、相当な数になるだろう。 それが、君たちのサイコテクニックの財産だ。 それを使いこなせるようにならねばならない。 「でも、どうやって?」 私は、注文どおりに二次の感受を呼び起こし、情緒記憶を刺激できるようになりたいと、心から望んだ! ――と私はトルツォフに訴えた。 「情緒記憶と二次の感情には、狩人が獲物にするのと同じように対処しなさい」とアルカージー・ニコラエヴィチは説明した。 「鳥が自分から飛んで来ないなら、どんな手を尽くしても、葉の茂みの中から見つけ出すことはできない。 そうなると、森から獲物を誘い出すための、特別な口笛――『おとり笛』――で呼び寄せるしかなくなる。 私たちの俳優の感情も森の鳥のように臆病で、魂の奥に隠れている。 そこから感情が応えないなら、待ち伏せしても決して見つからない。 その場合は、おとりに頼るのだ。 そしてその『おとり』こそ、私たちがずっと語ってきた、情緒記憶と二次の感受の刺激なのだ。 プログラムで踏んできた各段階は、新しいおとり(つまり刺激)を、情緒記憶と二次の感受にもたらした。 実際、魔法の『もし』、『与えられた状況』、想像力の虚構、断片と課題、注意の対象、内的・外的行為の真実と信――それらが結局、対応するおとり(刺激)を与えてくれた。 つまり、ここまでの学校での仕事はすべておとりへ行き着き、そのおとりが、情緒記憶と二次の感受を喚起するのに要るのだ。 おとりは、サイコテクニックの領域での仕事の主要な手段である。 おとりと感情の結びつきは、大いに活用すべきだ。自然で正常な結びつきなのだから。 俳優はおとり(刺激)に直接反応できなければならない。そして、ピアノの鍵盤を操る名人のように、それを自在に扱えなければならない。たとえば惹きつける虚構――狂人の課題でも、墜落した飛行機でも、『金を燃やす』でも――を考えれば、内側でたちまちある感情が燃え上がる。 別のものを考えれば、ほら、まったく別の『体験』が呼び起こされた。 何が何で呼び起こされるか、どの『えさ』に何が食いつくかを知らねばならない。 いわば魂の庭師であれ。どの種から何が育つかを知っている庭師だ。 情緒記憶の対象も刺激も、一つたりとも軽んじてはならない。 … … … … … … … 19..年 今日の授業でアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「情緒記憶と二次の感受について語られたすべてから、それらが創造の過程でいかに巨大な役割を果たすかは明らかだ。 次に来るのは、私たちの情緒記憶の貯えの問題だ。 その貯えは、絶えず、途切れることなく補充されねばならない。 では、それをどう実現する? 必要な創造の材料はどこで探す? 君たちも知っているとおり、まず第一にそれは、私たち自身の印象、感受、『体験』だ。 それは現実からも、想像上の生活からも、記憶からも、本からも、芸術からも、科学や知識からも、旅からも、博物館からも、そして何より、人との交わりから汲み取る。 俳優が生活から汲み取る材料の性格は、劇場が芸術の使命と観客に対する芸術的義務をどう理解するかによって変わる。 芸術が、娯楽を求める少数の閑人だけに開かれていた時代もあり、そのとき芸術は観客の要求を満たそうとした。 また別の時代には、俳優の創造の材料は、周囲で荒々しく波立つ生活そのものだった――などなどだ。 時代ごとに、異なる種類の材料が劇場の創造に入ってきた。 ヴォードヴィルには、表面的な観察で十分だった。 オゼーロフの約束事の悲劇には、俳優に一定の気質と外的技術があるなら、英雄趣味の読書経験が少しあれば足りた。 十九世紀六〇〜九〇年代の並のロシア劇(オストロフスキーの作品を除けば)を心理的に生かすには、俳優は自分の周囲と身近な社会層から汲み取る経験に限ってもよかった。 だがチェーホフが、新しい時代の影響に貫かれた『かもめ』を書いたとき、従来の材料では足りなくなり、より複雑で繊細な潮流が芽生えつつあった社会全体——ひいては人類全体——の生活へ、いっそう深く踏み込む必要が生じた。 個々人の生活も人類全体の生活も、発達し複雑になるほど、俳優はその生活の複雑な現象へ、より深く踏み込まねばならなかった。 そのためには、生活の視野を広げねばならなかった。 世界的出来事の時代には、その視野はいっそう増大し、際限なく広がる。 しかし、注意の範囲を広げて生活の多様な領域を取り込むだけでは足りない。観察するだけでも足りない。観察した現象の意味を理解し、情緒記憶に刻まれた感受を自分の中で練り直し、私たちの周囲で起こっていることの真の意味へ踏み込まねばならない。 芸術を作り、舞台に『人間精神の生活』を描くには、その生活を研究するだけでなく、可能なかぎり、いつでもどこでもどうであれ、そのあらゆる現れに直接触れねばならない。 それがなければ、私たちの創造は乾き、型へと退化する。 周囲の生活を外から眺め、起こる出来事の喜びも重荷も身に受けながら、その複雑な原因に踏み込まず、背後にある——最大の劇的緊張と英雄性に貫かれた——壮大な人生の出来事を見ようとしない俳優は、真の創造にとって死んだも同然だ。 芸術のために生きるには、何が何でも周囲の生活の意味へ踏み込み、知性を緊張させ、不足する知識を補い、自分の見方を見直さねばならない。 俳優が自分の創造を殺したくないなら、生活を小市民の目で見てはならない。 小市民は、その名にふさわしい芸術家にはなれない。 だが実際、俳優の圧倒的多数は、小市民として舞台の上で出世を築いている。 情緒の材料を探すときには、私たちロシア人は、他人の中にも自分の中にも、まず悪いものを見がちだということも念頭に置く必要がある。 だから否定的な感情や記憶の領域では、情緒記憶の貯えは大きい。 というのも、私たちの文学は否定的な像に満ち、肯定的な像にはひどく乏しいからだ。 もちろん悪徳の領域にも多くの芸術的創造物がある(フレスタコフ、町長)人間の暗い性質の領域にも大きな情念がある(イワン雷帝)だが美しい『人間精神の生活』を伝える私たちの芸術の主たる本質は、それだけではない。 私たちには別の材料も要る。 それを、自分の内的世界の明るい隅で探しなさい。そこには歓喜や美的没頭が生きている。 美しく高貴なものの貯えが、君たちの情緒記憶の中で集中的に補充されるようにしなさい。 これで分かっただろう。真の芸術家に求められることを果たすには、内容があり、面白く、美しく、多様で、胸を揺さぶり、自分を高める生活を送らねばならない。 大都市で何が起きているかだけでなく、地方でも、村でも、工場でも、そして世界で最も文化的な中心でも、何が行われているのかを知っていなければならない。 俳優は、自国の民衆も他国の民衆も、その生活と心理を観察し研究しなければならない。 私たちには限りなく広い視野が要る。私たちは現代のあらゆる国民性の戯曲を演じ、地球上のすべての人々の『人間精神の生活』を伝えるよう召されているのだから。 それでも足りない。 俳優が舞台で作るのは、自分の時代の生活だけではない。過去と未来の生活でもある。 課題は複雑になる。 現代を作るとき、俳優は、今あるもの、周囲で起きているものを観察できる。 だが過去や未来、あるいは存在しない生活を作るには、それらをまず復元するか、想像力の中で新たに創造しなければならない。そしてそれは、私たちが見てきたように、複雑な仕事だ。 そして私たちの創造の理想は、いつの時代にも、永遠に、芸術において永遠なもの――決して古びず、死なず、常に若く、人々にとって大切なもの――であり続けたし、これからもそうあり続ける。 私は、創造の達成の頂――私たちにとって古典的な範例となった頂――、私たちが永遠に目指して伸びていかねばならない理想を言っているのだ。 その範例を学び、それを伝えるための、生きた情緒的な創造材料を探しなさい。 俳優は現実や想像上の生活から、人間に与えられるものをすべて取る。 だが、あらゆる印象、情念、享楽――他人が自分のために生きるもの――は、彼にとって創造の材料へと変わる。 個人的で移ろうものから、詩的な像と光の思想の世界を丸ごと作り出し、それはすべての人のために永遠に生きる。 情緒記憶については、初心の弟子に言えることはすべて言った。 残りは、君たちがプログラムを学ぶにつれて、いずれ知ることになる」そう言ってアルカージー・ニコラエヴィチは今日の講義を結んだ。 X. 交流 … … … … … … … 19..年 客席には、『交流』と書かれたプラカードが掛かっていた。 交流。 アルカージー・ニコラエヴィチが入って来て、新しい段階を祝うと告げ、ヴェセロフスキーに向かった。 「君はいま、誰と、あるいは何と交流している?」 彼はそう尋ねた。 ヴェセロフスキーは自分の思考に取り込まれていて、何を聞かれたのかすぐには分からなかった。 「僕?」 「誰とも、何とも!」 ――と彼はほとんど機械的に答えた。 「君は『自然の奇跡』だ! 誰とも交流せずに生きられるなら、君はクンストカメラに送らねばならない!」 アルカージー・ニコラエヴィチは冗談めかして言った。 ヴェセロフスキーは謝り始め、誰も自分を見ていなかったし、誰も自分に話しかけなかったのだ、と言い張った。 だから彼は、誰とも交流できなかったのだ。 「だが、そのために、君を見たり君と話したりする必要があるのか?」 アルカージー・ニコラエヴィチは腑に落ちなかった。 「今、目を閉じ、耳を塞ぎ、黙っていなさい。そして、誰と、何と、君が心の中で交流するかを追ってみなさい。 交流の対象がなくなる瞬間が一つでもあるか、捉えてみろ!」 私も自分で確かめた。つまり目を閉じ、耳を塞ぎ、自分の中で起きることを追ってみた。 昨日の劇場の夜会が目に浮かんだ。そこで有名な弦楽四重奏団が演奏していて、私はそこで自分に起きたことを、心の中で一つ一つ思い出し始めた。 私はフォワイエに入り、挨拶をし、座って、演奏の準備をしている音楽家たちを眺めた。 やがて彼らが弾き始め、私はそれを聴いた。 だが私は、きちんと入り込めず、耳を澄ませられず、感受を寄せられなかった。 「ほら、交流のない空白の瞬間だ!」 ――と私は思い、急いでそれをトルツォフに報告した。 「何だって?」 ! 彼は驚いて叫んだ。 「君は、芸術作品の受容を、交流のない空白の瞬間だと言うのか?」 「はい。聴いてはいましたが、まだ聞こえていなかった。入り込もうとはしましたが、まだ入り込めていなかった。 だから、交流はまだ始まっておらず、その瞬間は空っぽだと思います」私は譲らなかった。 「音楽の受容としての交流が始まらなかったのは、その前の過程がまだ終わっておらず、注意をそらしていたからだ。 だがそれが途切れた瞬間、君は音楽を聴き始めるか、あるいは別の何かに関心を向け始めた。 だから交流の途切れはなかった。」 「分かりました」私はそう認め、さらに思い出し続けた。 注意が散っている瞬間、私は体を動かしすぎて、それが、私の感じたところでは、居合わせた人々の注意を引いた。 しばらくじっと座り、音楽を聴いているふりをする必要があった。だが実際には聴かず、周囲で何が起きているかを追っていた。 視線がさりげなくトルツォフへ滑り、彼が私の身じろぎに気づいていないと分かった。 それからシュストフおじさんを探したが、いなかった。ほかの俳優たちも同様だった。 それから私は、居合わせた人たちのほとんどを順に見回したが、やがて注意はあちこちへ飛び散り、保つことも、向けたいところへ向けることもできなくなった。 その間に、どれほど多くのものが浮かび、どれほど多くを考えたことか! 音楽は、そうした思考と想像の飛翔を助けた。 私は家の者のことを、遠く別の町に住む親族のことを、そして亡くなった友のことを考えた。 アルカージー・ニコラエヴィチは、それらの表象が私の中に生まれたのは無駄ではなく、私が対象に自分の思考や感情などを与えるか、あるいは対象から他者のものを受け取る必要があったからだ、と言った。 結局、シャンデリアの小さな灯りが私の注意を引き、私はその入り組んだ形を長いこと眺めた。 「これだ、空白の瞬間だ」と私は思った。 「馬鹿げたランプを見ているだけを交流だなんて言えないだろう」。 私がこの新しい発見をトルツォフに話すと、彼はこう説明した。 「君は、その物がどう作られ、何でできているかを理解しようとしていた。 物は君に形、全体の姿、さまざまな細部を伝えていた。 君はその印象を自分の中に取り込み、記憶に書きとめながら、受け取ったものについて考えていたのだ。 つまり君は、対象から何かを自分の中へ取った。だから私たちの言葉――俳優の言葉――では、必要な交流の過程があったとされる。 君は、その物が無生物であることに惑わされている。 だが絵も彫像も、友の肖像も、博物館の品も無生物だ。だがそこには創り手の生活が潜んでいる。 そしてランプも、ある程度まで、私たちがそこに注ぎ込む関心によって生き始め得る。」 「だとすると」と私は言い争った。「私たちは目に入ったあらゆる物と交流していることになりますか?」 「周囲にちらりと見えるものすべてから、何かを受け取ったり、何かを自分から与えたりする時間は、君にはないだろう。 そして、受け取るか与えるか——その瞬間がなければ、舞台での交流は成立しない。 自分から何かを送り、あるいはそこから何かを受け取ることができた対象とだけ、短い交流の瞬間が生まれる。」 私は何度も言ってきた。舞台では、見て見抜くこともできるし、見ていて何も見えないこともある。 あるいは正確には、舞台を見て、そこですることをすべて見て感じることもできる。だが舞台を見ながら、感じて関心を向けるのは客席で起きていること、あるいは劇場の外で起きていること、ということもあり得る。 さらに、見て見抜き、見たものを受け取ることもできるが、舞台で起きていることを見て見抜いても、何も受け取らないこともできる。 要するに、真の「見る」と、外的で形式的な――いわば私たちの言葉で言う『空っぽの目でのプロトコル的な眺め』――があるのだ。 内的な空虚をごまかすための職人的手口はあるが、それは空っぽの目の見開きを強めるだけだ。 そんな見方が舞台では不要で有害だということを、改めて言う必要があるだろうか。 目は魂の鏡だ。 空っぽの目は、空っぽの魂の鏡だ。 だから忘れるな! 舞台での俳優の目、視線、見るという行為が、創造する魂の大きく深い内的内容を映していることが重要だ。 そのためには、役の「人間精神の生活」に似た大きな内的内容が、演じ手の中に蓄えられていなければならない。さらに演じ手は、舞台にいるあいだずっと、その心の内容をもって戯曲の相手役たちと交流していなければならない。 だが俳優は、人間的弱さを持つ人間でもある。 舞台に上がるとき、彼は当然、自分に固有の生活上の思い、個人的感情、現実から生まれた考えを持ち込む。 だから劇場でも、彼の日常的で小市民的な線は途切れない。隙があれば、描かれる人物の『体験』の中へ織り込まれてしまう。 俳優が役に身を与えるのは、役が彼を掴んだ瞬間だけだ。 そのとき彼は像と融合し、創造的に変身する。 だが役から気をそらした途端、彼は再び自分自身の人間の生活の線に捕らえられる。それは彼をフットライトの向こう、客席へ連れ去るか、劇場の外へ遠く連れ去り、そこで心の交流の対象を探す。 そういう瞬間、役は外側から機械的に伝えられる。 こうした頻繁な逸脱のために、生活と交流の線は刻々と途切れ、空いた場所は、演じる人物とは関係のない俳優自身の生活の挿し込みで埋められる。 たとえば、貴重な鎖があって、金の輪が三つ並ぶたびに、四つ目はただの錫の輪で、次の金の輪二つは縄で結ばれているとしよう。 そんな鎖が何の役に立つ? そんな切れ切れの交流の線が、誰に要る? 役の生活の線が絶えず断ち切られることは、それを恒常的に歪めること——あるいは殺してしまうこと——に等しい。 しかも生活で、正しく途切れない交流の過程が必要なら、舞台ではその必要は十倍になる。 それは劇場の性質と、その芸術が、登場人物どうしの交流と、各人が自分自身と行う交流とに、全面的に基礎づけられているからだ。 実際、戯曲の作者が、登場人物を眠ったまま、あるいは失神状態のまま――つまり登場人物の心の生活が何も現れない瞬間を――観客に見せようと思い立ったとしたらどうだろう。 あるいは劇作家が、互いに見知らぬ二人を舞台に出し、自己紹介もせず、感情や思考を交わしもせず、逆にそれらを隠し、舞台の両端で黙って座らせたとしたらどうだろう。 そんな条件では観客は劇場ですることがなくなる。来た目的を得られないからだ。登場人物の感情を感じられず、思考を知れない。 まったく違うのは、彼らが舞台で近づき、一人が自分の感情を相手に伝えたい、あるいは自分の思考を納得させたいと思い、もう一人が同時に語り手の感情と思考を受け取ろうとしている場合だ。 二人、あるいは数人の、感情と思考の「与えること」と「受け取ること」の過程に立ち会うと、観客は、会話の偶然の目撃者のように、否応なく両者の言葉と行為へ入り込む。 それによって観客は、沈黙のうちに交流へ参加し、他者の『体験』を見て知り、その『体験』に感染する。 以上から分かるのは、劇場の観客が舞台で起きていることを理解し、間接的に参加するのは、戯曲の登場人物どうしの交流の過程がそこで行われているときだけだ、ということだ。 俳優が、客席に座る千人の群衆の注意を自分の支配から手放したくないなら、相手役と、途切れない交流の過程を維持することに気を配らねばならない。自分が演じる役の感情、思考、行為に類似した感情、思考、行為で。 もちろん、その交流のための内的材料は、聞く者・見る者にとって興味深く、魅力的でなければならない。 舞台での交流の過程が並外れて重要であるため、私たちはこれに特別な注意を払い、今後出会うことになる最も重要な交流の型について、より綿密に検討する問題を、まず第一に置かねばならない。 … … … … … … … 19..年 「まず、一人の交流、つまり自己交流から始めよう」教室に入るなり、アルカージー・ニコラエヴィチはそう宣言した。 「現実の生活で、自己交流として、私たちが自分自身に向かって声に出して話すのはどんなときか? それは、怒りや興奮があまりに強く、自分を抑えられないとき。あるいは、すぐには意識が捉えられない難しい考えを自分に言い聞かせるとき。暗記するとき、音にして覚える作業を助けるとき。あるいは、一人で、苦しめたり喜ばせたりする感情を表に出すときだ――せめて心の状態を楽にするために。 こうした自己交流は、現実ではごく稀だが、舞台では非常によくある。 舞台で、黙って自分自身と交流しなければならないとき、私は気分がいい。現実の生活でよく知っている自己交流の型だからで、自然にできるし、むしろ好きですらある。 だが、舞台で自分自身と向き合い、韻文の長く迂遠な独白を語らねばならないとき、私は途方に暮れ、何をしたらいいのか分からなくなる。 現実の生活ではほとんど見いだせない正当化を、舞台でどう正当化すればいいのか? こんな自己交流で、この『私=自分』をどこに探せばいい? 人間は偉大だ。 どこへ向かえばいい? 脳に? 心に? 想像力に? 手に? 足に? . . 自分の内で、交流の流れをどこへ、どこから向ければいいのか? この過程には、一定の主体と客体が必要だ。 ではそれは、私たちの中のどこにいるのか? 内側で交流し合う二つの中心を欠いている私は、散り散りに走り出す、行き先の定まらない注意を自分の中に保っておけない。 それが客席へ飛んでいくのも不思議ではない。そこにはいつも、抗いがたい対象――観客の群衆――が私たちを待ち伏せているのだから。 だが私は、この窮地から抜け出す方法を教わった。 要するに、私たちの神経=心理的生活の通常の中心——大脳——のほかに、心臓の近く、太陽神経叢のあたりに、もう一つの中心があるのだと教えられた。 私は、その二つの中心を会話のために引き合わせてみた。 それらが私の中で定まっただけでなく、話し始めたように感じられた。 頭の中心は意識の代表として感じられ、太陽神経叢の神経の中心は情動の代表として感じられた。 つまり私の感覚では、知性が感情と交流している、ということになった。 「よし」と私は自分に言った。「交流すればいい。 つまり私の中に、欠けていた主体と客体が開かれたのだ」 それ以来、舞台で自己交流をするときの私の自己感覚は、黙った間のときだけでなく、声に出して言葉で自己交流するときにも安定するようになった。 私が感じたことがそうなのかどうか、科学がそれを認めているか否か、私は詮索したくない。 私の基準は、個人的な自己感覚だ。 私の感覚が個人的なものでもよい。幻想の産物でもよい。だが私には助けになる。だから使っている。 この実践的で非科学的な方法が君たちにも役立つなら、それでいい。私は何も押しつけないし、何も断言しない。 少し間を置いて、アルカージー・ニコラエヴィチは続けた。 — 舞台で相手役との相互交流の過程を身につけ、さばくほうがまだ容易だ。 だがそこでも、知っておくべき困難、そして戦えるようにならねばならない困難に出会う。 たとえば、私たちが舞台にいて、君が私と直接交流しているとしよう。 だが私は大きい。 見たまえ、私はこんなに大きい! 鼻があり、口があり、脚があり、腕があり、胴体がある。 君は、私を構成する身体のすべての部分と、一度に交流できるだろうか? とトルツォフは私を問い詰めた。 「もしそれが不可能なら、君が交流するための、私の中のどこか一部分、 نقطة=一点を選びなさい。」 「目!」 と誰かが提案した。 「目は魂の鏡だ。 見てのとおり、交流のとき君たちは、まず人間の中に魂、内的世界を探す。 だから私の中の、生きた魂、生きた『我』を探しなさい。」 「どうやるんです?」 弟子たちは腑に落ちなかった。 「生活がそれを教えてくれなかったのか?」 アルカージー・ニコラエヴィチは驚いた。 — 君たちは、他人の魂を手探りしたことがないのか。自分の感情の触手をそこに伸ばしたことがないのか。 そんなものは習うことではない。 私をもっと注意深く見なさい。私の内的状態を理解し、感じ取ろうとしなさい。 そう、そうだ。 君の思うに、今の私はどういう状態だ?」 「優しく、好意的で、穏やかで、活気があり、興味を持っている」私は彼の状態を感じ取ろうとした。 「では、今は?」 アルカージー・ニコラエヴィチは尋ねた。 私は身構えたが、不意に目の前に現れたのはアルカージー・ニコラエヴィチではなく、ファムーソフだった。おなじみのチック、妙に素朴な目、厚ぼったい口、ふっくらした手、そして甘やかされた人間の柔らかな老人めいた身振り——そのすべてを備えたファムーソフだ。 「君はいま、誰と交流している?」 トルツォフは、モルチャーリンに話すときのような軽蔑した調子の、ファムーソフの声で私に尋ねた。 「もちろん、ファムーソフとです」と私は答えた。 「ではトルツォフは、どこに残った?」 アルカージー・ニコラエヴィチは、たちまち自分自身に戻って、また私に尋ねた。 — 君が交流しているのが、性格づけで私の中で変わってしまったファムーソフの鼻や手ではなく、私の生きた精神なのだとしたら、その生きた精神は私の中に残っているはずだ。 私はそれを自分から追い出すこともできないし、他人から借りてくることもできない。 ということは、君は今回は外して、生きた精神ではなく別の何かと交流していたのではないか? では、それは何と?」 たしかに、私は何と交流していたのだろう? もちろん、生きた精神と。 覚えている。トルツォフがファムーソフへと変身し、つまり対象が変わるのと同時に、私の感受そのものも変質した。アルカージー・ニコラエヴィチに抱いている敬意から、トルツォフが演じるファムーソフ像が私に呼び起こす、皮肉で、善意の、からかい混じりの感情へ。 それでも私は、誰と交流していたのかを整理できず、それをアルカージー・ニコラエヴィチに打ち明けた。 「君は、新しい存在と交流していたのだ。その名はファムーソフ=トルツォフ、あるいはトルツォフ=ファムーソフだ。 いずれ君も、創造する俳優に起こるこの驚くべき変身を知ることになる。 だが今は覚えておきなさい。人はいつも、対象の生きた精神と交流しようとするのであって、舞台の俳優のように、鼻だの目だのボタンだのと交流しようとするのではない。 つまり、見てのとおりだ。二人が向き合って出会えば、たちまちその間に、自然に相互交流が生まれる。 たとえば今、私たちは向き合っていて、すでにその交流が生まれている。 私は君に自分の考えを伝えようとしていて、君は私の話を聴き、私から知識と経験を受け取ろうとしている。」 「それは、失礼ですが、相互交流ではありません」ゴヴォルコフが口を挟んだ。「感受を与える過程は、話しているあなた――主体――だけがやっていて、感情を受け取る過程は、聞いている僕ら――客体――がやっている。 失礼ですが、どこに相互性があるんです? 感情の往復する流れはどこです?」 「では君は今、何をしている?」 トルツォフは彼に尋ねた。 「君は私に反論し、私を納得させようとしている。つまり君は私に君の疑いを伝えていて、私はそれを受け取っている。 それが、君の言う往復の流れだ。」 「今は、です。でもさっき、あなたが一人で話していたときは?」 ゴヴォルコフは揚げ足を取った。 「違いは見ない」とアルカージー・ニコラエヴィチは反論した。「そのときも交流し、今も交流し続けている。 交流の最中には、与える過程と受け取る過程が交互に入れ替わるのは当然だ。 だが私が一人で話し、君たちが私を聴いていたときでさえ、君たちの魂に忍び込んでくる疑いを、私はすでに感じていた。 君たちのいらだちも、驚きも、動揺も、私に伝わっていた。 ではなぜ私は、そのとき君たちのいらだちや動揺を受け取れたのか? では、なぜ私はそのとき、君たちのいらだちや動揺を受け取れたのだろう? そしてそのときも、君たちの中では、受け取る過程と与える過程が、気づかれぬまま交互に入れ替わっていたからだ。 だから、君たちが黙っていたときにも、問題の往復の流れはあった。 それがついに外へ噴き出たのが、今の君の最後の反論だ。 これが、途切れない相互交流の例でなくて何だ? ! 舞台では、とりわけこの相互交流、しかも途切れない相互交流が重要で必要だ。作者の作品も俳優の演技も、ほとんどが対話から成り、対話とは二人または多くの人――戯曲の登場人物――の相互交流なのだから。 残念ながら、そうした途切れない相互交流は、劇場では稀だ。 多くの俳優は、それを使うとしても、自分が役の台詞を言っているあいだだけで、沈黙が来て相手の台詞になった途端、相手の思考を聴きも受け取りもせず、次に自分の出番の台詞が来るまで演技をやめてしまう。 この俳優の癖は、途切れない相互交流を破壊する。相互交流は、言葉を口にしているときや返事を聞いているときだけでなく、沈黙のとき――その間にも、しばしば目の対話が続いている――にも、感情を与え、受け取ることを要求するのだから。 途切れ途切れの交流は正しくない。だから、自分の考えを相手に伝え、伝えたら、それが相手の意識と感情に届いたかどうかを確かめなさい。そのためには短い間が必要だ。 それを確かめ、言葉に収まらないものを目で言い切ってから、次の部分の台詞を伝え始めなさい。 そして君たちも、相手役の言葉と思考を、毎回新しく、今日のものとして受け取れるようになりなさい。 稽古でも何度も上演でも幾度も聞いて、よく知っている相手の台詞の思考と言葉を、改めて意識しなさい。 途切れない相互受容、感情と思考の与え合いの過程は、創造を繰り返すたび、毎回やらねばならない。 それには大きな注意と技術と芸術的規律が要る。」 授業を終えねばならず、アルカージー・ニコラエヴィチは説明を最後まで言い終えられなかった。 … … … … … … … 19..年 アルカージー・ニコラエヴィチは、前回から始めた交流のさまざまな型の特徴づけを続けた。 彼は言った。 「新しい種類の交流の考察へ移る――想像上の、非現実の、存在しない対象との交流だ(たとえばハムレットの父の影と) それは舞台上の俳優にも見えず、客席で見ている観客にも見えない。 未熟な者は、そういう対象を前にすると、実在しない、ただ想定されている対象を本当に見ようとして、幻覚を起こそうとする。 そのため舞台のエネルギーも注意も、すべてそこへ消える。 だが経験ある俳優は、問題が『幽霊』そのものにあるのではなく、それへの内的態度にあることを理解している。だから彼らは、存在しない対象(『幽霊』)の代わりに魔法の『もし』を置き、自分に誠実に、良心に従って答えようとする――もし目の前の空虚な空間に『幽霊』が現れたなら、自分はどう行為するだろうか、と。 また別に、俳優の中には、とりわけ初心の弟子たちが、家での稽古でも、生きた対象がないために想像上の対象へ頼る者がいる。 頭の中でそれを目の前に置き、それから空っぽの場所を見て、そこへ交流しようとするのだ。 この場合でも、多くのエネルギーと注意は、内的課題(『体験』の過程に必要なもの)へではなく、実際には存在しないものを見ようと力むことだけへ費やされる。 こうした誤った交流に慣れてしまうと、俳優や弟子は、同じやり方を無意識に舞台へ持ち込み、ついには生きた対象から離れ、相手役との間に、想像上の死んだ対象を置くことに慣れてしまう。 この危険な癖は、しばしばあまりに強く根を張って、一生残る。 あなたを見ているのに、別の誰かを見ていて、その相手に合わせる――あなたではなく――そんな俳優と演じるのがどれほど苦痛か! そういう相手役は、本来直接交流すべき相手との間に壁があり、台詞もイントネーションも、どんな交流の手段も受け取らない。 曇った目は空間を見つめ、幻視している。 この危険で、死を招く俳優の脱臼を恐れなさい! それは簡単に根づき、直すのが難しい。 「では、生きた交流の対象がないときは、どうすればいいんです?」 と私は尋ねた。 「とても簡単だ。見つかるまで、まったく交流しないことだ」とトルツォフは答えた。 「君たちには『トレーニングと教練』のクラスがある。 あれは一人で練習するのではなく、二人組やグループで練習するために作られている。 繰り返すが、私は強く主張する。弟子は空っぽの対象と交流するのではなく、生きた対象で練習しなさい。しかも経験ある目の監督のもとでだ。 同じくらい難しいのが、集団の対象、言い換えれば、日常では『観客』と呼ばれる、千の頭を持つ存在で満ちた客席との交流だ。」 「あれとは交流できません! 絶対に!」 とヴューンツォフは急いで警告した。 「そう、君の言うとおりだ。上演中に直接交流することはできない。だが間接的には必要だ。 舞台での私たちの交流の難しさと特殊性は、相手役とも観客とも、同時に起こるところにある。 前者とは直接に、意識的に。後者とは間接に、相手役を通して、そして無意識に。 注目すべきなのは、どちらとの交流も相互的だということだ。」 だがシュストフが抗議した。 「俳優が舞台で他の役の演じ手と交流することが相互的だというのは分かります。 でも観客についても、それを相互的だと見なせますか? そのためには、群衆のほうも、こちらへ――舞台へ――何かを送らねばならない。 でも実際、私たちは何を受け取っています? 拍手と花輪だけです。それも創造の瞬間ではない。幕の途中ではなく休憩時間に。」 「笑いは? 涙は? 上演中の拍手や、ブーイングだってある。動揺だって――しかも、どれほどのものが! ! それを、君は数に入れないのか?」 アルカージー・ニコラエヴィチは驚いた。 彼は説得を続けた。「観客が舞台と結ぶ交流のつながりと相互性を、見事に描く出来事を話そう。『青い鳥』の昼の子ども向け公演で、木や獣の子どもたちに対する裁判の場面の最中、私は暗闇の中で誰かに突かれるのを感じたのだ。」 それは十歳くらいの男の子だった。 「『猫が聞き耳を立ててる』って言って!」 「ほら、あそこ――隠れてる。ぼく、見え…る!」 ――と、ティルティルとミチルの身の上が心配でたまらない、子どもの高ぶった小声が囁いた。 私は落ち着かせられず、だから小さな観客は舞台のすぐ近くまで忍び寄り、客席からフットライト越しに、子どもを演じていた女優たちへ、危険が迫っていることを囁き始めた。 これが客席からの観客の反響でなくて何だ? 見ている群衆から君たちが何を受け取っているかを、もっとよく評価したいなら、それを取り払って、完全に空っぽの客席で上演してみなさい。 やってみたいか? 私は一瞬、空っぽの客席の前で演じる哀れな俳優の立場を想像し……そんな上演は最後までやり切れないと感じた。 「なぜ?」 私の打ち明け話の後で、トルツォフが尋ねた。 「その条件では、俳優と客席の相互交流がないからです。これがなければ、公の創造は成り立ちません。 観客なしで演じるのは、柔らかい家具や絨毯でぎっしりの、響きのない部屋で歌うのと同じです。 満員で、しかも君に同情してくれる客席の前で演じるのは、音響の良い部屋で歌うのと同じです。 観客は、いわば心の音響を作り出します。 観客は私たちから受け取り、共鳴器のように、自分の生きた人間の感情を私たちへ返してくるのです。 約束事の芸術、提示の芸、つまり職人芸では、この集団対象との交流は単純に解決されます。しばしば、その約束事の手法の中にこそ、戯曲のスタイル、上演のスタイル、舞台全体のスタイルがあるからです。 たとえば古いフランスの喜劇やヴォードヴィルでは、俳優は絶えず観客に話しかけます。 登場人物は前舞台の端まで出て、客席に座る者へ、短い台詞を投げたり、戯曲を説明する長い独白を語ったりする。 それが自信たっぷりに、堂々と、大きな気取りで行われ、かえって人を圧する。 実際、客席と交流するなら、群衆に対して優位に立ち、支配できるように交流するのだ。 集団交流の新しい形——民衆場面——でも私たちは群衆と向き合う。ただし客席ではなく舞台の上で、間接ではなく、群衆という対象と直接に交流するのだ。 こういう場合、ときには群衆の中の個々の対象と交流せねばならず、別の瞬間には民衆全体を覆わねばならない。 いわば拡張された相互交流です。 民衆場面にいる大勢の人間は本性もまちまちで、きわめて多様な感情と思考の交換に参加することで、過程を鋭くし、集団性は一人一人の気質も、全体の気質も燃え立たせます。 それが俳優を揺さぶり、見ている者に大きな印象を与えるのです。」 それからアルカージー・ニコラエヴィチは、新しい交流の型――俳優の職人的な交流――へ移った。 「それは相手役――戯曲の当事者――を飛び越えて、舞台から直接、客席へ向かう。 これは抵抗の最も少ない道だ。 君たちも知っているとおり、これは単なる俳優の自己誇示であり、『演じ』だ。 前の授業で職人芸については十分語ったから、ここでは詳述しない。 交流の領域でも、単なる俳優の自己誇示を、相手役に生きた人間の体験を伝え、相手役からそれを受け取ろうとする真の志向と混同しないはずだ。 この高い創造と、単なる俳優の機械的行為との差は、あまりに大きい。 これは互いに正反対の二つの交流の型だ。 私たちの芸術は、挙げた型のすべてを認める。ただし俳優のそれだけは別だ。 だが、それも知って学ばねばならない。少なくとも、それと戦えるようになるために。 最後に、交流の過程の効力と能動性について、いくつか話しておこう。 多くの人は、手足や胴体の外側の、目に見える動きこそが能動性の現れだと思い、目に見えない内的な行為や、心の交流の働きを「効き目のある行為」だとは認めない。 それは誤りだ。しかも、役の「人間精神の生活」を作り出す私たちの芸術では、内的行為のどんな現れも、とりわけ重要で価値があるのだから、その誤りはなおさら残念だ。 だから内的交流を大切にしなさい。それが舞台と創造における最も重要な能動的行為の一つであり、役の『人間精神の生活』を作り伝える過程に、きわめて必要なのだと知りなさい。 … … … … … … … 19..年 「交流するには、交流できるものを持たねばならない。つまりまず第一に、自分自身が生きて味わった感情と思考だ」今日の授業でアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 現実の生活では、それらは生活そのものが作り出す。 そこでは交流の材料が、周囲の状況に応じて、ひとりでに私たちの中に芽生えてくる。 だが劇場ではそうではない。そこに新しい困難がある。 劇場では、作者が作り出し、戯曲の本文に死んだ文字として印刷された、役という「他人の」感情と思考が、私たちに差し出される。 そうした心の材料を体験するのは難しい。 その代わり、役の存在しない情念の外的結果を、俳優的に『演じ』るほうが、ずっと容易だ。 交流の領域でも同じだ。相手役と真に交流するのは難しく、交流しているふりをするほうが、ずっと容易だ。 これは抵抗の最も少ない道だ。 俳優はこの道が好きで、だから舞台では、真の交流の過程を、単なる俳優の『演じ』で進んで置き換える。 興味深いのは、そういう瞬間、私たちはどんな材料を観客へ送っているのかを追うことだ。 この問いについては考える価値がある。 私が大事にしているのは、君たちがそれを頭で理解するだけでも、感じるだけでもなく、私たちが観客と交流するためにたいてい舞台へ持ち出しているものを、自分の目で見てしまうことだ。 それを君たちに見せるには、私自身が舞台へ上がり、比喩的な例で、君たちが知り、感じ、見なければならないものを示すのがいちばん容易だ。」 アルカージー・ニコラエヴィチは舞台で、才能と巧みさと俳優技術の見事さに満ちた、まるごと一つの上演を私たちに演じてみせた。 彼はある詩から始めた。それを非常に速く、効果的に語ったが、肝心の意味がはっきりせず、私たちには何一つ分からなかった。 「私は今、君たちと何で交流している?」 と彼は私たちに尋ねた。 弟子たちは気まずくなり、答える勇気がなかった。 「まったく何もない!」 と彼は私たちの代わりに言った。 「私は、言葉をぺらぺら並べ立てて、それを編みかごから豆をこぼすようにばらまいただけだ。誰に何を言っているのか自分でも分かっていないのに。 これが空っぽの材料だ。俳優がしばしば客席と交流するときに使う材料――役の言葉を、意味も下の意味も気にせず、ただ効果だけを気にしてぺらぺら言い散らかす、その材料だ。」 一分ほど考えたあと、アルカージー・ニコラエヴィチは、ボーマルシェ『フィガロの結婚』最終幕のフィガロの独白を読むと告げた。 今度の彼の演技は、驚くべき動きやイントネーション、転換、伝染する笑い、粒のそろった明晰な発音、早口、音の輝き、魅惑的で音色豊かな声——そうしたものの連続だった。 あまりに舞台的で効果的だったので、私たちは喝采しそうになるのを、危うくこらえたほどだ。 だが内的内容については、私たちは捉えられず、独白で何が語られているのかも分からなかった。 「私は君たちと何で交流していた?」とトルツォフがまた私たちに尋ねた。今度も私たちは答えられなかったが、それは彼が私たちに多すぎるほど与えたためで、見聞きしたものをすぐ整理できなかったからだ。 … 「私は君たちに、役の中の自分を見せたのだ」アルカージー・ニコラエヴィチは私たちの代わりに答えた。「そしてフィガロの独白、その言葉、ミザンセーヌ、動き、行為などを用いて、役が私の中でどうあるかではなく、私が役の中でどうあるか――つまり私の資質――姿形、顔、身振り、ポーズ、癖、動き、歩き方、声、発音、話し方、イントネーション、気質、技術――要するに、感情と『体験』そのものを除くすべてを示した。 外的な表現の装置が準備されている者にとっては、この課題は難しくない。 声が響き、舌が文字・音節・単語・句を叩き、ポーズと動きが造形を示し、すべてが見ている者の気に入るように気を配ればいい。 その際には、自分だけでなく、フットライトの向こう側に座っている人たちにも注意を払わなければならない。 カフェ・シャンタンの歌姫のように、私は君たちに、自分を部分ごとに、そして全体として差し出した。絶えず振り返りながら――この『見せ物』は狙いどおり届いているか? 私は自分を商品に、君たちを買い手に感じた。 これもまた、舞台で俳優が決してしてはならないことの見本だ。観客には大いに受けるにもかかわらず。」 次に第三の実験が行われた。 「私は今、役の中の自分を見せた」と彼は言った。 「今度は、作者が与え、私が作り上げたとおりの、私の中の役そのものを見せよう。 それは、その役を『体験』するという意味ではない。 問題は体験ではなく、役の輪郭、台詞のテクスト、外側の表情と行為、ミザンセーヌなどにあるのだ。 私は役の創造者ではなく、ただその形式的な報告者になる。」 アルカージー・ニコラエヴィチは、私たちの知っている戯曲の一場面を演じた。重要な将軍が、たまたま家に一人残り、どうしてよいか分からない場面だ。 退屈のあまり彼は椅子を移動させ、兵士が閲兵式で並ぶように整列させる。 それから机の上の物を整え、何か陽気で際どいことを考え込み、仕事の書類を恐る恐る横目に見て、幾つかに目も通さず署名し、そして欠伸をし、伸びをし、また以前の無意味な仕事に戻る。 この演技の間じゅうトルツォフは、高位の者の高貴さと、他の全員の無教養についての独白のテクストを、驚くほど明確に発音していた。 アルカージー・ニコラエヴィチは、冷たく外側から役の台詞を運び、ミザンセーヌを示し、その外的な線と輪郭を形式的に見せるだけで、それを生かしたり深めたりしようとはしなかった。 あるところではテクストを技術的に刻み、別のところでは行為を刻んだ。つまり、ポーズや動きや芝居や身振りを強め強調したかと思えば、像の性格的細部を押し出し、客席へ絶えず目をやって、狙った役の輪郭が届いたかどうかを確かめた。 必要なところでは、間も丁寧に保った。 こうして俳優たちは、飽き飽きしているがよく作り上げた役を、五百回目の公演でも演じる。自分がレコードでも映写機でもあるかのように、同じフィルムを無限に何度も流し続けている気分で。 「奇妙で悲しいことだが、よく作られた役の輪郭の、こういう形式的な提示でさえ、劇場ではそう頻繁には見られない」とアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「さあ」と彼は続けた。「残るのは、舞台で、どう、そして何で交流すべきかを示すことだ。つまり役に類似した、俳優の生きた震える感情――よく『体験』され、演じ手によって具現化されたものだ。」 だが、こうした演技は君たちも、舞台で何度も見たはずだ。そこで私は、交流の過程を、うまくいくときも、いかないときも、いくらかは果たせていた。 君たちは知っている。そうした上演で私は、相手役だけを相手にしようと努め、私自身の人間的感情――私が描く人物の感情に類似したもの――を相手へ与えようとする。 役との完全な融合を作り、新しい創造物――俳優=役――を生み出す残りのものは、潜在意識的に行われる。 そういう上演では私は舞台の上で、戯曲と演出家と私自身と、そして上演のすべての創り手が与える『与えられた状況』の中で、いつも自分自身として存在していると感じる。 これは舞台における交流の稀な型で、残念ながら追随者は少ない。 「要するに」とトルツォフはまとめた。「私たちの芸術が認めるのは、最後の型――相手役との交流であり、それも自分自身が『体験』している感情による交流だけだ。 他の型は、私たちは退けるか、歯を食いしばって我慢する。 だがそれでも、どの俳優もそれらを知っておかねばならない。戦えるようになるために。 では、君たち自身が舞台で、何で、どう交流しているかを点検しよう。 今度は君たちが演じ、私はベルで、交流の誤った瞬間を記録する。 誤りと見なすのは、対象――相手役――から逸れた瞬間、あるいは、役の中の自分、自分の中の役を見せた瞬間、あるいは、役をただ報告した瞬間だ。 そうした誤りはすべて、ベルで示す。 ただ三つの交流の型だけが、承認の沈黙で迎えられる。 1)舞台上の対象との直接交流、そしてそれを通して観客との間接交流。 2)自己交流。 3)不在の、あるいは想像上の対象との交流。」 それから点検が始まった。 私とシュストフは悪くはない、むしろ良いほうに演じた。にもかかわらず驚いたことに、ベルは何度も鳴った。 同じ試みが他の弟子たち全員にも行われ、最後に舞台へ呼ばれたのはゴヴォルコフとヴェリャミノワだった。 私たちは、彼らの演技の間、アルカージー・ニコラエヴィチはほとんど途切れなくベルを鳴らすだろうと思っていた。ところが意外にも、ベルは多かったとはいえ、思ったよりずっと少なかった。 これはどういう意味で、ここからどんな結論を引くべきなのか? 「それはこういう意味だ」とトルツォフは、私たちが腑に落ちぬ点を述べたあとにまとめた。「正しい交流を自慢する者の多くが、実際にはしばしば誤り、彼らが厳しく非難する相手のほうが、正しい交流ができることもある。 違いは割合だ。ある者は誤った瞬間が多く、別の者は正しい瞬間が多い。」 「この試みから君たちが引ける結論はこうだ」と授業の終わりにアルカージー・ニコラエヴィチは言った。「完全に正しい交流も、完全に誤った交流も存在しない。 舞台の上の俳優の生活には、両方の瞬間が豊富にあり、だから正しいものと誤ったものが交互に現れる。 もし交流を分析できるなら、こう記さねばならないだろう――何パーセントが相手役との交流、何パーセントが観客との交流、何パーセントが役の輪郭の提示、何パーセントが報告、何パーセントが自己誇示……などなどだ。 これらの割合の組み合わせが、交流の正しさの程度を定める。 相手役、想像上の対象、あるいは自分自身との交流の割合が最も高い者は理想に近い。逆に、そうした瞬間が少ない者は、正しい交流から大きく外れる。 さらに、私たちが誤りだと見なす対象や、それとの交流の中にも、より悪い誤りと、より良い誤りがある。 たとえば、心理的輪郭を『体験』せずに役を自分の中で見せるのは、自分を役の中で見せたり、職人的に報告したりするよりは、まだ良い。 こうして無数の組み合わせが生まれ、把握し尽くすのは難しい。 各俳優の課題は、この雑多さを避け、いつでも正しく演じることだ。 そのための最良のやり方はこうだ。一方では、舞台で対象――相手役――と、それとの能動的な交流を確立することを学ぶ。他方では、誤った対象や、それとの交流をよく知り、創造の瞬間に舞台でそれらの誤りと戦えるよう学ぶ。 さらに、君たちが交流に用いる内的材料の質にも、並外れた注意を向けなさい。」 … … … … … … … 19..年 「今日は、君たちの外的交流の道具と手段を点検したい。 君たちがそれを十分に重んじているか、知る必要がある!」 とアルカージー・ニコラエヴィチは宣言した。 「全員、舞台へ行きなさい。二人ずつ座って、何か口論を始めなさい。」 「いちばん簡単なのは、うちの『大・口論屋』ゴヴォルコフだろう」私は心の中でそう思った。 だから私は彼の隣に座った。 一分もしないうちに目的は達せられた。 アルカージー・ニコラエヴィチは、私がゴヴォルコフに自分の考えを説明するとき、手と指を盛んに使っていることに気づいた。 そこで彼は、それらをナプキンで縛れと命じた。 「何のために、そんなことを?」 私は腑に落ちなかった。 「背理法のためだ。君たちが、持っているものをしばしば大切にせず、『失ってから泣く』ということを、もっとよく理解するために。」 「目が魂の鏡なら、指先は身体の目だ」トルツォフは、私の手を縛らせながらそう言い添えた。 手と指という交流の手段を奪われた私は、話し方のイントネーションを強めた。 だがアルカージー・ニコラエヴィチは、熱を抑え、余計な声の上げ下げや色づけなしに、静かに話せと提案した。 代わりに私は、目、表情、眉の動き、首、頭、胴体の助けを必要とした。 それらが力を合わせて、私から奪われたものを補おうとした。 しかし彼らは、私の手、脚、胴体、首を椅子に括りつけた。私の自由になるのは、口と耳と表情と目だけになった。 ほどなく、顔全体まで布で縛られ、覆われた。 私は唸ってみたが、それも役に立たなかった。 この瞬間から外の世界は私にとって消え、私の手元に残ったのは、内なる視覚、内なる聴覚、想像力、そして『私の人間精神の生活』だけだった。 私はその状態に長いあいだ置かれた。 やがて、外からの声が私の耳に入り込んできた。まるで別世界からの声のように。 「奪った交流の器官のうち、どれか一つを返してほしいか? 選びなさい――どれだ?」 アルカージー・ニコラエヴィチが力の限り叫んだ。 私は身振りで答えようとした――「よし、考える!」という意味の動きで。 交流の器官として最も重要で必要なものを選ぶとき、私の内側では何が起きていたのか? まず、二人の候補が第一位をめぐって争った。視覚と、言葉(話すこと)だ。 伝統では、前者が感情の表現者で伝達者、後者が思考の表現者だ。 だとすれば、その協力者は誰なのか? その問いが私の中で、論争、喧嘩、反乱、混乱を引き起こした。 感情は叫んだ――発話装置は自分のものだ、と。重要なのは言葉そのものではなく、語り手が言う内容に対して持つ内的態度を表すイントネーションなのだから、と。 聴覚をめぐっても戦争が起きた。 感情は、聴覚こそ自分への最良の刺激だと言い張り、言葉は、聴覚は自分に必要な付属物で、これなしには誰に向かって話せばいいのか、と主張した。 それから表情と手をめぐっても言い争いが起きた。 それらは言葉には入れられない。言葉を話さないからだ。 では、どこに入れる? 胴体は? 脚は? . . 「くそったれ!」 私はすっかり混乱して腹を立てた。 「俳優は不具者じゃない! 全部返せ! 譲歩はなしだ!」 縄と覆いを外されると、私はトルツォフに自分の『反逆』のスローガン――「すべてか、ゼロか」――を言い放った。 彼は私を褒めて言った。 「ようやく、交流の各器官の意味を理解する俳優らしく話したな! 今日の実験が、それらを最後まで、正しく評価する助けになるように! 空っぽの俳優の目、動かない顔、こもった声、抑揚のない言葉、背骨と首が硬直した不格好な身体、木のような腕や手や指や脚——動きの流れも移ろいもない——そして恐ろしい歩き方や癖! そんなものは永遠に舞台から消え失せろ! 俳優は、自分の創造の装置に、ヴァイオリニストが大切なストラディヴァリウスやアマティの楽器に注ぐのと同じだけの注意を払うがいい。」 アルカージー・ニコラエヴィチは今晩上演で忙しいので、授業を予定より早く終えねばならなかった。 … … … … … … … 19..年 「これまでは、舞台における外的で、目に見える、身体的な交流の過程を扱ってきた。」と今日の授業でトルツォフは言った。 — だが別の、しかももっと重要な型がある。内的で目に見えない、心の交流だ。今日はそれについて話す。 これからの課題が難しいのは、私が、感じてはいるが分からないこと、実践でしか味わったことのないこと、理論的な公式も、出来合いの明晰な言葉も持たないことについて語らねばならないからだ。それは、ほのめかしで説明するほかなく、君たち自身に、これから言う感覚を実際に味わわせようと努めるしかない。 「彼は私の手を強くつかみ そして、それを腕いっぱいの長さまで離すと もう片方の手で、私の目を覆いながら 顔をじっと見つめた。 まるで、それを描こうとしているかのように―― それほど長く、彼は立っていた。 それから、かすかに 私の手を握り直すと、 三度、頭を振った――しかも、あまりに深く、 あまりに哀れげに、ため息をついたので、まるでその一息で身体が ばらばらに崩れ、 胸から命が飛び去ってしまうかのようだった。 ため息をつき終えると、 彼は私を離し、肩越しに 頭を反らした。まるで自分の行く道を、 目なしで見ているようだった――目の助けなしに、 彼は敷居へ出て、 最後まで、その目の光で私を照らしていた」。 この行々に、ハムレットがオフィーリアと無言で交流していることを感じないか? 生活の中で、あるいは舞台で、相互に交流しているとき、自分の中から出ていく意志の流れ——それが目や指先や皮膚の毛穴を通って流れ出すかのような感覚——を感じたことはないか? この見えない交流の道と手段を、どう呼べばいい? 光線放射と光線受容。 放射と入射? ほかに用語がないので、とりあえずこの語にしておこう。これから私が話す交流の過程を、比喩としてよく示してくれるからだ。 私たちがいま関心を寄せている見えない流れも、科学によって研究される時代が近い。そうなれば、もっとふさわしい用語が作られるだろう。 それまでは、私たちの俳優の隠語で作られた呼び名のままにしておこう。 では、自分自身の感覚を頼りに、この見えない交流の道の探究へ近づいてみよう。自分の中にそれを探し、見つけ、見分けていくのだ。 平静な状態では、いわゆる光線放射と光線受容は、ほとんど捉えられない。 だが強い『体験』、陶酔、感受の高まりの瞬間には、これらの放射と入射は、与える者にとっても受け取る者にとっても、よりはっきりし、より محسوس的=感じられるものになる。 君たちの中には、見せ物の上演でたまたまうまくいった瞬間に、それを捉えた者がいるかもしれない。たとえばマロレトコワが初めて「助けて!」と叫んで舞台へ飛び出したとき、あるいはナズヴァノフが「血だ、イアーゴ、血だ!」という独白を演じたときだ。 あるいは狂人のエチュードの最中に。あるいは生活そのものの中で――そこで私たちは、今言っている内的な流れを、刻々と自分の中で感じているのだから。 つい昨日、私は親類の家で、若い花嫁と花婿の間の場面を見た。 二人は喧嘩し、口をきかず、互いに離れて座っていた。 花嫁は、花婿に気づかないふりをしていた。 だがそれは、彼の注意をもっと強く自分に引き寄せるための芝居だった。 (人にはこういう手口もある――交流するために、あえて交流しない。) 一方の花婿は、悪さをした兎のような目で、動かず、哀願するように花嫁を見つめ、視線で彼女を貫いていた。 遠くから彼女の視線を捉え、それを通して、彼女の心の中で何が熟しているのかを感じ、理解しようとしていた。 彼は彼女に狙いを定めていた。 視線で、彼女の生きた魂を手探りしていた。 彼は、目という見えない触手で彼女の中へ入り込んでいた。 だが怒っている花嫁は、交流を避けた。 ついに彼は、ほんの一秒きらりと光った彼女の視線の一筋を捉えることができた。 だが哀れな青年はそれで明るくなるどころか、かえっていっそう陰鬱になった。 そこで彼は、まるで偶然のように、彼女の目をまっすぐ見やすい場所へ移った。 彼は、触れることで自分の感情を伝えられるよう、彼女の手を取りたかった。だがそれもできなかった。花嫁が断固として彼との交流を望まなかったからだ。 言葉はなく、個々の声や叫びもない。表情も、動きも、行為もない。 だが目はあった。視線があった。 これは、純粋な形での直接の交流だ——魂から魂へ、目から目へ。あるいは指先から、身体から。目に見える身体的行為なしに。 この見えない過程の性質を科学者が説明してくれればいい。私はただ、自分の中でそれをどう感じているか、そしてその感覚を自分の芸術のためにどう用いているかについてしか語れない。 残念ながら、また授業は中断された。アルカージー・ニコラエヴィチが急ぎ劇場へ呼び出されたのだ。 … … … … … … … 19..年 「交流している最中に、光線放射と光線受容という見えない流れを自分の中に探し、個人的経験によってそれを知ろう」アルカージー・ニコラエヴィチはそう提案した。 私たちは二人ずつに座らされ、しかも私はまたゴヴォルコフと組になった。 私たちはいきなり、何の意味も理由もなく、外的に、身体的に、機械的に入射したり放射したりし始めた。 トルツォフはすぐ私たちを止めた。 「ほら、もう強制が始まっている。光線放射と光線受容という繊細で神経質な過程では、とりわけ恐れるべきものだ。 筋肉に緊張があるかぎり、入射も放射もあり得ない。 ほらドゥムコワとウムノーヴィフも、目で互いに潜り込み、相手に近づきすぎている。見えない入射や放射ではなく、まるでキスのためのようだ。 緊張がどこに出ようと、まずそれを消すことから始めなさい。 後ろへもたれろ!」 アルカージー・ニコラエヴィチは号令した。 「もっと! もっと! もっと、もっとだ! できるだけ楽に、自由に座れ! 足りない! まだ足りない! 本当に休めるくらいに。 さあ、互いを見なさい。 それで『見る』と言えるのか? 緊張で目が眼窩から飛び出しそうだ。 もっと、もっと弱く! 瞳に緊張を入れるな!」 「君は何を入射している?」 アルカージー・ニコラエヴィチはゴヴォルコフに向かった。 「ええ、ほら、芸術についての僕らの口論を続けたいんです。」 「目で思考や言葉を放射するつもりか? それはできないぞ」アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「思考は声と言葉で伝えなさい。目は、言葉では伝えきれないものを補う助けにさせればいい。 口論の中で、交流のたびに生じる光線放射と光線受容の過程を、君たちは感じるかもしれない。」 私たちは口論を再開した。 「今、間(ま)で、君に光線放射が感じられた」 トルツォフは私を指さした。 「そして君は、ゴヴォルコフ――光線受容の準備だ。 あの待ち構えた沈黙の間(ま)に、何が起きていたか思い出しなさい。」 「外れました!」 と私は説明した。 「僕の考えを裏づけるために出した例が相手を納得させなかった。だから次の例を用意して、狙いを定めていたんです。」 「それと、ヴューンツォフ」トルツォフは突然彼のほうへ急いだ。「マロレトコワの最後の視線を感じたか? あれは真の放射だった。」 「それがまた!」 ! ! 「ほらな! 一週間も前から、俺はあんな『放射』を、まるごと浴びてるんだ、 もうたまらない! 本当だ!」 ヴューンツォフは愚痴った。 「君はいま、聞くだけでなく、話している対象が何で生きているかを、自分の中へ取り込もうとしている。」トルツォフは私に向かった。 「言葉による意識的な口論、知的な思考交換とは別に、同時にもう一つの過程――互いに手探りし合い、目に流れを吸い込み、目からそれを投げ出す過程――が君の中で起きているのを感じるか? 入射と放射を通したこの見えない交流が、海中の潮の流れのように、言葉の下でも沈黙の中でも途切れず動き、対象どうしの間に見えない結びつきを作る。そこから内的な結びつきが生まれるのだ。 以前の授業で私は言ったな。見て、見抜いても、何も受け取らず、何も与えないことができる、と。 だが、見て見抜き、受け取り、そして光線――交流の流れ――を与えることもできる。 では今度は、君の中に光線放射を呼び起こす新しい試みをしよう。」 「君は私と交流する」アルカージー・ニコラエヴィチはそう決め、ゴヴォルコフの席に座った。 — 楽に構えなさい。神経質になるな。急ぐな。自分を無理に追い込むな。 誰かに何かを渡す前に、まず自分が、渡したいものを備えねばならない。 自分にないものは渡せない。 内的交流のための何かの材料を用意しなさい。」アルカージー・ニコラエヴィチは私たちに言った。 「ついこの間まで、私たちの仕事とサイコテクニックは君たちには複雑に見えた。だが今は、それを冗談のようにやっている。 光線放射と光線受容も同じになる」私たちが準備している間、アルカージー・ニコラエヴィチはそう考えを述べた。 「言葉なしで、目だけで、君の感情を私に渡しなさい」アルカージー・ニコラエヴィチは私に命じた。 「目だけでは、僕の感覚の細部までは伝えられません。」 「仕方ない。細部は失われてもいい。 では、何が残る?」 私は腑に落ちなかった。 「好意と敬意の感情だ。 それなら黙って伝えられる。 だが、言葉なしに、私が彼を、賢く、有能で、勤勉で、高貴だから愛しているのだ、と相手に理解させることはできない。」 「私は何を君に渡そうとしている?」 私はアルカージー・ニコラエヴィチを目で見つめた。 「知らないし、知ろうとも思わない」トルツォフが答えた。 「なぜです?」 私は驚いた。 「君が目を剥いているからだ」とアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「君が『体験』している感受の全体の調子を私が感じるには、君自身がその内的本質で生きていなければならない。 ――では今は? 君は、私が何で交流しているか分かったか?」 「僕が感じているものを、これ以上はっきり伝えることはできません」と私は言った。 「あなたは僕を何かで軽蔑している。でもそれが何かは、言葉なしには分からない。 でも問題はそこじゃない。 大事なのは、君が、自分の中から出ていく意志の流れの感覚を感じたか、感じなかったかだ。」 とトルツォフは問うた。 「たぶん……目の中です」私は答え、感じたように思えた感覚をもう一度確かめ始めた。 「いや、君はいま、流れを自分から押し出すことだけを考えていた。 筋肉に力を入れていた。 顎と首が突き出て、目は眼窩から飛び出しそうで……。 私が君に求めているものは、もっと簡単に、もっと容易に、もっと自然に伝わる。 相手を自分の欲求の光線で『浴びせる』のに、筋肉仕事は要らない。 私たちから出ていく流れの身体感覚は、ほとんど捉えられないほどかすかだ。だが君がいま味わっている緊張では、心臓が破裂しかねない。」 「つまり、僕はあなたを分かっていない!」 私は我慢が切れかけた。 「休みなさい。その間に私は、私たちが探している感覚――生活の中で君もよく知っている感覚――を思い出させようと努める。 私の弟子の一人はそれを『花から立ちのぼる香り』にたとえ、別の一人は『自分から輝きを放つダイヤモンドは、同じような光線放射の感覚を持つはずだ』と付け加えた。 花が香りを放つ感覚、あるいはダイヤモンドが自分から光線を投げ返す感覚を、君は想像できるか? 私がこの「外へ出ていく意志の流れ」の感覚を思い出したのは——とトルツォフは続けた——暗闇で、魔法の幻灯機がスクリーンにまばゆい光の奔流を注ぎ込むのを見ていたとき、そして熱い空気を噴き上げる火山の火口の縁に立っていたときだった。 その瞬間、私は地の底から噴き出す大地の強大な内熱を感じ、強烈な交流の瞬間に私たちから出ていく心の流れの感覚を思い出した。 これらの比喩は、私たちが探している感覚へ君を導かないか?」 「いいえ。それらの例は僕の感情には何も語りません」私は頑固に言った。 「では別の端から君に近づいてみよう」アルカージー・ニコラエヴィチは並外れた忍耐で私に言った。 「私の話を聞きなさい。 私がコンサートに座っていて音楽がちっとも作用しないときは、退屈しのぎに遊びを考え出す。 たとえば客の中から誰か一人を定めて、その人を視線で催眠し始める。 相手が美しい女性の顔なら、私は彼女へ自分の歓喜を伝えようとする。相手の顔が不快なら、自分の嫌悪を伝える。 そのとき私は、選んだ獲物と交流し、自分から出ていく流れの光線を相手に浴びせる。 この遊びは君にも馴染みがあるかもしれないが、そのとき私は、いま私たちが探しているまさにその身体感覚を味わうのだ。」 「人を催眠するときも、その感覚を味わうんですか?」 シュストフが尋ねた。 「もちろんだ。君が催眠をやるなら、私たちが探しているものをよく知っているはずだ!」 アルカージー・ニコラエヴィチは喜んだ。 「それなら、ただの、私たちによく馴染んだ感覚じゃないですか!」 私も嬉しくなった。 — 私がそれを「とびきり珍しい」とでも言ったか? トルツォフは驚いた。 「でも僕は、自分の中に――特別なものを探していました。」 「いつもそうなるのだ」とトルツォフは言った。「創造の話をし始めると、皆がたちまち力み、竹馬に乗る。」 「では早く、実験を繰り返しなさい!」 アルカージー・ニコラエヴィチが命じた。 「僕はいま、何を放射している?」 私は尋ねた。 「また軽蔑だ。 ――では今は? 今は君は、私をかわいがりたい。 ――では今は? それも優しい感情だが、皮肉が混じっている。」 「ほとんど当たっている!」 私は、彼が言い当てることに喜んだ。 「私たちが言っている『出ていく流れ』の感覚が何か分かったか?」 「……たぶん」と私はおずおず言った。 「この過程を、私たちの隠語では光線放射と呼ぶ。 呼び名そのものが感覚を見事に定めている。 「実際、私たちの内なる感情や欲求が光線を放ち、それが目や身体を通ってにじみ出て、その流れで他人を浴びせる——まるでそんなふうだろう?」とアルカージー・ニコラエヴィチは生き生きと説明した。 — 光線受容はその逆の過程だ。つまり、他人の感情や感覚を自分の中に取り込むことだ。 この呼び名もまた、いま話している過程そのものを定めている。 味わってみなさい。」 そこで私たちは、アルカージー・ニコラエヴィチと役割を入れ替えた。彼が自分の感情を放射し、私はそれをかなりうまく言い当てた。 「光線受容の感覚を、言葉で定めてみなさい」実験の終わりにアルカージー・ニコラエヴィチが私に言った。 「あなたが話していたあの弟子のように、例で定めましょう」と私は提案した。「鉄を引き寄せる磁石は、同じような光線受容の感覚を味わうはずです。」 「分かる」トルツォフはそれを認めた。 だが剣術の教室が待っていたので、興味深い授業は中断せざるを得なかった。 … … … … … … … 19..年 アルカージー・ニコラエヴィチは、中断されていた説明を続けた。 「言葉による交流でも無言の交流でも、俳優どうしの間に生まれる内的なつながりを、君は感じただろう」と彼は言った。 「たぶん、感じました」と私は言った。 — それが内的な結びつきだった。 それは偶然の、ばらばらな瞬間から生まれた。 だが、論理的に一貫してつながった長い一連の体験と感受を用いれば、その結びつきは強まり、育ち、ついには私たちが「噛みつき」と呼ぶほどの交流の力にまで成長しうる。そのとき、光線放射と光線受容の働きは、いっそう強く、鋭く、そして感じ取りやすくなる。 「噛みつきって何です?」 弟子たちは興味を示した。 「犬――たとえばブルドッグ――が歯で見せる、あれと同じだ」トルツォフは説明した。 「舞台の上でも、私たちには噛みつきが要る。目で、耳で、五感のあらゆる器官で。 聞くなら、聞いて、聞き取る。 嗅ぐなら、嗅ぐ。 見るなら、見て、見抜くのだ。対象を、引っかけもせず、ただ視線で舐めるように滑らせるのではなく。 いわば歯で、対象に食いつくのだ。 だがもちろん、過度に力むという意味ではない。 ――『オセロ』で、私にはそんな噛みつきの瞬間が一つでもあったか?」 私は自分の感覚を点検した。 「あった――一つ二つは。 だがそれでは少なすぎる。 オセロの役は、最初から最後まで噛みつきだ。 しかも、別の戯曲ならただの噛みつきで足りるところが、シェイクスピアの悲劇には死の噛みつきが要る。 君にはそれがなかった。 生活では、いつでも途切れない噛みつきが必要なわけではない。だが舞台では、とりわけ悲劇では、それが必要だ。 実際、 生活はどう流れる? その大半は、小さな日常の用事の中で過ぎていく。 起き、寝て、さまざまな義務を果たす。 そこには噛みつきは要らず、機械的に行われる。 だがそういう瞬間は、舞台のためのものではない。 別の生活の断片がある。日常へ、恐怖の瞬間、最高の喜びの瞬間、情念の高まり、その他の重要な『体験』の瞬間――あるいは一続きの期間――が乱入してくるときだ。 それは自由のため、理念のため、生存のため、権利のための闘争を呼び起こす。 私たちが舞台に要るのは、そうした瞬間だ。 そしてそれこそが、それを具現化するための内的な噛みつきと外的な噛みつきの、両方を要求する。」 つまり、現実の生活からは、噛みつきを要しない九五パーセントを捨て、噛みつきが必要な五パーセントだけを舞台へ持ってくる価値がある。 だから生活では噛みつきなしでも生きられるが、舞台ではほとんど途切れなく、常に、崇高な創造のあらゆる瞬間に噛みつきが要るのだ。 そして忘れるな。噛みつきとは決して過度の身体的緊張ではなく、大きく能動的な内的行為だ。 さらに、俳優の公の仕事の条件は非常に過酷で、それと絶えず精力的に闘い続けることを要求される、ということも忘れてはならない。 実際、生活には、舞台口の黒い穴も、千人の観客の群衆も、まぶしく照らされたフットライトも、成功しなければならないという必要も、何が何でも見ている者に好かれねばならないという必要もない。 これらの条件は、普通の人間にとっては不自然だと認めざるを得ない。 それに打ち勝つか、あるいはそれに気づかないでいられるようにならねばならない。そして舞台の上で作られる興味深い創造的課題によって、それらから注意をそらさねばならない。 その課題が人間の注意と創造力のすべてを引きつけるようにしなさい。つまり噛みつきを作り出すのだ。 このことを考えると、ある話を思い出す。ある 猿の調教師が、必要な獣を求めてアフリカへ出かけた。 そこには、選べるように何百もの個体が用意されていた。 では、その中から訓練に最もふさわしい生きた材料を見つけるために、彼は何をしたか? 調教師は猿を一匹ずつ取り上げ、何かの物で興味を引こうとした。目の前で鮮やかな布を振るか、光ったり音が出たりして猿を楽しませる小物を見せるかした。 獣がその物に興味を持つと、調教師は別の物――紙巻き煙草や木の実――で猿の注意をそらそうとした。 それに成功して、猿が色布から新しいおとりへ容易に注意を移すなら、その個体は不合格にした。だが逆に、新しい対象に一瞬気を取られても注意がしつこく元の物、つまり布へ戻り、猿がそれを探し、ポケットから取り出そうとするのを見ると、調教師の選択は決まり、その注意深い猿を買った。猿に結束、つまり噛みつきがあることが分かったからだ、という理由で。 私たちも同じように、弟子たちの舞台上の注意と交流を、噛みつきの強さと持続で判断する。 だからそれを自分の中に作り出しなさい。 しばらくしてアルカージー・ニコラエヴィチは説明を続けた。 「私は、科学的かどうかは保証しないが、ある本で読んだことがある。殺された人の目に、殺人者の顔が写りつくことがあるらしい。 もしそれが本当なら、入射という過程の力がどれほどか、君たちも判断できるだろう。 もし何かの装置で、創造が高揚する瞬間に舞台と客席のあいだでやり取りされる入射と放射の過程を目で見ることができたなら、私たちは驚くだろう。俳優である私たちが客席へ送る流れと、パルテールに座る千の生きた有機体から受け取って戻ってくる流れ——その圧力に、私たちの神経がよく耐えられるものだ、と。 私たちのボリショイ劇場のような巨大な空間を、自分の放射で満たすなど、どうして可能なのか! 理解しがたい! 哀れな俳優よ! 客席を支配するには、自分自身の感情や意志の見えない流れで満たさねばならないのだ……。」 なぜ広い場所では演じにくいのか? 声を張り、行為を強めなければならないからではまったくない。 違う! そんなものはどうでもいい。 舞台の言葉を支配できる者にとって、それは恐ろしくない。 難しいのは放射だ。 私は、今日学校から家へ帰る途中、出会った人々に、変な人間だと思われたに違いない。 というのも私は歩きながらずっと、入射と放射の練習をしていたからだ。 道で出会った生きた人間を相手に実験する勇気はなく、無生物に限った。 練習の主な対象になったのは、大きな毛皮屋のショーウィンドウに並ぶ、いろいろな獣の剥製だった。 そこはまるで動物園で、巨大な熊が前脚に盆を持ち、狐、狼、リスもいた。 私は彼ら全員と親密な仲になったつもりで、毛皮の下を通して彼らの想像上の魂に入り込み、そこから何かを吸い出して自分の中へ入射しようとした。 私は剥製から空っぽのものを引き出そうとして懸命になりすぎ、首も頭も胴体も反らしてしまった。そのせいで後ろに立つ見物人たちを押しのける羽目になったが、すぐに、アルカージー・ニコラエヴィチが『あまり頑張りすぎるな』と言ったのを思い出した。 それから私は調教師のように獣たちを視線で催眠し、自分に言い聞かせた。もしあの熊が後脚で立ち上がって私に襲いかかってきたら、私は目と口を通して意志を入射し、獣を止められるだろうか? 放射するとき私は対象へ身を寄せすぎて、巨大な窓の汚れたガラスに鼻をぶつけた。 私は対象に与えすぎようとして、船酔いの始まりに似た感覚を覚えた。 そしてその状態のときのように、目もまた眼窩から飛び出しそうになった。 「違う! ――と私は自分を批判した。 ――こんな重労働は、入射と放射というより、『吐き出し』と『吐き込み』と呼ぶほうがいい」。 「もっと楽に! もっと楽に! ――とトルツォフも言っている。 ――なぜそんなに力むんだ!」 だが入射と放射を弱めてみると、何かが自分から出ていく、あるいは逆に入ってくるという身体感覚は、すべて消えてしまった。 だが私はすぐ実験をやめざるを得なかった。見物人が集まってしまったからだ。 店の中では五人ほど――おそらく店員と客だろう――が私を見て笑っていた。 たぶん、私の実験が目に留まり、面白がられたのだ。 それでも私は、別の店でも同じ実験を繰り返した。 今度の対象はトルストイの胸像だった。 ゴーゴリの記念像の前では腰を下ろし、そこで自分の噛みつきを試してみた。 青銅の像に目で食いつき、視線でそれを引き寄せて、椅子から立ち上がらせたいと思った。 だが、目を無理に見開きすぎて、すぐに目が痛くなった。 しかも、いちばん肝心な瞬間に、通りがかりの知り合いと目が合ってしまった。 「具合が悪いのか?」 と彼は気遣わしげに尋ねた。 「ええ、ひどい片頭痛です」私は、髪の生え際まで真っ赤になり、どう切り抜けるべきか分からないまま言った。 「こんな緊張は、決して許してはならない!」 私は心の中でそう決めた。 … … … … … … … 19..年 今日の授業でアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 — 光線放射と光線受容の過程が舞台の交流でそれほど重要な役割を果たすのなら、一つ疑問が生じる。技術としてそれを身につけることはできないのか? 自分の意志で、それを自分の中に呼び起こせないか? この領域にも、何かの手段――私たちの中で光線放射と光線受容という見えない過程を刺激し、それを通して『体験』そのものを強めるおとり――はないのか? 内から外へ行けないなら、外から内へ行く。 この場合、私たちは身体と魂の有機的な結びつきを利用する。 その結びつきの力はあまりに大きく、ほとんど死者をも蘇らせる。 実際、脈もなく生命の徴もない溺死者には、科学が定めた一定の姿勢を取らせ、強制的に動かして、呼吸器官が機械的に空気を吸い込み吐き出すようにさせる。 それで血行が起こり、それに続いて身体の各部の通常の働きも戻る。 そしてそれと切り離せない結びつきによって、ほとんど死にかけた溺死者の『人間精神の生活』そのものも息を吹き返す。 舞台で光線放射と光線受容を人工的に刺激するときも、同じ原理を用いる。内的交流がひとりでに喚起されないなら、外から近づくのだ」トルツォフはさらに説明した。 「この外からの助けがおとりになる。まず入射と放射の過程を刺激し、それから『体験』そのものを刺激する。 幸い、すぐに分かるとおり、新しいおとりは技術的に鍛え上げられる。 今から、その使い方を見せよう。 まずアルカージー・ニコラエヴィチが私の向かいに座り、課題と、それを正当化する虚構を考えさせ、それまでに得たものすべてで交流させた。 そのため私は、言葉、表情、身振り――交流に役立つものは何でも――を使うことを許された。 その際アルカージー・ニコラエヴィチは、入射と放射の、出ていく流れと入ってくる流れの身体感覚に耳を澄ませるよう求めた。 準備作業は長く続いた。トルツォフが私に求めるものを私は捉えられなかったからだ。 だがそれができると、交流が整った。 アルカージー・ニコラエヴィチは、言葉と行為で強く交流させ、その間も身体的な感覚に耳を澄ませるよう私に求めた。 その後、彼は私から言葉と行為を奪い、放射だけで交流を続けるよう命じた。 しかし、身体的な放射と入射を、それ自体として、それだけで成り立つように整えるまでにも、かなり手間がかかった。 それが整うと、アルカージー・ニコラエヴィチは、私がどう感じたかを尋ねた。 「空っぽの貯水池から空気だけを汲み上げるポンプみたいでした」と私は茶化した。 「出ていく流れの感覚は、主に瞳から、そしてたぶん、あなたのほうへ向いていた身体の部分からもありました」と私は説明した。 「では、力の尽きるまで、私に向かって身体的に、機械的に放射し続けなさい」彼は命じた。 だが長くは続かず、私はすぐに、その『無意味な作業』――私がそう名づけたもの――を投げ出した。 「君はそれに意味を与えたくはならなかったか?」 アルカージー・ニコラエヴィチは尋ねた。 「内なる感情が助けに来ようとはしなかったか? 情緒記憶が、身体的放射の流れを利用するために、何か偶然の『体験』を君に押し込もうとはしなかったか?」 トルツォフは追及した。 「もし何が何でも、機械的に身体的放射を続けろと言われたら、私の行為に意味を与える何かの助けなしには、やりきるのが難しいでしょう。 言い換えれば、外へ放射する、あるいは内へ入射するための材料が要る。 でも、それをどこから取るんです?」 私は腑に落ちなかった。 「では、今君が感じているもの――つまり当惑や無力感――を、せめて私に伝えてみなさい。あるいは別の感情を自分の中に探しなさい」トルツォフは助言した。 私はそのとおりにした。 無意味な身体的放射を続けるのが耐えがたくなると、私はトルツォフに不満と苛立ちを伝えようとした。 「もう放っておけ! 何がそんなにしつこいんだ! なぜ僕を苦しめる!」 まるで私の目がそう言っているようだった。 「どう感じた?」 トルツォフがまた尋ねた。 「空気の代わりに投げ出すものとして水の入った桶を当てがわれたポンプみたいでした」私はまた茶化した。 「つまり、君の無意味な身体的放射は、意味のある合目的的なものになったわけだ」アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 同じ練習を繰り返したあと、彼は光線受容についても同じことをさせた。 それも同じ過程だが、方向が逆なだけだ。 だから私はそれを詳しくは述べない。私の試みで生じた新しい点を一つだけ記しておく。 つまり、入射する前に、私は目の見えない触手でトルツォフの魂を手探りし、そこから自分の中へ入射できるものを見つけねばならなかったのだ。 そのために、アルカージー・ニコラエヴィチがそのとき『体験』していた状態を注意深く見つめ、いわばその中に身を入れて感じ取り、それから彼との結びつきを作ろうと努めねばならなかった。 「見てのとおり、舞台で光線放射と光線受容を、自己のうちに自然に、直観的に生まれる(生活ではそうなる)場合を別にして、技術的手段で呼び起こすのは、そう簡単ではない。」アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 — だが君たちを慰められることもある。舞台で役を演じているときには、この過程は練習や授業のときよりずっと容易に起こる。 その理由はこうだ。今は、入射と放射の過程を支えるために、何かの偶然の感情を急いで探さねばならなかった。だが舞台では同じ過程が、もっと易しく、もっと単純に起こる。 公の上演の時点では、『与えられた状況』はすでにすべて明らかになり、課題もすでに見つかっていて、感情は役のために熟し、表に出て噴き出す機会を待っているだけになる。 ほんの小さなきっかけを与えれば、役のために用意された感情は、途切れない流れとなってひとりでにあふれ出す。 グッタペルカの管で水槽の水を抜くときは、最初に一度だけ空気を吸い込めば、あとは水が勝手に流れる。 放射の過程も同じだ。きっかけを与え、放射の出口を開けば、感情は内側からひとりでに流れ出す。 ――では、どんな練習で光線放射と光線受容の過程を鍛えるのですか?」 弟子たちは尋ねた。 「それは、いま君たちがやった二つの練習で鍛えられる。 第一の練習は、おとりを使って何らかの情動(感情)を自分の中に呼び起こし、それを相手へ伝えることだ。 その際、自分の身体感覚に耳を澄ませなさい。 同じやり方で、他者と交流している瞬間に自然に生じる光線受容の感覚にも、自分を慣らし、気づくようにしなさい。 第二の練習。情緒的な『体験』なしに、光線放射または光線受容の身体感覚だけを、自分の中に呼び起こそうとしてみなさい。 この作業には大きな注意が必要だ。 でないと、単なる筋肉の緊張を、入射と放射の感覚だと取り違える。 身体的過程が整ったら、内側から、放射する(あるいは入射する)ための何らかの感情をそこへ当てがいなさい。 だが繰り返す。強制と身体的ないきみを恐れなさい。 放射と入射は、必ず軽く、自由に、自然に行われる。身体的エネルギーの消費は一切なしに。 ついでに言えば、この新しいやり方は注意を対象へ向けてそれを強める助けにもなる。安定した対象がなければ光線を放射することはできないからだ。 ただし、これらの練習を一人で、自分だけで、あるいは想像上の人物と行ってはならない。 交流は、生きた対象とだけ行いなさい。現実に存在し、君のそばにจริงに立ち、君の感情を受け取りたいと望んでいる対象とだけだ。 交流には相互性が要る。 また、イワン・プラトーノヴィチなしに一人で練習してもいけない。 単なる筋肉のいきみを入射と放射の感覚と取り違えて脱臼しないように、経験ある目が必要だ。」 それは危険だ。どんな脱臼でもそうであるように。 「ああ、なんて難しいんだ!」 私は叫んだ。 「私たちの本性にとって正常で自然なことをするのが難しい?」 アルカージー・ニコラエヴィチは驚いた。 「君は間違っている。 正常なものは容易に達成される。 もっと難しいのは、自分の本性を脱臼させることに自分を慣らすことだ。 だから本性の法則を知り、それに自然なことを求めなさい。 予言しておこう。時が来れば、君たちは相手役と舞台に立っていて、内的交流の流れ、結束、あるいは噛みつきで彼らと結ばれずにいることができなくなる――いまは難しく見えているそれが。 筋肉を緩めることも、注意も、『与えられた状況』も、ほかのことも、君たちには難しく見えた。だが今では必要になった。 だから満足しなさい。君たちは交流を喚起するための、新しく、しかも非常に重要なおとり――光線放射と光線受容――によって、自分の技術を豊かにしたのだ。」 XI. 適応とその他の要素・性質・能力・才能 俳優の能力と才能 … … … … … 19..年 教室に入ると、アルカージー・ニコラエヴィチはラフマーノフが掛けたプラカード――「適応」――を読み上げ、新しい段階を祝うと告げ、ヴューンツォフを呼び出して次の課題を与えた。 「君は町へ、知人のところへ行かねばならない。そこでとても楽しい時間を過ごせると期待している。 列車は二時に出る。いまはもう一時だ。 どうやって学校を早退する? 難しさは、私だけでなく、仲間の全員も騙さねばならないことだ。 どうする?」 「悲しそうに、物思いに沈んで、打ちのめされて、病気のふりをするんです」と私は勧めた。 「みんなが『どうした?』と聞くようにして、 何か信じがたい話をする。でも全員が信じるように。 そうすれば、いやでも病人を帰さねばならなくなる。」 「ほら! それは分かる! すごく分かるぞ!」 ヴューンツォフはたちまち生気づき、嬉しさのあまり、筆では書ききれないようなアントルシャを脚で跳ね始めた。 だが……三回目か四回目の跳躍で足を踏み外し、痛みで叫び、片脚を上げたまま、その場で固まり、顔を歪めた。 私たちは最初の一瞬、彼が私たちを騙していて、それが芝居なのだと思った。 だが彼は本当に苦しんでいた。私は信じて立ち上がり、哀れな男を助けようとしたが……疑いが差した。 他の者たちも舞台へ駆け寄った。 ヴューンツォフは脚に触れさせまいとし、そこに体重をかけてみたが、痛みで叫んだ。その声を聞いて私とアルカージー・ニコラエヴィチは顔を見合わせ、目で問い合った——舞台で起きているのは本当なのか、それとも手の込んだ芝居なのか? ヴューンツォフは、あらゆる用心をしながら出口へ連れて行かれた。 両側から腕を支えられ、彼は健康な脚だけで歩を運んだ。 行列は静かに、厳かに、黙々と進んだ。 ところが突然、ヴューンツォフがカマリンスカヤを踊り出し、朗らかな笑い声を立てて笑い転げた。 「ほら! . …すごく『体験』した! すごい! . . 「天才だ!」 「寸分たがわない!」 「到底見分けがつかない!」 ――と彼は笑い転げながら、断片的に叫んだ。 ご褒美にヴューンツォフは喝采を受け、私は改めて彼の才能を感じた。 「君たちは、彼の何に拍手したか分かるか?」 アルカージー・ニコラエヴィチはそう尋ね、すぐに答えた。「彼が良い『適応』を見つけ、それをうまく果たしたからだ。 これから私たちは『適応』という言葉で、交流の際に人が相手に合わせ、対象への働きかけを助けるための内的・外的な工夫の一切を呼ぶことにする。 ゴヴォルコフがしつこく問い詰めた。 弟子たちは聞き返した。 「今ヴューンツォフがやったことだ。授業を早退するために、工夫で相手に合わせたのだ」とトルツォフは説明した。 「僕らをからかっただけじゃないですか!」 誰かが反論した。 「その『からかい』なしに、君たちは信じただろうか?」 アルカージー・ニコラエヴィチが尋ねた。 — 目的を達して学校から逃げ出すには、策略が必要だった。 ヴューンツォフがそれに踏み切り、欺いたのは、逃げるのを妨げていた条件や『与えられた状況』に合わせたからだ。 「じゃあ、適応ってのは騙しなんですか?」 とゴヴォルコフはしつこく問い詰めた。 「場合によっては適応は騙しだ。別の場合には、適応は内的な感受や思考の分かりやすい表現になる。あるいは、交流したい相手の注意をこちらへ引き寄せ、親しみを持たせる助けにもなる。あるいは、言葉で言い切れない、見えず、ただ感じられるものを相手へ伝えることもある――などなどだ。 見てのとおり、適応の可能性と機能は多様で、数も多い。 たとえばこうだ。ナズヴァノフ、君が重要な地位にいて、私が陳情者だとしよう。 私は君の助けが要る。 だが君は私をまったく知らない。 だから目的を果たすには、私は大勢の陳情者の中で、何とかして目立たねばならない。 だが、どうやって君の注意を釘づけにし、支配する? 芽生えたばかりの結びつきと交流を、どうやって強める? どうすれば、相手を(こちらにとって)好都合な方向へ動かせるのか? 君の知性に、感情に、注意に、想像力に、どんな手段で働きかける? どうすれば有力者の魂を動かせる? もし彼が内なる眼で、私の惨めな生活の条件を見、想像の中に、恐ろしい現実に少しでも近い光景を作り出したなら、彼は私に関心を持ち、私との相互交流へ心を開くだろう。 そうなれば私は救われる! だが他人の魂に入り込み、その生活を感じ取らせるには、適応が要る。 私たちはそれによって、自分の内的な感情と全体状態を、できるだけはっきり浮き彫りにしようとする。 だが別の場合には、同じ適応で、自分の感情も全体状態も隠し、仮面をかぶせる。 自尊心が強く誇り高い人は、屈辱を隠すために愛想よくしようとする。 取り調べの捜査官は、工夫で、取り調べられる犯人への本当の態度を巧みに覆い隠す。 適応は、あらゆる交流の重要な手段の一つだ。ひとりの交流(自己交流)でさえそうで、自分自身や自分の心の状態にも、自分を納得させるための適応が必要になる。 課題と伝える感情が複雑であればあるほど、適応そのものも、より色彩豊かで繊細でなければならず、機能も種類もいっそう多様になる。 「失礼ですが」とゴヴォルコフは言い争った。「そんなものは言葉があるじゃないですか。 言葉が、感受の細部をすべて余すところなく伝えると思うのか? 違う。交流には言葉だけでは足りない。言葉はあまりに形式的で、死んでいる。 それを生かすには感情が要り、その感情を開き、交流の対象へ渡すには適応が必要だ。 適応が言葉を補い、言い切れないものを言い足す。 「じゃあ、適応が多いほど、交流は強く、充実するんですか?」 誰かが尋ねた。 「問題は数ではない。適応の質だ。 ――では舞台には、どんな質が要るんです?」 私は理解したかった。 「それは多様だ。 俳優にはそれぞれ、独自で、その人だけに固有の適応がある。出自も価値も実にさまざまだ。 そして生活そのものも同じだ。 男、女、老人、子ども、偉そうな者、控えめな者、怒りっぽい者、優しい者、短気な者、落ち着いた者……それぞれが、自分特有の適応のあり方を持っている。 生活の条件、環境、行為の場所、時間が変われば、そのつど適応もそれに応じて変化する。夜、皆が眠っているときの合わせ方は、昼の、明るい中で人がいるときの合わせ方とは違う。 異国へ行けば、現地の条件に合う適応を探す。 どんな『体験』された感情も、それを伝えるときには、捉えがたい固有の特色を、適応の中に要求する。 相互交流、集団交流、想像上の対象との交流、不在の対象との交流……など、あらゆる交流の型もまた、適応にそれぞれの特色を要求する。 人は五感の器官を通して、見える道と見えない道、つまり、目、表情、声、手や指の動き、身体、さらには光線放射と光線受容を通して交流する。 そのため、どの場合にも、それに応じた適応が必要になる。 ある俳優はドラマ的な『体験』の領域では見事な適応を持っているのに、喜劇ではそれをまったく欠いている。あるいは逆に、喜劇では良くてもドラマでは駄目だ。 しばしば、あらゆる人間の感情の領域で見事な『体験』を持ち、同時に非常に良く正確な適応を備えた俳優もいる。 だがそういう俳優でも、演出家や見る者が近くに座る親密な稽古でこそ、より強い印象を与えることが多い。 より強い明瞭さを要する舞台へ出ると、同じ適応が薄れ、フットライトの向こうへ飛び越えない。飛び越えたとしても、十分に鮮やかで舞台的な形にはならない。 また、鮮やかだが数の少ない適応しか持たない俳優もいる。 単調であるために、それらはすぐ力も鋭さも失い、鈍ってしまう。 一方で、運命に恵まれず、出来の悪い、単調で、冴えない――ただし正確ではある――適応しか持たない俳優も少なくない。 そういう者が舞台人の第一列に立つことはない。 … … … … … … … 19..年 アルカージー・ニコラエヴィチは、前の授業で終えられなかった説明を続けた。 「生活で人に無限の適応が必要なら、舞台で俳優に必要なのは、さらにいっそうだ。舞台では私たちは絶えず交流している。だから絶えず適応している。 その際、大きな役割を果たすのは適応そのものの質だ。鮮やかさ、色彩、大胆さ、繊細さ、水彩のような柔らかさ、優雅さ、趣味の良さ。 たとえば前の授業でのヴューンツォフの適応は、大胆と言えるほど鮮やかだった。 だが、別のあり方もある。 ヴェリャミノワ、ゴヴォルコフ、ヴェセロフスキー、舞台へ行きなさい。エチュード『金を燃やす』をやってみせろ」アルカージー・ニコラエヴィチは命じた。 ヴェリャミノワはだるそうに椅子から腰を上げ、退屈そうな顔で立ったまま、相手役たちも自分にならって立つのを待っていた。 だが二人は座ったままだった。 気まずい沈黙が訪れた。 この煩わしさに耐えきれず、ヴェリャミノワが口を開いた。 言葉を和らげるために、彼女は女らしい媚態を使った。経験上、それが男に効くと知っていたからだ。 彼女は視線を落とし、自分の状態を隠そうとして、劇場の椅子の番号札を熱心にこじっていた。 頬に広がる紅潮を隠そうとして、ヴェリャミノワはハンカチを顔に当てた。 間(ま)はいつまでも続いた。 その間を埋め、この気まずい状況を和らげ、食い違いに冗談めいた色をつけるために、ヴェリャミノワは無理に笑いを絞り出したが、それは楽しげには響かなかった。 「退屈なの! 本当に、すごく退屈なのよ! 」とその美人は言い張った。 「ただ、どう言えばいいのか分からないの。 でもお願い、新しいエチュードをちょうだい……そうしたら私たち、あんなふうに……こんなふうに……もう……すごいのよ! 「ブラボー! よくやった! 見事だ!」 「もう『金を燃やす』のエチュードはいらないわ!」 「なくても、君は必要なものを全部見せてくれた」アルカージー・ニコラエヴィチはそう判断した。 「彼女はいったい何を見せたんです?」 私たちは尋ねた。 「こういうことだ。ヴューンツォフが大胆で鮮やかな外的適応を示したとすれば、ヴェリャミノワは、より優雅で繊細な内的適応を示した。 彼女は辛抱強く、あの手この手で私を説得し、情けを誘おうとした。自分の当惑、さらには涙までうまく使い、できるところでは、目的を果たし課題を遂行するために、媚びることもした。 彼女は、自分が『体験』している感情のあらゆるニュアンスを私に伝え、受け取らせようとして、しょっちゅう自分の適応を変えていた。 一つの適応がうまくいかない、あるいは飽きられたとなれば、彼女は二つ目、三つ目を試し、ついには、対象の魂に入り込むいちばん説得力のあるものに行き当たろうとした。 状況に、時間に、一人一人の人間に合わせて適応する術を持たねばならない。 相手が愚かなら、その思考に合わせ、愚か者の知性と理解に届く、いちばん単純な言葉の形と適応を探さねばならない。 逆に、交流の対象が賢い人間なら、もっと慎重に行い、彼が工夫を見抜いて交流を避けないよう、より繊細な適応を探さねばならない――などなどだ。 創造における適応の役割がどれほど重要かは、こう考えれば分かる。『体験』の力が中程度でも、鮮やかな適応を持つ俳優のほうが、より強く深く感じていても適応が淡い俳優より、舞台で自分の内なる『人間精神の生活』をより強く感じさせることがある。 適応を観察するには、子どもがいちばんいい。 子どもでは、それが大人より鮮やかに表れる。 たとえば私の姪が二人いる。下の子は、活気の塊で、霊感そのものだ。 最高の喜びを表すのに、彼女にはキスだけでは足りない。それでは幸福を最後まで伝えられないので、表現を強めるために、噛みつく必要がある。 これが彼女の適応で、本人は気づいていない。 それは意志とは無関係に、彼女から飛び出す。 だから、喜びの原因の相手が痛みで叫ぶと、あの子は心底驚いて、自分に問う――いつの間に私は『噛んだ』のだろう? これが潜在意識的な適応の見本だ。 一方、上の子は、完全に意識して、考えた上で適応を選ぶ。 彼女は、相手への敬意の度合いと、受けた好意の重要さに応じて、さまざまな人にお辞儀や感謝を配る。 だが、こうした適応も、完全に意識的だとは言えない。理由はこうだ。 適応を作る過程には二つの瞬間があると私は見ている。1)適応の選択、2)その遂行。 姪が適応を意識的に選ぶことは認めよう。 だがそれを遂行するのは、彼女も、多くの人と同じく、より大きな部分が潜在意識的なのだ。 私はそういう適応を、半意識的な適応と呼ぶ。 「では、完全に意識的な適応もあるんですか?」 私は興味を示した。 「もちろんある。だが……現実の生活で、選択も遂行も完全に意識的な適応を、私は一つも捉えられないと思う。 ところが舞台では――本来なら潜在意識的な交流に最大の自由が開かれるはずなのに――私は刻々、完全に意識的な適応にぶつかる。 それが俳優の型だ。 「なぜ舞台では、潜在意識的な交流に最大の自由が開かれる、と言うんです?」 私は問い詰めた。 — 公の創造には、強く抗しがたい働きかけの手段が必要で、有機的で潜在意識的な適応の大半は、まさにその類いに属するからだ。 それらは鮮やかで、説得力があり、直接的で、伝染力がある。 さらに、舞台から千人の群衆へ、かすかな感情の細部を伝えられるのも、そうした有機的な適応があってこそだ。 複雑な心理をもつ偉大な古典的像の生活では、そうした適応が第一の意味を持つ。 それを作り、伝えることは、潜在意識を備えた私たちの有機的本性にしかできない。 それらは、知性でも俳優の技術でも、作り物にはできない。 それは、感情が自然に高まる瞬間に、ひとりでに、潜在意識的に生まれるのだ。 潜在意識的な適応は、舞台でどれほど鮮やかに輝くことか! 交流している者をどれほど掴み、見ている者の記憶にどれほど深く刻み込むことか! その力は、不意打ちと、勇気と、大胆さにある。 俳優の演技、舞台上の振る舞いと行為を追っていると、役のある重要な箇所で、その台詞を大きく、明確に、真面目に言うだろうと思って待つ。 ところが突然、まったく予想外に、彼はそれを冗談めかして、楽しげに、かすかに言い、そのことで自分の感情の独自性を伝える。 この不意打ちはあまりに強く人の心を買い、呆然とさせるので、その箇所の解釈が、唯一正しいものに思えてくる。 「なぜ私は、ここにそんな意味が隠れていると気づかなかったんだ? ! 」――観客は、その意外な適応に見とれながら驚く。 こうした意外な適応は、大きな才能に見られる。 だが、その例外的な人々でさえ、それはいつでも生まれるのではなく、霊感の瞬間に生まれる。 半意識的な適応について言えば、舞台ではそれを比較にならないほど頻繁に目にする。 私はそれら一つ一つの潜在意識性の度合いを分析して定めようとはしない。 ただ言えるのは、そうした潜在意識性がごくわずかにでも混じるだけで、舞台で感情を表し伝える際に、そこへ生命と震えが宿るということだ。 「つまり」私は結論を引き出そうとした。「あなたは舞台で、意識的な適応をまったく認めないのですか?」 「認める。外から示される場合だ。演出家、俳優仲間、頼まれてもいない助言者、頼んだ助言者。 だが……そうした意識的な適応は、慎重に、賢く使わねばならない。 与えられた形のまま、直に受け取ろうなどと思うな。 それをそのままコピーすることを、自分に許すな! 他人の適応を自分のものとして身につけ、それを自分自身の、馴染み深い身近なものにしてしまう術を持たねばならない。 そのためには大きな作業が要る。新しい『与えられた状況』も、おとりも、その他も要る。 俳優が現実の生活で、役に典型的な適応を見つけ、それを自分や作りつつある像に移植しようとするときも、同じようにすべきだ。 この場合も、単なるコピーを恐れなさい。コピーは常に、俳優を『演じ』と職人芸へ押しやる。 自分で意識的な適応を考え出したなら、サイコテクニックでそれを生かしなさい。そうすれば、その中に潜在意識の一分を注ぎ込める。 … … … … … … … 19..年 「ヴューンツォフ、私と舞台へ行こう。君が以前にやったこのエチュードの別案を演じよう」アルカージー・ニコラエヴィチは命じた。 敏捷な青年は舞台へ駆け出し、その後をトルツォフがゆっくりと追いながら、私たちに囁いた。 「いま、ヴューンツォフを挑発してやる!」 「さて、君は何が何でも、授業から予定より早く抜け出さねばならない! これが主要で根本の課題だ。 それを遂行しなさい。」 トルツォフは机のそばに座って自分の仕事に取りかかった。どこかの手紙を取り出し、読むことに没頭した。 相手役は集中してそばに立ち、アルカージー・ニコラエヴィチに働きかけるか欺くために、より巧みな適応を考え出していた。 ヴューンツォフは実にさまざまな工夫に頼ったが、トルツォフはわざとでもするように彼に注意を向けなかった。 授業から抜け出すために、あの落ち着きのない青年がやらなかったことなど何があるだろう。 彼は疲れ切った顔で、長いこと動かずに座っていた。 (もしアルカージー・ニコラエヴィチが彼を見れば、きっと情けをかけただろう。 )それから突然立ち上がり、慌てて舞台裏へ出て行った。 しばらくそこで立ってから、彼は病人の不確かな足取りで戻ってきた。いかにも冷や汗のようなものをハンカチで拭き、アルカージー・ニコラエヴィチの近くの椅子に、重たく腰を下ろした。だが彼は相変わらず無視し続けた。 ヴューンツォフは真実らしく演じ、私たちは客席から承認の反応を返した。 さらに彼は、疲労でほとんど死にかけたようになった。痙攣や引きつけを起こし、椅子から床へずり落ち、そこでまた『演じ』が出て、私たちは笑ってしまった。 だがアルカージー・ニコラエヴィチは反応しない。 ヴューンツォフが新しい適応を考え出すたびに、笑いはさらに大きくなった。 だが今回もトルツォフは黙ったまま、演じている者に注意を向けなかった。 ヴューンツォフは『演じ』を強め、客席はさらに大きく笑った。 それが青年をいっそう煽り、次々に新しい、非常に滑稽な適応へ駆り立てた。それはついには道化芝居にまで至り、客席には爆笑が起きた。 トルツォフが待っていたのはまさにそれだった。 「今、何が起きたか分かったか?」 皆が落ち着くと、彼は私たちに向かった。 「ヴューンツォフの根本の課題は、授業から抜け出すことだった。 彼の行為も言葉も、注意を引き、私に情けを起こさせるための病人のふりも、すべては主たる課題を遂行するための適応にすぎなかった。 「最初、ヴューンツォフは、あるべきとおりに行為した。彼の行為は合目的的だった。 だが困ったことが起きた。客席の笑いを聞くや、彼はすぐ対象を変え、彼に注意を向けない私ではなく、彼の芸当を煽った君たちに合わせて適応し始めたのだ。 彼の中に、まったく新しい課題が生まれた――観客を楽しませる、という。 だが、それをどう正当化する? どこに『与えられた状況』を見つける? それを信じ、『体験』するにはどうする? そんなことは俳優的に『演じ』るしかない。ヴューンツォフがしたのはそれだ。 だから脱臼が生じた。 それが起きた瞬間、真の人間の『体験』はただちに断たれ、俳優の職人芸が権利を得た。 根本の課題は、ヴューンツォフが好む数々の小細工や芸当へと分解してしまった。 この時点から、適応は自己目的になり、本来の役割――補助ではなく主――を与えられた(適応のための適応) こうした脱臼は、舞台でよくある現象だ。 私は、見事で鮮やかな適応を持ちながら、それを交流の過程を助けるためではなく、舞台で適応そのものを見せ、観客をそれで楽しませるために使う俳優を、何人も知っている。 彼らはヴューンツォフ同様、それを独立した芸当、ディヴェルティスマンのナンバーにしてしまう。 個々の瞬間の成功が、そうした俳優の頭をくらませる。 彼らは役そのものを犠牲にして、爆笑や拍手や、個々の瞬間・言葉・行為の成功を取りに行く。 しかも後者は、戯曲と何の関係もないことさえ多い。 このように適応を使うと、適応は意味を失い、不要なものになってしまう。 見てのとおり、良い適応は、俳優にとって危険な誘惑になり得る。 そのきっかけは多い。 中には、役そのものが絶えず俳優を誘惑へ押しやる場合さえある。 たとえばオストロフスキーの『賢者にも愚かさは必要』には、老人ママエフの役がある。 彼は暇つぶしに皆を説教し、戯曲の間じゅう、捕まえた相手すべてに助言してばかりいる。 五幕のあいだ、ただ一つの課題――教える、教える――だけを貫き、相手役と同じ感情と思考だけで交流し続けるのは容易ではない。 そうなると単調に陥りやすい。 それを避けるために、ママエフ役の多くの演じ手は注意を適応へ移し、同じ課題(教える、教える)を遂行しながら、刻々と適応を変える。 休みなく適応を変え続ければ、多様さが生まれる。 それはもちろん良い。 だが悪いのは、適応が俳優に気づかれぬまま、主で唯一の関心事になってしまうことだ。 そうした俳優の内的作業をこの瞬間によく見れば、役の楽譜が次のような課題で構成されているのが分かるだろう――「私は厳しくありたい」(厳しい適応で目的を達したい、ではなく)とか、「私は優しくありたい、断固としていたい、鋭くありたい」(優しい・断固とした・鋭い適応で課題を解決したい、ではなく) だが君たちも知っているとおり、厳しさのための厳しさ、優しさのための優しさ、断固さや鋭さのための断固さ・鋭さなど、成り立たない。 こうした場合、適応は気づかれぬまま独立した目的へ変質し、ママエフ役全体の主で根本の課題(教える、教える)を押しのけてしまう。 この道は、適応そのものの『演じ』へ至り、 課題から、さらには対象そのものからも遠ざける。 その結果、生きた人間の 感情と真の行為は消え、俳優的なものが力を持つ。 よく知られているとおり、俳優的行為の典型的な特徴はまずこうだ。舞台上に、役に従って交流すべき対象――相手役――がいるのに、俳優は別の対象を客席に作り、そちらに合わせて適応してしまう。 一方の対象と外的に交流しながら、別の対象に合わせて適応する――そうなると滑稽になる。 例で説明しよう。 君が家の上階に住んでいて、向かい側のかなり広い通りを隔てた家に、君が恋している彼女が住んでいると想像してみなさい。 どうやって彼女に自分の気持ちを伝える? 投げキスをする、手を胸に当てる、陶酔の状態を形にする、悲しげに、物悲しげに見せる、バレエ風の黙劇で「会いに行けないか」と尋ねてみる――などなど。 これらの外的適応は、より強く、より目立つようにしなければならない。そうでなければ、向こうには何も伝わらない。 だがここで、これ以上ない好機が訪れたとする。通りには誰もおらず、彼女は窓辺に一人、他の窓はすべて閉じられている……。 君が愛の言葉を叫ぶのを、妨げるものは何もない。 君と彼女を隔てる距離に応じて、声を張らねばならない。 その告白の後、君は階下へ降り、彼女に会う――彼女は厳しい母親と腕を組んで歩いている。 この機会をどう使って、近い距離で愛を告げる、あるいは逢瀬に来るよう懇願する? 出会いの状況に応じて、ほとんど目立たないが表現力のある手の動き、あるいは目だけの動きに頼らねばならない。 もし数語を言う必要があるなら、それは気づかれないように、ほとんど聞こえない声で耳元に囁かねばならない。 君がまさにそれをやろうとした、そのときだ。通りの向こう側に、憎いライバルが現れた。 血が頭に上り、君は自分を抑えられなくなった。 彼に対して勝利を誇りたいという欲求があまりに強く、母親がすぐそばにいることも忘れ、愛の言葉を喉が裂けるほど叫び、さっきまで遠距離の交流で使っていたバレエ風のパントマイムまで持ち出した。 それらはすべて、ライバルのために行われた。 哀れな娘よ! 君の愚かな振る舞いのせいで、母親からどれほどひどい目に遭ったことか! 同じような、普通の人間には説明のつかない愚かさを、舞台では大多数の俳優が、いつも、しかも罰も受けずにやっている。 戯曲の相手役と肩を並べて立っていながら、彼らは表情も声も動きも行為も、舞台上で交流している俳優どうしの近い距離ではなく、俳優とパルテール最後列とのあいだに横たわる空間を見込んで行う。 要するに、相手のそばに立ちながら、俳優は相手に合わせるのではなく、パルテールの観客に合わせて適応しているのだ。 そこから、演じ手も観客も信じない不真実が生まれる。 「でも失礼ですが」とゴヴォルコフが反論した。「ほら、パルテールの最前列――何でもよく聞こえる席――の金を払えない観客のことだって、考えなきゃいけないでしょう。」 「まず第一に、君は相手役のことを考え、相手役に合わせて適応しなければならない」とアルカージー・ニコラエヴィチは答えた。 「パルテールの後方については、舞台で話すための特別な話し方がある。よく鍛えられた声、作り込まれた母音、そしてとりわけ子音を使うのだ。 そういう発音なら、部屋の中のように小声で話しても、君の叫び声よりよく聞こえる。とりわけ、語る内容で観客の関心を引き、観客自身に君の言葉へ入り込ませることができれば、なおさらだ。 俳優の叫び声では、静かな声を要する親密な言葉は内的意味を失い、観客もその無意味さに入り込む気にならない。」 「でも、失礼ですが」とゴヴォルコフは引かなかった。「観客が、舞台で起きていることを見えるようにしなきゃいけないでしょう。」 「それについても、鍛えられた、明確で、一貫した、論理的な行為がある。とりわけ、その行為で見ている者の関心を引き、観客自身に、君が舞台でしていることへ入り込ませることができれば、だ。 だが俳優が内的意味に逆らい、抑えもなく無意味に手を振り回し、いくら美しいポーズでも取り続ければ、そんなものは長くは見ていられない。第一に、それは観客にも戯曲の当事者にも要らない。第二に、そういう身振りと動きの噴出では同じことが繰り返され、すぐに飽きられる。 同じものをいつまでも見せられるのは退屈だ。 私がこうして話すのは、舞台という場、公の上演という条件が、自然で真の人間的なものから私たちを遠ざけ、約束事の、不自然な、俳優的な適応へ押しやることを説明するためだ。 だがそれらは、あらゆる手段で容赦なく、舞台から、劇場から追い払わねばならない。 … … … … … … … 19..年 教室に入るなり、アルカージー・ニコラエヴィチは宣言した。「次に来るのは、適応が生まれ、開かれるための技術的手段の問題だ。」 この宣言で彼は、今日の授業のプログラムをすぐに示した。 「まず、潜在意識的な適応から始めよう。 残念ながら、潜在意識の領域には直路がない。だから私たちは間接路を使わねばならない。 そのために私たちには、『体験』の過程を喚起するおとりが多くある。 そして『体験』があるところでは、交流も、意識的・潜在意識的な適応も、必然的に作られる。 では、意識が入り込めない領域で、私たちに何ができるのか? ―― 自然を妨げないことだ。自然の呼びかけを乱さず、強制しないことだ。 私たちが自分を、そうした正常で人間的な状態まで導けたとき、最も繊細で深く潜む感情が開き、創造の過程はひとりでに果たされる。 それが霊感の瞬間である。その間、適応は潜在意識のうちに生まれ、流れとなって外へあふれ出し、その輝きで観客の目をくらませる。 いま私に言えるのは、ひとまずここまでだ。 半意識的な適応の領域では、条件が違う。 ここでは、サイコテクニックで多少のことができる。 『多少』と言うのは、ここでも私たちの力は大きくないからだ。 適応の生まれ方の技術は、手段が豊富ではない。 私には、適応を探すための実践的な一つの方法がある。 例で説明するほうが容易だ。 ヴェリャミノワ! 数回前の授業で、君が『金を燃やす』のエチュードを取り消してくれと懇願したときのことを覚えているか? 同じ言葉を繰り返しながら、実にさまざまな適応を使っていたな。 「では今度は、同じ場面をエチュードとして演じてみなさい。ただし、古い、すでに使い尽くして力を失った適応ではなく、自分の中に、意識的にでも潜在意識的にでも、新しい、新鮮なものを見つけて用いなさい。」 ヴェリャミノワにはそれができず、二、三の未使用のものを別にすれば、古く、すでに摩耗した適応を繰り返した。 「じゃあ、そんな新しいものを次々どこから取るんだ?」 トルツォフがヴェリャミノワを単調だと責めたとき、私たちは腑に落ちなかった。 答える代わりにトルツォフは私のほうを向き、言った。 「君は速記者で、われわれの記録係だ。 だから、私が口述することを書きなさい:平静、興奮、温厚さ、皮肉、嘲笑、揚げ足取り、叱責、気まぐれ、軽蔑、絶望、脅し、喜び、善意、疑い、驚き、警告… アルカージー・ニコラエヴィチは、さらに多くの人間の状態、雰囲気、感受などを挙げ、長いリストができた。 「この紙に指を置きなさい」と彼はヴェリャミノワに言った。「そして偶然が指した言葉を読みなさい。 その言葉が示す状態を、君の新しい適応にしなさい。」 ヴェリャミノワは命令どおりにして、「温厚さ」と読んだ。 「使い古した適応の代わりに、その新しい色を入れてみなさい。変更を内側から正当化できれば、君の演技は新鮮になる」トルツォフは提案した。 ヴェリャミノワは比較的容易に、「温厚さ」の正当化と調子を見つけた。 だがプーシチンが彼女の成功を台無しにした。 油を塗ったような低音で唸り始めたのだ。 その太った体と顔は、果てしない善意でだらりと崩れた。 皆が笑った。 「ほら、これが同じ課題――説得――に対しても、新しい色が使えることの証拠だ」とアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 ヴェリャミノワはもう一度リストに指を置き、「揚げ足取り」と読んだ。 女らしいしつこさで取りかかったが、今度の成功はゴヴォルコフに潰された。 揚げ足取りの領域で、彼と張り合える者はいない。 「これもまた、私の方法の有効性の証拠だ」トルツォフはまとめた。 その後、同じ練習が他の弟子たちにも繰り返された。 「このリストに、どんな新しい人間の状態や雰囲気を付け足してもいい。内側から正当化されるかぎり、どれも適応の新しい色やニュアンスとして使える。 適応の領域では、鋭い対比や意外性があるほど、心の状態を伝えるときに他者への働きかけを助ける。 実際、たとえば、君がある公演を見て帰り、それが君に衝撃的な印象を与えたとしよう… 俳優の演技が良かった、すばらしかった、比類なく、到底及ばない――そう言うだけでは足りない。 そうした形容詞では、君が味わったものを表せない。 君は、打ち沈み、打ちのめされ、疲弊し、憤り、絶望の極みまで至ったふりをしなければならない。そういう意外な色の適応で、歓喜と喜びの最高度を与えるために。 まるで、その瞬間に自分にこう言うかのように―― 「畜生、あいつら悪党ども、なんて上手いんだ!」 あるいは、「こんな歓喜、耐えられるはずがない!」 この手法は、ドラマ的・悲劇的な『体験』などの領域で有効だ。 実際、適応の色を強めるために、君は最も悲劇的な瞬間に突然笑い出して、自分にこう言ってもいい――「運命が私を追い詰め、打ちのめすなんて、馬鹿馬鹿しいほどだ!」 あるいは、「こんな絶望では泣けない。笑うしかない!」 さて考えてみなさい。舞台で俳優の潜在意識の生活の、かろうじて伝えうる細部すべてに応えねばならない顔・身体・音声の装置には、どれほどの柔軟さ、表現力、鋭敏さ、そして規律が必要なのか。 適応は、交流の際の俳優の表現手段に、最高の要求を突きつける。 それは君たちに、身体と表情と声を、それにふさわしい形で準備する義務を課す。 このことは今は、適応の学習に関連して、かすめるだけにしておく。 だがこれが、体操、ダンス、剣術、発声などの訓練に対して、君たちの意識をいっそう支えるはずだ。 授業が終わり、アルカージー・ニコラエヴィチは帰ろうとしていた。すると突然、幕が開き、私たちは舞台の上に、祝祭の飾りで彩られた、愛すべき『マロレトコワの居間』を見た。 そこには、大小さまざまなプラカードが四方に吊られ、こう書かれていた。 1. 内的テンポ・リズム。 2. 内的な性格性。 3. 持久と完成。 4. 内的倫理と規律。 5. 舞台的魅力と人を誘う力。 6. 論理と一貫性。 「プラカードは多いが、今はそれについて長くは話さない」新しい趣向を眺めながら、アルカージー・ニコラエヴィチは、親愛なるイワン・プラトーノヴィチの企てに目を留めて言った。 「というのも、内的創造の過程に必要な要素、能力、才能、俳優としての資質について、私たちはまだ全部を検討しきっていない。 まだ幾つか残っている。 だが問題はこうだ。私の基本の方法――実践、目に見える例、自分自身の感覚から理論とその創造の法則へ近づく――を損なわずに、いまそれについて話せるだろうか? 実際、見えない内的テンポ・リズムや、見えない内的性格性について、いまどう語ればいいのか? そして行為で、説明をどうやって分かりやすく示せばいい? むしろ、プログラムのその段階――目に見える外的テンポ・リズムと、目に見える外的性格性の検討へ移る段階――まで待ったほうが簡単ではないか? そのときなら、外的な行為で分かりやすく研究しつつ、同時にそれを内的にも感じ取れる。 さらに言えば、舞台で伝える際にそうした持久力を要求する戯曲も役もまだないのに、いま私は「持久力」について語れるだろうか? 終結についても、今語れるだろうか? 終わらせるべきものが何もないのに。 また、君たちの多くが見せ物の上演で一度舞台に立っただけなのに、舞台での創造の最中に、芸術的な倫理やその他の倫理と規律について、どう語ればいいのか? 最後に、舞台的魅力と人を誘う力についても、どう語れる? 君たちはまだ、それが千人の群衆に及ぼす力と作用を味わっていないのだから。 残るのは論理と一貫性だ。 だが、ここまでの課程を通して私はそれについてあまりに多く語ってきたので、君たちを十分にうんざりさせてしまった気がする。 論理と一貫性については、プログラム全体に散らして断片的な注意を述べ続けてきた。すでに多くを言ったし、これからも言うだろう。 「いつ、論理と一貫性の話をしたんです?」 ヴューンツォフが尋ねた。 「いつって?」 ! アルカージー・ニコラエヴィチは驚いた。 「いつでもだ。あらゆる都合のいい機会に。魔法の『もし』と『与えられた状況』を扱ったときには、想像力の虚構に論理と一貫性を要求した。身体的行為を行ったときも――たとえば、何の物も使わず、空虚な代用品だけで金を数えたときでさえ――行為に厳密な論理と一貫性を求めた。注意の対象を絶えず切り替えたときも、『ブラン』の場面を区切りに分けたときも、そこから課題を引き出したときも、それに名をつけたときも、私は最も厳しい論理と一貫性を要求した。」 それは、あらゆるおとりを用いるときにも繰り返された――などなどだ。 今の私には、論理と一貫性について、当面君たちが知るべきことはもう全部言った、という気がする。 残りは、課程の進行に合わせて、部分ごとに付け加えていく。 ここまで話した後で、論理と一貫性のために別のプログラム段階を作る必要があるだろうか? 私は実践の道から外れて、授業を理論で干からびさせるのが怖い。 以上が、今、未検討の要素、能力、才能、そして創造に必要な資質について、私がただ通りすがりに触れるにとどめる理由だ。 イワン・プラトーノヴィチは、その花束を補うために、飛ばした要素を私たちに思い出させてくれたのだ。 いずれ時が来て、仕事そのものが、まだ言い切っていない問題へ私たちを導くだろう。そうなれば私たちはまず実践で味わい、感じ、その後で理論的にも、今は飛ばしている各要素を知ることになる。 今言えるのは、ひとまずこれだけだ。 この列挙で、私たちは、創造の仕事に必要な内的要素、能力、才能、俳優としての資質を学ぶ長い作業を終える。 XII. 心的生活の原動力 … … … … … … … 19..年 アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「さて、要素、能力、性質、サイコテクニックの手段を見渡した今、私たちの内的創造の装置は準備できたと認めてよい。 これは我々の軍隊だ。これで戦闘を始められる。 あとは、軍を行軍へ導く指揮官が要る。 「では、その指揮官とは誰だ?」 「僕らです」弟子たちは答えた。 「その『僕ら』とは誰だ?」 「その未知の存在は、どこにいる?」 「僕らの想像力、注意、感情です」弟子たちは列挙した。 「感情!」 「いちばん、いちばん大事なやつだ!」 とヴューンツォフは断じた。 「君に同意する。 役を感じさえすれば、心の力はたちまち戦闘準備に入る。 つまり、第一の、そして最も重要な指揮官――創造の発起人であり原動力――が見つかったわけだ。 「それは感情だ」とアルカージー・ニコラエヴィチは認めた。だがすぐにこう付け加えた。「ただ困ったことに、感情は気難しくて、命令を受けつけない。」 君たちは経験で知っているはずだ。 だから、感情がひとりでに創造へ向けて喚起されないなら、仕事を始めてはならない。別の指揮官に助けを求めるのだ。 では、その『別の者』とは誰だ?」 「想像力!」 「それがなきゃ……絶対に!」 とヴューンツォフは決めた。 「それなら」と彼は言った。「何かを想像してみなさい。そうすれば、君の創造の装置が一斉に動き出すはずだ。」 「何を想像するんです?」 「さあね。」 「課題が要る。魔法の『もし』が要る――そういう……」 とヴューンツォフは言った。 「じゃあ、それをどこから取る?」 「知性が教えてくれるでしょう」ゴヴォルコフが言った。 「知性が教えてくれるなら、それこそが、私たちが探している指揮官であり、発起人であり、原動力になる。 それが創造を始め、それが創造を導くのだ。 ――つまり、想像力は指揮官になれないんですか?」 と私は問い詰めた。 「見てのとおり、想像力そのものも、主導と指揮を必要としている。」 「注意だ」とヴューンツォフが言った。 「では注意も見てみよう。 その機能は何だ?」 「感情、知性、想像力、意志を助けます」弟子たちは列挙した。 「注意は、反射鏡のように光線を選ばれた対象へ向け、それで思考、感情、欲求に関心を起こさせるのです」と私は説明した。 「では、その対象を指し示すのは誰だ?」 とトルツォフが尋ねた。 「知性。」 「想像力。」 「『与えられた状況』。」 「課題。」私たちは思い出した。 「つまり、それらこそが指揮官であり、発起人であり、原動力であり、仕事を始める者だ。彼らが対象を指し示す。注意は、それだけでは同じことができないのなら、補助の役割にとどまる。」 「よし。注意は指揮官ではない。 では、誰が指揮官なのか?」 私は問い詰めた。 「狂人のエチュードをやってみなさい。そうすれば、誰が発起人で、原動力で、指揮官か、自分で分かる。」 弟子たちは黙り、顔を見合わせ、立ち上がる決心がつかなかった。 やがて皆が一人ずつ立ち上がり、渋々舞台へ向かった。 だがアルカージー・ニコラエヴィチは彼らを止めた。 「よし、よく自分に打ち勝った。」 それは、君たちに何らかの意志がある証拠だ。 だが…… 「じゃあ、それが指揮官だ!」 とヴューンツォフは即断した。 「だが……君たちは死刑囚のように舞台へ行った。意志によってではなく、意志に逆らって。 それでは創造は生まれない。 内なる冷えは感情を温めない。感情がなければ『体験』も芸術もない。 もし君たちが一斉に、俳優としての情熱を総動員して舞台へ駆け出したなら、そのときこそ意志――創造的意志――について語れただろう。 「そんなことはね、あの忌々しい狂人のエチュードにうんざりしきってる君たちには、どうしたって無理ですよ」ゴヴォルコフがぶつぶつ言った。 「それでも、私はやってみよう! 君たちは知っているか? 君たちが狂人が正面入口から侵入してくるのを待っているあいだに、奴は裏口へ忍び寄り、今はそこから押し破ろうとしているのだ。 しかもそこの扉は古い。 かろうじて蝶番にぶら下がっているだけで、奴がそれを引きちぎったら、君たちはただでは済まない! では新しい『与えられた状況』のもとで、君たちは今どうする?」 アルカージー・ニコラエヴィチは私たちにそう問いかけた。 弟子たちは考え込み、注意が集中し、皆があれこれ思案し、狙いを定め、ついに第二のバリケードを築くことにした。 騒ぎが起き、ざわめきが立った。 若者たちは燃え、目が輝き、胸はより強く打った。 要するに、今ではうんざりしているこのエチュードを初めてやったときに起きたことが、ほとんどそのまま繰り返された。 「つまりこうだ。私は君たちに狂人の場面を繰り返せと言った。君たちは自分を無理に、意志に逆らって舞台へ行かせ、いわば人間的意志を呼び起こそうとしたが、強制では役に心を動かすことはできなかった。 そこで私は新しい魔法の『もし』と『与えられた状況』を示した。 それに基づいて君たちは新しい課題を作り、新しい欲求(意志)を呼び起こした。今度はただの意志ではなく、創造的な意志だ。 皆が熱中して取りかかった。 では問おう。最初に戦いへ駆け込み、軍全体を引っ張った指揮官は誰だった?」 「僕らです!」 と弟子たちは答えた。 「正確には、私の知性だ!」 アルカージー・ニコラエヴィチはそう訂正した。 「だが君たちの知性も同じことができ、創造の過程の指揮官になり得る。 ならば第二の指揮官が見つかった。 それは知性(インテレクト)だ。 では第三の指揮官がいないか探そう。 すべての要素を順に当たってみよう。 ひょっとすると、真実感とそれへの信だろうか? もしそうなら、信じてみなさい。そうすれば感情が喚起されたときのように、創造の装置が一斉に動き出すはずだ。」 「何を信じればいいんです?」 弟子たちは尋ねた。 「さあ、私が知るものか?」 . . それは君たちの仕事だ。 「先に『人間精神の生活』を作り、それからそれを信じるんだ」とパーシャが言った。 「つまり、真実感とそれへの信は、探している指揮官ではない。」 「では、交流と適応か?」 アルカージー・ニコラエヴィチは尋ねた。 「交流するにはまず、他者へ与えられる感情と思考を作らねばならない。」 「そのとおり。 ならば、それらも指揮官ではない!」 「断片と課題だ!」 「問題はそれではない。課題を作るのは、意志の生きた欲求と志向だ」アルカージー・ニコラエヴィチは説明した。 「もし、その意志の欲求と志向が、俳優の創造の装置全体を喚起し、舞台上の心的生活を統御できるのなら……」 「もちろん、できます!」 「ならば、第三の指揮官が見つかったということだ。 それは意志だ。 こうして、私たちには三人の指揮官がいることになる。すなわち――」アルカージー・ニコラエヴィチは、目の前に掛かっていたプラカードを指し、最初の文言を読んだ。 知性、意志、感情。 それが『心的生活の原動力』だ。」 授業は終わり、弟子たちは帰り始めたが、ゴヴォルコフが議論を始めた。 「失礼ですが、なぜ今まで、創造における知性と意志の役割は何も言わずに、代わりに感情の話ばかりで耳にたこができるほどだったんです?」 「君の考えでは、私は心的生活の原動力の一つ一つについて、同じことをいちいち詳しく語るべきだったというのか? そういうことか?」 とトルツォフは腑に落ちなかった。 「いや、同じことというわけじゃ……」ゴヴォルコフは反論した。 「では、どういうことだ?」 「三頭政治のメンバーは切り離せません。だから第一について語れば、自然に第二と第三にも触れる。第二について語れば、第一と第三にも言及する。第三について語れば、最初の二つを考える。 同じ話の繰り返しなんて、あなたも聞く気になりますか? 実際、たとえば私が、創造の課題、その分割、選択、命名などについて君たちに話すとしよう。 その作業に感情は関わらないのか?」 「もちろん関わります!」 と残っていた弟子たちが認めた。 「では意志は課題と無関係なのか?」 アルカージー・ニコラエヴィチはまた尋ねた。 「無関係じゃない。むしろ直接関係があります」私たちはそう結論した。 「ならば課題について語るとき、私は、感情について語ったときにすでに言ったことのほとんどを、繰り返す羽目になる。 では知性は、課題の創造に関わらないのか?」 「分割にも、命名の過程にも関わります」弟子たちは答えた。 「ならば私は、課題について同じことを三度言わねばならなくなる。 だから、君たちの我慢をいたわり、時間を節約した私に感謝しなさい。 とはいえ、ゴヴォルコフの非難にも一理ある。 そうだ、私は情緒的創造の側へ偏っていることを認める。しかもそれは意図的だ。というのも、他の芸術の方向はあまりにしばしば感情を忘れてきたからだ。 私たちのところには、知性から出発する理屈っぽい俳優や舞台の創造物が多すぎる! その一方で、真に生きた情緒的創造は、あまりに稀だ。 そのため私は、知性を多少犠牲にしてでも、倍の注意を感情に向けざるを得ない。 私たちの劇場の長い創造活動の中で、私たち俳優は、知性と意志と感情を心的生活の原動力だと考えることに慣れてきた。 それは意識に深く根づき、サイコテクニックの手段もそれに合わせて作られてきた。 だが近頃、科学が心的生活の原動力の定義に重要な変更を加えた。 私たち舞台の俳優は、それをどう受け止めるべきか? それは私たちのサイコテクニックに、どんな変更をもたらすのか? それについては、今日はもう話す時間がない。 だから次の授業までだ。」 … … … … … … … 19..年 今日アルカージー・ニコラエヴィチは、心的生活の原動力についての新しい科学的定義を語った。 「表象、判断、そして意志=感情!」 と彼は、プラカードの二つ目の文言を読んだ。 「この定義の内的本質は、以前の、知性・意志・感情を心的生活の原動力とした古い定義と同じだ。 新しいものは、古いものをより明確にしただけだ。 両者を比較すれば、まず気づくのは、表象と判断を合わせたものが、旧い定義で知性(インテレクト)が担っていた内的機能を、そのまま担っていることだ。 さらに新しい定義に踏み込むと、『意志』と『感情』という語が一つに結ばれ、『意志=感情』になっているのが分かる。 この二つの変更の意味を、例で説明しよう。 たとえば君が今日は自由で、できるだけ面白く一日を過ごしたいとしよう。 その意図を実現するために、君なら何をする? 感情も意志も黙っているなら、君に残るのは知性に頼ることだけだ。 そういう場合はどうするべきか、知性に『問い合わせ』てもらう。 私が君の知性の役を引き受け、君にこう提案しよう。 町を歩くか、郊外へ散歩に出て、体を動かし空気を吸ってはどうだ? 五感の中で最も鋭く反応する視覚が、想像力とイメージを介して、これからの散歩で君を待ち受け、君を誘い得るものを、すでに描き始める。 君は内なる『スクリーン』に、さまざまな風景、見慣れた通り、郊外の小さな場所などを映す長いフィルムを、もう見ている。 こうして君の中に、これからの散歩の表象が作られる。 「今日はそれにそそられないな」と君は考える。 「町をぶらつくのは面白くないし、天気が悪ければ自然も誘わない。 それに、疲れている」 こうして表象についての判断が作られる。 それなら夜は劇場へ行きなさい、と知性は助言する。 この提案で、想像力が絵を描き、内なる視覚が、見慣れた劇場の光景を、一連の像として、きわめて明確に鋭くたちまち再生した。 君は頭の中で、切符売り場から客席まで歩いていき、上演のいくつかの場面をのぞき見て、新しい一日の計画について表象をつくり、続いて判断を下した。 今度は、意志も感情も、知性の提案(つまりその表象と判断)に、すぐ燃え上がって応えた。 二つは一緒に警報を鳴らし、内的な諸要素を目覚めさせた。 「つまり」とトルツォフはまとめた。「知性(表象と判断)から始めれば、意志も感情も仕事に引き込めるわけだ。」 かなり長い沈黙のあと、彼は続けた。 「では、私たちの探究はどこへ至るのか? それらは知性の働きを示している。知性の機能における二つの主要な瞬間、すなわち、表象をつくり出す過程を起動させる最初の一押しと、そこから生まれる判断の形成とを示しているのだ。 私の説明は、新しい定義の前半の本質を君に与える。 定義の後半に踏み込めば、先に言ったとおり、新しい定義では意志と感情が一語にまとめられ、「意志=感情」となっているのが分かる。 それは何のためか? また例で答えよう。 こんな思いがけない一致を想像してみなさい。 君は恋に夢中だ。 彼女は遠くにいる。 君はここにいて、恋が煽った不安をどう鎮めればいいか分からず苦しんでいる。 そこへ彼女から手紙が来た。 彼女もまた孤独に苦しみ、早く来てくれと君に懇願しているのだと分かった。 愛しい人の呼びかけを読んだ瞬間、君の感情は燃え上がる。 ちょうどその時、劇場から新しい役――ロメオ――が送られてきた。 君の感受が、描かれる人物の感受に類似しているため、役の多くの箇所が、たやすく、すぐに君の中で生き始めた。 ではこの場合、創造を導く指揮官は誰だった?」 アルカージー・ニコラエヴィチはそう問いかけた。 「もちろん、感情です!」 私は答えた。 「では意志は? 意志は、感情と同時に、しかも切り離せないまま、愛しい人へ――そして舞台ではジュリエットへ――もだえ、望み、突き進んでいなかったか? 「……突き進んでいました」私は認めざるを得なかった。 「ならばこの場合、両者がともに、心的生活の先導者であり原動力であり、共同の仕事の中で一つに溶け合っていたのだ。」 さあ、両者を切り離してみなさい。 暇なときに考えて、意志と感情が互いに別々に生きている場合を見つけてみなさい。両者の境界線を引き、どこで一方が終わり、どこから他方が始まるのか示してみなさい。 たぶん君たちにはできないだろう。私にもできなかったのだから。 だからこそ、最新の科学的定義は両者を一語――「意志=感情」――にまとめたのだ。 私たち舞台芸術の担い手は、この新しい定義の真実を認め、将来それが与えてくれる実践的な利益を予見している。だが、まだそれに正面から取り組む術を持たない。 そのためには時間が要る。 だから新しいものは、私たちが実践で理解している範囲で部分的にだけ用い、残りは当面、よく試された古いものに満足しておこう。 今のところ、これ以外に窮地からの出口は見えない。 こうして私は、心的生活の原動力についての定義を、古いものと新しいものの両方、場合ごとに、より理解しやすいほうに応じて使わざるを得ない。 ある瞬間に、古い定義のほうが都合がいいなら――知性の機能を二つに割らず、意志と感情を一つに溶かさないほうがいいなら――私はそうする。 科学者たちはこの勝手を許してほしい。 それは、君たちと学校で仕事をする私を導く、純粋に実践的な配慮で正当化される。 … … … … … … … 19..年 「つまり」とアルカージー・ニコラエヴィチは言った。「知性・意志・感情、あるいは新しい定義で言えば、表象・判断・意志=感情は、創造の過程で主導的役割を担う。 しかもその役割は、心的生活の各原動力が互いにとっておとりとなり、三頭政治の他の成員を創造へ喚起する、という点によって、さらに強まる。 さらに、知性・意志・感情は、互いの支えなしに、それぞれ単独では存在できない。 だからそれらは常に一緒に、同時に、互いに緊密に依存し合いながら働く(知性‐意志‐感情、感情‐意志‐知性、意志‐感情‐知性) これもまた、心的生活の原動力の価値と主導性を大きく増す。 知性を働かせれば、それだけで意志も感情も創造へ引き込まれる。 あるいは新しい言い方で言えば、何かについての表象は自然に、それについての判断を呼び起こす。 その二つが意志=感情を仕事へ引き込む。 心的生活の原動力がみな、そろって和やかに働くときにだけ、私たちは自由に、誠実に、直接に、有機的に、他人の仮面ではなく自分自身として、自分の恐れと良心にかけて、役の生活の与えられた状況の中で創造する。 実際、真の俳優がハムレットの「生きるべきか、死ぬべきか」の独白を語るとき、作者の考えをただ形式的に報告し、演出家に指示された外的行為をこなしているだけだろうか? 違う。彼はもっと多くを与え、役の言葉に自分自身を注ぎ込むのだ。生活についての自分自身の表象、自分の魂、自分の生きた感情と意志を。 そうした瞬間、俳優は、自分が実際に生きて味わった生活の記憶――役の生活、思考、感情に類似したもの――によって、誠実に心を揺さぶられている。 そういう俳優は、存在しないハムレットの立場からではなく、戯曲の『与えられた状況』に置かれた自分自身の立場から舞台で語る。 他人の思考、感情、表象、判断は、彼自身のものへ変わる。 そのとき彼は、ただ他者が役のテクストを聞き理解するために言葉を発するのではない。観客が、自分が語る内容への内的態度を感じることを俳優は求める。観客にも、自分の創造的意志が望むものと同じものを望んでほしいのだ。 この瞬間、心的生活の原動力はすべて結び合い、互いに依存し始める。 この依存、相互作用、そして一つの創造力と他の創造力との緊密な結びつきは、私たちの仕事で非常に重要で、実践的目的のためにこれを利用しないのは誤りだろう。 そこから、それにふさわしいサイコテクニックが生まれる。 その基礎は、三頭政治の成員の相互作用を通じて、各成員を、そして俳優の創造の装置のすべての要素を、自然に有機的に行為へ喚起することにある。 ときには心的生活の原動力が、全部いっせいに、ひとりでに、突然、潜在意識的に、私たちの意志を離れて仕事へ入る。 そうした偶然の、うまくいった瞬間には、心的生活の原動力に生じた自然な創造の志向へ身を委ねるべきだ。 だが、知性・意志・感情が、俳優の創造への呼びかけに応えないときはどうする? そういう場合には、おとりを用いるべきだ。 おとりは、各要素にあるだけでなく、心的生活の各原動力にもある。 それらを一度に全部喚起してはならない。 どれか一つを定めなさい。たとえば知性でもいい。 知性は最も話が早く、他の原動力より従順で、命令に進んで従う。 この場合、俳優はテクストの形式的思考から、それに対応する表象を得て、言葉が語っているものを見始める。 その表象は今度は、それに応じた自分自身の判断を呼び起こす。 それらが作り出すのは、乾いた形式的思考ではなく、表象によって生き生きとした思考であり、それが自然に意志=感情を喚起する。 この過程を示す例は、君たちの短い実践の中にも多い。 たとえば、君たちが『狂人』のエチュードをどうやって蘇らせたか、思い出してみなさい。 知性が虚構――魔法の『もし』と『与えられた状況』――を考え出した。それが新しい、胸を揺さぶる表象と判断を生み、そして全部が一緒になって意志=感情を喚起した。 その結果、君たちは見事にエチュードを演じた。 この例は、創造の過程を喚起する際に、知性が発起人として働く好例だ。 だが戯曲やエチュードや役へは、別の道から近づくこともできる。つまり、気まぐれで不安定ではあるが、感情からだ。 情動が呼びかけにすぐ応えてくれれば、それは大きな幸運だ。 そうなれば、すべては自然に、ひとりでに整う。表象も現れ、それについての判断も作られ、それらが一緒になって意志を喚起する。 言い換えれば、感情を通して、心的生活の原動力が一斉に働き出す。 だが、それがひとりでに起きないとき、感情が呼びかけに応えず惰性のままなら、どうする? そのときは三頭政治で最も近い成員――意志――に頼らねばならない。 眠っている情動を目覚めさせるには、どんなおとりに頼るべきか? やがて君たちは、それがおとりであり刺激となるのはテンポ・リズムだと知ることになる。 残るのは、眠っている意志を、どう創造へ喚起するかという問題だ。 どう創造的行為へ喚起する? 「課題によってです」と私は思い出させた。 「課題は創造的欲求、つまり意志に直接作用します。」 「課題しだいだ。 面白くない課題は作用しない。 そういう課題は、人工的に俳優の魂へ近づけねばならない。 それを尖らせ、生かし、興味深く胸を揺さぶるものにしなければならない。 逆に、魅力的な課題は、直接で即時の作用の力を持つ。 だが……意志にではない。 魅了されるのは、まず情動の領域であって、欲求の領域ではない。だから魅力は直に感情へ作用する。 創造ではまず夢中になって感じ、それから望むのだ。 だから、課題が意志へ及ぼす作用は、直接ではなく間接だと認めねばならない。」 「しかしあなたは、新しい定義では意志が感情と切り離せないと言いましたよね。 なら、課題が後者に作用するなら、同時に前者をも喚起するのが自然でしょう」ゴヴォルコフはトルツォフを捉えた。 「そのとおり。 意志=感情には二つの顔がある。 ある場合には、情動が欲求を上回り、別の場合には、たとえ強制されたものであっても欲求が情動を上回る。 だから、ある課題は感情より意志に強く働き、別の課題は逆に、意志を犠牲にして感情を強める。 だが……いずれにせよ、間接であれそうでなかれ、課題は私たちの意志に作用する。それは私たちにとって見事な、しかも愛用の「おとり」であり、創造的な欲求を呼び起こす刺激でもある。私たちはそれを熱心に用いる。 だから、意志=感情への間接的作用のために、これまでどおり課題を用い続けよう。」 少し間を置いて、アルカージー・ニコラエヴィチは続けた。 「心的生活の原動力が知性(表象・判断)と意志と感情である、という認定の正しさは、自然そのものによって裏づけられる。自然はしばしば、情緒型、意志型、知性型の芸術的個性を作り出すからだ。 第一の型――意志と知性より感情が優位な俳優――は、ロメオやオセロを演じると、その情緒的側面を際立たせる。 第二の型――感情と知性より意志が優位な俳優――は、マクベスやブランを演じると、その野心や宗教的欲求を強調する。 第三の型――感情と意志より知性が優位な俳優――は、ハムレットや『賢者ナータン』を演じると、役に必要以上の知的色を、否応なく与えてしまう。 しかし、心的生活の原動力のどれか一つが優位だからといって、他の成員を完全に抑え込んでよいわけではない。 魂の原動力の調和ある均衡が必要だ。 見てのとおり、芸術は、情緒的創造も、意志的創造も、知性的創造も同時に認める。そこでは感情、意志、知性のいずれかが主導的役割を果たす。 私たちが否定するのは、乾いた俳優の計算から出る仕事だけだ。 そういう演技を私たちは冷たく理屈っぽいと呼ぶ。」 厳かな間(ま)のあと、アルカージー・ニコラエヴィチは次の一節で授業を結んだ。 「君たちは今や豊かだ。役の『人間精神の生活』を『体験』するための多くの要素を手にしている。 それが君たちの内的な道具だ。創造の出撃のための戦闘軍だ。 それだけではない。君たちは、自分の連隊を戦いへ導ける三人の指揮官も、自分の中に見いだした。 これは大きな達成だ。祝福しよう!」 XIII. 心的生活の原動力の志向の線 … … … … … … … 19..年 「連隊は戦闘準備!」 「指揮官は持ち場へ!」 「出撃できる!」 「どう出撃するんです?」 「たとえば、私たちが見事な戯曲を上演すると決め、君たち一人一人に輝かしい役が約束されたとしよう。 初読みのあと、劇場から家へ帰って、君たちは何をする?」 「演じる!」 とヴューンツォフは言い切った。 プーシチンは、役について考え込むと言った。 マロレトコワは隅に座り、『感じる』よう努めるだろう。 見せ物の上演で苦い経験をした私は、そういう危険な誘惑は控え、魔法の「もし」や別の「もし」、与えられた状況、ほかのさまざまな空想から始めるだろう。 パーシャは役を断片に分けるだろう。 「要するに」とトルツォフは言った。「君たちは皆、それぞれの道筋で、役の頭脳へ、心へ、欲求へと入り込み、自分の情緒記憶の中でそれに似た記憶を呼び起こし、描かれる像の生活について表象と自分自身の判断をつくり、意志=感情を引きつけようとするのだ。」 君たちは自分の魂の触手で役の魂へ手を伸ばし、心的生活の原動力によって役へ向かっていくだろう。 きわめて稀に、俳優の知性・意志・感情が一挙に新しい作品の中心的な本質を捉え、それに創造的に喚起され、熱中の奔流の中で、仕事に必要な内的状態をつくり出すことがある。 だが多くの場合、言葉のテクストは、知性(知性)にある程度取り込まれるだけで、情動(感情)には部分的にしか捉えられず、欲求(意志)は不確かで断片的な衝動として喚起される。 あるいは新しい定義で言えば、詩人の作品に初めて触れる初期には、戯曲についてのぼんやりした表象と、きわめて表層的な判断が生まれる。 意志=感情もまた、部分的に、心もとなく最初の印象に応え、その結果、役の生活についての内的感覚――『とにかく』――が生じる。 役の生活の真の意味を俳優が大まかにしか捉えていないなら、当面それ以上の結果は望めない。 たいていの場合、内的本質が深みに届くのは、長い作業ののち、作品を研究し、作者自身が辿った同じ創造の道を通ったあとだ。 だが、初読みで言葉のテクストが俳優の知性にまったく入らず、意志にも感情にも何の反響も起こらず、読んだ作品について表象も判断も何も作られないことがある。 これは、印象派的、あるいは象徴主義的な作品に初めて触れたときに、しばしば起こる。 その場合は、他人の判断を借り、外からの助けを得て言葉のテクストを受け取り、懸命にそれへ踏み込まねばならない。 粘り強い作業ののち、ようやく弱い表象と、自立していない判断が生まれ、それが徐々に発達していく。 その結果、程度の差はあれ、意志=感情と、心的生活のすべての原動力を仕事へ引き込めるようになる。 目標が不明瞭な最初のうちは、志向の見えない流れは萌芽状態にある。 戯曲に初めて触れたとき、俳優が捉えた役の生活の個々の瞬間が、心的生活の原動力の強い志向の衝動を呼び起こす。 思考も欲求も、断続的な衝きとして現れる。 それらは生まれては途切れ、また芽生えては消える。 心的生活の原動力から出るこれらの線を図示すれば、ちぎれた断片、切れ端、短い線のようなものになるだろう。 役についてさらに知り、根本の目的をより深く理解するにつれて、志向の線は徐々に整っていく。 そうなって初めて、創造の始まりが生じたと言えるようになる。 「なぜなんです?」 答える代わりに、アルカージー・ニコラエヴィチは突然、手や頭や全身を思い切りばたつかせ、それから私たちに尋ねた。 「私の動きをダンスと呼べるか?」 私たちは否定した。 するとアルカージー・ニコラエヴィチは座ったまま、さまざまな動きを続けた。それらは一つから一つへ滑らかに移り、途切れない線を作り出した。 「ではこれなら、ダンスを作れるか?」 と彼は尋ねた。 「作れます」私たちは声をそろえて答えた。 アルカージー・ニコラエヴィチは、いくつかの単音を、音と音の間に長い間(ま)を置いて歌い始めた。 「これは歌と言えるか?」 と彼は尋ねた。 「いいえ」 「ではこれは?」 彼は、響きのよい幾つかの音を引き延ばした。それらは一つから一つへ滑らかに移り合った。 「言えます!」 アルカージー・ニコラエヴィチは紙の上を、ばらばらの偶然の線、短い線、点、ぐにゃぐにゃした曲線で汚し、私たちに尋ねた。 「これを絵と言えるか?」 「いいえ」 「では、こうした線からそれを作れるか?」 アルカージー・ニコラエヴィチは、長く、美しい曲線を幾本か引いた。 「作れます!」 「つまり君たちにも分かるだろう。どんな芸術にも、まず必要なのは途切れない線だということが。」 ! 「分かります!」 「そして私たちの芸術にも、途切れない線が必要だ。 だから私は、原動力の志向の線が整い、つまり途切れない線になったとき、初めて創造について語り始められると言ったのだ。 「失礼ですが、生活で、まして舞台で、少しも途切れない連続の線などあり得ますか?」 とゴヴォルコフは揚げ足を取った。 「そういう線はあり得る。だが普通の人間ではなく、狂人にだけだ。そしてそれは『idee fixe』と呼ばれる。 健康な人間にとっては、一定の中断があるのが正常であり必然だ。 少なくとも、私たちにはそう思える。 だが中断の瞬間にも人は死ぬのではなく生きている。だから、彼の中では何らかの生活の線が引き続き伸びているのだ」とトルツォフは説明した。 「それはどんな線です?」 「それは科学者に聞きなさい。 私たちはこれから、一定の小さな中断が必ず入り込むような線を、人間にとって正常で途切れない線と見なすことにしよう。」 授業の終わりにアルカージー・ニコラエヴィチは、必要なのはそうした線が一つではなく複数、つまり、想像の虚構の線、注意の線、対象の線、論理と一貫性の線、断片と課題の線、欲求と志向と行為の線、真実と信の途切れない瞬間の線、情緒の記憶の線、交流の線、適応の線、その他、創造に必要な諸要素の線だと説明した。 舞台で行為の線が途切れたら、それは役も戯曲も上演も止まったということだ。 同じことが心的生活の原動力の線に起きたなら――たとえば思考(知性)で――人間=俳優は、テクストの言葉が語ることについて表象も判断も作れない。つまり舞台で役として何をし何を言っているのか理解できない。 もし意志=感情の線が止まれば、人間=俳優も役も、望むことをやめ、『体験』することをやめる。 人間=俳優と俳優=役は、舞台の上で、これらすべての線によってほとんど絶え間なく生きている。 これらの線が、演じられる人物に生命と運動を与える。 それらが断たれた瞬間、役の生命は止まり、麻痺か死が訪れる。 線が再び生じると、役はまた生き返る。 こうした死と蘇生の交替は異常だ。 役は、絶えず生きていることと、そのほとんど途切れない線とを要求する。 … … … … … … … 19..年 「前回の授業で君たちは、ドラマでも――あらゆる芸術と同じく――まず必要なのは、途切れない連続の線だと認めたな」とアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「それがどう作られるか、見せてやろうか?」 「もちろん!」 と弟子たちは頼んだ。 「目覚めた瞬間から、今朝をどう過ごしたか話してみなさい」 彼はヴューンツォフに向かって言った。 落ち着きのない青年は、滑稽なほど真面目な顔になり、質問に答えようと必死に考えた。 だが注意を、今日の過去へ、後ろへ向けることができない。 助けるために、アルカージー・ニコラエヴィチはこう助言した。 「過去を思い出すとき、そこから前へ――現在へ向かって――進むのではなく、逆に後ずさりしなさい。今から過去へ、思い出す過去へ向かって、現在を足場にして下がるのだ。 後ずさりするほうが容易だ。とりわけ近い過去の場合には。」 ヴューンツォフはすぐには要領を得なかったので、アルカージー・ニコラエヴィチが助けに入った。 彼は言った。 「いま私たちは、ここ教室で話している。 その前に君は何をしていた?」 「着替えてました。」 「その着替えは、小さな独立した過程だ。 そこには、次の課題を果たすために不可欠な、小さな欲求、志向、行為などの瞬間が隠れている。 着替えは、君の記憶に、生活の短い線としての記憶を残した。 課題の数だけ、その遂行の過程があり、そのような短い生活の線がある。 たとえばこうだ。 着替えより前に何があった?」 「剣術と体操に行ってました。」 「その前は?」 「食堂で煙草を吸ってました。」 「その前は?」 「歌の稽古でした。」 「これらは全部、君の生活の短い線で、記憶に痕跡を残す」アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 こうして後ろへ後ろへと下がっていくうちに、ヴューンツォフは今日の目覚めの瞬間、そして一日の始まりにたどり着いた。 「君が今日、午前のあいだに生きた生活の短い線が、目覚めの瞬間から今この瞬間まで、長い列になって並んだわけだ。 それについての記憶が、君の記憶の中に残っている。 それをより確実に固定するために、今やった作業を、同じ順序で何度か繰り返してみなさい」アルカージー・ニコラエヴィチは提案した。 その命令も実行されたあと、彼は、ヴューンツォフが今日の過去を感じ取っただけでなく、それを固定したとも認めた。 「では今度は、直近の過去を思い出す同じ作業を、逆の方向で何度か繰り返しなさい。つまり、目覚めた瞬間から始めて、いま君が体験している瞬間までたどり着くのだ。」 ヴューンツォフはこの命令も、一度ではなく何度も実行した。 「では言ってみなさい」アルカージー・ニコラエヴィチは彼に向かった。「これらすべての記憶と、君が行った作業が、かなり長い君の今日という一日の生活の線について、思考的・感覚的・その他の表象として、何かの痕跡を君の中に残したと感じないか? それは、直近の過去に君が行った個々の行為や振る舞いの記憶だけでなく、君が体験した感受や思考や感覚などの一連のものからも織り上げられている。 ヴューンツォフは、何を聞かれているのか長いこと分からなかった。 弟子たちも、私も一緒になって、彼に説明した。 「どうして分からないんだ。後ろを振り返れば、よく知っている日々の用事が、慣れた順序で次々入れ替わる長い列として思い出せるだろ。 もっと注意を緊張させ、直近の過去に集中すれば、今日という一日の外的な線だけでなく内的な生活の線も思い出せる。 それははっきりしない痕跡を残し、後ろへ、まるで引き裾のように伸びているんだ。」 ヴューンツォフは黙っていた。 どうやら、すっかり混乱したらしい。 アルカージー・ニコラエヴィチは彼を放っておき、私のほうへ向き直った。 「君には、今日という一日の生活の線の前半を、どう生かせるかが分かったはずだ。」 同じことを、今日まだ生きていない後半にもしてみなさい」彼は私に提案した。 「でも、近い将来、自分に何が起きるかなんて分かりません」 私は腑に落ちなかった。 「何だって? 「何だって? 私の授業のあとに別の稽古があって、そのあと家へ帰り、そこで食事をすることくらい、君は分からないのか?」 今夜の見通しが一つもないのか――知人の訪問、劇場、映画、講義など。 意図が実現するかどうかは分からない。だが予想はできるだろう。」 「もちろんです」と私は同意した。 「ならば、君には今日という一日の後半について、何らかの見通しがあるわけだ!」 その後半にも、心配事、義務、喜び、不快事を伴いながら、遠くへ伸びていく途切れない未来の線を感じないか? それを思うと、君の今の気分が上がったり下がったりするではないか? 未来を予見することにも動きがある。そして動きがあるところには、生活の線もまた姿を現す。 前途に待つものを考えるとき、君はその線を感じるか? 「ええ、あなたの言うことは確かに感じます。」 「その線を先ほどの線とつなぎ、現在も考慮に入れれば、君の今日という一日の、過去・現在・未来を貫く一本の大きな、途切れない通しの線が得られる。朝の目覚めの瞬間から、夜の眠りまで、絶え間なく伸びている線だ。」 これで、生活の小さな線が幾つも積み重なって、一日全体の大きな途切れない生活の線ができることが分かったか? 「では次に」とアルカージー・ニコラエヴィチは説明を続けた。「一週間でオセロ役を用意せよ、と君が命じられたと想像してみなさい。 その間、君の生活は一つに収れんすると思わないか――この難題を名誉ある形で切り抜けること、ただそれだけに? 「それは七日間まるごと君を捉え、その間、君を支配する気がかりは一つだけになる――恐ろしい舞台を仕上げることだ。」 「もちろんです」と私は認めた。 「ではこの、私が描いた生活の中にも、先の例よりさらに長い、オセロ役の準備に捧げられた一週間まるごとの途切れない生活の線が隠れているのを感じないか?」 とトルツォフは問い詰めた。 「一日や一週間の線があるなら、なぜ一か月、一年、ついには一生の線があっていけない? そうした大きな線もまた、多くの小さな線から組み立てられる。 まったく同じことが、どの戯曲にも、どの役にも起きる。 そこでも大きな線は多くの小さな線から作られる。舞台ではそれが、一日のある時間、あるいは一週間、一か月、一年、人生全体……といった、さまざまな時間幅を覆い得る。 現実ではこの線は生活そのものが織り上げるが、戯曲では真実に近い詩人の芸術的虚構がそれを作り出す。 だが詩人がその線を描くのは、役の一生全体について、途切れなく、ではない。部分的に、しかも大きな空白を挟んで、だ。 「なぜです?」 私は分からなかった。 「私たちはもう話した。劇作家が与えるのは、戯曲と役のชีวิตのすべてではなく、舞台へ持ち出され、舞台の上で起こる瞬間だけだ。 劇作家は、舞台上で戯曲の行為の場所を示す装置の外で何が行われているか、その多くを描かない。 また劇作家はしばしば、舞台裏で何が起きていたか――つまり舞台上で俳優が行う登場人物の行為を引き起こすもの――を語らない。 作者が印刷された戯曲の本文の中で作りきらなかったものを、私たちは想像の虚構で補い、最後まで作り上げなければならない。 それなしには、舞台で俳優が役として持つ途切れない『人間精神の生活』は得られず、ただその断片を扱うだけになる。 『体験』のためには、役と戯曲の生活の(相対的に)途切れない線が必要だ。 役の生活の線の飛躍や抜け落ちは、舞台の上だけでなく舞台裏でも許されない。 それは描かれる人物の生活を裂き、その生活にとって空っぽで死んだ部分を作る。 そしてその部分は、演じていることとは無関係な、人間=俳優自身の別の思考や感情で埋まってしまう。 それが彼を偽りの方向――私生活の領域――へ押しやる。 たとえば、君が『金を燃やす』のエチュードを演じているとしよう。役の生活の線を見事に運び、妻の呼び声で食堂へ行き、息子の水浴びを眺める。 ところがそこへ、遠方から来たばかりの知り合いが、コネで舞台裏へ入り込んで現れる。 彼から、君の近親者に起きた実に面白い出来事を聞く。 笑いをこらえながら、君は『燃やす』場面と、『悲劇的無為』の間(ま)を演じに出て行く。 そうした差し込みが、役のためにもならず、君の助けにもならないことは、君にも分かるだろう。 だから舞台裏でも、役の線を断ってはならない。 だが多くの俳優は、舞台裏で自分のために役を演じることができない。 演じなくてもいい。だが、もし今日、自分が描かれる人物の条件の中に置かれたら、どうするか――それを考えさせなさい。 この問題の解決は、役に関する他の問題と同様、どの俳優にも、どの公演にも、必ず求められる。 そのために俳優は劇場へ来て、観客の群衆の前へ出るのだ。 俳優が今日の義務の問題を解決しないまま劇場を去るなら、彼は義務を果たさなかったと見なすべきだ。」 … … … … … … … 19..年 アルカージー・ニコラエヴィチは授業の冒頭で、全員に舞台へ行き、『マロレトコワの居間』に楽に座って、それぞれが思うままのことを話すよう命じた。 弟子たちは丸いテーブルのそばと、そこに取りつけられた電球の下の壁際に座らされた。 いちばん忙しく立ち回っていたのはラフマーノフで、それで私たちは、彼の新しい工夫が披露されるのだと察した。 私たちの雑談の最中、舞台のあちこちで電球が点いたり消えたりしたが、話している者のそばか、あるいは話題にしている者のそばで点くのが目についた。 たとえば、ラフマーノフが一言口にするだけで、彼のそばの電球がぱっと点いた。 テーブルの上にある何かの物を思い出すと、そこに明かりが灯る――といった具合だ。 ただ一つだけ説明がつかなかったのは、私たちの部屋の外――食堂や広間や、その近くの別室――での点滅だった。 実はその明かりは、居間の外にあるものを示していたのだ。 たとえば廊下の電球は過去の記憶が呼び起こされると点き、食堂の電球は、私たちの部屋の外で起こっている現在のことが話題になると点いた。 『マロレトコワのアパート』の広間の電球は、未来について夢見ているときに灯った。 私はまた、点滅が絶え間なく行われていることにも気づいた。一つが消えきらないうちに、もう別の灯が点くのだ。 トルツォフは、それが私たちの生活で、止むことなく、論理的に、一貫して、あるいは偶然に起こる対象の絶えざる交代を示しているのだと説明した。 「同じことが上演でも、役を演じている最中にも起こらねばならない」とトルツォフは説明した。 「大事なのは、舞台で対象が絶え間なく交代し、しかもそれが途切れない一本の線を作ることだ。 その線は、ここ――舞台の上、フットライトのこちら側――に伸びていなければならない。向こう側――客席――へ逃げてはいけない。 人間の生活、あるいは役の生活とは、対象と注意の輪が絶えず入れ替わることだ。周囲の現実の生活の面であれ舞台であれ、想像上の現実の面であれ、過去の記憶の面であれ、未来の夢の面であれ――ただし劇場の客席だけは違う。 この線の連続性は俳優にとってきわめて重要で、君たちはそれを自分の中で強めねばならない。 光による実演で、役のあいだじゅう俳優の生活の線がどう途切れずに伸びているべきかを、いま君たちに見せよう。 「君たちはパルテールへ移りなさい」と彼は私たちに言った。「イワン・プラトーノヴィチは電気の小屋へ入って、私に合図を送ってくれ。 これから私が演じてみせるのは、こういう筋立てだ。 今日はここでオークションがある。 レンブラントの絵が二枚売りに出される。 買い手を待ちながら、私たちは絵画の鑑定家と丸いテーブルのそばに座り、絵にいくらの値をつけて提示するかを相談している。 そのために、片方を見たり、もう片方を見たりしなければならない。 (部屋の両側のランプが交互に点いたり消えたりする一方で、トルツォフの手元のランプは消えていた。) さらに、ここにある絵を、国内の美術館や海外にあるレンブラントの別の稀品と、頭の中で比較しなければならない。 (玄関のランプ――美術館にある想像上の絵を示すもの――が点いたり消えたりし、居間の壁の二つのランプ――同じく想像上の絵を示すもの――と交互に光ったり消えたりした。) 入口のそばで突然点いた、この薄暗い電球が見えるか? あれは小口の買い手だ。 彼らが私の注意を引いたので出迎えるが、熱意はない。 「こんな客ばかり来るなら、絵の値を上げられない!」 ――私は心の中でそう思う。 私は考えに沈みすぎて、誰も何も目に入らない。 (それまでのランプはすべて消え、上からトルツォフの上に、動く光の斑が落ちた。小さな注意の範囲を示すものだ。 アルカージー・ニコラエヴィチが興奮して部屋を歩き回る間、その光も彼と一緒に動いた。) 見ろ、見ろ。舞台も奥の部屋も、新しく点滅する電球で埋め尽くされている。今度は大きいやつだ。 外国の美術館の代表だ。 当然、私は特別な敬意で彼らを迎える。 その後アルカージー・ニコラエヴィチは、出迎えもオークションそのものも演じて見せた。 重要な買い手たちの間で激しい争いが始まり、巨大なスキャンダルに終わったとき、彼の注意はとりわけ鋭くなった。その様子は光の狂乱で表現された……。 大きなランプがいっせいに、あるいは一つずつ点いたり消えたりして、まるで花火のフィナーレの壮麗なクライマックスのような、美しい光景を作り出した。 目があちこちへ奪われた。 「私が、舞台で途切れない生活の線がどう作られるかを、君たちに示せただろうか?」 とアルカージー・ニコラエヴィチは言った。 ゴヴォルコフは、トルツォフは証明したいことを証明できていない、と言った。 「あなたは、ほら、むしろまったく反対のことを示しました。 光による実演が示しているのは、線の連続性ではなく、絶え間ない跳躍だというわけです。」 「そうは思わない。」 俳優の注意は、止むことなく一つの対象から別の対象へ移っていく。 注意の対象が絶えず入れ替わること、それが途切れない線を作るのだ。 だが俳優が一つの対象にだけ食いつき、幕全体、あるいは戯曲全体のあいだ、それにしがみついて離れないなら、動きの線は生まれない。たとえ生まれたとしても、それは私が言ったように『idee fixe』と呼ばれる精神病者の線だ。 弟子たちはアルカージー・ニコラエヴィチをかばい、彼は自分の考えを分かりやすく説明できた、と認めた。 「それなら結構!」 と彼は言った。 「私は、舞台で本来いつもこう起こるべきことを見せたのだ。 比較のために思い出しなさい。多くの場合、俳優たちに舞台で起きてしまうが、舞台で決して起きてはならないことがある。 私は以前、それも同じ電球で示してみせた。 舞台上の電球はたまにしか点かないのに、客席の電球はほとんど絶え間なく点くのだ。 俳優の生活と注意が、舞台ではほんの一瞬だけ息を吹き返し、そのあと長いこと眠り込んで、客席や劇場の外へ移ってしまう――そんなのが正常だと思うか? そしてまた戻ってきて、また長いこと舞台から消える。 そんな演技では、舞台上の俳優の生活のうち、役に属するのはほんの幾つかの瞬間だけで、残りの時間は役とは無縁になってしまう。 そういう異種の感情の混合は、芸術には要らない。 だから舞台で、心的生活の原動力のそれぞれにも、要素のそれぞれにも、(相対的に)途切れない線を作ることを学びなさい。」 XIV. 内的な舞台上の自己感覚 … … … … … … … 19..年 授業は普通のものではなく、プラカード付きだった。 アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「生まれた心的生活の原動力の線は、どこへ向かうのか? 同じような芸術的高揚の瞬間に、感情を注ぎ出し、創造を大きく展開するために、ピアニストはどこへ向かう? ピアノへ、自分の楽器へ。 同じ瞬間に画家はどこへ駆ける? カンヴァスへ、筆と絵の具へ。つまり自分の創造の道具へ。 では俳優は、いや正確には、俳優の心的生活の原動力はどこへ駆ける? それが動かすものへ、つまり俳優の心的・身体的本性へ、俳優の心的要素へ。 知性・意志・感情が警報を鳴らし、それぞれに固有の力、気質、説得力で、内なる創造の力をすべて動員する。 眠りに沈んだ陣営が、進軍を告げる不穏な警報でふいに目を覚ますように、私たち俳優の魂の力もすぐに(たちまち)起ち上がり、創造の行軍の支度を急ぐ。 想像の無数の虚構、注意の対象、交流、課題、欲求と行為。真実と信の瞬間、情緒の記憶、適応が長い列を作って並ぶ。 心的生活の原動力はその列の間を進み、要素を喚起し、そのことで自らもいっそう創造の熱狂に感染する。 そればかりか、原動力は要素から、その自然の性質の粒子を受け取る。 そのため知性・意志・感情はいっそう能動的になり、いっそう実効的になる。 戯曲をよりもっともらしくし、課題をより根拠づける想像の虚構によって、彼らはいっそう強く喚起される。 それが、原動力と要素が、役の中の生活の真実をよりよく感じ、舞台で起きていることの現実的可能性をよりよく信じる助けになる。 それらすべてが合わさって『体験』と、舞台上の登場人物との交流への必要を呼び起こす――そのためには適応が必要だ。 要するに、心的生活の原動力は、通り抜ける要素の列の、あらゆる調子、色、ニュアンス、雰囲気を受け取る。 それらの心的内容が原動力に染み込む。 逆に心的生活の原動力は、要素の列へ、自分自身のエネルギー、力、意志、情動、思考だけでなく、役と戯曲の粒子も伝える。詩人の作品に初めて触れたとき、彼らを魅了し、創造へ喚起したものをだ。 原動力は、役の魂の最初の芽を、それらの要素に接ぎ木する。 その芽から、やがて演じ手の魂の中に、俳優=役の感受が少しずつ作られる。 こうしてそれらは、整然とした連隊のように、心的生活の原動力に率いられて前へ進んでいく。 「では、それらはどこへ向かうのですか?」 と弟子たちは尋ねた。 「どこか遠くへ…… 戯曲の想像の虚構、『与えられた状況』、魔法の『もし』が、幽かなほのめかしで呼び寄せる先へ。 創造的課題が引き寄せ、役の内的な欲求、志向、行為が押しやる先へ。 交流のための対象、つまり戯曲の登場人物が、彼らを引きつける。 舞台で、そして詩人の作品の中で、容易に信じられるものへ――つまり芸術的真実へ――彼らは伸びていく。 注意しなさい。これらの誘惑はすべて舞台の上、つまりフットライトのこちら側にあり、客席にはない。 要素の列が遠くへ伸びるほど、志向の線はますます密に寄り合い、ついには一つの共通の結び目のように結ばれていく。 この、俳優=役のすべての要素が共通の志向へ溶け合うことが、舞台における俳優のきわめて重要な内的状態を生む。それを私たちの言葉では……」 アルカージー・ニコラエヴィチは、目の前に掛かっていた次の文言のプラカードを指さした。 内的な舞台上の自己感覚 「えっ、そんな!」 ヴューンツォフは怯えた。 「とても簡単だよ」私は自分の理解を確かめるために、彼に説明し始めた。「心的生活の原動力は要素とともに、俳優=役の一つの共通の目的に結びつく。 そうでしょう?」 「そうだ。ただし修正が二つある。」 第一に、その根本の共通目的はまだ遠い。だから彼らは、共通の力でそれをさらに探すために結びつくのだ。 第二の修正は用語についてだ。 条件に従って、私たちはこれまで、芸術的能力、性質、才能、自然の資質、さらにはサイコテクニックのいくつかの手段まで、まとめて単に『要素』と呼んできた。 それはただの仮の呼び名にすぎなかった。 自己感覚について話すには早すぎたから、その呼び方を便宜上認めていただけだ。 だが今、この言葉を口にした以上、君たちに告げよう。彼らの本当の名は―― 『内的な舞台上の自己感覚の要素』だ。」 「要素……舞台上の……自己感覚……」 「内的な……舞台上の……自己感覚……」 とヴューンツォフは、難しい言葉を自分の頭にねじ込もうとしていた。 「どうしたって分からない!」 彼はついにそう決めると、深くため息をつき、手を振り、やけになって髪をぐしゃぐしゃ掻きむしった。 「分かることなんてないよ! 内的な舞台上の自己感覚とは、ほとんど正常な人間の状態そのものだ。 「『ほとんど』?」 ! 「それは、正常より良くもあり、同時に……悪くもある。」 「なぜ悪いんです?」 「舞台上の自己感覚は、公の創造という不自然な条件のせいで、普通の人間の自己感覚にはない、劇場と舞台のにおい——自己誇示の味わい——を、ほんのひとかけら隠し持っているからだ。」 だから私たちは、舞台の上の俳優のこの状態を、ただの内的自己感覚とは呼ばず、『舞台上の』という語を付け加える。 「では、内的な舞台上の自己感覚は、どこが正常より良いのです?」 「そこには、公の孤独の感覚が含まれている。それは私たちが現実の生活では知らないものだ。 これは実にすばらしい感覚だ。 いずれ君たちも覚えているだろう。君たちは、空っぽの劇場で長時間演じるのも、家の部屋で相手役と差し向かいで演じるのも退屈だ、と打ち明けた。 私たちはその演技を、絨毯や柔らかい家具でぎっしりの、音響を殺す部屋で歌うことにたとえた。 だが満員の劇場では、何千もの心臓が俳優の心臓と一つの調子で打ち、私たちの感情のためのすばらしい共鳴と音響が生まれる。 舞台で真の『体験』が一瞬でも起きるたびに、客席からは反響、関与、共感が押し寄せ、千の生きた興奮した人々からの見えない流れがこちらへ返ってくる——彼らは私たちと一緒に上演を創っているのだ。 観客は、俳優を萎縮させ、怯えさせるだけでなく、真の創造的エネルギーを彼の中に呼び起こすこともできる。 それは俳優に大きな心の温かさ、自分自身と自分の芸術的仕事への信を与える。 満員の客席から来る千の人間の魂の反響の感覚は、人間に可能な最高の喜びを私たちにもたらす。 つまり、公の創造は、一方では俳優の妨げになり、他方では助けになる。 残念ながら、この正しい、ほとんど完全に自然な人間の自己感覚は、舞台の上でひとりでに生まれることが、きわめて、きわめて稀だ。 例外的に、こんなふうにうまくいった上演、あるいはその中のいくつかの瞬間が訪れると、俳優は楽屋に戻ってこう言う――「今日は演じられる!」 それはつまり、彼が偶然、舞台でほとんど正常な人間の状態を見つけたということだ。 そうした例外的な瞬間には、俳優の創造の装置全体、その一つ一つの部分、いわば内なる『ばね』『ボタン』『ペダル』のすべてが見事に働く。生活の中と同じように、あるいはそれ以上に。 こうした内的な舞台上の自己感覚は、舞台において私たちに最後の最後まで必要だ。真の創造はそれがあって初めて起こり得るからだ。 だから私たちは、内的な舞台上の自己感覚を格別に高く評価する。 それは創造の過程における主要な瞬間の一つであり、そのためにこそ要素が鍛えられてきたのだ。 アポロンからの『贈り物』として偶然にしか訪れなかった内的な舞台上の自己感覚を、今では私たちの命令と意志で作り出し得るサイコテクニックを持っているとは、何という幸運だろう。 だから私は、祝福して授業を終えよう。今日、君たちは私たちの学校の仕事における非常に重要な段階を知った――内的な舞台上の自己感覚だ。 … … … … … … … 19..年 「残念ながら、かなり頻繁に起こるのだが」アルカージー・ニコラエヴィチは言った。「舞台の上で正しい内的な舞台上の自己感覚が生まれない場合、俳優は舞台から楽屋へ戻ると、こう愚痴る。『気分が乗らない。今日は演じられない!』 これは、俳優の心的な創造の装置が正しく働いていないか、まったく働いていないことを意味する。その代わりに、機械的習慣、約束事の『演じ』、型、職人芸が権利を得るのだ。 では、そうした状態を引き起こすのは何か? 俳優が舞台口の黒い穴に怯え、それで自己感覚の諸要素がすべて混乱したのだろうか? あるいは、仕上がっていない役で観客の前へ出てしまい、口にする言葉にも、行う行為にも信じるものがないのだろうか? それで迷いが生まれ、自己感覚を揺るがすのだろうか? あるいは、俳優が単に怠けて、創造に必要な準備をきちんとせず、よく作り上げた役を新鮮にしなかったのかもしれない。 だがそれは、毎回、每公演の前に行わねばならない。 ところが彼はその代わりに舞台へ出て、外側の形だけで役を見せた。 それが厳密に定められた楽譜どおりで、提示の芸の完璧な技術によって行われたなら、まだ良い。 そういう仕事は、たとえ私たちの芸術の方向には属さないとしても、なお『創造』と呼べるかもしれない。 だが俳優が、体調のせいで、あるいは単なる怠けや不注意、私事の心配や不愉快な出来事に気を取られて創造から注意が逸れ、上演の準備をしてこなかったのかもしれない。 あるいは、役をぺらぺら並べ、観客を笑わせるために気取って見せることに慣れ、それ以外に何もできない『俳優』の類いかもしれない。 挙げたどの場合でも、自己感覚の要素の構成、選び方、質は、それぞれ異なる形で誤っている。 その一つ一つを個別に研究する必要はない。 全体の結論を出せば十分だ。 君たちも知っているとおり、人間=俳優が千人の群衆の前へ舞台に出ると、恐怖、気後れ、恥じらい、責任、困難のせいで、自制を失う。 その瞬間、彼は人間らしく話し、見て、聞き、考え、望み、感じ、歩き、行為することができない。 そこに、観客に取り入ろうとする神経的欲求、舞台から自分を見せようとする欲求、観客のために気取った芝居で自分の状態を隠そうとする欲求が生まれる。 その瞬間、俳優の要素はばらばらに分解し、互いに別々に生き始める――注意は注意のために、対象は対象のために、真実感は真実感のために、適応は適応のために……という具合に。 もちろん、そういう現象は異常だ。 正常なのは、人間=俳優においても、現実の生活と同じように、人間の自己感覚を作る要素が切り離せないことだ。 創造の瞬間にも、正しい内的な舞台上の自己感覚においては、同じ切り離せなさがあるべきだ。それは生活の自己感覚とほとんど何も違わないのだから。 俳優が舞台の上で正しい状態にあるとき、実際そうなる。 ただ困るのは、舞台上の自己感覚が、創造の条件の異常さのために不安定だということだ。 ひとたびそれを崩すと、たちまち、すべての要素が共通の結びつきを失い、互いに別々に――それぞれ勝手に、それぞれ自分のために――生き始める。 そうなると俳優は舞台で行為してはいるが、役に必要な方向ではなく、ただ『行為する』ために行為してしまう。 俳優は交流してはいるが、戯曲に従って交流すべき相手ではなく……観客と、観客を楽しませるために交流してしまう。あるいは俳優は適応しても、それは相手役へ、役に類似した自分の思考や感情をよりよく伝えるためではなく、自分の俳優技術の繊細さをきらりと見せるために適応してしまう――などなどだ。 そうなると俳優が描く人間は、舞台の上を歩き回るが、最初はある種の、やがてはあらゆる心的性質を欠いていく。人間=役に必要なものをだ。 そうして作りきられない人間の中には、真実感と、自分の行うことへの信が欠けている者がいる。あるいは、言っていることへの人間に必要な注意が欠けている者もいる。あるいはまた、真に交流するための意味と可能性を失わせる、対象の欠落が起きている者もいる。 だから舞台で作られるそうした奇形の行為は死んでいて、そこには生きた人間の表象も、内的ヴィジョンも、欲求や志向も感じられない。そうしたものがなければ、俳優の魂に意志=感情そのものも生まれ得ないのだ。 もし同じ欠陥が外的で身体的な本性にもあり、それが目に見えるものになって、舞台で作られる人物が、耳もなく、手の指もなく、歯もなく舞台を歩き回ったら、どうだろう? 私たちは、そんな醜さと容易に和解できるとは思えない。 だが内的本性の欠陥は、目には見えない。 それは観客には意識されず、ただ無意識に感じ取られるだけだ。 それが分かるのは、私たちの仕事の鋭い専門家だけだ。 だから一般の観客はこう言うのだ。「何だか全部いいみたいなのに、掴まれない!」 「だから観客はそんな演技には心が動かず、拍手もせず、二度目は上演を見に来ないのだ。」 こうした、そしてさらに悪い脱臼が、舞台の上で絶えず私たちを脅かし、舞台上の自己感覚を不安定にする。 しかも危険は、誤った自己感覚の芽生えが、驚くほど容易で速く、把握しきれない形で起こる、という点で増幅される。 正しく成立した内的な舞台上の自己感覚に、たった一つでも誤った要素を入れれば、その瞬間それが他の同種の誤った要素を引き連れて、創造が可能な心的状態を歪めてしまう。 私の言葉を確かめてみなさい。舞台の上で、構成要素のすべてが整然としたオーケストラのように調和して働く状態を作り、それら正しい要素の一つを、別の誤った要素に置き換えてみなさい。そこからどんな不協和が生まれるか、見てごらん。 たとえば、役の演じ手が、自分では信じる力のない想像の虚構を思いついたとしよう。 そうすれば必然的に自己欺瞞と嘘が生まれ、正しい自己感覚を組織から崩す。 他の要素でも同じことが起きる。 あるいはこうだ。俳優が舞台で対象を見てはいるが、見えていないとする。 そのため注意は、戯曲と役に必要なところへ集中せず、むしろ正しい舞台上の対象を強制されることから押し返されて、別の、誤ってはいるが自分にとってより興味深く心を揺さぶるもの――客席の見物人の群衆、あるいは舞台外の想像上の生活――へ引き寄せられる。 その瞬間、俳優の中には機械的な『見ること』が生まれ、それが『演じ』を呼び起こし、自己感覚は脱臼する。 あるいは、人間=役の生きた課題を俳優の死んだ課題に置き換える、あるいは自分自身を観客に見せる、あるいは役を使って自分の気質の強さを誇示する――そういうことをやってみなさい。 その瞬間だ――これら誤った要素のどれか一つでも、舞台上の正しい状態の中へ入れた途端、他の要素もすべて、すぐに(たちまち)、あるいは徐々に、別物へと変質していく。真実は約束事と俳優の技術的手段へ、自分の『体験』と行為の真実性への信は、自分の職人芸への俳優的な信と、慣れた機械的行為へ。人間=役の課題、欲求、志向は、俳優の職業的なそれへ変わる。想像の虚構は消え去り、現実の日常――つまり、約束事の提示、芝居、上演、そして悪い意味での「演劇」――に置き換わる。 では、こうした脱臼をすべて総決算してみなさい。フットライトの向こう側の注意の対象+ねじ曲げられた真実感+生活のものではない、舞台的な情緒の記憶+死んだ課題。これらが、芸術的虚構の雰囲気ではなく、日常の俳優稼業としての現実、上演という異常な条件の中に置かれ、さらに、そうした場合に避けがたく伴う最強の筋肉緊張が加わる。 こうした「要素」すべてから組み上がるのは、誤った舞台上の状態だ。そこでは『体験』も創造もできない。できるのは、職人仕事として提示し、気取って見せ、笑わせ、作り物にし、人物像を真似て誇張することだけになる。 音楽でも同じことが起きないだろうか? そこでも一つの外れた音が、整った和音を台無しにし、響きを殺し、協和音を不協和音に変え、他のすべての音まで狂わせて鳴らしてしまう。 間違った音を直せば、和音はまた正しく響く。 私が今日挙げたすべての例では、避けがたく、まず脱臼が生じ、次いで俳優の舞台上の誤った状態が生まれる。私たちの言葉ではそれを――職人的(俳優的)自己感覚――と呼ぶ。 君たちのような、経験と技術のない初心の俳優や弟子は、舞台でたいてい、この誤った心的状態の支配に陥る。 それが彼らの中に、多くの約束事を呼び起こす。 それに対して、正しい、正常な、人間的な自己感覚は、舞台では彼らの意志とは無関係に、たまたま偶然にしか生まれない。 「でも、舞台に立ったのは一度きりなのに、どうして職人芸なんて出るんです?」 と私も他の弟子たちも反論した。 「それには、君の言葉で答えよう。確か、君自身の言葉だったな」彼は私を指さした。 「いちばん最初の授業を覚えているか? 君たちをただ舞台に座らせただけなのに、君たちはその代わりに『演じ』を始めた。あのとき君は、だいたいこんなことを口走った。『変だな! 舞台に立ったのは一度だけで、あとはずっと普通に生活してきたのに、舞台では自然に生きるより、演じて見せるほうがずっと楽だ』と。 秘密は、舞台そのもの、公の創造の条件の中に嘘が潜んでいることだ。 それとただ折り合うことはできない。絶えず闘い、かわし、気づかないでいられるようにならねばならない。 舞台の嘘は、舞台の上で真実と絶え間なく闘っている。 では、どうすれば前者から身を守り、後者を強められるのか? この問題は次の授業で扱おう。」 … … … … … … … 19..年 「では、次の問題を解決しよう」アルカージー・ニコラエヴィチは、今日の授業のプログラムを示した。「一方では、舞台で、気取って見せたり『演じ』たりするしかない誤った職人的(俳優的)自己感覚から、どう身を守るか。他方では、真に創造できる正しい人間的な内的な舞台上の自己感覚を、どう自分の中に作るか。 この二つの問題は同時に解ける。片方がもう片方を排除するからだ。正しい自己感覚を作れば、それによって誤った自己感覚は消える。逆も同じだ。 このうち第一の問題のほうが重要だ。だからそれを話そう。 生活では、どんな心的状態もひとりでに、自然に生まれる。 内的生活と外的生活の条件を考慮すれば、それは常に、その仕方なりに正しい。 ところが舞台では逆だ。公の創造の不自然な条件の影響で、ほとんどいつも誤った俳優的自己感覚が生まれる。 舞台で、正常で人間的な状態に近い自然な状態が生まれるのは、たまに、偶然にすぎない。 では、正しい自己感覚が舞台でひとりでに芽生えないとき、どうすればいいのか? そのときは、自然な人間の状態――現実で私たちが常に味わっているものにほとんど等しい状態――を、人工的に作り出さねばならない。 そのためにサイコテクニックが必要だ。 それは正しい自己感覚を作る助けとなり、誤った自己感覚を消す。 それは俳優を役の雰囲気の中に保ち、舞台口の黒い穴からも、客席へ引かれる衝動からも守ってくれる。 ではこの過程はどう行われるのか? どの俳優も上演の前には、描く人物像に外見を近づけるために、顔に化粧をし、身体に衣装をつける。だが彼らは肝心なことを忘れている。役の『人間精神の生活』を作るために、いわば自分の魂にも「化粧をし、衣装をつけて」用意することだ――俳優は何よりもまず、どの上演でもそれを『体験』するよう求められているのに。 ではなぜ彼らは、身体にだけそんなに例外的な注意を払うのか? 身体が、舞台における主たる創造者だというのか? なぜ俳優の魂は『化粧』も『衣装』もつけないのか? 「じゃあ、どうやって魂に化粧を?」 弟子たちは尋ねた。 「魂の身支度、役への内的準備はこうだ。大多数がやるようにギリギリに楽屋へ来るのではなく、(大きな役なら)開演の二時間前に来て、出番の準備をする。 どうやって? 彫刻家は造形の前に粘土を練る。歌手は歌う前に発声練習をする。私たちは『慣らし』をするのだ。いわば魂の弦を調律するために、内なる『鍵盤』『ペダル』『ボタン』を点検するために、そして創造の装置を動かすための各要素とおとりを点検するために。 この作業は『トレーニングと教練』のクラスで君たちもよく知っている。 練習は筋肉を緩めることから始まる。これなしに先の作業は不可能だからだ。 それから…… 覚えているか。 対象――あの絵だ! 何が描かれている? 大きさは? 色は? 遠い対象を取れ! 小さな注意の範囲は、自分の足元より先へは出ない、あるいは自分の胸郭の範囲までだ。 身体的な課題を考え出せ! それを正当化し、生かせ—まず一つの想像の虚構で、次に別の虚構で! 行為を真実と信へ届かせろ。 魔法の「もし」や『与えられた状況』なども考え出せ。 すべての要素を揉みほぐしたら、そのうちの一つに取りかかりなさい。 「どれに?」 - どれでもいい。創造の瞬間に君がいちばん心ひかれるものに——課題に、「もし」と想像の虚構に、注意の対象に、行為に、小さな真実と信に……などだ。 そのうちどれか一つでも仕事へ引き込めたなら――ただし『なんとなく』『おおよそ』『形式的に』ではなく、本質において完全に正しく、最後まで――他のすべての要素が、すでに生きたその要素に引きずられてついてくる。 それは、心的生活の原動力と要素が共同作業へ向かう自然な引力によって起こる。 職人的(俳優的)自己感覚で、一つの誤った要素が他のすべてを引き連れるのとまったく同じだ。ここでも、完全に生きた一つの正しい要素が、正しい内的な舞台上の自己感覚を作る他の正しい要素すべてを仕事へ喚起する。 鎖はどの輪を持ち上げても、他が第一の輪に引かれてついてくる。 自己感覚の要素も同じだ。 強制されていない私たちの創造の本性は、何という驚くべき創造物だろう! その中で、あらゆる部分がどう一つに溶け合い、互いに依存していることか! この性質は慎重に利用しなければならない。 だから、正しい舞台上の自己感覚へ入るには、稽古でも——ましてや上演では——創造の作業を繰り返すたびに、毎回きちんと、注意深く準備しなければならない。要素を揉みほぐし、それらから正しい自己感覚を作るのだ。 「毎回?」 ! ヴューンツォフは驚いた。 「それは大変だ!」 弟子たちはヴューンツォフに同調した。 「君たちの言うとおりだと? では、強制された要素で行為するほうが楽なのか? 断片も課題も対象もなく、真実感も信もなく? 正当化された魔法の「もし」と説得力ある『与えられた状況』を備え、明確で魅力的な目的へ向かう正しい欲求や志向が君たちの邪魔になって、反対に、型や『演じ』や嘘が助けになる——だからそれらと別れるのが惜しい、というのか? 「違う! すべての要素を一度に一つへ結び合わせるほうが、もっと容易で、もっと自然だ。しかも彼ら自身、そのための自然な傾向を持っているのだから。 私たちは、手も脚も心臓も腎臓も胃も、同時に一緒に必要とするように作られている。 器官の一つを奪われ、その代わりにガラスの目や偽物の鼻や耳、あるいは義手・義足・入れ歯のような代用品を入れられたら、私たちは非常に不快だ。 それなのに、俳優の内的な創造の本性や、役については、なぜ同じことを許してしまうのか? 内的な創造の本性にも、役にも、すべての有機的な構成要素が要る。代用品――型――は邪魔になる。 だから、正しい自己感覚を作るすべての部分が、完全な相互作用のもと、調和して働けるようにしなさい。 注意の対象を、単独で、それだけで、何のために取る必要がある? それは、引き込む想像の虚構の中でのみ生きる。 だが生活があるところには、その構成部分――断片――があり、断片があるところには課題がある。 人を誘う課題は自然に、欲求、志向の衝動を呼び起こし、それは行為へ至る。 しかし誤った嘘の行為は誰にも要らない。だから真実が必要で、真実があるところには信がある。 すべての要素が一緒になって、情緒記憶を開き、感受が自由に生まれ、『情念の真実』が作られる。 だがそれは、注意の対象なしに、想像の虚構なしに、断片と課題なしに、欲求・志向・行為なしに、真実と信なしに……そんなことが可能だろうか? また最初から――『白い雄牛の話』みたいに。 自然が結び合わせたものを、君たちは切り離してはならない。 自然に逆らうな。自分を醜くするな。 自然には自然の要求、法則、条件がある。それは破ってはならない。よく学び、理解し、守らねばならない。 だから、創造の仕事を繰り返すたびに、必ず練習を全部やることを忘れるな。 - でも失礼ですが、- とゴヴォルコフは言い返した。- そうなると夜に、上演を一つではなく、まるまる二つやらねばならないじゃないですか! ほら、第一が準備として自分のために楽屋で、第二が観客のために舞台で。」 「いや、そんな必要はないよ」とトルツォフは彼を落ち着かせた。 - 上演の準備では、役やエチュードのいくつかの主要な瞬間や、戯曲の主要な段階に触れるだけで十分だ。戯曲の課題や断片をすべて最後まで展開する必要はない。 ただ自分に問いなさい。今日、今、役のあの箇所に対する自分の態度を信じられるか? あの行為を感じているか? 想像の虚構の、取るに足りない細部のどこかを変える必要はないか、あるいは補う必要はないか? これらの準備の練習は、ただの『試し書き』だ。表現の装置の点検であり、内的創造の楽器の調律であり、楽譜の見直しであり、俳優の魂の構成要素の点検だ。 役が、ここまで述べた作業ができる段階まで熟しているなら、準備の過程は毎回、創造を繰り返すたびに、楽に、しかも比較的早く進む。 だが不幸なことに、俳優のレパートリーの役がすべて、楽譜を完全に支配し、サイコテクニックの達人になり、自分の芸術の創造者になれるほどの完成度まで熟するとは限らない。 そういう条件では、上演前の準備の過程は難航する。 だが、だからこそ、いっそう必要になり、毎回さらに多くの時間と注意を要求する。 俳優は、創造の最中だけでなくその前にも、上演の場だけでなく稽古でも家での作業でも、休みなく正しい自己感覚を整え続けねばならない。 正しい内的な舞台上の自己感覚は、最初のうち――役がまだ強くなっていない間――も、その後――役が摩耗して鋭さを失ったとき――も、不安定だ。 正しい内的な舞台上の自己感覚は、つねに揺れ動き、空中でバランスを取りながら飛ぶ飛行機のような状態にある。絶えず針路を取ってやらねばならない。 経験を積めば、このパイロットの仕事は自動化され、大きな注意を要しなくなる。 私たちの仕事でも同じことが起きる。 自己感覚の要素は絶えず調整を必要とし、やがてそれも自動的にできるように慣れる。 この過程を例で示そう。 たとえば俳優が、創造の最中に舞台の上で素晴らしく調子がいいとする。 彼は、役から出ずに自己感覚を点検し、それを構成要素へ分解できるほど、自分を支配している。 要素はどれも正しく働き、互いに助け合っている。 ところが軽い脱臼が起こると、俳優は直ちに『魂の内側へ目を向け』、自己感覚のどの要素が誤って働いたのかを理解しようとする。 誤りに気づくと、彼はそれを正す。 そのとき彼は、二重化するのが何でもない。つまり一方で誤りを直し、他方で役として生き続けるのだ。 「俳優は生きる。舞台で泣き、笑う。だが泣き笑いしながら、自分の笑いも自分の涙も見つめている。 そしてこの二重の生活、この生活と芝居の間の均衡の中に芸術がある」。 … … … … … … … 19..年 「君たちは今、内的な舞台上の自己感覚とは何か、そしてそれが心的生活の原動力と要素という個々のものから、どう組み立てられるかを知った。 その状態が魂の中に作られる瞬間、俳優の魂へ入り込んでみよう。 役を作る過程で、魂の中で何が起きるのかを追ってみよう。 たとえば、最も困難で複雑な像――シェイクスピアのハムレット――の仕事に取りかかるとする。 それを何にたとえればいい? 巨大な山だ。 その山の奥にある富を評価するには、内部に隠れた貴金属や宝石や大理石や燃料の鉱床を調べ、山の泉の鉱泉水の成分を知り、自然の美しさも見積もらねばならない。 そんな仕事は一人ではできない。 他人の助けが要り、複雑な組織、資金、時間などが要る。 最初は近寄りがたい山を、ふもとの下から見上げ、ぐるりと回って外側から調べる。 それから岩に段を刻み、その段を使って上へ登る。 道を通し、トンネルを掘り、掘削孔を穿って井戸を仕込み、坑道を掘り、機械を据え、作業班を集め、調査ののち、さまざまな兆候から、その近寄りがたい山が内部に計り知れない富を隠していることを確信する。 内へ深く入るほど、採れるものは豊かになる。 山を高く登るほど、地平の広がりと自然の美しさにいっそう驚く。 断崖に立ち、底なしの深淵の上から、はるか下に広がる花咲く谷を、かろうじて見分ける。その谷は、組み合わさる色彩の多様さで目を奪う。 そこへ水の蛇のように、細い川が高みから下っていく。 それは谷をくねり、太陽の下できらめく。 さらに向こうには森に覆われた山があり、その上は草に覆われ、さらに上へ行くと白い切り立った岩になる。 その岩の上を、陽光と光の斑が走り回り、戯れる。 そこへ、空を速く流れる雲の影が、しきりに差し込んで切り裂く。 さらに上は雪の山々だ。 そこはいつも雲の中で、はるか上空の空間で何が起きているのか分からない。 すると突然、山の上の人々が慌ただしく動き始めた。 皆がどこかへ走っていく。 彼らは歓喜して叫ぶ。「金だ、金だ! 鉱脈に当たった! 」仕事が沸き立ち、四方から岩を打ち砕く。 だが時がたつと打撃は止み、すべてが静まり返る。作業員たちは黙って、うなだれて散り、どこか遠くの別の場所へ向かう……。 鉱脈を見失ったのだ。巨大な労苦は無駄になり、期待は外れ、気力は落ち、調査の専門家たちは途方に暮れて、次に何をすべきか分からない。 だが時がたつと、また上から喜びの叫びが聞こえてくる。 そこへ登り、打ち砕き、群衆がどよめき、歌う。 しかし今回も人間の熱情は徒労だった――金は見つからない。 深い地の底から、地下のうなりのように、打撃と同じ喜びの叫びが聞こえ、やがてそれも静まる。 だが山は、探究心と粘り強さをもつ人間に、隠された宝を隠し通すことはできなかった。 人間の労苦は成功に報われた。鉱脈が見つかったのだ。 打撃が再開され、労働者の陽気な歌が鳴り響き、山のあちこちへ人々が力強く向かっていく。 もう少しで、最も高貴な金属の豊かな鉱床が見つかるだろう。 少し間(ま)を置いて、アルカージー・ニコラエヴィチは続けた。 「天才(シェイクスピア)の最大の作品『ハムレット』にも、金を産む山のように、数え切れない宝(心的要素)と、その鉱石(作品の理念)が隠されている。 それらの価値はきわめて繊細で、複雑で、捉えがたい。 それを役と俳優の魂の中で掘り起こすのは、地中の鉱床を掘り当てるよりさらに難しい。 まずは詩人の作品も、金を産む山と同じように、外側から眺めて、その形を学ぶ。 それから、深い隠し場所にある精神の富へ入り込むための道と方法を探す。 そのためには『掘削孔』『トンネル』『坑道』(課題、欲求、論理、一貫性など)が要る。『作業員』(創造の力、要素)も要る。『技師』(心的生活の原動力)も要る。そして、それにふさわしい『気分』(内的な舞台上の自己感覚)も要る。 創造の過程は、俳優の魂の中で長年煮えたぎる。昼も夜も、家でも、稽古でも、上演でも。 この仕事の性格は、『創造の喜びと苦しみ』という言葉がいちばんよく言い当てている。 そして私たちの俳優の魂でも、役の中に、そして私たち自身の中に、金を産む鉱脈や鉱石が開かれるとき、『大いなる歓喜』が起こる。 役の仕事の一つ一つの瞬間に、創造する者の全存在の中に、深く、複雑で、強く、持続し、安定した内的な舞台上の自己感覚が生まれる。 そうした状態のもとでのみ、真の創造と芸術について語ることができる。 だが残念ながら、こうした深い自己感覚は稀な現象で、大きな俳優に見られるものだ。 比較にならないほど多くの場合、俳優たちは浅く、深みに入らない心的状態で創造しており、その状態では役の表面を滑ることしかできない。 そのとき創造する者は、内部に数え切れない富が隠れていることに関心も持たず、山を散歩するように、戯曲の上をのんきに歩き回っているようなものだ。 そうした浅く表面的な自己感覚では、詩人の作品の心の深みを開くことはできず、外側の美しさを知るだけになる。 残念ながら、舞台で創造している者に最も頻繁に見られるのは、こうした深みに入らない内的な舞台上の自己感覚だ。 もし私が君たちに、舞台へ行って、そこにはない紙切れを探してみろと言ったら、君たちは『与えられた状況』と魔法の『もし』と想像の虚構を作らねばならないし、内的な舞台上の自己感覚の要素をすべて喚起しなければならない。 それらの助けによってだけ、君たちは、生活の中で紙切れを探すという単純な課題がどのように遂行されるかを、もう一度思い出し、もう一度知り直す(感じ取る)ことができる。 そういう小さな目的には、小さく、浅く、短い舞台上の自己感覚が求められる。 それは優れた技術家なら瞬時に生まれ、行為が終われば同じく瞬時に消える。 課題と行為がそうであるように、内的な舞台上の自己感覚もまたそうなのだ。 ここから自然に導かれる結論は、内的な舞台上の自己感覚の質、強さ、堅固さ、持続力、深さ、持続時間、浸透性、構成と型が、無限に多様だということだ。 そこでは、いずれかの要素や心的生活の原動力、そして創造する者の生まれつきの個性が優位になることを考慮すれば、内的な舞台上の自己感覚の型の多様さは際限がない。 ある場合には、ひとりでに、偶然に生じた内的な舞台上の自己感覚が、創造の行為の主題を探し求める。 だが逆の場合もある。興味深い課題、役、戯曲が俳優を創造へ喚起し、正しい内的な舞台上の自己感覚を彼の中に呼び起こすのだ。 これが、創造の最中、そして創造への準備の最中に、俳優の魂の中で起きていることだ。 XV. 超課題。 貫通行為 … … … … … … … 19..年 「俳優=役の内的な舞台上の自己感覚が作られた! 戯曲は、乾いた知性(インテレクト)だけでなく、欲求(意志)と情動(感情)と、あらゆる要素によっても研究されている! 創造の軍隊は、さらに整然とした戦闘隊形に編成された! 出撃できる! ――どこへ率いるんです?」 「主要な中心へ、首都へ、戯曲の قلب= قلب(心臓)へ、詩人が自作を作った根本の目的へ、そして俳優がその役の一つを創造した目的へ。 ――その目的はどこに探すんです?」 ヴューンツォフには腑に落ちなかった。 「詩人の作品の中に、そして俳優=役の魂の中に。 ――それはどうやるんです?」 「その問いに答える前に、創造の過程のいくつか重要な点について話しておく必要がある。 私の話を聞きなさい。 種から植物が育つように、作家の一つの思考と感情から、作品は育つ。 作家のそうした個々の思考、感情、生活の夢は、赤い糸となって 彼の生涯を貫き、創造の最中にも彼を導く。 作家はそれを戯曲の土台に据え、その種から自分の文学作品を育てる。 これらの思考や感情、生活の夢、永遠の苦しみや喜びが戯曲の基礎になる。だからこそ彼は قلم を取るのだ。 作家の感情と思考、夢、苦しみと喜びを舞台で伝えることが、上演の主たる課題である。 それでは今後、この根本で、主で、包括的な目的――例外なくすべての課題を引き寄せ、心的生活の原動力と俳優=役の自己感覚の要素の創造的志向を呼び起こす目的――を、 作家の作品の超課題、と呼ぶことにしよう。 アルカージー・ニコラエヴィチは、目の前に掛かっていたプラカードの文言を指さした。 「作家の作品の超課題……?」 ! ヴューンツォフは悲劇的な顔で考え込んだ。 「説明しよう」トルツォフは彼を助けようと急いだ。 「ドストエフスキーは一生、人間の中に神と悪魔を探し続けた。 それが彼を『カラマーゾフの兄弟』の創作へと押し出した。 だから神探しが、この作品の超課題なのだ。 レフ・ニコラエヴィチ・トルストイは一生、自己完成を目指し続け、その種から多くの作品が育った。その種こそが、それらの超課題なのだ。 アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフは、俗悪さと小市民性と闘い、よりよい生活を夢見た。 そのための闘いと、そこへの志向が、彼の多くの作品の超課題になった。 君たちも感じないか。天才たちのこうした大きな人生の目的は、俳優の創造にとって胸を揺さぶる魅力的な課題になり得るし、戯曲と役のあらゆる断片をそこへ引き寄せ得る、ということを。 戯曲の中で起こることはすべて、大小の個々の課題はすべて、役に類似した俳優の創造的な思いと行為はすべて、戯曲の超課題の遂行へ向かっていく。 上演で行われるすべてが、超課題と結ばれ、それに依存している度合いはあまりに大きいので、超課題に関係のない取るに足りない細部でさえ、有害で、余計で、作品の主要な本質から注意を逸らすものになる。 超課題への志向は、途切れないものでなければならない。連続して、戯曲と役の全体を貫くものとして。 連続性のほかに、そうした志向の質と起源そのものも区別しなければならない。 それは俳優的で形式的なものにもなり得て、その場合は、多かれ少なかれ正しい大まかな方向を与えるだけだ。 そうした志向では作品全体に生命は入らず、真に生産的で合目的的な行為の能動性も喚起しない。 そういう創造的志向は舞台には要らない。 だが別のものもあり得る――戯曲の根本目的を達するための、真の、人間的で、実効のある志向だ。 その途切れない志向は、主たる動脈のように、俳優と描かれる人物の全身を養い、彼らにも戯曲全体にも生命を与える。 そうした真の生きた志向は、超課題そのものの質、すなわちその魅力によって喚起される。 超課題が天才的なら、それへの引力は並外れて強くなる。天才的でなければ、引力は弱くなる。 「じゃあ、ひどいなら?」 ヴューンツォフが尋ねた。 「超課題が悪いなら、俳優自身がそれを尖らせ、深めることに気を配らねばならない。 ――では、どんな質の超課題が要るんです?」 私は理解しようとした。 「作家の創造的意図に合わない誤った超課題が必要だろうか? それ自体は俳優にとって興味深いとしても?」 トルツォフは問うた。 「違う! そんな課題は要らない。 それどころか危険だ。 誤った超課題が魅力的であればあるほど、それは俳優を強く自分のほうへ引き寄せ、俳優は作者から、戯曲から、役から、ますます遠ざかる。」アルカージー・ニコラエヴィチは自問しつつ自答した。 「理屈の超課題が必要だろうか? 乾いた理屈の超課題も要らない。 だが、知性から、興味深い創造的な考えから生まれる意識的な超課題は、私たちには必要だ。 私たちの本性全体を喚起する情緒的な超課題は必要だろうか? もちろん、空気や太陽のように、最後の最後まで必要だ。 私たちの心的・身体的存在のすべてを引き寄せる意志的な超課題は必要だろうか? きわめて必要だ。 創造的想像力を喚起し、注意全体をまるごと引きつけ、真実感を満たし、信や、俳優の自己感覚の他の要素を喚起する超課題についてはどう言うべきか? 心的生活の原動力を、俳優そのものの要素を喚起する超課題は、パンのように、栄養のように、私たちに必要だ。 つまり、作家の意図に類似しつつ、しかも創造する俳優自身の人間の魂に応答を呼び起こす超課題が必要なのだ。 これこそが、形式でも理屈でもない、真の、生きた、人間的で直接的な『体験』を呼び起こし得る。 言い換えれば、超課題は役の中だけでなく、俳優自身の魂の中にも探さねばならない。 同じ役の同じ超課題は、すべての演じ手にとって義務であり続けながらも、それぞれの魂の中では響き方が違う。 同じだが、同じではない課題になるのだ。 たとえば、最も現実的な人間の志向を取ってみよう――「楽しく生きたい」。 その欲求そのものにも、達成への道筋にも、『楽しさ』という表象そのものにも、どれほど多様で捉えがたいニュアンスがあることか。 そこには個人的で、個体的で、意識的な評価に必ずしも従わないものが多い。 さらに複雑な超課題を取れば、人間=俳優それぞれの個体的特色は、いっそう強く現れる。 そうした、演じ手ごとの魂の個体的な応答は、超課題にとって重要な意味を持つ。 創造する者の主観的『体験』がなければ、超課題は乾いていて死んでいる。 超課題も役も、生きて震え、真の人間の生活のあらゆる色で輝くものになるためには、俳優の魂の中に応答を探さねばならない。 大事なのは、役に対する俳優の態度が、感覚的な個性を失わず、しかも作家の意図と食い違わないことだ。 演じ手が役の中で自分の人間的本性を現さないなら、その創造は死んでいる。 俳優は、自分で超課題を見いだし、愛さねばならない。 もしそれが他人に指し示されたものなら、超課題を自分の中へ通し、自分自身の人間の感情と立場から、情緒的にそれで揺さぶられねばならない。 言い換えれば、どんな超課題でも自分のものにする術を持たねばならない。 つまり、自分の魂に近い内的本質をそこに見つけることだ。 では、同じ役の同じ超課題でありながら、演じ手それぞれをそれぞれの仕方で喚起する、その固有で捉えがたい引力を、超課題に与えるものは何なのか? 多くの場合、その特色を超課題に与えるのは、私たちが自分の中に無自覚に感じ取っているもの、潜在意識の領域に隠れているものだ。 超課題はその領域と近い親縁関係にあるべきだ。 君たちは今、大きく、胸を揺さぶり、深い超課題を、どれほど長く探究して探し出さねばならないかが分かっただろう。 そして超課題を探すとき、作家の作品の中でそれを見抜き、自分自身の魂の中に応答を見つけることが、どれほど重要かも分かっただろう。 どれほど多くの超課題を不合格にし、また育て直さねばならないことか。 目的に達するまでに、どれほど狙いを定め、どれほど外さねばならないことか。 … … … … … … … 19..年 アルカージー・ニコラエヴィチは今日こう言った。 「超課題を探し、それを確定する困難な過程では、その呼び名の選択が大きな役割を果たす。 単純な断片と課題では、的確な言葉で名づけると力と重みが出ることを、君たちは知っている。 また、名詞を動詞に置き換えると、創造的な志向の能動性と実効性が増す、ということも以前に話した。 この条件は、超課題を言葉で名づける過程では、さらに強く現れる。 『呼び名など何だって同じだろう!』 ――と素人は言う。 だが実際には、名の的確さ、その名に隠された行為性によって、作品の方向も解釈も、しばしば左右されるのだ。 たとえば、グリボエードフの『知恵の悲しみ』を演じるとして、作品の超課題を「ソフィアへ向かいたい」という言葉で定めたとしよう。 戯曲の中には、そう名づけを正当化する行為が多くある。 困るのは、その解釈では、戯曲の主たる社会的・告発的側面が、偶然の、挿話的な意味しか持たなくなることだ。 だが同じ言葉で超課題を定めるにしても、「向かいたい」のはソフィアではなく祖国だ、というふうにもできる。 その場合、チャツキーのロシアへの、民族への、人民への燃える愛が前面に出る。 そうすると戯曲の社会的・告発的側面はより大きな位置を占め、作品全体の内的意味もより重大なものになる。 だがさらに戯曲を深め、超課題を「自由へ向かいたい!と定めることもできる。 「この志向のもとでは、主人公の暴虐者への告発はより厳しくなり、作品全体は、第一の――ソフィアへの愛――のような個人的・私的な意味でもなく、第二の案のような狭い民族的意味でもなく、広い、全人類的な意味を得る。」 同じような変化は、ハムレットの悲劇でも、超課題の呼び名を変えるだけで起こるだろう。 それを「父の記憶を敬いたい」と呼べば、家庭劇に傾くだろう。 『存在の秘密を知りたい』と名づければ、神秘的悲劇になる。人生の敷居の向こうを覗いた人間は、存在の意味の問題を解かずには生きられない、という悲劇だ。 ハムレットを、剣を手に地上の汚れを一掃すべき第二の救世主として見たがる者もいる。 『人類を救いたい』という超課題は、悲劇をさらに拡大し、さらに深める。 私自身の俳優としての実践からの幾つかの例が、今の例以上に分かりやすく、超課題の名づけの意義を君たちに説明するだろう。」 私はモリエールの『病は気から』でアルガンを演じた。 最初、私たちは戯曲にきわめて初歩的に取り組み、超課題を『病気でいたい』と定めた。 それでいるために私が力めば力むほど、うまくそれができればできるほど、陽気な喜劇=風刺は、病の悲劇、病理へと変わっていった。 だが私たちはすぐ誤りに気づき、独裁的な愚か者の超課題を『病人だと思われたい』と名づけた。 すると戯曲の喜劇的側面がすぐに響き始め、モリエールが戯曲で嘲笑したかった医療界の山師たちが愚か者を食い物にするための土台も生まれ、悲劇はたちまち小市民性の陽気な喜劇へ変わった。 別の戯曲――ゴルドーニの『宿屋の女主人』――では、私たちは最初、超課題を「女を避けたい」(女嫌い)と名づけたが、それでは戯曲のユーモアも効き目も引き出せなかった。 だが私が、主人公は女好きで、女嫌いになるのではなく、女嫌いだと噂されたいだけだと理解すると、超課題は『こっそり口説きたい』(女嫌いを隠れ蓑にして)と定まり、戯曲はすぐ生き返った。 しかしその課題は戯曲全体というより、私の役に関わるものだった。 だが長い作業ののち、「宿屋の女主人」――言い換えれば「私たちの人生の女主人」――は女(ミランドリーナ)なのだと悟り、それに沿って実効性のある超課題を定めると、内的本質はひとりでに立ち現れた。 これらの例が示すのは、私たちの創造とその技術において、超課題の呼び名の選択が、仕事全体に意味と方向を与える、きわめて重要な瞬間だということだ。 超課題は、上演が終わってから定まることも非常に多い。 しばしば観客自身が、俳優が超課題の正しい名づけを見つけるのを助ける。 今なら明らかだろう。超課題と戯曲の切り離せない結びつきは有機的であり、超課題は戯曲のまさに核心、最も深い隠し場所から取り出されるのだ。 超課題が、創造する俳優の魂へ、想像力へ、思考へ、感情へ、あらゆる要素へ、できるだけ強く入り込むようにしなさい。 超課題が、演じ手に、役の内的生活と創造の目的を、絶えず思い出させるようにしなさい。 俳優は上演中ずっと、それに取り組んでいなければならない。 それが、感覚的注意を役の生活の領域に保つ助けになるようにしなさい。 それがうまくいけば『体験』の過程は正常に進む。だが舞台で、役の内的目的と、それを演じる人間=俳優の志向が食い違えば、致命的な脱臼が生じる。 だから俳優の第一の務めは、超課題を見失わないことにある。 超課題を忘れるとは、描かれる戯曲の生活の線を断つことだ。 それは役にとっても、俳優自身にとっても、上演全体にとっても破局だ。 その場合、演じ手の注意は瞬時に誤った方向へ向かい、役の魂は空になって、そのชีวิตは止まる。 舞台の上で、現実の生活では容易に、ひとりでに起こるものを、正常に、有機的に作り出すことを学びなさい。 作家の作品は超課題から生まれた。俳優の創造もまた、そこへ向けられねばならない。 … … … … … … … 19..年 「つまり」とアルカージー・ニコラエヴィチは言った。「俳優のインテレクト(知性)、欲求(意志)、情動(感情)から生まれ、役の粒子を取り込み、人間=俳優の内的な創造の要素に染み込んだ心的生活の原動力の志向の線は、互いに結び合い、絡み合って、より複雑な模様を作る。まるで撚り縄の紐のように、そして最後には、一つの堅固な結び目のように結ばれる。 それらの志向の線が一緒になって、内的な舞台上の自己感覚を形づくる。その自己感覚があって初めて、役の心的生活のあらゆる部分と複雑な屈曲を研究し始めることができる。ちょうど、舞台で創造している最中の俳優自身の生活を研究するのと同じように。 この全方位的な役の研究の中で、戯曲とその登場人物が作られた超課題が明らかになる。 創造の志向の真の目的を理解すると、すべての原動力と要素は、作者が描いた道に沿って、共通の、最終の、主たる目的――つまり超課題――へ向かって駆け出す。 私たちの言葉では、俳優=役の心的生活の原動力が戯曲全体を貫いてもつ、この実効的で内的な志向を…… アルカージー・ニコラエヴィチは、目の前に掛かっていたプラカードの二つ目の文言を指さして読み上げた。 俳優=役の貫通行為。 「つまり俳優にとって、貫通行為とは、創造する俳優の知性・意志・感情から始まる心的生活の原動力の志向の線の、直接の延長である。 貫通行為がなければ、戯曲の区切りと課題も、『与えられた状況』も、交流も、適応も、真実と信の瞬間も、その他のすべてが互いにばらばらのまま、よみがえる望みもなく沈んでしまうだろう。 だが貫通行為の線が、それらすべてを一つに結び、糸がばらばらの珠を貫くように貫き、共通の超課題へ向けて導く。 この瞬間から、すべてはそれに奉仕する。 私たちの創造における貫通行為と超課題の、巨大な実践的意義をどう説明すればいいだろう? 君たちがいちばん納得するのは、現実の生活からの例だ。 その一つを話そう。 女優の3. ――成功と観客の愛を得ていた――が『システム』に関心を持った。 彼女は最初から学び直そうと決め、そのために一時的に舞台を離れた。 数年にわたり、3.は新しい方法をさまざまな教師のもとで学び、全課程を修め、その後ふたたび舞台へ戻った。 ところが驚いたことに、以前の成功がなかった。 かつての名声は、彼女の中で最も貴重だったもの――自然さ、衝動、霊感の瞬間――を失った、と評された。 それに代わったのは、乾いた調子、自然主義的な細部、形式的な演技の手法、その他の欠点だった。 哀れな女優の立場は、想像に難くない。 新しい出番のたびに、舞台へ出ることが試験に変わった。 それが彼女の演技を妨げ、途方に暮れと当惑をいっそう強め、それは絶望へと移っていった。 彼女は、首都では『システム』の敵が新しい方法に偏見を持っているのだろう、と考え、各地の都市で自分を試した。 だが地方でも同じことが繰り返された。 哀れな女優は、すでに『システム』を呪い、それを捨てようとした。 古い手法へ戻ろうとも試みたが、それもできなかった。 一方では、職人的な俳優の手際と古いものへの信が失われ、他方では、新しい手法(女優が気に入っていた)と比べたとき、旧来の演技法のばかばかしさが意識されてしまったからだ。 古いものからは離れたが、新しいものにもつかず、二つの椅子の間に座ったままだった。 3.は舞台を去って結婚する決心をした、と噂された。 その後は自殺するつもりだ、という噂まで流れた。 その頃、私は舞台の上で3.を見た。 上演後、彼女に頼まれて、私は彼女の楽屋に立ち寄った。 女優は、叱られる生徒のように私を迎えた。 上演はとっくに終わり、出演者も劇場の係員も帰ってしまっていたのに、彼女は化粧も落とさず衣装のまま、私を楽屋から離さず、絶望すれすれの激しい興奮の中で、自分に起きた変化の原因をしつこく問い詰めた。 私たちは彼女の役と、その準備のすべての瞬間、『システム』から身につけた技術の手段を、すべて検討した。 どれも正しかった。 女優はそれぞれの部分を個別に理解していたが、全体としては『システム』の創造の基礎を身につけていなかった。 「貫通行為と超課題は?」 ! 私は彼女に尋ねた。 3.はそれについて何か聞いたことがあり、大まかには知っていたが、それは実践に適用されていない理論にすぎなかった。 「貫通行為なしに演じているなら、君は舞台で『与えられた状況』と魔法の『もし』の中で行為していないということだ。つまり、自然とその潜在意識を創造に引き込まず、私たちの芸術の方向の主たる目的と基礎が求めるとおりの、役の『人間精神の生活』を作っていない。 それなしに『システム』はない。 つまり君は舞台で創造しているのではなく、『システム』の、互いに何のつながりもない個別の練習をやっているだけだ。 それは学校の授業にはよいが、上演には向かない。 君は忘れている。この練習も、『システム』の中にあるすべてのものも、第一に、貫通行為と超課題のために必要なのだ。 だから、君の役の断片が個々には見事でも、全体としては印象を生まず、満足も与えない。 アポロンの像を細かく砕いて、その一片一片を別々に見せてみなさい。 破片が見る者を掴むことは、まずないだろう。」 翌日、 घर での稽古が مقرر された。 私は女優に、彼女が準備した断片と課題を貫通行為で貫く方法、そしてそれらを共通の超課題へ向けて導く方法を説明した。 3.は情熱的にこの仕事に取りつき、身につけるために数日ほしいと頼んだ。 私は立ち寄って、彼女が私なしでやったことを確かめ、ついに劇場へ行って、新しく修正された形の上演を見た。 その夜に起きたことは、とても書き尽くせない。 才能ある女優は、苦しみと疑いの報いを受けた。 彼女は目を見張るような成功を収めた。 これが、奇跡のようで、すばらしく、生命を与える貫通行為と超課題が成しうることだ。 これほど、私たちの芸術におけるそれらの巨大な意義を納得させる例があるだろうか! 私はさらに進めよう! 少し間(ま)を置いて、アルカージー・ニコラエヴィチは叫んだ。 「理想の人間=俳優を想像してみなさい。その者が自分の全存在を、一つの大きな人生の目的――『高い芸術で人々を高め、喜ばせ、天才の作品の秘めた心の美を彼らに説明する』――に捧げるとする。 そういう人間=俳優は舞台へ出て、集まった観客に、天才的戯曲と役についての自分の新しい解釈を示し、説明するだろう。創造する者の考えでは、それが作品の本質をよりよく伝えるのだ。 そういう人間=俳優は、同時代の人々を啓蒙するという、高く文化的な使命に自分のชีวิตを捧げることができる。 彼はまた、個人的な成功を通じて、自分の知性や魂に近い理念や感情などを群衆の中へ届けることもできる――などなど。 偉大な人々には、どれほど多くの高邁な目的があり得ることか! では今後、こうした人間=俳優の人生の目的を、超・超課題と呼び、その貫く行為を超・貫通行為と呼ぶことにしよう。 「それは何です?」 答える代わりに私は、今話していることを理解する(つまり感じ取る)助けになった、自分の体験を話そう。 昔、劇場がペテルブルクへ巡業に行ったときのことだ。開幕前日、私は不出来で準備の悪い稽古に引き止められてしまった。 憤り、苛立ち、疲れきって、私は劇場を出た。 そのとき突然、思いがけない光景が目に入った。 私は、劇場の建物の前の広場いっぱいに広がる巨大な一団を見た。 焚き火が燃え、何千人もの人が、雪の上や持参した長椅子の上に座り、うとうとし、眠っていた。 巨大な群衆が朝と切符売り場の開場を待っていた。切符販売の列で、より前の番号を得るためだ。 私は衝撃を受けた。 この人々の偉業を評価するために、私は自分に問わねばならなかった。どんな出来事、どんな魅力的な展望、どんな並外れた現象、どんな世界的天才が、私に一晩どころか何夜も続けて、寒空の下で震えさせるだろうか? この犠牲は、切符を確実に得られる保証はないのに、窓口へ近づく権利を与える紙切れを得るために払われているのだ。 私は答えを出せず、健康、あるいは命すら危険にさらしてまでそうするような出来事を想像できなかった。 人々にとって劇場の意味は、どれほど大きいのだろう! 私たちはそれを、どれほど深く自覚すべきなのだろう! 命を懸けても惜しくないほどの高い喜びを、何千人もの観客に運ぶとは、何という名誉であり幸福だろう! 私は、自分の中にそうした高い目的を作りたくなった。それを私は超・超課題と呼び、その遂行を超・貫通行為と呼んだ。 少し間(ま)を置いて、アルカージー・ニコラエヴィチは続けた。 「だが悲劇だ。大きな最終目的――戯曲と役の超課題であれ、俳優の一生全体の超・超課題であれ――へ向かう途中で、創造する者が小さな私的課題に、必要以上に注意を留めてしまったら。 ――するとどうなるんです? ――こうなる。子どもが遊びで、重りや石を頭上で回すのを思い出しなさい。長い縄に結びつけたものを回すのだ。 回転するにつれて縄は、その縄とつながり、動きを与えている棒に巻きついていく。 縄と重りは速く回りながら円を描き、同時に、子どもが握る棒に徐々に巻き取られていく。 やがて重りは近づき、棒と合わさって、棒にぶつかる。 では想像してみなさい。遊びの真っ最中、回転の道筋に誰かが自分の杖を差し出すとする。 すると重りのついた縄は、その杖に触れた瞬間、惰性で、動きの元である棒ではなく、その杖へ巻きつき始める。 その結果、重りは本来の持ち主である子どものところへ行かず、縄を自分の杖で横取りした、よそ者のところへ行ってしまう。 もちろんそのとき、子どもは遊びを支配する力を失い、脇へ退かされる。 私たちの仕事でも、似たことが起こる。 最終の超課題を目指す途中で、つい、脇の取るに足りない俳優的課題にぶつかることが非常に多い。 創造する俳優のエネルギーが、そこへすべて注がれてしまう。 大きな目的を小さな目的に置き換えることが、俳優の仕事全体を歪める危険な現象であることは、説明するまでもないだろう。 … … … … … … … 19..年 アルカージー・ニコラエヴィチは大きな黒板に近づき、チョークを手に取って言った。「君たちに超課題と貫通行為の意義をさらに評価させるために、図解の助けを借りよう。 例外なくすべての課題と、それに伴う役の短い生活の線が、ただ一つの定まった共通の方向――つまり超課題――へ向かうのが正常だ。 こういうふうに。」 アルカージー・ニコラエヴィチは黒板に描いた。 「役の小さな、中くらいの、大きな生活の線が長い列となって、一つの方向――超課題――へ向かっている。 役の短い生活の線は、それぞれの課題とともに、論理的に一貫して次々と交代しながら、互いに引っかかってつながっていく。 それによって、それらから一つの途切れない貫通の線が生まれ、戯曲全体を通って伸びる。 では逆に、俳優が超課題を持たず、演じる役の短い生活の線がそれぞれ別の方向へ向かっていると、一瞬だけ想像してみなさい。」 アルカージー・ニコラエヴィチは、貫通行為の断たれた線を示す図で、また急いで自分の考えを示し始めた。 「ほら、これは、大・中・小の課題と、役の生活の小さな断片が列になっていて、それぞれ別の方向へ向かっている。 これで、途切れない一直線の線を作れるだろうか?」 私たちは皆、できない、と認めた。 - この条件では貫通行為は失われ、戯曲は断片に引き裂かれて四方に散り、各部分は全体から切り離されて、単独で存在することを強いられる。 この形では、部分がいかに美しくても、それ自体として戯曲には要らない。 第三の場合を取ろう」アルカージー・ニコラエヴィチは説明を続けた。 「すでに言ったとおり、良い戯曲では、その超課題と貫通行為は、作品の本性そのものから有機的に流れ出る。 それを無罰で壊すことはできない。壊せば作品そのものを殺してしまう。 たとえば戯曲に、無関係な、外からの目的や傾向を持ち込もうとする場合を想像してみなさい。 その場合、戯曲と有機的に結びついた超課題と、自然に生まれる貫通行為は部分的には残る。だがそれらは、持ち込まれた傾向のほうへ刻々と逸らされねばならない。背骨を折られた戯曲は生きない。 これに対してゴヴォルコフは、自分の演劇的な気質のすべてをもって抗議した。 - 失礼ですが、あなたは演出家と俳優から、あらゆる個人的な自発性、個人的な創造、秘めた自分自身、古い芸術を新しくし、それを現代へ近づける可能性まで、全部奪ってしまう! アルカージー・ニコラエヴィチは落ち着いて説明した。 「君も、君と同じ考えの多くの者も、三つの言葉を混同し、しばしば誤解している。永遠性、現代性、そして単なる時事性だ。 現代的なものは、大きな問いと深い理念を含むなら永遠になり得る。 詩人の作品に必要な現代性なら、私はそれに反対しない。 それと正反対に、狭い時事性は決して永遠にならない。 それは今日だけを生き、明日にはもう忘れられ得る。 だから、演出家や俳優、とりわけ君自身がどんな工夫を凝らそうとも、永遠の芸術作品が単なる時事性と有機的に結びつくことは決してない。 古く、一枚岩の古典作品に、時事性や戯曲にそぐわない別の目的を強引に接ぎ木すると、それは美しい身体についた野蛮な肉塊となり、しばしば見分けがつかないほどにそれをゆがめてしまう。 傷つけられた作品の超課題は、人を誘いも惹きつけもせず、ただ腹を立てさせ、脱臼させるだけだ。 強制は創造にとって悪い手段だ。だから時事的な傾向によって「更新」された超課題は、戯曲にとってもその役にとっても死になる。 だが確かに、傾向が超課題と有機的に結びつくこともある。 私たちは、オレンジの木にレモンの枝を接げることを知っている。すると新しい果実が育ち、アメリカではそれを『グレープフルーツ』と呼ぶ。 戯曲でも、そういう接ぎ木はできる。 古い古典作品に、現代の理念が自然に接がれ、戯曲全体を若返らせることがある。 その場合、傾向は独立して存在するのをやめ、超課題へと変質する。 図で言えばこうなる。超課題と傾向のほうへ伸びる貫通行為の線。 この場合、創造の過程は正常に進み、作品の有機的本性も傷つかない。 以上からの結論。 何よりも超課題と貫通行為を守りなさい;強引に持ち込まれる傾向や、戯曲にそぐわない志向や目的には慎重でありなさい。 今日、創造において超課題と貫通行為が例外的に第一の役割を持つことを、君たちに理解させることができたなら、私は幸福だ。そして私は、最も重要な課題を解決した――『システム』の主要な一要点を説明した――と考えることにしよう。 かなり長い沈黙のあと、アルカージー・ニコラエヴィチは続けた。 「どんな行為にも反行為があり、後者が前者を引き起こし強める。 だから、どの戯曲でも貫通行為のそばに、それと反対方向に、敵対する対・貫通行為が走っている。 これは良いことだ。歓迎すべき現象だ。反行為は自然に一連の新しい行為を呼び起こすからだ。 私たちにはこの絶え間ない衝突が必要だ。それが闘い、喧嘩、論争を生み、それに対応する一連の課題とその解決を生む。 それは、私たちの芸術の基礎である能動性と実効性を呼び起こす。 もし戯曲に対・貫通行為が何もなく、すべてがひとりでに片づくなら、演じ手も、演じ手が描く人物も、舞台で何もすることがなくなる。戯曲は無為となり、だから舞台向きではなくなる。 実際、もしイアーゴが卑劣な陰謀を巡らさなかったら、オセロはデズデモーナに嫉妬し、彼女を殺す必要はなかった。 だがムーア人が全存在で愛する人へ向かい、イアーゴがその間に立って対・貫通行為を行うからこそ、破局的な結末をもつ五幕の、非常に力強い悲劇が生まれる。 対・貫通行為の線もまた、俳優=役の個々の瞬間と、小さな生活の線から組み立てられることは、付け加えるまでもないだろう。 私が言ったことを『ブラン』の例で示してみよう。 たとえば、ブランの超課題を彼のスローガン『すべてか無か』と定めたとしよう(それが正しいかどうかは、この例では重要ではない) この狂信者の根本原理は恐ろしい。 それは理念的な人生の目的を『遂行』する上で、妥協も譲歩も逸脱も一切許さない。 ではこの戯曲全体の超課題に、『おむつの場面』の断片を結びつけてみなさい。たとえば以前に私たちが分析した、あの断片を。 私は心の中で、子どものおむつから超課題『すべてか無か』へと照準を合わせようとした。 もちろん想像力と虚構の助けで、両者を依存関係に置くことはできる。だがそれは大きな無理と強制で行われ、戯曲を傷つけてしまう。 それよりずっと自然なのは、母親の側が助力ではなく反行為を示すことだ。だからこの場面では、アグネスは貫通行為の線ではなく対・貫通行為の線に沿って進み、超課題へ向かうのではなく、それに逆らって進むのだ。 私がブラン自身の役について同じ作業を行い、彼の課題――「犠牲を果たすために、妻におむつを差し出すよう説得する」――と、戯曲全体の超課題――「すべてか無か」――との結びつきを探したときは、その結びつきをすぐ見つけることができた。 当然、狂信者は自分の人生の理念のために、すべてを要求したのだ。 アグネスの反行為は、ブラン自身の行為をいっそう強めた。 そこから、二つの異なる原理の闘争が生まれる。 ブランの義務は母の愛と闘い、理念は感情と闘い、狂信者の牧師は苦しむ母と闘い、男性原理は女性原理と闘う。 だからこの場面では、貫通行為の線はブランの手にあり、対・貫通行為はアグネスが担っている。 締めくくりに、アルカージー・ニコラエヴィチは、この一年の全過程で語ってきたことを、短い言葉で図式的に私たちに思い起こさせた。 この簡潔な概観は、第一の学習シーズンで受け取ったものを、私の中でそれぞれ正しい場所に配置する助けになった。 「では、すべての注意で聞きなさい。とても重要なことを言う」アルカージー・ニコラエヴィチはそう宣言した。 - 私たちの学校の稽古の始まりから踏んできたプログラムのあらゆる段階、この一年の授業期間に行った個々の要素の探究は、内的な舞台上の自己感覚を作り上げるために行われた。 そのために私たちは冬のあいだじゅう働いてきた。 これが、これからも、いつでも、君たちの格別の注意を要求するものだ。 だが、その発達のこの段階においてさえ、内的な舞台上の自己感覚は、超課題と貫通行為を繊細に、深く探り当てるには、まだ十分に整っていない。 作られた自己感覚には、重要な付け足しが必要だ。 そこには『システム』の最大の秘密が隠されている。私たちの芸術の方向の最も重要な基礎――「意識的なものを通して潜在意識へ」――を正当化する秘密だ。 その付け足しと、その基礎の学習に、次の授業から取りかかろう。 「さて、第一 課程 は終わったが、『私の心は』ゴーゴリが言うように『なんだか朧で、なんだか妙だ』。 私は、私たちのほとんど一年に及ぶ作業が私を『霊感』へ導くはずだと見込んでいた。だが残念ながら、その意味では『システム』は私の期待に応えてくれなかった」 そんなことを考えながら、私は劇場の玄関ホールに立ち、機械的にコートを着て、怠そうに首へマフラーを巻いていた。 そのとき誰かが私の脇腹に「ブランダー」を放り込んだ。 私は叫び、振り返り、笑っているアルカージー・ニコラエヴィチを見た。 私の様子に気づいた彼は、気分が落ちている理由を知りたがった。 私は曖昧に答えたが、彼は頑として問い詰め、詳しく尋ねた。 「舞台に立って、君は何を感じる?」 彼は、私を『システム』で戸惑わせている疑問を理解したかったのだ。 「それがね、特に何も感じないんです。 舞台では居心地がいい。何をすべきか分かっている。私は無駄に立っているのではない。空っぽではない。すべてを信じている。自分が舞台にいる権利も自覚している。」 「では、それで君は何がまだ欲しい?」 ! 「舞台で嘘をつかず、すべてを信じ、自分を主人だと感じている――それが悪いことか? それはとても大きいことだ!」 トルツォフはそう言って私を説得した。 そこで私は、霊感のことを彼に打ち明けた。 「そういうことか!」 . . 彼は叫んだ。 「その件は私に聞くな。 『システム』は霊感を製造しない。 ただ、霊感のための好ましい土壌を整えるだけだ。 それが来るか来ないかは、アポロンにでも、君の自然にでも、偶然にでも聞きなさい。 私は魔法使いではない。君たちに見せているのは、感情と『体験』を喚起する新しいおとりと手段だけだ。 今後、霊感という幻を追い回すのはやめなさい。 その問題は魔女である自然に任せ、君たちは人間の意識に可能なことに取りかかりなさい。 ミハイル・セメーノヴィチ・シチェプキンは、弟子のセルゲイ・ヴァシーリエヴィチ・シュムスキーにこう書いた。「君は、時に弱いことも、時にいくらか満足できる程度のこともあるだろう(それはしばしば心の状態に依る)だが、正しく演じるのだ」。 君たちの芸術的な志向と気遣いは、そこへ向けられねばならない。 正しいレールに載せられた役は、前へ進み、広がり、深まり、ついには霊感へ至る。 それがまだ起きていない間は、嘘と『演じ』と型と気取りが、決して霊感を生まないことを、固く知りなさい。 だから正しく演じるよう努めなさい。『天からのひらめき』のための好ましい土壌を整えることを学び、そうすればそれは君たちとよりよく調和するのだと信じなさい。 もっとも、次の授業では霊感についても話そう。 「それも扱おう」そう言い残して、トルツォフは去っていった。 「霊感を『分析』する? ! . . 霊感について論じ、哲学する? そんなことができるものか? 見せ物の上演で「血だ、イアーゴ、血だ!」と叫んだとき、私は論じていたか? 」 マロレトコワが、あの有名な『助けて!』を叫んだとき、彼女は論じていたか? 身体的行為や、その小さな真実と信の瞬間みたいに、霊感も、こつこつ、断片ごとに、別々の閃きとして集めて組み立てるつもりなのか? ! ――私は劇場を出ながら、そう思った。 XVI. 俳優の舞台上の自己感覚における潜在意識 … … … … … … … 19..年 教室に入るなり、アルカージー・ニコラエヴィチは命じた。「ナズヴァーノフとヴューンツォフ、舞台へ行って、エチュード『金を燃やす』の冒頭場面をやってみせろ」 君たちは、創造の仕事はいつも筋肉の解放から始めねばならないことを知っている。 だからまず、できるだけ楽に座って休みなさい。家にいるつもりで。 私たちは舞台へ行き、命令どおりにした。 「足りない!」 「もっと自由に! もっと楽に!」 アルカージー・ニコラエヴィチが客席から叫んだ。 「緊張の九十五パーセントは捨てろ!」 君たちは、私が余計な分を大げさに言っていると思うかもしれない。 いや、千人の群衆の前に立つ俳優の『頑張り』は、誇張の極みまで膨れ上がる。 しかも最悪なのは、その頑張りと強制が、必要も、意志も、俳優自身の健全な理性も離れて、気づかれぬまま生まれてしまうことだ。 だから余計な緊張は、できるかぎり思い切って放り投げなさい。 舞台では、自分のアパートにいる以上に家にいるつもりでいなさい。 舞台の上では、現実より心地よく感じるべきなのだ。劇場で私たちが相手にしているのは、普通の孤独ではなく『公の孤独』だからだ。 それは最高の快さを与える。 だが私は、やりすぎてしまった。ぐったりして、無理な不動状態に陥り、そのまま固まってしまったのだ。 これもまた、最悪の種類のこわばりの一つだった。 そこで、それと闘わねばならなかった。 そのために私は姿勢を変え、動きをつけ、行為で静止を打ち破り、ついには反対の極端――落ち着きのないせわしなさ――に陥ってしまった。 それは不安な状態を呼び起こした。 それを取り除くには、速く神経質なリズムを改め、いちばん遅い、ほとんど怠惰なほどのリズムを持ち込まねばならなかった。 アルカージー・ニコラエヴィチは、私のやり方を認めただけでなく、褒めた。 「俳優が努力しすぎるときには、むしろ不注意とさえ言えるような、もっと軽い取り組み方を許すのがよい。 それは過度の緊張、努力、『演じ』に対する良い解毒剤だ。 だが残念ながら、それでも、現実の生活――家で、自分のソファにいるとき――に味わう落ち着きと自然さは得られなかった。 すると私は、過程の三つの瞬間を忘れていたことに気づいた: 1)緊張、2)解放、3)正当化。 私は急いで誤りを直さねばならなかった。 それをすると、内側の余計なものが何か解けて、すとんと落ちて、どこかへ沈んでいくように感じた。 身体が地面に引かれる感覚、重さ、 الوزن を感じた。 半ば横になっていた柔らかな椅子へ、身体がぐっと押し込まれたようだった。 この瞬間、内的な筋肉緊張の大きな हिस्सा が消えた。 だがそれでも、現実の生活で知っているような望みの自由は得られなかった。 では、何が問題なのか? 自分の状態を整理してみると、筋肉の代わりに、注意がひどく緊張しているのだと分かった。 それが身体を見張っていて、落ち着いて休むのを邪魔していた。 私はこの観察をアルカージー・ニコラエヴィチに話した。 「君の言うとおりだ。 内的要素の領域にも、余計な緊張がたくさんある。 ただし内的なこわばりの扱いは、荒い筋肉とは違う。 心的要素は、筋肉という綱に比べれば蜘蛛の糸だ。 糸は一本なら簡単に切れる。だがそれを撚って束や縄や綱にしてしまえば、斧でも断てない。 だから芽生えの最初には、慎重でありなさい。 「その『蜘蛛の糸』はどう扱えばいいんです?」 と弟子たちは尋ねた。 「内的なこわばりと闘うときも、三つの瞬間――緊張、解放、正当化――を念頭に置かねばならない。 最初の二つの瞬間では、いちばん内奥のこわばりを探り、それが生じた原因を見きわめ、取り除こうと努める。 第三の瞬間では、新しい内的状態を、それに応じた『与えられた状況』で正当化する。 今回の場合は、重要な要素の一つ(注意)が、舞台や客席の空間全体へ散らばらず、君の内側、筋肉の感覚へ集中していることを利用しなさい。 集まった注意に、もっと興味深く、エチュードに必要な対象を与えるのだ。 それを、仕事を生かし、君を引き込むような魅力ある目的、あるいは行為へ向けなさい。」 私はエチュードの課題と『与えられた状況』を思い出し、頭の中でアパート中を歩き回った。 この見回りの途中、私の想像上の生活には思いがけない状況が起きた。私は今まで知らなかった部屋に迷い込み、そこに年老いた老人と老女――妻の両親が、どうやら隠居して我が家に住んでいるらしい――の姿を見たのだ。 この思いがけない発見は私の心を和ませると同時に不安にもした。家族の人数が増えれば、彼らに対する私の義務も複雑になるからだ。 自分の分は別にして、五つの口を養うには、よほど働かねばならない! こうした条件のもとでは、私の職務、明日の監査、総会、そして今やるべき書類整理と金庫確認の仕事が、当時の私の舞台上の生活において、きわめて重要な意味を帯びた。 私は椅子に座り、たまたま手にした麻ひもを神経質に指へ巻きつけていた。 「よくやった!」 パルテールからアルカージー・ニコラエヴィチが私を褒めた。 「これこそ本当の筋肉の解放だ。 今は私はすべてを信じられる。君がしていることも、君が考えていることもだ。たとえ君の思考が何に占められているのか、私には分からなくても。 私は自分の身体を点検したが、筋肉は、こちらの努力も強制もなく、完全に緊張から解放されていた。 どうやら、私が忘れていた第三の瞬間――座っていることの正当化――が、ひとりでに生まれていたらしい。 「急ぐな」とアルカージー・ニコラエヴィチは私に囁いた。 「内なる目で最後まで見届けなさい。 必要なら、新しい魔法の『もし』を入れなさい。」 「もし金庫で大きな誤差が見つかったら? と、頭をよぎった。 そうなったら帳簿も書類も調べねばならない。 なんて恐ろしい! こんな課題を、一人で……夜に? . …」 私は無意識に時計を見た。 四時だった。 え? 昼の四時か、それとも夜か? 私は一瞬、後者だと考えてしまい、遅い時間に動揺し、本能的に机へ飛びつき、すべてを忘れて猛烈に仕事に取りかかった。 「ブラボー!」 と、アルカージー・ニコラエヴィチの称賛を耳の端で聞いた。 だが私はもう、そうした励ましに注意を向けなかった。 私にはそれが必要なかった。 私は舞台で生き、存在し、そこで自分の好きなことを何でもしてよい権利を得た。 だがそれでも足りなかった。 私はさらに、自分の立場の困難を強め、『体験』を尖らせたくなった。 そのために新しい『与えられた状況』、すなわち大きな金の不足を入れねばならなかった。 「どうする? と私は大きな興奮で自分に問うた。 役所へ行くんだ!」 そう決めて、私は玄関へ駆け込んだ。 だが「役所は閉まっている」と思い出し、居間へ戻った。頭を冷やそうと長いこと歩き回り、紙巻き煙草に火をつけ、よく考えられるよう部屋の暗い隅に座った。 何人かの厳格そうな人間が目に浮かんだ。 彼らは帳簿や書類や金庫を調べていた。 私は問いただされるが、答えが分からず、混乱する。 絶望の頑固さが、素直に自分の失策を認めるのを妨げた。 それから、私にとって運命的な決裁文が書かれる。 隅々で小声の相談が始まる。 私は一人、脇へ追いやられ、唾を吐きかけられている。 それから――取り調べ、裁判、解雇、財産の差し押さえ、アパートからの追放。 「見てごらん。ナズヴァーノフは何もしていないのに、内側では全部が煮え立っているのが分かる!」 トルツォフが弟子たちに囁いた。 この瞬間、私は目まいがした。 私は役の中に自分を見失い、どこまでが私で、どこからが私の演じる人物なのか分からなくなった。 手は縄を巻くのをやめ、私は何をすべきか分からず、固まってしまった。 この先のことは覚えていない。 ただ、即興をいろいろやるのが心地よく、楽になったことだけは覚えている。 ある時は検察庁へ行くと決めて玄関へ駆け出し、ある時は弁明のための書類をあらゆる戸棚の中から探し回った――などなど。自分では覚えていないが、あとで見ていた人たちの話で知った。 私の中で、おとぎ話のように奇跡的な変身が起こった。 以前の私は、エチュードの生活を手探りで生きていて、その中で自分に何が起きているのか最後まで分かっていなかった。 だが今は、まるで『魂の目』が開き、すべてを最後まで理解した。 舞台の上でも役の中でも、どんな細部も、私にとって別の意味を持ち始めた。 私は、役の感情、表象、判断、ヴィジョンを知った。自分自身のそれも。 まるで新しい戯曲を演じているようだった。 「それは、君が役の中に自分を見いだし、自分の中に役を見いだしたということだ」私が自分の状態を説明すると、トルツォフは言った。 以前は、見え方も、聞こえ方も、理解の仕方も違っていた。 あのときは『感情のもっともらしさ』だったが、今は『情念の真実』が現れた。 以前は貧しい幻想の素朴さだったが、今は豊かな幻想の素朴さだ。 以前の舞台での私の自由は、約束事が定めた正確な境界で区切られていた。だが今の私の自由は、奔放で、大胆になった。 これから『燃やす』のエチュードでの私の創造は、毎回、繰り返すたびに、必ず違った形で行われるのだと感じる。 「ねえ、これこそ、生きる価値があり、俳優になる価値があるものじゃないですか?」 「それは霊感ですか?」 「さあ、分からない。 心理学者に聞きなさい。 科学は私の専門ではない。 私は実践家だ。だから、そういう瞬間に自分の中で創造の仕事をどう感じるか、それを説明できるだけだ。」 「では、どう感じるんです?」 と弟子たちは尋ねた。 「喜んで話そう。だが今日はだめだ。授業を終えなければならない。 君たちには別の授業が待っている。」 … … … … … … … 19..年 アルカージー・ニコラエヴィチは約束を忘れず、次の言葉で授業を始めた。 「昔、知人宅のパーティーで、私は冗談の『手術』を施されたことがある。 大きなテーブルが二つ運び込まれた:一つは手術器具らしきものを載せ、もう一つ――空の――が『手術台』だった。 床にはシーツが敷き詰められ、包帯や、たらい、器が運ばれた。 『医者』たちは白衣を着て、私はシャツになった。 私は『手術台』に運ばれ、『包帯を当てられた』――つまり、目隠しをされた。 いちばん当惑したのは、『医者』たちが私に、重病人に対するように誇張して優しく接したこと、そして冗談にも周囲のすべてにも、真面目に、事務的に取り組んでいたことだ。 それがあまりに混乱を招き、私はどう振る舞えばいいのか分からなかった。笑うべきか、泣くべきか。 『まさか本当に切り始めるんじゃないか?』という馬鹿な考えさえ頭をよぎった。 未知と انتظار が私を動揺させた。 聴覚が鋭くなり、私は一つの音も聞き逃さなかった。 音は多かった:あちこちで囁き声がし、水が注がれ、手術器具や食器がちりんちりんと鳴り、ときには大きなたらいが、まるで葬送の鐘のようにうなった。 『始めよう』と、私に聞こえるように誰かが囁いた。 強い手が私の皮膚をぎゅっとつかみ、まず鈍い痛みを感じ、それから三度の刺し傷……。 私はこらえきれず、びくっとした。 上の手首のあたりを、何か尖って固いもので不快に引っかかれ、手に包帯が巻かれ、周囲がばたつき、物が落ちた。 やがて長い沈黙のあと……皆が大声で話し、笑い、祝福し、目隠しが外された。すると……私は、自分の左腕の上に横たわる乳児を見た。右腕をくるんで作ったものだった。 手の甲には、間抜けな子どもの顔が描かれていた。 さて問題はこうだ。あのときの私の『体験』は、真の信を伴う真の真実だったのか、それとも、私が感じたものは『感情のもっともらしさ』と呼ぶほうが正しいのか。 もちろん、それは真の真実でも、それへの真の信でもなかった。 『信じる』と『信じない』、真の『体験』とその幻想、『真実』と『もっともらしさ』が交互に現れていた。 そのとき私は、本当に手術をされていたとしても、実際にはほとんど同じことが起きただろう、と理解した。冗談の最中に、私は瞬間ごとに味わっていたのだ。 その幻想は、十分にもっともらしかった。 当時の感受の中には、完全な『体験』の瞬間が落ちていて、その間私は現実と同じように自分を感じていた。 失神しかける状態の予感さえあった――もちろん秒単位で。 それは現れるのと同じ速さで消えた。 それでも、その幻想は痕跡を残した。 今でも私は、あのとき味わったものは、真の生活でも起こり得たと思うのだ。 これが、潜在意識のものが多いあの状態へのほのめかしを、私が初めて感じ取った瞬間だった。今では舞台でそれをよく知っているが」アルカージー・ニコラエヴィチはそう結んだ。 「ええ、でもそれは生活の線じゃない。断片や切れ端みたいなものです。」 「君はひょっとして、潜在意識的創造の線が途切れないと思っているのか? あるいは俳優が舞台の上で、現実と同じようにすべてを『体験』していると思っているのか? もしそうだとしたら、人間の心身の有機体は、芸術が課す仕事に耐えられないだろう。 君たちも知っているとおり、私たちは舞台で、真の現実の情緒記憶によって生きている。 それは時に、現実の生活の幻想にまで至る。 役の中で完全に自分を忘れ、舞台で起きていることへの絶対で揺るがぬ信――それも生まれはするが、きわめて稀だ。 私たちは、そうした状態の、多少なりとも続く期間を知っている。 だがそれ以外の時間、役の生活では、真実はもっともらしさと交互に現れ、信は確からしさと交互に現れる。 私の冗談の手術のときも、ナズヴァーノフが先ほど『金を燃やす』のエチュードをやったときも、目まいの瞬間があった。 その瞬間、情緒記憶を伴う私たちの人間の生活も、私たちが演じる役の生活も、互いにあまりに密に織り合わさっていて、どこからが一方で、どこまでが他方なのか分からなくなるほどだった。 「それこそ霊感です!」 と私は言い張った。 「そうだ。その過程には潜在意識のものが多い」とトルツォフは訂正した。 「そして潜在意識があるところには霊感もある!」 「なぜそう思う?」 トルツォフは驚き、すぐそばに座っているプーシチンに向き直った。 「速く、速く。考えずに、ここにない物を何か言ってみろ!」 「馬車の轅!」 「なぜ『馬車の轅』なんだ?」 「分かりません!」 「私も『分からない』。誰も『分からない』。 なぜ君にその表象を差し出したのかを知っているのは、ただ潜在意識だけだ。 それからヴェセロフスキー、君も速く何かヴィジョンを言ってみろ」 「パイナップル!」 「なぜ『パイナップル』なんだ?」 ! どうやら最近ヴェセロフスキーは夜道を歩いていて、突然、何のきっかけもなく、パイナップルを思い出したらしい。 一瞬、その果物がヤシの木に生るような気がしたのだ。 ヤシに似ているのだから、無理もない。 実際、パイナップルの葉はミニチュアのヤシの葉を思わせ、鱗状の皮はヤシの木の樹皮に似ている。 アルカージー・ニコラエヴィチは、なぜヴェセロフスキーの頭にそんな表象が浮かんだのか、その原因を探ろうとしたが無駄だった。 「その前にパイナップルを食べたのか?」 「いいえ」とヴェセロフスキーは答えた。 「それについて考えていたのか?」 「それも違います。」 「なら、謎は潜在意識に求めるしかない。 君は何を考え込んでいる?」 トルツォフがヴューンツォフに向かった。 答える前に、あの変わり者は深刻ぶって考えを巡らせた。 その際、答える準備をしながら、本人も気づかぬまま機械的に両手のひらをズボンにこすりつけていた。 それから、さらに強く考え続けながら、ポケットから紙切れを出し、丁寧に折ったり広げたりした。 アルカージー・ニコラエヴィチは腹を抱えて笑い、言った。 「さあ意識的に、ヴューンツォフが私の問いに答える前に必要とした行為を、全部繰り返してみなさい。 彼は何のためにあれをやったのか? そんな無意味の意味を知っているのは、潜在意識だけだ。 見ただろう?」 アルカージー・ニコラエヴィチは私に向かった。 「プーシチンが言ったことも、ヴェセロフスキーが言ったことも、ヴューンツォフがしたことも、どれも霊感とは無関係に行われた。だがそれでも、彼らの言葉と行為には潜在意識の瞬間があった。 つまり潜在意識は、創造の過程だけでなく、最も単純な欲求、交流、適応、行為などの瞬間にも現れるのだ。 私たちは潜在意識と大の仲良しだ。 現実の生活では、どこにでも出てくる。 私たちの中に生まれる表象、内なるヴィジョンはどれも、多かれ少なかれ潜在意識を要求する。 それらはそこから生まれる。 内的生活のあらゆる身体的表現、あらゆる適応にも――全部であれ一部であれ――潜在意識の見えない示唆が隠れている。」 「どうしたって分からない!」 とヴューンツォフは興奮した。 「だが実に簡単だ。プーシチンに『馬車の轅』という言葉を教え、あの表象を作ったのは誰だ? ヴェセロフスキーの奇妙な手の動き、表情、イントネーション――つまり、ヤシに生るパイナップルについての当惑を伝えた一切の適応を教えたのは誰だ? 私の問いに答える前にヴューンツォフがした、あんな不意な身体的行為を、意識的に思いつく者がいるものか?」 またしても潜在意識がそれを教えたのだ。 「つまり」私は理解したかった。「どんな表象も、どんな適応も、多かれ少なかれ潜在意識の出自だということですか?」 「その大部分はそうだ」とトルツォフは急いで認めた。 「だから私は、生活では私たちは潜在意識と大の仲良しだ、と主張しているのだ。 それだけに、最も必要な場所――つまり劇場、舞台――で、私たちがそれを滅多に見つけられないのは腹立たしい。 がっちり段取りが決まり、丸暗記され、口先で回され、やり古された上演の中で、潜在意識を探してみなさい。 そこではすべてが、俳優の計算によって一度きりに固定されている。 そして、魂と有機的本性の潜在意識的創造がなければ、俳優の演技は理屈っぽく、外れていて、約束事に縛られ、乾いていて、生命がなく、形式的になる。 だから舞台で、創造的潜在意識への広い通路を開くよう努めなさい! それを妨げるものはすべて取り除き、助けになるものはしっかり定着させなさい。 ここからサイコテクニックの根本の課題が生まれる。俳優を、俳優の中に有機的本性そのものの潜在意識的創造の過程が芽生えるような自己感覚へ導くことだ。 では、意識では捉えられないはずのもの、つまり『潜在意識的』なものへ、意識的にどう近づけばいいのか? 幸い私たちには、意識的な『体験』と潜在意識的な『体験』の間に、はっきりした境界はない。 それどころか、意識が方向を与え、その方向で潜在意識の働きが続きを行うことがしばしばある。 私たちはこの自然の性質を、サイコテクニックで広く用いている。 それによって私たちは、私たちの芸術の方向の主要な基礎の一つを果たせる。すなわち、意識的なサイコテクニックを通して俳優の潜在意識的創造を作ることだ。 こうして順番として、俳優のサイコテクニック――魂の有機的本性そのものの潜在意識的創造を喚起するもの――の問題が立ち上がる。 だがそれは次回にしよう。 … … … … … … … 19..年 「さて今日は、意識的なサイコテクニックを通して、自分の中に有機的本性の潜在意識的創造を呼び起こす方法について話そう。 それについては、前々回の授業で『金を燃やす』のエチュードを繰り返したとき、この過程を自分自身で味わったナズヴァーノフが話せるだろう。」 「僕に言えるのは、霊感が突然どこからか襲ってきて、自分でもどう演じたのか分からない、ということだけです。」 「君は授業の結果を誤って評価している。 君が思う以上に、もっと重要なことが起きた。 君たちがいつも当てにしている『霊感』の到来は、ただの偶然だ。 それを頼りにはできない。 だが、いま話しているあの授業では、頼りにできることが起きた。 あのとき霊感が君を訪れたのは偶然ではない。君自身が、必要な土壌を整えてそれを呼び込んだからだ。 この結果は、私たちの俳優芸術にとって、そのサイコテクニックにとって、そして実践そのものにとって、はるかに重要だ。」 「僕は土壌なんて整えていませんし、やり方も知りません」と私は否定した。 「なら、君の意識を通さずに、私が君の中でそれを整えたのだ。 ――どうやって? いつ?」 すべてはいつもどおりの順序で行われた。筋肉の緊張を解き、『与えられた状況』を見直し、一連の課題を立てて遂行し……などなどだ。 「そのとおりだ。 その点では何も新しくない。 だが君は、一つのきわめて重要な細部に気づかなかった。これは非常に大きく重要な新事実だ。 それは、取るに足りない付け足しにある。私は君に、あらゆる創造的行為を、最後の、尽くしきった限界まで遂行し、やりきらせた。 それだけだ。」 「それはどういうことです?」 ヴューンツォフは考え込んだ。 「実に簡単だ。」 「内的な自己感覚のあらゆる要素、心的生活の原動力、さらには貫通行為そのものの仕事を、俳優的で約束事の現実ではなく、正常で人間的な現実へ届かせなさい。 そうすれば君は舞台で、役の中で、君の魂の有機的本性の最も真の生活を知る。 そして君自身の中で、描かれる人物の生活の最も真の真実を知る。 真実は信じずにはいられない。 真実と信があるところでは、舞台で『我在り』がひとりでに生まれる。 君たちは気づいたか? それらが内側で、ひとりでに、俳優の意志を離れて生まれるたびに、有機的本性が、その潜在意識とともに仕事に加わることを。 昔、ナズヴァーノフにそれが起きた。覚えているだろう、『金を燃やす』の場面で。前々回の授業でもそうだった。 こうして、限界まで届いた俳優の意識的サイコテクニックを通して、私たちの有機的本性そのものの潜在意識的創造の過程が芽生えるための土壌が作られる。 この、手段の遂行を限界まで、完了まで持っていくこと――ここに、君たちがすでに知っている創造の領域への、きわめて重要な付け足しがあるのだ。 この新事実がどれほど重要か、君たちが知っていたら! 創造の一つ一つの瞬間は、必ず何か非常に大きく、複雑で、高邁なものでなければならない、と考えられがちだ。 だが君たちは、最も小さな行為や感受、最も小さな技術上の手段でさえ、舞台の上で、創造の瞬間に、生活の人間的真実と信と『我在り』が始まる、その極限の終点まで届かされたとき、巨大な意味を得ることを、すでに前の授業で知っている。 それが起きるとき、俳優の心身の装置は舞台で正常に働く。人間の本性のあらゆる法則に従って、生活とまったく同じように――公の創造という異常な条件にもかかわらず。 現実の生活では自然に、ひとりでに生まれ行われるものが、舞台ではサイコテクニックによって準備される。 考えてみなさい。真の真実と信の瞬間を作り、『我在り』の極限まで届かされた、取るに足りない身体的・心的行為が、潜在意識を伴う俳優の魂と有機的本性を仕事へ引き込めるのだ! これが新事実でなくて何だ。君たちがすでに知っていたことへの重要な付け足しでなくて何だ! 私は一部の教師とは正反対に、君たちのように舞台で第一歩を踏み出す初心の弟子は、できるかぎり早く潜在意識の領域に届くよう努めるべきだ、と考えている。 それは最初のうちから目指さねばならない。要素の仕事でも、内的な舞台上の自己感覚の仕事でも、あらゆる練習でも、エチュードの仕事でも。 初心者が、たとえ断片的な瞬間でも、正常な創造の最中の俳優の至福の状態をすぐ知るようにしなさい。 そして彼らがこの状態を、名目だけで、言葉のラベルだけで、最初は初心者を怯えさせる死んだ乾いた用語で知るのではなく、自分自身の感受で知るようにしなさい。 彼らが実際にこの創造の状態を愛し、舞台の上でそれへ絶えず向かうようにしなさい。 「あなたが今日教えてくれた付け足しの重要さは理解しました」と私はアルカージー・ニコラエヴィチに言った。「でも、それだけでは足りません。 それに対応するサイコテクニックの手段を知り、それを使えるようにならなければ。 だから、そのサイコテクニックを教えてください。もっと具体的な近づき方をください。」 「よろしい。 だが、君は私から何も新しいことは聞かないだろう。 私がするのは、君が知っていることを整理して明確にするだけだ。 第一の助言だ。正しい内的な舞台上の自己感覚を作り、サイコテクニックによって魂の中が正しい創造へ整い、自分の本性が、仕事へ突進するための『一押し』を待っていると感じたら、その一押しを与えなさい。 ――どうやって? 化学では、二つの溶液の反応が遅い、あるいは弱いとき、ごくわずかな第三の特定物質を加える。それがその反応の触媒になる。 いわば起爆剤だ。それが一気に反応を限界まで進める。 君たちも、意外な即興、細部、行為、真の真実の瞬間――心的なものでも身体的行為でも構わない――として、そういう触媒を入れなさい。 その瞬間の意外性が君を揺さぶり、自然そのものが戦いへ駆け込む。 これは、エチュード「金を燃やす」の最後の繰り返しで起きた。 ナズヴァーノフは正しい舞台上の自己感覚を自分の中に感じ取り、彼が後に説明したとおり、創造の状態を尖らせるために、金の大きな誤差という、突然その場で即興に作った『与えられた状況』を入れた。 その虚構が、彼にとっての『触媒』になったのだ。 その『起爆剤』が一気に反応を限界まで、つまり魂と有機的本性そのものの潜在意識的創造まで進めた。 「では、その『触媒』はどこに探すんです?」 と弟子たちは問い詰めた。 「どこにでもだ。表象の中に、ヴィジョンの中に、判断の中に、感受の中に、欲求の中に、最も小さな心的・身体的行為の中に、想像の虚構の取るに足りない新しい細部の中に、交流している対象の中に、舞台の上で君たちを取り巻く環境の捉えがたい細部の中に、ミザンセーヌの中に。 小さな、真の、人間的で生活の真実――信を呼び起こし、『我在り』の状態を作る真実――は、いくらでも、どこででも、何の中ででも見つけられる。 ――するとどうなるんです? 君たちは、描かれる人物の生活が自分自身の舞台上の生活と、思いがけなく完全に溶け合う瞬間が幾つか起きて、目まいがするだろう。 役の中に自分の粒子を感じ、自分の中に役の粒子を感じることが起きる。 ――その後は? 私がもう言ったとおりだ。真実と信と『我在り』が、潜在意識を伴う有機的本性の支配へ君たちを引き渡す。 ナズヴァーノフが前々回の授業で行ったのと同様の仕事は、創造を『舞台上の自己感覚の要素』のどれから始めても、繰り返すことができる。 ナズヴァーノフのように筋肉の解放から始める代わりに、想像力と『与えられた状況』、欲求と課題(もし明確なら)、情動(もしひとりでに燃えたなら)、表象と判断に助けを求めてもいい。詩人の作品の中に真実を潜在意識的に感じ取れたなら、信と『我在り』はひとりでに生まれるだろう。 大切なのは、どの場合でも、最初に芽生え生きた自己感覚の要素を、完全に、極限まで生かし切ることを忘れないことだ。 君たちは知っている。これを自己感覚の要素の一つでやりさえすれば、互いの切り離せない結びつきによって、他のすべての要素が最初のものに引かれてついてくる。 私が今説明した、有機的本性の潜在意識的創造を喚起する意識的な方法は、それだけではない。 別の方法もある。だが今日は、それを実演する時間がない。 だから次回までだ。 … … … … … … … 19..年 教室に入るなり、アルカージー・ニコラエヴィチは私たちに言った。「シュストフとナズヴァーノフ、イアーゴとオセロの場面の始まりをやってみなさい。最初の台詞だけだ。」 私たちは準備して演じた。どうやらいい加減ではなく、よく集中し、正しい内的な舞台上の自己感覚でできたようだった。 「いま君たちは何に取り組んでいた?」 とトルツォフが尋ねた。 「直近の課題、つまりナズヴァーノフの注意を引くことです」とパーシャが答えた。 「僕は、パーシャの言葉に入り込み、同時に、彼が話していることを内なる視覚で見ることに取り組んでいました」と私は説明した。 「つまり、一人は相手の注意を引くために相手の注意を引き、もう一人は、語られていることに入り込み、それを見ようとして、入り込み、見ようとしていたわけだ。」 「違います!」 「どうして……」 私たちは抗議した。 「貫通行為と、戯曲と役の超課題が欠けていれば、そうなるしかないからだ。 それがなければ、注意を引くのも注意を引くためだけになり、入り込んで見るのも、入り込んで見るためだけになる。 さあ、いま演じたところを繰り返し、オセロがイアーゴと冗談を言う次の場面まで行きなさい。」 「君たちの課題は何だった?」 演じ終えると、トルツォフが尋ねた。 「ドルチェ・ファル・ニエンテ*です。」 と私は答えた。 「では、さっきの『相手の言葉を理解しようとする』課題はどこへ行った?」 「より重要な新しい課題に入り込み、その中に溶けました。」 「いまの新しい感覚のうちに、二つの課題をどう果たし、演じた二つの断片で役の言葉のテクストをどう語ったか、思い出してみなさい」とアルカージー・ニコラエヴィチは提案した。 「最初の断片で何をし何を言ったかは覚えていますが、二つ目は覚えていません。」 「つまり、二つ目はひとりでに果たされ、テクストもひとりでに語られたのだ」とトルツォフは結論した。 「たぶん、そうです。」 「では、いま演じたところを繰り返し、次の部分――未来の嫉妬男の最初の当惑――まで行きなさい。」 私たちは命令を実行し、不器用に課題をこう言葉にした。「イアーゴの中傷の馬鹿馬鹿しさを笑う」。 「では、さっきの課題――『相手の言葉を理解する』と『ドルチェ・ファル・ニエンテ』――はどこへ行った?」 私は、それも新しいより大きな課題に飲み込まれたのだと言おうとしたが、考え込んでしまい、何も答えなかった。 「どうした? 何が君を困らせた?」 「ここで役の一つの線――幸福の線――が切れて、新しい線――嫉妬の線――が始まるように思えたことです。」 「切れるのではない」とトルツォフは訂正した。「変わった『与えられた状況』に応じて、徐々に変質し始めるのだ。 最初、線は新婚のオセロの至福の短い帯を通り、イアーゴとの冗談があった。次に驚き、当惑、疑い、不幸の接近を押し返す動きが訪れた。やがて嫉妬男は自分を落ち着かせ、以前の至福と幸福の状態へ戻った。 こうした気分の移り変わりは、現実でも私たちは知っている。 そこでも生活は幸福に流れているが、突然、疑い、失望、悲しみが入り込み、そしてまたすべてが晴れる。 こうした移り変わりを恐れるな。むしろ愛し、正当化し、 対比によってそれを尖らせなさい。 この例では、それは難しくない。 オセロとデズデモーナの恋物語の始まり――その以前に何があったか――を思い出すだけでいい。恋人たちの幸福な過去を心の中で『体験』し、それから対比へ移り、その恐怖と地獄――ムーア人にイアーゴが予告するもの――と比べればいいのだ。 「じゃあ、過去の何を思い出せばいいんです?」 と、ヴューンツォフはまた混乱した。 「ブラバンショーの家での恋人たちの素晴らしい最初の出会い、オセロの美しい語り、密会、花嫁の略奪と結婚、新婚初夜の別れ、南の太陽の下キプロスでの再会、忘れがたい蜜月だ。」 「それから未来は……オセロにこれから何が待つか、自分で考えてみなさい。」 「じゃあ、未来の何を……?」 . . 「イアーゴの地獄の陰謀によって、第五幕で起きることすべてだ。」 過去と未来という二つの極端を対置すれば、警戒しはじめたムーア人の予感と当惑も理解できるようになる。 そして、創造する俳優が、自分の描く人物の運命にどう向き合っているかも明らかになる。 ムーア人の幸福な時期をより鮮やかに示すほど、その後の暗い結末をより強く伝えられる。 「さあ、先へ進め!」 とトルツォフは命じた。 こうして私たちは、イアーゴが天と星々に誓う有名な誓詞――「知性も、意志も、感情も、すべてを侮辱されたオセロに奉仕するために捧げる」――に至るまで、場面全体を通り抜けた。 「こういう仕事を役全体で行えば」とアルカージー・ニコラエヴィチは説明した。「小さな課題は互いに溶け合い、いくつかの大きな課題の列を形づくる。 それは数多くはないはずだ。 戯曲の長さに沿ってそれらを並べると、航路標識のように、貫通行為の線を指し示すだろう。 ここで大事なのは、小さな課題が大きな課題に取り込まれていく過程が、潜在意識的に行われるのだ、ということを理解する、つまり感じ取ることだ。 最初の大きな課題をどう名づけるか、という話になった。 私たちの誰も――アルカージー・ニコラエヴィチ自身でさえ――すぐには答えを出せなかった。 もっとも、それも不思議ではない。正しく、生きていて、人を惹きつける――単なる理屈や形式ではない――課題は、ひとりでにすぐ降ってくるものではないのだ。 それは舞台上の創造の生活によって、役の仕事の過程の中で作られる。 私たちはまだその生活を知らない。だから、その内的本質を正しく定められなかった。 それでも誰かが、不器用な名づけを出し、より良いものがないので私たちはそれを採用した。「デズデモーナ――女の理想――を崇拝したい。彼女に仕え、全生涯を彼女に捧げたい」。 私はこの大きな課題を考え込み、自分なりに生かしてみると、それが場面全体と役の個々の断片を、内側から根拠づける助けになるのが分かった。 それは、演技のある瞬間から、定めた最終目的――「デズデモーナ――女の理想――の崇拝」――へ照準を合わせ始めたときに感じ取った。 以前の小さな課題から最終目的へ向かうにつれて、名づけていた言葉が意味と役目を失っていくのを感じた。 たとえば第一の課題――「イアーゴの言うことを理解しようと努める」――を取ろう。 この課題は何のために必要なのか? 分からない。 何もかも明らかなのに、なぜ努める必要がある? オセロは恋に落ちていて、デズデモーナのことしか考えず、彼女のことしか話したくないのだ。 だから愛しい人に関わる一切の問いかけも、自分自身の回想も、彼には必要で喜ばしい。 なぜか? 「彼がデズデモーナ――女の理想――を崇拝している」からであり、「彼女に仕え、全生涯を彼女に捧げたい」からだ。 第二の課題「ドルチェ・ファル・ニエンテ」を取ろう。 この課題も要らない。それどころか誤っている。愛しい人のことを語るとき、ムーア人は彼にとって最も大切で、しかも必要な仕事をしているのだから。 なぜか? 「彼がデズデモーナ――女の理想――を崇拝している」からであり、「彼女に仕え、全生涯を彼女に捧げたい」からだ。 イアーゴの最初の中傷のあと、私が理解するところの私のオセロは、げらげら笑った。 どんな汚れも、自分の女神の水晶の清らかさを汚せない、と自覚できるのが心地よかったのだ。 その確信がムーア人を素晴らしい状態へ導き、彼女への崇敬をいっそう強めた。 なぜか? それも「彼がデズデモーナ――女の理想――を崇拝している」からであり……という具合だ。 私は、嫉妬がどんな徐々の過程で芽生えるのか、理想への確信がどれほど気づかれぬまま弱まっていくのか、愛しい人の中に狡猾さと淫蕩、蛇のような奸智、天使の姿をした毒蛇の存在が、どう育ち固まっていくのかを理解した。 「では、前の課題はどこへ行った?」 アルカージー・ニコラエヴィチは問い詰めた。 「滅びゆく理想へのただ一つの気遣いに、飲み込まれました。」 「では今日の経験から、どんな結論が出せる? 授業の結果は何だ?」 アルカージー・ニコラエヴィチは尋ねた。 「結果はこうだ。私はオセロとイアーゴの場面の演じ手に、小さな課題が大きな課題に取り込まれていく過程を、実際に体験させた。」 そこに新しいことは何もない。 私は、断片と課題について、あるいは超課題と貫通行為について話したときに、以前言ったことを繰り返しただけだ。 重要で新しいのは別の点だ。つまり、ナズヴァーノフとシュストフは、創造の主たる最終目的が、直近のものから注意をそらし、小さな課題が注意の平面から消えていく様子を、自分自身で味わった。 そうした課題は潜在意識的になり、ひとりでに、独立したものから補助的なものへ変わって、大きな課題へと私たちを導く。 ナズヴァーノフとシュストフは今、定めた最終目的が深く、広く、重大であるほど、それがより強く注意を引きつけ、直近の補助的な小課題に身を委ねる余地が少なくなることを知った。 そうして放っておかれた小課題は、自然に、有機的本性とその潜在意識の管轄へ移る。 「今、何とおっしゃいました?」 ヴューンツォフは興奮した。 「私はこう言っている。俳優が定めた大きな課題に身を委ねるとき、俳優はその中へすっかり入ってしまう。 その間、有機的本性が自由に、自分の判断で、自分の有機的な必要と志向に従って働くのを妨げるものは何もない。 自然は、見張りを失って残された小課題をすべて引き受け、それらを使って、注意と意識のすべてが入り込んでいる最終の大課題へ、俳優が近づくのを助ける。 今日の授業の結論はこうだ。大きな課題は、潜在意識を伴う魂と有機的本性へ間接に働きかけるために私たちが探している、最良のサイコテクニックの手段の一つである。」 かなり長い思索の沈黙のあと、アルカージー・ニコラエヴィチは続けた。 「君たちが今、小さな課題で見たのとまったく同じ変化が、大きな課題にも起こる。そこに戯曲の包括的な超課題が現れさえすれば、だ。 大きな課題も、それに奉仕することで補助的なものに変わる。 そして今度はそれらが、根本で包括的な最終目的へ導く階段になる。 俳優の注意が超課題にまるごと捉えられているとき、大きな課題もまた、大部分が潜在意識的に遂行される。 貫通行為が、多数の大きな課題の長い列から作られることは、君たちも知っている。 そして各々の中には、潜在意識的に遂行される膨大な数の小課題がある。 では問おう。戯曲全体を最初から最後まで貫く貫通行為の中に、潜在意識的創造の瞬間がいったいどれほど隠れているのか? それは膨大な数になるだろう。 貫通行為は、潜在意識に働きかけるために私たちが探している、強力な喚起の手段なのだ。」 少し考えて、 トルツォフは続けた。 「しかし貫通行為は、それ自体で生まれるのではない。 その創造的志向の力は、超課題の魅力に直接依存している。 超課題そのものも、潜在意識的創造の瞬間を芽生えさせる喚起の性質を秘めている。 それを、貫通行為の中に生まれ隠れているものに加えなさい。そうすれば、有機的本性の潜在意識的創造を喚起する最も強力なおとりが、超課題と貫通行為であることが分かるだろう。 舞台の創造のたびに、言葉の最も深く広い意味でそれらを完全に把握することが、創造する俳優一人一人の最大の夢になるとよい。 それがかなえば、あとは奇跡のような自然そのものが、潜在意識のうちに成し遂げてくれる。 その条件のもとでは、どの上演も、創造の反復も、直接に、誠実に、真実に、そして何より、思いがけないほど多彩に行われるだろう。 そのとき初めて、芸術から職人芸を、型を、技巧を、忌まわしい俳優臭さのあらゆる付着を取り除ける。 そのとき初めて、舞台には生きた人間が現れ、その周囲には、芸術を汚すものをすべて取り除いた真の生活が立ち上がる。 その生活は、創造を繰り返すたび、ほとんど新たに生まれ直す。 私は君たちに、超課題を道しるべの星として絶えず用いるよう勧めるしかない。 そうすれば戯曲と役の貫通行為もまた、容易に、自然に、そして大部分は潜在意識的に果たされる。 新たな間(ま)のあと、トルツォフは続けた。 「超課題と貫通行為がすべての大きな課題を飲み込み、それらを補助的にするのと同じように、人間=俳優の一生全体の超・超課題と超・貫通行為は、彼のレパートリーの戯曲と役の超課題を飲み込む。 それらは、人生の主たる目的を果たすための補助的手段、階段になる。 - それは上演にとって良いことなのか? シュストフは疑った。 「理屈の側面が勝ちすぎれば悪い。だが芸術的手段で作用するなら良い。」 「君たちは今、意識的なサイコテクニックとは何かを知った。 それは、自然とその潜在意識が創造的に働くための手段と有利な条件を作り出せる。 だから、心的生活の原動力を喚起するものについて考えなさい。内的な舞台上の自己感覚、超課題、貫通行為――要するに、意識に可能なものすべてについて考えなさい。 それらを通して、私たちの俳優としての本性が潜在意識的に働くための好ましい土壌を作ることを学びなさい。 だが、霊感そのものを目的として、霊感へ直進しようなどとは決して考えるな、決して目指すな。 それは肉体的な力みと、逆の結果にしかつながらない。 … … … … … … … 19..年 「潜在意識的創造の土壌を整える意識的なサイコテクニックのほかに、舞台での上演中、私たちはしばしば単なる偶然にも遭遇する。 それも使いこなせなければならないが、そのためにはそれに応じたサイコテクニックが必要だ。 たとえば:マロレトコワ、見せ物の上演での君の「助けて! …」 マロレトコワは黙っていた。おそらく初舞台の記憶は、混乱したまま残っているのだろう。 「では私が、あのときのことを君の代わりに思い出してみよう」アルカージー・ニコラエヴィチは助け舟を出した。 - 君が演じた孤児は人気のない通りへ放り出され、同時に弟子のマロレトコワである君自身も、がらんとした舞台の広い床へ、たった一人で押し出され、舞台口の黒い穴の恐ろしい口の前に立たされた。 空虚への恐れ、孤児の孤独、デビューした弟子の孤独が、類似と隣接によって互いに混ざり合った。 舞台の空虚を通りの空虚と取り違え、自分自身の孤独を、家から追い出された孤児の孤独と取り違えて、君は『助けて』と叫んだ。私たちが現実でしか知り得ないほどの、あれほど直接で誠実な恐怖で。 それは条件の類似と隣接がもたらした、偶然だが幸運な一致だった。 それに応じたサイコテクニックを備えた熟練の俳優なら、その幸運な偶然を自分の芸術のために有益に生かしただろう。 人間=俳優の恐れを、人間=役の恐れへ作り替えることができたはずだ。 だが君は、経験がなくサイコテクニックもないために、人間が女優に勝ってしまった。 君は創造に背き、芝居を中断して、舞台裏へ隠れた。 それからアルカージー・ニコラエヴィチは私のほうへ向いて言った。 「君も、いま話したような状態を味わったのではないか? 舞台で、類似と隣接による役との偶然の一致は、君にもなかったか?」 「僕は『血を、イアーゴ、血を!』の場面だと思います」 「そうだ」とトルツォフは同意した。 「あのとき何が起きたか思い出そう。」 「最初、僕はオセロとしてではなく、自分自身として役の言葉を叫びました」と私は思い出しながら言った。 「でもそれは、失敗してしまった 俳優の絶望の叫びでした。 僕はその叫びを自分のものとして受け止めた。でもそれが、オセロのこと、プーシチンの胸を打つ語り、ムーア人のデズデモーナへの愛を思い出させたのです。 僕は、人間=俳優の絶望を、人間=役――つまりオセロ――の絶望として受け取りました。 それらが僕の表象の中で入り混じり、僕は、誰の名で語っているのか自分でも分からないまま、テクストの言葉を口にしていました。 「今回も、隣接と類似による一致のようなものが起きたのかもしれないな」とトルツォフは結論した。 間(ま)のあと、アルカージー・ニコラエヴィチは続けた。 「私たちは実践で、そういう種類の偶然だけを相手にしているわけではない。 しばしば、舞台の約束事の生活の中へ、真の現実生活から、戯曲とも役とも上演とも何の関係もない、ただの外的な偶然が、まるで飛び込んでくる。 「その外的な偶然って何です?」 と弟子たちは尋ねた。 - たとえば、以前君たちに話した、うっかり落ちたハンカチや椅子でもいい。 舞台上の俳優が敏感で、それに怯えず、背を向けず、むしろそれを戯曲の中に取り込むなら、それは彼らにとって音叉になる。 舞台の約束事の俳優の嘘のただ中で、正しい生活の音を与え、真の真実を思い出させ、戯曲の線全体を引っぱり、舞台で私たちが『我在り』と呼ぶものを信じ、感じさせる。 そしてすべてが合わさって、俳優を彼の本性の潜在意識的創造へ導く。 一致であれ偶然であれ、舞台では賢く利用し、見逃さず、愛しなさい。だが、それを当てにして創造の計算を立ててはならない。 これが、意識的なサイコテクニックと、潜在意識的創造を喚起する偶然について、私が君たちに言えるすべてだ。 見てのとおり、私たちはまだ、それにふさわしい意識的な手段に恵まれてはいない。 この領域では、さらに大きな仕事と探究が待っている。 だからこそ、すでに見つかったものをいっそう大切にしなければならない。 今日の授業で私はすっかり目が開け、すべてを理解して、『システム』のいちばん熱烈な崇拝者になった。 私は、意識的な技術が潜在意識的創造を生み、その創造が自ら霊感を与えるのを見た。 事の次第はこうだった。 ディムコワが、エチュード『捨て子』を演じた。かつてマロレトコワが見事に演じたものだ。 ディムコワが『ブラン』の「おむつの場面」や新しいエチュードのような子どもの場面にこれほど惹かれる理由を知っておくべきだ:彼女は最近、たった一人の、溺愛していた息子を失った。 それは噂として、内緒で私に伝えられた。 だが今日、彼女のエチュードの演技を見て、私はそれが真実だったと悟った。 演技の最中、涙が川のように彼女の目から流れ、ディムコワの母としての優しさが、赤ん坊の代わりの丸太を、見ている私たちにとって生き物に変えてしまったのだ。 私たちは、その丸太を、おむつを表すテーブルクロスの中に感じ取った。 死の瞬間に至ったとき、破局を避けるためにエチュードを中止せざるを得なかった。ディムコワの『体験』があまりに激しく進行したからだ。 皆が衝撃を受けた。 アルカージー・ニコラエヴィチは泣き、イワン・プラトーノヴィチも、私たちも皆、泣いた。 そこに真のชีวิตそのものがあるのに、どんなおとりだの、線だの、断片だの、課題だの、身体的行為だのを語れるというのか。 「これが、自然と潜在意識が創造するという例だ!」 トルツォフは歓喜して言った。 「それらは私たちの芸術の法則に厳密に従って創造する。というのも、その法則は作り物ではなく、この自然そのものが私たちに与えたものだからだ。 だが、こうした霊感と天啓は毎日送られてくるわけではない。 次には来ないかもしれない。そうしたら……」 「いいえ、来ます!」 偶然その会話を立ち聞きしたディムコワが、恍惚として叫んだ。 霊感が自分から去ってしまうのを恐れるかのように、彼女はたった今演じたエチュードを繰り返そうと飛びついた。 若い神経をいたわってアルカージー・ニコラエヴィチは止めようとしたが、ほどなく彼女自身が止まった。何もできなかったからだ。 「じゃあ、どうすれば?」 トルツォフは彼女に尋ねた。 「君には将来、初回だけでなく、その後のすべての上演でも、うまく演じることを求められる。 そうでなければ、初演で成功した戯曲も、ほかの公演では失敗し、興行収入を生まなくなる。 「そんな!」 「私には、感じさえすればいいんです。そうすれば演じられます」とディムコワは弁解した。 「感じられたら、演じられる!」 トルツォフは笑った。 「それは『泳げるようになったら泳ぎ始める』と言うのと同じじゃないか? 君がすぐ感情へ近づきたいのは分かる。 もちろんそれが一番いい。 うまくいった『体験』を繰り返すための相応の技術を、一度で身につけられたら、どんなにいいだろう。 だが感情は固定できない。 それは水のように、指の間からこぼれ落ちる……。 だから、否応なく、それに働きかけ、それを定着させるための、より安定した手段を探さねばならない。 好きなものを選びたまえ! いちばん手近で容易なのは、身体的行為、小さな真実、小さな信の瞬間だ。 だが、私たちのイブセン派の女優は、創造における身体的なものを、嫌悪して手で払いのける。 俳優が進み得る道をすべて検討した。断片も、内的課題も、想像の虚構も。 だがどれも、十分に魅力的ではなく、安定性にも乏しく、取りつきやすいものでもなかった。 ディムコワがどれほど身をよじり、身体的行為を避け回っても、結局それに立ち戻らざるを得なかった。彼女には、それより良いものを提示できなかったからだ。 トルツォフはすぐ彼女を導いた。 その際、彼は新しい身体的行為を探したのではない。 彼女がさっき直観的に見つけ、あれほど見事にやってのけた身体的行為を繰り返させようとしたのだ。 ディムコワは、真実と信をもって、うまく演じた。 だが、そんな出来ばえを、最初のときのものと比べられるだろうか? ! アルカージー・ニコラエヴィチは彼女にこう言った。 「君は見事に演じた。だが、君に割り当てられたエチュードではない。」 「君は対象を取り違えた。 私は、生きた捨て子の場面をやるよう求めたのに、君は、テーブルクロスの中の死んだ丸太の場面を見せた。 君の身体的行為はそれに合わせて調整されていた。君は器用に、慣れた手つきで木切れを包んだ。 だが生きた赤ん坊の世話には、多くの細部が要る。いま君はそれを捨ててしまった。 たとえば最初のときは、想像上の乳児をおくるみする前に、手足を伸ばしてやった。君はそれを感じていた。愛おしそうにキスをし、涙ぐみながら微笑んで、優しく何か言い聞かせていた。 あれは胸を打った。 だが今は、その細部が抜け落ちていた。 当然だ。丸太には手も足もない。 最初のとき、想像上の赤ん坊の頭を包む際には、頬を圧迫しないようとても気を配り、丁寧に整えていた。 おくるみが終わると、君は長いことその上に立ち尽くし、母の喜びと誇りに、三筋の涙を流して泣いていた。 さあ、誤りを直そう。 丸太ではなく、赤ん坊でエチュードをやり直してみなさい。」 トルツォフと小さな身体的行為について長い作業をしたのち、ディムコワはようやく、最初の実演で潜在意識的にしていたことを、意識的に理解し、思い出した……。 彼女は赤ん坊を感じ取り、涙はひとりでに目から流れ出した。 「これが、サイコテクニックと身体的行為が感情に及ぼす影響の例だ!」 ディムコワが演じ終えると、アルカージー・ニコラエヴィチは叫んだ。 「たしかにそうですが」と私は失望して言った。「でも今回、ディムコワには衝撃がなかった。だから僕もあなたも涙しなかった。」 「かまわん!」 トルツォフは叫んだ。 「土壌が整い、女優の中で感情が生き始めたなら、衝撃は来る。燃えつく課題、魔法の『もし』、あるいは別の『触媒』としての出口を見つけさえすればいい。 ただ、ディムコワの若い神経を痛めつけたくないだけだ。 もっとも……」 彼は少し考えて言い、ディムコワに向き直った。 「もし私が、君にこんな魔法の『もし』を入れるとしたら、君は今、このテーブルクロスの中の丸太をどうする? 君に子どもが生まれたと想像してみなさい。愛らしい男の子だ。 君は熱烈にその子に愛着を抱いた……。 だが……数か月後、その子は突然死んだ。 君はこの世に居場所がない。 ところが運命が君に情けをかけた。 捨て子が来た。やはり男の子で、最初の子以上に愛らしい。 眉ではなく、まさに眼のど真ん中だ!」 アルカージー・ニコラエヴィチが虚構を言い終えるやいなや、ディムコワはテーブルクロスの中の丸太の上で、たちまち号泣し……衝撃は倍の力で繰り返された。 私はアルカージー・ニコラエヴィチに駆け寄り、起きたことの秘密を説明しようとした。彼は、ディムコワの現実の悲劇を正確に当てたのだから。 トルツォフは頭を抱え、哀れな母を止めようとフットライトへ走ったが、舞台で彼女がしていることに見とれてしまい、芝居を中断する決心がつかなかった。 エチュードが終わり、皆が落ち着いて涙をぬぐうと、私はアルカージー・ニコラエヴィチに近づいて言った。 「ディムコワが今『体験』していたのは、想像の虚構ではなく現実、つまり彼女自身の個人的で人間的な生活の悲しみだった、と思いませんか? だから、今舞台で起きたことは、芸術的技術の勝利でも、創造でも、芸術でもなく、偶然と一致の結果だと認めるべきだと、僕は思います。」 「では、最初のときに彼女がしたことは芸術だったのか?」 トルツォフは言い返した。 「ええ」と私は認めた。 「あのときは芸術でした。」 「なぜだ?」 「彼女が自分で、潜在意識的に自分の個人的な悲しみを思い出し、それによって生き始めたからです。」 「つまり問題は、私が彼女の情緒記憶に保存されているものを思い出させ、示唆したことで、前回のように彼女自身が自分の中に見つけたのではない、という点だけだ。 だが、俳優が自分で自分の生活の記憶を内に蘇らせるのと、他人の注意喚起の助けでそれをするのとで、私は違いを見ない。 大切なのは、記憶が体験を保持し、与えられた『一押し』でそれを生かすことだ。 自分の記憶に保存されているものは、身体と魂の全存在で有機的に信じずにはいられない。 「よし、そうだとしよう。 だが君も認めるべきだ。ディムコワが今生き始めたのは、身体的課題でも、その真実と信でもなく、君が彼女に示唆した魔法の『もし』によってだ。」 「私はそれを否定しているか?」 とアルカージー・ニコラエヴィチは私を遮った。 「ほとんど常に、肝心なのは想像の虚構と魔法の『もし』だ。 ただし、適切な時に『触媒』を入れられなければならない。 「適切な時って、いつです?」 「それが、まさに今からだ。 行ってディムコワに聞いてみなさい。もし私が、もっと早く――彼女が第二の実演のように、冷たくテーブルクロスに丸太を包んでいた時点で――魔法の『もし』を使っていたら、彼女は燃えただろうか? 捨て子の足も手もまだ感じていないうちに。まだそれらにキスもしていないうちに。醜い木切れではなく、生きた美しい存在を、丸太の代わりに彼女が作り上げ、包み終える前に。 私は確信している。あの変化が起きる前なら、汚れた木切れと、彼女の美しい赤ん坊を対比させる私の言葉は、彼女を侮辱しただけだったはずだ。 もちろん、私の虚構が、彼女が生活で味わった悲しみと偶然一致して、彼女は泣いたかもしれない。 それは彼女に息子の死を生々しく思い出させただろう。 だがその涙は“死んだ者への涙”だ。ところが捨て子の場面で私たちが待っているのは、亡き者への涙が“生きている者への喜び”と入り混じった涙なのだ。 それどころか私は、死んだ木切れが心の中で生き物へ変わる前なら、ディムコワは嫌悪してその丸太を突き放し、できるだけ遠くへ離れていただろうと確信している。 そして脇へ退き、ひとりで、自分と大切な記憶と向き合いながら、豊かな涙を流しただろう。 だがそれもやはり、死んだ者への涙であって、私たちが必要とする涙――彼女がエチュードの最初の実演で見せた涙――ではない。 彼女が再び、赤ん坊の足と手を見て、心の中で触れて感じ、涙で濡らしたあとで、ディムコワはエチュードに必要な形で泣いた。最初と同じように、つまり“生きている者への喜びの涙”で。 私はその瞬間を見抜き、火花を投げ込むべき時に投げ込んだ。彼女の最も深く秘めた記憶と一致する魔法の「もし」を示唆したのだ。 そこで真の衝撃が起きた。君たちも十分満足したと思うがね。」 「では、ディムコワは演技中、幻覚を見ていたということですか?」 「いや!」 とトルツォフは手を振った。 - 秘密はただ一つ、彼女が信じたのは、丸太が生き物に変わるという事実ではなく、エチュードで描かれた出来事が現実の生活でも起こり得ること、そしてそれが彼女に救いとなる安堵をもたらすことだったのだ。 彼女は舞台の上で、自分の行為の真実性と、その順序と論理と真実を信じた。そのおかげで「我はあり」を感じ取り、潜在意識を伴う自然の創造を呼び起こしたのだ。 見てのとおり、身体的行為の真実と信と『我在り』を通して感情へ近づく方法は、役を作るときだけでなく、すでに作られたものを蘇らせるときにも役立つ。 すでに生まれていた感受を喚起する手段があるのは大きな幸運だ。 それがなければ、一度だけ俳優に訪れた霊感は、一瞬きらめいて消えるために来るだけになってしまうだろう。 私は幸福だった。授業のあと、私はディムコワのもとへ行って礼を言った。彼女は芸術の中のきわめて重要な何かを、私がまだ完全には自覚していなかったことを、目の前で説明してくれたのだから。 … … … … … … … 19..年 「さあ、確認テストをしよう!」 教室に入るなり、アルカージー・ニコラエヴィチが提案した。 「どんな確認です?」 弟子たちには腑に落ちなかった。 「ほぼ一年の作業を経て、君たち一人一人には、舞台の創造過程についての表象ができている。 この新しい表象を、以前のもの――つまり、アマチュア上演や入学時の公開実演の記憶に残っている、演劇的なわざとらしい演技についての表象――と比べてみよう。 たとえばこうだ。 マロレトコワ! 最初の授業で、君が幕のひだの中から大切な待ち針を探したのを覚えているか? それが君の将来の運命と、学校に残れるかどうかを左右するという設定だった。 あのとき君が、ばたばたし、走り回り、のたうち、絶望を『演じ』ようと努め、その中に俳優としての喜びを見いだしていたのを覚えているか? 今でも、ああいう『演技』と、ああいう舞台上の自己感覚に満足できるか?」 マロレトコワは考え込んで過去を思い出し、顔は次第に嘲るような笑みに崩れていった。 やがて彼女は否定の首を振り、黙ったまま笑った。どうやら、自分の以前の幼稚な『演じ』を笑っているらしい。 「ほら、君は笑っている。 何を笑っている? 以前の君が『とにかく』、何もかも一度に、結果へ直行しようとして演じていた、そのやり方をだ。」 だからそれで、脱臼が起き、描かれる役の人物像や情念をわざとらしく演じることになってしまったのも不思議ではない。 では今度は、君がエチュード『捨て子』をどう『体験』したか、そして生きた赤ん坊ではなく丸太を相手に、どう戯れ、どう“遊んだ”かを思い出しなさい。 舞台のこの真の生活と、創造の最中の君の自己感覚を、以前の『演じ』と比べて言ってみなさい。ここまで学校で知ったことに満足しているか? マロレトコワは考え込んだ。顔は真剣になり、やがて陰り、目に不安がよぎった。そして何も言わずに、意味ありげに、思い沈んだ肯定のうなずきをした。 「ほら、見ただろう」とトルツォフは言った。 「今、君は笑っていない。思い出すだけで泣き出しそうだ。 なぜそうなる? エチュードを作るとき、君がまったく別の道を通ったからだ。 君は最終結果――観客を打ち、揺さぶり、できるだけ強くエチュードを演じること――へ直進しようとしなかった。 今度の君は、自分の中に種を蒔き、根から出発して、徐々に実を育てた。 君は、有機的本性そのものの創造の法則に従って進んだのだ。 この二つの異なる道を、いつも覚えておきなさい。一方は必ず職人芸へ至り、もう一方は真の創造と芸術へ至る。」 「僕たちも『狂人』のエチュードで、同じような状態を知りました!」 と弟子たちは褒められたがった。 「認めよう」とトルツォフは認めた。 「ディムコワ、君もまた、君の見事なエチュード『捨て子』で同じ状態を知った。 ヴューンツォフは、ダンスの最中の偽の骨折で私たちを欺いたがね。 自分の作り物の適応を自分自身が誠実に信じ、ほんの一瞬、幻想に身を委ねたのだ。 君たちは今、創造とは、俳優の技術的な曲芸でも、人物像や情念を外側からわざとらしく演じることでもないのだと知った――以前の君たちの多くが思っていたようなものではない。 では私たちの創造とは何か? それは、新しい生き物――人間=役――の受胎と、その懐胎だ。 それは、人の誕生を思わせる自然な創造行為である。 役へ“入り込む”期間に、俳優の魂の中で起きることを探究心をもって追えば、私の比喩が正しいことを認めるだろう。 舞台上の芸術的な人物像はどれも、自然のあらゆるものと同じく、単一で、二度と繰り返せない創造物である。 人の誕生と同じように、その形成の期間には類似した段階を通る。 創造の過程には彼がいる――つまり『夫』(作者)だ。 そこには彼女がいる――すなわち「妻」(演じ手、または女優。作者から種、作品の種子を受け取り、役を身ごもる者)である。 果実=子ども(作られる役)がいる。 最初の出会いの瞬間もある(俳優が役と初めて出会う瞬間) その後には、近づき、恋に落ち、喧嘩し、食い違い、和解し、溶け合い、受精し、妊娠する期間がある。 その期間には、演出家が仲人のように過程を助ける。 そして妊娠と同じように、創造の過程には様々な段階があり、それは俳優自身の私生活に、良くも悪くも反映する。 たとえば、母親が妊娠の時期によって独特の気まぐれや癖を持つのは知られている。 創造する人間=俳優にも同じことが起こる。 役の受胎と成熟のさまざまな時期は、彼の私生活の性格と状態に、それぞれ異なる影響を及ぼす。 私は、有機的に役を育てるには、生きた人間を作り育てるのと同じくらい、場合によってはそれよりはるかに長い期間が要ると考える。 この期間、演出家は助産婦、あるいは産科医の役として創造に参加する。 妊娠と出産が正常に進むと、俳優の内的創造はひとりでに、自然に、身体として形を成し、そののち「母」(創造する俳優)によって世話され、育てられる。 だが私たちの仕事にも早産、流産、未熟児、中絶がある。 そのとき舞台には、未完成で、生ききれていない奇形が生まれる。 この過程の分析は、世界に新しい現象を生み出すとき――それが生物学的現象であれ、人間の想像の産物であれ――有機的本性が一定の法則性に従って働くことを、私たちに確信させる。 要するに、舞台の生きた存在(あるいは役)の誕生とは、俳優の有機的創造本性の自然な行為なのである。 この真理を理解せず、自分の「原理」や「基礎」や「新しい芸術」をでっち上げ、創造する本性を信じない者たちは、何と見当違いなことか。 自然がすでに与えている法則があるのに、なぜ自分の法則を作り出す必要がある? それは一度きり、自然そのものが作り上げたのだ。 その法則は例外なくすべての舞台の創造者にとって守るべきものであり、それを破る者には災いが降りかかる。 そういう“強制する俳優”は、創造者ではなく、偽造者、でっち上げる者、模倣者になる。 君たちが、創造する本性のあらゆる法則を深く身にしみるほど学び、生活でも舞台でもそれに自由に従うことに慣れたなら、そのときは好きなように、好きなやり方で創造しなさい。だがもちろん、ただ一つの絶対条件がある――自分の有機的本性の創造の法則を、例外なく最も厳格に守ることだ。 我らの本性の基礎に立って、多くの反自然で、でっち上げられた、流行の、その場しのぎの新奇さや、さまざまな『イズム』を成し遂げられるような天才、そんな驚くべき技術家は、まだ生まれていないと思う。 「失礼ですが!」 「ではあなたは、芸術の新しさを否定するのですか?」 「いや、逆だ。 人間の生活はあまりに繊細で、複雑で、多面的だから、それを完全に表現するには、私たちがまだ遠く理解していない、もっとはるかに多くの新しい『イズム』が必要だと私は思う。 だが同時に、私は残念ながらこう断言する。私たちの技術は弱く原始的で、真剣な革新者たちの多くの興味深く正当な要求を実現できるようになるのは、まだ先だ。 彼らは大きな誤りを犯している。理念、原理、新しい基礎がどれほど正しくても、それと実現との間には巨大な距離がある、ということを忘れているのだ。 それを縮めるには、まだ原始的状態にある私たちの芸術の技術を、長く多く鍛えねばならない。 私たちのサイコテクニックが未完成である限り、何よりも、自分の有機的な創造本性と、その自然で破ることのできない法則を強制することを恐れなさい。 見てのとおり、私たちの芸術はすべて、俳優になりたい弟子は誰であれ、まず第一に、有機的本性の創造の法則を、単なる理論としてではなく、実践としても、細部にわたって丁寧に学ぶべきだと命じている。 さらに彼は、私たちのサイコテクニックのあらゆる手段を学び、実践的に身につける義務がある。 それなしに、誰にも舞台へ出る権利はない。 そうでなければ、私たちの芸術に生まれるのは真の達人ではなく、素人と半人前ばかりだ。 そういう働き手では、劇場は成長も繁栄もできない。 逆に、衰退を運命づけられるだろう。 授業の終わりは別れの挨拶に費やされた。今日は、この学習シーズンにおける「システム」の最後の授業だったからだ。 アルカージー・ニコラエヴィチは、弟子たちへの言葉を次で締めくくった。 「君たちには今、サイコテクニックがある。 それを通して『体験』を喚起できる。 今や君たちは、具現化できる感情を育てられる。 だが、私たちの有機的本性の、きわめて繊細で、ときに潜在意識的な生活を外へ現すには、極度に反応が良く、見事に鍛え上げられた声と身体の装置を備えねばならない。 それらが、巨大な鋭敏さと直接性で、ほとんど捉えがたい内的『体験』を、瞬時に、正確に伝えられなければならない。 言い換えれば、舞台における俳優の身体的生活が、その精神的生活に依存しているということは、まさに私たちの芸術の方向で特に重要なのだ。 だから私たちの流儀の俳優は、他の芸術の流派以上に、「体験」の過程を生み出す内的な装置だけでなく、感情の創造の成果――その外的な具現化の形――を正確に伝える外的・身体的な装置にも、よりいっそう気を配らねばならない。 しかもこの仕事には、私たちの有機的本性とその潜在意識が大きく影響する。この領域――具現化――では、たとえ俳優の技術が驕って優位を主張しようとも、最も巧みな技術でさえ彼らには及ばない。 具現化の過程が、いま当然、次の課題として順番に上がってくる。 来年の大部分は、それに捧げられるだろう。 それだけではない。 その先の『役の仕事』のためにも君たちは備えを得た。君たちは、その過程へ近づくために必要な内的自己感覚を作れるようになった。 これも未来の大きな切り札だ。やがて私たちが『役の仕事』の学習に取りかかるとき、適切な時期にこれを大いに活用する。 では、さようなら! 休みなさい。 数か月後、私たちは再び集まり、「自分自身への仕事」の学習を続ける――とりわけ、具現化の過程について。 私は幸福だ。翼が生えたようだ。言葉の意味を、最後まで、実地で、実践で理解した――「俳優の意識的サイコテクニックを通して、有機的本性の潜在意識的創造へ!」。 それは私にとって今こういう意味だ。人生の年々を費やしてサイコテクニックを鍛えれば、霊感のための土壌を作れるようになる。 そうすれば霊感は、ひとりでに自分のもとへ来るのだ。 なんと素晴らしい展望だろう! なんと大きな幸福だろう! 生きる理由がある。働く理由がある! 私は玄関ホールで首にマフラーを巻きながら、そう感じ、そう考えていた。 すると、あのときのように、どこからともなくアルカージー・ニコラエヴィチが現れた。 だが今日は、彼は私の脇腹に「ブランダー」を放り込まなかった。 逆に私は彼に飛びつき、首に腕を回し、強く何度もキスをした。 彼は呆気に取られ、私の衝動の理由を尋ねた。 - あなたは私に、私たちの芸術の秘密は有機的本性の法則を正確に守ることにあるのだと分からせてくれました、と私は言った。私はそれを丁寧に、深く身にしみるまで学ぶと、厳粛に約束します! 私はそれらに堅く従うと約束します。真に創造と芸術への正しい道を示せるのは、それだけだからです。 私は自分の中にサイコテクニックを鍛え上げ、それを辛抱強く、体系的に、たゆまず続けると約束します! 要するに、潜在意識のための土壌を整えることを学べるなら、私はすべてを捧げます。ただ霊感が訪れてくれさえすれば!」 アルカージー・ニコラエヴィチは、その衝動に心を動かされた。 彼は私を脇へ連れて行き、手を取り、長いこと両手で握りながら言った。 「嬉しいが、君の約束を聞くのは恐ろしい。 「なぜ恐ろしいんです?」 私は腑に落ちなかった。 「失望があまりに多かったからだ。 私は劇場で長く働き、私の手を通って何百人もの弟子が育った。だが私が、自分の生涯を捧げたものの本質を理解した後継者だと呼べるのは、そのうちほんの数人だけだ。」 「どうしてそんなに少ないんです?」 「真の芸術にたどり着くための意志と粘り強さを、誰もが持っているわけではないからだ。 『システム』を知っているだけでは足りない。 できなければならないし、できる力も要る。 そのためには、俳優としてのキャリアの全期間にわたって、毎日欠かさずのトレーニングと教練が必要だ。 歌手にはヴォカリーズ、踊り手にはエクゼルシスが必要だ。そして舞台の俳優には『システム』の指示によるトレーニングと教練が必要だ。 強く望みなさい。その仕事を生活の中で実行し、自分の本性を知り、それを律しなさい。才能があるなら、君は偉大な俳優になる。 付録 『ドラマ俳優の座右の書』の目的について この本は、ドラマ芸術の俳優と演出家の活動という狭く定められた領域で、もっぱら実践的な目的を追求する。 すでに経験によって自分自身の芸術観と創造の手段を持っている、確立したドラマ俳優のために書かれた本ではない。 この本が主として念頭に置くのは、演劇学校の弟子たちと、舞台で不確かな第一歩を踏み出す若い俳優たちである。 芸術とその教育について私の見解を共有する教師にとって、この本は、共通の教育体系とプログラムを作る際に、いくらかの助けになり得る。とりわけ座右の書として。 この本に書かれた基本知識と実践的助言は、その形式ゆえに、どこか教科書や演劇芸術の文法のような性格を帯びる。 一方で、私が避けられなかった心理学・生理学・人体解剖学への言及のせいで、この本が学術性を標榜しているかのように思われるかもしれない。 私はこの二つの誤った見方を、自分のつつましい仕事について最も恐れている。 演劇芸術の教科書や文法など、あり得ないし、あってはならない。 私たちの芸術を、文法や教科書の狭く退屈で直線的な枠に押し込めることが可能になった瞬間、私たちは、芸術が存在しなくなったことを認めねばならない。 そんな芸術は、作り物の規則を何百も押しつけられ、万力で締め上げられたようなものだ。面白くもなく、死んでいる。だから要らない――少なくとも、いまなお胸の内に、生きていて絶えず動き、決して安住せず、探し求め、前へ前へと進もうとする芸術の火花を枯らしていない人々にとっては。 学究的なオリンポス主義や、尊大な不動性が芸術にとって有害だというなら、でっち上げの『文法』なるものが作る、狭量で小市民的で陳腐な枠については、いったい何と言えばいいのだろう。 この点での私の恐れは大きく、私はこの本を出す前に長く逡巡し、燃え上がる不安のために、書きかけの仕事を何度も投げ出した。 この本が、自由な創造を縛り、窒息させるために利用され得る、という考えだけで、私は身が冷え、筆を投げ出したくなる。 悪夢のように、ある教室の光景が私につきまとった。机に若者たち――まだ創造において自由な者たち――が座っている。 彼らのうちの誰かの魂には、芽生えたばかりの才能の澄んだ炎が、かすかに灯っていたのかもしれない。 若者たちは皆、この本と同じような本を前に置き、最初から最後まで暗記している。 そして厳格な教授が、俳優のようにきれいに剃った顔をしているという点だけで、最も卑俗な教師と違うだけなのに、教壇に座って問いかける。「イワノフ・ウラジーミル、俳優の精神的本性の構成要素を列挙しなさい」。 イワノフ・ウラジーミルは立ち上がり、赤くなって息を切らし、そして何より、自分が本当の芸術を学んでいるとは信じられないまま、意味もなく暗記した性質を並べ立てる。その一語一語が私の心臓に短剣を突き立てる。 これは恐ろしい。欺瞞だ。才能の قتل だ。 「助けて! ――悪夢のときのように、叫びたくなる。 - 「本を引き裂け。焼け。弟子たちを解放しろ。私が罪を犯したこと、もうそれで十分罰せられたことを彼らに説明しろ。だが、無能な教師どもに私の誤りを利用させるな。私たちの芸術を救え。すべての教師から私の本を取り上げ、不幸な若い俳優たちには、私の愚かな本から暗記したものは全部忘れ、以前のように学べと命じてくれ」。 これはひどいことだ。だがそれでも、規則暗記の俳優、規則だけの俳優、芸術の中で神経と生命を失った俳優よりは、無学な俳優のほうがまだましだ。 『俳優の自分自身への仕事』序文の異稿より 私の本には、学術的であろうなどというつもりはまったくない。 芸術が科学と友好関係にあるべきだということは認める。だが本書が主として扱う直観的創造のまさにその瞬間には、俳優たちの科学ぶった思弁が私は怖い。 そして私たちの創造は何より直観的だ。無意識の創造的感情、俳優の本能の上に成り立っているのだから。 もちろん、これは俳優が無学でよい、知識が不要だという意味ではない。 むしろ彼は、誰にも増してそれらを必要としている。なぜなら、それらが彼に創造の素材を与えるからだ。 だが何事にも時がある。 芸術家は、舞台外の現実の生活で自分を啓発し、知識と情報と印象と経験を蓄えればよい。だが舞台で、創造の瞬間には、科学のことは忘れ、創造の直観で生きなさい。 直観は舞台俳優の創造の基礎とならねばならない。というのも、私たちの芸術はつねに、人間の生きた精神と、人間の魂の生きた営みを相手にしているからだ。 生きた精神は、理性では作り出せず、理性で理解することもできない。精神は何より感情によって知られ、俳優の生きた魂によって生み出され、感じ取られる。 私たちの芸術で「知る」とは「感じ取る」ことを意味する。 創造の仕事では、感情が第一の役割を担う。 もし私の本が最後まで残り注目を集めたなら、それは非常に厳しい科学的批評その他にさらされるだろう。 それはきわめて望ましい。というのも、分別ある批評は――もちろん、私たちの仕事を知り尽くした経験ある人々によるものだが――多くの誤解や、創造技術や私たちの芸術における空白を明らかにし、私の本の欠点を見つけ出して説明してくれるからだ。 私は誇り、満足するだろう。私が、近頃のように私たちの創造の代用品ではなく、その主要な本質へ向けられた論争と探究を引き起こせたのなら。 そして、私が提起する問題について、私たちの芸術を理解しない人々からも、科学的手段とテーゼをそれに適用する人々からも、多くの意見が述べられるだろうことも、また確かだ。 おそらく、私たちの仕事の通だとうぬぼれている人々の声も出るだろう。劇場で真の芸術を恐れ、搾取のためだけにそこへ吸いつき、意味のない――そして私たちの実務には有害な――大仰な言い回しや要約、学者ぶった言葉で身を飾る者たちの声も出るだろう。そうした言葉は、俳優と観客の頭を無駄に塞いでしまうのだ。 こうした芸術にとって危険な人々――私たちの実務における素人――から身を守るために、私は急いで、俳優とこの仕事の専門家に予告しておきたい。私の本に対する科学的その他の批評において、何を指針とすべきか。どのような意見を、私は深い感謝と注意をもって受け入れるべきか。要するに、この拙い仕事から何を期待できるか、ということを。 期待すべきは実践的な益である。 私の本が与えようとしている助言から得られる、現実の助けである。 その実践的な益がなければ、私の仕事は無結果に終わるだろう。 その実践的な益と助言を離れては、私の本には興味も意義もない。 だから私は、創造と芸術について語るとき、次のことを拠り所にする。私たちの芸術を理解するとは、それを感じ取ることだ。私は芸術と創造について、私自身がそれらをどう感じているか、それだけを基礎に語る。長い道のりと実践の活動が私に教えたとおりに。その間私は、創造の仕事の最中の俳優としての自分自身にも、そして演出家・教師として他者にも、鋭く耳を澄ませてきた。 この材料と、経験と仕事と観察と実践が与えてくれた私自身の結論だけが、私たちの仕事の専門家――つまり俳優や演出家その他の芸術の担い手――にとって興味がある。おそらく、科学の人々にとってもそうだろう。もし彼らが、私たちの実務を助けるための科学的研究に、実践と生活から採られた生きた材料を欲するなら。 要するに、誰がどれほどこの本を学問に仕立てようとしても、この本の意味はもっぱら実践にある。 あらゆる体系、方法、実用的手引きを学ぶとき、一つの現象が見られる。 体系の学習に取りかかる者は皆、大きな焦りを抱く。 本を読めばすぐに実用の利益が得られることを望むのだ。 だから彼は、さまざまな体系の本に熱狂的に飛びつくが、ほどなく失望して投げ捨てる。 私の実践的助言は、他の何よりも、同じ運命をたどりやすい。 それらにはすぐ夢中になれる。だが最初のうちは利益ではなく、むしろ一時的な害をもたらすので、私が分かち合いたい実践的助言に魅了されるのと同じ速さで、多くの者はまた失望する。 (真の芸術家ではない)俳優たちに特に強いこの焦りを恐れて、私は、忘れられがちなごく初歩の真理を思い出させておきたい。 つまり、どんな体系も、まずはそれについてまったく考えなくて済むほど自分に馴染ませねばならない。そしてそれが肉にも血にも魂にも染み込んだあとで初めて、気づかぬうちにそれを使い、現実の利益を得始めるのだ。 どんな体系も自分を通過させ、自分自身のものにし、その基礎となる主たる本質を保たねばならない。細部は各人がそれぞれのやり方で作り上げる。 私の本の主たる本質は、超意識的なものを意識を通して、である。 私は、俳優の仕事の意識的な手段によって、超意識的な創造――霊感そのもの――を自分の中に喚起することを学ぼうとしている。 私は長年の実践にもとづいて、これは可能だと断言する。もちろん、ただ一つの条件がある。創造の主導権をすべて自然に――創造し、真に美しいもの、不可思議で、到達しがたく、いかなる意識にも届かない「生きたもの」、すなわち生きた精神を内に秘めるものを生み出し得る唯一の創造者に――委ねることだ。 私のシステムは、そのような創造の本性を備えた人のためのものだ。 私のシステムは、才能ある者のためのものだ。 才能はどんなシステムも要らない、無意識に創造するのだ、と言うだろう。 多くの人が、ほとんど皆がそう言う。 だが不思議なことに、それを言わないのは、非常に才能のある人たちだけであり……天才たちもまた、言わない……。 だが私自身は、まさにその逆を、エルモロワからも、フェドートワからも、シャリャピンからも、サドフスキーからも、ワルラーモフからも、ドゥーゼからも、サルヴィーニからも、ロッシからも、バルナイからも、そして同時代の多くの才能からも、繰り返し聞いてきた……。 私たちの創造は何よりも、内面的で、心のはたらきに根ざし、潜在意識に属するものだ。 この領域に手が届くのは、奇跡の力をもつただ一人の魔法使い――俳優の芸術的本性だけである。 意識はただ、それを助けることができるだけである。 最もよいのは、創造がひとりでに、直観と霊感によって行われるときだ。 だが、それが起きないときはどうする? そのときは、内的・外的技術の意識的手段によって、潜在意識的創造を呼び起こすしかない。 潜在意識的なものを、意識を通して。 これが、いわゆる『スタニスラフスキー・システム』の標語である。 それは私に、創造的潜在意識へ絶えず照準を合わせながら、俳優技術の意識的な道を研究させる。 だが、創造の魅力的な高みへ達する前に、私たちは潜在意識そのものではなく、そこへ導く意識的技術を相手にしなければならない。 この領域では、見えないところで創造する俳優=人間の魂だけでなく、見え、触れられる身体とも向き合うことになる。 身体は現実で、物質であり、どんな芸術にも欠かせない『台所仕事』による加工を要求する。 この散文的で地味な仕事は、歌手にとっての発声と呼吸の訓練、音楽家にとっての手と指の鍛錬、踊り手にとっての脚の訓練と同じように、私たちにも必要なのだ。 違いはただ、この準備が舞台俳優にはさらに大きな程度で必要だという点にある。 実際、歌手は声と呼吸と言葉だけを相手にし、ピアニストは手だけを相手にする。だが私たちは、それらすべてに加えて、脚も、身体も、顔も、そして魂と身体の全本性を――しかも一度に、同時に――相手にする。 創造の装置を整える地味な仕事が、必要で、容易で、喜ばしいものに思えてくるのは、それが最初の一歩から、魅力ある最終目的――自然そのものの潜在意識的、時に霊感に満ちた創造――によって正当化されるときだけだ。 創造の過程を自分の中でどう感じるかについての本を書くだけでは足りない。 その本を読める人々を残さねばならない。 私はその人々を作ろうとしている。 だが知っておくべきことがある。偽の後継者は多く存在し、将来はさらに増えるだろう……。 そういう連中は火よりも恐れなさい。 彼らが危険なのは、システムに対して浅く、形式的に、表面だけから近づき、驚くほど初歩的に理解してしまうからだ。 この領域での初歩主義は危険である。 それは、人間の魂と、その内的生活の最も複雑な過程の一つを理解するうえでの、狭さ、無才能、鈍さから生まれる。 鈍い人間は、すべての外的練習を自分のためだけにこなしてしまい、肝心なのは練習そのものではなく、それが内側に何を呼び起こすかだ、ということを忘れる。 だが内的なものは鈍物には向かない。だから捨てられてしまう。 では、そんな状態でシステムなど何の役に立つ? 出世のため、収入のため、地位のためだ。芸術に貼りついた無才能者たちのために。 彼らは自分を私の弟子だと名乗るだろう。 信じてはならない。彼らこそ芸術の最も危険な敵であり、だから私も彼らを、私個人の…… 劇場には、ありとあらゆるシステムの「流行」が定着してしまった。 頭角を現した俳優は誰でも、自分の地位のため、出世のため、人気のために、自分のシステムを作り、そのための特別なスタジオを持つことが必要だと考える。 だが、そうした「システム」のすべてが芸術に「寄与」するわけではない。そもそも必要なのか? 現実に存在する「システム」はただ一つしかない――それは、驚くべき芸術家である、人間=俳優の奇跡のような有機的本性のシステムだ。 私たちは、創造のために作られたこの驚くべき本性を、あらゆる面から研究し、その上にだけ私たちの基礎と法則を築かなければならない。 だが、それでも慎重であるべきだ。 自然の創造法則を、あまりに複雑にしてしまえば、実践に適用できなくなる。 反対に、それを初歩主義の極限まで単純化してしまえば、意味を失う。 私たちは、演劇芸術や俳優の演技についての、難解な論文や批評をしょっちゅう読んでいる。 それらの記事は、作者の博識と哲学的能力を示している。 だがそれらは、芸術にとって実際には何を与える? 何も与えないか、与えてもごくわずかだ。しかも多くの場合、当惑と混乱を持ち込む。 同じ結果へ導く難解な演出家も、私たちは知っている。 それと同時に、著名な演出家や、初歩主義の教師も知っている。 彼らは、芸術と創造に驚くほど軽々しく向き合う。 面白い試みや実験の結果を語り終える間もなく、「初歩主義者」は必要な部分だけをもう書き留め、翌日には自分が教える数多くの機関で、研究者自身が新しい手段を最後まで検証し切ってもいないサイコテクニックの最新情報を説教して回る。 … 彼らは、芸術において重要だが難しいものから驚くほど身軽に逃げ、重要ではないが容易で手近なものにしがみつく。 たとえば、いろいろな練習をするのは容易だ。だがそれによって、真の創造へ導くサイコテクニックを体系的に鍛えるのは難しい……。 俳優L・M・レオニードフは言う。「真実があり、『真実もどき』がある」。 いま私が語っている弟子たちは、その「真実もどき」を世にたくさん持ち出し、それを誤って『システム』だと称している。だが私にとってただ大切な、その『真実』については、何も語らなかった……。 この「初歩主義者」たちは、自分の学習を、そして『システム』との付き合いを、そこにこそ『システム』が本当にその本質を現し始める地点――つまり創造の最も重要な部分、有機的本性とその潜在意識の働きが芽生える地点――で終えてしまう。 この複雑で難しい部分は、しばしば過小評価され、その一方で、より容易で手近な第一の準備段階が過大評価される。 芸術にこんなに初歩的に近づく人々は、『システム』の最も危険な敵である。 同じくらい危険なのが、私たちの方向の「難解」な信奉者だ。 多くの場合、それは科学、文学、理論の世界の立派な人々である。 彼らには、創造する俳優の心理も、彼の舞台芸術の人間的本質も、私たちのサイコテクニックも感じ取れない。 そういう「信奉者」もいて、上演の結果そのものや、その正しい解釈と演出のことだけを考える。 彼らはそこに注意のすべてを向け、上演に生命――その魂――を与えられるのは俳優だけだということを忘れてしまう。 この本に書いた一言一句は、私が実践で確かめたものだ。 そこに私の作り話の入る余地はない。 私は事実を自分の体験から取り、便宜のためにだけ、別の姓(トルツォフ)の陰に身を隠した。 この、いわゆる「スタニスラフスキー・システム」が、人間=俳優の創造の有機的本性に直接近いということは重要な条件である。特に今、どうしても新しさを求めて、現代芸術がそこからあまりに遠くへ離れてしまった時代には。 時代とともに進むことの切迫した必要を否定はしない。だが私は、繊細で気まぐれで複雑な私たちの創造本性に対する、いかなる強制も非常に危険だと考える。 本性はそれに残酷に復讐する。現代の俳優芸術に私たちが見ているとおりだ。 私たちの前に立つ課題やその形は絶えず変わる。だが創造する本性そのものと、その法則は揺るがない。 この本で私が語るのは、現代芸術の新しい課題や、その舞台上の具現化の形の絶え間ない変化ではない。語るのは、俳優という本性の永遠で不変の創造法則だ。それは、心身の装置を正しく導き、起こり得る脱臼を避けるために必要である。 私たちの創造の内容、課題、形が変わってもよい。だがそれが自然の法則を破り、強制を持ち込んではならない。 強制が許されるところでは創造は終わる。したがって芸術そのものも終わる。 強制は、その最も危険な敵である。 私たちの芸術には、どの流派に属する人間=俳優にも必須の領域がある。 レアリストもナチュラリストも印象派もキュビストも、食べ物は口から入れ、歯で噛み、飲み込み、喉を通して胃に送る。 まったく同じように、創造の主題の受容、それの習得、加工、具現化もまた、自然が一度きりに定めた経路によって行われる。どんな条件でも変えられない経路である。 だから、俳優も舞台の担い手も、何をどう創ろうと好きにすればいい。ただし唯一の必要条件がある。彼らの創造が、自然そのものとその法則に逆らわないことだ。 共産主義の『インターナショナル』を歌うにせよ、帝政の国歌を歌うにせよ、声の訓練と技術が必要である。 この本が、私たちの芸術の領域で語っているのは、まさにその訓練と技術だけだ。しかもそれだけを語る。 この本は、自然の法則を擁護するために書かれた。 行為の章への補遺 … … … … … … … 19..年 前回の授業で、エチュード『狂人』を繰り返すことに失敗したのは、今日のための新しい課題を用意せず、古い演技のやり方を繰り返したからだけではない。 別の誤りもあった。 それは、君たちの行為に一貫性がなく、論理が欠けていたことだ。 それを理解するために、バリケードをどう作ったか思い出しなさい。 最初の実演では、君たちは大きな書棚をドアにぴったり押しつけた。 棒を差し込んで棚を押し返す隙間すら、ドアを少し開けることさえできなかった。 ところが今日のエチュードでは、君たちは違うことをした。 棚はドアにぴったりではなく、離して置かれていた。 狂人がドアを少し開けて、広い隙間からねじ込むのを妨げるものは何もなかった。 他の重い家具も、ぴったりではなく、間隔を空けて動かされていた。 それではバリケードの堅固さが弱まる。 そういう条件では、君たち自身、自分の仕事と行為が合目的だとは信じられない。 信がなければ、舞台で自分のしていることによって生きることはできない。 行為の非合目的さ、非論理を示す別の例も、ヴェリャミーノワが私たちに与えた。 彼女はなぜランプシェードが必要だったのか? まさか、狂人から身を守るためか? なぜ彼女はあの不運なランプシェードを落とし、それを拾い上げることにあれほど意味を与えたのか? 君もだ、ナズヴァーノフ。なぜ柔らかなベルベットのアルバムが必要だった? それもまた、頼りない防具だ。 君の行為が非合目的で非論理であり、そこに信じるべきものがないことを、認めなさい。 君たちがエチュード『狂人』を二度目に演じたときの、一貫性のない行為の瞬間なら、私はいくらでも挙げられる。 それらの瞬間も信じられない。正しい感受を、演技の最中に助けもしなかった。 むしろ、『体験』の自然さを妨げたのだ。 「どうしたって分からない!」 とヴューンツォフはため息をついた。 「だが、これは実に簡単だ。 たとえば君が喉が渇き、デキャンタからコップへ水を注ぐとする。 君はデキャンタを取り、コップの上へ傾ける。すると重いガラスの栓が口から落ち、コップを粉々に割り、水は喉へ入る代わりに机いっぱいにこぼれる。 これが、君の行為の不首尾の結果だ。 「ほう!」 ヴューンツォフは考え込んだ。 「では別の例だ。君は敵のところへ和解しに行ったのに、喧嘩を始め、それが怪我を伴う殴り合いで終わる。 これが、君の行為の非論理の結果だ。」 「分かった! すっごく分かった!」 ヴューンツォフは喜んだ。 「つまり次の順番として、心的・身体的行為の過程における、論理と一貫性の役割の問題が立ち上がる。 この問題がいっそう重要なのは、論理と一貫性が、創造の過程における独立した要素ではないからだ。 それらは刻々と他のあらゆる要素と衝突する。 私は、そうした衝突が起こるたびに、その瞬間について語るほうがやりやすい。 そのため私は、論理と一貫性が各創造要素に及ぼす影響の問題を研究する仕事を、授業の全プログラムにわたって細かく分割し、俳優の創造の魂の構成部分を学ぶ全期間に散りばめざるを得ない。 いま私たちが行為の仕事をしているこの段階で、論理と一貫性との最初の衝突が起きる。だから私はここで立ち止まり、この瞬間を注意深く検討することにする。 現実の日常生活では、人々は外的・内的行為において、意識的に、あるいは習慣として、一貫しており論理的である。 そこでは多くの場合、生活の目的、切実な必要、人間的欲求が私たちを導く。 人々はそれらに、考え込まず本能で応えることに慣れている。 だが舞台で、役の中での生活は、真の現実ではなく想像の虚構によって作られる。 そこでは創造の始まりに、俳優の魂の中に、描かれる人物の目的に類似した、自分自身の人間的欲求や生きた生活目的がない。 役のそうした欲求や目的はすぐには生まれず、長い創造の仕事によって徐々に育てられる。 想像上の目的を、真の切実な目的へ変える術を持たねばならない。 それに相当する内的技術を持たない俳優は、その困難から幼稚で原始的なやり方で抜け出そうとする。 彼らは、戯曲の高い目的へ全力で向かい、そのために行為している“ふり”をするだけだ。 実際には、ただ『役の情念を演じて』いるにすぎない。 だが『まるで』行為したり感じたりして、その自己欺瞞を誠実に信じることはできない。 舞台上の志向の真実性を信じられないと、俳優は、人間的で生活的な技能・習慣・経験、有機的本性の潜在意識的な働き、人間の欲求・志向・行為の論理と一貫性という導きを、完全に失ってしまう。 その代わりに舞台では、現実の生活とは何の共通点もない、特殊な俳優的状態が生まれる。 人間的欲求による導きがなければ、人は舞台で脱臼し、最も抵抗の少ない道――型と職人芸の支配――へ落ち込む。 幸い、そうした危険と闘い、創造を正しい生活的で有機的な道へ導くサイコテクニックの方法が存在する。 そのサイコテクニックの方法の一つは、心的・身体的行為の論理と一貫性にもとづいている。 この方法を身につけるには、こうした行為の本性を、自分自身の中でも他人の中でも研究しなければならない。 「するとつまり、俳優は生活の中でいつも手帳を持ち歩き、刻々と、ねえ、気づいた論理的で一貫した行為を、自分のも他人のも書きつけねばならない、というわけですか?」 ! とゴヴォルコフは揚げ足を取った。 - いや、君たちにはもっと簡単で実際的な方法を提案しよう。それなら、君たち自身が、自分や他人の行為の論理と順序を鋭く観察せざるを得なくなる。——とアルカージー・ニコラエヴィチは述べた。 「どうやって?」 とヴューンツォフは興奮した。 「落ち着け! 比喩的な例で説明しよう」アルカージー・ニコラエヴィチはそう決めた。 アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「ナズヴァーノフとヴューンツォフ、舞台へ行って、何か身体的行為を始めなさい。」 「何を?」 私は腑に落ちなかった。 「金を数えなさい。仕事の書類を仕分けなさい。 不要なものは暖炉へ投げ、必要なものは脇へよける。」 「じゃあ僕は何を?」 ヴューンツォフも分からなかった。 「ナズヴァーノフの仕事を観察し、それに興味を持ち、何らかの形で参加しようとしなさい」トルツォフは説明した。 私たちは舞台へ行き、暖炉のそばのテーブルに腰を下ろした。 「すみません、偽札をください」私は舞台裏に立っていた当番の作業員に声をかけた。 「いらない。 空でやりなさい」アルカージー・ニコラエヴィチは私を止めた。 私は存在しない金を数え始めた。 「信じられない!」 と、私が想像上の札束を取ろうと手を伸ばした瞬間、トルツォフは私を止めた。 「何が信じられないのです?」 「君は、触れるものを見もしなかった。」 私は、想像上の札束のほうを見た。何も見えない。手を伸ばし、そして引っ込めた。 「せめて形だけでも指を握りなさい。でないと札束が落ちる。」 放り投げずに、置きなさい。 それに必要なのは一秒だ。 舞台でしていることを正当化し、身体で信じたいなら、その一秒を惜しんではならない。 「誰がそんなほどき方をする?」 札束を縛っている紐の端を探しなさい。 「違う!」 それは一度にできるものじゃない。 たいていは端がねじれて、ほどけないように紐の下に押し込まれている。 その端をまっすぐにするのは、そう簡単じゃない。 「そうだ」アルカージー・ニコラエヴィチは私を褒めた。 「では、各束を一つ一つ数えなさい。」 「ふう! ずいぶん手早く全部やったな。 どんなに熟練した出納係でも、あんなに速く古びてへたりきった紙幣を数え上げることはできない。 分かるか。舞台でしていることを、私たちの本性が身体的に信じるためには、どれほど現実的な細部、どれほど小さな真実まで届かなければならないかを。」 行為から行為へ、秒から秒へ。トルツォフは私の身体的な仕事を、論理的に一貫して導いた。 想像上の金を数えながら、私は徐々に、生活では同じ過程がどんな順序と一貫性で行われるかを思い出していった。 トルツォフが教えてくれた論理的行為のすべてによって、今日、私の中には「空」に対するまったく別の態度が生まれた。 それは、まるで想像上の金で満たされたかのようだった。いや正確には、想像上だが現実には存在しない対象への、正しい照準を呼び起こしたのだ。 無意味に指を動かすのと、私が頭の中で思い描いていた、汚れて擦り切れたルーブル紙幣を数えるのとでは、まったく違う。 身体的行為の真の真実が感じられた途端、私はすぐ舞台で居心地がよくなった。 すると意志とは無関係に即興が現れた。私は紐をきちんと巻き、テーブルの脇に置いた。 この些細なことが、その真実で私を温めた。 それどころか、それは次々に新しい即興の連鎖を呼び起こした。 たとえば札束を数える前に、私は長いこと束を机に打ちつけて、揃えて順序よく整えた。 すると、そばにいたヴューンツォフが私の行為を理解して笑った。 「何が可笑しい?」 私は彼に尋ねた。 「あまりにそっくりだったからです」と彼は説明した。 「これが、私たちが『最後まで、完全に正当化された身体的行為』と呼ぶものだ。俳優が有機的に信じられる行為だ!」 とアルカージー・ニコラエヴィチがパルテールから叫んだ。 「つまり」彼はまとめた。「君は荒っぽい『演じ』から始めた。 そこから抜け出すには、行っている身体的行為の一貫性を丁寧に点検せねばならなかった。 それを何度も繰り返すことで、君は徐々に現実の生活の感覚を思い出し、それを認識し、それを信じ、舞台上の自分の行為の正しさを信じるようになった。 真の生活では、こうした感受は自然で手近で単純で、馴染み深いものに見える。 だが舞台では、公の上演という条件の中でそれが変質し、私たちには異物で、手の届かない、複雑なものに思える。 最も初歩的な人間の身体的行為でさえ、慣れたはずの論理と順序が舞台では私たちを裏切り、私たちから離れていってしまう。 舞台の上で俳優がこうして変質してしまうという腹立たしい事実は、一度きりに、悲しい不可避として認めるべきだ。 それとは闘わねばならない。 そのためにサイコテクニックの助けと、私たちの身体的行為その他の行為の本性についての、いくつかの初歩的知識が要る。 それはまた、それらの構成要素を細部まで研究することを要求する。 行為がひとりでに生まれない、あるいは生きてこない場合、私たちは外から内へ近づく原理に頼る。構成要素の個々の瞬間を、論理的に一貫した順序で組み立て、その行為そのものを作るのだ。 部分の並びの論理と一貫性が、生活の真実を思い出させる。 馴染みのある運動感覚がその真実を定着させ、行っている行為の正しさへの信を呼び起こす。 俳優がそれを信じた途端、それらはひとりでに生き始める。 この過程の全体を、君たちは今日、エチュード『金を数える』の仕事で追うことができた。 強調しておく。外的技術から生きた生活の真実へ至るこの仕事では、行為を形づくる構成部分の並びの論理と一貫性が大きな意味を持つ。 それらは研究しなければならない。というのも将来、私が勧める、全体をその構成部分の組み立てによって生き返らせる方法を、私たちは広く用いることになるからだ。 「では、どうやって学べばいいんです?」 とヴューンツォフは不安になっていた。 「実に簡単だ。そうした『学習』が避けがたくなる立場に、自分を置くことだ。」 「どんな立場です?」 と私は問い詰めた。 「君たちが今日、エチュード『金を数える』の仕事で、たった今陥ったのと同じ立場だ。 その立場を作るのが、空、つまり想像上の品物で行う仕事だ。 私たちの隠語ではそれを『無対象行為』と呼ぶ。 君たちがそれに十分自覚的に取り組めるよう、この仕事に隠された秘密、あるいは実際的な意味を、分かりやすい例で説明してみよう。 そのために私は、背理法に頼らねばならない。 ナズヴァーノフ、ヴューンツォフ! 同じエチュード『金を数える』を繰り返しなさい。ただし今度は、さっきの実演のように『空』でやるのではなく、これから小道具係が持ってくる本物の品物で演じなさい。」 私たちはエチュードを繰り返した。 演技が終わると、アルカージー・ニコラエヴィチは客席から見ていた弟子たちに向き、言った。 「ナズヴァーノフが、机から札束を次々に取って、ほどいて、数えて、並べて……といったことを、君たちは気づいたか。覚えているか。 ?」 「だいたいは覚えてます」と弟子たちは怠そうに言った。 「だいたい、だけ? いろいろ忘れたか?」 とトルツォフは問いただした。 「忘れたというより、思い出すには努力が要ります」と言う者もいた。 「見ていなかったんです」と言う者もいた。 「では演じた君たち自身は、実物を使って今やった行為の個々の瞬間を、はっきり覚えているか?」 アルカージー・ニコラエヴィチは私とヴューンツォフに尋ねた。 私たちは認めざるを得なかった。身体的行為のことも個々の瞬間のことも何も考えておらず、行為はひとりでに機械的に遂行されていたのだ。 それからアルカージー・ニコラエヴィチは、客席から見ていた弟子たち全員にも、再び問いを投げた。 「では思い出して言ってみなさい。同じエチュード『金を数える』の、以前の実演――実物なしで、『想像の品物』、つまり空でやったほう――の記憶は、君たちの中にどんな形で残っている?」 『無対象行為』のほうが客席によりよく届き、記憶にも、よりはっきり、より明確に、より鮮やかに残っていることが分かった。 「では君たち、演じたほうはどうだ?」 アルカージー・ニコラエヴィチは再び私とヴューンツォフに向かった。 「『無対象行為』で金を数えたことについて、君たちにどんな記憶が残っている?」 身体的行為の練習で作られた注意の線――その確立された線についての記憶が、私たちの中に、より明確さと論理性と一貫性をもって残っていることが分かった。 「では、実物を使った行為と、使わない行為の実験から、どんな結論が出せる?」 アルカージー・ニコラエヴィチは私たちに尋ねた。 私たちは答えられなかった。 「結論はこうだ」とアルカージー・ニコラエヴィチは説明した。「実物を使って練習すると、行為を形づくる構成の瞬間が、いくつも気づかれぬまま滑り抜け、創造する者の注意の線から抜け落ちる。 それは、機械的に、習慣で、ひとりでに、気づかれずに行われる瞬間だ。 そうした滑り抜けは、研究対象の行為の本性を知る妨げになる。 それは、研究対象の行為がどんな構成部分から組み立てられているかを、論理的で一貫した順序で追うことを不可能にする。 それはまた、俳優が絶えず追い続け、常に指針にしなければならない注意の線を作る仕事も難しくする。 ところが『無対象行為』では、まったく別の現象が観察される。 そこでは、注意が追い切れないような抜け落ちの瞬間が、ひとりでに排除される。 「ほう! どうして?」 「実物を取り払えば、それと切り離せない機械的行為、習慣、技能もひとりでに消えるからだ。それらが注意の線に望ましくない滑り抜けを起こす。 滑り抜けから解放されることで、途切れない線を作れる。論理的に一貫した全体としてまとまり、行為そのものを組み立てる個々の構成瞬間の記憶で満たされた線を。 言い換えれば、想像上の対象は、生活では機械的に行われることを最後まで意識させるのだ。 では結局、『無対象行為』という方法の秘密は何か? それは、その構成部分の論理と一貫性にある。 それらを思い出し、組み立てることで、正しい行為が作られ、それとともに馴染みの感覚も生まれる。 それらは真実に近いがゆえに、説得力があるのだ。 それらは生活の記憶で、馴染みの身体感覚で見分けられる。 それらが、部分から作られる行為を生き返らせる。 授業の終わりに、アルカージー・ニコラエヴィチは、私たちに『無対象行為』の練習へ最大限の注意を払うよう、強く説得した。 彼はイワン・プラトーノヴィチに、その稽古を監督し、進行を彼に報告するよう命じた。 「覚えておきなさい。これらの練習はドラマ俳優にとって、歌手にとってのヴォカリーズと同じだ。 ヴォカリーズが音に正しい方向を与えるように、『無対象行為』は俳優の注意に正しい方向を与えるのだ」アルカージー・ニコラエヴィチはそう言って私たちを説得した。 「私は舞台に立ってもう何年も経つが、今でも毎日、15〜20分、『無対象行為』の仕事をしている。そして今ではその本性と、その構成部分をよく知っている。 私はそれらの行為を、実にさまざまな『与えられた状況』の中で行う。 この領域で私の中に鍛え上げられた技術がどれほどのものか、君たち自身で判断しなさい。 それが俳優にどれほど必要で、どれほど助けになるか、もし君たちが知っていたら。 だが、その助けが何であるかを今説明するのは早すぎる。 今それを君たちは頭で理解するだろう。そういう理解は頭を重くする。 君たちが、精神的・身体的存在のすべてで、私の説明を理解できるときまで待とう。 それまでは、いわば信用で私を信じなさい。そしてイワン・プラトーノヴィチの個人的監督のもとで、『無対象行為』を熱心に働きなさい。」 … … … … … … … 19..年 今日、アルカージー・ニコラエヴィチはこう言った。 「前回の授業で行った、無対象の行為と実物の行為の実験で、君たちは自分で気づいたはずだ。空で行う仕事のほうが、実物での同じ行為より、はるかに明確で、完結していて、論理的で一貫していた。 生活では多くの場合、行為の個々の構成部分が丸められ、曖昧にされる。 そこから、いま言う明確さは、現実の生活で起きることと矛盾すると結論すべきだろうか? 答えの代わりに、私は四十年以上も大切に胸にしまってきた、私にとって最も愛おしい美的記憶の一つを君たちに分かち合おう。 私は、エレオノーラ・ドゥーゼが初めてモスクワへ来たとき、『椿姫』の彼女を見た。 長い沈黙の間、彼女はアルマンへの手紙を書いていた。 私はその見事な場面を、『なんとなく』ではなく、構成するすべての瞬間として覚えている。 それらは驚くほどの明確さと鮮やかさで、完全な完結のまま私の中に残っている。私はこの場面を全体としても部分としても愛でる。見事に作られた宝飾品を眺めるように。 このように天才の芸術作品を味わうのは、大きな喜びだ。 「でも、生活ではそんなことはない!」 とゴヴォルコフが揚げ足を取るだろう。 いや、ある。稀ではあるが。 私は幾度も、野良仕事の女が、はっきりと仕事をするのを見て感嘆した。 工場で労働者が完結して仕事をする様子にも、アメリカでネグリトの侍女が部屋を片づける様子にも、私は見とれた……。 「交流」の章への補遺 … … … … … … … 19..年 アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「犬は部屋に入ると、居合わせた者たちを見回し、彼らの気分を理解しようとする。 それを嗅ぎ取ると、犬は交流の対象を定め、その対象に近づき、足にすり寄ったり、前足を膝に載せたりする。 それらはすべて、自分に注意を向けさせるために行われる。 目的を果たすと、犬は選んだ相手の前に後ろ足で座り、交流を結ぶために、その目で相手の目をじっと見つめる。 別の領域を取ろう。 昆虫の世界でも、海の生き物でも、同様の過程が観察される。 そこでも生き物は待ち伏せから這い出て、自分を取り巻く自然を長いこと調べる。 彼らは触角で、行く手にある物体や生き物を見分ける。 入念な調査の後で初めて、いずれかの行為が行われる。 では人間も同じではないか? 人間も部屋に入ると中の人間を見回し、彼らの気分を理解しようとする。対象を選び、近づき、相手の注意を自分に向けさせ、目という見えない触角を働かせて相手の状態を理解しようとする。 射線と受線――放射と受容――を通して、入ってきた主体は選ばれた対象と交流を結ぶ。 別の場合には、同じ存在――犬も、海の生き物も、人間も――が、いきなり飛び込み、居合わせた者の注意をつかみ、何らかの交流を結ぶ。 見てのとおり、この過程には、すべての生き物に共通して必ず通る段階がいくつもある。 その段階は同じ瞬間の連なりから成り、いつも同じ論理と一貫性の順序で進む。 ところが舞台の俳優だけが例外なのだ。 彼らは、生き物にとって不可欠な自然の有機的法則を知ろうとしない。 舞台に出るとき周囲の気分に関心を払わず;交流の対象を選ばず;相手の目を探さず;相手の魂を感じ取らず;その近さも感じない。 職人的俳優は、一度きりに、自分の対象はパルテールに座る観客だと決めている。彼らはあらかじめ、舞台のどこに立てばよいか、そこで何をし何を言えばよいかを知っている。 これらは、職人芸の俳優たちが自分自身の人間的欲求から行うのではなく、戯曲の作者や上演の演出家の指示によって、強制的に行われる。 彼らは、他人の感情や衝動、考え、言葉、行為を、自分自身のものに変えることができない。 だから職人芸の俳優たちは、舞台上にしつらえられた部屋に入るのではなく、劇場の舞台に「登場」して、その高みから千人の群衆に自分を見せつけるのだ。 世界の劇場にこれほど広まった、人間の本性のこうした歪みを、どうすれば避けられるのか? ! 自然の法則によってひとりでに、潜在意識的に行われるものを舞台で置き換えようとしている、粗い偽物、職人芸、型から、どうすれば離れられるのか? 私たちの手にある手段は一つ、サイコテクニックだ。 生活でひとりでに行われることが、舞台ではしばしばサイコテクニックの助けを要する。 サイコテクニックは、論理と一貫性の順序で、有機的過程のすべての瞬間と段階を意識的に遂行することを教える。交流の過程も含めて。 その過程がひとりでに、潜在意識的に生まれない場合には、だ。 そのときは、それを個々の瞬間から、自然の法則に従って、論理と一貫性の順序で意識的に組み立てねばならない。 この仕事が形式的・外的にではなく、内的な示唆、射線と受線によって行われるなら、俳優は自分を真実へ導く。 だが不幸なのは、すべての自然法則に逆らって進んだ場合だ。 そのときは必然的に、嘘と『演じ』と職人芸の道へ入ってしまう。 だから私たちは、自然の法則を勤勉に学び続け、その遂行を意識的に追い続けよう。 この呼びかけは、交流がひとりでに、潜在意識的に生まれない場合の交流の過程にも当てはまる。 これまで私たちは、交流の過程の個々の瞬間を研究する仕事をしてきた。 これからは、それらの瞬間から段階の列がどう組み立てられ、段階から有機的交流の過程そのものがどう組み上がるのかを追う必要がある。 俳優が舞台上に示された部屋へ入る瞬間、居合わせた人々を見渡すこと、周囲の状況を把握すること、そして交流の対象を選ぶこと――これらが、有機的な交流過程の第1段階を形づくる。 対象に近づく瞬間、交流したい相手の目を強く引く行為や、意外なイントネーションなどによって相手の注意を自分へ向けさせる瞬間――これらが、私たちが扱う有機的過程の第2段階を形づくる。 目という触角で対象の魂を探る瞬間、主体の思考・感情・ヴィジョンをできるだけ容易に自由に受け取れるよう、その相手の魂を整える瞬間――これらが、有機的な交流の第3段階を形づくる。 射線、声、言葉、イントネーション、適応によって自分のヴィジョンを対象へ伝える瞬間。対象に、ただ聞かせ理解させるだけでなく、交流する主体が何をどう見ているかを内なる視覚で見させようとする欲求と試み――これらが、有機的交流過程の第四段階を作る。 対象の反応の瞬間、射線と受線による心的な流れの相互のやり取り――これらが、有機的な交流過程の第5段階を形づくる。 これら五つの段階は、舞台上の交流のたびに必ず守られなければならない。 「難しい課題ですね」と私は言った。 「難しくないことを証明しよう。 まず、有機的過程――交流に先立つ過程――が、きわめて論理的で一貫していることから始めよう。 そして論理と一貫性は、君たちも知っているとおり、真実へ導く。真実は信へ導く。それらが合わさって『我在り』を作り、創造を、有機的本性とその潜在意識を喚起する。」 「言うのは簡単だ。五つの段階だって。でも身につけるとなると!」 と弟子たちは言った。 「やってみよう!」 アルカージー・ニコラエヴィチが提案した。 「ナズヴァーノフ、廊下へ出ていなさい。一分したらここへ戻ってきて、私たちがどんな状態になっているか当ててみろ。」 あとで聞いた話では、私が出るやいなや、トルツォフは皆に秘密めいて告げた。 「かわいそうなナズヴァーノフ! 彼はまだ知らないんだ。モスクワから呼び戻されるから、学校を辞めなければならないことを。」 「えっ?」 「ナズヴァーノフが学校を辞める?」 弟子たちはアルカージー・ニコラエヴィチに殺到した。 だが彼は答える暇もなかった。私がもう客席に戻ってきてしまったからだ。 気まずい沈黙が生じた。作り話の知らせを信じた者たちは私と目を合わせるのを避け、トルツォフの手品だと分かった者たちは、くすくす笑って挑むように見ていた。 「なんだってんだ! 何かが起きたのに、何だか分からないぞ」私は居合わせた一人一人に目を突き刺すように言った。 「ブラボー!」 「状況把握と、交流の対象探しの瞬間が、ひとりでに生まれて第一段階を作った。 君は彼ら全員を、目という触角で丹念に貫いて、その状態を理解しようとした。 私たちの状態が分かったかどうかは重要ではない。大事なのは、君が必死でそれを感じ取ろうとしたことだ」アルカージー・ニコラエヴィチは自分の手品の意味を説明した。 「第二段階、つまり対象の注意を自分へ向けさせることについては、私が手伝ってやる。 対象は私だ。私の注意はもう引きつけられている。 だから私のところへ来て、目を見て、私の状態を理解しようとしてみろ」アルカージー・ニコラエヴィチは私に命じた。 私はその命令を容易に果たした。 「ブラボー!」 「第三段階、対象の魂の探りも果たされた!」 私がその目に視線を食い込ませたとき、アルカージー・ニコラエヴィチは叫んだ。 「完全には果たされていません。あなたの内的状態を特定できなかったからです」と私は言った。 「それは重要ではない。大事なのは、君が自分の意志で私との内的な結びつきを呼び起こし、交流のための土壌を整えたことだ。 結局、これらの課題は思っていたほど難しくなかった。君は、交流に先立つ“手探り”を自分の中に呼び起こすのに、何の苦もなかったのだ。 つまりこの課題は、君に十分できる」トルツォフはそう結論した。 「でも舞台では無理です。舞台口の黒い穴と、千人の観客の前では。」 「それは実践と時間と注意の問題だ。 それらが、公の創造の環境でも、この仕事をやり遂げる助けになる。 相応の習慣が身につけば、断言するが、君も私と同じで、千人の群衆の前に立つとき、舞台の上に対象があり、交流やヴィジョンや射線と受線などの有機的過程が自分の中で正しく展開しているのでなければ、立っていられなくなるだろう。 こうして、正常で必要な有機的交流過程を人工的に喚起することは、サイコテクニックによって可能になる。」 「ちょっと待ってください。では第四段階と第五段階は?」 私はアルカージー・ニコラエヴィチを止めた。 「自分のヴィジョンを対象に伝え、相互の交流を作ることについては、次の授業で話そう。」 … … … … … … … 19..年 授業はゴヴォルコフの揚げ足取りから始まった。驚いたことに今回はそれが実に的確で、今日の授業の主題へ私たちを導いた。 「失礼ですが」とゴヴォルコフは批判した。 「あなたは、役へは交流の論理的で一貫した段階を通して近づくべきだ、とおっしゃる。 しかし、ちょっと待ってください! 交流する前に、交流できる“中身”が必要でしょう! まず過程を始めておいて、そのあとで、それを他者へ伝えるための精神的材料を自分の中に作るなんて、できるはずがない!」 「いや、あるいはそれも可能だ。」 では、この問題を実地で確かめてみよう。 そのために皆で舞台へ、『マロレトコワの居間』へ移ろう。 私たちは命令どおりにした。 「では、どんなエチュードをやるんです?」 ここ『マロレトコワの居間』で、私たちが実際にやっているのと同じドラマ芸術の授業が行われていることにしよう。 違いはただ一つだ。その授業に、思いがけず『監察官』がやって来る。 その役をゴヴォルコフにやってもらう。 彼は舞台裏へ行き、残りは何か練習をしていなさい。 それから監察官が入ってくる。 役の演じ手は、どんな明確な課題も持たず、これから行う交流のための材料も用意しないまま、自然の法則どおり、交流の全段階の遂行からまっすぐ始めなさい。 ゴヴォルコフは舞台裏へ向かった。 アルカージー・ニコラエヴィチは気づかれぬように下へ降りて劇場のパルテールへ行き、暗い隅に身を隠した。私たち弟子は筋肉を緩める練習を始めた。 長い間があってから、監察官としてゴヴォルコフが入ってきた。 彼は自然の法則どおり、戸口で立ち止まり、皆を見回し(状況把握)、アルカージー・ニコラエヴィチを目で探した。 見つからないので、どの弟子に声をかけるべきか考え、長いこと対象を選んだ。 やがてヴューンツォフのところへ行った(対象の選択) 「学校長と話がしたい」とゴヴォルコフは彼に言った。 「絶対にだめです!」 「いません。」 「忙しいんです。」 ゴヴォルコフはヴューンツォフの無愛想な口調に一瞬たじろいだが、すぐさま口調を鋭く変え、それでヴューンツォフの注意を強く引きつけた(対象の注意を引く/第二段階) 今度はヴューンツォフがたじろいだ。 かなり長い間が生じた。 その間、二人は互いをじっと見つめ合った(対象の魂の探り/第三段階) 第三段階。 「校長に伝えたまえ」とゴヴォルコフは食い下がった。「見てのとおり、私は、いま開かれている大会の委任で来たのだ。 君たちの学校に不始末があることが分かった、と言いなさい。」 『監察官』は、想像上の会議で起きたこと――弟子の意志を強制する教授法だとしてアルカージー・ニコラエヴィチが非難された、という話――をできるだけ具体的な絵として描写しようとした(ヴィジョンの伝達/第四段階) 第四段階。 ヴューンツォフは引かず、抵抗し続けた。 言い争いになった(相互交流の過程/第五段階) 第五段階。 弟子のこの態度が『監察官』を激怒させ、彼はヴューンツォフを取り調べ始めた。お前は何者だ、どうやって学校に入った、どんな権利で上に向かって生意気な口を利く、親は誰だ、と。 このときアルカージー・ニコラエヴィチがゴヴォルコフに叫んだ。 「ヴューンツォフは君の息子だ。 若い頃、父の圧政から逃れて家を飛び出した。」 しばしの動揺ののち、ゴヴォルコフは取り調べを続けると同時に、押しつけられた新しい虚構へ備えた。 彼はそれを見事に演じきった。 息子との不意の再会を計算に織り込んでいたかのように、ゴヴォルコフは若者や子どもへの思いやりを、回りくどく説教した。 彼は偽りの大仰さで親の義務を語った。 その大げさな演説が高邁であればあるほど、その後、自分が暴君の父であり、ヴューンツォフがその怒りの犠牲者だと分かってからの彼の立場は、いっそう滑稽になった。 『監察官』は困難な立場から滑稽にもがいて抜け出し、皆の笑いの中、自分がさっき愛し大事にせよと説いた“わが子”から逃げるように教室を飛び出した。 エチュードが終わると、アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「君たちは認めねばならない。交流の過程は、ゴヴォルコフとその相手たちによって、有機的本性の法則どおりに芽生え、遂行された。 しかもこの仕事は、交流に必要な内的・心的材料の事前の用意なしに行われたのだ。 ゴヴォルコフは、過程が十分に展開してから、最後になってその材料を探し始めた。 事実、思い出しなさい。監察官役の演じ手は、舞台上にいた誰かと交流を結ぶという、ただ一つの意図で舞台へ入ってきた。 『もし』――つまり監察官という身分と職務――を除けば、どんな筋も課題も与えられてはいなかった。 対象としてヴューンツォフを選ぶと、ゴヴォルコフは彼と交流を結んだ。 結びつきが生まれた途端、その過程を続けるための内的その他の材料が、当然必要になったのだ。」 私はこの重要な瞬間で立ち止まり、創造していた者の魂の中で何が起きていたのかを理解しよう。 交流の過程が芽生えることが、俳優の創造本性全体に強い一押しを与える、ということを君たちは知っているか? 創造本性は内的要素に助けを求め、順番に、あるいは一度に、それらを仕事へ引き込む。 「なぜです?」 ヴューンツォフは興奮した。 「すべての要素が参加しなければ交流にならないからだ。 実際、生きた人間と交流するのに、内的・外的行為なしでできるだろうか。想像の虚構と『与えられた状況』なしで。ヴィジョンなしで。正しく向けられた注意なしで。舞台上の対象なしで。論理と一貫性なしで。真実の感覚なしで。そこへの信なしで。『我在り』の状態なしで。情緒記憶なしで……。 ?」 舞台上の交流、結びつき、つかみは、俳優の内的・外的な創造の装置全体の参加を要求する。 それがゴヴォルコフにも起きた。 交流の過程に喚起された彼の創造の装置は、ひとりでに、自然に動き出した。 想像力が新しい材料、新しい『与えられた状況』、課題、情緒記憶を彼に示唆し、行為への衝動もひとりでに現れた。 それはすべて、一貫して論理的に行われた。 こうして創造の惰性のままに、ヴューンツォフと『監察官』の言い争いと取り調べの場面が生まれたのだ。 この場面がエチュードの筋を展開させる助けになった。 以上のことは、俳優が交流から創造を始め、あらかじめこの有機的過程に必要な内的・心的材料を用意していなくてもよい、ということを証明してはいないか? 創造する者が、準備された交流の瞬間を、論理的に一貫して遂行できたなら。それが有機的本性の創造の法則どおりに行われたなら。自分が生き、行っていることの真実を感じ、その中で起きていることの真実性を信じられたなら。自分の中に『我在り』の状態を作れたなら――俳優の創造本性は、その潜在意識とともに働き出す。 創造の惰性、論理と一貫性によって、新しい『与えられた状況』、課題、行為が生まれ、それらすべてから、描かれるエチュードの筋そのものがひとりでに生まれる。 それだけではない。私たちの実験は、特定の主題なしに交流から創造を始めても、その主題を自分で作れるだけでなく、他人が示した筋書きを正当化し、生き生きとさせることさえできる、と示した。 ゴヴォルコフもそうだった。 芽生えた創造のまっただ中、交流を続けるために彼が自分でヴューンツォフへの取り調べを考え出したとき、私は出来事の続きについて自分の案を彼に示唆した。 彼は、息子が実家から逃げ出したという私の示唆を、ありがたくつかみ取った。 私の虚構は、ゴヴォルコフが始まった有機的交流過程を、さらに広く展開する助けになった。 作者として私が自分の案を示したのは、まさに彼の心的創造装置が、内的要素の総動員によってあらゆる新しい課題と『与えられた状況』にいっそう敏感になっていた瞬間だった。 これは、交流の過程から創造を始め、そのあとで、それを他者に伝えるための精神的な材料を自分の中に作り出せる、という新たな証拠である。 … … … … … … … 19..年 そして今日のゴヴォルコフの出しゃばりは、授業を台無しにするどころか、むしろ問題を前面に押し出し、その問題にアルカージー・ニコラエヴィチは丁寧な説明を与えた。 事の次第はこうだ。 ゴヴォルコフは引かず、揚げ足取りを続けた。 「作者自身がテクストの中で、交流過程への準備に場所を与えず、ねえ、いきなり最後の段階から始めてしまうことがよくあります」と彼は説明した。 「それは悪い作者のことだろう。 そんな連中に取り合う必要はない。」 「いやね、グリボエードフは悪い劇作家ではない。しかし彼でさえ、そういう誤りをやっているんです。 たとえば『知恵の悲しみ』第一幕のチャツキーの登場。 アレクサンドル・アンドレーエヴィチは、事前の状況把握もなく、ねえ、目の触角もなく、いきなり飛び込んで交流し始める。」 「そうだ。悪い俳優はそうやる。 彼らは闘牛場の牛のように舞台へ突進し、ソフィアも見ず、状況も把握しないまま、バレエめいて片膝をつき、芝居がかった大仰さで朗誦する: 『夜が明けるや否や、もう脚で立ち、 そして私は、あなたの足元に。』 しかし良い俳優は違う。 戸口の敷居で立ち止まり、瞬時に状況把握し、すぐ対象――つまりソフィア――へ照準を合わせ、素早く彼女に近づき、愛する娘の注意をさらに強く引くために片膝をつく。その目の触角を彼女の目に突き刺すようにして。 その後で交流過程の全段階が遂行され、しかも各瞬間はテクストによって正当化される。」 たとえば―― 「それで? 何のために? いや? 僕の顔を見てくれ。 驚いたのか? それだけ? それがやり方か! まるで一週間も経っていないみたいに、まるで昨日、二人きりで もう互いにうんざりし切って、愛など一筋もないみたいに――なんて出来栄えだ!」 これらの言葉はすべて、チャツキーがソフィアの魂を探るために書かれている。 「それなのに、覚えてくれもしない、魂もない。俺は四十五時間、目も細めずに、七百ヴェルスタ以上を突っ走った。風だ、嵐だ、そして何度も迷い、何度転んだことか――それで、この“功績”への褒美がこれか!」 これらの言葉は、チャツキーの内的ヴィジョンを描き、それを彼がソフィアに伝えている。 そしてその先、テクストに沿って、交流の過程が始まる。 つまり、あなたは立派な詩人を、有機的本性の法則、とりわけ有機的交流過程の法則を破っているなどと、無駄に非難しているのだ。 グリボエードフと同じく、偉大な詩人、劇作家、文学者たちは皆、人間の有機的本性の要求を非常に重く見ている。 「でも失礼ですが。幕が上がった瞬間、交流の過程が準備段階ではなく、すでに十分に展開した瞬間で示される良い戯曲なら、いくらでも挙げられますよ」ゴヴォルコフは引かなかった。 「準備は幕の下で行われるからだ」とトルツォフは言った。 「でもね、作者のテクストにはそういう指示がないじゃないですか。」 「だが、それを要求するのは人間=俳優の有機的本性だ。法則だ。論理と一貫性だ。私たちのサイコテクニックだ。 準備の過程なしに幕は上げられないし、俳優も芝居を始められない。」 「ではね、ネミロヴィチ=ダンチェンコの『人生の代価』みたいに、結末――つまり自殺――から始まる戯曲はどうするんです?」ゴヴォルコフは食い下がった。 「そういう戯曲では、幕が上がる前に、交流の準備だけでなく、戯曲全体を自分で書き、そして『体験』しなければならない。」 アルカージー・ニコラエヴィチは夕方の上演で忙しいので、授業は予定より早く切り上げねばならなかった。 楽屋・幕間における俳優と観客の相互作用について 俳優。 どういうことですか? 私は泣いたのに、観客は冷たい? 演出家。 あなたのそばで舞台に立っていた他の俳優は、泣いていましたか? 俳優。 覚えていません。 気づきませんでした。 演出家。 あなたの『体験』が彼らに伝わっているかどうか、感じませんでしたか? 俳優。 私はあまりに興奮して、観客ばかり見ていたので、他の俳優に気づきませんでした。 言ったでしょう、私は自分と観客以外、何も覚えていないほど高揚して演じていたんです! 演出家。 では、なぜあなたは舞台に出たのです? 俳優。 え、なぜ舞台に出たって? 演出家。 あなたは、作者が示した戯曲の登場人物と交流するために舞台に出たのです。 舞台に出る俳優に、それ以外の目的があり得ますか? 俳優。 でも観客は? 演出家。 あなたの感情が相手役に伝わり、彼らを揺さぶるなら、観客も必ず捉えられ、あなたの『体験』のどんなニュアンスも聞き漏らさないでしょう。だが、そばに立つ相手役にすら感情が伝わらないのに、どうして散漫で騒がしい群衆が、パルテールの椅子二十列分も離れたところからそれを感じられるのです? 観客のことはあまり考えず、そばにいる戯曲の登場人物をもっと感じなさい。 俳優。 私は、俳優はまず観客のために演じるのであって、稽古でもう飽き飽きされている仲間の俳優のためではない、と思います。 作者が私たちに作品を託すのは、それを大衆へ届けさせるためでしょう。 演出家。 私たちの芸術を侮辱しないでください。 私たちは委託販売人ですか? 作者と観客の間の単なる仲介人ですか? 私たち自身が創造者です。 創造とは、役を観客に報告し、観客に話しかけることですか? 私たちは舞台で、まず自分のために生きるのです。役の感情で生きたいと欲し、その感情を、舞台で私たちと共に生きている者たちに伝えられるからです。観客は偶然の証人にすぎない。 彼が君たちの声を聞けるように大きく話し、彼が君たちを見られるように舞台で見やすい位置を選びなさい。だがそれ以外では、観客のことは永遠に忘れ、戯曲の登場人物のことだけを覚えていなさい。 俳優が観客に興味を持つのではなく、逆に観客が俳優に興味を持つのです。 観客と交流する最良の道は、戯曲の登場人物と交流することを通して、です。 生きた対象 「そんな、失礼ですが……観客を完全に軽んじたまま放っておくなんて、できないでしょう!」 ゴヴォルコフが抗議した。 「なぜ、私が観客をそんな状態に置くと結論するのです?」 とトルツォフは腑に落ちなかった。 「あなたは、観客を見ない、気づかないようにと命じるじゃないですか。 そんなことをしていたら、いずれ俳優は、自分が舞台にいることを忘れて、ねえ、まるで違う、ふさわしくない言葉を口にしたり、ねえ、一人で部屋にいるときにしか許されないような不作法なことをしてしまったりするでしょう。 そんなの、いけませんよ、失礼ですが!」 「君は、それが可能だと信じているのか?」 トルツォフは答える代わりにそう尋ねた。 「何が可能って?」 「千人の群衆の目の前に立って、その存在を完全に忘れることだ」アルカージー・ニコラエヴィチが補った。 「それは素人と無責任な理論家の作り話です。 無駄に心配しないでください。 千人の群衆は忘れられません。 向こうが自分の存在を思い出させてくる。 客席からは逃れられない。 あれは強い磁石です。 私がどれほど君たちの注意をそこから逸らそうとしても、君たちは結局、客席のことをずっと、ずっと覚えているでしょう。 必要以上に。 君の心配は誰を思い出させるか知っていますか? 私の八歳の姪です。たくさんの人形家族の母親でね。 彼女も、家庭教師の授業が人形の母親の務めから自分を引き離しはしないかと、とても怖がっている。 それから、空へ飛んでしまうのが怖くて、縄で自分を地面に縛りつけていたせいで気が狂った人がいた、と聞いたこともあります。 君も同じだ。役に身を委ねて創造の世界へ飛んでしまうのが怖い。だから、あの手この手で観客とのつながりを強めようとする。 怖がる必要はありません。結びつきはそれだけで十分に強い。 重力の法則が空へは飛ばせず地へ引きつけるように、観客は君を自分の支配から逃がさない。君がどれほど観客から離れ、役に身を委ねようとしても、観客は必ず君を引き寄せるでしょう。 どうせ避けられないことを、なぜそんなに気にするのです。 むしろ踊り手や曲芸師を見習いなさい。 彼らは空へ飛ぶのを恐れない。むしろ地への引力の法則をよく知っているからこそ、一瞬でも床から離れる、あるいは空中を飛ぶ芸を、一生かけて学ぶのです。 君たちも、せめてほんの数分でも観客のことを忘れられるように学びなさい。 粘り強い努力ののち、役に身を委ねられるようになるかもしれない。だが繰り返しますが、それは秒単位の、いくつかの瞬間だけでしょう。 どうせ重力の法則のように避けられないことを、目的もなく心配するのはやめなさい。 観客を支配し、興味を持たせるために、スタニスラフスキーは著書『芸術におけるわが生涯』で、君とは正反対の、まったく別の方法を勧めている。つまりこう言うのです。 俳優が観客に注意を向けなければ向けないほど、観客は俳優に興味を持つ。 逆に、俳優が観客を楽しませれば楽しませるほど、観客は俳優を軽く見る。 役の生活のために観客から注意を逸らすことで、俳優はかえって観客を、より強く舞台へ引き寄せるのだ。 俳優の素朴さについて … … … … … … … 19..年 今日、アルカージー・ニコラエヴィチはシュストフを呼び、何か演じてみるよう頼んだ。 パーシャは自分の素朴さを確かめたくなり、そのために、トルツォフのある上演で端役の少女が演じたのに似た、赤ん坊の場面をやらせてほしいと頼んだ。 「大胆さは好きだ」トルツォフは言い、パーシャに実験を許した。 彼は舞台へ駆け込み、椅子から毛織のテーブルクロスを引きはがした。ほこりの柱がふわっと立ち、手近にあった丸太のような木切れをそれで包み、想像上の乳児をあやし始めた。 「なぜ身体に抱き寄せず、宙に浮かせて持っている?」 アルカージー・ニコラエヴィチが尋ねた。 「クロスをくしゃくしゃにしたくないからです」とパーシャは説明した。 「それに、すごくほこりっぽいです!」 と彼は付け加えた。 「ほう!」 トルツォフは叫んだ。 「君の素朴さは計算高い。 創造の瞬間に、子どものように素朴でいられるほどには、君は『馬鹿』ではない」アルカージー・ニコラエヴィチはそう結論した。 「『馬鹿』?」 私たちは腑に落ちなかった。 「俳優は愚かであるべきなんですか?」 「そうだ。子どもや、昔話の天才的な“イワンの馬鹿”が、その素朴さ、単純さ、高潔さにおいて愚かだと思うならね。 昔話のイワンのように、高潔で、信じやすく、賢く、無欲で、恐れを知らず、自己犠牲的な“馬鹿”であること――それは偉大なことだ。 彼がそう呼ばれるのは、知恵がないからではなく、素朴だからだ。 君たちもそうなりなさい。生活では無理でも、少なくとも舞台の上では。 それは俳優にとって黄金の性質だ。 アレクサンドル・セルゲーエヴィチ・プーシキン自身が言ったではないか。『詩というものは、神に赦しを請うが、少し馬鹿っぽくなければならない』と。」 「では、どうすれば素朴になれるんです?」 私は腑に落ちなかった。 「それを“しよう”としてはいけない。そうすると“素朴ぶり”になってしまう。俳優の欠点の中でも最悪の一つだ。 だから、自分に備わっている範囲で素朴でいなさい。 どんな俳優にも、ある限度までは素朴さがある。 だが生活では、それを恥じて、自分の本性を隠してしまう。 少なくとも舞台の上では、それをするな。」 「僕は素朴さを恥じてはいません。 むしろ何とかして呼び起こしたいのに、どうすればいいか分からないんです」シュストフは嘆いた。 「素朴さを来させるには、素朴さそのものを気にするのではなく、一方でそれを妨げるもの、他方でそれを助けるものを気にしなければならない。 素朴さを妨げるのは、彼女の最悪の敵だ。それも私たちの中にいる。 名は“批評屋”だ。 素朴であるためには、揚げ足取りになってはいけない。想像の虚構に対して過度に選り好みしてもいけない。 素朴さを助ける最良の友は、真実と信だ。 だからまず、揚げ足取りの批評屋を追い払い、それから魅力ある虚構で真実と信を作りなさい。 それができたら、これから創造しなければならない、何かを描かなければならない、と自分を脅かすな。 違う。問題をまったく別に立てなさい。君が創造する必要はない。心から誠実に、自分の中で決めて答えるだけでいい。――想像の虚構が現実だったら、自分はどうするか? その決断を信じたとき、素朴さもひとりでに生まれる。 だからまず、信じられるものを探し、信じられないものは排除しなさい。そして、さっきのテーブルクロスのように、過度に揚げ足を取るな。ほこりっぽすぎるだの、くしゃくしゃにできないだの。 ほこりっぽいなら払えばいい。くしゃくしゃにできないなら代わりを探しなさい。」 「でも、僕が生まれつき素朴じゃなかったら?」 とシュストフが質問を挟んだ。 「生活では素朴でない者でも、舞台では、創造の過程の中で素朴になれる。 生まれつきの素朴さと舞台上の素朴さは区別すべきだ。もっとも、ついでに言えば、この二つはよく共存もするがね」アルカージー・ニコラエヴィチはついでのように説明した。 「さて」彼は少し間を置いてから、シュストフに向かって続けた。「注意の光線を魂の内側へ向けて、それを見つめ、たった今演じた場面で、君が内的に何を信じていたか、告白してみなさい。」 「何も信じてないし、何も感じてません。ただ気取っていただけです」パーシャは考えもせずに認めた。 「なら、正当化できるものを正当化しなさい。信じられるものを信じなさい。君によりできるもの、真実を作るのが、あるいは見つけるのが容易なものを」アルカージー・ニコラエヴィチは助言した。 「どこから近づけばいいのか分かりません」シュストフは照準を合わせようとした。 「もちろん内側からが一番だ」とトルツォフは即座に言った。 「感情へ直に行けないなら、間接の道を使いなさい。 そのための“おとり”がある。想像の虚構、課題、対象だ。 いつでも、まずそこから始めるべきだ。」 パーシャは自分の内側で何かを探し始めた。本人にもどうやらはっきりしないものへ照準を合わせようとしていた。 もちろんそれは強制を生み、続いて『演じ』と嘘が生まれた。 「おとりを通した感情への近づきが結果を出さないなら、自分を無理に押すな。 それが型と職人芸で終わることは知っているだろう」トルツォフは彼を止めた。 「だから残るのは、別の道から感情へ近づくことだ。 周囲にあるものを注意深く観察することから始めなさい。そして、何を信じられて何を信じられないか、注意をどこへ向けるべきか、何を“影の中”に置いて気づかないままにすべきかを理解しようとしてみなさい(つまり感じ取ろうとしてみなさい) たとえば、君は『マロレトコワの部屋』が自分の家だと信じられるか?」 アルカージー・ニコラエヴィチは尋ねた。 「ええ、もちろん!」 「私たちはそこに、自分の部屋のように馴染んでいます」シュストフはすぐ答えた。 「よし」トルツォフは褒めた。 「次へ行こう。 木切れが生き物だと自分に言い聞かせる必要があるか? そんな幻覚まで自分を追い込めるのか。追い込むべきなのか?」 アルカージー・ニコラエヴィチが尋ねた。 「もちろん、いいえ」彼は考えずに答えた。 「素晴らしい」トルツォフは同意した。 「丸太のことをもう考えないために、その代わりに君の魔法の『もし』をおくるみしなさい。 こう自分に言うのだ。中にあるのが丸太ではなく、生きた赤ん坊だったら、私は何をするだろうか、と。 次だ。 君は、テーブルクロスが毛布だと信じられるか? 生活で、それで子どもをくるむことができるか?」 「ええ、もちろん」とシュストフは認めた。 「それでいい」トルツォフは褒めた。 「なら信じなさい。 毛布になったテーブルクロス、そして何より、おくるみの行為を正しく行うこと――それは信じられる現実の真実だ。」 パーシャは木切れをテーブルクロスでおくるみしようとしたが、うまくいかなかった。 「信じられない」とトルツォフは言った。 「もし生きた子どもだったら、君はもっと合目的に行為したはずだ。下手でもいいから、今みたいに四方から風が通るような包み方ではなく、赤ん坊が冷えないように包むし、光も睡眠の邪魔にならないようにする。」 シュストフは長いこと手間取り、しまいには巨大で馬鹿げた結び目を作った。 その間アルカージー・ニコラエヴィチは、私のときと同じように、身体的行為の些細な誤り一つ一つに注意を向け、そこに真の有機的な真実と信を得ようとした。 やがてシュストフは新生児をあやし始めた。 「なぜ君は、テーブルクロスの角で赤ん坊の顔をそんなに丁寧に覆っている?」 アルカージー・ニコラエヴィチが彼に尋ねた。 「一つは、木切れが見えて幻想が壊れるのを避けるためです。それからもう一つは、『まるで』光が赤ん坊の目に当たらないようにするためです」とパーシャは答えた。 「素晴らしい」アルカージー・ニコラエヴィチは褒めた。 「君は真実で嘘を覆った。赤ん坊の目への気遣いによって、気にしなくていいものから注意を逸らしたのだ。 言い換えれば、君は注意を、妨げるものから助けるものへ移した。」 それは正しく、よい。 だが私には腑に落ちないことがある」一分後、アルカージー・ニコラエヴィチは続けた。 「君はあまりに大きな声でシーシー言い、必死に赤ん坊を揺さぶっている。そんなことが、眠りにつく助けになるとは思えない。 むしろ逆だ。 君は起こしている。 どんな真の行為にも、より大きな一貫性、論理、意味がなければならない。 そのとおりに行為してみなさい。 そうすれば、舞台でしていることの真実と信に近づける。非論理な振る舞いは、そのどちらからも君を遠ざけるのだから。 さて、赤ん坊が眠ったのだから、君は、ベビーベッドに寝かせるか、ソファに落ち着いて座って腕に抱いているか、どちらかにすべきだ。」 シュストフは丸太を抱いたままソファに座り、いっさい動かないよう真剣に努めた。 それはあまりに真実味があり、客席の笑いを誘わなかった。 「なぜそんな不満そうな顔をしている?」 トルツォフが尋ねた。 「君のしたことでは足りないと思うのか? それは違う。 それで動揺するな。 君のしたことは少ないかもしれない。だが“少し”が二つならもう多い。“少し”が十ならもう良い。“少し”が百ならもう見事だ。」 「舞台で、どんなに単純な行為でも真実をもって遂行し、その真実性を誠実に信じると、喜びが生まれる」アルカージー・ニコラエヴィチは言った。 「喜び……いったい……どこに?」 ウンノーヴィフは興奮で言葉につまりながら理解しようとした。 「俳優が舞台で感じ、観客が客席で感じる、真実の身体感覚の喜びだ」アルカージー・ニコラエヴィチは説明した。 「君が私と自分を喜ばせたいなら、最も単純な身体的行為を、最後まで、十分に正当化して遂行しなさい。 それは、情念の俳優的『演じ』や、感情を無理に絞り出すことより、比較にならないほど面白い。 客席から分かる。君は舞台で心地いいのだ。 君は“人間の身体の生活の線”も、“人間の魂の生活の線”も感じている。 始めとして、それ以上何が要る?」 「分かります。でも、これじゃ胸が騒ぎません」シュストフはわがままを言った。 「驚くことはない。君は、誰を、何のために、おくるみにし、あやしているのか、知ろうともしなかったのだから」とトルツォフは言った。 「では、その場で赤ん坊を抱いてじっと座っているのを利用して、眠りを起こさないよう囁き声で語ってみなさい。彼は誰で、どこから君のところへ現れたのか。 この想像の虚構がなければ、君の身体的行為は動機づけがなく、生命もなく、その結果、創造的に君を揺り動かす力がない。 「捨て子だ」パーシャはたちまち目が開けたように言った。 「たった今『マロレトコワの家』の玄関の前で見つかったんだ。」 「ほら、見ただろう」アルカージー・ニコラエヴィチは喜んだ。 「以前はできなかったことが、今はひとりでに生まれている。 あのとき君は想像の虚構を作れなかった。だが今は、すでに存在し、感じられている、作られつつある役の『人間の身体の生活』を、正当化するのに何の苦もない。 つまり君は、二つの魔法の『もし』を確立した。 一つ目は、丸太が木切れではなく生きた赤ん坊だったら、だ。 二つ目は、その赤ん坊が捨て子として君に置かれたら、だ。 君の立場を難しくする条件や状況は、何かあるか?」 アルカージー・ニコラエヴィチは尋ねた。 「はい、あります」パーシャは突然分かった。 「妻が家にいないんです。 彼女なしに、子どもの運命を決めるわけにもいかない。 それに、隣人のところへ押しつけてしまおうかという考えも忍び込むけど、一方では可哀想だし、もう一方では怖い。 もし現場を押さえられたら。 自分が父親じゃない、捨てた側じゃない、逆に押しつけられたんだ――なんて、証明して回れるものか。」 「そうだ」トルツォフは同意した。 「それらはどれも、君が立てた魔法の『もし』を複雑にする、とても重要な状況だ。 他にも新しい困難はないか?」 アルカージー・ニコラエヴィチはさらに問いただした。 「もちろんあります。しかもとても重要なものが」パーシャは生まれた状況に、ますます一貫して入り込んでいった。 パーシャは次第に、できあがった状況に深く入り込んでいった。 「実は」と彼は説明した。「僕は新生児を抱いたことがなくて、心底怖いんです。 あいつら、ウナギみたいに手からすべる。 今は覚悟して抱いたけど、目が覚めて動き出して泣き叫びでもしたらと思うと、もう震えてしまって。 近所は何と思う? 家に新生児が現れたら、どんな噂が生まれる? でも一番困るのは、新生児によく起きる、あれが起きたら、です。 そういうときどうするのか、僕は見当もつかないし、取り替え用の清潔なおむつや下着をどこで手に入れればいいのかも分からない。」 「そうだ、そうだ」アルカージー・ニコラエヴィチは褒めた。「それらは重大だ。しかも同時に滑稽でもある。考慮しなければならない状況だ。 だがそれでも、そんなものは些細なことだ。 もっと重要なものがある。」 「何ですか?」 シュストフは身構えた。 「君がテーブルクロスの角で赤ん坊の顔を丁寧に覆い、あやしているあいだに、息が詰まって死んだ、ということを君は知っているか?」トルツォフは厳かに宣言した。 私でさえ、部外者の証人であり観客なのに、その意外さに胸がどきりとし、内側にずれが起きた。 だから舞台で起きていることの当事者であるパーシャにとって、その意外さがさらに強く作用したのも不思議ではない。 劇的な場面がひとりでに生まれた。 というのも、偶然に、見知らぬ子どもの小さな死体を腕に抱えてしまった人間の立場は、劇的だからだ。 それは犯罪を疑わせる。 「あっ!」 アルカージー・ニコラエヴィチはそれを捉えた。 「丸太がテーブルクロスの中で窒息したと知って、君は青ざめた。 君は馬鹿げたこと、くだらないことを信じた。 これ以上、君にどんな素朴さが要る? !」 実際、と思った。大人が真面目に丸太を丁寧におくるみし、あやし、動くのが怖くて長いこと不動で座り、木切れが窒息したと聞いて青ざめ、虚構に気づかないまま馬鹿げた真実を信じている――これが素朴でなくて何だろう? しかも、それを重要なことだという自覚のもとで、真剣に行っているのだ。 「つまり」アルカージー・ニコラエヴィチはまとめた。「新しく、偶然生まれた『無実の犯罪者、あるいはテーブルクロスの中の丸太』という名のエチュードは、君に俳優として十分な素朴さが備わっていることを証明するはずだ。 それに君は、今日のように素朴さがひとりでに生まれないときでも、部分ごとに徐々に呼び起こし、組み上げられることを、実地で確かめた。 この仕事は、想像の虚構の種が『人間の身体の生活』という整えられた土壌に落ちると、ずっと容易になる。 「つまり」トルツォフはまとめた。「前回の授業でナズヴァーノフは、種まきに適した内的・外的土壌を整えたが、魔法の『もし』と『与えられた状況』という種を用意するのを忘れていた。 だが今日は、君は小さな身体的行為と、それらの真実と信で土壌を耕し肥やしただけでなく、種も蒔いた。そしてそれが、『体験』の瞬間的な創造の閃きという良い実りを結んだのだ。」